1

この本はエッセイまんがとでもいうのだろうか、毎回見開き2ページで深谷かほるが絵(まんが、か)とエッセイを書いていた。「まんがライフオリジナル」に約10年近い期間にわたって掲載されたものの単行本化である。第1章では、自らの結婚願望が思うように実現に至らない様子や、周囲の友人たちの結婚生活のさまざまな形がとりあげられているのに、まんが原作者の末田雄一郎と突然結婚することになって、その急展開や、恐るべし、である。で、そのあとは結婚生活におけるあれこれや、子育てのエピソードへと続いていく。私は、第2章の結婚後のあたりから「まんがライフオリジナル」でほぼリアルタイムに読んでいた。深谷かほるの端正でかわいい絵でトホホなエピソードが語られるのが、楽しい。夫婦のやりとりもリアルである。胃痛に苦しむ妻に夫は「ブスコパン」という名の痛み止めを買ってきて、その薬の名に大笑いする夫を殴る、とか、夫が「かわいいタヌキは病気です~」と歌って妻を寝かしつけようとする、とか、けんかしているようで何かほのぼのとして、笑える。クリエイター同士の結婚にありがちな現実感のなさ、がなくて、とても生活臭あふれる、生活そのものがにじむ、おすすめの一冊である。(深谷かほるの代表作といえば「エデンの東北」なのだろうが、「エデンの東北」にでてくる主人公「おねえちゃん」が、昔うちの近くに住んでいた3歳下のトモちゃん(仮名)に似ていて、そのずうずうしさにイライラしていた私としては、この作品に肩入れしにくいのである。名作なんですけどね。)
2002年01月07日
閲覧総数 1000
2

「どうして2人CCBなの?」4月に行われた筒美京平トリビュート・コンサートをご覧になった松本隆さんのツイート京平トリビュート、4時間弱、50曲くらい?ぼくの詞は12.3曲?弾き語り裕美でダムが決壊。2人CCBも頑張ってた。あんな苦労とか大ヒットしたねとか、50年分の記憶がまとめて天から降ってきた。→https://twitter.com/takashi_mtmt/status/1383420366375198727?s=09それに対する笠浩二さんのリプライお会いできなかったけど、いらっしゃってると聞いて嬉しかったです。 昨日太田裕美さんに、Romanticをアルバムに使ったよと言っていただきました。 感激しました。 今日も2人C-C-B頑張ります!→https://twitter.com/kohjiryu/status/1383600479985229825?s=19笠浩二さんと米川英之さん、どうしてこの2人で「C-C-B」なの?という疑問がネット上で散見されるので、把握していることをあくまで私見として書いておきたい。1989年に解散した後、2015年に至るまでの道筋は私はリアルタイムで経験していないことが多いので、書籍やいろいろな方がネット上に残してくださっている記録などをもとに理解しているつもりだが、事実誤認もあるかもしれないのでご容赦を。2015年以降は自分の見聞きしたことをなるべく残しておこうと思う。 (敬称略)歴史とは主観的なものなのだなあとしみじみ思う。どんなに客観的に事実だけ述べたつもりでも、その背景や詳細を補うときにどこかに偏向していくものだと感じる。そもそもC-C-Bは何人なの?ということから話をはじめるとこれもまたたいへんな説明になる。ざっくりとわかるようにすると、1983年 ココナッツボーイズとしてデビュー後、2人脱退. 5人→3人(渡辺、関口、笠)1984年 田口、米川加入 3人→5人(渡辺、関口、笠、田口、米川)1985年 5人でC-C-Bとしてブレイク 1987年 関口誠人が脱退→4人になる1989年の解散時 4人(渡辺英樹、笠浩二、田口智治、米川英之)30年以上も経つと、ファンであってもハマっていた時期や好きなメンバーによってC-C-Bのあり方をどうみているかが人によって相当違うことがよくわかる。具体的に言うと「5C史観」と「4C史観」に大きく別れているように思う。解散後のC-C-Bのメンバーは、それぞれが自分のバンドあるいはソロとして音楽活動している。時には元メンバー同士でセッションしたりユニットを組んだりしてきた。TVの企画などで「一夜限りの再結成」と言って演奏する機会は何度かあった。5人揃ってのものとしては1994年の「ザ・ベストテン同窓会」が最後だろうか。渡辺、関口、笠でのテレビ出演が多いが、1999年のNHKBS松本隆30周年番組、2005年NHK思い出のメロディでは、渡辺、関口、笠、米川の4人で出演している。 C-C-Bを名乗って継続的な活動をするかたちの再結成は2008年、このときは3名(渡辺、関口、笠)でのC-C-Bだったのだが、そこに至るまでの2000年代の動きは以下の通り。2004年7月 「ヨネタワタル」(渡辺、田口、米川)が「CCB21」というタイトルで2日間のライヴ。笠さんが1日だけゲスト出演。映像化が予定されていたがお蔵入りとなっている。2005年6月 吉田豪氏によるインタビュー(関口)再結成について言及。 2005年7月 ドラマ「電車男」で「Romanticが止まらない」が挿入歌に。 2005年8月 NHK「思い出のメロディ」4人で出演(渡辺、関口、笠、米川)キーボードは米川さんと親交の深い高橋亜土さん。米川アレンジの「Romanticが止まらない」を演奏。2007年 フジテレビ「SMAP×SMAP」でのコントで稲垣吾郎氏が「CCB吾郎」として笠さんの物マネ。10月の番組イベントにサプライズ出演(渡辺、関口、笠)。2008年 C-C-B再結成(渡辺、関口、笠)。CDをリリース。ライヴやテレビ出演。2009年 活動凍結。(その2へつづく)
2021年06月25日
閲覧総数 2546
3
![]()
12月にBS ジャパンで「ヤンヤン歌うスタジオ 復活コンサート」の放映があった。会場の中野サンプラザの客席はおじさんおばさんというよりもっと高齢な感じに見えたが。笠くんが一人で出演して「Romantic が止まらない」を歌った。 このときも思ったのが、当時よりリラックスして、声もよく出ていて、見ていて安心できたこと。 久しぶりに見た懐かし番組、あんなに嫌だと思っていたけど、もう何かそういうの、どうでもよくなってた。娘にとっては逆にこういう昭和のベタな歌ありコントありの「歌番組」が新鮮らしく、喜んでる。「なんてったってアイドル」を伊代ちゃんたちが歌ってたのとか真似したがってた。私がいない日にまた録画したの観てたし。 もうテレビにC を名乗って出るのは笠くんだけだろうな。世間の人のイメージはC =笠くん、らしいね。当時メガネと電子ドラムがインパクトあってカッコイイと思った、と旦那が言う。シモンズじゃないドラムでも結構テレビ出てたけどね。一般の人にとっては、六角形のシモンズに囲まれて歌う笠くんがC そのものだったと思う。 あのころ、すごくカワイイ映りのときと、アキバ系男子にしか見えないときと、見るたび違いすぎだと思ってた。そんな笠くんが不憫に思えて目が離せなかった。なんかいじめられキャラだし、半分ネタとはいえラジオや雑誌でも年上メンバーにいじめられた話ばっかりしてたし。十二指腸潰瘍で手術して病み上がりでテレビ出てたのもあるけど、それ以外のときも具合悪そうな日が多く感じてた。ドラム叩いてるからもあるけど、歌声が不安定な日もあって、いつもハラハラしながら見てた。 作家先生が笠くんの声を気に入って「Romantic~」のメインボーカルに抜擢されたそうだ。ぽっちゃり系メガネ男子萌えなんてまだ世に認められない時代だったろう。他にない「異形」のものを愛でることが芸能の基本だとすれば、ピンクの髪のドラム奏者がありえないハイトーンのメインボーカルという時点でそれは「芸能」だった。ぽっちゃり系メガネ男子が、一生懸命ドラムを叩きながら揺れる不安定な声で歌うこと自体が耳目を集める要素だったと私が理解したのはつい最近。 2005年のワンダの缶コーヒーのCM、私は全く見てなかったか、覚えてなかった。動画サイトで最近見たら、面白くて「フー!」のところで毎回笑っちゃう。でもこのCM の笠くんの表情は何か固くて残念。最近の彼の映像はもっと穏やかな表情に見える。 現在、熊本にご両親とともに農業のお手伝いなどをしながら暮らし、熊本の人とバンドを組み音楽活動をしている。東京でテレビ出演などの仕事のあるときだけ上京する。地元局のテレビ番組に出演したり、地元の小中学校でドラムを教えたりもしている。 講演や、ローカル番組でのインタビューの動画で、自分の人生のことを語るのを見て、語るべきことがあるからこうやって語り、C の歌を歌って伝えているということがわかった。「僕は、必ず南阿蘇に帰るんです」と語る笠くん。帰るべき場所があること、これをみんなに伝えて生きていくよ、があることが、今の活動スタイルになっている。 アーティストであるって、こういうことなんだなと。 彼にしか伝えられないものがある、彼じゃなきゃダメなんだ。 そしてそれを彼自身が確信を持って伝えられている。だから、今のあの穏やかな表情なんだろうなと思った。(2023年1月追記ここ1か月ぐらいのアクセスが増えているので、誤解を招きそうなところを一部書き替えました。→笠さんが農業に従事されていることは現在形ではないようです)【楽天ブックスならいつでも送料無料】松本隆 作詞活動四十五周年トリビュート 風街であひませう (完全生産限定盤) [ (V.A.) ]
2016年01月25日
閲覧総数 2527
4

あるC-C-Bファンがみた「風街オデッセイ2021」松本隆50周年記念コンサート松本隆先生とC-C-Bのお二人のお写真→笠さんの公式アカウント 「こんな業界から足を洗って、米屋をやれよ、米屋を」解散するC-C-Bに松本隆さんが寄せたメッセージを覚えているC-C-Bファンは少なくないのではないか。気にかけてくださっていたんだなと、大人になってわかるその親心。メンバーは米屋にもクリーニング屋にもならなかったけど、そのおかげで今日という日があるとも言える。 武道館はイスが硬いのね。全編着席でご鑑賞くださいと言われていて、予告より終演時間が遅かったのもあり、お尻が痛い。 今回のコンサートに行って感じたことは「松本隆さんのこと、実は何も知らなかったのかも」だった。私が馴染み深いのは1980年代中頃の曲ばかりで、その頃の松本作品は膨大で「あれもこれも作詞は松本先生」ということだったのだなあ。知っているつもりでちゃんと聞いたことがない曲がたくさんあるというのが今日の発見。 7月に購入したトリビュートアルバム「風街に連れてって!」の別冊付録「100%松本隆」の中の「風街住人図鑑」のC-C-Bのページの内容と量にはちょっと驚いた。ソロとして歌詞提供されている笠さんと米川さんの項目もある。他にもいくつもC-C-Bの名前が登場する記事があり、C-C-Bが風街にもたらした彩りが、この分厚い冊子の随所にみられるのは本当に嬉しいことだ。今回のコンサートのパンフレットでも松本さんはC-C-Bについて言及してくださっている。今回のコンサート「風街オデッセイ」の公式HPのアーティスト紹介文を読んだ人は、どうして2人でC-C-Bなのかわかるようになっている。 さて、以前述べたように、4月の筒美コンサートで私の中二魂は無事に成仏したので(笑)、今日は心おだやかに会場に向かえるかと思いきや、今日はもうなんというか、勝手に発表会の日の保護者気分で、始まるまでハラハラして超緊張(笑)だって、武道館でC-C-Bだよ?!と勝手に緊張しまくってかなり早く現着してしまい、早々にパンフレットを手に入れて、竹橋駅前で一人コーヒー飲みながらふと思ったのは、当事者の緊張は物凄いものだろうということだった。ステージに出ることの緊張ではない、そこに「どのようにあるか」ということへの緊張感につい思いを馳せる。これはたいへん、たいへんなことだ。大人になってわかるのは、C-C-Bはメンバーだけのものではなく、多くのプロフェッショナルが関わった、とてつもなく大きな力が動いたプロジェクトだったということだ。C-C-Bの名前を背負ってこの場に出るのはとても凄いことだ、と改めて思いながら、日暮れを背に「聖地」へ再度向かう。 ステージ上には風街バンドの山木秀夫さんのドラムセットとトップバッターの林立夫さんのセットがあり、この後登場するドラマーの方のセットはどうなっているのか気になっていたが、林さんのドラムセットは林さんとともにはけ、その後はステージの中央にセットごと出す要領で、太田裕美さんは弾き語りのピアノ、笠さんはSONORのセット、松本先生はLudwigのセットとともに登場した。 トリビュートアルバム「風街に連れてって!」のプロデューサーの亀田誠治さんがご出演のコーナーでは、松本隆曲がこのアルバムに収録されたアーティストによって演奏された。亀田さんがベースを弾き、B'zが「セクシャルバイオレットNo.1」、横山剣さんが「ルビーの指環」、川崎鷹也さんが「君は天然色」を歌った。リスペクトをもって令和の世にカバーされた名曲はいずれも素晴らしく、30年以上前の曲でありながら最新であった。特にB'zのステージングは圧巻で、1曲で会場中を虜にするオーラを感じた。 C-C-Bは「Romanticが止まらない」と「Lucky Chanceをもう一度」の2曲を演奏。米川さんのいつものギターは某アーティストのツアーの方に行っているのかな。私はみたことのないギターだった。青いシャツにジャケット、超スリムなパンツ、青いブーツ。笠さんは白いオーバーシルエットのシャツにリボン風のタイがカワイイ。イントロの音の少しの違いが気になってしまうところに、前期C-C-Bサウンドを形づくっていた大きな要素がキーボードの音色(おんしょく)だと思わされる。ハラハラドキドキしながら見守る2曲7分間のステージ。C-C-Bのお二人がそこでC-C-Bでいてくださった、そのことこそが、尊く、素晴らしいことだ。 本編ラストは「さらばシベリア鉄道」太田裕美さんが展開する文学性の高い松本ワールド。 私のみた11月5日「風街オデッセイ」コンサートの本編は、アンコールの「はっぴいえんど」に続く、現在と過去を行ったり来たりしながらのタイムトンネルだった。長いタイムトンネルをくぐりぬけ、アンコールのはっぴいえんどに至る。武道館のビートルズをみてロックに憧れた松本青年。私が知ったときにはすでにすごい作詞家の先生だった松本さんにも、やっぱりそんなはじまりの日があったのだ、そして、やっぱり武道館は、特別なところなのだ。 アンコールで「はっぴいえんど」のドラマーとして登場した松本隆さん。「ビートルズが来たとき、武道館でみてた。そう、ちょうどあのへんで。あそこから、ここに来るのに55年かかった。今日はリンゴ・スターと同じ、ラディックのドラムで」松本先生のラディックのドラムセットにはそんな思いがあったのだなあ。この日のために半年ドラム練習した、っておっしゃった松本先生をとてもかわいいと思ってしまった。 席を争うのも苦手だし、キャーキャー盛り上がるのも若い頃から似合わない自分としては、「B'zのセクシャルバイオレットNo.1の武道館の音漏れを昼下がりの北の丸公園でほぼ独占」という僥倖に至福を感じたり、大人になって大人のコンサートを楽しめることの喜びに震えたりで、平均年齢高めの「大人な武道館」をしみじみ味わった。後方から明子ねえちゃんのごとくソッと覗いて(武道館に柱はないけど)この場の目撃者となれたことに感謝している。 筒美コンサートがと芸能と歌謡曲で魅せた場だったとすれば、この武道館は、ロックでサブカルでそれが松本隆の本質であるということを語った場と言えよう。出会ったときに「趣味で音楽できていいわね」と筒美さんに言われた松本青年。その後、売れっ子の職業作家となり活躍された時代の曲たち、それが私にとっての松本隆さんの音楽だったが、それは広大な松本ワールドの「部分」であり全体ではなかったということが腑に落ちた。 最後に鈴木茂さんの提案で「個人で楽しむお約束」の写真撮影タイムがあってとても盛り上がる客席。こういうの、バンドっぽいぞって思った。メンバーにいろんなタイプの人がいて、場を盛り上げたり、引き締めたり、それぞれがそれぞれの役割で関わる感じ。 50周年のお祝いがこの場所で、この曲たちで、このメンバーで、松本先生、それって超ロックじゃん!と、心の中で叫んで帰る私の竹橋駅を目指す足どりがちょっぴり早足だったのは、明日からのロックな日常のためだったりする。
2021年11月05日
閲覧総数 2558
5
![]()
(その1はこちら)2011年7月 「AJ-米田渡-」始動(渡辺、田口、米川)。発起人の米川氏がリーダーの「7年ぶりの米田渡」でC-C-Bの曲を中心に演奏するライブツアー。ドラムはファンキー末吉氏(サポート)。 2013年 AJ ライブツアー「Let’s Go Climax」【ライブDVD「Let’s Go Climax」ダイジェスト】https://youtu.be/c-CHQ067yhI2014年3月 ミニアルバム「AJ」 新曲およびC-C-B時代の未音源化曲をレコーディング 2014年6月 C-C-Bの新しい2枚組ベスト盤と解散コンサートのライブ盤CDをユニバーサルミュージックジャパンよりリリース。タワーレコード渋谷店でリリースイベントが行われた(渡辺、笠)C-C-B シングル&アルバム・ベスト 『曲数多くてすいません!!』 [ C-C-B ]C-C-B 1989 解散ライブ@日本武道館 『解散25周年 初のライブ盤ですいません!!』 [ C-C-B ] 2014年6月 AJ-米田渡-TOUR2014「走る★バンドマン」熊本・福岡公演に笠さんゲスト出演2015年1月 ココナッツボーイズ以降9枚の全アルバム再発売 2015年2月 ライブ「ゴーゴーヒデキ」【ライブDVD「ゴーゴーヒデキ」ダイジェスト】https://youtu.be/iKMkzyXHMO4 2015年2月1日 英樹さんの55歳のバースデーライヴ「ゴーゴーヒデキ」で、AJ、WY、そしてC-C-B(渡辺、笠、田口、米川)として演奏し、6月にC-C-Bとしてのライヴツアーをすることを発表。 名義もメンバーも音源も揃って、再結成ツアーのためのリハも終えて、初日の熊本まであと2日となった2015年6月12日、渡辺英樹さんが緊急入院。熊本、名古屋、神戸、東京で予定していたツアーはすべてキャンセル。 2015年7月2日 田口氏逮捕。それを受けて、C-C-Bとして出演予定だった松本隆45周年トリビュートコンサートへの出演を辞退。 2015年7月13日 渡辺氏逝去。 2015年8月10日 お別れの会としてのライヴ「ヒデキファイナル」が行われ、ニコニコ生放送にて同時配信が行われた。(私がニコ生で「ヒデキファイナル」をどうみたかについてはこちらから)このニコニコ生放送での配信にかなりの反響があり、その流れでユニバーサルミュージックジャパンから2004年発売の「C-C-BメモリアルDVD BOX」再発売に至る。C-C-BメモリアルDVD BOX [ C-C-B ](その3へつづく)
2021年06月25日
閲覧総数 2307
6
![]()
C から離れた後聞いてきたのは、女性ボーカルの歌寄りの音楽ばかりだった。中島みゆき、渡辺美里、宇多田ヒカル‥歌が好き、声が好きなんだと思う。バンドの音への興味はその後あまりにもなかった。そして思うことは、私は音楽のお客になれなかったということ。 演劇のお客にはなった。大小、新旧、ジャンルも問わず、東京中の劇場に行きたおした。 【メール便送料無料、通常24時間以内発送、午後1時までは当日発送】【中古】 何者でもない / 原田 宗典 / 講談社 [文庫]【メール便送料無料】【あす楽対応】 でも音楽のコンサートは数えるほどだ。あと、芸能人のお客っぽい存在が嫌だったことを思いだした。芝居を見はじめて、某お笑いコンビが所属する劇団の公演(コントじゃなく、普通の芝居)に行ったら、キャーキャー騒ぐ人やアンコールで客席からフラッシュたく人とかいて、舞台上から本人たちが必死に「やめて」とお願いしてるのに止まなかったのを見てすごく嫌だったことを覚えている。そこにいることで、自分もそういう一人だと見られたくない、と思った。 演劇のお客はおおむね大人だったので、そこにストレスはなく、大学時代は芝居ばっかり見ていた。キャーとか黄色い声をあげたり、客席でノリノリで踊ったりとか絶対無理、と思ってた。 いや、何を考えているかというと、いかに自分がC を自分の中で封印し、その上に何を置いて見ないようにしてきたかってことで、その箱が開いてしまったためにそこに向き合わざるを得ないのだ。 好きになるのには理由はいらないかも。でも見たくもないほど嫌いになるのには理由があったはず。
2015年12月31日
閲覧総数 376
7
![]()
6月半ば、何の気なしに見たヤフーニュースの見出しに「渡辺英樹さん入院」というのを見つけた。 あまりにも久しぶりに見たその名に気持ちが動いた。 ニュースは「大動脈解離のため緊急入院」「14日から予定されていた全国ツアーは中止された」ことを報じていた。 全国ツアー? 彼の? 彼のバンドの? 彼の最近の活動を知らなかったので、その時点では全くわからなかった。 普通に検索しても解ることはそれほどないので、すぐに2chの検索に移行する。 Cの名のついた最新の動きのあるスレッドがあることに驚いた。AJ?米田渡?スレタイの意味もよくわからなかったが、そこでは彼が倒れた話題でもちきりだった。スレッドを読み進むうちに、中止された全国ツアーが他でもないC再結成のものであり、それを楽しみにしていた人がたくさんいて、中止を皆が嘆き悲しんでいることを知った。 Cの再結成は解散以来何度かテレビの企画でしていた。しかし見るたびにがっかりさせられて、見るのもイヤになり、見ないようにしていた。第一線にいた頃と同じでなくても、何らか頑張って仕事している、輝いているならともかく、全くそれを感じさせなくなったと思ったのは、確かベストテンの同窓会的特番を見てのように記憶している。 だから、恐らく90年代半ば以降は彼らのことは自分の中で完全に過去のことになっていた。 記憶をたどると、91年に大学に入学して、1年か2年のときに、学科の友だちTさんと関口誠人のライブに行ったことがある。最後の曲が「千夜一夜の~」というサビの歌だったことだけ覚えている。そのころCはとっくに解散し、解散前に脱退してソロになっていた関口だけがメジャーの活動をしていたように感じていた。しかしその関口も「千夜一夜」の後ニューリリースが途絶え、いつしか存在を忘れていった。 そもそも、中学時代、Cがベストテン番組の常連であった人気絶頂の時ですら「えーC?」といった嘲笑めいた声を聞くことが少なくなく、ファンだと公言するのが恥ずかしかった。 自分は見ていなかったが過激な内容のドラマの主題歌でブレイクしたことや、 歌番組などでの扱いがミュージシャンとしてではなく、バラエティ的な面白さを求められて、ずっとそのイメージがぬぐえなかったこと、アイドルバンドとして見られていたことなどが「恥ずかしい」要因になっていたように思う。 中学のときに仲良くしていた同級生のGさんにはCをけちょんけちょんにけなされ、トーキングヘッズとかジェネシスとかを録音したテープをくれて「こうゆーのを聞け」と勧められた。 でもフィルコリンズとかはCのメンバーが好きだと言っていたミュージシャンだったので実は知っていた。Gさんはその後ICUの高校に進学した頭がよく大人っぽい子だった。 Cはバンドらしいバンドとして活動していた後期(87年関口脱退以降)になってもなお本格ミュージシャンと認識されずイロモノバンドだと思われていて、沸き起こりつつあったバンドブームには完全に入れてもらえていなかった。中学生の時ですらそんな感じだったから、高校生のときもCファンであることはごく一部の友達にしか言っていなかった。 部活も忙しく、コンサートに行きたいと言う勇気もなかったので、ただただ好きなだけだったんだな、と今となっては思う。高校生になって、近所の小さいイベントホール?でレコード会社主催で行っていた他アーチストと合同の無料ビデオ上映会には何度か行って、販促のチラシをもらったり、応募してもらえるビデオをもらったりしたがそれが精一杯だった。なので大学生になって行った関口誠人のライブがC関係で行った唯一のものである。(つづく)
2015年12月11日
閲覧総数 572
8

「よねまりゅ」のライブは毎回少しずつ違うコンセプトで、私は行けた回もそうでない回もあったのだけど、主役は誰?誰のための場?誰が主体となって動かす場なの?むずかしいカンパニーだったと思うし、実際私がそう感じた回もあった。でもどんなときでもC-C-Bの曲の求心力はすごかったし、今のメンバーで現在の音を出してくれることに無上の価値があると実感していた。京都での大楽では、京都でだけ演奏された「2Much I Love U」で米川さんが「だから 二人で 生きよう」というこの歌の歌詞を「だから みんなで 生きよう」と歌ったときいた。それはゴーゴーヒデキのライブで英樹さんがそう歌っていて、DVDでもそれが確認できるのだが「みんなで生きよう、って歌ってたのに、英樹さん、自分が…」と悲しい気持ちになる歌になっていたのも事実。米川さんが今回そう力強く歌ったことで、生きているみんなで生きよう、という歌になったのだと思える。今回、懐かしの曲は、どれもライブ版としてどこかでは聞いたアレンジのように感じた。2016年以前に1度もライブに行ったことのない私がそう思ったということは、過去の武道館とか、AJとか、ヒデキファイナルとか、映像などでみてきたものだってことだよね。私にとってはそのすべてが「あー、あの中に居たかったな」と思っていた場面の追体験で。それに気づいて泣いた。 読めたり読めなかったりの私のメモだが、はっきり書いてあるのは、 セクシー番長 財産 レガシー 「セクシー番長」って、着流し米様みながら思いついちゃって、よっぽど忘れたくなかったんだな私、ってあとでメモみて思った(笑)財産、そう、C-C-Bの曲は財産だと思ったよ。一番心と頭のやわらかい中高生のときにきいた歌はずっと私たちの中にある。メンバーの皆さまにとっての大切な曲を、私たちがこうして共有させてもらうことができたのは幸せだった。「7月13日はこの形でやるのは一区切り」とのことだが、形を変えても誰かがこれらの曲を歌い続けてくれることを願う。再結成はならなかったけど、C-C-Bの存在を、C-C-Bの楽曲を伝えてくださる場があることがうれしかった。人が同じなことだけが必ずしもオリジナルの魂を受け継ぐものではないってわかっているよ。オリジナルへの理解とリスペクトをもってC-C-Bの曲が演奏される機会が、これからもあってほしいと願っている。
2018年08月20日
閲覧総数 616
9

「筒美京平の世界inコンサート」の2日間できいた全曲について覚書として残しておきたい。~筒美京平 オフィシャル・トリビュート・プロジェクト〜ザ・ヒット・ソング・メーカー 筒美京平の世界 in コンサート 東京国際フォーラム ホールA一曲一曲の前に曲のタイトルと作詞作曲のお名前が出て、一瞬遅れて今日その曲を歌う方のお名前が表示されると、驚いたり納得したりで客席がどよめくのです。次はどの曲かなと期待させる進行は曲順や転換も計算し尽くされていて3時間半があっという間だった。OVERTUREからメンバー紹介のテーマも含めて全曲放送してほしいなあ。WOWOWさん期待してます。 「筒美京平の世界inコンサート」20210417 20210418 全曲リスト【第1部】 OVERTURE ブルー・ライト・ヨコハマ 伊東ゆかり 一曲目にふさわしい存在感。ばりばり現役。誰も知らない 伊東ゆかり 雨がやんだら 夏木マリ 真夏の出来事 平山みき 低音の声量も迫力もすごい 芽ばえ 麻丘めぐみ 「離れないわあ」が耳について離れない。私の彼は左きき 麻丘めぐみ ちょっと待って普通にアイドル的にかわいいんですけど。 赤い風船 浅田美代子 パーカーにロングスカート、近所のちょっと可愛いママさんみたい、っておいくつですかこの可愛らしさ。年齢を超越した初々しさ。 にがい涙 AMAZONS 渋い~カッコイイ~ セクシー・バス・ストップ 野宮真貴 サイケな色どりの衣装。手足の細さと長さが尋常じゃない。 (18日)ロマンス 岩崎宏美 客席のファンがペンライトつけて目立ってた。 木綿のハンカチーフ 太田裕美 「失恋の歌なのにそんなにうれしそうに歌って、と松本先生にまた怒られちゃう」4番のおねだりひろみちゃんがなんとも可愛らしい。9月の雨 太田裕美 東京ららばい 森口博子リップスティック 森口博子 都会の大人の女のイメージが盛り込まれた歌。桜田淳子はこれ歌ったとき何歳だったのだろうとふと思った。 青い地平線 ブレッド&バター 思いっきり青春な歌を歌うがとても生き生きしていて現役感半端ない。 哀愁トゥナイト 大友康平 17日「どうも、大谷翔平です」18日「どうも、ジャスティンビーバーです、いや大谷翔平です」セクシャルバイオレット№1 大友康平 (17日)ドラマティック・レイン 稲垣潤一 ハンドマイクで歌だけ歌った。めちゃめちゃうまい。 センチメンタル・ジャーニー 松本伊代 今日はお供のダンサーなし。安定感。 夏色のナンシー 早見優 めちゃめちゃかわいいな。手足長い。 あなたを・もっと・知りたくて 武藤彩未 すんごいカワイイ。歌うまい。 卒業 斉藤由貴 ザ女優!という感じ。正面に目を見開いて、ウルウル目で歌う。そしてそのまま幕が下りる。 【第2部】 Romanticが止まらない C-C-BLucky Chanceをもう一度 C-C-B(CCBについては別に2,000字ぐらい書いたのでそちらを参照) WAKUWAKUさせて AMAZONS この曲もMFTの代表曲 (18日)なんてたってアイドル 乃木坂46(伊藤純奈 & 樋口日奈)ピッチピチの当代のトップアイドル2人が歌い踊るこの歌に当時のキョンキョンが放っていた強烈な毒を思い出すという構造。歌詞は秋元先生だもんね。 ONEWAY GENERATION Little Black Dress 本田美奈子基準で考えるととても要求値高いのに、とても良かった。素晴らしくうまい。 抱きしめてTONIGHT 藤井隆 「なんでー?!てみんな思ったでしょ。僕もでーす!きょうは一生懸命歌います!」めちゃめちゃ歌うまい。「アマゾーンズ!」とAMAZONSを2回コールして、アウトロ終わる前にかなりマキではける。 人魚 NOKKO 最初は寄りのカメラの映像を写さなかったのはわざとかな。声量さすが。歌の世界が会場いっぱいに広がる感じがあった。 AMBITIOUS JAPAN! ROLLY 17日の衣装はすごかったが、18日の衣装はもっとすごかった。完全なROLLYワールドとして、ギターを変な音で鳴らしつつすべてのパートを一人で歌う「1人TOKIO」。 バンドメンバー紹介曲 ソロ回しあり お名前入りで一人ずつ紹介 (17日) 17才 松本 早見 武藤 森口 男の子女の子 郷ひろみよろしく哀愁 郷ひろみとてもとても素敵なエンターテイナーヒロミゴー!「GOGO」の文字が出て、客席もゴーゴー!と手が上がる。「郷ひろみ、ってこれ以上ないステージネーム、ですよね」とご自分でもおっしゃっていた。「よろしく哀愁」あの年でこの歌うたったのだなあとこの歌のもつ色気を感じる。 甘い生活 野口五郎 「僕は筒美先生に108曲かいていただいた」グッド・ラック 野口五郎 17日のダジャレ 「前の曲に比べれば「ぐっと楽」」 18日のダジャレ 「グッと(レコードの入った)ラックを押す」 時代遅れの恋人たち 中村雅俊 「野口五郎くんが筒美先生に108曲かいてもらったと言っていた。僕は2曲、シングルのA面とB面。今日は全曲歌います!」海を抱きしめて 中村雅俊 たそがれマイ・ラブ 大橋純子 飛んでイスタンブール 庄野真代モンテカルロで乾杯 庄野真代 さらば恋人 松崎しげる ホントに歯が白く光るのだなあ。 魅せられて ジュディ・オング 女神的な。神々しい。 【アンコール】 (17日)雨だれ 太田裕美 ピアノ弾き語り(18日)オレンジの雨 野口五郎 エレキギターを弾きながら歌う。ギターうまい。 (17日)裸のビーナス 郷ひろみ 超オーラ。芸能人!って感じ。(18日)シンデレラ・ハネムーン 岩崎宏美 2番は松本 早見 武藤 森口が出てきて一緒に歌う また逢う日まで 松崎しげる 2番から出演者が総出で、手にハンドマイクと歌詞カードをもってステージへ。
2021年04月20日
閲覧総数 510
10

米川英之plays C-C-B 20250618 その2【その1はこちら】「次はなかなか難儀な曲」と言ってはじまったのは「恋文」。英樹さんパートも米川さんが歌う。切なさの迫る良い曲だなあと改めて感じる。続けて「風のラリー」英樹さんパートも米川さんが歌う。この曲も米川さんのライブで演奏されるレパートリーに入っている。終わって「(恋文)サビは歌っていたのに、初めて前半の方を歌うのは難儀でした。横でギターを弾いていたのに。難しかった」「歌い方やキャラもちがうんで」なんて言われて太陽のようなあの方を思い出す。米川さんのライブにおいてレギュラーとしてセットリストに入る候補となっているC-C-B曲はこれら↓ライブによってはこれらの曲が演奏されることもある。「次は歌を少し休める、演奏はたいへんだけど」「次の曲はバンドのためにつくった」「それぞれのメンバーの見せ場をつくって」「39年前の今日、アルバムのタイトル曲として発売された」と言えばこれでしょう「冒険のススメ」!ストさんと米川さんとで横ステップ?も!「冒険のススメ」は、実は私の予想セトリの一曲めだった。笠さんパートは森藤さんが、関口さんパートは須藤さんが、英樹さんパートは米川さんが歌った。2015年以降、この曲が演奏されたライブで3人ボーカルを担当した方は以下のとおり2017年1月よねまりゅ 笠さん→丸山さん→米川さん2017年7月よねまりゅ 笠さん→丸山さん→米川さん2020年TEAMDRAGONZ 小森さん→須藤さん→米川さん2021年ウルトラヒデキセブン 笠さん→森藤さん→米川さん2022年C-C-B & VoThM & 三喜屋・野村モーター's BAND Live 2022 笠さん→丸山さん→米川さん2023年7月HYbrid Special 小森さん→仮谷さん→米川さん2023年10月HYbrid Special 小森さん→仮谷さん→米川さん2024年7月HYbrid Special 小森さん→JIGENさん→米川さんいろんな方が歌ってくださることでこの曲が生きてそこにあるといつも感じていた。森藤さんが歌ったのは前回歌ったのと別のパートである。ご自分の担当楽器だけでもたいへんなのに、有り難いことである。続けて「走れ☆バンドマン」疾走感あふれるインスト曲。これもアルバムのタイトル曲。2017年と2018年よねまりゅで演奏されたときも、きけたことがとても嬉しかった。C-C-Bの9枚のアルバムのうち、3枚のタイトル曲が米川さん作曲である。メンバーによるオリジナルを中心としたアルバム制作の大きな柱であったのだなあと改めて感じる。終わって「歌休めると思ったのに忙しかった」「今日は悩みに悩んだ選曲」「僕ができる曲ということで」「『有名な曲』とかはできないんで」その『有名な曲』は、時折、米川さんのライブでギター1本で奏でられている。ギターだけであの曲を、全ての楽器の音の要素はもちろん、歌の息づかいまで感じさせるような演奏。言葉にしなくてもその愛と熱は間違いなくそこにあると感じる渾身のギター。次はしっとり、と言って始めた2曲はいずれも米川ライブのレギュラーナンバー 「青いブランケット」「Only for you, Only for me」今回はバンド編成での演奏だが「独奏会ではギターやピアノでの弾き語りもしています」とご自身で説明されていた。「まだまだありますよ」今回の入場チケットが発売後1分以内に売り切れたことに触れ「配信でもみていただいてありがとうございます」「それでは盛り上がっていきますよ」ここからは怒涛の連続5曲「Velvet Touch」笠さんボーカルのところは森藤さんが歌い、米川さんと掛け合いで。LIVE2022では仮谷克之さんが、2023年、2024年のHYbrid Specialでは小森啓資さんが笠さんパートを歌った。この曲でストさんのベースソロ。この満員御礼の客席にも降りてこられてめちゃめちゃ盛り上がる。デコトラみたいにピカピカ光る靴で客席を練り歩く。「Blue Guitar」ゆーあんみーあんまいぎたーのコーラスをストさんと森藤さんはオリジナル通り、譜面どおりにしていたのだと思うが、普段のライブではその部分のコーラスがないので、米川さんはいつものようにアウトロのギターソロを自由に存分に弾きまくっていた。「Cyber-Commander」では、オリジナルの笠さんのボーカル部分を全部米川さんが歌う。AJでの歌割りは英樹さんから米川さん2017年1月、2018年よねまりゅでは米川さん→笠さん2021年ウルトラヒデキセブンでは笠さん→米川さんという過程を経て、今回は全部米川さんが歌った。「RainyFarewell アメノチワカレ」英樹さんパートは米川さんが歌った。須藤さんはこの曲はピック弾きで、以前も米川さんのソロライブでこの曲を演奏する際にそうしてくださっていた。「マニュアル・ワールド」英樹さんパートも米川さんが歌った。2019年の35周年ライブでもそのように歌っている。2023年のHYbrid Specialでは英樹さんパートを仮谷さんが、2024年にはJIGENさんが歌った。あっという間の1時間半の本編が終わり。 アンコールの拍手に応えての曲は「WALKIN'」英樹さんの歌のイメージの強いこの曲を米川さんが歌うのは新鮮で、同時に何か心強いものを感じた。そして「信じていれば」はどなたが歌ってくださるのかなと思っていたところ、おそらく2015年の音声データの英樹さんと笠さんがこの曲に参加。不意を突かれて涙ぐんだのは私だけではあるまい。Dream never stop!で青のペンライトがピッタリそろって上がる光景はほんとうに素敵だった。拍手やまず、ダブルアンコールでステージに再び登場した米川さん「僕たち新人バンドなんで、レパートリーが少なくて」「僕の曲なら」と言ってはじめた「奇跡」米川さんの客席乱入もあり大いに盛り上がって終演。【その3へ】石はやっぱりカタイーPlus [ C-C-B ]走れ★バンドマンーPlus [ C-C-B ]
2025年06月18日
閲覧総数 763
11

KIWA 素敵なライブハウスでした。椅子あり100席。かつてのシアタートップスみたい。私好みの空間。ビールも二杯のんじゃった。予約して行くのはスケジュール的に難しく、当日行けたら行く、という状況。なんとか行けそう!になったのでお一人様で当日券ねらいで参戦決行。初めて行く米様のライブ。米様は「満席だけど、若干当日券だします」ってFB に書いてたけど、昨日会場に電話しても留守電だし、どうやったら買えるのかさっぱりわからず。会場前に行ったが並んでる人とかいなくて、思いきって会場のドア開けて、スタッフの方に聞いてみた。開場時間になったら予約番号順に並ぶから、そのあとキャンセルなどあれば入ってもらえます、とのこと。当日扱いなので立ち見だった。私の近くのお姉さん、すべての曲知りつくしてて超ノリノリ。おかげで曲のポイントもよくわかり、マネしちゃた。純粋にパフォーマンスを楽しめたー!あんなすごい人たちでも、ライブではリズムずれたりするんだなーと、でもそこからちゃんときめてくる、そういうのも堪能。松木さんがニコ生で言ってた岡本さんのショットの強さを体感。いろいろ予習したつもりでしたが、半分は知らない曲で私まだまだですな。「Broken Wings」「La Siesta」では、周りを見ながらタオルも振ってみた。「青いブランケット」のアコギバージョン、すばらしかった。「じゃらん」って弾く音の一つ一つが際立って全部きれいに聞こえ、そこにボーカルがまっすぐのって。「ガラス色の夜明けだね 波も透きとおる」の情景が浮かぶような音になってて。「Blue Guitar」は、私の好きな昔の動画と脳内で比べてニヤニヤしちゃった。コーラスをキーボードの河野さんがつけてたけど、つい英樹パートを口ずさんじゃったなー。(つづく)
2016年03月04日
閲覧総数 497
12
![]()
あの頃持ってた赤い四角いアイワのラジカセはもうない。しかし次の日からの私の動きは中二のころのそれとたいして変わらない。ボイスレコーダーがMP3プレイヤーとして使えることに気づき、ココロはすっかりJC 。 動画をどうこうするスキルはないし自ら法に触れる勇気もないのだがせめて音だけでも‥って、考えることがまんま厨二。テレビの前にラジカセ置いて「しーっ」とか言ってたころと変わらん。 買ったCDをPC に入れると曲ぜーんぶに自動的にタイトルつけてファイル保存してくれるなんて‥びっくり!そして彼らの全作品は小さなマイクロSD に収まってしまう。CD 焼くのもあっという間にできるし。 CD 焼くのがすんごい大変だった記憶は15年ぐらい前のこと?ていうか私そのために外付けのCD -ROM ドライブ買ってた‥つなぐのにドライバーインストールして‥あの苦労はいったいなんだったんだ(遠い目)
2015年12月29日
閲覧総数 317
13

2004年に出てすでに10年たち、市場にはほとんど出回っておらず、密林の某ショップでは198000円(じゅうきゅうまんですよ!)の値段をつけていたメモリアルDVDボックスを再販決定、と松木さんのつぶやきがあり、その後米川くんのオンラインショップでも取り扱うとのお知らせがあった。 Sさんにメールする私。「DVD買っちゃおうかな~買ったら上映会するから見に来て」「行く♪から買っちゃって(笑)」 米川くんショップでは9月15日から10月15日に予約を受付、11月4日発売日以降に発送とのこと。ショップ限定特典は幻となったツアーロゴ入りミニトートバッグとポストカードなど。DVDをすでに持っている人のために特典のトートバッグの色違いを販売し、そのトートバッグにもDVDを買った人と同じ特典がつくとのこと。でも「商売上手~」とは思わなかったのはなぜだろう。トートバッグ単独の値段が高くなかったから? 黒のトートバッグを普段使いにしたかったので、トートバッグとDVDとを買うことにした。実際、複数買った人が多かったようだし、人によってそれぞれ違う中身もあったので、届き始めた人からネットではちょっとした祭りになっていた。 うちには思いのほか大きな箱が11月3日に届いた。そっと納戸にしまい、一人の時に開けてみた。・Tour 2015の文字の入ったミニトートバッグ・米田渡で撮った写真・ヒデキファイナルのライブ入場者に配られた16枚のポストカード。AJ公演、ゴーゴーヒデキの写真など。幻となった再結成ツアーのセットリスト(曲順表)も入っている。・笠くん単独のポストカード。たぶん↑が3人のものが多いので、笠くんファンにも、という意味なのではと受け取った。・米田渡の3人で撮ったプリクラ。オジサン3人で何やってるんだ、と笑うしかない。・缶バッジは何種かあった様子。私のところにはヒデキファイナルの時の笠くんの大きな太鼓の前面のデザインのが来た。ちょっと嬉しかった。・形見分けとして、ヒデキの衣装の一部。5センチ角ぐらいの布片。彼のシャツを一枚一枚切り分けて用意してくれたスタッフの方々を思うと切ない。・ゴーゴーヒデキの全出演者の集合写真。4人のCメンバーが公式の場で揃っている。岡本さん、丸山さん、松木さんら最強の共演者たちとの幸せな晴れ舞台の最後の記録。もうこのメンバーみんなでこんな風に笑えることはないと思うと、これは泣けた。 こんなにたくさん特典がついてきたことはとてもうれしかったが、私なんぞがヒデキの形見分けをいただいちゃっていいのかなという思いもあった。 26年分の不義理をごめんなさい、とつぶやきながらありがたくいただく。あのころはテレビやラジオの中でしか会えない雲の上の人たちだった。そんな方の形見がいま自分の手の中にある。今まで忘れててごめんなさい。もう会うことができなくなっちゃってから思い出すなんて。 DVDはSさんといっしょに観ることにして。 ハガキと写真の同じものが2組になった分は、後日Sさんが来たときに1組あげた。「あー、こういうの見ると、ほんとにこれで最後なんだな、って思うよね」 そうだよね。 もう最後だから、今までの特典なども全部出してくれたんだよね。 もう最後だから、商売っ気もないんだよね。いままで応援してくれてありがとう、なんだよね。
2016年01月10日
閲覧総数 294
14
![]()
米川くんのこと。「もう再結成ってないだろうね」とS さんと話してた。「田口くんのことを米川くんが許すと思えないしね」「そうだね‥」↑私たち二人が米川くんの何を知ってるかって、テレビやラジオや雑誌を通して一方的にみていただけ。でも私たちはそう思っている。 Cの最年少で最後に加入したギタリスト。後期Cのサウンドを大きく支えた。当時誰より早くスタジオに入ってて、他のメンバーが来るまでピアノ練習してて、今自分のライブでピアノも弾くらしい。この夏からいろんな音源を聴きなおしてて、彼のギターの多彩さに驚く日々。ぜんぜん好みの音楽じゃないと思ってたけど、熱く、ときには優しく、それでいて品のある彼のギターの音色が気になるようになってきた。 今、年間に何本ライブしてるんだろう?いろんなミュージシャンとのセッション、作曲、スタジオでの仕事など、wikipedia にはさらっと書いてあるけど、どれもよく見ると凄いよ! 昨年9月の矢沢永吉の東京ドーム公演で外国人メンバーに混じってバンドメンバーとしてステージに上がってた。永ちゃんの隣で青いギターを熱く奏でる米川くん。でも、その出演については自分からはあんまり明らかにしてない。永ちゃんの公式ページにはサポートメンバーとして名前がちゃんと載ってるのよ。 NHK 「Songs」では、リハーサル風景ではカメラに背を向けていて顔が見えなかった。わざとかな、と、ちょっと思った。さすがにドーム本番の映像では正面向いて映ってたけど、サングラスかけてた。自分のFB で矢沢永吉Rock in DomeのDVD の紹介をしてたけど「僕も映っています」とだけ書いてあった。出演してます、じゃない。 今、自分の音を思う存分奏でられているから、今のかっこよさがあるのかな、と思う。 当時の彼ら、みんな正直すぎたのか。カッコつけてなさすぎなのか。アイドルだったら(笑)もっと完璧に嘘で塗り固めてカッコつけるのもありだったのに。 音楽雑誌とか、ラジオとかでは結構本人たちの性格とか本音とかまんま出ていた気がする。 米川くんは人見知りだけど音楽に誰より厳しい。頑固。職人肌。ただ見ているだけの私たちもそれを感じてた。きっとテレビで当てふりで演奏とか、誰より嫌だっただろうと妄想。
2016年01月24日
閲覧総数 757
15
![]()
矢沢永吉のライブに行った。この年ではじめて行ったんですよ武道館。買えると思っていなかったチケット、直前でチャンスあると知って迷ったけど、行けたことはほんとに幸運だった。青いギターの方がギタリストとして出てるとの情報が気になって北海道の初日からずっと気持ちは全国をまわってた。ラストは武道館5公演、しかも間に休演2日をはさむぜいたくなスケジュール。きっかけは青いギターの方が去年の東京ドーム公演にでていたことだけど、その映像やNHKのSongsスペシャルを見たりして「永ちゃん」がずっと気になってたんだ。「タオル買わないの笑」とダンナからのメール。期待にこたえて入場前になんとか買ったよめっちゃハデなタオル。ツアーロゴと全国各地のライブ会場が全部書いてあるやつ。このスケジュールで全国まわってきたんだな。バスタオルサイズの大きなタオルを握りしめ、転げ落ちそうな急な段差の座席につく。ひとりでのりこんだそこはやっぱり特別な場所だと感じた。開演前から座席ではやまない永ちゃんコールがずっと続き、ウェーブもまわってきて、もうそのテンションに圧倒されっぱなし。ステージを横からというより斜め後ろから見る席。ステージ上の足下の機材が見える。青いギターの方は大活躍でしたよ。上手側。青いギター、アコースティック、何種類か使いわけてた。曲が終わるとスタッフが手伝ってさっと次のギターに持ちかえる。服装はいつものライブスタイル。濃い青色のシャツ。ボタン開け多目。超細身のパンツ。足元はブーツかな。去年のドームのときと同じくサングラス。 周りの人に合わせて席を立ったり座ったりコールしたりした。タオルも周りを見て合わせてふってみた。みんな永ちゃんが歌ってるところでは絶対コールしない。バラードのときは全員静かに座って聞く。火がボワッと出たり、レーザーばーっとしたり、ミラーボール回ったり。ステージの演出は期待以上。でも。でも何より「演奏のクオリティ」「歌の力」「心を届けるMC」これらがすごいんだ。当たり前みたいだけど、何よりそれがすごいことに心奪われた。永ちゃんの情感あふれる歌に合う演奏をするバンドメンバー。はじめて聞く歌も胸の奥までグッと届く。BossのMC 。「65歳も過ぎて、染めたりしてないんですか。自毛でいいですね。とか言われるんだよ。・・・まあ多少染めたりはしてるけどさ(客席笑)」 昔はリーゼントで、と言う話もしてたけど、むしろ今のカッコよさがすごいわー!「若い時につくった曲。この年になってみて、歌詞がより沁みるんだ」「こんなメールもらうんだよ。「永ちゃん、オレ、車にヤザワのステッカー貼っててさ、車も軽なんだけどさ、上司に『いい年して、まだそんなことやってんのか』って言われちゃったんだよ」でもさ、いい年してもさ、貫きたいものがあるよね」 もうね、泣いたね。まわりも鼻すすってた。はじめてここに来た私のような人までドストライクで泣かせるってすごくない?!ファンならなおさらでしょう。 「長くやってきて、ここにはいろんな人が来てくれてる。何十年、ヤザワが23,4のころから、同じ年か、それよりちょっと若いときから、ずっとファンでいてくれた人(拍手)、なんかいろいろ事情があって、ヤザワから離れたけど、また来てくれるようになった人(拍手)、それまでヤザワのこと、知ってたけどなかなかここにくる機会がなくて、フェスとかでヤザワのライブを見て、武道館に行ってみよう、って思った人(拍手)、本当にいろんな人が来てくれている。ありがとう。」 「昔は、男ばっかり(の客席)で、ほんとにいろんなことがあって、だんだん女性も来てくれるようになって、今は半々、とはいかないけど、55対45ぐらいにはなったのかな(拍手)」 客席から賛同の拍手が起こる。長くやってきて、ここに集っている人たちが、ずっとついてきてくれたファンはもちろん、新たに興味を持ってここに来てくれた若い人、子育てなど終わって戻ってきた人たちがいるということに言及して、それぞれに語りかける。この場がいろんな人でつくられてることへの理解を促し、「ありがとう」と感謝を伝える。もう、ほんとに、ハート(←あえて言う)をわしづかみにされましたわ。こういうことって、ほんとに当たり前のことのようだけど「ちゃんと、永ちゃん自身の言葉で、みんなに向かって言ってくれる」ってことに意味があるんだなーと。一万人が静まり返って、MC の言葉の一言一句を聞きのがすまいと耳をあずけている。一流の歌い手であり、一流の語り手だと実感した。客席のひとりひとりに話しかける語り口、声にすっかり魅了された。そしてこれこそ、ライブで実感することなのだと心底思った。 コール&レスポンスで歌ってほしいところは、画面に歌詞が出た。歌詞みながら周りの人に合わせて歌った。初めてきた人も参加できるような配慮に感動。 メンバー紹介で「去年のマニアックナイトからファミリーに加わってくれました。ギター、米川英之!」と紹介されたときに、客席から「CCB !」と男性の声がかかり急にドキドキ。はじめて知る人もいるよねきっと。ひとりでドキマギして挙動不審な私(笑)。タオルを投げるあの曲。2階後方からは会場全体がひとつになる様子がよく見えた。カラフルなタオルが揺れ、キラキラのテープが放たれ、総員がコールする様はまさに祝祭の空間。武道館が一体となって波うつ、熱く愛に満ちあふれた色とりどりの海。客席も明るく照らし出され、私たち観客もいっしょにこの場をつくったと感じたあの光景はたぶん一生忘れない。最近車でよくかけてる。ドライブに合う。↓※試聴できますALL TIME BEST ALBUM(3CD) [ 矢沢永吉 ]青いギターのギタリスト米川英之。C-C-B 解散後、現在までのソロ活動の軌跡。「米川英之BEST」↓※試聴できます米川英之 BEST [ 米川英之 ]ユニバーサルミュージックジャパンより2016年12月21日発売http://www.universal-music.co.jp/ccb/products/upcy-7211/これもほしいー!↓矢沢永吉/ROCK IN DOME 【Blu-ray】
2016年12月17日
閲覧総数 3706
16

・・・・・・こんなに胸が騒ぐ恋など無いだろう 別々の街で暮らしても窓から見える星は同じきっとSomeday Anyday 結ばれる時が Someday Anyday くるはず 約束はしないけど ・・・「約束」の二番。解散前のラストシングルのB面のために松本隆先生が書いた歌詞。ヒデキファイナルの最後に映像で流れていた。 高校生だった私は「テキトーな歌詞書くなよ隆ちゃん・・・」って、たぶん思ってた。大人のごまかしかよ、いいかげんだなーって。 その後、いろんなミュージシャンの歌を聞いて、たくさんCD も買ったけど。 シングルもアルバムも、ぜーんぶの曲聞いて歌詞も覚えてて。 テレビもラジオも雑誌も、可能な限りチェックしてた。 似合わない衣装とか、ヘンなセットとか、コーラスの音はずしてるよ、とかに、ヤキモキしたり。 そんなのは私にとってC 以外にはなかった。 今はお別れだけど、また会おう。解散から長い年月を経て今ごろ、この直球な歌詞が沁みる。
2016年02月01日
閲覧総数 441
17

放送が始まる。会場に流れる客入れラストは「恋文」。 暗転して、ベースの前奏から始まる曲。 知らない曲だけど、彼はベーシストだったと改めて思い出す。舞台にはトルソーに着せられたヒデキのシャツ、愛用のベース。ステージの中央のスクリーンにヒデキの動画が流れ、スピーカーからは彼のベースとボーカル。それに合わせてギタリストとドラマーが演奏する。データのヒデキとのセッションなのだ。 20年ぶりぐらいに聞いた彼の歌声は、ずっと歌ってきた人の声だった。私が知らなかっただけで、ずっと音楽やってたんだ。3ピースのバンドは3曲を演奏して退場。画面は中継から離れ、「これから過去のライブ映像をお送りします」との字幕。 ほどなく始まったのは2014年のAJ によるC 曲の映像。太いベースの音で始まったその曲はヒデキが歌い始めたら、すぐに自分の知っている曲だとわかった。ニコ生なので「これなんていう曲?」「こんなカッコイイ曲あったんだ」などのコメントが次々に挙がる。 そうだよC はカッコイイんだよ!知ってるよこの曲! AJ での映像のあとは2015年の笠くんもいる4人の演奏の映像。引きの固定カメラからの記録ではあるが、年を重ねた彼らによって演奏されるC 曲は懐かしくそしてカッコよかった。 1曲進むごとに、歌のタイトルも、歌詞も、細かい楽器の音も、全部、全部思い出す。 全部知ってる!全部! そしてその感覚をニコ生のコメントで、全国の恐らく同世代が共有している。 自分はコメントしなかったが、たくさんの人がそこでやりとりをしながら見ている。それは25年前には想像もつかなかった思いの共有のしかただった。C 曲への記憶の扉が開いていく。 再び会場の中継へ。 今度はステージ上に米川くんがいる。ドラマーはさっきと違う方。でも、大きい太鼓にC のロゴとメガネのマークが描かれたドラムセットは、ここに座るべき人がこれから登場することを予想させるのに十分だった。ヒデキと米川くんの掛け合いボーカルの曲が2曲。スクリーンのヒデキとアイコンタクトしながら音を合わせ、観客のノリをあおり、カッコイイ米川くん。当時よりもカッコイイかも。じゃこのタイミングで、と後ろのホーン隊から前に出てきてメンバー紹介しはじめたのが松木さん。初めて見た。そこで今日出演する全員の名前がようやくわかる。笠くんもステージに出てくる。そしてセッティングの時間を経て次の曲。笠くんのドラムではじまったのは「B・I・N・G・O」。C らしいノリノリの1曲め。画面のヒデキと息ぴったりの演奏、掛け合いボーカル、そしてコーラス。当時の笠くんには歌の不安定さがあっていつもハラハラさせられていたが、歌は当時以上に声も出ているし、ドラムも安定していてカッコイイ。そして当時と同じくカワイイ。ヒデキの曲「東京‥ナイトフェイス」では間奏のベースソロをクローズアップして泣かせる。 そうなのだ。 中継は「スクリーンを含むステージ全体」「ステージ上の演奏者」「スクリーンのヒデキ+ワイプの演奏者」「スクリーンヒデキ」を切り替えながら放送しているのだ。 「スクリーンヒデキ」はスクリーンの中の米川くんと楽しそうに並んで演奏していて、今一緒にいるようにしか見えないのだ。でも切り替わると画面を見ながら合わせる米川くんが一人。これは切ない。絶妙のスイッチングに「ヒデキはここにいるんじゃないか」「いるよ!絶対いる!」というコメントが相次ぐ。 見せ場もタイミングもバッチリの放送に愛を感じる。3曲目のイントロ「さーみなさんこの曲は覚えてますか~?知ってたら一緒にうたっちゃってくださ~い!いいですか~!」と画面から客席に呼びかけるヒデキ。イントロでわかるよ、知ってるにきまってるじゃん! ここでようやくシングル曲「原色したいね」が出てくる。 ヒデキは相変わらずデカイ声で、どっちが主旋律でどっちがコーラスかわかんないよ。もうこの辺りからはまったく目が離せなくなる。(つづく)
2015年12月11日
閲覧総数 926
18
![]()
アンコールは英樹さんといっしょに。 Born in the 60's C-C-B Let's Go Climax C-C-B 「Let's Go Climax」でこぶしをあげて英樹さんのアオりに応えるなんて、そんなこと、私がずっとしてみたかったことじゃん!英樹さんの「昔はもっとでかかったぞー!」もきけた。客席が応える声はさらに大きく。レッツゴーレッツゴーゴーレッツゴー、って。 ああ、このままずっと続いて、と思うけど、もう終わるんだ。この曲がどう終わるか私たちは知っている。AJのDVDで、そしてヒデキファイナルの配信でみている同じテイクのデータだから。楽しかったひとときには必ず終わりがくる。わかってる。わかってるけど。 もう、これで終演なんだなと、選曲はもちろん音をきいてはっきり感じる。 この形でライブをするのはこれで一区切りです、とプロデューサーの松木さんが発信していたことが、こういうことなんだなと、現実感をもって伝わってくる。 三年前のあの日英樹さんを送り出してくださったこのメンバーで、今度はみんな笑って、英樹さんを思い、もう一度送り出す会だったと私は感じた。 英樹さんがスクリーンに登場するのはとてもうれしくてなんか一生懸命みちゃうんだけど。目の前で生演奏している皆さまのグルーヴ感が高まる瞬間と、データの英樹さんの演奏とがずれる瞬間があり。これが年月が経ったということなのかな、とぼんやり頭の片隅で考えていた。「ファイナル」のときは、本当に直前まで英樹さんと音を合わせている日々であったわけで。そのときの呼吸の合わせ方とは少しずつ変わってきているだろうな、と感じた。 そして今回強く感じたのは、米川さんが、英樹さんを思い、英樹さんとともに楽しむライブにするためにこの場を引き受けていたということ。 この場にふさわしい選曲や演出を考えて、プロデューサーの松木さんとともにこの場をつくったのだと想像している。信じていれば [ C-C-B ]C-C-BメモリアルDVD BOX [ C-C-B ](つづく)
2018年08月19日
閲覧総数 563
19

C-C-B&VoThM&三喜屋・野村モーター's BAND「ウルトラヒデキセブン」20210713新宿BLAZE についての個人的感想出演 笠浩二 米川英之 丸山正剛 木村健治 野村義男 五十嵐公太 仮谷克之 寺沢功一 森藤晶司渡辺英樹さんの命日に仲間のミュージシャンの皆様が集まってゆかりの曲を演奏するライブがコロナ禍2年目の今年も無事行われた。7回忌にあたる本年は、野村義男氏が英樹さんからの啓示を受けてつけた「ウルトラヒデキセブン」というタイトルで、VoThM、三喜屋・野村モーター‘s BAND、C-C-Bでの名義で開催された。ステージ上の出演者が演奏する曲と、英樹さんのボーカルとベースの音とその映像とともにリアルメンバーと一緒に演奏する曲とで構成された全20曲。曲ごとの演者がわかるように一覧にしたものがこちら。当日の熱さを存分に伝えるダイジェスト動画。ご出演の皆様がそれぞれ英樹さんとの思い出を語るのもとても良い。「愛の力コブ」での3人ギターソロ回しなど、見どころの場面がバッチリ盛り込まれている。→「ウルトラヒデキセブン」ダイジェストムービー YouTube今回、米川さんは片側の髪の先の部分を「青」にカラーリングしていて、笠さんはおなじみの前髪をピンクにしていた。笠さんがピンク髪にするのは最近は自然なカラーに近いものが多いのだが、今回はハッキリした鮮やかなピンクで、またそれも似合ってみえるこの不思議。米「僕たち、今日髪型が、C-C-Bみたいでしょ」笠「みたいにしてもらったの」 以前にも書いたが、C-C-Bが派手な髪色にしていた時期に米川さんだけは髪を染めていなかったのだ。C-C-Bみたいでしょ、とC-C-Bの人たちが言う面白さというか、この何とも言えない感じ、わかるひとにはわかる味わいというか、お二人のやりとりの可笑しさがジワジワ来る。 中盤からのC-C-Bパートは「冒険のススメ」からのスタート。米川さんが昨年2020年のTeam Dragonsのツアーでこれを選曲されて、キーボードなし編成で米川さん須藤さん小森さんお三方での3人ボーカルで、それはそれはカッコイイ演奏だったことを思いだしながらの一曲め。今日は久しぶりにキーボード入りできけたのが嬉しかった上に森藤晶司さんがすごくC-C-Bっぽく弾いて下さった音にシビレた。その上あの方が歌っていたパートのボーカルまで森藤さんがうたってくださって!客席のペンライトが高いところで振られたのをはっきり感じて気持ちよかった。 そのあと演奏された「Rainy Farewell」も「Blue Guitar」も、米川さん名義のライブで演奏されているのをきいていて、森藤さんの出演された米川さんのライブもきいているのだけれど、今日ここできく音が「C-C-Bだなあ」と思うのは何故なんだろうとずっと考えていた。 「Rose & Pain」もそう。笠さんのライブで最近も演奏されていてとても素敵だったのを覚えているのだが、今日きいたそれが「C-C-Bの音だ」と感じたのは何故か。それはたぶん鍵盤の音色がピアノかシンセかとかそういうことじゃないんだよね。 それは、オリジナルの魂のようなものの重心がどこにあるかなのだろうと思う。米川さんのご自分の音楽活動の中で奏でるC-C-B曲の演奏と、米川さんが「C-C-B」として演奏するC-C-B曲は同じ曲でも違う響きを持ち、それは笠さんの今の活動においても同様なのではないか。そう考えると今日「C-C-Bでした!」で締めくくられたこのパートが、1年に一度、この日に英樹さんと一緒にセッションする場としてあることにとても大切な意味があるように思う。そこにあるのは更に年を重ねた現在のC-C-Bだ。 「Cyber-Commander」は、以前よねまりゅで米川さんから歌いはじめてサビに向けて笠さんが引き継ぐように歌っていたのをきいたが、2021年の今日は笠さんが歌いはじめたのでオリジナル通りに歌うのかなと思っていたら、サビからを米川さんが歌っていて、それはこの2013年の映像の英樹さんといっしょに歌っているのが米川さんだったからなのだろう。この2013年のAJには笠さんは参加していないのだが、その映像の英樹さんと笠さんと米川さんとでボーカルを展開していくのは本当に時も空間も超えたセッションだと感じた。 「どうもありがとうございます!C-C-Bでした!」と手を挙げて、このパートを締めくくった米川さん。「最近は米川笠のデュオでやってますんで」とすっかり「デュオ」という呼び方が気に入ってる様子の笠さん。松本隆先生に「二人CCB」と呼ばれてそれが世間に自然に受け入れられたように感じていたが、ご本人もそのように感じられているなら良いなあと思っている。 アンコールラスト「2 Much ,I Love U」で英樹さんの大きな声に合わせて「FU!」で上がった客席全員のペンライト。ゴーゴーヒデキのときに英樹さんがここの歌詞を変えて「だから みんなで 生きよう」と歌っているのが、今のこの世の中で前を向く歌として響いた。この曲をこんな気持ちできく日が来るとは予想もできなかった未来に私たちは生きているしこれからもみんなで生きていく。笠浩二さんの公式ページより出演者の皆さんと、「C-C-Bみたいな髪」のお二人の写真笠浩二CD「OFFICIALBOOTLEG」笠浩二DVD「Live Tour 2017 feat.米川英之」はこちらから公式・定価にて販売中「C-C-Bシングル&アルバム・ベスト『曲数多くてすいません!!』」高音質CDとして21世紀に蘇った2014年発売の2枚組のベスト盤。シングル全曲と「スワンの城」「ナヤミの種」(NHKみんなの歌で笠さんが歌ったオリジナルバージョン)などのボーナストラックを含むDISK1と、9枚のアルバムから選りすぐった20曲を収録のDISK2。(リンク先で試聴可)C-C-B シングル&アルバム・ベスト 『曲数多くてすいません!!』 [ C-C-B ]
2021年07月13日
閲覧総数 1121
20

Cメンバーについて既女板のレスが転載されてるのを見ていったい何のスレッドだろうと見に行ったら「転落芸能人」のスレタイにC の名が入ってたorz 膝にきましたガックシ 徹子の部屋の追悼特集でちょっとだけヒデキを映してくれた。徹子さんが「ベストテンではしょっちゅう一緒でしたね」と言ってくれた。徹子さんに追悼されるなんて・・・30年前には思いもしなかったよ。 私自身の当時の推しメンはヒデキじゃなかったはず。笠くんが不憫でいつも気になっていたけど。でも今年の出来事を通して渡辺英樹の死=C の死であり、ヒデキがC そのものだったんだなーって思った。
2016年01月09日
閲覧総数 356
21
![]()
ここまで演奏のみでずっときて。 再び松木さんがマイクをとって米川くんと笠くんに「(英樹さんが倒れる)直前までツアーの準備をしていてね・・・ツアーのリハーサルのとき、英樹さんとどんな話をしましたか?」のような話をふる。 米「話?したよ、したした」 松「したした、で終わりなの?笑」 笠「おはよう、ぐらいで」 米「あとはくだらない話」 松「笠さんはどうですか」 笠「え?(ヒデキと)田口くんの悪口ばかり言ってました」 出演者も客席も爆笑。「こんなに拍手もらえると困っちゃうんだよな」と笠くん。 これ以上は話題にできないけど、ちょっとだけそこに触れることで田口くんの存在を感じる。 松木さんに「僕と笠さんがしゃべるより、米川さんと笠さんが話した方がお客さんが喜ぶんじゃないかな」と言われて二人は「え、そう?」「あんまり話したことないもんね?この二人ね?」って、子どもか! しゃべってつなぐとか、ずっとヒデキがしてくれてたんだなと感じずにはいられない。 5分ぐらいのMC。でもファンはこういう話が聞きたいんだよね。3人とも泣かずに、明るく話をしているのが大人だなと思う。 松「英樹さんぜったいどっかで見てるから、最後にみんなの声とどけようよ」 米「盛り上がっていきましょう!」 とお客さんに呼びかけ、最後のブロックに入る。懐かしい「Born in the 60’s」のピアノのイントロ。田口くんの代わりに岩瀬さんという方がキーボードを弾いてくれている。米川くんのギターが入り一気に盛り上がる。 そしてキーボードのイントロから始まる「Let’s Go Climax」! やっぱりこれでヒデキを見送るんだな。 間奏で「ヒデキ愛してるよ ー!」と言う笠くん。お客さんがワッと沸くのがわかる。 定番のLet's Go!Let's Go!とお客さんのコールに、スクリーンの中のヒデキが「昔はもっとデカかったぞー!」とあおり、耳に手を当て客の声を聴くしぐさをする。 それに応えてお客さんは手を大きく振りあげ、コールはさらに大きく。「すげー良かったぜ!愛してるよー!」と満足げな表情のヒデキを見せて、演奏は終わる。 出演者はすべて退場。ニコ生のコメントにはアンコールを求める書きこみが相次ぐ。 そのあとスクリーンに過去のライブ映像として流れたのは「誓うよ 死ぬまで忘れないよ君のこと」で始まる曲。いつかどこかで会ったらその時は微笑んで、のような、もう泣かせるための曲。 私も覚えていなかったC曲だが、コメントの書きこみをみて「約束」というタイトルを知る。 しかも彼らのラストシングルのB面だった曲。たぶん会場は号泣だったのでは。 そして静かにヒデキの曲「I Love You」のオルゴールバージョンが流れ、すすり泣く声がだんだん合わせて歌う声に変わっていく。 ヒデキのベース、シャツを着たトルソーが、スタッフに運ばれ、退場し、客電がゆっくりつく。 「candy」が流れ始め、合わせて歌う客の声が聞こえたが、「本日の公演はこれで終了です」とのアナウンスがあり、放送が終わる。 ニコ生のコメントは賞賛と感謝の声で埋めつくされていた。「今日の放送はどうでしたか」というアンケートが表示され、迷わず「とても良かった」を選ぶ。途中から一緒に見ていた娘が「これ見て『良くなかった』っていう人がいるの?!」と言っていた。 たくさんのミュージシャンの仲間がみんなで見送ってくれたこと、ヒデキの、そしてCのカッコイイ姿を全国の元ファンたちが見ることができたことが本当によかった。このお別れ会「ヒデキファイナル」を実現させた松木さんには本当に感謝の言葉しかない。そして私のC熱は再燃し、この日以降、同じ思いのおそらく同世代の人々がネットでその気持ちを語りあい始めた。(つづく)
2015年12月11日
閲覧総数 968
22
![]()
ずっと応援し続けてきた人とは違うし、彼らの何をわかってるのか、と問われれば語る資格がないのもわかってる。 私にとってC とははいったいなんだったんだ? と考えて出るコトバを書き留めている。事実誤認がないかだけ心配だが誰も読んでないか(笑)。「お母さんがこういう音楽が好きって知らなかった。意外。」と娘に言われた。ええ、自分でも忘れてたぐらいですから。 近年続けている、声とことばについての研修の場でのこと。 「雨ニモマケズ」を読む機会があって、その日は前の晩見たゴーゴーヒデキの余韻があって「昨日の夜ロックバンドのDVD を見てたのもあって、賢治が熱い思いを抱えているように感じてならない」と話し、そのように読むことにした。 そのとき先生が「何というバンドの音楽ですか」と聞かれたので「若い方は知らないと思いますが、C というバンドです」(先生は知ってる世代、他の参加者には今年の新卒ちゃんもいる)と答えると「あー、あのドラムの人が歌ってた」「そうです」「まだ活動してはったんですか」「ええ、みんな50才越えて、ロックやってます」「ローリング・ストーンズみたいな、年重ねて、重厚な深みを増した」「ええ、矢沢永吉が66才で東京ドームやりましたけど、イメージとしてはそんなのです」 きっと先生、ロックバンドと聞いてC の名前が出るとは思わなかっただろうな。あのアイドル売りからスタートして、50過ぎても自分の音楽を続けてる、それってロックじゃん。口にしてみてそう思った。
2016年01月21日
閲覧総数 408
23
![]()
ヒデキのお別れ会でファンが献花したのが「ピンクのバラ」だった。あらかじめ指定されて公式に呼びかけられていた。 1500人とも2000人とも報道されていたが、ともかくたくさんの「元少女」たちが献花に訪れた。 これはヒデキがメインボーカルの「Lucky Chanceをもう一度」の一節 Pinkの薔薇の束を 背中に隠しながら にちなんだもの。 粋だよね。 こういうのってやっぱりプロデューサーの松木さんが考えたのかな。 「Romantic~」のインパクトは別格としても、「Lucky Chanceをもう一度」は、実は1番 C らしさが出ているシングル曲だと思う。3人がボーカルを歌いつぐ感じとか、ハイトーンのふたりの声を最大限生かしたところとか、80年代王道歌謡曲メロディーでありながら演奏はハデなところとか。 歌いながらヒデキが弾いてるベースが効いてるのに気づいたのは最近いい音でCD を聞いたから。リマスター盤CD の素晴らしいこと。特に低音が、リズムがハッキリして密度の高い音として聞こえる。当時のAM ラジオのモノラル音声+カセットテープじゃぜんぜんわかんなかったよ。↑オリジナルはベストの方に入ってます。「僕たちNO-NO-NO」に入ってるのはリミックスバージョン。 鮮烈なキーボードのイントロ、間奏で盛り上げるギターも好き。 85年の紅白に「Romantic 」じゃなくてこの曲で出たのは、民放ドラマの主題歌などのタイアップがついてなかったからかなと思う。NHK も昔はそういうの厳しかったからね。 当時C がレギュラーを持っていたラジオ番組を本当によく聴いていた。いつもリーダーのでかい声で始まるラジオが楽しみだった。Gくんの脱退後はさらに、トークの多くの部分をヒデキが担っていた。彼らのラジオはキレがあってとても面白かった。自分たちの曲だけでなく、彼らの好きな洋楽を紹介するのも楽しみにしてた。 ヒデキが大阪でやってたABC ラジオファンキーズも必死でチューナーやアンテナを動かし、雑音の中の彼のトークを聞いていた。ヒデキがビートルズの弾き語りしてたのはこの番組だった。 ピンクのバラに埋め尽くされた祭壇の写真が彼のブログに載っている。ヒデキのブログは2015年6月11日まで本人が更新している。元気にツアーのリハーサルをしている写真が最後。12日に緊急搬送され、14日からのツアーが中止となった。7月2日に田口くんのニュースがあり、7月13日に亡くなった。 ヒデキがたくさんの元少女たちにC のことを思い出させてくれた。田口くんの件でのダメージも最小限にとどめた。お別れをもって、というのが何とも無念ではあるが、そんなところもリーダーとしての責任感からゆえと思いたい。 お別れ会「ヒデキファイナル」に出演したC 以外のバンドについてはその時わからなかったが後で見て知った。vothmは元ビーリパブリックの丸山さん、爆風のファンキーさんと、三喜屋野村モータースバンドは野村よっちゃん、元ジュディマリ五十嵐さんと一緒にやっていたバンドだった。C じゃなくなってからの音楽活動のほうが長いのにね。最後までC のリーダーだったのはまちがいないが、本人にとってはどうだったのかな。ゴーゴーヒデキで「ごぶさたしてます、C です!」って名乗る様子は嬉しそうだったけどな。満足してたかな。 85年の大晦日に、レコード大賞の会場から紅白の行われるNHK ホールに移動したときの思い出を、解散のころ語っていたのを覚えている。紅白歌合戦で「Lucky Chanceをもう一度 」を歌ったことは、リーダーとして嬉しかったんじゃないかな・・・と、これまた妄想。
2016年01月28日
閲覧総数 1691
24
![]()
このカテゴリはここでは最近更新していませんが、動いてますよー笑。去年の今頃からアップした日記。過去の記憶が呼び覚まされ今の活動を応援するに至る過程を正直に書いた。どうしても書いておきたかった。今読み返すと赤面するような記述も多い。でも自分にそのとき起きたことをそのまま残しておきたいと思った。1年たった今、私は現在の彼らの活動をリアルタイムで追い、応援している。音源を買う、ライブに行く、音楽を楽しむ・・・私にとっては、自分が大人になったからこそできる応援だと思っている。若いころにしなかったこと、できなかったことを今しているのかもしれない。それでもいい。2015年はいろいろなことがあった。そして2016年もいろいろなことがあった。それらのいろいろを避けては語れない。それでも、新たな活動を始め、前に進もうとする彼らに希望と勇気をもらった。今日もひっそりこっそり応援しているのです。大都会の片隅で。今月、ユニバーサルミュージックジャパンから「米川英之BEST」「RYU+(プラス)」「VoThM BEST」が発売される。グループ解散後のそれぞれの活動の軌跡を追ったベスト盤がリリースされると聞いたときには本当にうれしかった。長い年月のうちに手に入れられなくなった音源も多い。音源を「ちゃんと」買うことで応援したかったし、音源があることでライブでもみんなで盛り上がれると思ったから。「米川英之BEST」はライブでもよく演奏される曲ばかりでまさにベスト。「RYU+」は、笠浩二さんが1990年にリリースしたアルバム「RYU」に、その後の活動で発表されたものから選曲してプラスしている。「VoThM BEST」は、故渡辺英樹さんが、元BEE PUBRICの丸山正剛さんらと結成したバンドVoThMのベスト盤。Universal Music Japan のページ↓「米川英之BEST」http://www.universal-music.co.jp/ccb/products/upcy-7211/「RYU+(プラス)」http://www.universal-music.co.jp/ccb/products/upcy-7212/「VoThM BEST」http://www.universal-music.co.jp/ccb/products/upcy-7210/今回の3つのベスト盤は、それぞれ異なったレーベルから出たアルバムからも選曲されている。この「レーベルを超えて」というのはたいへんなことだと思う。リマスターで音が良くなることも期待している。とても楽しみ。※試聴可米川英之 BEST [ 米川英之]RYU+ [ 笠浩二 ]VoThM BEST [ VoThM ]
2016年12月10日
閲覧総数 516
25
![]()
強迫神経症にして人格破綻者の男がウェイトレスに出会い、なにかが目覚めるまで。 ジャック・ニコルソンの徹底した役作りはよくわかったが。映画は正直面白くない。すごく話題になった映画だが、デートで観るには重い。いわゆるデート映画ははなから観ないけれど。 強迫神経症がどういう症状か多少でも知ったものには感情移入がしずらい。この映画を観た後で口説くというのはきついと思う。公開されてからだいぶ時間がたっているから、もしかしたらそれで結婚したカップルはいるのかもしれないが。 解説してくれよ。この映画がそこそこヒットしたわけを。 「自らが描くファンタジーほどにはうまくいかないと苦戦する小説家、自らの恋愛を重ね合わせて観るのさ」(誰?)とかいうのだろうか。 女性の前で話の糸口がなくて戸惑うのは誰にでもあることだ。でもそれと強迫神経症や性的マイノリティを題材にするのは別の話だ。 あるいは保険制度のむちゃくちゃさか?ゼニがすべての生活構造か? 故水野晴郎氏なら「病んだアメリカを表現しているのですねえ」とかなんとかいうのだろうしそれが一番便利な表現なのだが、本当にわからない。よさを情熱的に語る「恋愛小説家」ソムリエを求む。(♂)
2012年02月28日
閲覧総数 137
26
![]()
会場みんな、最初の一音をきいた瞬間わかる「イントロクイズ」状の反応なのだが、そのように演奏してくださったんだな、とふりかえってみて改めて感謝しきり。 次の曲もそう。 「次は米川さんはお休みです」米川さんがはけて丸山さんが登場しギターを持つ。イントロをきいた瞬間、どよめく客席。関口氏メインボーカルのこの曲を演奏しちゃうの?!という気持ち。 御意見無用、花吹雪 C-C-B 歌のキーから考えて丸山さんが歌うのかな、とみていると、舞台下手から、着流し姿で現れた米川さんが、ハンドマイクを手に歌い出して、それはそれはもう場内騒然。 え?着物?ハンドマイク?立ちボーカル? 起きたことの意外さに混乱しつつ大盛り上がりの客席を前に「蒼い 春が 散る散る~」と歌いながら扇子をひらひらさせる米川さん。 「やっぱ年とるっていいね!昔の米川じゃ考えられないよね!」なんて言葉が私の脳内では英樹さんの大きな声で再生され。英樹さんもいっしょに大笑いしてみているだろうなって感じた。 米川さんは何ごともなかったかのように(笑)元の服に着替えて再登場。次の曲へ。 愛の力コブ C-C-B この曲は英樹さんといっしょに。田口さん作曲のこの曲、間奏はキーボーディストの本領発揮、な曲なのだ。曲の最後のサビに向かってギターとキーボードが歌い合い高まり合う展開に胸が熱くなる。岩瀬さんありがとうございます。 Cyber-Commander C-C-B オリジナルは全編笠さんボーカルの曲なのだが、2017年1月のよねまりゅでは米川さんから歌いはじめて、後半笠さんが引き継いで歌うかたちにしていて、今回もそうしていた。なんかボーカル二人になると「二度美味しい」感じになって好きだなあと思っていたのでまたきけてうれしかった。生ホーンが入ってとてもカッコいい。 走れ☆バンドマン C-C-B 本編ラストは隅から隅までカッコいいインスト曲。1988年のアルバム「走れ☆バンドマン」のタイトル曲。もう、ほんっとにね、C-C-Bらしくて良い。すごく良い。それはね、世間の人が思うC-C-Bらしさとはちがうのかもしれない。でもいいんだ、私たちの好きなC-C-Bはこれなのだから。みんな、こういうC-C-Bがみたかったのだから。C-C-B / 愛の力コブ(SHM-CD) [CD]C-C-B (CCB) シーシービー / 走れ★バンドマン 【SHM-CD】 (つづく)
2018年08月14日
閲覧総数 571
27

笠浩二「The Acoustic 2022」@BLUE MOOD 20220426 19:00 笠浩二(Vo)知野芳彦(G)森藤晶司(Pf)松木隆裕(Perc)仮谷克之(B)メンバーお写真→笠さんの公式ページ音楽が人の心に響くのはどんなときなのだろう。勇気づけられたり、元気になったり、時には共に泣くこともある。ただときどき思うのは、気持ちがパサパサに乾燥していて、音楽による潤いが入っていかないときもある。共に泣くことができるような心の状態があるかと自問自答する日々もある。 会場で配信で、笠さんの声が届いた人の心をどれだけ潤しただろうかということを思った今日のライブ。今回はピアノとアコギとアコベ、カホンとパーカッションのアコースティック編成で、笠さんはイスに座って歌唱するスタイル。だからこそ際立つ歌と声の魅力。 イスに座って、今回はスタンドマイクなので、笠さんの両手が、手拍子をしたり、自分のヒザをたたいたりしてとるリズムが、客席の私たちと共有する感じがとても良い。ドラムが前になくても自然に手が動いちゃうのだろうなと思った。今回のように歌に専念することで歌詞の意味や表情をより意識した表現になっていると感じたし、時には両手の手ぶりで歌の世界を表現しているところも出ていたことはとても新鮮で素敵だった。「二人きりで〜」という歌詞のところで指を2本出したところで悶えていた女子は私の他にもいたぞ。バンドだとどうしても楽器の音に声が紛れてしまうが、アコースティック編成であることで、伸びやかで、昔の曲も原キーのまま歌える奇跡の歌声をじっくりきくことができた。 C-C-Bとしてのラストアルバム「信じていれば」収録の「もう、遅すぎて」。21世紀にこの曲をライブで笠さんの声で目の前できく日がくるとは夢にも思わなかった。嬉しい、とはちがう感情なのだが、その胸いっぱいの感情は涙となって尽きず溢れた。実は私の某アカウント名はこの曲にちなんでつけたのだ。どうしようもない悲しみに満ちたこの曲のイメージと、2015年に彼らに「再会」した自分がどうしようもなく遅すぎたのではという気持ちとでその名を選んだ。 田口智治さん作曲・編曲、そしてこの麻亜一花という作詞の方は、当時雑誌パチパチのC-C-B担当だった森田恭子さんということはC-C-Bファンはみんな知っているが、なぜ作詞をしてもらうことになったのかはどこかに書いてあったのだろうか、今となっては確認するすべがない。 この曲は当時のツアーでは演奏されていないらしい。ライブバージョンは某動画サイトで私もきいたことがあるが、それはFMラジオで放送されたライブでの演奏だ。今回ステージ上で笠さんが「それ、オレ歌ってないよね?!」松「いや、笠さんが歌ってました」というぐらい、当時ほとんど演奏されていない「もう、遅すぎて」。静かな中に複雑な旋律の美しさを感じる演奏が素晴らしかった。 C-C-Bの活動当時、ライブ中に笠さんがドラムを叩く腕の動きの中で、脱臼ということなのだろうか「腕が抜ける」ことがしばしばあったという。それに対して渡辺英樹さんがライブ中にベースを弾きながら近づいて来て「今腕抜けたろう?!」「ちゃんとオレは気づいてるよ」「ちゃんとフォローしたよ」などと声をかけてくるのだが、それに笠さんは「ムカついちゃった」のだと言う。 今日出たエピソードは1つなのだが、何度も何度も、そのように英樹さんが笠さんを気づかって近づいてきて話しかける、という話を繰り返ししていたので同じような場面は数多くあったのではないだろうか。笠さんが英樹さんの話をするときに愛憎入り交じるようにみえるのは本当に兄弟のように近い存在だったからこその感情なのだろうと思いながらきいていた。 最近、とてもよくしてくれた恩人の方との急なお別れがありとても悲しかったとお話されていたが、英樹さんとのやりとりやバンド時代の思い出話にも感情が揺さぶられていたのではないか。美しいバラード「純情夜」の途中で声を詰まらせ歌えなくなった笠さん。悲しい出来事に見舞われた笠さんに私たちが何かできるかなんておこがましいことは言えない、共に泣くことしかできない。 私たちができるのは笠さんの今の活動を応援することだ。今日のライブで、会場でも配信でも、笠さんの歌に心潤されて、今日を明日を生きぬく勇気をもらった人がたくさんいる、そのことをどうしても伝えたい、そう思った。 https://eplus.jp/sf/detail/3606680001-P0030001P021001アーカイブは5/2まで。期限までは何回でもみられます。 セットリスト No PermissionSoul TripperCiderGlory Days幾億の恋ナミダも消えて DAY by DAYもう、遅すぎて空想KISS風車の下でいつでもアバンチュール純情夜 (アンコール)流星のラスト・デートスクール・ガール初出 20220427最終更新 20220504
2022年04月26日
閲覧総数 2235
28

米川英之plays C-C-B 20250618その1米川英之plays C-C-B 20250618 汐留BLUE MOOD米川英之 森藤晶司 須藤満 岡本郭男3月のバースデーライブ2日目に6月のソロライブのタイトルが「米川英之plays C-C-B」と告知されたときから、ずっと心はソワソワ。ここ数年、6月のソロライブはいろいろなテーマで選曲されていて、その企画をいつもとても楽しみにしているが、全曲C-C-B曲のライブだなんて!そもそも、米川さんのソロライブに行かない選択肢はないのに、このタイトルが多くの人にとって魅力的であることは間違いなく、自分が行けるかどうかが心配でたまらなかった。だいたいこういうことには負けることがほとんどの私だが、運良くチケットをとることができて、しかしそこからの動揺もなかなかの酷さである。 あれこれ資料をみたりきいたりしながらのセトリ予想もはかどる一方で、当日行けなかったらどうしようと不安に駆られたり。絶対に行きたいと願い続けてようやくたどり着いた6月18日。会場はお馴染みのBLUE MOOD。今日のアーティストカクテルは「ハートブレイク・カラー」薄紫の夕暮れ、という歌詞を思い出させる美しい飲み物は、今日は飲んでいる薬の関係でノンアルコールを選択。このお店のローストビーフはバルサミコ酢がかかっていてとてもおいしいのでいつも頼んでしまう。一曲め予想は開演前の客席でも楽しい話題になっていたが、席に着いて、お料理頼んで、物販に並び、と、いつものように過ごす開演前もどこかソワソワ、どことなく落ち着かない。このいつもの米川さんのソロライブのメンバーの皆さまがどのようにC-C-Bを奏でてくださるのか。開演時刻を少し過ぎて、演者の皆さまがステージに登場。照明がオンになる前にすでにシルエットでわかる須藤満さんの持つベース。いつもみるストさんのベースは全く違うタイプのベースである。前日に米川さんがFacebookで「ストちゃんこのイベントの為にスタインバーガーベース買ったらしい」とコメントしていた、あの特徴のあるシルエットのベースを一曲めからお使いになる、と、もうそれだけで胸が熱くなる。「HARD ROCK DREAM」のキーボードのイントロが流れ出すと一瞬にしてどの曲かわかる客席がワッと沸く。この反応の速さ、大きさはホントに、私たち皆の記憶に染みついているものがいかに強固であるかを思わせる。英樹さんパートも米川さんが歌う形で演奏されたのは2018年のよねまりゅのライブ以来か。「抱きしめたい」は米川さんがメインボーカルのシングル曲。追いかけコーラスをストさんと森藤さんがする。前回私が見たのは2019年のTEAMDRAGONZでの演奏で、ストさんと小森啓資さんが「追いかけコーラスを頼まれた」と話していた。「このライブ、僕はどうすればいいんだろうと。そんなに全部うたっていない、自分が歌っていないところが」「体に染みついている役割と違うところをやらなければ」「初めて歌うところも」「至らない点もあるかと思いますが精いっぱいやりますのでよろしくお願いします!」メンバー紹介で「(須藤さんと森藤さん)お二人にはコーラスなどムチャブリをいろいろと」スト「このベース、一昨日発注して、昨日着いて、それから家で立って練習した」「(配信映像の写るスクリーンを指して)あそこに映る自分の姿に違和感がある」とおっしゃっていた。「アニメのようなA.B.C」2016年のよねまりゅでは、米川さんが英樹さんパートを歌っている。今回は英樹さんパートも笠さんパートも米川さんが歌った。2024年の還暦&活動40周年のライブの一曲めはこの曲で、はじまった瞬間に総立ちになる盛り上がりだったが、イントロだけ演奏して「Born in the 60's」につなげ「アニメのようなA.B.Cは初めて作曲した曲。僕は歌ってないので今日はイントロだけ」と言っていたこの曲を、今日は全部米川さんボーカルで、曲の終わり際の「真夏の恋人は〜」と英笠でかけ合いになるところは米川さんと森藤さんで歌った。1回お見合い状態になったのは御愛嬌。「ハートブレイク・カラー」英樹さんパートは米川さんが歌う。この曲は米川さんのご自分のライブでのレパートリーになっていて独奏会ではピアノでの弾き語りもされる。C-C-B曲の中で米川さんライブでのレギュラーナンバーになっている曲があるがこの曲もそのうちの1つだ。「涙はNO THANK YOU」米川さん作曲のC-C-B曲でAJでは演奏されていたようだが2015年以降私はきいたことがなかったのできけて嬉しかった。関口さんパート、英樹さんパートとも米川さんが歌った。「アニメのようなA.B.Cは、初めてC-C-Bに提供した曲。ハートブレイク・カラーで初めて歌うことになって」ボーカルの分担については、メインボーカルとして歌う部分についてオリジナルと変更になっているところを書いているのだが、今回のライブにおいてそれは、ほとんど全てのメインボーカルを米川さんが担うということである。また、ご存じのとおり多くのC-C-B曲はメインボーカルが1曲の中に複数いて、その上さらにそれ以外のメンバーが楽器を演奏しながらコーラスもするバンドであるが、今回、須藤さんと森藤さんはそのほとんどのコーラスを歌ってくださった。これは本当にたいへんなことだったと思う。感謝しかない。【その2へ】冒険のススメーPlus [ C-C-B ]愛の力コブーPlus [ C-C-B ]
2025年06月18日
閲覧総数 1098
29
![]()
中学生になって、自分のラジカセを買ってもらった。カセットがダブルデッキの、赤い四角いアイワ?のラジカセだった。基礎英語を聞くというのが名目だったが、ラジオを聴くようになり、学校で習う歌ではないいわゆる「歌謡曲」を聴きはじめる。 どうしてCを聴くようになったかは、確か妹が「この曲いいね」といったのが「Lucky Chanceをもう一度」だったので、妹のためにラジオで流れたその曲をカセットテープに録音したのが始まりだったと記憶している。 そのうちだんだん彼らの活動が気になりだし、テレビやラジオをチェックし始める。妹は結局特にファンにならないで、私だけがハマった感じだった。ブレイクした曲「Romanticが止まらない」からではなく、それが過激なドラマの主題歌だったということも後から知ったのでそのイメージは薄かった。 中学生のころは家にビデオデッキがなかったのでテレビはリアルタイムで見るしかなく、ドラマを録画してみるような時代ではなかった。歌番組も新聞の番組表の出演者名を頼りにいつ出るんだろうとドキドキしながら見ている、そんな時代だった。だからラジオ番組はよく聞いていたが、映像としてのCを見る機会は本当に限られていて、関口脱退のイーストでのライブはビデオデッキのある友達に録画してもらって友達の家で見せてもらった。 高校生の時にはVHSがあったが、CDプレイヤーを買ったのはいつだったか? レコードプレイヤーはあったので、レコードからカセットテープに録音してそれを聴くのが普通だった。 CDはレコードよりも高価でありCの活動していたころはまだそれほど一般的ではなかった。中学の時はレコードレンタルだったのが、高校生ぐらいのときはCDレンタルになり、レンタルとかラジオからの録音とか、友達から借りたカセットテープをダビングするとか、そんな方法で彼らの音楽を聴いていた。(つづく)
2015年12月11日
閲覧総数 507
30
![]()
献花の会場は大人数の参列者により混乱はしていたようだが、私が心配していたような狂乱した人とかはいなかったようだ。C ファンの名誉のために、念のため。 50を過ぎたメンバーの方々をクンづけで呼ぶのもどうかとも思ったが、30年前(!)の記憶を取り戻していくプロセスなので思い出すまま、そのまま書かせてもらった。 ヒデキは倒れてから意識が戻ることはなく、田口くんの逮捕については知らないまま亡くなったという報道があった。 実は2ch はロム専で一度も書きこみをしたことがないし、FB もTwitterもやってない‥自分の言いたいことと同じことをコメントしている人がだいたいいるのでそれでいい。ロム専でもたいていの情報はネットで見つけられる。それでいい。 でも。 80年代に一世を風靡したバンドにしては、あまりにもあんまりな幕切れじゃないか。 文字にしてみて、さらに胸のつまる思いがした。 ヒデキファイナルの構成が素晴らしすぎる。選曲、演出、もちろん演奏はいうまでもなく。そのままDVD にしてくれないかな。お金出して絶対買う。たぶんあのとき見てた2万人は買うよ!「ヒデキファイナル」のタイムシフト予約の分は、リアルタイム放送後、本来1回しか見られないものを、8月31日まで回数無制限で見られるようにしてくれたので、期限まで何回も見ることができた。何回も見た。本当にありがたかった。
2015年12月26日
閲覧総数 652
31
![]()
TBS で放映したライブ映像が中心。テレビで見るとなにか違う。PC の動画はやっぱりどこかダイジェストというかエッセンスでしかないというか。テレビ画面で見ることで、しょっちゅうテレビに出ていた当時のことを思い出すのかも。ゴーゴーヒデキを見たときとは全く違う感情がわき上がった。【楽天ブックスならいつでも送料無料】C-C-BメモリアルDVD BOX [ C-C-B ] ブレイクした次の年、86年のよみうりランドEAST の映像は、みんな若くてハジケルような勢いがあった。 関口脱退のときのEAST は悲しんではいるけど次のステージへの期待も感じた。 4人になってから行なった武道館公演では、4人とも輝いていた。特にヒデキ。4人でやってく覚悟みたいな、キリキリ、ヒリヒリした痛みさえ感じさせるのは、その後のバンドの運命を知っているからなのか。 そして解散ライブの武道館。1曲目の「原色したいね」でいきなり歌詞をぶっ飛ばしてボーゼンとするヒデキにはじまり、走りっぱなしの、疾走感あふれる演奏。ラストの「Let's Go Climax」で号泣する女の子たち。まさか26年後にこの曲でヒデキを見送るなんて思わなかったよね・・・。 一部とは言えこれらの公演を60分とか90分とかの番組にして地上波で放映してくれていたことがすごい。TBS といかにつながっていたか。「毎度」からはじまり、TBS の関連会社である日音がC のすべての権利を持っている、という記事を最近ネットで読み、当時の状況を理解した。そりゃベストテン出るの断ったりできないわ。 その頃ミュージシャン?アーティスト?の方々はベストテン番組に出るのがカッコ悪いみたいな流行りになりつつあり、出てるのはアイドルばかり。本当にヒットしている曲の歌手が出演していないような状況があった。 そんな中で毎回、ヘンなセットの中で歌ったり、気球に乗せられて歌ったり、TBS の社員食堂で歌ったり。徹子さんの失礼発言もうまいことあしらい、バラエティ的な絵面にも全力で貢献してたよね。 特別番組や記念回などに1位になったりして、おいしいところをもらえてもいたと思う。 でも53回出演したというそのベストテンの映像はこのメモリアルには入ってないんだけどね。「ライブG」「歌謡アンナイト」などでライブ演奏したときの映像が収録されている。いっぱいテレビ出てたんだなー。もっと見たいなー。 ゴーゴーヒデキは結果として記念的な作品になってしまった訳だが、そこには「今」があって、現役の表現者としてのステージだったから批評もしたくなったわけで。メモリアルの方は完全に過去を懐かしむための映像だった。 彼らの現役感を感じさせるような場面に今まで出会えていれば・・・テレビの再結成企画が嫌だったのはそういうことだったんだな。 ほんとうはみんな解散後もずっと現役のミュージシャンだったけど、私はそれを知らなかった。AJ では「今」の彼らがちゃんとやってたんだなとわかって、知らなかったことを悔しく思った。もちろん、AJに至るまで、うまくいかないことがたくさんあって、それぞれが苦しい思いもして、やっと形になったのだということを、ここ10年分の各種過去ログを読んで察している。でもライブに行かなければ会えなかったろうし、ライブハウスに私が行ったとは思えないんだけど・・・たらればを言うほどむなしいこともなく。 そしてその延長線上にあった幻となった再結成ライブは、きっと彼らのカッコイイところを世に見せる機会になれたはずだったと、やっぱり思ってしまう。でも何事もなくライブが成功していたら、私が彼らのことを思い出すことはないまま、嫌いの箱に入れたまま、この後の人生を送っただろうとも思う。
2016年01月13日
閲覧総数 529
32

