inti-solのブログ

inti-solのブログ

2016.07.21
XML
カテゴリ: その他
大橋巨泉さん死去 テレビ司会者、82歳
テレビ司会者として知られた大橋巨泉さんが、12日急性呼吸不全のため千葉県内の病院で死去した。82歳だった。葬儀は近親者で営んだ。後日しのぶ会を開く予定。喪主は妻寿々子さん。
東京都出身。早稲田大政経学部を中退後、ジャズ評論家、放送作家を経て1966年に深夜番組「11PM」の司会者に。「野球は巨人、司会は巨泉」のキャッチフレーズで売り出し、テレビにギャンブルとお色気の要素を持ち込んだ。万年筆のCMで「はっぱふみふみ」、食品CMでは「なんちゅうか、本中華」という流行語を生み出した。
69年、全編作り込んだコントで構成された画期的なバラエティー番組「巨泉×前武 ゲバゲバ90分!」で故前田武彦さんと司会を担当し、高視聴率を稼いだ。その後も、「クイズダービー」「世界まるごとHOWマッチ」など数々の人気番組に出演。競馬やゴルフなど幅広い趣味を仕事にも生かし、多才なマルチタレントとして活躍した。
90年に56歳で「セミリタイア」を宣言。レギュラー番組を降板し、夏はカナダ、冬はニュージーランドやオーストラリア、春と秋には日本の自宅で過ごし、ゴルフや釣り、ジャズ鑑賞を楽しんだ。海外で土産店「OKギフトショップ」を経営し、優雅な生活を記した「巨泉 人生の選択」はベストセラーになった。
2001年の参院選では民主党の比例代表で立候補、初当選したが、党との意見の違いから、半年後の02年に辞職した。
05年に胃がんがみつかり、13年には中咽頭がん。昨年11月、腸閉塞で入院。闘病生活の傍ら、「徹子の部屋」やラジオ番組などにゲスト出演し、週刊現代では16年7月9日号の最終回まで、休載を挟みながら連載コラムを続けた。(要旨)

---

引用記事にある週刊現代のコラム最終号を読んでいたので、かなり厳しい状況だということは想像がつきました。
それにしても、時の進む速さを感じてしまいます。私が子どものころ、土曜の夜の「クイズダービー」は好きでしたね。それに、11PM、実は、ほとんど見たことはないのです。両親が居間でテレビを見ていて、11PMが始まると、わたしは起きだしていって、見ようとするのですが、「早く寝なさいっっっ」と叱られて、見せてもらえなかった。でも、時々ベットの中から音声だけ聞き耳を立てていたり(笑)。そういう家庭は多かったのではないでしょうか。何しろ、当時は子どもに見せたくない番組の代表例でしたから。

1990年に「セミリタイア」したときから、すでに26年も経過しているんですね。その後、大橋巨泉の名が大いに取り沙汰されたのは、2001年の参院選のときだったでしょうか。41万票とって民主党ではトップ当選でしたが、本人にとっては予想外に少ない票でショックを受けた、というようなことを、後にどこかで語っていたのを読んだ記憶があります。そのこともあって、政界で長く活動しようという意思は、当選後早いうちに消えていたのかもしれません。ただ、これに関しては、選挙に勝った以上は、任期の間はがんばってほしかったという気はしますけど。

でも、いわゆる「軟派」の代表例みたいな人でありながら、実は、その芯は硬派であることを知ったのは、このころになってからでした。
紹介されている、週刊現代16年7月9日号は、ちょうど参院選の直前に発行されたものですが、コラムの一番最後で、彼は

書きたい事や言いたい事は山ほどあるのだが、許して下さい。しかしこのままでは死んでも死にきれないので、最後の遺言として一つだけは書いておきたい。安倍晋三の野望は恐ろしいものです。選挙民をナメている安倍晋三に一泡吹かせて下さい。7月の参院選挙、野党に投票して下さい。最後のお願いです

と書いています。この連載自体、4月から休載になっていたのは、とても原稿を書けるような体調ではなかったからですが、その彼が参院選の直前、最後の力を振り絞って(実際には奥さんの力なども借りて)書いたのがこの最終回、ということです。
まことに残念ながら、今回は大橋巨泉の最後のお願いは実現しなかったけれど、いつかきっとその「遺言」が実現する日が来ることを祈りたいと思います。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2016.07.21 21:56:36
コメント(4) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ

利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


Re:大橋巨泉死去(07/21)  
maki5417  さん
大橋巨泉でイメージするのは、いい加減な人、信用できない人ということです。
「クイズダービー」が脚本で進行していたのは有名な話ですし、あっさり議員を辞めた時もやっぱりと思いました。
亡くなって「テレビの巨人」なんて持ち上げられても、あっそうという感じです。 (2016.07.21 22:48:10)

Re[1]:大橋巨泉死去(07/21)  
inti-sol  さん
maki5417さん
>大橋巨泉でイメージするのは、いい加減な人、信用できない人ということです。

そうですか。まあ、好き嫌いは人それぞれですからね。わたしは、とても好きでした。大橋巨泉がというより、巨泉の番組が、ですけどね。

>「クイズダービー」が脚本で進行していたのは有名な話ですし、

別に、テレビ番組に台本があるのは不思議なことではないし、非難すべきことでもないと思いますけど。

>あっさり議員を辞めた時もやっぱりと思いました。

本文に書いたように、それに関してはわたしも問題があったと思いますが、彼なりに、主張を貫き通したという側面もあります。 (2016.07.21 23:25:50)

Re:大橋巨泉死去(07/21)  
Bill McCreary さん
inti-solさんくらいのご年齢ですと、大橋巨泉の印象は強いですよね。じゃお前は、という当然の疑問は、私はネット上では年齢不詳で通していますので、すみません。

>11PM

愛川欽也が昨年亡くなり、藤本義一も4年前に亡くなったわけで、中心メンバーが亡くなりましたね。90年終了ですから、もう26年前に終わっているんですからね。

ところでinti-solさんも、あのオープニングのスキャットはご記憶ですよね。前に私が記事を書いた伊集加代子が担当しています。

//www.youtube.com/watch?v=3zsu3fPjmmg

//blog.goo.ne.jp/mccreary/e/fdf8366817fc635e9a3cf73e4e0f799c

>選挙に勝った以上は、任期の間はがんばってほしかったという気はしますけど。

彼は、好きなことをする、嫌いなことはしない、という主義の人間ですから、基本的に政治家には向かなかったのだろうと思います。イデオロギー的には、共産党とまではいわずとも、社民党あたりから出馬すべきだったのかもです。

>クイズダービー

どうでもいい話ですが、いまALSで苦しんでいる篠沢秀夫が、すさまじい極右であることを知ってけっこう驚いたことがあります。巨泉も篠沢も、そのあたりは割り切って付き合っていたのでしょう。

//ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AF%A0%E6%B2%A2%E7%A7%80%E5%A4%AB

>いつかきっとその「遺言」が実現する日が来ることを祈りたいと思います。

ぜひそうなっていただきたいものです。

なお、私は大橋巨泉はそれなりに好きです。 (2016.07.22 22:56:48)

Re[1]:大橋巨泉死去(07/21)  
inti-sol  さん
Bill McCrearyさん

>私はネット上では年齢不詳で通していますので、すみません。

まあ、でも10代20代とは誰も思っていないかも。

>>選挙に勝った以上は、任期の間はがんばってほしかったという気はしますけど。

>彼は、好きなことをする、嫌いなことはしない、という主義の人間ですから、基本的に政治家には向かなかったのだろうと思います。

そうなのでしょうね。今の政治情勢の下での議員だったらまた違うでしょうが、2001年当時において、「嫌でも頑張る」という義務感を刺激はしなかったのでしょう。

>イデオロギー的には、共産党とまではいわずとも、社民党あたりから出馬すべきだったのかもです。

おそらく、旧社会党健在の頃であれば、社会党から出たでしょうね。

>>クイズダービー

>どうでもいい話ですが、いまALSで苦しんでいる篠沢秀夫が、すさまじい極右であることを知ってけっこう驚いた

私もそのことは知っていますが、ただ、クイズダービーをやっていた当時から極右だったのかどうかは知りません。ケント・ギルバートのように、昨今の流行(?)にあわせて極右になる人も少なくないので、篠沢の場合はどうでしょうね。

当時から極右だったとしても、仕事は仕事ですからね。仕事の相手を政治的主義主張の親和性だけで選ぶわけにもいかなかったでしょう。 (2016.07.24 00:06:44)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: