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【左側の顔面痙攣 エピソード69】10/31(金)猛烈に腹が立った昨日がまるで嘘のよう。一晩寝て平常心に戻る。昨日の件、一部始終を思い返すだけではらわたは煮えくり返るけど、少し大人気なかった。国に負担していただいているのだ。反省、そして感謝しよう。こういう怒りは、得てしてぶつけるところがない。患者の会などに属していればまた違うのだろうが、私はそういうタイプではないし、良い意味での孤独を好む。だから、こういう時、このブログを書いていて本当によかったなと思う。周りの意見に流されることなく、ただ自分の気持ちを吐き出すだけで、心は保たれ、客観的に自分を振り返ることができ、明日へと繋がってゆく。そうやって、綴り続けてきた訳だ。そして、また一つわかったことは、どれだけ嫌みを言われようが、他人には関係ない、私は私を貫くということだった。(こうやって毎年更新し続けないといけないのかと思うと、ため息しか出てこないけど。次回からは能面のような表情に乏しい仮面を付けて挑もうと思うけど。)やっぱり疲れたようで、左目の周囲の一時的な痙攣が止まらない。座骨神経の痛みももすっきりせず。いつの間にか一日が終わる。蛙さーん、もういませんかー?雨降ってるよー。
2014/10/31
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【左側の顔面痙攣 エピソード68】市役所へ行って必要書類をもらった後、そこから徒歩15分ほど離れた保健所へ(なんでこんな微妙に離して建てたのか?市役所の一角でいいではないか。)、例の医療費助成の書類を提出しに行った。混んでいて30分ほど待たされ後(しかもこの30分間、赤ちゃんが悲鳴のようにギャンギャン泣き続けていて、嫌〜な空気が流れている。)、やっと呼ばれた。窓口の担当者の言葉の言い回しなどの対応の端々にイッライラする。そう言えば、私の前に申請に来ていたおじいちゃんも、やけにその担当者に突っかかっていた。普段キレるということなどないが、今日はその寸前まで血圧が上がった。胸がもやもやし、瞼は重い。こんなに時間と労力とお金を使ってまで、申請し続ける意味はあるのか(制度も変わるし)。定期的に通院する意味についても。毎年更新するのか、よく考えようと思う。自分本位だけど、今日はもうこれしか書けません。寝ます。
2014/10/30
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【左側の顔面痙攣 エピソード67】10/27(月)一気に寒くなる。お風呂に入ると、気持ちよくて、ふぁあ〜っと声が出る。そして、お布団をこっぽり首まで被って寝られる感じが好き。おねえさんのカフェでゆっくり本を読む。帰りには、図書館でまたたんまり借りる。毎日のように通っているけれど、毎回新発見があるものだ。友達が、あるカフェでテイクアウトした焼き菓子を送ってきてくれる。ここは、自然の材料を使っていて、とても丁寧な身体に優しいおやつがいただける。(某雑誌にもレシピを提供されています。)店主さんも魅力的な人。少し遠いのだけど、行けば必ず立ち寄るお気に入りのカフェなので、とてもうれしい。ありがとう♪10/28(火)0.01mmが0.02mmになり、0.1mmになり、やがて1mmになる。目には見えない、けれど確実に、ほんの僅かのズレが生じてきている。季節の移ろいに身体が付いていかない。座骨神経の、何度もお尻を浮かせて座り直したくようななるイジイジむずがゆい痛みが続くので、温めようと思い、腹巻きをする。さらに、なぜか左目の下の一時的な痙攣が始まる。現在の片側(へんそく)顔面痙攣は顔の左側の下半分だけなのです。10/29(水)新しい靴下を下ろすと、ほんの少しだけドキドキする。そうそう、美容院が嫌いな理由がもう一つあった。おっと、これは忘れてはいけない重要なことだった。失礼しま〜す、と言って、肩から大きなケープを掛けられるが、これがまた異常に暑いのである。ナイロンだから汗をかいたら中で籠るし、蒸れるし、かと言って脱ぎたいなんて言えないし、汗恐怖症の私にとっては消えてしまいたくなるほどの苦痛なのであった…。
2014/10/29
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【左側の顔面痙攣 エピソード66】そうそう、この間美術館へ行った時に、耳栓をしている男性を目撃した。(えーっ!)以前から、美術館内でのマナーの悪い人たちには甚だうんざりしていたので、そうか、その手があったかと目から鱗だった。美術館へ行くと、いつも不思議に思うのだが、必ず大爆笑しているおばさんたちのグループがいる。年金をいくらもらっているか、とか、同級生が太り過ぎて誰だかわからなかった、とか、そんなくだらない話で盛り上がる。(小さな平面の石に描かれたスフィンクスをカマキリだと言った人もいた。もう笑えない)おばさんたちにしてみてば、美術館を堪能するというより、友達と話をするついでにただ単に今話題になっている美術館へ寄っただけのことであって、場所などは正直どこでもいいのである。美術館内をただ大名行列のように練り歩いただけ、というおばさんたちには心底閉口させられるが、まぁ、これも美術館の楽しみ方の一つなのだから、私がとやかく言う筋合いはない。そうだ、MRIを撮る時だって、とても大きな音がするから耳栓をするじゃないか。ということで、美術館へ行く時は、耳栓を必需品にしようと思います。
