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いかりや長さん が亡くなった、ってコトで、最近、「8時だよ 全員集合!」のVTRを、TVでよく見かけるんだけど、そんなVTRを見てて、自分が子供の頃のことを思い出してたら、気づいたことがあって・・・俺が幼稚園のころ、ドリフタ-ズの「8時だヨ 全員集合!」っていうのは、すごい人気番組で、ホント、みんな見てたのね。それこそ、幼稚園でも、必ず みんなの話題になるくらいで。もっとも、親は、「品がない番組」ってことで、あんまり見せたくなかったみたいだけど。それで、親との約束で、「土曜日は、寝る前に、9時まで、その番組を見てもいい」ってことになってたのね。この約束、一見すると何の変哲もない言葉に聞こえるんだけど、今考えると、この短い文章の中に、効果的なNLPのテクニックが入ってた、ということに気がついたってわけ。まず、「土曜日は、9時まで見ていい」って言葉には、「土曜日“以外”は、9時よりも前に寝なきゃダメ」っていう、前提が隠されてるわけ。そして土曜日については、「寝る前に、9時まで見ていい」っていう言葉によって、「9時になったら寝るんだよ」っていう前提が隠されてるわけ。つまり、これって、「トリプルバインド」になるのか!?う~ん、うまくハメられたもんだ。もっとも、当時、俺の親は、「ミルトン・エリクソン」なんて、知ってたわけないけどね。なんか、VTRを見てて、そんなコトを思い出しました。しかし、考えてみると、普段は、「8時に寝なさい」って言ってた親を、「土曜日は、9時でもいい」って言わせしめた「8時だよ 全員集合!」って、やっぱり、大したモンだよね。なんてな・・・
2004年03月29日
あ、ちなみに↑このタイトルは、「選択の幻想」のつもりね(?)って、まあ、それは置いといて、ショ-催眠とセラピ-系催眠て、確かに やってるコトは、同じ「催眠」なんだけど、違いは何なのか、って言ったら、「目的が違う」ってコトになるのかな。ショ-催眠っていうのは、被験者の他に、観客とかがいて、どっちかって言うと、その観客とかを楽しませたり、びっくりさせたりするのが目的じゃない?でも、セラピ-系催眠をやる場合は、別に観客とかがいるワケじゃないから、そもそも楽しませる必要がないワケで、クライアントの問題を解決するコトが目的であって、そのための手段として催眠を用いる、ってコトになるワケでしょ。まあ、そのクライアントが、「くっついた手が離れなくなるとか、不思議な体験をしてみたい」とかって、言うのであれば、話は別だけどね。もっともその場合は、クライアントと観客が同一の、ショ-催眠ってコトになるのかな。あっ、でも、「くっついた手が離れなくなる」とかっていうのは、セラピ-系の時にもやるか。って、言っても、それは、「ほら、手が離れない、すごいでしょ?」っていうのが、目的じゃなくて、その人がどれくらいの深さの催眠に入っているかを、セラピストが知るためなのね。前にも書いたけど、催眠には、いろいろ深さがあって、その深さによっていろいろなコトが起こるのね。まだ、軽いトランスに入ったばっかりだと、自分でも催眠に入った、っていう自覚があんまりないんだけど、次の段階の、「運動支配レベル」に行くと、テレビとかでもよく見る、「くっついた手が離れなくなる」とかいうのが起こるワケ。つまり、セラピ-系の催眠で、「くっついた手が離れなくなる」って、言われて、ホントにクライアントの手が離れなくなった場合には、セラピストは、「クライアントが、少なくとも、運動支配レベルの段階まで入った」ってコトがわかるワケ。普通、セラピ-系をやる場合、その「運動支配レベル」よりも、もう少し深い、「感覚支配レベル」とか、「記憶支配レベル」とかまで行くんで、クライアントの様子を見ながら、徐々に深い催眠へと導いていく、って感じかな。ま、リラクセ-ション系なら、そんなに深いレベルにしなくて、軽いトランス状態でも、十分、ストレス解消になると思うけど。全身の筋肉が緩むだけでも、肩こりとかがほぐれたりするんじゃないかな。なんて、語ってしまいました。
