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前回の日記の続きです。私の入院6日目。この日から私の母が来てくれました。新幹線を乗り継いでやってきた母を夫とちび六が駅まで出迎えてそのまま病院へ。病室にきたちび六はかなり落ち着いた表情をしていました。ママがどこにいるかわかってすっかり落ち着いたせいかママにべったりということは全然なく(苦笑)ほかの方のベッドのほうへ行こうとしたり病室内のいろいろなものを触ろうとしたりしていました(^^;)やむなく母がちび六のために買ってきた新幹線のおもちゃを出すとさっそくそれを走らせて、新幹線は私のベッドの下に…><新幹線はすぐに取り出しましたが、やっぱりちび六を病室でおとなしくさせておくのは難しいので夫と母と交代でちび六を連れ出し、残ったほうと少し話ができました。母は、ちび六のためにもうひとつ山手線のおもちゃを買ってきてくれていたのですが音が鳴るもののため、病室では出していませんでした。ちび六は家でず~~っとその山手線で遊んでいたそうです。もう「さつきちゃんたちのおうち、いく」とは言わずに、すっかりいつもどおりに戻ったそうです。その翌々日、ちび六が保育園に行っている間に私は退院して自宅に戻りました。母がちび六を保育園に迎えに行くと、ちび六は帰り道ずっと走って家に帰ってきました。玄関で私がちび六を出迎えると、ほっとした表情を見せたのですが開口一番は「パパくる、パパくる」なんじゃ、そりゃ?(苦笑)その後は特にママを呼んだりすることもなく、ひとりで新しい山手線で遊んでいました。退院した週は、特にママべったりということもなく、一人遊びをしたり時々私の母に相手をしてもらったり。ただ、問題はそのあと。翌週はちび六が風邪をひき、保育園もほとんどお休み。その風邪が治りかけた頃、かなり「ママ、ママ」でした。そのころにはだいぶこちらの体調も戻ってきたのでそれなりに対応ができたのですがちび六なりに私の様子を見て、退院直後は少し我慢をしていたのかもしれません。甘えが出せるようになったことで、ようやくちび六もいつもの状態にもどったのかなと思いました。追記。退院して、ちび六が大きく成長したな、と思うところがあります。明らかに語彙が増え、ひとつの文が長くなりました。私が入院したことで、言わないとわからない場面が増えたからかもしれません。1週間会わないうちにぐっと表現の幅が広がって驚きました。ちび六にとってはつらい経験だったと思いますが、大きな成長にもつながったようです。
2009.01.30
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前にも書きましたが、私が入院した日にちび六がインフルエンザと診断され、リレンザを処方されました。リレンザのおかげで翌日にはちび六の熱も下がり、この日の朝、義母が東京から駆けつけてくれてやっと夫が私の入院している病院に来ることができた、という話は前にも書いたとおりです。ちび六は熱がある間はほとんど眠っていたようで、私がいない影響はあまりなかったようです。熱が下がってからは比較的元気で、東京のおばあちゃんと楽しく遊んでいたようです。ただ、夫の話によると、いつもよりかなりハイテンションだったとか。異常な感じはしなかったけれど、普段では見られないくらいのハイテンションだったようです。これがインフルエンザによる異常行動なのか、リレンザの副作用なのか、(リレンザで異常行動は報告されてなかったように思いますが)それとも単にママがいなくておばあちゃんが来ていることによるものなのか。あまりに特殊な状況だったので何とも言えないところですが。この日から、ベランダ側の窓のほうへ行って山を指差して「さつきちゃんたちのおうち、いく」と言うのがはじまったそうです。さつきちゃんというのは「となりのトトロ」のサツキちゃん。ちび六はトトロが大好きで、DVDを何度も見ており、セリフもよく覚えています。ひとりで何役もやりながらトトロごっこをするのがとても好き。これまで、「さつきちゃんたちのおうち、いく」というときはサツキたちが田舎の家に引っ越す、映画の最初のシーンからやる、ということを意味していました。しかし、この山を指差して「さつきちゃんたちのおうち、いく」というのはそのトトロごっことも違うようで夫からこの話を聞いた時、なんだろうね?と二人で言っていました。このときはまだ、ちび六のこの発言が大きな意味を持っていることを知りませんでした…熱が下がっても2日間は外出を控えなければならないので、ちび六はすぐにお見舞いには来られませんでした。入院3日目の夜、それまで機嫌のよかったちび六だったのですが寝かしつけの時には大泣き。おばあちゃんが寝かしつけようとすると「ママがきゅうきゅうしゃでいっちゃった」と泣き叫び始めたそうです。