2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全16件 (16件中 1-16件目)
1
学生のころ、いつも私は自分探しをしていた。通訳になりたい!と周囲に言ってはいたものの、自分で起業したいとか、手に職をつけたいとか、つまりは目の前に広がる選択肢を選べずに、「何かないかなー」と毎日迷いながら生きていた。自分に向いている職業は?自分の情熱をかけられることって?毎日、自問自答していた。恥ずかしいことに、そのときの私は、恋愛以上に、夢中になれるものがなかった。勉強したくて選んだ大学なのに、勉強が面白いとも思えなくなっていた。心のそこでは、こんな自分嫌だな、素敵じゃないなって思っていた。私にとって当時の彼は魅力的な人で、彼に追いつきたい、もっと精神的に強くなりたいと思い、彼氏の真似をしてバックパックを背負って、一人、夏休みを丸々使って旅に出ることにした。私は、ドイツ文学を専攻していたので、旅の合間にドイツで語学学校に3週間入学することに決めた。そこでは、たった一人のアジア人だったので正直言って周囲の人たちから浮いている感じだったり、文法はクラスで一番できるのに、会話がまったく駄目だとか、変な差別にあったりと、自分の弱点を知ることができて、とても濃密な時間をすごすことができた。短い間だったけど、集中して会話のトレーニングができたおかげでドイツ語運用能力が飛躍的に伸びた。そして、私はこんな女性になりたいと思える人物に出会った。彼女は70歳にして私のクラスメイトだった。フィンランド出身で、元教師だった人だ。日本では考えられない光景だった。20代と70代が同じクラスでともに勉強しているなんて!「勉強がすきなのよ」「ずっと学び続けたい」私は、思った。こんな女性になりたい、と。そして今、あのときから約10年の月日を経て、学び続けたい、働き続けたいと思っている女性たちを応援する側(あまり役に立っていないけど)に立つチャンスを協会から与えてもらっている。会社で(簡単な)通訳をやっているよりも、翻訳をしているよりもずっとずっと充実感がある。思い描いた10年後の私とは、かなり違っているけれども、私は今、幸せだ。(子供が保育園に入って、だんな様とともに独立して働き出したらもっともっと思い描いた自分に近づき、より一層幸せを感じるだろう、と確信している)
2006.11.27
コメント(2)
こんにちは Sahoです。私の子供のうちのひとりは口に障害を持って生まれましたから、言葉の発音が不明瞭です。治療の一環として、身体障害者リハビリセンターに言語訓練に通うことになりました。初診の日。まず耳鼻科に行きました。身体障害者リハビリセンターですから、来ている人はみんな障害者です。長い待ち時間の間、私の子は、同じように待っている4歳ぐらいの子と遊び始めました。耳がほとんど聞こえない子でした。私は何も言いませんでしたから、うちの子はどんどん話しかけます。すると、そばにいたお母さんが手話で通訳してたくさんおしゃべりをしてくれました。話す言葉とほとんど変わらないペースで手話をしているその姿は、頼もしくもあり、美しくもありました。お母さんは健常者でしたから、多分お子さんが生まれて、耳に障害があることがわかってから、手話を勉強したのでしょう。きっと彼女も子供の障害を知って、泣いて、泣いて、子供を抱きしめて、歩き出したひとりでしょう。お互い子育てがんばりましょうね、と言葉を交わして分かれました。私はいつも、思いもかけない壁にあたると、苦労なんてしなければすむなら、しない方がいいと思っていたのですが、困難のなかにあっても、懸命に生きている姿こそが、壮絶なまでに美しく見えたりするのだなと思った出来事でした。
2006.11.26
コメント(0)
