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五在所ノ峰の後日談です。11月13日にお財布を拾ってその日に届け、足摺をまわり帰宅しましたが12日後の25日に持ち主の方からお礼のお電話をいただきました。詳しい話は控えましたが、今年の6月に山に入って落としてしまったとのことでした。京都の大学生でした。お財布落としてショックだったでしょうね。でも、いちおう持ち主の元に戻って、私も一安心しました。山での彷徨が無駄にならなかった、報われたって満足感。私も嬉しいです。★足摺の手引き★宿で聞いた注意点を書き忘れていました。足摺の岬に近づくと『あしずりへんろみち』という道しるべが頻繁にでてくるけど、それは妙に遠回りのへんろ道なのでおすすめはしないということでした。遍路道保存協会の「ひとり歩き同行二人」の地図の通りに歩くのが最短距離だそうです。
2007年11月27日
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ガサガサと背後の草むらから音がして、ふと振り返ると顔を出した一匹の犬。「キャ~、土佐犬の野犬だー」このヘロヘロ状態ではとても勝ち目はないけれど、それでも金剛杖を構えて応戦体制をとります。睨み合いになるか・・・と思いきや、その茶色い犬は穏やかな顔で私を見ていました。それに首輪と一緒に、GPSか発信機のような機械とアンテナのようなものまで付けています。落ち着いてよく見ると、顔は土佐犬っぽい雰囲気だけど、土佐犬ではないし・・・。そしてすたすたと私の前を歩いて、こちらを振り返って私が来るのを待っています。岬まであと2kのところで出会った犬は、道々マーキングしながらも先を歩き、時々私がさぼってないか確認しているみたいです。途中で遍路道のショートカットがあったので「こっちを行くよ」と声をかけると、ちゃんと後戻りして私を追い抜きへんろ道を下っていきます。急に仲良しになった気分で、犬に追いついたら私が杖を振り上げ「GO!」と号令をかけると、ちゃんと先に走っていくのでした。それが何回か続いて、気がつくとお寺は近くなっていました。この茶色の犬、カメラが嫌いみたいで私がカメラを向けるとタッタッターと走って逃げます。看板を撮ると見せかけて、激写したつもりが顔をそむけられました。↓犬と戯れながらやって来た金剛福寺の山門。(PM2:10)お寺の石標にまでマーキングのおしっこをかけていたので「それはいかんよ」と犬に注意しました。境内に入るのかな、と思ったら門の外の駐車場で観光客と遊んでいるので一人で山門をくぐります。大きな敷地で中は一部工事をしていました。納経所の前辺りに、大師と亀の像が仲良く向かい合っています。お参りをして、納経すると「歩きですか?お接待です」と金剛福寺オリジナルお守りを下さいました。↓大師を乗せたという大亀、頭をなでながらお願いすると願いを叶えてくれるらしいのに、私はお願いするのを忘れてました。納経所の横で歩きのお遍路さんに会い、足摺岬を一緒に見物しに行く事になりました。会社を早期退職して、大阪から来られている紳士な方で通しでまわられているそう。四国へ来る前は、念願のピースボートにも乗ってきたという羨ましいお話です。山門を出ると池があり、この岬から僧が出航していったというような石碑がありました。↓駐車場にはジョン万次郎の銅像。ここらへんであの犬が遊んでいたのに、どこにも姿はありませんでした。ここまで道案内ありがとう!また会いたいな。↑岬までの遊歩道の脇には『地獄の穴』なるもの。穴は金剛福寺の本堂までつながっているということでしたが、覗いてみると穴はふさがっていました。白亜の足摺灯台、室戸では灯台を見に行かなかったので足摺の灯台こそは見たかったのです。紳士お遍路さんと写真を撮りあいます。展望台に移動してまた写真を撮りあう。迫力ある風景です。足摺の絶景を楽しんでから、お寺の前に戻りました。大阪のお遍路さんとはここでお別れ、私はPM3:45足摺発の西南交通バスで中村へ帰ります。この後もお元気で、無事に結願できますように!バスの時間まで少し時間があったので、売店でアイスを食べてバスに乗車しました。↓西回りのバスの車窓よりバスは足摺→清水バスセンター→以布利→下ノ加江→中村と走ります。何日もかけて歩いてきた道をバスは一気に走り抜けます。中村の駅に着いたのはPM5:35でした。夜行バスまでは時間があるので、駅から1.5kくらいのところにある【四万十温泉・平和な湯】へ。