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今日は高大の6日目だったが、遠足の日に当っていて、我々のエッセイ文学科では、歴史博物館の見学と懇親会が行われた。歴史博物館には、何度も入っているので、今日は何も見ず、8階で本を読みながら他の人のみ終わるのを待った。懇親会場のパル法円坂へは徒歩10分弱、予定の12時より10分くらい早く着いた。懇親会は12時15分から始まった。食事のあと、拡販から余興が披露された。私の班は、M氏が代表して落語を元にした話をしてくれた。各班の余興のあと、アシスタントの方のマジック、歌などが披露された。マジックは空の袋から次々に箱を取り出すもので、鮮やかなお手並みだった。写真は、歴史博物館観覧風景、同、懇親会で乾杯、食事風景、班ごとの余興、同、マジック、カラオケ、フィナーレ(お手手つないで)
2012.05.31
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今日は、ジパング倶楽部の企画で、「平清盛と平家物語ゆかりの地を訪ねてー夢の都福原から須磨へ」というイベントに参加した。朝9時に神戸駅集合、17時20分解散という長帳場だったが、ゆかりの地をたくさん回ることができ、有意義な一日を過ごすことが出来た。電車の遅延で遅れて来た人があり、バスは15分遅れて9時25分に発車。ガイドが今日の行程を説明する間もなく、バスは10分ほどで最初の見学地「神戸で清盛展・歴史館」に到着した。10時20分までの45分間かけて「歴史館」を見学した。清盛の生涯が年表や絵を交えてなどで説明されていた。あまり広くないので見学時間を持て余すくらいだった。その後、観光ガイドの方の案内で、大輪田泊周辺のゆかりの地を巡った。順に、1.来迎寺(人柱となった松王丸の供養塔、妓王妓女塔など)2.古代大輪田泊の石椋(防波堤に使われた巨石)3.能福寺(清盛が剃髪したところ。清盛廟と兵庫大仏がある)4.真光寺(清盛勧請の弁財天、ゆかりの井戸、時宗教祖一遍上人の廟ががある)5.清盛塚(十三重の塔、清盛像、琵琶塚などがある)6.薬仙寺(清盛が後白河法皇を幽閉した寺)その他、築島水門、高札跡、北風正造顕彰碑、ジョセフ・ヒコの英文碑、神戸事件(滝善三郎)の碑、清盛橋、新川運河、兵庫城跡=県庁跡なども案内された。12時10分にバスに戻り、昼食場所のハーバーランド・モザイクへ向った。10分ほどで着き、オードブル、スープ付のコースランチに舌鼓を打った。13時30分「ドラマ館」の会場へ徒歩で移動、10分ほどで着き、14時20分まで内部を見学した。大河ドラマのストーリーや配役の紹介、ロケ地の紹介、衣裳、小道具の展示などがあったが、写真撮影は禁止だった。再びバスに戻り、14時35分に出発、新開地、湊川駅を過ぎ、清盛の雪見御殿のあった旧跡(今は湊山小学校敷地)を車窓に見ながら、平野に15時に着いた。そこから徒歩で祇園神社に向った。88段の石段を上ると拝殿と本殿がある。ここからは、神戸の街が良く見える。清盛が都づくりの構想を練ったところと言われている。15時30分、バスに戻り、次の目的地須磨へ向かう。ガイドが車窓の建物をいろいろ説明してくれるのを聞きながら45分程で須磨寺に着いた。ここには平家関連のものがたくさんあった。平敦盛の首塚、平敦盛と熊谷直実の一騎打ちの銅像、敦盛首洗い池、平家物語関連宝物などである。16時45分にバスに戻り、最後の目的地・敦盛供養塔に向った。5分ほどで着き、供養搭、青葉の笛歌碑などを見た。これで全行程を終え、JR須磨駅まで送ってもらい解散となった。神戸には平家関連の史跡が70くらいあるそうだが、今日1日で10か所くらいを見て歩くことができた。写真は、清盛「歴史館」、来迎寺の松王丸の供養塔、妓王妓女塔、能福寺の兵庫大仏、真光寺の無縁仏供養塚、清盛供養搭、清盛像、薬仙寺、きよもん(ゆるキャラ)。写真は、清盛「ドラマ館」にて、雪見御所跡地、祇園神社鳥居と石段、同拝殿、敦盛首塚、敦盛の首洗い池、敦盛と熊谷直実の銅像、敦盛供養塔、青葉の笛歌碑。
2012.05.30
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今日は、会社のOB会総会の日。10時に家を出て会場に行った。11時の開会だが、20分前にはほぼ満員になっていた。OB会が発足した40年前の会社の状況がスクリーンに映写されるのを見ながら開会を待った。会員物故者への黙祷のあと、OB会会長の挨拶、会社社長の来賓挨拶があり、会務報告、会計報告、監査報告と続き、総会は12時に閉会となった。会長の挨拶では、1.外へ出て人と交流すること、2.決められたことをきっちりこなすこと、3.いろいろなことに好奇心を持つことが老いない原則であると言われ、社長の挨拶では、徒然草の一節から「すこしの事にも先達はあらまほしきことなり」を引いて話をされた。総会の後は、会場を移動して、懇親会となり、社長の乾杯の音頭で宴が始まった。何年かぶりでの再会に旧交を温め合い、多くの人との歓談をしながら、楽しい時間はあっと言う間に過ぎ、14時に開会挨拶、万歳三唱となった。知人を探そうと思っても、2000人もの参加者のため、なかなか会えない人も沢山いた。お互いに探し回っているのだが、広い会場では遂に見つからなかった。写真は、開会直後の舞台、OB会役員席、会社役員席、OB会会長挨拶、会社社長挨拶、新会長挨拶、司会の女性、懇親会会場の参加者、OB会新会長の万歳三唱の音頭。
2012.05.29
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今日は句会の日、午前中は、出句する5句の選定と最後の推敲を行った。その後、破損した眼鏡の鼻当ての修理のため淀屋橋の眼鏡屋へ行った。句会の結果はまずまずで、2句が先生から選ばれうち1句が特選、他の3句は誰からも選ばれなかった。先生に選ばれたのは次の句。 ◎鯖の背の青空の青海の青 (先生特選ほか2票) 〇金環食薄暑の朝の華やいで (先生ほか3票)誰からも選ばれなかったのは次の句。 ・豊かなる青を育む夏の山 ・五十鈴川渡る清らな青嵐 ・少女の美熟女の艶美金銀花今日先生の特選に選ばれたのは、上記の他次の句。 ◎闇を突く鼓の連打薪能 哲子(先生特選ほか3票) ◎「お若い」の一言で買ふ夏帽子 隆司(先生特選ほか2票)今日、最高得点を得たのは次の句。 ◎飛びたがる夏帽押え¥へ歩道橋 豊子(先生ほか5票)先生の句で今日一番人気だったのは次の句。 ◎独り修す五十回忌の多佳子の忌 塩川雄三先生(6票)写真は、梯梧の木を背景に句会風景。鶴島緋沙子の小説「トミーの夕陽」を読み終わり、今は「私の中の瀬戸内寂聴」を読んでいる。「トミーの夕陽」は感動的ないい小説だった。
2012.05.28
