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皆さんはバリでこんな話を聞いたことがありますか?日本語では「言い伝え」とか「迷信」とか言うんだと思うのですが。この日は朝から体調があまりすぐれずなぜか右目のあたりの筋肉が痙攣していた私。顔面神経痛かなあ、と思うとためいきが。。。 ふう!昼間店でスタッフのアユにその話をすると、「こずえ、それはいい事がある前触れだよ!バリでは右目の辺りならいい事が、左なら誰かが悪口を言ってると言われてるんだよ。良かったねえ。80%当たるわよ!」と言われた。こんな話は初めて聞いたし、どう考えても病気だとしか思えなかったのでびっくり。「へえー、どんないいことがあるのかなあ」と不幸な気分も吹き飛んで、ご機嫌になった私。ついワクワクしてしまう。「病は気から」というし、こんな気分転換も悪くない。でも正直、私は半信半疑だった。その話は真実になった。その夜、日本でヒーリングマッサージを仕事にしているナオ君が「漁師」に食事にきていていたのだ!!ジャジャーーン♪♪ 『初めてのヒーリングテラピー』に続く
2005年10月30日
どのくらいねむったのだろうか、お母さんの声に目覚める。子供たちがシップ薬を外し、体を綺麗に拭いてくれる。ぼーっとしているが、かなり気分が良い。服を着てベットから出ると、そこにはなんとフルコースと呼べるような料理が並べられていた!びっくりしてる私を見ながらにっこり笑うお母さん。「さあ、これがあなたのお薬よ!」出された料理は古代米のおかゆ、茹で野菜の和え物数種類、テンペなどを使ったサテ。それに豆腐料理、野菜を磨り潰しココナツのフレークを混ぜて焼いたものや、果物までありかなり多彩なベジタリアン料理だった。もちろん『サンバル マタ』と呼ばれる赤たまねぎの薬味。うーーん、なかなか美味しい。「通常のお薬もいいけれど、やはり日常の食事の中から栄養素を補給し体調を整えるほうがいいから」とお母さんは言う。なるほど納得。病み上がりの身には量が多いので包んでもらった。お土産を貰ったみたいで嬉しい。たまにはこんなお医者さんもいかがですか?♪
2005年10月29日
ルルールを終えるとベットへ寝かされる。そこで私のために用意されていたのは薬草で作られた天然素材のシップ薬とオイル。まずはのどに数種類の薬草を軽く潰したものを乗せてタオルでくるむ。次はオイルでお腹のマッサージ。「熱を持っているわね、『パナス ダラム』ね」とお母さん。私はこの『パナス ダラム』なる病気によく罹る。簡単に言うと「内蔵が熱くなる病気」ってとこだろうか。。。人によって出方はかなり違うらしい。口内炎になるひと、腰痛になるひと、便秘になるひと、頭痛になるひと、発熱が続くひとなどさまざまだ。私の場合、症状は風邪に似ている。ただ38度以上の熱が続くのだ。日本では熱を出しても高熱は1日しか続かない私はかなり不安だったが、インドネシアではかなりポピュラーな病気らしい。そしてお腹の上にも天然素材のシップ薬がドサッと乗せられパンツで挟まれた。(後で見たら緑色に染まっていた。。。なので黒い下着がお勧めです)私はマッサージを受けながら気持ちよさにいつの間にかウトウト眠っていた。続く
2005年10月28日
2階を見てびっくり、4,5人の子供たちと大きな祭壇があり、吹き抜けを見下ろす中央に3つ小さなテーブルと椅子がおいてある。サイドにはベットが。まずはお母さんと共に祭壇の前へ。「神様にあなたの病気が早く良くなるように祈りなさい。神様は全能ですから、日本語でもかまいませんよ」と言うので私は日本語でお祈りする。お母さんはインドネシア語とバリ語ミックスで私のためにお祈りしてくれた。 お祈りが終わると、小学2年生ぐらいの子供たちが二人私を待っていた。椅子に腰掛けると、「これから血行が良くなるようにルルールをします」と米の粉とバンクワンを混ぜたもので足を擦ってくれる。バンクワンは美白効果がある野菜だ。それをすりおろして使用する。ちびっ子二人に足を擦ってもらううちに、申し訳なくなり「偉いね。お母さんのお手伝いをしてるんだね」と声を掛けると、「ううん。あれは○○ちゃんのお母さんなの。」と言う。もう一人が「おばさんは私たちを引き取ってくれて学校に行かせてくれてるの」と言うではないか!そこへ、お母さんの娘がアロエを持ってきた。私の頭皮をアロエでマッサージしながら、「母はパヤンガンの出身ですが私を連れて離婚してここで店を開けました。親のない子や親が育てられない子達を引き取って育ててるんです」と教えてくれた。いい話にちょっと感動する私。続く
