2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全6件 (6件中 1-6件目)
1
【2011年(辛卯) 8月23日(火曜日) 旧7月24日 庚戌 赤口 処暑】今日は二十四気の「処暑」。処暑とは立秋も二週間ほど過ぎ、暑さも極まる処という意味だ。さしもの猛暑もこの頃にはピークを過ぎ、朝夕には幽かに秋の気配を感じられるようになる。夕方になると虫の音に気付くのもこの頃だ。しかし、日本は少し前から北東の寒冷な高気圧と、南洋上の暖かく湿った高気圧のせめぎ合いで、やや南洋上の高気圧が押し負け、九州から東北地方にかけては前線の停滞による雨が降り、所によっては肌寒い日が二三日続いている。それも今日まで。関東地方では午後遅く辺りから再び暑くなるようだ。未だ体感上は処暑には早いかもしれない。さて、8月16日と17日の二回にわたって、恐竜の滅亡とヴィタミンD、そして紫外線の果たす役割について書いた。これには少し書き足りないところがあった気がするので、少し補強しておこうと思う。先ず恐竜の大多数は昼行性で開けた場所に生活していたと思われる。当時の食物連鎖の最高位にあった恐竜は敵から隠れる必要などなく、昼間の大地を堂々と闊歩していただろう。また、恐竜のあの大きな姿を思い起こせば、彼らが狭い洞窟に棲んでいたとは考えにくいし、鬱蒼とした森林の中に棲んでいたとも思えない。現在陸上最大の動物である象は、密林には棲んでいない。つまり恐竜たちは、昼間の開放的な環境の中で、燦々と降り注ぐ陽光を享受していた。そして、ヴィタミンDの産生を太陽光の紫外線に依存していたのだ。ところで紫外線はヴィタミンD3の生成に重要な役割を果たすのと同時に、体に害も為す。紫外線に過度に曝される事によって、皮膚がんを生じるのは良く知られている。紫外線が少ないとくる病や骨粗しょう症になり、多いと皮膚がんになる・・・。生き物はかように環境の微妙なバランスの下で生き延びているのである。余談だが、このことは地球の大気の酸素濃度についてもいえるそうだ。我々は殆ど酸欠で窒息寸前の状況で生きているようで、現在の酸素濃度(大気組成の約21%)を下回って18%程になると命に不調を来たす。それでは酸素は濃ければ良いのかといえば、酸素濃度が現在の21%を超過すると、山火事などが頻繁に起こるようになるのだそうだ。まことに命とは儚くも危ういバランスの上に育まれているものなのだ。さて、ヒトの場合、皮膚にメラニン色素を沈着させて紫外線(特にUV-B)の過度な被曝から体を防御している。日向を闊歩していた恐竜達も、同様に紫外線に対する防御機構を備えていたに違いない。これが、巨大隕石の落下による日照量、特に紫外線の減少に際して裏目に出た。つまり、この防御機構のせいで、弱まった或いは地上に届かなくなってしまった紫外線を受け取ること出来ず、結果としてくる病や骨粗しょう症を発症して、恐竜は滅亡に至ったのである。ヒトの場合でも、低緯度に発祥した黒人にはメラニン色素による紫外線防御機構が備わっているが、彼らが日照の少ない高緯度地域に移住すると、くる病に罹り易い事実は、米国のシカゴや英国のロンドンなどで報告されている。特に産業革命当時のロンドンではこれが顕著であった。逆も真なりで、アフリカ、インド亜大陸、オーストラリアなどの低緯度地域に移住した白人には、皮膚がんが多発している。さて、巨大隕石衝突後、同様の災難は恐竜だけでなく、同じようにヴィタミンD3の産生を紫外線に大きく頼っていた他の昼行性の動物にも起こっただろうと思われる。彼らも絶滅するか絶滅に瀕しただろう。大量死による種の絶滅にはそれほどの時間を要しない。その動物種の一世代かせいぜい二~三もあれば、種全体の絶滅が起こるには充分である。そうして、昼行性の先住動物達の栄華が終わると、彼らが占めていた生態上の位置が空白になり、その空白をそれまで夜行性だった動物が埋めていった。「隙間が出来ればすかさずそれを埋める」のは、生物の進化上・生存上のコモンルールである。こうして、それまで夜行性で「日陰者」であった動物達が、新たに昼間の世界に進出し、蔓延ることになったわけだ。その過程で彼らもヴィタミンDの産生を再び太陽光に依存するようになっていったのだ。現世の哺乳動物が夜行性動物を祖先としている事には、次のような傍証がある。殆どの脊椎動物の視細胞は四つのタイプの錐体細胞(光を感じる細胞)によって構成されており、比較的長波長の紫外線を「見る」事が出来る。しかし、現世哺乳動物には、長波長側と短波長の2タイプの錐体が失われてしまっている。これは彼らの祖先が長い間光の無い、或いは光の乏しい世界で生きていた名残であるというのだ。恐竜の直接の子孫といわれる鳥類には、立派に四タイプの視錐体細胞が揃っており、鷹などは紫外線を獲物のハンティングに利用している。哺乳動物のうち、ヒトと「旧世界ザル」は、長波長側の視錐体細胞を復活させたが、短波長側のそれは相変わらず欠いたままである。だから我々にとって紫外線は相変わらず紫「外」線のままだ。我々のご先祖様はこうして低紫外線イベントを乗り切った。その後、日陰と夜の世界から、がら空きになった昼間の世界におずおずと出てきて、今や我が物顔で蔓延っているのである。
2011.08.23
コメント(0)
【2011年(辛卯) 8月21日(日曜日) 旧7月22日 戊申 仏滅】以前この稿でも何度か紹介したり引用したりしたが、私には「ブログ友達」の釈迦楽先生という方がいらっしゃる。いやいや友達などとはおこがましい。むしろ「畏友」と申し上げるのが相応しいだろう。釈迦楽先生は東京のご出身で、現在は中京地区の国立大学で現代米国文学(?だと思うけれど)の教授をなさっている。「釈迦楽」というのは無論ブログネームの筈だが、彼のブログは洒脱な文章でグルメから車、そして日本武道と広汎に及び、時にご専門の領域や昨今の大学制度に関して鋭い批評もなさる。この釈迦楽先生のブログに、7月17日以来変調が起きた。釈迦楽先生が慕う「S先生」という方が7月10日にお亡くなりになった。そのS先生を追慕する文章の掲載が7月17日から始まったのだ。「釈迦楽ブログ」は、気が向いたときにしかアップしない私のブログなどとは大違いで、確実に毎日アップされる。それがこの日から8月19日の最終回に至るまで、延々32回にわたって入魂のS先生追悼の詞に費やされたのだ。私はいわゆる理科系人間で、釈迦楽先生やS先生のご専門の文学には全くの門外漢である。文学の分野での研究者が具体的に何をどうなさっているのかも詳しくは知らない。しかし、釈迦楽先生の追悼文を通じて、分野が異なっても真摯な研究者の姿勢というものは共通するものであること、そして真摯な研究者というものは自ずと良き人を知己として或いは後進として得るものであることを改めて感じさせられた。釈迦楽先生は追悼文を締め括るに当たって、S先生のことを評して「巨木のような人」と云っておられる。釈迦楽先生は、S先生のことを「確かに、S先生は私の傍らにすっくと立った巨木のような人でありました。度重なる嵐に大枝はもぎ取られ、山火事に腸を焼かれ、芯のところには黒こげの大きな空洞が出来ていたけれど、そうした幾多の艱難にも折れることなく立ち続けた巨木。たとえそれが「倒れる力」さえ失っていたからだとしても、最期の最期まで天の一点を凝視して不動の体勢をとり続けた巨木。先生は強く、大きい人でした。」と描写していらっしゃる。私が最近読んだ本(笹本稜平の「未踏峰」)にも、奇しくも「ブナの古木のような人」が出てきた。学問の世界に限らず、商売や政治、更には日常の世俗の世界であっても、こういう人と身近に接することができるのは、つくづく幸せだと思う。巨木のような人、古木のような人、古武士のようなひと、・・・表現は色々あるだろうが、私にもこういう人が居てくれればと思うが、それは私が気づかないだけで、実は既に何人か私を支えてくれている、そういう方が居らっしゃるのだろうとも思う。釈迦楽先生のブログのお蔭で、S先生という方は私の記憶にも残る人になった。それと同時に、S先生の生き方や、釈迦楽先生とS先生の交流のあり方を通して、私自身これからに向けて触発されるところが大いにあった。私独りの感動と印象にしておくのは如何にも勿体無いので、興味をお抱きになった方には是非にと、ここで紹介させていただくことにする。
