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合気道って力のバランスや流れ、タイミングなどをコントロールする技でありながら、所謂、膂力というものから遠ざからねば良い技にならない・・・という面白さがある。筋力とは直接関係ないからこそ、自分のような体型の人間には魅力的な武道といえる。 とはいえ、筋肉は必要ない、とは言い切れない。木刀の素振りや膝行に必要な筋肉だけは必須だろう。腹筋も含めた腰周りの筋肉と背筋だろうか。 少し前までは、技が微妙に外れると腕力で補おうとしていた。力技だ。相手に受け身を取らせる程度の技のカタチに仕上げるために力を使う・・・でもそれはじつに後味が悪い。 良い技には「手ごたえがない」。つまり軽くかかってしまう。初段の頃はその「手ごたえ」がほしくて力を使っていたし、それが悪いとも思っていなかった。でも腕力に頼ると身体の軸がずれやすいことが分かってきて、いまでは「重力」を有効に使えないかとそればかり意識している。自分の身体にかかる重力と、相手の身体にかかる重力の両方を操作・利用すること。 そして「手ごたえがない」ことが手ごたえ?であることも実感できるようになった。たとえば自由稽古のときに、年に数回しかしない腰投げをやってみる。柔道の背負い投げに少しだけ似ている技だ。相手の手首をつかんだまま身体を半分に折り曲げるようにしてお辞儀すると、相手の身体はスッと軽く自分の身体の上を通過して畳へ落ちる。このときの「手ごたえの無さ」、軽さが手ごたえになっている。じつに面白い☆
2009年03月31日
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長野県は車山高原へ。春スキーを楽しむぞ♪・・・と思っていたら、ゲレンデは小雪が舞っていた。三月だというのに、ここはまだ冬の最中。やがて雪は本降りになり、クワッド・リフトに乗ってる数分の間にスキー・ウェアが真っ白になる。息子と娘はそれでもはしゃいでいるが、こちらは戦意喪失気味に。 でも山の天気は変わりやすい。スキーの女神が降りてきて、晴天に☆ 調子にのって、最難関コースの急傾斜コブ斜面に挑んだ。雪質は複雑を極め、アイスバーン化したコブの上に新雪が積もり、一部は雪の塊のようになって転がっている。そこで見事に転倒。今シーズン初転倒だ。一年ぶりにゲレンデで転倒するのは想像以上に気持ちのダメージが大きい。その上、合気道の「受け身」のクセで身体を丸めているので、そのまま急斜面を十五メートルほど滑落。(あ、これじゃ、とまらない)とハタと気づいて手足を広げて停止する。全身雪まるけだが、これもいい思い出だ。 その間、息子と娘は放し飼い。新雪を楽しんで滑っている。「このスキー場、気に入った!」息子の満面の笑みが嬉しいスキー旅行であった。
2009年03月29日
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話題作のこの一冊。彼が最愛の妻に先立たれたときのことを書いている。 評判が高いだけに、落涙を禁じえない内容だろうと期待して読みすすんだが、イメージしていたものとは若干異なった。飾らない言葉でとつとつと語りかけてくるような文章はとても読みやすく、なんだか温かい気持ちになる。こういう夫婦もあるんだな、と思わせる一方、ある海外の作家の言葉を引用して笑いを誘ったりもする。『人間、頭がおかしくなると、やることが二つある。ひとつは、自殺。ひとつは結婚』既婚者ならクスッと笑える一文だろう。(新婚さんは除く) 最愛の妻を見送った七年後、作者も後を追うように鬼籍に入った。あとがきの中で氏の娘さんが書いておられるが、いまごろあちらで手を取り合って再会をよろこんでいるだろう、とまさにその様子が想像できるような読後感のとても温かい一冊であった。 夫婦っていいなぁ・・・と感じ入っているバツイチ男・44歳誕生日の夜。
2009年03月22日
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本日晴天。息子の小学校卒業式であった。卒業証書を胸を張って受けとる彼の姿を見つめながら、いつの間にか「ちびっこ」ではなくなり、青年の入り口へと差し掛かったのだなと、感慨深いものがあった。(自分も年をとるはずだ・・・) いよいよこの春から中学生。自分が中学生の親になるなど想像もつかなかったが、なんだか押し出されるようにして自動的にそうなっていくのだな。。。 きっとあと数年で背丈は追い越されるのだろう。
