全31件 (31件中 1-31件目)
1
ある気功師・789師匠の師匠は近代ヨガを日本に持ち込んだ。今日本にあるヨガの祖でもある故沖師。その故沖師の師匠は、マハトマガンディー。生前のインドで書生のように住み込みで学んだ。ガンディー師はインドを無血独立した偉人だ。無抵抗主義とやや誤って訳された方法。その本質がヨガである事を知る人は僅かだ。無抵抗ではなく無対立だ。ヨガの本質は調和であり、平和への方法なのだ。身体を動かすハタヨガもヨガの一部ではある。身体と心を調和させる方法でポーズを憶える事ではない。その膨大なヨガの一部に治療に関係する部分がある。深い意味での修正ヨガ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/31
コメント(0)
ある気功師・7882004年は気功師になって10年目。私には二人の師匠がいる。気功師の体質に変えてくれた故師匠。そして治療家としての師匠。その師匠は治療家ではない。だが治療家として多くを学んだ。師匠の道場には三年間通った。東京の北千住だった。師匠はヨガ講師を教える先生。ただし本物のヨガだ。世間の認識でのヨガではない。世間はヨガの極一部であるハタヨガしか知らない。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/30
コメント(0)
ある気功師・787①「幻と気づく」②「壁の向こう側の夢を追う」③「開き直って、壁を受け入れる」①③は一見矛盾している。だが、元の土台が違うのだ。①は「気づき」②は「闇を見ず、光を観る」③は「愛」なのだ。どの方法でもいい。私は②が好みだな。壁の向こう側には夢がある。壁があったら、ワクワクするぜ。きっと、夢がある。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/29
コメント(0)
ある気功師・786現実の壁だと思ってしまった時。どんな方法も無力になる。壁の前で途方に暮れていた。自分の無力に途方に暮れていた。壁を楽々超えていく人達がいる。自分と他人を比べ、ますます落ち込む。自分はダメなヤツなのだ。道は自分専用なのに、他人と比べる。壁は幻だと気づく。幻の壁だと気付く。幻の消滅方法は幾つもある。幻だから矛盾した方法もある。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/28
コメント(0)
ある気功師・785自分には手の打ちようが無い。そう思い悩んだ壁の壊し方。自分の力では乗り越えられない。そう思い、ため息ついた壁の高さ。幻の壁ならば壊す事は出来ない。壊そうと思う事は強固な壁を認める事だ。乗り越える事は出来ない。高いと認めるとますます高くなるからだ。壁は壊すモノではない。乗り越えるモノでもない。消してしまうモノである。消えてしまうモノである。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/27
コメント(0)
ある気功師・784自分にとっては強固な壁。他の人には壁も無く通過できる。自分が難無く通った道。他の人が足踏みして悩んでいる。壁は現実にあるのではない。その人の中にあるものだった。本人には現実そのもの。だが壁は幻で創られていたのだ。幻は永久不滅の強固な壁にもなりうる。また一瞬で消えてしまう儚い霧でもある。自由自在で変わるモノ。内側の世界で創られたモノ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/26
コメント(0)
ある気功師・783この世はヒネクレている。理屈通りではないのだ。この世は幻が大きく影響するように設定されている。(幻だけで出来ているわけじゃないけどね)だから、幻はヒネクレている。ヒネ坊・・・ヒネ坊は、優しくすると消えてしまう。認めると・・・消えてしまう。逆転の発想壁は幻だからこそ「無いモノ」と扱わない。「嫌なモノ」と扱わない、正面から認めてしまおう。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/25
コメント(0)
ある気功師・782痛いから苦しいから辛いから現実に感じるから幻と思えない・・・壁が幻は間違いない。その幻は「無い」わけじゃない。幻は強固にもなるし儚くもなる。幻は見る人の見えるように見える。想像する通りに自由に姿を変える。ならば・・・壁を融かす要素は幾つもある。壁を認める事もその一つだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/24
コメント(0)
ある気功師・781病気という壁。悩みという壁。経済という壁。能力(仕事)の壁。壁は幻だから複合の壁となる。歩いて来た道に立ちふさがる。歩きたいのに、歩けない。もう先に行けないのか?不安になるし恐怖になる。壁の向こう側に「夢」が待っていてもどうしても壁を抜けられない。壁は幻じゃなく現実になる。現実に壁があると思ってしまう。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/23
コメント(0)
ある気功師・780壁の向こう側にあるもの。そこには、必ず「夢」がある。壁があるのなら「夢」がある証拠だ。夢は壁で隠されている。壁にぶつかるのも悪くない。ピンチはチャンスを含んでいる。壁に夢は含まれていない。だが、壁は夢の方向を教えてくれる。生きている事。シンドイ事も多々ある。壁で進めなく事も多々ある。だがその向こう側には楽しい事が必ずある。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/22
コメント(0)
ある気功師・779たとえ勘違いでも幻でもいい。壁が有る事が「悪い」わけではない。ウソや間違いは大事な役割をするものだ。いつまでも壁で悩む必要は無い。だから消えてしまう方法を知る事。壁を消すだけが目的ではない。いつでも消せる自由を得る。それは自由に生きる事でもある。壁を消せるから、壁が活きる。壁で成長できる。いつまでも壁で悩む必要はない。壁にはラクガキだって出来るんだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/21
コメント(0)
ある気功師・778壁は不安や恐怖に支えられて存在する。希望や光の中では生きられない。夢を追いかける事を夢中という。その時、壁は見えない。それは「いのち」の活性化にもなる。だが現実に暮らす事に障害となる場合もある。壁と一緒に現実も見ない事があるからだ。だから、良い、悪い、の外側にある。夢を追いかける事というのは。夢中の間に迷いが生まれる。そこに壁が立ちはだかる。現実の暮らしの中。思い通りにならない事は多々ある。そこに壁は立ちはだかる。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/20
コメント(0)
ある気功師・777消す方法。消える仕組み。(その一つに私流の氣功療法もある)誰でもできる方法がある。壁の向こう側。ヒントは向こう側にあった。消す方法は幾つもある。壁を消す方法。「これは幻だ」と正体を観抜かれる、すると幻は消えてしまうものだ。別の幻の癖もある。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/19
コメント(0)
ある気功師・776「壊すモノ」ではなく「消すモノ」「消すモノ」ではなく「消えてしまうモノ」壁を見ない。そして、心を観る。壁の一つに「病気」がある。もちろん病気の全てが幻じゃない。だが幻で創りだした病気は多い。病気がホンモノの場合。幻でホンモノ以上に大きくしている。幻だから・・・治せない。幻の部分は・・・治せない。治らない病気に幻がある。治せないけれど、消せる事はできる。幻と気づけば・・・消えてしまう。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/18
コメント(0)
ある気功師・775幻で創りだした壁。心で創りだした壁。だからヤッカイだ。物理的な壁は物理的な力で壊せる。時間が経てば壊れる。だけど、心で創ったモノ。幻だから壊せないのだ。心で創ったモノに目を向ける。その幻は永久不滅な壁となる。壊したり、乗り越えたりできるモノ。それは実在する壁の場合だけだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/17
コメント(0)
ある気功師・774「幻」の実力を認める事。物事を「観る」のに必要不可欠。森羅万象、諸行は無常。そして「幻は心で創られる」モノ。ぶつかったのは・・・壁じゃない。心で創った「幻」だと思うよ。でも「幻」は強い。そして「幻」は不安定だ。「気づけば消える」脆さがある。気づかぬ限りは、とても強固だ。壁の向こう側に何があるか、その想像が解決への鍵の一つだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/16
コメント(0)
ある気功師・773壁はホントに有るのだろうか?生きていれば壁にぶつかる。「ぶつかる」のはホントだ。だけど・・・「壁」は有るのか?この世で一番強いモノは「幻」だ。私が精神世界を30年も彷徨って得た結論だ。現実と「幻」の関係は不可分だと思う。現実と「幻」が混ざり合っているのがこの世。否、混ざり合っているのではない。「幻」の上に現実が建てられている。これは単なるニヒリズムじゃない。単なる事実だ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/15
コメント(0)
ある気功師・772いろいろな壁がある。簡単には乗り越えられない。乗り越えられるのは壁とはいわない。乗り越えられるのは丘や山だ。壁は目前に立ちはだかる。乗り越えられる高さじゃない。左右を見ても、ずっと続いている。(ようにしか見えないんだなぁ)しかも、厚い(としか思えない)。どうする?どうししよう?そして・・・壁の前で悩むのだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/14
コメント(0)
ある気功師・771人間は他の動物よりも偉いわけではない。賢いわけでもない。だが、少しだけヒイキされているようだ。それは他の生物よりも劣っているからかもしれない。生物としての役割の後。一つの魂としても肉体を使えるように、特別扱いになっていた。私は人間と他の生物との違い。キチンと理解できないでいた。今でも、理解できないのは間違いない。「寿命」という事を観ると、何か違うとは思う。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/13
コメント(0)
ある気功師・770通常なら子供が一人前になる。定年とかで仕事から引退する。その後は20年ほどしか無い、と思い込んでいた。そこまでが人生だと思い込んでいた。ところが、それから、それまでと同じ長さの時間。60歳が人生の折り返しの長さ。そこから更に60年あると知ったら・・・。何の為にその時間がある?本来のその人だけの為の時間だ。その人の花の咲く時間だ。人間は恵まれているのだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/12
コメント(0)
ある気功師・769今まで固定概念で信じてきた寿命。「根本から違っていたかもしれない」そう素直に、柔らかく思えるようになれば・・・それだけで寿命は延び、老化現象はゆっくりになる。生きられる限度が一気に30~50年延びれば、当然、今の生き方も変わってくる。したい事が増える。本当にしたかった事に挑戦できる。それは「いのちの活性化」でもある。それは心身の病からの回復力でもある。「寿命」に対する意識の修正だけでもいい。「いのち」は本来の意味と感謝を取り戻す。「その人なりの人生の目的」が観えてくる。愉しみ・嬉しさ・気持ち良さが倍増する。いいや、数倍増する。数十倍増するのだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/11
コメント(0)
ある気功師・768「命」を左右する最大の影響力。それは、本人の「固定概念」なんだ。本来の寿命の意味の取り違え。100歳にも満たないところを限度にする。すると老化現象もそれに合わせて早くなる。最近では20歳代で老化現象を出す。そんなに早く老いて死にたいのかなぁ・・・。基本的に生きている事実への感謝が無い。生きている幸せへの感謝が無い。生かされている事実を知らない。それなら今から感謝と事実を知ればいい。それだけで老化現象はゆっくりになる。それだけで寿命は延びる。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/10
コメント(0)
ある気功師・767優れたモノは全てを理解できなくてもいい。一部でも、一片でも大きな道標になる。アーユルヴェーダの目的。それは、与えられた命の限度の長さではない。最初から最後まで「健康」で「幸せ」。その生き方を達成できるための指導だ。アーユルヴェーダでは(何千年も前から)人は100歳までは健康で生きられる。(いわゆる限度ではない)老化現象といわれるものは60歳から徐々に現れると見ている。ただし、智慧を使えば70歳まで老化現象を遅らせる事が出来る、としている。ここの部分だけでも今の社会常識がどんなに狭く遅れているかが解る。遥か昔よりも、今の方が劣っている事を知ってほしい。本質を見抜く目は、ここ100年の間とても狭く弱く劣ってしまったのだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/09
コメント(0)
ある気功師・766アーユルヴェーダという哲学がある。インド医学でもある。「生命の科学」「寿命の科学」と訳される。優しく表現すると「幸せに一生を生きる智慧」の学問だ。学問ではあるが、人間が研鑚したものではない。人智を超えたところからの閃きを記したものだ。だから、修正がない。修正の必要がない完成された学問でもある。とても膨大な学問である為に全てを学ぶ事は通常は出来ない。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/08
