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バリ旅行から帰ってきて1週間、溜まった仕事がようやく片付き、ちょうど落ち着いた今日この頃です。旅行中も転送で国際電話やメールを受けていましたが、さすが8日も休むと大きいですねェ。まァ、旅をすると、いつも思う事があります・・・今ちょうど、矢沢永吉の「時間よ止まれ」が事務所のBGMでかかっていて、ブログを書きながら思い出に浸っているところでもあります(笑)。バリ旅行で一番感じたのは、トヨタ、ダイハツ、スズキ、ホンダ、カワサキといった日本の自動車&バイクメーカーの強さです。タイ・プーケットでもそうでしたが、いつも渋滞のバリ市内で走っている車やバイクはほぼ100%が日本車です。私は何もしていませんが、日本人として誇りを感じますし、現地の人も日本人を尊敬しているように思われます。この先人の功績や実績というのは、日本に居ると分かりませんが、海外に行くとよく分かります。いずれにして、日本はスゴイ国だと改めて感じる次第です。車だけでなくテレビやエアコンといった家電製品も日本メーカーが殆どで、トイレもTOTOさんが頑張っていました・・・唯一スマートフォンは、殆ど海外メーカーのようでした。これだけが残念です。観光客の大半が飛行機で近いオーストラリアからで、日本人は10%くらいでしょうか。数年前までは日本人観光客が多かったようで、現地の30代以上の人は上手に日本語を喋っていました。日本がメインであまり世界的に普及していないJCBカードの宣伝があちこちにあったのも、何かチョッと物悲しかったですねェ。しかし、サーフィンをやっていると、スクールで中国語とロシア語が飛び交っていました。同じ初心者で波に割とスイスイ乗っている日本人ジジイの私を見て、目を白黒させているのが痛快でした(笑)。石垣島でもそうでしたが、中国とロシアの富裕層でサーフィンスクールが大繁盛です(笑)。抑圧され長かった共産社会主義のお蔭で、音楽関連もそうですが、中国とロシアにはマリンスポーツといったレジャー産業の膨大な潜在マーケットを感じます・・・しかし、観光地である現地のバリ人は英語が上手です。数年前までは日本語が必須のようでしたが、今はオーストラリア人が多いため英語が必須なのでしょう。自分のビジネスに直接響くとなれば、時代や世の中の変化に合わせて生きなければなりませんから、当然と言えば当然の事です。大概の人間は必要に迫られれば、ウマく順応するものです。私はその辺は楽観視していて、今日本の英語の公教育が小学生から始まるようですが、そんな必要はサラサラないどころか、むしろ日本語教育に力を入れるべきだと思います。ペラペラ発音の綺麗な中身の薄い英語を喋る小学生より、発音は日本語的だがシッカリと自分の意見や考えを言えて日本の歴史もよく知っている小学生を養うべきだと・・・日本は今、観光立国になろうとしています。外国人観光客でごった返す大阪ミナミの繁華街では、英語を上手に喋る店員さんが増えています。地方である貝塚市でも、ローカル水間線に乗って水間観音を訪れる外人観光客がドンドン増えれば、地元の人でも自然と英語が喋れるように努力するだろうと思います。それほど日本人はバカではありませんし、優秀だと思うのです。日本人は英語が喋れないのは、公教育がヒアリングとスピーキングを軽視していたというのもありますが、これまで日常生活や仕事で必要性がなかったというのが大きな要因だと思います・・・今回の旅はホテルと飛行機チケットを取っただけの自由旅行でした。公共のクラクラバスに乗り、タクシーも交渉して乗り、サーフィンレンタル代や買い物も値切りました(笑)。レストランと民族芸能だけは、値切れませんでしたが(笑)。滞在中は毎日マッサージやスパ三昧でした。2時間の全身フルコースで日本円で2000円ほどで、驚くほど安いです。欧米に比べて物価がかなり安かったので、次の旅行にお金を回せそうです(笑)。料理に関して割と保守的な私でも、現地料理が食べれたのがラッキーでした。こればかりは、実際に食べてみないと分かりませんから・・・しかし、今回も現地ビール「ビンタンビール」をよく飲みました。観光客の多くが着ているビンタンビールのタンクトップを買ったくらいですから(笑)。ウブドのコテージのテラスやプールで、日本のユーミンや杏里、大橋純子、JUJUの歌をビンタンを飲みながら聴いてリラックスするのがサイコーです(笑)。またウブドでバリの本格的な民族舞踊やケチャダンスを見れたのもヨカッタです。あの女性ダンサーの手の動きは、実際に見ると驚嘆します。という事で、乾季だったバリでは殆ど雨に合わず、ホテルもプール付きで泳いだり、繁華街のど真ん中でありながらビーチにも近くトテモ便利で、ホントゆっくりした休日を過ごす事が出来ました。