inti-solのブログ

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2013.09.22
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テーマ: 戦争反対(1248)
カテゴリ: 戦争と平和
米で落下した水爆、爆発寸前だった…英紙報道
英紙ガーディアンは21日、情報開示された米機密文書を基に、米南東部ノースカロライナ州で1961年1月に起きた米軍爆撃機からの水爆落下事故で、地面に落ちた水爆2発のうち、1発が爆発寸前の状態にあったと報じた。
事故の発生自体は公表されていたが、米政府はこれまで、爆発の危険性を繰り返し否定してきた。この水爆は、広島に投下された原爆の260倍の威力があり、爆発していれば、首都ワシントン、ニューヨークなどに「死の灰」が降り、数百万人が生命の危険にさらされたという。
同紙によると、水爆を積んだ米空軍爆撃機B52は、ノースカロライナ州ゴールズボロの基地を飛び立った直後に故障。空中で機体がばらばらになり、水爆2発が落下した。それぞれパラシュートが開き、牧草地などに落ちたが、このうち1発は、四つの安全装置のうち、三つまでが解除された状態になっていたという。

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この記事を読んで、真っ先に思ったのは、「どこかで読んだ話だぞ」ということ。この事故と同じものかどうかは分かりませんが、落としてしまった水爆を調べたところ、5重だか6重だかの安全装置の一つを残してすべて解除されていた、という話。おぼろげな記憶ですが、小松左京の「復活の日」にその話が出ていたのではなかったか、という気がします(現在は同書を持っていないので、確認が取れないのですが)。「復活の日」は1960年代に執筆されており、私が読んだのも中学生のときなので、私の記憶が事実なら、こんな話はとうの昔に周知の事実だった、ということになります。

※検索したところ、 「町田平和委員会」のページ

 1961. 1.24
【米】 B-52 爆撃機(核兵器搭載)空中分解
(ノースカロライナ州ゴールズボロ上空,墜落直前投下,24Mt 2個,1個の核兵器は 6重の安全装置の最後の 1個で危険を免れる,その後暗号電波による電子ロックが追加される)


との記述がありました。私がおぼろげに記憶していたのは、まさしく今回報じられた事故のことだったようです。上記のページの最終更新日は、2012年9月13日 23:19:32となっているので、今回の報道以前から知られていたことという私の記憶も間違いないようです。
「事故の発生自体は公表されていたが、米政府はこれまで、爆発の危険性を繰り返し否定してきた」とのことですが、実際には、事故の内情はいくら政府が否定してもとっくの昔に知れ渡っていて、それが機密情報の公開によって最終的に確認された、ということに過ぎないようです。

この事故の実態をいつ、誰が最初に漏らしたのかは知りませんが、ともかく、「軍事機密」になっていたことを漏洩した人がいるからこそ、政府が機密文書の公開する以前から、「核爆発一歩手前」という実態が一般に知られていたわけです。
この「機密」を漏らした人がどんな人で、その後どうなったかは知りませんけど(あるいは、一人だけから漏れたのではないのかもしれませんが)、、日本でも、もし 「機密保全法案」 なるものが通ってしまったら、こういう情報を公表すると処罰の対象になる、という恐ろしい事態が起こることになりかねません。

それにしても、上記のホームページには米軍がこれまでに起こした核兵器がらみの事故が数多く掲載されています。
有名なのは
1966年1月17日スペイン上空でB52爆撃機が空中給油機に空中衝突し、4発の水爆が落下した パロマレス米軍機墜落事故
1968年1月21日グリーンランドでやはりB52爆撃機が、やはり4発の水爆を積んだまま墜落した チューレ空軍基地米軍機墜落事故
の二つですが、これはたまたま米国外で起こした事故だったので有名になっただけで、実際には類似の事故が数多く(主に米国の上空で)起きていることが分かります。当時、米空軍は核兵器を搭載した戦略爆撃機による常時空中哨戒を行っており、それらの空中哨戒中の爆撃機が頻繁に事故を起こしていたのです。これだけの事故があって、よく最悪の事態(核兵器の起爆)が起こらなかったものだと思いますが、実際には、最悪寸前の事態は起こっていたわけです。

その後、米軍もさすがに核を搭載した戦略爆撃機の空中哨戒は行わなくなり、この種の事故は激減した、と思いますが、近年の事故に関してはまだ秘密のベールに包まれているので、実際のところは分かりません。ただ、さすがに1960年代ほど事故が多いとは思えませんが。

とはいえ、危機一髪だった事故も、そうではない事故も、いずれも落下した核兵器からは膨大な核物質がばらまかれています。パロマレスの事故当時、スペインはファシスト陣営最後の生き残りであるフランコ総統の独裁政権下でしたが、さすがに事故そのものを隠すことはできず、情報観光大臣と米国の駐西大使が事故現場の海岸で海水浴をして見せて、「安全性」をアピールする裏で、ひそかに現場の土1750トンを除去して、米国に持ち去ったようです。しかし、それ以上の対策は講じておらず、また反対派に対しては血の弾圧を加えるファランヘ党政権の下で、当時はそれ以上大きな問題にはならなかったものの、21世紀に入って改めて現地を調査したところ、いまだ30ヘクタールで規制値以上のプルトニウムを検出した、とのことで、改めて汚染地の政府買い上げや封鎖などが行われています。

これ以外の核搭載機墜落事故でも、多かれ少なかれ、核物質による汚染が起きているのでしょう。






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最終更新日  2013.09.22 18:09:38
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