inti-solのブログ

inti-solのブログ

2012.02.26
XML
テーマ: 戦争反対(1248)
カテゴリ: 戦争と平和
今日2月26日は、2.26事件の日です。今から76年前の1936年2月26日、「皇道派」の尉官級の若手士官たち(多くが歩兵第1師団の第1・第3連隊所属だった)が岡田啓介首相・斎藤實内大臣・高橋是清蔵相・渡辺錠太郎陸軍教育総監・鈴木貫太郎侍従長・牧野伸顕元内大臣らを襲撃、斉藤内大臣・高橋蔵相・渡辺教育総監、松尾伝蔵予備役大佐(岡田首相の義弟で、容姿が似ていて誤認された)が殺害、鈴木侍従長重傷、さらに警視庁、陸軍省、参謀本部、朝日新聞東京本社を襲撃、国会議事堂も占拠されます。

クーデター計画としては稚拙の極みであり、結果は失敗に終わります。しかし、この事件が日本の政治・社会に与えた打撃は致命的に大きかった。何しろ軍の意に反することをやると、いつ暴発するか分からないというので、これ以降軍の意に反することを言う政治家が誰もいなくなったのです。
皇道派シンパの将官が大量に予備役編入(実質クビ)に追い込まれたことから、彼らが陸軍大臣に就くことを阻止しようと(という名目で)、軍部大臣現役武官制、つまり陸軍大臣・海軍大臣を現役の大将・中将のみに限定する制度が復活しました。これによって、軍は政府を思いのままに操れるようになります。内閣が軍の気に入らない政策を行おうとする、あるいは気に入らない人物が首相になると、陸軍大臣・海軍大臣を辞任させる、または大臣を出さないことで内閣を倒すことができるのです。実際、それによって1937年宇垣内閣が成立を阻止され、また1940年には米内内閣が陸軍大臣辞任によって倒されています。
より根源的は、政府が軍を指揮・統制することができない、「統帥権の独立」という明治憲法の致命的欠陥が招いた事態、とも言えます。

では軍内部ではどうだったのかというと、軍の内部でさも、勇ましい「積極論」を述べる声ばかり大きくなり、冷静な声は次第に小さくなっていきます。2.26事件で渡辺教育総監(現役の陸軍大将)が殺害されていますし、その前に相沢事件(陸軍省内で、統制派の永田鉄山少将を皇道派の相沢中佐が日本刀で斬殺した)も起こっていますから、声がでかくて勇ましい積極論に反対して暴発されるのは、軍人すら怖かったのでしょう。
その結果、日本は日中戦争そして太平洋戦争という破滅に向かって、押しとどめる者もなく転落していったのです。

それから76年経って、何となく昨今の時勢が2.26事件の時代に似ているような気がしてしまうのです。幸いにして、目下のところ2.26事件のように具体的なクーデターの動きはないと思います、いや、少なくとも私は知りません。しかし、世の中は不況、不安定な政党政治、声のでかい強硬論ばかりがもてはやされ、とりわけ対外強硬主義ばやり、土壌は充分にあるんじゃないかという危惧を抱いてしまうのです。

--

話は変りますが橋下大阪市長が、憲法第9条改正を主張しているそうです。
橋下徹の ツィッター書き込み より

世界では自らの命を落としてでも難題に立ち向かわなければならない事態が多数ある。しかし、日本では、震災直後にあれだけ「頑張ろう日本」「頑張ろう東北」「絆」と叫ばれていたのに、がれき処理になったら一斉に拒絶。全ては憲法9条が原因だと思っています。(2012年2月24日13:16)

毎日新聞の報道 より
橋下市長は記者団に9条は「他人を助ける際に嫌なこと、危険なことはやらないという価値観。国民が(今の)9条を選ぶなら僕は別のところに住もうと思う」と述べた。

私自身は、がれきを被災地以外で受け入れることに、必ずしも反対ではありませんが、それにしてもこれは酷いこじつけです。
嫌なこと、危険なことは他人を助けるためでもやりたくない、それは、人間の心理のある一面に必ず存在します。逆に、嫌なこと、危険なことでも他人を助けるためにやる、これもまた人間の心理の一面です。どちらも人間の持つ本質の一部であって、憲法第九条がどうこうということは関係ない。
まして、がれき受け入れに関して言えば、必ずしも「自分が」危険だから反対というわけではないでしょう。私個人について言えば、自分自身は多少の放射能の危険は構わないと思っています。放射線によるリスクは年齢とともに下がっていくものだし、仮に放射能のせいで30年後にガンになったって、そのときには私は74歳だ(私の父がガンでなくなったのは73歳の時)。でも、子どもはそうはいかない。子どもの方が放射線の健康被害のリスクが高い上に、残りの人生もずっと長い。今5歳の子どもの30年後は、まだ35歳。その年でガンになっても仕方がないとは、とても言えませんし、そのような危惧からがれき受け入れに反対するのは、憲法第9条とは関係ない。