小児科医の冬小児科のお医者さんは、冬はとても忙しい。かぜやぜんそくの子供たちが大勢押し寄せてくるからだ。それに比べて、夏はさっぱり。「どうしてこんなに来ないのだろう?」とくびをかしげたくなるほどという。夏は少なく、冬は多い。来院しても、ほとんどが急性疾患で2,3日で回復したりする。そんな疾患数の不安定さは、小児科経営を難しくしている。小児科医の苦労は、診察の手間にもある。子供は満足に言葉が話せないので、診察のなかから症状を判断しなければならない。レントゲンを撮ろうにも動いてしまう。血管は細く、注射や点滴も一苦労。検査は最小限にしなければならない。薬を使う量は少なく、診療報酬は安い。こうした諸々の事情から、「小児科は大変」「小児をやると赤字」というのはお決まりらしい。採算がとれないことから、私立の病院は、どんどん小児を切り捨てていく傾向にある。小児科に進む新人医師の数も減っている。日本小児科学会が、大学病院と研修指定病院929施設を調べた結果、今年4月に小児科医になったのは502人。02,03年の2年間の平均と比べて15.4%減った。秋田県と富山県では今年は0人、東京は、03年に比べて73人減の89人だった。同学会では、減少の理由について、「04年に始まった新臨床研修制度を通じて、小児科の厳しさを知って避けた結果ではないか」と推測している。医師が減る一方で小児救急の需要は高い。親は、子供のちょっとした変化でも大慌てで受診させる。大半は入院の必要のない軽症患者だ。それをさばきつつ、重症患者にも対応していく能力も小児科医には求められる。悩ましい課題の多い小児医療だが、私立病院の小児離れが進むなか、公立病院への期待が膨らむことだけは言えそうだ。この文章は、ある新聞のコラムの全文です。小児科医と小児医療の現状を端的に表していると思います。
2006.11.25
コメント(1)
私が初めて出産した時の感動を今夜は思い出していた。なぜかというと姪っ子が間もなく生後6ヶ月になるのだが、その子の写真や動画がDVDで送られてきて、我が家の子供たちと一緒に観たからだ。 赤ちゃんって文句なしにかわいい。私も初めての赤ちゃんを産んだ時私の宝物という気がしていた。もちろん子育ての大変な苦労はあったが・・・。でもだんだん子供が大きく成長してくると、赤ちゃんの時のようにいつも穏やかな気持ちで接するわけにもいかず、子供に反抗されたりするとすっかり宝物ということを忘れて叱っている。 最近は、主人が厳しくしつけている分、自分は抑えるようにしている。そして、学校の勉強やお稽古事で頑張っている分、家庭ではなるべく楽しい気分で過ごせる様にと考えながら私自身もいろいろなことを工夫しようと考えるようになった。きっかけは、最近長女が楽しそうにしている顔を見る回数が前よりも減ったことに気づいたから。 結婚して初めて、私自身も仕事をするようになり、家事や子育てとの両立に悩むことが増えた。そのうち病院の経営を父から夫に任されるようになれば、子育て中の女性が働く環境をもっと良くしたいと考えている。自分の所から、お母さん達が、子育てを犠牲にしない働き方を広めていくのが目標。 今はとりあえず、私の宝物を大切に育てていきたい。
2006.11.23
コメント(0)

出身は茨城の私に、こちら福岡に来てから沢山の友達が出来ました。言いたい事の言える、相談できる良い友達ばかりです。その中の一人。お舅、お姑さんと一緒に生活をしながら、お二方に頼る事無く家事、育児を頑張り地域の保護者(特にお母さん)の応援をしたいと、子育てサークルを立ち上げその上、子育て情報の発信地になればと、もう一回り地域を広げて子育てネットワークを立ち上げた友達がいます。ほぼ同年だい。すごいです。私は「金魚のふん」のように付いて行っています。私の「その5発覚」数ヶ月後に、彼女も妊娠している事が分かりました。二人で、「おめでとう~。年にまけず頑張ろ~!」と話していました。先週、「病院へ行って来るね。」と言うメールをもらって、そのご連絡が途絶えてしまい心配の連日。別の友人を通して、「残念な結果になった」と分かりました。辛いです。悲しいです。実は、もう一人欲しいの。と話していました。きっと、彼女のご家族みんなが喜んでいたと思います。我が家は、、、「全く、考えていなかった」妊娠。自分の親から「その4」を妊娠の時に「まだ産むの?もう、良いじゃん」なんて言われていた様な有様。そんな中、この友達に元気づけられて、毎日待ち遠しくbaby無事誕生を祈っています。今は、どんな名前をつけようか、夫婦で思考中です。だから、余計辛くって。みんなに望まれていたのに、こんな結果になってしまって。で、結構いい加減に生きている私が、臨月を迎えようとしている、、、、今は、「静かに待とう」と思っています。今の私には、それしか出来ませんので。
2006.11.23
コメント(0)

こんにちは。Sahoです。クリスマスも近づいてきましたので、久しぶりに子供と作るお菓子を紹介しましょう。クッキーで作るクリスマスリースです。ぜひクリスマスに向けてお子さんと一緒に作ってみてくださいね♪プレーン<材料>バター 60g砂糖 70g卵 1個アーモンドプードル 60g小麦粉 180g抹茶<材料>バター 60g砂糖 75g卵 1個アーモンドプードル 60g 抹茶 大さじ2小麦粉 抹茶と合わせて180g<作り方>-作り方はプレーンも抹茶も同じです-1.ボウルに室温で戻したバターをやわらかく練り、砂糖を加えて白っぽくなるまですり混ぜる。卵を加えて混ぜ、アーモンドプードルも加えてよく混ぜ合わせる。2.小麦粉と抹茶を合わせて1にふるい入れ、粉っぽさがなくなってしっとりするまで混ぜる。ラップに包んで平らにし、冷蔵庫で一時間ほど休ませる。3.冷蔵庫から取り出した生地を、好きなように形を作る。あまり厚くなるとなかなか火が通らないので注意。4.オーブンは170度に予熱しておき、クッキーをいれて15分から20分焼く。アイシングは、半カップの粉砂糖に小さじ1程度の卵白を加えて作ります♪抹茶のリースクッキーと飾りのクッキーを焼いて、あとからアイシングでくっつけます。キャンディーなども一緒につけるとカラフルな感じになります。
2006.11.19
コメント(2)

みんながまだお布団にはいっている頃、一人起きてラジオのスイッチを入れました。昨日、福岡県内で中学生が2人自殺をしたそうで、、、毎日毎日どこかで自分の命を絶っている子供達がいるのかと思うと辛いです。悲しいです。朝10時前後から、小学校、中学校の先生から電話をいただきました。「子供さんに、最近変わった所や、学校での事で何かありましたでしょうか?」と言う内容でした。普段の生活の中で、取り立てて変わった事はなく、兄弟でふざけてじゃれあって、エスカレートして、この鬼母に怒られて、、、そんな毎日ですが、心の中までは全て覗く事は出来ません。学校へ行ってすべてを観察する事も出来ません。子供は、子供の世界があって当然と思っています。家庭での子供と、学校で 友達同士の中での子供と違って当たり前だと思っています。その差が、あまりにも激しすぎると何か問題があるとは、思いますけど。小さくたって、それなりに考えているんですよね。些細な事でも、小さいなりに「こうしたら良い」って、考えて行動していると思うのです。全く別の人間の考えですから、親(私)の考えと違って当然。たまに、「分けわかんないよ~」って思うのも、当たり前と思います。(でも、その時には、そう思えないんだなあ、、)わからないもの同士がいるから、わかり合おうとして努力するそれが大事じゃないのかなと思うのです。我が家のその1(中2)が、いじめで自殺するなら、いじめたやつをボコボコにしてからする!!と力説していました。本当にそうしてほしいです。ボコボコにし終わった我が子は、きっと息も上がって、髪も振り乱したまま、いつもと違う状態で誰が見てもきっと「変だ」と分かり、親でなくてもきっと何かしか声をかけてくれるであろうと、、、自分で、命を絶つ前に誰かが異変に気がついて止めてくれるであろうと、、以前、夫に「子供が死にたいと言ったとき、どうやって止めていいか分からない」と話をした時に一度自殺を考えてしまうと、脳の中が病気のようになってしまうと、夫から聞きました。