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今日は、午前中は、体操の団体競技を見たり、高岡すみ子の句集「ひよんの笛」を読んだりして過ごし、午後は、デパートへ行った。今日は写真を撮らなかったので、昨日大阪暮らしの今昔館で見かけた「天神祭の作りもの」の写真を上げる。木魚で作った布袋、髪結道具で作った鶏とひよこ、嫁入り道具で作った獅子舞、箒と柄杓で作ったカマキリ、?、着物の帯で作った宝船、杓子で作った杓子如来。
2012.07.31
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今日は、俳句仲間4人とともに、天神橋筋商店街の吟行の予行演習を行った。来る8月11日に関西俳誌連盟主催で行われる本番の吟行に備えるためである。10時半に天六の大阪市暮らしの今昔館に集合した5人は、先ず10階で大阪の町並みを眺めたのち、9階に降りて風呂屋をはじめ町の店々や天神祭の日の夜空の演出を見た。11時30分から町並ガイドツアーに参加して町並の説明を聴いた。江戸時代の町家の仕組みをいろいろ知ることができた。屋根瓦、戸の種類と工夫、作り物、お迎人形、天神神輿、火の見櫓、煙出し、貸家、洗い張り、共同便所、いろいろな動物たち、エイジング効果、等々。8階に降り、江戸時代の地図を拡大して床に立ちながら現代と比較した。13時頃、今昔館を出て天神橋筋商店街を南下し、途中のすし屋で昼食とした。その後、天満市場により、天三おかげ館により、喫茶店で休憩したのち、大塩平八郎の墓所に行き、最後は天満天神繁昌亭、大阪天満宮まで行った。天満宮では、天神祭の後片付けが続いていて、用具などを倉庫に収める作業をしていた。16時半ごろ解散した。はたしくいい俳句ができたかどうか。写真は、江戸時代の町並(10階より)、大坂町5丁目の表示、町並の夜景(月が出ている)、天神橋筋商店街天六のアーケード飾り(神輿)、天満市場、夫婦橋、大塩平八郎の墓所、天神橋筋商店街天二のアーケード飾り(お迎人形)、大阪天満宮倉庫。
2012.07.30
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今日は、午前中は、昨日の「子規の庭」見学の資料のまとめを行い、午後は、高大の企画による「世界の名曲~音楽の花束 クラシックコンサート」を聴きに行った。12時に家を出て、南森町→梅田→本町のルートで、12時30分に会場の相愛学園に着いた。開演は13時30分なので1時間の待ち時間がある。その間は戸恒東人の句集を読んで過ごした。定刻となり、Mさんの司会でコンサートが始まり、初めに佐藤理事長の挨拶、続いてプログラムが始まった。今日の出演は、斎藤建寛(チェロ)、掛水さよ(三味線、ソプラノ)、細見理恵(ピアノ)、田中祐子(第一ヴァイオリン)、浦田彩(第二ヴァイオリン)、生川夏乃子(ヴィオラ)、中島紗理(チェロ)の7人。プログラムは、第一部、第二部に分かれ、次の内容だった。第1部 ・アヴェ・マリア(グノー) ヴァイオリン・チェロ・ピアノ ・エリーゼのために(ベートーヴェン) ピアノ ・「皇帝」より第2楽章(ベートーヴェン) 弦楽四重奏 ・愛燦燦(小椋佳)同上 ・情熱大陸(葉加瀬太郎)同上 ・チャルダッシュ(モンティ)同上第2部 ・かごかき(貴志康一)三味線 ・ル・クンパルシータ(ロドリゲス)三味線・チェロ・ピアノ ・スタンド・アローン(久石穰)ソプラノ・チェロ・ピアノ ・白鳥(サン・サーンス)チェロ・ピアノ ・ミケランジェロ70(ピアソラ)同上 ・ウィーンはいつもウィーン(シュランメル)弦楽四重奏・チェロ・ピアノアンコール ・ふるさと(岡野貞一)ソプラノ・弦楽四重奏・チェロ・ピアノ ・上を向いて歩こう(中村八大)同上貴志康一の「駕籠かき」とピアソラの曲以外は知っている歌ばかりで、楽しい時間を過ごすことができた。写真は、佐藤理事長の挨拶、以下演奏風景。
2012.07.29
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今日は、大阪俳句史研究会の企画で、「奈良に子規の庭を訪ねる」というイベントに参加した。10時30分に近鉄奈良駅前に集合し、送迎バスで会場の天平倶楽部へ向かった。今日の参加者は54名。先ずは、「子規の庭」についての予習。「子規の庭」は、奈良の天平倶楽部という日本料理屋の庭に、句碑や子規ゆかりの植栽を施し整備して、平成18年にオープンされたもの。この地は、明治28年10月に子規が投宿した旅館「対山楼」があったところで、子規がこの宿で饗された御所柿を食べていると東大寺の鐘が聞こえてきたと言い、有名な「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」の句想が浮かんだ宿である。天平倶楽部のパンフレットによれば、「子規の庭」整備の発起人には、東大寺長老筒井寛秀氏、ホトトギスの稲畑汀子氏、子規の孫正岡明氏、対山楼親族三上源喜氏ら9名の名前が並ぶ。バスを降りると先ず、正岡明氏の案内で子規の庭を見学した。一番奥の高台に伊予の青石を用いた句碑がある。「秋暮るる奈良の旅籠や柿の味 子規」とある。明治28年に投宿したとき詠んだ句で、この時、東大寺の鐘が聞こえてきたことから、代表作「法隆寺」に結実したと、傍らの説明札に書かれている。その柿は御所柿といい、今もそのときの古木が元気に残りたわわな実を付けていた。少なくとも百数十年の古木である。この地点から東大寺大仏殿の鴟尾を間近に見ることができ、東大寺に隣接していることを実感した。奥へ至る道の両側には、四季の草花や樹木がたくさん植えられている。せせらぎや池もあり、せせらぎには蛍の餌となるカワニナが「蜷の道」を描いていた。カルガモの子がカラスにいじめられていたという話を聴いたり、いろいろ植栽の説明を聞いたが、その中でハンゲショウ(片白草)が興味を引いた。しかし、今はムクゲ、ハギが咲いている以外あまり花は多くなく、この庭は一番きれいなのは、紅葉の頃であるとのことだった。暑い屋外への説明のあとは、涼しい屋内で、朝妻力氏、正岡明氏の講演を聴いた。朝妻氏の講演は、用意周到された資料を用いて、子規と明氏の関係、子規の養子で明氏の父である正岡忠三郎氏の人物像について興味深い話を聴いた。子規と交流のあった人物として、大原観山、加藤拓川のこと。