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私たちは、じぶんが幸せになりたいと思って行動しているように相手も同じことを考えて行動しています。自分が満たされるとはどういうことでしょうか。私のセラピーの先生は、すべての人が持つ本質的欲求は3つある、と言っています。1. 無条件に愛されたい欲求2. 無条件に自分を愛したい欲求3. 無条件に相手を愛したい欲求このことを実感した体験があります。以前、電車の中で大きな声で携帯電話をかけている人がいました。「うるさいなあ」と感じていたのですが、注意するのがこわかったのです。でも、こわいからといって言わないでいると自分自身が納得できず(無条件に自分を愛したい欲求が満たされず)、自分自身に対して後悔すると思いました。それで言ったのです。「やめてください!!!」自分自身を満足させたい欲求は満たされました。相手は、私の言葉でちょっと驚き、でも、不服そうに携帯電話をやめたのです。私の愛されたい=認められたい欲求も満たされました。1と2の欲求が満たされたのです。でも私はなんとなく後味がわるかったのでした。そして、家に帰って眠りにつきました。夜中、うなされるのです。「もっと、やさしく言えないのか。 心の狭い自分だ」。罪悪感が出てくるのでした。彼にしてみると、自分の存在は受け入れてもらえなかった、つまり、愛してもらえなかったのです。私の罪悪感は、相手を無条件に愛したい、という私の3つめの本質的欲求を満たせなかったところから来ているものでした。次に電車の中で同じような機会があったとき、私は言ってみました。「もうすこし、小さな声で話していただけませんか?」相手を愛したい、大事にしたい、という自分の欲求は満たされたのです。なんとも言えず、いい気持ちになりました。丁寧な言い方をするのは、誰のためでもない、まずは自分のためだったのです。そして、そのことが同時に相手のためにもなっているのです。
2010.02.28
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人間関係とは、感情の関係です。しかし、もっと深く見てみると、人間関係とはお互いの「期待・要求」の関係だといえるのではないでしょうか。あの人は、どうも好きになれない、という言い方を私たちはします。このときに「どうしてなのか」と、理由を考えることは自分自身の学びになりますが、それより、「自分のどういう期待を、あの人はかなえてくれないのか」というように考えると、より具体的になると思います。こういうふうに考えると、あの人を好きになれない理由が、単にこちらが朝、挨拶したのに挨拶してくれなかった、というだけのことだったりするかもしれません。挨拶を重要視する人は、挨拶してくれる人を好きになるでしょう。挨拶を重要視する人は、挨拶をしない人を、好きになることはできるでしょうか。私は2つの方法があると思います。1. 自分の気持ちを素直に伝える。挨拶を重要視する人は、自分は挨拶したのに挨拶されなかったときにはどのような気持ちが起きるのでしょうか。 この人、なにかあったのかな、という不安。それとも寂しさ、無視されたようないらいら、など。表現してみるといいと思います。「Aさん、実は挨拶したのにしてもらえないと、さみしいなと感じるんだ。ごめんね。びっくりさせることをいっちゃって。」私は、よくこういうコミュニケーションを行います。そうすると、相手はびっくりする人もいますが、こちらを「本音の人」というように見てくれるので、心を開いてくれる確率が高くなります。2. 自分の「期待・要求」への執着を手放す。これは、つまり「こちらが挨拶したら、挨拶するもんだ」という、相手への期待・要求、価値観といってもよいと思いますが、そこへの執着を手放すということです。この世の中には、自分には思いもつかない考え方をしている人がいます。私がならったセラピーでは、オランウータン気質が強い人の場合は、本人は挨拶をしている場合でも、チンパンジータイプの人から見ると、まったく反応がないように見えたりします。チンパンジータイプの人は、とにかく社交的なので、自分の反応が大きく相手からの反応も大きい人間関係の中にいることを好みます。こういう人から見ると、オランウータンタイプの人は、挨拶していないように見えるのです。オランウータンタイプの人は、同じタイプの人の間では、普通なのです。これは、お互いの「期待・要求」の差なのです。自分の期待通りに相手を動かすことはできないのですから、自分の期待にこだわらない、ということが大事ですよね。<お知らせ> ぼくの友人の、コーチのじんちゃんがメルマガを始めました。かれは本田健ちゃんのライフワークスクールのナビゲーターです。とっても穏やかな人で、ぼくが大好きな人です。今週末、奥さんとライフワークスルークを開催します。詳しくは彼のブログでどうぞ。じんちゃんのブログ(西村 仁)