とにかく、何でも良いから理由をつけて止めるどんな理由でも良いから、先延ばしにして行ってカウンセリングに行くなり、病院に行くなり、次の手だてを考える、、、みたいな事を話していました。自分が、「死にたい」と思った時、どうしましたか?私は、死にたいと思いながら、死ねない自分が情けなくて なおさら死にたくなりました。でもあるとき、「0(零、無)があるから1が存在する」と言う理屈を見つけて私みたいな「0」がいるから、あんた達みたいな「1」が存在するんだ。生きる意味ある人が生きていてもいいし、生きる意味のない私が生きていても良いしみたいなへ理屈にたどり着いて、まだまだこうして図太く生きています。生きる と言う事について悩む事はとても大事な事と思います。悩んで、どんな答えを出すかで、また人生が変わって行く事と思います。大切な事は、回りの人たちが、「あなたが生きているだけで、私は嬉しいのよ」と、言葉で、仕草で、行動で表して行く事なのかなと、今は思っております。
2006.11.18
コメント(3)
昨日はある県立高校で、主人が講演を行った。演題は「10代の予期せぬ妊娠と性病(エイズを含む)予防について」。私はこの講演会に興味を持ったし、自分の夫がどのような講演を行っているのかも知りたかったので、思いつきで、私も病院の職員なのだし、VTR記録係として一緒に行けないかと、嫌がる主人に頼み込んで、高校側から許可を受けてもらった。 事前に高校の保健体育の先生から、今の生徒達には性交渉の経験があることを前提に1歩進んだことを話すように言われていたのだが、私が高校生の頃は両親にも部活の顧問の先生にも1対1の男女交際は絶対禁止と言われていた。ある時一人の男子と映画を観に行くと母に伝えると、もし行くのなら高校を辞めなさいという意味のことを言われ、映画を諦めたことを思い出す。 講演の内容は、主に10代で妊娠、出産するとどういう問題が生じるのか、人工妊娠中絶とはどういうものなのか、どうすれば悲しい結果を招かずに済むのか、性病(エイズを含む)のこわさと予防法について、今まで主人が実際に出会ってきた患者さんの話も織り交ぜられながら語られたので、教科書を読むだけの話よりは生徒達の心に残ったのではないかと一緒に聴きながら感じた。 私は両親のお陰で、不幸な目に遭わずに生きてこられたが、私もこういう講演を聴きたかったと思った。親となった私は自分の子供に性交渉がないことを前提に話しておきたいところだが、もしいつか経験する時に正しい知識があるのとないのとでは大きく人生を変えるほどの差が出てくることだと思う。性については、話すタイミングや教え方が難しいが、子供がまだ小さくても教えられることはある。 今回の講演を聴いたことによって、まだまだ早いとは言ってられないなと思った。小学生の長女には、まず人を本当に愛するということはどういうことなのかということから教えていきたい。
2006.11.16
コメント(0)
こんにちは。Sahoです。みなさんは、子どもが大きくなって使わなくなったおもちゃはどうしていますか?お菓子やペットボトルに付いてきたおまけや、イベントでいただいたけど、使わないであろう新品のおもちゃは?私は数年前から、使わなくなったおもちゃは、児童館に寄付することにしています。ぬいぐるみや、おままごとの道具など、たくさん同じ物があって場所をとる場合にも、本当にお気に入りの物以外は寄付しています。私の住んでいるところの近くにある児童館は、2,3年前館長さんが変わって、こんな張り紙を出すようになりました。「この物あまりの時代、家で使わなくなったおもちゃを児童館に寄付してもらえませんか?」財政緊縮の時代、地方の児童館も、資金のやりくりには苦労しているのでしょう。そうしたら、本当にたくさんのおもちゃが集まったのです。オセロや人生ゲームなどのボードゲーム、着せ替え人形、バランスゲームなどなど。子どもたちは大喜びです。私たち母親もとてもうれしく思いました。