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先日、兵庫県三田市で開催されたNPO法人全日本武道連盟主催「第23回総合武道演武大会」に、唐手道・止揚会の一員として参加してきました。早いもので、今回で3回目です。毎年日曜日の開催で、ワンボックス2台に分乗し、行きは2時間、帰りは高速で渋滞に巻き込まれ3時間もかかってしまいました。そこはジイサンの遠足みたいなもので、ワイワイガヤガヤと時間が経つのもあっという間でした。あくまでも演武大会ですので、行き帰りもビールを飲む訳にもいかず、そこはジッと我慢の子でした・・・(笑)。去年は空手系は我が団体だけでしたが、今回は他に2団体が参加されていました。総合武道ですから、空手、合気道、柔術、古武道、中国拳法、剣術、棒術、武器術、少林寺拳法(不動禅)、抜刀法、居合、剣舞など色んな武道が参加されていますので刺激になります。案外、武道と言うのは他団体との「交流」は少ないものです。それというのも、武道は戦いですから、相手に手の内を見せるものではありませんから当然と言えば当然の事です。百年以上脈々と受け継がれた空手の「形」の流れの中に、分解をするとそこには省略された「隠し技」があるのです。形の演武では、単に順番通り動くのではなく、その意味も考えながら演武しないと、気迫も緩急もない単なる踊りになってしまいます。一般の方が日本の空手の「形」を見て感動されるのは、そういった理由によるものと思いますし、日本の空手がオリンピック種目になるのは当然の事と思います・・・日本の空手の表面だけをパクッた外国の武道(マーシャルアーツ)の「形」には、その「魂」がないのが何よりの証拠です・・・昨日、東京オリンピック追加提案5種目(野球・ソフト、空手、スケートボード、スポーツクライミング、サーフィン)が発表されました。来年8月のIOCで正式決定されます。ほぼ間違いなく決定されるとは言え、30年以上前の悪夢が頭を過ります・・・1984年のロサンゼルスオリンピックで初めてウインドサーフィンが正式種目(ヨット競技の1種)として採用されたのですが、その時の使用艇(ワンデザイン)が日本で殆ど普及していなかった西ドイツ・フレッドオスターマン社製の「ウインドグライダー艇(F2)」だったのです。日本では特許の関係でほぼ100%アメリカ・ウインドサーファー社製の「ウインドサーファー艇」で、世界的に見ても70%でダントツの普及率だったのです。ウインドグライダー艇は、おそらく世界的に見てもせいぜい数%くらいの普及率だったと思います。それが何故、超マイナーなウインドグライダー艇が採用されたのか?純粋なアマチュアスポーツであるオリンピックに、政治的な大きな力が作用したのは誰の目にも明らかで、若かった私は言いようの無い虚しさを感じたものでした・・・これが、世の中かと・・・そう言った理由で、100%間違いないと思っても、最後まで予断を許せません。空手の流派には試合方式や起源や形の違いによって300とも400とも言われる流派があり、それを束ねる団体も沢山あります。国体種目やインターハイやインカレにすでに採用されている伝統派(寸止め)の全日本空手道連盟(全空連)が、オリンピック参加への最右翼です(全空連には伝統4大流派と言われる松濤館流、糸東流、和道流、剛柔流など各諸流派が参加)。今年4月にフルコンタクト派(直接打撃制)の極真会館(松井派)が、全空連の友好団体になりました。これは、空手界にとって歴史的な出来事でした。寸止めとフルコン・・・全く違う試合方式の団体が手を結ぶなんて、とても考えられませんでした・・・正に、青天の霹靂です。これが、オリンピックの成せる技か・・・更に9月25日に、極真会館(松井派)とフルコンタクト空手6団体(正道会館、国際大山空手道連盟、拳眞塾、葉隠塾、脩己會、IBMA極真会館)が友好団体となったと発表されました。柔道や剣道のように流派がひとつではない空手が、オリンピックの掛け声でこれほどまとまろうとするのは、正に驚きです・・・ヨーロッパでは伝統派もフルコン派も団結しているようです・・・ここはオリンピック正式種目化によって、世界中に日本のKARATEを一挙に知らしめるチャンスです。伝統派もフルコンも名実とも一致団結する大きなチャンスだと思います。