この温泉施設は、露天風呂・樽風呂・ジャグジーバス・打たせ湯・気泡浴・歩行浴・サウナなどたくさんお風呂の種類があって歩き疲れた身体にはぴったりです。大人は入浴料600円で、シャンプーや石けん、タオルは自分で持参します。でも、手ぶらセット(タオル・リンスインシャンプー・ボディソープ)も200円で販売していました。ロッカーに入らない金剛杖・菅笠・リュックはフロントで預かってもらえます。PM6:00~PM8:00前までゆっくりと入浴し、併設のレストランでビビンバの夕食。建物の外には「足湯」もあります。そして玄関前になぜか大師像・・・。しまんとブルーライナーPM8:40中村発、運転手さんに「お遍路していたの?」と驚かれました。温泉で気持ちよくなり、お腹も満たされて、夜行バスで就寝。早朝、三宮に着いたら帰宅して1時間ほど仮眠して、出勤です・・・・。【歩行距離・時間】 計:22.5k 通算18日目宿 ~ 民宿旅路 4.5k:1時間民宿旅路 ~ 窪津集落 5.0k:1時間30分窪津 ~ 金平遍路小屋 6.5k:1時間20分遍路小屋 ~ 38番:金剛福寺 6.5k:1時間40分
2007年11月26日
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この日の朝も、筋肉痛でやっと起き上がる有様。筋肉痛だと寝返りも打つことが困難で、寝苦しかったです。それでもこんなキレイな朝の風景が、窓の外に広がっていました。AM6:20からの朝食の後、宿代7500円+洗濯代300円の支払いをして部屋に戻って出かける準備をしていると、ご主人がおにぎり2個入りのパックを持って来てくださった。「お接待です」とのこと、助かります。AM7:00出発、今度は夏にサーフィンを教えてもらいに訪れたいな・・・。大岐の浜を歩く遍路道もあるそうなのですが、砂浜は歩きにくいだろうからと草むらの道を教わったはずなのに、なぜか森の中に入ってしまいました。今回は道に迷ってばかりです。森の中はまだ薄暗くて、こわい。森を抜け国道に戻ってしばらく歩く、AM8:00に民宿旅路の前を通過。そこから以布利の漁港のほうへ下る道に入りました。と、前方に手押し車を押しながらやってくるおばあちゃんに遭遇。道を丹念に教えて下さる・・・・、で昨日はどこに泊まったかとか、今日はどこへ泊まるのかとか聞かれるので、どうしてかな~と思ったら、「私は民宿旅路よ」だって。旅路のおばあちゃん、大きな皮ハギを漁港で買って帰る途中だったみたいで、ポリ袋の中で魚がバチャバチャ暴れていました。道案内の間に世間話(孫の話とか)が入って、20分くらい立ち話してしまいました。別れ際、私が足を引きずっているのを見て「札所参りも大事だけど一番大切なのは先祖の墓参り。足が痛いときは、ご先祖様にお願いするのよ、先祖の供養は一番大事だからね。」以布利の港にはこんなりっぱなじんべえ広場の休憩所がありました。トイレも有り。神社の鳥居の前を過ぎ、さらに進むと、小さい橋を渡っていったん海岸へ下ります。旅路のおばあちゃんの言う通り、2つほど突端をまわりこんで右へ上がる山道がありました。登り口にはお地蔵さま。10分ほど山道をゆくとアスファルトの車道にでました。するとまたすぐに遍路道の看板があり、ショートカットできるようです。以布利遍路橋↓遍路道から出たとこにあった休憩?小屋。無人でしたが、中は生活感あふれる様子でした。誰か住んでいるのでしょうか。戻った国道は27号線に名前を変えていました。アスファルトの海沿いの道を歩いていくと、いいにおいがするのでキョロキョロすると鰹節の工場がありました。さらにその先に窪津の集落が見えてきました。手前のガソリンスタンドでトイレを借りたのですが、すぐ近くの食堂の外にも「お遍路さん、どうぞ」と張り紙のあるトイレがあったので、そこに入ればよかったかな。民家の間を抜けて大きな神社の脇を上っていくと、お地蔵さんがあったのでそこの前で早い昼食。まだAM10:30なのですが、お腹がすくのが早いです。宿でいただいたおにぎり弁当をたいらげました。↑地図に載っている『海蔵院』とはあの丘の上にある建物らしいです。立ち寄ってみたいけど、坂道を上がるのがおっくうで通り過ぎてしまいました。↑遍路道の坂の上から見た窪津の集落。車がやっと離合できるくらいの車道を歩く、歩く。自分ではシャキシャキあるいているつもりが、足が棒になっているためぎこちない歩行。思うように距離が伸びず、自分でもイラつきます。