2014/10/28
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ショパンの雨だれ人生は、自分で決めるものですよ。だって、自分の人生なのですから。
2014/10/27
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【左側の顔面痙攣 エピソード65】10/24(金)新月 部分日食なぜか歩くと座骨神経が痛む。痙攣が耳にトトトトと響くのは、ありがたいことにとっくに治っている。これまで、小説を読む時は、1冊を読み終えたら次の小説へ、また1冊を読み終えたら次の小説へ、という読み方をしていたけど、最近は2冊を並行して読んでいる。噂によると、6冊を並行して読むとおもしろいらしい。チャレンジしてみる?10/25(土)やっぱり座骨神経がイジイジ痛む。なんでだ?蛙さんが勢いよく元気に鳴く♪スズメバチがよく飛んでいるのだけど、ちょっと怖い。一つの判断材料にはなるけれど、「顔面痙攣が止まった=病まない」訳では決してない。そもそもの根本的な「病み」の根を摘み取らないことには。(でも、自分でも、それがあまりに複雑に絡まり合いすぎていてわからないのが困る。)そうなんです。私は怠けているのです。かねてから、「健康な人にはわかってもらえない」と嘆くのではなく、それはまず「不可能」であって、「その10分の一「も」わかってもらえた」と考えるようにしている。(おそらく私自身もそうだから。)その方が、自分が大いに楽になる。そう言えば、いつだったか、ピアノの先生に「(ストレスをためない、無理はしない、この病気は)贅沢病だ」と言われたことがあった。むろん、先生はふざけてそう言っている訳だが(いや、ほぼ本心だと思うけど)、ええ、そう思っていただいて結構。10/26(日)母が、妹家一家と旦那さんのお母さんと6人で一泊旅行に出かけて行った。あまり乗り気な様子ではなかったが(どうせ子守をさせられるだけだと言って笑)、まぁ、行けばそれなりに楽しいだろう。掃除などをして、蛙さんとゆーっくり穏やかに過ごす。蛙さん、まさか越冬ならぬ越秋(?)するのかしら。
2014/10/26
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Are you ready?2年ほど前から、折あるごとに、髪の毛を切りたいと漠然と思うようになった。おそらく、年齢的なものと(もうすぐ34歳になるので)、生活習慣を変えたことによる服装の変化、多くの物は所有しないという考えを持つようになってからの違和感だったかと思う。ずっと、肩甲骨辺りまでの黒髪ストレートで、一つに束ねていることが多い。なんてったって、楽だから。多少乱れていても、アレンジでもして束ねるとそれなりに出来上がるから。前髪だけ定期的に自分で切ればそれでいい。そんなものぐさな私が、昨今、それをばっさりボブぐらいにまで短くしようかと、悶々と考え続けている訳である。だけど、まず、何よりも美容院がキライ。行きつけの美容院など、ない。第一印象でこの美容師さんとは合うかどうかとすぐわかるけど、実際に予約して行ってみないことにはわからない。(もし直感で合わないと感じた場合は特に)美容師さんと一対一で話をするのが、これまた最上級レベルのおっくう。ずっと長いから、短くするには勇気がいる。切ったところで、似合わない可能性。すぐ伸びるとは言え、その間はどうすればいいか。と、ざっとこういう感じだろうか。日々思いあぐね続けて、今日に至ってしまった。と文句を垂れつつも、今はそんなこと以上に、それらを我慢して乗り越えてでも、ばっさり切りたくて仕方がない。
2014/10/25
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【左側の顔面痙攣 エピソード64】生活改善に励んで5、6年になると思う。度々ここに綴ってきたように、本当に身体は元気になった。ただ、神経が過敏なことは改善しようがないんだなという現実に、この顔面痙攣を通してぶち当たった気がする。あらゆる角度から思い知らされた。悲しいかな、ピアノを弾くには好都合だった。ピアノなんて、鈍感な人には弾けない。もう、これからの人生において、無理はしないと決めている。身体が拒絶する方向には進まない。ということで、やっぱり私は、その敏感過ぎる神経を受け入れて、武器にして、それを十分生かせる道を考えていこうと思っている。
2014/10/24