あと伝統派の日本空手協会(松濤館系)やフルコン派の全日本フルコンタクト空手道連盟(新極真会、芦原会館など)という大きな団体が、この流れに加わって「オールジャパン」で戦えば、オール金メダルもけっして夢ではありません。日本の本当の強さを世界に知らしめる大きなチャンスだと思うのです・・・という事で、我々「唐手道 止揚会」は琉球武術ですが、大きな意味で空手(KARATE)ですので、オリンピック種目化になれば嬉しいのは言うまでもありません。そして、アルコールを1日中我慢していただけあって、夜の打ち上げでは大いに盛り上がりました・・・今回は稽古を充分重ねていた甲斐あって、全体的にウマく演舞できました。5月の岸和田フェスティバルは最低の出来でしたので、リベンジとでも言うのでしょうか・・・年間を通して、5月の岸和田フェスティバルと9月の総合演武大会の2つを目標に、稽古に励んでいます。やはり人間、区切りとかいった目標が必要でしょうねェ・・・自己の判断による入学、卒業、受験、結婚、就職、転職、転業、起業、離婚、転居、入会、退会、決別・・・いくら趣味と言っても区切りが無ければ、どうしてもダラダラとしてしまいがちです。昨日だんじり祭の青年団の太鼓の練習に参加してきましたが、やはり2尺5寸の大きな名越の大太鼓はイイ音がして気持ちがイイです・・・この50年以上続けている太鼓の練習も、自分的には「やっと、だんじり祭がやってきたなァ・・・」という区切りだったのです・・・(笑)。2年くらい前から大太鼓の水平打面が2センチほど上がって叩きにくく(セッティングの仕方で)、インパクトの時の上腕三頭筋と大胸筋に伝わる感覚が微妙です・・・?まァ、もちろん自分が現役で叩く訳ではありませんので関係ありませんが・・・ウインドサーフィンのセイルのチューニングなら、1センチでも違ったらオオゴトです・・・たかが1センチ、されど1センチです・・・しかし、日本で空手をヤッテいるなんて言うと、未だに「はすかい(泉州弁で斜め)」の白い目で見られますが、海外に行ったり外人に空手の黒帯(ブラックベルト)を持っているなんて言うと、尊敬の眼差しで見られます・・・(笑)。空手の呼吸法(息吹)や突き蹴りや形の一部をちょっと披露すると、もう大変です・・・(笑)。この「差」は一体なん何でしょう?日本のコナミスポーツやジョイフィットといったスポーツジムで展開され、世界中に普及しているオーストラリア・レスミルズ社発信の人気スタジオプログラム「ボディコンバット」も、基本は日本の松濤館流空手です。やはり、日本人の想像以上に空手はグローバルで、オリエンタルで神秘的な魅力がありクールなんでしょうね・・・ここもポチッと押してください!ご協力お願いします!にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2015.09.30
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2020年東京オリンピックに、空手が新種目として採用される公算が非常に強いです。来年8月のIOC総会でこれが正式に決定されれば、1970年代以来の空手ブーム(当時はブルースリーの影響)が再び日本に到来するかもしれません・・・そうなれば、我々実際に空手を稽古している者にとって、理屈なしに嬉しいですねェ・・・青少年にとっては、「オリンピック出場」という夢が膨らみ、中年以降の世代にとっては「日本武道」である空手を学んでいる誇りと自信が生まれるでしょう。今はK-1などの影響で空手も割とメジャーになりましたが、大学の体育会で空手をやっていた70年代はブルースリーによって一瞬だけブームでしたので、それほどメジャーではありませんでした。イメージ的にも学校体育で認可されていた柔道や剣道と比べて、空手をヤッテいるなんて堂々と言える時代ではありませんでしたし、偏見を持たれるのが嫌でしたので、どちらかというと隠していました・・・それが半世紀経ってオリンピック種目になる事で、やっと世界的に認められる「日本のKARATE」になれば感無量です・・・仕事と同じで、自分がこれまでヤッテきたことが他人や客観的に認められれば嬉しいものです。特に空手の場合、すでにオリンピック種目となっている柔道やテコンドー等と違って、世界を統一する団体は1つではないにも拘らずオリンピック種目になるところに意義があると思うのです。オリンピック候補の最右翼は世界空手連盟(WKF)という団体で、日本では全日本空手道連盟(全空連)を国内競技団体として承認しています。