そういえば、こんな報道がありました。
----
米美術館、福島だけ貸し出し拒否 ベン・シャーン巡回展
米国で活躍し、核の問題や戦争、貧困などをテーマにした作品を残した画家ベン・シャーンの国内巡回展のうち、6月から開催を予定している福島県立美術館(福島市)に対し、米国の美術館7館が所蔵作品の貸し出しをとりやめていたことがわかった。東京電力福島第一原発事故による放射能への不安などが理由だという。(以下略)
----

橋下流に言えば、放射能が怖くて美術館が作品を貸出さないのも「憲法第九条のせい」ということになりかねませんが、言うまでもなく米国の憲法に第9条のような戦争放棄条項はありません。
憲法第9条は、軍事力によって道を踏み外し、周辺諸国に大きな被害を与え、最終的には我が国自身も焦土と化した、その反省に基づいて定められた条文です。つまり、軍事力によって他者に迷惑をかけないための条項であって、他人のために嫌なこと、危険なことをやらないための条項ではありません。
それを、このような意味の通らない難癖を付けて排除しようとする。
どうも、声の大きな「積極論」で国を破滅の方向に導いていく傾向のように思えて仕方がないのです。
そういえば、2.26事件の首謀者たちは「昭和維新」を呼号していました。橋下は大阪維新ですね。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2012.02.26 21:16:11
コメント(4) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ

利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


Re:2月26日(02/26)  
おっちゃん さん
>どうも、声の大きな「積極論」で国を破滅の方向に導いていく傾向のように思えて仕方がないのです。

そうなんです。
ドカン!とぶち上げておいてキョロキョロ周囲の様子を見ながらやがては適当なところで妥協する。そういう政治手法です。(私はその「妥協」の部分が嫌い)
でもマスコミと一般大衆には受けるのですよね。
弱者ぶった怠惰な連中(=既得権擁護派)と本当の弱者をきちんと見わけて(もちろん境界線を引くのは難しいのですが)対案を示す以外に有効な批判はありません。

今日の話題は大阪市バス運転手の給料40%削減です。(民間水準にあわせる)
こういう事態になる前になんとかしなければならなかったわけでしょう。運転手さんたちには悪いけれども、私としては賛同しないわけにはいかない。
毎日ひとつづつぶち上げても数年間はもつであろうと思われるほどの矛盾(制度疲弊)のかたまりが橋下徹の目の前にぶらさがっている。守旧派にはしんどいところだと思います。
(2012.02.26 23:53:51)

Re[1]:2月26日(02/26)  
inti-sol  さん
おっちゃん

>そうなんです。
>ドカン!とぶち上げておいてキョロキョロ周囲の様子を見ながらやがては適当なところで妥協する。そういう政治手法です。

橋下の政治手法は、妥協という方向には向いていないように思えます。
勇ましいこと、非妥協的なことを言い、強硬論に走れば走るほど支持を集める傾向は、戦前の日本と似ている。 (2012.02.27 20:41:31)

Re[2]:2月26日(02/26)  
おっちゃん さん
inti-solさん

>橋下の政治手法は、妥協という方向には向いていないように思えます。

いやいや、取り巻きや橋下人気にぶら下がっている政治家(議員)の顔ぶれを見ると妥協しないでいけるはずが無い。(私の感想)

>勇ましいこと、非妥協的なことを言い、強硬論に走れば走るほど支持を集める傾向は、戦前の日本と似ている。

戦前も民主主義が機能していたとするなら、似ていると言えるかも知れません。
私の歴史観では終戦を機に日本社会がそんなに変わったとは考えていませんので、その意味では同意できます。(現代は戦前の延長でしょう)

そこで「支持を集める」という現実が重要な問題になります。それにどう対抗してゆくかです。
「戦前と似ている」とかでは批判としてはもの足りません。 (2012.02.27 23:21:11)

Re[3]:2月26日(02/26)  
inti-sol  さん
おっちゃん

>いやいや、取り巻きや橋下人気にぶら下がっている政治家(議員)の顔ぶれを見ると妥協しないでいけるはずが無い。(私の感想)

大阪維新の面々がどういう人なのかは知りませんが、橋下の人気が絶大である間は彼の言うことに唯々諾々と従うんじゃないかと思います。ただ、いくら何でも4割減は、いきなりはできないでしょうね。

戦前の日本を民主主義とは言えないと思いますね。政党政治によって選挙の多数派が内閣を組織する時期はありましたが、軍という暴力装置の根幹が政府の指揮統制を受けないんだから、政党政治ごっことしか言いようがありません。
一応選挙をやって政権を決めているという意味では、現在のイランとかパキスタンとか、現在ではイラクもそうなのですが、これらの国々がいったいどこまで「民主主義国」として扱われているかというと、果たしてどうでしょう。 (2012.02.29 00:13:22)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: