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以前書いた小説「心の声」です。結構昔?に書いたので、読み返してみたら、忘れていたことも多く、かえって新鮮でした。昔書いた割には、最後の方は今の時代に合ってるので良かったら、読んでみてくださいね。拙い文章でお恥ずかしいですが。小説「心の声」一話目。続きは、最後の「続き」をクリックすると飛びます。他にも何編か書いていたので、左側のメニューを見て下さいね。
2020年03月25日
ダイエット食事日記1822日目です。 ダイエット689日目、ストレプトカーパス、コ、ートールド美術館展、ブラッスリー・レカンでランチ、シューシュクリ。 ダークピンクのフレアワンピース、グレーのカシミヤスパッツ、黒の靴下、黒の紐靴、黒・金のネックレス。 黒・白のカーディガン。 カラフルなパシュミナストール。 グレーのスエード調コート。 朝食は、カレージャーマンポテト(じゃがいも・ブロッコリー、玉ねぎ、ベーコン)、椎茸・人参・ネギ煮・柚子、胡瓜の糠漬け、大根・椎茸の味噌汁、卵かけごはん・塩鰹ふりかけ。 濃厚チーズかまぼこ、蒟蒻畑・白桃味。 うちの花。ストレプトカーパスと、多肉植物。 トトロの折り紙とガーデンスティック。 昔、グアムへ家族旅行した写真も。 ストレプトカーパス。 コートールド美術館展に行きます。 夫が朝日新聞の切り抜きをしていて、事前に読んでいたらと勧められ、昨日読みました。 コートールドの個人コレクションの寄贈。 印象派・ポスト印象派のセザンヌ・マネ・ルノワール・ゴーギャンなど。 華やぐパリの裏側描き出す。 セザンヌ。 名画を再現 見えてきた秘密。 上野公園の美術館などの立て看板。 ハプスブルク展。 ミイラ展。 呼吸する彫刻。 コートールド美術館展。 上野動物園。 東京都美術館に着きました。 夫が早割チケットをネットで予約。 チケット。 パンフレット。 さすが印象派・ポスト印象派の名画、良かったです。 当時はあまり評価されてなかった印象派・ポスト印象派を10年あまりで収集したコートールド。 先見の明があったのですね。 ゴーギャンがゴーガンと表記されてたから、一瞬分からなかった、、、 売店でもらったプレゼント券。アンケートで抽選。 売店で買ったマグネット。 また冷蔵庫に貼って毎日楽しみます。 帰って早速冷蔵庫に貼りました。他にも絵のマグネットや旅行のお土産のマグネットなどが貼ってあります。 「フォリー・ベルジェールのバー」マネ。 鏡に映ったバーメイドの像は右に修正されてたそう。そ れにしても不自然だから、イリュージョンと言われたりする。 モーパッサンの小説では「ここのバーメイドは、飲料水と春を売っている」と書かれたらしい。 うつろな表情で何を考えているかわからない。 モデルは恋人だと言われるが、別の本物のバーメイドもモデルにしたらしい。自宅にバーを再現して書いたとも。 梅毒で足を切断する前に苦しみの中、絶筆の名作。執念を感じますよね。それにしても不思議な感じの絵。 「桟敷席」ルノワール。 「オペラグラスの男、中央で着飾った女はどちらも舞台を見ていない。観客たちもまた見られる存在だった。そんな視線の戯れが描かれている」 このモデルもルノワールの恋人だったらしい。魅力的ですよね。男性のモデルは弟。 絵葉書。 「アルジャントゥイユのセーヌ河岸」マネ。 行楽地になっていたアルジャントゥイユ。対岸には洗濯工場など労働者たちが働く。水面が美しい。 「ロードシップ・レーン駅、ダリッジ」ピサロ。 ロンドンへ行ったとき、走り始めた鉄道を印象派で初めて描いた作品。素朴な風景に心惹かれました。 「アヌシー湖」セザンヌ。ピカソなどのキュービズムに影響を与えたらしい。 「自然を円筒、球、円錐によって扱いなさい」という有名なことが書かれたベルナール宛の手紙なども展示されていた。 コートールドは、セザンヌ愛が強く、絵だけでなく手紙も収集してたそう。最も多く購入した画家。 「カード遊びをする人々」セザンヌ。 左の男性の肩が低かったり、腿が長かったり、テーブルが水平でないとか、不自然な描写も多いが、それは事実をそのまま描写するだけでないということらしい。 「舞台上の二人の踊り子」ドガ。 当時のオペラ座のバレリーナの多くは娼婦と同列に見られていた存在だったそう。 オペラ座が上流階級の社交場で、お金持ちのパトロンを見つけるためにバレリーナという職業を選んだ少女も多かったそう。 現代の芸術家としてのバレリーナとは違うと思うと、きれいで可愛いだけでないと思えて切ない・・・ ドガは上流階級出身で、オペラ座の舞台裏や稽古場にも出入りできたそうです。 デッサンがうまく、彫刻までして筋肉の付き方などを研究してたらしい。 「裸婦」モリディアーニ。 毛まで描いた裸婦を個展に出展し、警察が踏みこむ騒ぎにまでなったそう。 頭髪は、絵の具が乾かないうちに引っ掻いて髪の描写をしたらしい。 夫はあまり好きではないと言ってたけど、私はいいと思うなあ。 「キューピッドの石膏像のある静物」セザンヌ。 「壁に立てかけられた絵の中の布が、キャンバスの外の布とつながっているなど、だまし絵のような複雑な構造が目を引く」 左の玉ねぎの芽も絵の中に入り込んでいる。 リンゴも、奥のりんごと手前のリンゴが同じ大きさで遠近法を使ってない。 複数の視点から捉える画法だそう。面白い絵ですよね。 「秋の効果、アルジャントゥイユ」モネ。 水面の光りの点が大小あり、これは遠近法なのかな。なぜかなつかしさを感じる絵です。 「アンティーブ」モネ。 日本の北斎の影響を受けたモネ。 https://artexhibition.jp/topics/news/20171109-AEJ03099/ この絵も「富獄三十六景」の「駿州江尻」に構図が似てるらしい。 手前中央に樹木を配して画面を分断する構図。 青みがかった葉にピンクがかった山なみ。色合いも美しくて好きですね。 音声ガイドリスト。 音声ガイドをまた借りたのですが、今回は会場に大きなパネルで説明などが表示したあったので、借りなくても良かったかな。 まあ、全部ではないのでいいか。 作品リスト。 1.画家の言葉から読み解く 2.時代背景から読み解く 3.素材・技法から読み解く 資料リスト。 東京都美術館内の椅子がカラフル。 上野公園も紅葉。 スカイツリー。 上野駅横のデッキを通り、広小路口へ。 ネットで探したブラッスリー・レカンでランチ。コースの値段は、2600円からになってました。 上野駅の貴賓室だったというのが決め手に。 レトロな建物好きの私にヒットしたのですよね。 上野駅貴賓室跡地。 天皇や皇族が使用していたらしい。 上野駅構内のアトレ一階に、ブラッスリーレカンがあります。 結構待ってる人が多く、空腹の夫は機嫌が悪い。 私みたいに建物へのこだわりがないからね。 名前など書くところがなく、順番に待つしかない。 階段下にも椅子があったけど、座りきれないほど並んでいた。 ランチは予約出来ないのです。 手前には、カフェスペースがあったけど、、、 レストランはコースのみ。 ゴッホ展コースもありましたね。 コートールド展のポスターも。 ドアの窓から、室内のステンドグラスが見えました。 ようやく店内に入れました。奥のマントルピースのある部屋で良かった! 入り口。 シャンデリア。 マントルピースと鏡。 天井が高いので、窓やカーテンも縦長。 テーブルセッティング。 夫は空腹でご機嫌斜めだけど、なんとか笑顔に、、! Aコースにしました。 メインは魚と肉のどちらかで、2人で両方注文。 キャフェは、コーヒーのことらしい。 CH -A- ¥2,600 若鶏のスモークを使ったサラダリヨネーズ * メカジキのポワレ ほうれん草のクリームソース 又は 仔羊の煮込み 温野菜添え ”ナヴァラン” * そば茶のブランマンジェ 柿のクーリと共に * キャフェ 又は 紅茶 フランスパン。 私もお腹が空いてたので、先にバターを塗って食べてしまった。 若鶏のスモークを使ったサラダリヨネーズ モッツァレラチーズかと思ったら、卵でした。ポーチドエッグかな。 ドレッシングは少なく、塩胡椒や、スモークチキンで食べる感じ。 サニーレタス?、胡瓜、ミニトマト、クルトン。 私は、メカジキのポワレ・ほうれん草のクリームソース。 舞茸・椎茸のフリッターと。 夫は、仔羊の煮込み 温野菜添え ”ナヴァラン” 一口ずつ交換しましたが、美味しかった。 そば茶のブランマンジェ 柿のクーリと共に。 クーリが分からず、調べました。 「クーリ(仏: Coulis)とは、ピュレしてから裏漉しした野菜や果物から作られるどろっとしたソースである。」 夫はキャフェ。コーヒーですね。 私は、紅茶でレモンティーにしました。 ポットで二杯分だからか、レモンも2枚。 2杯目を注ぐ時、ポットの蓋を押さえたら、熱くて火傷しそうになり、水のグラスに触って冷やしました。 押さえなくても良かったのかな、、、 レモンティー。 夫が何枚も撮ってくれました。 トイレ。これは現代のかな、、、 HPより。 改修工事の写真。 マントルピースの上の鏡は改修後、取り付けたようですね。 花台。 ステンドグラス。 夫が会計した時、絵葉書をくれたそうだ。 姉妹店。 本店で、ドレスコードまである高級店。 夫はドレスコードのある店には行かないと言ってたけど、元々うちは行けないかな・・・ 上野駅アトレのクリスマスツリー。 ゴッホ展があるから、向日葵なのかな。 と思ったら、やはりゴッホひまわりツリーだそう。 ゴッホパンダもいる。 浅草の鷲神社の酉の市の熊手かな。 後ろには、上野駅の壁画。 昔、父の実家の長野に行く時に見てたなあ。 母の実家の福島の時もかな。 池袋駅構内のシューシュクリで、11月限定のほうじ茶ラテを2個買ってきました。今日中に食べて下さいとのこと。 帰ってから、夫とコーヒーと一緒に食べました。 ほうじ茶の香ばしさが美味しい。 夕食は、鶏・パプリカ・アスパラ・長ネギ煮、唐揚げのネギ・パプリカソース、厚揚げ・絹さや・人参煮、蒸しキャベツ・人参・南瓜、椎茸の味噌汁、みかん。 鶏・パプリカ・アスパラ・長ネギ煮 鶏・ピーマン・アスパラ・長ネギ煮。 蒸しキャベツ・人参・南瓜。 厚揚げ・絹さや・人参煮。 椎茸の味噌汁。 みかん。 ダイエット689日目、ストレプトカーパス、コートールド美術館展、ブラッスリー・レカンでランチ、シューシュクリ。 あすけん食事日記。 アドバイス。
2019年11月13日
1ヵ月ぶりくらいですが、思い出しながら書いてみますね。もし、お時間がある方は、最初から読んでもらえると嬉しいです。「ベラのペンダント」1、2*************************************童話「ベラのペンダント」23(最終話)。そして、とうとう父の王と母ライザが再会する当日。ベラはライザに付き添い、王宮の裏庭へと向かう。そこは昔、二人が密会していたという思い出の場所。ライザは王にもらった青い宝石のペンダントを胸に着けている。そのペンダントをベラが持っていたからこそ、ライザの娘と王に認めてもらえたのだ。ベラは不思議な想いで、ペンダントを見つめていた。祖母だと信じてたテレサが亡くなり、天涯孤独になったと思っていたのに、こうして父や母に巡り会い、腹違いとはいえ妹にまでも会えたのだ。それというのも、一緒に旅をして、スコッチ家にまでついてきてくれたユリウスのお蔭。ユリウスにはどこまで話していいか分からず、あまり伝えていなかったが、昨夜、「母の護衛の為にも付いてきてほしい」と頼んだ。また王妃に命を狙われるのではないかと心配だったから。「なんでもっと早く教えてくれなかったのか」と言われてしまったけど、「遠くから見ている」とも言ってくれた。いつもユリウスには甘えてばかりだ。「一人で悩んでないで、相談してほしい」と言われたけど、そう頼ってばかりもいられない。ユリウスの操る馬車で、ライザと一緒に王宮に上がると、急いで裏庭に回った。そこで見たものは、一面に咲き誇る白いバラ。ライザは思わず「この風景見覚えあるわ。」と叫んだ。記憶がよみがえったのかとベラが思ったとたん、ライザは頭を抱えて座り込んでしまった。「大丈夫?」とベラが駆け寄ると、頭をあげたライザの目に映ったのは、ベラではなく、白いバラの化身かと見まごうような白いマントを着た王だった。手を差し出され、王の手を取り、立ち上がるライザ。時が止まったように見つめ合う二人。こんな幸せが続けばいいのにと感じた瞬間、ズドンという音と共に、王の白いマントが赤く染まった。みるみるうちに白が赤に変わり、王が倒れ込んだ。ライザが悲鳴をあげ、王にすがりついた拍子に青いペンダントが外れ、異様な光を放ち始めた。ベラもユリウスもどうしようもなく、ただ見ていることしか出来ない。辺りが青い光に包まれたとき、あの天使が現れた。テレサが亡くなった時に夢で見た天使だ。あれは夢ではなかったのか?天使が王を天に連れて行こうとすると、「やめて!」とどこからか声がする。塔の上から叫んでいるのは王妃だった。隣には銃を構えた家来。今度はライザではなく、王を狙ったのか?それともライザを射ち損ねたのか。どちらにしても、二人を引き離したかったのだろう。だが、ライザは手を伸ばし、「ずっと一緒よ」と王にしがみついた。天使は二人を抱えるようにして、浮かび上がった。「私を置いていかないで!」と叫ぶ王妃を残して、二人は天使と共に昇って行ってしまった。私も取り残されたのだ。それでも、二人が幸せならそれでいい。ユリウスとベラは天を見上げ続けていた。血だまりの中に青く輝くペンダントだけが残されていたのにも気づかずに。終わり。最後まで読んでくださってありがとうございました。拙い童話?小説?ですが、ようやく書き終えられてホッとしました。もしよかったら、感想を書いてもらえると嬉しいです。よろしくお願いします。
2016年05月04日
もし、お時間がある方は、最初から読んでもらえると嬉しいです。 「ベラのペンダント」1、2*************************************童話「ベラのペンダント」22父である王に母ライザの返事をベラが伝えると、王は手放しで喜んでいた。「私のことを少しは覚えていてくれたのか。もっと思い出してもらえる為には何をすればいいかな。」ベラは、この二人の楽観的な考えに感心してしまった。自分はつい悲観的に考えてしまうから。でも、一緒に前向きに考えてみようかと思い、「秘密の裏庭で逢うだけでなく、何か思い出の物をお互いに持ち寄ったらどうでしょうか?」と勧めてみた。「そういえば、ベラが身に付けていた青い宝石のペンダントは、ライザにあげたものだ。それをライザがしてくるというのはどうだ?」「そうですね。王様も何か思い出のものはお持ちですか?」「うーん、ライザにもらったものと言えば・・・ベラおまえだな・・・」「じゃあ、私も同席しますか?」と冗談で笑って言ったら、「是非そうしてくれ。」と言われてしまった。「そんな無粋なことはしたくありませんよ。」断ったが、「そう言わずに、一緒に居てくれないか。」と懇願された。王も久しぶりに逢い、ライザの記憶が戻らないのではと不安なのだろう。「仕方ありません。最初だけですからね。」「ありがとう。助かるよ。」と王はホッとしていた。こうしてベラも、二人の再会に立ち会うことになったのだった。
2016年03月29日
童話「ベラのペンダント」21ベラは、母ライザに父の王の言葉を伝えた。「昔逢っていた秘密の裏庭で逢いたい」と。不安を覚えながらも伝えてからは自分の手を離れたように感じた。「本当に王様がそう言ったの?」と母は顔を赤らめた。王のことは覚えてるのだろうか。娘の私のことは忘れたのに・・・「王様のことは分かるの?」つい言ってしまった・・・「あまりよく覚えてはいないのだけど、夢で見た秘密の裏庭の人影が王様だと思うわ。」「私のことは?」思わず聞いてしまう。「ベラのことも夢に見たの。だから娘が居るんじゃないかと思ったのよ。」母は悪びれずに言う。少しは済まなそうにしてよ・・・「そうなの。お母さんの夢は正夢なのね。」「そうかもしれないわ。だからこうして会えたのよね。」と明るく笑う。私は嫌味を言ったつもりだが、母には通じないらしい。そんな自分が嫌になってしまう。「ともかく明日、秘密の裏庭に一緒に行きましょう。王様が待ってるから。」「嬉しいわ。何を着て行けばいいかしら?」とうきうきしてる母。それをなぜか他人事のように見てしまう・・・自分の両親とはいえ、長く離れていたせいか、あまり実感が湧かない。というか、自分だけ二人から取り残されたような気さえしてしまう。せっかく会えた父と母なのにね。なんでこんなに喜べないんだろう。母が王妃にまた命を狙われるのではないかと心配してたけど、それも自分が願ってることかもしれないとさえ思ってしまうほど。自分で自分を信じられないし、好きになれないのだ。これが両親から愛されずに成長した結果なのかな。自分のせいではない、この2人のせいではないか。両親を恨みたくないけど、そう感じてしまう自分も否定できない。黙って考え込んでしまった私をいぶかしげに見る母。「ベラ、どうかしたの? 大丈夫?」顔を覗き込む母を突き放すように「なんでもないわ。ちょっと心配になっただけ。」とだけ言った。「そう。確かに心配だけど、なんとかなるでしょう。」なんでそんなに楽天的なの?王様もそうだし、私だけ心配してバカみたい。まあ、何かあったとしても、それはこの2人の自業自得なのだから仕方ない。私も開き直ってしまった。そう思ったら、少しは気が楽になってきた。心配してもキリがないしね。また、王様に母の言葉を伝えなきゃ。
2016年03月24日
もし、お時間がある方は、最初から読んでもらえると嬉しいです。「ベラのペンダント」1、2*************************************童話「ベラのペンダント」20ベラはユリウスと話して少し気が楽になったとはいえ、やはりまだ不安が残っていた。母になんと伝えようか、そればかり考えていた。父と逢うのは危険だと言って諦めさせた方がいいのか。そして父である王にも・・・王妃に殺されたと思っていた母が生きていたこと、そして殺されかけて記憶喪失になってしまっていたことも。伝えれば、母に会いたいと言うだろうか。そうなったら、また母を危険な目に遭わせるかもしれない。私はそれを望んでいるのか?・・・考えが堂々巡りになってしまう。要は二人が逢いたいと思うかどうかだ。私が判断することではない・・・ともかく言うだけ言ってみよう。言わずに私が抱え込んで悶々とすることはないのだ。母には一応言ったのだから、今度は父に伝えよう。妹ロザリーの学友として宮殿に上がった時、父に会えたらいいのだが。そう思いながらしばらく経ったが、ようやくその時が来た。父はロザリーにかこつけて、私に会いに来てくれたのだ。「王様、ロザリー王女のことでご相談があるのですが、お時間をいただけますか?」と言って、奥の間に二人で入った。「実は、殺されたと思っていた母が生きていたのです。でも、崖から落ちて記憶喪失になってしまっているのですが。」とベラは思い切って言った。「なんだって、ライザが生きてるのか? 良かった。でも記憶喪失とは可哀想に。私に会っても分からないのだろうか。」王はそう言うなり考え込んでしまった。「母は私のこともあまり覚えていません。夢に出てきた娘が私なのではと思ってるようですが。」言いながらも哀しくなってきてしまう。「そうか。それでは私のことも覚えていないのだろうなあ。」淋しげに遠くを見つめる王。「でも、もしかして会えば思い出すかもしれません。なぜか、密会していた秘密の裏庭は覚えていたようなのです。」「そうなのか。ならそこで会えばもっと思い出しやすいかもしれないな。早速ライザに伝えてくれないか。ぜひ裏庭で会いたいと。」王は喜び勇んで言った。「それはいい考えですが、危険ではありませんか?また母が王妃に命を狙われるかもしれません。」「私がそんなことはさせない。ライザのことは私が守るから心配するな。もちろん、ベラのこともだ。」と自信ありげな王。「ありがとうございます。それでは母に伝えますね。」そう言いながらもベラは不安が消えなかった。
2016年03月22日
1年ぶりくらいになりますが、以前書いていた童話?小説?の続きを書いてみたいと思います。自分でも思い出しながらだから、ますます拙いけど、良かったら読んでみてくださいね。もし、お時間がある方は、最初から読んでもらえると嬉しいです。「ベラのペンダント」1、2*************************************「ベラのペンダント」19ベラは、自分でもどうしていいか分からず、迷った揚げくユリウスに相談してみることにした。「母(ライザ)を父(王様)に逢わせようかと思ってるのだけど、また母が王妃に命を狙われるんじゃないと心配だし、実は内心、自分はそれを願ってるのではないかとさえ思ってしまうの・・・」おそるおそる切り出してはみたものの、ユリウスがなんと言うか不安にかられた。「そんなことあるわけじゃないですか、ベラお嬢様に限って。」そうユリウスに否定されても、否定しきれない自分が居る。「私を忘れてしまい、別の子を愛し育ててきた母を恨んでるのかも・・・」「たとえそうだとしても、王妃に殺されることを願うほどではないでしょう。」「そうね。そこまでとは思わないけど、自分でもよくわからなくなってしまうの。」自信無げにうつむくベラ。「一人で考えてるから、思い詰めてしまうんですよ。でも、よく話してくれましたね。一緒に考えましょう。これからどうしたらいいか。」ユリウスは励ますように言った。「やっぱりユリウスに話して良かった。心細かったのよね。」泣き出しそうになるベラをユリウスはじっと見守るしかできない。幼馴染とはいえ、今はお嬢様と下男なのだ。「ともかく、お母様を王様に逢わせるのは危険だから今は止めておいた方がいいと思います。そうしようとすると、またベラお嬢様が自分を疑ってしまうし。」「そうね。私の気持ちがどちらにせよ、危険なことには変わりないものね。これで少しは気が晴れたわ。ありがとう。でも、母になんと言ったらいいかしら?父に逢うのを楽しみにしてるみたいだから」ベラはまた迷い始めた。「正直に、危険だからやはり逢わせられないと言ったらどうですか?」「そうよね。せっかく母に逢えたのに失いたくはないわ。なんて、そう思えて良かった。」「その気持ちをお母様に伝えたらどうですか?」「でも、なんか言いにくいのよね。」と口ごもるベラ。「甘えたっていいんじゃないですか。今まで甘えられなかったんだから。」「甘えたいんだけど、どうやって甘えたらいいか分からないの。」「僕に甘えて練習してみたらどうでしょう。」「甘える練習ね。こうして相談してること自体甘えてるわよね。」と思わずベラは笑った。「そうですね。」ユリウスもつられるように笑ってしまった。
2016年03月20日
ベラは、王妃に殺されたと思ってた母ライザに逢えてうれしかった。だが記憶喪失とはいえ、自分を忘れて別の家庭を持ち、息子まで育てていた事実はやはり受け入れがたく、複雑な思いだった。でもそんなことはおくびにも出さず喜んでみせ、父である王様にも逢わせようとしている。自分にも母にも嘘をついてるような罪悪感、心の内を見せられない哀しみ・・・母に甘えたいのに甘えられない。母にずっと育てられていた息子なら遠慮なく甘えられるのだろうか。うらやましく、ねたましくもある。母を殺そうとした王妃も憎いけれど、母が生きてると知って、それも少し薄らいできた。その代り、母への愛情の裏返しなのか、今まで放っておかれたことの恨みのようなものが渦巻いてくる。愛されてこなかったのがくやしい。これから取り戻せるものだろうか。母はまだ記憶を完全には取り戻していない。なぜ、私を見ても思い出せないのか。赤ん坊のころにテレサに預けたきり、会ってないのだから無理はないけど。母子共々殺されそうだったからとはいえ、人にわが子を預けるとは。仕方ないと頭では分かっていても、心では捨てられたのではと思ってしまう。テレサからエリーゼに預けられ、エリーゼの死後はまたテレサを経てスコッチ家の養女と転々としてきた。自分の居場所がわからない。王にも娘と信じてもらい、妹ロザリーの学友として王宮にもあがってる。でも、それはあくまでも王とベラしか知らない秘密で、ロザリーさえも知らないのだ。王妃が気づいてるのでないかと内心不安で仕方ない。母の前では大丈夫と強がって見せたけれど、母と王を会わせるなんて、危険極まりないことは承知してる。それでも会わせようとするのは、もしかしたら、私は母をまた王妃に殺させようとしているのかも。そう考えると自分でも空恐ろしくなってくる。私だけでも王妃に目を付けられて危ないというのに、母まで巻き込もうとしている。というか、母のせいで私が恨まれているのだろうけど。母を王を会わせないで、元の家庭に戻らせた方が母は幸せなのかもしれない。まだ記憶が戻ってないのだから、そのまま忘れてしまえばいいのだ。私のことも? でもそれはあまりにも悔しい。私はなんのために生まれてきたのか。父と母の愛の結晶のはずなのに、秘密にされ、忘れられたままなんて。いっそのこと、母子ともども王妃に殺されてしまってもいいかも。そうすれば、王もロザリーも私たちのことを忘れられなくなる。王妃だって、罪悪感にさいなまれるかもしれない。でも、復讐の為に自分の命を投げ出すなんてことはバカらしい。かといって、王妃を殺しても、また死刑になるだけだろう。そういえばユリウスは大丈夫かしら。送り迎えで王宮に一緒に上がる度に目つきが鋭くなってきた気がする。王妃にやられる前にやってやろうなんて考えていないかしら。このごろ、幼馴染というより、主従関係を重んじてか距離を取ろうとしてるから、あまり話しかけづらいのだけど、何を考えてるか知りたい。私が思ってることも打ち明けて相談したいのだけど、取りつく島が無い感じ。友達はユリウスしかいないのにさみしいなあ。ひとりで考えてると、堂々巡りで悶々と落ち込んでしまう。母の親友のテレサにも相談できない。もちろん父や妹にもね。ロザリーは憎い王妃の娘だけど、同じ父の娘で妹だから可愛い。何も知らずに懐いてくれるから。でも、もし私が王の娘で姉と知ったらどう思うだろうか。王妃から王を奪った女の娘と憎むかも。私はどうしたらいいんだろう。わからなくなってきた。こんな思いをひとりで抱えてるのはつらい。やはりユリウスしか居ないのかな。
2015年03月19日
童話「ベラのペンダント」17です。良かったら、最初から読んでみてくださいね。童話「ベラのペンダント」1・2です。テレサは、スコッチ家に使いを出し、ベラに母ライザの存在を伝えた。ベラは驚きながらも、喜んでマリア教会に飛んできた。「お母さん、殺されたと聞いてたけど、生きててくれたのね。うれしいです。」「ベラ、今まで会いに来れなくてごめんなさい。」「記憶喪失だったんでしょ。今も思い出せないの?」「なんとなく娘が居たというおぼろげな記憶ならあるのだけど。」「それだけでもいいわ。今から思い出を作りましょうよ。」と明るく振る舞うベラ。「そうね。でも、王妃に見つからないか心配なの。あなたまで命を狙われないかと。」とライザは暗い目になる。「本当にそれが心配よね。早くいい隠れ家を見つけないと。」とテレサも言う。「王妃になんか負けないわ。今は王様もロザリーも私も味方ですもの。」と強気なベラ。「そうは言っても、王妃がその気になったら、誰も止められないわ。私の時だって、王様は知ってたら止めようとしてくれたはずだけど。」と言いながらライザは遠くを見つめた。「王様は本当に知らなかったみたいよ。私が言ったらびっくりしてたもの。王妃はまだ私がお母さんの娘だとは知らないと思うけど、会うと凄い目つきで睨まれるの。もしかしたら、知ってるのかも。」「やはり心配ね。もう王宮に上がるのは止めにしたら?」「それはできないわ。ロザリーは可愛いし、王様にも会いたいの。」「私も王様にお会いしたいけど、叶わないわよね。」と淋しげなライザ。「大丈夫よ。私に任せておいて。」とベラは俄然張り切りだした。やっと会えた母の為、自分にできることが見つかったのだ。「無理しないで。王様には会いたいけど、あなたを危険な目に遭わせたくないの。」「平気。お母さんの為だけでなく、王様いえお父様のためにも会って欲しいのよ。」「ありがとう。そこまで言ってくれるのなら、会わせて貰おうかしら。でも、決して危ない真似はしないでね。それだけが心配だわ。」「私ももう子どもじゃないのよ。信じてね。」とにっこり笑うベラ。お互いを思い合う母子をテレサは微笑ましく眺めていたが、やはり一抹の不安はぬぐい切れなかった。「ライザが王宮に行くのは危険だわ。王様にお忍びで来てもらうと言うのはどう?」とテレサが提案した。「テレサ、それはいい考えね。でも、どこに来てもらおうかしら。ここは王妃に目を付けられてるしね。王宮の裏に使われてない庭園があったはず。なんて、だんだん思い出してきたわ。」と不思議そうに頭を抱えるライザ。「良かった。少しずつ思い出せるかもよ。」とテレサ。「私のことも思い出してほしいな」とベラが切実に言う。「ぼんやりとだけど思い出してきたみたい。赤と青のおくるみにつつまれた赤ちゃんが見える。それがベラ、あなたなのかしら。」とベラを見つめるライザ。「そうよ。そのおくるみはまだ持ってるもの。思い出してくれたのね。」と抱きつくベラ。「まだ完全ではないわ。漠然としか思い出せない。ごめんね。」と押し返そうとするがベラは離れない。「謝らないで。はっきり思い出せなくても、あなたが私のお母さんということだけははっきりしたのだから。」「そうね。それだけでも思いだせて良かったかしら。ともかく王様と逢う場所を決めないとね。その使われてない庭園が今はどうなってるか調べてくれる?」「わかったわ。ロザリーや王様に訊いてみる。」「くれぐれも王妃には気を付けてね。」「安心して、お母さん。こう見えて私はうまく立ち回れるのよ。」「ならいいけど。私は不器用だから、誰に似たのかしらね。」「きっと王様ね。」と二人で笑い合った。テレサも思わず一緒に笑ってしまったが、心から笑える日は来るのだろうかとも思ってしまった。
2015年03月06日
