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出来たら、「メビウスの輪」1から読んでくださると嬉しいです。 彼女が俺に振り向いてくれるにはどうしたらいいだろう。サークルの後輩なんて、恋愛の対象じゃないかな。それでも、ただ見てるだけでは嫌だ。アプローチして駄目だったら諦めもつくけど。ただ警戒心が強そうだから、あんまり強引に近づいてもなあ。家庭環境に恵まれてないみたいなことを先輩の女性と話していたのを聞いてしまった。「だから、ささやかでも幸せな家庭が欲しい」とか。いいとこのお嬢さんという感じだけど、影が薄いというか、控えめだよな。俺には身分不相応かもしれないけど、学生のうちの恋愛なら、いいじゃないか。結婚まで考えると確かに家の釣り合いも考えないといけないかもしれないが。彼女となら結婚してもいいかな。なに、付き合ってもいないうちから、そんなこと考えてるんだよ。とにかくまずは友達にならないと。先輩、後輩では友達とは言わないか。それでも、最初から付き合ってくださいと言っても、ますます距離を置かれてしまいそうだし、どうしたらいいんだろう。新歓コンパじゃ、みっともないとこ見せてるから、もう飲みになんて誘えないし。まあ、お茶とか食事に誘えばいいんだよな。それとも映画とか、遊園地とか。なんか、こんなに戸惑ったことはないなあ。高校時代は申し込まれて付き合ったこともあるけど、両親の不仲を見てるから、結婚や恋愛なんてと思っていたんだ。相手によるのかもしれないな。彼女ならもしかして、とか思ってしまう。思い切って声をかけてみようか。美術展なら安いし、気楽に行ってくれるかな。大好きな東山魁夷展が近くの美術館で催されてたから、行ってみたいと思ってた。高校の国語の教科書の表紙になってた絵を見てから好きになったのだ。彼女も気に入ってくれるだろうか。券を二枚買って、サークルの帰りに誘ってみた。「良かったら、東山魁夷展に一緒に行きませんか?」我ながら、ぎこちない誘い方だったが、彼女はハッと目を上げて、俺を見つめた。「私で良ければ・・・」と、か細い声で言いながら、目を伏せた顔が震えたように見えた。彼女との初めてのデート。楽しみだけど、不安だなあ。
2006年08月22日
先日、久しぶりに小説「地獄への道連れ」を書きましたが、描写や会話が少なくて、あらすじみたいになってしまいました。また、そうなってしまうかもしれませんが、少しずつ書いてみたいです。 小説「メビウスの輪」1 俺の名は信吾。幼いころから、父の暴力と母の言葉に傷つけられてきた。小学校時代、珍しく家族そろってレストランに行ったとき、大好きなエビフライを最後に楽しみに取っておいた。他のものを食べて、さあ食べようとフォークを刺す瞬間、横から別のフォークが出てきて、食べられてしまった。目の前から消えたエビフライに呆然としたが、その手が父の手だと分かり、諦めてしまったのだ。悠然と俺に見せびらかすかのようにエビフライをゆっくり美味しそうにほおばる父。「好きなものや大事なものは、先に延ばすとルールが変わったりして、手に入らなくなったりする。だから優先順位をつけて片付けなくてはいけないのだ。」偉そうに説教を垂れる父。ただ食べたいだけじゃないか。子供のものを横取りするなんてひどすぎる。そう思いながらも、何も言えなかった。うちでも、もたもた食べてると、台所に下げられてしまう。ゆっくり味わう余裕などないのだ。アニメの「巨人の星」よろしく、ちゃぶ台をひっくり返されたこともある。文句を言おうものなら、母でも子供でも張り倒される。誰も父には逆らえないのだ。母はその鬱憤をはらすかのごとく、子供達に当り散らす。特に俺には「あんたを産んだからこんな弱い体になっちゃったのよ。あんたなんか産まなければ良かった。」とまで、のたまう。俺はこんな両親の元に生まれたことを恨みながらも、表面上は親に敬語を使ってまで、優等生を演じてきた。大学に入って、アルバイトでもらったお金を一部家計に入れるまで食べさせてもらってるという負い目を感じさせられてきたのだ。うちでいい子の代わりに、学校では隠れて弱いものいじめをしたりしてきた。自分の鬱憤をどこにはらしていいか分からなかったのだ。父は酒を飲むと、誰かれかまわず暴力を振るっていたが、機嫌のいいときは、なぜか姉だけ可愛がっていた。それも気に食わなかった。母も姉を相談相手として頼りにしてたし、誰も俺を必要としていなかった。認められようと必死に勉強やスポーツをしても、性格や生活態度がひねくれてると言われ、ますます依怙地になってしまうのだ。そんな俺を唯一認めてくれた奴がいた。 母や姉を見て、女に嫌気がさしてたのに、そいつにだけは素直になってしまうのだ。彼女とは同じ大学で出会った。それまでテニスなど、スポーツの部活しかやってこなかったのに、新入部員勧誘のとき、彼女に勧められて合唱サークルに入った。なぜか断れなかったのだ。彼女の名は幸恵。名前とは反対に幸薄そうなひっそりした山野草の感じだ。そのくせ、妙に説得力があった。「心にわだかまってるものを歌で吐き出してみませんか?」そう言われて、「そんなこと本当に出来るのか?」と興味を示してしまったのだ。よっぽどストレスがたまっていたんだろう。彼女の癒しの雰囲気に呑まれたということもある。そのまま新入部員勧誘コンパに連れて行かれ、酒を初めて飲み、吐いてしまった。介抱してくれたのも彼女だった。居酒屋の男女兼用のトイレに付いてきて、吐く俺の背中を優しく撫で続けてくれた。「大丈夫?初めてだったのね。」その言葉にドキッとしたが、酒や吐いたことだと気づき、赤くなってしまった。「飲んだことくらいあるさ」わざと毒づいてみたが、お見通しのようだった。「私も初めて飲んだら、気持ち悪くなっちゃったの。だから苦しさが分かるんだ。」幸恵は1年先輩で、去年自分も吐いたらしい。ふらふらしながら、席に戻ったが、つい視線が彼女の方に向いてしまう。他の先輩と話してる彼女が、心配そうに俺をチラッと見る。目をそらしても、追ってきて「モナリザ」みたいだ。注意してるくせに、なぜか優しいまなざしで見つめる。「もうこれ以上飲んだらだめよ。」そう言って、俺のためにウーロン茶を頼んでくれた。高校時代だって、もてなかったわけじゃない。女に優しくされたこともあったのに、こんなに胸に沁みなかった。言い寄ってくる女を相手にしたことはあっても、自分から好きになったことはなかった。女を警戒していたせいもある。母や姉は、父の暴力が次第に俺一人へ集中してきても、自分達に災いがふりかからないように見て見ぬ振りをした。そんな卑怯な女が嫌いだった。弱いのは分かってる。でも、たとえ後で「大丈夫?」と言われても許せなかった。もちろん返事もしなかったが。だから、彼女の優しさが不思議だった。見返りを求めないような感じがして、素直に受け入れられるのだ。最初は怖かった。卵の殻のように、一箇所でも割れれば、崩れ落ちてしまいそうな自分の殻。人に弱みを見せてしまったら、もう立ってること自体出来なくなってしまう。そんな恐怖感があって、心を開くことが出来なかったのだ。そんな頑なな心を静かに溶かすような温かさが幸恵にはあった。後で知ったことだが、彼女自身もまた家庭で傷つきながら育ったらしい。アダルトチルドレン特有の傷つきたくないがための優しさなのかもしれないが。 私の名は幸恵。「幸に恵まれる」のではなく、「自分は幸いで恵まれてる」と思えるようにと願ってこう名づけたそうだ。でも、私はそうは思えない。傍目には幸せに見えるかもしれないが、自分では実感できないのだ。カールブッセの詩「山のあなた」ではないけど。「山のあなたの空とおく 幸い住むと人の言う。ああ、われ人ととめ行きて涙さしぐみ かえりきぬ。山のあなたになお遠く幸い住むと 人の言う。」 (上田敏 訳)私の家庭は経済的には恵まれていたが、精神的には満たされないものがあった。両親の不仲と、子供への愛情不足。父も母も幸福を外に求めて、子供を顧みなかった。私は別な意味で父に愛されてはいたが、その愛?は受け入れがたいものだった。小さいころ、寝室に父がお休みを言いにくる。額にキスするまではいい。それが段々エスカレートしていったのだ。口に出すのもおぞましい。ただ身を硬くして、嵐が去るのを待つしかなかった。記憶もおぼろげで、現実だったのかさえ分からない。ただ、あまりの恐怖に声も出なかった私が、必死に身をよじり、ベッドから落ちた音を聞きつけて、母が私の名を呼んだとき、父も我に返ったのか、それ以来、寝室に来なくなった。そして、家庭にも戻らなくなっていった。母は気づいていたのかどうか分からないが、父にも私にもよそよそしかった。そして、買い物で欲求不満を晴らすしていたのかカードでブランド物を買いあさっていた。まるで、愛情ではなくお金しか与えない父へ思い知らせるかのように。そして、最後には若い男性まで買っていた。お金さえあれば、幸せが買えるとばかり浪費していたけど、幸せそうには見えなかった。美人なくせに笑わない。たとえ笑っても、口元をゆがめるだけで、目元は笑ってないだけに、不気味ささえ感じてしまう。 その母に、なぜか似なかった私。でも、私はお金も美貌も要らない。ただ、優しい家庭が欲しかった。もう両親には何も望まないが、私は愛する人と可愛い子供の居る幸せな家庭が作りたい。お金なんて無くたって、私も働いて、一緒に生活さえ出来ればいい。そんなふうに願っていた。彼と会ったのは、その夢を切実に思い始めたころだった。大学の合唱サークルに私が勧誘したたった一人の新入部員。他の部員は何人もの新入部員を捕まえて、誇らしげにしていたが、地味な私には、誰も立ち止まらないし、たとえ止まっても、話を聞いてくれない。そんなとき、彼と出会ったのだ。筋肉質で硬派の彼は、いかにも体育会系で合唱などやりそうには見えなかった。でも、なぜか心が疲れてるように思えたのだ。だから、駄目でもともと、「心にわだかまってるものを歌で吐き出してみませんか?」と声をかけてみた。彼はハッとしたように立ち止まり、「そんなこと本当に出来るのか?」と関心を示してくれたのだ。案の定、彼はテニスなどやってて、合唱は未経験、興味もなかったが、なぜか新入生歓迎コンパについてきた。どうせ「タダ酒が飲める」と踏んだのだろうと危ぶんだが、そうではなかったらしい。お酒は初めてで、吐いてしまったのだ。勧誘した責任も感じて、私は必死で介抱した。トイレで吐く彼の背中もさすり続けた。私自身、去年同じ思いをしてるだけに、辛さが身に沁みて分かるのだ。でも、それだけではないかもしれない。彼のまっすぐ見つめる目が怖いほどだ。でも、その視線に気づいて、目をそらそうとすると、彼のほうが先にそらしてしまう。だからかえって追ってしまうのだ。年下の男の子に何を考えているんだと、自分に言い聞かせた。年下にかかわらず、男性には恐怖を感じていたが。父とのことがトラウマになってるのか、今までもうまく男性と付き合えなかった。こんな私でも申し込んでくれる人は居た。でも、キスさえ拒否する私に「美人でもないくせにお高くとまってる」などと言われ、もう付き合うこと自体イヤになっていたのだ。でも、彼はそんな私を見透かすように少しずつ、近づいてきた。ハリネズミの距離を保ちながら。私が遠のけば、それ以上近寄らない。そのくせ、私が恐る恐る近づいても拒否しないで受け入れてくれるのだ。親に受け入れられたことのない私にとって、そんな体験は初めてだった。今まで逢った男性は、性急に求めて、得られないと分かると、さっさと去っていった。受け入れてくれるどころか、「自分を受け入れてくれない!」と苛立ちを隠さない。友達で居るうちはいいのだけど、それ以上の愛情を求めたら、見返りも求められる。それを与えられない私は、いつまでたっても恋人にはなれないのだ。彼も傷を持ってるようだった。だからその傷口に触れないよう労わってくれるのだ。しばらくはこの状態が続いてもいいかな。友達以上、恋人未満なんて中途半端だけど。
2006年08月15日
会社の同僚である彼女が行方不明になり、いろんな噂が飛び交った。家出や事故ではないかとか、誘拐や殺人などの事件に巻き込まれたのではないかと。それでも、警察は調べに来ない。家族から捜索願いが出たらしいが、成人女性が失踪しても、なかなか警察は調べてくれないらしい。そんなものかと落胆する一方、調べられないことにホッとする自分。私の身代わりに彼女が地獄に落ち、それを見殺しにしている。何も言わないことで、私も心の地獄に居る。うちに帰り、このまま黙っていようと思ったが、やはり耐えられない。彼女は子供を残して神隠しのように消えた。放っておけば、噂も消えるかもしれない。でも、同じ子供を持つものして他人事とは思えない。怖くなって誰かに話そうにも、その人を巻き込んでしまう。主人に言って、二人とも地獄に落ちれば、3人の子供はどうなってしまうのか。迷った挙句、ネットで知り合った男性にメールで相談することにした。彼は天涯孤独の身の上で、私に好意を持ってくれている。メール交換を続け、会いたいとも言われたが、断り続けてる人だ。私も好きだが、会ったらどうなってしまうのか、予想がつくだけに会えない。でも、彼と一緒なら地獄に落ちても構わないとさえ思っていた。それなら会ってもいいはずなのだが、やはり子供は捨てきれなかった。メールには詳しいことは書けなかったが、事情をほのめかすと、彼も地獄に落ちても構わないと言ってくれたので、勇気を出して打ち明けた。しかし、不思議なことに地獄には落ちなかった。彼も私も、メールで「血塗られた部屋」の秘密を話しても大丈夫。口に出して言わなければ平気ということか。彼はこのことを言葉に出さないから会ってくれと言う。会ってしまえば、そういう関係になってしまうだろうし、何を口走るか分からない。でも、地獄に落ちる覚悟までして、話を聞いてくれた彼を無下にはできず、会うことにした。彼と会っても、その話はせず、見つめ合ってるうちに、関係を結んでしまった。案の定「君となら地獄に落ちても構わない」と彼は叫び、「私も」と答えてしまった。そのとたん、全裸で抱き合ったまま、地獄に落ちたのだ。気がつくと、大勢の人が私たちを見つめている。あわてて彼が私を身をもって隠してくれたが、囲まれているので、隠しようもない。そこへ声が聞こえた。「どちらか一方は、二人で納得すれば現世に戻してやろう」と言う。彼は「戻らない」と言ってくれた。私は一瞬迷ったが、「私も戻らない」と答えた。ここで裏切って戻っても、心は地獄のままだ。彼は「子供のためにも君が戻るべきだ」と言ってくれた。自分は天涯孤独の身だからと。でも、「実は死んだと言っていた母は、離婚してどこかで生きてるらしい。一目会っておけば良かったかな。」と言うのだ。「母に会ったら、このことを告げて戻ってくるから、先に戻ってもいいか」と言う。私に「駄目」なんて言える訳がない。私が彼を道連れにしてしまったのだから。でも彼を待つのは、小説「走れメロス」に出てくるメロスを待つ「友達」のような複雑な気分。彼が戻ってくると信じてはいるけど、母に会ったら現世に未練が残るだろう。でも、信じて送り出すしかない。たとえ戻ってこなくたって、もともと私だけ地獄に落ちるところだったんだから。「無事にお母さんと会えることを祈ってるわ。」としか言えなかった。彼を送り出し、ふと回りを見回すと同僚の彼女が居るではないか。彼女は私に近寄ってくると、いきなり平手打ちをあびせた。「あなたのせいで私はこんなところに来たのよ。あなたが居ないので心配してパソコンを覗いたからなんだから。でも、あなたもここに居るということは、秘密を言わないと誓えなかったということ?」と聞く。私は彼女に詫びて、ここに来るまでの顛末を話した。彼女は最初うなずきながら聞いていたが、段々感情が高まってきたのか「もう聞きたくない。」と耳を塞いだ。私の話から子供のことを思い出したらしい。それでも懺悔のように彼のことまで全部話した。「それなら私にはあなたの代わりに現世に戻る権利があるはずだわ。もし彼が戻ってきたら、私が代わりに戻してもらう。まあ、あなたが私を見殺しにしたように、彼もあなたを見殺しにして、戻って来ないと思うけど。」と冷たく笑って言い放った。それからしばらく彼女とも話さないまま、彼を待ち続けた。やはり彼は戻ってこないのだろうか。まだ若いのだし、人生これからだもの。わざわざ自分から地獄に落ちることはないのだ。そう自分に言い聞かせていたころ、彼が戻ってきてくれたのだ。やっと探し当てて会えた母を残して。彼に彼女のことを話すと、「そんな他人を戻すために、僕は母を捨てて戻ってきたんじゃない。君を戻すために、僕は母が地獄に落ちるかもしれない危険を冒してまで母に秘密を打ち明けて戻ってきたんだぞ。」彼は顔を真っ赤にして怒った。「本当にごめんなさい。お母さまにも申し訳ないことをしたと思ってる。でも、彼女も子供を残してきたのよ。このままでは許されないと思うの。私もあなたと一緒に地獄に残るから、彼女を現世に戻してあげて。」必死に頼むと彼の顔色も心も落ち着いてきた。「そうだな。君が戻ってしまったら、僕は地獄で一人ぼっちだ。」「そうよ。二人なら地獄に落ちても構わないと思ったんでしょ。」彼も納得してくれたので、彼女に戻ってもらうことになった。彼女も子供に会えると喜んで戻っていった。私は彼を残して自分だけ戻るわけにはいかない。彼女を道連れにはしたくないし、自分の意思で一緒に来てくれた彼こそが道連れだ。「地獄の沙汰も金次第」というけど、「地獄の沙汰も道連れ次第」彼が道連れなら、地獄も天国に変わるのだ。これからはずっと一緒なのだから。(完)
