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今年一年を振り返ってみると、ホント早く過ぎたなぁと感じます。のほほんとノンビリしているせいもあるのでしょうが、時間を無駄に過ごしてしまっているかとも思ってしまいます。でも、このブログも何とか続けられているので、普段訪問してくださっている方々には本当に感謝します。楽天ブログ同士の方々とも交流が深まっていますし、それ以外の方々とも新たに交流する機会ができたり、特に文武英傑の仲間の方々と距離が縮まった感じですので、とても嬉しく思っています。それに、今年は趣味の香港映画の関係でもミーハー振りを更に発揮していたと思います。公開される香港関係の殆ど作品は友人のT君と観に行くのが暗黙の約束になっていますし、イベントや映画祭などにも何とかやり繰りして観に行ってしまいましたしね。その中でも一番だったのが、半月ほど前にサミュエル・ホイのコンサートを観に香港へ行って現地でオフ会が出来た事です。その会の中でもスペシャル企画だったリッキー・ホイとの会食は、嬉しさが今も続いている状態です。来年も様々な交流を大事にして過ごせたらと思っています。皆様、今年一年本当にありがとうございました。来年もまた宜しくお願いします。(K)
2007年12月31日

今回の香港の渡航はイベント三昧だったので、殆ど一般的な観光がないまま過ごしました。決して文句とかではないのですが、有料化されたピークタワーやビクトリア湾のクリスマスイルミネーションなど全く見ていないのです・・・その短い滞在期間中に外せないと思ったのが、昨年の秋に移設されたセントラル(中環)の新しいスターフェリー乗り場を見る事でした。最終日の朝に早くホテルを出て尖沙咀へ行って、スターフェリーに乗り中環へと向かいました。まだ移設されて一年しか経っていないせいもありますが、小ざっぱりしていてどうもイメージが違うと感じました。やはり、以前のような薄暗くて観光用の人力車があったりしていた光景でないと、ピンとこない感じがしました。また、旧埠頭やその隣の今夏に取り壊し反対運動のあった皇后碼頭が見事に解体されていて、再開発の工事の真っ最中だったのも何となくショックでありました。(K)
2007年12月29日

くれい響さんのブログで、12月からTVBで『阿Sa真人Show』という番組が始まった事を知りました。この番組は、Twinsのシャーリーン・チョイ(阿Sa)が様々な職業を体験するというものだそうで、今まで養豚場での飼育、保母さん、レストランのウエイターなどが放送されているようです。僕はTwinsの二人では阿Sa派なので、この番組を観てみたいと思いました。放送日時を調べてみたところ、毎週日曜日の20時半からだったので、つい先日の香港の滞在時に知っていれば観る事が出来たと思い、ちょっと悔しい気分になりました。(K)
2007年12月28日

電気用品安全法(PSE法)の改正が12月21日より施行されて、ようやく昨年春のPSE騒動が解決に向かいました。このPSE騒動とは、それまでの電気用品取締法から規制緩和の一環として2001年より施行された電気用品安全法という法律の、猶予期間の切れる寸前の2006年春に騒動になったものです。電気製品の検査が緩和され、それまで通産省で行なわれていた検査が製造メーカーや輸入業者による自主検査だけでよくなり、経産省の外郭機関がそれらを定期的に監査するという方法へと変わりました。そして、製品により猶予期間を定め、以後に製造や販売される電気製品はPSE法の検査をしたものでなければならないといったものでした。しかし、5年の猶予期間が切れる直前になって、ある問い合わせに対し経産省が中古電気製品にも適用されると言い出した事でリサイクル業者や中古のAV機器・音楽機器を扱う業者、それらを利用する消費者からの反対運動になりました。当時、経産省はあたかも旧法で検査したものの方が危険であるかのような発言をしたり、中古業者が製造者の扱いとなって機器の耐電検査を行なって売れば良いとか、個人間の売買とか差し押さえの公売では適用外だったりと矛盾だらけな法律でもあったため騒動が大きくなり、寸前になってビンテージ機器に該当するなら適用外にするとか、みなしレンタルでの形式ならば施行後も販売できるといったヤッツケの対策で、大幅な法律の見直しなどないまま5年の猶予期間のものが切れました。ですが、矛盾だらけのままでありましたので、以後も法律改正や省令での条文の追加などの要望が続き、今夏になって経産省が関係業者に対し謝罪し、改正の法案提出~改正法の施行という流れになりました。個人的には、生産終了してしまった古い規格の電気製品の売買が出来なくなる事で、古い規格の機器でないと対応できない事を無視し、過去の文化までもが影響してしまう事を全然理解していない事にかなり腹立たしく思いましたし、お役人のプライドの高さにも呆れてしまいました。今回の改正で取りあえず昨春以前の状態には戻っていますが、その時に廃業や解雇された人間がいたり、出回っていた製品も再び耐電検査をしなければならないといった事で振り回されてしまったりしていますから、この騒動での経産省の対応は謝罪していてもまだまだ許せません。まだプライドがあるようで、優良の中古業者の認定制度だとか電気製品に使用期限を設けるといったふざけた事を言い出してもいます。ITmedia News PSE法について経済産業省 電気安全法のページ(K)
2007年12月27日