子どもを外で気軽に遊ばせられない危険な時代、児童館が充実して喜んで子どもたちが遊んでくれれば、これほど安心できる遊び場所はありません。そんなことがあって、私は前よりももっと児童館に協力することにしました。使わなくなったおもちゃはきれいにして寄付。ペットボトルのおまけなどは、袋から出さずに集めておいて、夏祭りや新年の備後大会の景品に。スタッフのみなさんもとてもよろこんで下さいます。いつも子どもたちがお世話になっている児童館。こんな風にして恩返しができればと思います。みなさんも近くの行政施設に問い合わせてみるといいかもしれません。
2006.11.12
コメント(1)
嬉しかったことーその2-先日、東京都の役人や公務員の方が主に購読している新聞社の記者から連絡頂き取材をうけました。テーマは北多摩北部医療圏(西東京、小平、清瀬、東村山そして東久留米市)における都立清瀬小児病院の統合閉鎖に際しての地域への影響についてでした。その記者の方は医療については畑ちがいのようで当初は基本的な知識が無く、インタビューを受けてもこの地域の切羽詰った小児救急の現状は解ってもらえないのではと感じました。根気強くこの地域での清瀬小児病院の役割、小児救急と小児医療の特殊性、地域医師会の取り組み、小児科医の少なさと役割、今後この地域医師会として小児救急医療で目指していること、そして現在抱えている問題点につき約三時間にわたり説明しました。説明の経過中に記者の方より中立的な立場での質問が多くありこの記者は偏った立場でないこと、小児医療を理解しようとしていることが伝わってきました。以前、全国紙のY新聞から小児救急診療について取材を受けたことがあります。担当記者は医療行政にも明るく取材もスムーズでしたが記事としては現状を伝えるのには不十分な印象のものでした。どの様な記事になるのか不安でしたが、11月7日に取材に関連した新聞が発刊されました。第3面の紙面の約四分の一のスペースにこの地域の小児救急の実情が正確に記事となっていて小児科医の活動を後押ししてくれているような文面でした。小児救急について興味を持っていない市民が半数以上かもしれません。でも説明する努力をおしまなければ理解者が増えてくれることを実感しました。何事にも地道な努力を続けることは重要ですね!小児医療への理解者が一人加わり嬉しく感じました。
2006.11.11
コメント(0)
数ヶ月前に乳がん早期発見の為、マンモグラフィ検査を受けた。40歳以上だと役所からお知らせがあり、安い料金で受けられるらしいが、それより前に自費で受けてみた。乳房を縦と横それぞれの方向から2枚の板状の機械の間に挟んでから圧迫して検査するのだが、もし癌があればかなり早い段階で、見つけることが出来るそうだ。ただ30歳代だとまだ乳腺が発達している為、毎年エコー検査と交互に受けた方がいいらしい。 その検査後なんということか、精密検査を受けるようにと郵便でお知らせが届き、紹介状も同封されていた。結局のところ2次検査では、異常なしと認められたのだが、検査までの数日間は自分が癌だったらどうしようかととても不安で、真剣に子供たちのことを心配した。 以前通っていた幼稚園に、乳がんで母親を失った姉妹がいた。年齢には関係ないもので、自分はまだまだなんて油断できないと感じていた。 今回1次検査にひっかっかたことで、普段の生活をいろいろな方向から見直すきっかけを与えられたことに感謝したいと思う。そして多くのパパ、ママさん達にも若くて子供達が小さい時だからこそ、体を大切にまた健康診断も積極的に受けられることを願う。
2006.11.09
コメント(1)