2004年03月25日
きょうは、もしかして、「倖田來未」の新作DVDが店頭に並ぶ日ではないですか!?見るのが 今から楽しみ、と言いたいトコなんだけど、俺が住んでるトコって、「倖田來未モノ」って、ことごとく 置いてないのね。ここから一番近いCDショップに至っては、先月発売のニュ-アルバムが、発売1週間後に1枚も置いてない、っていう有様で、「地元の店には、最初から期待できない」、ってコトで、「インタ-ネットでお取り寄せ」にしたんだけど、「発売日お届け」を逃しちゃったんで、果たして、いつ来るのやら。今から、首を長くして待っておるところであります。でもって、前フリと全然関係ないんだけど、最近、「トランスダイアリ-」っていうタイトルのわりに、「トランスの現場」の話が 少ないんで、先日(一ヶ月くらい前かな)の「現場の様子」などを、ちょっと載せてみますか。久々に、ちょっと“術系”をやってみました。前に、話したと思うけど、「催眠の段階」には、大きく分けると三段階あって、浅い方から順に、「運動支配」、「感覚支配」、「記憶支配」って、なってて、その一つ一つを、実際に体験してもらったんだよね。まずは「運動支配」から、というコトで、手始めに「腕固め」をすると、なかなか反応がよく、腕がピンと伸びたまま、曲がりません。続いて、「指固め」をすると、これまた上々の反応で、組んだ指が離れません。続いて、「感覚支配」と「記憶支配」を同時にやってみようというコトで、誘導→深化させて、「後催眠暗示」を与えます。今回は、「目が覚めると、さっきまで飲んでいたお茶の味が、コ-ヒ-の味に変わってる」っていう、全く意味のない暗示です。さあ、目が覚めた後、果たしてお茶はコ-ヒ-に変わっているのか?友達「なんか、お茶の味が変だよ。なんかウ-ロン茶みたい。もしかして何か入れた?」俺「いや、入れないよ? ってか、覚えてない?」友達「えっ、何のコト?」俺「さっき、“後催眠暗示”で、“目が覚めた後、お茶がコ-ヒ-の味になってる”って、言ったんだけど」友達「えっ、ホント? そんなコト言ったんだ。覚えてない。」って、コトで、「感覚支配」的には、イマイチ、「記憶支配」的には、成功ってトコかな。味覚を完全に変えるコトは出来なかったけど、言われたコトは覚えてない、という、ちょっと複雑な結果になりました。ま、そんなコトばっかりやっててもしょうがないので、最後は、「肩もみリラクセ-ション催眠」で、気分良くなってもらいましたとさ。以上、「現場」からお伝えしました!?
2004年03月23日
前にも触れたんだけど、世の中には、「透視能力者」なる人たちがいて、俺も、今までに何人かに会ったコトがあるんだけど、(その中で、ある程度名前が知れてる人は一人かな)「世界屈指の」透視能力者になると、ほとんど情報を与えなくても、あらゆる人の あらゆるコトがわかるらしいのね。日本では、透視能力者が警察に協力して 犯罪捜査を行うなんてコトは、今のところ まだ 考えらんないんだけど、アメリカ、ロシア、スウェ-デンとかでは、「透視能力者」が犯罪捜査に係わるってコトは、ごく普通のコトで、例えば、殺人事件とかで、現場に何も手がかりがないようなときでも、「透視能力者」が、その現場に行って、あるいは遠隔地からとかでも、被害者や加害者の「意識に入り込んで」っていうような方法で、例えば、犯行が行われたときの様子とか、加害者の、その後の足取りとかが、わかるみたいなんだよね。この間も、「TVのチカラ」で、「世界屈指の透視能力者 マレック(多分)」って人が出て来て、「行方不明になった人の意識に入り込んで、その人の足取りを追う」なんていうのをやってました。