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6月8日土曜日、白山神社の紫陽花祭が始まる日でした。 朝起きた時はなんだか体調がぱっとしなくて、家でゴロゴロしていたい感じでしたが、朝ご飯を食べているときに、前日作り忘れた書類があったことに気が付いてしまい、食事もそこそこに仕事場に出かけました。 夫社長が仕事を始める前に書類を入れとかないと!(夫社長は例によって”半ば趣味”の休日出勤) 滞在時間20分で家に帰ったのですが、重い腰を上げた余勢を借りて、さっと着替えそのまま白山に向けてお出かけしました。 というのも、天気予報によれば、この日の午前中がこの週末で一番降水確率が低かったのです。 白山の駅について地上にあがると、白山神社を目指すと思しき人で結構な混み具合。 周りをきょろきょろ見回すと、白山神社の名前と矢印の書かれた看板が見えました。 わたしの場合、道に迷うのは、八割がた、この歩き出しの方向間違いが原因なので、こういう看板は大変にありがたいです。 で、矢印の方向に向かっていくとすぐに 大きな石の鳥居さんが見え、参道の右には今流行の白い紫陽花が満開。 階段を上がりきると、大ぶりなヤマアジサイがお出迎えでした。 この後ろに孫文先生座石と刻まれた石碑があり、紫陽花できれいに飾られていました。 白山神社は徳川家が篤く信仰したというので有名ですが、孫文にも関係があるのかと思い、家に帰って調べてみたら、「孫文が中国革命の成功を確信した場所」として、こんなコラムを見つけました。 歌人柳原白蓮の駆け落ちの相手まで登場して、びっくりでした。 この、穴が開いてるところに孫文のレリーフが、その下に説明文があるようです。 こちらは社殿。立派なご本殿です。 行列の最後についてお詣りしました。 行列の左右にはお約束の狛犬さん。こちらはご本殿に向かって右側の阿さん。 こちらが左側を警護中の吽さん。お二方とも金色の眼を爛々と輝かしています。眼光炯々?というか、ゴーヂャスですね。 足下には、あまり見掛けない色合いの、大輪の紫陽花たち。 境内には地植えの紫陽花もあったのですが、また早すぎるのか遅すぎたのか、あまり綺麗に咲いているのがなくて、普通の紫陽花の写真がありません。 ここ、白山神社は東京十社のひとつだそうです。 その十社をめぐる御詣りもあるようですけど、東京中に散らばる十のお社をまわるのは、時間も体力も必要そうです。 興味のおありになるかたはこちらhttp://10jinja.tokyo/を。わたしは3分の2ぐらお詣りしてました。バラバラにですが。 お天気があまりよくなくて気が急くので、お参りが済んだら、まず社務所で御朱印をいただきました。 こちらは書き置きだけの対応でした。以前はこの祭の期間中は直か書きしていただけたようですが、今はしていませんとおっしゃっていました。 朝、仕事場に寄ったりして、出てくるのがおそくなったので、もうお昼を過ぎてしまいました。 お祭りの近辺はすごい人混みで、どこのお店の前も行列です。 一人だと行列にまざるのも、食事をいただくのも勇気がいりそうだったので、人混みの途切れるところまで歩いてみることにしました。 お陰でステキなお寺とかわいいイタリアンを見つけることができました。 そのお話はまた明日にでも。
2019.06.20
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昨日、少し残業して仕事場を出たら、帰り道見上げた月がすごく綺麗でした。その時は急いでいたのでそのまま帰りましたが、テレビを見てたらストロベリームーンというんだとか言ってたので、3階にあがってもう一度見てみると、やっぱりきれい。ストロベリームーンという名は、アメリカの先住民族のオジブワ族の風習から生まれたもので、6月が苺の収穫期だったことから、6月に上る月を苺と呼んだのが由来だそうです。それでアメリカでは6月の満月の事をそう呼ぶようになったということらしいです。詳しくはここに書かれていますが、世に言われているような、イチゴのようなピンク色だとか、恋愛成就の縁起の良い月だとかいう説はどうやら後付で、そんなことはない、こともない、みたいなことが書かれていて、なかなか興味深く面白い記事でした。確かに、もう夜も更けて、ピンク色なんてことはありませんでしたが、それでもやはりきれいでしたので写真を撮ってみました。雲に隠れていたけれど、一応写してみました。家にいたのだからちゃんとしたカメラがあったのに忘れて、というか、思い出しもしないでスマホで撮ったせいで、今イチがさらに今イチです。そうこう言っているうちに雲から顔を出したのでもう一枚。これは何とか満月に見えますね。あ~~、良かった!!
