全5件 (5件中 1-5件目)
1
例え仕事関係がうまくいっていても多くの人の心は荒んできています。前にも書きましたが、自粛を強いられることによる制限によって、本心と取り繕う行動の乖離が生まれ、今は特別だとの意識からモラルも崩れます。これは今の時代を生きのびるサバイバルが激化し騙されることすら増えるのです。新しいウイルスが弱毒性の場合は感染やワクチンによって集団免疫をつけること、当初からそれが唯一の解決法だと元厚生省医系技官の木村もりよ氏は話していましたが、7月16日に「ゼロコロナという病」という著書を藤井聡氏と共著で出版されました。 このブログで書いてきた記事とほぼ同じような内容であることに驚きました。内容紹介「さざ波」で日本が沈む! 虚言全公開----------------------------------------- テレ朝「モーニングショー」 楽屋裏を初証言 「コロナ、ガンガン煽りましょう」テレビ・専門家・政府分科会・ 日本医師会・厚労省、徹底批判 -----------------------------------------欧米に比べて日本は「さざ波」と発信し続けた元厚労省医系技官と、 「過剰自粛」を断罪し続けた元内閣官房参与が コロナ禍の嘘と真実を炙り出す。◎恐怖を植え付けた「42万人死亡」 西浦博京都大学教授ら“バズらせ系"の専門家たち ◎『ひるおび! 』から「いま緊急事態宣言を出さなければ大変なことになる」とコメント依頼 ◎「西浦さんがもうあれだけ煽っちゃったから」 政治家の無責任 ◎「インフルエンザと同じような気持ちを人々が持って、そのときが終息」 尾身茂政府分科会会長の非科学的発言 ◎「これまでで最大の危機にある」としながらパーティー参加 日本医師会・中川俊男会長の「上から目線」、本音と建前 ◎『シン・ゴジラ』の方がちょっと優秀 「国を救う」なんて関係ない官僚たちこうして「なんか怖い」は作られた五輪の開催について否定的、批判的な報道ばかりですが、民放各社は放映権を買ってこぞって放映するのは皆が役者の茶番に見えます。本当に感染拡大を怖れ日本の危機ならば放映拒否をするのが筋ではないでしょうか。政府は常に批判にさらされていますが、感染の高い海外は日常を取り戻しつつあります。「五輪が大成功に終わり世界から日本が賞賛される」そんな結末が準備されているのなら、今まで耐えてきたことが誇りに変わり、逆に国民の意欲に繋がることも考えられます。これまでのように自粛の強要や批判ばかりの印象で「北風」ばかりを吹かすのではなく、前向きの話題や人々の努力を讃える「太陽」の気持ちで見守ることが前向きに繋がります。
2021.07.22
コメント(0)
新型コロナウイルス報道が始まってから1年半ほど経ちます。今までの感染症のニュースとしては新しい事柄がたくさん報道され、誰もが初めて体験する前代未聞の対応が続々と現れました。しかし、世の中の流れを見ていると世も末かと実感します。テレビをつければ政府批判の嵐で、これまでの未曾有の対応は恰好の獲物のようです。医師の話、ネット上の声、街の声、海外の例を切り取り不安が煽られます。さらに感染者数、街の人出などの数についてもネガティヴ感が出ています。1日中各局で同じ内容が報道されるので、発信力としては絶大で憂鬱になります。時を待たずして報道は民意となり政府はその対応を余儀なくされます。しかし、若者が報道や批判を受けて言うことを聞くかと言えば疑問です。国民を責めても前向きにならないのは同調圧力を受けていると感じるからです。また、感染を抑えると言うよりも政府批判が優先されていることもあります。感染を防ぐ手立てとして、会食制限しか手を打てない現状があります。緊急事態宣言の大きな柱は飲食店の制限に感じられますが、未曾有の事態に懸命に取り組んでもよく頑張ったというような賛辞はありません。経営の観点から酒類の提供や時間を守らない店があり不平等が起こります。中小の飲食店は給付金を後からでも受け取ればかなりの補償にはなります。それでも酒類販売についての不平等を解消するために対応した西村大臣は、酒類卸し業に制限をかけようとしたわけですが思わぬしっぺ返しを受けました。これまで酒類を扱っていた飲食店は批判されていましたが翻されたかたちになります。麻生大臣の「あくまで酒類販売事業者への一般的なお願いであり、強制力を伴わないものであることははっきりしている」は賢明な弁解だと思います。西村大臣は要請を聞かず酒類を販売する店のことをメディアから知り、正義感からつい圧力をかけるような発信になったのはうまく嵌められた気もします。それにしても五輪もここまで批判されるのは不自然ではないでしょうか。選手団や海外メディアがウイルスを持ち込むのではないかと前提があるようですが、これは海外から入ってくる人は日本人も含めて全ての人に同様のことが言えます。ワクチンを打っていても検査を受けていてもいつ陽性になるかわからないのです。この歓迎されざる不幸な五輪と今の世の中をしっかり生きるためによい記事があります。