「人の意識に入り込む」っていう方法は、人それぞれで、「わりと普通の状態でも、光景が目に浮かぶ」、なんていう人もいるんだけど、だいたいは、「トランス状態に入って」っていうコトが多くて、その「マレックさん」とやらも、トランスに入って「透視」をするみたいなんだけど、その姿が とても印象的なんだよね。もう とにかく、「眼球」が ず~っと上の方まで上がって、まぶたも、ピクピクと震えた状態なのね。「意識的」に、「眼球」を上の方に上げているのか、あるいは、トランスに入ろうとすると、自然とそうなるのか、わかんないんだけど、いかにも、「トランスに入ってる」って感じね。凝視法のセオリ-っていうと、「被験者に見つめてもらうモノ(指先とかペンライトとか)を、目の高さより高い位置に持ってくる」ってコトなんだけど、「上向きの視線」っていうのは、「トランス導入」の際の 一つのキ-ポイントなのかもね。ちなみに、全く逆の「下向きの視線」を意識して、昔作った誘導文が、↓これね。今あなたは眼を閉じていますね。眼を閉じているので、あなたには見えないかもしれませんが、今、あなたの顔の20センチほど前方のあたりに、5円玉がぶら下がっています。そう、ヒモのついた5円玉です。その5円玉は、ちょうどあなたの鼻の先の高さにあります。私が3つ数えると、その5円玉が、左右に揺れはじめます。それでは数えます。3・2・1・0。さあ、今、あなたの前で、5円玉が揺れています。一つ揺れるたびに、揺れが どんどん大きくなっていきます。そして、一つ揺れるたびに、その5円玉は、揺れながら 下の方に下がっていきます。そう、先ほどは、あなたの鼻のあたりの高さでした。でも、今はもう、口のあたりの高さです。そう、揺れながら、どんどん下に下がっていきます。そして、揺れるたびに、どんどん揺れが大きくなっていく。そう、揺れながら、更に下へと下がっていきます。いま、喉の当たりまできました。揺れるたびに、体の力が気持ちよく抜けていくのがわかります。そして、胸のところまで、5円玉が降りてきたら、体の力が、完全に抜けきってしまいます。ほら、もうあと10センチで、胸の所まできます。10・9・8・7・6・5・4・3・2・1・0。はい、胸の所まで降りてきた。そのまま気持ちよく力が抜けきってしまいます・・・って、けっこう長いのね。さあ、あなたの視線は、「上がってんの? 下がってんの?」・・・
2004年03月18日
さて、シリ-ズも いよいよ今日が最終回というコトで、テ-マは「倒置法」ね。「倒置法」って言うと、「本来の順番を逆にする」っていうイメ-ジなんだけど、ここでの話は どっちかって言うと、「どの言葉を最初にもってくるか」ってコトなんだよね。例えば、「まぶたが 気持ちよく 閉じていく」って言うのと、「気持ちよく まぶたが 閉じていく」って言うのでは、言ってるコトは同じなんだけど、一番最初に、「気持ちよく」って言われると、思わず、「ハッ」となって、その後に続く言葉(まぶたが 閉じていく)が、潜在意識に届きやすくなるらしいんだよね。一種の「驚愕法」になるのかな。あ、今回のテ-マ「倒置法」とはちょっと違うんだけど、「驚愕法」がらみで、思い出した。またしても、仕掛人(?)は、あの「つんく」氏なんだけど、彼がプロデュ-スしてる、「タンポポ(多分)」っていうユニットの曲で、「恋をしちゃいました」とかっていうタイトルの曲があって、サビの部分の♪恋を しちゃいました~♪のトコロで、やや「意味不明」な「やっちゃった!」っていう、「合いの手(?)」みたいなのが入るんだけど、これも、間違いなく「確信犯」と思われます。何を、「やっちゃった!」のかについては、「そのとおりです」(?)って、話が横道にそれたんだけど、「倒置法」ね。シリ-ズ第3弾の「体言止め」のトコで、「試しに」ってコトで作った「誘導文」なんだけど、ちょっと、新たな発見が。今回の「倒置法」とも重なるんで、ここで、それについて触れておきましょう。