今月15日校医である高校で性とエイズについて講演することになった。世界では年間1億7千万件の妊娠があり、年間4千万件の人工妊娠中絶がありそのうち7万人が死亡し、10万人が術後後遺症(感染、不妊など)にかかっているそうだ。(その多くが開発途上国で医療事故にあっている)こういう実情を知って子供たちが、お母さんに「産んでくれてありがとう」と素直に言えるともっと幸せになれるだろうにと思う。生きていてこそ何かを成し遂げることが出来るはずなのだから、昨今の命を絶った子供たちのあるべきはずの未来を考えると、なんともいえない気分になる。今は本当に子供たちが夢をもてない社会なのだろうか?生きてる!と実感できないのだろうか?僕は学生時代学習塾を立ち上げたとき、最初の収入が入るまで1日500円の食費生活が1週間ほどあった。あの時の食べたいものを見て唾を飲み込んだ1週間は今でも忘れられない経験だ。幸せは自分から感じ取っていかなくては得られないものだということを今度の講演で子供たちに伝えようと思っている。そして「性」だけでなく「生」を伝えようと思っている。EBSが主催しているハッピークリスマス・プロジェクトを見れば、世界中にはほんの少しの援助で、子供たちが生きていくことができ夢を持つことが出来るかがわかる。僕はまず校医という立場で、身近な子供たちに「生」を伝えようと思う。同時に、僕のささやかな応援を世界中に届けてもらえるようにハッピークリスマス・プロジェクトに参加したいと思う。
2006.11.07
コメント(0)
こんにちは。Sahoです。私は家でお菓子教室をひらいているんですけど、そのお菓子教室と提携してくださっているプリザーブドフラワーの先生が個展を開いたので、行ってきました♪こういう「教室ひらいている人」同士のつながりって結構あって、誰かが個展ひらくときには、ビラを配ったり、差し入れしたり、客足の遠のくさみしい時間帯に合わせて顔を出すようにしたり。いろいろ協力し合うのです。今回も、朝ちょっと顔を出したとき、アンケートを書くときに、なんかつまめるお菓子があるといいかな~と思ったので、すぐにクッキーをつくって持っていきました。喜んでもらえてこちらもうれしかった♪こういうつながりがあること自体、幸せなことだなとしみじみ思うのです。ギブ・アンド・テイクっていう言葉があるでしょう?よく使う言葉だけど、「これ、最初に『ギブ』がくるんだよね」ってどこかの本で読んで、目からウロコが落ちる気がした。お世話になったから、何かしてあげる、というのは、人間として自然に出てくる感情だと思うんだけど、お世話になっていない人に、最初になにかしてあげることが大切なんだよね。もちろん、いつも見返りを期待して行動する訳じゃないけどね。
2006.11.05
コメント(2)
先日、その4が保育園に通うようになった事を記事にしました。第2日目には、芋掘りがあって、お芋を5、6個持って帰り、どんな風にお芋を引っ張ったのか実演までしてくれて「可愛いな~」と、この鬼母を和ませてくれたのでした。4日(土)、午後から夫が焚き火をしだして(この時期恒例なんですが)その4が持ち帰ったお芋を使って「焼き芋」を作り、スイートポテトパイを作る事にしました。今回のパイクラストが、最高の出来で「う~ん、満足!」とうなりつつ、焚き火で作った焼き芋も、とても美味しく「きょうのおやつばっちし!!」と思っている所へ、その4が帰ってきました。通園4日目にして、お葬式に参列するお手紙を持って。えっっっっ!と、我が目を疑いました。同じクラス(年少さん・3歳児)のお友達が、交通事故で亡くなられたそうです。どんな状況だったのかは、分からないのですが、一番可愛い時期の子供さんをなくされたご家族の事を考えると、言葉を失ってしまいました。夜暗くなって、長ーい串にソーセイジや、マシュマロを刺して焼いて食べていました。炎にかざされて、暗がりに赤くなった子供達の顔が見えて、「あつい!」と文句を良いながらも、美味しそうに食べている姿をこうして見ていられる、一緒に過ごす事が出来る、、ああ、良かった。と思うひとときでした。
2006.11.04
コメント(1)