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今日は、淀川探鳥会に参加した。十三駅に9時に集まり、淀川沿いを十三から柴島までを3時間かかって歩いた。鳥の数は少なかったが、オオヨシキリとキアシサギの姿はあちこちで見ることが出来、古アジサシのジャンプはセッカの鳴き声も盛んに聞えた。鳥を見る傍ら、淀川の植物・花についても観察した。鳥の写真を撮るのは難しい。セッカ、ツバメ、ヒバリ、コアジサシなどは飛んでいる姿しか見せないので、動画ならともかく静止画を取るのは素人には無理である。木に止まっている鳥でもカメラを向けると逃げてしまうことが多い。デジカメから何か距離を測るための光線が出ているためかも知れない。オオヨシキリは大部分は葦の中で鳴いているのだが、中々見つけにくいし、見つけて葦の間にいるので写真には撮りにくい。コアジサシは何度も水に飛び込んでいたが、なかなか魚を捕まえられないようだった。ボラがあちこちでジャンプをし1メートルも飛び上がっているものもいた。今日見た鳥は、次の16種。カワウ、ダイサギ、アオサギ、カルガモ、コアジサシ、ケリ、キアシシギ、キジバト、ヒバリ、セッカ、オオヨシキリ、カワラヒワ、ツバメ、ムクドリ、スズメ、ハシボソガラス。写真は、上3枚:オオヨシキリ、中3枚:キアシシギ、下:ダイサギ、カワウ、コアジサシ。写真は、ニワゼキショウ、ミゾコージュ、タチアレチハナガサ、ヒメジオン、センダン、ウキヤガラ、ヒメコバンソウ、コバンソウ、セイヨウヒキヨモギ。
2012.05.27
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今日は、午前中は資料や雑誌の整理をしたり、鶴島緋沙子の小説「トミーの夕陽」を読んだりして過ごし、午後は、大阪淀屋橋の朝日生命ホールで開催された俳人協会主催の関西俳句大会に参加した。自宅で早目の昼食を取ったあと、11時10分に家を出て11時40分に会場に着いた。持参した自作の俳句を1句を受け付けに提出し会場に入った。広い会場にはまだかなり空席があったが、開会までには7割くらいの入りになった。12時に開会され、最初に過去1年間の物故者に黙祷とささげたあと、開会の辞、西村和子本部副会長の挨拶、辻田克己関西支部会長の挨拶があり、続いて、今日の句会の選者の紹介があった。今日参加の選者は次の通り。西村和子、辻田克己、少路紫峡、茨木和生、塩川雄三、角光雄、金久美智子、下村梅子、山本洋子、田島和生、大石悦子、大橋晄、岩城久治、山尾玉藻、三村純也。続いて、吉岡翠生氏から経過説明があった。投句総数は4110句、この中から1179句が予選を通過し、この中から30人の選者がそれぞれ特選3句と選20句を選んだ。続いて、神戸大学名誉教授堀信夫氏の特別講演「芭蕉の物我一如の心」が始まった。栗山理一著「芭蕉の俳諧理論」の中にある「物我一如」について、岩波仏教辞典や「三冊子」、「撰集抄」などの記述を引用して、その心を解説された。難しい話だったが、俳句は作るものではなく閃くものであり、閃くためには「我を捨てる」、「仏の心に近づく」ことが必要というのが、まとめだった。15分の休憩のあと、第2部事前投句の成績発表に移った。今日、参加の選者の内7名から講評が述べられた。主として特選1句の選考理由の説明だった。続いて、今日投句した句についての選結果の発表と好評が行なわれた。7人の先生が特選1句を含む15句を選んだが、私の句は塩川雄三先生から選ばれた。 〇金環食目に残りゐて街薄暑 こっぱんその後、表彰式が行われ、選者の各先生から受賞者に賞状、記念品などが授与された。こうして会は15時30分閉会の辞をもって盛会裡に閉会した。写真は、会場案内板、開会の辞を述べる中谷守氏、挨拶をする西村会長代行、同辻田副会長、挨拶をする審査員、特別講演をする堀信夫氏、講評する塩川雄三氏、表彰を受ける事前投句受賞者、表彰を受ける当日句受賞者。帰宅後は、「トミーの夕陽」の続きを読んだ。いい小説だ。
2012.05.26
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今日は、午前中は、俳句資料を欠席者に送付したり、いろいろな資料の整理、コピーなどを行い、午後は、図書館に行ったあと、三越伊勢丹で開催されている「第67回春の院展」を見に行った。院展は、秋のものはだいたい毎年見ているが、春のものは久しぶりである。今年の院展には870点の応募があり、314点が入選したそうだ。その中から148点と同人の作品32点を合せて展示しが今回の展覧会だ。一通り見てまわるだけで、1時間10分ほどかかった。院展の日本画はどの作品も見て楽しく、好感が持てる。これに反して日展の日本画は好感の持てる作品が少ないように思う。作品のサイズは春は少し小振りであるがちょうど心地よいサイズのように思える。大きい作品は狭い会場では見えにくい。東山魁夷、奥村土牛、加山又造、平山郁夫、小倉遊亀、片岡球子ら馴染みの画家の作品が見られなくなったのは淋しいが、新しい人がどんどん出てきているのは頼もしい。同人32名の作品はいずれも力強いものであった。写真は、パンフレット及びWENサイトより。左:清水達三「渓流」、右:岡田真治「夢路」、武部雅子、「花の雪」、山本浩之「白媼」、西田俊英「神鹿」、大野百樹「五浦」、角島直樹「刻」、松村公嗣「想」、小田野尚之「映」
2012.05.25
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今日は、高大エッセイ文学科の5日目。午前中は「枕草子」の2回目。午後は市民活動講座の第1回目で、津波に関する講演だった。「枕草子は、第145段「美しきもの」を読んだ。さりげなく書いているがその奥にいろいろな思いが隠されていることを知った。「徒然草」は資料が配布されただけで時間がなく次回に繰り越しとなった。午後の講演の講師は、京都大学大学院地球環境学室助教の奥村与志弘氏。「津波のメカニズム」、「津浪による災害と防災」という題名で、ふんだんな図や写真を用いてわかりやすい内容の話だった。あとからも復習できるようにスライド93枚の全コピーも配付された。津波は地震以外の要因でなくても(火山、地滑りなど)起ること、何度も押し寄せるこ都など津波の基礎事項を解き、今後は数百年を見通した対策が必要であることを強調された。写真は講演中の奥村助教とスライド・コピーの一部。
2012.05.24
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今日は、5時に起き6時から入浴7時から朝食。チェックアウトを済ませ、8時に三重交通観光バスに乗り込み、伊勢志摩観光をする予定。。今日も天気はよさそうだ。幹事から今日の行程の説明がある。展望台、お寺、大王崎灯台などを回り、賢島で伊勢名物で昼食後は、英虞湾クルーズ、伊雑宮参拝などが計画されていて、16時ごろ伊勢市駅で解散という予定だ。8時35分、バスは朝熊山頂に着き伊勢湾の眺望を楽しむ。標高555メートルで、伊勢湾がきれいに見える。晴れていれば、神島の向うに富士山も見えるとか。これから行く金剛証寺の建物も見える。開聞の9時に合せて金剛証寺に向う。金剛証寺は、伊勢神宮の鬼門を守る寺とされている。極彩色の極楽門を潜ると大小の卒塔婆が林立する塔婆供養林。御木本幸吉、九鬼一族、鳥羽一郎の母親の塔婆もあった。奥之院を拝観して引き返し、経塚、明星堂、本堂、仏足石、雨宝堂、鐘楼、連間の池、連珠橋、仁王門などを見た。立派な寺だった。9時45分、再びバスに乗り、伊勢志摩スカイラインを通って鳥羽へ、さらに、バールロードを通って志摩方面へ向う。途中、鳥羽展望台で、10時25分から10分間再度伊勢湾の景観を楽しんだ。バスガイドから伊勢湾に浮ぶ島の名前や沿線の土地の説明を聞きながら、南下する。絶景の的美湾大橋を渡り、スペイン村のジェットコースターを右手に見ながら進み、11時20分、大王崎灯台のある波切漁港に着いた。ここは風光明媚なところで、土日になれば大勢の絵描きが集まり、絵描きの町とも言われているそうだ。灯台の麓までは5分ほとの坂道。灯台の中は84段の螺旋階段。灯台からは太平洋の地平線が長く眺められる。眼下の岩に当る波、セグロカモメも美しい。灯台ミュージアムでは灯台の歴史や仕組みを図解で設営していた。バスへ帰る道の両側では、新鮮な魚の干物が格安で売らえていた。バスは12時に出発、昼食場所の賢島に向かう。昼食場所の「はな屋」に着いたのは12時20分だった。ここで伊勢名物の手こね寿司と伊勢うどん、カマスの塩焼きを肴にビールで乾いた喉を潤す。寿司かうどんのとちらか一方で1人前なのに両方を欲張っため満腹になった。13時30分、食事を終え「エスパーニャクルーズ」で英虞湾の遊覧に出る。船内放送いろいろ島の説明を受ける。海面には牡蠣や新樹の養殖筏が浮かぶ。50分間の遊覧はあっという間に終った感じだった。14時30分、バスは最後の訪問地「伊雑宮(いざやのみや)」へ向かう。14時50分に着き参拝。ここは、内宮の別宮の一つで一番格式の高い宮だそうだ。伊勢参拝の締めくくりとして、今後の当会の無事継続を祈願した。伊雑宮に参詣したあと、15時バスは最終目的地伊勢市駅へ向かった。駅には15時40分に到着。バスガイドと幹事団にお礼の挨拶をし、15時50分発の近鉄特急に乗り、旅行の間にもらった資料に目を通しながら過ごしていると、17時41分大阪難波に着いた。本当に楽しく充実した2日間だった。この同窓会の幹事団は出身講座持ち回りで担当しており、今回は第7講座だった。来年は私の出身の第8講座の担当の番である。年々内容が充実して来ており、今年のような立派な企画ができるかどうか不安だが、この秋くらいからでも準備を始めないといけないかと考えながら、家には18時10分頃にに帰着した。写真は、朝熊山頂上から伊勢湾の展望、金剛証寺の供養塔林、同本堂、鳥羽展望台から意世話の展望、大王崎灯台、同灯台から太平洋の展望、観光船エスペランサ、クルージング風景、伊雑宮本殿。
2012.05.23
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今日と明日の2日間は大学の学科の同窓会で、伊勢・志摩を観光した。幹事団の念入りな計画と絶好のお天気に恵まれ、2日間とも最高に楽しい旅行となった。今日は、11時05分の大阪難波発近鉄特急に乗り、伊勢市に12時55分に着いた。50人中今回の参加者は30人。すぐに全員が揃った。先ずは宿泊先の車に荷物を預け、最初の訪問地外宮へ出発。私は昨年10月に弟と来ているので2度目。外宮は内宮の神の食事を作る役割を担っているそうだ。外宮参拝後、風宮、土宮をざっと見て、13時53分発の路線バスに乗り、内宮には14時05分に着いた。内宮はガイドの案内がつき、15時45分まで時間をかけて境内の散策・参拝を行った。鳥居、宇治橋、さざれ石、手水舎、五十鈴川、滝祭神、風日祈宮、神楽殿、御正殿、新御敷地、荒祭宮、馬屋などを廻った。20年ごとに行われる式年遷宮が来年に迫っており、新しい正殿が布の覆いの中で準備されている様子が伝わるようだった。ガイドの方と別れたあと、おはらい町を通り、おかげ横丁を散策した。おかげ横丁では誓子俳句館の展示をじっくりと見、俳句入りの絵はがきを買った。16時30分、内宮前に再集合して、宿泊先の送迎バスに乗り、16時45分、宿泊先の「伊勢かぐらばリゾート千の村」に着いた。部屋に入り、しばらく寛いだあと大浴場に行き入浴。入浴後、18時から夕食兼懇親会が始まった。料理は伊勢湾の味覚が並ぶ。アワビの残酷焼も伊勢海老やさざえも出た。宴が半分くらい進み酔いも回り始めたころから恒例の近況報告。18時38分に始まり30人目が終ったのは20時25分で、一人平均3.6分だった。まだ仕事をしている者もいたり、余生を有意義に楽しんでいる様子などを聞いているうちに、和気あいあいの懇親会は終り、続いて幹事の部屋に移って2次会となった。写真は、外宮御正殿前、内宮宇治橋鳥居、宇治橋、五十鈴川、内宮御正殿、式年遷宮御敷地、おはらい町、おかげ横丁の誓子俳句館、懇親会。
2012.05.22
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今日は、大阪では173年ぶりという金環日食が見られる日。朝起きると6時現在でよく晴れていてこれはよく見えるを思っていた。6時17分ごろ右上の方から欠け始める。写真を撮ろうをするが、観察用のスクリーンを通すと写るには写るがピントがうまく合わない。写真は無理かと思っていたら、だんだんと雲が出てきて、欠けた太陽を薄く隠し始めた。雲は次第に厚くなり、金環日食の始る前には殆ど見えなくなった。雲は東から西へ流れなかなか通り過ぎようとはしない。あきらめかけていると、一瞬、雲の間から薄い光が差し、肉眼でうっすらと金環日食が見られた。急いでカメラを向けたがやや金環になる直前のようだった。太陽はその後も少しだけ顔を出すことはあったが、全体が見える完全な金環はとうとう見ることができなかった。金環が終ったあと、また雲が切れることがあったが、すでに日食の終りの頃であった。写真は、大阪における6時40分、7時27分、8時18分、8時22分の太陽。(金環は直接撮影、部分食は観測用フィルターを通して撮影)図書館へ行ったり、デパートへ行ったり、帰宅後は日食のテレビを見たり、図書館で借りたDVDを見たり、俳句を作ったりしながら過ごした。
2012.05.21