↓ちょっと 一部をコピペ「始まる まばたき 重くなる まぶた 増える まばたき ますます重くなる まぶた 吐き出す 呼吸 抜けていく 体の力 気持ちよく閉じていく まぶた・・・」↑これって、「体言止め」のつもりが、結果的に「倒置法」みたいになってるんだけど、「前提」にもなり得るかな、とか思ったんだよね。例えば、1行目を見ると、「始まる まばたき」なんだけど、えっ? 「始まる まばたき」が、どうしたの? (・_・?)っていう反応が、相手からあった場合、「まばたきが始まる」ってコトが、「前提」になり得るのかな、とかね。もし、「前提」になり得るなら、「まばたきが 始まる」 っていうメッセ-ジが、潜在意識に直接届きやすくなるよね。もともと「後付け」で、ムリヤリ作った「誘導文」だったんだけど、「ひょうたんから駒」って感じで、意外とイケるかも!?ってコトで、「シリ-ズ全5作」、完結です。ハイ、「自己完結」シテマス・・・
2004年03月15日
俺が住んでるトコって、冬場は 雪が そこそこ 降ったりするんだけど、今から2ヶ月くらい前に、朝起きたら 「ひざ下」まで来るくらい雪が積もってたのね。さすがに「びっくり」という感じで、雪に ズボズボ もぐりながら、なんとか 車のトコまで行って、その後、車に積もった雪をおろして、車に乗り込んで、発車したんだけど、ヘッドライトの高さまで届こうかという 雪に阻まれて、今にも止まりそうな勢い。それでも、あと一歩で 駐車場から脱出して、道路に出られると思った その時、無情にも、目の前の雪に阻まれて、車は止まってしまいました。駐車場が道路より低いんで、道路へ出るとき、ちょっと登り坂になってて、それで、車が 勢いを失って、止まっちゃったみたいなんだよね。いくらアクセルを踏んでも、4つのタイヤは空回りするだけ。しょうがないから、車から降りて、車を埋め尽くす 目の前の雪を必死にかき分けて、「これくらいの高さなら、大丈夫だろう」というトコまで除雪した後、再び車に乗り込んで、アクセルを踏み込んだんだけど、またしても、タイヤは空回りするだけ。「えっ、なんで?」と、やや焦りながら、もう一度車を降りて、状況を確かめると、車の行く手を阻む「前方の雪」にばっかり気を取られていて、前輪の後ろとか、後輪の周りにからみついてる雪を、除去してなかったんだよね。「これさえ除去すれば」ってコトで、再び気合いを入れて 雪をかき分けて、みたび車に乗り込み、「D(ドライブ)」で アクセルを踏み込む。ところが、またしても、車は 前に進むコトが出来ない。「どうすればいいんだ!?」と思った時、ふと、さっきの思いが頭をよぎる。「前方」にばっかり気を取られていて・・・そう思い、ギアを「バック」に入れて、いったんバック、そして、もう一度、「ドライブ」に入れて、アクセルを踏み込む。周りの景色が動き出した。ようやく、駐車場から脱出。降り積もる雪の中、「轍」が残る道路へと、車は滑り出した。なんて、久々に、「日記っぽい文章」を書いたんだけど、一応、「シリ-ズ第4弾」を意識して、こうなったのね。第4弾のテ-マとしては、「擬人法」っていうのを挙げてたんだけど、もうちょっと広く「比喩法」ってコトにします。ただ、「詩の比喩法」と違って(多分)、「話全体」が、「喩え」になってるのね。(まあ、「詩」の場合でも、そういうのもあるんだろうけど)「国語の時間」とかだと、「この文章を通して、筆者の言いたかったコトは何か?」って話になるんだろうけど、「催眠の時間(?)」では、「私(誘導者)の言いたいことは、なんでしょう?」って質問はしないで、被験者の潜在意識に委ねるのね。まあ、もっとも、こんな「幼稚な喩え」では、潜在意識が反応してくれるのか、あやしいモンですが・・・本来、「喩え」とか「メタファ-」とかって、多分、けっこう深いテ-マだと思うんだよね。俺は、今まで、実際の「誘導」では、ほとんど使った覚えがないんだけど、これから、一番深く掘り下げたい分野かも。ってコトで、まだ発展途上です、ハイ・・・
2004年03月12日