童話「ベラのペンダント」16です。良かったら、最初から読んでみてくださいね。童話「ベラのペンダント」1・2です。王妃の不安が的中したかのように、ライザは九死に一生を得ていた。王妃が遣わした追ってから逃れようと崖から谷底の河に転落し、川岸に流れ着いたところを猟師に助けられたのだった。頭を打って記憶喪失になり、看病してくれた猟師と一緒になって、息子ももうけていた。だが息子が大きくなるにつれ、何か違和感を覚えるようになっていった。私の子どもは娘だったはずではないのか?と思ってしまう・・・息子が可愛らしい顔立ちで女の子にも見間違えられるほどだったから、娘と錯覚してしまうのだ。といっても、活発な腕白坊主だったから、ますますギャップが激しい。夫の漁師は、息子も猟師にしようと体力をつけるために鍛えていた。息子と猟犬を連れて狩りに行った留守中、ライザは何度も見た夢をまた見ていた。息子が娘になり、その娘が王宮にあがっている。王宮になど行ったことないはずなのに、やけにはっきりと目に浮かぶのだ。きらびやかな装飾の中に青い光の宝石が散りばめられ、それと同じ宝石のペンダントが娘に王から手渡される。なぜか見覚えのあるペンダント。王は娘を温かい目で見守り、王妃は鋭い目つきでにらんでいる。その娘が自分のようにも感じられるが、自分の子どものような気もする。私は一体誰なんだろう。夫の漁師は、私が川から上がってきた人魚のように思っている。まるで私が記憶を取り戻して、どこかに行ってしまうのを恐れているように、何も聞かない。自分も思い出そうとしても、頭が割れるように痛くなるし、もしかしたら罪でも犯して逃げてきたのではと思い出すのが怖い。それでも、何者なのかを知りたいし、あの夢に出てくる娘のこともわかりたい。今の家庭はそれなりに幸せで壊したくはないが、本当の自分ではないような気がして、落ち着かない。もしかしたら、夢で見た王宮に行けば何か分かるかもしれない。でも、私のような女が、王宮に入れるわけもないし、行くだけ無駄だろう。そう思っても、つい気持ちは王宮に向かってしまう。街にさえ滅多に行かないほど山小屋にこもっているから、ますます想いがつのってしまうのだ。夫も息子も今は留守。この機会を逃したら、また出かける時を失ってしまう。そう思うと居ても立って居られずに、わずかな蓄えと着替えを持って飛び出していた。王宮を目指して歩き出したが、途中で夜も更け、泊まるところを探した。といっても宿に泊まるほどのお金もない。少しあるにはあるが、宿に泊まったらすぐに使い切ってしまいそうな額だ。途方に暮れて、民家に泊めてもらおうと戸をたたいた。「すみません。一晩だけ泊めていただけないでしょうか?」「悪いけど、うちにはそんな余裕はないんだよ。あそこの聖マリア教会に泊めてもらったらどうだい?」とおかみさんは言った。「マリア教会? どこにあるのですか?」「あの丘の上にある教会だよ。牧師夫人が親切だから泊めてくれるんじゃないかな。」そう教えてくれるおかみさんも割と親切だとライザは思った。「ありがとうございます。教会に行ってみますね。」丘をのぼり教会にたどり着くと、門のベルを鳴らした。「ごめんください。どなたかいませんか?」「はい、なんの御用ですか?」と出てきたテレサは、ライザの顔を見て、驚きのあまり呆然としながらも、やっと「あなたはライザなの?・・・」とだけ言った。「私はライザというのですか?記憶をなくして自分の名前もわからないのです。」と心細そうに言うライザに、「やっぱりライザだわ。殺されたと思ったけど、生きていたのね。良かった。あなたの娘も無事よ。今はスコッチ家の養女となって、王女ロザリーの学友として王宮に上がってるわ。」とテレサは一気にまくしたててしまった。「どういうことですか? 私には娘が居るのですか? それに私は殺されかけたの?」ライザも立て続けに質問した。「そうね。ごめんなさい。いきなりこんなことを言っても理解できないわよね。あなたは、王妃付きの女官だったのだけど、王様の寵愛を受けて娘を産んだの。それが王妃にばれて殺されそうになり、娘を私に預けたのよ。」「そうだったんですか。だから私は息子が娘に見えたり、娘が王宮に上がる夢を見たのかもしれませんね。」としみじみ言うライザに、「あなたには息子も居るの? だったら旦那さんも居るのかしら?」と訊くテレサ。「はい、私を助けてくれた猟師の夫と、息子が一人居ます。」「今は幸せなのかしら。それならいいのだけど。」「そうですが、やはり本当の自分や娘のことが知りたいのです。」「そうよね。ベラに会ってもらいたいわ。きっと喜ぶでしょう。」「娘はベラと言うのですか。会いたいです。こんなに放っておいて申し訳ないけど」「記憶喪失だったんだから仕方ないわ。それも王妃のせいなんだから。」とテレサは憤慨する。「ベラが王宮にあがってると聞いたけど、王妃に狙われたりしないのでしょうか。」と心配そうなライザ。「今のところ、あなたの娘とはばれてないと思うけど、顔立ちが似てるから怪しまれてるかも。」「私に似てるのですか。早く会いたいです。会わせてもらえませんか?」「すぐにスコッチ家に使いを出してみるわ。会えるのは少し先になるかもしれないけど。」「お願いします。それまでこの教会で待たせてもらっていいですか?」「何を言ってるの。私たちは親友だったのよ。ずっとここに居て。」とテレサはライザを抱きしめた。だが、体を離すと思い直したように、「でも、もし王妃に見つかったら大変だから、ここには居ない方がいい。別の場所を探すわね。」と言った。「私にはやはり居場所は無いのですね」と淋しそうに言うライザ。「そんなことないわ。ここでもいいけど、また殺されそうになってほしくないだけよ。」「そうですね。ごめんなさい。じゃあ一晩だけでもここに居させてください。」「もちろんよ。今夜は私の部屋で一緒に寝ましょう。一晩中話していたいほどよ。」「ありがとうございます。私だけでなく、娘までも守ってくれたのですよね。感謝しきれません。」「そんな他人行儀なこと言わないで。逆の立場だったら、きっとあなたもそうしてくれたと思うわ。」「そうね。じゃあ遠慮なくそうさせてもらいます。あなたに会えてうれしいわ。娘に会えたらもっとうれしいと思うけど。はやく会いたいなあ。」「会わせてあげる。それまでは私とおしゃべりしましょう。」とテレサは寝室に誘った。
2015年03月05日
童話「ベラのペンダント」15です。良かったら、最初から読んでみてくださいね。童話「ベラのペンダント」1・2です。*************************************************ベラが王女ロザリーの学友として一緒に楽しく学んだり遊んだりしてる一方で、ユリウスは王妃に復讐する手立てはないかと探っていた。でも、ベラが王の娘だと知られないようにもしないといけない。王妃は身分の低い貴族の娘が王女の学友になったことも承服しかねていたし、ロザリーがベラと親しくなり、王がそれを温かく見守ってることも許せなかった。自分だけ蚊帳の外に置かれたような気分なのだ。それになぜかベラが、あの憎いライザに見えてくることがある。王の心を奪い、子どもまで宿したライザに似ているのか。とっくにこの世から葬り去ったはずなのに、心には澱のように沈んで残ってる。崖まで追い詰め、谷底の川に転落したのに、遺体は上がってこなかったという報告だった。死んだはずだとは思うが、まさか生きてるなんてことはないだろうな。ロザリーと同じくらいの年のベラがライザのはずがないし、もしかしたらライザの娘?他人のそら似ということもありうる。王がベラを気に入ってるのもライザに似ているからかも。それにしても気になる。やはり調べさせよう。人を使って調べさせたが、スコッチ家の娘はもうとっくに亡くなっていた。ベラはその代わりの養女なのだ。だが、どこから養女に入ったかはわからない。それはスコッチ家の秘密らしい。秘密にするくらいだから、やっぱり怪しい。もしかしたら、ライザが親しかった聖マリア教会のテレサからでは? でもたしか当時調べさせたら、そんな子どもは教会に居なかったはず。おかしい。胸騒ぎが止まらない。私の勘に間違ったためしはない。ライザの時も、妊娠に気づいたのは王よりも私の方が早かったのだ。だからこそ、王に秘密でライザを始末できた。ライザは自分から女官を辞め、子どもを産んでいたのに、なぜ王に言わなかったのか。その子どもはどこにやったのだろう。母子共々殺してしまえと命じたのに見逃したのか。子どもは見当たらなかったとの報告だったが、どこまで信じていいか分からない。誰も信じられない。自分さえも。手を汚さないまでもライザを殺した。我ながら残酷だったとは思うが、それは王とライザが私をそうさせたのだ。あれからしばらくして生まれたロザリー。贖罪のように慈しんで育てた。おかげでロザリーは心優しく成長した。王だって見守ってくれていた。それなのに、そこへベラが入り込んできた。それもライザ似の身分の低い娘。ライザは私付きの女官だった。よく気が付くから、可愛がってやったのに、恩を仇で返したのだ。私の元を訪れる王に色目を使って誘惑したのだろう。嫁いできたばかりの私は王にどう接していいか分からず、プライドばかり高いつんけんとした女と思われていたにちがいない。それに比べ、ライザは細やかな神経で私の世話だけでなく、王の世話までかいがいしくしたのだ。王付きの女官もいるというのに、それを差し置いておそばに侍ったりしていた。ライザを気に入った王が呼んだということもあるが、図々しいにもほどがある。いつそんな関係になったかはわからないが、そうなってもおかしくない状況だったのに、しばらく放っておいた私がいけないのか。気づいたときにはもうお腹に子どもが居たのだ。私が気づいたことを悟ったライザはすぐに「里の母が病気だから」と言って女官を辞めてしまった。探させたが、実家には帰っていなかった。もちろん母親も病気などではない。私に殺されるとでも思ったのか。その時はそこまで思ってなかったのに。子どもの居ない私が育てようかとも思ったのだ。嫉妬に狂う姿など王には見せたくない。そんなみっともないことをするくらいなら死んだ方がましだ。それでも、やはりライザが許せなかった。私には心を許さない王が、なぜライザには心を開く?私を抱かないでライザを抱いてた王。そのくせライザが女官を辞めたら、嘆いてはいたものの、しばらくすると私を抱いてロザリーをもうけた。まあそれ以来、私に触れようとはしないが。王子を産まないといけないのに・・・王もライザを探していたはずだが、私の方が早く探し出し、殺すことができたのだ。そう、ライザを殺したはず。そうでなければこの苦しみはなんのためなのか。ベラも殺してやろうか。だがまだライザの娘と決まったわけではない。それでもライザに似てる娘が、王やロザリーのそばをうろついてるだけでも許せないのだ。勘にさわってイライラする。見るのも嫌だ。だからロザリーさえも避けてしまう。もれなくベラが付いてくるから。学友とはいえ、母親よりもそばにいるとは何事か。そろそろロザリーも親離れして、反抗期に入る年頃かもしれないが、この前まで私に甘えていたのに、急に手のひらを返したように冷たい。王には反抗しないくせに、私には生意気な口をきく。娘は母親に厳しいというが、ベラが来てからいっそう酷い気がする。私だけ仲間外れにされてるような疎外感。孤独を感じる。ベラを殺しても、それが露見したら、ロザリーにも王にも恨まれるだろう。ライザを殺したことも王はわかってるのかもしれない。ベラが現れてから、ますます冷たくなったような気がする。もともと冷え切った夫婦だが、ロザリーのことだけは話し合ってきたのに。やはりベラがライザの娘で、ライザを私が殺したことも王に告げ口したのかもしれない。そう思うと居てもたってもいられない。疑心暗鬼で苦しくなる。相談する相手も居ない。女官も、信用して心許せるものは居ないのだ。ライザや王に裏切られてからは、もう誰も信用できない。自分も信じられないなら、せめて神でも信じればいいのかもしれないが、神にすがるなんて悔しい。こんな目に遭わせたのは何よりも神ではないか。可愛いロザリーまで母である私をないがしろにする。夫たる王が冷たいとはいえ、離婚などできるはずもない。王妃と奉られていても、所詮は王の妻というだけのこと。それでも王にしがみつくほかないのだ。私はこの牢獄から逃れることはできないのか。この心の地獄から逃げ出すには、やはりベラをどうにかすることしかないのかも。ライザを殺して一時的な心の平安を得たように。たとえ、そのあと自戒の念に苦しもうとも。
2015年03月01日
童話「ベラのペンダント」14です。良かったら、最初から読んでみてくださいね。童話「ベラのペンダント」1・2です。*************************************************ベラはうちに戻り、早速ユリウスに宮殿であったことを伝えた。「王様が、お父様が、青いペンダントに気づいて私を呼んでくれたの。母が王妃に殺されたことも、私が娘だっていうこともわかってくれた。その上、妹のロザリーの学友になれるように手配してくれるんですって。」と一気にまくしたてるベラ。「そうなんですか。良かったですね。ついに夢が叶ったじゃないですか。」と喜びながらも、「そうなのよ。うれしすぎて信じられないわ。」と夢見心地のベラを冷静に見ているユリウス。「学友ですか。王妃に王の娘と悟られないといいのですが。」「そうだったわね。つい忘れてた。」ハッと我に返ると、だんだん恐ろしくなってきた。「気をつけてくださいね。かえって王妃に近づけるチャンスでもあるのですが。」「そうね。でも、私は今復讐する気になれないの。」「なんでですか? お母さんを殺した憎い女でしょう?」ユリウスの方がベラより王妃を憎んでるような口調だった。「もちろん、王妃は憎いわ。でも、今はお父様や妹とゆっくり過ごしたいの。家族の居ない私にやっと家族が出来るのよ。」「今のお母様、奥様がいらっしゃるじゃないですか。」「お母様は私を通して亡くなった娘を見ているのよ。私は身代わりだわ。」と淋しげに言う。「それでも、こんなにベラお嬢様を可愛がってくださったのに。」「感謝はしてるわ。でも、私自身を愛された感じがしないの。王様、お父様に抱きしめられたとき、ああこれが家族なんだなと実感したのよ。」ベラの複雑な心境がユリウスにもわかるような気がしたが、わかりたくないとも思い、「そうだったんですか。じゃあ今のところは平穏に家族ごっこを楽しみたいと?」と挑発した。「家族ごっことはひどいんじゃない?」「でも、娘として公表する気はないのでしょう?」「そんなことしたら、それこそ王妃に殺されちゃうわ。」「殺される前に殺せばいいじゃないですか。」とユリウスは言い放つ。「ユリウスは変わったわね。明るく能天気だったのに。」ベラは呆然とユリウスを見上げた。「変わってなんかいませんよ。僕は元々こういう冷たい人間です。ベラお嬢様がそれに気付かなかっただけです。」「私についてこなければ、そんな風になることもなかったのよね」「いい加減にしてください。じゃあもうベラお嬢様には関わりませんよ」と言ったと思うとユリウスは部屋を足早に出て行ってしまった。「待ってユリウス、ごめんなさい。」とベラが追いかけても、振り向きもしなかった。 ユリウスは憤然としていた。ベラに怒ってるのではなく、自分にだ。ベラの為に何も出来ない自分が悔しい。ベラが王妃に復讐しないのなら、自分が代わって王妃に復讐しようと思った。でも、ベラに気づかれてはならない。ベラを危険な目に遭わせたくないのだ。だが、スコッチ家の下男に過ぎない自分がどうやって宮殿の王妃に復讐できるのか。せめてベラの護衛として、宮殿への送り迎えをさせてもらおう。そうすれば、ベラが学友として過ごしてる間に、宮殿に入り込めるかもしれない。ベラとは仲たがいしてしまったけれど、奥様には信頼されてるから指名してもらえるだろう。かえってベラと少し距離を置いていた方が、安心されるかもしれない。いくら幼馴染とはいっても、お嬢様と下男なのだから。 こうしてユリウスはベラと共に宮殿へ、馬車の御者として日参することとなった。別の馬に乗り、護衛として行きたかったのだが、スコッチ家にはそれほど余裕が無いのだ。そんなスコッチ家の令嬢ベラが王女ロザリーの学友になること自体、王妃以下みんなに不審がられてはいたが、王様のたっての願いということで、承服せざるを得なかった。ロザリーさえ最初は、なぜそんな身分の低い貴族の娘と学友にならなければいけないのかと疑問に思ったが、逢って話していくうちになぜか親しみを感じ、姉みたいに慕うようになっていった。もともと兄弟姉妹もなく、話し相手も少なかったから、ベラと話す時間が貴重だったのだ。ベラも学友というより、ロザリーを妹という温かい眼差しで見ているせいか、ますます仲よくなっていき、そんな二人を父である王様は微笑ましく見守っていた。ただ、王妃だけは溺愛するロザリーを取られたような気さえして、ベラを快く思っていない。ユリウスはといえば、宮殿の御者部屋で待つうちに、他の御者や召使いと仲よくなって、宮殿内も案内してもらえるようになり、王妃の居る部屋も教えてもらった。ただその奥の間までは、とても入れそうにない。ユリウスはその手段を考え、機会をうかがっていた。
2015年02月28日
童話「ベラのペンダント」13です。良かったら、最初から読んでみてくださいね。童話「ベラのペンダント」1・2です。フリーページの最後の「続き」をクリックしていただくと続きが読めます。また、挿入歌として「遥かなるあなたへ」を作詞作曲してみました。上の題名をクリックしてみてくださいね。とうとうベラの社交界デビューの舞踏会の日がやってきた。義母セリーヌが丹精込めて選んだ真紅の華やかなドレスを着てみせると、「まあとても良く似合うわ。さすがわたしの娘!」と喜んでいた。きっと亡くなった娘が成長した姿を想像していたのだろうと思うとベラは複雑な心境だった。だがそれよりも気がかりなのは実の父の王に挨拶すること。その時に娘だとわかってもらいたいのだ。ベラは実の母からもらった青いペンダントを隠し持ち、挨拶の前に、義母が用意してくれたアクセサリーに重ね付けした。王の前に進み出て「初めまして。ベロと申します。」と挨拶してドレスを手で広げながら屈んだとき、胸の谷間の奥で光ったペンダントを王は見逃さなかった。まるでその青白い光に魅入られるように。王の横に座る王妃には、微妙な角度で死角に入る。母を殺した王妃に勘付かれてはならないのだ。王の顔色がさっと変わったことにも気づかないようだった。王と握手する手にも力がこもり、お互いを見つめ合う。だがそれは一瞬のことで、すぐに別の貴族令嬢と挨拶を交代した。ベラは王が娘だとわかったのではないかと思いつつも、それが自分の錯覚なのではとも疑っていた。自分の願望がそう思わせたのだと。ベラは、ダンスを申し込んでくる殿方達に丁重にお断りしながら、遠くから王を見つめていた。まるで恋い焦がれてるように。それでも、美しいベラに申し込みはあとを絶たず、さすがに断りきれなくなり、仕方なく一人の若い殿方とダンスを始めたが、気のないダンスをして、足を踏んでしまった。「痛い!」「あ、申し訳ありません。慣れませんもので。」慌ててベラが謝ると、「初めての舞踏会だから仕方ありませんね。」と笑って許してくれた。「緊張して疲れてしまいました。休ませていただいてもいいでしょうか。」と彼から離れようとすると、「そうですね。では飲み物をお持ちしましょう。」と言われてしまった。彼がカクテルを取りに行った隙にベラは庭園に逃げ出した。もう帰りたかったがそうもいかない。一人考え込んでいると、彼が追いかけてきた。「ずいぶん探しましたよ。夜は冷えるから中に入った方がいいですね。」そう言うと上着を脱いでベラの肩にかけ、宮殿の中へといざなった。確かに庭園のバラも夜露に濡れ、ベラの体も冷え切っていたのだが、肩に触れた手の温もりが伝わってきて、ホッとしてしまった。ふいに涙が出そうになったが、必死でこらえた。こんなところで泣くわけにいかない。「どうしたのですか?」彼はベラの顔をのぞきこむと、「もし戻りたくないのなら、ご自宅までお送りしましょうか?」と言ってくれた。「そんなに甘えられません。それに初めての舞踏会ですぐに帰ったと知れたら、もう二度と来られなくなってしまいますわ。戻ります。」ベラは気を取り直し、気丈に振る舞った。「そうですね。誰でも初めての舞踏会は緊張しますよ。僕もそうでしたが、なんとか帰らずに頑張って踊ったものです。戻ってまた踊りましょう。」いたずらっぽくウィンクしながら微笑む彼にベラは目を見はった。「わかりました。それではまた踊っていただけますか?」二人で宮殿に戻ると、そこへ待ち構えていたように「ベラ嬢、王様がお呼びです。すぐに来てください。」と王の使いにベラは連れ去られ、名前も聞かぬまま引き離されてしまった。ベラは王に呼び出されたことで頭がいっぱいになり、彼のことは気にも留めなかったが。連れられた奥の間で王が一人待ちわびていた。「ベラ、そのペンダントを見せてくれないか。」と王が切実に言う。「はい、王様。どうぞご覧ください。」と差し出すと、奪い取るように手に取って凝視していた。「間違いない。これは王家に伝わる青の光だ。昔ある女性に愛の証として渡したものだが、なぜそなたが持ってるのか?」と問い詰める。「その女性とはライザですよね。私の母です。でも、もう亡くなったと聞きました。」「なんだと? ライザが亡くなった? なんで死んだんだ・・・」と王は悲痛な面持ちになった。「王妃様に殺されたと聞いてます。私を身ごもり、産んだことで怒りに触れて。」平静を装いながらも声が震えた。「王妃がライザを? 許せない! それではそなたは私の娘だというのか。」と王は頭を抱え込みながらも、ベラを見つめていた。「そうです。母ライザは身の危険を察知して、私をマリア教会の牧師夫人テレサに預け、彼女がまたエリーゼに預けて育てさせたのです。エリーゼの死後、テレサがスコッチ家の養女にと取り持ってくれました。」「そうだったのか。苦労させたな。」と王は腕を広げた。ベラはその腕に飛び込んでいいいものか迷いながらも、近づいていった。腕を伸ばした王に抱き寄せられると、信じられない思いだった。「本当に私の娘なのか。もう一度顔をよく見せてくれ」と両頬を手で挟み、顔を上げさせた。「そういえばライザの面影があるな。私にも似てるかもしれない。」しみじみとベラの顔を見つめる眼差しが温かい。「お父様」とベラは思わず言ってから、口を押えた。「いいんだ。ここではそう言っておくれ。だが、まだ人前で呼ぶことは叶わない。私にはロザリーという娘が居るし、王妃がそなたの存在を許さないだろう。またライザのように殺すかもしれない。あれは恐ろしい女だからな。だが、ロザリーは王妃に似ず心優しい娘だ。姉妹仲よくしてもらいたいものだが・・・」叶わない夢を見るように王は遠くに目をやった。「ロザリー王女が私の妹なのですね。」「そうだ! そなたをロザリーの学友にしよう!」いいことを思いついたとばかりに王は手を打った。「そうすればそなたを宮殿に置けるし、ロザリーとも親しくなれるだろう。」「学友とはなんですか?」「ロザリーと一緒に家庭教師に学び、遊んだりするのだ。やってくれるか?」「はい、喜んで。お父様の近くにも居られるようになるのですよね。」「そうだな。たまに会うこともできよう。私がロザリーを見に行けば、そなたにも会えるということだ。」「うれしいです。いつからですか?」心躍り、声も弾んだ。「早速手配させよう。手続きが整い次第、迎えをやらせるから待っておいで」「わかりました。楽しみにお待ちしてます。」二人は見つめ合い、名残を惜しみながらも、怪しまれないため早々にベラは奥の間を引き払い、自宅へ戻った。(続く)
2015年02月27日
童話「ベラのペンダント」12です。良かったら、最初から読んでみてくださいね。童話「ベラのペンダント」1・2です。フリーページの最後の「続き」をクリックしていただくと続きが読めます。また、挿入歌として「遥かなるあなたへ」を作詞作曲してみました。上の題名をクリックしてみてくださいね。 牧師夫人テレサの紹介で貴族のスコッチ家の養女となったべラは、美しく気品のあるレディに成長していった。亡くした娘の代わりに愛情込めて育ててくれた義母セリーヌのお蔭で。宮殿の舞踏会にデビューする17歳の誕生日も迎え、実の父の王と逢える日も近づいてきたが、ベラは期待と同時に不安も募り、ふさぎ込む日が多くなった。「このごろ元気がないわね。どうしたの?」と心配するセリーヌ。「なんでもありません。ただ舞踏会デビューが少し不安なだけ。」と言いながらもべラは顔を曇らせる。「大丈夫よ。私に任せておいて。ドレスもアクセサリーも整えてあるわ。あなたはこうして礼儀作法も十分身に着けてるんだから、自信を持って」「ありがとうございます。でも、こんな私がデビューして王様に逢えるのでしょうか。」「そうね。デビューの時に一度だけご挨拶できるから、そのためにももっと磨かないとね。」セリーヌは自分のことのように浮き浮きしていた。「ダンスも申し込まれるだろうから、練習しておかないと」と言って、ユリウスを呼び出した。幼馴染のユリウスは、下男として奉公していたが、時々ダンスの練習相手として駆り出されてもいたのだ。背も高くなり、ダンスなど一通りの教養も教え込まれていた。べラはダンスしながら「ユリウス、王様に逢う時、どうしたらいいのかしら・・・」といつになく心細そうに言う。「ベラお嬢様にしては弱気ですね」とからかい口調のユリウス。「失礼ね。でも、こんなことはユリウスにしか言えない」と切なく見上げるベラ。ドキッとしながらも、「そんなこと言ってたら、王様に娘だと告白することも、王妃に復讐することもできませんよ」と平然と言い放つ。「そうよね。でも、舞踏会で挨拶できるのはデビューの時だけ。あまり身分の高くないスコッチ家にはそんなに逢えるチャンスはないわ。」「そこをなんとかするのが、ベロお嬢様でしょう。」と言いながらもユリウスも考え込んでいる。「そうだ! あの青い宝石のペンダントをしていったらどうですか?」と手を打った。「私が実の母からもらったペンダントね。でも今の母がアクセサリーも用意してくれてるわ」「それなら、最初は奥様が用意したアクセサリーを付けて、後から取り替えればいいですよ。」「それか、王様に挨拶で握手するときに渡すとか」「それでは、王妃に気づかれてしまうかもしれませんよ」「かえって、身に着けてる方が王妃に見られるんじゃない?」「そうですね。贈り物として箱に入れて王様に渡すとかではどうでしょう」「大仰になりすぎるわ。やはり身に着けて、握手の時、王様にだけ見えるようにするしかないかな。」「難しいですね。それはまた後で考えるとして、今はともかくダンスの練習ですよ。」と振り切るように明るく言うユリウス。足の止まったベラを引っ張るようにダンスを促す。「そうね。社交界デビューもいいけど、気が重いなあ」と気落ちしていたベラも、つられてダンスを始めた。「考えすぎるのがベラお嬢様の悪い癖ですよ」と言うと「ユリウスは相変わらず脳天気なんだから。」と言いかえす。二人で笑い合って、ダンスの練習は終わった。(続き)
2015年02月26日
童話「ベラのペンダント」11です。良かったら、最初から読んでみてくださいね。童話「ベラのペンダント」1・2です。フリーページの最後の「続き」をクリックしていただくと続きが読めます。また、挿入歌として「遥かなるあなたへ」を作詞作曲してみました。上の題名をクリックしてみてくださいね。 「それでも、お父さんの王様に逢いたい」とベラは言う。「王妃にばれたら、また命を狙われるわ」とテレサ。「なんとか王妃に知られずに、王様に近づける手立てはないの?」と切なく見つめるベラ。「この教会の信者で、娘を亡くしたばかりの貴族が居るのだけど、養女にしてもらえないかししら。同じ年頃だし、ちょうどいいかもしれない。」「貴族の養女なんて、私に務まるかな?」不安そうにベラはテレサを見上げた。「大丈夫よ。あのエリーゼに育てられただけあって、礼儀はわきまえてるわ。あとは作法など身につければなんとかなる。」早速テレサが貴族スコッチ家に養女の話を持ち込むと、娘を亡くしてふさぎ込んでいる妻を心配していたスコッチ家の当主は、二つ返事で承諾した。何より信頼してる教会の牧師夫人テレサの紹介だからだ。幼馴染のユリウスも、スコッチ家の使用人として雇ってもらえた。
2015年02月14日
童話「ベラのペンダント」10です。良かったら、最初から読んでみてくださいね。童話「ベラのペンダント」1・2です。フリーページの最後の「続き」をクリックしていただくと続きが読めます。また、挿入歌として「遥かなるあなたへ」を作詞作曲してみました。上の題名をクリックしてみてくださいね。 老人とベラが速足で聖マリア教会へ向かう後を、ユリウスも必死についていく。「今までベラは両親を探す手がかりがほとんどないと言ってたのに、どうして急に聖マリア教会とかテレサとか言いだしたの?」ユリウスが疑問をベラにぶつけてみても、ベラは答える余裕もないようだ。ともかく一緒に行くしかない。食事も歩きながら摂るほど急いだお蔭で、日が落ちる前になんとか聖マリア教会にたどり着いた。「テレサ、このベラという娘さんが君に両親のことを聞きたいそうだ。」と老人は挨拶もそこそこにして単刀直入にベラを紹介してくれた。「私は祖母に育てられました。祖母の名前はエリーゼです。両親のことをご存知ですか?」テレサはエリーゼの名を聞くと、サッと顔色が変わった。しばらく沈黙した後、意を決したように静かに話し始めた。「エリーゼのことはよく知ってます。私があなたをエリーゼに預けたのですから。ご両親のことも知ってますが、どう話していいのやら・・・」「何を聞いても驚きませんから、どうか話してください」と、じっとテレサの目を見つめるベラ。「そう。それなら話しましょう。実はあなたは・・・この国の王の娘なのです。」「そんな・・・信じられない・・・」ベラはもちろん、老人やユリウスも目を丸くした。「本当なのです。でも、王妃の娘ではありません。」「では誰の子なのですか?」「王妃付きの女官ライザの娘です。」「そのライザ、お母さんは今どこに居るのですか?」ベラは必死に尋ねた。「ライザは・・・王妃に殺されました・・・」沈痛な面持ちでテレサは答える。「そんな・・・ひどい・・・」ベラは泣きだした。気丈にふるまっていても、やはり幼い少女なのだ・・・「王妃に命を狙われてることを察して、ライザはあなたを私に預けたのです。王妃に私の居所もつかまれたので、エリーゼに託したというわけです。」「エリーゼはそのことを知っていたのですか?」ベラが涙を拭って言った。「詳しいことは話してません。ただ両親の名前は今明かせないが、子どもが成長して知りたいと思った時は、私をたずねるようにとは言いました。」「知りたいに決まってるじゃないですか!」「そうですよね。だから、きっとあなたがたずねてくると思ってました。」テレサは淡々と、なおかつベラを見守るような眼差しで言った。「お父さんである王は、それを知ってるのですか?」「王妃もライザもあなたの存在を秘密にしていたから、王は知らないだろうけど、今はもしかしたら知ってるかもしれない」「なぜ秘密にする必要があるの?」「王妃には当時子どもが無かったから、ライザは王妃があなたの存在を知れば殺すだろうと思って身を隠した。王妃付き女官をしてたから、王妃の性格はよくわかってたんでしょうね。」「そんなに怖ろしい性格なの?」畳み込むように詰問するベラ。「プライドが高くて嫉妬深いらしい。私はライザからそう聞いたわ。ライザを殺してから、王妃には娘が生まれたけど、息子は生まれていない。」「私には妹が居るのね・・・」祖母も母も失ったベラには、妹がどんな風にうつるんだろう。心なしか声が優しくなったようにテレサは感じたが、それを振り払うようにきつく言ってしまった。「その王女ロザリーがたぶん将来女王になるだろうけど、あなたの存在がそれを脅かすかも」「私は王女になんてなりたくないけど、母を殺した王妃は許せない。その娘も・・・」一転して憎しみに満ちた瞳をぎらつかせるベラに、テレサは何も言うことが出来なくなってしまった。