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今日は、午前中は、テレビでNHK俳句、日曜美術館などを見たり、句集感想文を書いたりしながら過ごし、午後は、一時、OAP広場で開催されているグリーンフェスティバルを見に行った以外は在宅で、句会四郎の挿絵写真を探したり、俳句を作ったりして過ごした。句集感想文は、2年前に発行された鷹羽狩行の「十六夜」を読んだもの。氏の俳句は難しい言葉を使わずに豊かな情景を表しており、字余りも季重なりもなく、感動深い句が多い。グリーンフェスティバルは、毎年秋に行われているが、今年はこの時期にも行われた。天気がよう近隣から大勢n人が集まっていた。フェスティバルの内容は、緑の体験ワークショップ(木材、木の実、藁、石、花、木の枝などを使った手作り作品教室)、フラワーマーケット(花の即売)、ほんまもん市(大阪各地の直送野菜や果物の即売)など。写真は、グリーン・フェスティバルのパンフレットとその状況。
2012.05.20
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今日は、緑懇会の月例会で「明日香・柏森」へ行った。いい天気に恵まれ、1300年前の風景を眺めながらの自然観察会で、気持ちよい一日を過ごすことができた。9時20分阿倍野橋発のヨシの行き急行に乗り、飛鳥には10時2分に着いた。駅前から13分発のバスで「たちばな健康福祉センター」というところまで行き、そこで世話役の先生から今日の行程の説明を受けたのち、10時35分、徒歩で奥明日香の方へ向かった。しばらく歩くと棚田(段々畑)が視野一杯に眺められるところに出た。この棚田、数十年前まではもっと山の上まであったのだが、戦後の植林政策でスギやヒノキの林に変えられてしまった。その木が成長した頃にはそうした木の需要はなくなっていた。棚田を数千年来の先祖がもくもくと築きあげて来たものだが、放置したり、植林したりすると元の山地に戻るのは早い。この辺りは稲渕というところで、棚田の保存のためオーナー制度などもあるそうだ。秋には稲渕かかしコンテストが行われ一帯に100近くの案山子が並ぶ。鷹さ10メートルもあると思われるジャンボかかしは今日も立っていた。道は飛鳥川を渡り、飛鳥川沿いに進む。村の境界には、疫病の侵入を防ぐため結界として、稲渕には雄綱、栢村には雌綱が張られていた。綱掛神事と呼ばれ毎年1月に掛けなおされるそうだ。中央に男女の性器を象った藁の造形が吊るされている。飛鳥川には飛び石があちこちに散見され、龍福寺と竹野王碑、南渕先生墓、宇須多岐命神社などの寺社、古跡も見られた。植物としては、シイ、ムクなどの新緑のほか、アザミ、レンゲ、ハルジオン、スズメノエンドウ、カスマグサ、イヌビワ、マルバウツギ、マタタビ、ガマズミ、ハナイカダなど珍しいものが見られた。栢村の古老、嶋村氏の作業場には12時10分に着いた。ここで各自持参の弁当を広げる。食後、下村氏(83歳)から、栢村の棚田の歴史を聴く。栢村の棚田にて、昔干ばつのとき皇極天皇自らが雌渕のほとりに立ち水乞いをするとたちまち雨が降り出したという故事が伝わる。神社の祠の中には、雨かんむりに口3つとその下に龍の字を書き「おかみ」と読ます字を使っ神は祀られていた。紙戦後の復興事業の一環として、棚田は山の上の方から順に植林がされていったが、成木したときには木材需要はなく、木を伐る人出もないという状況なのだそうだ。嶋村氏も そのような理不尽な経験をした一人。数年前まで炭も焼いていたが、重労働は老にはきびしすぎて今は誰も焼く人はいない。話のあと、嶋村氏は雌渕まで案内してくれた。その道筋でモリアオガエルを初めて見た。また、ホウの花が咲いているのを眼線の高さで見ることが出来、さらに付近のコンニャク畑でコンニャクの花を見ることもできた。珍しい経験だった。棚田で記念撮影をしたあと、再び嶋村氏の作業場に戻り最後のまとめがなされた。3時48分の石舞台行きバスに乗り、石舞台で橿原神宮行きのバスに乗り換え、橿原神宮16時31分の阿部野橋行急行に乗り、自宅には17時40分頃帰着した。このような企画が無ければ絶対に訪れる事の出来ないところを訪問し、珍しいものをたくさん見ることができたのは、たいへんな収穫であった。いい天気に恵まれ、気持ちよく過ごせたことでこの感動を深いものにした。写真は、棚田風景、厄病除けの雄綱と雌綱、飛鳥川、花筏、柏森の歴史を語る下村さん(左)、モリアオガエル、雌渕、ホウの花、コンニャクの花。
2012.05.19
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今日は、午前中は、俳句を作ったり、句集の読後感想文を書いたりしながら過ごし、午後は図書館へ行き、帰宅後は、借りて来た音楽を聴いたり、ビデオを見て過ごした。今日の写真は、大阪府立中之島図書館の玄関。明治37年に建てられたもので、外観はルネッサンス様式を、内部空間はバロック様式を基本としながら、優れたデザイン力による格調の高い建築である。コリント式円柱に支えられる正面はギリシア神殿を思わせる作りとなっている。昭和49年には国の重要文化財に指定されている。
2012.05.18
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今日は、高大エッセイ文学科の4日目。午前中は「土左日記」の2回目と「枕草子」の1回目。午後は白熱教室についての紹介と遠足についてのミーティングだった。「土左日記」にもいろいろな掛詞やことば遊びなどがあることを知った。「をむなもしてみむとて」は「女もしてみんとて」と読まれているが、「女文字で心みんとて」と読むこともできるのだとの説もあるそうだ。「枕草子」の作者清少納言のことを紫式部は日記の中で批評しているが、いい評価は与えていない。しかし「春はあけばの」という簡潔な出だしは非常に洗練されていて力強い。「枕草子」は319段まであるが、今日は第1段を読んだ。午後のクラスミーティングでは、先ず、7月と11月に一日ずつ実施される「白熱教室」についての話を高大の佐藤理事から聞いた。難しい話で何をするのか余りよく理解できなかった。1、モラルディスカッション、2.参加型のプレゼンテ―ション、3.自律的な学習のコミュニケーションだと言われてもさっぱりどんなものなのか分からない。次に遠足の具体的な計画を聞いたあと、遠足のあとの懇親会で行う班別の余興について話し合いをした。毎回のことだが、午前中の授業自体は楽しいが、午後のミーティングは時間を掛けている割には余り収穫はないように思う。高大幹部は、「このミーティングこそ高大の特長で、一年後にはきっと満足してもらえると思う」と言うのだが・・・今日も教室では写真を撮ることを許されなかったので、昨日京都で撮った写真を示す。青蓮院の庭のサツキ、安養寺の石楠花、円山公園の池のアヤメ、祇園付近の通りで見かけたアメリカ・ジャスミン。
2012.05.17