シリ-ズ第3弾は、「体言止め」ってコトなんだけど、書き出そうか、という段階で、「そう言えば、誘導の技法に、そんなの なかったかも」っていうような感じで、何とも、お粗末なワケですが、この際、「後付け」で考えてしまおう、ってコトで、今日の日記は、かなりムリがあるかも・・・「詩」の世界とかで、「体言止め」の具体例っていうと、どんなのが あるのかね。↓これって、そうなのかな?「古池や 蛙飛び込む 水の音」って、これって、「詩」じゃなくて、俳句だけど。「体言止めの効果」っていうと、どんなモンかね。とりあえず、「古池や 蛙飛び込む 水の音」って、言われて、まず思うのは、「えっ、“水の音”が どうしたの?」って、感じで、「水の音が どうしたのか について、自分で考えざろう得ない」ってコトで、まあ、そういう意味では、「相手の意識を、内側に向かせる」っていう、「誘導のセオリ-」には、かなっているようにも 思えるけどね。しかし、「体言止めの誘導」って、具体的に どんなのかね。「感じる イスの感触 聞こえて来る 周りの音 始まる まばたき 重くなる まぶた 増える まばたき ますます重くなる まぶた 吐き出す 呼吸 抜けていく 体の力 気持ちよく閉じていく まぶた・・・」って、こんな感じ?でも、これじゃ まるで、卒業式の「よびかけ」みたいだね。生徒A 「みんなで行った」全員で 「修学旅行!」生徒B 「楽しかった」全員で 「まくら投げ!」なんて、まるで「陣内智則」のネタみたいね。それに、これじゃ、「シリ-ズ最終回」の「倒置法」と かぶってるっぽいね。果たして、今日の日記は、これでよかったのか!?
2004年03月11日
きょうは 第2弾で、「繰り返し」についてね。誘導における「繰り返し」で、まず思いつくのは、被験者に、ライタ-の炎とか、ペンライトとか を見せて、「まぶたが、どんどん重くなる。ほら、重くなってきた。そう、ますます重くなってくる」っていう、「昔ながらの催眠術」の描写にありがちな、あの場面ね。俺の場合、ここまで「ベタ」な誘導って、あんまりやらないんだけど、確かに、「理性的な脳の部分」ていうのは、「繰り返し」に弱いらしいから、一点を見つめた状態で、「「まぶたが重くなる」なんて、何度も繰り返し言われると、けっこう、ホントに、重くなっちゃったりするんだよね。で、「理性的な脳の部分」が休んじゃうと、「潜在意識」に、直接 メッセ-ジが行きやすくなって、しだいに、誘導者の言葉どおりに、反応するようになってしまう、というワケです。と、ここまでは、「古典的催眠」の「繰り返し」のパタ-ンなんだけど、「現代催眠」にも、「繰り返し」のパタ-ンていうのは、あると思うんだよね。「トランスに入る方法って知ってる? トランスに入るって、別に特別なことじゃないんだよね。 自分でも気づかないうちに、トランスに入ってるってことあるし。 それに、トランスに入るための正しい方法や間違った方法なんてないんだよね。 人それぞれ、トランスに入る方法はみんな違うし。 こうしているうちにも、あなたの無意識は、 トランスに入るために必要な調整を行っていることを、あなたは知っていますか?」 ↑この文章を見ると、別に、「誘導文」て感じじゃないように見えるだろうけど、これは、「埋め込まれた命令」を意識して作った、「誘導文」なのね。まあ、この程度じゃ、ホントに「誘導されちゃう人」は、いないだろうけど。で、「埋め込まれた命令」(って、すごい名前だけど)っていうのは、「命令文」として独立してるワケじゃなくて、一連の文章の中に、「どさくさにまぎれて」、命令文が入ってるコトね。上の文章だと、7行の文章の中に、「トランスに入る」って言葉が、6回入ってるんだよね。でも、一見すると、「命令文」て感じじゃないでしょ?「古典的催眠」の場合は「あなたは、眠くなる」っていう、「直接的命令」なんだけど、「現代催眠」の場合は、「会話の中に、命令文を埋め込んじゃう」んだよね。その方が、「意識」をすり抜けて、「潜在意識」に届きやすいらしいです。いかに、「繰り返し」を気づかれないようにするかが、ポイントでしょうか!?それにしても、「命令文」て表現、何とかならないモンかね・・・