2006年07月31日
会社の昼休み中、いつものようにお弁当を食べながらネットサーフィンをしていた。「血塗られた部屋」というサイトに迷い込み、「こんなの、単なるこけおどしだよ」と思いながらも、軽い気持ちで、「地獄への入り口」をクリックしてしまった。途端に四方の壁が真っ赤な色で塗られた部屋に居た。「ここはパソコンの中?」夢でも見ているかのような非現実的な気分。とても「血塗られた部屋」なんて信じられない。よく見ると一方は半透明でマジックミラーのようになっている。割と冷静な自分にも驚きだ。娘とホラー映画を見ていても入り込めないけど、作り物だと分かっているから。今回もそんな気がしてならない。マジックミラーの前には一人の女性が覗き込んでる。会社の誰かだろう。部屋には私一人しか居ないところをみると、クリックして閉じ込められたものは、次にクリックした人と入れ替わるのか。そう思ってる私の心を読んでるかのようにどこからか声がする。「元の世界に戻れても、誰にも何も言わないと誓えば戻してやろう。断れば地獄に行くし、戻っても言えば地獄に落ちるのだ。言わなくても、良心の呵責に遭うだろうがね。」要するに「言うも地獄、言わぬも地獄」というわけか。私は人より自分が可愛いし、3人の子供も居る。地獄に落ちるわけにはいかないのだ。早くしなければ、クリックする人と入れ替われない。覗いてる人を見て、躊躇したが仕方がない。彼女も同じことをするだろう。「言わない」と答えた途端、私はパソコンの前に座っていた。まるで何事もなかったかのように。その代わり、彼女が血塗られた部屋に居るのだろう。そのうち戻ってくると思っていたが、一向に戻ってこない。まだクリックする人がいないのか。彼女は昼休み中に帰宅したのかと思われていた。私は後ろめたい気持ちを抱きつつ、家に戻った。主人に言ってしまおうかとも思ったが、私だけでなく、主人までもが地獄に行ったら、3人の子供は誰が面倒見るのか。たとえ上の2人は私の連れ子で、あまり愛情が無いとはいえ、万が一のことがあれば育ててくれるだろう。義母は2人を私の両親に返すようなことを以前言ってたが。まあ、そんなことをいまさら言っても仕方ない。眠れぬ夜が明け、会社に行ってみると、彼女が行方不明だと大騒ぎになっていた。家にも帰らず、連絡も無い。正義感の強い彼女は言わないと誓えなかったのか。そういう人が地獄に落ちるのも矛盾を感じるが。続き
2006年07月28日
泣きじゃくる私の顔を優しく手を添えてそっとあげ、彼は涙を吸ってくれた。哀しみまで吸い取られるようだった。もう許されるのだろうか。かたくなな心と体も、彼に委ねてしまおうか。そう思うと体の力が抜けてきてしまった。あとは彼にされるがままになっていた。夢のようでよく覚えていないが、ただ白蛇がこっちを見ていたような気がする。もう用はないだろうと言わんばかりに一瞥すると静かに去っていった。その後姿を見ながら、気が遠くなっていった。目覚めると、彼が横に眠っている。私は父の呪縛から解かれたのかしら。彼に聞くのは怖いから、もう少しこうして寝かせておこう。私ももう一度、彼のそばで眠りにつきたいし。まだ夢の中に居たいのだ。初めて安心して眠れた気がするから。おやすみなさい・・・。(完) 9で終わりにするつもりが、続きを書いてしまったけど、今度こそ、最終回にしますね。別な小説も書いてみたいし(笑)最後まで読んでくださってありがとうございました。出来たら最初から読んでいただけると、うれしいです。感想、批評、アドバイスありましたら、書き込み、又はメッセでお願いします。最初のページ
2006年03月25日
彼の優しさに触れて、心まで溶けそうになるけど、やはり体は固くなってしまう。私は父に汚されてしまったのだ。彼にふさわしい女じゃない。知らぬ間に「汚れっちまった悲しみに」とつぶやいていた。彼が「今日も小雪の降りかかる」と続ける。はっとして、顔を上げた。「中原中也だろ。僕も好きなんだ。」「私は好きじゃない・・・。でも、自分のことのようで覚えてしまったの。」「じゃあ、言ってみろよ。」と彼にはめずらしく強い調子で言う。「いいわ。汚れっちまった悲しみに今日も小雪の降りかかる汚れっちまった悲しみに今日も風さえ吹きすぎる汚れっちまった悲しみはたとえば狐の皮裘汚れっちまった悲しみは小雪のかかってちぢこまる汚れっちまった悲しみはなにのぞむなくねがうなく汚れっちまった悲しみは倦怠のうちに死を夢む汚れっちまった悲しみにいたいたしくも怖気づき汚れっちまった悲しみになすところなく日は暮れる」言いながら、泣きそうになってしまった。それでも、意地になって最後までなんとか言った。「泣かないで言えたじゃないか。」優しく言う彼に、思わず「私は汚れてるのよ。あなたに抱かれる資格はないの。」と反発してしまった。「君は汚れてなんかいないよ。少なくとも心はきれいなままだ。」そんなこと言われると、本当に泣きたくなっちゃうじゃない。堰を切ったように涙が溢れてきた。 出来たら最初から読んでいただけると、うれしいです。感想、批評、アドバイスありましたら、書き込み、又はメッセでお願いします。最初のページ
2006年03月23日
8を最終回にするつもりでしたが、続きを書いてみました。 白蛇はいつの間にか、部屋から居なくなっていた。代わりに彼が来てくれるのだ。無言電話の後に、「今夜どうしても逢いたい」と言う。明日にしてもらおうかとも思ったけど、このままではお互い眠れそうにない。もう遅いから、うちに来てもらうことにした。今夜は風雨が強くて、彼のノックかと聞き間違えてしまう。何度もドアを開けては、がっかりしてしまった。そんなに早く着くはずがないのに。やけに強い風雨の音。またかと思いつつ、開けてみると息を切らし、ずぶ濡れになった彼。「こんなに濡れて、風邪ひいちゃうわ。」あわてて部屋に招き入れた。「傘差してこなかったの?」「差したけど、風で裏返ってしまったんだ。戻すのも、もどかしくて、捨ててきた。」バスタオルで髪や体を拭いてあげると、その腕をつかまれてしまった。またビクッとしてしまう。彼のことは好きなのに、体が拒否反応を示してしまうのだ。「手が冷たいわ。待っててね。」腕を振りほどいて、台所に逃げ込み温かいココアを作った。彼に差し出して、飲んでる顔を見つめる。「ありがとう。体が温まってきたよ。でも、心はまだだな・・・。」切なそうに見上げる彼の瞳を見ていられなくて、目をそらしてしまう。「小百合の気持ちは分かったから、急いだりはしないよ。」優しい彼だからこそ、ますます辛い。「貴さん、ごめんなさい。少しずつ慣れていかないとダメみたい・・・。」父の性的虐待が私の体をまだ支配している。母に拒否されて、私に欲望が向かってしまった結果だ。誰かに受け入れられたいという思いだったのかもしれないが、父親として愛して欲しいという私の気持ちは潰されてしまった。彼に愛して欲しいと願うのは、その延長なのか。親に愛されなかった私は、人を愛せるのだろうか。まず自分さえ愛せないというのに。思いを閉じ込めて、うずくまってしまった私の肩に、そっと触れてくる彼の温かい手。そこから波紋のように温かさが広がっていく。凍てついた心まで溶かしてくれそうだ。 出来たら最初から読んでいただけると、うれしいです。感想、批評、アドバイスありましたら、書き込み、又はメッセでお願いします。最初のページ
2006年03月18日
なぜか白蛇がどこかに消えてしまった。以前は邪魔だと思ってたのに、居ないと淋しい気がする。いつのまにか孤独を慰めてくれる存在になっていたのだ。無言電話にもあんなに強く言ったのに、まだかかってくる。本当に懲りないな。たぶん彼の新しい恋人だろうとは思うけど、確かなことは分からない。でも、他に心当たりはないし、ストーカーされるほど、きれいではないと思う。白蛇には付きまとわれたけど、彼も離れていってしまうほどなのに・・・。なぜか、無言電話に向かって、独り言のように話すようになってしまった。白蛇という話し相手も居なくなったせいか、無言でも聞いてくれるだけいいのだ。切ってもいいのに、ずっと聞いててくれる。最初は攻撃していたくせに、段々愚痴になってきてしまった。「貴さんはなんで電話をくれなくなったんだろう。あなたを私より好きになってしまったのかもしれないけど、私だって、本当に貴さんが好きだったのよ。でも、どうしても触れられるのが怖くて避けてしまった。だから嫌われてしまったのかしら。体が思わず拒否してしまうの。小さい頃、父にいたずらされたことがあって、それを思い出してしまうの。頭では関係ないと思ってるのに、体が忘れてくれないの。」話しながら、涙声になってきてしまった。嗚咽が止まらなくなって、話せないときも、黙ってそばに居てくれるように切らないで待っててくれた。「きっと貴さんはあなたの方が好きになってしまったのよね。それは哀しいけど、こうして黙って話を聞いてくれるあなたは優しい人かもしれないから、貴さんがあなたを好きになるのも仕方ないことなのかな。あなたになら、貴さんを任せられるかも。私は貴さんを諦めるわ。もう無言電話なんてかけてこなくても、ちゃんと別れるから安心して。なぜかこの電話が終わるのも淋しいけど、もうかけてこないでね。さようなら。」と切ろうとした瞬間、「小百合! 僕だよ。」懐かしい彼の声が聞こえるではないか。「ごめんよ。小百合。僕こそ、君を諦めようと思ったけど、諦めきれずに、様子を知りたくて、無言電話をかけてたんだ。」「なんで、諦めようなんて思ったの?」「小百合が触れられるのを避けてると分かって、嫌われてるのかと思ったんだ。」「そんなことはないわ。ただ、父のこともあって・・・。」「もういいよ。事情は分かったから。辛いことはこれ以上話さなくていいよ。」と優しく言ってくれたのは嬉しかった。「ありがとう。でも、私のアパートの前に一緒に来た女性は誰なの?」それでも、つい問い詰めてしまった。「あれは僕の姉だよ。小百合のことを相談してたんだ。小百合に紹介したかったんだけど、留守だったし、あれ以上深入りして、傷つきたくなかったんだ。でも、やっぱり諦めきれないよ。誤解させてしまって、本当に悪かった。」電話の向こうで頭を下げている彼が見えるようだ。「怖かったんだから。これからは守ってね。」「ああ、守るよ。今までだって遠くから見守ってきたつもりなんだ。騎士のようにね。でも、これからは、王子のように、姫のそばに寄り添って守るよ。だから信頼して、少しづつ心を許して欲しいな。」懇願するように言う貴さんが、少し気の毒になってしまった。こんな思いをさせてしまってたんだよね。「私こそ、本当にごめんなさい。守っていてくれて、ありがとう。」凍てついた心が溶けていって、温かくなった気がする。こわばっていた体まで、ほぐれていくようだ。私も貴さんと一緒なら、変われるかもしれない。逃げてばかりいないで、少しずつ踏み出さないと、どこにも進めやしない。突然、白蛇が目の前に現れた。「蛇には蛇の道があり、人には人それぞれの道がある。誰もそれを妨げることは出来ない。たとえ、自分であろうと。」そう言うと、またどこかへ消えていった。夢のようだったが、彼にも声は聞こえたようだ。「そこに誰か居るのかい?」怪訝そうな声できく。「この間の白蛇よ。でも、もう自分の道に帰ったようよ。私たちもそれぞれの道を行きましょうね。」「蛇が話すなんて・・・。」彼は半信半疑のようだが、それ以上言わなかった。あの白蛇は、一体何だったんだろう。それは自分の道を進めば、いつかわかるのかもしれない 出来たら最初から読んでいただけると、うれしいです。感想、批評、アドバイスありましたら、書き込み、又はメッセでお願いします。最初のページ
2006年03月14日
玄関のコンクリートのたたきに座り込んで泣いていたら、体の芯まで冷え切ってしまった。暖房も出かけるときに切っていったきり、まだ付けていない。あまりの寒さに我に帰ってきた。目をあげると、そばに白蛇がいる。ずっとそばに居てくれたのだろうか。何も聞かずに。こういうとき、あれこれ聞かれても答えたくないから、そっとしておいてくれるのはありがたい。寒気が走ったので、あわてて暖房をつけ、布団にもぐりこむ。背中を布団にこすりあわせ、少しでも温まろうとするが、冷え切った体は、なかなか変わらない。凍えた心も温まることはないのだろうか。体を胎児のように丸めながら、布団を頭からかぶる。このまま胎内に戻りたいような気がする。もうどこにも行きたくない。傷つきたくない。閉じこもっているわけにはいかないと、頭ではわかっていても、心が閉ざされてしまったのだ。眠れないと思っていたのに、心身ともに疲れて、まどろみかけた頃、電話が鳴った。また無言電話か。でも、もしかしたら彼かも、という気持ちも抑えられずに、恐る恐る受話器を取る。「もしもし。どなたですか?」「・・・」やはり無言だ。切ろうかとも思ったが、今度は、あの彼女では?という疑惑が浮かんだ。「もしかしたら、貴さんの彼女ですか?」「・・・」もちろん返事はないけど、切る気配もない。いつも切るのは私の方だ。今日は切らずに話してみよう。負けたくないという気持ちもあった。「もしあなたが貴さんの彼女でも、私にこんな電話をかける資格はないわ。どういうつもりか知らないけど、私は貴さんと別れる気はないし、あなたとの仲を認める気もない。こんな卑怯な手を使って、彼と上手くいく訳ないわ。」開き直って、強気にまくしたてた。それでも、何も言えないのか、相手は黙ったままだ。変な息遣いも聞こえないから、Hな無言電話でもなさそうなのに。心が弱っている時に、追い討ちをかけるようにかかってきた無言電話。「プレッシャーをかけようったって、そうはいかないんだから。」自分に言い聞かせるように言って、電話を切った。急に力が湧いてきたな。私って、負けず嫌いなのだ。そのプライドの高さから、今までも可愛くない女と思われてしまってたけど。彼にも、もっと甘えれば良かったのかな。でも、体に触れられると、避けてしまう。そんなんじゃ誰からも愛されないよね。 出来たら最初から読んでいただけると、うれしいです。感想、批評、アドバイスありましたら、書き込み、又はメッセでお願いします。最初のページ
2006年03月09日
気を取り直して、うちに帰ろうとすると、彼とよく似た人が、女の人と寄り添って歩いているのが見えた。他人の空似だよと自分に言い聞かせるが、確かめたくなってしまう。こんなところに彼が居るはずないじゃない。まだ仕事をしてるのだろうし、自宅だって、ここから離れているのだ。私に見せつけるみたいに、うちの近所を、女性と歩く訳がない。そう思いながらも、後を付けてしまった。見慣れた風景のはずなのに、遠くに感じて、どこに居るのかさえわからなくなってしまう。二人に導かれていったのは、なんとうちだった。彼は私の部屋に明かりが灯ってないのを確かめるように見上げると、彼女に何か囁いていた。何を言ってるのかは聞こえないが、仲むつまじそうな様子に体が震えてきてしまった。彼のことは諦めかけていたくせに、他の女性と一緒のところを見ると、やはり耐えられないのだ。物陰に隠れて様子を窺っていると、二人でまた、もと来た道を引き返していった。緊張が解けて、体に力が入らない。彼女が新しい恋人なのだろうか。その場にうずくまってしまったが、あまりにも信じられない出来事に涙も出ない。もう何も考えたくない。足を引き摺るようにして、部屋への階段を昇る。2階なのになぜこんなに遠いのだろう。みすぼらしいアパートを見て、彼女と一緒に笑っていたのだろうか。悔しいというより、哀しすぎる。田舎から逃げるように上京してきて、やっと仕事を見つけた。少ない給料では、こんなところしか借りられなかったのだ。親と同居している彼には想像できないだろうけど。自分がみじめに思えて、堪らなかった。せめて早く部屋に戻りたい。鍵を開けようとすると、なぜか開いている。ドアを開けると、白蛇が待っていた。「おかえり。」いつもの何気ない言葉が、やけに温かく感じる。「ただいま・・・」声が震えて、嗚咽になってきてしまった。急に全身に哀しみが押し寄せてきたのだ。待っててくれるものが居るだけで、心が溶けてしまうものなのか。玄関で泣き崩れてしまった。 出来たら最初から読んでいただけると、ありがたいです。最初のページ
2006年03月08日
彼からの電話がしばらく遠ざかってるのに、無言電話だけはかかってくる。うちの固定電話は、着信履歴が出ないからな。無視するしかないと思っていても、嫌なものだ。そんな電話には出なければいいものを、もしかして彼からではと、思わず受話器を取ってしまうのが哀しい。白蛇は相変わらずうちに居座っている。昔から棲んでいたような顔をして。これでも、用心棒代わりにはなるだろうか。無言電話の時、一人は心細いのだ。彼に助けを求めたくても、連絡が取れない。仕事用の携帯には電話しない約束なのだ。彼から電話がかかってくるのを待つしかない。電話をただ見つめていると、迫ってくるような感じさえする。「自分から、かければいいじゃないか。」心を見透かしたように、白蛇は無責任に言い放つ。「そんなこと言ったって・・・」かけたら、仕事の邪魔だし、気を悪くさせてしまう。嫌われるのが怖いのだ。でも、このままだと、自然に離れてしまうかも。勇気を出して、かけてみようか。一応、緊急用にと電話番号だけは教えてもらってるのだ。もう夜だから、仕事も終わりかけてるかもしれない。思い切って、電話のボタンを押してみる。でも、震えてしまって、うまく押せない。拒絶されるのが怖ろしい。震える手から、電話が零れ落ちた。白蛇がすっと寄ってきて、電話を取り囲むようにとぐろを巻く。「なぜそんなことをするの?」声まで震えてきてしまった。「電話しないのなら、要らないだろう。」私を挑発しているようだ。その手には乗らないわ。「そうね。要らないから持っていって。」後ろを向くと、台所に逃げ込んだ。何か食べるものはないかしら。心の飢えを食べ物で満たそうなんて、哀しいけど。冷蔵庫を開けても、ろくなものはない。買い物に行ってこようか。気分転換になるかもしれない。ただうちで彼の電話を待ってるだけでは虚しい。歩いて近所のコンビニへ行った。立ち読みしてる人や、外でたむろしている若い男女もいる。夜行き場のない人たちの溜まり場のようだ。私のその一人なのだけど。お弁当とティラミスとウーロン茶を持って行き、レジを済ませる。顔なじみの店員がいるわけでもないから、会話もない。すぐに帰ればいいものを、雑誌の立ち読みする。特に読みたいわけではないけれど、ただあの部屋に帰りたくないだけなのだ。こういうとき、どこに行ったらいいのだろう。うちに居るより、かえって孤独を感じてしまうのに。実家にはしばらく帰っていない。時々母が心配して電話をくれるけど、素っ気無く返事して切ってしまう。付き合ってる人はいるのかとか煩いのだ。彼を紹介しようかとも思ってたけど、こんな状態ではとても言えない。結婚して、孫を期待してるのを知ってるから。両親が仲悪いのを見て育って、結婚なんて、と思ってるのに。母も、自分のことは棚において、早く結婚しろだなんて、勝手だよね。彼とならもしかして、とも思っていたけど、やはり彼もただの男だったのかな。なかなか最後まで許さない私から離れていくのかも。今までの男もそうだった。両親のことがあるせいか、性に拒否反応があるのだ。白蛇のことで、うちに泊まってくれたときも、我慢してくれたのかな。それから連絡が少なくなったような気がする。白蛇のせいではなく、私のせい?それならそれで仕方ないかもしれない。私は一人で生きていくしかないのかな。そういえば白蛇がいたっけ。思わず、含み笑いをしてしまった。声が漏れたのか、横で立ち読みしていた人に怪訝そうな顔で見られた。さあ、白蛇の居るうちに帰るか。 出来たら最初から読んでいただけると、ありがたいです。最初のページ
2006年03月07日
まだ白蛇がうちに居座っている。えさも与えてないのに、どうやって生きてるのだろう。彼にも見えたのだから、生き霊というわけでもなさそうだ。彼には白蛇が戻ってきたことは言わないでいる。心配させてたくないし、これ以上関わりあいになりたくないだろうから。私自身だって、関わりたくないけどね。一人暮らしだったのに、帰って迎えてくれるものが居るというのも、不思議な感じだ。まるで自分のうちのように、「お帰り」という白蛇。私もなぜか段々慣れてきてしまった。思わず、「ただいま」と言ってしまう。ペットだと思えばいいのか。とても可愛いとは思えないけど・・・。この頃、彼からの電話が少ない。以前は帰ったらすぐに電話をくれたのに。今は、仕事が忙しいとのことだけど、白蛇のこともあって、避けられてるのかしら。それだけではないかもしれない。不安に感じて、こちらから電話しようにも、彼の仕事用の携帯に電話する訳にはいかないし、私用の携帯は持ってないのだ。帰りは残業で遅いらしい。今まではこんなことなかったのに。もしかしたら、他に好きな人ができたのだろうか。疑心暗鬼になってしまうのだ。「男のことを考えているんだろ。」見透かしたように、白蛇が突然に話し出す。「彼のことを考えて何が悪いの。」開き直ってみるが、弱気になってしまう。「考えるだけ無駄なんだ。信じられないなら、別れればいい。」「そんなに簡単に割り切れないわよ。」白蛇と話すほうが無駄だよね。そう思いながらも、心に秘めておくと、ますます想いが空回りするのだ。「自分でもどうしていいかわからないのよ。」つい弱音を吐いてしまう。「だから余計なことは考えないようにすることだ。」白蛇に慰められてどうする。「あなたのせいかもしれないでしょ。」つい、白蛇を責めてしまった。自分のせいかもしれないけど、そう思いたくないのだ。「蛇がそばに居るだけで離れていくようなら、それだけの男なのだ。」なんか、納得してしまう。彼からの電話を待ってるだけなんて、哀しすぎるよね。白蛇もまともなこと言うじゃない。それにしても、私はなんでこう受身なのだろう。もっと積極的にならないと、とも思うのだけど、嫌われるのが怖くて、人の顔色を伺ってしまう。すぐに「ごめんなさい」と言ってしまうのは、私の悪い癖だ。自分でも嫌になるけど、仕方ない。意地張って謝れない人よりましか、とも思うけど。「ごめんなさい」より、「ありがとう」と言いたい。突然、電話のベルが鳴った。彼かと思って、急いで受話器を取る。「もしもし」「・・・・・」何も聞こえない。でも、息遣いだけは聞こえるような・・・。無言電話?彼かと期待しただけに、失望も大きい。ガチャンと思わず電話を切ってしまった。白蛇といい、無言電話といい、嫌なことばかり続くなあ。肝心の彼からの電話はかかってこないし、もう今日は待つのをやめて寝ようかしら。睡眠不足だと、仕事中眠いんだよね。あくびをかみ殺してると、人と目が合ったりして。白蛇も寝たのか何も言わない。でも、蛇は夜行性かな?私が寝てる間に這い回られても薄気味悪い。かといって、一緒に寝られても困るな。 出来たら最初から読んでいただけると、ありがたいです。最初のページ
2006年03月03日
仕事から帰ってみると、なぜかまた白蛇が家に居る。もしかしたらという予感はあったのだが、やはり慣れない。彼に電話しようかと思ったけど、やめておいた。もうこれ以上、迷惑はかけられない。「どういうつもり?」と白蛇に聞いた。「ここに置いてもらうといったはずだ。」「でも、今朝は居なかったでしょ。」「男が居たから、隠れていただけだ。」彼が来てくれたから、見なくて済んだらしい。でも、また彼を呼んでも同じことの繰り返しだろう。頼ってばかりもいられない。「ここから出て行って欲しいの。」「嫌だ。出て行くつもりはない。」「どうしたら出て行ってくれるの?」下手に出て頼んでみたら、「男と別れたらいいだろう。」などと、とんでもないことを言い出す。「なぜ、彼が関係あるの?」「男に心が囚われてる限り、お前は許されない。」「そんなこと蛇に言われる筋合いはないわ。」蛇に言われたからって、彼と別れるつもりなどない。もう無視することに決めた。私が後ろを向いて、言うことを聞かないと分かると、今度は蛇が前に回りこんできて言う。「今はそれでもいいが、きっと後悔することになるぞ。」「そんなことない。」言い切ってみたものの、少し不安になる。彼と連絡を取ろうかとかも思ったけど、こんなこと言えないよね。彼とはまだ半年くらいしか付き合っていない。お互いよく知らないのに・・・。私が黙り込んでしまうと、蛇は勝ち誇ったように宣言する。「やはり別れるしかないな。」「そんなこと決めつけないでよ。」彼とのことは私自身が決めるのだ。もちろん彼の意思も聞かないと。蛇に取りつかれた女なんて嫌だろうな。そんなこと考えると憂鬱になってしまう。せっかくの満月の夜なのに。一緒に月を見上げていようと言ってたのに。彼も月を見て、私を想ってくれてるかしら。 出来たら最初から読んでいただけると、ありがたいです。最初のページ
2006年02月22日
彼からの電話に飛びついてしまった。「もしもし、貴さん。」「どうしたんだい。息せき切って。」彼も普段と違うとわかってくれたみたい。「今、どこにいるの?」「うちに帰ってきたところだよ。」「すぐにうちに来てくれないかしら。」「なぜ? 何かあったの?」「言っても信じてもらえないと思う。とにかく来て欲しいの。お願い。」「分かった。今すぐ行くから待ってな。」「ありがとう。」ホッとして、受話器を下ろす。振り向くと、白蛇が私を見ていた。二人?きりでいるのは耐えられない。早く彼が来てくれないかしら。こんな時は時間が経つのが遅い。時計の針の音さえ、のろく感じるのだ。白蛇はなぜか黙ったままだ。電話を聞いて、考え込んでいるのだろうか。しかし、おもむろに鎌首を上げたかと思うと、「男など呼んでも無駄だ。」と一言。それからまた何も話さない。彼が来ても話さないとしたら、信じてもらえるだろうか。案の定、彼が着いて、事の顛末を話しても、蛇が話さないので、訝しがっていた。「本当に、この白い蛇が言葉をしゃべったのか?」白蛇が話さないことには、信じられないだろう。「私を信じて。話すのはともかく、ここに白蛇と二人にしないで。」私が不安がって、彼にすがりついたから、「分かった。今日はここに泊まるよ。」と言ってくれた。いったん白蛇をつかんで、外に放り出してくれたのだが、なぜかまた部屋に入り込むので、放っておくことにした。とにかく彼さえそばに居てくれれば、安心だ。このままずっと居てくれればいいのにな。でも、白蛇に見られてるようで、いたたまれない。彼も、落ち着かないようだ。彼に肩を触れられたが、ビクッとしてしまった。それで察したらしく、もうそれ以上は触れてこない。二人とも、なかなか寝付かれなくて、天井を見上げて、いろんな話をしていたら、いつの間にか眠ってしまったらしい。朝目覚めると、不思議に白蛇は見当たらなかった。「貴さん、起きて。蛇はいなくなったみたい。」まだ寝てる彼を揺り起こす。「うーん。蛇って?」まだ寝ぼけてるのか、わかってないみたい。「でもよかった。貴さんに恐れをなしたのかしら。」笑いながら、言ってしまった。「そうかもね。頼りになるだろ。」「目が覚めたら、急に威張るんだもの。現金よね。」からかうように言うと、「こいつ、せっかく飛んできてやったのに。」と頭をこつんと軽く叩かれてしまった。蛇がいなくなって、二人ともはしゃいでいたのだ。彼も実は蛇が怖かったらしい。私の前では怖いそぶりを見せまいとしてたけど、蛇をつかむ手が震えてたもの。でも、そんな思いをしてまで、助けてくれたんだよね。「本当にありがとう。お礼に朝食をご馳走するね。」「当たり前だよ。」「急で大した物はないけど、ごめんね。」「小百合より、僕の方が料理うまいかもよ。」と一緒に台所に立ってくれた。包丁捌きが慣れてるな。ご両親と同居なのに、料理するのかしら?「うちでも、料理するの?」と聞くと、「親が共稼ぎだったから、夕食は僕が作ってたんだぞ。」「すごいね。私は一人暮らししてからだから、まだあまり得意じゃないの。」「しょうがないな。僕が作ってやるよ。」なんか新婚家庭みたい。こういう毎日が過ごせたらいいのに。朝食が出来て、二人で顔を見合わせながら食べた。お互い仕事だから、のんびり出来ないけど、一緒に食べると美味しい。彼はいったん、うちに帰って着替えてから行くという。昨日、帰ったままの姿で来てくれたんだものね。うちに来ても、泊まったことはなかったから、蛇が来たのも、かえっていいきっかけになったかな。それにしても、蛇はどこにいったのかしら。それはとにかく、私も仕事に早く行かないと。 出来たら最初から読んでいただけると、ありがたいです。最初のページ
2006年02月14日
蛇は通る道が決まっているらしい。獣には獣道があるように、蛇には蛇の道があるのだ。普段は目にすることもないから気づかない。ある日、家への近道をしようと、草むらを横切った時だった。知らずに蛇の道を横断してしまったらしい。細く白い蛇だったが、お互いに驚いて見つめ合ってしまった。艶かしいと感じるほど、きれいな白蛇だ。蛇は鎌首を持ち上げると、私の様子を窺うようにじっと見ていたが、やがてツンと見捨てるように私を避けて通り過ぎた。私は呆然と立ち尽くしていたが、白蛇が去ると、我に帰り、また先へと歩き出した。急いでうちに帰ろうと思ってたのだ。彼から電話が来るはずだから。私は今時珍しく携帯を持っていない。彼は持ってるけど、私用には使わない。会社から支給された携帯で、公私混同しないという生真面目な人なのだ。お互い不便だけど、それはそれで楽しいということもある。家に帰ってからの電話タイムが楽しみなのだ。私の方が普段帰りが早いので、しばらくうちで待つことになるが、今日はなぜか彼も早いということを、昨日聞いていたのだ。今日はたくさん話せるなとウキウキして、思わず近道をしたのだった。うちの玄関を開けた途端、私は凍りついてしまった。先ほどの白蛇が、玄関のたたきに居るではないか。私とすれ違ったはずなのに、なぜここに居るのだろう。私の後を付けてきたとしても、なぜ先に中に入れるのか。穴が開くように見つめていると、蛇が口をきいたのだ。「私の行く手を遮る者は許さない。だから、お前の行く手も阻むのだ。」と。言葉を話す蛇なんて初めて見た。驚いたけど、頬をつねると現実のようだ。そう言われてもなあ。確かに邪魔したかもしれないけど、踏んだ訳ではあるまいし、うちまで来られるほどの恨みを買うことも無いよね。そう思ったものの、そんなこと言ったら、蛇が逆上するかもしれない。ここは下手に出て謝っておこう。もうすぐ彼からの電話がかかってくる。なぜか蛇の声は男のような低い声だから、彼に誤解されてはかなわない。蛇に早く帰ってもらわねば。「さっきはすみませんでした。もうあの道は通りませんから、お帰りいただけませんか?」猫なで声で言うと、「許さない。罰として、ここにしばらく置いてもらおう。」と言うではないか。「とんでもない。早く帰ってください。」つい哀願口調になってしまった。そこへ電話のベルが鳴る。あわてて受話器を取ると懐かしい彼の声。
2006年02月13日
彼との会話はつい言葉に出さずに伝えてしまう。お互い心の声が聞こえると思うから。でも、それだけでは伝わらないものもある。妊娠してから、彼との行為避けてきたけど、もう安定してきたし・・・。ぬくもりが欲しいと思ってしまう。分かり合えるのは彼とだけだから。幽霊の夫婦に見られてるようで恥ずかしいけど。彼らにも刺激になるかな。幽霊になっても一緒に居られるなんて、ある意味うらやましい。生前はそれほど仲良くなかったみたいだけど。それにしても、死んだ時の記憶がないというのは、眠っている間に死んだのか、殺されたのか。つい考えてしまうのだ。息子はどうしているのかしら。考え続けていたら、まるで呼び寄せたように、突然息子の幽霊が現れた。やはり両親を殺して、自殺していたのか。そういうふうに婉曲に聞くと、息子は逆だと言った。家庭内暴力に悩んだ末なのか、眠ってる息子を二人で殺したらしい。そして、息子を森に運び、心中したのだ。でも、なぜ記憶がないのだろう。人は辛い過去を記憶から葬りさるという。息子を殺したことも、自分達が後を追ったことも忘れたかったのか。この家にとどまり、小さい頃の息子を懐かしんでいる。息子は家に戻りたくなかったのか。でも今頃戻ってきたのはなぜ?さまよっているうちに、この家に辿り着いてしまったという。やはり帰る場所はこの家しかなかったようだ。どちらにしても、哀しい親子だ。こういうことでしか、愛情を示せなかったのか。もっと生きてるうちに話し合えばよかったのに。今も、息子は両親に会おうとしない。両親も息子の存在に気づきながら、近づいてこないのだ。私が橋渡しするしかないかな。彼はなぜか見て見ぬ振りなのだ。自分の家族を見ているようで辛いのかもしれない。私だって、まだ両親にはわだかまりが残ってる。でも、だからこそこのまま放っておけないのだ。嫌がる息子の手を引っ張りたいところだが、幽霊だからそうはいかない。言葉で急き立てて、両親のところに連れて行く。お互い目をそらして、見ようとしない。「幽霊になってまで逢いたかったんじゃないの?まだ過去を引き摺ってるの?」私がそう言うと、ようやく顔を見合わせた。両親は済まなそうに息子を見つめ、「手にかけてしまって、申し訳なかった。許して欲しいとは言えないが、お前を犯罪者にはしたくなかったんだ。お母さんを殺してしまいかねなかったから。」と父が言う。母は、ただ涙ぐむだけで何も言えない。「そうかもしれないけど、なんでそう言葉で言ってくれなかったんだ。僕と話すことさえ避けていたじゃないか。苦しんでることを分かって欲しかったんだよ。」息子は泣きながら言っていた。こういうことを生きてるうちに伝えておけば、こんな不幸は起きなかったのかもしれない。心の声が聞こえたら良かったのに。息子が手を差し伸ばすと、両親が吸い寄せられるように近づいて、三人で抱き合って泣いていた。私までもらい泣きしてしまう。三人の姿が、だんだんぼんやりと薄れてきた。今度こそ思い残すことなく、天国にいけるのだろうか。それとも地獄へ?ともかく三人一緒ならいいよね。「ありがとう」遠くから声が聞こえた。私も、彼と生まれてくる子どもとで、生きてるうちに話し合える家族を作ろう。たとえ子どもは心の声を聞こえないとしても、分かり合えるように。(完) 飛び飛びの日記でしたが、読んでくださってありがとうございました。出来たら最初のページから読んでいただくと分かりやすいと思います。ページの最後の「続き」をクリックしていただければ、次のページが出ますので、どんどん読めますよ。ご感想、アドバイスもよろしくお願いします。
2006年02月04日
でも、一体息子はどこに行ってしまったのだろうか?まさか、両親を殺した後、自殺でもしていないか?でも、それならば、ここの家で一緒に死んだ方がいいよね。やはりどこかで生きてるのではないかと思う。そんなこと、母親に言っても気休めになるかどうか分からないけど。第一、息子が自分達を殺したとは思ってないのだから。 出来たら最初のページから読んでいただくと分かりやすいと思います。ページの最後の「続き」をクリックしていただければ、次のページが出ますので、どんどん読めますよ。ご感想、アドバイスもよろしくお願いします。