忠三郎氏と交流のあった人物として、司馬遼太郎、富永太郎、中原中也、西澤隆二、田実渉、朝比奈隆などをあげ、エピソードなどを紹介された。正岡子規全集(全25巻)が出版できたのも、忠三郎とその友西澤隆二の尽力があったからだということ、忠三郎のことは、司馬遼太郎の「人々の跫音」の中にも書かれていることなどを知った。明氏の話は、当初予定では「奈良と正岡子規」というテーマで話を考えておられたようだが、朝妻氏の話を補足することだけで時間を取り、本テーマまではいかなった。内容は、父忠三郎の話が主となった。忠三郎は阪急に入社したがその5年後に朝比奈隆が入社した。作曲を考えながら阪急電車の運転をしていて梅田終点の車止めにぶつかった話とか、二人とも阪急をやめたこととか、よく家に来てビオラを弾いていたこととか、明には「お父さんのような酒飲みになったらいかん」と言われたとか、いろいろなエピソードを話された。忠三郎発案の牡丹鍋は、立杭焼の土鍋に牛肉、牡蠣、銀杏、白葱を入れたもので、水がなくなると土鍋が爆発するので、水を絶やさないことが必要とのこと。名物となってよく売れたそうだ。司馬遼とあったのは、「坂の上の雲」の取材で、北新地の紙鍋料理の店だった。秋山家の子孫とも会った。「人々の跫音」の忠三郎に関する記載は母あや(子規の娘)とのインタビューによるもの。自分はほとんど知らない父親像だった。自分が、機械メーカー勤務を辞めて造園設計に進んだも司馬氏の勧めだった。講演のあと、天平倶楽部自慢の日本料理で昼食をいただいた。食事のあいだに、対山楼の写真や子規が泊まったときの宿帳などが回覧された。当時の宿帳には高名な人の名もたくさん見られるそうだ。例えば、伊藤博文、山県有朋、西郷従道、高橋是清、谷干城、原敬、フェノロサ、岡倉天心・・・写真は、伊予の青石を用いた句碑「秋暮るる」、御所柿の説明をする正岡明氏、御所柿の古木、説明する朝妻力氏、同正岡明氏、朝妻氏と正岡氏、屋号銘額、当時の写真、宿帳への子規の署名。
2012.07.28
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今日は、午前中は、天神祭の通信句会のまとめを行い、昼前から、難波のデパートへ昼食を兼ねて買物に行った。天神祭の通信句会には先生を含め4人が参加、各自10句ずつ出句。先生は14句、3人は7句ずつを選句した。その結果、私の句は、7句が先生に選ばれ、1句が仲間に選ばれ、2句は誰からも選ばれなかった。先生に選ばれたのは次の句。 ○講ごとに神輿の並ぶ天満宮 (先生ほか1票) ○境内に櫓組み上げ祭待つ (先生ほか1票) ○天満祭歩道橋てふ立見席 (先生ほか1票) ○船渡御に大川溢れ返りをり (先生) ○陸渡御の信号待ちをしてをりぬ (先生) ○どんどこ舟鉦と太鼓を乱れ打つ (先生)仲間に選ばれたのは次の句。 ・祭見る往路復路を指定され (1票)先生の句で一番人気だったのは、次の句。 ◎天神祭果てねば何も手につかず 塩川雄三先生(3票)午後帰宅後は、昨日習った「チラシの復元」のマジックの練習をした。10回くらいやってなんとか間違わずにできるようになった。今日の写真は自宅マンションの部屋から撮った今日の夕焼けの様子。大阪城とクレーン。
2012.07.27
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今日は、高大第14日目。今日から授業テーマと講師が変わり、これまでの磯部先生の「文学史」から鶴島先生の「エッセイの書き方実習」となった。午後は、クラスミーティング、放課後はマジック同好会に参加した。鶴島先生は、「トミーの夕陽」、「もぐらの目」、「私のなかの瀬戸内寂聴」などの著作があるエッセイスト。今日の授業は、いきなり「恋」という題で、400字程度の文章を書くことから始まった。30分ほどの時間で書き、その後、20人くらいがその作文を読み上げた。その都度、先生から好評があり、いい点、悪い点の指摘があった。午後は、9月のスポーツ大会の説明や班毎の自由討議が行われた。マジック同好会は5人の参加であったが、副講師の塩谷氏から、「チラシの復元」というマジックを教えてもらった。一枚のチラシを半分に降りながら3回破るのだが、最後は元通りの一枚になるというもの。写真は、上:エッセイの講義の模様、下:マジックの講習の模様。なお、高大は今日で第1学期を終わり、夏休みに入る。第2学期は9月6日から。
2012.07.26
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今日は、天神祭本宮の日。いつもなら天満宮に行き、陸渡御を見、夕方からは船渡御を見、花火を見るのであるが、今日は、2つ特殊なことがあり、天神祭見物はパスした。一つは、当「こっぱんの日記」が40万アクセスを超える日であること。今朝6時の段階で、399954アクセスであり、あと46アクセスで40万になるので、時間的にも午前中となる公算が強いと思い朝からアクセスカウンターを見守っていた。そして12時27分、遂に40万アクセスに達した。2004年10月にブログを立ち上げてから、7年9か月である。30万アクセスは昨年1月だったので、それ以来18か月である。ご愛読いただいている方に厚くお礼申し上げたい。もう一つは、高大戦略室会議である。22名が出席して13時半から17時まで、高大の運営に関する意見を出し合った。この会議は6月23日に初めて参加したが、活発な意見が出され興味ある会議である。原則として毎月一度開催される。会議のあとは、近くのビアホールでグラスを傾けた。帰宅後は、自宅マンションから天神祭の奉納花火を見た。写真は、天神祭小型印コレクション、天満宮本殿、本殿前の神輿、地車囃の鉦・太鼓、蛇踊り、こっぱんの日記399999アクセス目、400000アクセス目、同。左上の天神祭小型印コレクションは、6月15日に発行された天神祭の切手にお迎え人形の小型印6種を押したもの。小型印の絵柄は次のとおり。いずれもお迎え人形 大阪中央局 羽柴秀吉 大阪天神橋局 酒田金時 大阪西天満局 木津勘助 大阪東天満局 鎮西八郎 大阪天神橋局 安倍保名 大阪OAPタワー局 三番叟
2012.07.25