2019.06.18
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一昨日の土曜日は酷い雨でしたね。夜になっても時々雷が鳴って、梅雨というより台風のような悪天候でした。我が家は、かなり強い雨の日でも、家の中にいると雨音もあまり聞こえず、急に雨が降り出してもわからないことがあるくらいなのですが、この日は一日中雨粒の落ちる音が部屋の中にも聞こえていました。その音を聞いていると、先日配布された水害ハザードマップのことが頭に浮かんできました。これが配布された冊子の表紙です。東京東部、つまり下町の地図が描かれていて、中央のグレーの部分は標高の低い土地ということのようで、その中にはいわゆる江東5区(足立、墨田、江東、葛飾、江戸川の5区)がすっぽり収まっています。そして、拡大して戴くとわかりますが、右側(東側)のピンクの線で囲まれた地域が江戸川区で、そこには黒い文字ではっきりと「ここにいてはダメです」と書かれているのです。洪水、高潮などの水害に襲われた時は、「区内にいてはダメ」「浸水の恐れのない地域へ」として、埼玉方面、東京西部方面、神奈川方面、茨城方面、千葉方面の浸水の外に逃げなさいと、そう言っています。今までは、区内の避難所として公園とか建物が指定されたハザードマップが配布されていたはずなのに、これ、いったい何なのか、びっくり仰天でした。ページを繰ると、「今まで経験したことのないような巨大台風や大雨による洪水や高潮による大規模水害」が荒川、利根川水系で起こると、ゼロメートル地帯が多い江戸川区は全域が水没すると書かれていました。ゼロメートル地帯っていうのは、単に海抜がゼロメートルの場所っていう意味ではないんですよ。ご存知でしたか?(まあ、そんな心配をする必要のない方には無駄な知識ですが、ここ(WIKIPEDIA)に書いてありますので、興味があったらお読みください。)その浸水ときたら、10mの深さに及び、江戸川区だけでなく江東5区のほとんどが水没、被災者は250万人、浸水は1~2週間続くというのです。1~2週間って、どうしてそんなに長く?って言うと、洪水が起きた時にその水を排水するポンプや水門は、川の水面より低い位置にあるので、浸水によってそれらの自家発電設備が水没すると使えなくなって排水ができず浸水が長引くということなんだそうです。だから、に挙げたような安全な地域に、各自で避難先を用意して欲しいと。。。え~??各自??う~~ん、でも、まあ、それも仕方ないのかもしれません。江戸川区のほぼ全域が水没するということは江戸川区民約69万人が被災者になるということで、もし10mの浸水があったら低い土地にある避難所は3階より下は使えないわけですから、収容能力が追い付かないでしょう。仮に収容できたとしても、停電断水ガスもないという状況で1~2週間、避難した住民がそこで暮らすのは恐らく無理ですよね。ここでも2週間という数字が出てきますが、これは、大規模水害で浸水が起きた場合、江東5区全域が浸水する可能性が高く、その場合の被災者は最大で250万人になる一方、国の試算では救助できるのは1日に2万人がせいぜいなんだとか。それで、長ければ2週間というわけです。かといって、区民全員69万人分の避難先を区が浸水区域外に確保するというのは、努力目標とすることさえ非現実的だろうと思います。わたし、地震や津波のことばかり考えていたもので、屋上にくっついていた小屋、一応3階の高さになるのでこれをリフォームしてもらって水などの防災用品を運び込んで避難部屋としていたのですが、ライフラインが壊滅の状態でここに2週間籠るのはどう考えても無理ですから、我が家も避難先を考えなくてはならないと思いました。我が家は夫は九州出身で関東には親戚がいないし、わたしの方の親戚はほとんどみな近所に住んでいるし、かろうじて弟が中央区のマンションに住んでいますが、中央区は東京西部とはとても言えないし、さあ、どうしましょう。最悪の場合は夫の姉妹のいる大阪方面に避難するしかありませんが。。。まあ、まず、1.関東地方に大雨が降って、2.荒川、利根川の上流で氾濫がおき、3.