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【左側の顔面痙攣 エピソード63】10/22(水)新しい眼鏡が、本当に使いやすくて見やすい。これまで使っていた眼鏡と、この度新調した眼鏡両方を使おうと思っていたけど、結局新調した眼鏡ばかりをかけている。大きなスズメバチらしき蜂が、アブのような小さな蜂(名前はわからないけど)を仕留めて食しているところを偶然見てしまう。結構すさまじい。自然界で生き残ることは、人間も含め、たやすくはない。10/23(木)霜降ものすごく、髪の毛、切りたい。(チェーン店ではない個人経営の)おいしい飲食店、食と向き合って丁寧に調理している飲食店、なるべく体に優しい食材や調味料を使っている飲食店、その道の職人、という人たちのお店は、得てして極めてシンプルな店構えと厳選されたメニューしか置いていない。メニューがあまりに多過ぎる、あるいはメニュー表に何やらくどくどと綴られているお店は、大概その力不足を「補っている」だけに過ぎないと思われる。因みに、おねえさんのカフェは、お店の店名とティーカップの絵が描かれた看板と、OPENの文字の看板がひっそりと出ているだけです。今から考えると、初めて行った時、メニューも見ないのによく入店したなと思う。
2014/10/23
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【左側の顔面痙攣 エピソード62】病気云々に関係なく、私は以前から、年末年始やお盆、GWなど、世間がお祭り騒ぎをする長期休暇が大嫌いだった。私はといえば、どこまでも堕落してもう這い上がって来られないんじゃないかと思うぐらい寝て寝て寝まくって、(ピアノを弾かない日はなかったから)汗だくになってピアノを弾いて一日が終わる。もしくは、ショッピングが趣味でもあり、ストレス発散でもあったので、その睡眠を少しだけ譲って寝起きの腫れぼったい顔で一人でフラっと買い物に出かけて、汗だくになってピアノを弾いて一日が終わる。一方、そこ都会の有名待ち合わせスポットでは、友人知人などと大勢で集まって休日を謳歌する人たちで溢れ返っている。どこを見ても、笑顔笑顔笑顔。私にはそんな友達はいない。私は小回りで人混みを駆け抜けてそそくさと家路に着く。そして、家へ帰ると引きこもりを思わせるかのような精神的な落ち込み。そんな過ごし方しかしたことがなかった。もちろん体調も悪し。それならこんな休日はいらない!早くいつも通りの日々に戻ってほしいと願うばかりであった。さて、そんな私の性格を知っている妹は、いつもいつも決まってこう言った。「(私のように年末年始もお盆もGWも)一人で過ごしてる人は多いと思うでー」私を懇々となだめすかし、私が安心しきったところで昼寝を始めたと認めた瞬間、サッと瞬間移動で姿を消す。お察しの通り、妹は毎日友達と飲み会もしくは旅行で留守、なのであった。つまりは何が言いたいのかと言うと、クリスマスケーキやおせち料理の予約が始まっているということは、私が一年の中で最も忌まわしく嫌っている「魔の」年末年始がやってくるということ。まだまだ先だと思っていたけれど、着々と足音を忍ばせて迫り来ているということ。今年は本当に要注意だと思う。年末年始には、左側の片側(へんそく)顔面痙攣は止まっているのだろうか。病まないように、なんとか踏ん張らなければ。その約1週間の家での過ごし方を、何か計画を立てておかねば。だけど、頭で考えて病まないようにできる訳じゃないんだよ。自分で自分をコントロールできないのがやっかいなんだよ。
2014/10/22
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【左側の顔面痙攣 エピソード61】10/19(日)なんとな〜く、歯が染みる。この間歯の詰め物が取れそうになったので歯医者へ行ったが、虫歯ではなかった。もしかしたら、今度こそ本当に虫歯かもしれない。それか知覚過敏だろうか。10/20(月)朝から夕暮れのように空は暗く、どんより湿っぽい。途端に雨が降り出す。頭が痛い。ぼーっとしていると、聞きなれたあの声が…。えぇ!蛙さんが鳴いた!!まだいたの!?顔がにやけて止まらない(笑)そう言えば、今年、風邪を引いていない。なんて素晴らしい。このまま今年が終わるまで引かなかったら、また自分を褒めて労ってあげよう。10/21(火)蛙さ〜ん♪♪ところで、タートルネックなるものを着るなんて、とんでもないことだった。昨今は、電車などに乗っても節電でさほど暖房は効いていないが、数年前までは蒸し風呂のような暑さに設定されていた。そんな中でタートルネックを着るなんて、冬なのにそれこそまた滝のような汗である。だから、どれだけ寒くても、簡単に脱ぎ着できるカーディガンを着るとか、マフラーを軽く巻くだけだった。でも、カレーだって外食で食べられるようになったのだし、その内快適に着られるようになると思うな。目の充血がひどい。そして、座骨神経がピリッと痛む。やっぱり「神経」が弱っているらしい。
2014/10/21
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いざ出帆「海は漁師にとっては、農民のもっている土地の観念に近かった。海は生活の場所であって、稲穂や麦のかわりに、白い不定形の穂波が、青ひといろの感じやすい柔土(やわつち)のうえに、たえずそよいでいる畠(はたけ)であった」「頭がいいということは、つまり、母親を気持よく泣かすことができるということなのである」「男たちは漁へ出る。機帆船に乗ってさまざまな港へ荷を運ぶ。そういう世界の広がりとは縁がない女たちは、飯を焚き、水を汲み、海藻をとり、夏が来ると水に潜(かず)いて、深い海の底へと下りてゆく。海女のなかでも老練な母親は、海の底の薄明の世界が女たちの世界であることを知っていた。昼も暗い家の中、分娩の暗い苦しみ、海底の仄暗さ、これらは一連の、おたがいに親しい世界である」「男は気力や。気力があればええのや」「未知を遠くに見ていたあいだ、彼の心には平和があったが、一度未知に乗組んで出帆すると、不安と絶望と混乱と悲歎(ひたん)とが、相携えて押し寄せて来たのである」「よいか、勇気だぞ。しりごみなどしていると、目の前にぶらさがった幸福でも、どんどん逃げだすぞ。おまえはまだ若い。機会をおそれず、冒険にどんと体あたりでゆきなさい」「何一つとしてあり得ないということはないのです」
2014/10/20
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〜だけ例えば、学校を休むとか、例えば、引きこもるとか、例えば、自殺願望を抱くとか、私はずっとそうやって現実から逃げてきた。でも、それではいけないということに気付いた。そうやって逃げたところで、何も解決しないということに気付いた。立ち向かうのではなく、ただただ「そこに自分の両足で立っている」だけ。それだけでいい。いつの日か解決策が天から降ってくる。長い年月を経て、ようやくそれを学んだ。寄ってみたよ。
2014/10/19
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【左側の顔面痙攣 エピソード60】10/16(木)ピアノの先生が私に話があるとかなんとか。私の第六感がピンと虫の知らせを感じ、何やら大事になりそうな気配を察知したので、早目に手を打たねばと、電話をする。えー、毎年9月にある発表会は今年はいつだったのかも知らず、去年の発表会は行ったけど軽い挨拶だけ、おととしは行っていない、まともに話すのはいつぶりでしょう?ふふふ、私の直感、これだけは本当に素晴らしいと自負するわ。先生、ごきげんよう。大変お世話になりました。あのね、先生、もう70歳代半ばなのにまだ弟子がいないって、つまりはそういうことなのだと思いますよ。先生、ごきげんよう。先生、ごきげんよう。もう、お会いすることもないでしょう。10/17(金)とーーーーーーっても楽しかった♪10/18(土)良いお天気だね〜。少しずつ紅葉しているから、眺めがよりきれい。ところで、最近アトピーは落ち着いている。まだまだアトピー特有の乾燥肌だけど、色素沈着はかなり薄くなった。かゆくてひどくなりそうだなと思えば、すぐにステロイドは塗る。それはもう仕方ない。だけど、もっと良くなると思うな。そして、蛙さんが、ついに鳴かなくなりました。本当にありがとう。私の愛は伝わっていたかしら。来年も会えるかな。
2014/10/18
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ヒカルやっぱり私は、今の私の思考と同じような思考を持つ友達がほしいのだと思う。要するに、仲間。なかなか簡単には見つからないかもしれないけれど、いなくはないはず。きっと、どこかに、いる。
2014/10/17
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【左側の顔面痙攣 エピソード59】10/14(火)久しぶりに大学の頃からの友達と会う。雨が上がってくれて何より。カフェへ行くと、看板犬のチワワのゆなちゃんがお出迎えしてくれる。もう接客のプロね(笑)10/15(水)私は、黄色〜緑色までのグラデーションがとても好き。この連日綴っている痙攣日記のタイトルをなぜ緑色にしたかというと、単純に緑色が好きだから。少しでも好きな色だとがんばれるような気がしたから。だけど、もう緑色は使いたくないと思うほど連日緑色ばっかりだわね。ふぅ〜。お父さんの遺影は、いつもいつもどんな時も変わらずこちらを見て微笑んでいるよ。年内が会期の美術館のチケットが、今手元に4枚ある。ということで、さぁ、芸術の秋を思う存分堪能しに行こう♪
2014/10/15
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与えられた杯「歴史は一貫して、数かぎりもない人間を産んで行った。政治も幾度となく同じ事のくり返しであり、戦争も、何時までも同じ事のくり返しで始まり、終る…。何が何だか悟りのないままに、人間は社会という枠のなかで犇(ひしめ)きあっては、生殖をくり返している」「待つ。ああ、人間の生活には、喜んだり怒ったり悲しんだり憎しんだり、いろいろの感情があるけれども、けれどもそれは人間の生活のほんの一パーセントを占めているだけの感情で、あとの九十九パーセントは、ただ待って暮しているのではないでしょうか。幸福の足音が、廊下に聞こえるのを今か今かと胸のつぶれる思いで待って、からっぽ。ああ、人間の生活って、あんまりみじめ。生れて来ないほうがよかったとみんなが考えているこの現実。そうして毎日、朝から晩まで、はかなく何かを待っている。みじめすぎます。生れて来てよかったと、ああ、いのちを、人間を、世の中を、よろこんでみとうございます」「恋は画家で、相手は画布だ」「何処の国だって本当の善人は多くない、甚だ少ない。美しい人も多くはない、甚だ少ない。しかしいないことはない」「僕は今波のりしながら考えたよ。波は運命で、人間がそれにうまくのれると何でも思ったように気持よくゆくが、一つのり損うといくらあせっても、あわてても、思ったように進むことが出来ない。賢い人だけ次の波を待つ。そして運命は波のように、自分達を規則正しく、訪れてくれるのだが、自分達はそれを千に一つも生かすことが出来ないのだ。それを本当に生かせたら大したものだって」「僕は一人で耐える。そしてその淋しさから何かを生む」「これが神から与えられた杯(さかずき)ならばともかく自分はそれをのみほさなければならない」「生れたものは死に、会うものは又別れる」「意志というものの実体は、その忍耐的な持続性にある」
2014/10/14
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【左側の顔面痙攣 エピソード58】10/11(土)やれアトピーだの、やれヘルペスだの、やれ歯の詰め物が取れそうだの、やれ痙攣だの、やれ痙攣だの、やれ痙攣だの…、それでも蛙さんたちはいつも私の味方だった。もう鳴かなくなってきたね。そろそろ冬眠かなぁ?ということは、そろそろ私の痙攣も止まるかなぁ?と思っていた矢先に、たくさん鳴く。台風を察知しているのかしら。痙攣のおかげで久々に精神的に病んでいたけど、かなり気持ちは上向いてきた。部屋の空気も淀んで滞っていたような気がしていたので、クローゼットの掃除をする。風通しを良くすることは大切。(ところで、クローゼット内の三分の一は妹の持ち物です。持って帰ってくれないかなぁ。)突然思い立ったので、口ずさみながらラジオ体操をしてみる。息が上がる。10/12(日)昨日ラジオ体操をしたので、筋肉痛になる。……。現在の左側の片側(へんそく)顔面痙攣は、ほうれい線〜口角〜あごにかけて多少ピクピクしている。(なぜかまた右目の瞼も痙攣してるけど。)でも、顔の歪みや引きつりなんかはもう治っているので、おそらく人目にはわからず、ただ自分の感覚だけだと思う。贅沢は言わないから、年内には完治しますように!はぁ、また台風だ。昼はまだ晴れていたけれど、夜になって急に台風特有の風が吹き始める。私の頭もどーんと重たく、すっきりしない。ぼーっしていたら、一日が終わる。10/13(月)お昼を過ぎて急に雨と風が強くなる。現在、大荒れ。
2014/10/13
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おとこのこ と しろねこ早くお家に帰りたい小学生の男の子と、もっと遊んでほしいしろねこちゃん。を、撮る私。
2014/10/12
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【左側の顔面痙攣 エピソード57】実は昨日、眼鏡を新調した。高校生の頃からずっと外出時はコンタクトを使用していたが、花粉症になってからは眼鏡だった。今使っている眼鏡を新調したのは病気になる前だったので、約8年ほども前になると思う。さすがにそれなりに痛んできていたし、左側の顔面痙攣が治ったら(まだ治ってないけど)、がんばった自分へのご褒美に新調しようと考えていた。新調するならば、もうお店は決めていた。以前たまたま通りかかって知った明治創業の老舗眼鏡屋さんである。「こんにちは」と店内へ入ると、奥におじさんが2人いた。店内はすっきりとした清潔感があって、ずらりと並ぶオリジナルのフレームは、ピシッと一寸のズレもない。一通り見て回るも、おじさんたちはこちらに目を向けるでもなく、無愛想の極みのような人たちで、黙々と自らの仕事に励んでいる。でも、私はそういう商売人がとても好きだった。あまりに馴れ馴れしく近寄ってきて、商品を売ろうと意気込む店員を前にすると、それだけで怖気立って尻込みしてしまうのだ。二周を終えたところで、さて、いよいよ試着しようと思った。と、私の心の声が聞こえたのか、私の方なんて見向きもしなかったおじさん(というかおじいちゃんに近い)が一人、つと奥からぬぅっと直立の姿勢で現れて、ちらりと横目でこちらを伺っている。どうやらこの人が店主だったらしい。「付けてみてもいいですか?」「どーぞどーぞ」意外や意外、案外気さくな人だった。5分ほど試した結果(直感が物を言う)、おじさんが出して来てくれた眼鏡に決めた。さすがよくわかっていらっしゃる。しかも、私の意向を退けることも決してしない優しさもある。次に、視力を測り、知識の豊富なおじさんにあれこれ教えてもらいながら、結局今までの眼鏡と同じ度数にした。(私は近視が強いので)レンズの厚みを薄くしたかったら少々値段が上がるが、おじさんはそれを勧めるでもなく、一番安いレンズで十分ですよ、と言うので、そうすることにした。