2015年02月13日
童話「ベラのペンダント」9です。良かったら、最初から読んでみてくださいね。童話「ベラのペンダント」1・2です。フリーページの最後の「続き」をクリックしていただくと続きが読めます。また、挿入歌として「遥かなるあなたへ」を作詞作曲してみました。上の題名をクリックしてみてくださいね。 ベラは熱にうなされながら祖母の夢を見ていた。「おばあちゃん、なんで居るの? 死んじゃったんじゃないの?」「そうだよ。だからベラはこっちへ来たらダメなの。」「もう疲れちゃった。おばあちゃんのところに行きたいな。」「お父さん、お母さんに逢うんだろう。それまでは頑張らないと。」祖母は励ますように頭を撫でた。生きてる頃はこんな風に甘えさせてくれたことはなかったのに。だからベラもつい甘えてしまったのだ。「どうすれば、お父さん、お母さんに逢えるの? 何かヒントをちょうだい。」「そうだね・・・。聖マリア教会へ行ってごらん。」「そこにお父さん、お母さんが居るの?」「教会の牧師夫人のテレサを訪ねて、私の名前を言うんだ。そうすれば、両親のことを教えてくれるだろう。」「なんでその人に訊かないといけないの? おばあちゃんは知らないの?」「私はテレサからお前を預かっただけだ。詳しくはテレサにお聞き。」そう言うと、祖母は遠く消えていった。「おばあちゃん、待って!」叫ぶ自分の声で目覚めた。「ベラ、大丈夫か?」と覗き込むユリウスの心配そうな顔が目の前に。「おばあちゃんは?」辺りを見渡しても、どこにも居ない。「本当にどうしちゃったんだ?」と額に手を当てるユリウス。不思議なことに熱が下がってる。祖母が助けてくれたのだろうか。ユリウスは人を呼んできてくれていた。親切そうな老人だ。「子どもが二人だけでどこに行くってんだ? こんなところに居たら凍え死ぬから、とりあえずうちに来なさい。何か温かいものを食べさせてやろう。」「ありがとうございます!」二人は喜んでお礼を言った。ベラはユリウスに支えてもらいながら、老人のうちまでなんとか歩いていった。老人が奥さんに「何か料理を」と頼むと、「まったくもう」と文句を言いながらもスープを出してくれた。あまり具は入ってないが、貧しい中で分け与えてくれてるのだ。感謝しないと罰があたる。冷え切った体が中からじんわりと温かくなっていった。心までも。ベラは石のスープを思い出してしまった。私がスープの石を持っていればと思いつつ、なぜか自分のペンダントを胸から取り出していた。「このペンダントを見たことはありませんか?」蒼く煌めくペンダントを魅入られるように覗き込む老夫婦。「見たことはないけど、綺麗だねえ」うっとりと眺めながら、老夫婦は口々に言う。「そういえば、お城の中には青い宝石がちりばめられてると聞いたことがあるなあ」「そうね。入ったことないからわからないけど、こんな青さなのかしら?」「そのお城はどこにあるんですか? あと、聖マリア教会も教えてください。」と急きこんで尋ねるベラ。「お城は遠いけど、聖マリア教会なら割と近いな。今夜はうちに泊まって、明日案内してあげるよ。」と老人は言った。「ありがたいのですが、できたらすぐに行きたいのです」と頼み込むベラ。「なんでそんなに急いでいるんだい?」「私の両親のことを知ってるテレサさんという牧師夫人が居るからです」「テレサならよく知ってるよ。それならすぐに行こうか」老人はベラを連れて出て行った。ユリウスはあっけにとられながらも、慌てて二人についていった。(続く)
2015年02月12日
6年前くらいに書き、途中のままになっていた童話「ベラのペンダント」の続きを書いてみようかと思います。良かったら、最初から読んでみてくださいね。童話「ベラのペンダント」1・2です。フリーページの最後の「続き」をクリックしていただくと続きが読めます。また、挿入歌として「遥かなるあなたへ」を作詞作曲してみました。上の題名をクリックしてみてくださいね。 ベラはユリウスに見つからないように涙をぬぐい、何も無かったかのように「時間がもったいなから、もう行くわよ」と先に歩きだした。「待ってくれよ」と慌てて追いかけるユリウス。隣国への関所を無事通過できたとはいえ、夢で見た光景はまだ見当たらない。金色に波立つ小麦畑、石造りの町、小高い丘の上の城。それが現実のものかさえ分からない。両親の手がかりは、絹のおくるみと、蒼いペンダント、ベラの亜麻色の髪だけ。こんなものだけでたどり着けるとは思わないけど、歩くしかない。ないない尽くしで落ち込みそうになるが、「これからどこに行けるか楽しみだな」と能天気なユリウスに救われる。「ともかく今夜どこかに泊めてもらわないとね」とベラ。「またローラみたいに親切な人がきっと居るよ」「そんなに世の中甘くないわよ」と言いながらも、そんな風に考えられるユリウスが羨ましい。当てもなく、大きな道を進んでいくが、日も暮れて、歩き疲れた二人。「今夜は野宿かな」ベラがつぶやくと「でも、まだ寒いから凍死しちゃうよ」とユリウス。「そんなこと言ったって、この辺りには家も無いし、どうしようもないでしょ!」いらだつベラに、ユリウスは「せめて木陰で休もうよ。夜露をしのげるだけでもいいから」と。「そうね。じゃあ、あの木にしようか」二人は大木の下に座り込む。身を寄せて絹のおくるみを巻きつけるが、「もっとくっつかないと寒いよ」とユリウス。「嫌だけど寒いから仕方ないわね・・・」二人で肩を抱き合うように眠りにつく。明け方、あまりの寒さに目が覚めてしまった。お互いのぬくもりでなんとか凍死しないで済んだものの、ベラは悪寒がしてきた。風邪をひいてしまったらしい。ユリウスが額をくっつけてみると、だんだん熱くなってくる。このままじゃ、ベラが死んでしまうかもしれない。ベラの体におくるみを巻きつけ、ユリウスは人を呼びに行こうとした。「お願い、ユリウス。置いていかないで」うわごとのように言いながら、手を伸ばすベラ。「少しだけ待ってて。すぐに帰ってくるから」ユリウスはベラの手を強く握りしめてから、飛び出していった。
2015年02月11日
またまたまた?久しぶりになってしまいました・・・自分でもまた、前のを読み返しながら書いてます良かったら、最初から読んでみてくださいね。「ベラのペンダント」1・2です。フリーページの最後の「続き」をクリックしていただくと続きが読めます。また、挿入歌として「遥かなるあなたへ」を作詞作曲してみました。上の題名をクリックして聴いてくださいね。少女ベラは、おかみの手紙を受け取ると早速、出発しようとした。そこへおかみが声をかけた。「そんなに急がなくてもまだ日は暮れないよ。朝ご飯ぐらい食べておゆき。」ユリウスは、すかさず「ありがとうございます!喜んでご馳走になります!」と相変わらず調子がいい。ベラはちょっと困ったような顔をしながらも、「ありがとうございます・・・」と頭を下げた。「素直になってきたじゃないか。」と、おかみもユリウスと顔を見合わせる。質素だが、おかみの心のこもった朝食をいただき、二人は昨日から夕べから何も食べてなかったことを思い出した。ベラはサロの作ってくれたお握りを昼に食べたきりだったし、ユリウスも出がけにうちにあるものをつまんできただけだったのだ。掻きこむように食べる二人を見て、おかみは呆れながら言った。「そんなにお腹が空いてるんなら、もっと早く言えばいいのに!」その声も耳に入らないほど、二人はお腹に詰め込んでいた。おかみは、残ったご飯で塩むすびを作って持たせてくれた。二人には何よりのご馳走だった。「ありがとうございました!羊小屋に泊めて頂いた上、お役人への手紙と食べ物まで下さって!」ユリウスが大声でお礼を言うと、後ろでベラもぼそぼそと「本当にありがとうございました」とつぶやいた。「ん、なんだい?聞こえないよ。」おかみが耳に手を当てて尋ねると、「ありがとうございました!」とベラが叫んだ。「言えるじゃないか。恥ずかしがってたら生きてけないよ!」と、おかみがベラの肩を叩いた。また羽織っていたおくるみの布がずれて、胸元のペンダントが光って見えた。「そのペンダントはどうしたんだい?」「これは祖母の形見なんです。父母の手がかりになるそうなんですが・・・」「そうなんだ。綺麗なペンダントだね。ちょっと見せておくれ。」首にかけたまま、おかみはペンダントヘッドを手に取った。碧く光る石は、高価なものだろうと思われる。この娘は一体何者なんだろう。空恐ろしくなってきた・・・「私には分からないけど、高そうな石だね。大事にするんだよ。」おかみは手を離し、それしか言えなかった。ベラは少し拍子抜けしたが、「そうします。」と言って、ユリウスとおかみの家を後にした。「さようなら!お元気で!」とユリウスは振り向きながら手を振った。ベラは後ろを向いたら、もう進めないとでも言わんばかりに前だけ向いて歩いていった。そして昼過ぎにようやく国境の関所に着いた。「通行手形を出してもらおうか。」と居丈高に怒鳴る役人に、ユリウスはおかみの手紙を差し出した。「これは、ローラの筆跡ではないか・・・」役人は驚いて、おしいだくように上役に持って行った。ユリウスがベラに駆け寄り、「あのおかみさん、ローラっていうんだ。結構凄い人なのかも・・・」と耳元で囁いた。ベラも意外だったが、ユリウスには何食わぬ顔をして、「そうらしいわね。」と澄まして言った。帰ってきた役人と上役は、「なぜ、お前達がこれを持ってるのだ?」と咎めるように言う。「昨日、ローラさんに泊めて貰い、通行手形を持ってないことを言ったら、この手紙を書いてくれたのです。」ユリウスが慌てて言った。「うーん、そうか・・・ローラがお前達をなあ・・・」胡散臭そうに眺めながらも、「ローラが信用したなら仕方ない。ここを通ってもよいぞ。」と関所を通してくれた。「ローラさんって、どんな人なんですか?」ユリウスが明るく尋ねた。こんな時、何でも聞けるユリウスが羨ましいとベラは思った。「ローラは昔、巫女でなあ。結婚して妖力は失ったものの、人の心を見抜く力はまだ残ってるから、みんな畏れておるのだ。」秘密を打ち明けるような口振りだ。「そうなんですか。」その秘密を何気なく聞き流すユリウス。「お前達が怪しい人間なら、ローラは家から出さなかっただろうよ。」と脅されたが、ユリウスは笑い飛ばしていた。頼もしいのか、頼りないのか?でも、ローラがそんな力を持っているのなら、おくるみやペンダントから何か分からなかったのだろうか?それともやはりもう妖力は失ってしまったのか・・・何かわかっていれば教えてくれるはずだとベラは思い直した。気のいい田舎のおばさんにしか見えなかったけど、本当にそうなってしまったのかもしれない。一人で考え込んでいると、ユリウスが心配そうに顔を覗き込んできた。「どうしたんだい?大丈夫?」「大丈夫よ!」ついユリウスには邪険にしてしまう。「それならいいけど。」能天気そうな顔を見ていると、なぜか無性に腹立たしく思える時がある。悩みはないのだろうか?「そういえば、ユリウス、お父さんやお母さんが心配してるんじゃない?」「今更なんだい?俺には親なんて居ないよ。」事も無げに言われてしまった。「ユリウスも親居なかったの?ごめんなさい・・・」急に悪いことを言ってしまったと思った。「いいよ、別に。もう気にしてないから。でも、ベラの両親みたいにどこかに生きてたらいいなと思ったりはするけどね。」ベラは、恐る恐る尋ねた。「もしかしたら死んじゃったの?」「俺の小さい頃に火事で二人とも死んじゃったんだって。だから、俺には何も思い出は残ってないんだ。」あっけらかんと話すユリウスは、かえって淋しそうに思えた。「写真とかもみんな無いの?」「みんな燃えちゃったから、写真もおくるみもないんだ。」悩みなんて無さそうに見えたのに、私よりも不幸だったなんて・・・「ひきとってくれた叔父さん夫婦にも面倒かけたし、このへんで家出ないとな。」「じゃあ、私の為に家出したんじゃないの?」ちょっとがっかりした・・・「それもあるよ。こういうことでもないとなかなか家出る勇気出ないもんな。」遠くを見つめるユリウスが少し大人っぽく見えた。「それより、お腹空いたよな。早くおかみさん、いやローラさんにもらった塩結び食べようぜ!」思い立ったように、包みを開け、塩結びにかぶりついた。ベラも負けずにかじったが、塩が沁みたのか、思わず涙が出そうになってしまった。
2009年02月12日
またまた久しぶりになってしまいました・・・自分でも前のを読み返しながら書いてます良かったら、最初から読んでみてくださいね。「ベラのペンダント」1・2です。フリーページの最後の「続き」をクリックしていただくと続きが読めます。また、挿入歌として「遥かなるあなたへ」を作詞作曲してみました。上の題名をクリックして聴いてくださいね。少女ベラは、少年ユリウスと共に隣国へ行く決心をした。そのせいか、朝早くから目が覚めてしまい、ユリウスをたたき起こしたのだ。「起きて!早く出発しないと日が暮れるまでに隣の国に着かないわ!」ユリウスと泊まった羊小屋を出たとたん、黒猫が通り、不吉なものを感じたが、人懐こい猫で、擦り寄ってくる。「普通、猫は人間を見たら逃げるんじゃない?」ついベラはユリウスに聞いてしまった。「この猫は人間を信用してるんじゃないのか?」「でも、首輪もしてないし、捨て猫じゃない?」飼い猫にしては、黒い毛の艶があまりない・・・「そうとは限らないんじゃないかな?きっと首輪をしてないだけか、飼い主とはぐれたのかも・・・」とユリウスが上目遣いにベラを見つめる。「そんなこと言っても、連れて行けないからね!」ベラが先手を打った。「そうだよなあ。俺達二人でも泊まるところに困るんだから・・・」「そうよ。可哀想だけど、置いていくしかないわ。」飼い主を探す黒猫が、親を探す自分と重なり合い、思わず抱き上げてしまったが、これ以上、道連れを増やすわけにはいかない・・・「じゃあ、せめてここの家で飼ってもらえないかな?」急にユリウスはベラから黒猫を取り上げると、母屋に向かった。「すみません。昨日羊小屋に泊めて貰った者です。」と言いながら、ドンドンと戸を叩く。しばらくして「なんだい?こんな朝早く・・・」と家のおかみさんが眠たそうに目をこすりながら出てくる。「昨日は泊めて下さって、ありがとうございました。なんのお礼もできずに済みません。代わりといってはなんですが、この猫を飼ってはもらえませんか?」と黒猫を見せながら頼むと、「あら、これはうちの猫だよ!行方不明になってたんだ。どこで見つけたんだい?」急に目が覚めたのか、おかみさんは、引っぺがすように黒猫を取り戻した。「良かった。捨て猫か迷い猫かと思ってたんです。」「失礼だね。れっきとしたうちの飼い猫だよ!」と憤慨してたけど、気を取り戻し、ユリウスを見つめた。「まあ、ともかくお礼を言うよ。見つけて連れて来てくれてありがとう。そういえば、あんた連れが居るって言ってたよね。その子はどこに居るんだい?」「今、呼んで来ます。」慌ててユリウスはベラの元に戻った。「あの猫、ここの猫だったんだって!」「そうなの。良かったじゃない。」ベラは、そう言いながらもあまり嬉しそうではない。なんか複雑な心境らしい。「ここのおかみさんがベラに会いたいってさ。」「そう。何の用かしら?」「泊めて貰ったんだから、ベラもお礼言えよ。」「そうね・・・」人見知りするベラはあまり気が進まない。「まあまあ、俺が一緒だから大丈夫だよ。」「一人だって平気よ!」強がり言ってるが、初対面の人と話すのは苦手なのだ。ユリウスの後ろから、黙ってついていくベラ。「お待たせしました。こいつが連れのベラです。」おかみさんがジロっとベラを一瞥した。「ふーん、こんな年端もいかない娘が旅だなんて危ないね。」「俺が居るから大丈夫ですよ!」ユリウスがナイト気取りで言った。「何言ってんだい!あんただって、同じような年の小童(こわっぱ)じゃないか。」そう言われて、シュンとしてしまった。「情けないねえ、ここは言い返すところだよ。男なら、ちゃんと女を守ってやりな!」肝っ玉母さんのようなおかみさんだ。「そうですよね。頑張ります。」急に元気になるユリウス。ベラは他人事のように、そっぽを向いていた。「ところでどこまで旅するんだい?」おかみさんはベラに向かって尋ねた。自分に振られたことに気づかず、無視していたが、「あんたに聞いてるんだよ!」と肩を叩かれた拍子に、羽織っていた絹のおくるみがハラリと滑り落ちた。それを拾い上げたおかみさんが食い入るように見つめていた。「これ、どこで手に入れたんだい?」真剣な口調に、ベラは戸惑いながらも、 「育ててくれた祖母が私をうちに連れて来たときにくるんでいたおくるみだそうです。」と言った。「そう・・・」返事は、ただそれだけ。「何か知ってるんですか?私の両親は、隣国に居るって、祖母が死ぬ前に言い残したんです!」おかみに向かって、言葉がほとばしり出た。ベラの勢いに驚いたように、後ずさるおかみ。「そうなの。私が知ってるのは、この絹のおくるみが隣国のものだということと、高貴な家でしか使用されてないということだけかな。もしかしたら盗品?なんて疑ってしまったんだよ。済まないね。」「いいえ、こちらこそ、済みません・・・」失望に肩を落とすベラを慰めるようにおかみさんは言った。「良かったら、関所を通れるよう知り合いの役人に手紙を書いてやるよ。事情も説明するから、きっと通してくれるだろうさ。」「ありがとう!おかみさん。」ベラがおかみの駆け寄ると「助かりました!通行手形持ってないから、どうしようかって言ってたところだったんです!」ユリウスもおかみの両手を取って、喜んだ。「そうかい。私にはそれくらいしかしてやれないけど、頑張って両親を見つけるんだよ。」とユリウスに手を取られて振られながらも、おかみはベラに向かって言った。「あんたもちゃんと見守ってやるんだよ。でも、いい加減にこの手をお放し!」とユリウスの手を振り切った。慌てておかみの手を離したユリウス。「すみません、つい嬉しくて・・・」「いいよ。これから手紙を書くから、ちょっと待ってておくれ。」と言い残し、おかみは家の中に入っていった。ユリウスとベラは顔を見合わせ、微笑んだ。「黒猫は不吉の印というけど、私達には幸運の印だったわね。」「そうだな。本当に良かった。俺がこの家に黒猫を連れて来たお蔭だぞ!」とユリウスが得意がると、「何言ってるのよ。私が旅に連れて行けないって言ったからでしょ!」とベラが牽制をかける。それでも、内心ベラはユリウスに感謝していた。顔や言葉には出さないが・・・「手紙を貰ったら、早く出発しよう!」
2009年02月03日
良かったら、今までの1・2・3・4の話を読んでみてください。3・4には、1・2からリンクで飛べます。 「ベラのペンダント」5ベラは旅立ったのはいいものの、どう行ったらいいかも分からない・・・ただ隣国との境の関所に向かうのみ。関所にはパスポートのような通行手形が必要と聞いたけど、少女のベラがそんなもの持ってるわけもない。祖母の荷物を探したが、それらしいものも無かった。ただあったのは、聖書とお伽噺のような絵本があっただけ。とりあえずそれを持ってきたけど、何かの足しになるだろうか?不安を抱えながら、重い足取りになるのを、空を見上げて、振り切った。まだ太陽は昇ったばかり。青空が広がっていた。今朝は変わった夢を見たせいか早く目覚めてしまったから、荷造りして出発しても、まだ昼にはなってない。そういえば、朝もろくに食べていなかった。思い出したら急にお腹が空いてきた。確か、サロが持たせてくれたお握りがあったはず。最初で最後の親切と言って、サロがくれたものだ。道の端に生えてる大木に寄りかかり、お握りをほおばったら、サロのことが思い浮かんだ。冷たいかと思えば、たまに優しくしてくれるわけのわからないおばさんだ・・・まあ、私も懐かない可愛げのない子どもだから仕方ないけど。祖母も厳しかったから、甘えられなかった。甘える方法を知らなかったのだ。同年代の少女が遊んでる時も、家の手伝いや勉強をさせられた。お蔭で祖母が病気で倒れても、家事では困らないほど鍛えられてはいたが。また、貧しい家の少女には不似合いなほど、本を買い与えられ、勉強させられた。どうせ上の学校には行けないのだから、そんなに勉強する必要ないのに、とも思ったが、本を読むのは好きだったから、一人で部屋にこもって読んでいた。家事さえ終わらせれば、何をしようと祖母は何も言わなかったのだ。祖母だと信じていたけど、やはり何か違うと感じていたのか、普通の子どもがおばあちゃんに甘えるようには甘えられなかったのだ。一体、あの人は私の何なのだろう?年は確かに祖母くらいの年だけど。私の父母は亡くなったと言っていたが、実際には息子も娘も居なかったらしい。本当の父母が隣国に居ることも死ぬ間際まで教えてくれなかった。近所付き合いもろくにせず、時々、隣のサロと挨拶する程度。だから、ベラが旅立つと言ってもサロしか見送りにきてくれない。学校の友達とは、距離を置いてきた。何でも一緒に行動するのは嫌いだったから、休み時間も本を一人で読んでいた。放課後も家の手伝いや勉強で、遊ばなかったから、そんなに親しい友達は居ない。もちろん挨拶や話はするけど、それだけ・・・淋しいけど、集団の中で孤独を感じるくらいなら、最初から一人の方がいい。そんなベラに一人だけ近づいてきた子どもが居た。他の子ども達が遠巻きにベラを見ていたとき、ユリウスという男の子が髪を引っ張ったり、いたずらするのだ。 ベラは長い髪を三つ編みにしていた。 ラプンツェルとあだ名されてたのも知ってたけど、無視していたのだ。でも、あまりにしつこく引っ張るユリウスに、思わず「髪を伝って塔まで昇ってきたいの?」と怒鳴ってしまった。あまり口をきかないベラだから、みんなは驚いてベラを見たが、一番驚いたのは怒鳴った当人だった。大きな声を上げるなんて恥ずかしいことと祖母から教えられてきただけに、赤面してしまい、教室から逃げ出した。ベラを追ってくるユリウス。それに気が付き、ベラは振り返りざまに尋ねた。「なんで、そんなに引っ張るの?」「ごめん、綺麗な髪だから触りたかったんだ・・・」亜麻色のベラの髪は確かにこの辺では珍しい。ほとんどの人が黒髪だったから。ベラは戸惑ってしまったが、「そんなこと言っても駄目よ!もう触らないでね。」と、わざと強く言った。「わかった・・・」そう言いながら、帰っていくユリウスを眺めながら、ベラは無意識に自分の髪を触って確かめていた。うちに帰って、ベラは祖母に尋ねた。「なんで私の髪の色だけ他の人たちと違うの?」祖母もまた黒髪だったのだ。「そんなことを聞いてどうするんだい?髪の色なんて関係ないだろう?」と素気無く、相手にもされなかった。祖母はいつもこうだったから気にも留めてなかったが、改めて思えば、この髪の色も父母譲りなのだろうか?これも手がかりになる!と思い、ベラは勢いよく立ち上がった。もうお腹も一杯になったし、早く関所まで行こう。お腹が空いてたから、気持ちも暗くなってしまってたのかな?ペンダント、おくるみ、髪の色と父母を探す手がかりが増えてきた。そう思うとなんだか光が見えてきた感じがして、嬉しくなってくるのだ。ベラはスキップを踏むように歩き出した。山に日が落ちそうになっても、まだ歩き続けた。そのとき、誰かが後ろを歩いてるのに気が付いた。振り返るとそこには、あのユリウスが立っていた。「なぜこんなところに居るの?」「ベラがどっか行っちゃうって聞いたから、ついてきたんだ。」「足手まといだから帰って!」「一人で淋しくないのかい?」「淋しくないわよ。いつも一人だったんだから。」ベラが言い放ち、ユリウスを置いて歩き出す。それでも、ユリウスはついてくる。ベラは放っておこうと思った。そのうち諦めて帰るだろう。「暗くなってきたね。どこか泊まるところを探そうよ。」急にユリウスが話しかけてきた。ベラが無視していると、ユリウスはベラを追い抜かし、先の方の灯りが見えた家の戸を叩いた。「すみませんが、泊めてもらえないでしょうか?」「悪いけど、狭いから泊められないよ。」との声。「それでは、馬小屋でも牛小屋でもいいですから!」とユリウスは哀願した。「そこの羊小屋で良かったら、勝手に泊まりな」「ありがとうございます!」ユリウスがベラに駆け寄り、「羊小屋に泊めてくれるって!」と叫んだ。「聞こえてたわ。」わざと冷たく言ったけど、内心ホッとしていた。私にはあんな風に頼むことは出来ない・・・野宿でもいいと思っていたけど、夜露がしのげて良かった。でも、顔には出さないように気をつけた。ユリウスを調子付かせてはならない。「やっぱり二人の方が心強いだろう?」「そんなことないわ。」強がりを言うベラ。「とにかくもう寝よう。疲れたよ。」横になると、もう寝息を立ててるユリウス。あきれながらも、その寝顔を見ながら微笑んでしまった。
2009年01月30日
童話といっても、子供向けではないのですが、物語という意味で童話と言わせてくださいね。なんて久しぶりに続きを書くので、良かったら、今までの1・2・3の話を読んでみてください。3には、1・2からリンクで飛べます。 「ベラのペンダント」4ベラは夢から覚めると荷物をまとめて背負い、祖母が遺した金貨を皮袋に入れ、両親の手がかりだという碧く光るペンダントを首に下げた。そして多分祖母が自分を連れて来たときに包んでいたと思われる 絹の色鮮やかなおくるみを肩に羽織った。ベラの荷物はただそれだけ・・・着物も大してないから、背負う荷物も重くない。少女のベラにはそれで十分だった。ただ、育ててくれた祖母の温かい思い出と「両親を探して幸せになれる」との言葉だけが自分を支えてくれていた。夢の天使が導いてくれたあの山の向こうの隣国へ行ってみよう。夢で見たように、黄金に波立つ麦畑や石造りの町並みの先に丘の上の宮殿がそびえたっているのだろうか。不安にかられ、旅立つ気力が無くなってしまいそうだが、勇気をふりしぼって、今日こそ出かけるのだ!隣家のサロに別れを告げ、ベラは一人旅立った。サロは見送っていたが、ベラは振り返らなかった。ただ、後手を振っただけ・・・最後まで子どもらしくないと思いつつ、サロも思わず涙ぐんでしまった。小憎らしい子と思っても、小さい頃から見守ってきたのだ。あのおくるみに包まれて連れて来られた日から。ベラはもう後ろを振り向かないと決めた。その決心の表れがサロとの別れだ。あの山を越える時、関所がある。それを通過できなければ隣国には入れない。少女一人で通してもらえるものだろうか?「続き」
2009年01月29日
童話「ベラのペンダント」1・2を読んでから、3を読んでいただくと分かりやすいと思います。 童話「ベラのペンダント」3でも、なぜ祖母はこのおくるみのことを話してくれなかったのだろうか? 蒼いペンダント以上に、実の父母の重要な手がかりかもしれないのに・・・祖母と言っても、実の祖母ではない。死んだと聞かされていた父母さえ、実際には居なかったみたいだから、義理の祖母とも言えなかったのだ。母と言わなかったのは、年齢がいっていたせいもあるのだろうけど。でも、本当は何者なのだろうか・・・かえってその方が知りたくなってしまう。なぜ、実の父母から赤ちゃんのベラを預かったのか?それとも、どこからか奪ってきたのか?知りたいような知りたくないような・・・ともかく、おくるみとペンダントを持って、このうちを出て、父母を探そう!当てはないけど、山の向こうの隣国に居るとだけ祖母は言い遺していた。行ってみるしかない。そう思うと居ても居られなくなって、祖母が残したお金をつかんで、外に飛び出した。つつましい生活をしていた割には、探す旅費の為か、思ったより残されていた。でも、どれぐらいもつだろうか。それに、年端もいかない少女が一人で旅するのも不安だ。サロは早く旅立てというけれど、希望と不安が葛藤する。ベラは一人途方に暮れ、空を見上げていた。もう日が傾き、雲が赤く染まっている。今日はもう旅立てない・・・なぜかホッとしてしまった。明日こそ旅立とうと自分に言い聞かせ、早く眠りに就こうとするが、頭が冴えて、寝られない・・・考えれば考えるほど分からない。考える材料さえないのだ。ともかく寝ようと布団をかぶった。あのおくるみもベッドカバーのように布団の上にかけてみた。なんとなく、母親に抱かれているような安心感がある。その夜、不思議な夢を見た。天使のような子ども達が、ベラを誘導する。 私を祖母の待つ天国に連れて行ってくれるの?マッチ売りの少女か、フランダースの犬みたいに・・・なんて、私はまだ死ぬわけにはいかない。せめて実の父母と会うまでは。そして、祖母が何者か知るまでは・・・そう思うと、天使は遠くに飛び去り、山を越えて行った。やはりあの山の向こうへ行けということか?自分もいつのまにか空を飛び、山を越え、天使に追いついていた。そしてその眼下に広がっていた風景は、貧しいこの国とは全然違う華やかな世界だった。金色に輝く小麦畑に、美しい石造りの建物。そして丘の上に建つきらびやかな宮殿。遠目から見ても、贅を尽くした造りとわかる。なぜか初めて見たとは思えない。いつか見たとしても、赤ん坊が覚えているわけがない。もしかしたら前世の記憶なのかも・・・そんなことを考えているうちに、目が覚めて、夢だと気がついた。この夢を見た今日、出かけよう!正夢になるかもしれない。そう思ったら、不安も薄れ、慌てて旅支度を始めた。 350000アクセスのキリ番を踏んで下さった方に、曲をプレゼントします!詩を提供して下されば、その詩に曲を付けますし、ご希望の詩にも付けます。また、私の拙い作詞作曲でよければ、作りますので、詩や曲のイメージの希望を言ってくださいね。もし、350000アクセスになったら、コメントやBBS、メッセージなどでお知らせください。楽天以外の方でも歓迎です!よろしくお願いします!女性ブログランキングに参加してます。良かったら、1クリックしてくださいね。よろしくお願い致します。