その後で最下流のこの地域が洪水になるわけだから、天気予報を含めたらを避難したほうがいいねとなるまでに幾日かの余裕はあるでしょう。それなら、一応心構えさえしておけば、その時に大阪に行くかどうか考えるくらいの時間は取れるかもしれませんね。あ、でも、3本の大きな川に囲まれた江戸川区から区外へ出るには、必ず、その川に架かる9本の橋のどれかを渡らなくてはなりません。その経路がすべてで、抜け道がないのです。雨が降っていたら歩いて橋を渡るのは危険だし、車は大渋滞だろうから、一番安全なのは地下鉄。でも、逆に浸水したら地下鉄はもろいでしょうから、あまりのんびり考えている暇はないのかもしれません。じゃあ、やっぱりできれば大阪程遠くない避難先を考えておいたほうがいいでしょうね。けど、ちょっと待って、これいつまでに決められたら良いのかしら?冊子を隅から隅まで読み返してみました。そしたら、ありました!高潮浸水については、ハザードマップの前提となる台風は中心気圧910hPaだそうで、昭和の三大台風として知られる室戸台風、枕崎台風、伊勢湾台風の上陸時中心気圧がそれぞれ911hPa、916hPa、926hPaだそうですから、910hPaは室戸台風を上回る最大級の台風ということになりますね。去年、高潮で関西空港が大きな被害を受けた台風21号の上陸時中心気圧は945hPaということですし、それならまあ、少しは安心かな?じゃあ、洪水は?洪水浸水被害想定の前提は、荒川流域で72時間に632mm、利根川流域では72時間に491mm、中川綾瀬川流域では48時間に596mmの降雨とのこと。それならと、今までの日本の降雨量の記録を調べてみると最高は四国電力が計測した徳島県上那賀町の1317mmだそうで、2004年7月31日から8月1日にかけて、台風の影響だったそうです。気象庁の資料ではここまでのはありませんが、1位は高知県で851.5mm、20位は和歌山県で626mm、1968年からの記録です。大型台風が来たりすると、1日で洪水想定の目安降雨量を越えてしまう可能性があるということですね。ということは、季節外れの大型台風が今年も既に発生していますから、あまり猶予はないということなのかな?避難場所もですが、我が家を放っぽり出してただ逃げ出すわけにはいきません。避難する時には、我が家のことはどうするのか考えて準備も、あ、mamatam社もそうですね。あそこは。。。う~~ん、いろいろ事情があって、あそこは本当に難しいです。会社の方こそ、考えて、しっかり手を打っておかないといけないのに、困ったものです。そうだ、保険の資料なんかも早めにまとめておかないと。それに、今思い出したのですけど、わたし持病があるので、お薬が必要なんでした。夫もアレルギーのお薬が手放せないし、避難するとなった時、あと数日分しか残ってないとかだったらどうするんだろう。わたしのお薬は、いつも一週間前に検査してその結果を診て処方していただくのですけど、検査してる暇なんてないでしょうし、何より、計算上、前の薬がまだ残っているはずとなると、新規にお薬を処方することはできない決まりじゃなかったかと思うのです。今度の診察の時に看護師さんに聞いておこうと思います。これってもしかしたら、年金だけでは不足するという2000万円の問題より緊急のお話かもしれません。命の問題ですから。お金がなくても取りあえずは生きていられるけど、命がないっていうのは生きてないってことですものね。やっぱり安閑としてはいられないようです。
2019.06.17
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さて、手術室です。点滴台を引っ張って手術室に入り、前回と同じような歯医者さんの治療イスみたいな手術台に載り、前回よりちょっと仰々しい計測機器を付けられて、心電計のピッピッピッピという音を伴奏に、何分かおきに血圧計に右腕を締め付けられ、何だか物々しくて、オペ!って感じ。安心は安心ですけど、わたしって「手術」受けるんだわと再確認させられたようで、ちょっと緊張。そんな中で手術が始まりました。