2012年09月17日
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カテゴリ: シリーズ京歩き


平安貴族の華麗な装束に身を包んだ人たちが集い、順に和歌を読んでいく。

「曲水の宴」は、王朝時代の雅な宴の様子を再現した行事で、
和歌を詠むのにも、ルールがあって、
流れてくる盃が、自分の前を通り過ぎるまでに和歌を詠まなければならず、
流れてきた盃の酒を飲み終えたら、次の人へと、盃を流していきます。

京都・鳥羽にある「城南宮」は、
そうした「曲水の宴」の催しが行われているということでも知られている神社です。



城南宮鳥居.jpg



「城南宮」があるのは、名神高速・京都南インターのすぐ近く。

この一帯は、京都市街への出入口ともなっている交通の要所で、
絶えず、多くの車やトラックが行き交っているところです。

今は、とても、風情があるとは言えない町並みなのでありますが、
しかし、この付近は、平安の昔には白河法皇が「鳥羽離宮」という宮殿を営んでいた場所であり、
近くの川沿いには、大坂からの船着き場もあって、
かつては、京への入口として繁栄していた地域でもありました。

それだけに、このあたりは、度々、歴史の舞台にもなっていて、
数々の史跡も残されています。

殺伐としているようでいて、歴史のロマンが漂っている・・・。
そうしたアンバランスさの中に、不思議な魅力がある「城南宮」の界隈を、
先日、歩いてみました。



城南宮拝殿.jpg



まずは、「城南宮」です。

「城南宮」というのは、平安遷都の頃には、既にここにあったといいますから、
かなり古くからの由緒を持った神社です。
平安遷都の時には、ここが都の南の守護神であると定められたのだといいます。

祭神は、国常立尊・八千矛神・神宮皇后の三柱。

平安時代末には、白河法皇により、このあたり一帯に「鳥羽離宮」が造営され、
「城南宮」は、その祭祀を司る場所として、さらに崇敬されるようになったといいます。

流鏑馬や競馬などという神事の場として、
曲水の宴のような遊興の場として、
この頃の「城南宮」は、様々な宮中の催しの中心になっていました。


そうした、平安朝の頃の栄華のあと。

でも、今も、この神社に詣でる人は多いようです。

元々、ここが、都の南の守護神であったということから
方除けの神社として親しまれてきており、
また、平安期、さかんに行われていた熊野詣に出掛ける時には、
ここでお祓いをしてもらってから出立したという故事が伝えられていることから、
旅行・交通安全の神様としても、信仰されているようです。



安楽寿院.jpg



一方、こちらは「安楽寿院」というお寺。

「城南宮」から東に、5分ほど歩いたところにあります。

ここも、かつては「鳥羽離宮」があったところで、
鳥羽法皇により、往時はここに御堂が建立されていたといい、
その跡が、今は寺院となっています。


「鳥羽離宮」というのは、
かつて、白河法皇・鳥羽法皇による院政の舞台となっていたところ。

「安楽寿院」の境内には、「院政の地」と刻まれた石碑も建てられていました。



院政の碑.jpg



「安楽寿院」のある、このあたりには、天皇陵も点在しています。


鳥羽上皇が、愛妃・美福門院のために建てたという多宝塔。
上皇の死後、近衛天皇がここに改葬され、
今は、近衛天皇陵となっています。



安楽寿院多宝塔.jpg



「安楽寿院」に隣接する静かな御陵、鳥羽天皇陵です。



鳥羽天皇陵.jpg



こちらは、白河天皇陵。

京阪国道という広い道路に面していて、うっかり見過ごしてしまいそう。
あれ、こんなところに天皇陵が、という感じです。



白河天皇陵.jpg



一方、「城南宮」の西側の周囲も歩いてみました。
そこには、「鳥羽離宮公園」が広がっています。

こうして歩いてみると、鳥羽離宮というのが、
いかに広大な宮殿だったのか、ということが、よくわかります。

この「鳥羽離宮公園」では、現在、色々な発掘調査が進められていて、
庭園の跡、礎石、宮殿の縄張りの跡などが見つかっていると、
公園内の説明板には、そうしたことが書かれていました。


でも、この鳥羽離宮公園。
その佇まいは、至って日常的です。

全くの市民公園という感じで、この日はここで少年チームが野球の練習をしていました。


鳥羽離宮公園.jpg



鳥羽離宮公園の西には、堤があり、川が流れています。

この川の流れは、鴨川です。

かつては、このあたりに、京と大坂を結ぶ船着き場があり、
重要な拠点として、往時は、かなり賑わっていたところだったのだろうと思います。

お椀の舟に乗って、京の都にたどりついた・・・という「一寸法師」のお話。
このあたりは、そうした「一寸法師」伝説が伝わっている地域でもあります。




淀川の流れ.jpg



この川の堤には、もうひとつ、歴史が残されています。

写真の橋は、小枝橋という橋で、
今では、すっかり近代的な橋になっていますが、
幕末の頃には、木で作られた小さな橋でありました。


慶応4年、1月3日。
徳川家の領地返納を強行採決されたことに、不満を持つ会津・桑名等の幕府勢は、
京に向け、兵を進めていました。
その幕府軍が、小枝橋を渡ろうとしたところを、薩摩の藩兵がこれを阻止したことから談判となり、
そこへ、薩摩軍が大砲を発砲したことにより、戦闘が始まりました。

鳥羽伏見の戦いです。


進軍してくる幕府軍に備えて、陣を敷き、待ち構えていた官軍勢。

この時、薩摩軍は安楽寿院に本営を置き、長州勢は城南宮に陣を張っていたのだといいます。



鳥羽伏見戦碑.jpg



鳥羽伏見の戦いの激戦地であった、この鴨川堤。

その戦いの跡を示すものとして、
この堤には、「鳥羽伏見の戦い勃発の地」と記された石碑が建てられていました。



栄華の跡も、激戦の跡も、
様々な歴史を刻み続けてきた、この城南宮の周辺。

今では、何もなかったかのように流れる鴨川の流れにさえ、
時の移ろいの遠大さが感じられる。

ここは、そうした感慨を抱かせる、そんな場所のように思いました。







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最終更新日  2012年09月17日 22時46分16秒
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