2010.02.27
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私たちは、自分にどんな質問をするか、ということが私たちの未来を作ります。これは最近ビジネスコーチングの世界ではよく言われることです。しかし、私は「心のしくみに合った質問」を行うことが、重要だと思っています。たとえば、なにかトラブルに遭遇したとき、3つの対処法があります。一つ目は、「なぜ自分は不幸なの?」「自分はどうしてこんなにダメな人なの?」という質問をするやり方です。こういう質問は、自分がだめな理由が自分の中からどんどん出てきますよね。これでは自分は落ち込むばかりです。二つ目は、「どうしてこうなったのだろう?」「自分は何が悪かったのだろう?」という原因を探る質問です。こういう質問は、原因を知的に分析できるときに効果を発揮する質問です。また、ピンチのとき「自分にはいま何ができるだろう?」「ここを一瞬で乗り切るには?」という質問なども効果的です。3つ目は、「心のしくみに合った質問」です。たとえば、トラブルにあったときにこのような質問をします。「自分のどのような感情がこの状況を引き寄せたのだろう」人は、何かの感情を持っているとき、目の前の人との関係に影響を及ぼします。感情があるから、態度、行動、言葉、に影響が生まれ、それが人間関係をある方向に動かすのです。感情が、自分の態度をつくる。そして自分の言葉や行動を生み出す。そして「感情」が明らかになったら、つづいて次の質問をすると、より原因がはっきりするでしょう。悲しいとき→「自分はなにをあきらめたのだろう」または「自分は何をあきらめようとしたのだろう」不安なとき→「自分は何に見通しがつかないと感じているのだろう」怒っているとき→「自分が当然こうあるべき、と感じていることはなんだろう」苦しいとき→「自分の中で、不安、悲しみ、怒り、のどの感情が続いているのだろう」* 苦しい感情のときは、この質問につづいて、それぞれの感情に対して上記に挙げた質問を行います。これらの質問は、感情を生み出している自分たちの潜在的な価値観・要求を明確にする質問です。感情は、私たちの潜在的な価値観や要求から生まれるからです。この無自覚な自分の価値観、要求が明確になると、どうして自分はあんな感情が自分の中に起こり、そしてその結果、あのような態度、発言、行動をとったかがわかるでしょう。すると今後どうしたらいいかがわかります。見通しが立つと、私たちの心は、すーーーーと解放されるのです。これが、心のしくみにかなった質問です。自分らしさを活かす、自分の中から輝きを引き出すために、私はもっとも効果的な質問だと思っています。
2010.02.26
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昨日のブログで書いたように、私たちの感情パターンや今のセルフイメージは、自分の胎児期の胎内感覚がベースになって作られます。昨日のブログ「感覚情報という潜在意識を書き換えるとセルフイメージが急上昇する」私たちは受精後すこしづつ大きくなるにつれて、脳の神経が発達してきますが、胎内環境によって様々な感覚をインプットするのです。感覚とは、人間の五感で、皮膚感覚、聴覚、視覚、味覚、嗅覚などです。最初、目は見えないですが、その他の感覚はかなり早いうちから機能しています。胎内感覚は、母親が自分が胎内期で得た感覚情報によって作られた、神経活動パターンによって作られます。母親が不安になりやすい性格だとしましょう。そうすると、胎内環境はその不安の感情によって放出されるストレスホルモンの影響で、いろいろ影響を生むのです。子宮壁が硬くなったり、狭くなったりなど。またはストレスホルモンそのものを胎児が浴び続けることによる影響など。この子宮環境が次の世代の脳神経反応パターンを作り、感情反応パターンを作り、セルフイメージを作っていくのです。では母親の胎内感覚はどこから来たかと言うと、彼女の母から来ています。そうやって、はるかかなたの先祖代々から胎内感覚情報が伝わってくるのです。先祖からの情報の中には、数え切れないほどのトラウマ情報も入っていることでしょう。これらをどうやって書き換えたらいいのか。それは、自分の胎内期のスピリチュアルキーパーソンのイメージを書き換える、と言うことです。実は、私たちヒトの受精卵の約7割近くは流産しているという科学的研究があります。また本来ヒトは多胎児で、何割かは亡くなった結果、一人か二人で生まれてくるのです。なぜ、亡くなるのか。ここから先は予測です。