先に抜けたあの人のこと。なんでこうなった。応援してたからCD も買った。メジャーレーベル時代の全シングルとアルバムが今も手元にある。ライブにも1回だけだけど行った。歌詞の世界を大切に歌う音楽はむしろ私の好みだった。松本隆や井上鑑も作家として関わっていたし、楽曲のクオリティは高かったと思うんだけど。
2016年01月24日
閲覧総数 680
33

2015年8月10日。私がニコ生でみた「ヒデキファイナル」は、プロデューサーが事後に「英樹さんが最初から最後までいるステージにしたかった」と発信していたように、終始英樹さんが演奏している映像、音声データとのセッションであったのだが、データの英樹さんに驚くべきシンクロ率でぴったり合わせている凄腕のミュージシャンの皆さまの演奏に心底感動した。英樹さんがそこに「いる」としか思えなかった。そのときの思いは以前の記事に書いた。 行ったライブについては、自分がどう感じたか、あくまで個人的な感想として出してきたのだが、2018年のこの場で何が起きたかとともに書いておきたい。ライブでのことなので私のメモ間違い、記憶ちがいもあるだろうがご容赦を。 よねまりゅ 2018「C-C-B,VoThM and more」 20180713 18:00/19:00 新宿BLAZE 笠浩二(vo/ds)/米川英之(vo/g)/丸山正剛(g)/ファンキー末吉(ds)/岩瀬聡志(key)/木村健治(ds)/仮谷克之(b)/B-sty Horns(松木隆裕・入山和代・東條あづさ) 開演前の客席にはアルバム「石はやっぱりカタイ」がかかっていて「Telephone 」でボリューム上がって暗転、19:00 定刻スタート。 ようこそ AJ オープニングSEからのこのスタートは「ゴーゴーヒデキ」のDVD1曲めを思い出す。英樹さんと米川さんが交互に「ようこそ」と歌い高まっていく。1曲めにふさわしい曲。 冒険のスズメ AJ 1986年のC-C-Bのアルバムおよびそのタイトル曲に「冒険のススメ」というのがあるのだが、そのアンサーソング的な曲。私はヒデキファイナルの配信で初めてきいた。「今夜はみんなで騒ごう古い歌をうたって」と歌いこぶしを上げて盛り上がる。そして泣ける。 「AJ」は、C-C-Bの曲をセルフカバーする米川、渡辺、田口のユニット。AJとしての新曲でつくったミニアルバムにこの2曲は収録されている。 So Sad WY 渡辺米川のユニット「WY」名義の曲。丸山さん入ってツインギターで。ヒデキファイナルでの演奏ではまさに泣きのギターが響いていたことを思い出す。以上3曲は米川さん、ファンキーさん、英樹さんで。英樹さんの映像とともに米川さんが歌った。 「次はVoThmです」 (つづく)
2018年08月10日
閲覧総数 522
34

夕方、帰りの電車を待つ列にて。右前方2時の方向に女子高生を発見。 セーラー服。シンプルな髪型。学生鞄。巾着。おそらく部活帰りだろう。古典的なルックスにはかえって感動である。 だが電車はまだこない。少女はカバンからやおら筆箱状のモノをとりだした。ゆっくりとフタをあける。 そこにはミニトマト。卵焼き。おにぎり。つまりは弁当箱だ。そして右手にはもちろん箸。 そこは左にOL。後方に私。あくまで電車をまつ列である。立った状態である。帰りのラッシュのまっただなかだ。電車がきたら入り口に殺到する体勢をとるべくみんなアイドリングしている状態だ。 まさか食べるのか?食べるのか?あーーッ とふりあげた箸に注目したやさき、運よく(?)電車が到着。なにくわぬ顔をしてまたカバンにあっさりしまう姿にあきれるというよりはすがすがしさを感じたのはなぜだろう。 最近の車内で平気でオニギリを食う流行には怒りを感じてムスメのオムツ(朝とれたて)でもなげつけてやろうかと思うが。なぜかこの弁当には怒りよりは凄さに圧倒されてみとれてしまった次第。ダブルスタンダードかしらん。 できれば次はもっと難度の高いところで弁当を食べてほしいものだ。記録。それはいつもはかない。って、何の記録だ。(♂)
2007年09月18日
閲覧総数 11
35

いつも降りる駅で、必ずであうひとがいる。 30代ぐらいのスタイルのいい女性なのだが、長い髪より長い手足より気になるのはファッションだ。 必ず黒のタンクトップなのである。下半身はたぶんパンツだったと思うが、上半身のインパクトが強くて覚えていない。3日連続であったのだが間違いなく同じデザインであった。 知人で、必ず結婚式で水玉のスカートを穿いている人がいる(ああやだなあこういうツッコミおばはんか)が、そういう一張羅というわけではなく。同じ通勤時間に着ているから何種類も同じものをもっているとしか思えない。 着はじめたらジャイアンツが連勝したとか、宝くじがあたったとか。ラッキーアイテムなんだろうか。 それとも制服で、社長の好みによって女性は黒タンクトップという会社がどこかあるのか。 お勤め先は武●士ダンサーズか?秘密戦隊か? 謎だ。と気になりながらも、また出会うのを心待ちにしているオレがいる。「また遭っちゃったよー」と誰かにいいたくなるような。新宿界隈に出没するタイガーマスクのお面を被った新聞配達員みたいにプチ有名人だったりして。 それとも黒いネコが横切るとなんとか、みたいなヘンな前兆なんだろうか。 待て次号!(♂)
2007年07月24日
閲覧総数 2
36

さて、若干ヨコシマな思いを抱きつつも、解散以来「一夜限りの再結成」でないライブ、最後の4人C での公演でありヒデキの55才の誕生日「ゴーゴーヒデキ」のDVD を米川くんショップにて注文した。 10月9日に到着。解散した日なのね。忘れてたけど。ネットで話題にしている人がいて26年ぶりに思いだしたよ。 でもなかなか見るためのまとまった時間がとれず、休みの前の日の夜など何日間かかけてようやく見る。 開演前のバックステージの映像ってなんでこんなにいいんだろう。この時間ってプロもこういう顔するよね。リラックスと緊張感が入り交じるこの時間の空気が好き。記念写真撮るときに米川くんが田口くんに「メガネとったら?」とか言ってるのも遠慮のない感じでいい。こういうのちゃんと入れてくれてるのが嬉しい。 1曲めAJ のジャーンていうオープニングからはじまる「ようこそ」で、もうこのDVD を買って良かったと思った。満足。やっぱりカッコ良かった。音が厚くて熱かった。当時は当たり前に聞いてたけど意外とそうじゃないバンドがいくらでもあることがわかるのは大人になったから。 私が鑑賞中、演奏を通りすがりに見た旦那が「あー、ちゃんとバンドの音なんだな」と言ってくれたのも嬉しかった。 でもね、1回全部見終わったあとに、手帳に感想を書く私。何回か見るときっとこの感じ忘れちゃうと思ったから。このライブの主役のヒデキについて思ったこと。↓以下メモより。1.MC 上ずっている。大舞台に慣れていないような・・・あんなにトークの面白かった人が・・・2.新曲?AJ などの曲はかなり楽譜見てるようだけどそういうもの?プロなら基本覚えて臨むものかと・・・3.コードを引いて、スタッフ?に向けた険しい表情。一瞬だけど、ああいう顔は気になる。 みんな揃って笑顔で終われたライブ。幸せを記憶にとどめておくことができるような。ミュージシャンとしてはある意味最高の一枚かと。最後にこのクオリティの記録を残せたのは近年の活動から考えたら奇跡なのでは。(メモおしまい)あとね、ヒデキと田口くん、太りすぎ!うちの娘、昔のCD の写真見て毎回「これがヒデキ‥かな?」みたいな、自信なさげに言うのがおっかしくて。ちなみに「マイクの使い方が変わってないから、歌ってるとヒデキってわかるんだ」とのこと。追記その後いろいろライブ映像などみて、プロだからこそ譜面台なしってありえないよなって思いました。レパートリーだって30年前とは全然違うんだし。すみません。でも昔の印象とのギャップがあったのは確か。
2016年01月08日
閲覧総数 672
37

(その1はこちら)「インストや3人ボーカルなどこのバンドにはこういう曲が合うだろうと思って、僕が書いたんですよ」と言ってはじまった「冒険のススメ」は、今回も米川さんとストさんで間奏の横ステップを楽しそうにしていた。「走れ☆バンドマン」今年はなんと、米川さんによるセリフ入り。何と言ったか、あのタイミングと時間では言い切れていないためわからないけれど、この曲のオリジナルに収録されている、おかけんた・ゆうたさんの、あの漫才の雰囲気を入れようとしているのは伝わる。ハードでかっこいいインスト曲の演奏を今回もきけてほんとうにうれしい。米「ヘビーですね」森「弾くだけでもつかれるのに」米「田口さんは弾くときは歌っていない」米「ストちゃんは話すとき低音だけどファルセットが出る」「スンスンだよ!」とファルセットで叫ぶストさんに大爆笑の客席。「次はしっとり」と言ってはじめたのは「青いブランケット」「Only For You, Only For Me」「次も僕の曲」「風のラリー 」「Blue Guitar 」この4曲は米川さんのライブでもピアノやギターなどいろいろなアレンジで演奏されている。今回はやっぱりオリジナルに近い形を相当意識してのバンド演奏ということを感じた。これは原点でありながら最新なのだ。6月と8月のソロライブの告知がされ、この先も楽しみと期待がつながっていくことがうれしい。「では後半、盛り上がって」「Velvet Touch」イントロのベースからカウントで入るのやっぱりカッコイイな。ストさんベースソロで客席へ。笠さんパートは森藤さんで、米川さんと歌いあう。「Cyber-Commander」「マニュアル・ワールド」音数、リズム感、スピード感にあのころの熱を思い出さずにはいられない。昭和の20代の青年たちのバンドの曲が、令和の今このように熱く奏でられる現在があるなんて、なんてありがたい、なんと幸せなことだろう。アンコール米川さんが歌う「WALKIN’」から続けて、岡本さんのドラムから「Born in the 60’s」。この曲は、英樹さんパートも米川さんが歌うかたちで、2016年のよねまりゅと、2024年の40周年ライブでも歌われているが、英樹さんがしていたようにコールアンドレスポンスを煽ったのは初めてだったのではないか。もちろん一人残らずバッチリ応えられる客席であるからその一体感はすごかった。個人的には、この2曲が演奏されたことで、このライブでのC-C-B曲への新たな距離感をつくったと感じている。英樹さんの役割として私たちが認識しているところへの挑戦はとてもたいへんだったと思うし、リスペクトがあるからこそのたいへんさはあったと思う。アンコールが終わって「たいへんだった!」「ありがとうございました、楽しかったです!」と手を上げる米さまの安堵と満足の表情が印象的だった。拍手が止まずダブルアンコールで米川さん「僕たち新人バンドなのでレパートリーが限られますから、僕の曲で」ということで「奇跡」でもう一盛り上がり。終わって「もうやんないよ笑!ありがとうございました!」本当に、おつかれさまでした。2026年3月4日米川英之「Birthday & Release Tour 2026」Day 2“米川英之 plays C-C-B”汐留BLUE MOOD 17:30/18:30 streaming+による配信あり米川英之 須藤満 森藤晶司 岡本郭男セットリスト1 愛の力コブ2 抱きしめたい3 アニメのようなA.B.C4 ハートブレイク・カラー5. HARD ROCK dream 6 約束7 Rainy Farewell …アメノチワカレ8 冒険のススメ 9 走れ☆バンドマン10 青いブランケット11 Only For You, Only For Me.12 風のラリー13 Blue Guitar 14 Velvet Touch 15 Cyber-Commander 16 マニュアル・ワールドアンコール17 WALKIN’ 18 Born in the 60’sダブルアンコール19 奇跡(つづく)
2026年03月04日
閲覧総数 410
38

つくづく自分が執念深いと思うのは。失敗したときに 「あー気にしないきにしない!」 という精神的リセットを数回繰り返すことである。数回繰り返すということはつまりそれだけずるずるとひきずっている証拠なわけで。 見てみぬふり→失敗の実感→見てみぬふり→失敗の実感(前回よりやや弱め) という作業をして切り替えていくのだ。 そういうわけで、いまさら結婚式でうまくしゃべれなかったことを考えてみる。 要は慣れだ。 ・・・といってしまえば終わりなんだが。もうひとつは、これは仕事の考え方といっしょなんだが、言いたいことははやめにまとめるということだ。 テレビやラジオじゃないんだから、多少の「間」はゆるしてもらえるだろう。 言いたいことというしっかりしたゴールにむかって、パスをつないでいく。はやさよりは、しっかりしていることが大切だ。べつに多少とろいやつと思われていいのだ。 ハンス・オフトがかつての日本代表に要求したのは強くて速いパスを確実につなぐことだった。速さを追求した結果あわててミスをするようでは意味がない。自分なりの速さということだ。 ワンセンテンスは短く、はっきりと。 これで私も挨拶上手♪ ・・・だといいんだが。 それよりは、口は遅くていいからはやめに言いたいことをまとめよう。なにも感じない瞬間を日常でつくるな。日ごろから考えろ。 台詞の「間」とは時間をあけることではない。台詞をいおうとしての内面変化が口の動きを邪魔した結果だ。 と書いてきて気づいたのだが、遅く喋ることをなぜそんなに怖がっているのだろう自分。 早く喋れとは親に言われたことないし、友人からいわれたことはあるしそれでも結果として遅いわけだけど。 大切なのはちゃんと喋ること。速さとか、強さとか、そういうテクニックの巧拙は置いておいてちゃんとしっかり喋ろう。ゴールをみろ。 今、どんな気持ちだ? あのとき、「気持ち」の表し方に正解をもとめていたのだろうか。とりつくろって守るものなんてないのに。 戸惑いなら戸惑いでもいいのだ。素直に気持ちを表すって難しい。 ・・・なんか、作文教室に似てるな喋り方分析。そんなことを考える秋。(♂)
2007年11月05日
閲覧総数 4