と、目の前に休憩小屋。AM11:50なんて大きな遍路小屋でしょうか、水道もあるし思わずここで2度目の昼食にします。パンとミカンを食べ、ジュースを飲む。昼食を終えて、ふと部屋の中を見ると、すごい数のマンガ本が並んでいます。まるでマンガ喫茶!誰もいないし思わず1冊手に取り、30分ほど読みふけってしまいました。・・・・あっ!いかん、いかん お遍路中だった。(あまりの足の辛さに暫し現実逃避していた私)再びリュックを背負うと、また足が痛いのを思い出しました。この小屋から金剛福寺までは、まだ6.5kと書いてある。意外と遠い!!!コスモスの道は嬉しいけど、お寺はまだですかー!!!もう2本の足は限界に近い状態、足の爪まで痛くなってきてるし。お寺に着くか、私の足が終わるか勝負になってきました。その時、その時です・・・・。突然、草むらがガサガサと揺れて・・・ギャァ~~~~。
2007年11月25日
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ようこそ、土佐清水へ!!!駐車場の横にきれいなトイレと休憩スペースがありました。隣の物産販売店の前の檻に子犬が入れられていて、近づくとクンクンキャンキャン鳴いていた。檻の間に指を入れて子犬にしばらく触っていたけど、あまりに鳴くので辛くなりそうでその場を離れました。もらってくれる人を待っているのかな・・・。ドライブイン水車はこの日は定休日。15分ほど休憩してPM1:10出発しました。PM2:20、下ノ加江の橋のたもとには休憩小屋やスリーエフ(コンビニ)もありました。橋を渡ってしばらく行くと、海沿いの321号線です。所々に脇道の遍路道があって、ススキも揺れています。PM3:50、今日の宿「大岐マリン」に到着。ここは大岐の浜を望む立地で、部屋からもお風呂からもこんな景色です。部屋は明るく清潔で、ホールには水とお湯の給水器と本棚が置いてあります。今日は宿泊客が私一人というので、お風呂もすぐにゆっくりと入れ全館貸切状態。食事はPM5:30からで「食事は魚ばっかりですけど、大丈夫ですか?」と若奥さんに訊かれました。「ハイ、魚は大好きです♪」真鯛・イカ・カンパチの刺身、他には自家製かまぼこの紫蘇巻き揚げ、マイタケの天ぷら、鯵フライ、馬路村のポン酢をかけた温豆腐、ふろふき大根など・・・量が多いです。「女性には多いかもしれないので残して構いませんよ」とご主人に言われましたが、全部いただきました。(驚かれたけど)今回の旅は、『海の近くでサーフィン宿に泊まる』というのをテーマにしていたのでぴったりな宿でした。夕食を食べながらバリや宮崎の波乗りの話、自然をナメていたら痛い目にあった話、ここに宿泊された家田荘子さんの話など話が尽きません。洗濯は若奥さんが乾燥機までかけて、持ってきてくれました。食事の後、部屋で本棚から借りてきたお遍路の本、ボディボードの本、るるぶ四国を読みあさる。「波の音がうるさかったら、雨戸を閉めてください」と言われましたが、この波の音を聞きながら眠りたかったんだもの、もったいなくて閉められません。朝食はAM6:00からできます、ということだったのでAM6:20からにしてもらいました。本を読んでしまったのでPM10:00に就寝。【歩行距離・時間】 計:29.2k 通算17日目宿 ~ 四万十大橋北詰 9.4k:2時間45分四万十大橋北詰 ~ 大文字山 3.6k:1時間大文字山 ~ ドライブイン水車 6.0k:1時間20分ドライブイン水車~ 大岐マリン 10.2k:2時間40分
2007年11月23日
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目が覚めると、体中が痛くて重い・・・全身が筋肉痛になっていました。それでもやっと起き上がり、ゆるゆると支度をします。パンとオレンジジュースで朝食。そしてAM7:00にまだ寝静まった宿を出発しました。入野海岸の遊歩道を歩きます。所々にある石材の鯨形のイスが可愛い。42号線は少々起伏があり、道が平坦だと思っていた私はちょっとがっかり。しかし、休憩用の東屋と水飲み場もあって良い感じで歩けます。そして念願の四万十大橋にたどりつきました。大橋の手前にも東屋がありました。(AM9:45)↑この四万十川の上流には中村という町があるんだろう。大橋を渡りきると遍路石、ショートカットできる坂道があるけど膝が痛いので後ろ向きに下りました。↓『実崎樋門』私はつい、川の見えるレストランかと思ってしまいました。