2009年03月19日
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例によってロバート・キヨサキ氏の著書だ。彼は「株は買うものではなく、売るものだ」と言っている。つまり、市場で株を買うことよりも自分の会社をつくり、その会社の株式を公開する(売る)ことこそ、最高の投資だと言う。危険度は高いが、成功報酬は莫大で、その一回きりで生涯働かずに暮らせるだけのリターンがあるというわけだ。理屈としてはもっともだと思う。 さらに彼はこうも言う。「株を買うのは馬券を買うに等しい」と。つまり、自分でコントロールできないものを買うのは良い投資とはいえない、というわけだ。株を買い占めて、その会社の経営権を握るというのであれば別だが、ただ買って上がるのを祈る・・・というのは博打に等しいと。これも一理ある。 つまり、投資は自分でコントロールできるもののことを言うわけで、彼が軸としている不動産投資はその代表格なのだ。たしかに不動産を取得すれば、自分の思い通りに運営できる。もちろん、成功もできれば失敗もできる。 件の著書に一つ面白い例え話がある。投資の種類によってストレスの度合いが異なる、というものだ。『紙の資産への投資がデートするようなもので、不動産を買うのが結婚するようなものだとしたら、ビジネスに投資するのは子連れで結婚するようなものだ』つまり、株を買うのがもっとも気楽で、起業するのがもっとも気苦労が多い、ということ。でもリターンは後者ほど大きいと言っている。いずれにしても株式投資をもっとも軽視している著者であるが、株式投資のみで財を成したウォーレン・バフェット氏には一目置いている。それはバフェット氏の投資姿勢にあるのだろう。氏は「買うのは企業、株ではない」と言っている。「株式を持ち続ける期間として私が一番好きな時間枠は永遠だ」言うなれば、バフェット氏もその企業の株を買うときは「結婚」するつもりで買っているわけだ。資産が莫大となった今では、その投資手法は「株を買う」というより言葉通り「企業買収」という形へと変わった。つまりビジネスを買っているのだ。両者に共通するのは、行き着くところキャッシュフローに投資しているという点だ。確実な複利を生む資産であればそれがどんな形であれ価値が高いという見方。大切なのはその目利きである。 自分はしばらく株でやっていきたいと思っているが、「レバレッジ」と「損失に対する保険」を当面の課題として、さらに平行してキャッシュフロー型投資をバフェット氏を手本にしながら模索していきたい。
2009年03月15日
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オムレツになれなかった、ひき肉、タマネギ、卵たち。不憫だ。 スーパーの肉売り場で我が手に取られなければいまごろ他所の家庭で立派なハンバーグになっていたかもしれない、ひき肉。。。スーパーの野菜売り場で我が手に取られなければいまごろ他所の家庭で立派な肉じゃがの脇役として、あるいは美味しいカレーの中で準主役を果たしていたかもしれない、タマネギ。。。スーパーの卵売り場で我が手に取られなければいまごろ他所の家庭で立派なおでんの具財の一翼を担っていたかもしれない、卵。。。 きみたちには申し訳ないことをした。m(_ _)m全責任はワタシにある! 今後、二度とこのような失敗を犯さないと、我が消化器官の中をうな垂れて進むきみたちに誓う。。。 言い訳になるが、美味しかった!あえて名付けたい。「男のオムレツ」と。
2009年03月12日
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「低額」給付金とも揶揄される定額給付金の支給が決まった。一人、一万二千円、高齢者や子どもへは二万円。ずいぶん羽振りのいいハナシだ。なにもしていないのに、一万二千円が手に入る。景気刺激だの困窮者救済だの、後付けの動機の議論は無駄だろう。GDPにほとんど効果がないことや、救済金としても、例えるなら激痛を訴える患者に一回だけモルヒネを打ってあげるだけのこと・・・というのはすでに世間の承知である。自分としては、税金の一部が戻ってくる、という捉え方をしている。だから、当然消費はしない。 問題は財源のハナシだが、この羽振りのいい金は、つまるところ本来なら国債残高を減らす目的に使われる特別会計から捻出するわけで、それは実質的に赤字国債発行と変わりがない。言い換えれば、自分たちの子ども世代、あるいは孫世代(ひ孫まで?)に支払ってもらう借金なのだ。それを思えば、「パーッと使う」などできるはずがない。心してこの金を動かしていかねばならない。 政策として決まったものは従うしかないが、未来をつくる子どもたちの背中のリュックに大きな重たい石を我々が入れていることだけは忘れてはならないだろう。。。