2006年01月28日
久しぶりなので、あらすじも兼ねてます(笑) なぜか不思議な同居生活が始まった。心の声が聞こえる私と彼と、幽霊になっても死んだことが信じられない夫婦。私と彼は、心の声だけでなく、いつのまにか幽霊の声まで聞こえるようになってしまっていた。研究所で、研究や訓練されていたせいかもしれない。そこを脱走して、この夫婦の家に転がり込んだのだ。夫婦には、家庭内暴力を振るっていた一人息子が居たのだが、気がついた時には、もう家に居なかったそうだ。私は、彼が両親を殺して、逃げたのではと思ったのだが、この夫婦は激しく否定する。もちろんそんなことは信じたくないだろう。子どもを身ごもってる私だって、そんなふうに思いたくはない。でも、知らないうちに夫婦二人とも死んでいて、息子がいなくなっていたというのは不自然だ。あまり追求すると、夫婦の機嫌が悪くなって、この家に置いてもらえなくなるから、よしてはいるが。彼はどう思っているのだろう。いつもは彼の思ってることは、心の声として、よく聞こえるのに、この点だけは分からない。彼もまずそんなこと考えたくないのかもしれない。私も彼も、親の愛に恵まれず、施設で寄り添いながら一緒に育ってきたのだから。お互い相手の心の声さえ聞こえればいいと、言葉も必要としていなかったほど。私は、彼さえそばに居てくれればいいのだ。それでも、研究所で、母国語だけでなく、外国語も訓練されたから、なんとか話せるようにはなったが。二人の会話は口に出す必要がなくても、夫婦に話すために必要だから、役には立った。また、それとなく息子のことを母親に聞いてみる。どんな子ども時代だったのかと。母親は息子を溺愛していたようだ。小さい頃の可愛さと、優秀さを褒めちぎる。過保護と過干渉だったのかも。父親は仕事に夢中で、息子のことは母親に任せていたくせに、息子が登校拒否でうちに引きこもると、母親の責任だとなじったそうだ。それでも、息子が母親に暴力を振るい始めると、うちから逃げろと言ったそうだが、母親は息子を見捨てるようで、出られなかったらしい。父親だけに任せられないという気持ちもあったのだろう。それまで関わってこなかったのだから。でも、これがきっかけで、やっと関わりを持てて、かえって良かったのだろうか。息子がSOSを出していたのかもしれない。息子がここに居たら、その心の声を私が両親に伝えられるのに。両親の心の声も・・・。今、息子はどこにいるのだろうか?夫婦は自分達を殺したかもしれない息子のことを心配し、成仏できないでいる。死体さえもないということは、誰かが死体をこの家から運びだしたということだ。やはり他殺なのだろう。夫婦は強盗殺人とでも思いたいようだが、息子も殺されたのなら、一緒に幽霊になってるだろう。 出来たら最初のページから読んでいただくと分かりやすいと思います。ページの最後の「続き」をクリックしていただければ、次のページが出ますので、どんどん読めますよ。ご感想、アドバイスもよろしくお願いします。
2006年01月27日
死んだという自覚さえない幽霊は、そのまま彷徨っているのだろうか。この家に居る複数の幽霊はどういう人たちなのだろう。私と彼は手を握り、顔を見合わせていた。とんだ幽霊屋敷に飛び込んでしまった。でも、他に行き場もないし、話を聞いてみようか。「あなたたちは、どういう関係なのですか?」恐る恐るきいてみる。「あんたたちこそ、どういう関係?」きつく聞き返されてしまった。「私たちは、恋人同士で、もうすぐ子どもも生まれるんです。」すぐには返事が返ってこず、さすがに子どものことは驚いたようだった。「そうなの。それじゃここにしばらく居てもいいわ。」諦めたように彼女は言う。「ありがとうございます。」「私たちはこの家に住んでる夫婦だけど、もう住んでいたと言った方がいいのかしら。」「そうですね。もう亡くなられているから。」「信じたくはないけど、やはり死んでいたのね。」「お子さんは居なかったのですか?」「居るけど、何年も前から見当たらないの。出て行ってしまったのかもしれない。」「なぜ、そう思うんですか?」「親子喧嘩ばかりしていたからね。喧嘩というより、家庭内暴力と言うのでしょうね。私は息子に暴力を振るわれていたの。」「なぜ、逃げなかったのですか?」「主人は逃げろと言ってくれたけど、私だけ息子から逃げる訳にはいかないわ。」「私が残るから、妻には家を出るようにと言ったんですが。」初めてご主人の声を聞いた。言うことの割には気弱そうな声だ。もしかしたら、その息子にこの両親は殺されたのかもしれない。寝ている間とかに。「息子が私たちを殺したなんて思ってないでしょうね。」心を読まれたのかと思って、びっくりした。いつもは読んでる私たちだから、逆の立場は慣れてない。「いくら暴力を振るっても、本当は優しいのよ。怪我した私をいつも心配して、手当てしてくれてたの。」「ではなぜ、そんな暴力を振るうんでしょうか?」「私に甘えてるのよ。私なら許してくれると思ってるんだわ。」「たとえ殺しても?」思わずそう言ってしまった。「そんなはずないと言ってるでしょう。」声を張り上げて言うのは、自分も疑ってる裏返しだ。息子が自分達を殺したとは信じたくないのだろう。「そうですね。今となっては確かめる術もないだろうから、強盗にでも殺されたのだと思ったほうがいいでしょうね。」慰めにもならないかな。「あなたたちこそ、強盗とかじゃないでしょうね。」「とんでもない。泊まる所を探してただけです。」「泊まるだけなら、いつまでいてもいいけど。」「助かります。良かったね。」彼と微笑み合った。 出来たら最初のページから読んでいただくと分かりやすいと思います。ページの最後の「続き」をクリックしていただければ、次のページが出ますので、どんどん読めますよ。ご感想、アドバイスもよろしくお願いします。
2006年01月20日
音楽サイトyamatomoで、「思いだすこと」の歌が聴けます。作曲と歌をやってます。良かったら聞いてみてくださいね。 研究所から逃げる時乗ってきたトラックが走り去った方向に歩くことにした。戻ったら、研究所に近くなってしまうものね。彼はまだ気分悪そうだけど、なんとか歩けるみたい。顔は笑ってるけど、やはりきつそうだ。私はつわりこそ少ないけど、無理は禁物。追っ手が来ないうちに逃げないと、とも思うが、二人とも走る体力はない。しばらく歩いていくと、人気のない家があった。別荘なのか、廃屋なのか、雨戸は閉まり、庭木や雑草が生い茂っている。チャイムを鳴らしても応答がない。玄関の鍵はかかっていたが、彼が体当たりしたら、壊れて開いた。中は埃だらけで、人が居る様子はない。もう何年も放っておかれているようだ。日も暮れてきたから、今日はここで休ませてもらおうか。「不法侵入だな」彼と顔を見合わせて、笑ってしまった。ここまできたら仕方ないよね。ソファやベットもあって、なんとか寝られそう。ともかく横になって休まないと。眠ろうとしたら、どこからか心の声が聞こえてくる。近くに誰か居るの?彼の声ではないし、外からというほど遠くない。まさかこの家に他の人が居るなんて。耳を澄ませて聞いていると、かすかな心の声が段々響いてくる。「私たちの家へ入ってきたのは誰だろう。」複数居るらしい。「ここに居るのに無視するなんて、図々しいわ。」「どこにいるの?」思わず声に出して言ってしまった。「目の前に居るじゃない。」何も見えないのだ。まさか・・・。彼も聞こえるらしく、青ざめている。「幽霊か?」「幽霊の心の声なんて聞いたことないわ。」「研究や訓練で、能力がアップしたのかもしれない。」「そんなものまで、聞こえたくない。」「そんなものですって?」怒りの声が響き渡る。「私たちは死んでなんかいないわ。」「じゃあどこにいるの?」「目に前に居るって言ってるでしょ。」ヒステリックな女性の声。そういえば、ぼんやりと煙のようなものが見える。「なんとなく見えたけど、人間には見えないわ。」「私たちが見えないのに、声は聞こえるのね。」諦めたのか、声のトーンが落ちている。彼女達は何者なのだろう?この家に住んでいた人たちか。でも、どうして死んでしまったのだろう。それも、死んだ自覚がないみたいだ。 出来たら最初のページから読んでいただくと分かりやすいと思います。ページの最後の「続き」をクリックしていただければ、次のページが出ますので、どんどん読めますよ。ご感想、アドバイスもよろしくお願いします。
2006年01月17日
音楽サイトyamatomoに、「あなただけではありません」という作曲した歌を載せてます。良かったら聞いてくださいね。 彼とは訓練の度、逃げる準備など話し合っていた。鳥のように飛べたらいいのだが、そんなことはできないしね。お腹の子も私たちの心の声が聞こえるのか、つわりもひどくなく、それほど目立たない。私たちの他にも研究材料にされてる人たちが入ってきた。ガードしているのか、あまり心の声は聞こえないけど。こういう特殊能力者は、案外いるものなのかしら。ともかく私たちから研究員の注意がそれることもあるだろう。また、ゴミ処理業者が入り込んでいる。何を研究してるのか不思議だろうな。ごみ処理のバスケットに潜り込んで逃げることにした。ごみに埋もれるのは嫌だけど、逃げるためにはしかたない。パソコンから大量の紙ごみが出て、シュレッダーにかけたものを、クッションにするから、大丈夫だろう。こういうときこそ、研究員やゴミ処理業者の心を読まないとね。なんとか私はバスケットごと研究所の外に出て、トラックに運び込まれた。バスケットから這い出して、トラックが停車した時、降りる。彼はどうしたのだろう。途中まで心の声が聞こえたのに。トラックから降りそこなったのか。ごみ処理場に連れて行かれたら危ない。あわててまたトラックに乗ってしまった。かすかに聞こえる彼の声。彼は埋もれて窒息しかけていたのだ。バスケットの中から彼を助け出す。息をしていない。人工呼吸して、息を吹き返した彼を、思わず抱きしめてしまった。彼も抱き返してくれた。良かったと思うのもつかのま、早くトラックから降りなければ。他のごみ処理の得意先に着いたのか、また停まった時、二人で隙を見て降りた。トラックは走り去っていった。もう安心だ。ところでここはどこなんだろう。元々研究所さえ場所も分からないまま連れてこられたから。ごみ処理の得意先は、何かの工場らしい。二人で働いていた工場に似ていて、懐かしい。小さな町工場だったけど、人情が残ってて良かった。心の声が聞こえても、それほど不快にはならなかったのだ。お給料は安かったけどね。ここはどういう工場なのだろう。働かせてもらう訳にはいかないかな。でも、またゴミ処理業者が来た時、顔を合わせたら分かってしまうかもしれない。やはりここで働くのは止めた方がいいな。二人で歩いて、どこかに辿り着かないと。彼もだんだん落ち着いてきたようだ。しばらく休めば歩けるだろう。まだ顔色は悪いけど。心配するなという顔をしてる。久しぶりに会ったのに、心の声は聞いてたから、そんな感じはしない。二人で今度こそ幸せになろうね。手を繋いで、歩き出した。
2006年01月16日
歌をクリックすると、「強さと優しさ」という歌が聴けます。止めたい時は、出てきたプレイヤーのストップボタンを押してください。 今はまだつわりも酷くないし、お腹も目立ってないから、気が付かれてはいないだろう。身一つのうちに、この研究所から逃げ出したいけど、なんとか彼に知らせる方法はないかしら。心の声も、こう遠くては届かない。子どもまで研究材料にされるのだけは防がないと。心の声が聞こえるなんて能力は遺伝しない方がいいと思うけど、彼もそうだから、どちらに似てもそうなってしまうかな。彼と一緒に逃げられれば、こんな心強いことはないのだけど。能力の研究と共に、外国語を話す訓練もさせられている。自国語も話せない私に、なんのための訓練なのだろう。スパイでも養成するつもりかしら?訓練の時は、彼も少しは近くにいるかもしれない。個室を出たときは、心のガードをはずそうと思った。翌日、訓練室に連れて行かれ、心の耳を澄ました。かすかに彼の心の声が聞こえた。でも、弱くてよく聞こえない。周りの雑音が多すぎる。集中するのだ。私の名を呼んでいた。私も彼の名前を呼ぶ。そして「あなたの赤ちゃんが出来たのよ」とも。急に彼の歓声が聞こえた。喜んでくれてるみたい。良かった。こんな状況で、嬉しいとばかりは言ってられないけど、やはり二人の愛の結晶は嬉しいよね。「産んで研究材料に取り上げられる前に、ここを逃げ出したい」と言うと、彼は「わかった。でも、うかつには動くな。僕が準備するから、待っててくれ。」と言う。父親になったら、前よりもっと頼もしくなったみたいだわ。彼の言葉を信じて待とう。でも、彼の不安も分かってしまうのが辛いよね。私の不安もだけど。お互い弱いところがある人間だから、かえって信じ合えるのだ。強いだけの人間なんて、人の弱さや痛みが分からないものね。親の愛情に恵まれない子どもだったからこそ、自分の子どもは愛してやりたいと思う。それは彼も同じだった。お互い家庭に飢えていたのだ。これで私たちは本当の家族になれる。そう信じていた。
2006年01月15日
ここをクリックすると、動画と詩が見られます。「雪の二人」をクリックすると、作詞作曲した曲が聞けます。 心の声は相変わらず聞こえるけれど、なるべくガードして聞かないようにしている。それでも彼の声だけは、はっきりと聞こえるのはなぜだろう。お互いに惹かれあう気持ちがそうしているのかしら。言葉を口にする必要はない。でも、話す訓練のために、少しずつ口にするようにした。うちを飛び出したまま、彼のアパートに転がり込んだ。父は探しには来ないだろう。厄介払いが出来たと思ってるかもしれない。義理の母や兄弟達なら尚更だろう。私も彼の工場で働かせてもらうことにした。流れ作業を無言でする仕事なら、なんとか出来る。なにより彼の心の声が聞こえる距離に居られるのが嬉しい。うるさい工場内でも、心の声なら聞こえるしね。「今日の夕食何がいい?」なんて会話も出来て、新婚みたいだ。二人で働いても、生活はギリギリだったけど、一緒に居られるだけで幸せだった。その幸せも長くは続かなかった。いきなり、知らない男達がアパートに押しかけ、研究所に連れて行かれたのだった。そして、彼とは離れ離れにさせられた。どれくらいの距離まで、心の声が聞こえるとかの研究だった。私たちにそんな能力があることを知っているのなら、なぜ、子どもの頃、発達障害などと言ったのだろう。そう言われなければ、父も私を捨てることはなかったのに。でも、かえって、特殊能力者だからこそ、施設に預けられたのだろうか。だんだん分からなくなってきた。彼も両親が死んだと聞かされたらしいが、それも本当だったのか怪しいものだ。私たちが施設で二人きりでしか遊ばなくても、誰も止めるものはいなかったのだ。疑えば切りがなくなってくる。彼とは別々に研究材料にされているうち、私はあることに気が付いた。子どもを身ごもっていたのだ。でも、こんなところで産んだら、この子も研究材料にされてしまうだろう。なんとかここを逃げ出したい。彼とは距離があるのか、心の声は聞こえない。どうしたらいいのだろう・・・。
2006年01月13日