みなさま、本当にお久しぶりです。ずっとすっとお休みしてしまい、ブログを楽しみにしていた方、本当にごめんなさい。二人目を出産してから、ほんっとうに忙しく、引っ越してから約3週間が過ぎた今、環境に慣れていたせいかやっとやっとPCの前で文章を書ける体力が少しは残るようになりました。普段は、子供が寝静まった深夜または、総長にパソコンを見ていたのですが、さすがに毎日疲労困憊で、一旦子供の添い寝をすると起きられない状態なんです。。。さて、引越し先はというと、私の実家がある八王子です。どうしてかというと、だんな様が整体師として独立開業するからです。実は彼、週末は学校に通いながら(卒業済み)お客さまをとって施術をしているのです。そうこうしているうちに、あっと言う間に週末ではやりきれないほどのお客様が集まり、独立を決心したんです。リピート率はほぼ100パーセントなんです。本当に今まで会社勤めの生活の中ではみたこともない、いきいきとした顔を週末はしています。彼は、自分の人生を会社から取り戻そうとしています。私は、この決断がうれしい。だって、以前は毎日「疲れた」「やる気がない」「ぼくにはなにもない」の連発だったのだもの。こんな彼を見て、よくこんなつまらない人と結婚したなあなんてよく思ったものでした。だから私は彼にもっと夢をもってほしくて、活力をとりもどすきっかけとなればいいと思って、手に職をつけることを勧めました。そして、今、彼は多くの患者さんを治したいという夢があります。二号店を出したいとい明確な夢もあります。お休み無しでがんばっています。(今年は一日も休んでいません)ちなみに、お休みがなくても疲れないそうです。充実感があるから、だそうです。仕事ってすごいと思いませんか?だって人間の人生や考え方を変えちゃうんですよ。
2006.11.01
コメント(5)
本日から、その4が保育園に通いだしました。予定では、来年の4月から2年保育で、週に何日か仕事ができれば、、、位にしか考えていなかったのですが、突然の授かり物で予定が変わりました。3歳半を過ぎると、こうも「お友達」を恋しがるのかと考えさせられてしまったのです。全く知らない、初めてあった子でも「お友達!」とはしゃいで遊ぶ姿を見た翌日、だ~れもいない公園で私だけを相手に遊んでいる姿は、やっぱりかわいそうでした。かといって、私があっちへ、こっちへ人の多い所へ連れ歩く というのも車一台でこなしている我が家の状態では、ちょっと無理でして。保育園へお願いする事になりました。やっぱり、初めての日と言うのは、「ど~なんだろ?泣いていないかな?喧嘩していないかな?」としんぱいで、、。今日に限って(ここ、何ヶ月も病気なんてご無沙汰だったのに)、その3が「耳が痛~い、喉が痛~い」と半べそで起きて来るし。おまけに、この鬼母が30分の寝坊と来たもんだ。通園バスは、8時過ぎにやって来る。耳鼻科の番をとるのに(結構評判の所で、番を最初にとっておかないと待ち時間が長いんですよ)7時半には、耳鼻科に行かないと、、、、。でもその4を放っておいたら、朝ご飯は食べないだろうし、、、頼りになる(こういうときだけ、おだててるぅ)その1に頼んで、その4について「ご飯を食べさせる」お願いをして、モサモサの髪をひっつめて7時過ぎに家を出ました。何とかなるものですね。全て間に合いました。その2は、一人で小学校へ。その1は、ちゃんとその4にご飯を食べさせ、着替えまでしてくれて。遅れる事なく、中学校へ。その4は、にっこにこで通園バスに乗って行きました。病気のその3は、扁桃炎でした。結構腫れているので、ものを飲み込む時に痛みが耳の方まで響くのでしょうとの事。中耳炎かと思ったので、良かった~と思ったのでした。(今でも中耳炎の痛みを忘れない、て~坊でした。)その4は、行きと同じにっこにこの顔で、通園バスを降りて家にかえってきました。嬉しいですね。こういうのって。「○○したよ」「xxつくったよ」ってお話ししてくれる。その3も、喉の痛みはある物の、結構元気が出てきて、少しだけど その1、2とじゃれ合う事も出来るようになったし。朝はバタバタしたけど、夜は和んでいます。
2006.11.01
コメント(5)
全16件 (16件中 1-16件目)
1


![]()