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今日は、午前中は、昨日の句会のまとめを行い、午後は、図書館へ行ったあと、大阪天満宮へ天神祭の様子を見に行った。天神祭は今日が宵宮(よみや)。午前中は稚児による鉾流し神事が行われたが、今年は見に行かなかった。午後は、大阪天満宮の境内で、地車(だんじり)囃と催(もよおし)太鼓の演技が披露される。地車囃と蛇踊りはずっと続いていたが、14時45分から太鼓打ちが始まると中断した。近くでは見られなかったが、明日の陸渡御では沿道へ行けば間近で見られる。地車囃と催太鼓を聴いたあと、お迎え人形の展示を見た。写真は、上:地車囃講、蛇踊り、鉦太鼓、中:催太鼓の願人および太鼓中、下:御迎人形(安倍保名、与勘助、鬼若丸)
2012.07.24
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今日は句会の日、午前中は、出区する5句の選定と最後の推敲を行った。句会の成績はじょうできで、5句のうち4句が先生の選に入り、うち2句が特選だった。今日、先生の選に入ったのは次の句。 ◎ふと何か現れさうな木下闇 (先生特選ほか5票) ◎大夕焼大大阪を染め上げり (先生特選ほか3票) 〇読書するはずが昼寝となりにけり(先生ほか4票) ◎雨のあと蝉一斉に鳴きだせり (先生ほか1票)なお、1句は、誰からもえらばれなかった。短冊に書き間違いをしたためかも知れない。 ・樹樹の影涼しき空気集めをり 今日、先生の特選に選ばれたのは上記の他次の句。 ◎木下闇抜けて何かに躓きぬ 昇一(先生特選ほか2票)今日、最高得票を得た句は、上記私の木下闇の句。先生の句で、一番人気だったのは、次の句。 ◎夕焼の衰ふるとき一瞬に 塩川雄三先生 (5票)句会のあとは、いつものようにビールで喉を潤し、そのあと、天満宮へ天神祭の準備の様子を見に行った。いくつかの神輿が飾られ展示されていた。天神祭は明日が宵宮、明後日が本宮である。今日は、ギャル神輿が練り歩いたはずだが、境内にはその姿はなかった。写真は、天満宮の模様と拝啓に句会の模様。上:神輿の並ぶテント、中:御旗講、拝殿、御神酒講、鳳神輿・玉神輿、南門、地車講。
2012.07.23
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今日は、午前中は、テレビでNHK俳句、ルソンの壺、日曜美術館などを見て過ごし、午後は、今昔亭の町家寄席、林家花丸の落語を聴きに行き、その後、介護施設に催された屋上夕食会に参加した。町家寄席、林家花丸の落語は、一人二席の連席で、「ないもん買い」と「脛かじり」と聴いた。どちらも初めて聞くもので、面白かった。林家花丸は四代目林家染丸の4番弟子。花丸は宝塚ファンで、年間50回以上ステージを見に行くという。今日も、落語のまくらは宝塚の話だった。「ないもん買い」は古い話を現代風にアレンジしており、今日は、天六から繁昌亭まで天神橋筋商店街の実在のいろいろな店をからかいながら南へ行くという話だった。「なごり雪に乗った少年」は面白かった。2席目の「脛かじり」は、怪談じみた話で、昔は「腕食らい」という名で演じられていたのが、江戸に行き「脛かじり」となったそうだ。現代では演じるものはいないと言われているのを、今日は珍しく生で聴くことができラッキーだった。「腕かじりなどなんじゃい、わいは長年親の脛をかじって来た」というのがオチ。花丸という落語家は初めて聴いたが、年季の入った堂々たる話ぶりだった。写真は、ポスターと口演中の花丸。義母が世話になっている介護施設では、毎年夏の夕方、入所者を屋上に上げ、家族を招いて「屋上夕食会」を催している。ボランティアの楽団を招いたり、スタッフ自身が演じたり、ときには入所者自身の飛び入り出演もあり、家族と夕食を一緒に食べながらこうしてショウを楽しむのである。一日前は急な大雨が降ったそうだが、今日は、夕方少し暗くなったものの雨は一滴も降らず、却って風のある涼しい夕食会となった。義母は、何が起こったのかわからない様子だったが、食欲はいつもの2倍くらいあった。スタッフの人達の準備は大変だったことと思う。多謝。写真は、入居者・家族らの席、入居者代表の挨拶、テナーサックスの演奏、ハワイアンの演奏、同・ダンスをまじえて、同、三味線独奏、入居者も参加して、同。
2012.07.22
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今日は、午前中は、俳句を作ったり、マジックの手順を書いたり雑事で過ごし、午後は、住吉大社吉祥殿で開催されたシンポジウム「住吉大社と豊臣期大坂図屏風」に参加した。シンポジウムの主催は、住吉大社と関西大学大阪都市遺産研究センター。13時に始まり、16時40分まで、下記のように内容の濃い講演とおよびパネルディスカッションが行われた。挨拶 住吉大社宮司 真弓常忠1.住吉大社のご神体と信仰について 住吉大社権禰宜 小出英詞2.住吉大社の建築について 住吉大社建造物委員長 永井規男3.豊臣期大坂図屏風と住吉大社 関西大学大阪都市遺産研究センター研究員 井浦 崇 同 内田吉哉4.豊臣期大坂図屏風に描かれた住吉 関西大学大阪都市遺産研究センター研究員 黒田一充5.パネルディスカッション コーディネーター:関西大学大阪都市遺産研究センター研究員 桜木 潤 パネラー:高橋隆博(センター研究員)と小出、永井、内田の各氏。豊臣期大坂図屏風というのは、豊臣期の大坂の姿を描いた絵で、近年になって、オーストリアのエッゲンベルク城の「インドの間」の壁に掛かっているのが発見されたもの。屏風は1扇ずつ16枚に切り離されて中国の絵に混じって飾られていた。関西大学ではその絵を写真に撮り、画像処理で屏風を復元したのだ。「豊臣期大坂図屏風」には、次のものが描かれていた。平等院、石清水八幡宮、天王山と宝積寺、大坂城天守、極楽橋、大坂城三の丸、淀川の水運、東横堀川、船場、四天王寺、住吉大社、堺の町など。この大坂図屏風から得られる知見は多いが、特に今回は、右上に描かれている住吉大社と住吉夏祭りの風景に焦点を当てて論じられた。現在とはやや違っている社殿の配置、祭の進路など当時の様子を知るうえで貴重な資料だそうだ。その他、大阪城の威容についてもよく描かれ、特に極楽橋が当時そのままの豪華さが描かれているのは、この屏風だけだということだ。画像は、パンフレット、豊臣期大坂図屏風(全体)、同(住吉大社と住吉夏祭)、反橋、講演会の模様、パネルディスカッションの模様。
2012.07.21