確かに、私が入院した病院に搬送されたのは救急車でしたが最初の病院にはタクシーで行っているし、ちび六の前で救急車の話は誰もしていなかったのですが…結局パパがぎゅっと抱きしめて「もう大丈夫だから」といってからようやく眠ったそうです。その翌日。ちび六は鼻風邪の症状があって、あまり体調がよくなく本人が眠いというので、かなり眠っていたようです。この日にちび六もお見舞いに来る予定でしたが、結局来られませんでした。この日には私も談話スペースに電話をかけにいけるようになったのですが電話してもちび六は泣きそうな顔をしてすぐパパに受話器を渡してしまいほとんど話すことはできませんでした。「さつきちゃんたちのおうち、いく」と何度も言っていたそうです。5日目。ちび六は朝から「さつきちゃんたちのおうち、いく」といって泣きモード。泣いて眠ってまた泣いて・・・で、午前中はお見舞いに来られませんでした。昼食も食べたものの、また泣いて今度は吐いてしまい、そのあと眠ってしまいました。もうここまできたらストレスなのは間違いなく、私の顔を見るまで落ち着かないと判断。次に起きたときに、まだ多少具合が悪そうでも連れてきてもらうことにしました。病院に来たちび六は顔がこわばり、まるで別人のようでした。それでも私が抱きしめると、だいぶ安心したような顔をしていました。ちび六がすぐに「おうち、かえる」というのでものの2,3分もいませんでしたがそれですっかり落ち着いたようで、その後は泣くことはなかったそうです。その日の夜、夫からメールが届きました。「ちび六はママが遠くに入院してると思いこんで自分もサツキちゃんたちみたいに引っ越さないとママに会えないと思ったんじゃないか」あ、そっか…夫に言われて、なんで「さつきちゃんたちのおうち、いく」と泣いてたのか、納得がいきました。「となりのトトロ」では、サツキたちのお母さんは田舎の病院(療養所?)に入院していて(おそらく肺結核)退院したらお母さんが空気のきれいなところで過ごせるように田舎に引っ越す、という設定になっています。ちび六には入院の経験もお見舞いの経験もありません。(出生直後を除く)ちび六が知っている入院はトトロに出てくるものだけだったのです。ちなみに、映画では引越しのシーンの次はお母さんのお見舞いに行くシーンになっています。だから、ママが入院→自分も引っ越さなければママに会えない→山を指さして「さつきちゃんたちのおうち、いく」となったのでしょう。それが、田舎に引っ越さなくてもタクシーで行けるところにママがいるのがわかって、やっと安心したようです。夫もちび六にいろいろと説明しようとしたのですが何か怖いことを聞かされると思ったのか、ちび六がほとんどパニックになり全く通じなかったそうです。なかなかわかってやれずに可哀そうなことをしました。直接「ママに会いたい」と言ってくれればすぐにわかったのですが。このあたりの難しさは発達障害ゆえのものなのでしょうか…ちび六がインフルエンザでなければすぐにお見舞いに来られてこんなことにならなかったのでしょう。やっぱり早く医者に行くべきだったと改めて思いました。(つづく)
2009.01.29
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ちび六の話は後でまとめて書きます。退院してからの生活ですが、最初はかなり体力が落ちていたので手伝いに来てくれた母に家事やちび六のお迎えなどを頼んで私は少しずつ簡単な家事などをしながら体を慣らしていきました。病院にいる時と違い、家に帰るとなんだかんだとやることがあって体を動かすので最初の1週間くらいはあえて昼寝をするようにして、疲れてしまわないように気を付けました。年末ばたばたしたおかげで大掃除までは手が回っていなかったのですが、それも母がやってくれました。本当に感謝です。母は仙台に来たことがなかったので、いずれこっちに遊びに来てもらおうと思っていたのですがこういう形で来てもらうことになるとは思いもしていませんでした。自分の父親の葬式に出た娘が倒れるなんて、母に悪いことをしたと思いますが家事の合間に昼間は多少の市内観光もできたようで、少しは楽しんでもらえたようです。こちらの安くて新鮮な魚介類にも喜んでいましたしね。それにしても、初めての土地なのに、私の自転車を使って近くへの買い物だけでなく私のお見舞いまで自転車で来ていて(病院まで自転車だと30分以上かかります…)なんというか、ちょっとびっくりしました(笑)退院した週の週末に母が帰ったので、それからは自分でほとんどの家事をすることに。そのころまでには家の中で動く分には全く問題がなかったのですが外を歩くには、ちょっとまだ違和感がありました。めまいはもうなかったのですが、外を歩くとひどく視界が揺れて、酔ってしまいそうになるのです。