シアトル在住の長野弘子氏によって日米の国民性の違いが語られています。「ネガティブ・フィルター」が刺激される情報を自分の中に入れないなどの対策も必要だろう。気になるトピックに関しては、政府機関や専門機関、専門誌が発表しているデータを参考にして、自分なりにどう解釈するかをできるだけ客観的に考える。そうすると、ニュースを見ているだけでは気づかなかった点に気づいたり、大事なデータが報道されていないことにも気づき始める。少なくとも、「本当にそうなのか?」と疑問を持ち、自分で調べて自分で判断することを繰り返していけば、結論にいたる論理的な裏付けがあるため、自分と異なる意見に対しても冷静に自分の意見を述べることができる。同調圧力により、自分の意見が言いづらい場合もあるかもしれない。しかし、「みんなに合わせる」ということを繰り返せば繰り返すほど、マジョリティの意見は固定化し、さらに同調圧力が強まっていく。これは奇しくもこれまでここに書いてきたこととまったく同じです。
2021.07.20
コメント(0)
「差別」はよくないものと感じていますが、そればかりでもなさそうです。差別(さべつ)とは、特定の集団や属性に属する個人に対して、その属性を理由にして特別な扱いをする行為である。 それが優遇か冷遇かは立場によって異なるが、通常は冷遇、つまり正当な理由なく不利益を生じさせる行為に注目する。「差別化」は使われ方が異なり、肯定的に使われることが多いようです。1 一方を高く、一方を低く取り扱うこと。「貧富による差別化が目立つ」2 同類の他のものと違いを際立たせること。「他社とは提供するサービスで差別化をはかる」 「特化」とは、他と一線を画するためにその特徴をあえて際立たせることです。ある特定の部分に重点を置くこと。業務内容を限定し、専門化すること。今よく取り沙汰されているのは人種やジェンダーの差別がありますが、それ以外にもいつでもどこでも発生しているのだと思います。1票の重みや人権は平等であるはずですが、実際はそうではありません。その理由は、人はもともと肯定的に差別化されることを望んでいるからです。褒められたい、認められたい、一目おかれたい、リスペクトされたいなど、勝ち負けや順位をつけられること、競技、面接、オーディションを人々は好みます。多くの人が1位になって他とは異なる見られ方や扱いをされるようにできているのです。それに反して、1位よりも2位以下の人を優遇したりすると、それも明らかに差別です。よくある求人情報には近頃とても多くの制約ができているようです。性別、年齢、人権、就職差別、優位性、比較など細かくNG表現があるようです。しかし、求人段階で文言化されなくても、実際の採用は異なります。職場の適性や印象、面接官の嗜好など、実務以外の条件があるのではないでしょうか。「大手企業の受付担当の女性が上司に眼鏡の使用をやめるように言われた」と、テレビのニュースで報じられたことがありました。そこでキャスターは「時代に沿っていない」という怒りをぶつけていましたが、上司の言い方や受付担当との関係によって受け止め方は変わります。この上司は思っていることを単に口に出したのか、会社の方針だったのかわかりません。例えば女子アナで眼鏡をかけている人は見かけませんが男子アナはいます。役者や声楽家が目が悪くても眼鏡をかけて演技をするかと言えば普通はしません。思いつきで言ったとしても「時代に沿っていない」ことはありません。また、例えばテレビで衝撃的な事故のニュースが伝えられる場合は、海外であれば平気で音楽がついてドラマや映画のような演出をします。しかし、先日起こった熱海の土石流の映像に音楽をつけたらクレームものでしょう。これは日本と海外で差別的に見る習慣が根付いてしまっていると思われます。そして、今気になるワクチン接種ですが、これも本人の問題と言うよりも、ワクチン接種をしていなかったら自分に近い人が何と感じるかが気になるところです。感染対策をしっかりしている者同士なのに、いずれかのみがワクチン接種をしたゆえに、相手に対して会うのを躊躇するとすれば、これはメディアが不安を煽った後遺症です。
2021.07.12
コメント(0)
「子供たちの未来を考えて」「自分から他の人に感染させないために」前にも書きましたがとてもよく聞かれる言葉です。とてもアピール度が高く好感度の良いキーワードになっています。その昔は、自ら「いいことしてますよ!」と自分から言うのが憚れ、善行はあえて口にせず行っていましたが、今は皆が口にするようになりました。SNSで象徴的なのは婉曲的な自慢ですが、「思慮深い」「気が利く」などの、好感度に結びつく自己アピールをしている人が多いように思われます。「若者のために◯◯する」という言葉を今や20-30代の人までが口にします。つまり、若者が年下を若者と呼び、呼ぶことがステータスのようになっています。では具体的に何をするのか、どのような成果があがるのかと言えば曖昧なことも多く、概して夢を持たせるための発信は多いのですが、実現させるための術は語りません。