2009年01月21日
やはり童話は難しいので、童話風小説?、大人の童話ということにしておきますね。 童話「ベラのペンダント」2形見のペンダントを手にしながら、ベラは呆然と立ちすくんでいました。唯一の肉親である祖母を亡くして途方に暮れてしまったのです。でも、祖母の最期の話を考えてみると、思い当たることがいろいろありました。父や母は亡くなったと聞かされていたけど、その写真もなく、物心ついた時には既に祖母だけが傍に居ました。その祖母から父母の話を詳しく聞くこともなく、不思議に感じてはいたけど、祖母さえ居てくれればいいと思ってました。ただ、他の子供達が両親と居るところを見たり、話を聞いたりするとなんとなく淋しさは感じましたが。ベラはハッと我に返り、祖母の死を隣の家の奥さんサロに伝えに行きました。まだ自分でも、祖母の死を実感して居なかったので、夢心地で話してはいましたが。泣きもせず、冷静に話すベラにサロは冷たい子供だなと思いながらも、祖母の死を悼んで、葬式など、村人たちにも頼み、取り仕切ってくれました。ペンダントを見せながら、祖母から聞いた話をサロに話すと、サロは、ベラに祖母が残したお金と食料を少し持たせ、旅に出るように勧めました。隣で面倒見続けるのが億劫だったのです。祖母にはいろいろと世話になったから、葬式までは出してやったけど、ベラの面倒までは見切れないと思ってたところだったので、これ幸いとベラを送り出そうとしたのです。ベラも勘のいい子どもだったので、それを感じ取り、自分から出て行く決心をしました。実の両親を探して逢いたいとも思っていたから。でも、当てが全然ないのです。真実を知ってる肝心の祖母はもう亡くなってしまい、サロに聞いても、ただ祖母が赤ん坊のベラを連れて来たと言うだけ。やはり養父母も元々居なかったようです。祖母はどこから私を連れて来たのだろう。実の父母からペンダントごと預かってきたということ?ただ頼るは、碧く光るペンダントのみです。裏をよく見ると、アルファベットらしき文字が・・・これは父母のイニシャルなのでしょうか?これだけで父母を探し出すのは無理だと子どもでも分かる。でも、もう祖母も亡く、帰るべき家もない・・・もう少し手がかりはないかと、サロに聞いても、思い出したくもないと言わんばかり・・・仕方なく、家の中を探しましたが、古いおくるみのような布が出てきました。貧しい家にあるのが不似合いなほど、 色とりどりの光沢のある生地、絹で出来てるようです。それをサロに見せると、そういえばそんな布にベラをくるんで連れて来た気がすると言いました。このおくるみも手がかりとして持っていこう!そう思うと、少しは光が見えてきた感じがしました。 続きをクリックしてくださいね。
2009年01月20日
久しぶりに小説が書きたくなり、それも童話が書いてみたいと書き出しの「1」は童話風にしましたが、やはりなかなか難しいですね。昔々あるところに、ひとりの女の子が居ました。名前はベラと言います。お父さんとお母さんは小さい頃に死んでしまい、おばあさんに育てられていましたが、そのおばあさんも病気になり、ベラを枕許に呼びました。「お前は私の本当の孫じゃないんだよ。本当の父親と母親は生きているんだ。あの山の向こうの、隣の国に居る。このペンダントは、実の親から預かったものなんだ。これを頼りに探しなさい。きっと幸せになれるよ。」 そう言い残し、事切れました。おばあさんから渡されたペンダントはキラキラと海のような蒼い光を湛えていました。 ベラはおばあさんが亡くなったことも忘れ、吸い込まれるようにペンダントに魅入られていました。続き
2009年01月19日
2006年1月8日の志賀高原スキー旅行の日記を読んでいたら、その後にあった「心の声」を読み始めてしまい、結構一気に読み終えてしまいました。まあ、短編ですが、良かったら読んでみてください。下の題名をクリックすれば、最初に飛べます。「心の声」その最後の「続き」をクリックすれば、次の章に飛びます。また、書きたいなとも思うのだけど、久しぶりなので、なかなかテーマが思いつかない・・・構想が浮かんだら、書いてみますね。今は前の小説を読んでいただけたら嬉しいです。フリーページにはいろいろ載せてます。短編から、長編?までありますので、良かったら、読んで、アドバイスや感想を書いていただけたらありがたいです。よろしくお願い致します。
2009年01月15日
由香里は独り樹海を、さ迷っていた。気がついたら、ここにいたのだ。確かに朝起きた時、もう居なくなってしまいたいと思った。昨夜、彼に突然別れを告げられたのだ。泣き疲れて眠ってしまったらしい。汽車に乗り、駅を降りたのまでは覚えている。でもやはり死にたくないと引き返そうとしていたのだ。そこからの記憶がない。気がついたら鬱蒼とした深い森の中。空が木々の合間から遠くに見える。まるでここは地の底だ。薄暗くて足元がよく見えない。躓いて転び、何かが手に触れる。よく見るとそれは白骨化した死体だった。「キャー!」思わず手を離し叫んだ。ザワザワと草が揺れ、男が現れた。「どうしたんですか?」と尋ねる男の顔が逆光でよく見えない。由香里を取り囲んでいる木霊のようだ。「大丈夫ですか?」差し延べられた手が恐ろしく、しゃがんだまま後ずさりしてしまった。お尻に当たる固い物は?「いやー!」 今度は体当たりするように男に飛び込んだ。震える肩を抱きながら、「大丈夫ですよ。」と男が慰める。「僕が助けに来ましたから。」「誰?」とよく見ても見覚えはない。不安になり、離れた。「汽車で乗り合わせた者です。泣き腫らした目と樹海の駅、危ないなと思い、ついてきたのです。」落ち着いた低い声。信用していいものだろうか。「どうやって助けてくれるの?方位磁石も利かないという噂じゃない。」やはり不安になってしまう。「それは単なる噂ですよ。少しは溶岩の磁場で狂うかもしれないけど、それはたいしたことではない。同じような風景が延々と続くから迷うんです。だから僕は道しるべとして樹に傷を付けてきたんです。」誇らしげに言う男の顔が異様に見えた。「そんなことをしたら、木霊の怒りを呼ぶかもしれないわ。」背中に恐怖が襲ってきた。「そうだとしたら、怒りを静めるために生贄をささげなければいけませんね。」不気味に男が微笑んだ。「私を殺すと言うの?助けてくれるんじゃなかったの?」また後ずさりする。「殺しはしませんよ。ただ死んだように眠ってほしいのです。僕に抱かれて・・・」この男は一体何を考えているのだろう!「そんなこと出来るわけないでしょ。あなたはそのために付いてきたの?」声が上ずってしまう。「そうですよ。泣きはらしても美しい瞳。その涙を吸い取るためにね。」ゆっくりと男が近づいてくる。怖い・・・逃げたいのに、身体が動かず、立ちすくんでしまう。頬に手を当てられ、ビクっとする。男が耳元に囁く。「あなたはこの地に導かれてきたんだ。木霊に逆らうことは出来ない。さあ、身を委ねなさい。」催眠術のように身体の力が抜けていく。頭がボーっとして、青空がますます遠くなっていく。気がついたときは、白骨の横に寝ていた。起き上がり、見渡しても男はどこにも居ない。もしかしたら、男はこの白骨の主だったのか?それとも傷つけられた木霊?今となっては何も分からない。ただ本当に樹に傷が付いていた。その傷を辿り、私は助かったのだ。助けてくれたのか、襲われたのか、不思議な男に感謝していいものかさえ分からない。ただ私はもう二度と死ぬことを考えたくはない。それだけは木霊のお蔭かもしれない。(完)
2008年08月23日
出来たら、「メビウスの輪」1から読んでくださると嬉しいです。ページの最後の「続き」をクリックすれば、次のページが読めます。良かったら、感想・アドバイスなど、コメントやBBSに書き込んでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。崖の上の寺院から posted by (C) mamiさんの写真怯えてる幸恵を目の前にして自分までどうしていいか分からない。でもそれでは二人ともこのまま立ち止まってしまう。自分が動くしかないのだ。「中に入れてくれないかな。」強いて穏やかに言うと、「どうぞ」と素直に従った。先日来たときとは、別な家のように乱雑に物が床の上にも置かれていた。まるで幸恵の精神状態のようだ。「ごめんなさい。片付けられないの。」うつむく幸恵の肩を撫でながら「いいんだよ。無理しなくて。」と慰めるように言った。足の踏み場もない床を、つまづかないようにまたぎながら幸恵の後を歩いていった。どこへ行こうというのか。階段を上り、部屋に招かれるとそこにはベッドがあった。幸恵の寝室か?どういうつもりだろう。幸恵が振り返り、俺を見つめた。「恋人なんでしょう?」潤んだ瞳で言われても困る。「まだそういう関係じゃないんだ。」言い訳がましいな。「そう。それでもいいわ。」と上着を脱ごうとする。「やめろ」思わず声を荒げてしまった。幸恵はハッとして固くなった。「ごめん。でも、記憶の無い幸恵は抱けないよ。」「そうよね。こんな私は抱けないわよね。」自暴自棄になった幸恵は、ベッドに倒れこんで泣いている。震える肩に手を差し伸べようとしたが、触れられなかった。なんと声をかけていいかも分からない。ただ黙って、そばに座り込み幸恵を見つめていた。ふいに幸恵が立ち上がった。まるで夢遊病者のように俺の顔も目に入らない様子で部屋を出ると階段を下りていく。そのまま物を踏みつけながら歩くのだ。つまづいて転びそうになった幸恵を支えたが、振り払われてしまった。「私に構わないで。」氷のように冷たい顔と声だ。裸足のままドアを出ると駆け出していった。俺は慌てて靴を履き、追いかけていく。幸恵は崖のほうへ向かっていった。なかなか追いつかない。急に止まって振り返ると俺に向かって、昔のような優しい笑顔を見せた。そしてまた走り出した。崖から飛び降りると思った瞬間、俺は幸恵に手を伸ばした。腕をつかみ、引き戻そうとして、俺もバランスを崩し、倒れこんだ。幸恵を抱えながら、崖っぷちに重なっている。「ここでお別れしよう。」幸恵が俺を見ながらつぶやく。「嫌だ。置いていくなよ。」「信吾は独りでも大丈夫だよ。」「ダメなんだ。幸恵が居なくちゃ生きていけない。」泣き声になってしまう。「私一人で逝くよ」「一人では死なせない。」「私は一人じゃないから。」幸恵は正気に戻ったのか?「元は一人だろ。」「そうじゃなくて、信吾が居るってこと」マリアのような微笑みだ。「だったら、死ななくてもいいじゃないか。」「信吾を苦しませたくないの。」「死んだら、もっと苦しむよ。」プライドも捨てて、すがってしまう。「でも、忘れられるでしょ。」「忘れられない。」押し問答だ。幸恵を無理やり起き上がらせて、きつく抱きしめた。「死ぬな。」「ありがとう。」固い体が溶けたように、幸恵が崩れた。気を失ったようだ。抱き上げて、別荘に運ぶ。気が付いたら、また別人になってるのだろうか。それでもいい。俺はなんと言われようと幸恵のそばに居る。目を離して死なれたら、俺が生きてはいけない。どんな幸恵でも受け入れよう。そう心に誓った。(完)
2006年12月11日
出来たら、「メビウスの輪」1から読んでくださると嬉しいです。ページの最後の「続き」をクリックすれば、次のページが読めます。良かったら、感想・アドバイスなど、コメントやBBSに書き込んでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。別荘から幸恵と一緒に帰ってきてからまだ一度も会ってはいない。幸恵から、治るまで会えないと言われたからだ。迷惑をかけたくないという気持ちは分かるが、人に頼らず、どこまで出来るというのだ。桜井先生だけは頼ってるくせに。まあ、恩師のカウンセラーだから仕方がないが。こうして待ってる間は、かえってイライラする。そばに居てもハラハラするけど、どうなってるのか想像して心配するほうが不安だ。仕事が手に付かない。こんなことをしてる間に啓一に水を空けられてしまう。上の空で社内を歩いていると、「信吾君、この頃成績悪いようだね。君としたことが、どこか調子でも悪いのかい?」すれ違いざまに冷水を浴びせかけられた。嫌味王子の啓一だ。「別に。」素っ気無く返事したが、「さては、幸恵とケンカでもしたのか?」と、鋭いところを突いてくる。「そんなことはないさ。」軽く振り払って、立ち去ろうとしたが、「別荘に二人で行ったんだろう?」と言われ、思わず振り向いてしまった。「なんで知ってるんだ?」「あそこには僕も何度か行ったけど、趣があるだろう。」はぐらかす啓一に、カッと来た。「だから、なんで知ってるのかと聞いてるんだ。」声は抑えながらも、心は逸る。「父から聞いたんだ。幸恵がひさしぶりに君と行ったら、気に入ってしまい、しばらく居たいから僕には行かないようにってね。」「何だって?」「知らなかったのかい?恋人だろ。」あれから、ずっと千倉の別荘に居るのか。ショックを受けてる俺に追い討ちをかけるように「それじゃ、スクールカウンセラーを休職してることも知らないのかな?」「休職?」「そうだよ。父も心配してた。せっかく就職が決まったばかりだというのに。まあ、母校ということで、首にはされなかったようだが。」父親から情報を得てるくせに、俺より知ってるというだけで優越感に浸ってる啓一が許せない。父親も兄も、親身に心配してるわけではない。ただ、世間体をはばかって、別荘に押し込めてるだけではないか?兄と言っても、半分しか血は繋がってないし、一緒に育ったわけでもない。そんな奴に幸恵の兄貴面をされるのは不快だ。ただ、情報をくれたことだけは助かる。「教えてくれてありがとう。今度、千倉に行ってみるよ。」にこやかに啓一に礼を言うと、啓一はあっけにとられた顔をしていた。嫌味王子のお株を奪ってやったぞ。気持ちがスッとして、コツコツ踵を鳴らしながら立ち去った。啓一は、呆然としてることだろう。今週末にでも、千倉に行こう。すぐにでも、行きたいところだが、それも悔しい。幸恵に「会わない」と言われたこともあるし、啓一にも足元を見られてしまう。まずは仕事を片付けてからだ。そう思えば、やる気になるのが不思議だ。啓一になんて、抜き返してやる。やっと週末になった。長かったような、短かったような・・・。電車に乗って、海を眺めていると、一緒に行った時のことを思い出す。線路と道路が、海と並行して走ってる。電車に追い越されると、負けず嫌いの幸恵は、「スピードを出して」と言ったのだ。「電車を抜かすなんて無理さ」と俺が言っても、「やってみてよ」と、言うことを聞かない。そんなところはやはりお嬢さんなんだよな。一応、スピードは上げたが、こんなところで事故起こしてもつまらないから、「これが限界だよ」と嘘をついた。あの時、もっと出してやれば良かったかな。「なーんだ。つまらないの」と言ってから、あまり口を利かなくなった。もうおかしくなっていたのか・・・。それでもいい。今はとにかく幸恵に会いたい。幸恵が会いたくないと言ったって、そんなの本心じゃないに決まってる。せめて顔だけ見て安心したい。駅からタクシーに乗り、別荘に乗りつけた。ドアベルを鳴らしても、なかなか返事が無い。居ないのだろうか。それともまた倒れてるのではないかと心配になる。思わずドアをこぶしでドンドンと叩いてしまった。「どなた?」やけに悠長な声が響いた。「俺だよ。信吾だよ」つい叫んでしまったが、「ごめんなさい。知らない人には開けないようにと言われてるの。」と他人行儀な声。また別人格になってるのか。それとも幸恵がとぼけているのか。「堂本信吾だ。知らないはずはない。もし疑うのなら、携帯のアドレスを調べてくれ。載ってるはずだ。」こうなったら、頼るは携帯だけか。「ちょっと待ってください。調べてみますから。」素直に携帯をいじる音がする。「ありました。なんで載ってるのかしら?」不思議そうな声に、「俺は君の恋人なんだ。」悲痛な叫びをあげてしまった。「そうなの?」ガチャリとドアノブが回ると幸恵が目の前に現れた。ポカンと口を開けたまま、俺の顔をまじまじと見つめる。「幸恵、しっかりしろ。」肩をつかんで揺すってしまった。「痛い!」俺の手を振りほどいて、後ずさりする。「ごめん」怯えた表情の幸恵に戸惑ってしまった。俺はどうすることも出来ないのか。「いいえ。私こそ、ごめんなさい。」「なんで謝るんだ?」「私は今、誰も分からないの。だから、怖くてこの別荘に閉じこもってるのです。」うつむいた幸恵が哀れで、抱きしめたくなる。でも、また怯えさせてしまうだろう。どうしたらいいのだろうか?途方に暮れて、二人とも突っ立ったままだった。
2006年11月26日
出来たら、「メビウスの輪」1から読んでくださると嬉しいです。ページの最後の「続き」をクリックすれば、次のページが読めます。良かったら、感想・アドバイスなど、コメントやBBSに書き込んでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。 目の前に信吾が居る。どうしたのだろう。ここは、どこ?見渡すと懐かしい祖父の別荘だ。子供の頃に来たことはあるが、久しく訪れたことはなかった。なぜこんなところに居るのか?信吾まで・・・。「目が覚めたのですね。」信吾がやけに他人行儀な話し方をする。また私は別人格になっていたのだろうか?「私は幸恵よ。」「やっぱりそうか。」落胆とも思える声のトーン。私より、他の人の方がいいというの?「悪かったわね。」つい意地になってしまった。「悪くはないさ。」信吾も素っ気無い。「なぜ私はここに居るの?」「君がここに連れてきたのさ。」吐き出すように言う。「誰?」「白鳥優美。」知らない名前。それがもう一人の私?「その人がなぜ?」「自分の祖父の別荘だと言ってたよ。」私でさえ忘れかけていた別荘なのに、なぜ彼女は知ってるのだろう。信吾と来た思い出の印象が強くて、忘れていたのだ。いや、もしかしたら思い出したくない記憶があるのだろうか。黙り込んでしまった私を見捨てるように、信吾は背を向けて歩き出した。「どこへ行くの?」「うちへ帰るのさ。」「やけに冷たいじゃない。」「君が一人にしてくれと言ったんだろう。」信吾も意地になってるのか。私まで移ってしまう。「そうよ。一人で大丈夫だから、帰っていいよ・・・」突き放すように言ったつもりが、なぜか、最後は涙声になってしまった。「幸恵?」信吾が驚いて振り向いた。「どうしたんだ?」居たたまれずにしゃがみこむ。自分でもよく分からない。もう一人で立ってられないのだ。「ごめんよ。」信吾が駆け寄り、支えてくれた。「信吾の意地悪・・・。」泣き声になってしまった。一人で頑張るつもりだったのに、やはり信吾に甘えてしまう。「悪かった。一緒に帰ろう。」抱き起こされて、立ち上がった。「私はどうしてたの?」「浜辺に居たのさ。俺が恋人を探し疲れてると言ったら、ここで休んでから探すといいと言ってくれたんだ。」まるで、いとおしむように信吾が話すから、思わず焼餅を焼いてしまった。もう一人の自分のことなのに。「そうなの。優美も信吾が好きなのね。」「そんなはずはないよ!」何もそんなに焦ることはないじゃない。その態度から、ますます信吾が優美に好意を持ってることが分かる。「いいじゃない。どっちも私なんだから。」冷たく言い捨てた。なんでこうなってしまうのだろう。ますます優美に傾くよね。「幸恵、大丈夫か?」心配してくれてるのに意地になり、そのくせ甘えたいのだ。「ごめんね。平気だよ。」そう言いながら、元気の無い声になってしまった。「疲れてるんだよ。早く帰ろう。」「そうだね。」信吾に寄りかかって眠りたい。そんな気持ちになってしまう。信吾が携帯で車を呼ぶ。その動作を見ていたら、何か思い出せそうな気がした。でも、頭が痛くて思い出せない。思い出したくもない。車が別荘に横付けされ、二人で乗り込もうとした。もうすっかり暗くなっている。見上げると月が輝いていた。ふと母に抱かれて月を見たのを思い出した。そんな幸せなときが私にもあったのだ。この別荘での出来事だったのだろうか?子供の頃の記憶はあまりないのだ。嫌なことは封じ込めてきたからかもしれない。でも、いいことまで忘れるのも哀しい。月を見上げ、なかなか車に乗ろうとしない私を、信吾はじっと待っててくれた。「もういいかい?」「もういいよ。」やっと乗り込み、駅に向かう。ホームで電車を待つ間、また月を見ていた。信吾も一緒に黙って見ている。無言でも温かい。母の優しい思い出が蘇って嬉しかった。今まで冷たい母しか思い浮かばなかったから。信吾が優しくしてくれたからかもしれない。ずっとそばに居て欲しい。でも、迷惑もかけたくない。どうしたらいいのだろう。迷ってる私の心を察するように、信吾は私の手を取って、ポケットに入れた。それは「いいんだよ」と言ってくれてるように思えた。信吾の横顔は月明かりの中で、ろうそくの光のように柔らかく浮かびあがっていた。私は吸い込まれるように肩に頭を乗せた。信吾は私の髪をくしゃくしゃっと撫でた。「可愛い」と言ってるみたいで嬉しい。無言で話すこともあるんだよね。二人のホームに電車が滑り込んできた。もう家に帰らなければいけない。夢の時間は終わり。でも、母も優しいときがあったのを思い出し、少しは家に帰る苦痛が和らいだ。まあ、母はまた家には居ないと思うが。
2006年11月15日
出来たら、「メビウスの輪」1から読んでくださると嬉しいです。ページの最後の「続き」をクリックすれば、次のページが読めます。良かったら、感想・アドバイスなど、コメントやBBSに書き込んでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。 幸恵の治療は、桜井先生に任せるしかない。俺は遠くから見守ってるしかないのだろうか?少しでも力になりたかったのに。でも、少しホッとしてるのも確かだ。幸恵を愛してはいるが、いろんな人格ごと受け止められるかどうか分からない。これからもまだ他の人格が出てくるかもしれないし。俺自身、精神状態が安定してるとは言えない。アル中で肝疾患の父親と共依存の母親と姉を抱えて、俺もアダルトチルドレンかと思ってるくらいだから。幸恵も自分がアダルトチルドレンだと言ってたが、そんなものじゃすまなかったな。俺も大丈夫なんだろうか。不安になってきてしまう。俺こそ、カウンセリングを受けたいくらいだよ。幸恵と共倒れになってもいけない。まずは自分自身をしっかり立て直さないと。仕事をきちんとして、幸恵の父親にも認められたい。でも、あんな状態では結婚もおぼつかないかもしれないな。かと言って、幸恵を見捨てる気にもなれない。同情というより、他人事とは思えないのだ。待つしかないのだろうか。経過が良くなれば、桜井先生が教えてくれると言っていた。それまで逢うなというのはきついけど、何も出来ないのなら、逢わない方がいいのか。どれくらいかかるんだろうな。また、千倉の海に行きたいような気になる。幸恵との思い出が溢れてる。いい思い出や、悪い思い出さえも懐かしくなる。一人で行くのもいいかもしれないな。少し気分転換に行ってこようか。でも、幸恵を思い出して、かえって哀しくなるかもしれない。かといって、うちに居ても同じだからな。今度は電車でのんびり行くか。一人だったら、歩いてもいいからな。思い立ったら、今度の週末にでも行こう。 千倉の浜辺に一人たたずんでると、やはり寂しい気分になってくる。幸恵を思い出さないわけにもいかず、自分で自分の首を絞めてるか。でも、忘れようとするとかえって思い出すから、思い続けてるほうがいいのかもしれない。だんだんセピア色になってくるのだろうか。このまま離れてしまうのか。自分の気持ちに自信が持てない。いつまで待てるのだろうか。俺は自分のために、幸恵を必要としてきたのか。俺専用のカウンセラーとして、話を聞いてもらっていただけかもしれない。いろいろ家庭の事情など話して、癒されてきたのは事実だ。幸恵の話も聞いてきた。お互い傷を舐めあってきただけなのか。幸恵の傷は思ったより深かったらしい。精神のバランスを崩して、俺の手に負えなくなったら、手を離してしまった。医者とはいえ、他人に委ねてしまったのだ。でも、今はこうするより仕方ないよな。自分で自分に言い聞かせる。そんなことを考えながら、時は過ぎていく。いつの間に、海も赤く染まってきた。なんか、前に幸恵を追いかけてきたときを思い出す。気のせいか、似たような女性が居る。まさか幸恵がここに居るわけがない。念のため、近づいてみると、白いワンピースまで同じだ。背中から近づいて、前に回って振り向いてみた。「幸恵!」顔を見て、思わず叫んでしまった。「どなたですか?」冷静に答える女性は、たぶん先日逢った人格だろう。「以前、お会いしましたよね。恋人を探していた者です。」彼女に合わせて答える。「ああ、私に似た恋人でしたわね。見つかったのですか?」覚えてるくせに、しれっとした顔で言うものだから、少し頭に来るな。「見つかりましたが、また行方不明になってしまったのです。」つい嫌味を言ってしまった。「あなたから逃げてらっしゃるのではないですか?」上品な雰囲気だが、言葉は辛らつだ。「ずいぶんきついことを言うんですね。」「思ったことを申し上げたまでですわ。」つんとした態度が、やはり幸恵とは違う。「そうですか。それではまた伺いたいのですが、似た女性を見かけませんでしたか?」「いいえ、見かけませんわ。」「失礼しました。」この女性と話してると、神経を逆撫でされるようでイライラする。幸恵には癒されるような雰囲気があったのに。さっさと離れようとすると、「お待ちになってください。」と引き止められてしまった。「何のご用ですか?」つい冷たく言い放つ。「気分を害されたのなら申し訳ありません。一緒にお探ししましょうか?」急に下手に出てくるので、気持ち悪いな。「いいえ、結構です。一人でも探せますから。」素っ気無く断った。もう既に見つけているのだ。「そうですか。その恋人にお会いしたかったです・・・」声音も消え入りそうになる。さっきまでの高飛車な態度はどこに行ったのだ。理解しにくい人格だ。「そこまでおっしゃるなら、一緒に探していただけますか?」こっちまで低姿勢になってしまう。「喜んで!」うつむいてた顔を上げ、パッと明るく微笑む。可愛い・・・そりゃ幸恵なのだから当然だけど。「こちらこそ、お願いします。」なんだか嬉しくなってきた。これは案外、幸恵に近い人格かもしれない。それなら、統合するのも難しくないかも。先日のインナーチャイルドのような童女もカウンセリングで悩みを聞いてもらえば、消えるかもしれないぞ。希望的観測かもしれないが。幸恵と一緒に居られるのなら、別人格でも構わない。そう思ってしまうのだ。「どうかしまして?」話しかけられて、我に帰った。上目遣いに見つめられるとドキっとする。「失礼しました。どこを探していいのか見当もつかなくて。」あたふたしてる自分が恥ずかしい。「先日はどこで見つけられたのですか?」自分のことを無邪気に尋ねる幸恵も不思議な感じだ。「海岸です。あれからしばらくして見つかったのです。」「そうなのですか。私はお見かけしなかったけど。」自分で自分は探せないだろう。「ところで、お名前は優美さんでしたっけ?」「よく覚えていらっしゃいますね。」驚いて、目を見開いてる。恋人の別名は忘れないよ。「印象的だったものですから。」穏やかに笑って見せた。やっと優位に立てたかな。「嬉しいですわ。私も実は覚えていましたの。」やっぱりそうだよな。「それは有難いです。」「そういえば、千倉へはよくいらっしゃるのですか?」「彼女と何度か来ただけです。」「そうですか。私は千倉に別荘があるので、時々来るのです。ここの海が好きなのですよね。」そんなことは初めて聞いた。いくつも別荘があるとは知ってたが、千倉にもあるとは。では、なぜ以前来たとき、「千倉は初めてだ」と幸恵は言ってたのか。連れてきた俺に気を遣っていたのかな。考え込んでしまった俺を心配そうに覗き込む優美。「良かったら、別荘にいらっしゃいますか?」「いいえ、そんなことは出来ません。」きっぱり断った。「でも、お具合よろしくないんじゃなくて?お疲れなのですよ、きっと。」優しくされると、崩れそうになる。「お申し出はありがたいですが、もう少し探してみます。」意を決して歩き出したが、なぜか足元がふらついた。どうしたというのだろう。「大丈夫ですか?少し休まれてから、また探されたらどうですか?」そっと腕を支えながら、耳元でささやく。気持ちが揺れてしまう。「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて、少しだけ休ませてください。」「良かった。あそこですの。」小高い丘の上に立つ白亜の建物を指差した。夕焼けに染まりそうで染まらず、白が映えている。「車を呼びましょうね。」携帯でタクシーを呼んだ。見覚えのある携帯。やはり幸恵なのだ。優実は携帯を疑問に思わないのだろうか。携帯をじっと見ている俺を不審そうに見るので、目をそらしてしまった。「もうすぐ来てくれるそうです。通りまで出ましょうね。行けますか?」労わる姿がまるで母親のようだ。「大丈夫です。」通りに出て、タクシーに乗った。坂道を登っていくと、海が眼下に広がった。「着きましたよ。さあどうぞ。」優美に連れられて、別荘にお邪魔した。思ったより古い内装だ。いつ頃建てたものだろう。壁紙に染みがあるような気がする。昔の模様なのかもしれないが、照明もシャンデリアの割には暗くてよく見えない。「古くてお恥ずかしいけど、祖父が建てたものをそのままにしてるのです。」「風情があっていいですよ。」「かえって落ち着きますでしょ。」優雅に微笑む姿は、貴婦人のようだ。うっとり眺めていると、恥ずかしげに身をくねらす。「そんなに見つめてはイヤですわ。」頬を赤らめて、はにかんでしまった。「どうぞ、こちらの長いすに横になってください。」猫足のソファなど、年代物かな。「それでは、遠慮なく休ませていただきます。」横になると本当に眠くなってきてしまった。「何か掛けるものをお持ちしますわ。」二階に上がる優美の後姿が段々遠くなる。いつの間にか寝てしまったようだ。気がつくと、隣の長いすで、優美まで、まどろんでいた。寝顔は幸恵そのものだ。起きたらまた戻るのだろうか。このまま寝かせておきたいような気もする。俺はどちらが好きなのか。病気に悩む幸恵は支えきれないと感じるときがある。そんなことを考えず、かえって俺を労わってくれる優美と居たほうが気楽なのだ。やはり俺は自分のために幸恵を愛してるのだろうか。起こしたくない気持ちと戦っているうちに、優美が目を覚ましてしまった。いや、もう幸恵に戻ってるのだろうか?