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今日はジパング倶楽部の企画で「平家物語誕生の謎に迫る」というイベントに参加した。八坂神社と4つの寺を巡り、それぞれの場所で歴史の専門家から説明を受けるというもの。専門家は船田淳一先生。10時半に八坂神社に集合、正式参拝の後、八坂神社の常盤新殿にて先ず神主から祇園祭についての話を聞いた。その後、船田先生から、平家物語と八坂神社(祇園社)との関係について資料に基づいての話を聞いた。平家物語は公家側の著者によって書かれていて清盛が悪人になっているが、公平な見方ではないという。八坂神社は明治以降は素戔嗚尊を祭神としているが、江戸期までは祇園社といい牛頭天王を祀っていたそうだ。そのためこの地を祇園を言ったのだそうだ。講義のあと、境内にある「忠盛灯籠」の説明を受け、さらに円山公園にある「祇園女御供養塔」を見た。その後、知恩院会館で昼食を取った。そ午後は、青蓮院から。途中で「瓜生石」という不思議な岩が地上に露出しているとこを通った。青蓮院は比叡山延暦寺東塔の僧侶の住坊として作られたもので、鳥羽法皇のときに行玄を門主として門跡寺院となった。院がもっとも栄えたのは第3門主慈円のときだそうで、今の知恩院の敷地のほとんど全部を所持していた。精錬院では、襖絵や欄間絵、庭園、青不動図などを鑑賞した。次に知恩院に移った。知恩院は慈円の弟子源智(平重盛の孫)が創建した勢至堂を法然に与えたのが始まりで、当時は青蓮院の中にあったが、徳川時代始めに徳川家の菩提寺となり青蓮院の敷地の大部分が知恩院に取り込まれた。ここでは、勢至堂、唐門、勢至堂、千姫の墓、鐘楼などを見た。次に安養寺を訪れた。この寺は法然、親鸞両人に縁の深い寺で、最澄の創建による。比叡山を降りた法然が浄土宗を編みだしこの寺を本拠として布教して行った寺だそうだ。安養寺の境内は徳川時代には現在の円山公園全体を含む広大なものだったが、明治維新で公園に没収されたのだそうだ。ここでは、住職から寺の歴史の詳しい話を聞いた。最後に訪れた長楽寺は、桓武天皇の勅願により最澄を開祖として創建された皇室縁の寺。建礼門院徳子はこの寺で出家した。ここでは、安徳天皇御影、同御遺幡、建礼門院画像、同彫像、御白河法皇建礼門院を訪ねる図をはじめいろいろな寺宝や建礼門院供養塔を見た。断片的ではあったが、平家物語に関するいろいろなエピソードに触れ、当時を想像することのできた一日であった。写真は、講演中の船田先生、忠盛灯籠、祇園女御供養塔、青蓮寺の慈円像、知音院の勢至堂、安養寺の本堂、長楽寺の建礼門院像、安徳天皇の直衣、建礼門院供養塔。
2012.05.16
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今日は、午前中は昨日の句会のまとめを行い、午後は、大阪市立科学館で上映されている「神秘の太陽 金環日食」を見に行った。同時上映の「さがせ!第2の地球」も見た。いずれもプラネタリウムの映像である。金環日食は5月21日朝、大阪でも見られる。その見方、特徴、注意点などについて全天周映像を見ながら説明を聴いた。前半は今夜の星空の説明で、後半が21日朝の空の映像だった。太陽の欠け始めは6時17分、金環は7時28分から3分間、欠け終りは8時54分で2時間半にわたって欠けているそうだ。大阪で金環食が見られるの173年ぶりだそうで、次は300年くらい先だとのこと。ミュージアムショップで観測用の眼鏡を売っているので買った。是非、貼れて欲しいものだ。金環食となる前後でベイリービーズという現象が見られること、6月6日には金星の日面通過が見られること、11月14日にはオーストラリアで皆既日食が見知った。もう一つの映像「さがせ!第2の地球」は、太陽系以外の星の惑星を探しだし、生命が存在するかどうかを観測している現状をまとまたもの。惑星はたくさん発見されているが、まだ、生命の存在した痕跡は発見されていないそうだ。画像は、二つの映像のポスター。
2012.05.15
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今日は句会の日、午前中は、句会資料のプリントや写真のプリント、そして出句する5句の選定と最後の推敲を行った。しかし、句会の成績は惨々で、先生からは1句も選ばれず、仲間から3句選ばれたものの残り2句は誰からも選ばれなかった。仲間から選ばれたのは次の句。 ・灯台の真白に映ゆる青岬 (3票) ・筍飯噛み心地よき炊き加減 (2票) ・花びらにフリルを付けて著莪の花(1票)今日、先生の特選に選ばれたのは次の句。 ◎黄昏を只管待てり薪能 豊子(先生特選ほか4票) ◎更衣女にもある力こぶ 隆司(先生特選ほか3票)今日一番多くの票を集めたのは、上記のほか次の句。 ◎海面の表情豊か青岬 豊子(先生ほか4票) ◎盆藤の天井につき床に擦れ 洋子(先生ほか4票) ◎菖蒲湯に浸り憂きこと忘れをり 愛子(先生ほか4票)先生の句で今日一番人気だったのは、次の句。 ◎予期もせぬ筍流し吹いてをり 塩川雄三先生(2票)先生も、今日はいい句が作れなかったと仰っていた。我々の選句眼が悪いのかも知れない。写真は、梯梧の若葉を背景に句会風景。
2012.05.14
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今日は、午前中はNHK俳句、日曜美術館などを見たり、句会資料をプリントしたりして過ごし、午後は関西ぱずる会の例会に参加した。関西ぱずる会の今日の参加者は11名だった。各自創作したパズルや入手したパズル、本などを紹介しあい、時には皆で考えながら楽しいときを過ごした。目新しいものは、Mさん考案のソリティア将棋。盤上の記紀筋にある駒を順次取って行き最後の一つになるようにするもの。紹介では、Nさんのフォールディングパズル。これは正方形の鱒の0から9までの数字が4個ずつ裏表に書かれた紙を折って、同じ数字が4つ現れるように折るというもの。始めの畳み方が難しい。写真は、例会風景および回覧物の一部。
2012.05.13