2011.08.21
コメント(0)

【2011年(辛卯) 8月18日(木曜日) 旧7月19日 乙巳 先勝】私と同郷の友人でもある佐藤一治さんが、「下町ロケット」を読んで感動したとフェイスブックに寄稿されていた。「下町ロケット」は池井戸潤の小説で、今年の直木賞を受賞している。7月14日、パリ祭の日に受賞が発表になった後、私も読みたくなって書店に行ったのだが、見つからなかった。少し前に大手町の丸善で青っぽい表紙の単行本が平積みされているのを見た記憶が有って、その時は買わなかったが、受賞のニュースに接したときも「あんなに有ったのだからいつでも買えるだろう」と思っていた。ところが無い。きっと小さな書店だから無いのに違いないと、丸善の本店はもとより、ジュンク堂本店や、紀伊国屋、リブロに行っても無い。書店の端末で検索すると、どこも「在庫切れ」だ。直木賞の候補にノミネートされた時点で、ちょっと目端の利く出版社なら増刷くらいしておくだろうに、と思ったのだが、これは私ではどうにもならない。都心を外れた所の本屋にならひょっとして有るかもしれないと、用事で出かけた先の中野坂上の本屋とか、瑞江の本屋までも覗いたのだが、形も見えない。池井戸潤の他の著作も無い。こうなったら増刷が間に合うまで待つしかないな、そう思って、別の本を買うべく顧問先の事務所最寄の二子玉川駅の中にある小さな本屋を覗いたら、何事も無いような様子でこの本が10冊ほども並んでいて気が抜けてしまった。直木賞受賞後二週間ほど経った8月初めの頃のことだ。今ではジュンク堂にも普通に並んでいる。「下町ロケット」は、国産ロケット打ち上げ事業に技術者として参加してた主人公が、打ち上げに失敗し、失意の下で町工場を継ぐ。そこで苦労しながら最終的に自前の部品を搭載したロケットを打ち上げる話だ。話の中には、中小・零細企業に宿縁の資金繰りの苦労話、銀行のいじわる、巨大企業との軋轢などが絡み、従業員とのあれこれや親子問題までが「てんこ盛り」の形で詰まっている。それでも最後は技術者の夢と誇りが実現され、町工場礼賛の大団円となる。読了感は爽やかで、この点が直木賞受賞の大きな理由になったらしい。あぁ、今の日本ではこういう、何となく勇気付けられる本が歓迎されるのだな。私も読み終わってそう感じた。出版社もそこまでは見通せなかったのだろう。だから増刷など考えなかった。この本、一体どれほど売れたのだろう。定価は1,700円だから、著者に入る印税が一冊170円とすれば・・・。人の懐の計算をしてもしょうがないが、池井戸さんは私や佐藤さんと同じ岐阜県出身だそうだから、同郷の人間としては、まことにご同慶の至りではある。以前に、大阪のやはり町工場地帯のおっちゃんたちが、自前の技術を凝らした人工衛星を作って、どこかのロケット(日本のだったか?)で打ち上げようとしているという話を聞いた事がある。あれは、結局実現したのだろうか?柳の下の泥鰌ではないが、その顛末を小説に仕立ててみようとしている人は居るのだろうか?きっとどこかに居るに違いないか、少なくとも考えるくらいはなさった人がいるだろうと思う。さて、「下町ロケット」を求めて方々の本屋を空しく徘徊している間に、笹本稜平の「還るべき場所」という本に出会った。この話はロケットではなく登山の話だ。主人公がカラコルム山脈のK2に挑戦中、ザイルで結ばれた生涯の伴侶と決めた女性を無くす。