しかし、予測したことをベースに私の先生はセラピーを作り上げ、実際に効果が出るので、その予測は正しいのだろうという立場を取っています。なぜ亡くなるのか。その予測とは、先祖代々から伝わってくる様々なトラウマ情報=胎内感覚情報によって、今の胎内環境の悪化に耐えられなくなって亡くなるのだという予測です。ある人に裏切られた先祖は、その人の顔を見ると嫌悪感情が起こります。すると、その人が女性だとするとその感情は子宮に伝わり、その子宮環境が次の世代の神経反応を作っていきます。結局、同じような人にずっと嫌悪感情を感じるという先祖代々の神経反応パターン=感情反応パターンが作られていくのです。胎内環境が悪いと、生命力がない存在から亡くなっていきます。しかし、この亡くなった存在は、実は私たちを守る存在でもあったのです。これはセラピーを行って初めてわかったことです。この亡くなった存在は、逆に言うと私たちが本来どう生きたらよいかを教えてくれる存在でもあったのです。つまり私たちを教え導く存在でもあったのです。私たちが守られていた、そしてどう生きるべきかを教えてくれる存在がいた、この存在に気づいたとき、私たちの先祖が何世代にもわたって繰り返してきた、トラウマ体験はこの初めて、意味があったことだったのだと、言うことがわかり、ここからだ世代間連鎖から脱出することができるのです。こちろん完璧に脱出できるわけではありませんが、あっというまに、クライアントがものすごい喜びの感情に包まれる体験をするので、いかにスピリチュアルキーパーソンの影響が大きいかということがわかります。*事例「ライフワーク実現に悩むある30代女性の事例」
2010.02.24
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人の意識には、顕在意識と潜在意識がある、と言う話はよく聴く話ですね。・ 顕在意識=自分で自覚できる意識・ 潜在意識=無自覚な意識この潜在意識には、実は2つあると私は思います。一つ目は、今は無自覚だが「記憶再生」できる潜在意識。 これは、幼少時代の記憶です。よくカウンセリングでは、子供時代の親との関係を取り扱いますが、一定の方法を使うと3歳以降の記憶は再生できるのです。幼稚園児時代に、お母さんに怒られた、それがトラウマだった、とかそういうエピソード記憶ですね。3歳以降のエピソード記憶は、脳の中の長期記憶保存庫である「海馬」というところで記憶されています。で、2つ目の潜在意識とは「再生できない記憶」のことです。3歳以前の記憶は、エピソード記憶として残っていません。では、ないのか、というとそうではありません。神経活動パターン=感覚情報として残っているのです。これは、なんとなく圧迫されている、とか、なんとなく苦しい、とか、なんかよくわからないけど、ひそひそ声が怖い、とか、感覚的に感じるものです。以前、このブログでも書きましたが、神経活動パターンとは、ニューロンの中を神経伝達物質が行き来するパターンのことです。神経伝達物質が行き来するから、感覚情報は伝わっていくのです。音に対して敏感な人は、音が鳴ったときに神経伝達物質が、敏感に大量に流れます。では、こういう神経活動パターンはいつできたのでしょうか。胎児期にできたのです。胎児は、最初目や耳は聴こえませんが、脳の神経はどんどん作られていくので、その時の環境の情報によって影響を受け、神経活動パターンはどんどん作られていくのです。その時の環境情報とは、お母さんの胎内情報です。お母さんの情緒が安定していれば胎内環境は安定します。そして両親の関係が仲がいいか、わるいか、でお母さんの胎内環境が影響を受けるのです。胎児はこういった環境によって、神経活動パターンが決まってくるのです。よって、私が習ってきたセラピーは、こういう記憶再生できない胎内期の感覚情報を書き換える、ということを行います。ここが通常のカウンセリングとは全く違うところです。以前、ひそひそ声がこわい、というクライアントがいました。胎内イメージを使って感覚再生すると、そのひそひそ声はお母さんのおなかの中にいるときに、お母さんが胎児の私に向かって、離婚の相談をしている声だ、という感覚情報が浮かび上がりました。そのあと、両親の関係性を書き換えるイメージワークをして胎内イメージを書き換える、というイメージワークをすることで、その方はマイナス情報に反応しなくなり、セルフイメージがぐっと高まったのでした。実は、胎内イメージを使って感覚情報を再生させると、とおい先祖の時代のイメージを再生させることができます。このあたりは、前世療法やヒプノセラピーなどと似ているかもしれません。違いは、この二つは、霊魂が不滅だ(前世がある)という立場をとるのに対し、私の習ってきたセラピーでは、そういう立場をとりません。