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今日は、雨が予想されたこともあり、外出は控え一日中家で過ごした。テレビを見たり、俳句を考えたり、資料を整理したりなどをし、午後は、図書館で借りた宮本輝の「螢川」の朗読CDを聴いた。また、今日は、正午に「1万人の第九合唱団」の発表があり、私は残念ながら外れた。昨年初めて申し込んで当ったので、男性は全員当るものだと思っていたが、外れる者もいるのだと知った。それにしても、外れる確率の方が低いと思うのだが・・・。今年は昨年より上手く歌えるようになりたいと思っていたのに残念。以下は、事務局からの不合格通知。 「この度は「サントリー1万人の第九」合唱団にご応募いただき、誠にありがとうございました。 今年は6月1日(金)から6月20日(水)の応募期間に、募集数を上回るお申し込みをいただきました。 厳正な抽選を行いましたところ、誠に残念ながら、今回はご参加いただけない結果となりました。 あしからずご了承下さい。 なお、このコンサートは毎年続けていく予定ですので、次回のお申し込みをお待ち申し上げております。」「螢川」は昭和53年の芥川賞受賞作品。これまで文学作品を朗読で読んだ(聴いた)ことはあまりなかったが、一度聴いてみたいと思い、取りあえず図書館で借りて来たもの。3枚組になっていて各1時間、計3時間で聴き終えた。聴き洩らしたところは繰り返し聴けるし、耳だけ集中していれば他のことをしながらでも聴けるので便利だ。いい作品だった。ただ最後のところが分かりにくかった。「そこには螢のあやなす妖光が人間の形で立っていた。」出版は横浜録音図書、朗読は松谷染佳という人だった。文章の朗読そのものは、流暢で聴き易かったが、大阪弁のセリフのところはギコチない感じだった。テレビドラマでも、大阪弁のアクセントがおかしい俳優がいるが、朗読でも方言をマスターするのは難しいのだろう。画像は、朗読には関係ないが、螢川の本、ビデオ、DVDなどのカバーと映画のカットを示す。いずれもウェブサイトより。
2012.07.20
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今日は、高大13日目。午前中は、磯部敦先生による白熱教室「宮沢賢治の詩」、午後はそれを踏まえ班別の話合い、放課後のクラブ活動は「マジック同好会」に参加した。磯部先生の教室は『宮沢賢治の詩 春と修羅』の中にある「永訣の朝」という56行の詩を鑑賞した。妹のトシの最後の願い「雨雪を取って来て」を叶えてやる場面を心情細やかに書いた詩だ。一行一行、「どうしてこういう言葉を用いたのか」と考えながら読み進んだ。磯部先生の講義はこれで終り。来週からは、宇留嶋先生の「エッセイの書き方」の講義が始まる。午後は、午前中の講義が白熱教室らしくなかったので、班別に深く意見を述べ合った。いろいろな意見が出て結構面白かった。意見交換のあと、班別に結果を発表し合った。マジック同好会では、前回の復習のあと、先生の「和妻」を見せてもらい、そのあとカードマジックを一つ教えてもらった。写真は、講義する磯部先生、詩を朗読するTさん、「春と修羅」、班別討議、同、班の代表による発表、マジックの復習、先生の和妻、カードマジック。
2012.07.19
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今日は、午前中は、句集の鑑賞文を書いたり、俳句を作ったりして過ごし、午後は、図書館へ行き、そのあと、梅田のデパートへ行った。夕食は「モクモク」という店入ってみた。天神祭が近づき、大阪天満宮の地元周辺では、日ごとに祭ムードが高まっている。OAPプラザと帝国ホテルロビーにも例年通り、天神祭を盛り上げる飾りや展示がなされ、お迎え人形やポスターが通行人の目を引いている。今日はそれを紹介する。写真は、お迎え人形(木津勘助)、ポスター、お迎え人形(八幡太郎義家)、天神祭解説パネル(江戸時代の浮世絵)、同(天神祭の構成)、パネルを見る人、天神祭写真展、同。お迎え人形は、元禄時代以降、船渡御の船のへさきに取り付けられるようになったもので、豪華な衣装を着せられた大きな人形である。最盛時は44体存在したが、現在は15体が存在するだけになっている。近年は船に取りつけられることはなくなったが、天神祭の期間中、大阪天満宮をはじめ市内のあちこちで展示されている。
2012.07.18
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今日は、午前中は、テレビで祇園祭の実況を見て過ごし、午後は、郵便局へ記念切手を買いに行った。祇園祭は、ここ数年、宵宮に行ったり、本祭の観覧席で見たりしていたが、今年はテレビで見た。33番目の山鉾として、大船鉾が復帰するのを前に今日は唐櫃だけが巡行していた。記念切手は、最近は発行回数も多くあまり人気がなく、発行後2~3か月なら中央郵便局で買えるため、2か月に一回くらいしか買いに行かない。今日買った切手の中でよかったのは、天神祭の切手である。天神祭の切手は、プレミアム切手(80円額面で10枚1200円)が発行されたことは3回あるが、通常の記念切手としては初めての発行である。6月15日の発売だから1か月以上前の物が、まだ売れ残っていた。図案の原画は、切り絵の久保修、これを郵便会社の玉木明がデザイン化したものだそうだ。ふるさとの祭シリーズは、過去に、仙台七夕祭、郡上おどり、深川八幡祭、高山祭、箱根大名行列、諏訪大社御柱祭、大曲の花火、博多どんたく、青森ねぶた祭などが発行されている。画像は、1シート10枚の中の8枚を抜き取って上下をつないだもの。
2012.07.17