2006年11月14日
出来たら、「メビウスの輪」1から読んでくださると嬉しいです。ページの最後の「続き」をクリックすれば、次のページが読めます。良かったら、感想・アドバイスなど、コメントやBBSに書き込んでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。 気がつくと、自分のベッドで寝ていた。私はなぜここに居るの?今はいつ?カーテンから光が差し込んでるけど、もう朝なのだろうか?昨日は確か勤務先の高校に行って・・・。思い出そうとしても、記憶が混乱してる。断片的に、潮の香りや波の音を感じたような気もする。でもそれは、おととい信吾と海に行ったせいかも?自分で自分が怖くなる。本当にもう一人の自分が居るのだろうか?それは一体何者で、何をしてるの?誰かに迷惑かけてないだろうか。ひどく酔ったときでさえ、記憶を失くしたことはなかったのに。不安になってしまう。両手を交差して、肩を抱きしめても心の震えは静まらない。心臓の鼓動が聞こえるほど。呼吸も荒くなってきてしまったが、深呼吸してから、ベッドにもぐりこむ。このまま胎児のようにぐっすり眠りたい。夢さえみたくないのだ。でも、このまま逃げてるわけにはいかないだろう。また、もう一人の自分が現れて、何をしでかすか分からない。そんなの私じゃないと言いたいとこだけど、同じ顔をした女性が我が物顔して歩いてると思うと、ぞっとする。自分が分裂してしまったようだ。恩師の桜井先生のところに行こう。信吾にはこれ以上迷惑をかけられない。心配もかけたくないのだ。今日はさいわい、勤務日ではないから、大学病院にカウンセリングを受けに行こう。予約もなしに受けられないと思うが、いつまでも待つ覚悟だ。桜井先生に電話をしたら、昼休みに会ってくれると言う。食事中に悪いと思いながらも、そこしか空いてないというのだ。早く会って、この不安な気持ちをどうにかして欲しい。カウンセリングルームのドアをノックして入ると、そこには桜井先生だけでなく、信吾まで居るではないか。桜井先生は両手を広げて迎えてくれた。「待っていたよ。話は信吾君から聞いた。」「何をですか?」桜井先生が昨日のことをかいつまんで話してくれた。私は千倉の海に昨日も行ってしまい、信吾に連れ戻されたらしい。途中、自分の記憶が戻ったみたいだが、あまりよく覚えていない。話を聞いて、うっすらと思い出してきたが。これではアルツハイマーのように記憶まで失ってしまうのか?自分が自分でなくなっていくようで、足元が崩れていくような錯覚を覚えたと思ったら、実際に貧血を起こしたらしい。信吾に抱きかかえられて、気がついた。「私はどうなってしまうのですか?」桜井先生を問い詰めてしまった。「今はどんな人格が現れるか様子を見よう。そして、統一するかどうかを考えよう。」「それじゃ、しばらくこのままなのですか?」「焦ったらダメだよ。」急に信吾の声が響く。振り向くと、柔和な笑顔がそこにある。前より優しく感じるのは気のせいだろうか。同情なら要らない。「このままじゃイヤなの。」声を押し殺し、うつむいて答えた。「そばに居るから、ゆっくり治療しよう。」蛇の生殺しみたいだ。信吾にそばに居て欲しいと思うけど、優しくされればされるほど、居たたまれない。信吾に悪いと思う気持ちと、放っておいてと言いたくなる気持ちが交差する。「一人にさせて欲しいの。」とうとう信吾に言ってしまった。こういうことは、二人だけより、桜井先生がそばに居るときのほうが、冷静に話し合えるかも。そう考えられる私はまだまともなのか。「こういうときだからこそ、そばに居たいんだ。」「嬉しいけど、ありがた迷惑なの。」冷たく言い放つ。「そういう言い方はないだろう。信吾君は心配してるんだから。」仲を取り持つように、桜井先生が割り込んでくる。もう、先生まで邪魔に感じるなんて、やはり私はどうかしてる・・・。「そうですね。でも、私は今、普通じゃないから、信吾を傷つけてしまう。そばに居ないほうがいいのです。」「そうだね。そうかもしれない。信吾君、今はとにかくちょっと外に出ててくれないか?」「俺は治療の邪魔だと言うことですか?」「邪魔とは言わないが、患者の心を乱すから、少し離れていたほうがいいと思う。」患者と言われて、ハッとした。私は精神科の患者なのだ。改めて言われると、グサっとくる。このまま狂ってしまうのだろうか?呆然としている私の顔を信吾が心配そうに覗き込む。「大丈夫か? 本当にそばに居なくても平気なのか?」「平気よ。桜井先生も居てくれるし。」「そうか。じゃあとりあえず、外に出てるよ。これからのことはまた話し合おう。」「話すことはないわ。」傲慢に言い捨てる私は自分でも信じられない。「わかった。勝手にしろ。」さすがの信吾も怒ったらしい。でも、その方が私も気が楽だ。「ケンカ別れはよしなさい。」桜井先生が止めに入るが、信吾はドアをバタンと閉めて出て行った。ホッとした反面、やはり寂しい。「どうしたというんだ?君らしくもない。」桜井先生に穏やかに話しかけられると、思わず涙がこぼれてしまった。信吾に意地を張ってたのに、糸がプツンと切れてしまったのだ。「今は仕方ないな。信吾君もきっと分かってくれるよ。」そうかな。これで信吾とも別れてしまうのだろうか。急に寂しさがこみ上げてきて、涙と共にあふれ出てしまった。「泣いてもいいんだよ。」背中をさすられてると、子供に戻った気がする。泣きじゃくった挙句、空き部屋のベッドに寝かせてもらった。目が覚めたとき、話し声が聞こえた。部屋の外で誰かが話してる。「様子はどうですか?」小声だが、心配そうな信吾の声だ。「今は落ち着いてるよ。」と桜井先生。「俺はどうしたらいいのでしょうか?」「今はそっとしておいてあげなさい。私から連絡するまでは会わないほうがいいかもしれない。」「そうですか。治療経過も教えて欲しいのですが。」「プライバシーだからな。まあ、連絡したときは、少し良くなってると思って欲しい。」「分かりました。よろしくお願いします。」去っていく足音。信吾はまだ心配してくれてたのだ。さっき怒って帰ったと思っていたのに。ありがとう。嬉しいけど、ますます申し訳なくなってしまった。ノックして、桜井先生が入ってきた。私は布団をかぶり、寝てる振りをした。「本当は聞いていたんだろう?」驚いて、布団から顔を出す。「なんで分かったんですか?」「布団をかぶるのが見えたのさ。」いたずらっぽく笑う先生は、子供のように見えた。「そうですか。信吾帰ったんじゃなかったんですね。」「心配してたよ。でも、負担かけちゃいけないと君を遠くから見守ることにしたようだ。」「怒ったと思ってた。」「少し怒ったみたいだけどね。」笑って話してくれるので、安心できる。今は桜井先生を信じて、治療に専念しよう。良くなってきたら、また信吾に逢える。それを励みに頑張ろう。笑顔になった私を見て、先生は察してくれたようだ。「落ち着いたようだから、うちに帰りなさい。」「はい。これからもよろしくお願いします。」「これからは医師と患者との関係としてだな。自分の心を見つめれば、勉強にもなると思う。カウンセラーの仕事にも役立つかもしれない。私も君の担当教授として、応援してるよ。」「ありがとうございます。」もうカウンセラーは続けられないかと思った。まだ大丈夫なのだろうか?「勤務先の高校には、少し事情は話した。しばらく様子を見てくれるそうだ。昨日のように、仕事を放棄しては困るそうだが。」「そうですよね。」でも、自分に自信が持てない。声に力が無くなってるのを聞いて励ますつもりか、「自分のカウンセリングをやってみないか?」と急に肩を叩いて言われた。「どういうことですか?」「女子高生のカウンセリングに乗ってるときは、自分と比較して、お互いの心を探ってみる。乗ってないときは、自分の心を見つめ直してみるんだ。」「そんなことできるのでしょうか?」「やってみないと何事もわからないよ。」「そうですよね。」この桜井先生は重い話題も、明るく話してくれる。だからこそ、先生のゼミを選んだのだ。絶望してしまうような重い病気さえ、希望の光を感じさせてくれる。カウンセリングは希望を持たせることなのかも。癒されるって、こういうことなのかな。私もこんなカウンセラーになりたい。切実に思ってしまった。
2006年11月12日
出来たら、「メビウスの輪」1から読んでくださると嬉しいです。ページの最後の「続き」をクリックすれば、次のページが読めます。良かったら、感想・アドバイスなど、コメントやBBSに書き込んでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。 幸恵が倒れた。俺の腕の中で。震えが止まらなくて、抱きしめていたのに。気を失って、眠ったように穏やかな顔。このままそっと寝かしておきたい。不安そうな顔を見るのは切ない。いつまでも待ってると言ったけど、俺自身だってそんなに強いわけではない。ただ、幸恵を守ってやりたいから、強くありたいとは思う。このまま二人で眠り続けられたらと不埒なことまで考えてしまう。幸恵を抱きかかえながら、俺まで、途方にくれていた。幸恵が急に起き上がった。不思議そうな顔で俺を見る。「あなた誰?」またあの女になったのか。「さっき、恋人を探してた男ですよ。」「そんなの知らない。」今度はまた別人格か?「あたし、なんでここに居るの?」「さあね。」どう対応していいか分からないが、やけに子供っぽい。「お兄ちゃんが連れてきたの?」「違うよ。」あやうく誘拐罪になるところだ。「じゃあ、なんでここに居るのかな?」「しつこいな。どうでもいいだろ。」つい邪険にしてしまった。「お兄ちゃんのいじわる!えーん・・・」急に泣き出すから、始末に終えない。「ごめん。悪かった。」と慌てて謝ると、「う・そ!」と舌を出した。「こいつ、嘘泣きか。」頭を軽くコツンと叩いた。「痛いよ。だって、お兄ちゃん構ってくれないんだもの。」頭を大げさに抱えながら訴える。結構可愛いな。幸恵の子供の頃って、こんな感じだったのかな?黙って見てると「じっと見てると気持ち悪い。」と言われてしまった。「そうだな。」「そうだよ。」拗ねて、突き出した唇が誘ってるようにも思える。ここでキスしたら、ロリコンかな?ある意味いろんな幸恵に会えるというのもいいかも。こんな考えは不謹慎かもしれないが。「何考えてるの?」子供らしくない質問だな。「何も。」素っ気無く答えた。「ふーん。お兄ちゃん、恋人居るの?」「なんでそんなこと聞くんだ?」「だって、さっき恋人探してるって言ってたじゃない。」「よく覚えてるな。」「子供は大人より記憶力いいんだよ!」やっぱり自分は子供だと思ってるんだな。「そうか。それはすごいな。」頭を撫でると、ニコッと笑った。「私ね、詩を言えるんだよ。」得意そうに胸を張った。「何の詩だ?」「学校で習ったんだけど、草野心平っていう人が書いた『秋の夜の会話』の詩だよ。」「本当に言えるのかい?」「本当だよ。聞いててね。 『さむいね ああさむいね 虫がないてるね ああ虫がないてるね もうすぐ土の中だね 土の中はいやだね 痩せたね 君もずいぶん痩せたね どこがこんなに切ないんだろうね 腹だろうかね 腹をとったら死ぬだろうね 死にたくはないね さむいね ああ虫がないてるね 』終わり。」「すごいなあ。全部言えるんだ。」「お兄ちゃん知ってるの?」「知ってるけど、言えないなあ。」「本当はね。この人の「春の歌」が教科書に載ってたんだけど、先生がこの秋の詩も教えてくれて、あたしはこっちの方が好きになったんだ。」「春の方が明るくていいんじゃないか?」「だって、秋の方が泣けるんだもん。」「泣けるのかい?」「よくわかんないけど、涙が出そうになるんだ。でも、もう泣かないけどね。」「なんで泣かないの?」「だって、泣いたら負けじゃない!」急にむきになった。「そんなことないよ。」「泣いてもいいの?ママは泣くのは弱虫だって言ってたよ。」「人前で泣くのは恥ずかしいかもしれないけど、一人で泣く分にはいいさ。」「お兄ちゃんも泣くの?」「ああ泣くよ。一人の時はね。」「ふーん。男の人も泣くんだ。」「そうだよ。男だって弱いからね。」なぜか、リトル幸恵の前では素直になれる。いつもは幸恵に弱さなど見せたくないのに。それにしても、幸恵は子供の頃から、こんな哀しい詩が好きになるほど、辛い思いをしてきたのか。可哀想になって、抱きしめたくなる。だが、子供だと思うとかえって出来ない。つぶらな瞳で見つめられると辛いな。「お兄ちゃんも覚えたら?」「教えてくれるのか?」「いいよ。泣きたいときはこれを言うと、かえって泣かなくて済むんだ。お兄ちゃんもそうしなよ。」そんなこと言われると、かえって涙が出そうになるじゃないか。幸恵と一緒に口ずさみながら、詩を覚えた。「そういえば、名前はなんていうんだ?」「さっちゃん。」「さっちゃんか。」幸恵の愛称だろうな。「そういえば、『さっちゃん』の歌があったよな。」「うん。あたしあれも好きなんだ。なんかあたしのことみたいでしょ。」「幸子っていうのか?」「ううん。幸恵だけど、さっちゃんって呼ばれるほうが好き。」「じゃあ、さっちゃんって呼ぶよ。」「お兄ちゃんの名前は?」「信吾だけど、信ちゃんでいいよ。」「信ちゃんか。でも、お兄ちゃんでもいい?」「なんで?」「あたし一人っ子だから、お兄ちゃん欲しかったんだ。」「そうなのか。甘えん坊だな。」幸恵は今でも俺にそんな感じだからな。それにしてもいつまでリトル幸恵で居るんだろう。連れて帰るにしては、誘拐みたいになっちゃうし。そんなことを考えてるうちに、幸恵はあくびをしだした。さっきも眠ったのに、この病気は眠たくなるものか?それとも子供だから、夜になると条件反射かな。「お兄ちゃん、眠たいよ。」「いいよ。寝ても。」「だって、おうちに帰らないと。」「お兄ちゃんがおんぶして連れて帰ってあげるよ。」「おうちどこか知ってるの?」「知ってるから大丈夫だよ。」「そうなんだ。じゃお休みなさい・・・」語尾が消えるように眠りについてしまった。また起きたら、別人格になってるのかな。幸恵をおぶって、レンタカーに戻った。昨日といい、今日といい、千倉の海は、鬼門かもしれないな。ここだけではなくなるかもしれないが。
2006年11月02日
出来たら、「メビウスの輪」1から読んでくださると嬉しいです。ページの最後の「続き」をクリックすれば、次のページが読めます。良かったら、感想・アドバイスなど、コメントやBBSに書き込んでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。 私は一体どうしてしまったのだろう。なぜ、こんなところに居るの?学校にいたはずなのに、千倉の海に居るなんて。昨日、確かに信吾と来た。途中、記憶を失って、病院に行き、恩師にカウンセリング受けたけど、それで元気になったはずなのに。また、記憶を失ってしまったのか。それにしても、こんな白いワンピースドレスは持ってなかったはず。ヒラヒラは嫌いだったはずなのに。昔、母にこんな感じのワンピースを着せられ、ペットのように連れ歩かれた。「可愛いわね。お母さんに似て美人になるわよ。」と褒められると嬉しかったが、母が「そんなことないわよ。父親似だから。」と笑って否定するのが哀しかった。それだったら、こんなふうに着飾って、一緒に歩かなければいいじゃないと思った。そのうち私に飽きたのか、母は一人で出歩くようになった。かえってホッとしたが、やはり寂しかった。私が醜くて恥ずかしかったのかと思ってしまったのだ。大きくなってから、「可愛い」とか言われても、信じられなくなった。自分でもそれほど可愛いとは思ってないが、かといって醜いというほどではない。人並みだとは思うけど、コンプレックスが抜けないのだ。だから、目立つような、可愛らしい服は着たくなかった。なるべくパンツルックや、スカートでもロングとか、平凡な格好をしていたのに。昨日は海に入るつもりで、久しぶりにミニスカートを履いた。信吾とのデートだし、少しは可愛い格好をしたかったのだ。それでも、こんなフリフリではない。どこかで買ったのだろうか。学校に居たはずが、なぜ千倉の浜辺にいるのだろう。バッグをまさぐり、携帯を出した。そのとき、一緒にメモが出て、落ちた。拾い上げると、そこには信吾の字で、携帯の電話番号が書いてあった。なぜ、こんなものがあるの?電話番号なら携帯のメモリーに入っているし、メモをもらった覚えもない。急に不安になってきた。信吾には知られたくない。昨日のことだけでも、心配かけたのに、これ以上こんな自分を見せたくない。でも、私には他に頼れる人がいないのだ。どうしよう。そうだ。恩師に電話しよう。「桜井先生お願いします。」「桜井先生は、今外出中です。」受付の冷たい声。「そうですか。失礼しました。」電話を切ってから、呆然とした。親になど電話をかける気にはなれない。どうせ二人とも私のことなど心配していない。話したくもないのだ。かといって、また信吾に迷惑かけるのも気がひけるし、途方にくれてしまい、浜辺に思わず座り込んでしまった。「大丈夫ですか?」遠くから、信吾の声が聞こえる。私は幻聴まで聞こえるようになったのか。背筋がぞっとしたが、振り向くと、信吾が駆け寄ってくる。これは幻影ではないよね。「信吾!」思わず、叫んでしまった。「幸恵、僕が分かるんだね。」信吾が、抱きかかえて、立ち上がらせた。「私、信吾が分からなかったの?」不安が波のように押し寄せてきて、心臓が痛くなる。「さっき、ちょっとね。」言いよどんでるから、ますます気になる。「どんな感じだったの?」「うーん、別人みたいだったんだ。」まるで信吾の方が悪いことをしてるような、遠慮した物言いだ。「解離性同一障害ね。私だって、カウンセラーの端くれだから分かるよ。昨日から、もしかしたらとは思ってたの。」「そうか。そうだよな。」諦めたように信吾はこれまでの経緯を話し出す。「そうだったの。探してくれたのね。ありがとう。それなのにもう一人の私が信吾を冷たくあしらったのね。」ついその女を恨みがましく思ってしまう。それも私自身だというのに。「仕方ないよ。その人は俺のこと知らないんだから。」「そうよね。私だって、その人は知らない。」私の知らないところで、もう一人の自分が人を傷つけている。それも私の一番大事な人を。「僕は大丈夫だよ。幸恵さえ無事ならそれでいいんだ。」信吾は優しい。でも、こんな病気の私がいつまでも信吾を束縛してもいいのかな。結婚の約束をしたと言っても、まだお互いの気持ちだけだし、体の結びつきはまだだから、縛られることはないのだ。「信吾。私、一人になって、ゆっくり考えたいな。」信吾をこれ以上傷つけたくない。私は何をするか分からないのだ。「どういう意味だ?」「信吾にこれ以上迷惑かけられないし、一人で治療受けたいから、少し離れよう。」本当はそばに居て欲しい。心細い。でも、頼りっぱなしだもの。「迷惑なんかじゃないよ。俺がそばにいたいんだ。」「ありがとう。気持ちは嬉しいけど、桜井先生だって、カウンセリングは一人で受けるものだって言ってたでしょ。私、信吾がそばに居るとつい甘えちゃうんだ。カウンセリングだって、一緒に受けて欲しいと思ってしまうの。」「だから、廊下で待ってるから。それもダメなら、ロビーにいるよ。幸恵が居て欲しいところに居るから。」必死で言ってくれる信吾がまぶしい。このまま信吾の胸に倒れこんでしまいたい衝動に駆られる。でも、そんなことしても、セックスさえ許せない私は信吾に何もしてあげられないのだ。まずは自分の病気を治さないと。「きっと治すから。それまで待ってて。ううん。いつになるか分からないから待ってなくてもいい。」「そんなこと言うなよ。待ってるから。だから早く治して、俺のところに戻ってこいよ。」「ありがとう。そう言ってくれるだけで嬉しい。」涙が溢れてきて、信吾の顔がぼやけてきた。覚えておきたい顔なのに。また別人になったら、忘れてしまうのだろうか。信吾が何も言わずに肩に手を乗せた。しゃくりあげる肩を抑えるように。いつの間にか夕焼けが暗闇に覆われ、星まで見えるほどになった。寒くなって、信吾の顔を見上げると、夜空を見つめていた。信吾こそ、遠い目をしているよ。何を考えているのか分からない。信吾の顔をじっと見つめていると、それに気づいたのか、私を見た。優しい包み込むような信吾のまなざし。私の好きな瞳だ。「待ってるから。焦らなくていいよ。大丈夫。幸恵はきっと治るよ。でも、たとえ治らなくても俺はそばに居るよ。」「嬉しいけど、そんなこと言われたら、治らなくてもいいなんて思っちゃうじゃない。」「諦めちゃいけないけど、時間はかかると思うよ。」「そうだよね。難しいからね。」解離性同一障害の治療が難しいのはよく分かってるだけに、段々不安になってきた。治療がいつまで続くのだろうか。そんなに信吾を待たせちゃいけないと思う反面、一人で耐えていけるか自信がない。体がガタガタと震えてきた。「寒いのか?」信吾が上着を脱いで、かけてくれた。「そうじゃない。心が寒いの。怖い!」思わず、抱きついてしまった。信吾も抱きしめてくれる。それでも震えが止まらない。歯がかみ合わないほど、ガチガチ言ってる。どうしていいかわからない。気が遠くなり、耳鳴りが聞こえた。私が覚えてるのはそこまでだ。
2006年11月02日
出来たら、「メビウスの輪」1から読んでくださると嬉しいです。ページの最後の「続き」をクリックすれば、次のページが読めます。良かったら、感想・アドバイスなど、コメントやBBSに書き込んでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。 「ピアノの練習のとき、手が平たくなってるからと、手の下に針を持ってきて、刺さらないように丸くしなさいとお母さんに言われた。」「針を刺されたの?」「刺されはしなかったけど、怖くて、それからピアノの前に座るとお腹が痛くなった。」「それは怖かったでしょうね。」幸恵は長い間ピアノを習っていたのに、弾きたがらないのはこういうわけだったのか。童女に帰ったように、次々と思い出を話し始めた。「そうですか。お母さんが嫌いなのは分かったけど、お父さんはなんで嫌いなのかな?」「別な女の人のところに行っちゃったから。」「でも、幸恵さんには優しかったんじゃないの?」「優しかったけど、なんか怖かった。」母のときより、怯えているようだ。やはり何かあるのだろうか。「今日はこれくらいにしましょうか。」恩師が言うと、幸恵はホッとしたように笑った。やっと俺のほうを見て、手を振った。「今度からは一人でカウンセリング受けましょうね。」「え? 信吾も一緒じゃダメですか?」「今日は特別許したのです。本当は一人なのですよ。幸恵さんはご存知のはずでしょ。」「分かってるけど、信吾が一緒じゃないと不安・・・。」「じゃあ、廊下で待っててもらいましょう。そうすれば、幸恵さんの声も聞こえるし、お互い安心でしょう?」恩師は俺と幸恵の二人を交互に見ながら言った。「はい。そうさせてください。」俺がはっきり答えると、幸恵は諦めたように「うん。」とうなずいた。とにかくお母さんの虐待や、おばあちゃんと呼ぶお手伝いさんとの死別が、幸恵の病気の一因だと分かっただけよかった。まだ隠されてるような気もするが。幸恵が子供帰りしてしまうのは不思議だ。催眠術をかけてるわけでもないのに。そんな話術があるのだろうか。「ありがとうございました。またよろしくお願いします。」保護者のように、頼んでしまった。まだボーっとしてる幸恵の頭を下げさせて、一緒にカウンセリングルームを出た。とりあえず、これで少しは大丈夫になったかな。「信吾、私いろいろ思い出したけど、今まで忘れてたことばかりなの。何で思い出せたか不思議だよね。」「さすが幸恵の恩師だよな。」「そうだね。私もあんなカウンセラーになりたいな。」「まずは自分の病気を治さないとな。」「そうだよね。」笑った顔はいつもの幸恵だった。俺もこれで安心して幸恵を送り届けられると思ったが、あんな話を聞いた後だからこそ、恐怖の屋敷に帰したくないと思ってしまった。かといって、このままうちに連れ帰るわけにもいかない。「幸恵、これからどうする?」「どうするって、もう帰らないと。明日は仕事だからね。」「仕事は休んだほうがいいんじゃないか?」「そういうわけにはいかないよ。それにもう大丈夫。恩師のお陰で気分も良くなった。カウンセリングの技術もついでに盗んじゃった。」「本当に大丈夫か?」「大丈夫だって。信吾ったら心配症なんだから。」「じゃあ、何かあったら、俺に連絡しろよ。」「ありがとう。大丈夫だよ。」急に元気になり過ぎて、かえって心配だった。その心配が的中するとは・・・。次の日、仕事中にプライベート用の携帯が鳴った。いつもはマナーモードか、電源を切っておくのだが、幸恵が心配で、オンにしておいたのだ。案の定、幸恵からだ。「どうした?」「何でもないんだけど・・・」でも、不安そうな声だ。「今、どこだ?」「学校の相談室だけど、なんか別のところに居るみたいな感じなの。」離人症の始まりか。「これから商談があるから、すぐには行けないんだ。先生にも連絡してみたらどうだ?」「さっきしたけど、授業中だって。」俺より先に恩師に電話したのか。悔しいけど、そっちの方が頼りにはなるかも。「そうか。商談が終わったら、すぐ行くから。そこで待ってろよ。」「うん。待ってる。」また童女のような話しかた。不安がかすめるが、仕方ない。早く商談をまとめよう。まだ時間前だったが、早めに始めてもらった。俺が勢い込んで説明するものだから、圧倒されてしまったのか、思いのほか早く決まった。怪我の功名かも。早く幸恵のところに行かなければ。学校にタクシーで駆けつけて、相談室に行ってみたが、なぜか幸恵はいない。職員室で教師に聞いてみても、所在が分からない。仕方なく、相談室に戻って、たむろしていた女子高生に聞いてみた。「そういえば、さっき外に出てったみたいだよ。」「なんで早くそれを言ってくれないんだ。」「そんなこと聞かなかったじゃないか。」まったく、いまどきの女子高生は、と思ったが、確かに、幸恵が居ないのに気が動転して、何も聞かずに飛び出していってしまったのだ。「いつごろ出てったんだ?」「あんたが来るちょっと前だよ。逃げられたんじゃないの?」ケラケラ笑う声が小憎らしい。「ありがとう。もし帰ってきたら、信吾の携帯に電話するよう伝えてくれないか。」「ふーん。先生の彼氏、信吾って言うんだって。」面白そうに他の子達に言っている。本当に伝えてくれるのだろうか。手帳にメモ書きして破り、机に貼った。「あたし達を信用してないね。」急に顔色が変わった。かえって反感を買ったようだ。「悪い。君たちもずっとここに居るわけにはいかないだろう。もし会ったらでいいから。」と言い訳しながら、幸恵を追った。どっちへ行ったのか、見当もつかない。恩師のところにも電話をかけてみる。まだ授業中だ。幸恵や俺の自宅にもかけてみた。もしかしたら、千倉の海?そんなわけはないよな。記憶を失ったようなところには戻りたくないはず。でも、万が一を考え、レンタカーを借り、千倉まで飛ばしてしまった。ここしか思いつかなかったのだ。やっと着いたときは、もう夕暮れだった。 砂浜で貝殻を拾ってるような女性のシルエット。顔は見えないけど、あれは幸恵だ。「幸恵ー!」呼んでも答えない。そばに行って見ると、やっぱり幸恵だ。「幸恵。どうしたんだ?」返事をしないので、後ろから肩に手を触れると幸恵は優しく手をつかみ、ゆっくりとおろして離した。やけに色っぽいしぐさだ。振り向いた顔は確かに幸恵だが、微妙に違うような気がする。「私は幸恵ではありません。人違いではないですか?」優雅に微笑むと、さっと通り過ぎようとした。思わず腕をつかんで「俺だよ。信吾だよ。分からないのか?」「ごめんなさい。そういうお知り合いは居ないのです。離していただけますか?」また腕を振りほどかれてしまった。でも、その身のこなしは上品で、拒否してるという感じは与えない。「すみません。俺の恋人に似てたもので。あなたのお名前はなんと言うのですか?」「名乗るほどの者ではありませんわ。」「そこをなんとか。」「新手のナンパですの?」「違います。」きっぱり言ってしまった。「まあ。面白い方。」ホッホと笑いながら、「私は白鳥優美と申します。優美と書いてユミと読むのです。」「俺は堂本信吾です。吾を信じると書きます。」「すごい名前ですのね。本当に自分を信じていらっしゃるの?」「自分に嘘をつかないという意味では信じてます。」「素敵ね。あなたの恋人は幸せ者ですわね。」「その恋人が行方不明になってしまったのです。」「私に似てるという恋人ですか?」「そうです。そっくりなのです。」「まあ、光栄ですわ。」「ここは二人の思い出の場所なので、もしかしたらと思ってきたのですが、似た女性を見かけませんでしたか?」たぶん幸恵が解離性遁走で、この人格になってしまったのだとは思っていたが、幸恵から離れないためにも、話を続けたかった。「お見かけしませんでしたけど。」「そうですか。では、お侘びにもし良ければ、お宅まで送りしますよ。」「やっぱりナンパではありませんの。私はそんな軽い女ではありませんわ。」「失礼しました。それでは、一緒に貝殻を拾わせていただけませんか。」「桜貝を探してるのですけど、暗くなってきて見えなくなってしまったのです。もう帰りますので、結構ですわ。」「それなら送らせてください。」「しつこい人は嫌いです。恋人を探しているのでしょう?早く探しに行ったらいかがですか?」結構気の強い性格らしい。「分かりました。じゃあ、もし見かけたら、この番号にかけてもらえませんか?」携帯の番号をメモ書きして渡す。「警察に届けたほうが早いのでは?」「これから届けます。」「そうですか。それでは見つかることをお祈りしてますわ。お気をつけて。」幸恵はどこに帰るつもりか、去っていってしまった。逆方向に行くと見せかけて、離れてから、そっと後を付けた。