普通なら歩くときには体の振動を感知して脳が補正するのでそれほどぶれないはずなのですが内耳の働きがおかしくなっているので、どうもその補正がうまくいっていなかったようです。最初のうちは5分歩いては立ち止って息を整えて、という感じでしたがその不快感も日に日におさまってきました。今週に入ってから、一度職場に行って今後のことについて直属の上司と話をしました。実は今年に入って直属の上司が同じ職場の別の人に代わったのですが(働く場所や仕事の内容にはほとんど変化はありません)新しい上司はお母様がメニエール病で前の上司も自身が20代のころにメニエール病だった(最近めまいは起こってないそうです)ということで私の状態にも非常に理解があり、復職は無理のないようにと大変気遣っていただき当面は1,2時間くらいからはじめて、年度内は半日勤務とすることになりました。職場では仕事がストレスになっていないかとすご~く心配されましたが、それはないのでご安心を(笑)仕事にも無理のないように復帰していくつもりです。そして今日は退院後初の通院日。結構待つかな?と思ったので、本も持ったしお昼ごろまでかかると思ったので、お昼をいつ食べられるかわからないからと朝食も多めに食べました。タクシーで病院に着いたのは9時過ぎ。受付をすませて、本を読もうかなと思ったところで検査に呼ばれました。検査が終わり、どれくらい待つかな?飲み物でも買ってこようかな?なんて思っているうちにすぐに呼ばれました。ドクターは入院中の3人の先生とは別の人。外来だけやってるそうです。検査の結果は、異常なし。「念のため」と言って耳をのぞくドクター。見た目にも問題はないと言っていましたが、実はこの病院で耳を診てもらうのは初めて。入院中、一回も耳をのぞかなかったんですよ~、耳鼻科なのに。その代りに診てたのは、眼。レンズ付きのゴーグルのようなものを使って、眼の動きを診ていました。「眼震」と言っていたので、眼の揺れをみることでめまいの有無をみるのでしょうね。めまいの原因は内耳なので、耳を外から見てわかるはずもないのですが一回くらいのぞいてくれてもいいのにねえと思わなくもなかったり。最後の最後で耳も診てもらってなんとなく満足です(笑)ドクターの説明は続き、投薬の必要もないし、再診の必要もなく「(めまいを)繰り返すことは少ないですが、疲れすぎないように気を付けてください」とのことでした。身近にメニエールの人が思ったより多いのは気になるところではありますがとりあえずくりかえすことは少ないと聞いて少し安心しました。会計を済ませて病院を出ると、9時40分。早っ!!総合病院ってむやみに時間がかかるイメージがありましたが、こんなに早くすんでびっくり。もっと時間がかかると思っていたので、帰りもタクシーで帰るつもりだったのですがまだ元気だし、帰りにコンビニにも寄りたかったのでバスで帰りました。そんなこんなで少しずつ日常生活に復帰中です^^
2009.01.28
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入院初日は、すぐに看護師さんに来てもらえるように、とナースステーションの隣の個室に入りました。横になっていれば何の問題もないのですが、めまいで自力で起き上がることが難しいので一番の問題は、トイレ。結局この日は、看護師さんに手伝ってもらいながら病室内のポータブルトイレを使いました。食事はなしで、点滴のみでした。入院2日目。ある程度眠ったら少しめまいが楽になってきました。トイレも、点滴台につかまりながら看護師さんが付き添ってくれる形で普通のトイレにも行けるようになりこの日の午後から、個室から大部屋に移ることになりました。また、この日の朝、東京から義母が来てくれたので、熱の下がったちび六を義母が見てもらい夫が病院に来ることができました。看護師さんたちはみんな私の子供がインフルエンザにかかったことを聞いていたので夫が私の荷物を持ってきたときには「うわー、よかった~。どなたも(病院に)来られないかと思った」と言われたそうです(苦笑)この日は聴力検査も受けました。3日目。やっぱり眠るとめまいが楽になってくる。この日の昼から食事を取り始めました。といっても、もう1週間近くほとんど食べていない状態だったのでとベッドの頭の部分を起こして食事をとったのですが、起きているのがしんどくって最初はほんの少しずつでした。聴力検査の結果、右耳に難聴ありで、ステロイドの投与を受け始めました。ステロイドの副作用でむくみが出る可能性があるのでこの日から毎日体重を測ってむくみがあるかどうかチェック。久しぶりに測った体重は、ふだんより2キロ減…やっぱり食べてないと落ちるなあ…4日目。この日から自力で行動開始(笑)食事も全部食べられるようになりました。