一即多、多即一

一即多、多即一

2004.12.20
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カテゴリ: 精神世界
 人はこれが正しい、これは間違っていると判断しがちである。そして、自分の考えや意見にそぐわないものは、受け入れたり理解しようとしない傾向がある。確かにこれは正しいとかこれは間違っているとしたり、これは善であり、これは悪である。とするのは楽である。しかし、簡単にそう判断を下していいものか疑問が生じる。

 他のものを認めたり受け入れたりするより、攻撃したり悲観する方が簡単にできるし、楽である。あれは間違っていて悪でありとんでもないものである、しかしわたしは間違っていないし、正しいのだ、と思うことで自分を正当化し、そのときは楽になる。しかしこういった安心感など無常なものであり、すぐに崩れ去ってしまうものである。攻撃したり、批判しているとやがて自分がその様な目に会う。結局自分が苦しむし、損をすることになる。

 人間は自分と違う点があると、受け入れずに排除することが多いが、日本人はその傾向が特に強いようである。周りと同じことであることを好み、そこから逸脱することを恐れる。そして違うものを排斥する。しかし、周りと同じものが正しくて、違うものが間違っているのだろうか?単に数が多いものが、必ずしも正しいといいきれるのか?この混沌とした世の中では、多数派が本質から逸脱し、少数派の方が本質に近いこともあるだろう。

 20世紀は闘争の世紀であったが、これからはそうではなくなっていくような気がする。今までは白黒はっきりつけたり、邪魔なものはたたきつぶす、自分と違うものは従わせたり、屈服させたりすることが正当とされた。今もその傾向は根強い。しかし、徐々にこの流れは変わりつつあるように思う。まだまだ今までの傾向は続くし、大多数の意識はそう簡単に変わらないだろう。しかし、今までと同じやり方で押し通す人は、少しずつそのやり方が通用しなくなってくることに気づかざるを得なくなってくるだろう。

 今まで志を同じくしていた人が、わたしは正しい、あなたは間違っている、そういうことは認められない、と対立しているのを見ると、非常に悲しくなってくる。精神的なものを求めている人たちでも、このような対立をするのか、いやそうでない人たちより、よりひどいのではないかと思うと、やりきれなくなってくることがある。最近こういうことを目の当たりにしたり、耳に入ってくると少々憂鬱になっていたが、そういうことで心を乱していても仕方がないと考えを改めた。
 自分は何を言われてもそれに心を動かすことなく、ありのままに受け入れ、すべてを冷静に観察し、言うべきところは言うようにしようと思う。

 安易な和合や共存はかえって混乱を生むが、対立をし続けたり、自分と違うものを排除しても解決に向かわず、事態はひどくなる一方である。まずはこのことを自分から実践していこう。





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Last updated  2004.12.20 08:33:52
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Geist Holistic Center @ 目覚め あのOSHOは数台のベントレーやロール…
湖 南 @ Re:衝撃の事実(04/09) こんばんは 私のようなオタクとは違って…
one3792 @ Re[1]:衝撃の事実(04/09) マー坊007さん >おはようございます。…
one3792 @ Re[1]:衝撃の事実(04/09) ミネア135さん >私もほんとこの前まで…

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