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今日は、台風17号が近づいていたので、予定していた外出は取りやめ、一日中家でテレビを見たり、関ぱ誌の編集をしたりしながら過ごした。台風は大阪直撃は免れ東の方を通過した。(豊橋に上陸し、中部、関東を縦断した。)関ぱ(関西ぱずる会)会誌の編集は写真が多いのでなかなか作業が進まない。締切りは10月20日で、まだ日はあるが、10月はいろいろとすべきことが多い。今日は写真を撮らなかったので、昨日、源八橋の上から撮った大阪城の写真を。
2012.09.30
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今日は、午前中は、パズル会誌の編集作業を行い、午後は、伊丹の柿衛文庫で開催された「大阪俳句史研究会」の例会に参加した。俳句史研究会の今日の題名は「没後30年 岡田柿衛の足跡」で、講師は岡田麗氏だった。岡田柿衛は、俳句資料の収集で有名な「柿衛文庫」の創設者で、麗氏は柿衛氏の孫(長男の長ば女)に当る人で現在「柿衛文庫」の館長を務めている。岡田柿衛氏(1892-1982)は、幼名を真三と言い、伊丹の造り酒屋の長男として生れる。27歳で岡田家当主となり利兵衛を襲名した。いろいろな文化的趣味に興味を持ち、自宅に珍しい台柿の木があったので号を柿衛と名乗った。その趣味とは、先ずは洋鳥(鳥を飼うこと)、次いで写真、続いて山草でいずれもトップクラスの技量を身につけていたそうだ。相撲にも興味を持ち力士との興隆もあった。昭和12年から14年までは伊丹町長を務め、昭和20年から21年までは伊丹市長を務めた。酒屋を営む傍ら、大正15年から昭和6年まで梅花女子専門学校の教授を務め、昭和6年からは小林聖心女子学院の講師を務めている。戦後も聖心女子大学の教授を務めた。さらにその傍ら、昭和34年から57年まで逸翁美術館の館長を務めた。この間、郷土の俳人鬼貫と親交を結び、俳句資料の収集に力を入れる。これらの資料6200点を元に、柿衛翁の死の2年後に柿衛文庫が設立されたのである。本当にいろいろな分野に大きな足跡を残した人で、その一つの功績を語るだけでも2時間の講演では足りないくらいなので、今日の講演は相当な駆け足であったと、講師の麗氏が話したいた。写真は、会場風景、本日の資料冊子(A5版30ページ)、講演する岡田麗氏、柿衛氏が鳥を飼っていたときに作成発行していた雑誌(飼い鳥、趣味の飼い鳥、小鳥画報など)
2012.09.29
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今日は、職場OB会のゴルフコンペ。絶好の秋晴れの天気に恵まれて気持ちよくプレーをすることができた。2か月半ぶりの参加で途中練習もしていないこともあり、風邪の病み上がりでもあり、ショット、パットとも振るわず、成績は参加者17人中17位(BM)だった。ゴルフ場へ行く道のあちこちの田んぼの畦道には、彼岸花が花盛りであった。コンペはグロワールカントリー倶楽部の金剛コースから9時30分に1組スタート。私は3班で9時50分スタート。途中までボギー~ダボペースだったが、ロングで11を叩いてから集中力が切れた。昼食のあと、午後は13時スタート。出だしはボギーだったが、続くショートでバンカーに苦しみ9を叩き、以降めちゃくちゃになった。優勝はネット67(グロス83)の林氏、2位はネット70(グロス84)の大西氏、3位はネット71(グロス98)の武田氏だった。私の今日の賞はニアピン一つだけ(2番ホール173Y)。写真は、彼岸花の咲く田んぼ、パッティング練習、開会前の集合、中:3番ホール、4番ホール、5番ホール、下:会長から賞を受ける林氏、大西氏、武田氏。
2012.09.28
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今日は、広大18日目、午前中は鶴島緋沙子先生のエッセイの講義の5回目。午後は、菅宗次先生の司馬遼太郎の話であった。エッセイの講義は前半は、先日提出した自由題エッセイの優秀者の発表があり、14人が作品を披露した。内訳は男性10人、女性4人で皆んな上手だった。短い文章の中に心に残る内容を盛り込んでいた。皮肉あり、ドキュメントあり、オチが意外だったり、彼女らというのがやぶ蚊だったり、反常識的な話であったり・・・エッセイの後半は、月、柿、彼女と使って30秒ほどの話を作れというもの。早い人は5分ほどで作っていたが、私は作れなかった。短いものでは、「私は彼女と二人、柿の木の下で月を見ていた。」というもの。午後は、共通講座の5回目で、300人が一度に先生の講演を聴くもの。これまで4回の講演はいずれも面白くなかったが、今日は、「司馬遼太郎」についての話ということで期待していた。しかし、先生の呂律が廻りにくく聴き取りにくい上に、ときどきマイクを使わずに手振りで説明されるので、余計に聞き取れなかった。話の内容も前半は自分のことばかりしゃべり、肝心の司馬遼太郎の話はごくわずかだった。写真は、上左:エッセイの講義、上右:司馬遼太郎についての講演、下左:マンションの庭の彼岸花、下右:マンションの庭の石榴
2012.09.27
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今日は、午前中は、パズル誌の編集作業を行い、昼前から京都に行き、京都国立近代博物館で開催されている「高橋由一展」を見た。高橋由一(1828-1894)は近代洋画の開拓者と言われ、有名な「鮭」の絵を画いた明治時代初期の洋画家である。今回の展覧会は由一の初期から晩年の代表作132点のほか作品の参考にしたと思われる広重、司馬江漢、チャールズ・ワーグマンらの作品や由一資料と呼ばれる文書類数十点を合わせて展示したもの。展示は、次のように分類されていた。0.プロローグ 丁髷姿の自画像と共に由一の履歴を紹介する資料など7点1.油絵以前 博物館魚譜、明治天皇・皇后尊影など17点2.人物画、歴史画 花魁、司馬江漢像、日本武尊像など20点3.名所風景図 江の島図、不忍池、鵜飼図など44点4.静物図 豆腐、鮭、甲冑図など12点5.東北風景図 酢川にかかる常盤橋、山形市街図など17点ほか下絵154点鮭の絵は一つしか知らなかったが、3点あることを知った。それぞれ趣が違い、それぞれいい。まだ、写真がなかった時代、写真のように実物をありのままに描くことに集中していたようだ。 画像は、パンフレットより。左:鮭(重文・部分)、右:丁髷姿の自画像(1866)、花魁(1872)、日本武尊(?)、鮭(重文・1877)、鮭(?)、鮭図(板)、司馬江漢(1887)、六十歳の自画像(1887)、豆腐(?)、甲冑図(武具配列図1877)、不忍池(1880)、酢川に架かる常盤橋(1880)、山形市街図(1881)
2012.09.26
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今日は、高大のスポーツ大会の日。今朝も微熱があり、参加を躊躇したが、運動をせずに観覧するだけならと思って、8時半に家を出た。梅田から地下鉄で難波に行くコースで、府立体育館には9時ちょうどに着き、開会式に間に合った。10時までにいろいろな挨拶や準備体操、ゲームなどがあったが、すべて観戦。10時から教室対抗の公式協議の輪投げがあり、大した運動ではないと思って参加した。輪投げは6人1チームだったが、輪を2つ投げる人と1つ投げる人がでて6人で9個だった。私は1つ投げて外れ、チームも1回戦で敗退した。結局、輪を一つ投げるだけの出場だった。一日かけて会場まで参加するために来たのに、いかにもあっけない。オープン競技の時間を多く取るために公式競技は早く終るようにしているのかも知れないが、もう少し投げさせてくれてもよいと思った。公式競技は、輪投げのほかにドットボールとフラバールという競技があるだけだったが、そのほかにオープン競技がいくつかあったので、その一つシャッフルボードをトライした。1投目で8点のエリアに入り、面白そうだったが、1ゲームだけしかできないので物足りない。その他にも、数種のゲームがあり、体力測定などもあったが、見るだけ見て、持参した弁当を食べたあと、身体もしんどくなったので、無理をせず退席した。写真は、準備体操、競技の前の練習、輪投げ、シャッフルボードの模様。帰宅後は、昨日の句会のまとめを行った。
2012.09.25
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風邪の微熱はまだ下がらない。明日は高大のスポーツ大会であるが、熱が下がるかどうか。今日は句会の日、午前中は、資料の作成、出句する5句の選定と最後の推敲を行った。成績はまあまあだった。5句のうち、先生からは1句が選ばれしかも特選、仲間から2句が選ばれ、残り2句はだれからも選ばれなかった。今日、先生の特選に選ばれたのは次の句。 ◎コスモスの一の風にて千の揺れ (先生特選ほか5票)仲間から選ばれたのは次の句。 ・我が心いささか乱れ鰯雲 (2票) ・これも読みあれも読みたき夜長かな (2票)今日、先生の特選に選ばれたのは上記のほか次の句。 ◎秋桜いつしか吾も揺らぎをり 昇一(先生特選ほか2票)この昇一氏は、今日絶好調の出来。この句を含め、先生選14句のうち4句を一人で占めた。残りの1句も仲間から選ばれ点が5票も入った。今日一番多く票を集めたのは、上記私のコスモスの句。先生の句で今日一番人気だったのは次の句。 ◎長き夜のテレビ番組追つてをり 塩川雄三先生(2票)句会のあとは、ビールを飲みながら先生を囲んで6人で反省会となった。写真は例会風景。
2012.09.24
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今日は、起きたとき体がだるく、熱を計ると微熱があったので、大事を取って一日中どこへも行かず家で過ごした。折角、4日間安静にして治ったと思っていたのに、20、21、22日と続けて外出したのがいけなかったようだ。薬を飲むと、熱はそれ以上は上がらず、どうやら治まったようだ。でも、まだ咳、鼻水の症状は続いている。テレビを見たり、俳句を作ったりしながら過ごした。今日は、写真を撮らなかったので、昨日、歴史博物館のガイドツアーでの写真を示す。図は、大阪の地図を示しながら大阪の発展の歴史を説明する学芸員、よろず抜きたがね屋、魚屋の陳列(縦・横に、そして赤・青に並べる)、八百屋の泉州野菜の陳列、勝間南瓜、天王寺蕪、田辺大根)
2012.09.23
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今日は、午前中は、テレビを見たり雑事で過ごし、午後は、大阪歴史博物館で開催されている「ウクライナの至宝展」を見に行った。館に到着するとアナウンスがあり、常設展示7階で13時からガイドツァーが始まるところだった。タイミングより、学芸員から7階の昭和初期の町並み・暮しの実物大模型を見ながら、30分の説明を聞いた。これまで何も知らずに見ていたが、深く考えられていることが分かった。特別展「ウクライナの至宝展」は、1991年に独立し、翌年日本と国交樹立して20年になるのを記念して開催されたもので、ウクライナの地に花開いたいろいろな文化を、その出土品を中心に紹介していた。特に、スキタイ族が築いた高い文化は金をふんだんに使った精巧な装飾品に結晶されている。これほど美しく多量の金製美術品を見るのは初めてであった。展示は223点あり、次のように7つに分けられていた。入れ替えなしで期間中同じ展示である。1.キンメリオイ時代(前9~前7世紀初) ピン、首輪などの金製品2点2.スキタイの時代(前7~前3世紀) 容器、武具、馬具、装飾品、衣服など88点(うち金製品38点)3.さるまたい時代(前2~後4世紀) 容器、装飾品など14点(うち金製品6点)4.黒海北岸のギリシャ系古代国家(前5~後3世紀) 容器、装飾品、貨幣など56点(うち貨幣38点、貨幣以外の金製品4点)5.中世の遊牧民(4~14世紀) 武具、装飾品、容器など19点(うち金製品7点)6.