サミュエル・ホイの新作アルバムの中に『藍天消失了』という曲があります。大気汚染の影響で澄んだ青い空が失われてしまったという内容の環境問題を訴えている曲です。確かに、ここしばらく中国の急速な発展の影響で、近隣の広東省の工場から排出される煤煙などで以前よりもモヤがかかっているとskytrainさんなどもブログに書かれていましたので、どれほどなのか気になっていました。 そして今回香港へ行ってみたところ、本当にこれは酷いと思うほどいつでもドンヨリしている状態でした。滞在している間に快晴な日が無かったですし先入観もあるのでしょうが、何となく黄色がかった感じでした。世の中の経済が発展すれば公害は反比例するものでしょうから、ある意味仕方ないのかもしれません。でも、京都議定書などでは中国やインドは対象外でありアメリカは途中で離脱したりと、日本ばかり割り食っているようなものだったりしていますから、大きな観点からもう一度本気で取り組まなければならないのでは?とも思いました。(K)
2007年12月25日

この連休は、それなりに充実した内容で過ごす事ができました。23日には、文武英傑の仲間であるteresa11さんとteresa11さんのお友達の計5人でカラオケパーティーとなりました。ちょっとしたプレゼント交換の企画などもあって、思っていた以上に楽しく過ごす事が出来ました。teresa11さんに勧められて広東語曲を連続して歌ったのですが、まだまだ先週に行った香港の想いも残っていたので、いい加減に頭を切り替えないとマズいかな?と思ってもしまいました。この一週間、うわの空状態でしたしね。24日には、香港みやげを渡す都合もあったので友人のT君と会い、散歩がてら『ラスト、コーション』の前売券を買ったりお茶する程度に出掛けました。銀座から新橋方面に歩きましたが、流石にクリスマスだけあって混雑が凄かったです。毎年思う事なのですが、今年も残り一週間切っているのに全然実感がない状態ですね。(K)
2007年12月24日

今日、神奈川県民ホールで開催している「覇王別姫藝術展」を見に行きました。レスリー・チャンのファンの共同体のRED MISSIONが主催で、昨年10月にも同じホールで生誕50周年のイベントが開催されてその時も見に行ったので、今回も行ってみました。 タイトルの通り、レスリーが出演してチェン・カイコーが監督をした『さらば、わが愛 覇王別姫』に関する展示イベントだったので映画の資料や衣装・小道具などが展示されていて、よくここまで揃えられたと感心してしまいました。そして、前日の夜にも会った哥哥toyomさんとももう一度会い、更にchangママさんやchangママさんのブログでの常連さんで僕のブログにも時々コメント頂いているミミさんともご挨拶できたので、改めて行って良かったと思いました。その後は、昨年と同じく近くの中華街まで散歩しました。先週末に香港に行った余韻がまだまだ残っているので、豚まんや油條などを食べてまた行きたい気分を高めました。(K)
2007年12月22日