「厳冬」という曲を聴いてください。 人の心の声が知りたい。そう思うことってあるよね。私はあの人にどう思われているのかな?自分の本当の心さえ分からないのに。聞きたいけど、嫌なことなら聞きたくない。そう思ってしまうけど、私には嫌でも聞こえてしまうのだ。それを知ったのは子どもの頃。口を開かなくても言葉が聞こえる。みんなも聞こえているのだと思っていた。だから話さなくても分かってもらえると思って、言葉を話さなかった。そうして私は発達相談に連れて行かれたのだった。なぜか母は私が話さなくても分かってくれた。たぶん母も同じような体質だったのだろう。だが、その母を幼い頃亡くし、分かってもらえる人を失ってしまった。父は戸惑い、相談所に連れて行き、発達の遅れを指摘された。ただでさえ母を失い、子育てに戸惑っているのに、手のかかる発達障害だなんて・・・。父は私を手放した。私は施設に預けられ、ますます口を聞かなくなった。口だけでなく、心も閉ざしてしまったのだ。人の思ってることは分かるから、別に不自由することはない。ただ自分の意思を分かってもらおうとするのを諦めさえすればよかった。流されるままに生きてきた。あの人に逢うまでは・・・。私は普段、なるべく人の心を聞くまいと心にガードをかけている。醜い心の声を聞きたくないから。それでも強い心の声は聞こえてきてしまう。いくら心の耳を塞ごうとも・・・。そうして聞こえてきたあの人の心の声。聞くまいとする私の心が聞こえて、それを不思議がっていたのだ。私もうつむく顔を上げると、あの人と目が合った。お互いに同類だと分かった瞬間、思わず手を差し伸べてしまった。そしておそるおそる手を取り合った。彼も言葉は話さなかった。それでも通じるのだから。母が亡くなって以来、初めて私の心を分かってくれる人に出逢った。彼は同じ施設に入所してきた人だった。やはり口を聞かず、両親の死後、ここに来たのだ。二人は似たもの同士として、一緒に過ごすようになった。他の誰とも話さなくてもいい。彼とさえ居れば、それで安心できるのだ。手を繋ぐことしか出来なかったけど、私たちはそれで幸せだったのだ。このままずっとこの施設で彼と暮らしていたかった。だが、この施設に居られるのも、高校卒業までだ。彼は一つ年上で、一年早く施設を出る。就職して、自立して、私を迎えに来ると言っていた。もちろん心の中でだが。でも不景気で、しかも施設育ち。なかなか就職口は見つからない。やっと見つかったのは、住み込みの工場の仕事で、一緒に住むわけにはいかないのだ。彼はお金を貯めて、部屋を借りると言った。私も高校を辞めて働きたいと思った。でも、高校くらい出ておけと彼は言うのだ。離れていると心の声も聞こえない。電話をすればいいのだけど、もうどうやって話していいかさえ分からなくなっていた。携帯も持っていない私たちは、手紙を書くしか出来なかった。それさえ、そんなに頻繁には書けない。私は書けても、彼には余裕がないのだ。私は自分の心の持って行き場を失って、ますます自分の殻に閉じこもった。このまま彼さえ失ったら、私はどうなるのだろう。彼を知る前なら、孤独も耐えられたのに。引き込もりになりそうになったが、高校の単位を落とさない程度に登校し、なんとか卒業することは出来た。でも、そんな状態では就職は出来ない。私は彼の足手まといにはなりたくなかった。かといって、一人で生きていく術もない。仕方なく、父を頼っていった。父は再婚し、新しい母との間に子どももあった。迷惑そうな顔をされても、ここにいるしかないのだ。彼とは連絡を絶っていた。でも、施設で聞いたのか、彼が突然訪ねてきた。なぜ自分から逃げるのかと。彼の声がいやおうなく聞こえる。私を責めているのではなく、彼自身のふがいなさを嘆く声にとても耐えられない・・・。私は家を飛び出した。あわてて追ってくる彼。腕をつかまれて引き寄せられる。温かい胸に顔を埋めると涙がこぼれてきてしまう。「このまま彼を頼ってしまおうか。でも、そんなことしたら、彼の重荷になってしまう。」そう思ってることさえ、彼には聞こえてしまうのだ。「それでもいいよ。一緒にいよう。」彼の優しい声が聞こえてくる。私の凍った心が溶けていくのを感じた。崩れ落ちる体を支えるように抱きとめてくれる彼。なんとか部屋を見つけて迎えに来てくれたのだ。私も仕事を探そう。口がきけなくても出来る仕事はあるはず。話そうと思えば話せるかもしれない。もし二人の間に子どもが生まれ、その子が私たちのように心の声が聞こえる体質でなかったら、私たちの声は届かないのだ。二人だけなら通じるけれど。そう思ったことは彼にも聞こえている。彼も話すことを考えていた。二人だけの世界に閉じこもっていたけれど、二人だけでは生きていけない。一人ではもっと生きられないけど。心の声は聞こえても、自分の声は伝えられない。言葉を話してみようとやっと思えるようになった。二人で共に社会で生きていくためにも。
2006年01月12日
一人で山登りはきついな。大した山ではないけど。十五夜の時は、かぐや姫と一緒だったから、もうすぐ離れ離れになると思っても、いや、だからこそ、居てくれるだけでよかったのだ。十三夜の今日、一人で同じところを登っていると、まざまざと浮かんできて、切なくなる。彼女がいないことを思い知らされるのだ。ようやくお昼を食べた場所に着き、一息つく。コンビニ弁当を買って、一人で食べるのはわびしい。かといって、何も食べないのでは持たないしな。さっさと食べて、また無心に登り始めた。涼しいというより、寒くなってきた。もう汗ばむことはない。それでも、歩き続けていると、体が温まってきて、力が湧いてくる。うちに閉じこもっているより、ずっといいな。木々の間から日が差し込み、足下をちらちらと照らす。枯葉が舞い、行く手をさえぎる。それでも進むしかないけど。前より早めに頂上に着いてしまった。これから、一人で夜を待つのも辛いなあ。展望台から街を見下ろすと、なんて小さいのだろうと思ってしまう。人間なんてとても見えない。くよくよ考えてても仕方ないんだよな。月から見て、地球の人間が見えるわけがないと思うのだが、かぐや姫は人間じゃないからな。宇宙人なのか、なんて思ってしまう。そうとも思えないのだが。まあ、月の精というところかな。夕焼けが辺りを包んできた。ようやく夜が近づいてくる。まだ月はぼんやりとしか見えないが、確かに満月に近い。あそこに彼女がいるんだよなと見つめていると、かすかに動くものがある。それがだんだん大きくなり、彼女の顔に見えてくる。また幻覚が見えるのか。そして幻聴まで。「来てくれてありがとう。約束を守ってくれたのね。十三夜の今日だけ逢えるの。私はもう地球に行けない。たとえ行けても、またあなたを苦しめるだけ。もしあなたが月に来てくれたら、私たちは永遠に一緒に居られるのよ。」彼女が微笑みながら答えを待っている。そんなことが出来るのだろうか。「地球人と月の精は交われないのではなかったのか?月には空気も水もないから、僕は生きられないよ。」一緒にはいたいけど、不安になってしまう。それに地球にも未練はあるのだ。「心配しなくても大丈夫よ。私があなたを守るわ。」僕に手を差し伸べる彼女。その手を取っていいものか。この一ヶ月の生活を思い出した。抜け殻のようになってしまった日々。またそれを繰り返すのか。それなら彼女と月に行くのもいいかな。白い手が伸びてくる。僕がその手をつかむと、細いくせに力強く引っ張るのだ。僕はただその手を頼りに空を上っていく。このまま月まで行くのだろうか。彼女の片えくぼを見つめているしかなかった。翌日、展望台で死んでいる男が発見された。見つけた人が不思議に思うほど、その男の顔は幸せそうだった。彼の魂は月に上ったのだろうか。(終わり) 最後まで読んでいただけて、ありがとうございました。これで心置きなく仕事にも打ち込めますね(笑)出来たら最初のページから読んでいただくと分かりやすいと思います。ページの最後の「続き」をクリックしていただければ、次のページが出ますので、どんどん読めますよ。ご感想、アドバイスもよろしくお願いします。
2005年10月11日
あれからどう過ごしてきたのだろう。朝起きて仕事に行っても、心ここにあらずで、仕事だけ無感情にこなしてる。まだすることがあってよかったと言う感じだ。うちに帰ってからの長い夜。もの思いにふけると、かぐや姫の姿が見えてくるようだ。だから何も考えたくない。何も見たくない。ただ、時間だけがぼんやりと過ぎていく。涙も出ないほど、心が死んでいる。こんなんじゃいけないと自分を奮い立たせるのだが、なかなか力が出てこないのだ。彼女と逢う前は何をしていたのだろう。何を考えていたのか分からないほどだ。彼女が置いていった服や香水「ナイルの庭」を、処分しきれずにまだこの部屋に置いてある。さすがにダンボールに詰め込んで、見えないようにはしてあるのだが。なぜか香りだけはするのだ。詰め込んだ時にこぼれてしまったのか。ドアを開けると「お帰りなさい」の声が聞こえたような錯覚。この香りのせいなのか。目を瞑るとその香りだけまとった彼女のしなやかな肢体が目に浮かんでくる。振り払おうとしても、頭から離れないのだ。それならいっそ、その肢体を抱いてしまおうか。夢の中で。もう現実と夢幻の区別がつかなくなっているのか。カーテンからこぼれ射る月光に浮かぶ彼女が見える。僕もとうとう幻覚を見るようになったのか。怖くなって、ふと我に帰る。そういえば今日は何日だろう。カレンダーさえも見ていない。慌ててカレンダーを見ると、10月15日に丸がつけられ、「十三夜」と書いてあった。携帯を見ると今日は14日。もう明日だ。いつの間に一ヶ月近く経ってしまったのか。彼女が「十五夜だけでは片見月になるから、十三夜もお月見してね。」と言ってたのを思い出す。そのために彼女が書いておいたのだろう。「同じ場所でなければ。」とも言ってたな。なぜあんなに十三夜の月見にこだわっていたのかな。わけは分からないが、またあの山を登らなければいけないのか。それもたった一人で。でも、そこから月を眺めれば、少しでも彼女の近くに行ける気がする。明日は行ってみよう。そうすれば、こんな状態から抜け出せるような気がする。気休めかもしれないが。 出来たら最初のページから読んでいただくと分かりやすいと思います。ページの最後の「続き」をクリックしていただければ、次のページが出ますので、どんどん読めますよ。ご感想、アドバイスもよろしくお願いします。
2005年10月10日
かぐや姫が月に帰ってしまった。この目で見たはずなのに、今でも信じられない。まるで長い夢を見ていたようだ。いつの間にか、一人でこの部屋にいる。どうやって帰ってきたんだろう。彼女が地球にいたことさえ、現実とは思えない。でも、この部屋にある、服や香りは何なんだ。レモンイエローのワンピースがハンガーにかかり、「ナイルの庭」の残り香が漂う。香水も置いていってしまったのか。その香りが僕に彼女を思い起こさせる。みんな処分してしまおうか。でも、記憶はどうしたって消えないのだ。どうせなら、彼女が居た頃を思い出しながら過ごしていこうか。忘れようと思っても忘れられないのだから。こうしていると、今にも彼女が、「ただいま」と言って、帰ってくるような気がする。今はただ、遠くに出かけてるだけなんだ。彼女が帰るところはこの部屋しかないはずなのだから。僕の胸に戻ってくるのを待っていようか。飛び去った小鳥を、空のかごを抱えて待ってるようだ。さえずりが耳に、温かい感触が手にまだ残っている。彼女がここに居るような幻を感じる。気配を感じて振り向けば、確かにそこに居たのだと思う。でも、姿は見えないのだ。独りでいるとおかしくなってしまいそうだ。この部屋には想い出がありすぎる。耐え切れず、部屋の外に出た。見上げれば月が目に入る。月を見てはいけない。彼女を思い出してしまうから。これからずっと下を向いて歩くのか。このままでは自分が駄目になる。そう気づいて、重い足取りを引きずりながら、部屋に帰ってきた。今は何も考えずに眠りたい。彼女の夢など見たくない。飲めない酒をあおり、布団にもぐりこむ。香りさえも侵入しないように、頭から布団をかぶって。 出来たら最初のページから読んでいただくと分かりやすいと思います。ページの最後の「続き」をクリックしていただければ、次のページが出ますので、どんどん読めますよ。ご感想、アドバイスもよろしくお願いします。
2005年10月08日
二人で抱き合いながら泣いてしまうなんて、自分でも情けないよな。せめて僕だけはしっかりしないと、と思ってるのに。かぐや姫はもうすぐ月に帰ってしまうんだ。頭では分かっていても、とても信じられない。そんなこと信じたくないのだ。十五夜の夜だと言うのに、月の使者なんて来ないじゃないか。たとえ来たって、帰すものか。彼女を抱きしめる手に力がこもってしまう。「苦しいよ。」しゃくりながら、あえいでいる。少し手を緩めて、彼女の顔を覗きこむ。「ごめん。離したくなくて。」「嬉しいけど、痛いよ。」涙で濡れた顔で笑ってみせる。こんな時でも笑顔が眩しいな。こんな時だからこそか・・・。やっぱり引き止めるのは無理なのかな。未練を断ちがたい。月が急に大きくなったように見えた。光が膨らんで、何かが降りてくる。月の使者か。彼女を渡すものか。肩をぐいと引き寄せた。降りてきたのは、天女のような女性だ。最初かぐや姫に逢ったときのような薄絹を着ている。羽衣というべきなのだろうか。「今までかぐや姫を守ってくださって、ありがとうございます。」丁重に頭を下げられると、調子が狂うなあ。「どういたしまして。」僕まで礼をしてしまう。「今日はかぐや姫をお迎えに来ました。」そう言うと、彼女を引っ張っていく。言葉は柔らかいが、力は強いのだ。女性とは思えない。「彼女は僕といるんだ。」引き戻そうとするが、力が入らない。どうしたというんだろう。彼女はうつむいているばかりだ。「さあ、帰りましょうね。」月の使いは彼女を促した。「帰りたくない。」声は小さいが、凛として言う。「そんなわけにはいかないのです。」有無を言わせず、連れ帰ろうとする。僕は体が動かなくなって、口さえも思うように動かない。目だけが彼女を追っていく。「十三夜の月を見てね。」振り返りながら、彼女が叫ぶ。首を縦に振ったつもりだが、彼女に伝わっただろうか。だんだん遠ざかって行く彼女を見ながら、また涙がこぼれてきた。せめて彼女の姿を目にとどめたいのに、霞んできてしまう。涙をぬぐおうにも、手が動かないのだ。ただ呆然と立ちすくんでいるしかなかった。空のかなたの彼女が霧のように消えていくのを見つめながら。 出来たら最初のページから読んでいただくと分かりやすいと思います。ページの最後の「続き」をクリックしていただければ、次のページが出ますので、どんどん読めますよ。ご感想、アドバイスもよろしくお願いします。
2005年10月07日
無理にかぐや姫のものを処分することはないよな。たとえものがなくたって、忘れられるわけがないんだから。このお弁当だって、無理して全部食べる必要はないのかな。なんて思ってるうちに、彼女も頑張ってたいらげてしまった。「お腹一杯。もう歩けない。」僕にもたれかかってきた。「しょうがないなあ。山頂まで行くんだろう。」「だって、お腹が重いんだもの。」「そんなに一杯食べなくてもいいのに。」急に黙り込んでしまう。僕と同じ思いなのだろうか。「もう少し休憩してから行くかい?」「いいよ。腹ごなしに歩くから。その代わり、引っ張ってね。」「重くて引っ張れないよ。」「ひどい」唇を尖らせると小鳥みたいだ。「じゃあ行くよ。」手を差し伸べると、すがるようにつかまってくる。切なくなるけど、懸命にこらえて立ち上がらせた。最後までもつかな・・・。手を繋いだまま、先に歩き出す。「そんなに引っ張らないで。痛いよ。」「引っ張ってと言ったくせに。」後ろを振り返らずに言う。「もう少し優しくして。」哀しげな声出すなよ。こっちまで哀しくなるじゃないか・・・。「ごめん。」歩調をゆっくりにした。二人で黙々と歩く。段々日が傾いてきた。林が切れたところから、ふもとの湖が見える。夕焼けが映って、紫色になっている。幻想的な眺めだなと見入ってしまった。彼女もじっと見つめている。でもその目はもっと遠くを見ているようだ。僕は目に入らないのだろうか。目が潤んでいるように見えたのに、急にこっちを見ると「早く行こう。」と手をつかんで歩き出す。いつの間にか手が離れていたんだな。それさえ気がつかないなんて。今度は彼女に引きずられるように、山頂へ向かった。そこに行くと月の使者が来てるような気がして、足取りが重くなる。まだ月も出てないのにそんなわけないよな。自分にそう言い聞かせながら、足を進める。やっと着いた時は、もう暗くなっていた。うっすら月も出てきた。やはり満月だ。昨日とどこが違うのかと思うが、微妙に違うんだろうな。たったそれだけで帰ってしまうとは。彼女を探すと、展望台のベンチに座って、ぼんやり月を見上げてる。「十五夜のお月見をしたら、十三夜にも同じ場所でお月見しないといけないのよ。」つぶやくように言っている。「ここでまた十三夜の月見をしないといけないのか?」「片見月と言って、両方見ないと不吉なんですって。」「脅かさないでくれよ。」笑おうと思ったけど、頬が引きつってしまった。一人でまたここまで月見しに来るなんて、勘弁して欲しいよ。二人だって大変なのに、一人なんて淋しくてやってられない・・・。「無理して来なくていいのよ。」ぼそっと独り言のようだ。「分からないよ。そのときになってみなきゃ。」これが本音だ。「そうよね。」なんか他人事のように浮け流す。ベンチの背もたれに体を預けたまま、身動きひとつしない。揺り動かしたいような気がしてくる。このまま月に連れて行かれるのは嫌だ。「十三夜の月見に来るよ。」うつろな目が僕を見据える。「本当?」正気を取り戻した目だ。その目から涙が零れ落ちた。思わず抱きしめてしまう。「必ず来るよ。」「きっとね。約束よ。」僕まで涙が溢れてしまっていた。 出来たら最初のページから読んでいただくと分かりやすいと思います。ページの最後の「続き」をクリックしていただければ、次のページが出ますので、どんどん読めますよ。ご感想、アドバイスもよろしくお願いします。
2005年10月06日
かぐや姫はまだすやすや眠ってる。可愛い寝顔を見られるのも今日が最後か。カーテンを開けると、朝日が彼女を照らす。眩しそうに顔をくちゃくちゃにして伸びをしている。子猫のようだね。その姿が僕には太陽より眩しいよ。君が目を開けたら、最初に見るのが僕でありたい。初めて見たのが親だと刷り込まれるひよこのように。月から来て、最初に僕を見たから付いてきたのかい?でも、いろんな人に会っても心変わりしなかったよね。僕のために降りてきたと言った君の言葉を信じているよ。「おはよう・・・。」まだ寝ぼけまなこで、声もあくび交じりだよな。「おはよう。早く起きて支度しなくちゃね。」ハッパをかけて、彼女を抱き起こす。驚いたのか、目を見開いて僕を見つめた。首に手を回し、抱きついて耳元でささやく。「起き上がらせて。」ドキッとしたが、冷静なふり。「しょうがないなあ。」とお姫様抱っこでベットからおろす。最後まで甘えて惑わすんだ。まあ、いきなりよそよそしくなっても嫌だけど。朝食を食べたら、お弁当作り。昨日の残りものを詰めて、散らし寿司もおにぎりにした。それとお菓子を持って、展望台へ出かける。まるで小学生の遠足のようだ。山の上というから、結構歩きそうだな。秋と言っても、まだ暑いけど、山に入ると結構涼しい。木々を揺らす風が、僕達を包む。木漏れ日が彼女の顔に当たってキラキラしている。涼しいとはいえ、歩き続けてると汗ばんできた。「疲れないか?」自分のことを棚に置き、彼女に聞いてみる。「大丈夫よ。あなたこそ、もう疲れたの?」挑戦的な口ぶりだ。「そんなことないよ。まだまだ歩けるさ。」と言いながら、日頃の運動不足で少し足が重い。彼女は軽い足取りで、さっさと前を歩いてくのだ。まさか僕から休憩しようとは言い出しにくいしなあ。それを察したのか、急に振り向いた。「お弁当どこで食べる?」山道だから、食べるところはない。やはり頂上まで行かないと駄目かな。そこまで行くには時間がかかりすぎるか。迷って答えられないうちに、「ここで食べましょうよ」いきなり山道に座り込む彼女。いつも突拍子もないこと言い出すんだよな。「ここは道の真ん中だよ。」あきれ声になってしまった。それでも動かないから、ここで仕方ないか。「通行の邪魔になるから端っこにしよう。」シートを小さく折りたたんだまま、二人で並んで座る。行楽日和なのに、なぜか人が通らない。安心してお弁当を食べだしたら、熟年の夫婦らしきカップルが通った。微笑ましいと思われたのか、笑って会釈された。こちらも会釈して返す。あんな年まで一緒に連れ添えたらよかったのに。彼女を見ると、黙々と食べている。まるで自分が地球にいた痕跡を残さないでおこうとするかのように。僕もそんなに食欲ないけれど、無理して食べてしまった。彼女が作った料理だけが目の前にあるなんて耐えられないから。処分すればいいのだろうけど、手作りを捨てるのは忍びないよな。うちにある彼女の服や香水はどうしよう。僕に捨てられるのだろうか。 出来たら最初のページから読んでいただくと分かりやすいと思います。ページの最後の「続き」をクリックしていただければ、次のページが出ますので、どんどん読めますよ。ご感想、アドバイスもよろしくお願いします。