スラヴとキエフ・ルーシー(4~14世紀) 武具、装飾品、食器、聖具など30点(うち金製品5点)7.ウクライナの装飾美術(16~19世紀) 聖具、食器など14点(金製品はなし)ウクライナの地は、長い歴史の間にいろいろな遊牧民が来て文化を残して行った。展示を見る限りスキタイの黄金美術は群を抜いており、1キロを超える金細工がたくさん展示されていることに驚いた。しかも細かい細工が施されていて美しいのである。スキタイの展示だけで十分見応えがあった。映像コーナーでは10分ほどのビデオを放映していた。1キロの金の「胸飾り」が出土したトウスタ・モビーラ古墳の発掘の模様を伝えたものだ。スキタイで感激したので、後半の展示では感動するようなものはなかった。歴史の勉強にはなったかも知れない。図は、パンフレットより。左:猪頭付き剣と鞘(スキタイ)、右:弓矢入れ(スキタイ)、イルカ型安全ピン(サルマタイ)、メダイヨン(ロシア)、蛇形指輪(ギリシャ系)図はWEBサイトより。上左から、胸飾り(スキタイ)、スキタイ戦士、スキタイの女性、祭儀用女性衣服(スキタイ)、リュトン(スキタイ)、グリフィン(スキタイ)、馬具装飾一式(スキタイ)、女性かぶり物(スキタイ)、杯(サルマタイ)、女性頭部型ペンダント(スキタイ)、男性形飾り板(スラブ人)、儀礼文様額飾り(スキタイ)、石人=古墳の頂上に立てるもの(スキタイ)。
2012.09.22
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今日は、夕方までは、俳句資料を作ったり、パズル原稿を作ったりしながら過ごし、15時に出掛け、16時から始まる一心寺の「日想観」の集いに参加した。資料や原稿作りは、今週初めごろに予定していたが、風邪でダウンしたため残ってしまったもの。一心寺の「日想観」は、今年初めて参加したのだが、なかなかいいイベントだった。内容は次の通り。1.講演「平清盛の生母の謎」 同志社女子大学名誉教授 朧谷 壽氏2.講話「一心寺と日想館」 一心寺長老 高口 恭行氏3.日想観勤行 「六字詰念仏」1.の講演を目当てに参加したのだが、2.の講話も、3.の念仏もよかった。講演者の朧谷氏の講演は初めて聞いたが、大変分かり易く興味深い話だった。清盛が生れる前後の白河院らの行動を中心に諸文書を考察した結果の結論として、祇園の女御を母だとする説がくつがえる可能性があるそうだ。。6つの文書の関係部所を勘案すると、母は祇園女御の妹、父は平忠盛だという。平氏の住居跡や祇園社の歴史、行幸と御幸の違いなど、色々な雑学を得ることもできた。講話は、一心寺と法然上人、後白河院、夕日の意味、日想観とは、などについて分かり易い話を聞くことが出来た。一心寺は法然上人が開いた浄土宗の寺であるが、後白河院が法然とともに当寺から夕日を眺めている図が残っている。法然の浄土三部経の中に観無量寿経というのがあり、観はよく見ること、無量寿は阿弥陀仏の極楽浄土、経は知見を書いた文書、という意味。すなわち、極楽の様子と書いたものということ。初観「日想観」第二観「水想観」、第三観「地想観」から第十六観「下輩生想観」まで16の見方が示されている。その初観が「日想観」なのだ。日が沈むとき正座して心静かに太陽を見て、目を閉じたり開いたりすることをせよと説いている。昔の人が夕日を見ながら浄土を思い描いた様子を絵にしたものをいくつか紹介された。一心寺では昔から、秋分の日の頃、淡路島と六甲山系の間の明石海峡に落ちる夕日を見る行事が戦前まで続いていたそうだ。その故事「日想観勤行」が最近復活されたのだ。上記講和のあと、今日もその行事が行われた。日の入り時刻に合わせて、7人の僧侶が「六字詰念仏」を上げる中、会場の「日想館」から夕日が沈むのを見る行事である。残念ながら今日は雲が多く夕日を見ることはできなかった。この行事を見ることができたのも、珍しい体験であった。写真は、パンフレット、開会前の会場、講演する朧谷氏、講話する高口氏、後白河院観夕日の図、夕日を見る図(浮世絵)、明石海峡に沈む夕日(写真)、日想観勤行の様子。z
2012.09.21
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今日は、高大の17日目。午前中は鶴島先生のエッセイの講義、午後は班ごとの自由行動で、裁判所の見学に行った。エッセイの講義では、始めに「鶴島エッセイを読んで」という感想文の紹介があったあと、エッセイの書き方の例として、いろいろな作家のエッセイを読みながら、いいところを指摘していた。例に挙げられたのは、瀬戸内寂聴の「心潤う癒しの小説」(トミーの夕陽の紹介文)、山田洋二「命のうめき声に耳を傾ける」(ドキュメント日本作成のきっかけとなった投書の話)、瀬戸内寂聴の「蓮の声」、井上光晴の「半随筆」など。要は無駄なフレーズを削ってインパクトのある文章を書くことが大切だということだった。朗読をした受講生のTさん、Kさんも巧かった。午後の裁判所見学は、班のO氏の提案。昼食を済ませ13時に大阪地方裁判所に着いた。ここでは何十とある法廷で、朝10時から午後5時まで、審理や判決が次々と行われている。特別な裁判でない限り、傍聴券は不要で、誰でもどの法廷でも覗くことができるのだ。各法廷の入口には、どんな事件の審理、判決が行われるかを示した審理表が掲示されている。始めに入った403号法廷は、保釈中の被告の到着が遅れているとのことで予定になっても審理が始まらなかったので、別の法廷を探し504号法廷に入った。ここにいた2時間半の間に判決が1件、審理が3件あった。13:20より 障害事件の判決。組同志の暴力事件で、被告は懲役2年執行猶予1年だった。暴力団関係者で、黒の背広に黒ネクタイ、頭もきれいに散髪して直立不動の姿勢だった。裁判官の問いかけにも素直に答えていた。13:30 麻薬取締法違反事件の審理。騙されてインドからスペインまで大麻の輸送を引き受けた被告。共犯として審理中のMの供述と相反する供述が多いことを指摘されていた。14:30 迷惑行為等処罰に関する法律違反事件の最終審理。マンションでの隣人トラブルで、喧嘩となり相手を、たまたま所持していたハサミで突き怪我を負わせた。本人は首を締められ殺されそうになったので正当防衛だと主張している。15:00 窃盗事件の第1回審理。女性の下着22点時価7800円を盗んだ言わば下着泥棒。これまでに何度も同じ犯罪を重ねており前科7犯。妻が情状酌量要請の証人に立っていたのが痛痛しかった。こういう人は一種の病気のようなものだと思う。4件の事件を見ただけだが、それぞれの事件に弁護人、検察官がきびしい主張を繰り広げ、片方を聞いているとその気になり、また片方を聴くとその通りとうなづくことが多く、興味深く感じた。写真は、上:高大の講義で朗読をするTさんとKさん、下:大阪地裁正面、審理表。