商売気、なし。と、そんな間にも、私の背後ではある小舞台が繰り広げられていた。観光客と思われる韓国人か中国人のカップルが御来店したのである。二人で手当たり次第に眼鏡を試着し倒している。一しきり試着し倒して颯爽とお店を後にすると、もう一人の店員のおじさんがおもむろに奥から現れて、フンっと鼻息荒く眼鏡を拭き回り、またピシッと几帳面に揃える後ろ姿には、なんとも笑えた。さて、そんなこんなで、最後に私の顔に眼鏡のサイズを合わせてもらった。これがまた、柔らかい手付きで時間をかけてじっくりと幅と奥行きを調整してくれた。特に、耳の後ろの曲線を作るのに入念だ。ああ、職人というか、長年眼鏡に携わってきておられるだけあってやっぱり違うな、と思った。何と言ってもその手に温かい安心感がある。こんなに丁寧に整えてもらったのは初めてだ。1時間後には出来上がるというので、その間に美術館へ行った。じっくり堪能。そして、足取り軽くお店へ向かうと、さっきと何ら変わらず奥におじさんたちがいた。出来上がったばかりのピカピカの眼鏡をかけてみる。(わぉ!同じ度数なのにこんなによく見えるなんて!)これは正しくおじさんの職人技の調整の賜物だろう。さらに微調整を重ねて、完了。視界は、良好。眼鏡ケースを選んだ。華美な包装などはまったくなく、必要最低限の袋に入れてくれた。最後の最後まで無愛想だった。でも、柔らかい手からは愛情が溢れていた。
2014/10/11
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【左側の顔面痙攣 エピソード56】10/7(火)昨日の夜は十三夜を堪能♪明日の皆既月食は見られるだろうか。歯医者へ行く。新しい詰め物を入れてもらう。たったそれだけなのに、とても疲れる。でも、先日の病院と今日の歯科が終わり、なんだか気持ちは軽い。ところで、私は来月お誕生日だ。市では、お誕生日月とその翌月は無料で健診を受けられることになっているので、早々に来月の予約を入れておく。歯は大事だからね。ところで、台風は去って晴れ間が広がったけれど、空気中に塵やらが舞っているのか、目がくしゃくしゃする。お風呂が気持ちいい季節になってきた。10/8(水)寒露 満月 皆既月食トトトトトトトト、トト、トトトトトトトトトト。左耳に痙攣が響いて、昨日はなかなか寝付けなかった。日向ぼっこをしたら、のぼせる。皆既月食を観察!赤く鈍色に光った後、月の満ち欠けを巻き戻したかのように、逆三日月から下弦の月、満月へと形を戻し、夜空が明るくなっていった。幻想的で何度もベランダから覗いてしまった。10/9(木)歯科も終わったことだし、顔の繁忙期はピークを過ぎて衰えてきている。何はともあれありがたい。後は左側の顔面痙攣が完全に止まってくれることを願うのみ。まっ白のねこちゃんに遭遇し、戯れる。10/10(金)美術館へ仏像を見に行く。仏像の中では千手観音(左右に腕が無数に出ている)が一番好きなのだが、正面から見るのはもちろんのこと、私は敢えて横からその断面を見るのが特にそそられる。(おそらくマニアにしかわかりませんが苦笑)計算し尽くされた美。もう、堪らない。のらねこちゃんに遭遇して写真を撮っていると、おばさんが話しかけてきたので、しばしのらねこ談義に花を咲かせる。ふんふんふん♪
2014/10/10
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どんぐりコロコロ妹は、9月から仕事にも復帰して、毎日とても「充実した」日々を送っているらしい。先日、電話で少し話した時も、やけに気持ちが高ぶっているのか、興奮状態で早口で弾丸のようにまくし立てるので、あっぱれ、日に日に置物になっていっている私には聞き取れなかった。忙しくても、妹は、ちゃんとたくさんいる友達たちと連絡を取り合うことも忘れない。もんもんの1歳のお誕生日の時に、もんたはもうつかまり立ちをしているけど、もんじはまだハイハイもしないと言った。その時点で、おばさんである私が、もんじの成長が遅いんじゃないか、果てには障害なんてことじゃないよね、と密かに案じてしまった。でも、母である妹はそんなことすら考えない。成長がゆっくりなだけ、双子って全然違うからおもしろい、と、成長の差に関しては、僅かながらの心配も感じていないそう。言葉の端々に、「自負」という二文字が絡みついていた。姉妹の、この差は一体何でしょうか。私と妹は本当に姉妹なのでしょうか。一つ屋根の下で共に育ったのでしょうか。図太い神経の妹と、風が吹いただけで痙攣してしまうひ弱な私。電話口でも一向に話は噛み合わず、微妙な間だけが私を緊張させ、小ばかにされただけだった。私はたただただ疲れただけだった。赤の他人のような、そんな気さえ感じてしまった。だけど、私は妹よりも今の自分の方が好きだと思った。
2014/10/09
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時間の芸術不登校の時、もう一度通っていた高校のクラスに復帰するとか、一年や二年留年して、時間置いてからその高校に復帰するとか、そんなことはまったく考えなかった。だから、今更だけど、そんなことはとっくにわかっていたけれど、ピアノにも復帰することはもうないのだと思う。年月を経て、自分なりに出した結論。唯、前を見る、のみ。
