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中間地点で本堂をお参りし、見回すとお寺の方の自宅のような建物もありました。子安地蔵は子供を抱いたお地蔵さまです。お地蔵様に水をかけたけれど、水が冷たくて寒かったかも・・・。自宅のような建物の脇から、後半のミニ八十八ヶ所は続いています。石垣の中に挟まるようにお堂がありました。デッドスペースがうまく使われていて素晴らしいです。またまた折り返して木製のお堂の道に出ました。猫の子一匹現れません。↑そして最後の88番目のお堂がこれ。やっぱり他のより立派な造りです。1巡出来てほっとしていると、目に入ったのが小さい階段の上にある石碑。誰かのお墓かな、と近づいてみると『遥拝所』と書いてあります。高野山と刻まれているからには、きっと高野山の方向に向いていて、覗き穴からは高野山が望めるに違いない!すごく期待して階段を上がり、丸い穴から顔を覗かせると・・・見えたのはこんな眺望。「なんだぁ、木ばっかり。」でもきっと高野山の上に広がる空に違いない、ととりあえず合掌。遥拝所の横には巡行大師堂があります。お寺の階段を上り詰めた所にあるので、以前下見に来たときはこの大師堂がメインだと思って本堂があるとは思いませんでした。(本堂は階段のてっぺんからは見えません)さて、無事にミニ八十八箇所を巡り終えてまだ少し時間もあったので、お寺から500メートルほど東の大道町(だいどうちょう)にある【蟹塚】まで足を延ばしました。自転車で勘を頼りに走ると、住宅街の中にそれは見つかりました。『蟹塚』と刻む石碑と弘法大師と蟹の絵の木製看板。大きな古墳のような塚だと想像していましたが、実際はこんな空き地でした。ありがたい土地であるだろうに、この荒れようはなんでしょう。これだけ草ぼうぼうでは、公園にすらなってないような・・・。ちょっと残念です。こうして私の2007年の巡礼納めは、年の瀬に終わりました。
2007年12月27日
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【慶命山 坂上寺】家から自転車で5分とかからない場所に、弘法大師ゆかりのお寺とミニ八十八ヶ所があることを発見!階段の上にお寺があるので、前面道路からは見えず長いこと知らないでいました。≪その昔、この近くに狐と蟹が住んでいて、坂道の上まで競争しようということになりました。蟹は狐の尻尾に掴まり、坂道を駆け上がった狐が『蟹はまだだろう』と後ろを振り返ったときに素早く飛び降りて『とっくに着いていたよ』と言いました。勝利した蟹は、狐を追い出しそこに住みつきました。それからずる賢い大蟹は、旧街道のこの坂道に出てきて人々を苦しめていました。そこに通りかかった弘法大師が、法力で蟹を諭し封じたことから、この地は「かにがさか」と呼ばれるようになりました。≫そんな伝説のある場所です。四国へ行くようになって、↑この看板を見たときにビビッときました。ここの大師像はお地蔵様になっています。(本尊が地蔵尊)よく見ると、右手に持つのは鯖、ということは鯖大師???大師地蔵の横に長い階段があり、ワクワクさせられます。手洗い場の横に、ちゃんとへんろ道案内の石碑も立っていました。↓ここが0番(東寺のつもり?)と1番のお堂。2番、3番、4番・・・と続いてならんでいます。折り返して札所は続きます。お参りの仕方がわからなかったので、般若心経を唱えながらお賽銭を入れて、鈴のあるところは鳴らして参拝しました。お堂によっては鈴もなくなっていたりして、荒れた風貌が気の毒に思えました。↑途中にある観音像。石段の方向に向いてます。石段を登っていると目が合います・・・。なんだか恥かしぃ。また折り返して、左側はずらりとお墓だったりします。民家に隣接しているので、生活感が出ています。木製のお堂、石造りのお堂、コンクリート造のお堂と様々です。再びお寺のある丘に上ってきて、お地蔵様に出会います。境内は意外にだだっ広くて、戸惑いました。さすがに本堂は立派です。後編へつづく・・・
2007年12月26日
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12月13日~30日まで、京都東山の【六波羅蜜寺】で『空也踊躍念仏厳修』という行事があっています。そして六波羅蜜寺は西国三十三所札所の第十七番札所です。開祖は空也上人、有名な仏像がコレ↓弘法大師は室戸で明星が口に飛び込んできたそうですが、空也上人においては口から仏様が何体も飛び出しているんです。これはショッキングな写真でした。さて、難しい名前の行事ですが、観光情報誌や観光HPでは『かくれ念仏』として紹介されています。ご住職のお話を聞いたのですが、こんな内容でした。昔、京都に疫病が流行って都が悲惨な状態に陥った。困った帝が空也上人になんとかして欲しいと相談したので、空也上人は台車に観音様の像と茶釜を積んで出発した。空也上人は人々に茶釜のお湯に昆布(梅干も???)を入れた湯を飲ませて、疫病が去るように念仏を唱えてまわった。ほどなく疫病も治まり、帝はその観音様を安置するお堂を建てよと命じられ、六波羅蜜寺が建立された。ところが有り難がった民衆に念仏ブームが巻き起こり、あまりのことに危機を感じた国は念仏を禁止。そのため空也上人は見つからないように、冬の薄暮の頃、薄暗い時間を選んでこっそりと念仏をとなえた。だから普通のお勤めの間に突然踊り念仏が始まり、突然念仏が終わり、最後も普通のお勤めのように終わる。年末のこの時期に行うのは、今年一年の悪行(深い意味ではなくても、知らず知らずに人を傷つけることを言っていたりしていたりしたかもしれないし、そんなちょっとしたことでもの意味)を念仏で祓い清め、来年も良い年になるように祈ってすす払いをするようなもの、だそうです。そんな説明を聞いて、わくわくしながら待っていると、4人の僧侶が本殿に入り始まりました。まず開経偈、般若心経(ここらへんは知っているので一緒に合唱しました)、それから観音経?など私の知らないお経が続き、そのうち鐘を叩きながら念仏を唱え4人で頭をふりふり上下に動きます。そのうち今度は「おん、あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら ま~に、はんどまじんばら は~ら、ばりたやうん」と節をつけて唄い踊りながら鐘を叩き4人で輪になりぐるぐるまわってます。念仏が終わると住職が「では、みなさんも一緒に唱えてください」とおっしゃって「もーだーなんまいぞう」と7回唱えました。そのあと普段は入ることのできない本殿の内側に少しだけ入れてもらってお焼香をし、願い事をして帰りに一人一人に紙製のお守りを下さいました。久しぶりにお線香まみれになって、お遍路をしてない間でもこうやってお寺でお参りをするのはいいものだと思いました。ここのご本尊は十一面観世音菩薩。境内にレプリカが立ってます。↓★おまけ★このお寺の近所には、有名な『幽霊子育飴』のお店があります。何の変哲もない飴なのですが、素朴な美味しさです。大と小の2種類サイズがあります。
2007年12月19日
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百円均一ショップに遂に出現!≪写経用紙・7枚入≫買ってきただけで、まだ写経はしていませんが、和紙だし見本も付いているし良さ気です。百均ではロウソクや線香、ライター、線香ケースまで売られていて遍路用品をお得にゲットしていますが、写経用紙まで売ってるとは思いませんでした。写経ブームなのでしょうか・・・。
2007年12月04日
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