間崎の集落まで来たら、また足が痛くて痛くて引きずるように前進します。AM11:00、1軒の食堂の前を通ったら、中からおかあさんが出てきて「足、痛そうだけど大丈夫?お水飲んでいかない?」と言ってくださった。お言葉に甘えて、お店の中で休憩させてもらいました。おかあさん、話好きな楽しい方でパワーがあります。でも以前に死ぬような大病を患ったことがあったそうで、今、元気に復活できた事を感謝して食堂をしながらお遍路さんにも声をかけているそうです。楽しくお喋りをしたり、コーヒーをご馳走になったりしていたら40分も休憩していました。名残惜しいけど、そろそろ出発しますと納札を差し出し、おかあさんからも名刺を頂く。歩き出した私に店の外まで見送ってくれて「その先には長いトンネルがあるからね、気をつけてね」と励ましてくれました。不思議と足の痛みが薄れている・・・・・・・。プチ名所、大文字山。夏には京都同様に火が点るらしい。橋の側面のデザインも大文字とトンボ。1600m以上もある新伊豆田トンネルは、覚悟していたとはいえ長かったです。トンネルを抜けるとそこは土佐清水、やっとここまで来れたという感じです。
2007年11月19日
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かなり体力を消耗しながらも、やっと国道へたどり着き南へ向かいます。PM2:00ニュー佐賀温泉の前の遍路小屋まで来ました。立派な遍路小屋の中には大師像まで安置されてあって、佐賀温泉従業員一同と書いてあります。従業員さんたちで出資してこの小屋を建てられたのかも。ちなみにこの小屋の中にチラシが置いてあって、それによると大部屋・素泊まりで2500円だそうです。温泉・洗濯機・冷暖房完備!ちょっと泊まりたくなりました・・・でも、まだ歩けそうなので荷物を背負って出発。↑国道沿いに出会った『身代地蔵』無事に歩けますように、また祈願。佐賀町の国道は山に挟まれているせいか、日中でも陽の翳っているような気がしました。だんだん時間は押し迫ってくるなか、PM3:30に土佐くろしお鉄道『伊与喜』駅に到着。本日は入野で宿泊の予約をしていたのだけど、午前中のダメージを受けての、あと20k歩くのは到底無理。私の主義には反するけれど、身体のことを思い潔く土佐くろしお鉄道に乗ることにしました。ちょうど20分後に電車が通るという良いタイミングです。無人駅ではあるけれど、公衆電話と公衆簡易トイレも近くにあって救われる思いです。ちょうどそこへ白バイが停まったので、「お巡りさ~ん」と駆け寄ります。「山の中でお財布拾ったので預けていいですか?」すると若い警官は「私は交通課やき、拾得物の書類がないがですよ。預かれんですよ。」と言い張る。「え~、交番がどこにあるかも知らないし、早く届けたいんですけど」と言うと、警官はこの先も交番は必ずあるし、こういう事情(お遍路中)なので拾得物を持ち歩いていても咎められたりしないから、と言う。この財布を拾うためだけにあんな山の中まで迷い込んで、もう縁を切りたいと思っていたのに。やっぱり自分で届けないといけないんだと、使命感が湧いてきました。PM3:50電車がやってきました、白旗を振って迎える気分。テンションが下がりっぱなしです。一両編成の電車に乗り込むと、驚いたことにお遍路さんが2人ほどいました。歩いてるときは誰一人としてお遍路さんを見かけなかったのに、電車の中に居るなんて。佐賀公園~白浜~ありいがわ・・・と海沿いの景色の良い道が目の前を過ぎてゆきます。伊与喜~入野までの約20kを電車で移動になったけど、ここは別の機会にリベンジするぞと心に誓いました。PM4:20土佐入野駅、やっぱり早い!文明の利器はすごい。460円でこんなに便利な思いができるなんて、有り難いことです。入野のゲストハウス(素泊民宿)の場所を確認せずに来てしまったことを後悔しながらも、まずは交番にいかなくては、と遍路地図にある交番マークを目指します。財布を届けてから、ついでにゲストハウスの場所を尋ねればいいし。国道56号線をヘロヘロ歩いていたら、なんと目の前にゲストハウスが現れました!ラッキー♪引き戸を開けて中に入ると、ちょうど奥さんらしき若い女性が居ました。交番へ行く用があるというと「車で送りましょう」と嬉しい言葉。車の中で話をすれば、ここのご夫婦は子供連れで大阪からの移住組。1階でBARをやり、サーファー向けゲストハウスも併設して営業中です。ドミトリー(相部屋・素泊)なら1人1500円で泊まれます。