2012.09.20
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今日は、風邪の症状も大分軽くなったので、午前中は図書館へ行き、DVDなどを借りて来た。午後は、借りて来た「借りぐらしのアリエッティ」を見たり、句集を読んだり、音楽を聴いたりして過ごした。「借りぐらしのアリエッティ」(英:The Borrower Arrietty、北米:The Secret World of Arrietty[)は、2010年の日本のアニメ映画。人間の家の床下に住む小人一家の娘アリエッティと、その家の少年翔(しょう)との物語。本物の映画を見る機会は失ったが、図書館で借りたDVDで初めて見ることができた。あまり大きなストーリ展開はないが、人間には人間の、小人には小人の考え方があり、お互いにいいことをしようとしてもうまく相手に伝わらないことにもどかしさを感じた。最後も悲劇ではないがハッピーエンドでもないところが、物足りない気がした。しかし、絵は大変きれいで動きも自然であった。画像は、関連WEBサイトから、映画のシーン。
2012.09.19
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今日は、風邪でダウンして3日目。熱は解熱剤を飲んで下がっているが、腰はまだ痛いし、咳、鼻水はまだ続いている。午前中に近所の医者に行き診察を受け薬を貰って来た。解熱剤が利いて熱は上がらないが、腰の痛さや体のだるさはまだ治らない。今日は、高大の「戦略室ボランティア会議」がある日だったが、止むを得ず欠席した。相変わらす、何もする気になれず、テレビを見ながら一日を過ごした。しかし、いろいろな薬を飲んだせいか、あるいは、そろそろ治りかけていたのか、熱は今のところ平熱で推移しており、腰の痛みも少し和らいできた。明日は外出できるかも知れない。今日も、何も写真は撮らなかった。
2012.09.18
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今日は、風邪でダウンして2日目。祝日で医者が休みなので、診察も享けられないし、薬もない。辛うじて解熱剤で熱を下げているが、一時的には下っても、徐々に上っていき10時間ほどすると38度を超える。経は2度解熱剤を飲んだ。何もする気になれず、テレビを一日中テレビを見て過ごした。「桂文枝襲名への道のり」や「ロボコン世界大会」などを見た。まるまる2日間を無駄に過ごしてしまった。ゴルフの練習にも行くことができなかった。明日は、やっと医者へ行ける。今日も写真は撮らなかった。
2012.09.17
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昨日は、朝から熱があり、一日中横になって過ごした。変調を感じたのは、13日の夜、喉に痛みを感じた。14日も痛みは続き、咳も出始めた。15日は、身体も少ししんどく感じたが、フラメンコのコンサートに行っている間は忘れていた。帰宅後も、咳や鼻水が出て、少ししんどさは感じていたが、普通に過ごし、普通に就寝した。しかし夜は寝苦しく、朝起きて熱を測ると37.5度だった。朝食後も腰が痛く立ち上がれず、熱も38.4度まで上り、解熱剤を飲み、その後は37度台が続いている。今日も明日も診療所は休みだし、救急に行くほどでもないので、明日もう一日静養してよくならなければ、明後日、医者に行く予定だ。今日は、写真を撮らなかったので、昨日西宮で撮ったひまわりの写真を示す。
2012.09.16
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今日は、10時頃までは、関西俳誌連盟の夏季吟行大会の記録書を作り、10時からいきいきエイジングセンター主催のいきいきフェスティバルを見に行き、その後、西宮アミティ―ホールで行われたフラメンコのコンサートを聴きに行った。帰りに阪神百貨店の画廊で4作家の関西の風景画展を見た。いきいきフェスティバルでは、いろいろなグループが作品を展示していた。その主なものを写真に示す。左上から、折り紙、陶芸、絵手紙、手芸、俳画、水墨、日本画、墨絵、水彩画。その他、俳句は昨日の本ブログで紹介した。フラメンコのコンサートは、7人編成で、ギター:弥月大治、ピアノ:尾崎江利子、カホン(打楽器):園田健介、カンテー(唄):西田祐加、ベース:西村孝樹、バイレー(踊り):辻川輝、バイレー(踊り):池上源太朗。フラメンコは音楽もいいが、踊りも一緒に楽しむことができ、楽しいコンサートだった。曲目は、アル・アンダルス、セビジャーナス(踊り付き)、ボラーレ、アモール・デ・サンファン、シギリージャ(踊り付き)、バイーア・デ・カティス(踊り付き)、パルテ・トゥ・ムンド、エントレ・ドス・マレス(踊り付き)、テェエント、マイ・ウェイ。アンコール曲はコーヒー・ルンバだった。そのあと、打楽器と手拍子だけで、二人の踊りが演じられた。サービスたっぷりの熱演であった。最後はそのまま踊りながら舞台を降りて、客席の通路を通り、会場入り口まで行き、客の我々を見送ってくれた。写真はコンサートの模様。阪神百貨店美術画廊での展示は、「第三回水の会展」といい、今回の題名は「私的風景遺産~4人の水彩画家が選んだとっておきの風景~」というもの。4人の画家とは、貝川代三、高崎尚昭、寺田みのる、安田泰幸。関西の風景や路地、建物などが描かれていてその場所に行ったことがあればひと目に五個であるか分かる絵が多い。画家により、大雑把に画かれた絵と細かく画かれた絵があったが、私は細かく画かれた絵の方が好きだ。しかし、大雑把に画かれた絵の方が、水彩画らしいやさしさがあるとも思える。