2004年03月10日
前回の日記で、「古典的催眠」と「現代催眠」に分けたんだけど、どっちにしても、「言葉で誘導する部分」ていうのは あるワケだから、別に分けるコトもなかったんだけどね。ただ、「現代催眠」の方が、より「言葉の重み」が大きいと思うんで、「現代催眠」の方が、より主流になれば、「詩の技法」の応用範囲も広がるかもね。ってコトで、「予告」どおり、まずは、「擬声語・擬態語」ね。「詩の世界」で、「擬声語・擬態語の効果」っていうのは、正直わかんないんだけど、「催眠系」では、「体に直接訴える効果」を狙ってるんじゃないかな。その「擬声語・擬態語」を聞くことによって、思わず体が反応しちゃうとかね。最近のCMで、気になったのは、某化粧品CMの「ぷっくり」ってヤツね。あれって、何となく、「性的な体の感覚に訴えてる」っていう意図が感じ取れるんだよね。あと、俺が わりと使うのは「す~っと、体が沈み込んでいく」っていう言い方かな。「す~っと」って言われると、何となく、体の力が抜けて、体が沈むような気がしませぬか?その他に、「イメ-ジしやすくて、体が反応しちゃいそうな擬声語・擬態語」って言うと、「ドキドキ」とか、「ワクワク」とかね。「ドキドキ」ついでに言うと、「いっしょにドキドキな体験をすると、その相手を好きになる」っていう、「心理学の法則」とやら があって、中には、「確信犯」で、相手をジェットコ-スタ-とかに誘った人も いると思うんだけど(?)、そういう意味でも(?)、心と体を ダイレクトに刺激する言葉なんじゃないかな。あ、もうひとつ、「ドキドキネタ」を思い出した。松浦亜弥(いわゆる、“あやや”)の曲で、「ドッキドキ!LOVEメール」なんていうタイトルの曲があって、これなんかは、明らかに、「そういう効果」を狙ったものと 思われます。俺も、そんなに何度も聴いたコトないんだけど、確か、♪この ドッキドキは なぜ 気持ちいい~♪なんていうような歌詞があって、作詩は、言わずと知れた、あの「つんく」氏なんだけど、これなんかも、おそらく、「確信犯」と思われます。しかも、「なぜ」気持ちいい、と言うコトによって、「ドッキドキは、気持ちいい~」というコトを、「前提」にしてしまっています。けっこう、我々は、いろんなトコで、ハメられてるモンです(?)
2004年03月09日
なんて、言ってはみたものの、別に、「文学部出身」ってワケじゃないから、「詩の技法」については、「中高生くらいまでで習うレベル程度」ね。しかも、「当時」から、それなりの年数を経過してるんで、ほとんど、「うる覚え状態」だけど。あ、それで、「詩の技法との関連」の説明の前に、「古典的催眠」と「現代催眠」について、触れておいた方がいいか。「古典的催眠」っていうのは、いわゆる「いかにも催眠術」っていうヤツね。「ちょっと、指先を見てみましょうか。そうです、そのまま。じ~っと見てると・・・」っていうような感じかな。なんて、今、書いてたら、また新しい誘導法を思いついちゃった。って、まあ それは置いといて、一方の「現代催眠」っていうのは、言葉だけで(と言いつつ、実際は違うんだけど)、誘導する方法ね。ちょっと、途中まで書いてみましょうか。「あなたは 今、この文字を見てますよね。 この文字を見ながら、おそらく イスに座ってますよね。 この文字を見ながら、イスに座っていると、 そのイスの感触を、体に感じることが できますよね。 イスの感触を、体に感じながら、 周りの音が 耳に聞こえて来るのが、わかりますよね。 周りの音を聴きながら、 自分の吐く息を、感じる ことが できますよね。 自分の吐く息を、感じていると、 気持ちよく、鼻から 息を吸い込むことが できますよね。 そのまま イスに座って、自分の呼吸を 感じて いると・・・」とまあ、こんな感じね。