2005年10月05日
箸をとめたまま、もの思いにふけっていたから、かぐや姫が心配そうに僕をのぞきこむ。「何を考えてるの?」「何も。」と言っても信じないよな。「明日はその展望台に行こう。」「嬉しい。ありがとう。」なんでそんなのが嬉しいんだろう。無邪気に喜ぶ彼女を見ていると、「少しでも月に近いほうがいいのかい。」つい皮肉っぽく言ってしまう。「そうじゃないわ。ただ自然の中に帰りたいの。」彼女の言葉が消え入りそうになる。「ごめん。責めるつもりはないんだ。」僕まで弱気になっちゃうじゃないか。また、沈んだ雰囲気になってしまった。こんなままで別れるのは嫌だな。「夜の散歩に行こうか。」食事の片付けもそのままに彼女を連れ出した。月夜の晩にかぐや姫と散歩もしゃれてるだろう。明日が満月だけど、今日もほとんどまん丸に近い。少しだけ欠けてるところが今の僕たちみたいだな。どことは言えないけど、足りない気がするのだ。彼女も月を見上げながら、立ち止まってしまった。明日はあそこからお迎えか。昔、帝が兵を大勢揃えても月の使者には敵わなかったのだ。僕一人が抵抗しても無駄なんだろうな。彼女こそ、何を考えてるんだろう。月を見てる彼女の横顔を見つめながら、ぼんやり思っていた。急に僕の方を向いたかと思うと、小鳥のように僕の唇をついばんだ。あっけに取られていると、微笑みながら後ずさりする。危ないから、手で支えようとすると、くるりとひるがえって、逃げてしまった。追いかけようと思うのに、なぜだか足が動かない。手だけが虚しく宙をつかむ。一体どうしたんだろう。彼女がどんどん遠ざかる。振り返って手を振るくせに、戻ってきてはくれないのだ。このまま月に帰ってしまうのか。大声で彼女を呼んだら、その声で目覚めてしまった。夢だったのか。それにしてもいつの間に眠ったのか。布団に入っているのだ。起き上がって見ると、彼女もベットで寝ている。もう朝なんだな。最後の一日の始まりだ。 出来たら最初のページから読んでいただくと分かりやすいと思います。ページの最後の「続き」をクリックしていただければ、次のページが出ますので、どんどん読めますよ。ご感想、アドバイスもよろしくお願いします。
2005年10月04日
僕の背中に押しつけた頭が震えているから、かぐや姫が声を押し殺して泣いてるのが分かる。振り向いて抱きしめたいけど、手を後ろにやって頭を撫でる。髪が柔らかくて滑ってしまう。震えが止まった。少し落ち着いてきたようだ。「お腹空いたな。もう出よう。」わざと明るく振舞って、彼女の気を引き立てようと思う。もちろん自分のも。「うん。支度してくるね。」彼女は素直にバスルームから外に出た。ゆっくり着替えていると、いい匂いがしてくる。「今日はなんだい?」「ちらし寿司と煮物と酢の物とお吸い物。」みんな和食だな。しょうがないけど。本当は洋食の方が好きなんだけど、彼女と暮らしてから、和食が多くて慣れてきたんだ。健康にもいいらしいし。帰ってしまったら、また外食か、コンビニ弁当か。今はそんなこと考えたくないな。彼女が張り切って作ってくれたんだから、たくさん食べなきゃと思った。でも、胸が一杯でなかなか食べられない。「美味しくない?」心配そうに見つめるから、「美味しいけど、昼食べ過ぎちゃったんだ。」と笑ってごまかす。「そう。良かった。」そんなこと言ってる彼女自身だって、あんまり食べてないじゃないか。いつもより多く作ったくせに。二人とも無口になってしまう。「明日、休みを取ったんだ。行きたい所ないかい?」沈黙に耐え切れず、唐突に言ってしまった。「私、知らないからなあ・・・。そういえばお客さんで月が大きく見えるところを教えてくれた人が居たの。」もう月はいいよ。そう思いながらも、一応聞いてみる。「どこなの?」「山の上の展望台ですって。」少しは月に近いかもしれないけど、大きく見えるってほどじゃないよな。でも、彼女が行きたいって言うんなら、行ってみようか。そのまま月の使者に連れていかれてしまうのかな。それならそれでも仕方ないか。ここにいたって、迎えがくるんだろうし。彼女がいなくなったら淋しいと思う。でもこの辛さから開放されるかもしれない。矛盾してるけど、そう思ってしまうんだ。彼女が好きでいとおしいと思う。その気持ちに嘘はないのに。だからこそ、一緒に居ても抱けない苦しみ、切ない気持ちに負けてしまいそうになる。自分が弱いから、依存してしまいそうで怖い。でも、彼女がいなくなったら、僕に何が残るんだろう・・・。今から呆然として、どうするんだ。 出来たら最初のページから読んでいただくと分かりやすいと思います。ページの最後の「続き」をクリックしていただければ、次のページが出ますので、どんどん読めますよ。ご感想、アドバイスもよろしくお願いします。
2005年10月03日
かぐや姫には涙を見られてないと思う。自分の弱さを見せたくないと思ってしまうのだ。人間なんて誰だって弱いものだけど、それを隠して生きている。弱さをさらけ出したら、そのまま崩れてしまいそうな気がするからだ。でも、好きな人にはその弱さまで分かって欲しいとも思う。そう思いながらも、彼女に見せるのが怖いんだよな・・・。彼女が明日の満月の夜までしか地球にいられないのなら、せめていい思い出をつくってやりたい。特に僕とのね。今日は仕事にいかないといけないが、昨夜ほとんど寝てないせいか、力が入らないなあ。今日ちゃんとやらないと明日休みが取れない。なんとか頑張らなくっちゃな。彼女は今夜もバーに行くつもりだろうか。ずっと一緒に過ごせる夜は今夜限りだというのに。まだ「月に代わってのお仕置き」をするつもりなのか。人間なんて醜いから、そんなことしても切りがないよな。そういう自分も醜い人間の一人なのだが・・・。なんとか今日の仕事をこなして、うちに辿り着いた。今日は疲れたなあ。やはり睡眠不足がたたるよ。「ただいま」声にも疲れが出てるな。「お帰りなさい」といつも聞こえる声がしない。もう帰ってしまったのか?慌てて部屋の中を探す。狭い部屋の中だ。隠れる訳にもいかない。どこに出かけたんだろう。もうバーに行ってしまったのか。でも、今日は早めに帰ってきたのに。そう思っているうちに、「ただいま」元気な彼女の声がした。「どこ行ってたんだ。探したじゃないか。」責めるような口調になってしまう。心配し過ぎたせいだ。「買い物に行ってたのよ。今夜はご馳走作ろうと思って。」買ってきたものを両手で抱えながら、涼しそうに微笑んでいる。「こっちの気も知らないで。」思わずつぶやいてしまった。「どんな気?」からかって聞く彼女は小悪魔のようだ。「なんでもないよ。」とても対抗できないよな。「そう。ならいいけど。夕食作る間に、お風呂でも入ってて。」新婚みたいだな。それもあと少しだけど。僕は湯船に入っているうちにうとうと寝てしまったようだ。「起きて。もう夕食の用意できたのよ。」と彼女がバスルームに入ってきた。「どうせなら背中流してあげましょうか?」なんて言うから、「頼むよ。」と言ってしまった。背中を洗ってもらってる間に「今日は仕事に行かなくていいのかい?」努めて優しく言うと、「もういいの。どうせやめるんだし、今夜はあなたのそばにいたいの。」甘えるように言われるとくすぐったい。「嬉しいな。」心が温かくなってくる。こんな幸せがいつまでも続くといいのに。でも束の間だからこそ貴重なのかも。今このときを大切にしないとな。背中をこする手がふと止まった。「もう終わりでいいよ。」彼女の返事がない。背中に頭をもたれてきた。その重みを感じていると、何も言えなくなってしまった。 出来たら最初のページから読んでいただくと分かりやすいと思います。ページの最後の「続き」をクリックしていただければ、次のページが出ますので、どんどん読めますよ。ご感想、アドバイスもよろしくお願いします。
2005年10月02日
いつの間にか二人ともそのまま眠ってしまったようだ。朝日が差し込んできて、眩しさに起きてしまった。隣にかぐや姫が横になってる。はっとして起き上がってしまった。胸に耳を当てて生きているか確かめる。大丈夫。息をしている。交わっても記憶が無いなんてことはないよな。酒を飲んでたわけでもないのだから。でも、自分の理性に自信がないから不安なのだ。そのくせ、眠り姫に目覚めのキス。舌を入れたら、かすかに反応した。ぼんやり目を開けて、僕を見つめる。まっすぐな瞳が眩しくて、僕が目をそらしてしまう。「おはよう。」無邪気な声は以前のままだ。「おはよう。」彼女に顔を向き直して答える。昨夜のことは夢のようだが、本当だよな。こうして同じベッドにいることがその証拠だけど。彼女の裸体を思い出し、慌ててベッドから降りた。「何か着たら」そう言って、バスルームに駆け込んだ。僕がここにいる間に何か着て貰わなくちゃな。目の遣りどころに困るよ。僕もそう冷静では居られないから。「もういいかい?」「まーだだよ。」甘く間延びした声。のんきだよなあ。「もういいかい?」「もういいよ。」今度は大丈夫らしい。安心して出て行くと、まだネグリジェだ。「早く服を着てくれよ」「じゃあ服を選んで。」甘えてるな。といっても、彼女はあまり服を持ってないから、選びようがない。もっと買ってあげると言ったのだが、遠慮してるのか要らないというのだ。バーには貸衣装があるらしい。まあ、そんな服を普段に着るわけにはいかないけど。とにかく少ない服の中から、ワインレッドのキャミソールと黒のスカートを選んだ。もう涼しくなってきたから、白のレースのカーディガンも。手渡してから、またバスルームへこもる。まったくどっちが部屋の主か分からないよな。やっと着替えたらしく、僕の名を呼んでいる。いつまでこうして呼んでくれるのかな。十五夜といえば、もう明後日だ。今日、明日しか彼女と過ごせないというのか。残された日々をどう過ごそう。仕事も休んでしまおうかと思ってるところへ「はい、お弁当。」と愛妻弁当?を手渡されてしまった。「一体どうしたんだい?」「せめてこれくらいはしてあげたいの。」けなげだよな。これでは仕事に行かない訳にはいかない。「明日は休みを取ってくるよ。」「嬉しい!」手を叩いて喜んだものの、「最後の日だものね。」急にしんみりしてしまった。僕はから元気を出して、「何がしたい?行きたいところとか考えておいてくれよ。」と勢いよく言った。そして、すぐにドアから外に出た。涙が出そうになったからだ。
2005年10月01日
かぐや姫は僕のキスで泣き止んだが、まだ濡れてる瞳で見つめられると、切なくなってしまう。キスだけにしておこうと思うのに。彼女の体を覆ったタオルケットを引き剥がしたい衝動にかられるけど、それを隠すように、タオルケットを彼女の顔にまでかぶせてしまった。「何も見えないよ」心細そうな声が愛しい。「いいんだよ。僕がいるんだから。」自分でも驚くほど、強い調子になってしまった。肩を抱くとビクッとしたが、僕がベットの方に引き寄せると、たどたどしく歩く。足元を確かめながらゆっくりいくから、まどろっこしくなって、横抱きにした。お姫様だっこともいうんだよな。そのまま歩いていき、ベットに下ろした。彼女はタオルケットにくるまれたままだ。まるでこれから蝶になるさなぎのようだ。顔だけ出して、僕を見上げる。何かを言いたそうな瞳。でも、なぜか何も言わない。「どうしたんだい。」優しく聞いても、首を振るだけだ。「帰ってしまうんだね。」コクンとうなずき、横を向いてしまう。目を合わせるのが辛いのか。「何か言ってくれよ。黙ってたら分からないじゃないか。」ベッドの横にしゃがみこみ、彼女を強く揺すってしまった。「何もしてあげられなくてごめんね。」僕が乱暴に言うから、か細い声になってしまうのか。そんなことを言ってほしい訳じゃない。僕の方が泣きたくなってしまう。「いつまで居られるんだい?」「満月の夜まで。」「月の使者が迎えに来るのかい?」ちょっと皮肉っぽく言ってしまった。「だぶんそうだと思う。」かぐや姫にしては頼りない返事だ。本当に帰らなくてはいけないのかな。十五夜に帰るなんて、昔のままじゃないか。「なんとか変えられないのか?」「無理だと思うわ。」自分でも無理を言ってるのは分かってるのだが、このまま引き離されるなんて辛すぎる。いっそ、彼女と交わって、一緒に死のうか。そんなことしても、救われないよな。月の女と地球の男が交わったら死ぬなんて、あまりにも酷すぎる。それほど隔たりがあるものなのだろうか。彼女を見てると、地球の女と変わりないように思えるけど。もしかしたら本当はエイリアンの姿で、地球の女に変身してるのか?想像すればするほど、バカらしくなってきた。そんなことはどうでもいい。とにかく今は、この目の前にいるかぐや姫と別れたくないというだけだ。タオルケットの上から抱きしめてしまう。「離したくない。」「私だって、離れたくない。」二人で抱き合いながら、涙ぐんでしまった。
2005年09月30日
地球人と交わったら死ぬなんてこと本当にあるんだろうか。でも、かぐや姫の言葉を信じるしかない。見ているだけしか出来ないけど、彼女を守りたいと思う。他の男に何かされたら大変だ。彼女と愛し合ってる僕でさえ我慢してるのだから。それにしても、触れられないのは辛い。肌に触れたら、そのまま進んでしまいそうで怖いのだ。このまま見てることしかできないのか。「クシュン」かぐや姫のくしゃみだ。裸でいたら、寒くなってきたんだろう。「風邪ひくよ。」慌てて、タオルケットを持っていって、かけてやる。「ありがとう。」僕を済まなそうに見つめる瞳が痛い。抱きしめたいけど、抑える自信もなく、彼女から離れてしまう。「待って」僕の背中が温かくなる。彼女が後ろから抱き付いてきたのだ。「やめてくれないか」嬉しいけど、哀しすぎる。「これ以上僕を苦しめないでくれよ。」「ごめんなさい。」パッと離れる彼女。つい口に出して言ってしまったが、傷つけてしまっただろうか。でも、こうして同じ部屋で夜を過ごすのは酷だ。今夜がやけに長く感じられるのは、月の光のせいかな。月に照らされた彼女を見たからだ。「私、もう少しで帰られなければいけないの。」唐突にそんなことを言い出す。「そういえばもうすぐ十五夜か。」帰って欲しくないと思うが、この苦しみが続くのも耐えられない。引きとめたくてもお迎えが来るんだよな。「私が帰っても思い出してくれる?」もう帰ることが前提なのか。振り向いて、彼女を見つめる。「思い出してしまうとは思うけど、辛いから思い出したくないな。」残酷なこと言ってるか。息を呑んでるのが分かる。彼女だって残酷だよ。でも、わざとやってるわけじゃないんだよな。少なくとも死んでしまうのは、どうしようもできないんだろうし。うつむいてる彼女が可哀相になってきた。「言い過ぎたよ。」ポツンと独り言のようにつぶやいた。顔を上げて、見つめる彼女。その瞳から涙が溢れている。こんなに傷つけてしまったのか。涙をそっと口で吸い取った。されるがままにされている彼女。愛しくなって、抱きしめキスしてしまう。キスだけならいいんだよな。それだけにしておこう。そう自分に言いきかせていた。
2005年09月27日