2006年11月01日
出来たら、「メビウスの輪」1から読んでくださると嬉しいです。ページの最後の「続き」をクリックすれば、次のページが読めます。良かったら、感想・アドバイスなど、コメントやBBSに書き込んでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。 このまま、心療内科か精神科に連れて行こう。うちに帰すだけでは不安だ。第一、その家庭自体が原因なのだ。そんな家に帰すわけにはいかない。幸恵と俺が通った大学の付属病院なら、幸恵の恩師がカウンセリングをしてくれるだろう。でも、幸恵は自分の病気を知られたくないか。どこへ行けばいいのだろう。とりあえず、俺のうちに連れていって、パソコンで病院を調べよう。うちも危ないうちだけど、今は幸恵の家よりましだろう。父親は入院だし、母や姉も付き添いだ。誰も居ないほうがいいというのも寂しいが。幸恵が起きないうちに早く連れ帰ったほうがいい。また海に行きたいと言わないうちに。帰りは行きよりも、もっと飛ばした。自分でも怖いくらいだ。やっとうちにたどり着き、幸恵を運び込んだ。死んだように眠っている。寝息を確かめたほどだ。寝てる間に、パソコンで調べたが、なかなかいい病院がない。というより、どこがいいか分からないのだ。通うことを考えれば、あまり遠くては時間がかかりすぎるし、近所では人目も気になる。まだまだ、精神科などは差別の目で見られるからな。欝は心の風邪だというのに。やはり、大学の付属病院が安心だな。プライバシーは守ってくれるだろうから、恩師以外ならいいかもしれない。それとも恩師の方が安心なのかな。幸恵に聞いてみないことには分からない。起こそうかと振り向くと、いつの間にか後ろに立ってるから、心臓が止まりそうになった。「気がついたのか?」平静を装いながら言った。「私はなんでここに居るの?海に行ったはずなのに。」まだ、ボーっとしているようだ。「幸恵が気分悪くなったから、連れてきたんだよ。覚えてないのかい?」「記憶が断片的でまとまらないの。私どうかしちゃったのかな。」不安そうに言う幸恵が「智恵子抄」の智恵子に重なる。あんな風に狂わせたりはしない。「疲れてるんだよ。少し休むといい。そうしたら、病院に連れて行くよ。」「うん。連れてって。」やけに素直だけど分かってるんだろうか。「付属病院でいいか?恩師は嫌か?」「ううん。実は前からカウンセリング受けるように言われてたの。」「じゃあ、なんで早く受けなかったんだ。」ついムキになってしまった。「だって、カウンセラー失格と言われそうだし、原因は知りたいような知りたくないような感じだったから・・・」「分かったよ。でも、もう限界だ。受けたほうがいい。それは幸恵だって感じたんだろう。」「うん。そうだね。信吾と一緒なら行ってもいい。」すがるような目で見上げられると、切なくなる。「これから行こう。でも、予約が必要なんだよな。」「先生に電話してみる。時間外で診てくれるかもしれない。」「そうだな。愛弟子だし。」幸恵の恩師は穏やかな老紳士で、娘のように可愛がっていた。幸恵の病理を知ってて、心配してたのだろう。電話をかけると、早速来るように言われた。付属病院に着くと、懐かしい匂いがした。何度か院生の幸恵を迎えに来たものだ。まさか患者として幸恵を連れてくるとは。「待っていたよ。」恩師は優しく迎えてくれた。俺のことまで覚えていたらしく、「久しぶりだね。君が付いててくれれば安心だ。」そう言ってくれて、涙が出そうになった。俺自身がどうしていいか分からず不安だったのだ。「さあ、幸恵さん座って。君もあちらにどうぞ。」付き添いのスペースなのか、部屋の隅にある椅子を指差した。少し遠くから離れて見ているように言われた感じがした。幸恵が不安そうに俺のほうを振り向いて見つめる。「幸恵さん、大丈夫。彼は見守っててくれるからね。」恩師がそう言うと、幸恵はやっと安心したように恩師を見た。少し寂しいような気がしたが。「今日はどうしたのかな? いつもカウンセリングの必要はありませんと言ってたのに。」恩師の笑顔は、くしゃっとして可愛く感じるほどだ。「すみません。」幸恵が頭を下げた。「謝ることはないんだよ。カウンセリングは自分が必要だと思ったときだけ受ければいいんだから。」「今日はそう思ったんです。」「そうなのか。どう思ったんだい?」「記憶が飛んでるんです。彼が一緒だったので、詳しいことは彼に聞いてください。」「そうか。それは不安になっただろうね。でも、彼に頼るだけでなく、覚えてるところだけでもいいから、話して欲しいな。」「そうですね。彼と海に行って、入ったまでは覚えてるんです。でも、彼に引き戻されて危ないと言われたけど、そんなに深くまで入った覚えはなかったんです。」「海に入るまでは覚えてるんだね。では、君に聞くけど、我に帰るまでどれぐらい時間が経ってたかい?」急に俺に振られて焦ってしまった。「正確にはわからないけど、俺が靴や靴下を脱ぎ、ズボンの裾を上げて入ろうとしたときには、もう深いところまで行こうとしていて、慌てて引き戻そうとしたから、それほど時間は経ってないと思います。せいぜい5分くらいかな。」俺も支離滅裂だな。「そうですか。大して時間は経ってないのですね。」「でも、俺が視界に入ってないような、空ろな目をしてました。」病状を軽く受け取られては困るとばかり、つい声が大きくなってしまった。「時間はそれほど問題ではありません。」俺を諭すように恩師は言った。「こんな経験は、以前にもありましたか?」「ここまでひどいのは初めてだけど、なんとなく私だけ別世界にいるような気がするときはありました。」幸恵が夢の世界に行ってるときだな。「どんなときですか?」「集団の中で、孤独を感じたり、付いていけないと劣等感を感じたりするときです。」「子供の頃からですか?」「小さい頃はよく覚えていないのです。ただ、父も母も嫌いで、近寄りたくないと思ってました。だから、そばに来られると、自分はここに居ないと思ってた。」「そうですか。そんなに嫌いだったのですか?」「大嫌い!」急に子供のような声で叫んだ。自分でも驚いたようだ。俺も驚いたが、恩師だけは顔色も変えず、「そうですか。大嫌いなのですね。」と穏やかに繰り返すだけだったが、幸恵もその対応にホッとしたようだ。「嫌いなの。二人とも大っ嫌い。」また子供のようなしゃべり方をする。「お父さんもお母さんも嫌いなのですね。」「お父さんは、うちに帰ってこないで、他の人に子供を生ませるし、お母さんも私を放っておいて、遊んでばかりいる。私はお手伝いさんとお留守番ばかり。」「それは寂しかったでしょうね。」「寂しくなんかないよ。あんな人たち居ない方がいいもの。」「そうですか。お手伝いさんはいい人だったのですね。」「いい人も居たけど、嫌な人も居た。お母さんがきついから、長く続かないの。」「そうですか。それでは、お手伝いさんに懐く暇もなかったのですね。」「そういえば一人だけ、お母さんの嫌味も我慢して、私のそばに居てくれてた人が居たけど、おばあちゃんだったから病気で死んじゃったんだ。」思い出したのか、涙声になっている。「それは哀しかったですね。哀しかったら、泣いてもいいんですよ。」「おばあちゃーん!」幸恵はまた幼女のように泣き出した。俺は駆け寄ろうとしたが、恩師に目で止められた。恩師は肩に手を置いて、幸恵が拒否しないのを確かめてから、背中をさすり始めた。恩師は男性恐怖症を知っていて、なおかつ対象から除外された人物なのだ。それは俺だけだと思っていたのに。少し焼餅を焼いてしまった。それとも、こういう精神状態のときは、拒否しないのだろうか。そんなことを考えてるうちに、やっと幸恵の泣き声が収まってきた。「もう大丈夫ですか?おばあちゃんが好きだったんですね。」「うん。おばあちゃんが死ぬときに逢いたかったの。でも、お父さんもお母さんも病院に連れて行ってくれなかった。死んだって後から聞いて、泣きたかったけど、泣けなかったの。見なかったから信じられなかったし、お父さんやお母さんの前で泣き顔は見せたくなかった。悔しいから。」「そうだったんですか。じゃあ、今初めておばあちゃんのために泣いたのですか?」「そうかもしれない。先生に言われるまで、おばあちゃんのことは忘れてたの。あんなに好きだったのに。どうしてかしら?」「おばあちゃんが死んでしまったことを思い出したくなかったのでしょうね。」「本当のおばあちゃんは、私が生まれる前に、二人とも死んじゃってたから、その人のことを、おばあちゃんと呼ばせてもらって嬉しかったんだ。本当のおじいちゃんは、厳しい人で嫌いだったし。」先代の社長のことか。「そうですか。本当のおばあちゃんのように思ってたんですね。」「優しい人で、寝る前は必ず絵本を読んでくれたんだよ。私が眠るまでそばに居てくれた。朝早くから夜遅くまで働いてたから、病気になっちゃんだよね。私のせいだ。」また泣きそうになる。「幸恵さんのせいではありませんよ。おばあちゃんは幸恵さんが可愛いから、長い時間そばに居てくれたんでしょうが、お年だったから、病気も仕方ないですよ。」「私のせいじゃないの?」「たとえそうだとしても、おばあちゃんは本望だったと思いますよ。」「おばあちゃんは幸せだったのかな?」「幸恵さんのそばに居られて幸せだったでしょうね。」「そうだといいんだけど。うるさいお母さんにいじめられて、可哀想だったんだ。お母さんは何にもしないくせに、おばあちゃんは仕事が鈍いとか文句ばっかり言うの。私がそんなことないって言うと、しつけもなってないと、またおばあちゃんが怒られる。だから黙って見てるしかなかったの。そういえば、その時も私はここに居ないほうがいいと思ってた。どうせ何も出来ないのだから、居ないのとおんなじだって。」「そうですか。居ないのと同じと思ったのですか?」「お母さんに怒られてるおばあちゃんのそばにいる私は本当の私じゃないと思いたかった。おばあちゃんに絵本を読んでもらってる私が本当の私なんだって、思い込もうとしてた。」「おばあちゃんを通して、間接的に虐待されてた感じでしょうか。」「私だってお母さんにいじめられたよ。」「いじめられたの? どんなふうに?」「お母さん、お腹とか背中とか見えないところをつねるんだ。」顔とか腕とか目立つところは絶対やらない。」「どんなときに?」「たとえば、お呼ばれの時、お菓子を出されて食べようとすると、後ろから背中をつねるんだ。食べるなって。」「それでどうするの?」「仕方ないから、お腹一杯って言って、食べない。」「痛かっただろうね。他には?」
2006年11月01日
出来たら、「メビウスの輪」1から読んでくださると嬉しいです。ページの最後の「続き」をクリックすれば、次のページが読めます。良かったら、感想・アドバイスなど、コメントやBBSに書き込んでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。 久しぶりに幸恵とデートだ。何年か前に行った千倉の海にドライブすることにした。学生のときは、お金もなかったし、電車で行ったのだが、今度はレンタカーを借りた。車を買うより、結婚資金を貯めて、早く幸恵と結婚したい。家から早く独立したいというのもあるけど。レンタカーを借りてから、幸恵の家まで迎えに行ったが、相変わらず立派な邸宅だよな。門から玄関まで、車でしばらくかかるとは。自分がお抱え運転手のような錯覚を抱いてしまうほどだ。気を飲まれるな。俺はここの主人になるんだ。玄関の前に車を付けて、ドアフォンを押す。「堂本信吾ですが、幸恵さんお願いします。」「お嬢様ですね。お待ちください。」お手伝いが居るんだよな。「ちょっと待っててね。すぐ行くから。」幸恵の慌てた声が聞こえた。「そんなに急がなくてもいいよ。」言ってるそばから、ドアフォン越しにゴンと鈍い音が聞こえた。「痛い!」また、どこかにぶつけたんだろう。そそっかしいんだから。「大丈夫か?」こっちの声は聞こえないかな。落ち着いたお嬢さんに見えて、幸恵は結構危なかっしいのだ。そこがまた可愛いのだが。「お待たせ。ごめんね。」バタバタと玄関から出てきた。今日は海に入るつもりなのか、ミニスカートで足を出してる。いつもはロングスカートが多いのに。「秋なのに、寒くないのか?」「でも、今日は割と暖かいよ。」「やっぱり海に入るつもりだな。」「信吾こそ、入らないの?」俺も念のため、着替えは持ってきた。幸恵のことだから、海に入ったり、水をかけたりするだろうからな。「それは、幸恵次第さ。一人じゃ危なくて入らせられないよ。」年上のくせに、精神年齢が幼いから、俺が保護者のような気分になってしまう。話を聞いてくれるときは年上ぶってるけど。まあカウンセラーだから仕方ないか。「じゃあ、入ってくれるのね。良かった。信吾が一緒なら安心。」ニコッと童女のように微笑まれると弱い。「この薄ら寒いのに本当に海に入るつもりなのか?」「もちろん、足だけよ。だからミニにしたんだ。」フレアのスカートを翻しながら、回ってみせた。パンティが見えそうで見えない。他の男には見せたくないな。「早く乗れよ。時間無くなるぞ。」「そうだね。早く出して。」まったく、こっちの台詞だよ。出会った頃に比べたら、本当に明るくなったよな。最初は影の薄い、たおやかなイメージだったのに。まあ、俺も幸恵と会ってから、陰気ではなくなったと思う。お互い暗い家庭環境で育ったけど、二人で明るい家庭を築こう。学生のときに免許を取ってから、しばらくペーパードライバーだったが、仕事でも運転するから、割と自信はある。房総スカイラインや鴨川有料道路も少し飛ばしてしまった。幸恵は窓を開け、風を受けている。いつもおしゃべりな幸恵が珍しく黙っている。「幸恵が話さないなんて、どうしたんだ?」「風が気持ちいいし、窓開けてるから、声聞こえないでしょ。」確かにカーステレオの音楽も聞こえないほどだ。「じゃあ、窓閉めて話そうぜ。」「久しぶりの運転だから、邪魔しないようにと思ったのに。」「仕事で運転してるから、大丈夫だよ。」「そうなんだ。私とは久しぶりよね。」「前はいつ乗せたっけ?」「去年の夏に高原行ったときかな。」幸恵とは数えるほどしか遠出していない。というよりデート自体が少ないのかも。電話やメールが主だが、それも頻繁ではない。それでも続いてるというのは、心が繋がってるからだと信じてる。「信吾こそ、黙ってるじゃない。」「幸恵のダンマリがうつっちゃったよ。」「もう、人のせいにして。」軽く俺をたたいてから、寄りかかってきた。それこそ運転の邪魔だぞ。幸恵の頭が触れてる肩が気になって仕方ない。「重いよ。」「ひどいな。」と言いながら、動こうとはしない。このままどこまでも行きたいような気がする。そんなこと思ってるうちに千倉の海岸に着いてしまった。「わあ!懐かしい。」幸恵が叫びながら、海に向かって走り出した。「待てよ。」幸恵は思ったより足が速い。砂浜に足を取られて、思うように追いつけない。「ここまでおいで」からかうように振り向いて俺を手招きする。「このやろう。」俺が本気で走れば、幸恵なんてすぐに捕まえられるんだ。距離がどんどん縮まって、幸恵の腕をつかんだ。「つかまえたぞ。」電流が走ったように、幸恵がビクッとして立ち止まる。俺は止まりきれずに、幸恵に体当たりしてしまった。二人とも砂浜に倒れこんだが、とっさに幸恵を腕でかばった。「大丈夫か?」返事がない。幸恵の顔を覗き込むと、両手で顔を覆っている。「顔でも打ったのか?」啜り泣きが聞こえてきた。「そんなに痛いのか?」「違う・・・」やっと声が出た。「じゃあ、どうしたんだ。」「哀しかったの。」「何が?」「つかまれただけで、怖くなってしまう自分が。」幸恵は今までも、そうだった。何が原因か分からないが、男性恐怖症というか、セックス恐怖症なのだ。俺で慣れてきたとは思っていたが、まだ治らない。頭ではわかってはいても、俺も男だから、つい忘れて、触れたくなってしまう。そのくせ、幸恵は自分から触れる分には大丈夫なのだ。罪作りだよな。誘ってるようにも感じるけど、ただ甘えてるだけらしい。幼いにもほどがあるよな。「カウンセラーなんだろ。原因は分からないのか?」つい責めるような口調になってしまった。「自分のカウンセリングは出来ないの。やっぱりちゃんと受けたほうがいいかな。」申しわけなさそうな声を出すから、こっちまで情けなくなってしまう。「受けてみろよ。原因を知るのが怖いんだったら、対症療法だってあるんだろう?」「行動療法はあるけど、やっぱり原因も知りたいな。」「だったら、催眠療法でも受ければいいじゃないか。」俺まで幸恵の勉強に付き合って、少し聞きかじっているのだ。「そうだよね。こんなんじゃ信吾に申しわけないし、結婚も出来ないよね。」幸恵が落ち込んでる様子だから、「結婚は出来ても、子供は出来ないよな。」わざと冗談めかして言ってやると、「もう、信吾ったら!」と、やっと笑った。幸恵に手を貸して起き上がらせると、また逃げ出すように走り出した。靴と靴下を脱いで、海にさっさと入り始めた。「冷たくないか?」「大丈夫だよ。」「俺も入るから待ってろよ。」俺も靴と靴下を脱ぎ、ズボンの裾をめくってから入ろうとすると、幸恵がもっと深いところまで入ろうとしてるのが目に入った。「危ない。戻れ。」慌てて、幸恵のところまで走った。また腕をつかんで引き戻したが、今度はさすがに慣れたのか、ビクッともしなかったが、逆らいもしなかった。ただ呆然としてるだけだ。「幸恵、しっかりしろ。」目が空ろで、遠くを見ている。俺が目に入ってないようだ。肩をつかんで揺さぶると、夢の世界から戻ってきたようにハッとした。「ごめんね。私どうしてた?」「覚えてないのか?」「なんとなく・・・。海に入ろうとしたのまでは覚えてるんだけど。」これは、セックス恐怖症より重症の病気かも。「もう帰ろう。危ないよ。」「嫌!せっかく信吾と海に来たのに。帰りたくない。」座り込んで泣きじゃくる。子供みたいだ。幸恵は躁鬱の気があるかなとは以前から思っていたが、これは、解離性同一障害かもしれないな。専門家ではないが、俺も「門前の小僧」だから。でも、幸恵は自分のことを観察することが出来たはず。なぜ、こんなになるまで放って置いたのだろう。スクールカウンセラーとして、女子高生の相談にのる立場なのに、本当は自分こそカウンセリングを受ける必要がある。勝手にアダルトチルドレンなどと自己判断して、軽いものだと自分に思い込ませていたのか。俺が連れていかなければ、幸恵は動けないのか。泣きじゃくる幸恵を抱きかかえながら、立ち上がらせた。こういうときは拒否しないというのも不思議だ。もちろん、こんな状態の幸恵に何かするつもりはないが。「分かった。もう少し海風に当たったら、帰ろうな。」幼女に言い含めるように優しくなだめると素直にうなずいた。やはり幸恵は幼いのかもしれない。子供に戻ってしまってるようだ。二人で黙って、砂浜に座り、海を見ていた。幸恵は俺に寄りかかっていたが、そのうち寝息が聞こえてきた。疲れて眠ってしまったようだ。抱き上げて運び、車の後部座席に寝かせた。
2006年11月01日
出来たら、「メビウスの輪」1から読んでくださると嬉しいです。ページの最後の「続き」をクリックすれば、次のページが読めます。良かったら、感想・アドバイスなど、コメントやBBSに書き込んでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。 久しぶりに彼から電話がかかってきた。私もかけなかったけど、彼からもかかってこなかったから、少し不安になってきたところだったのだ。「幸恵、元気?」心なしか元気がない。「元気だけど、信吾こそ元気なの?」つい労わるような口調になってしまった。カウンセラー口調かな。「まあ元気だよ。」信吾はめったに弱さを見せようとしない。でも、今日はなんか言葉に勢いがないのだ。「でも、疲れてるみたいだね。」「少しね。嫌な奴にあったから、精神的に疲れちゃったんだよ。」「どんな人?」「幸恵の兄弟さ。」言い捨てるようにつぶやいた。「私には兄弟なんて居ないわよ。」私は一人っ子なのだ。「お父さんの愛人の息子さ。」そういえば、兄弟にあたるんだっけ。「あんな人、兄弟だと思いたくないわ。」「そうだろうけど、半分は血が繋がってるんだろう。」「そんなこと分かるもんですか。父があの女に騙されてるのかもしれないし。」つい強い口調で言ってしまった。許せないのだ。「そうだよな。そんなことは女にしか分からない。DNA鑑定でもしないと、男には確証がないってことか。」「女にだって分からないわよ。複数同時ならね。」「すごいこと言うな。幸恵はないだろ。」「まだ誰とも経験ないもの。」威張って言うことじゃないか。「俺にはいつ許してくれるんだ?」急にそんなこと、押し殺したような声で言わないでよ。「結婚を決めたら・・・」消え入りそうになってしまった。「もうお互い結婚するつもりだろ。」「でも、具体的になってないじゃない。」私は逃げてるのかしら。「分かったよ。この話題は堂々巡りだからな。」信吾が諦めたように言ってくれてホッとした。「そういえば、その愛人の息子がどうしたの?」重苦しい雰囲気を変えるために、話題を振ってしまった。「啓一か。嫌味な奴だぜ。なぜだか俺達の仲を知ってるんだ。それで牽制してきたってわけだよ。」「どういう意味?」「『次期社長は僕がなる。君は幸恵と結婚しても、社長にはなれないよ』って、お高くとまってるんだ。」「そんなこと父が言ったのかしら?」「社長の意向だと言ってたけど、どこまで本当なのか。でも、確かに営業力は悔しいけどトップクラスだから、実力・コネ共に社長候補かもな。」「信吾だって、営業なら負けてないんでしょう。コネだって、私と結婚すれば婿養子になれるんだし。」「それだけで社長になるのもな。」「社長になるために結婚すると言われても寂しいけど、ならないのなら、この会社に入ってもらう必要はなかったかな・・・」急に信吾に申しわけなく思えてきた。彼なら、もっといい会社に入れただろうに。「幸恵のせいじゃないよ。俺が決めたことだからな。」「ありがとう。でも、もし社長になれなかったらごめんね。」「社長云々より、奴に負けることの方が悔しいな。馬鹿にされたままでは終わりたくない。まずは営業成績だけでも抜かさないとな。」「そうよ。信吾だったら、きっと出来るわ。でも、無理しないでね。」「大丈夫だよ。幸恵がついててくれるんだろ。」「うん。このごろ電話しなくてごめんね。」「それはお互いさまだよ。新人の頃は、仕事覚えるのに精一杯で余裕がないからな。」「信吾は今、余裕あるの?」「奴と張り合うためには必死にならないと。」「そうだよね。ますます忙しくなるのか。」「寂しかったら、電話かければいいじゃないか。」「だって、留守番電話が多いから、かえって寂しくなるんだもの。」「仕事中だからな。幸恵だってそうだろ?」「私は非常勤だから、週3日だけだよ。スクールカウンセラーは非常勤がほとんどだから、週3日なんて多いほうだけど、その分時給が低いの。卒業生というだけで、優遇されてるのか、こき使われてるのか、よく分からない。」「幸恵も仕事の愚痴言うようになったら、一人前だな。」社会人の先輩らしく、鷹揚に笑った。やはり、信吾は頼もしいな。一つ年下とは思えない。彼が大卒で、私が院卒だから、1年私の方が就職遅かったのだ。臨床心理士の資格取る為にね。まあ、仕事だけでなく、精神年齢からかもしれないけど。本当は甘えたくて仕方ない。「信吾、逢ってくれないかな。」「いいけど、今日はまだ仕事終わってないんだ。」「今日じゃなくていいよ。信吾の都合いい日に合わせるから。」「そうだな。やっぱり週末の方がゆっくり出来るな。」「仕事帰りだと、時間ないものね。」「休日出勤や接待ゴルフもあるけど、日曜なら空いてるかな。」「良かった。じゃあ、日曜日ね。」「幸恵はいいのか?」「私は暇だもの。仕事の勉強とかはあっても、いつでも出来るから。」「久しぶりに遠出しようか。どこに行きたい?」「海に行きたいな。今は入れないけど、波の音が聞きたい気がする。」「そんなこと言って、足だけ入る癖に」と笑ってる信吾が目に見えるようだ。以前行ったとき、思わず靴を脱いで入ってしまったのだ。「前に海に行ったのはいつだっけ?」「お互い学生の頃だから、2年くらい前か?」「もうそんなになるの。懐かしいな。」「また、千倉の海でいいのか?」「今は花咲いてないよね。」「まだだろうな。温室だったら咲いてるかもしれないけど。」以前行ったときは、お花畑で、花摘みもしたのだ。「やっぱり千倉がいいな。」「いいよ。レンタカー借りてくよ。」「まだ車買わないの?」「結婚資金貯めるほうが先だろ?」彼は経済観念がしっかりしてるのだ。あまり裕福ではない家庭に育ったせいかな。私のような甘ちゃんじゃない。「私も貯めなくちゃね。」「非常勤じゃたかが知れてるだろ。」「馬鹿にしないでよ。無駄使いしないもの。」本当に彼と付き合いだしてからは、ブランド物とか買わなくなった。そんなの虚しいと分かったから。彼がバイトして買ってくれるささやかなプレゼントが嬉しかったのだ。「お嬢さんも成長してきたな。」「だって、信吾のお嫁さんになるのが夢だから。」「嬉しいこと言ってくれるよな。仕方ない、それまで我慢するか。」そういうことまで笑い飛ばしてくれる信吾が好き。ありのままの私を受け入れて、許してくれる。以前付き合った男性達は、ここでさよならになってしまうのだ。私はやはり性的虐待にでも遭ってたのだろうか。記憶が定かではないが、このセックスに対する恐怖心はどこから来てるのだろう。私こそ、カウンセリングにかかる必要があるのだよね。彼が強要しないのに甘えて、いざと言う時まで拒んだらどうしよう。それまでに治しておかないと。信吾もうすうす分かっているから、無理は言わないのだ。言葉少なになっていたのだろう。「大丈夫か?」信吾の声で我に帰った。「ごめんね。ボーっとしてたの。」「幸恵は夢の世界に入り込んでしまうからな。」笑って言ってるけど、労わってくれてるんだよね。信吾の愛情に応える為にも、なんとかセックス恐怖症を克服しないと。男性恐怖症は信吾のお陰で少し良くなった。まだ、他の男性は苦手だけど、以前よりは大丈夫。触れられるのはダメだけど。信吾ともキスまでは出来たんだよね。それ以上はまだ怖い。それに、中途半端は信吾も辛いよね。私も残酷かな・・・。中学生じゃあるまいしとは思うのだけど。待ってくれてる信吾だけは信じられる。もう少し待っててね。
2006年10月30日