2012.09.15
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今日は、午前中は、いきいき俳句会が会場にしているいきいきエイジングセンターのいきいきフェスティバルに協力出展するため、俳句短冊の飾り付けを行った。有志5名が集まって、短冊、色紙、写真など30点ほどを展示場所に固定した。飾り付けは1時間半ほどで終り、近所で昼食を取り解散した。写真は飾り付けを終わった俳句短冊の模様。帰宅後は、俳句を作ったり、音楽を聴いたり、テレビを見たりして過ごした。
2012.09.14
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今日は高大の16日目、午前中はエッセイの授業、午後はミーティングで、放課後はマジック同好会に参加した。エッセイの授業は、鶴島先生の3回目。今日は、我々受講生が書いて来た400字のエッセイを各自読んだあと先生が寸評を加えるという形式で進められた。50人の朗読と講評でちょうど2時間を要した。先生の寸評は要を得たもので、エッセイを書く上でいろいろ参考になった。例えば以下のように。1.珍しいことを書く。2.自分の意見を入れて書く。3.山場を作る。4.使い古された言葉は使わない。5.視点を変えてみる。7、題名を工夫する。8.ありきたりのことは書かない。9.読み易い文で書く10.文の順序を考える。最後に余韻が残るように。ミーティングでは、各自のエッセイを今度は班のメンバー同志で批評し合うという、合評会を行った。自分の文が他人にどう読まれるかがよく分かった。ミーティングでは、更に、11月の遠足の行き先について話し合った。各班から候補地が提案され挙手による採決の結果、1.丹波紅葉めぐりと、2.曽爾高原・赤目滝・香落渓の決戦投票となり、結局2に決まった。実施は11月8日。マジック同好会では、コイン増減マジック、カードマジック、割りばしマジックなどが披露され、割りばしマジックの種明かしがされ、実習を行った。今日の写真は、高大の近くの難波宮跡公園で見つけたトベラの実。右下は近くの銀杏の木の幹の窪みから実生したもの。トベラは海桐花と書き、トベラ科の常緑低木。高さ1~3メートルで本州以南の海岸近くに自生する。初夏、白い5弁の筒形の花を開き芳香がある。
2012.09.13
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今日は、午前中は、午後の春麗句会に出句する句を抽出・推敲したり、エッセイの宿題をしたり、図書館に行ったりして過ごし、春麗句会に参加した。帰宅後は、音楽を聴いたり、いきいきフェスティバルに出展する俳句短冊の準備をしたりした。句会の結果は芳しくなく、5句のうち先生に選ばれたのは2句で特選はなし、2句が仲間から選ばれたが、1句は誰からも選ばれなかった。先生から選ばれたのは次の句。 〇蘭の花咲いてまもなく一か月 〇我家ではご馳走として鰯食ぶ仲間から選ばれたのは次の句。 ・バックシャン前もばつちり秋袷 ・鰯食ぶ大漁の詩を思ひつつ今日は写真を撮らなかったので、昨日神戸で写した植物の写真を示す。芙蓉、百日紅、石榴、ピラカンサ。、
2012.09.12
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今日は、ジパング倶楽部の企画で「平清盛の偉業大輪田泊足跡を歩く 真光寺観音堂にて特別歴史解説」というイベントに参加した。兵庫付近の清盛に関連する寺や史跡を回り、最後は清盛博の歴史館とドラマ館を見学するというコースだった。大阪駅を10時ちょうど発の新快速に乗り、兵庫に10時30分に着いた。10時40分に出発して、先ずは15分ほど歩いて真光寺へ行った。ここには清盛関連では井戸があるだけだが、一遍上人の墓があることで有名。観音堂に入り、住職から寺の説明を受けたあと、本日のメイン船田淳一先生からの歴史講話を聴いた。清盛の人物像について、約一時間の話であった。早口であったが、よく分かった。講話の後、観音堂、本堂、一遍上人塚、井戸など境内を見学した。観音堂の観音像の脇侍は弁天様だがシタールを持っているので音楽弁天と言われているそうだ。その後、12時40分から昼食をとった。午後は、13時40分から先ず、清盛塚を見学。ここで、十三重の搭(清盛供養塔)、清盛立像(柳原義達作)、琵琶塚などを観た。その後、カナルプロムナード、兵庫城跡などを見ながら、能福寺に行き、清盛塚、兵庫大仏など境内を見学し、札所跡、古代の石椋、築地寺で山王丸の墓、祇王・妓女の墓を見た。続いて、清盛博の歴史館を見て、最後にハーバーランドに移動してドラマ館を見た。かくして清盛浸けの一日が終った。写真は、真光寺の観音堂、観音堂の中で講話をする船田先生、一遍上人の廟所、清盛塚、兵庫大仏、清盛の墓処、歴史館外観、清盛像、ドラマ館の清盛。
2012.09.11