「香水だけで一糸まとわず寝る。」かぐや姫はそんな刺激的な言葉を残して、銀座のバーの勤めに出かけてしまった。まあ、昨日初めてで、今日休む訳にはいかないだろうけど。僕をこんなに惑わして、どうするつもりなんだ。以前、キスだけ許してそれ以上は拒んだくせに。誘惑してるのか、無邪気なのか分からない。かぐや姫でなければ襲ってしまうところだよ。悶々として眠れない。明日も朝早くから仕事だというのに。そのうちに彼女が帰ってきた。合鍵でドアを開け、そうっと入ってくる。僕は布団をかぶって見ないようにしている。彼女はみんな脱いで、ベットにもぐりこんだようだ。こうして別々のところにいるのに、気配を感じて、分かってしまうのだ。それゆえ、じっと息を殺してしまう。もう寝たのだろうか。かすかな寝息が聞こえてくる。こんなふうに裸で寝られるなんて、信頼してくれるのだろうけど、男として見てくれてないよな。布団から頭を出し、起き上がった。彼女はベットの中で、安心したように休んでいる。まるで穢れを知らない童女のようだ。この無邪気さは可愛いと思うが、時には憎らしくもなる。僕をじらしているのでは思うほどだ。カーテン越しの月明かりに照らされて白く浮かび上がる彼女の顔。唇だけが紅く息づいて別の生き物のようだ。少し開いて何かを言おうとしている。聞き取ろうと、耳を口に近づける。かすかに僕の名を呼んでいた。やはり僕のことを想ってくれてるのか。愛しくなって、思わず唇を重ねてしまう。彼女は瞳を開けて、僕を見た。まだ夢でも見ているかのように、ぼんやり見つめていたが、僕だと分かると急にベットにもぐりこんでしまった。「ごめんよ。驚かせて。」僕は慌てて謝ったのだが、かぐや姫の返事はない。「赦してくれないか。」哀願して、布団の上から頭を撫でる。カタツムリの角のように手が出てきた。そして、ゆっくり顔をのぞかせる。「キスはいいの。」でも、それ以上は駄目なの。」「なぜだい。こんなに好きなのに、辛すぎるよ。」彼女の頬を両手で包み込む。「私も好きよ。でも、地球の人と交わってしまったら、命が絶えてしまうの。」声まで消え入りそうだ。「そんなことってあるのか?」「月は地球と一緒にはなれないから。」「月食があるじゃないか。」そんなこと関係ないのに、つい感情的になって言ってしまう。「それは影になるだけ。交わることではないわ。」冷静に言われると、ますます血がのぼる。「それじゃあ、なんのために何も身に着けずにいるんだ。僕を苦しめたいのか。」もう悲鳴になってしまう。「ごめんなさい。でも、せめてあなたに見てもらいたいの。」彼女まで悲痛な声をあげる。起き上がり、僕の横をすり抜けたとき、彼女から芳醇な香りが漂う。それだけを残して、窓際に立った。月明かりで、彼女のシルエットが浮かび上がる。ウエストのくびれがはっきりと分かるほど。横を向いて、胸やお尻のラインまで見せてくれた。僕はそばに行きたいと思ったが、自分を抑える自信はない。ただ見ているしかできないのだ。とても綺麗だと思った。でも綺麗な分かえって、彼女に触れられない哀しみが募り、もっと辛くなるのだった。
2005年09月26日
いつ僕がそばに居たことに気がついたのだろうか。後ろにも目があるようだ。月で何でも見えたように地球でも千里眼だったりして。心まで見透かされてるようで怖いなあ。かぐや姫への気持ちも分かってしまってるのだろうか。「何考えてるの?」無邪気に微笑んでる。分かってはいないのか。「君のことだよ。」「嬉しいわ。」「何かプレゼントしたいな。」「急にどうしたの?」僕を思い出してくれるものを身に着けてて欲しかったのだ。「何が欲しい?」遠慮しているのか、考えあぐねているのか、なかなか言わない。「そうね。・・・香木かな。」やっと口に出したのは、僕の知らないものだった。「香木ってなんだい?」「お香みたいなものなのだけど、香りを楽しむものよ。」やはり時代のギャップを感じるなあ。「じゃあ香水でもいいかな。」「いいわよ。」「どんな香りが好きなんだい?」「さっぱりした香りがいいの。柑橘系とかの。」「蜜柑のような月から来たからか。」つい想像して笑ってしまう。「そういうわけじゃないけど、甘ったるい香りは気持ち悪くなっちゃうのよね。」拗ねたように言うのが可愛い。「僕もその方がいいな。」バニラみたいな匂いは、むせてしまう。「会社の帰りにでも買ってきてね。」「君が選ばなくていいのかい?」「あなたの好きな香りを身にまといたいの。」嬉しいことを言ってくれる。「ありがとう。」かぐや姫に似合う香りを選んでこよう。甘酸っぱい香りがツーンと鼻を刺すような香水を。その香水だけを身に着けた彼女を抱きたいのだが・・・。
2005年09月24日
席に案内されて、割と可愛い子がついてくれたが、かぐや姫が気になって、気もそぞろだ。「どうぞ」と差し出されたグラスも取り損ねて、落としてしまった。ガシャンと割れる音が店に響き渡る。「気にしないでもいいのよ。」慰められると、もっと惨めになるんだよな。一体かぐや姫はどこにいるんだ。フロアレディがグラスの破片を片付けに行った隙に立ち上がって、あたりを見渡すと、奥の方で、かぐや姫のような声がする。「本当にかぐや姫なんです。」ムキになった声は確かに彼女だ。すばやくそばの席に移動する。「だったら証拠を見せろよ。」こんなふうに酔っ払ってからむオヤジがいるんだよな。「いいわ。月からは何でも見えるのよ。あなたの隠してるものを当ててあげる。」「そんなものないさ。第一それじゃ証拠にはならないじゃないか。」ふてぶてしく、ソファにのけぞりかえっている。「それを持ってきてくれればいいのよ。二重帳簿をね。公認会計士さんが、脱税の指南なんてしてもいいのかしら。」彼女が皮肉めいた口調で、彼を横目で見ながら言うと、「何を言ってるんだ。失礼なやつだな。」彼女に手を振り上げたが、思いとどまって下ろした。「あなたにだって、まだ理性は残ってるじゃない。今のうちなら引き返すことも出来るのよ。人間は過ちを犯すものだけど、悔いてやり直せるのだから。」彼の目をじっと見て、言い聞かせている。吸い込まれるように彼も彼女の目をみつめていた。「やり直せるものなら、やり直したいさ。でも、もう遅いんだ。監査が入れば、ばれてしまう。」飼い主に怒られた子犬のようにうなだれている彼。「今なら大丈夫よ。早く帰ってやり直しなさい。」まるでマリアのように静かに温かく語りかける。彼は導かれるように立ち上がり、「やり直しはきくんだね。」と念を押し、帰っていった。僕は自分に言われてるような気がした。今までの過ちも許されるのだろうか。「僕もやり直せるかな。」いつの間にか声になっていた。「私と一緒にね。」かぐや姫が、突然振り向いて言うのだ。「独り言に答えるなよ。」二人で顔を見合わせて、笑ってしまった。
2005年09月23日
銀座に行くって言っても、かぐや姫はどこにあるかも知らないんだよな。やっぱり僕が連れていかなくてはいけないんだ。電車にしようかと考えていたら、以前、電車に一緒に乗った時のことを思い出した。彼女の腕に触れただけで、ドキッとしたんだよな。まあ、今でもキスまでしか進展はないけど・・・。とにかく電車で行くことにしよう。タクシーじゃ運賃がかかりすぎるからな。一緒に電車に乗ったが、割に空いてる。今日は、彼女もつり革につかまった。前みたいに僕の腕につかまらせたいところなんだけど。なぜか少し距離を感じるんだよな。「僕につかまっていいよ。」とさり気なく言ったつもりだったのに、「あなたに頼りたくないから。」冷たく拒否されてしまう。「こうして一緒に行ってやってるじゃないか。」つい恩着せがましく声を荒げてしまった。「だから、これ以上頼りたくないの。」ツーンと綺麗な顔を横に向ける。「じゃあ、勝手にしろよ。」僕もさすがに頭にきた。次の駅で降りようとするが、彼女は止めようともしない。悔しいから、一旦電車から降りて、隣のドアからまた乗る。一人でどこまで出来るか見てやるんだ。僕も結構意地悪だよな・・・。彼女は、僕をしばらく探していたが、溜息をついてから、窓の外をじっと見ている。何を見ているのかと思ったら、月が出ていたのだ。雲が少しかかって、薄絹をまとっているようだ。帰りたいのかとも思うが、そんなことは言わない。「銀座」のアナウンスを聞いて降りる彼女。僕がいなくても大丈夫なのか。少し離れてついていく。尾行なんて、なんか情けないよな。こんなんだったら、一緒に行ってやれば良かった。彼女は駅を出て、歩道をさっさと歩いていく。人込みの中で見失うまいと、早足で歩いていくと、急に彼女が立ち止まって、振り返った。見つかったかとあせったが、また前を向いて歩き出す。やっぱり一人では不安なのかな。可哀相なことしたのだろうか。また立ち止まり、小さなビルのネオンを見上げている。意を決したように、そのビルに入り、エレベーターのボタンを押す。彼女だけを乗せたエレベーターが、5階で止まった。僕は階段で上がっていった。結構きついな。エレベーターにすればよかったか。早足で上がったので、少し息切れしてしまった。もう彼女は中に入ったらしく、ドアの前には居ない。ドアには金色の文字で「月光」とある。それで、このバーを選んだのか。中から、女の嬌声が聞こえてくる。「かぐや姫とはいいわ。ここにぴったりよ。」今だと思ってドアを開ける。「こんばんわ。かぐや姫が居るんだって?」「いらっしゃい。よくご存知ね。」愛想のいいママさんらしい。「今聞こえたんだ。かぐや姫を指名したいんだけど。」「あら、残念。もう別の人の指名が入っちゃったの。最初から売れっ子ね。」「だって、今来たばかりじゃないか。」つい言ってしまったら、怪訝そうな顔で見る。「そうだけど、お客さん・・・誰?彼女のヒモならお断りよ。」「そんなんじゃないよ。」慌てて手を横に振るが、かえって怪しまれてしまったかな。「ならいいけど。かぐや姫以外にも、綺麗な娘が揃ってるわよ。」そう言われても、彼女以外は興味ないんだよな。というわけにもいかないから、仕方なく誰でもいいと頼む。
2005年09月22日
銀座のバーになんて勤められたら、僕にはとても通えないよ。かぐや姫もまさかそんなこと考えないよな。「私、銀座で働くわ。」急に大声で宣言するから、周りの人達まで振り向くじゃないか。他のフロアレディ達が、何言ってるのというような冷たい眼差しを向ける。「そんなことやめろよ。第一、銀座なんて素人がすぐに雇ってもらえるところじゃないんだぞ。」声をひそめて彼女にささやく。「あら、もう私ここで働いてるじゃない。」不思議そうに言うけど、君のほうがよっぽど不思議だよ。「まだ今日一日じゃないか。」呆れ顔になってしまう。「1日だってもう慣れたわ。どこだって同じでしょ。」グラスを揺らして、氷の音を響かせている。カラカラと余裕の笑顔だ。「銀座は特別なんだよ。といっても、僕は行ったことないけど。」「なら分からないじゃない。行ってみないと。」「分かったよ。行ってみればいいんだろ。」氷が解けかけたウーロン茶を一気に飲み干す。「じゃあ、早速行ってみましょうよ。」「何言ってるんだ。まだ勤務時間中だろ。」「もうここはいいわ。やめる。」「なんて無責任なんだよ。それにさっきの医者がカルテを持ってきたらどうするんだ?」そうだよ。これでここに引き止められるな。安心したのも束の間、「大丈夫。名刺もらっておいたから、電話すればいいのよ。」いつの間にもらったのか、名刺を顔の横で振りながら笑ってみせる。こういうところは、すばやいんだな。立ち上がろうとする彼女の肩を抑える。「どうする気なんだ?」「やめるって、言いに行くの。」「本気なのか?」「私はいつだって本気よ。」こりゃ止めたって無駄だよな。僕の言うことなんか聞きゃしない。肩に置いた手を腕に滑らせる。「じゃあ僕も一緒に行くよ。」腕を取って立ち上がらせる。「そう言ってくれると思ってたわ。」顔が明るくなって、眩しい。さっと僕の腕を組むと歩き出した。どこまで一緒に行くんだろうな。
2005年09月21日
かぐや姫は少し呆然としていたが、急に席を立ち上がったので、僕もあわてて一緒にさっきの席に戻った。「待たせちゃってごめんなさい。お客さんに挨拶だけというわけにはいかなくて。」済まなそうに微笑んでるのに駄目だなんて言えないよな。それに『月に変わってお仕置き』してたんだから。でも、「待ちくたびれちゃったよ。」と甘えてみる。「その代わり、サービスしてあげる。」とろけるような笑顔で、僕の手を彼女の膝に乗せる。こんなところでされてもなあ。うちでは隙を見せないくせに・・・。そう思っても手が離れない。ワンピースのシフォンの生地を通り抜け、彼女の肌の温もりが伝わってくる。膝をつかんで足を開かせたい衝動にかられるが、少し力を入れただけでビクッとする彼女に理性を取り戻す。こんなんでフロアレディなんて務まらないよ。僕が守ってやらなくっちゃ。『お仕置き』が終わるまで。手を離し、彼女と向き合った。「本当は地球に何をしに来たんだ?」真剣に問いただす。「あなたに逢いに来たのよ。」切ない目で見つめる君を振り払った。「そう言ってくれるのは嬉しいけど、さっきの医者に言ってたことはなんだい?」「月で見た不正を覚えていたの。許せなくなって、つい言ってしまったのよ。」さきほどのことを思い出したのか、憤然としている。「これからも続ける気?」「もうこんなところ嫌だけど、お偉いさんが来たりするのよね。」僕の顔色を伺うように覗きこむ。「ここにはそんな偉い人は来ないと思うよ。もっと銀座とか、高級なところに行かないと。」知ったかぶりで言ってしまってからハッとした。彼女にそんなこと言ったら・・・。案の定、彼女の目が生き生きと輝きだした。
2005年09月20日
ボーイが一番高いボトルをうやうやしく運んで来る。お客の男が、グラス片手に「かぐや姫に乾杯」と言うと、「ありがとうございます。乾杯。」とにこやかにグラスを軽くぶつける。慣れてる様子だ。「お仕事は何をなさってるんですか?」「当ててごらん? ヒントは先生と呼ばれてることかな。」「先生と呼ばれる職業にいい人はいないと言いますよ。」「それはきついなあ」笑って受けながすところは大物なのか。「教師、政治家、作家、医者、弁護士・・・その辺ですか?」うかがうように彼を見上げる。「まあそんなところだな。その中のどれだと思う?」「どれでも同じですわ。」「それはまたどうして?」「手の内を見せない人にはこちらも見せないのです。」冷たくあしらうようにグラスをマドラーで響かせながら水割りを作っている。「分かった。教えよう。医者だよ。これでいいだろ。」大の大人がご機嫌取るのだ。「そうですか。教えてくださって、ありがとうございます。」急に笑顔でグラスを目に前に差し出した。「お医者様なら、高いお酒なんて飲み飽きているのでしょうね。」「なんでだね。」「だって、お礼とかでいただくのでしょう?」「酒なんかじゃないよ。現金さ。」あっさり言うもんだ。「そうですか。そのお金でボトルも入れてくださったのね。」媚を売るような甘い声だ。「こんなのお安い御用だけどね。」「それでは、もっといいものを私のために下さるかしら?」手を彼の手に重ねてしなだりかかる。「なんだい。何でも言ってごらん。」鷹揚にグラスを揺らしている。「それでは、医療過誤で裁判中のカルテをいただきたいです。もちろん修正前のね。」姿勢を正し、声のトーンが低くなる。「なに言ってるんだ。そんなものあるわけないじゃないか。」うろたえて、グラスから酒をこぼしてしまう。「いいえ、金庫の中にしまってあるはずです。」「なんで、そんなことを知ってるんだ。」「月から見えたのです。」言い放つかぐや姫に、医者はたじろいでいた。僕も驚いた。何もかもお見通しなのか。「なに馬鹿なこと言ってるんだ。もう冗談はいいかげんにしろ。」狼狽したのか、罵声をあびせる。「冗談ではありません。あなたはそのカルテを持ってくるのです。」かぐや姫がじっと医者を見すくめると、まるで催眠術にでもかかったように、医者が立ち上がった。「分かりました。持ってきます。」大声を聞きつけたボーイが、「どうかしましたか」と駆けつけると、「いや、なんでもない。私は用を思い出したので帰る。」そそくさと帰ってしまった。僕はかぐや姫に駆け寄り、「何をしたんだい。」と訊ねた。「何もしてないわ。ただ彼の心に呼びかけただけよ。本当は彼だって罪悪感を持っているの。それを隠して仮面をかぶってるから、外してあげたまでよ。」何かを思い出すようにつぶやいている。僕はそれ以上何も言えなくなってしまった。もう帰ろうと言いたいところだけど、まだ勤務時間だからなあ。こういうことをするために、かぐや姫はこの店に来たのか。まだ訳が分からないでいた。
2005年09月19日
かぐや姫が腕をからめてくるから、ますますそんな店に行かせたくなってしまう。僕だけのものにしておきたいのだ。「どうしても行かないといけないのか?」哀願口調になってしまう。「私だって、本当は行きたくないけど、行かないといけないの。」かぐや姫もさっきまでの強さがなくなってる。「なんで行かなければいけないんだ?」「わけは言えないけど、どうしてもなの。だから、ついてきて欲しいの。」目を合わせるのが辛いくらいに見つめる。「わかったよ。一緒に行こう。」僕が守ってやらなければと思う。腕を組みながら、歩いていく。足取りはつい遅くなってしまうけど。やっと店に着くと、「こんばんは。遅れてすみません。」かぐや姫は明るい声で挨拶する。うなだれて歩いていた彼女とは別人のようだ。「待ってたよ。早速同伴か、やるねえ。」僕までじろじろと値踏みされてる。「新入りのかぐや姫だ。ほら、みんなに挨拶して。」注目を浴びるかぐや姫。その好奇の目をはね返すように、「かぐや姫です。よろしくお願いします。」と堂々と挨拶して、お辞儀する。深々とするものだから、かえって、気品が漂う。それから奥の席に案内されて、やっと人心地がついた。「ここって、いくらくらいするんだろうね。」声をひそめてかぐや姫に聞くが、「そんなこと私だって知らないわ。」と頼りない。毎回ついてくるわけにはいかないし、どうしたらいいのだろうか。「ご注文は?」とボーイに聞かれて、思わず「ウーロン茶」と二人で一緒に言ってしまった。顔を見合わせて、笑ってしまう。ボーイは戸惑った顔をしていたが、最初だから仕方ないと思ってくれたのか、そのまま受けてくれた。「酒にしないといけなかったかな。」あまりこういうところに来たことがないんだよね。酒にも強くないし、付き合いも苦手だ。「いいんじゃないの? 何も言われなかったし。」相変わらず無邪気なかぐや姫。これで、フロアレディが務まるのだろうか。「かぐや姫さん、ご指名が来てるのですが、こちらに来ていただけますでしょうか。」慇懃無礼に先ほどのボーイが呼びに来た。早速指名とは、さすがかぐや姫だが、心配だなあ。僕では金にならないとボーイも思ったのか・・・。まさかその席に付いていく訳にもいかないし。「私は、こちらのお客様のお相手をしてるのです。そちらはお断りしてください。」毅然と言うかぐや姫。「そうは言われても、困るんです。顔見せとして、挨拶だけでもしてください。」ボーイも容易には引き下がらない。「では挨拶だけね。」と言って、席から立ち上がる。「すぐ戻ってくるから、待っててね。」耳元でささやく声が甘く感じる。「代わりに誰か来させましょうか。」ボーイにそう言われたが、断る。かぐや姫が気になるからな。席はそう離れてないようだ。通りすがりのかぐや姫を見て、指名したのだろうか。耳を澄ませて、会話を聞こうとするが、よく聞こえない。トイレに行く振りをして、近くの空いてる席に座ってしまう。「君、新顔だね。名前はなんて言うんだい?」脂ぎった顔の男が、ねちっこく聞いてくる。「かぐや姫です。」「珍しい源氏名だね。」「源氏名ではなく、本名よ。」おいおい、そんなこと言っていいのか?僕はあせってしまった。「こりゃすごい。冗談でも、こんなハッタリ聞いたことないよ。面白い子だな。気に入った。」大笑いしてるので、受けてしまったらしい。「本当なのに。」少し拗ねたように言うかぐや姫。「わかった。もういいから。かぐや姫に逢えた記念に、ボトルを入れてやろうかな。何がいい?」「一番高いのお願いします。」「また度胸がいい娘だな。」目を見張っているが、悪い印象ではないらしい。可愛いと許されるものなのだろうか。