彼はそれが自分のせいだと思い苦しみ続ける。その気持ちに、改めての山行きによって決着をつけようとする。登場人物のそれぞれが、登山を通じて自らの魂の有り処を求めていくという話だ。K2は標高8,611メートル、世界第二の高峰であるが、世界の最高峰であるエヴェレストより登山の難易度は遥かに高いそうだ。既に未踏峰ではないが、まだまだ未踏のルートが多くあり、山好きの人たちを魅了し続けている。私も山は好きだ。しかし、麓付近の温泉にでも浸かりながらその姿を愛でる程度で、苦労しながら頂上を目指そうという気持ちはさらさら無い。しかし、この本の中で描写される山々はあくまでも美しく崇高である。厳寒の中、低酸素の中での登山の苦労も身につまされる。厳しくも美しい自然との対峙には感動を覚える。しかし、それでもやはり自分で登ろうとは思わない。読了して読後感を引きずりつつ、ジュンク堂の書棚を見ていたら、同じ笹本さんの「春を背負って」という本を見つけた。これはK2から一転して奥秩父の山が舞台だ。山中の、春から秋にかけてしか営業していない山小屋を舞台とした、ほのぼのした「山岳小説」である。色々な人間模様がオムニバス形式で語られ、人情物語の側面もある。この本も心地よく読了した。私は活字中毒で乱読の気味があり、今も探偵小説とエネルギー関連の本、それに「生物学的文明論」などといった本を三冊持ち運びながら気分に応じて読み分けている。「作り物」、つまり小説は、以前は海外ものばかりで、日本の作家の本は殆どといっていいほど読まなかった。しかし、最近は邦人作家の本の方が肌合いが良い。歳と共に軟弱になったせいかもしれない。「下町ロケット」と「還るべき場所」、そして「春を背負って」は、この夏の暑気払いにも、何となく沈んでいる周りの雰囲気を払って元気な気分を取り戻すのにもお勧めである。
2011.08.18
コメント(0)

【2011年(辛卯) 8月17日(水曜日) 旧7月18日 甲辰 赤口】(前稿からの続き)世界中の地層を調べると、今を去ること6,550万年前の位置に「K-T境界層」という、薄く黒っぽい層が見つかる。これは白亜紀(およそ1億5,550万年前から続く「中生代」と呼ばれる時代)と第三紀(およそ6,550万年前に始まる「新生代」の最初の時代)の境目にある。黒っぽいのは今話題の「レアメタル」の一つでイリジウムという物質が多く含まれているせいだ。イリジウムは火山の噴火などで地上に噴き上げられる場合もあるが、「K-T境界層」と呼ばれるほど、全世界的に多量に分布するのは、大きな隕石が地球に衝突したせいだと考えられている。この隕石衝突の痕跡は南北アメリカの境界付近、メキシコのユカタン半島に見つかっており、「チクシュルーブ・クレーター」と名づけられている。クレーターの直径は約170キロメートル。ちょっとした町ほどの大きさの隕石(というより小惑星というのが相応しい)か、或いは彗星が衝突して出来たクレーターで、衝突時のエネルギーはTNT火薬に換算すると、100テラトン(1テラトンは1メガトンの100万倍)にも及ぶ。この大衝突によって空中に噴き上げられた粉塵は、地球全体を覆い、地球の気候は急速に寒冷化した。それによって三畳紀以来、約2億年程もの永きにわたって栄華を極めた恐竜達は一挙に絶滅し、我々の祖先である哺乳類の時代になったのだと言われている。これは、突然の恐竜絶滅の原因としてはほぼ定説とされているが、具体的な原因までは明らかにされていないのが実情だ。寒いから死んだ、と言うだけでは余りに曖昧だし、寒冷地の動物は、体温放散を防ぐために大型化する事が知られている。恐竜の大きなものは体重40トンにも及び、これ位大型になると、体重に対する体表面積の比率は小さくなり、体熱の保温上は有利になる。それに恐竜は温血動物だったという説もある。寒冷化には体の小さな動物のほうが不利なのだ。落ちてきた小惑星の破片に当たって死んだというのも、恐竜全般を絶滅させる理由としては納得しにくい。ここでちょっと面白い説が登場する。「恐竜はヴィタミンD欠乏症で絶滅した可能性がある!」ヴィタミンDは、ほとんどの脊椎動物では、皮膚で光化学的に生成される。具体的には太陽光中の紫外線、それも波長300nm(ナノメートル)付近のUV-B線により生成される。ヴィタミンDは、D2(Ergocalciferol:エルゴカルシフェロール)とD3(Cholecalciferol:コレカルシフェロール)の2種類に分けられる。(昔はD1というのもあるとされたが、これは誤解だったことが分かり、今はD1は無い。)D2は主に植物中に、D3は動物の体内に多く含まれる。脊椎動物の皮膚中で大量に産生される、7-デヒドロコレステロールという物質にUV-B紫外線が当たると、ヴィタミンD3、つまりコレカルシフェロールが生成されるわけだ。動物の皮膚は、内側から「真皮」、そして「表皮」という2層から構成される。真皮は殆ど結合組織によって占められている。ヒトの場合、表皮は厚さ0.2mm程度の薄い層だが、これは更に5層構造になっていて、内側から順に、基底層、有棘層、顆粒膜層、顆粒層、角質層と呼ばれる。(左の図を参照)この5層の中でも基底層(左図の赤い層)と有棘層(同オレンジ色の層)で、UV-B紫外線の光化学作用によって、コレカルシフェロール(D3)が最も多く生成されるのだ。ヴィタミンD3は、カルシウムやリンの吸収を促し、骨にカルシウムを沈着させるという重要な働きを持っている。従ってヴィタミンDが不足すると、主に骨に関連する障害が生じることになる。つまりヴィタミンD3の欠乏は、具体的に、くる病、骨軟化症、骨粗しょう症などの原因になる。くる病は以前は「せむし」などと呼ばれていた。ヴィタミンD3の欠乏は更に、高血圧、結核、癌、歯周病、末梢動脈疾患、自己免疫疾患などに罹る可能性を高くするともされている。「光はヴィタミンDである。」ともいえるのだ。恐竜達は、小惑星衝突による直接被害を何とか乗り切れたものたちも、その後長期化した日照不足、特に紫外線の不足によって、くる病や骨粗しょう症などに罹患し、その結果滅亡したのである!?同じ爬虫類でも、恐竜に比較して小さく弱い存在である蛇やトカゲなどはどうして絶滅しなかったのか?ヤモリなどの夜行性爬虫類では体内でヴィタミンD3を合成できることが分かっているが、蛇やトカゲがそういう能力を持っているかどうか、寡聞にして私は知らない。それでも、小さいが故に生き延びられたということがあるに違いない。当時、恐竜の全盛の中で肩身の狭い思いをしていた「日陰者」の哺乳類は、毛皮が皮膚への紫外線の到達を妨げている。しかし彼らは、毛皮に皮脂を分泌し、毛繕いによって経口的にヴィタミンD3を摂取することで、日照不足、紫外線不足の時代を凌いだと考えられる。恐竜絶滅を生き抜いた哺乳類の子孫である我々人間は、随分以前に毛皮を失っている。だから、週に少なくとも2回、5分間から30分間程度日光浴をする必要がある。それによって、体や骨が必要とする量のヴィタミンD3を合成することが出来る。ヴィタミンD3は食品には余り含まれていないが、魚類には比較的多く含まれる。だから、日焼けなどを極端に忌避する人たちは、せいぜい一生懸命魚を召し上がるようお勧めしたい。今の季節、特に女性には極端に日照を避ける人たちが多い。理由は紫外線だ。紫外線は日焼けやシミ、クスミの原因とされ、まるで天敵であるかのように疎まれる。私は、基礎化粧品の会社の顧問もしているが、こういう風潮にどうも不満足であった。生命の歴史を紐解けば、紫外線は生命の誕生の際に重要な役割を担っていた。それに上に書いたように、我々の骨を作り、それを健全に保つために大きく貢献してもいる。適度に紫外線を浴びるのは、却って我々にとって大事なことでもあるのだ。さもないと、恐竜同様の目にあうかも知れない。(この場合、先ずは女性から絶滅していくのだろうか?)