空手には組手試合方式で、このWKFの寸止め(ノンコンタクト)以外に、極真会系や正道会館などの直接打撃制(フルコンタクト)を採用している団体など様々です。柔道は講道館、テコンドーは韓国系のWTF(他に北朝鮮系のITF)というように、言ってみれば流派は1つですが、空手には組手試合方式でノンコンタクト、フルコンタクト、ライトコンタクト、防具付き、起源や形によって首里手系、那覇手系、泊手系があり、それら入り乱れて300とも400とも言われるほど沢山の流派が存在しています。言い換えれば、ウインドサーフィンのように国体やオリンピックを目指す団体(グループ)はごく一部であり、ウエイブ(波乗り)やフリースタイル(自由演技)の競技や単にスラロームで楽しんでいる人の方が圧倒的多数というのとよく似ています。私の所属している「沖縄空手 唐手道・止揚会(琉球武術)」は全空連に加盟していませんので、オリンピックや国体に関係なく独自のスタンスで研鑽を積んでいます。突き蹴りと形の「空手」、棒やサイやヌンチャク等の「武器」、関節技および躰術の「取手」の3本柱で、試合ではなく護身術、健康、ストレス解消を目的に、高校生以上を対象として稽古に励んでいるのです。言ってみれば、3教科に絞って私立大学受験するのではなく、将来社会人になった時の事を考え(先を見据え)、直接受験に関係ない科目を勉強したりクラブ活動を熱心にするようなものです・・・(笑)。何でもその場の効率だけ追求しても、将来とんだ目に遭いかねません・・・もっと落ち着いてマクロに立った視点で物事を考える必要があると思うのです・・・頭も身体も片寄ってはダメで、人生バランスが一番大事だと思うのです・・・止揚会のメンバー全員男子で、平均60歳くらいでしょうか・・・60と言えば普通、仕事も第一線から退き、激しいスポーツなんかトンデモナイ年ですが、みなさん元気です・・・アントニオ猪木ではないですが、「元気がなにより、元気があれば何でもデキる!」かもしれません・・・年齢に関係なく、元気がある人に近づくと元気(パワー)を貰える・・・逆に、元気のない人に近づくと、元気が逃げていく(パワーを奪われる)・・・ある意味、空手道場に通うのは、「元気」を他のメンバーから貰うために行っているのかもしれません・・・(笑)。潮風と眩しい太陽を全身に浴びるウインドサーフィンも自然から元気を貰い、ジムでも他の人が頑張っている姿に刺激を受けるのでしょう・・・仕事だけでなく私生活においても、デジタルとアナログのバランスが大事なように、アウトドアとインドアのバランスに気を付ける事も忘れません・・・私を含め半数以上は若い頃に他流派の空手などの格闘技の経験者ですが、紆余曲折いろんな人生を経て止揚会に辿り着いたのです。まァ、この高校生以上が対象というのがミソで、中学生以下の子供には教えていないのです。他の殆どの空手道場は子供主体ですので、我が流派は異色中の異色の存在です。目的のひとつである護身術で、人中(鼻の下)などの急所だけを狙った約束組手や武器や取手の稽古は、子供にとって過酷で危険すぎるというのもありますが・・・試合目的でなく、あくまでも一撃必殺の実戦に重きを置いた本来の沖縄空手の護身術は、そういった理由で日頃の稽古でも真剣そのものです。そんな緊迫した稽古に子供が耐えれるはずもありません。オッサンだからこそ、耐えれるのかもしれません・・・かと言って今更、大学の空手部やフルコン空手のように、試合の為にハードな稽古や普段生活をしていく上で必要以上に身体をビルドアップをする訳でもありませんしデキません・・・壮年の体力に応じ週1回2~3時間、試合に関係なく一生に一度あるかないかのどうしても逃げる事の出来ない状況の実戦を想定して、我々の非力な体力でも相手の急所を狙って一撃で倒せるテクニックを磨いているのです(或いは、関節技の「取手」で相手を捌いて、怪我させずに戦意を喪失させる)・・・不思議と、途中で止める人は少なく、何故か?止揚会は魅力あるのでしょう(やろうと始める人も少ないですが)・・・(笑)。個人的には例え週1回の稽古でも、より稽古を充実させるために、毎朝のストレッチとスタミナ&パワーといった基礎体力養成で週2,3回ジムに通っているのです(もちろんウインドサーフィンの為にも)・・・趣味だけでなく仕事に於いても、これからも少しでも充実した人生を送るために、残念ながら低下していく体力(健康)と知力に応じた「対策」を講じなければ・・・言ってみれば、年取れば「気力」頼みか・・・(笑)。