2005年09月18日
顔を見合わせて、うちで夕食とってると、まるで新婚みたいだよな。かぐや姫が来てくれてから、僕は急いで帰ってくるようになった。それなのに、そんな店で働くなんて。「やっぱり、仕事やめたら。」箸をとめて、真剣に話す。「やめないわよ。」食べながら、淡々と言う。「じゃあ、今日僕が同伴で行って、確かめてやるよ。どんな店だか。」反対してもムキになるから、譲歩して言ったのに、「いいけど、やめたほうがいいと言っても、言うことは聞かないわよ。私自身のことなんだから。」毅然とした態度で、つけ入る隙がない。まったく生意気だよな。「分かったよ。でもとにかく行くからな。」「どうぞ、ご勝手に。」なんかどんどん可愛げなくなってくなあ。どうしたっていうんだ。「勝手にするよ。」こっちもつんけんしてしまう。こんなはずじゃなかったのに。やっぱりその仕事がいけないんだ。しばらく沈黙で食事を済ます。彼女は黄色のワンピースに着替え、出かける用意をしている。「そのワンピースは着ていって欲しくないな。」「なぜ?これが一番似合うのに。」「だからこそ、他の男に見せたくない。」「焼餅やいてるの?大丈夫よ。あなたは特別だから。」「どう特別なんだい?」「あなたのために地球に来たのよ。」「だったらなんで、そんな店で働こうとするんだ。」「仕方ないのよ。あなたには分からない。」急にしおらしくなる。「お金だったら、なんとかなるんだから。」「そういうことじゃないの。」考え込むようにうなだれるから、それ以上聞けなくなってしまった。「とにかく早く行きましょう。開店時間に間に合わなくなるわ。」腕をとられて、席を立つ。
2005年09月17日
今朝は灰色の雲がかかって、雨が降りそうな天気だ。目覚めが良くないな。朝、うちを出るとき、かぐや姫に念を押した。「仕事は僕も探すから、今日はうちに居てくれよ。」頼むように言ったのに、「そうね。」と考え込む様子。不安を振り切るように「じゃ、行ってくるから。」と言うと、「行ってらっしゃい。」やけに機嫌よく送り出してくれる。なんか心配だなあ。案の定、雨が降り出してきた。しとしと降る秋の雨だ。その雨の中を、かぐや姫は出かけたのだった。昨日のあの店に一人で乗り込んでいったのだ。「お願いします。どなたかいませんか?」店の中を覗き込み、ソファで休んでる男を見つけた。「誰だ。まだ開店してないよ。」と目をこすりながら、起き上がる。「こんにちは。雇ってもらいたいんですけど。」と近づいていった。「え?募集みたの? 可愛いね。今日から早速来れる?」薄暗い店の中で、目を凝らしていたが、かぐや姫の顔がよく見えたら、即決だ。「はい、大丈夫です。」元気よく答える。「名前はなんていうの?」と軽く聞かれて、「かぐやひめ。」と平然と言う。「冗談だろ。」笑ってから、まじまじと見つめる。「まあ源氏名にはいいな。それでいこう。」「源氏名ってなんですか?」「お客に呼ばれる名前だよ。」「源氏物語と関係あるの?」と身を乗り出して聞くが、「知らないけど、そうかもね。」あっさりかわされてしまう。「とにかく今夜から来てよ。同伴も歓迎だよ。」最後、急に声をひそめた。「同伴って?」「お客さんと一緒に店に来ることさ。それだけでも、手当てが上がるよ。」「そうなの。」と目を輝かせた。そんなことがあったとも知らず、僕は会社から帰ってきた。うちに入った途端、「お帰りなさい。私、仕事決めてきたの。」とかぐや姫に明るく言われてしまった。「どんな仕事?」おそるおそる聞いてみると、「昨日見たあのお店よ。」と宣言する。心配が的中してしまった。「それだけはやめておけよ。僕も一緒に断りにいってやるから。」困ったと思いながら、内心、興味もあるのだ。「そんな必要ないわ。お客さんで来てくれるならいいけど。」と目を見つめて誘う。「分かった。そうするよ。」そんな仕事は心配だけど、かぐや姫は反対すれば反対するほど、ムキになってしまうから、仕方ないなあ。「さっそく同伴だわ!」無邪気に手を叩いて喜んでいる。「なんだって?」と思わず言うと、「お客さんと一緒にお店に行くことですって。」自慢げの様子。実はそれくらい聞きかじってはいるが、「僕は、お客じゃないんだけどな。」と、ぼやいてしまう。彼女にとって僕は一体何なんだろう?「じゃあ、早速行きましょうよ。あなたに報告したくて待ってたの。」と浮き立って、僕の腕を引っ張る。「ちょっと待ってくれよ。僕は今、帰ってきたばかりなんだぞ。少しは休ませてくれよ。」本当に勘弁して欲しいよなあ。「そうね。それに夕食食べてからのほうがいいわね。」急にかいがいしく夕食を並べ始める。「なんだ。用意してくれてたんじゃないか。」やっとうちに帰ってきたという感じがする。「もちろん。でも、お店でも食べられるのよ。」また、とんでもないことを言い出すんだから。「そんな店で食べたら、いくら取られるか分からない。君だって、ちゃんと食べていかないと持たないよ。」きちんと言っとかないとな。常識ないんだから。「そうなの? じゃあ、私もお相伴させてもらうわ。」にこっと笑って、席につく。まったく、憎めないんだよな。
2005年09月16日
「私もうちに居るだけじゃ嫌だな。迷惑かけるし、何かできることはないかしら?」と、かぐや姫は畳みかけるように言ってきたので、僕は戸惑ってしまった。「うーん、仕事するのは無理だと思うよ。うちにいて家事をしてくれたら嬉しいんだけど。」と、哀願するように言ってみるのだが、「だって面白くないんですもの。他の人間にも会ってみたいし。」と、いたずらっぽい目で僕を見る。「それは困るなあ。」「そう?」と、オロオロする僕を楽しんでるかのようだ。長い髪を指先でくるくると回しながら。「いまどき珍しい黒髪だよな。烏の濡れ羽色って言うんだっけ?」と、彼女の髪に見とれて言うと、「今はそんなことどうでもいいの。」と、ぴしゃりと言われてしまう。「結構きついんだなあ。もっと大和撫子かと思ったのに。」とちょっとがっかりして言う。「あら、昔の方が女性強かったのよ。私は誰にも頼らなかったわ。」と毅然としている。「確かに誰にもなびかなかったよな。でも今はどうなんだよ。」とムッとして言い返すと、「だから、独立したいの。」と唇をとがらせて答える。怒った顔も割といいなあ。「そういってもなあ。今の常識知らないし、社会に出るのはちょっとね。」ともったいぶって、かぶりを振る。「わかったわ。自分で探してみる。」と外へ出ようとする彼女。「待ってくれよ。一人じゃ危ないよ。僕も一緒に行く。」とあわててついていく。夜に彼女一人出す訳にはいかないからな。怖いもの知らずというか、向こう見ずというか、僕がついてないと、と思ってしまう。「ついてこないでいいわよ。」と早足で歩いていく。「何をするか心配なんだよ。」と腕をつかむと、振りほどいて、「仕事なんて自分でも探せるわ。」とムキになって言うから、「君に出来る仕事なんてないよ。」と僕までつい強く言ってしまった。「何かあるはずよ。あれはなあに?」とビルのネオンが輝いてる店を指す。「あれは、ちょっとやばいよ。女性が男性にサービスするところだけど、お酒も飲まされるし、何をされるか分かったものじゃない。」と必死で止めると、「ふーん。面白そうね。」と笑って、かえって興味を示す。天邪鬼だなあ。危ないので、腕をつかんで、引き戻す。今度はなぜか素直にされるがままにしているが、時々振り返ってはさっきの店を見上げていた。「仕事なら、僕も一緒に探してやるから。」一抹の不安が頭をよぎったが、振り払うようにどんどん歩いた。「もう、そんなに引っ張らないでよ。痛いじゃない。」とまた腕を振り解こうとするので、つかんでる指を緩めた。するっと腕が抜けて、急に彼女が走り出す。「つかまえてごらんなさい。」振り向いて言ったかと思うと、羽のように軽い足取りで跳んで行く。「待てよ。」右手を伸ばしながら走るが、不思議と追いつかない。僕だって結構速いのに。それでも、やっと追いついたと思ったら、急に立ち止まるので、ぶつかって二人とも倒れてしまった。彼女の上に乗ってしまう。「大丈夫かい?」とそのまま声をかけると、「早くどいてよ。」と怒って言う。「ごめん。」慌てて跳び起きると、彼女がきゃしゃな右手を差し出す。「起こして。」急に甘えた声を出す。まったく可愛いんだか、生意気なんだか、振り回されてしまうよな。「しょうがないな。」と言いながら、右手でつかみ、勢いよく引き起こす。その拍子に彼女が僕の胸に飛び込んできた。「つかまえててね。」ささやくように言うから、思わず抱きしめてしまった。「離さないよ。」声にも腕にも力がこもる。またキスをしてしまった。今度はさすがのかぐや姫も目を閉じて待っててくれた。その後、肩を抱き、うちに戻った。僕達二人のうちへ。
2005年09月15日
髪を撫でてる手が頬にすべり落ち、引き寄せていった。瞳を開けたままのかぐや姫。「目を瞑って。」素直に目を閉じる。抱き寄せて、キスをした。びっくりしたのか、身を震わせたが、観念したかのように、大人しくなる。「もう目を開けていいよ。」と耳元にささやく。「何をしたの?」「キスだよ。」「なぜ?」「君が好きだから。」と言うと、少し考え込んでいる。「口吸いね。」「古いなあ。」と、思わず笑い出してしまった。まあ仕方ないか。風に木々が揺れてざわめいている。雨でも降ってきそうだ。「そろそろ帰ろうか。夕立が来ないうちに。」「そうね。」二人で歩き出すと、急に土砂降りの夕立。手を繋いで、走り出したが、もうびしょ濡れだ。どこかに雨宿りをするところはないかと見渡したら、遠くに東屋が見えた。「あそこまで走ろう。」「うん。」だんだん僕に慣れてきたな。安心したのか、声が優しくなってる。東屋に駆け込んで、雨をはらう。「ここで、雨が止むのを待つか。」「この雨は止まないわ。」「なんで分かるんだ?」「だって、これは夕立じゃないから。もう秋の雨だもの。」「まだ夏だよ。」「そんなことない。」二人で言い争っているうちにいつの間にか雨が止んでいる。「ほら、夕立だったじゃないか。」「おかしいな。秋の匂いがしたのに。」「地球に降りてしばらくたったから、自然の勘が鈍ったのかもね。」「そうかしら。確かにあの風は秋風だったの。」と、淋しそうにつぶやく彼女の肩を抱いて、東屋を後にした。うちに帰っても、彼女はなぜか暗い顔をしている。キスしたのがいけなかったかな。「どうしたんだい?」「別に。ただ、なんとなく淋しくなっちゃったの。」「月が恋しくなったのかい?」「そういうわけではないの。地球は面白いし、 あなたも居るから、いいのだけど。」それでも浮かない顔だ。「さっきはいきなりキスしてゴメン。」と、頭を下げると、「いいのよ。私もあなたが好きだから。」と、恥ずかしげにうつむく。初々しくていいなあ。「それじゃあ、元気を出してよ。」と手を取る。「うん。そうする。」やっと笑った。もう日が早くなって、落ちてしまった。空が、夕焼けの茜色から紫へと変わる。夜の闇が全てを覆い隠そうとしていた。
2005年09月14日
眠れぬ夜を過ごし、寝不足だけど、初めてのデートだから、張り切って起きてしまった。カーテンを開けると、朝日がまぶしい。いい天気でよかった。「うーん。」と朝日に起こされて、かぐや姫も目覚めがいい。今日はどこに行こう。まずは近くの公園かな。それとももっと大きな公園の方がいいかな。なぜかかぐや姫とは自然の中に行きたいのだ。犬でもいれば、一緒に走り回りたいくらい。歩いていけるところがいいのだが、近くにはそんな大きな公園はないし、電車にでも乗るかな。かぐや姫は乗ったことないから、驚くだろう。思ったとおり、かぐや姫はラッシュに悲鳴をあげる。「なんでこんなに人間がいるの?」かばうように包み込む。「会社や学校に行く時間が一緒なんだ。仕方ないんだよ。」押されてくっついてしまういい訳だ。やっと乗換駅で降りて、下りに乗ると今度は空いている。かぐや姫はまた驚いてる。電車が揺れると倒れそうになるから、「ほら!つかまるんだよ。」と手を取ってしまった。僕の左腕に彼女の右腕をからませて僕は右手でつり革をつかむ。猫のようにしなやかな柔らかい腕。そういうものかと不思議そうに僕を見上げる彼女が愛しい。駅についても、そのまま腕を組んで歩いた。はぐれないように、というより、離したくなかったのだ。彼女はどう思ってたのだろうか。今となっては分からないけど。公園に着いて散歩した。木々が風に揺れ、木漏れ日が僕らを包む。穏やかで幸せな気持ちになる。こんな時間が永遠に続いたらと思う。隣に彼女が居るのが自然になっていた。夏が終わりに近づいてきたのか、爽やかな風が心地よい。淋しいくらいだ。急に腕に力が込められたから、思わず彼女を見てしまう。「何を考えてるの?」見上げる顔が不安げだ。「何も考えてないよ。ただ幸せだなって感じてた。」「そう、良かった。私もよ。」と無邪気に腕にぶら下がる。遊歩道が奥深い森へと続いていく。うっそうと茂った森では、木漏れ日さえもかすかになる。まだ蝉がかすれるように鳴いていた。去り行く夏を惜しみながら。この森はどこまで続くんだろう。果てがない訳はないんだ。いつかは終わりが来る。かすかな予感が頭をよぎる。振り払うように彼女に話しかけた。「ここからじゃ、月は見えないね。」「でも、月からはみんな見えるのよ。」当たり前のようにかぐや姫は言う。「そうなのかい?僕のことも?」「だから、あなたのところに飛んできたの。」「なぜ僕なんだい?」「自分でもよく分からないの。ただあなたを見てたら、吸い込まれるように舞い降りてしまったの。どうしてかしら?」と、じっと見つめるから、僕の方が、彼女の瞳に吸い込まれるそうになった。「わけなんてどうでもいいや。とにかく君が来てくれたんだもの。それだけでいいよ。」「そうだよね。」と、うなずく彼女の髪を撫でた。
2005年09月13日
昨夜は、慣れてきたせいなのか、それとも睡眠不足のせいなのか、かぐや姫が居ても、眠れてしまった。それも哀しいけど。今日は仕事を定時に終えて、服を買いにいかないとな。明日、デートが出来なくなってしまう。そのためには能率よく仕事をこなさなくちゃ。まあ、おとといは残業したお陰で、かぐや姫に逢えたから良かったけど。仕事中、かぐや姫を思い出し、ちょっとぼんやりすることもあったが、こんなことしていては定時に終わらないと自分にはっぱをかけて、頑張った。お陰でいつもより早く終わったくらいだ。自分でもやればできるんだなと苦笑する。明日の休暇届も出し、定時に退社。「お先に失礼します。」つい声に張りが出てしまう。「やけにご機嫌だな。何かいいことでもあるのか?」と上司にからかわれたが、「まあ、そんなとこです。」と笑ってごまかした。早速ブティックに飛び込み、レモンイエローのプリンセスラインのフェミニンなワンピースを買った。色といい、デザインといい、かぐや姫らしいと、一人で悦にいっている。これこそ、月のお姫様だよな。下着を買うのは恥ずかしかったが、自分好みにしてしまった。うちに帰ると、「お帰りなさい。待ってたの。」と言って、出迎えてくれた。一人暮らしが長いから、こういうのって、嬉しいよな。「服と下着を買ってきたよ。気に入るかな。」「わあ嬉しい。見せて。」袋から取り出し、ワンピースを胸に当ててみる。「どう?似合う?」黄色が顔に映えて明るくなる。「似合うよ。着てみてくれないか。」「ちょっと待っててね。」ユニットバスで着替えてきた。思ったとおり、彼女によく似合う。「素敵な服ね。」と言いながら、くるりと回ってみせる。裾がひるがえって、素足がまぶしい。「明日はそれを着て、公園に散歩に行こう。他にもいろいろ連れて行ってあげるよ。」「ありがとう。でも、そんなにいろんなところへ行かなくてもいいよ。あなたと居るだけで楽しいから。」頬を赤らめて言うから、僕まで赤面してしまう。「そう言ってくれると嬉しいな。僕も楽しいよ。じゃあ、今日は早く寝て、明日は早起きして行こう。」照れ隠しに後半は大きな声になってしまう。今夜はまた眠れなくなりそうだ。
2005年09月12日
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