2015.09.12
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アメリカあるいは英語圏で自閉的(autistic)という症状が初めて使われたのは、レオ・カナー(Leo Kanner)の1943年の論文 「Autistic Disturbances of Affective Contact (情緒的な接触の自閉的障害)」だと思われます。ユダヤ系オーストリア人のカナーは、ナチのユダヤ人迫害を逃れてアメリカに移住し、ジョンズホプキンス大学で児童精神医学を樹立しました。この論文でカナーは、自分の内に閉じこもり対人関係を持つことのできない11人の子供の症例を取り上げ、 「extreme autistic aloneness (極度に自閉的な孤独)」と言い表しています。これ以来、自閉症の<発見者>は通常レオ・カナーであるとされるようになります(注1)。

ところが、最近の調査によると (Steve Silberman、NeuroTribes、2015) 、カナーはハンス・アスペルガー (Hans Asperger) の1930年代の症例研究をある程度知っていたのではないかと思われます。自分の研究が部分的にせよアスペルガーのそれに負っていることを、カナーが認めたことは一切ありません。

アスペルガーは、アスペルガー症候群でよく知られている、オーストリアの小児科医です。第二次世界大戦前、ウィーン大学の小児科クリニックで働いていたアスペルガーは、クリニックにやってくる子供たちの中の幾人かが独特な性格を提示するのに気づきました―社会的な関係の中での不器用さ、相互的な会話が成立しにくい、ある種の作業や規則にこだわって夢中になる、などの傾向です。1944年にアスペルガーは4つの症例(6-11歳)を論文(独語)にまとめました。論文のタイトルは Die "Autistischen Psychopathen" im Kindesalter (幼年期の自閉的精神病質)で、自閉的な (英autistic) という言葉が入っています。アスペルガーはこの用語をブロイラーに倣って、しかし違う年齢層に、使っているとはっきり認めています(注1)。アスペルガーのドイツ語の論文が英訳されたのは1981年のことです。

ほぼ同じ時期に発表されたカナーとアスペルガーの論文そしてautisticという用語の使用は、これまで偶然の一致と考えられてきました。今回、Silbermanが発見したことは、カナーの下で働いていた医師の一人、ゲオルグ・フランクル (George Frankl) 、が元はアスペルガーのクリニックで自閉性のある子供たちの診断をしていた、という事実です。フランクルも1938年にユダヤ人迫害を逃れてアメリカに渡り、カナーのところで働いていたのです。当然、自閉的な症状のことは知っていますから、カナーの病院を訪れた子供達の中からこの症状を見出すことは容易だったでしょう。

カナーの1943年の論文は次の一文で始まっています、「1938年以来今までに見たことのない、と同時に特徴的な症状を呈する幾人かの子供たちを診断した・・・」。「1938年以来」というのがちょっと唐突に感じます。1938年は、フランクルがアメリカに来た年なのです。Silbermanによると、11の内の最初の症例、 Donald Triplett、 が訪れた時に、カナーはどう診断してよいかわからずフランクルに診るように指示したというのです。実際、この症例には論文の5ページ半ほどが割かれていますが、残りの10の症例はすべて2ページ前後の記述です。フランクルが担当したとすると、この症例の叙述が特に詳細であることにも納得がいきます。フランクルはアスペルガーの下で診断士として働いていたのですから、この作業には水を得た魚のように取り組んだことでしょう。そして、命の恩人であるカナーがアスペルガーの仕事を全く無視している限り、自分とアスペルガーの繋がりについて固く口を閉ざしていただろうことは容易に想像できます。

同じ発想が同じ時期に出てくることは、歴史に散見されます。例えば、ハイゼンベルクとシュレディンガーの量子力学理論、マレー・ゲルマンとジョージ・ツワイクのクォーク論(ツワイクはエースと命名しました)、アーネスト・ラザフォードと長岡半太郎とジャン・ペランの原子の惑星モデル、などがあります。この三つのケースは、我々の知る限り、各人独自に発想したようです(ラザフォードには若干の疑惑が残りますが)。カナーとアスペルガーの場合、どうもカナーの方がかなり黒めの灰色に思えます。

カナーとアスペルガーの自閉的な症状に対する境界線の引き方にも大きな違いがあるのですが、それについてはまたの機会に。

(注1)1912年ごろ(1916年という説もあります)に「自閉性(ラテン由来の独語autismus)」という言葉を、早期青年および成人の統合失調症の症状に使ったのはスイスの精神分析医、オイゲン・ブロイラーです。Autósはギリシア語で「自分、自己」という意味で、ブロイラーがこの言葉で表した症状は「外の世界との関係を失って自分の中に閉じこもる」というものでした(語源に関して、いくつかの論文を参照しましたが、特にY. Kita, T. Hosokawa, "History of Autism Spectrum Disorder" 東北大学大学院教育学研究科研究年報、59(2)、2011)。





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最終更新日  2015.09.13 08:40:33
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