仰向けで動けない目の真上からメスが迫ってくるなんていう、まるで拷問のような画を想像して勝手に震え上がっている友人が居ましたが、全くの妄想です。真上からライトが当てられていたようで、まぶしい光が見えた、というか感じましたが、それ以外に形のあるものは何も見えませんでしたよ。だから怖いことは特にありませんでした。麻酔も部分麻酔で、目薬みたいに点眼されるので、痛くも怖くもありませんでしたし、手術自体に伴う痛みもありませんでした。むしろ怖いのはドクターの方で、「手術中に顔や頭、身体を動かされると私の心臓が止まりますから、手術中は身体を動かさないように、何か声をおかけしたりお聞きしたときも、必ず声でお返事してくださいね。」と言われました。どこか痒いとか何かあったら、まず声に出して私に伝えてから動いてくださいとも言われました。なので、体が動かないようにこのまぶしい光の方向を見ていようと、手術中は結構そこに集中していて、怖いとか感じる余裕がなかったのかもしれません。ここまでは前回もほとんど同じでしたが、前回は10分か15分だった手術の所要時間は、今回はもう少し長かったようです。手術室から出て、着替え終わって待合室に出たところで見えた時計の時刻から逆算すると20分以上、もしかしたら30分近くかかっていたかもしれません。前回とあまり違うことが起きた感じはしなかったので、これは医師の腕というよりは、開設されたばかりの科で、連携がまだ不十分で手際が悪かったり、昨日書いたようなメーカーからの応援が必要だったりと、スタッフの研鑽がもう少し必要ってことかなと思います。でも、その状況はわかっていましたし、ドクターは若い方ですが、1000例以上の手術の経験がありますとおっしゃっていましたし、前回の執刀医も思い出せば同じような年恰好の方でしたので、別に不安は感じませんでした。全部終わって、万が一目や頭が痛くなった時の鎮痛剤(結局痛くはなりませんでしたが、麻酔のせいで左の眼の上の額から頭にかけて、ずっと痺れていて笑えました)と4日分の抗生物質と3種類の目薬(1日4回)を戴いて、夫に迎えに来てもらって帰ってきました。その日は片目なので、夫に食べるモノを買って来てもらい、家事は一切せずにお休みして、翌日早朝に病院に行きました。その日のことは日記に書いた通りで、眼帯を外してもらい、保護メガネをかけて、この日はもう見えるので一人でバスに乗って帰ってきました。保護メガネは2週間くらいかけます。それ以外は生活はほぼ普通にできますが、禁止事項もあって、入浴やシャンプー、洗顔は3日目から、眼のお化粧、喫煙、飲酒、歯科治療や散髪、散歩は1週間後、パーマやヘアカラー、ゴルフは2週間後からスポーツ、温泉、水泳、旅行は1か月後から。そして、一番肝心の視力ですが、ずいぶんと良くなってはいます。視力に問題のない人なら、これでもうほとんど解決という感じだろうと思います。でも、わたしはもともと強度の近視なので、かなり改善はされましたが、矯正が全く不要なほどではないのです。今の視力は、たぶん両目で0.4とか0.5位じゃないかと思います。これだけ見えれば昼間は、仕事も含めてほとんど生活に支障はありませんが、日が暮れて薄暗くなってくると、恐らく老眼のせいもあってあまりよく見えない感じになりますので、なるべく早く新しいコンタクトか眼鏡を作りたいです。でも、それは視力が安定してからということで、恐らく2-3か月後になるとのこと。前回は術後1か月で新しいレンズを造れたのですが、たぶん今度の医師は慎重なのでしょうね。術後の、1日4回の目薬の点眼(これが大変面倒!)も、今回は2か月続けてください(前回は1か月くらいでした)と言われたので、やはり慎重なのだと思います。両目ともある程度視力の出ている今回は、左目がド近眼のままだった前回に比べればずっと楽なのですから、頑張れるはずです。ともあれ、わたしの白内障手術は、新しい眼鏡かコンタクトレンズができて、初めて完了ということになります。本当に待ち遠しいです。そうそう、手術費ですが、保険適用の単焦点レンズを入れる手術でしたので、手術の日の支払いは4万円ほどでした。これが片目の手術費になります。今回は術中に計測機器の使用があったりしましたが、前回より特に高くなってはいませんでした。