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今日は句会の日。午前中は、図書館へ行ったあと、出句する5句の選定と最後の推敲を行った。この推敲で句を強くすることができればいいのだが、強くなりすぎると共感を台無しにして感情の強制になるので難しい。余分な言葉をそぎ落とし、言葉の省略をしたいが、省略しすぎると意味がわからなくなる。句会の結果はまずまずと行ったところで、先生から3句がえらばれたが、特製はなかった。残り2句のうち1句は仲間から選ばれたが、1句はだれからも選ばれなかった。先生に選ばれたのは次の句。 〇旅で聞く当地訛の虫時雨(先生ほか4票) 〇広告のさほど目立たぬ秋団扇(先生ほか1票) 〇台風の進み具合にやきもきす(先生)仲間から選ばれたのは次の句。 ・九月来る美人に逢へるかもしれぬ(1票)誰にも選ばれなかったのは次の句。 ×鶏頭花ふと若冲の群鶏図今日、先生の特選にえらばれたのは次の句。 ◎ここだけの話に使ふ秋団扇 豊子(先生特選ほか5票) ◎耳鳴りを忘れるほどの虫時雨 洋子(先生特選ほか1票) ◎虫の音に寝て虫の音に起こされる 洋子(先生特選)今日、一番多く票を集めたのは、上記豊子の句。先生の句で一番人気だったのは、次の句。 ◎秋潮の律儀のに浜を洗ひをり 塩川雄三先生(5票) ◎それなりの陣地を守り虫鳴けり 塩川雄三先生(5票)句会のあとは、いつものように反省会を口実の飲み会となった。今日は、句会の写真を撮らなかったので、地下鉄の車内の優先座席で狸寝入りを始めた若者の写真をアップする。その若者は私が近づくと目を閉じた。こういうケースによく出くわす。若者というだけで、皆が健常者ではなく本当に足の悪い人もいるかも知れないが、年寄りが近づくと、気づかない振りをして目をつむるのは不愉快だ。
2012.09.10
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今日は、午前中は、テレビでNHK俳句、日曜美術館などを見て過ごし、午後は、関西ぱずる会の例会に参加した。参加者は13名、それぞれの楽しい発表や回覧物を楽しんだ。司会はHさん、次の順に発表がなされた。Y氏、タングラム、数学パズルの本、新聞記事などN氏、六本組木の中にさらに6本組木、2を見つけるパズルなどT氏、月見団子の摘み方考、パイプス、飲み物ボトルなど。Y氏、自作パズル3種H氏、ウォーターキューブ、お話迷路(これはおもしろい)M氏、スカイツリー3Dカード、動く広告、コップのふち子など多数I氏、消えるパズル、折るパズル、キューブ阪急電車など私は、数字マジック、パンフレットの復元、ローブの不思議など、マジックめいたものを披露した。
2012.09.09
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今日は、夕方までは家で、パズル文献の索引を作ったり、資料を整理したり、俳句を作ったりしながら過ごし、夕方からATCホールで開催されたヴァイオリンのコンサートを聴きに行った。「ヴァイオリンの音色に秋風を乗せて」という題名で、出演はヴァイオリン赤松由夏、ピアノ村崎愛だった。曲目は、エルガーの愛の挨拶、マスネのタイスの瞑想曲、モツアルトのロンド、パガニーニのカンタービレ、ブラームスのソナタ第2番などのクラシック曲に続いて、ピアソラのリベルタンゴ、オブリビオン、ハーラインの星に願いを、ロジャースのサウンド・オブ・ミュージック、ロウの踊り明かそう、葉加瀬太郎の情熱大陸などのポピュラー曲が演奏され、アンコール曲はからたちの花だった。暮れ行く大阪港の夕景色を見ながらきれいな音楽を聴き、楽しい時間はあっと言う間に過ぎた。演奏後会場を出るとすっかり夜になっていた。日が暮れるのが早くなったことを実感した。写真は、パンフレット、会場風景、プログラム表紙、演奏風景。下左は18時15分、下中は18時32分、下右は18時57分。
2012.09.08
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今日は、一時図書館に行っただけであとはほとんど家にいて、「風の盆」通信句会のまとめを行った。図書館へは、風の盆関係の本を返却し、音楽DVDを借りて来た。「風の盆」通信句会は、先日八尾へ見に行った「風の盆」の俳句を集めて参加者人で句会をするのである。みんな数十句作ったうちからこれはと思う10句を選び出句するのである。各自の出句は26日夜までに私の家にFAXで届いた。集まった60句を順不同に並べ、パソコンのエクセルで表にし、作者名は伏せで、清記表を作り、5人にFAXで送付し、各自に選句をお願いした。60句から7句を選んでもらうことにしたが、これがあとで考えると少なすぎた。選句の締切りを18時としたので、なかなかすぐには選句は返って来ない。午前中2人、午後3人が届き、最後に届いたのは16時ごろだった。これを集計して、得点の多い順に並べ、選句表にまとめたのが18時ごろだった。最終の選句表をを下に示す。選句数が少なかったため、いい句なのに誰からも選ばれない句が、ちょうど半分の30句もできてしまった。選句数は少なかったが、私の句は意外にも多くの票が入った。先生から特選一句を含め5句が選ばれ、残り5句のうちの一句は仲間から選ばれた。今日は先生に選ばれたのは次の句。 ◎風の盆八尾の町は眠らざる (先生特選ほか2票) 〇八尾への道は真つ暗虫しぐれ (先生ほか3票) 〇風の盆寸暇惜しんで見てをりぬ (先生ほか2票) 〇風の盆息ぴつたりと合つてをり (先生) 〇提灯に町名書かれ風の盆 (先生) 仲間から選ばれたのは次の句。 ・黒の帯締めて艶やか風の盆 (1票)今日、先生の特選に選ばれたのは、上記のほか次の句。 ◎更けてなほ眠らぬ町や風の盆 (先生特選ほか3票) ◎上手下手あつて輪踊り盛り上る (先生特選ほか1票)今日、一番多く票を集めたのは、上記「更けてなほ」の句と私の「虫しぐれ」の句。先生の句で一番人気だったのは次の句。 ◎風の盆地べたに坐りこんで見る 塩川雄三先生(2票)同じ「風の盆」を詠んでいても、見方の違いによりいろいろな詠み方があるのだと、集まった60句を見てつくづく思った。自分では気づいていなかったことを気付いていたり、自分では使えないことばを使っていたりして面白かった。
2012.09.07
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今日は、高大15日目、今日から2学期が始まった。午前中は鶴島先生の授業、午後はクラスミーティング、放課後はマジック同好会の例会であった。帰宅後は、風の盆の通信句会の清記集作成を行った。鶴島先生の授業は、今回は、前回書いた「恋」についてのエッセイを各自朗読し、その後先生から講評を受けるという形で行われた。400字のエッセイだが、みんな20分で書いたとは思われない立派な文章で感心した。「主人公が彼女」、「夢の話」、「顔の傷に秘密」、「古代の恋との比較」、「野草への恋」、「願望と現実」などなど。それでも先生からは、「前置きは要らない」、「最後がだらだらしている」、「こう少し具体的な描写を」、「思わせぶりなところで終る」などきびしくも具体的なご指導があった。また、次回も、宿題が出た。なお、先生の著書を持参すると、丁寧にサインをしていただくことが出来た。今日の日付も入れていただきいい記念になる。昼休みには、班長会議があり、2学期の遠足、スポーツ大会、文化祭、自由活動などについて話し合った。その後、班別会議で報告し、各事項について具体的な内容を話し合った。放課後のマジックでは、村本先生から、和妻で紙切りを見せてもらい、実習ではカードマジックを教えてもらった。客が引いた2枚のカードを当てるものである。更に、サブリーダーの塩谷先生から、ドリンクの缶の中にコインを入れる手品を習った。写真は、サインをいただいた鶴島先生の著書、来週の宿題、クラスミーティングでの委員長報告、マジック同好会の様子。
2012.09.06
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今日は、一時昼食を外食するために三越伊勢丹へ行った以外は、家で過ごし、八尾旅行の整理をしたり、俳句を作ったり、明日からの高大の受講の準備をしたりして過ごした。今日は、写真を撮らなかったので、一昨日八尾に行く途中で見た芭蕉句碑の紹介する。説明板には次のように書かれている。芭蕉句碑めぐり(南条サービスエリア下り線) あすの月 雨占なはん ひなが嶽 芭蕉そのたびもやがて終りに近づいた越前の地、福井から今庄に向う途中、薄雲のかかったひなが嶽(当地点の北東4キロメートルに位置する標高七九五メートルの日野山をさす)をながめながら明日の十五夜の月見の雨を気遣って詠んだといわれている。北陸自動車道南条SA下り線は、福井県南条郡南越前町に位置する。芭蕉が詠んだ「ひなが嶽」は南越前町と越前市にまたがる。「日野山」を指し、当SAから北東方向に視認することができる。日野山は養老二年(七一八年)春澄により開山され古くから山岳信仰の霊山として信仰を集めている。また、福井平野、白山、越知山、文殊山、蔵王山とともに越前五山の一つに数えられている。元禄二年の春、松尾芭蕉は弟子の曾良を伴って江戸深川をたち、奥州北陸の旅にたちました。秋、大垣にたどりつくまでの五か月、旅程六百里に近い大旅行の紀行が「奥の細道」であります。当時の長期間を要したその旅程は高速道路で結ばれ、多くの皆様に車による快適な旅を楽しんでいただいており、まさに隔世の感があります。この句は、その旅もやがて終りに近づいた越前の地、福井から今庄に向う途中、薄雲のかかったひなが嶽(当地点の北東4キロメートルに位置する標高七九五メートルの日野山をさす)をながめながら明日の十五夜の月見の雨を気遣って詠んだといわれております。今芭蕉の奥州、北陸の旅から北二〇〇年を迎えることとなりますが、くしくも今夏、北陸自動車道が全通いたします。これを記念し、芭蕉ゆかりの日野山をのぞむここ南条サービスエリアに句碑を建立するものです。 昭和63年3月吉日 日本道路公団
2012.09.05
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今日は、八尾のおわら風の盆の旅から朝帰りした日だが、昼前に風呂に入り1時間ほど寝たあと、午後は、わいわいパソコンの例会に参加した。今日の講師はNさんで、7月に当会会員有志4人で実施した甲斐駒ケ岳登山の記録をDVDに焼いたものを先ず上映し、そのあとでその作り方の説明を聞いた。3人が撮ったデジカメと動画のデータに、文字による説明とバックグラウンド音楽をつけて見やすいように編集したもの。全40分の大作。編集に使用したソフトは、「Corel BideoStudio Pro」だろうだ。写真の見せ方やページ送りのやり方がいろいろ変えられて面白い。編集の仕方は案外簡単なのだが、パソコンに負荷がかかり過ぎて、ときどき「応答なし」となったり、変更処理に長い時間がかかったりするのが、南天だそうだ。写真は、上:例会の模様、下左:スライドで説明するNさん、アフター5の会。例会の終了前の時間を借用して、今朝「おわら風の盆」に行って撮って来た写真を披露した。例会のあとは少し眠いのと疲れていることを我慢して、アフター5の飲み会に参加した。経の出席者は10人で、最後の清算のときの割り勘の計算がやり易かった。Tさんに自宅最寄駅まで送ってもらって無事に帰宅できた。
2012.09.04
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今日は、午前中は、図書館へ行き、その後、午後2時頃までは、風の盆について調べたりしながら過ごし、15時10分に茶屋町の団体バズ待合所に行った。今日は、富山県八尾町へ「おわら風の盆」を見に行くのだ。我々のグループは難波からの3名を含めて一行6名。梅田から乗る2名はすでに来ていた。バスは15時25分難波からの客を乗せて到着。大型観光バスは、乗客44名、運転手2名、添乗員1名を乗せて、15時30分定刻に梅田を出発。新御堂→千中→吹田JK→名神を通り、17時に多賀SAに到着した。ここで、トイレ休憩15分を取ったあと、米原から北陸道に入り、18時に南条SAで2回目の休憩を取った。ここで、芭蕉の句碑を見つけた。 明日の月 雨占なはん ひなが嶽 芭蕉奥の細道の旅で詠んだ句である。句碑は北陸自動車道が開通した昭和63年にひなが嶽(日野山)が見渡せるSAの場所に設置されたそうだ。バスは19時、加賀の月うさぎの里というレストランに着き、そこで夕食をとった。夕食後、19時50分にバスに乗り、21時40分に八尾のバス駐車場に着いた。心配された天気は曇りがちながら雨は降っていなかった。そこから町まで約20分歩いて曳山展示館に着いた。