ここに書いたのは、実際に誘導するときの誘導文、って言うより、この日記を見てる人が わかりやすいように、アレンジしたんだけどね。なんて、書いてたら、けっこうな量になっちゃったんで、ちょっと、次回に引っ張ってみましょうか。一応、「予告トリビア・5連発!」って感じで、前フリだけ しときましょうか。FILE 1 「擬声語・擬態語」は、・・・FILE 2 「繰り返し」は、・・・FILE 3 「体言止め」は、・・・FILE 4 「擬人法」は、・・・FILE 5 「倒置法」は、・・・「次回、極上のトリビアを、ご堪能下さい(?)」なんて、気を持たせて 大丈夫かな・・・
2004年03月08日
昨日、何気なく 週刊誌を見てたら、「今年5月に、東京に大地震が来る!?」なんていう記事が載ってて、まあ、その週刊誌は、今までにも、「コトあるたびに」、「今度こそ来る」なんて言ってて、ホントに来た試しがないワケなんだけど、「コトあるたびに」っていうのは、実際に 何らかの根拠があるからで、今までだと、伊豆諸島で群発地震があった時とか、最近では、宮城県北部で震度6の地震があってから、震源地が南下して来てるコトを根拠に挙げていて、今回、「今年5月に!?」ってコトに関しては、「宮城県北部地震以来の震源地の南下」っていうのが一つの根拠みたいなんだけど、さらに、「なぜ、今年の5月に?」ってコトについては、「今年の5月に、彗星(名前は忘れたけど)が地球に接近するから」っていう理由みたいなのね。その週刊誌によれば、過去、大地震が来た時には、いつも 彗星が地球に接近している状態で、今年5月にも、2つの彗星が地球に接近するらしくて、最近、地震の空白地帯になって、エネルギ-が溜め込まれている関東南部が、「彗星の磁力の影響」で、大地震に見まわれるのではないか、っていう予想みたいなのね。それで、今回、俺が気になったのは、「5月」ってトコで、去年の11月ごろ、同じように、「来る」っていう噂が出た時に、TVが、「緊急特番」ってコトで、「東京に大地震が来る!?」っていう番組をやったんだけど、その時に、いわゆる「透視能力者」に、「東京大地震」に関する透視を依頼して、「発生の時期とか、規模とか、被害状況に関する予想」っていうのをやってたのね。それで、「アメリカで、犯罪捜査にも実績のある透視能力者」が出した、「透視結果」っていうのが、「今年か来年の5月に起こるだろう」っていう結論だったのね。実は、その透視能力者は、「今年か来年の5月」って、ズバリ言ったワケじゃなかったんだけど、その透視能力者の発言を分析した結果、「今年か来年の5月しか、該当する時期が ない」ってコトになったワケ。俺としては、去年TVで、そういうのを見てるから、「5月」ってトコに、引っかかりを感じたんだよね。って、いつまでたっても、「トランス☆ダイアリ-」っぽい話にならないんだけど、前に、別の雑誌で読んだ記事に、こんなのがあったのね。今から10年くらい前に、あるヒプノセラピスト(だったと思う)が、普通の人(透視能力者とかじゃない)を、トランス状態にして、「あなたは、優秀な透視能力者です。近い将来、東京で大地震が起こりますか?」と尋ねたところ、「東京では、今後10年はないでしょう。でも、もっと西の方では あるでしょう」って答えた。そして、その1~2年後、あの「阪神大震災」が起こった・・・果たして、これが実際の話なのか、確かめようがないんだけど、トランス状態においては、人間は、「通常では考えられないような能力を発揮する場合がある」ってコトは、昔から、わりと知られてるコトなのね。あんまり 未来のコトがわかっちゃったりするのも、どうかと思うけど、有効に活用しうる部分があるのであれば、可能性の一つとして考えてみるのも いいんじゃないかな・・・
2004年03月05日
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