これが明日への活力となり、次の旅行への希望となるのか・・・バリ人もオーストラリア人も親日的で充分英会話を楽しめましたが、中国人と韓国人とはここでも意識し合って喋る事もありませんでした。やはり国際社会問題というのは、旅行者にも暗い影を落としているのですねェ・・・そして、海外旅行に絶対有利な住まいが関空の近くという大きなメリットを甘受しているというのを、地方へ車や電車を乗り継いで重い足を引きずって帰っていく同じ観光客を見て今回も思うのでした・・・反省点は、毎回思うのですが、英語力です・・・(涙)現地人とインドネシアと日本の違いについての会話の中で、「保険」という英語(insurance)がどうしても思い出せなくて、簡単な英単語を組み合わせて言い換えましたけど、解かってくれたかなァ・・?ここもポチッと押してください!ご協力お願いします!にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2015.06.29
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先日インドネシアのバリへ行ってきました。バリと言えばサーフィン、サーフィンと言えばバリというくらいバリはサーフィンの聖地で有名です。何もサーフィンをするためにバリに行ったのではないのですが、たまたま今の時期、リゾート地で近くで乾季なのはバリだけで、行った事が無かったのでバリに行った訳なのです。また6泊8日でサーチャージ込みで8万円台(朝食付き)だったのも、自分的にはヒットした要因でした。ガルーダインドネシア航空でスターアライアンスのマイルは貯まりませんでしたが、直行便(片道7時間)でしたので身体的には楽だったのもポイントでした。ウインドサーフィン歴36年ですが、実はサーフィンの経験は全くゼロだったのです。ウインドサーフィンはヨットとサーフィンの「ハーフ」と言われますが、ヨットもサーフィンも全くヤッタ事が無かったのです。しかし、親戚みたいなものですから、バリに来た限りはサーフィンをやらずに帰る訳にはいきません!ホテルをサーフィンのメッカのクタとレギャンビーチ近くにワザワザ取ったのも、ホンマはヤリたかったのか(笑)。結局、滞在中2回しましたが、ウインドや空手と違った筋肉を使いますので、即筋肉痛です(笑)。激しいパドリングと、それから素早いスタンディングポジションを取るため、肩と腰にスゴイ負担がかかってしまいました。まァ、未知の体験という意味でオモシロかったです・・・ウインドサーフィンのボードコントロールや波への恐怖心もない経験が役に立ったのか、最初から案外ウマく波乗りできました。同じ「海上の板乗り」だからなのでしょうか・・・?石垣島でのSUPは空気で膨らませ使用するインフレータブルボードタイプだった為、浮力がありすぎてバランスを取り辛くダメでしたが、同じくらいの長さの今回のロングボードサーフィンはある程度沈んでくれたため、ウマくいったのかも?ウインドサーフィン競技は、ジャンプや波乗りをするサーフィンに近い「ウエイブ」から、オリンピック競技(ヨットの1種)にも採用されている「コースレース」と幅が広く、ウインドが出来ればサーフィンもヨットも割とスムーズに入れるような気がします・・・さしずめウインドはマリンスポーツの「基本」みたいなもので、立技系格闘技の「基本」が空手とすれば、体重移動と正中線を軸にした回転運動の空手の突きと蹴りが出来れば、ウインドと同じように空手の「親戚」であるパンチのみのボクシングや足技中心のテコンドーにスムーズに入れるような気がします・・・元ボクシング世界チャンピョンの徳山昌守や亀田三兄弟、テコンドー・オリンピック銅メダルの岡本依子らは「空手出身」というのがそれを証明しています。基本がチャンと出来ていればある程度応用が効くので、やはり基本が大事なのかァ・・・今の乾季のクタやレギャンでは残念ながら波の割に風が弱すぎてウインドサーフィンは全くやってなく、ちょっと離れたサヌールではやっているようでしたが、途中2日間はケチャダンスなどの民俗芸能で有名なウブドで泊まったため、今回の旅ではサヌールでユックリ出来る時間がありませんでした。昨年から運行を開始した公共バス「クラクラバス」に乗り、レギャンからウブドまでのチンタラ旅も中々オツなモノです・・・今回もオモシロい?経験をしました。ウブドから帰りのバスで、猛烈にオシッコがしたくなり脂汗をかきました。旅行中、朝から現地のビンタン・ビールばかり飲んでいたせいか(笑)。次の停留場まで30分もあり、乗客も少なかったので、ビニール袋を取り出してそこにオシッコしようと思っても出ません(冷汗)。身体はしたいのに、理性が働いて出ないのです(焦)。