「他の人を感染させないために」何をするのか?「人と接触しない」「移動しない」「帰省しない」などなどいろいろ考えられますが、まさか「仕事を休む」「一切外出しない」という人はそうたくさんはいませんから、この言葉は人によって意味や重さがまったく違うと言えます。今まで夢を追い夢を見続けることが許された若者たちも、現状のコロナ禍の社会をよく識り現実を見ることが迫られています。また、大人はこの機会に”子供を守る”とはどういうことなのか再考するべきです。もはや夢を与える必要はなく、夢を実現する術を教えるべきです。「運動会は中止なのに五輪はやるの?」という記事がありますが、中止するのは学校側で、今”やらないでください”という人はいません。集団感染が起きた場合の責任が取れない、報道が怖いのはわかりますが、運動会をやらなくても学校側には何も損失がないことが中止の要因です。五輪を行うことによる成果は、まさに文化や芸術のある日常を取り戻すためです。一方で行事を行う学校もあり、イヴェント全体が徐々に復活していこうとしている中、子供の夢を育むはずの幾らかの教育現場が子供本位ではなく尻ごみしているのです。ただ、いつからだったら”大手を振ってやってもいいよ”とは誰も言ってくれません。「コロナ禍以前の日常を取り戻す時が待ち遠しい」そんな夢が時に囁かれますが、以前から書いているようにネガティヴな情報発信が圧倒的で、その夢を実現せるための術がほぼ言われないことにはある種の闇を感じます。コロナ禍以前の日常は人々が自ら勝ち取るしかないのかもしれません。
2021.07.10
コメント(0)
この数年は若者で社会人との関わりが多くありました。教員をやっていたこともあって若者にはとても気を遣いますが、社会人になったからと言って中身がいきなり変わるというものではありません。自信とプライドを高く持ち実績を上げることに専念している様が窺えます。テレビに出てくる最近の子供や若者は演出も伴って凄いと思わせられるのですが、大人が個人的に関わる時は、若者との位置関係やコミュニケーションが最も重要です。仕事において、若者自身が実績は上げられても顧客が満足するかは話が別で、こと年配者にはコミュニケーションせずに実績をあげようと考えているようです。”意味がないのに横行しているムダな仕事トップ3”という記事を見つけました。[ムダな仕事1]毎朝9時に出社する[ムダな仕事2]「報告」「連絡」ばかりの会議をしている[ムダな仕事3]毎日会社に行くこの記事を書いた澤円という方は、自分はそんなことをしなくてもできるという、自信からこのような記事を書いているのだろうと想像します。順調に出世して世の中を歩んできた人は、万人が自分と同じ心持ちで仕事をしている、やる気がない奴はよくないし競争に打ち勝つことを美徳としているのかもしれません。「朝9時に全社員が出社しても1円にもならない」と豪語していますが、出社せずに出社したなみに仕事ができる有能でやる気のある人は果たして多いでしょうか。指示待ちの若者が増えた中、本当に無駄な時間を削れば給料も下げられるでしょう。不測の事態に備えて全員集合したほうが上司は安心で各々仕事の効率も上がると思います。同様に毎日会社に行くことが無駄かどうかはその会社によって異なりますが、”今日は出社していない””テレワークしている”とか言われて困るのはお客の方です。またお客は「報告」「連絡」などうまく引き継がれていない時に苛立ちます。会議をすることが効果的かどうか別にしても、まずは意識を揃えることが必要です。また、「”義務教育はムダじゃないですか?”中学生で月収1000万年、家は58階建てタワマン最上階《17歳YouTuberを直撃》」という記事が出ました。YouTuberはまさしく生身のコミュニケーションをせずにお金を稼ぐ方法です。投資で稼ぐとの似ていますがかなりハイリスク・ハイリターンだと思います。何事も人とのコミュニケーションを最低限にしてできるだけリモートにするのは、当世風と言えばそうですが、果たしてそれで一生生きていけるでしょうか。面倒だと思う生身のコミュニケーションは確かに少なくありませんが、好き嫌いの関係性はコミュニケーションのあり方そのものです。今のような情勢にここぞとばかり詭弁を推し進めようとしている人が多いようです。何でもリモートでできればこれまでの苦労は何だったのでしょうか。しかし、学校に行かずにリモート授業で満足する学生(つまりお客側)はいませんし、リモート飲み会、リモート演奏の流行は早くも去ってしまいました。本来の文化と叡智、芸術はヒトしか成しえない崇高なもので、ヒトとしての充実のために人は生きていると言っても過言ではありません。その崇高な文化を取り返すためにその象徴である五輪を行うことに理解が少な過ぎます。組織委員会会長の橋本聖子氏のインタビュー記事がそれをもの語っています。(インタビュー後編はこちら)
2021.07.05
コメント(0)
全5件 (5件中 1-5件目)
1
![]()
![]()