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ラジオでチューリップの曲が流れた。 今日の新聞を何気なく見ていたら、ラジオ欄に「チューリップの名盤」という文字が 見えた。チューリップの名盤?ラジオで?ならばやはりチューリップの曲がかかるの だろうか。まさか「咲いた咲いた…」のチューリップの名演奏をかけるということは ないだろうし…。 気になったのだが、1時から会議があるので、12時から3時までの番組を聞くことはで きない。うーん、と考えてラジコのタイムフリーを思い出した。夜、仕事が終わった 後にじっくり聞こう。会議の直前にラジコでこっそり聞いて、やはりチューリップの 曲がかかるんだ、ということは確認した。TAKEOFFのB面をかけていた。 で、仕事から帰ってきて、さっき、ラジコのライムフリーで聞いた。というより、 今、聞きながらこの文章を書いている。今、「あの、ゆるやかな日々」がかかってい る。うーん、やはり名曲だ。最後に、ピアノのイントロ部分を1オクターブ上げて弾 いて終わるのだが、その部分は省略されて「ハートせつなく」にうつった。曲が終わ るか終わらないかのうちに、この番組のジングルのような一言が入って、すぐに「青 春の影」にうつった。 曲はすべてCDで持っているわけだから、聞きたければそれを聞けばいいのだが、ラジ オでかかる、ということの意味は大きい。どのように紹介されるのか、なぜ、かかる のか…。 「愛は不思議なもの」がかかっていたのだが、途中でフェイドアウトしてしまって、 「悲しみはいつも」が始まった。「ぼくは陽気なのんきもの」になった。 オリジナルアルバムの3作目、海外録音、脱アイドルを図って「青春の影」を収録し た、といった紹介の後に曲がかけられた。どうも、この番組には80年代ころの曲を たっぷり聞かせる、といったコーナーがあるようだ。 中学生のころには、LPがなかなか買えず、新しいアルバムが出るとラジオにかじりつ いてチューリップの曲を聞いた。そのころは結構しょっちゅう何かしらかかってい た。あちこちのライブもちょこちょこ放送していたのだが、ライブ演奏ではなくてレ コードの曲がかかるのを期待していた。なので、ライブ演奏をカセットテープに録音 したものもあったのだが、LPを買った時点ですべて消した…。今思えばなんて馬鹿な ことをしたんだろうと思う。逆だろう、普通は。ラジオで放送された曲でもライブ演 奏はとっておいて、あとからレコードを買えば聞ける演奏は消すべきだろう。本当に バカだった。 しかし、今頃になってラジオでチューリップの曲を聴けるとは。一気に中学生の頃に 戻った気分になった。
2017年01月24日
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新年になって早2週間。年末から新年にかけてばたばたと過ごすのは例年通りだが、 年を追って薄くなっていく気がするのが新年感″。50を過ぎて、どうやって正月気 分に浸れというのだろうか。初詣、おせち、箱根駅伝、など定番行事をこなしていく ことで、忘れそうになっている正月気分をなんとか維持しているという感じだ。そし て、その正月気分ももう抜けたが、いまだに気になっていることが一つある。 なぜ、マスコミは渡辺和子さんの訃報にクールなのか…。 渡辺さんは「置かれた場所で咲きなさい」の著者として有名だ。二・二六事件で殺さ れた渡辺錠太郎教育総監の娘でもある。12月30日に亡くなったということで、確かに 年末の忙しい時で、新聞も扱いに困ったことだろう。しかし、同時期に亡くなった俳 優の根津甚八さんはかなりスペースを割いて報道されていた。どの新聞にもきちんと した訃報は載っていなかったような気がする。マスメディアの、渡辺さんに対する評 価というのはこの程度ということなのか。または何か扱うことができない理由でも あったのだろうか。不思議だ。
2017年01月15日
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