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今日は、午前中は、句会資料に挿絵を入れたり、昨日録画しておいた「日曜美術館」を見たりして過ごし、午後は、大阪市中央体育館で開催された「さわやかサマーコンサート」を聴きに行った。場所は地下鉄朝潮橋下車徒歩3分のところ。開演30分前の13時30分に到着したが、すでに長い列ができていて、入場するのに20分くらいかかった。座席は中央より左の方だったが、前後では真中くらいのところに得られた。この会場は5000人くらい入れそうだが、今日の定員は2000人、ほぼ満席だった。東尾千登世の司会で、初めに大阪市立市岡中学校吹奏楽部の演奏、続いて、箕面自由学園高校チアリーディング部の演技、続いて、大阪府率淀川高校吹奏楽部の演奏があった。市岡中学の演奏はややぎこちない感じだったが、みんな一生懸命演奏していた。曲目は、リードの第二組曲よりI、情熱大陸コレクション、服部良一メドレー、勇気100%。自由学園高校のチアリーディングは素晴らしかった。いろいろな演技があり、それらをすべて見たのは初めてで、非常に迫力があった。小さい子が一番高いところで難しい技をするのだと聞き、よくこんな難しいことができるものだと感心した。高いところでの宙返りは怖いだろうと思う。淀川高校の吹奏楽は有名であちこちで何度か聴いたことがあるが、さすが貫録があり、素晴らしい演奏だった。曲目は、振興局「希望の空」、カーペンターズ・フォーエバー、アルメニアンダンス・パートI、故郷、ザ・ヒット・パレードなどであった。最後のアンコール曲は、チアリーダーたちも加わって、「明日がある」を会場とともに合唱した。楽しいコンサートだった。中央体育館のマスコット・マイマイも初めて見た。写真は、ポスター、市岡中吹奏楽部の演奏、中央体育館のマスコット・マイマイと司会の東尾、チアリーディングの演技、同、同、淀川高吹奏楽部の演奏、同指揮者丸谷明夫、アンコール曲の演奏。
2012.07.16
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今日は、午前中は淀川探鳥会に参加し、午後は、京都に行き、伊勢丹で開催されている「久保修の切り絵展」と竜谷ミュージアムで開催されている「佛教の来た道」を見た。どちらもいい展覧会だった。淀川探鳥会は、夏なのであまり鳥の種類は多くなく、今日見たのは下記12種類だけだった。カルガモ、カワウ、アオサギ、ダイサギ、コサギ、セッカ、ハクセキレイ、ヒヨドリ、ムクドリ、キジバト、スズメ、ハシボソガラス。河川敷のあちこちに水溜りができており、覗くと、ミジンコ、ゲンゴロウ、ガムシ、オタマジャクシ、マキガイなど多くの種類の生き物が見られた。写真は、探鳥会の様子。カルガモ、ハヤブサ、ハクセキレイ(幼鳥)、水溜りの観察、淀川、ハクセキレイを観察、コサギ、カワウとダイサギ、アオサギ(幼鳥)展覧会はどちらも、行ってみるまではこんなにいいとは思っていなかった。「久保修 切り絵の世界展」は、細かい切り口が見事で、全体としてたいへんきれいだった。特に京の町家の風景は素晴らしいものだった。作品は4つの種類に分けて展示されていた。1.日本を感じる旅 京都、奈良、長浜、姫路、大阪、神戸、東北各地、四国各地、日本海などの風景。2.食材を楽しむ 野菜や魚など3.京都散策 清水寺、上賀茂神社、下鴨神社ほか4.異国の旅 ニューヨーク、テキサス、スペイン、シルクロード各地郵便切手にも採用されているものが7種あるそうだ。(例:天神祭2種) 画像は、パンフレットおよびウェブサイトより。左:盛夏、右:夏の風物詩、街並の四季、老舗の春、和傘、牛車、皿そば、明石鯛、?、水路閣、金目鯛、風の盆、銀閣寺。竜谷ミュージアムへは初めて行ったが、仏教の伝来の歴史がよくわかり、石窟壁画の実物大のきれいな復元模型を見たのも感動的だった。展示は、次のように分かれていた。1.仏教の源流 仏伝浮彫、伝道の旅、涅槃、インドの佛教美術など18点。2.西域の仏教文化と多様な宗教 キリスト教の影響、ゾロアスター教の影響、トルファンの仏教、マニ教の教典、マニ教の広がりなど39点。3.中国への伝播 仏像など22点。4.西域の文字と言語 阿含、戒と律、般若経、法華経、維摩経、無量寿経、金光明経、涅槃経、阿弥陀経、世俗文書など72点。5.大谷探検隊と仏教伝播の道 マスターナ古墳、セラコージャ古墳、ルンビニー古墳、探検隊記録、関連品など60点。写真は、バンフレットより。左:収集品を摘んで砂漠を進む大谷探検隊、弥勒菩薩坐像、右:ソグド人墓扉、持盤菩薩像壁画、有翼天使像壁画、仏頭部、ウイグル語天地八陽神呪経、組み立暗箱式カメラ一式、弥勒仏立像、ベセクリク石窟復元模型。
2012.07.15
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今日は、午前中は、マジックの手順書をまとめたり、雑事をして過ごし、午後は、先ず「平野郷の夏祭り」を見に行き、帰りに谷六の近くにある「直木三十五記念館」を見学した。平野郷の夏祭りは13日夜が一番見ものだと聞いていたが、夜だし、雨も心配だったので、本宮のある今日にしたのだ。しかし、本宮も午前中に終ったらしく、杭全神社は人出はまばらだった。本殿に参拝だけはし、駅に引き返す途中、太鼓の音が聞こえたので、行ってみると、ふとん太鼓の山車だった。山車の屋根が布団5枚重ねたようになっていて、中では、4人の稚児が太鼓を叩いていた。こ丁度、全興寺のところで、一進一退を繰り返しているところだった。進むときは、「ヨイサーヨイサー」の掛け声、退くときは「モドセーモドセー」の掛け声だ。山車が前後に大きく揺さぶられ、太鼓打ちの稚児が落ちそうになる。やがて動きが止まり、中から稚児が出て父親の方に乗る。肩車に乗って寺の中の入っていった。今年は、野堂町南が宮入一番の年に当っていて、14日のふとん太鼓の山車を練るのだそうだ。夜まで町内を練り、夜、杭全神社に入るのだ。写真は、祭のポスター、杭全神社、ふとん太鼓、太鼓を打つ稚児たち、肩車に乗る稚児たち、直木三十五記念館、内部の展示品(映画、南国太平記、早稲田大の卒業写真・西条八十も同期)。直木賞にその名を残す直木三十五は、現在の谷町6丁目あたりで生れ中学までを過ごした。記念館は、その地の近くに5年前に創設されたもの。(地下鉄谷町6丁目4番出口を出て徒歩3分、少しわかりにくいが喫茶店「萌」の二階にある)記念館の中はそんなに広くはなく展示品も多くはないが、直木三十五という作家がどんな人生を送ったかということがよく分かった。今後の直木賞受賞作は読んでみようという気になった。
2012.07.14