前世代から子宮を通して神経活動パターンが伝わってきている、という立場から胎内期のイメージワークを行うということです。人は、胎内の中で前の世代の影響で神経活動パターンを作られるのです。これは、科学的な事実です。ですから、先祖にさかのぼると離婚している家系は離婚がずっと発生したり、学校の先生の家系は学校の先生がずっと続いたりするわけです。自営業に人の家系は自営業の人がずっと続く、というように・・・。胎児になった自分の意識でいると、とおい先祖のイメージが再生できるということは、胎児はそういう情報からも影響を受けているということになります。胎内期のイメージを使って、先祖から伝わってきているマイナスの感覚情報を書き換えるとと、私たちの遺伝子の発現率が大きく変化することが、私のセラピーの先生である、筑波大学の宗像先生の研究で明らかになっています。では、私たちは先祖から続くとてつもない量のトラウマを抱えることになるのか、というとそうではありません。経験上、遠い先祖のイメージ、もっと言うとヒトになる以前の、猿人、爬虫類、もっというと、自分が分子、原子、素粒子で、宇宙に浮遊していた時代のイメージを再生する人もいますが、そういうイメージは実は、一定のパターンとして繰り返されているだけなのです。私たちの直近の3世代を癒すと、かなりのトラウマが癒すことができる、というのが、私が習ってきたSATイメージ療法の立場です。いずれにしても、胎児になってイメージして、どのように直近の3世代を書き換えると自分は癒されるかは胎児の自分が知っているので、そのようなイメージワークをするのです。どんなふうに行うかは、こちらの女性の例をどうぞ。いつも掲載している事例です。*ライフワーク実現に悩む、ある30代女性の例実は、この事例でもお分かりのように、癒すときに私たちには私たちを守るスピリチュアルキーパーソンがいる、という立場をとりますが、これについては明日説明します。
2010.02.23
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あるコンサルタントから送られてきたメールを見ていたら、なるほどなと思う言葉に出会いました。「物事がうまく進む人と、進まない人は、1つの大きな違いがあるのです。それは・・・・」「うまく行く人は、与え受け取ることが上手なのに対して、うまく行かない人は、たった一人でがんばっているのです」私もそうでした。なにせ独立したのが20年以上前ですから、以後、たった一人でやってきたのです。それでネットビジネスの時代になったとき、HP作成やメルマガ発行などを最初は自分ひとりでやろうとして、そしてさんざん挫折し、やっと自分ひとりでは仕事はできない、と悟ったのでした。一人でがんばる人は、人に頼ることが苦手です。依存するのが苦手なのです。そこにある感情は、なんだと思われますか。それは、「はずかしい」という感情です。弱みを見せるのが恥ずかしい、のです。これはたぶん親に言われてきたのでしょう。「みっともないことをするな」「はずかしいまねをするな」など。この恥ずかしさが、感情を感じないようにして一人でがんばる、という姿勢を作ります。感情を感じないようにする目的は、本来人に気に入られよう、認めてもらおうとしてやっています。一人でがんばることで「自分」を認めてもらいたいのです。でも、そのたくらみは成功するでしょうか。感情を抑えていると「本来の自分」は、誰にもわからないのです。よって、「本来の自分は」誰にも認めてもらえなくなり、孤独になっていくのです。認められようとして自分を抑えているのに、認めてもらえない、という皮肉な結果になるのです。さてここで選択です。本当はどうしたいのでしょうか。「恥ずかしさ」を打ち破る第一歩は、私たちの「選択する意思」にかかっています。
2010.02.22
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昔、Aさん(男性29歳)は勤めていた会社を辞め、自分で稼げるようになりたいと願い,ある日会社を辞めました。そして、まず最初に行ったのは、来る日も来る日も自宅の机に座って、今後のビジネスプランをノートに書き出すことでした。朝から晩までそういう生活を続けて半年。ある日Aさんのところに、元いた会社社長から連絡がはいりました。新しい事業を立ち上げるので、手伝わないかという誘いでした。Aさんは、考えても考えてもアイデアが浮かばない生活に疲れ果てていたので、その申し出に飛びつきました。もといた会社でもらっていた給料分をギャラとして払う、という好条件でした。しかし、あとでわかったことは、結局、嘱託として飼われているような状態なのでした。独立したとはいえ、実態はサラリーマン時代となにも変わらなかったのです。