過去の体験が蘇りました・・・大阪市内で商売で飲んで帰った帰りの南海線で、思わず寝過ごし和歌山まで行ってしまい、和歌山駅発の最終電車で猛烈にオシッコがしたくなり、「連結」でオシッコをしようと思いましたが、やはり理性が勝ってしまい、途中羽倉崎駅で降りてしまいました。当然タクシーもなく、大変な思いをしました・・・今回は途中の停留場まで脂汗をかきながら何とかオシッコを我慢して、運転手に頼み5分だけ待ってもらい、マクドナルドのトイレに駆け込み、何とか難を逃れました(笑)。日本国内では公共のバス運転手が一人の客のために待つなんて考えられませんが、バリの運転手さんは気の毒な外人観光客だと、情けをかけてもらったのでしょう・・・(笑)。今回の経験で、やはり精神力がまだまだ未熟で、自分の精神を自分自身でコントロールできない未熟さを思い知りました(涙)。そして、海外旅行は日本と違ってトイレが何処にでもあるものではなく、有料だったりウオシュレットがなかったりと・・・ある意味、海外旅行はトイレとの戦いです(笑)。20年後の海外旅行は、オムツにちゃんと大小ができるように訓練しなければ(笑)。今回ウブドで泊まったのも、ツアーとは別に事前にエクスペディアで予約しました。3つ星ホテルで1泊5000円チョッとは安いです(朝食&プール付きのリゾートコテッジ)。激安ツアー(全泊同じホテル)で予約しておいて、そのうち何泊かはエクスペディアで別の場所で別のホテル予約というアイデアもイイかも・・・?もちろんお金を出せば、いくらでも良いホテル泊まれますが、一般市民の懐事情は限られますので、「アイデア勝負」で楽しむしかありません・・・そう言う意味で、エクスペディアなどのネット情報は重宝します。という事で、今回のサーフィンの最初はマンツーマンのインストラクター付きで2時間3500円程度で、2回目はボードレンタルのみで2時間1000円程度というのはイイかも。そして、バリ島観光は30日間US35ドルの観光ビザ(到着ビザ)を取得することが義務づけられていましたが、ナント!バリ到着前日に免除されたのです。今年は年始早々、宅建協会の新年互礼会で1等賞が当たったり等々・・・結構イイ事が続き自分でも驚きです。これで、今年の運が尽きたと思うようにして、努力を続ければイイかなと・・・(笑)そして、前々からブログでも言っているように、チャンスがあれば身体の動くうちに、サーフィンと同じようにウインドサーフィンの親戚でもある「カイトボーディング」にも挑戦したいと・・・バリ島では日本の空手が盛んなようで、中学校では必須科目とマッサージのお姉さんが自分も習ったと言ってました。日本の先人がこんなところにも努力して空手を普及させ、改めて空手は世界的でワールドワイドだなァと感じる一幕でした。確かにバリでは、シラットというインドネシアの伝統武道があり現在でも全土で盛んに行われているようで、ロコサーファーも言ってましたが、必要に迫られて「自分の身は自分で守る為」に学んだそうで、確かに島国で単一国家の長い間平和が続いた日本(沖縄以外)にはない発想ですねェ・・・ここもポチッと押してください!ご協力お願いします!にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2015.06.22
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最近親戚のお見舞いで、日本一の眼科と言われる、大阪市大正区の「多根総合病院」に何回も行っていました。行ってビックリしました・・・ナント、7階建ての眼科専門病院です。全国から患者さんが集まっているようで、いつ行っても満員御礼です(笑)。中には、海外からの患者さんなのか?スーツケースを引っ張っている東洋系の患者さんもおられました。専門のお医者さんで、ここまで大規模で流行っているのはこれまで見た事がありませんでした。看護師さんも沢山おられる割には、テキパキと進行を進め、お医者さんも実力があり難しい手術も難なくこなされ、親族としてこれ以上の安心はありません。おそらく全国各地の地元の「かかりつけ眼科医院」と連携して、難しい手術や病気はこちらに回ってくるのでしょう・・・正に、文字通りスペシャリストです。振り返って、私達の日々の仕事にも、このスタイルが非常に参考になると思います。何でもソコソコ出来るけど、深く突っ込んで出来ないゼネラリストではダメで、深く突っ込んで出来るスペシャリストでないとダメなのです。広く浅くではなく、狭く深くです・・・織物時代の後半10年は細い糸(100番手)から太い糸(5番手)まで使って、ハンカチのような薄い生地からジーンズのような荒い生地まで製織範囲を広げた器用貧乏でした。