まァ、子供に教えるのは手間というのもありますし、今の時代、怪我でもさせるとウルサイ親から何を言われるか分りません・・・エエカッコに言えば、50,60の高齢になっても子供に教える指導者にならず、あくまでも自分の為に自己責任において死ぬまで「現役」に拘り、自己研鑽に励むとでも言うのでしょうか・・・「引退」の文字は眼中にないのです。この考え方はビジネス(トランクルームと不動産)にも通じますし、ウインドサーフィンや祭の太鼓にも通じます・・・更に、来年こそ37,8年ぶりに再開するドラムにも・・・(涙)という事で、空手がオリンピック種目になったからと言って師範が方針を変えて小中学生にも教えるというのは考えにくく、これまで通り沖縄空手を淡々と追究していくだけだと思います。大阪だけでなく、日本国内でも大人だけを対象とした流派は少ないと思いますし、これからも自信を持って技術レベルの向上に努めたいと思います。今現在、今月後半に兵庫県三田市で行われるNPO法人全日本武道連盟主催の「第23回総合武道演武大会」に向けて、稽古の真っ最中です・・・そして若者の男性だけでなく、女性にも是非入会をして頂きたいと思います。「月謝1000円」というのは安すぎますが、これも尊敬する中村師範(創始者)のボランティア精神の現れです・・・ ここもポチッと押してください!ご協力お願いします!にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2015.09.20
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9月19,20日は岸和田(浜手地区&春木地区)のだんじり祭で、10月10,11日は貝塚だけでなく岸和田の山手地区、熊取、泉佐野、和泉、堺のだんじり祭です(多少の日程のズレあり)。もう夕方になると、練習をしているのかアチコチから太鼓の音が聞こえます。先日、祭の献灯提灯の寄付をすると、祭の10月から始まる新しいカレンダーと新しいデザインのタオルを貰いました(名越オリジナル)。今日の朝刊チラシに貝塚市水間の兵八さんの「だんじりグッズ」がありました。その中で、可愛い孫のための「名越の紋入り」の赤ちゃん用のヨダレ掛け(スタイ)が目に飛び込んできました。同じヨダレ掛けでも、決して他町の紋入りは買わないのです。あくまでも、自分の住んでいる(或いは出身)町の商品しか買わないところに、ニッチマーケットがあるのです。兵八さんのチラシを見ると、団扇やTシャツ、ロンパース、ヨダレ掛け(スタイ)、ストラップ、巾着、ポシェット、数珠、ステッカー「町別」の紋が入った商品がズラリです・・・こういった商品も売られ始めたのは、10数年くらい前からでしょうか・・・?ボチボチ流行り始め、今ではこの兵八さんをはじめ、あちこちで売られています。こんな「だんじりグッズ」マーケットは、だんじりのある堺市以南の泉州地区一帯にあるのです。もっと細かくマーケットを分析すれば、同じ泉州でも祭が盛んな所とそうではない所にバラつきがあり、南へ行くほど「土着度」がアップする(近隣周辺に親戚が多い)という傾向があります。従って、町紋グッズは祭歴が浅い堺市や和泉市の新興住宅地区は周辺に限られ、最も盛んで歴史の古い岸和田の浜手地区(旧市)の商品はより広範囲に販売されているではないでしょうか・・・こういった「町紋別」というニッチマーケットを狙った緻密な販売戦略が、業者側に取られているのだと思います。しかしこういった商品は、こういった一般の衣料店でも買えますが、だんじりを曳く際に着る町の紋(町名)が入った「正式の法被(ハッピ)」は町内会でしか買えません。まァ、泉州にこんなマーケットが存在するのも考えた(或いは掘り起した)人は賢いですが、東京や地方の人には理解できないでしょう・・・泉州特産「水ナス」と同じように、大手企業が参入する心配もありませんし、地元業者が独占です。これこそが、中小零細企業の取るべきビジネス戦略だと思います。