しかも、配属された部署は、自分のもと部下が直接の上司になっている部署でした。もんもんとした日々が2年半続きました。独立したはずなのに、なぜ、前と同じような状態を続けている自分なのか・・・。自分はいったい何をやっているのか。こんなのは独立とは言えない、ただ単に飼われているだけではないか。そしてついにある日、自分の情けなさに堪忍袋の尾が切れ、自分自身の中から猛烈な怒りが湧き起こりました。「俺はいったいなにをやってるんだ!!!!!」彼は、そのまま事務所を飛びだし、そのまま西新宿にある電話ボックスに飛び込み、タウンページをランダムに開き、目に付いた会社から片っ端から電話をかけまくりました。何も売るものなんてない、特別なアイデアなんてない、あるのはただ勢いのみ。先方担当者は言います。「御社はいったい何の会社ですか?」「とにかく御社にメリットあるご提案をする会社です!」「何の提案?」「会っていただければわかります!」言っていたのは、ただこれだけ。何のノウハウもない以上、何も言えないのです。当然、怪しまれ断られまくります。しかし、これだけでも不思議なことに10回電話すると、2人の確率で会ってくれる担当者はいて、そして話を聴いてくれるのでした。でも、仕事は取れなかった。そんなある日、従業員が1万人もいる一部上場のコンピュータソフトウエア会社に電話したときのこと。「御社のためになる提案をする会社ですので、ぜひ会ってください」その担当者は、「いいよ」と言いました。そして、次の日、西新宿の高層ビルの37Fに行ってその方と会いました。大して自己紹介もしないのに、突然その方はいいました。「じゃ、今会社の広報誌を別の業者で作っているんだけど、やってみる?」「え?! い、いいんですか?」何で、こんなわけのわからない会社に仕事をくれるのか????自分で会社をやっておきながら、自分の会社をわけのわからない会社もないものですが・・・(笑)電話をして、その次の日に会いに行ったら、突然、年間1000万円の契約の仕事がポンと入ったのでした。2日で1000万円。この仕事は、その後6年間続きました。Aさんはこれをきっかけに、やっと自分の手で稼ぐ、という独立の夢を果たせたのです。1000日目のことでした。「○○に向き合うと、欲しいのもが500倍早く手に入る」・・・1000日間悩んでいたのに、○○に向き合ったら2日で手に入ったのです。500倍のスピードで手に入ったのです。○○とは、「恐れの感情」です。「恐れの感情」にしっかり向き合っていれば、1000日かけていたものが2日で手に入ったのです。Aさんはなにを恐れていたのか。それは、飛び込み営業をして「断られて傷つく」ということを恐れていたのでした。人脈もコネもないAさんにとって、飛び込み営業をすることしかない、ということはわかっていたことだったのに、その「恐れの感情」を直視せずに自分の心をだましていたから1000日もかかってしまったのです。このAさんとは、当時32歳だった私です。
2010.02.21
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昨日、私のセラピーの先生である筑波大学・宗像先生の下で勉強を続けてきた仲間との食事会がありました。ひさびさの会で私もついうきうきして、軽口をたたいてその場を楽しんでいました。しかし、ある瞬間、妙な居心地の悪さを感じたのです。それで、話をしながらもこの感情はいったい何なのだろう、と感じ続けていました。そして思ったのです。私が今私自身に感じているイメージ、つまり私はこんな人だと思っているセルフイメージが違うのだ、と言うことです。私たちは、実は相手に「この人はこんな人に違いない」をいうイメージを持っています。初対面のときからそう感じています。そういうイメージがあるから、それに合わせるような話し方、表現、行動、をとろうとするのです。この「解釈」は外れているかもしれないのに・・・。そして、自分自身に対しても「自分はこういう人だ」というイメージを持っているのです。これがセルフイメージです。自分は、こういうときにはこんな風な対応をしてしまう自分だ、というようなことをよく言いますが、これですね。しかし、このセルフイメージは本当の自分とはかけ離れているのかもしれない、と言うことです。自分のことは自分で知っているものだ、と誰しもが思うかもしれません。しかし、それが間違っているかもしれないとしたら皆さんはどう思いますか?私は、このことに気づいたのです。私は、最初のセルフイメージは、「私は、皆の前でよくしゃべり、その場の話題を引っ張る人だ」と言うものでした。皆に認めて欲しい、という気持ちが強い人で、それが楽しさでもあり、悩みも作る。しかし、それが自分だと思っていました。