両目の場合は単純に、大体この2倍の金額と考えていいようです。ただし、多焦点レンズを挿入する場合は、レンズがもともとが高価ですし、保険も適用されないので、金額は大きく違ってきます。他に検査費とか、薬代、保護メガネ代などが2万円弱かかりましたが、両目をするときは一回分で済むもの、×2になるもの色々だと思います。あと、わたしは片目ずつ、2度の日帰り手術で、入院費はかかりませんでしたが、前の手術を受けた5年前には、両目の場合は同時にはできないので、2泊3日の入院になると言われました。でも、近頃は両目同時の日帰り手術なんて言うのもあるようですし、その辺り気になる方は調べてみてください。ということで、残った片目の白内障手術のレポートはひとまず完了です。わたしもホッと一息。あら、こんな時間。ご飯食べてお薬飲まなくちゃ。
2019.06.16
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手術のこと、何も書いて来なかったので、この辺で纏めておきたいと思います。近頃目が見えづらくなっている感じがしていたというのは以前も書きましたが、右眼の手術前の記憶をたどって、左目が白内障であることは自分でもわかりました。心配だったのは白内障以外の問題はないかということでしたが、診察の結果、他の病気はないことがわかりましたので、まずはひと安心。この頃左目がどうやっても見えないということが割と頻繁に起きていたのは、白内障だけでなく近視も今のコンタクトでは矯正できないくらい進んでいるからということで、ドクターも手術を進めるという見解でしたし、自分の中では「白内障を手術する」というのが既定の事実のようになっていましたから、そこからは話はとんとんと進み、手術は約一か月後、6月11日と決まりました。その日は術後に使う保護眼鏡と個包装の滅菌ガーゼを病院の用度課で購入。たしか両方で3000円以上支払ったような気がします。保護眼鏡は術後二週間しか使いませんから、ちょっと高いかも?あとは手術の日を待つだけですが、患者は家ですることがあります。例の処方箋の期限が切れてしまった点眼薬がここで登場です。手術3日前から当日朝までから「ベガモックス」という目薬を、1日3回点眼しました。目の殺菌のためだそうです。そんなこんなであっという間の一か月、手術当日になりました。手術は14時から。食事は術前4時間までOK。飲み物(水とお茶のみ)は2時間前まで 。2時間前から30分おきに散瞳剤等を点眼するためもあって11時半に来院してくださいと指示があり、10時にトーストを1枚食べて、着替えて出発。手術前に病院で術着に着替え、術後また着替えないといけないので、その時目を圧迫しないように上半身は前開きの服です。病院では着替えた後は患者本人はも何もすることがありません。術眼(左目)に散瞳剤を点眼するので視界はどんどんぼやけて周りも良く見えなくなるし、片目は見えるからと言って本を読んだりスマホを見たりするわけにもいきません。暇で暇で。。。欠伸が出るわいと、まるで落語ですが、ひたすら耐えて手術を待ちます。前回の手術は有名な眼科専門病院で受けたので、医師も看護師も技士もウジャウジャ、混んでることでも有名な病院なので、手術を待つ患者さんも他に何人もいて、周りは人だらけでしたが、今回はわたしの掛かり付けの総合病院に開設されたばかりの眼科なので、まだ患者さんが少なく、前の病院に比べて看護師さんも技士さんも少なく、静かに流れるクラッシクがさらに眠気を誘うほど。わたしはぼーっとしていただけですが、スタッフの方たちは何かと気にかけてくれて、折に触れて気分は大丈夫ですか?とか声をかけてくれました。前の病院でも、手術前の体調には気を配ってくれていたとは思いますが、スタッフも患者さんも多すぎるので、顔と名前がわかるのは担当医ぐらい、他は顔も名前も覚えられないので、看護師さんたちが声掛けしてくれても事務的な印象を受けたのかもしれません。今回は医師一人にスタッフは10人足らずですから、顔もわかるし、声をかけてもらえば気にかけてもらっている感じがします。