2009年03月08日
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昨夜の中国戦は大量得点を誰もが予想していただけに重苦しい展開になった。日本チームの中でも役者が一枚上手のはずのイチローの不振にその原因を見るのは誰もが同じだろう。だが彼を責められない。日本中の野球ファンの視線を集めているそのプレッシャーたるや、想像を絶するものに違いない。彼がチームにいるから、プレッシャーが半減している選手は多いはず。 試合は4-0ながら、辛くも勝った・・・という印象だが、その中でも福留の存在が光っていた。昨夜は一本のヒットも打たなかったにもかかわらず、全打席出塁した。すべて四球を選んだためだが、その選球眼は球界一とは云えないか?全ての打席で一塁へ立てるというのは、言い換えるなら彼は目でヒットを打つのだ。難しいコースはファウルにする。きわどいところは全てファウルにされるので、ピッチャー泣かせといえるだろう。 イチローがバットでヒットを打つのに対して、福留は目でヒットを打つ。イチローといえども不振は避けられないので、福留の「確実性」はとても心が引かれる。投資家的目線で言えば、後者の方が価値は大きい。もちろん、イチローの華やかさは次の試合でも期待したいが、福留の確実性にもまた期待したいと思うのだ。
2009年03月06日
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ごくたまに「スーパー銭湯」へ行く。名古屋周辺は激戦区でもあり、まだ一度も足を運んでいないところは何軒もある。この頃は床屋さんも併設されていて、いたれりつくせりだ。で、ちょうど髪ものびてきたと感じた頃、「散髪セット 1500円」と大書きされた新聞広告が入ったので、さっそく出かけてみた。カットと入浴がセットになって1500円ポッキリは安い!こういう場合、カットについてはあまり腕を期待していないが、もともと髪型にさほどこだわりがないので、よほどの散切り頭にされない限りOKなのである。受付で代金を払うとフカフカのカーペットを奥へ歩いていき、散髪ルームへ。そこには女性理容師がひとり。外部からは入店できない仕組みになっているので、「散髪セット」のお客さんが来ない限り手持ち無沙汰なのだ・・・と話していた。話していた、と書いたが、そもそも髪を切るときに理容師と話すのは苦手だ。髪をカットされているときは、考え事がしやすい。だから理容師には黙々と切ってもらいたい。だが、その女性理容師は、空模様にはじまり、そこの風呂の特徴とか、サウナは好きか、などとこちらが適当に相槌をうちつつ話しを続かせないようにしているムードも構わず、まるで沈黙を嫌うが如く、次々と話題を出してくる。髪を切られていたのはほんの二十分かそこらだが、いつのまにか彼女のペースにもっていかれて、こちらも会話する気持ちになってしまっていた。それが決して不快ではないくらいまで、その短い時間の中でこちらの気持ちを変化させた彼女の話術?に「してやられた」。年のころは三十代前半、独身とも既婚とも判断しづらい空気の持ち主であった。その店を出るときには自然と「ありがとう」と気持ちよく口にしている自分がいて、あれも一つの人間力だな・・・とカットの腕よりもそちらの方に感心したのだった。肝心の風呂は、総檜風呂など高級感があってよかったが、立地条件の悪さか、露天風呂の空が狭いのが気になった。自分の場合、この露天風呂の「空の大きさ」が「行きつけ」になるかどうかの境目になる。残念ながら、そこはスーパー銭湯としては高級感があっても自分のめがねにはかなわなかった。しかし、また散髪が必要なときは来てもいいかな、と思ったのだった。
2009年03月01日
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