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今日は、午前中は、鷹羽狩行の句集を読んだり、メールを書いたりしながら過ごし、午後は「織田作之助の木の都を歩く」というフィールドワーク(文学散歩)に参加、その後夜は、ATCのサンセットコンサート「うたのむこう」を聴きに行った。織田作の文学散歩は、去る4月14日に行われた「織田作シンポジウム」の関連行事とし手開催されたもので、大阪市立中央図書館副館長の高橋俊郎氏、関西大学環境都市工学部准矜持の橋寺知子氏を中心にオダサク倶楽部の方々から案内・説明を受けた。参加者は約40名。コースは、高津神社→生玉神社→源聖寺坂→口縄坂→高島屋東別館→千日前→法善寺横丁の順で、13時に開始、16時10分ごろ解散となった。織田作之助の「木の都」は、宇野浩二の随想「木のない都」に対抗して昭和19年に発表した小説。神津神社、生玉神社、夕陽丘などで幼い日を過ごした主人公には大阪は木のある都と映ったようだ。小説に出て来るいろいろな場所を巡りながら、当時の大阪に思いを巡らせるひとときだった。高津神社では、絵馬堂、桂文枝の墓、高津の冨亭、三行半坂などの説明を受け、神社の西下に黒焼き屋(ほれ薬)があったことなどを聞いた。生玉神社では、巳いさんが出ると言われた楠の古木、銀杏の古木を見たり、生玉造りと言われる本殿の屋根の構造の説明を受けりした。源聖寺坂では、西に広がる視界を体験し、坂を東に降りて谷町筋を渡ったところに作之助の生地があったと教えられた。当時の谷町筋は道幅が狭かったのでこの辺りは幼いときからの遊び場所。この近くにがたろ横丁のモデルになった町筋が残っていた。口縄坂の上には「木の都」の文学碑があり、この辺りにあった音楽店でレコードを買って聴いたという。その状況を再現するため、高橋氏は蓄音機と「旅へのいざない」のレコードを掛けて聴かせてくれた。高島屋東別館は旧松坂屋。昭和初期の建築で壮麗な装飾が随所に施されたいる。3階は資料館になっていて、今は「屏風展」が開催されていた。(高島屋のうらに戦前は大阪市立御蔵跡図書館があり司馬遼太郎少年が入り浸っていたそうだ)千日前は、娯楽の中心地として発展したところ楽天地、自由権などがあったが、今は当時のものは何も残っていない。最後の法善寺横丁は「夫婦善哉」の舞台。水掛け不動で有名な西向不動尊や正弁丹吾亭など小説に出て来る店もいくつか残っている。写真は、高津神社似て説明を受ける参加者、高津の冨邸、生玉神社本殿の屋根、源聖寺坂、河童路横丁のモデル地、口縄坂の文学碑、旧松坂屋の一階外観装飾、わっは上方、水掛け不動。文学散歩を終え、図書館に立ち寄ったあと、南港のサンセットコンサート会場へ行った。コンサートは18時に開演、今日の演奏は歌であった。出演はソプラノ石橋栄実、ピアノ村崎愛だった。曲目は、踊り明かそう、エーデルワイス、四十雀、わたしの大好きなお父さん、ムゼッタのワルツ、すれきな春に、むこうむこう、いつも何度でも、海のおかあさん、ユーレイズ・ミー・アップ、アニュス・デイ、タイム・トゥ・セイ・グッバイのほかアンコールで、小さな空、瑠璃色の地球。コンサートを終り、ATC海岸広場の方へ行くと音が聞こえるので近づくと、ハワイアンを演奏していた。ポスターを見ると、今日10時からやっていて21時まであるのだそうだ。寒いので2曲だけ聴いて立ち去ったが、出演する人は軽装なのでもっと寒いのではないかと思った。写真は、コンサートのパンフレット、演奏風景、トーク風景、村崎愛、石橋愛実、羽ワンアン・フェスティバルのポスター、ハワイアンダンス、バンド演奏。
2012.05.12
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今日は午前中は、図書館へ行き俳句の本とともにハリーポッターのビデオを借りてきた。帰りに中之島バラ園に寄り、今ちょうど見ごろとなっているバラを見て来た。午後はハリポタのビデオなどを見て過ごした。中之島バラ園は3年前まではよく管理されていて、多数のバラが園内狭しと植えられていたが、3年前のイベントで全部抜かれ一旦更地になった。イベントのあと植え替えし、昨年やっと苗木が活着した程度で花は淋しかった。今年は大分花付きも多くなってきたが、まだそれぞれの株が小さく往時の見事さはない。しかし今年のバラとしては今が一番の見ごろだと思う。写真は、中之島バラ園の今日の様子。バラの名は、左上からエドガー・ドガ、ミスター・リンカーン、芳純、ウィスキー・マック、キャンドルライト、天津乙女、マーガレット・メレル、ブルーシャトー、そどおり姫。ハリポタのビデオは第5作の「白鳥の騎士団」。3年ほど前に1度見ただけでそのときは余りストーリーが理解できなかったので、再度見てみたもの。実際、ところどころしか覚えていなかったが、今日はストーリがよく理解できた。
2012.05.11
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今日は、高大第3日目。ゴールデンウィークが入ったので1週飛び2週間ぶりの授業だった。今日から席は班ごとに集まるように並べられた。磯部先生の授業は前半が万葉集の第2回目、後半が土左日記の第1回目。万葉集は遊びの要素の多い歌だったが、古今集などあとの時代にもことば遊びの歌は盛んに作られたそうだ。土左日記は、土左と書くこと、なぜ「日記をする」と言うのか、何故「男もすなる」というのか(「男がすなる」ではないのか)、写本はいろいろな点が異なることなど、土左日記が書かれた時代背景などを交えて、興味深い話だった。午後のミーティングでは、遠足のこと、各自入学動機の発表、クラス委員長など役員の選出が行われた。入学動機は、各自400字にまとめたものを持ち寄って朗読したが、流石エッセイを志望した人だけあって、名文なり、高貴な志ありで、熱のこもった発表が多かった。不順な動機で入学した私は恥ずかしい限りだった。今日は、写真を撮らなかったので、マンションの周辺で見かけた青葉、若葉の写真を示す。
2012.05.10
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今日は、午前中は回生病院で胃カメラの検査等を受け、午後は、春麗句会に参加した。胃カメラは10年程前から一年に一回受検している。今日の結果は6月に診察のときに聴く予定。今日のところは特に問題は告げられなかった。春麗句会の成績はまずまず。3句出句のうち先生から3句が選ばれ、うち一句が特選だった。先生の特選となったのは次の句。 ◎蕗を剥く手順にこつのありにけり先生に選ばれたのは次の句。 〇新鮮な鱚の刺身に盃進む 〇鱚天の味を締めてゐる藻塩今日の写真は今マンションの敷地に咲いている花たち。芝桜、コトネアスター、サツキ、サツキ、サツキなど、サツキ、シャリンバイ、シャガ、キリシマツツジ。
2012.05.09