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今日は、午前中は、資料の整理などを行い、午後は、大阪歴史博物館で開催されている特別展「ザ・タワー~都市と搭のものがたり~」を見に行った。意外に内容のある展覧会で、入場して出て来ると2時間半の時間が過ぎていた。展示物は細かいものも一点に数えていることもあり、目録では368点に及ぶ。展示は次の5つに分けられていた。0.プロローグ 二つの搭1.都市の搭の誕生前史2.近代都市の搭と万博3.新しい時代の搭4.エピローグ 搭が生まれるとき0.では、搭が出来た2つのルーツがあると説明。1つは天へ通じるもの(例:バベルの塔)として、2つは仏舎利を入れるもの(五重塔)として。薬師寺東塔伏鉢など17点を展示。1.では、登る搭のない都市・江戸、文明開化と富士山縦覧所(東京)などの資料31点を展示。富士山巡覧所は明治20年に浅草に作られた張りぼての富士山。2.では、エッフェル塔(52点)、凌雲閣(東京・99点)、通天閣(59点)などの資料210点を展示。凌雲閣は明治23年に作られた12階建の展望閣塔(53M)、通天閣は明治45年に作られた搭で75M。3.では、東京タワー(68点)、2代目通天閣(34点)などの資料102点が展示されていた。4.では、東京スカイツリーに関する資料5点が展示されていた。1/300の模型が圧巻だった。下部の断面は正三角形、頂部の断面は円であることを始めて知った。写真は、パンフレットおよびウェブサイトより。右:左上から、浅草寺五重塔修復の図、エッフェル塔のサーチライト、浅草公園陵雲閣之図、通天閣 鉄骨が作る摩天楼の構成、東京タワー、東京スカイツリー。
2012.07.13
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今日は、高大の12日目。午前中は、磯部敦先生の写生文の講義、午後は、只木良也氏の「大阪の森林と文化」に関する講演、その後クラブ活動でマジック同好会に参加した。磯部先生の講義は、今日が最後だったが、大変楽しく分かり易いものだった。前回の奥の細道の立石寺の中の句「閑かさや岩にしみいる蝉の声」に関連して、この蝉の種類は何かという質問に答えるため、蝉の鳴き声が聴けるi-Padを持参して聞かせてくれた。斉藤茂吉はアブラゼミと言ったが、小宮豊隆は現地調査をしてニイニイゼミだと結論づけたそうだ。なお、この付近の岩には風化穴があり、蝉の声が反射せずしみいるように聞こえるのだそうだ。時代は移り、明治期の写生文として、国木田独歩の「武蔵野」、正岡子規の「小園の記」「飯待つ間」ほか、夏目漱石の「吾輩は猫である」「道草」ほか、高濱虚子の「百八の鐘」などのさわりを読んだ。特に子規の文は簡潔で描写が的確であり、写生文のいい手本であることを教えられた。午後の、只木氏の話は、「大阪の森林と文化」という題名から、大阪の文化への関わりの話を期待していたが、世界の植生や日本の植生の説明に時間を取り、肝心の最後の部分は時間切れで殆ど真新しい話は聴くことができなかった。おまけに、狭い会場に300人が押し込まれ、冷房がまったく効かず、2時間の間、扇を使い通し、汗を拭きながらの受講で、高齢者には大変な苦行であった。実際気分の悪くなった人もいたようだ。講演は、時間切れで殆ど話をしないでおきながら、講演後、自著「森と人間の文化史」を販売していた。話が面白ければ買ってみようと言う気にもなるが、詰まらなければそういう気は起らない。床褒めの落語だけはまずまずだった。写真は、蝉の声を聞かせる磯部先生、講義中の磯部先生、講演中の只木氏、同。放課後は、マジック同好会に参加した。今日で4回目。リングマジック、カードマジックのプロ技を見せてもらったあと、カードマジックを2種類教えてもらった。また、仲間からは数字マジックを教えてもらった。(この種はすぐわかった)
2012.07.12
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今日は、午前中は、K病院へ診察に行き、午後は、春麗句会に参加した。句会の成績は上出来で、先生から5句すべてが選ばれうち2句が特選だった。先生の特選に選ばれたのは次の句。 ◎顔自慢力自慢のギャル神輿 (先生特選ほか4票) ◎蒲の穂の穂先はすべて天を指す (先生特選)先生の選に選ばれたのは次の句。 〇蒲の哺でぽんと頭を叩かるる (先生選ほか1票) 〇敷紙の絵柄愛で待つ夏料理 (先生選ほか1票) 〇窓を閉め忘れて寝冷をしてしまひ (先生選)先生の句で今日、多くの票を集めたのは次の句。 ◎蒲の哺の夕闇まとひやすくあり 立村霜衣先生 (4票) ◎蒲の穂の太さに水の濃く匂ふ 立村霜衣先生 (4票)今日は、写真を撮らなかったので、先日撮ったOAP「彫刻の小径」に設置された新しい彫刻を紹介する。彫刻は8基置かれ、上4基は久保健史作、下4基は塚脇淳作。題名は、上左から、神様の隙間と罠、山を纏った雲、トライフルの呪文と雲、むこうのここには。下左から、WAVE、ROCK、SQUARE、SLIT。
2012.07.11
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今日は、午前中は、映画「ほかいびと」を見に行き、午後は、昨日の句会のまとめを行った。「ほかいびと」は、副題に「伊那の井月 信州の北に一茶あり、南に井月あり」と付けられている。寿い人、祝い人と書き、訪れる家々を寿ぎ、死者への追悼句を捧げる人。一宿一飯のお礼に句をおいて行く。主人公の井上井月という俳人の名は今まで聞いたことはなかったが、江戸末期から明治の初めにかけて活躍した人だそうが。先日の俳句史研究会のときにこの映画を紹介され、早速今日、大阪九条の「シネ・ヌーヴォ」という映画館へ行ったのだ。小さな映画館で客席数は70席、入場者は私を入れて4人だった。俳人以外あまり興味を示さないのかも知れない。映画は井月の生きた伊那の自然や文化を織り込みながら、井月の放浪生活30年をドキュメント風に描いたフィクション。井月の詳しい伝記は残っていないが、残された俳句は伊那の家々で次々と発見されており、1800句にも上るそうだ。映画は、美しい伊那の自然を背景に数十句の俳句が紹介されていた。語り手は樹木希林、井月役は田中泯だった。遠山桜もきれいだった。紹介されていた俳句のうち4句を上げる。 ◎明日知らぬ身の楽しみや花に酒 強くはないが、酒が手放せなかった。 ◎遣るあてのない雛買ひぬ二日月 子供もいないのに雛人形を買い、細い月の下で眺めている。 ◎落栗の座を定むるや窪溜り 栗が落ちて窪みに落ち着くように、やっと井月にも定住の家ができた。 ◎何処やらに鶴の声聞く霞かな この句を書いて2時間後に亡くなった。明治20年3月10日。65歳。 画像は、パンフレットおよびウェブサイトより。
2012.07.10
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今日は句会の日、午前中は、資料・名簿のプリントを行ったあと、出句する5句の選定と最後の推敲を行った。句会の成績はまあまあで、2句が先生に選ばれ、2句が仲間から選ばれ、1句は誰からも選ばれなかった。先生に選ばれたのは次の句。 〇炎天を逃れる術もなく歩く (先生ほか3票) 〇山径に岩清水あり手を浸す (先生ほか2票)仲間から選ばれたのは、次の句。 〇夏料理先づ敷紙の絵柄愛で (1票) 〇朝涼の虚し新聞休刊日 (1票)誰からも選ばれなかったのは次の句。 ・斑猫に道教へられ礼を言ひ今日、先生の特選に選ばれたのは、次の句。 ◎炎天下行き交ふ顔の相似たり 昇一 (先生特選ほか3票) ◎寝てばかりなる犬とゐて梅雨籠 愛子 (先生特選ほか1票)今日、最高得票を得たのは次の句。 ◎おほかたは手よりこぼるる岩清水 昇一 (先生ほか6票)先生の句で今日一番人気だったのは、次の句。 ◎朝涼し開けたる窓を閉めまはる 塩川雄三先生 (2票)写真は、花の落ちた梯梧の木を背景に句会の様子。
2012.07.09
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今日は、関西ぱずる会宿泊例会の2日目。帰宅誤は、留守中に録画したテレビ番組を見て過ごした。朝食のあと、9時から会場の設営をし、寝過ごしている人を起し、例会はS氏の司会で9時20分から始った。初参加の2名の自己紹介のあと、N氏が会誌編集の感想などを述べたあと、参加者各自の発表があった。中でもI氏の発表は20分余を要し、数十点の珍しいパズルの回覧がなされた。その他、T氏の洗濯物ハンガーの収集、Y氏の自作パズルなど楽しいパズル、パズル関係本などがたくさん紹介されたあと、最後にパズルの頒布がなされ、正午前に散会となった。写真は、例会風景、バズルの一部。
2012.07.08
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今日は、午前中は、俳句を作ったり、資料の整理をしたりして過ごし、午後は、関西ぱずる会の宿泊例会に参加した。会場は堺市のあるホテルである。厳密な開始時間は決められず、ホテルのチェックインの15時から参加者が集まり始め、私が付いた15時15分ごろには6人ほど来ていた。その後も続々と集まり、17時ごろには参加者17人がほぼ揃った。会場に充てられたホテルの食堂はたちまちパズル陳列場と化した。それぞれお気に入りのバズルを手に遊ぶ。難しいパズルばかりだが、解けなくても楽しく、解ければさらに嬉しい。18時前になり夕食が運ばれて来たので、パズルは一時中断。約1時間後、再びパズルに戻った。こうして、パズル三昧の夕べは、睡魔と戦いながら過ぎて行き、早い人は11時頃自室に引き上げたが、遅い人は3時ごろまで会場に残っていたようだ。写真は、例会風景。夕食前、同、夕食、夕食後、同、同、バズルの一部、同、同。
2012.07.07
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今日は、プライベートのゴルフコンペに参加した。天気は雨を予想していたが、大して降らず蒸し暑さはあったが、日照りはなく、梅雨時期としてはいいゴルフ日和だった。しかし、私の成績は悪すぎた。殆ど練習をしていないからだろう。写真は、パッティング練習風景、スタートホールにて、ティーグランドからの眺め4景、パーティ風景、優勝者と会長、優勝者の喜びの弁。
2012.07.06
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今日は、高大11日目。午前中の講義は、奥の細道の「白河の関」と「立石寺」を読んだあと、国木田独歩の「武蔵野」の導入部を読んだ。午後は、班別の行動で我々の8班は、東大阪の「司馬遼太郎記念館」と「田辺聖子文学館」を見学した。磯部先生の古典の深読みにはいつも感服する。奥の細道についても、過去の歌や故事を踏まえた記述を適格に探り解読してくれる。原文の3行が和訳すると10行以上のなることもある。いつも講義のとき、現物を回覧されるのも現実感があって親しみ深い。今日は江戸時代の版木と江戸時代の刷り本を回覧された。秀吉直筆による源氏物語があることもびっくり。古文は今日で終り来週は現代文。班別の行動は今日が始めて。8班は先ず八戸ノ里の司馬遼太郎記念館を見学した。居宅と展示館とがあり、居宅には4万札、展示館には2万冊の蔵書があるそうだ。居宅では各部屋の天井までが本箱のなっているほか、廊下、階段の両側が本棚になっているそうだ。展示館では、地下から2階天井まで11メートルの吹き抜けで本棚が作られている。但し、展示室なので、司馬の著作は本の表紙が表を向くように並べられている。色紙展も開催されていて、30数枚の色紙や絵、文字が展示されていた。水彩画だが絵も描くとは知らなかった。映像室では「すべての著作は22歳の自分へのメッセージとして書いた」という映像を上映していた。遼太郎の「遼」の字は、パソコンでは出て来ないが、しんにゅうの点が二つであることを始めて知った。続いて、小阪駅前の松蔭女子大学の中にある「田辺聖子文学館」を見学した。同大学を卒業した彼女の業績を讃えるため母校の90周年を記念して2007年に開設されたものである。館内には、田辺聖子年譜、学生時代、文学少女、作家・田辺聖子、遊び心、万華鏡、文学の壁(著作約500点)の一覧、貴重本、ひろがる著作活動、書斎の復元、バー・カモカ、聖子とタカラヅカなど盛沢山の展示があった。二つの文学館を見学したあと、小阪駅前の喫茶店で感想を述べ合う会を持った。今日は有意義な午後を過ごすことが出来た。写真は、上:江戸時代の書物の板木、講義風景、奥の細道の刷本、中:司馬遼太郎記念館の花の供養碑、展示室の書斎、庭にて、下:田辺聖子文学館の案内板、内部の展示、書斎の復元。
2012.07.05