私が泊まった日は、運良く宿泊客が1人だったので個室同然でした。交番で拾得物の届出をし、おまわりさんに「一人で山の中に入らないほうがいいですよ」と釘をさされ、やっとお財布とおさらばすることができました。若奥さんの車で戻り、部屋に案内され一息つく。通称ピンクのお部屋・・・個性的です。エアコンは完備、TVはありません。本当に寝るだけの部屋です。洗濯代は100円でしたが、お客さんが一人だったので若奥さんが洗濯、軽く乾燥して干しまでくれてました。若奥さんの言うには、ここのご主人のBARにもカレーはあるが、とっても辛いのでお遍路さんにはおすすめしないそうです。近所には居酒屋とお好み焼き店もあるけど、スーパーサンシャインというのが近くにあって「17時半以降はお惣菜類が値引きになってお得なんですよ」という耳より情報をもらいました。ちょうどPM5:30なので、さっそく買い出しにスーパーへ。お寿司とカップのスープパスタ、オレンジジュース、チロルチョコ10連結などを買って帰りました。スープパスタのお湯を頼むと、1階のBARでご主人が沸かしてくれるというのですが、ヤカンがないみたいでお鍋でお湯を沸かしてました(笑)「お湯が沸きました~」と1年生くらいの男の子が呼びに来てくれたので、チロルチョコ10連結をあげたら「お父さ~ん、お客さんにチョコレートもらったぁ~~~」と叫びながら見せにいく。そんなアットホームなお宿です。風呂に入ると、擦り傷や打ち身になっていてお湯がしみる~。若奥さんに裁縫セットを借りてズボンのかぎ裂きを繕って、ピンクのお部屋で就寝。今日の失敗は、一晩寝てリセットしよう。明日はまた新しい一日が始まるのだから・・・・・。【歩行距離・時間】 計:17.0k+山中で彷徨αk 通算16日目37番:岩本寺 ~ 大観峰看板 5.0k:45分五在所山登山口 ~ 山頂 2.0k:1時間市野瀬集落 ~ 伊与喜駅 10.0k:2時間30分
2007年11月18日
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今回は、【しまんとブルーライナー】を使っての四国入りです。平日というのに9割方席は埋っています。皆さん何の用事かしら・・・と余計なことが気になったりしながら、AM6:30窪川到着。窪川駅に着く前に『あぐり窪川』でトイレ休憩だったので、そこで着替えは済ませていました。窪川駅のベンチで白衣を羽織り、菅笠をかぶって、いざ岩本寺へ!標高の高い窪川の町は、吐く息も白くなるほど空気が冷たいです。前回はここで区切っていて納経は済ませていたので、お参りだけさせていただく。今度は忘れずに本堂の天井画も見学してきました。仏像や花の絵が多いです。猫や能面も見つけました。名物?のマリリンモンローもありました。AM7:00、納経所が開く時間に岩本寺を後にします。同行二人の歩き地図の赤いラインに沿うように歩いて行くと、あれ?道が解らない。来た道を戻るのかと、行ったり来たり駅の周りをグルグル。途中でお年よりに道を尋ねたけれど、やっぱりわからなくて、結局呼坂トンネルを出たとこの石材会社の事務所で尋ねました。「56号線に出たいのなら、こっちです」と今度はわかり易く教えていただきました。かれこれ1時間も、窪川の町から出られなくて参りました。(歩き地図が不親切じゃないのかな~、解りにくいです)やっと56号線が見えたと思ったら、チェックしていた【みず車】というお土産屋さん発見。迷子になったおかげで、このお店の開く時間になってました。芋けんぴが美味しいと聞いていたので、芋けんぴコーナーを目指す。『深層水入・細切り芋けんぴ』を買いました♪荷物になるから1袋だけ・・・。↑店の正面玄関には1キロ入りの芋けんぴが、無造作にビニール袋に入ってお徳用で売ってました。すごい!好物の芋けんぴ、買いたいのですがさすがにお遍路中には持って歩けません。泣く泣く諦めました。みず車の前のベンチで朝ご飯を食べるため、AM8:00から30分ほど休憩。56号線を順調に歩き始めて40分ほど経ったころ、こんな看板が・・・。歩き地図を見ると、国道から外れて「峰の上」から遍路道が続いているし、ここに峰の上の標識もある。峠越えかと思ったけど、これは山越えじゃないの?!まぁ、天気もいいからたまには山道に入りましょ、と登山道に突っ込んでゆく私。しかし、山道を登り始めた瞬間に目の前にもやがかかったみたいな感覚がしました。今朝は起き抜けに歩き出したから、眼の疲労が激しいわと気にも留めずさらに進みました。