2014/10/08
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台風一過「いったい死ぬと云う事は、自分がこの世から過ぎ去ってしまうだけのものなのだろうか…」「死のまぎわになって、初めて吻(ほ)っとして、ああと、本当の溜息が出るのかも知れない」「人間は生れるときから、下を見て歩く動物に出来ていて、いつも躓きかげんの軽重に就いて研究している動物だ」「ものがたくさんあることが豊かとか、幸せとかではない時代ですから、「つくりのいいもの」を選び抜き、シンプルに暮らしてみることを考えてみました」「幸福感というものは、悲哀の川の底に沈んで、幽(かす)かに光っている砂金のようなものではなかろうか」「私には、わからない。わかっているひとなんか、無いんじゃないの?いつまで経っても、みんな子供です。なんにも、わかってやしないのです」「生きている事。生きている事。ああ、それは、何というやりきれない息もたえだえの大事業であろうか」「自分の幸福も光栄も、生きているうちには決して無いとわかった時、ひとは、どんな気持になるものかね。努力。そんなものは、ただ、飢餓の餌食になるだけだ。みじめな人が多すぎるよ」「他の生き物には絶対に無くて、人間にだけあるもの。それはね、ひめごと、というものよ」
2014/10/07
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【左側の顔面痙攣 エピソード55】10/3(金)昨日病院へ行ったせいで、身体は疲れているはずなのに興奮してなかなか寝付けず、結局明け方4時頃まで起きていた。しかも、前回病院へ行った翌日から顔面痙攣の兆候が出始めたので、寝て起きたらまた痙攣が復活しているんじゃなかろうかと、気が気でなかった。なんとか無事に一日が始まる。ごろんごろんとして過ごす。小鳥さんの鳴き声に癒される。雨が近づいているからか、蛙さんがよく鳴く。まだ結構な数がいたことに、少々驚く。10/4(土)近所の小学校が運動会らしい。ラジオ体操の歌が風に乗って運ばれてくる。台風が近づいているから、木々はざわめいているけれど、なんとかお天気が持ち堪えてくれてよかったね。図書館は、マイホーム。手に取った本を棚に戻す、手に取った本を借りる、これもタイミングと縁だと思う。一冊小説を読み終えると、すぐ次の小説へ手を伸ばすのではなく、1、2日うだうだする。その間に、雑誌をめくってみたり、読んでみたい本を探してみたり、いろいろな情報を仕入れてみたり、なんかそんなことをする。自分の中で、一服というか、一応区切りを付けているらしい。オレンジ色の夕やけが、とてもきれい。10/5(日)そう言えば、数日前に、野暮用があったので久しぶりに妹と電話で話した。なんと、中学校の同級生が、一人目の子どもを産んだばかりなのにもう離婚するそうである。なんとまぁ。それにしても、昨日の夜中は痙攣が左耳に響く音が激しかった。そして、今日はなぜかまた右目の瞼が痙攣。はてはて…?台風接近の為、頭が重い。10/6(月)〃
2014/10/06
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【左側の顔面痙攣 エピソード54】ところで、この痙攣日記はいつまで続くのだろう。50回という大台をとうに超えた今、まさかここまでの長編になるなどとは思ってもみなかった。痙攣が始まってから初めて受診した時に、1年や2年痙攣し続ける人がいる、とは聞かされたが、どこか軽視していた自分がいたのだろう。まさか自分はそんなには続かないよ、と。ところがどうだ。もう、4ヶ月にもなる。気楽な気持ちで書き始めた痙攣日記。私にとっては、これまで「今日何処そこへ行って何をした」というブログを書いてこなかったので、新鮮ではあった。読んでくださっているみなさんにとっては、おもしろくもないだろう。(いや、ある意味おもしろいか!?)先が見えないから、何度か途中で終えようかと頭を過ったりもしましたが、もうここまで来てしまったので、痙攣が止まりましたと綴ることができるその日まで、蛙さんと共にひっそりとお付き合いくださいまし。
2014/10/05
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日々是好日最近のお気に入りの写真です。おでこの模様がかわいい飼いねこちゃんには、近寄らないで!と、うぅーと怒られてしまいました(笑)お花をモノクロにするのがマイブームです。
2014/10/04