点滴も昼間だけになり、点滴台につかまって一人でトイレに行ったり携帯で通話ができるところまで行けるようになりました。(病室内は通話は×でメールは○)やっと自分で実家に連絡をすることができました。5日目。この日で点滴も終了。少し動けるようになってくると、結構ヒマ(笑)かといって思うように動けるわけでもない。売店に行こうとして、まずエレベーターで階の表示を見ようと頭をあげたら、そのまま倒れそうになるし(^^;)なんとかエレベーターに乗って売店までいっても、ゆっくりしか動けないし商品を見るのに目を動かすとくらくらしそうだし。活字を読んだりテレビを見たりも少しすると疲れてしまう。それでも大相撲初場所の初日だったので、相撲だけは見ました。ず~っと(3,4年くらい?)応援してた安馬改め日馬富士(はるまふじ)が大関になった場所でしたが初日黒星でかなりがっくり~~><ちょっと緊張してたかな~なんて思っていましたが、ここからまさかの4連敗…日馬富士の初日より私の退院のほうが早いなどというまさかの展開になるとはねえ。6日目以降は順調に回復し、7日目に再び聴力検査。ひとつだけひっかかった音域があったので、ステロイドでの治療を継続。「あとは投薬だけなので、明日退院してもいいし、もう少し入院しててもいいですが、どちらにします?」と聞かれ「明日退院させてください!」ということで8日目に無事退院。最終日の診察の時に聞いてみました。「めまいがまた起こることはありますか?」「あります、あります!(←そんなに元気よく答えないでくださいまし…)繰り返して起こるようになると診断名は突発性難聴じゃなくてメニエール病になります」そっか。メニエールってそういう病気なのね。それから、日常生活で気をつけることは?「ストレスを避けること。あとは嗜好品ね、コーヒーとかお酒とか。あと、たばこの煙もさけてくださいね」コーヒーはもともとほとんど飲まないし、お酒もここんとこ年に数えるほどしか飲んでない。身近に喫煙者もいないし、あとはストレスだけね。まあ、今回は数年に一度あるかないかってくらいフィジカルにストレスかかったからなあ(苦笑)新幹線の中でマスクをしなかったのが最大の敗因です。寒い時期だし、もうちょっと気をつけないといけなかったなあ…入院していろいろと思うことがありました。まず、病院のスタッフは激務だな~ということ。看護師さんは3交代で24時間の看護。かなりきつい仕事ですよね。ドクターだって、耳鼻科の先生は3人いましたが、平日は朝8時半には入院患者の診察。土日はもっと遅い時間でしたが、交替で診察していました。薬剤師さんは薬の説明に何度か回ってきていましたし他にも事務職の人や調理スタッフ、清掃員などたくさんの人の手を借りて入院生活がおくれていたんですよね。現場で働く人に感謝!!です。そして、入院費用。私が前回入院したのはちび六を出産したとき。そのときは普通の分娩だったので保険がきかずに実費で30万円以上かかったかな。もちろん、健康保険から出産一時金がかなりおりたので持ち出しはほとんどありませんでしたが。今回はいくらくらいになるんだろう?と思っていましたが当然保険もきくので、思ったより安くてすみました。でも実費だったらかなり大変><国民皆保険、大事な制度です。
2009.01.23
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事の始まりは年末に起こった身内の不幸からでした。ある程度の覚悟はありましたが、思ったよりも早かった。ちび六のこともあり、無理しなくていいと言われたのですが私が参列したかったのでお通夜・お葬式のために愛知県へ飛びました。大晦日のお葬式をすませたあと、翌日の元日には東京の夫の実家へ。お葬式の翌日ということもあり、夫の親せきに会うのは気が進まなかったのですがやはり今生きている人を大事にしたいという思いも強くあり体調も考慮して年始の挨拶は短時間にとどめてその日のうちに仙台に戻りました。翌2日は家でゆっくり休み、3日には少し咳が出るものの体調はそれほど悪くないと思っていたので夫がちび六を連れて駅で新幹線を見ている間に駅前のデパートで少し買い物。(咳が出ていたのでマスクはしてましたよ、もちろん)その帰りのバスの中で、片耳に違和感があることに気がつきましたが夫に話しても「よくあることだよ」と軽く流されてしまいました。それでも、自分では耳に違和感を感じるなんて今までにないことだったので聞こえ方の確認をしてみたのですが特に異常はなく、しばらく様子を見ることにしました。その日の夕方。夕食の支度をしているときに、どうも体がだるいことに気がつきました。当初は熱っぽいのだと思っていましたが、後から考えるとあれがめまいの症状の最初だったんだろうな、と。翌4日には37度台の発熱。筋肉の痛みもありインフルエンザを疑ったのですが、日曜で近くの病院は休み。