前回と違うのはそれだけではなくて、まず、着替えて血圧と体温を測った後、点滴をされました。点滴は手術が終わるまで、ゆっくりの速度でしたが、付けたままでした。手術中は、点滴だけでなく、いくつかの計測機器が取り付けられて、血圧と心電図と、たぶん血中酸素濃度がモニターされていました。前回は、美容院かせいぜい歯医者さんの椅子にでも座るようなけっこうお気軽な感じでの手術でしたので、正直少しビビりました。開設間もないとあって、待合室、診察室はもちろん、検査機器も手術室もピッカピカの新品ばかりでしたが手術機器もそうだったようで、病院スタッフじゃない男性が3名も参加していて、たぶんあれは機器メーカーの技術担当者がサポートを兼ねて実地のスタッフのオペレーティングの指導に来ていたんじゃないかと思いました。これも少しビビりましたが、熟練のスタッフが応援で参加しているようなものとポジティブに受け止めることにして深呼吸して手術に臨んだmamatamでありました。長くなりましたので、今回はこの辺で。続きはまたすぐに。
2019.06.15
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今日は術後二度目の診察です。 眼圧と視力の検査をして、ドクターの診察です。 いいですね、きれいですね。順調ですよ。とドクター上機嫌。 どうやら経過は良いようですね。 ということでわたしの気分も上々。 鼻唄混じりで駅前で会社のみんなにお土産を買って、仕事場に向かいました。 もう、お仕事も通常モードです。 で、昨日、和歌山に日帰り出張だった夫社長の、経費の精算と客先への請求書類を作っていたら、ボソッと夫社長ののたまわく、昨日飛行機からJRに乗り換えるのにチャージしたパスモを、直後に落としたらしく、改札を出ようとしたらなかったと。 パスモっていうのは関東の私鉄が中心になって管理している電子マネーで、日本中だいたいどこでも使えるカードです。 とても便利なのですが、夫社長、このパスモをよく失くすのです。 今回、たぶん3回目くらい。 また?なんて言おうものなら逆ギレするし、ベルト通しに提げられるカードケースとか買ってあげても、使わずにどこかに押し込んじゃうし、パスモは必要なので新しいのを買うしかないけれど、さすがにわたしも業を煮やして、新しいパスモは記名式にすることにしました。 今週末日曜日から今度は三泊の出張に出掛けるというので、急いで最寄りの都営地下鉄の駅に行き窓口で聞くと、券売機で記名式も購入できるんだそうです。 もちろん窓口でも購入できるし、窓口で買った方が楽そうだとは思いましたが、発券窓口のない駅もあるので、今後のために券売機で買ってみることにしました。 記名式は、名前と電話番号、生年月日、性別が必要ですが、銀行のATMみたいなキー入力でした。 これで所有者の登録ができて、紛失したときはクレジットカードのように利用停止ができて、有料らしいけれど再発行ができ、その時には残っていたチャージ金額も戻ってくるのです。 ちょっとの時間と手間が面倒で、今まで無記名のにしていたのですが、やってみれば簡単。 時間もそんなにかかりません。 すいている時間を選べば、後ろで待ってる人を気にすることもなくて、もっと買いやすいですね。 実をいうと、わたしのパスモも無記名なのですが、窓口の方に聞いたら、それも無料で記名式に変更できるのですって。 窓口でも、券売機でも大丈夫だというから、近いうちにわたしのも記名式に変更しようと思っています。
2019.06.14
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今朝、8時30分の予約で眼科に。左目に眼帯をガーゼで覆った状態で路線バスに乗り、駅前の人混みを突っ切って病院まで歩くというのはあまりに冒険なので、タクシーで行きます。家の中では何も感じませんでしたが、戸外に出るとしっかり覆ってあるはずの左目が眩しさで痛いくらいです。少し不安になりながら病院に着き、10分ほど待って診察室に。眼科は開設されたばかりなので、眼科スペースはどこもピッカピカ。検査機器も真新しくて気持ちが良いです。