今夜、哥哥toyomさんがレスリー・チャンのファンでつくる組織のRED MISSIONが主催の「覇王別姫藝術展」に参加されるため東京に来るとの事でお会いしました。ヨムさんとは昨年12月にもお会いしていましたから、ちょうど一年ぶりとなりました。他には、同じく楽天ブログの☆健さん☆と、ヨムさんの香港繋がりのお友達のユミさん、ヨムさんの元同僚のシオさんとナルさんの計6人となりました。まずは、食べ放題のお店へ行き、メインは香港の話で盛り上がりました。特に僕は、☆健さん☆とはお初でしたので、どんな方なのだろうかと想像していたのですが、思っていたより落ち着きのある方でしたので、僕の落ち着きのなさがちょっぴり恥ずかしいような思いでもありました。それに、ユミさんはショーン・ユーが好きとの事で、香港の芸能ネタのお話ができる方でホッとしました。その後は、ちょっとだけカラオケに行きここでも盛り上がったので、充実した集いになって良かったです。(K)
2007年12月21日

この数日、チャウ・シンチーに関する記事が幾つかありましたが、ちょっとツイていないように感じました。まずは、チャウ・シンチーがプロデュースをする20世紀フォックス製作の鳥山明が原作の漫画『ドラゴンボール』で、次々と配役が決まり、つい最近は亀仙人役でチョウ・ユンファが起用される運びになったと伝えられていました。しかし、チャウ・シンチーが推薦していたエディソン・チャンやキティ・チャンは選ばれなかったそうです。また、中華圏では来年の旧正月に公開される『長江七号(CJ7)』ですが、映画の内容が明らかになってチャウ・シンチーらが演じる父子のところへ宇宙からやって来た犬との愛情を描いたものとの事です。しかし、極秘の状態だった時に情報や写真がネット上に流出してしまったそうで、洩らした犯人がチャウ・シンチーの会社の社員であったため、その社員をクビにしたとの事です。確かに、タイトルだけで長々と内容が明かされていなかったのでみんなの期待が高まってしましたからねぇ。それに、今回は日本では同時公開ではなくて来年前半の公開予定となっているので、何とか早めに公開してくれるよう願っています。(K)
2007年12月20日

12月16日は、香港のオフ会のメインイベントのサミュエル・ホイのコンサート『許冠傑 香港大球場Live』を観に行きました。10月にチケットが発売された時、まだまだ渡航できるかが未定だったので4種類あった席のうち安めなものを買っていましたが、同行された多くの方がアリーナ席だったので、初めからケチらずに買えばよかったなぁなんて思いながら開演を待ちました。特にuesumiさんのいた場所がステージのすぐ近くで僕の席からでもハッキリ見えていたので、とても羨ましかったですね。最初の曲は、ドラムを敲きながら『最緊要好玩』で登場しました。3年ぶりに再び見る事が出来たので、登場した瞬間から嬉しさが込み上げてきて一緒に口ずさんでいました。その後、次々と曲が歌われていってライアンやスコットの2人の息子や、元BEYONDのポール・ウォン、ウィング・イップなどの他にリッキーもゲストとして出演し進行していきました。今回の曲目は、今まであまりコンサートで歌われたり様々なベスト盤のアルバムなどに収録されなかった曲や、英語曲をカバーしたものが目立った感じでした。ですが、要所では『鐵塔凌雲』などの有名な曲が出てきましたし、アンコールでのラストに『浪子心聲』を歌った時にはウルッと涙が出てきました。実際には違うようですが当初は今回のがラストコンサートになるとも言われていましたから、観ていた時には「もしかしたら・・・」と思っていたので、感極まってしまいました。そして、家有喜事さんやuesumiさんも言っていましたが、今回のライブのテーマや演出などは完全に香港人を相手にしたものであったという感じでした。ちょっとは、前回に『上を向いて歩こう』を歌ったように今回も日本語の曲を歌うかと期待をしていましたが、流石に無理でしたね。翌日には勿論、この記事が掲載された新聞を買いました。最初は蘋果日報だけ買えばいいかな?と思っていたのですが、重さに妥協してはいけないと思って太陽報と星島日報も追加で買ってしまいました。(K)
2007年12月18日

実は、この週末に香港へ行って来ました。12月16日にサミュエル・ホイのコンサートがあるとの事だった為、何とかして行かれないものかと思っていましたが、お世話になっている文武英傑の方々からもずっとお誘い頂いていましたので、僕の事を良く思ってくれているのも嬉しかったですし、何とかして実現させました。今回は、uesumiさん、きんこんさん、知恵蔵さん、helenさん、yauさん、アマゾンモリーさん、お仕事としても携わっていて大変お世話になった家有喜事さんの皆さんと現地で合流となりました。そして、今回の予定の中で大きなイベントだったのが、家有喜事さんの交渉によってリッキー・ホイ本人に会えるという事でした。昨年の夏、犀象さんとuesumiさんが一度お会いしていましたのでその時には指を咥えていました。それに、リッキーの大ファンである知恵蔵さんから渡航前に電話を貰い、「気絶しそうになったら助けて下さいね。」なんて言われた時には余裕なフリをして装っていたのでしたが、心の中はその時からかなりドキドキでした。そして当日の夜、約束の時間前に指定されていた茶餐廳へと2台のタクシーで向かったのですが、家有喜事さんよりも先に店の前に到着した我々の目の前にリッキー本人が歩いてきたので、あまりの登場の唐突さに驚きでした。店に入り席に着く時、知恵蔵さんが隣になるのは当然の事でしたがその反対側には僕が座ったので嬉しさが更にアップでした。そして、リッキーを囲んでのお食事会となりましたが、家有喜事さんの仰る通りなもの凄く気さくな方であったので、表向きには余裕だと見せつつ、舞い上がりながら喋りまくってしまいました。それに、結構長い時間の食事会となり、翌日のサムのコンサートにはリッキーも出演するのに、別れる時にずっと手を振ってくれた事にも、とても嬉しくなりました。終わった後に知恵蔵さんから聞いた話では、席上できんこんさんや僕にリッキーが「もっと食べろ」と振ったりして盛り上げていたのは、皆が嬉しくしている顔を見ているのが幸せなんだと言っていたそうなので、帰り途中にちょっと涙が出そうになりました。そして、今夜帰宅する途中にもきんこんさんからメールを貰って言われたのですが、今まで画面の中での存在だった方が一緒に食事してくれて盛り上がれたという事を改めて考えてみると、今になって信じられなくて涙が出てきたというので、確かに夢のような出来事だったと思い、落ち着いてから僕も泣いてしまいました。(K)
2007年12月17日

この前、LPレコードの中に入っているライナーノートを調べたくていろいろと取り出していた時に、1987年の12月に発売されたジャッキー・チェンの『無問題』というアルバムで、応募者全員のプレゼントだったソノシートが出てきたので、懐かしい気分になりました。これは、『無問題』のCDの中に応募券が入っていて、所定の方法で送ると応募者全員の名前が印刷された冊子と共に貰えるというものだったので、冊子の初めの方に名前を載せたくて急いで応募した覚えがあります。それに、ソノシート自体も懐かしさを感じました。ソノシートとは薄いビニールのレコード盤で、その昔は絵本や雑誌の付録として挟んであったりして、朗読や解説などが収録されているものとしてお馴染みな盤でもありました。それに、薄い盤であったので、丁寧に扱わないとすぐ傷が付いたり折れたりしてしまうものでもありました。当時、日本コロムビアから発売されていたてんとう虫の形をした簡易的なレコードプレーヤーなどもありました。ソノシートという名称は、当時レコード付きの絵本などで有名だった朝日ソノラマという会社の登録商標でしたので、一般的な名称としてはフォノシートなどと呼ばれていました。その朝日ソノラマも、アナログレコードの衰退でソノシート付きのものの出版物が無くなってからは細々と科学ものなどの書籍を出版していました。しかし、今年秋に会社が解散となってしまったので、何か寂しい感じがします。(K)
2007年12月14日