道は結構な勾配が続きますが、看板に「ここから2k、1時間30分」と書いてあったのを張り切って1時間で上がりました。「頂上からは足摺岬や反対側には四国山脈も眺められる」という説明書きにつられてAM10:10に山頂658mまでたどり着きましたが、樹が繁っていたのでそこまで眺望が良いわけでもなく、五在所の峰にて記念撮影。海は見えました。山も見えました。山頂より奥に歩くと、『山伏の修行跡』さらに進むと、『米軍の哨戒所跡』・・・なんだ???そろそろ下山しようかと市野瀬への道を探しますが、どういうわけか見つかりません。藪に入り込んだり、さんざん探し回った揚句に、もういちど山頂に戻ることにしました。看板を見落としたのかもしれないし・・・。でも山頂にも看板はなく、がっかりして来た道を戻っていたら、登るときには気付かなかった『人像描画石』にゆき当たりました。誰もいない山の中で、なんだか気味が悪くなって早々に下山・・・とそこに『佐賀方面』という看板&下山道を発見!ホッとして山道を下り始めます。どこからかチェンソーの音がして、山道には伐採された木材がごろごろ。歩きにくくてたまりません。山の斜面だいぶ上のほうに、ちらっと人影を確認し、切り倒されて落ちてくる木にぶつからないように足早に駆け抜けます。倒木に膝をひっかけて、ズボンがかぎ裂きに破れた!だんだん腹がたってくる・・・。ピンクのリボンを目印に、山道を進む・・・そういえばこの遍路道には不思議と「頑張って」札がないなーと思いながら。これは結構な難所のはずだけど、さっきの窪川と言いとっても不親切なへんろ道ワースト1だわ。不意にピンクのリボンが消えた、と同時に山道がなくなる。その時、足元に黒い財布を見つけました。腐葉土にまみれるように落ちている財布を拾い上げたら、カードやなんかがぎっしりと詰まっていて重いのです。人が通った形跡を見つけて、この道で間違いないと自信を持ちながらとりあえず前進してみる。道なき道を突き進めば、落ち葉の斜面ですべって尻もちをつき、ずるずると落ちる。この道ではないのかな~とようやく思い始め、さっき拾った財布を見たらまた気味が悪くなってきました。とりあえず般若心経を1回唱えて、気持ちを落ち着かせます。正午近い時間だから、さっきの伐採作業の人がお昼ご飯を食べるはずだと道を引き返します。伐採した木が転がっている地点まできたら、下のほうに5、6人の座っている姿が見えました。平静をよそおい「こんにちは~、佐賀温泉への道はどこですか~?」作業の人たちは白装束の私を見て、ギョッとしながらも「この道を下りるんだよ」その人たちの方へ下ってゆくと「あっちの道は違うもんねぇ」そう教えてもらってすれ違いました。なるほどこの道は看板も立ってるし、間違いない。でもピンクのリボンの通りに歩いていったのに、どうしてあの道はなくなるの????変だ。紛らわしい、ついでにピンクのテープの巻いた枝まで伐採されていたし、迷うじゃないか。泥だらけになりながら、打ち身・擦り傷を作りながらやっとのことで山を下りました。市野瀬側の登山道入口には、2体のお地蔵様が並んでいらっしゃいました。ここで無事に下山できたお礼を言って市野瀬の集落へ。4時間くらい五在所山をさまよっていたみたいです。あの遍路道はなんとかしなくちゃな、とちょっと怒り気味に56号線へ戻りました。
2007年11月17日
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以前雑誌の中に、ノンフィクション作家の家田荘子さんのお遍路をしている写真を見つけました。何かの取材だろうな・・・と思っていたら家田さん、在家出家されて得度し、「行」のために歩き遍路遂行中だとか。それも私と同じ2泊3日で超区切り打ち。来月には1巡目を結願される予定だそうです。家田さんの著書を読んだ事がなかったので、手始めにこれ『女霊』から。水行、山行などや、霊山のことが書かれていて、興味深く読み進めました。遍路中の家田さん、すごく良い表情されています。詳しくは家田荘子さんの公式HPをご覧下さい。お遍路レポートも満載(笑)です。お遍路関連の本は来春出版されるみたいです。
2007年11月10日
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40番札所からいよいよ愛媛県です。【40番・観自在寺】裏関所で1番・霊山寺より一番遠い場所、大師堂にお砂参り有り、十二支の守り本尊【41番・龍光寺】稲荷神社併設、観音様の前で足踏みするとご利益【42番・佛木寺】茅葺の鐘楼、牛馬の安全祈願、胎内銘入り大師像◆うなぎめし【あけまや】 鰻茶漬けがおすすめ