2011.08.17
コメント(0)
【2011年(辛卯) 8月16日(火曜日) 旧7月17日 癸卯 大安】かなり前のこと、突然辺りの空気が大きく揺れた。地面の奥深いところで、ドロドロと底なりが続いた。その内、空が妙な具合に赤っぽく暗くなって、灰が降ってきた。黒っぽい灰だ。そんなことが始まってもう随分になるが、未だ続いて、止む様子がない。それより以前に、この近くの山が火を噴いた事があった。その時も足元が揺れて、灰が降ってきた。その時降った灰はもっと白っぽい色をしていた。白っぽい灰が空一面を覆い、時々その中で稲光がきらめいて、足元の地面もゆらゆら揺れて落ち着かず、随分気味の悪い思いをした。今度のは稲光も無かったし、足元も揺れなかった。揺れはしないが、いつも地面がふわふわと頼りない感じがしている。それに、背骨の中心からぞくぞくするような感じがいつまでもしている。私だけでなく、周りの仲間も同じ感じがしているようで、あれ以来皆落ち着かない様子だ。今日ももうとっくに空は明るくなっている筈なのに、相変らず暗く赤い空のままで、ちっとも陽が射してこない。そうして静かに黒い灰が降り積んでいる。暫く前から体がふらふらして心もとない。背骨が、体のあちこちを勝手に動き回っているような感じがする。どっしりと支えになってくれる筈の足元が何となく覚束ない。かつては何でもなかった地面の凸凹が妙に気になる。昨日仲間が小さな窪みに足を取られて、そのまま足が曲がってしまい、今も横倒しになったままだ。私ももし転んだら、そのまま起き上がれなくのではないかと不安だ。歯のすわりも悪くなったようで、時々歯茎から出血もする。周りにいる若い連中も変な姿勢の者が目に付く。肩の辺りが落ち込んで、首を持ち上げるのが億劫そうだ。中には地面に崩れ落ちたままの連中が見えるが、その数が段々増えているようだ。最近、小さな連中がちょこまか動き回る影がやたら目につく。おぞましいことに、連中の体には等しく毛が生えている。こいつら、以前には我々が少しでも近づくと、せこせこと物陰に隠れてしまうような連中で、歯牙にかける程のもの達でも無かったのが、このところ急にのさばりだしてきた。この間など、その連中が大挙して我々の棲みかに入り込み、あろうことか大切な卵をむさぼり食べていた。私も仲間も怒り心頭であったが、如何せん以前のように素早く動けないため、追い払うこともままならない。連中は我々のこんな体たらくを既に見通しているようで、どんどん図々しくなってきている。我々もいよいよ落ち目になってきたのか。しかし、一体どうしてこんな事になってしまったのか。黒い灰に混じって雪まで降り始めたようだ。・・・かくして、恐竜は滅びていった。(この稿続く)
2011.08.16
コメント(0)

【2011年(辛卯) 8月14日(日曜日) 旧7月15日 辛丑 先負】毎日猛烈な暑さが続いている。何年か前から暑くなると熱中症に気をつけろと言われるようになった。(昔は日射病といっていた。)それで「こまめに水を採りましょう」と、私の住む町では防災放送というので、折に触れては拡声器放送をしてくれている。私の部屋では夏でもクーラーを稼動させていないので、防災放送で促されるまでもなく水を飲んでいる。水を飲んでは汗をかいている。汗は乾く間もあるどころか、どんどん出てくる。汗が出るのは体温調節機能がちゃんと働いているということだから、「生きている」とは実感できるが、決して快適どころではないのは当たり前だ。しかし、人間は本来恒温動物であるのが、技術を進歩させ、莫大なエネルギーを費やして、今や「恒環境動物」になり、暑いといえば涼しくし、寒いといえば暖めて、その結果環境問題やエネルギー問題を抱え込んでしまっている。神経を使う作業や人と会ったりする時以外は、別に高邁な決意があるわけではないけれど、私としては半分意地になって汗をかいているようなところがある。それにしても水は偉大だと思う。何より人間を含む生き物の全てが、水でできている。人間ならば体重の62%が水だ。生まれたての赤ん坊の頃は、全体重の80%程が水だそうだ。海や川の水の中に棲んでいる魚の場合は概ね82%、今周辺でしきりと婚姻の唄を競っている蝉だって、あんなにスカスカに見えて全体重の約61%が水なのだ。クラゲにいたっては95%が水だが、まぁこれは無理なく想像できるな。植物の場合も似たようなもので、草の場合は80数パーセントが水、樹木の場合も半分以上が水で出来ている。全ての動物を根底で養っているのは植物だが、根によって吸収された水は植物の体の成分として貯め置かれると共に、蒸散によってどんどん空気中に放出される。水が蒸散していくことで葉を冷やし、又植物体内で水に関して負圧が生じ、これがポンプの働きになって根から何十メートルの高さの梢にまで水を供給することが出来る。吸い上げた水の九割以上がこの蒸散によって空中に失われるそうだ。残りの一割未満の水を使って光合成が行われる。光合成は太陽エネルギーを使って二酸化炭素と水からデンプンを合成するプロセスだ。この植物本体や合成されたデンプンを動物が食べる。その動物を又肉食動物が食べて生きている。こうしてみると我々生き物は、膨大な量の水のお蔭で生きているのだということが良く分かる。例えば日本人の主食である米の場合、一キログラムの米を生産するのに約3.6トンもの水が必要だそうだ。つまり、米の生産には3,600倍の水が必要だと言うことだ。他の穀類でもほぼ同様で、小麦やトウモロコシでは約2,000倍、大豆では2,500倍の水が必要になる。もう少し感覚的に分かり易くすると、普通のお茶碗に一杯のご飯には、家庭の浴槽(約200リットル)2.5杯分の水が費やされているということになる。ご飯を一膳お代わりすると、その背後には浴槽2杯分の水が背後霊のように控えているということだ。ところで日本の食糧自給率は四割程度でしかない。トウモロコシも小麦も大豆も、殆どが海外からの輸入に頼っている。これはつまり、我々がちゃんと食事を戴くためには、生産国の水を非常に大量に消費しなければならないということである。もし、そういった国々の水事情が悪化したらどうなるか?もし、そこの水が汚染されたらどうなるか?・・・そう考えると、環境問題は世界レベル、地球レベルで考えないとダメなんだということが、非常に身につまされる実感として感じられる。もっといえば、食料の外国依存は国際問題、更には戦争の危機を孕んでいるとすらいえる。我々が喜んで戴いている牛も豚も、そして鶏も、牧草や穀物など植物を飼料として育てられる。上にも書いたように、草や穀物が生産されるためには、それの千倍ほどもの水が必要だ。その結果を動物が食べる。一般に動物(人間も例外ではありません)では食べたものの10%程度しか「身」にならない。残りの90%は排泄されて、別の生き物(植物や細菌など)の食料になる。それは食物の大連鎖という点ではちゃんと意味あることなのだが、そうなると人間や肉食動物が肉を食べるということは非常な無駄をしていることになる。エネルギーコスト的には、野菜や穀物を直接食べる方がはるかに理にかなっている。世の中のヴェジタリアンが、そこまで考えているとすれば、彼らは中々の慧眼の持ち主だと認めざるを得ない。(でも私は、肉はやはり美味しいのだが。ライオンも恐らく同意見だと思う。)つまりは、「生きとしいけるものは水である。」そう言い切ってもいいくらいなのだ。地球が誕生して10億年ほども経った頃、寄り集まった岩石などが概ね落ち着いて、中に含まれていた水が蒸発し、雲になり、「地球規模」の大豪雨をもたらして、その結果海が出来た。水には色々特異な性質があるが、その一つが地球の大部分の環境では、「色々な物を溶かし込む液体で存在する」ということだ。