2005年10月26日
ウブドの郵便局がある通りに、ベジタリアンレストランがある。食事も出来るが、実は予約制でテラピーもやっている。ここのお母さんはバリアンなのだ。入り口には色々なハーブが植えた鉢があり、店に入ると3つほどのテーブルと、ガラスのショーケース。中には漢方薬やジャムーが並んでいる。店内には階段があり、吹き抜けの2階へ上がれるようになっている。 前日の朝から体がだるくて熱っぽく喉が痛かった私は、友人に「いいところがあるわよ」と勧められ早速電話で予約を入れた。 到着してみるとお母さんが待っていて、「まず、これを飲みなさい」と何やらじゃムーが出てきた。頭がくらくらしていると飲みながら話すと、私を見つめながらお祈りををし蝿を捕まえるような手つきで頭の周りから何かを掴んでは捨てていく。「あのー、何か悪いもの(ブラックマジック)が憑いてますか?」と、いやな予感がして訊ねるとそうではないという。「熱を捨てているのですよ」とのこと。ちょっと安心する。そして2階のほうへどうぞと誘われ、私はトコトコついていった。続く
2005年10月25日
『漁師』ウブド店を正面から見て王宮方面に100メートルぐらい。 階段を降りるとそこには川があります。 川の横には「聖水が湧き出る場所」があり 『べジ ムンブル』と呼ばれるます。 ウブドの村で儀式があると皆ここから聖水を運ぶそうです。 今まではけもの道に毛がはえたような状態だったのですが、 1ヶ月ほど前から工事が始まり、立派な階段と道が出来ました。 今日は朝から沢山の人が集まりガムランやお供え物が奉納されています。 明日はもっと盛大な儀式がおこなわれるそうなので、 皆さんもサロンとスレンダン(腰帯)を用意して 見学に出かけてはいかがでしょうか?
2005年10月24日
バリに石榴があるかもという話を前回書きましたが、 今日やっとスタッフのお陰で、食べることができました! 彼女のおうちにある木から収穫された石榴は 私が初めて見る種類のものでした。 『石榴』といえば皮はワインレット。 中の実はルビーのような色を想像していたのですが 今日の石榴は全然違いました。 皮は黄緑で種が大きく、中身は何と『ポカリスエット』のような白でした。 サイズは私の握りこぶしぐらいの小さいもの。 インドネシア語では『デリマ プティ』と呼ぶそうです。 (赤もあるそうで『デリマ メラ』と言う。) 味はまだ未熟だったせいか、かなり酸っぱかった。。。 インドネシアでは薬だそうで、これを皮ごと茹でて煮汁を飲むそうです。 肝臓や黄疸に効くとか。。 試しにやってみると、キツイ苦味の中にほんのり石榴の甘みあり。 私は結構イケました。 ちなみにタイの石榴は日本で見るようなサイズでした。 皮は黄色でほんのり赤いところがある程度で、 割ってみると中はピンク色。種が小さく食べやすい。 味は日本のものよりかなり甘く、もう少し酸味が欲しいほどでした。 同じアジアなのに、土地によってこんなに違うものなんですね。 興味深いなあ。 >
2005年10月23日
ホテルに帰る道は疲労困憊の様子。車の中で眠り始める。ああ、B子さんは大丈夫だろうか?ちょっと心配になった私。 4日目、2度目のマッサージにバリアンのもとを訪れる。今回もかなり痛かったようだが、ちょっと慣れてきたようだ。しかし、生理のくる気配はない。 また養命酒のようなお酒を頂いて帰る。7日目の朝、3度目のマッサージを受けにバングリへ行くため、B子さんのバンガローに迎えに行った。すると、「こずえさーーん!!本当に来ましたよ!」とB子さんの興奮した声が聞こえてきた。今朝起きてみると、なんと、本当に生理になっていたそうだ。しかも三度目のマッサージを待たずに。すごい、凄すぎる、恐るべしバリアン!!!。この日は二人でお礼を言いにおじさまのもとへ行き帰ってきたのでした。 なんかいいですよね、薬を使わずに自分の中の治癒力で治すって。人間の体って凄いな、それを引き出してくれるバリアン技もまた素晴しい。
2005年10月12日