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今日は午前中は、俳句を考えたり洒落ことばの本を読んだりして過ごし、昼前から出掛け奈良国立博物館で開催されている展覧会「解脱上人貞慶展ー鎌倉仏教の本流」を見に行った。解脱上人貞慶(1155-1213)は、余り名を知られていないが、鎌倉時代の南都仏教において多大の功績をあげた僧なのである。幼くして法相宗本山の興福寺で修行し、38歳で笠置寺に入り寺を整備し弥勒信仰を深め、53歳で海住山寺に移り寺観を整え観音信仰を広めた。この間、振興していた鎌倉仏教(専修念仏)を非難したことがある。今年は貞慶の800回忌に当り、これを記念し手貞慶の業績を再認識するため展覧会が企画されたもの。貞慶に関連のある興福寺、春日大社、法隆寺、笠置寺、海住山寺などからの寺宝130点が展示されていた。国宝3点、重文60点を含んでいる。国宝は、高山寺の明恵上人像、唐招提寺の金亀仏舎利塔、海住山寺の五重搭初層内陣扉絵の3点だった。特に金亀仏舎利塔は素晴らしかった。展示は次の6つに分類されていた。1.興福寺の貞慶と法相宗 解脱上人坐像、唯識義私記など17点。2.笠置寺の貞慶と信仰世界 明恵上人像、唐招提寺の金亀仏舎利塔など42点3.貞慶と南部復興 法然上人絵伝、阿弥陀如来立像など15点4.貞慶と春日信仰 春日権現験記絵、春日浄土曼荼羅など16点5.海住山寺の貞慶と観音信仰 十一面観音立像、十一面観音来迎図など17点6.貞慶思慕 五重搭初層内陣扉絵、四天王立像など23点解脱上人、貞慶はおろか鎌倉仏教ということばも良く知らなかったが、この展覧会を見てよくわかった。画像はパンフレットより。左:十一面観音来迎図(部分)、解脱上人像(部分)、右:吉祥天女像、釈迦如来立像、十一面観音立像、明本抄巻十三(部分)、春日権現験記絵巻十六(部分)、五重搭初層内陣扉絵、金亀舎利塔、笠置曼荼羅(部分)この展覧会と同時に、「珠玉の仏教美術」という展覧会も併催されていた。ここでは、絵画46点、書30点、考古26点、工芸63点が展示されていた。国宝も数点あり見応えのあるものだった。
2012.05.08
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今日は午前中は、図書館その後ヨドバシカメラへ行き、午後は大阪市立近代美術館で開催されている「佐伯祐三とパリ ポスターのある街角」を見に行った。ヨドバシカメラでは、パソコンの冷却装置の説明を聞いた。パソコンが突然シャットダウンするトラブルを避けるため、パソコンの過熱を防ぐのがよいと思ったからである。大阪生れの画家佐伯祐三(1898-1928)は24歳のときパリに渡り、パリの街角を好んで描いた。結核の身を押して寒い日もスケッチしたことが祟り僅か30歳で夭折した。作品の多くは戦災で焼失したが、山本発次郎のコレクションの一部は無事残り、当美術館に寄贈された。今回の展覧会はその作品とともに、パリで交流のあった日本人画家の絵や1920年代にパリの街角を飾ったポスター作品を展示するもの。展示は次の4章に分かれていた。第1章 大阪から東京、パリへ(1923-1926) 弥智子像、立てる自画像、壁、レジェ・ド・ノエル、運送屋カミオン、人形など22点。第2章 再びパリへ(1927-1928) 街角の広告、広告アン・ジュノ、レストラン、共同便所、カフェ・レストラン、郵便配達夫(2種)、ロシアの少女など26点。第3章 佐伯をめぐる画家たち(1924-1932) 里見勝蔵、荻須高徳、大橋了介、横手貞美、佐野繁次郎らの作品9点。第4章 パリ、街角のポスター(1911-1937) アンドレ・ロート、ローランサン、ヴァラドン、デュパ、里見宗次、藤田嗣治、ルーポ、ボンフィス、カルリュ、p¥ブロデール、ドンゲン、ジェスマール、カッサンドル、デュフレーヌ、コラン、ポンティ、カッピエロ、キフェール、コクトーらのポスター27点。30分ほどで一通り見終ったが、ちょうどミューアム・トークの時間となったので、学芸員から説明を聞きながらもう一度鑑賞した。約1時間かけて、主な作品の見所と佐伯のエピソードなどを説明された。佐伯についてはある程度知っていたが、佐伯がヴァイオリンを弾いていたことなど、新しく知ったこともいろいろあった。画像はパンフレットより。左:佐伯祐三、佐伯「レストラン」、左:佐伯「立てる自画像」、佐伯「壁」、佐伯「運送屋カミオン」、佐伯「レ・ジェ・ド・ノエル」、佐伯「街角の広告」、佐伯「広告アン・ジュノ」、佐伯「共同便所」、佐伯「郵便配達夫」、ローランサン「パリの夜会」、ブロデール「マルセイユ」、藤田嗣治「サロン・デュ・フラン」、ドンゲン「サロン・ドートンヌ」、ジェスマール「ミスタンゲット」、カッピエロ「ラジオラ」。
2012.05.07
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今日は、午前中はNHK俳句や日曜美術館などを見て過ごし、午後は、国立国際美術館で開催されている「コレクションの誘惑」展を見に行った。美術館が35周年を迎えるのを記念して開催されるもので、内外の150人の作家の作品350が展示されていた。作品は次のように分類して展示されていた。第1部は絵画・彫刻等141点、第2部は写真作品183点である。第1部 20世紀から21世紀へー現代美術の世界 1.20世紀初頭~1950年代1 ピカソの道化役者と子供、カンディンスキーの絵の中の絵など24点 2.20世紀初頭~1950年代2 草間弥生のネット・アキュミュレーションなど8点 3.1960年代~1970年代 サンファールのアダムとイブなど30点 4.1980年代~1990年代 奈良美智の長い長い長い夜、バルケンホールの裸体像など33点 5.2000年代以降 須田悦弘のチューリップ、町田久美の雪の日、マイク・ケリーのシティ3-4 など46点第2部 自由な泳ぎ手ー現代写真の世界 1.Image イメージ ティルマンスの自由な泳ぎ手など27点 2.Time 時間 やなぎみわのMyGrandmothersA、米田知子のフロイトの眼鏡など57点 3.Body 身体 ラックスのドロテア、工藤哲巳の危機の中の芸術家の肖像など55点 4.Space 空間 杉本博司の光の教会、畠山直哉のブラスト#570など43点画像は、パンフレット、WEBサイト、絵はがきなどより。左:須田悦弘「チューリップ」2006、奈良美智「長い長い長い夜」1995、コレッタ・ラックス「ドロテア」2006、シュテファン・バルケンホール「裸体像」1999、ウォルフガング・ディルマンス「自由な泳ぎ手」2003、右:パブロ・ピカソ「道化役者と子供」1905、ヴァシリー・カンディンスキー「絵の中の絵」 1929、やなぎみわ「My Grandmothers」2000、町田久美「雪の日」2008、ニキ・ド・サンファール「アダムとイブ」1977、米田知子「フロイトの眼鏡-ユングのテキストを見る II」1998、工藤哲巳「危機の中の芸術家の肖像」1976、杉本博司「光の教会」1997、マイク・ケリー「シティ3-4 」2007-09、畠山直哉「ブラスト#5707」1998。現代美術は分かりにくいものもあるが、第一印象でもいいと感ずる作品も沢山あった。それぞれがユニークで見ていて興味が尽きない感じがする。全部を見て回るのにたっぷり2時間かかった。写真で紹介した以外に面白いものが多数あった。
2012.05.06