溶かし込まれた物は、お互いに化学反応を起こし易い(つまり相互に衝突し易い)距離にある。水が気体(つまり水蒸気)としてしか存在できないと、これらの物はお互いに離れすぎていて、中々反応しない。一方で水が固体(つまり氷)だと、今度はこれらの物が自由に動けないから、お互いにぶつかるチャンスは小さくなってしまう。水は水素原子が二つ酸素原子にくっついた分子だ。つまりH2O(エイチツーオー)である。水の分子量は18である。一般に分子量18程度の化合物だと、沸点は-80℃程度になる。そうなると水は我々の生きている環境では気体でしか存在できないことになる。しかし、実際には水は100℃で沸騰して液体から気体(水蒸気)になる。つまり我々が暮らす世界では、水は普通液体なのだ。これは水の「水素結合」という性質に由来する。幸いなことに水が液体で存在しているから、中に溶かし込まれた様々なものは、ぶつかり合って色々な化合物が出来る。これに当時海中にまで降り注いでいた紫外線の作用などもあって、やがて生き物の基本構造である有機物が合成された。色々な分子はぶつかり合って、相手を得れば徒党を組みたがる性質がある。その内自発的にそういった塊を「膜」で囲い込んでしまって、原始生物が登場したのだ。我々の体もはるか昔のこの名残を留めている。つまりは細胞だ。細胞は膜で包み込まれた海に他ならない。その小さな海の中で、一定の反応が間違いなく行われるように、膜が「外側」から守っているのである。我々が「生きている水の塊」であるのは、こういう由来なのだ。細胞の中で活発な反応が行われるためには、細胞内の水が豊かでなければならない。人間の場合は、受胎してから出産まで、そしてその後は赤ん坊から子供へと成長する時期は、様々な反応が活発に起こっている。だから、上に書いたように生まれたばかりの赤ん坊では、全体重の八割程度が水なのだ。青年になって成長が鈍り、やがて大人になって成長段階を終える頃になると、水の含有率は徐々に減ってくる。これはつまり、活発な反応が収まり、それまでのように細胞が水を必要としなくなるからだ。この際体の外側、つまり表皮の方から段々「乾いて」くる。この辺りを何とかしようと色々工夫しているのが、私が顧問をしている会社を始めとする、「基礎美容」とか「素肌美容」といわれる分野なのだ。さて、水にはもう一つ、我々生き物にとって重要な特徴がある。それは、固体になるとき体積が増えるということだ。よく知られているように水が凍る(液体から固体になる)時には、体積が11%ほど増える。つまり1キログラム(つまり1リットル)の水より、1キログラムの氷のほうが「大きい」。この性質のお蔭で氷は水に浮かぶのである。若し、水が凍ったときに体積が小さくなるのであれば、氷は水に沈む。つまり寒冷地の海では(或いは地球が冷えた時期には)底の方から凍ってしまい、海底近くに住んでいた生き物(海では今でも底棲生物の方が圧倒的に多い)は死んでしまったに違いない。そして、やがて海が全面凍結すれば、生き物が棲める世界は無くなってしまう。しかし、氷が水に浮かぶ性質があるために、地球の海が完全に凍結してしまうことはなく、氷河期でも或いは「全球凍結」の時代でも、海の底深くではちゃんと液体の水が存在でき、生き物は生命を繋ぐことが出来た。その結果、末裔としての我々が存在できているのだ。こうして見ると、水にこういう特徴があったこと、そして地球が太陽からちょうど良い距離にあって、非常に長い時間の間、全地球平均気温18℃程度という、水が凍りもせず、気体にもなってしまわない状態にあったことは、まことに稀少で貴重なことだといえる。我々(人間だけではありません)が、稀有な幸運の賜物であると共に、水はそれほどに「エライ」のだ。
2011.08.14
コメント(1)
全6件 (6件中 1-6件目)
1