ここ何年かで、香港から来た観光客がかなり増えているように感じます。休日に渋谷や新宿、銀座などへ行けば必ずと言ってよい程広東語を耳にしますし、香港の旅行会社のラッピングがされている観光バスを見かける事も多くなってきました。近年になって、国土交通省がやっと外国人の観光客誘致に力を入れている事もあるでしょうし、香港はそれほどは反日の意識が高くないですが、交流が盛んになる事は喜ばしいと思っています。先日、ある店で店員さんに品物の在庫を確認してもらっている時に、そばから広東語が聞こえてきたので、香港から来た観光客かな?と思って、その方々に関心が向いていました。『~問題!』と聞こえたりしたので、何を喋っているのだろうかと気にかけていたのですが、その時に店員さんから呼ばれて、思わず『唔該!』と答えてしまいました。どうしようかと直ぐに頭をフル回転させましたが、咳をしてごまかす事しか思い付かず、会計が済んで売り場を離れるまで店員さんに目を合わす事が出来ないくらい恥ずかしい思いでした。(K)
2007年12月13日

ちょっと前に、哥哥toyomさんも紹介していた『性感都市 セックス&ビューティーズ』を借りてきて観てみました。お話は、精神科医のセリーナ(カリーナ・ラウ)は、母親の何度目かの結婚式の席で再会した元恋人のケン(ケニー・ビー)から、情緒不安定になっている娘のユキ(セシリア・チャン)の面倒を頼まれる。ユキはボディガードのゲン(アンディ・ホイ)に好意を持っていたが、ゲンはユキとの関係は仕事と割り切っていて冷たい態度であった。また、セリーナの友人で官能小説家のクワン(アテナ・チュウ)は、隣に引越してきた青年(エディソン・チャン)にちょっかいを出したり、ラジオ番組で共演しているDJ(ホイ・シウホン)が実はクワンの事が好きだったりして2股状態になる。セリーナもまた、患者となった本当は気の弱い黒社会のボス(レオン・カーファイ)から口説かれたりして・・・という感じで個々の恋の行方が進んでいきました。主役の女性それぞれの恋愛話なのでそう大きな展開はなかったですし、バリー・ウォンの作品の割には大人しめな感じがしました。でも、アンディ・ホイの一見クールにみえても結構おバカなところがあったり、レオン・カーファイの黒社会の部分は『エレクション』とのギャップがあったり、クスッとする部分があったのでまぁまぁ面白いかな?という印象でした。それに一番は、セシリア・チャンが前半では一本眉でお歯黒状態で出ているので、かつてのチャウ・シンチーの『食神』でカレン・モクがブサイクメイクで出ていたのを彷彿させる感じでもありました。(K)
2007年12月11日

家に帰ってきてネットをざっと見ていたら、浦川とめさんのブログで衝撃的な記事を見てビックリしました。Record Chinaに元記事が掲載されていますが、中国のメディアが8日の夜にサモ・ハン・キンポーが急死したと伝えたとの事でした。9日の香港のメディアは全く報じていない事や、弟弟子のユン・ワーやサモ・ハンの息子のティミー・ハンも否定しているとの事ですので、余程の事でない限りはガセネタでしょう。中華圏のメディアが報じる芸能ネタは、どうも憶測で記事を書いていたり、ウソと思われる事が多いように感じます。それも承知の上での芸能文化なのかもしれませんが、結構記事の中でも細かな間違いがありますからねぇ。それに、ジャッキー・チェンも1986年の頭骸骨骨折の大怪我の時、死亡説が出ていた覚えがあります。(K)
2007年12月09日

一昨日の芸能ニュースの中で、4日に新作映画『アイ・アム・レジェンド』のPRで来日したウィル・スミスが、記者会見の席上で映画の結末をバラしてしまうアクシデントがあり、映画関係者が当日取材をしていた取材陣に対して、口外しないよう依頼したというものがありました。確かに、多額の資金や多くの手間をかけて製作されていますし、この作品は日米で同時公開という事でもあるので、今の時代だとネット等でもすぐに広まってしまいますから、特にピリピリするのも理解できます。このニュースの記事を読んだ時、ふと思い出した事がありました。1991年2月に、ジャッキー・チェンが『プロジェクト・イーグル』のPRの為に来日し、いろいろな番組にゲスト出演していました。この頃、一作品の製作に長い時間をかけていたので、1989年に公開された『奇蹟/ミラクル』以来の久々の新作でもあった為、PRの来日としては一番長い滞在期間でした。 しかし、『笑っていいとも!』に出演して見どころを聞かれた際に、ジャッキーは映画の結末までペラペラと答えてしまって、通訳の辻村さんも淡々と訳していました。番組を観ていた時に「大丈夫なのか?」と思いました。ジャッキーは映画製作に一生懸命になってしまい、興行的な事ももっと考えるようにと当時の映画会社のゴールデンハーベストから釘を刺されていたとの事なので、この時もそういう事なのかと思いました。(K)
2007年12月07日