ドキドキしながら早速ベットに横たわりサロンを上から掛ける。 やって来たバリアンのおじさまは、大胸筋の辺りをマッサージ。 「い、痛い!!!」とB子さんの悲鳴が上がる。 腹、子宮、足へと触診は続く。 かなり痛いようで、「う、うーーーーーっ!!痛っ!」とうめき声が。 聞いてるだけで、鳥肌が立つ。 そこに助手もやって来て足のほうからマッサージを開始する。 ふくらはぎから膝の裏へ、どうもリンパマッサージのようだ。 2重苦のB子さん、痛がり方が半端じゃない。 すると、子供たちが興味を抑え切れず覗き見にきたが、 彼女は気にする余裕もない。すでに冷や汗たらたら激痛に耐えるのがやっと。 その後30分ほどでやっと拷問(?)が終わり 服を身につけぐったりしたB子さんとテラスに座っていると、 おじさまは小さなグラスに茶色い飲み物を注ぎ勧めてくれた。 「これは元気になる薬だ」という。 私にもくれたので味見してみると、薬草を漬け込んだ甘いお酒だった。 養命酒みたいなものだろうか。 マッサージの後に飲むと、血行が良くなるそうだ。 「3日に一度、後2回マッサージにいらっしゃい。そうしたら生理がくるよ」 というが、私は半信半疑だった。 日本ならば産婦人科に行き、薬を貰って治すような病気が こんなことで治るのだろうか? B子さんはただひたすら痛いマッサージを受けるのが苦痛だったようだが、 これで良くなるならと通うことにした。 続く >
2005年10月11日
何処のバリアンもそうだが、家の前に看板はない。ここも普通の民家だった。 ちょっと違うのは家のテラスに『人体図』の絵が掛かっていること。広い庭に向かって長屋のような建物があり左右には小部屋がある。その真ん中が壁のないオープンな診察所になっていた。テラスに座ると、髭を伸ばし優しそうな顔のおじさまが声を掛けてきた。彼が私たちの探していた「その人」だった。 おじさまの笑顔に勇気付けられ、ぽつぽつとB子さんが話し出すのを通訳していった。途中で、助手の一人がおじさまの指示を受けて何かを用意する。どうも、オイルのようだ。「じゃあ、診察をしましょうか」と言うおじさまに促され診療所のベットへ。 木でできたベットにはマットとサロンが一枚。足元と、頭の方はベニヤ板で1mぐらいの目隠しがされていた。「さあ、服を脱いで」と言われ、ひるむB子さん。診察所といってもテラスから続く屋根があるだけのオープンエアの場所。見渡すが更衣室のようなものはない。近所の子供が庭から面白そうに見ている。こんな所に外人がいるのがやっぱり珍しいようで、興味津々。困った私は置いてあったサロンを広げて目隠しを作る。B子さん思い切ってパンツ一丁になった。子供たちの歓声が上がる。「恥ずかしいよー」とB子さん。でも、試練はここからだった。。。 続く>
2005年10月10日
今日はバングリにいるバリアンのお話。皆さんはバングリという場所をご存知だろうか?ウブドから車で40分、ギャニアールの町をぬけて少し山のほうへ行ったところだ。景色のいい高台には海まで見渡せるお寺が建っている。 『漁師』にやって来たB子さん、このバリアンの居所を知らないかと私を訪ねてきてくれたのだ。ウブド好きの友人から聞いてきたそうだが、インドネシア語が解らないため見つけられなかったそうだ。「知ってますよ、ご案内しましょうか?」と答えると、ほっとして話はじめた。 子供の頃から病気がちだったB子さんは、ホルモンのバランスが悪く生理が来たり来なかったり。ひどい時は半年に1度だと言う。そうすると、体が浮腫んだり、だるさが続き熱が出ることもあるそうだ。 私なんか、どこのバリアンに行っても「お前さんは健康体じゃのう。ははは」と言われておしまい。神秘のバリアン体験は一度もない。観てるだけなのだ。嬉しいような悔しいような… それはさておき、旅行中なのにその浮腫みが出てきて体調が悪いB子さんを連れて、私はバリアンのもとへ向かうことになった。 続く
2005年10月09日
「おおーーっ」と、驚きのあまり仰け反る私。真剣な氏の顔。 彼女は目がテンになっていた。そこに大きく切り裂いた透明ビニール袋が登場。お腹の上の吹きかけた薬草の上にポンっと貼り付けると「さあ、いいよ。服を戻しなさい」と立ち上がった。その夜、バリアンの興奮冷めやらぬまま、彼女は『漁師』で飲みながら、「いやー、すごいびっくりしたわ。車でウブドに戻ってくる時からなんだかお腹が熱いんだよねー」と話す。彼女の細い体を見ながら「へえーー」そんなにすぐ効き目があるのか疑う私。飲み薬なら解るが、吹き掛けただけの薬。自分が紹介しながらも、まさかと思っていた。次の日の夜、彼女が『漁師』に飛び込んできた。「こ、こずえちゃん見て頂戴よこのお腹!!!」とふんわりしたアジアンワンピースの腹を押さえる。