今の世界中を見渡し過去の世界史を紐解けば、アチコチで民族紛争が起きていますし現在も起きています・・・という事は、人間というのは血族や民族を何より大事にする動物なのでしょう・・・だんじり祭における「町(村)意識」というのも、どうもこの辺の人間心理からきているのでしょう・・・ヨーロッパ移民によって原住民であるインディアンが何処かへ追いやられたアメリカのように、日本においては、もはや東京は土着で生粋の江戸っ子は超マイナーになり、代わって地方から流入した日本人が主流になり、外人も入り乱れて、本来の祭や生まれた町や故郷を意識できない1300万人超の世界の大都会TOKYOになってしまいました。一方、地方はどうかというと、人口が減り過ぎて「限界集落」になるのも時間の問題という地区が増えているという惨憺たる状況です・・・その点、堺市以南の泉州地域は日本第2位の都市で「世界のOSAKA(大阪市)」に近く、山も海も近く都会と田舎を上手くミックスし、しかも昔から晴れの日が多く気候が温暖で雪も殆ど降らず、災害(地震、台風、洪水被害)が少なく非常に住みやすいの場所として昔から繊維産業(織物、タオル、毛布、紡績)を中心に発展してきました。特に第二次大戦後の昭和2,30年代は、泉州の繊維産業が日本の高度成長期の前半を引っ張ってきたと言っても過言ではないでしょう・・・特に貝塚市は、1964年東京オリンピックで優勝した女子バレーの主力メンバーの殆どが在籍していた「ニチボー貝塚(現ユニチカ)」の工場(紡績と織物)があり、日本でも有数の織物工場地帯だったのです。その証拠に、270軒ほどしかない小さな我「名越」の町内には、100人超の従業員を抱える工場が2つもあり、大小合わせて11もの織物工場があったのです(弊社も最盛期は40人)。木島小学校で、織物関係の仕事をしている親と言うと、クラスの半分以上が手を上げたものです(今は小学校全体でゼロ)。世界で活躍する日本の総合商社を代表する伊藤忠や丸紅も何百年も遡れば、泉州地区で生産された綿花や糸や織物といった「祖業」の繊維ビジネスで発展してきたのです・・・かつて村の古老に聞くと、江戸時代から明治時代は村の各農家が米の端境期に納屋にある織機で反物を織って、それを村の産元(仲買人)が集めて牛車に積んで1日かけて大阪船場にやっと辿り着き、今の伊藤忠や丸紅や船場八社に売っていた・・・というストーリーが地元にあったのです。泉州人は昔から出稼ぎに行かなくても、地元で充分仕事があったという非常に恵まれた環境にあったのです。逆に恵まれすぎて、昔から偉人と言われる人間を殆ど輩出していないのが難点ですが・・・(笑)。そういう地元の歴史がありますので、代々泉州に住んでいる土着民の割合が多く、これが保守的でムラ社会と言われる所以で、周りが血縁や地縁だらけのコミュニティですので、互いに「ワカッタ」関係に甘えてどうしても言葉が荒っぽくなってしまったのです。ヨーロッパのように季節によって獲物(肉)を求めて移動する狩猟民族と違って、農野菜や米や魚が主食の日本人は1か所に定住する農耕民族ですので、地方によって独自の言葉や文化が発達した結果でしょう・・・一地方なら話題にものぼらなかったでしょうけど、大阪に近いというだけで何かと話題性があり、それが変な風に伝わり「泉州はガラが悪い・・・」とか誤解されているのだと思います・・・かつて織物時代に、主力取引先(100%委託生産)であった伊藤忠商事の船場の本社に初めて行った時に、地元の同業者の社長さんが本部長や部長や課長らを前に「オイエ~(そうなんです・・・)」「やっちょうえ~(そうしてください・・・)」「ホンマかお~(本当ですか?)」「おてから~(そして・・・)」「もうちっと、まけちょうえ~(あと少し値下げしてください・・・)」「かいだるい事言うなェ~(情けない事、言わないでください・・・)」・・・と、バリバリの泉州弁で商談(雑談)しているではありませんか・・・世界中を相手にビジネスを展開している商社マンにとって、大阪弁とは実は「泉州弁(詳しくは泉南弁)」だったのです・・・(笑)。人間は生まれを指名できませんから、泉州生まれの自分が相当ラッキーだったと神?に感謝する次第です・・・(笑)。という事で、ヨダレ掛けを買ったとしても、まだ1才にも満たない2人の孫はジイジと一緒にだんじりを見に行きたいと言うのでしょうか・・・(笑)。ここもポチッと押してください!ご協力お願いします!にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2015.09.10
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