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今日は、午前中は雑事で過ごし、午後は、中之島図書館で開催されている展示会「大阪の都市遺産と住友ー中之島図書館と住友文庫をめぐって」を見に行った。大阪府立中之島図書館が明治期に住友家から寄贈されたことは知っていたが、この展示会を見て、大阪の発展のために住友家の果たした業績の大きさを改めて知った。中之島図書館は、江戸時代の大阪で銅吹所・貿易商として栄えた住友家の15代当主住友吉左衛門によって寄贈され、明治37年に開館した。15代は京都の公家・徳大寺家からの養子で、兄は西園寺公望。建物の寄贈だけでなく、住友家からの蔵書も多数寄贈された。その中に徳大寺家からもたらされた古書、古図もある。本展示会は、次のように分類されて展示されていた。1.中之島図書館を作った人びと2.徳大寺家および住友家の旧蔵書3.住友文庫の理化学書4.中之島図書館の建築と設計5.中之島近辺の景観変遷中之島図書館の開館に関して、これを精力的に推進した4人の人物の業績が取り上げられていた。住友吉左衛門についてはいうまでもないが、他に、初代館長となった今井貫一、ドイツの学術論文を収集した田丸節郎、図書館の設計をした野口孫一の面々の功績が大きい。今井は、蔵書収集、目録作成などをこなし、一般からの蔵書の寄贈を促した。田丸の収集した文献は戦前大いに利用されたが、まだ眠ったままの文献も多いそうだ。図書館が完成した明治37年には、市役所も中央公会堂もまだなく、中之島で一際目を引く壮大な建物だったようだ。画像はパンフレットより。右の人物は、住友吉左衛門、今井貫一、田丸節郎、野口孫一、中之島図書館正面図、断面図、写真(公会堂・図書館・市役所・日銀)、写真(図書館外観と閲覧室)。以下未完
2012.07.04
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今日は、午前中は家で資料の整理など雑事をしたり、俳句を作ったり、奥の細道を読んだりして過ごし、午後はわいわいパソコンの例会に参加した。例会では、特別なテーマは決めていなかったが、各自パソコンの疑問点などを述べあった。録音方法の復習、拡大鏡の使い方、SKYPEの使い方、エクセルの関数の使い方などが話題に上った。私は、1年少しで故障したNECパソコンの修理の顛末について話をした。なお、メンバーのパソコンは、東芝3、ソニー3、富士通3で、NECは誰も使っていない。写真は、上:例会風景、下:二次会の様子。
2012.07.03
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今日は、午前中はK病院へ診察に行き、午後は、吹田市メイシアターで開催された高大同窓会主催の教養講座「清盛とその時代」を聴きに行った。会場のメイシアター中ホール(420人収容)は、開演30分前の13時30分現在ですでに満員。講師の若井敏明先生(古代史研究家)が人気があるのと、大河ドラマ「平清盛」の分かりにくさのため、大勢の聴衆が押し掛けたようだ。先生の話は大変ユーモアがあって分かり易く、どろどろとした複雑な人間関係を、3種の家系図を使って説明された。3種の家系図とは、天皇家、平家、藤原摂関家である。昨日までのドラマのストーリがよく理解できた。次回以降についても聴きたかったが、ちょうど時間となったことと、ドラマのネタばらしはいけないということ、これからますます面白くなるという結びの言葉を以て今日の講演は終った。保元の乱、平治の乱がどうして起こったのかがよく分かり、来週からのドラマが分かりやすく見られるようになると思う。写真は、開演前の会場、講演タイトル、司会の前田さん、挨拶をする平山副理事長、講演する若井先生、同、同、閉会の挨拶をする梅本理事。
2012.07.02
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今日は、午前中はNHK俳句、日曜美術館などをテレビで見たほかは、図書館で借りた山下美典の句集「花彦」を読んだ。山下美典は昭和三年大阪府生れ、師系は高浜年尾、稲畑汀子らで昭和53年にホトトギス同人となる。父は俳句結社「河内野」の創始者・山下豊水。平成三年第四代目主宰に就任、現在に至る。本句集は、昭和六十二年に出された第一句集「海彦」以来氏の第7句集に当り、その間に、「里彦」、「森彦」、「河彦」、「城彦」、「風彦」がある。あとがきに、「句集「山彦」を出す時は私の作句が終る時です」と書かれている。「花彦」には、平成十八年から平成二十三年まで6年間の352句が収められている。句集に収められている句はよく洗練されていていい句ばかりである。二句一章の句は殆んどなく、素直に読んですぐ情景が浮かぶ一句一章の句が多い。難しい漢字や言葉を使わず、それでいて感動のある情景を表しているのは流石だ。しかし、季重なり、中八、下六などの句がかなりあり、季重ねを嫌い定型を重んじる「築港」同人としては気になるところだ。」句集を読みながら、これは素晴らしいと思う句に印をつけて行くと、百十二句にもなった。その中からさらに選び出すのは非常に難しかったが、最も心に響いた句を二十四句抽出した。先ずは三句。・絹の道果つる都に黄砂降る 過去には偉大なる文化を運んでくれた絹の道。今はその道の上空は黄砂の通り道となっている。・松手入済むまで庭師物言はず 仕事に熱中していて雑念が入ることを避けようとする職人気質をよく表している。・遠景は失せ近景は木の芽雨 遠景は灰色の空、中景はぼんやり見えていて、近景の木の芽雨は雨粒までがはっきり見える。その他に、平成十八年 ◎苗床の寸土余さず犇めく芽 ◎この店でなくてはならぬ草の餅 ◎踊子草背丈揃へて踊るなり ◎風車にもきらめく角度秋日和平成十九年 ◎春の風邪なれば少しは無理をして ◎風なくて落花に自由ありにけり ◎開拓碑荒るるがままに麦の秋平成二十年 ◎数の子の倖せを生む音はじけ ◎寒林の隙間だらけの景色かな ◎燕来て古巣を打診してをりぬ ◎石ころが登山者の供華遭難碑 平成二十一年 ◎川底に砂かがやきて水温む ◎闘牛の荒ぶる息を組み合はす ◎丹精さ菊の一片まで及ぶ平成二十二年 ◎殺気立つ程の賑はひ初戎 ◎扇風機年季の音を立ててをり ◎見るからに苦瓜といふ肌をして平成二十三年 ◎踏みつけて麦に試練を与へけり ◎水ぬるみ川は瀬音を優しくす ◎顔の翳深くしてゐる夏帽子 ◎提灯の多きが活気浦祭画像は、句集の表紙、扉、本文のページ、奥付。
2012.07.01
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