さっそく眼帯を外してもらい、眼圧や視力の検査を受けて診察です。裸眼になって、少し眩しいかというくらいで、痛みはすっかり消えていました。検査の結果も診察の結果も良好でした。建物の外に出ると眩しく感じますが、目を開けていられないという程ではないし、今日から無理しない程度に仕事も初めていいんですって。素通しの保護メガネはかけていますが、視力矯正はしておらず、両目とも軽い近視老眼のはずですが、霞がかかっていた左目の視界が晴れたので、スッキリ快調です。一日置いてまた診察があり、洗顔やシャンプーなどまだ出来ないこともあるし、内服薬や点眼薬も必要ですが、これも前回の右目と同じ。術眼が細菌感染しないための用心です。それだけは十分気を付けないとです。
2019.06.12
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白内障の手術です。 先ほど終わりました。 今は、左目は眼帯で塞がっていますので、うまくいきましたと言えるのかどうかは2-3日しないとわかりませんが、とりあえず、無事終了です。 ともあれ、ほっとしています。 詳しいご報告はまたいずれさせていただきますが、まずは、ご心配いただいた皆様に終わりましたのご報告です。
2019.06.11
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夫社長の印鑑証明が必要になって、昼休みにコンビニへ。このごろ、ほんとに便利!夫は住基カードがあるので、区役所まで行かなくても、コンビニのマルチプリントという機械で住民票と印鑑証明は取れるのです。滅多にしないので少し迷いつつ、でも10分もかからずに完了。お店を出て、傍らの親水緑道に目をやると、緑の間にたくさんの差し色がのぞいています。時計を見ると、休み時間はまだ20分以上もあるので、久しぶりに親水緑道を歩いてみました。すると、緑道に入ってすぐに、カルガモの家族に出会いました。左端で頭が写ってないのはお母さんです。左にもう少し離れた所をもう一羽ちょこちょこ歩いている子がいて、お母さんはそちらを向いているのです。右側の子たちのアップです。草を食べてるようでした。だいぶ大きくなっていますね。すぐ先にもう一家族。そしてその先の水の中にももう一家族。なんと3家族が一緒に子育て中でした。岸辺には長い首をいっぱいに伸ばして、もうすぐ咲きそうなクレモナの蕾。すぐわきにアフリカハマユウの株がありましたが、こちらのお花はまだもう少し先のようでした。川辺にはボランティアさんの丹精を込めた花壇が並んでいます。バタフライガーデンと名づけられたミニ花壇にはその名の通り蝶々のような形の見事なガウラが。今にも飛び立ちそうです。そのガウラのそばで咲いていた名前のわからないお花2種。先へ行くと、大きな桑の木と茱萸の木があり、たくさん実をつけていました。上の写真は、まるまると実った桑の実です。こちらは茱萸の木。さくらんぼぐらいに色づいている実はもうだいぶ甘くて食べられるそうです。こちらは、変わり種のアジサイ、カシワバアジサイ。満開でした。この後は、圧巻のアジサイ絵巻。ご覧くださいね。親水緑道は、この先まだ少し続くのですが、わたしが時間切れになったので散策は強制終了。Uターンした緑道脇のお宅の植え込みのお花です。花弁が細いけどクレマチスでしょうか?実物はもっと深い濃紫でした。それにしても、2年くらいご無沙汰しているうちに、こんなにもアジサイの種類が増えていたことに驚きました。ボランティアさんの力、恐るべし!!実は、去年、友人が文京区にある白山神社のアジサイ祭りがすごいから、参拝とご朱印拝受を兼ねて見に行ってみたら?と勧めてくれたのに、時間がなくて行けず、すごく残念に思っていたのです。今年も手術を控えているし、無理かなと思っていましたが、親水緑道のアジサイたちを見たらかえって見たい気持ちが強くなりました。手術後は人ごみは怖いので行くとしたら今週末ですが。。。体調と相談して、できることなら行ってみたいと思っています。
2019.06.05
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