出来たら、「メビウスの輪」1から読んでくださると嬉しいです。ページの最後の「続き」をクリックすれば、次のページが読めます。良かったら、感想・アドバイスなど、コメントやBBSに書き込んでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。 幸恵からの連絡があまりない。こちらから電話かければいいのだけど、それも悔しいから、かけたくない。かといって、このまま離れてしまうのも淋しい。なんか女々しくて嫌になる。電話はなかなか通じないから、メールを送っても、返事が返ってこないからイライラする。女子高生の相手ばかりしてないで、俺の相手もしろよと言いたい。仕事を始めたばかりで余裕がないのは分かるけど、女の癖に仕事に夢中になり過ぎだよ。まあ、俺も新入社員の時は幸恵を放っておいたけどな。男と女じゃ違うんだよ。男女平等と言ったって、女は一生働く訳じゃないし、家族を養う義務もないじゃないか。俺と結婚したら、仕事なんか辞めてもらいたいが、まだそこまで収入はないか。子供が出来るまでには、収入も上がるだろうし、仕事にも飽きてるころかもしれないから、妊娠を機に辞めて欲しいものだ。人の子に構ってるより、自分の子を構えと言いたい。俺も結構、亭主関白志向かもしれないが、男の本音はそんなものじゃないか?幸恵は大人しそうに見えて、芯が強いから、俺の言うことは聞かないかもしれないけどな。ただハイハイと言うことを聞くだけの奴もつまらないから、かえって、信念を曲げさせるというのも一興だな。俺のためにどこまで妥協できるか見たいのだ。家庭に押し込めたら、不満が募るかな。家事と子育てでいいじゃないか。幸せな家庭が欲しかったんだろ。そのために俺を選んで、父親に認めてもらう為にこの会社にだって入るように勧めたんじゃないか。俺は幸恵に賭けているんだ。こんなことで挫折する気はない。早いとこ、父親に認めさせて、結婚させてもらおう。ついでに次期社長候補にもしてもらいたいとこだけど。結構大きな会社になってきたから、いつまでも同族会社というわけにはいかないかもしれない。それならそれで、重役くらいでもいいけど。そのくせ、愛人の子である啓一なんぞも入社させて、何を考えてるのか分からないな。社長は婿養子なんだから、愛人の子では後継ぎにはできないと思うが、娘の婿養子だって、血が繋がらないという意味では大して変わらないか。まずは実力を付けるしかない。営業成績では負けてはいないと思うが、あいつの愛想良さは半端じゃないからな。周りをどんどん味方にしている。客だけでなく、上司や同僚の受けもいいのだ。俺はぶっきらぼうな言い方しか出来ないし、なぜか敵を作ってしまうタイプらしい。生意気と思われがちだし、実際言うことなどききたくない。上から指示されるのが嫌いなのだ。親父にさんざん嫌味や文句を言われてきたから、同じような年の奴は見たくもない。それでも、我慢できるようにはなってきたが、内心思ってることは、やはり顔にも出るらしい。客は短時間だからなんとか誤魔化せるのだが、会社には居る時間が長いからな。啓一に営業成績が追いついたと思ったら、また段々差を付けられてきたような感じがする。すぐに挽回してやると思うが、つかみどころのないやつだからなあ。愛人の子で、顔色を伺うことに慣れているのか。俺だって、そういう点では負けてはいないと思うが。啓一が、知ってか知らずか俺に話しかけてきた。幸恵と付き合ってることは誰も知らないはずだから、ただの営業のライバルとしてだと思うが。「信吾君」ときたものだ。名前で呼ぶなんて、ギョッとした。幸恵と同じ呼び方だ。「なんだい、啓一君」とこっちも名前で言い返してやった。微塵も動ぜずに、女みたいにきれいな顔で微笑まれると、やりにくい。これで、女性客はいちころなんだろうな。「話があるんだけど、ちょっと時間いいかな。」一応俺の方が半年先輩なんだぞ、と思いながら、「いいよ、少しなら。」と余裕を見せる。「幸恵と知り合いなんだって?」いきなり単刀直入だな。なんでこいつがそんなこと知ってるんだ。それに呼び付けかよ。動揺を見せないように、声を押し殺して「同じ大学の合唱団の先輩後輩だよ。」と答えた。「それだけかい?」探るような上目遣いだ。「そうだよ。何かあるにしても、君に関係あるのか?」「一応、半分血の繋がった兄弟だからね。」「兄弟ね。幸恵はそうは思ってないみたいだけど。」つい幸恵と呼んでしまった。「幸恵と呼びつけなのかい? 先輩なのに?」「うちの合唱団は、ラフだからそう呼び合ってたんだよ。」慌てて言ったが、バレバレだな。「隠さなくてもいいよ。もう調べてあるんだから。」ニコッと笑いながら言うのが、嫌味だよな。「知ってるんだったら、最初からそう言えよ。」「君の口から聞きたかったんだよ。」「聞いてどうするんだ?」「どういうつもりで付き合ってるのかも聞きたかったんだ。」「お互い結婚するつもりでいるよ。そのためにこの会社に入ったんだ。」「それで社長にでもなるつもりかい?」「お前こそ、どういうつもりなんだ?」言葉も語気も荒くなってしまった。啓一がやけに落ち着いてるだけに悔しい。「僕はどちらでもいいんだけど、父が僕を社長にしたいらしいんだよね。」相変わらず、微笑の仮面を崩さない。「俺が邪魔というわけか?」「早い話がそうなんだけど、社長の娘婿じゃ、邪険にするわけにはいかないしね。」「お前こそ、先代の婿養子である社長の愛人の子のくせに、周りが許すものか。」俺だって、牙をむいた。「先代の祖父は、もう認知症になりかけているし、他の親戚には発言権はないよ。この会社をここまで大きくしたのは父の力だもの。」高みから見下ろすような言い方。こういう奴が一番嫌いなのだ。「もし、お前が社長になったら、俺の待遇はどうする気だ?」「難しいんだよね。副社長とかにはしてあげられないけど、平社員とは言わないから、安心してよ。」「馬鹿にするな。お前の言いなりにはならないからな。」「そんな風に反抗されると、この会社に置いておけないよ。」虫も殺さぬ顔していながら、脅すように言う。ここで逆らっても無駄かもしれない。「実力で勝負じゃないのか?」「それも、僕の方が有利じゃないかな?」涼しい顔して言ってくれる。「仕事じゃ負けないぞ。」「その意気で頑張ってよ。僕もライバルが居ないと張り合いがないからさ。時間ないんだろう。それじゃ、この辺で。」爽やかな笑顔で言われると、気が抜けてしまう。手を振って去っていく啓一の後姿を眺めながら、闘志が萎えていくのを感じた。こんな奴と張り合わなければいけないのか。「のれんに腕押し」しているようだ。それに社長が啓一を後継者と決めているのなら、いくら仕事で頑張っても、俺には勝ち目はないかもしれない。連絡もくれない幸恵のために、何をどう頑張れというのか。負けず嫌いな俺に、闘志を湧かさせない啓一は、勝負せずに勝ったようなものだな。こんな会社辞めてやろうか。でも、今更就職といっても、ここより落ちる会社しかないだろう。後悔はしたくない。ここで、出来るだけのことはする。たとえ、社長になれなくたって、幸恵と結婚さえ出来ればいいのだ。それを認めさせる為にも仕事だけは頑張らないとな。でも、目標が小さくなって、あまりやる気も出ないが。こんなときこそ、幸恵に電話してみるか。弱さを見せたくはないが、幸恵の優しい声が聞きたい。
2006年10月20日
出来たら、「メビウスの輪」1から読んでくださると嬉しいです。ページの最後の「続き」をクリックすれば、次のページが読めます。良かったら、感想・アドバイスなど、コメントやBBSに書き込んでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。 仕事に夢中になって、彼とあまり連絡とらなくなっていた。よく「仕事と恋愛どちらが大事?」と言うけど、男女が逆だよね。彼のことが嫌いになったわけではないけど、離れてても心は通じてると信じてる。そう思ってるのは私の方だけかもしれないけど。スクールカウンセラーの仕事は大変だけど、遣り甲斐がある。とても他人事とは思えないけど、自分で背負ってはいけないんだよね。客観的に見ることは難しい。つい相談者の女子高生と自分を重ねてしまうのだ。先日訪ねてきた美羽は、なぜかあれ以来やってこない。もう自分で解決できたのだろうか。私は必要とされていないのかな。その方が美羽にとってはいいはずなのに、私は自分のために、美羽に来て欲しいと思ってるのだろうか。少しでも手助けできたらいいと思ってはいるが、自分の存在意義を求めてるような気もする。それにしても、こんなんでいいのかな?この部屋はただの溜り場じゃない。私は娯楽室の管理人ではないのだ。3年の女子高生達が入り浸ってるせいで、美羽のような相談したい子が来れないのでは?と常連の子達に出て行ってと言いたい衝動に駆られるが、この子達はこの子達で、実は問題を抱えてるのかもしれない。傍目からは幸せそうな子達に見えるけど、本当に幸せだったら、こんなところにたむろしてないよね。「ねえ、相談があるんだったら、何でも乗るよ。」ダメ元で、ためしに声をかけてみる。「えー、そんなのないよ。ただ暇だから来てるだけだよ。」「それだったら悪いけど、今日はこの辺で帰ってくれないかな。もしかしたら、本当に相談したい人がくるかもしれないし。」穏やかに言ったつもりだったけど、この子達にはきつく聞こえたかも。「先生、相談したい子はこんなとこに来ないよ。本当のカウンセリングとかに行くんじゃん?」私より、この子達の方が、よっぽどきつい。「でも、なんとなく悩んでる子は、そういうこところに行きにくいんじゃないかしら?」「そうかもね。先生くらいの人の方が気楽かもね。」喜んでいいのか、悪いのか・・・。先生と言いながら、私をカウンセラーと認めていないのが分かる。「もし、何かあるんだったら、話相手になるけど?」「ないから帰るよ。帰ろ、帰ろ!」リーダー格の子が、他の子に呼びかける。気に障って、もう来ないかな。「また来ていいんだよ。」少し下手に出てみる。「いいよ。もう来ないよ。うざいな。」完全に怒らせちゃったみたい。「まあ、用が無いなら来なくてもいいけど。」私も大人気ないな。「いつでも話は聞くからね。」それでも、一応念は押しておかないと。ぞろぞろと帰る子達の最後に、こちらを振り返りながら、何か言いたそうな目をした子がいた。ドアが閉まって、足跡が消えていく。私は今までの相談に目を通そうと、引き出しから書類を出していた。突然、小さなノックの音。「すみません。」辺りをはばかるような囁き声。「どうぞ。」するりとドアをすり抜けるように入ってきたのは、やはりさっき最後に振り返っていたあの子だった。「どうしたの?」「あの・・・」下を向いたまま、口ごもっている。「何か話があるの?」「そうじゃなくて・・・。」「じゃあ何?」ちょっときつかったかな?「なんでもいいから、こっちにきて座ったら?」手招きすると、素直に来た。「どうぞ」と椅子を勧めると、手前にちょこんと腰掛けた。まるでいつでも逃げ出せる体勢を取るように。そのくせ、もう動けないという感じで、ぐったりしてるのだ。「何かあったの?」「別に・・・。」と言いながら、目はおどおどして落ち着かない。この子は、さっきのグループの子だけど、なぜか異色な雰囲気なのだ。他の子達は、明るいというより、傍若無人な感じだけど、この子だけ、私の顔色を窺っている感じ。前から気になってはいたんだよね。「何でもいいよ。話したくないなら話さなくてもいいし、話せることから話してみたら?」努めて優しく言ってみる。意を決したように「実は、いじめられてるんです。」と一気に吐き出した。「いじめられてるって、誰に?」「さっきのグループ全員から。」「どんなふうに?」「最初はパシリだけだったんだけど、このごろは、トイレで・・・」言葉が詰まってしまった。無理に聞き出しても言えないだろう。「いいんだよ。言いたくないことは言わなくても。いじめなんて、辛かったね。」そう言うと、堰が溢れたように、彼女は泣き出してしまった。私は立ち上がって、彼女の肩に手を置き、「可哀想に。でも、よく話してくれたね。もう大丈夫だよ。」と話しかけていた。しばらく泣きじゃくっていたけど、ようやく落ち着いて、話せるようになったらしい。「すみません。つい・・・」「いいのよ。泣きたいだけ泣いて。」「もう泣かないって決めてたのに。」「泣くのも心のためにはいいのよ。」「でも、泣いたら負けみたいな気がして・・・。」「勝ち負けじゃないよ。心が安らかになればいいのよ。」「そうなのかなあ。」なぜか、遠い目をして、窓の外を見た。私もつられて、同じ方を見る。「負けたくないっていう気持ちは大事だよ。こういうふうに相談しに来てくれたってことは、いじめに負けたくないからなんでしょ。」「そうですね。でも、いじめられてる事自体、もう負けてる気がする。それでもいいやと思ってたの。」「でも、泣かないって・・・。」「泣いたって、何も変わらない。泣けば、ますますいじめられるんだ。あの人たちを喜ばせるだけ。」今度は無表情になってしまった。「そう。人間は弱い動物だから、自分より弱い人間を見るといじめたくなるのよね。それでしか自分を強いと感じられないから。」つい、日ごろ思ってることを口に出してしまった。いじめを肯定してるわけじゃないけど、いじめや差別は、いつの時代でも存在するから。「そうだね。私だって、子供の頃いじめたことある。」「じゃあ、いじめる気持ちも分かるの?」「だから、抵抗しても無駄だと思ってた。私以外にターゲットが見つかるまでと我慢してきたけど、今のグループには、いそうにないんだよね。」「そう。グループを抜けるわけにはいかないの?」「そんなこと許されるわけがない。それに傍目には仲良しグループなんだ。私は単にパシリなだけ。」「それだって、十分いじめでしょう。」「どのグループにだって、パシリくらい居るさ。」だんだんこの子も、言葉遣いが悪くなっていく。地が出てきたということか。「どうして、パシリだけではなくなってきたの?」「具合の悪いときがあって、どうしてもパシリが出来ないと断ったときがあったんだ。」「そんなときも許されないの?」「学校を休めばよかったのに、無理してきたから、それほど悪いわけじゃないだろうと言われた。」「休めばよかったね。」「でも、休むと仮病じゃないかとか、不登校とか言われるんだよね。私が休むとパシリが居なくて、困るんだろうよ。」吐き捨てるように言う。「休んでも、来ても、辛いということね。」「休んで、家まで迎えに来られたときがあったんだ。母親までコロっとだまされて、優しい友達ね、だと。」「お母さんに言えば良かったのに。」「言ったって仕方ないよ。学校や先生にチクられたら、もっといじめられる。」「じゃあ、私には?」「先生は、教師じゃないからね。関係ないからいいのさ。」「ただの相談相手ということ?」「だから、担任には黙っててよ。」「じゃあ、意味がないじゃない。」「いいんだよ。吐き出したかっただけなんだから。」「私に出来ることはないの?」「今のところはね。」無力感に襲われた。私はどうしたらいいのだろうか?呆然としてる私を見て「話を聞いて、泣かせてくれただけでいいよ。」まるで私を慰めるように言ってくれた。立場が逆だな。「あいつらに何も言うなよ。これは私の問題なんだから。」「分かったわ。何かして欲しいことがあったら、言ってね。」「泣きたくなったら来るよ。」「哀しいこと言わないで。」私の方が泣きたくなってしまう。「泣いてもいいって、言ったじゃない。」「そうだね。いつでも泣きに来て。」「そんなに泣きたくないけどね。」かすかに笑ってくれた。少しは役に立てたのかな。「じゃあね。ありがとう。」その言葉が何より嬉しい。「また来てね。」「そのうちにね。」また、美羽のように、もう来ないのだろうか。そういえば、名前を聞いていなかった。「待って。名前は?」「真砂(まさ)。」「どういう字?」「真実の砂だよ。」「いい名前ね。」「そうかな。」真砂は、はにかむように言った。「先生の名前は?」初めて名前を聞かれた。「幸恵よ。」「ふーん。どんな字?」「幸せに恵まれる。」「幸せそうでいいね。」「そうでもないけど。」幸せだと思ったことはないな・・・。「名前負けか。」「そうかもね。」「私もだよ。」「真砂って、どういう意味なの?」「まさごとも読むけどね。砂浜なんかの砂みたいだよ。でも、母親は鴎外の『うたかたの記』とかこだわって付けたみたいだけどね。」「小説はよく知らないけど、お母さんの思い出なのかしら?」「そうかもね。父親とあまり仲良くないから、初恋の人との思い出とか言うんじゃない?」「素敵ね。いい名前よ。」「あんまり有難くないけどね。それじゃもう帰るね。」「気をつけてね。また何かあったら来てね。」「いつかね。」真砂はそう言って、今度は振り返らずに出て行った。大丈夫かな?またグループで来たときは、どう対応したらいいだろう。でも、あのリーダーの態度では、もう来ないかもしれない。そう願ってしまう弱い私だった。
2006年10月16日
出来たら、「メビウスの輪」1から読んでくださると嬉しいです。ページの最後の「続き」をクリックすれば、次のページが読めます。 この頃、幸恵に電話しても、仕事の話ばかりして面白くない。まあ、俺も人のことは言えないけど。いつもは話を聞いてくれるのに、カウンセラーで飽きたかな。俺も仕事が大変なんだぞ。それにアル中の父親は肝障害で入院する始末。あんな奴どうなっても構わないけど、散々な目に合ってきたはずの母親や姉まで慌てふためいて介護している。放っておけばいいのに。一応家族だからそういう訳にはいかないのだろうが、精神的虐待や暴力を受けてきた者に義務があるのか?母親もさっさと離婚していれば、こんな面倒背負わなくても良かったのに。なんて逃げ出しても連れ戻されるのがおちか。結局、父親も母親もなんやかんや言ったってお互いを必要としてたのだろう。共依存とやらかな。そして俺と姉はアダルトチルドレン。典型的なアル中一家だな。姉もうちを出たいと言いながら、出る気配はない。母に頼りにされ、父の入院でも献身的に介護してる。いい子にばかりしてると今に爆発するぞ。俺はもう優等生なんてやめた。どうせ母にも認めてもらえないのだから。俺は仕事に集中しよう。あいつは相変わらずむかつくが、気にしないことにしよう。人と比較しても仕方ない。「勝たない、負けない」だ。前の自分より成長すればいいんだよな。
2006年10月06日
出来たら、「メビウスの輪」1から読んでくださると嬉しいです。ページの最後の「続き」をクリックすれば、次のページが読めます。 出身高校のスクールカウンセラーに就職が決まった。学校に行くと懐かしいけど、もう学生ではないのだ。教師でもなく、その間を取り持つような感じ。年も近いし、悩みを打ち明けてくれるといいのだけど。最初は友達みたいに話せるといいな。なんて、ただの友達では意味がないよね。相談室は、放課後、上級生の溜り場のようになっている。部活に入ってなかったり、引退した子など、部室のような居場所がないのだ。休み時間もおしゃべりにやってくる。それ自体はいいのだが、本当に相談したい子がなかなか話せないのでは?と心配してしまう。目安箱のように、相談の手紙を入れる箱は廊下に設置してあるのだが、そこには、いつものおしゃべりの延長のようなメモばかり。でも、今日は違った。「○月○日 3時にお願いします。」というメモが入っていた。3時というと、まだ授業中。用件は書いてなかったけど、相談だと思い、待っていた。3時ピッタリにノックの音。「どうぞ」と言うと、「すみません」とおずおずと入ってきたのは、見慣れない顔で、下級生のようだ。小柄で痩せている。うつむいていたので最初顔が見えなかったが、顔を上げると、細面で、黒目がちの目が印象的な可愛い子だった。呆然と立っているので、「椅子にかけて」と促した。言われて初めて椅子に気づいたみたいにハッと見回して、椅子を引き寄せた。私とは少し距離を置きたいようだ。まだ警戒されてるよね。「今日はどうしたの?」慎重に優しく言葉を選んだ。「・・・」しばらく沈黙が続く。「言いたくなかったら、無理に言わなくてもいいよ。」蚊の鳴くような声で、「なんて言っていいか分からないんです・・・。」彼女はやっと答えた。「お名前は?」 「美羽です。」「どういう字を書くの?」「美しい羽です。」「きれいな名前ね。」やっと彼女と会話する言葉が見つかってホッとした途端、「私は嫌いです。」急に彼女は語気を荒くした。「なんで?」「フワフワと足が地に着かないみたいで・・・」また小さい声に戻ってしまった。このことと相談事は関係あるのだろうか。「そう。落ちつかないんだ・・・。」一応、彼女の気持ちを受け止めておく。「でも、天使みたいに羽で空を飛べるといいよね。」わざと能天気を装って言ってしまった。美羽はキッと私を睨んだ。いけないことを言ってしまったのだろうか。ほとんど臨床経験のない私はその目の底に何が隠されているか分からず不安になった。「先生には分からないんです。」目をそらし、横を向いてしまった。「気に障ったらごめんなさい。良かったら話してもらえると嬉しいんだけど。」「言ってもどうせ理解できないよ。」段々、言葉遣いが崩れてきた。少し地が出てきたのか。「言うだけ言ったら、すっきりするかもよ」私もタメ口になってしまう。「まあ、暇だから話してもいいけどさ」入ってきたときの様子からは想像できない変化だ。警戒心が取れてきたのかな。「美羽さん」と話しかけると、「その名前で呼ばないで!」と強い口調で言う。「じゃあなんて呼べばいいの?」「みーちゃん。小さい頃から、そう呼ばれてたんだ。羽という字が嫌いなだけなんだよ。」さすがに照れくさそうに言う。「みーちゃん」と呼ぶと、「うん?」と初めて笑って私を見てくれた。子供に帰ったような笑顔だ。本当は素直で優しい子なのだろうな。全身を覆っていた殻から、少し顔を出したようだ。私よりは素直だよ・・・。「うちに居ても、学校に居てもここに居ていいのかなと思うの。そう思うと、フッと自分が抜け出て、ここに居ないような気がするんだ。」心細そうに言う美羽。離人症かな?でも、すぐに判断しちゃいけないよね。「そうなんだ。自分がここに居ないような感じがするの?」「見えてるんだけど、なんか透明なバリアがあって、私だけ別な空間に居るような気がするの。」「幽体離脱みたいに上から見てると言う訳でもないのね。」「上からじゃないけど、自分の体には居ないような感じ。」「それはいつごろから?」「いつって、よく覚えてないけど、子供の頃から少しずつ増えてきたような気がする。」「何か嫌なことや、ショックなことはあった?」「うちは嫌なことだらけだよ」言い捨てるように言う。「何が嫌なの?」「何もかもさ」この学校はいわゆるお嬢さん学校だから、経済的には困ってないはず。私もそうだったけど、だからといって幸せとは限らない。でも、美羽の言い方は、わざと悪ぶってるようにも聞こえる。「嫌なことの一つだけでも言ってみてくれる?」「そうだなあ。帰っても誰も居ないところかな。」「高校生でも?」「小さい頃からだよ。」「お母さんはお勤めなの?」「死んだんだ。」「ごめんなさい。」「謝らなくてもいいけどね。死んだかどうかだって怪しいものだし。」「どういう意味?」「死んだって父親は言うけど、もしかしたら逃げられたのかもしれない。ここに入学するときも、戸籍は見せてもらってないんだ。」「それじゃあお父さんと二人暮らしなの?」「このごろ、我が物顔に居座ってるやつはいるけど、そんなの母親なんて認めないよ。昼間はろくに居ないし、夜だって父親が遅いと分かってれば、自分も夜遊びしてるんだ。」「そうなの。お父さんを取られたような感じがしたの?」「あんな父親なんてくれてやるけどさ。母親の形見の洋服やアクセサリーを身に着けるのは許せない。」「お母さんの物を取っておいたのね。お父さんはお母さんを愛してたのじゃない?」「だったらなんで、あんなやつに貸してやるのさ。」「ふっきろうと思ってるんじゃないのかしら。それともお母さんの面影を見てるとか?」「全然似てないよ。私には母親に似てきたな、と言うけどね・・・」今までの勢いが無くなってきた。「お母さんに似てきたみーちゃんを見てるのが辛くて、わざと似てない女性にお母さんの形見を身につけさせ、お母さんを忘れようとしてるんじゃない?」「じゃあなんであんなことまで・・・」心ここに在らずという感じで、気持ちが遠くに行ってしまった。何かを思い出してるようだ。でも、しばらくするとまた戻ってきた。「今、どうしたの?」「また、なんかここに居ない感じがした。」「何かを思い出してるようだったけど。」「思い出そうとしたら、気分がボーっとしてきたんだ。」「無理に思い出すことないわよ。」「思い出したくないことなのかも・・・」「思い出したくないなら、それでもいいのよ。」「そうだよな。嫌なことばかりなのに、これ以上嫌なことなんか思い出したくない。」「嫌なことばかりなの?」「いいことだって少しはあるかもしれないけど、忘れてしまうほど少ないんだ。」「少しでもあればいいじゃない。」「でも、今日は人とたくさん話せて、少しすっきりした。」「いつもは話さないの?」「うちでは話したくないし、学校でも暗いとみんな近寄ってこないよ。」「暗くなんかないじゃない。」「こんなに話さないからね。」「じゃあ、また話に来てね。」「気が向いたらね。」「待ってるからね。」美羽は吹っ切れたように、後ろ手を振ると、すたすたと歩き出した。おどおどと入ってきた子とは別人のようだ。少しは助けになったのかしら。役に立てたのならいいけど。でも、それは単に自己満足に過ぎないことを後で思い知らされることになる。
2006年10月04日
出来たら、「メビウスの輪」1から読んでくださると嬉しいです。ページの最後の「続き」をクリックすれば、次のページが読めます。 幸恵は、出身高校のスクールカウンセラーに内定したらしい。お嬢さん学校だから、そんなに問題ないかもしれないけど、今の女子高生はどうなんだろう。まあ、幸恵もいつまで勤めるかわからないしな。それより俺は自分の仕事をきちんとこなして認められないと。社長の愛人の息子の啓一なんかに負けるものか。何のために彼女の父親の会社に入ったのか分からなくなる。次期社長になれないまでも、重用はしてもらわないと。でも、野心丸出しでは、警戒されてしまうかも。幸恵を幸せにするために結婚したいのに、目的が逆になりそうで怖い。仕事もなんとか軌道に乗ってきたから、焦ることはないのかもしれないが、また啓一に追い抜かされそうで、気持ちに余裕がない。幸恵とデートする時間もないし、メールや電話もなかなかできない。「仕事と私どっちが大事?」なんてこと言う女じゃないけど、あまり放っておいてもなあ。彼女も就職先が決まり、心理の修士論文を書いてて忙しいから、お互い様か。それにしても、俺にこの会社に就職して、結婚を父親に認めてもらいたいと言ってたくせに、このごろはそんなこと言わない。自分の勉強や仕事のことで頭が一杯なのだろうが、一体どうなっているんだろうか。このまま離れていっても仕方ないということか。俺の人生はどうなるんだ。もっと大手に就職できたんじゃないかと思ってしまう。まあ、ここで伸し上がればいいことだよな。とにかく今はお互い自分の足元を固めるしかないか。二人で向き合うのではなく、同じ方向を向いていればいいのだから。それにしても、彼女も物好きだよな。自分自身がアダルトチルドレンだというのに、人の悩みまで聴こうなんて。そんなに背負いきれるものなのか。俺だったらとてもごめんだな。自分と彼女だけで精一杯だ。彼女のほうが話を聴いてくれたけど、俺も彼女の家の事情は知っている。だからこそ、二人で幸せな家庭が築きたいのだ。いつまでも、仕事で足止め食ってては、結婚なんて先の先だな。一人前になってからと思うと、彼女を待たせることになる。ひとつ年上だし、いいとこのお嬢さんだから、見合いの話とかもあるだろう。断ってくれるとは思うけど。俺にまで話があるくらいだからな。取引先の社長に気に入られて、娘をどうかと言う。この会社より大きい会社だ。天秤にかけたりして・・・。でも会ったこともない女性と結婚する気にはなれない。たとえ幸恵が社長の娘でなくても、俺は結婚したいと思う。逆玉狙いのわけではない。まあ、両方手に入るのは悪くないけど。いつになったら、幸恵も許してくれるのか。忙しくてそれどころではないが、逢えばやはり抱きたくなる。許してくれないのなら、逢わなくてもいいかなどとも思ってしまうのだ。それでも、時々無性に会いたくなる。そんな時、メールや電話をするのだが、なかなか返事が来なかったり、出なかったりする。ますます想いが募るから、しないようにしようなんても思ってしまう。ますます離れてしまうじゃないか。俺の方が彼女より想ってるのではと思うと、悔しいが仕方ない。俺から申し込んだんだしな。こんなんじゃ結婚しても同じかな。俺は親から愛されなかったせいか、彼女からも愛されてるという自信が持てない。だから、愛されてる証拠が欲しいと思ってしまう。でも、今の彼女にそれを求めても無駄だろう。彼女も今は余裕がないからな。一生懸命はいいけど、視野が狭いのだ。カウンセラーになれば、きっと女子高生のために必死になってしまうのだろう。男子学生がいなくて良かった。大学のときも、パートリーダーをやってたからか、脳貧血で倒れるまで歌ってしまう。録音してた時、中断されたことがあった。途中で座るなりすればよかったのに。一途で可愛いけど、怖い面もある。清姫みたいだよな。俺に夢中になってくれる分にはいいけど、そんなに愛されてるとは思えない。幸恵は感情表現を抑えているのだろうか。何を考えているのから分からないところがある。人前では決して甘えないし、冷たいくらいだ。そのくせ、二人になると甘えてくるから戸惑ってしまう。それで許さないのは酷だよな。猫のようにするりと身をかわして逃げてしまう。なんかトラウマでもあるのかな。俺だけではないみたいだから。問い詰めても話はしないだろう。まだ殻を身につけているから。いつになったら、俺に身も心も許してくれるのか。 ご感想、アドバイスいただけると嬉しいです。BBSやメッセに、どうかよろしくお願いいたします。
2006年09月20日