ここが帰りの集合場所となるとの説明を受け、早速踊りを見に行くことにした。再集合時刻は15時、これから5時間を過ごすことになる。おわら風の盆の正式行事はすでに終わっており、祭のあと現地の人達だけで楽しむ踊りを見るのが今回のツアーの目的なのである。八尾の11の町でそれぞれの踊りがあり、いつ始まるか分からない。踊りの見られる範囲は西の曳山展示館付近から東の八尾駅までゆっくり歩いて1時間の範囲なので、運がよければ踊りが見られるが運が悪いと道を歩いていても誰もいない。三味線や胡弓の音に聞き耳を立ながら探すという行動を続けた結果、幸運にも、あちらこちらで堪能するほど何度も見ることが出来た。昼間の正式な踊りと違って、笠をかぶっていない踊り子や、浴衣も着ず普段着姿の踊り子もいてさらには、見物客が飛び入りで参加しているところもあった。踊りを見ながら50句ほど俳句を作った。5時間の間に、一番の見ものと言われる鏡町の踊りを見たほか、JRの越中八尾駅まで行ったり、坂のまち大橋を見たり、禅寺橋、禅寺坂の石垣を見たり、和紙の店に入ったりすることができた。町の各家には町内ごとに町名を書いた提灯を吊っているが、すべての町を回って提灯の写真を撮ってくることができた。3時05分ににバスに乗り込み、10分消灯、大阪までの帰路では、4時30分に尼御前、6時30分に多賀でトイレ休憩があり、大阪駅に帰着したのは、8時10分であった。バスの車内ではほとんど眠れず、うとうとしたのは30分くらいであった。梅田で降りた3人は喫茶店でモーニングサービスを取り、1時間ほど歓談してそれぞれ帰路に着いた。帰宅後は、風呂に入り1時間ほど眠った。長い一日だが充実した一日であった。写真は、風の盆の状況。上新町、諏訪町の家並み、東新町、諏訪町、上新町、諏訪町、鏡町、鏡町にて。八幡宮、十三石橋、坂のまち大橋、越中八尾駅、禅寺橋、禅寺坂の石垣、西町、西町、上新町。
2012.09.03
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今日は、午前中は、家でテレビを見たり、俳句を考えたり、風の盆のことをウェブで調べたりしながら過ごし、午後から大丸心斎橋へ「下鴨神社展」を見に行った。源氏物語にちなむ十二単や牛車、平山郁夫画伯が御本殿や糺の森を描いた作品など、古代から現代までの神社の歴史を通観できるご神宝が多数(約50点)展示されていた。 下鴨神社に行っても見られないものなのでいい展示会だと思った。なお、この展覧会は入場無料。特に素晴らしいと思ったのは、絵巻類、屏風類、神馬用の馬具のほか、平山郁夫の水彩画11点だった。下鴨神社のいろいろな建物や風景を描いており、水彩画とは思えない重厚さがある。牛舎も間近で見ると案外大きくて豪華である。図は、パンフレットより。左:納曽利、御神鏡、神馬和鞍、右:唐車(牛車)、桧扇、天保度撤下神宝「御天冠」、鴨長明肖像画、神殿爽春(平山郁夫)
2012.09.02
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今日は、午前中は、図書館へ行ったあと、高島屋で開催されている「横田滋写真展~めぐみさん、家族と過ごした13年」と見に行き、午後は、NHKホールで開催された公開録画「NHK東西浪曲大会」を聴きに行った。「横田滋写真展」は、1976年11月に13歳で北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの生れてから13年間に撮られた写真を想い出の品とともに展示したもの。滋氏の写真の腕は確かでスナップ写真を大きく引き伸ばしても鮮明で迫力がある。100枚近くの写真が説明付きで展示されていた。めぐみさんは、小学校6年まで広島で過ごしたが、滋氏の転勤で新潟に転校して来たのだった。そして新潟生活1年ちょっとで拉致されてしまったのだ。新潟では海に行ったり佐渡へ行ったりして楽しんでいる矢先であった。友だち二人と下校途中、二人と別れ自宅まであと500メートルのところで姿が消えたそうだ。写真や説明書き、遺品などを見ていると、同情して涙が出そうになった。この展覧会は誰でも無料で見ることができる。10日まで開催中なので、多くの人に見て欲しいと思う。図は、パンフレットより。左:音戸の瀬戸公園で(小4)、広島県内で(小2)、右:名古屋市の自宅で(5か月)、初めての誕生日(1歳)、東京都の自宅で(4歳)、広島県内で(小3)、山口県萩へ旅行(小5)、新潟市の自宅で(小6)、新潟の海岸で(小6)、佐渡への旅行(小6)。「NHK東西浪曲大会」は年一回行われる浪曲の公開録画で、今日は6人の浪曲師が演じた。文楽劇場での上方演芸特選でときどき聴くことがあるが、6人も一度に聴くのは初めてだ。一人25分ほどの口演で、演者と演目は下記の通りであった。 春野恵子 両国夫婦花火 菊池まどか 村松三太夫 国本武治 南部坂雪の別れ 松浦四郎若 相馬大作手紙読み 三原佐知子 母恋あいや節 京山幸枝若 恋の道成寺安珍清姫初め指定された場所は左のボックス席だったが、声が割れてよく聞き取れなかった。中入りまではそこで聞いていたが、中入り後は真中の空いている席に移動した。そうすると見違えるようにクリアに聞えるようになった。音楽なら端の席でもある程度聴けるが浪曲は言葉が分からないとダメなので、広い会場の端の席はよくないと思った。中入り後の3題は、演者もベテランで、演目のストーリーもよく分かった。浪曲も偶にはいいものだと思った。それにしても観客の多くは浪曲の通のような人が多く、ところどころで拍手が入り、歓声も飛ぶ。図は、プログラムより。左:表紙、右、京山幸枝若、三原佐知子、松浦四郎若、国本武治、菊池まどか、春野恵子。 浪曲の机掛けと花台掛けは、それぞれの演者が趣向を凝らしていてそれを見るのも楽しかった。春野恵子はモンドリアン調、菊池まどかは蝶々、国本武春は三味線、松浦四郎若は町並みと旅人、三原佐知子は竹林、京山幸枝若は宮島だった。
2012.09.01
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