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【左側の顔面痙攣 エピソード53】のらねこの大げんかで朝目を覚ました。ねこちゃんの鳴き声で起きられるなんて幸せだわー。時間にも心にも余裕を持って、支度をした。昨日は病院だった。造影剤の頭部MRIと診察。(ついでに医療費助成の書類も提出しました。)頭部MRIは、40分もかかって終了。疲れて無性にお腹がすいたので、ランチを食べに行った。病院から3分ほどのところに居心地のいいカフェがあるのだった。子供騙しみたいだけど、これからの診察に備えてカツサンドを注文した。一気にぺろりと平らげた。さぁ、いよいよ診察だ。今までの診察では、「はい、はい、はい…、……はい…、………。」と主治医のペースに乗せられていって暗くなり、落ち込むことがお決まりだったので、今回はのっけからにべもなく予防治療はお断りする作戦に出ようと目論む。「しません!また考えておきます!」…はて、ちゃんと言えるだろうか。思いの外、あっという間に呼ばれた。あゝ、顔をよく知る主治医と助手がそこにいる。「お願いします」パソコンのMRIの画像ばかり見て、私の顔を見ようともしない。しばし経過。「どうですか?」やっと、目だけちらりとこちらへ向けて問うた。私は、左側の顔面痙攣に関しては、見た目にはほぼ治っているけれど、まだ左耳に響いているので完治はしていないと言った。主治医は、一言も発さず、スルー。(なんで?聞いてるの?顔面が痙攣してるっていうのに、なんで顔を見ないの?)じっと待つ。それでも画像から目を離さない。結局、最後の最後まで顔面痙攣には一切触れなかった。いえ、それ以前に、一人の医師として、患者の顔をしっかり見ることは、当たり前のことなんじゃないですか?去年変わった主治医。思い返せば、信頼できるかと思ったのは、初めて診察を受けた時だけだった。一度不信感が芽生えると、払拭することは難しいのです。しばらくして、(前回の6月に撮ったMRIと比べて)たくさん病変が消えている、と言った。(え!?)にも関わらず、いつものように予防治療云々と言うので、「また考えておきます」と言った。(言えた!勝つサンド!!)主治医の言いたいことは重々承知している。身体に症状として現れなくても、脳に病変が増えるということは、要するに再発だと。45歳ぐらいになった時に、認知症になったり、歩けなくなったりするかもしれないから、それからでは遅いと。今回はたくさん病変が消えていたけど、また1年以内に増えるようだったら予防治療をした方がいい、今後5年増えないのならまた話は違うけれど、と。でもね、先生、それよりもね、私は思うのですよ。患者の心に耳を傾けてそっと寄り添ってくれることが私たち難病患者にとっての一番の治療なんだって。左側の片側(へんそく)顔面痙攣は疎か、今現在の私の体調及び、MSそのものの後遺症にさえもまったく触れようとしませんでしたね。先生、あなたに興味があるのは、そう、パソコンの画像だけなんです。そんなペラペラの画像だけで診断されるなんてたまったもんじゃないですよ。先生はね、「治療」という言葉の根本的な意味をわかっていらっしゃらないですよ。そんなに画像が見たければ、研究に専念された方がいいのではありませんか。お互いの為ですよ。雑務もごっそり減りますよ。あのね、私たちにはセカンドオピニオンなんて、そう簡単にないんですよ。セカンドオピニオンを望んでも、そう簡単に行動できる訳でもないんですよ。だって、稀な病気なんですからね。医師だって数が少ないでしょう?そうでなくても、去年私はあなたの患者に回されたんですよ。わんさかある内科なんかとは大違いなんですよ。医療費を助成していただいているし、そりゃあいろいろと感謝していますよ。でもね、主治医と信頼関係を築けなくなったら、私たちはすがりつくところがないんですよ。しかも、5年後なんて医療はどんどん進むんですからね。「(今後私の症状がどうなるか)誰にもわからないけどね」先生、そっくりそのままお返しするわ。先生のその言葉がすべてを物語っていると私は思うわ。私は、ありがたいことに一度も再発という再発はしていないの。自分の身体を客観的に見た結果、だから私は、「何もしない」という選択をしたのよ。「自分治療」という治療に励んでいるのよ。だって、難病って治療法がないんだもの。「誰にもわからない」んだもの。それにしても、病変が出現したり消失したり、なんて不思議な病気なんでしょ。今日も、ありがとうございました。またお会いしましょう。ところで、病院の文書受付の窓口が一つだけというのはどうかしら。書類を提出するだけなのに、30分も待たされた。あのー、窓口、もう一つぐらい増やしていただけません?病院を後にする時、どっと疲れが出た。心なしか左側の顔面がピクっとしたような気がする。そう、前回6月に病院へ行った次の日から、顔面痙攣の前兆が現れたのだった。ここ2、3日は要注意だわ。あら、お月様がきれいね。蛙さん、ただいま。
2014/10/03
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【左側の顔面痙攣 エピソード52】病院なんて行きたくない。MRIだって診察だって受けたくない。造影剤の注射だって打たれたくない。主治医もキライ。予防治療は受けないって言っているのに、それでも毎回しつこく勧められる。患者目線じゃない。すごいストレスを感じる。
2014/10/01
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