見ると昨日までは食べれなくってぺったんこだったお腹が、妊娠4ヶ月ぐらいになっている。「このせいで、パンツのゴムがきついよー」とぼやく。熱くなっていたのは本当だったのだ。体が動き始めたのだ。「バリアンのおじいちゃんにさっき電話してきいたら腎臓の動きが活発になっているだけだから大丈夫だって。問題ないってさ」と笑う彼女。ほっとしながらも不安な私。触らせてもらったお腹はパンパンに張っていた。朝おきてから、「A子さんどうなったかな?」と気になった私は果物を持って彼女のバンガローを訪ねてみた。「おはようございまーす」声をかけたら、ぐったりした顔で出てきた。「昨日の夜は20分おきぐらいで30回近くトイレに行ったから眠れなかったけれど、明け方やっと止まった。でもねお腹も小さくなったし、付き物が落ちたみたいに意識がスッキリしてきた」と嬉しそう。そこで、電話一本で来てくれるマッサージ師に連絡。香りの良いオイルで2時間もみほぐしてもらいリラックス。この夜は久しぶりにゆっくり眠れたようだ。 その後、A子さんは日本に帰り元気に過ごしているようだ。メールには「バリに行って沢山の力を貰ったみたい。また頑張れそう」と書いてあった。私はなんだかとても嬉しくなって、バリの神様への尊敬の気持ちでいっぱいになった。
2005年10月08日
ヌガリ村に住むバリアンは、ウブド王家の血を引くチョコルダ・グデ・ライ氏。氏は薬草に詳しく、お医者さんのようだ。彼の家系は1世代に一人、この力を授かる人がいるそうだ。一世代前はお父さんが、お父さんが亡くなると甥、姪を含めた子供達の中の誰かへというように。診察は中庭にあるテラスで始まった。まず、足を延ばした姿勢で坐った彼女の後ろから頭、額、顔、首と両手で触っていく。「君は腎臓があまり丈夫ではないな」「夜は眠れるか?」と質問する。ぴったり当てられた彼女はびっくり。彼女が補足するように今の体調を説明すると、「ここに横になりなさい」と茣蓙が敷かれた場所を指差した。肯きながら軽く触診しバリアンは庭へ降りて行った。不思議に思った私たちはその後ろ姿を目で追う。彼は庭にある木々から数枚の葉を摘んできた。そしてテラスの片隅にあるテーブルの上からすり鉢を取り、その葉と数種類の乾燥させた木の根、木の実などの薬草をグリッグリッと混ぜ合わせ始めた。そしてそれを手のひらに乗せると、『ぽんっ』と自分の口へ放り込んだ。。。『もぐもぐ、くちゃくちゃ。。。』思わず絶句。 恐る恐る目を見交わす私たち。何が始まるんだろう?氏は彼女に目を向け、お腹を指差し「出せ」と合図する。慌ててシャツをたくし上げスカートをずらした。そこへ、『ぶぅぅぅぅぅー!!』と、2本の指を当てた氏の口から、薬草が噴出した。 続く>
2005年10月06日
この日はまだ乾季の最中。日差しは強く緩やかに風が吹いている。私は2時半ごろ『漁師』に顔を出した。この時間はランチの時間が終わりスタッフもほっと一息つける時間だ。 店に入ると、座敷の隅に一人で旅行している日本人の女性がいた。年齢は30代後半から40代の綺麗な人。長いこと旅をしているようで肌が小麦色に焼けていて、長い髪をベトナムかタイ風の簪でまとめアップにしていた。笑顔なのに、どこか無理をしている感じだった。私が「いらっしゃいませ」と声を掛けると、彼女は話し相手ができて嬉しそうだった。話していると私と同じ北海道の人だと分かり地元の話で盛り上がり、今バリで踊りを習っていること、ここに来るまではボランティアをしている友人の手伝いをして、1ヶ月ほどタイの田舎の村にいたことなどを話してくれた。そのうちに「実は。。。」とこの旅に出たきっかけを話し始めた。 彼女は13年結婚していた夫と離婚調停中。悪いことが重なり中でも彼女の支えだったお母さんが亡くなった事がショックだった。精神的に崩れそうになった彼女はこの旅に出た。自分の心の整理をつける為に。 ストレスは体の一番弱いところに出る。彼女の場合は腎臓だった。食欲不振、睡眠障害、倦怠感と頭痛、そして尿を排泄しづらくなっていた。心配になった私はウブド近郊のヌガリ村に住むバリアンの話をした。バリアンというのは特別な能力を持った人のことだ。力にも色々あるようで、未来を読む人、薬草に詳しい人、望みを叶える祈りの儀式をしてくれる人などさまざまなようだ。興味があった彼女は、次の日早速バリアンのもとを訪れた。 続く>
2005年10月05日
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