出来たら、「メビウスの輪」1から読んでくださると嬉しいです。ページの最後の「続き」をクリックすれば、次のページが読めます。 俺は大学を卒業して、幸恵の父親の会社に就職した。もちろん、実力で入ったのだと思う。仕事でも実力を認めてもらえれば、婿にも社長にもなれるかもしれない。これは一種の賭けだな。彼女は好きだけど、仕事は一生ものだ。結構成績も良かったし、面接も得意だから、もっと大手に入れたのではとも思うけど、入れたとしても、なかなか出世できないかもしれない。この会社なら社長になれるかもという打算もあった。もちろん彼女と結婚したいがためだが。それも、仕事の出来具合を見てからと言うことか。新入社員に何が出来るというのだ。研修も一応あったが、実践に役に立つかどうか。俺は営業に配属されて、先輩と一緒に得意先回りだ。頭を下げてお願いばかりで、嫌になる。夜も休日も接待で、プライベートの時間がろくにない。彼女ともなかなかデートも出来ない。メールや電話は時々するが、気持ちの余裕がないから、ついぶっきらぼうになってしまう。彼女は大学院でまだ勉強中。この頃冷たいと言うけれど、社会人と学生とは違うのだ。俺だって、本当は大学院にも行きたかったが、そんな経済的余裕はない。早く働いて、家を出る資金を貯めないと。少しは家計にも入れているが。お嬢さんにはそんな苦労は分からない。デートでも俺のおごりを当然だと思ってる。まあ、割り勘と言うのも嫌だけど。早く結婚して、落ち着きたい。どうすれば認めてもらえるのか焦ってしまう。それなのに、気に食わないやつが来たから、ますますイライラしてしまった。そいつは幸恵の父親の愛人の息子である啓一だ。それこそ、コネだろう。他の会社は皆落ちたのか、辞めたのか、俺と同い年なのに、中途入社してきて、同じ営業部に配属。競わせるつもりなのか。頭も悪そうだし、態度も偉そうだ。そんなやつに営業なんて出来るものかと思ったのに、客の前では平気で頭を下げられるのだ。特に女性客にはホストのようだ。プライドがないのか。父親の知り合いか知らないが、金持ちの個人客を取ってくるし、いきなりトップになりやがった。部長はちやほやするし、やっていられない。こっちは未だに先輩のパシリだというのに。かといって、俺一人で回っても客を取れるかどうか・・・。勉強はやれば出来たが、仕事はそうはいかない。相手に合わせてやらなければいけないんだよな。頭では分かっていても、なかなか出来ないのだ。偉そうな年配の客には、俺の父親とダブって反発してしまう。心情が顔につい出てしまうから、生意気だと言われる。今まで、勉強でもスポーツでも歌でも、人より劣ったことはないのに、悔しい。こんなことでは、社長はおろか、幸恵と結婚も出来なくなってしまう。焦れば焦るほど空回りして、ストレスが溜まる。企画書や説明は、結構上手く出来るのだ。だが、いざ商談となると、失敗してしまう。先輩に任せておけばいいのかもしれないが、つい口出しして、客にも先輩にも嫌がられる。かといって何も言わないでいると、蚊帳の外にいるようで辛い。もう半年たったのだから、独り立ちしろと言われた。こんな状態で出来るのだろうか。自信はないが、やるしかない。啓一はもう先に行っているのだ。人と比べても仕方ないが、頭から離れない。幸恵の父親は啓一を社長にするつもりなのか。それならそれでも構わないが、俺は何のためにこの会社に入ったのか。社長になるためか、幸恵と結婚するためか。このまま負け犬にはなりたくない。仕事もこれからが勝負だ。また一から新規開拓をしよう。頭を下げることを嫌がってたら仕事にならない。後で見返してやると思えば、今は仕方ない。開き直って、仕事に集中していたら、いつのまにか営業成績も上がってきた。今まで回っていた得意先から、少しずつ注文が来るようになったのだ。「生意気だと思っていたけど、お前も段々社会人らしくなってきたな」と言われた。接待でもお世辞が言えるようになってきたのだ。プライドを捨てはしないが、ポケットにしまっておく。今に取り出せるように。啓一にはまだ及ばないが、少しずつ追い上げてきた。また、啓一もコネが尽きてきたのか、段々成績が落ちてきた。ざまあみろ。啓一自身の実力じゃなかったんだな。俺はコネなどないから、実力でやるしかないんだ。それなのに、部長が「得意先を啓一に一部譲ってやれ」と言ってきた。冗談じゃない。先輩と回ったり、一人で開拓して、やっとつかんだ得意先だ。でも、「啓一は先輩にもつかず、得意先もなかった」と言われ、仕方なく、先輩と回った得意先だけ譲った。俺が開拓した得意先は譲るものか。これからが本当の勝負だ。同じ条件から始めるのだから。それでも、俺の方が不利だとは思うけど、そんなもの跳ね返してやる。少しは自信もついてきた。まずは、朝駆け・夜駆けで、新規開拓。顔を覚えてもらったら、相手の興味のありそうな話題で釣る。その前に受付嬢などから情報を得ておくのだ。受付嬢にも愛想を振りまかなくてはいけなし、まるでホストだよな。啓一のことは言えない。こんなこと幸恵に言ったら怒るだろうな。「私のことは放っておいてるくせに」って。大人しそうに見えて、結構気が強いんだ。淋しがり屋で、甘えん坊で可愛いけどな。親に構われなかったせいか、俺に構って欲しいらしい。さすがに学生時代みたいなわけにはいかない。幸恵はまだ学生だからこの忙しさは分からないんだ。大学院なんか行ってどうするつもりなんだ。結婚すればうちに入るのかと思ってたけど、俺の給料じゃまだ養えないかも。でも、心理学なんて就職があるのか。お嬢さんの考えることは理解できないな。信吾は、父の会社に就職してくれた。でも、仕事に忙しくて逢う暇もない。淋しいけど、仕方ないかな。心身共に疲れてるみたいで心配だ。父の愛人の息子、啓一まで入社して営業に入ったから、ますますストレスみたい。でも、仕事はなんとかこなせるようになってきたらしいから、少し安心した。あのままでは、啓一に社長の座を取られてしまうかなと思ったから。もし、社長になれなくても、結婚できればいいと思ってしまう。まあ、私もそろそろ自分の就職のことを考えないと。まだ結婚は出来そうにないし、しても、共稼ぎしないとやっていけないから。親の援助は受けたくない。でも、大学院まで行っても、心理学ではなかなか就職先が無い。病院勤務のカウンセラーより、スクールカウンセラーになりたいと思ってる。この頃、募集が増えてきてるから、もしかしたら大丈夫かも。教授の推薦で、私立の女子高に面接に行った。私の出身校でもあるお嬢さん学校だ。ミッションで、規律も厳しいし、風紀は悪くない。でも、私が在学してころよりは乱れてきたな。私のころは、肩より髪が長い子は結ぶか三つ編みだった。今は、ただ結ぶだけ。まあ、時代が変わったのだろうけど。私も年取ったみたい。相談室は用意されてるけど、今は病院のカウンセラーが月に何度か出張してくるだけ。常勤のカウンセラーが欲しいらしい。それも私のように身元のしっかりしたお嬢さんがいいと言う。親や学校さえ良ければ、中身もいいとは限らないよ。私みたいにアダルトチルドレンで、自分の方こそカウンセリング受けた方がいいのも居る。セルフカウンセリングや、練習のカウンセリングは受けたけどね。そこでも本音は話せなかった。カウンセラーには不適格だと言われるのが怖かった。でも、実際には自分も心の傷があるからこそ、カウンセラー志望という人は多いらしい。自分もそうだから、理解してあげられると思うのだ。受け入れる余裕があるかどうかは別として。受容しなければと思うだが、心が一杯になってしまう。私には不向きなのかとも思うけど、病的な心理に興味があるのだ。異常心理や犯罪心理も知りたい。自分にもそんな心理が隠されてる感じがする。どんどん近づいてしまいそうで怖い。だから、普通の高校生くらいの心理の方が私にとっては安全かと思ってしまう。まあ、この頃は高校生も親殺しとか、犯罪にかかわったりするけどね。私にも心情が理解できるだけに他人事とは思えない。止めることが出来るのだろうか。せめて話を聞いて、発散させてあげたい。私も聞いて欲しかったのだから。信吾とはお互いの家庭環境のことを話し合った。ただ、父に性的虐待を受けたことだけは言えなかった。記憶が定かではないということと、彼との関係が壊れてしまいそうな不安があったから。私は信吾に「最後の一線を許さないのは、もし妊娠したとき、産みたいから」と言ってある。「中絶したり、中途半端に出産して、不幸にしたくないから」と。信吾も不幸な子供は作るまいと思って我慢してくれてるらしい。もう信吾は就職したから、出来ちゃった結婚だっていいけど、私も仕事をしてみたいからな。この仕事が決まれば、産休も取れる。育休も短期間なら取れるだろう。本当は出産したら仕事を辞めた方がいいのかもしれない。でも、子供のせいで辞めたと恨みたくない。同じ外出でも遊びと仕事では違うよね。母も仕事で家を空けるのなら、私も納得できたのに。とにかく信吾も仕事頑張ってるのだから、私も勉強に就職頑張ろう。決まったら、女子高生の力になれるよう努力しよう。私のような不幸な少女時代を過ごさないように。 ご感想、アドバイスいただけると嬉しいです。BBSやメッセに、どうかよろしくお願いいたします。
2006年09月13日
出来たら、「メビウスの輪」1から読んでくださると嬉しいです。ページの最後の「続き」をクリックすれば、次のページが読めます。 幸恵とは結婚したいが、養子には入りたくない。ましてや、彼女の父親の会社に入るなんて。たとえ、次期社長を譲ってくれると父親は言っても、娘婿だからとなったと周囲から言われるだけだ。せっかくここまで自分の力でやってきたのに。かといって、彼女を諦めたくはない。でも、実力で勝ち取ったと認められるくらい頑張ってみればいいのかもしれない。それでも何かと言われるかもしれないが、自分や父親が納得できればそれでいいか。まずは試してみよう。彼女の父親も俺の実力を見てから、結婚も仕事も認めるということなのだろう。いくら娘婿でも馬鹿には会社を任せられないからな。そうと決まれば、まずは勉強か。試験や卒論をちゃんとやって、有無を言わせない成績を取って卒業しよう。就職試験もコネだと言われないよう、実力で受かってやる。まあ、あの程度の会社なら、それほどの人材は集まらないと思うけど、不景気だから分からないな。大手に入りたいと思っていたけど、そこで伸し上るには相当な努力が必要だ。それをあの会社でやれば、社長にだってなれるかもしれない。でも、家庭は犠牲にしたくないな。なんのために彼女と結婚するのか分からなくなってしまう。ただ、仕事のときは彼女や家庭のことは忘れなければ。彼女も子供が出来れば淋しくはないだろう。まずは、勉強と仕事に精を出さないと、家族も幸せに出来ないよな。高い山を登るような気分だ。制覇すれば、外界を見下ろせる。底辺をうごめいていた俺にもチャンスかな。彼女と会社、両方手に入れてみせる。そして、温かい家庭もな。 私はアダルトチルドレンなのだろうか?なんて診断されたわけでもないのに、本を読んで勝手に自己診断している。まあそんなふうに親のせいにする人が多いので、困った風潮だとも言われてるけど、仕方ないじゃないよね。私は、親の影響もあるとは思うけど、自分自身の性格もあるかもしれない。それも遺伝・環境共に親のせいか・・・。でも、親だけの責任にして逃げたくない。社会の責任と言ってるのと同じような感じ。親のせいでこうなったからといって、いつまでも、このままでは嫌。過去も他人も変えられないのなら、自分が変わるしかない。あんな親にはなりたくないのだ。反面教師にしてやると思いつつ、真似してるところがあるみたいで情けなくなる。お金に執着しないつもりだったのに、生活のためには、やはりある程度は必要だ。地位も名誉も要らないと思ってたのに、彼のためにも、子供のためにもあまり惨めな生活はしたくない。何より自分自身が耐えられない。見栄っ張りの両親を軽蔑してたのに。でも、子供に愛情をそそげない親にだけはなるまい。父親は小さいころ、性的虐待をしたような・・・。でも、うっすらとした記憶しかないから、夢のようにも思える。被害妄想なのかしら。でも、拒絶してから、家に帰ってこなかった記憶もある。私が原因なのかと悩んだ覚えがあるから。母は知ってたのか、育児放棄してきた。お金と物だけは与えていたけど、愛情がないから、心は満たされない。外出ばかりで家に居ないし。小さいころはお手伝いさんも居たけど、かえって構われるのが嫌だった。独りで留守番できると断ってしまったくらい。母は家事も嫌いだから、私が代わりにやったりした。お手伝いさんを辞めさせてしまったのだし。まるでシンデレラだよね。あの童話も実は継母ではなく、実母だという話もある。白雪姫もそうらしい。実母ではあまりにも可哀想だということか。シンデレラも白雪姫も立派なアダルトチルドレンだよね。私も、悲劇のヒロインに酔っているのか。でも、彼が王子だと信じたい。待つだけではなく、私からも歩み寄る。彼に就職や結婚のことを言ったら、戸惑ってたけど、納得してくれたみたい。父や周囲に認めてもらうために頑張ると言ってくれた。負けず嫌いだから、娘婿で社長になったとは言われたくないらしい。それくらいじゃないと困るよね。彼は、本来の意味のアダルトチルドレンらしい。お父さんがアル中で、暴力も振るわれたみたい。私より辛かっただろうとも思うけど、精神的虐待も結構辛いよ。あんな家庭は家庭とは言えない。単なる家で箱物だよ。両親とも家には居ないし、たまに帰ってきたって、表面的な会話しかしない。父など、私と何を話していいか分からないほどだ。もともと愛人宅に入り浸っているし、あちらにも子供がいるらしい。認知してるかどうかは分からないけど。私もひとりっ子ではないということか。彼の社長の座も安泰ではないかしら。もし、あっちに息子が居たら、その子に継がせるとか?でも、父も婿養子だったから、そんなことは許されないだろう。離婚だって出来ないのだから。祖父が生きていれば、こんな状態だって許されなかったはずなのに。母は自社株を大量に持ってるから安心してるのだろうか。遊び歩いて、自分も愛人を持って・・・。二人とも私を放っておいて、いいご身分よね。たとえ、彼が継がないとしても、愛人の子には継がせない。私が許さないわ。なんて母みたいになってきちゃった。そうはなりたくないと思ってきたのに・・・。 ご感想、アドバイスいただけると嬉しいです。BBSやメッセに、どうかよろしくお願いいたします。
2006年09月12日
出来たら、「メビウスの輪」1から読んでくださると嬉しいです。ページの最後の「続き」をクリックすれば、次のページが読めます。 信吾さんと付き合うようになって、少し変われたように思う。今まで自分に自信が持てなくて、おどおどしていたのに、彼に愛されてると思うと嬉しくて、明るく振舞えるようになった。親からも愛されない子だったから、存在価値が見出せなかったのだ。今はとても幸せ。満ち足りた気分。でも、時々やはり不安になる。この幸せがいつまで続くのか・・・。彼に愛されなくなったらどうしよう。もしかしたら愛されてると思うことさえ、錯覚なのかも。でも、この愛を信じなければ、立ってはいられない。つっかえ棒のように支えてくれてるのだ。弱い自分が嫌い。でも、なかなか変われない。彼だって、それほど強いわけではないと思う。人間は誰だって弱いものだもの。それでも、少なくとも私よりは強いかな。弱さを見せない分、辛いとは思うけど。私も弱みを見せたくない。でも、彼になら、分かって欲しいと思ってしまう。弱さをさらけ出して、甘えたい。でも、重荷になってしまうよね。寄りかかるわけにはいかないのだ。自分で自分を抱きしめてる。孤独から救って欲しいと願ってる。温かい家庭が欲しいと願うのも、この孤独から逃れたいと思うからだ。今だって、家族はあるけど、家庭はなかった。愛人宅に入り浸り、うちに寄り付かない父と、遊び歩いてる母。一人っ子だから、兄弟も居ない。大きな家に独り残され、いくらお金やおもちゃをあてがわれても嬉しくなんかなかった。そんなとき、彼は初めて出会った愛せて、愛してくれる人だった。以前はどちらか一方だったから。私が愛しても愛してくれず、愛されても愛せない。お互いに愛し合えるというのは貴重なのだ。そんな宝物のような愛を大切にしたい。彼となら、愛を育てて、家庭も持てるかしら。でも、彼は家庭環境も、経済的にもあまり恵まれてないらしい。父が許してくれるかしら。一人娘だから、婿を取って、会社の跡を継がせると言ってるから。彼は長男だけど、お姉さんが居るらしい。継ぐ家業もないようだし、もしかしたら婿に入ってくれないかな。虫のいい願いだよね。でも、彼なら優秀だし、父も気に入りそう。彼や彼のご両親が承諾してくれれば、あり得ない話ではないかしら。卒業や就職もまだなのに、こんなこと考えてても仕方ないよね。でも、就職なら父の会社にして欲しい。なんて、彼はもったいないか。将来、社長が約束されてればいいかしら。そのために結婚されるのも嫌だけど。ささやかでも温かい家庭が欲しいと思っていたのに、贅沢に慣れた私には、貧しい暮らしができるかどうか自信がなくなってきた。そのために彼を恨みたくなどはない。許されなければ、駆け落ちという手もあるけど、なるべく祝福されて結婚したいな。愛だけでも、お金だけでも、生きてはいけないのは分かってるから、両方欲しいなんて思ってしまう。欲張りなのかな。父から愛情を受けなかった分、せめてお金くらい受け取りたい。母の分までね。母も可哀想な人だ。いくら贅沢したって、遊んだって、父は意に介していない。それどころか、母はそれで満足してるのだろうとますます、ないがしろにするのだ。母はそれに気づいていない。腹いせのつもりでやってるのだろうけど、私から見れば、かえって惨めだ。それでも、私もその真似をするしかないのか。お金で愛情が買えない代わりに愛情の埋め合わせにお金をもらう。それでしか父に復讐できない。母を反面教師にしたかったのに、私は母を超えることは出来ないのか。でも、彼と幸せな家庭を築いて、父や母に見せつけてやる。あなた達が得られなかったものを私は手に入れたのだと誇りたい。彼とならそれが出来ると信じてる。お金や地位に振り回されない人だと思うから。財産目当てで、私に近づいたのではないと信じているから。彼に話してみようかしら。その前に父に言ってみるか。なかなかうちには帰ってこないし、話す機会もないなあ。愛人宅に行くのも嫌だから、会社に行くしかないか。仕事の邪魔するのも恐縮だけど、たまには娘の話も聞いて欲しいよね。いざとなったら、昔の性的虐待も交換条件になるかしら。私って、こんなに強かったのかな。彼と一緒になるためなら何でもするわ。かといって、無一文で放り出されるのは嫌。両方手に入れたいのだ。まだ、彼からプロポーズもされてないのに、気が早いよね。でも、彼には結婚するまでというか、子供を生める状況になるまで、最後の一線は許さないと言ってるから、結婚も考えてくれてるのだろう。せめて就職してくれなければ、出来ちゃった結婚も出来ない。どうせ、就職するのなら、父の会社にと勧めるには、やはり先に父に話をつけないと。とにかく会社に行ってみよう。父は黙って話を聞いていたけど、「考えておく」と言ったきり、仕事に戻ってしまった。本当に考えてくれるのだろうか。まずは新入社員として雇い、彼の性格や仕事ぶりを見るのだろうな。彼なら大丈夫だとは思うけど。彼だって、最初から優遇されたら、居心地悪いだろう。実力を認められたい人だし、人一倍負けず嫌いだからな。合唱だって、初心者なのに、ボイストレーニングは、運動部仕込みの筋力でやってのけ、歌は人の何倍も練習して、パートリーダーにもなった。成績だって優秀だし、体力もある。何より、根性があるし、肝が据わってる。これなら、社長の椅子に座っても大丈夫と私が太鼓判を押してしまう。父が認めるかどうかは、やってみないと分からないけど。とにかくまずは父の会社に入って、認められることが先決かな。彼にもそう頼んでみよう。もし私と結婚したいのならお願いと。嫌だと言われたら仕方ないけど、諦めよう。彼の将来を棒に振らせるわけにはいかない。彼ならもっと大きな会社に就職できるのだから。それでも、私を選んでくれたら嬉しい。私は彼にどこまでも付いていくわ。
2006年09月10日
出来たら、「メビウスの輪」1から読んでくださると嬉しいです。 俺は、今まで父親の顔色ばかり気にして生きてきた。母も姉もそうだったから、それが当たり前になっていたのだ。機嫌が悪くなると暴力を振るうから、事前に察知しようと、注意して見てしまう。母達がそうしてるのは軽蔑するくせに、自分も同じことをしているのだ。早く家を出たいと思っていた。でも、大学生のうちは、いくらバイトしても生活費にはならない。せいぜいバイト代の一部を渡して、居候ではないと主張してるだけだ。社会人になればこんな家出て行ってやる。それにはちゃんと就職しないとな。成績は悪くないと思う。ただ、彼女につられて、合唱団に入ってしまったから、体育会系より少し就職が不利かも。でも、練習で勉強があまり出来ないかもしれないから、プラスマイナス0かな。とにかく彼女に出会って、俺は考え方が変わったのだ。母でさえ、無条件には愛してくれなかった。彼女はまるで無償の愛のように優しく俺を見つめてくれる。そんな愛があるのか信じられないけど・・・。それに比べ、母は父から守ってくれる盾として、俺を頼りにしているのか、それとも人身御供なのか・・・。以前は、母や姉にも暴力を振るっていたが、俺が止めると、俺に暴力が集中してきた。しかし、今は腕力では俺にかなわないと知ると、今度は嫌味攻撃だ。「バイト代を家に入れてもらうのはありがたいが、これっぽっちじゃ、足しにはならないんだよな。」と言う。「じゃあ入れないよ」と言うと、「ないよりましだからもらっておくよ」と言う。養ってやってるという傲慢さが許せない。母も一時期働いていたが、「家事や育児に支障のない程度に働け」と言われ、辞めてしまった。協力もなく、文句言われるだけなら、やらないほうがましと言うわけだ。それに確かにパートでは大した金にはならない。赤字はボーナスや、父が親からもらった遺産で補填してるらしい。姉はもう卒業して働いてるというのに、家には一切金を入れない。その代わり、結婚資金は自分で貯めると言うのだ。それは賢明かもしれないな。うちに入れたって、どうせ結婚資金なんて出してやくれないさ。俺もそうしようかと思ったが、あてつけの意味もあって、今は少し入れている。全部入れても、嫌味は変わらないだろう。社会人になったら、家を出て独立する。そして出来たら彼女と結婚したい。まだそんな段階ではないけど、俺の中ではそれが夢なのだ。彼女はいいうちのお嬢さんだから、許してはもらえないかもしれないな。でも、彼女も不幸な家庭環境らしいから、早くうちを出たいと思ってるはず。いざとなったら、駆け落ちでもと思うが、なるべく許可は得たいな。こんなこと考えても、取らぬ狸の皮算用だな。彼女の心が揺れてるのがなんとなく分かる。俺と本当に付き合っていいものか迷ってる。俺を信じて欲しいと言いたいが、自分に自信がないから言いにくい。愛されてこなかったからなのか。彼女に愛されれば自信が生まれてくると思う。その前には俺が彼女を誠心誠意愛さなくては。彼女もあまり愛されたことがないのかも。少なくとも両親には。お互い親の愛情には恵まれなくても、これから新しい家庭を築けばいいんだよな。つい発想がそこへ行ってしまう・・・。よっぽど温かい家庭が欲しいんだな。
2006年09月09日
出来たら、「メビウスの輪」1から読んでくださると嬉しいです。 信吾君はいい人だと思う。でも、なかなか心を許せない。私の殻と彼の殻がぶつかりあうのだ。お互い心のうちを見せまいと隠し持っている。傷に触れられるのが怖いのだろう。私が触れられると身を固くしてしまうのと同じように彼が心を閉ざしているのが分かる。メールで少し話しやすいのは、距離を保てるからだろうか。そばに居ると温かいのに、その温かさに慣れて甘えてしまうのが怖い。もし離れてしまったらと思ってしまうのだ。孤独に慣れなければと言い聞かせてしまう。今まで、心を許そうとしても、分かり合えずに去っていった人達。彼はそうではないと信じたいけど、また裏切られるのが怖い。独りになっても立っていられるように強くなりたい。でも、そんな人間じゃないことは自分が一番分かってる。誰かに寄りかかりたいと思ってしまう。でも、その人が居なくなったら、倒れてしまうのだ。どうしたらいいのか分からない。このまま拒否し続けて、独りで生きていくのか、受け入れて、救いを求めるのか。でも、そんなこと人間にではなく神にしか求められないよね。人間は弱いものだから、心は変わっていってしまう。信じても裏切られるのなら、最初から信じなければいい。自分さえ信じられないのだから。私は神を求めていたけど、それだけでは癒されなかった。やはり誰かに愛して欲しい。人間を愛したい。矛盾してるけど、そうなのだ。彼を愛してしまおうか。愛されたいと願う気持ちは愛なのか?自分で自分の気持ちがよくわからないけど、彼には本当の私を分かって欲しい。彼のことも、もっと知りたい。殻を壊してしまいたいな。私のだけでなく、彼の殻も・・・。
2006年08月30日
出来たら、「メビウスの輪」1から読んでくださると嬉しいです。 とうとう彼女とデートして、つきあってもらえることになった。勇気を出して「好きだ」と言ったら、「好きになりそう」と言ってくれたのだ。それでも、なかなか進展はしないけど、あせらず少しずつ深めていこう。東山魁偉展を見に行って、感性が同じだなと思った。青が好きで、自然に溶け込みたいと感じてること。手をつなぎながら、心もつながってると思った。彼女は触れられるのが苦手なようだ。警戒してるのかな。でも、拒否されなかっただけいいかもしれない。右手を使うときは、左手に彼女の手を持ち替えて、離さないようにした。離してしまったら、もう二度とつかめないような気がして。そのくせ「好きだ」と言う前に、強く握り過ぎて、泣きそうな顔をしたから、思わず離してしまった。愛しいと思ったから。でも、「好きになりそう」と言ってくれたので、また手を握りなおしたのだ。手をつなぐだけでもいい。そんなふうに思えるなんて初めてだ。今までは、女性の方が積極的で、そういう関係になったら冷めてしまった。もともとそれほど好きになったことはない。親の不仲を見ていたせいか、あまり愛を信じてないのだ。でも、彼女は違うと信じたい。彼女も家庭環境が複雑なようだけど、その割には素直な感じがする。おっとりとしてるというか、お嬢さんぽいよな。このまま大人しくつきあっていれば、いつかは許してくれるのかな。いろんな話をしたいと思う。彼女の体ではなく、心をもっと知りたい。こんな風に思えるのが嬉しいかも。なんか隠してるような感じがするんだ。でも、踏み込んではいけないし、そこも心を溶かしながら聴くしかないのかな。練習日以外はなかなか逢えないから、メルアドを教えてもらって、メールをすることにした。彼女はなぜかメールになると饒舌なのだ。普段口に出さないようにしているからなのか。恥ずかしがり屋かと思ったら、結構、淋しがり屋の甘えん坊なんだよな。俺を頼ってくれてるのは嬉しい。どっちが年上か分からない。俺の話も黙って聴いてくれるし、素直に従ってくれることもある。どこまで要求していいのか分からないところもあるけど、無理を言っても聞きそうで、可哀想かな。 童女のような素直さと慈母のような温かさ。でも雪女のような冷たさも隠し持っているような気がする。不思議な女性なんだ。メールではいろんなことを話すくせに、逢うとあまりしゃべらなくなってしまう。俺の目を見て、話を聞いてくれるから、どんどん自分のことを話してしまう。吸い込まれるような感じだ。手を握って、引き寄せると逆らわない。でも、体が震えてるのが分かるから、つい控えてしまうのだ。
2006年08月28日
出来たら、「メビウスの輪」1から読んでくださると嬉しいです。 信吾君に美術展に誘われて、ドキッとした。なんで、私の好きな画家を知ってるの?東山魁偉は以前からいいと思っていたのよね。でも、いくら好きな画家でも、嫌いな人とは見に行かない。彼となら行ってもいいかなと思ってしまった。彼に見つめられると、吸い込まれそうで、ついうつむいてしまう。私は大人しく見られるけど、結構芯は強いつもり。というより殻が固いのかも。軽々しく返事したくはないけど、思わず「私で良ければ・・・」と言ってしまった。待ち合わせの時間より少し早めに行ったのに、もう彼は来ていた。いつから来ていたのだろう。待ってる姿を見たら、胸が苦しくなった。駆け寄りたい衝動にかられたけど、抑えて、わざとゆっくり歩いた。手を振って迎えてくれる彼。私もつられて応えてしまった。勿体つけてるわけではないけど、なかなか飛び込めない私。「待たせちゃった?」「今来たところだよ。」気を遣わせないように言ってくれたのか。彼の優しさが嬉しい。「じゃあ、行こうか。」「うん。」さりげなく私の手を取って、包み込む。触れられるのは苦手だけど、なぜか嫌じゃない。私の方が年上なのに、いたわってくれてるみたい。守られてるように感じてしまう。「東山魁偉って、知ってる?」「好きな画家よ。」声が柔らかいからかな。温かい感じがするのだ。私も穏やかな気持ちになれる。「東山魁偉が好きだから、来てくれたの?」「それだけじゃないけど・・・。あなたこそ、どうして私を誘ったの?」私が新歓コンパで介抱したから、そのお礼?」あまり期待しちゃいけないと思うけど、好意を持ってくれているんだろうとは思う。「お礼なんかじゃない。」急に強く言われてビクッとした。彼はまっすぐに私を見つめるのだ。目を伏せたけど、追いかけてくる。握った手に力がこもって痛い。私が泣きそうな顔で見上げると、手を離してくれた。「ごめん、驚かせて。でも、好きなんだ。」真剣に言ってくれた彼の顔が忘れられない。「ありがとう。」思わずそう言ったけど、他にどう言っていいかわからなかった。私も彼のこと嫌いじゃない。というより好きだけど、そう言ったら、つき合うことになるかもしれない。以前つきあった時の苦い思い出。男性恐怖症とまではいかないけど、触れられることが怖いのだ。でもなぜか彼に手を握られても怖くはなかった。もしかして彼とならつきあえるのかも、と思っていたら、「私も好きになりそう・・・」と言ってしまっていた。
2006年08月27日
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