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今日は、朝のうちことば遊びの本を読んだりして過ごし、11時ごろから、OAPタワー特設ステージで行われた「第16回大阪ビッグリバージャズ」を聴きに行った。16年前、OAP発足時から行われているが、これまでは予定がダブり聴けないことが多かったが、今日は全部聴くことができた。11時からオープニングパレードが行われたあと、9つのバンドが順次40分ずつの演奏を行い、最後は出演全バンドによるクロージングセッションが行われ、16時40分に終了した。一日中、ジャズ漬けの日となった。みんないい曲だったが、特にニューオリンズ・ラスカルズによる「エーデルワイス」はいい演奏だった。こんな静かな曲がジャズに編曲できるなんて驚きだ。、写真は、パンフレット・ポスター、オープニングパレード、オープニング演奏、バンド(画面下)と聴衆と大川(画面上)、司会のクリスと長倉ゆき、ゲストのジェフ・ブル、ゲストのキャロル・リー、クロージンング・セッション。写真は、左上から、ニューオリンズ・フォーティーズ、早稲田大学ニューオルリンズジャズクラブA、マホガニーホール・ストンパーズ、大阪ホットキャッツ、ニューオリンズ・レッドビーンズ、早稲田大学ニューオルリンズジャズクラブB、広島ホットキャッツ、ニューオリンズ・ラスカルズ、インターナショナル・ジャズバンド。
2012.05.05
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今日は、午前中は、「カーネーション」の総集編を見たり、言葉遊びの本を読んだりしながら過ごし、午後は、平野区の大念仏寺で催された「万部おねり」を見に行った。この行事は毎年5月1日から5日まで行われるもので、当麻寺の練供養と似た行事である。前々から話には聞いていたが一度も見たことはなかったので行ってみたが、大変立派な行事であった。家を12時に出て地下鉄平野へは12時30分に着いた。そこから北へ徒歩10分弱で大念仏寺に着いた。13時から開始ということだったが、すでに大勢の人が集まっていた。どこも最前列は埋まっていて少し見にくいところに席を占めた。立って見るのかと思っていたが、本堂の中から見ることができるのだ。13時から、先ず稚児行列が始まった。化粧された稚児が親に手を取られ神妙な顔で10組くらい渡って枝行った。続いて男性の扇子踊り、女性の鈴の行列が(30人くらいずつ)ゆっくりと進み、ここまでで30分かかった。次いで、男性の鉦の列(50人くらい)、各地からの僧侶の列(薬師寺とか一心寺、姫路の教心寺など関西一円から30人くらい)、最後にお茶とお菓子を捧げ持った僧が渡った。12時55分だった。14時、バンバンという音が鳴り、二十五菩薩のおねりが始まる。先ず最初は当寺の僧、続いて、お神輿、僧と続き、いよいよ菩薩たちの登場だ。先ずは観世音菩薩が姿を現わす。続いで、勢至菩薩、薬王菩薩、薬上菩薩、普賢菩薩、金蔵菩薩、獅子吼菩薩、華厳王菩薩、虚空蔵菩薩、徳蔵菩薩、宝蔵菩薩、法自在菩薩、金剛蔵菩薩、山海恵菩薩、光明王菩薩、羅尼菩薩、衆宝王菩薩、日照王菩薩、月光王菩薩、定自在王菩薩、三昧王菩薩、大自在菩薩、白象王菩薩、大威徳菩薩、無辺身菩薩が次々と登場する。菩薩たちに続いて、ご本尊、当寺住職、末寺の僧上、住職たちの渡りがあり、おねりは25分ほどで終了した。このあと、本堂で声明が上げられ、30分ほどその妙なる美声に聞き入ったあと、15時ごろ寺を辞した。写真は、おねりの看板、大念仏寺の山門、本堂、稚児行列、扇子踊り、鈴の列。下3枚はおねりのあとの僧の渡り、本堂内での行事。写真は、神輿、観世音菩薩、勢至菩薩、薬王菩薩、薬上菩薩、普賢菩薩、金蔵菩薩、獅子吼菩薩、華厳王菩薩。虚空蔵菩薩、徳蔵菩薩、宝蔵菩薩、法自在菩薩、金剛蔵菩薩、山海恵菩薩、光明王菩薩、羅尼菩薩、衆宝王菩薩。日照王菩薩、月光王菩薩、定自在王菩薩、三昧王菩薩、大自在菩薩、白象王菩薩、大威徳菩薩、無辺身菩薩、僧たち。
2012.05.04
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今日は、午前中は、テレビで「カーネーション」の総集編を見たり、ことば遊びの本を読んだりして過ごし、昼前から出て、西宮アミティ―ホールで開催された「阪神大震災復興祈念コンサート リム・ユヒャンとピアノ三姉妹華麗なる饗宴」というピアノコンサートを聴きに行った。出演は、リム・ユヒャンとピアノ三姉妹の島崎央子、青き千恵子、薮田唯の4人。ゴールデンウィークのど真ん中のせいか、会場の入りはよくなく7割くらいだった。私の席は中央の中央でいい場所だった。薮田唯は、シューベルトの「四つの即興曲集より」、リストの「ウィーンの夜会」、ショパンの「スケルツォ」を、リム・ユヒャンは、モツアルトの「きらきら星変奏恭」、ビゼーの「カルメンより」を演奏。休憩後、島崎央子は、ショパンの「24の前奏曲集より」、ノクターンよりを、青木千恵子は、ベートーベンの「エリーゼのために」、「ビアノソナタ月光」を演奏した。アンコール曲は、島崎央子がショパンの「幻想即興曲」、リム・ユヒャンと青木千枝子が連弾でネッケの「クシコスの郵便馬車」、ブラームスの「ハンガリー舞曲」を演奏した。みんないい曲ばかりで気持ちのよい時間を過ごすことができた。中でもリム・ユヒャンの「カルメン」は、オーケストラの演奏を聞いているような迫力があった。写真は、左上から時計回りに、薮田唯、同、リム・ユヒャン、同、島崎央子、同、青木千恵子、同。中央は、アンコールのあとのフィナーレ。
2012.05.03
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今日は、午前中図書館へ行き、ことば遊びの本を借りて来た。帰宅後は、ずっとその本を読んで過ごした。回文やいろは歌などの古来の作品がたくさん紹介されていて面白かった。画像は、遊びの百科全書1「言語遊戯」より回文の作品。
2012.05.02
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今日は、午前中は図書館へ行き、午後はいわいパソコンの例会に参加した。中之島図書館近くの大阪市役所前では大阪全労連の中之島メーデーの集会が行われていた。プラカードには、「原発いらん、橋下いらん」と書かれていた。わいわいパソコンでは、Nさんから音楽録音、音楽編集、動画録画のためのフリーソフトの紹介とその実習があった。1.B'sサウンドレコーダーは、パソコンで鳴っている音なら難でも録音できるし、マイクを使っての録音もできる。2.デジオン・ソングズは、録音の不要部分をカットしたり録音音量を調節したりすることができる。3.クレービング・エクスプローラーは、YouTube、にこにこ動画などを録画することができる。いずれも、使い方は簡単で有用なソフトだと思う。 写真は、3つのソフトのバナー、プロジェクターに映して説明、実習中の参加者。今日は、ゴールデンウィーク中でもあり、参加者は8人と少なかった。例会のあとはいつものところで飲み会を行った。
2012.05.01
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