コメント(0)
ある気功師・765一つ一つの「命」の地球時間は誰にも解らない。一つ一つは比べる事が出来ない。たった一つの貴重な存在だから。だからこそ、最善を尽くす「生き方」が必要になる。マスコミや学者の発表を信じてせっかく与えられた「命」を短くするのは愚だ。そこから逆算した人生は、立脚点が間違っているからしばしば・・・ツマラナイ。「自立は共生の自覚」と共に「いのちの賛歌」でもある。生きる意味は、自立でもある。(社会的な自立ではない)どんな立場からでも何歳からでも「いのちを祝う」生き方は出来る。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/07
コメント(0)
ある気功師・764「何の為にこの世に生まれて来たのか?」誰でも自問した事があるだろう。ワシがプロとして「いのち」と係わる仕事をし、学ばさせていただいた、今現在の答えがある。生きる事生き続ける事もちろん「幸せに」という生き方の智慧(方向)付きだ。「いのち」は与えられた事を「祝う」モノなんだ。「命」は「その時」が来るまで、長く大切に、智慧を使う責任があるんだ。「寿命」とは、それを示唆した言葉だ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/06
コメント(0)
ある気功師・763更に基本的な勘違いがある。人類生命体としての命の限度年数だ。つまり、ほとんどの人が「寿命」だと勘違いしている限度年数も間違いなんだ。人間は150年生きられるようになっている。これは細胞学者のほぼ一致する年数なんだ。乱暴でヘタな生き方をしてもとりあえず100年は生きられるだろう。それなのに100歳以上の人が少ないのは、自分で生きる事をアキラメているとしか思えない。その一つ、加齢するとツマラナイと勘違いしている。「寿命」に関して社会常識は勘違いの三重唱なんだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/05
コメント(0)
ある気功師・762生命を表す一つでもある寿命についてだ。寿命とは「命」を祝う事であり、「命」を長く大切にする意味なんだ。つまり「生きる事」を祝い、長く大切にする「生き方」だ。それなのに・・・勘違いして、勝手に長さを決める。「生きている事」を祝おうとしない。人生を長く大切に生きようと智慧を使わない。ヘンだよねぇ・・・0才時の平均余命を今の年齢の平均余命と勘違いする。まして、命に平均は無いのに・・・。ヘンだよねぇ・・・(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/04
コメント(0)
ある気功師・7612004年の出来事を書いている。その頃のコラムを読むと少しはマトモに書いている。以降はその頃に書いたモノを少し編集して載せる。私も楽だし・・・寿命についてだ。世の中の勘違いに対して書いている。治療道10年経って、やっとプロ側に入ったばかりだ。まだプロとしてはヒヨコみたいなものだ。エラソウに生命について書いてある。それでも正面から向き合っていた。私にもマトモな頃があったのだ・・・その頃の考えと大して変わってはいない。つまり・・・成長していない・・・(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/03
コメント(0)
ある気功師・760様々な出来事があった九州を後にして帰宅した。途中、大阪で一泊、東京で一泊した。九州にいる時にそれぞれ依頼が入ったからだ。それで2週間ぶりに家に帰ったわけだ。娘はスポーツ大会で優勝したとかで得意顔だった。本妻は嬉しそうでもメンドウそうでもなかった。本妻は常に淡々としている。それでも父の日とかで少しだけ豪華な夕食だった。ここまで携帯無しの本妻をつれてショップに行った。私のも古すぎてすぐ電池が終わってしまう。同じ機種で二台買った。長期出張から帰ると少しだけ買い物をするのだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/02
コメント(0)
ある気功師・759同年代や上の年代の異性を欲する話。私には理解できなかった。きっとその人達からは嫌なヤツと思われているだろう。繰り返すが、私はモテる要素のある男ではない。今でも私は人との関係で心掛けている。淡交如水。水の如く淡い交わり。家族も本妻も愛人も友人も師匠も同じだ。深くならない。濃くならない。負担にさせない。負担にならない。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/03/01
コメント(0)
全31件 (31件中 1-31件目)
1