2007年11月09日
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徳島を歩いている時に出会ったお遍路さんに教えてもらった『砂の器』という映画。松本清張作品です。徳島から帰ってきて本は読みましたが、映画をやっと観ました。この映画の最後に、病気の為に故郷を去り放浪する親子遍路のシーンがあります。遍路をしているのは、金沢から出雲までの日本海側の設定で四国ではありませんが、雨の日や雪の日、海沿いの道、花の咲く道・・・と四国と同じように四季が移ってゆきます。故郷の村を出る時は白装束に菅笠もきちんとかぶっていたのに、年月を経ると白衣も汚れて擦り切れ、旅の過酷さを物語ります。後半、親子の情愛とか、いつも唇を固く結んでいる子役に表されるような主人公の生い立ちに涙を誘われます。でもこの主人公の親子が一番幸せそうな顔を見せるのは、二人で互いに支えあいながら遍路してるところなんですね。やっぱりこの遍路のシーンが一番印象に残りました。しかし、『砂の器』というタイトルの持つ意味が今ひとつ解らないままです・・・。【お遍路度:60%】
2007年11月08日
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岩本寺で納経を終え、着替えをするために宿坊棟へ。受付の方に、着替えたいので脱衣所を借りてもよいか尋ねると、大広間を使ってよいとの事。大広間の隅っこで、白装束から私服(Tシャツ&トレパン)に着替える。17:00前に岩本寺を出て窪川の駅に向かいます。ちょうど17:11発の特急があったので、それで高知まで戻る事にしました。高知駅には18:17着。ここで高知の知人に迎えにきてもらい、銭湯に案内してもらいました。お風呂の後はご飯、ご飯♪この日の夕食は安くてウマイ【ひろめ市場】へ・・・高知城の東側にあるビルです。高知の味覚はほぼ網羅されており、土産物も販売しています。平日の夜なのに、地元の人であふれ返っておりました。何を食べようか物色し、やっぱりカツオのたたきにしました。カツオの身を藁で焼いているお店があって、そこの「塩タタキ」がこれ。↓タレや醤油でなく岩塩でいただくのが新鮮!炙りたてのタタキは、カツオの身が赤くてほんのり暖かいです。もう、スーパーの解凍品のタタキが食べられなくなりました。他にもにんにくのフライやじゃこ天など色んなものをご馳走になりました。知人の家でご両親もいらっしゃたので、「四国の人はみんなお遍路を経験するんだと思ってました。」というと全員で大爆笑。「せんせん、高知の人は特にせんで~」そして私の金剛杖や菅傘を、珍しげに見られてしまいました。アルコールも少しだけ入り、いい気分で夜行バスに乗り込みます。思わぬお遍路の打ち上げができて、なおいっそう暖かい気持ちで今回の旅が終わりました。改めて計算すると、3日間で104k歩いていることになります。真夏のお遍路くらいから体が歩き仕様に出来てきたようで、足も痛くはならないし自分の順応性に驚くばかりです。【歩行距離・時間】 計:33.2k 通算15日目宿 ~ 焼坂トンネル入口 4.7k:1時間10分焼坂トンネル~ 七子峠 12.5k:3時間40分七子峠 ~ 37番:岩本寺 16.0k:3時間50分
2007年11月02日
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AM6:15、宿のおかみさんに見送られながら出発。「お世話になりました」早朝なので天気がよくわからなかったのですが、曇っていました。歩き出してすぐ『かわうその里すさき』という道の駅にきましたが、当然開店前で気になりながらも通過。AM6:30、「おにぎり・卵焼」と看板が出た国道沿いのお弁当屋さんが、もう営業していたのでおにぎり弁当とぼうしパンを買いました。ここは釣り人とかトラックの運転手さん向けの、24時間営業のお店かもしれません。AM7:00、絶景のレストラン(という看板の)『琵琶湖』に着く。絶景はいいとしても、太平洋に向かって琵琶湖、とはどんなネーミングなんだろうという疑問。とりあえず外にあるお手洗いを借りました。この先「あわ」から焼坂峠とトンネルに分岐します。