とりあえず熱も上がっていないことから翌日まで様子を見ることにしました。5日には熱は平熱に。このときにはめまいの症状はかなりはっきりあったのですが吐き気があって風邪だとばかり思っていたのでめまいのことは「なんだか体がふらふらする」くらいにしか考えていませんでした。今から考えるとこの吐き気もめまいから来ていたものなんだろうなあ。ちび六もこの日は風邪っぽくて保育園をお休み。夫から「病院に行くか?」と言われたのですが、このときには動くのもつらく病院に行けるような体調ではなかったので(苦笑)家で休みたい、と寝ていることにしました。翌日も同じような状況。ちび六は半日だけ保育園へ。(送り迎えは夫)そしてこの日の夜中、ちび六が熱を出しました。翌朝、とうとう私は自力で立ち上がることもできないくらいにめまいが悪化、ちび六は38度くらいの熱があったので、夫が二人を連れてタクシーで近くの内科兼小児科へ。この日はちび六のかかりつけの小児科が休みの日だったこともあり、内科兼小児科なら二人一度に診てもらえるとその病院に行くことにしました。ここの先生は内科でもある特殊な疾患に関する診療をやっているため遠方からの患者も多く、以前にかかった時には待ち時間が長かったので、できればここにしたくなかったのですが結果的にこのクリニックにしたのは正解でした。受付で私の尋常でない様子から、すぐにベッドのある診察室に通されました。右耳に詰まったような感じがあり、痛みもあることからおそらく耳からくるめまいだろうということで、点滴・注射と投薬。2階にはベッドが7,8床あってこの規模の医院にしては設備が充実しておりそちらで点滴を受けながらしばらく様子を見ることにしました。ちび六は結局インフルエンザA型と判明。子供なのでタミフルは使えないため、リレンザをすぐに投与されました。ちび六は翌日には解熱。さすが抗ウイルス薬です。わたしのほうはといえば、午後になってもめまいはおさまらずドクターと相談して、入院設備のある総合病院へ移ることになりました。ちび六がインフルエンザである以上、夫はちび六についていなければならないので(異常行動の報告があるのでインフルエンザの時は子供を一人にしてはいけません)クリニックの看護師さんが付き添ってくれて、救急車で総合病院に搬送されました。このクリニックでは、ドクターや看護師さんが親身になって世話をしてくれました。搬送先の病院まで付き添っていただいた上に夫への連絡までしてもらい、本当に助かりました。最初にあのクリニックにかかって本当によかったです。めまいには耳からくるものと脳に原因があるものの2種類があります。総合病院ではまず、脳に異常がないかをしらべるためにCTスキャンをしました。CTとるのは初めてでしたが、意外に簡単なものなんですね。おそらく簡易的な検査だとは思うのですが、すぐに終わりました。それからX線検査。どちらも異常なし。それから手足の動きをチェックして、脳が原因ではなく、耳からくるめまいとの診断。血液検査の結果では、感冒にかかった跡があるけれどそれが直接めまいと関係があるかはわからない、とのことでした。検査の仕方から考えて、風邪とインフルエンザの区別はつかないだろうからちび六がインフルエンザになってることだしおそらく私がかかったのはインフルエンザで、それが最終的な引き金になったんだろうなあと勝手に推測。救急の内科のドクターは私と同年代くらい。私が運ばれた時の救急科はドラマで見るのと違ってかなりなごやかな雰囲気でした。重症患者がいなかったからなんだろうけどね。ドクターに「体が新しい状態に慣れるまで少しかかりますが、必ずめまいはよくなりますから」と言われ「本当にこんなひどいめまいがおさまるんだろうか?」と半信半疑でしたが本当におさまるもんですね。人間の体ってすごい。「入院しますか?」の問いに「入院します」と答えて耳鼻科の病棟に運ばれて行きました。(つづく)
2009.01.22
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みなさま、ご無沙汰しております。実は年明け早々に突発性難聴によるめまいで一週間ほど入院しておりまして…水曜に退院したところです。めまいも難聴のほうもよくなっているのですが入院で安静にしていたために体力がまだ戻っておらず実家の母に手伝いに来てもらっています。今は少しずつ日常生活に体を慣らしているところです。メールの返事がなかなか来ないなあと思ってる方、ごめんなさい。ゆっくり、ゆっくり、やっていきますので。体のこと、入院中のちび六のことなど書きたいことはいろいろありますがまた日を改めて少しずつアップしていきます。今日は取り急ぎお知らせまで。
2009.01.16
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