30年前までは、そんな事をしなくても「中程度(30~50番手)」のシャツ地や羽毛布団生地を織っているだけで十分利益が出たのですが、バブルが弾け円高が定着してから洪水のような輸入品に晒され、そんな楽な事でメシが食っていけなくなりました。時代の流れ(変化)に従って、この「細番手から太番手」への生産品種への対応に加え、「多品種・小ロット」生産体制への生産ラインの再構築をしたのです。再構築と言っても人員を増やす訳でもなく、私自身がこれまで以上に営業に現場にと、土日関係なく早朝から夜遅くまで動き回るだけでしたが・・・特に大手総合商社の100%委託生産から、大阪本町や名古屋や浜松の専門商社への切り替え(新規開拓)が想像以上に大変でした。同じ織物(生機)ビジネスでも、総合と専門ではイロンナ意味でこれほど違うのかと思い知らされましたし、自分がこれまで営業の本当の苦労を知らずに非常に甘かったと猛省する次第でした・・・サラリーマン時代の得意先であった工具商社の山善の名刺に「切り拓く」と書いてあったのが突然思い出されて、逆境においてこの言葉の本当の意味を改めて噛みしめたのでした・・・(涙)当時はそれに加え、社長であった父親の突然の死で、私自身、心身ともヘトヘトで疲労がピークに達していました・・・その後も、織物工場の心臓部であったコンプレッサー室が全焼し、2週間工場を全面停止せざるを得なくなり、万事休すと思われましたが、6人の家族と10人の従業員を守るために何とか乗り切ったのです・・・(涙)しかし、100%大手総合商社の委託生産(賃織り)が4,50年と長かったため、いくら小手先で生地の厚さや即納体制を整えても、浜松や西脇や見附産地のような本当の意味での「高級&小ロット」生産が出来るはずもありませんでした。平たく言えば、器用貧乏的なゼネラリストでは、時代の変化で儲からなくなったのです。本当のスペシャリストに転向するには、委託生産で大量生産という下請け体質に長年ドップリ侵され過ぎていたのです。会社経営においては、ロングスパンで物事を考える事が必要ですから、年355日24時間エンドレス操業の織物工場で仕事に追いまくられる日々では、到底無理だったのです・・・日本を取り巻く繊維業界の将来性と、当時流通革命の代表としてユニクロのようなSPA(製造小売り)が台頭してきた現状を冷静に考えれば、機械設備的にも、自分の能力的にもこれ以上織物業を継続するのはNGと判断し、翌年織物業を廃業したのです。廃業の2年後にリーマンショックがあり景気が更に悪化し、自分の判断は正しかったのだと胸をなで下ろしたのでした。という事で、織物時代は本当の意味でスペシャリストに成れず後悔した経験を活かして、今のトランクルーム賃貸業では「トランクルーム専業」を前面に打ち出していますし、不動産業の方も宅建に加えファイナンシャルプランナーや不動産コンサルティングマスター資格を取り、「貝塚市の事なら俺に任せて!」と、貝塚市に特化し「狭く深く」というスタンスで、土地活用などコンサルティング業務も意識しながら単なる不動産仲介業ではないスタイルを目指しているのです。やはりどんなビジネスでも生き残ろうと思えば「差別化」が必須ですが、自分の能力の無さを考えれば、如何に「スキマ」を狙うか?小さなアイデアが浮かんで積み重ねれるか?が、生死の分かれ目でしょうねェ・・・しかし、年を取ると身体のアチコチが痛くなり、イロンナ病気にかかり、なかなか病気と縁が切れません。今のところ、血圧だけが高く降圧剤が手放せません。腰のヘルニアの方は、もう2年ほど痛みがありませんので、定期的な運動で何とかモッテいるようです・・・しかし、何かの拍子に原因不明で身体のアチコチに痛みが生じ、なかなか治りません・・・そして、知らぬ間に治っているという経験がしばしばです(笑)同級生の集まりでも、病気と年金の話が多くなりました(笑)毎朝のストレッチやジムや空手やクロスバイクで週3、4回は身体を鍛え、早寝早起きでジムに行かなければ4時には起床という規則正しい生活リズムで、1日2食で胃腸を整え(毎日プチ断食)、ビールは1日1本に抑え週1日は休肝日を作り、夏は風が吹けば仕事よりもウインドサーフィンを優先して、いつでもどこでも好きな音楽を聴いてココロのリラックスを心がける・・・身体の外(全身の筋肉)と内(内蔵)、そして一番大事な頭(心=精神)をバランスよく鍛えるのです。まァ、そんな努力をしても、ナル時はナリます・・・・まァ、努力もしなければ、確実に10年寿命が縮むでしょうねェ(笑)ここもポチッと押してください!ご協力お願いします!にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2015.06.10
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