どっちに進もうかと迷いましたが、今にも降りそうな雨雲と今日中に37番を打ちたいので国道56号線ルートに決めました。楽なコースを選んだことに、少し自分に甘さを感じますが・・・。AM7:30、56号線沿い森の駅というレストパークで朝食におにぎり弁当を食べました。だいたいこの時間にならないと食欲が出てきません。曇っていて涼しいので、冷たいおにぎりはちょっと寒々しく感じました。昨日までの2日間はすごく暑かっただけに、戸惑います。焼坂トンネルの手前の開店前のレストランの駐車場で、一人のおじさんに声をかけられました。「山の上(窪川)は雨やで、傘持っちょるか?」折りたたみ傘持ってます、とリュックにくくりつけた傘を見せると、「コーヒーでもお接待しよう、おいで」と言われ、自販機で好きなの買いなさいと選ばさせてもらう。カフェオレをご馳走になって、ここでお遍路さんに出た理由とかを立ち話。私が「ひいおじいさんが毎年八十八箇所お参りしていたけど、祖母も母も親戚もまわってないので4代目の私が皆を代表して周っています。」と言うとたいそう喜んで名刺までくれました。私も納札をお渡ししました。長い焼坂トンネルはたいくつなので、般若心経の練習をしながら歩きます。お遍路を始めて1年以上かかって、やっとお経を暗記できました。あんなに切れ切れでしか覚えられなかったのに、ふと全部が頭の中で繋がってくれました。土佐久礼の消防署前の東屋にリヤカーお遍路さんが座ってたので、私も休憩。「そこの久礼駅から電車に乗ったら、230円で窪川まであっという間に着くよ」「え~、それはすごく楽だけど私は歩きますよ。」そんな会話のあと、また国道を歩き出す私。小雨が降ったりやんだりなので、傘をさしたり閉じたり忙しいです。こんな天気だからいいようなものの、晴れていたらまた炎天下の日陰無しアスファルトで、目玉焼きの気分を味わったことでしょう。土佐久礼から七子峠までは、じんわり登り坂。歩道が広くないので自動車に注意しながら進みます。涼しかったこともあって、スイスイ歩けて七子峠に到着。AM11:40に到着した七子茶屋が定休日だったので、トイレを借りて店の前のベンチでフルーツゼリーのおやつタイム。ここまで来たら、先が見えてきたのでちょっとのんびりしてしまいました。そのまま国道を行けば、飲食店はいくらでもあるよと教えられさらに国道を歩きます。ほどなくプレハブのようなうどんやさんを発見したので、入ってみました。わかめうどんを注文して、ちょうどPM12:40を過ぎたころだったのでTVのチャンネルをNHKに変えてもらう。朝ドラの【どんど晴れ】の最後のあたりの話の行方が気になって観たかったから・・・。(お遍路に出ると、朝ドラは昼ご飯の食堂で見ることが多いなぁ。)うどんが出来上がると、ご主人がすりおろし生姜とすだちの絞り汁を持ってきた。まず半分ほど普通に食べたあと、生姜とすだち汁を入れて食べてみてと言う。その通りにやってみると、なるほど風味がまた変化して美味しかったです。「出汁も美味しいですね~、さすが本場のカツオ節。」と誉めると「いや、鰹節だけではないんです。」と詳しくは教えてくれない。「私の田舎では、焼いた飛び魚の出汁でお正月のお雑煮を作るのですよ。」と言うと「その出汁は食べたことがないけど、想像するとさっぱりとして香ばしい気がする。」など、出汁の話題で盛り上がったのでした。次に休憩したのはPM14:35、ゆういんぐしまんと(観光物産センター)です。ここは道の駅のように地元の物産品がそろっています。お手洗いに行くと、なんとシャワー室も完備されていました。仁井田米が有名みたいで、このお米のアイスがあったので食べようかどうか迷ったあげく『道の駅あぐり窪川』が近いのでそこでゆっくりしようと14:45食べずに出発。ところが40分後くらいに到着した『あぐり窪川』は定休日でした(泣)がっかりしながらも、一路岩本寺へ!窪川までたどり着き、電車の時刻表をもらいに駅の窓口で「土讃線の高知までの時刻表ください」と言うと「え?ここは土佐くろしお鉄道なので、JRだったらお隣です」と言われました。JRとくろしお鉄道と2つ並んで駅があったのですね、知らなかった。PM16:10、国道コースをチョイスしたので余裕で37番:岩本寺到着。↑この本堂の天井にたくさん天井画が描かれているはずだったのに、見るのを忘れていました。今回はこの37番:岩本寺で区切ります。長い3日間でした・・・・。
2007年11月01日
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