12月2日に、香港の地鐵(MTR)と九廣鐵路(KCR)が合併して新会社の港鐵(MTR)となりました。今年の半ばに合併が具体化した時には新会社名はどうなるのかと思っていましたが、結局はMTRの方に組み込まれる形での合併となりました。KCRの路線だった東鐵と西鐵はMTRの東鐵綫と西鐵綫となり、双方で離れていた旺角の駅は元KCRの方が旺角東と駅名変更となりました。今後は東鐵綫と西鐵綫が接続されたり、他にも路線拡大の計画があるので合併した方が合理化されるのでしょうが、KCRは歴史ある路線でもありましたので、その名称が無くなってしまった事はちょっと寂しくも感じます。(K)
2007年12月04日

今年の初夏に、ジャッキー・チェンが秋から撮影する次回作では日本でロケをすると言っていた『新宿事件』がありました。ジェット・リーと共演をした『功夫之王』がクランクアップした後に別作品の話が浮上していたので、お流れになってしまったのか後回しになったのかと思っていました。しかし、先月になってからいろいろと調べてみたら、既に撮影が開始されているそうです。ジャッキーのファンクラブにはエキストラ募集のお知らせが回ったそうですし、都内近郊や他県でも撮影をしているという情報もありました。1995年のG.Wに、『デッドヒート』のロケで仙台のサーキットで撮影をした際、事前に映画雑誌などで観客役のエキストラ募集の告知があったのですが、撮影の当日に人数が足りなくてカットごとに観客が移動して撮影をしたという話がありました。当時は、もうジャッキー人気も下火なのかと寂しくも思っていましたが、今はネットなどで詳細な情報が飛び交ってしまうので、事前に撮影場所などは知らせていないのだと思います。先月の中国映画祭でダニエル・ウーが舞台挨拶をしていましたが、滞在中にジャッキーなど出演者が日本のメディアに出てくれないかと、ちょっと期待しています。(K)
2007年12月02日

一ヶ月ほど前から幾つかのブログで事実は知っていたのですが、横浜中華街にある中華レコード店の發三電機商会が10月末で閉店してしまったという事だったので、この目で確かめたくて見に行きました。覚悟できていたとはいえ、実際にシャッターが閉じられたままの姿を見るとショックですね。僕が初めてこの店のお世話になったのは、23年前に担任の先生から中華街にレコード屋があるという話を聞いてサミュエル・ホイのLPが置いてあれば買いたいと思って来てみました。そして、『鬼馬雙星』のミュージックテープを買ったのが最初でした。LP一枚が3500円しましたから正直言って高かったですが、お金が貯まったらLPを買いに来るという事をコツコツと繰り返し、何とかサムのLPを集めていきました。80年代の後半には、發三~の近くにある華秦行という中華食材などを扱う店でも中華系のLPを売り始め、ここでは一枚2000円だったので、ジャッキー・チェンやアニタ・ムイのLPなどはこちらで買ったりと、買いたいもので使い分けていました。90年代に入ってからは華秦行では扱いを止めてしまいましたが、福岡にある西本商事の通販や西新宿にあった新星堂の一角でも中華系CDが入手できたので、だんだんと發三~利用する機会は減ってしまいました。でも、中華街に行く度に店を覗いてみるとノリユキ・パッド・モリタに似た店のオジさんが気さくに声をかけてくれたし、昨年には僕の事をちゃんと覚えていてくれた事も判明したので、もの凄く寂しい感がします。最後に發三~で買ったのは、4年近く前に発売されたサムの87年のコンサートのLDをDVDで復刻したセットでしたが、他店では入手困難だったので1万円もしましたが買えて良かった覚えもあります。今後、この店のあった市場通りを通るのが辛いですが、殆どのLPが揃えられた事は今でも感謝です。(K)
2007年12月01日
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