しかし、食事の会で感じた居心地の悪さは、もしかしたら自分はそういう人間ではないのかも知れない、という予感でした。そこで、自分に問いました。自分は本当はどういう人? 返ってきた答えは、「ものしずかで、ゆったりとその場の会話の流れに応じて会話をする人」でした。そして、そう思ったらなんだか突然、心がなんともいえない静かな幸福感に包まれたのです。私の習ったセラピーでは、代表的なセルフイメージモデルを3つ挙げています。1. チンパンジー気質社交的。横型の人間関係が好き。ぺらぺらとよくしゃべるリーダー型。雰囲気で話すので、物事の筋道にこだわらない。うごい、うれしい! などの反応が好き。2. ゴリラ気質物腰がゆっくりしている。反応が遅い。タテ型の人間関係の中で安定する。親分タイプか子分タイプ。物事の筋道に強いこだわりを持つ。ゆっくりしているが、爆発するときがある。リーダータイプ。3. オランウータン気質孤独を好むタイプ。自分の世界で静かに没頭することに喜びを感じる。自分がリーダーになるのではなく、リーダーの元で庇護されると安定する。自分が相手を引っ張るのではなく、相手に合わせるタイプ。自分の世界にいることによるわかりにくさと、他人の気持ちをすばやく読んでそれに答えようとする他者中心性がある。私は、もともとチンパンジータイプで人を引っ張るタイプだと思っていたのですが、そうではなくオランウータンタイプだな、と思ったのです。そしたら、とっても楽になったのです。人間関係の中で、または今の仕事関係の中で(仕事とは人間関係のこと)、何か不安や居心地の悪さを感じたら、上記の3つの中で本当は自分はどのタイプか、再チェックしてみるとよいと思います。1分で幸せな自分を発見できますよ。
2010.02.20
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私たちが、様々な感情をかんなじるとき、興奮したり緊張したりします。交感神経が活発に活動しているのです。交感神経とは、戦うか、逃げるか、のどちらかのために筋肉を収縮させて準備させるものです。山道を歩いていて、突然蛇に出会ったら「うわ!!」と思いますよね。体が身構えます。逃げるか、戦うか、の体勢をとっているのです。蛇の場合は、その場から立ち去ってしまえば、体も心も元に戻りますが、そうも行かないのが人間関係です。上司に、いやなことを言われると、どきっとしたり、むかむかしたり、はらはらしたり、びくびくしたりしますよね。すると、交感神経が高まり筋肉が収縮するのです。仕事ですからその場から逃げたり、戦うわけにはいきませんよね。こうして筋肉の収縮が、一日中つづくので肩こり、首の痛み、胃の痛みなどになるのです。これらを引き起こしているのは、「感情」なのです。ですから感情は筋肉に中にある、と言ってもいいのです。感情は自分の中にで、叫び声を挙げていますが、それをキャッチして解放すれば筋肉は元通りに戻りますよ。私は、こうやって妻の腰痛を治したり、蕁麻疹を治したりしています。一家に一人、こういう人がいると便利かも(笑)。体の感情をどう解放するか、そんなテーマで2/28(日)に整体師さんむけにセミナーを、行うことになりました。 不思議ですね。筋肉と感情の関係は、整体師さんには非常に面白がってくれるのです。ご参考までにそのセミナーは、こんな内容です
2010.02.19
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自分が本当に大好きなことを仕事にしていく道は、いろいろ学ばなければならないことがたくさんある道ですよね。私も日々、そういうことに直面している毎日です。自分ならではのユニークの絞り込み、伝え方、そしてフォローアップ、などのマーケティングの知識、など。またもっとも大きいのは、様々な局面で出てくる感情の揺れ。たとえば、これは受け入れられるだろうか、否定されたらどうしよう、こわい、もっとこうすればよかったなど。もちろん楽しいです。でも楽しさだけではないですね。自分自身で煮詰まったとき、どうしたらいいだろうと思っていたら、ふとあるアイデアが浮かびました。「そうだ、弱音を吐こう」、と。妻に言いました。「最近自信ないんだよ・・・・」妻はにこっとして、「大丈夫だよ。私と一緒にやれば」と笑顔で言いました。この瞬間、心が軽くなりました。自分一人でがんばっていたんだな、と思いました。「そっか、パートナーの力を借りればいいのか」自分自身で、煮詰り感を感じているときは、だれかにおんぶしてもらう。これっておすすめですよ。
2010.02.18
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本田健ちゃんのセミナーでご一緒して、最近親しくさせていただいている方に、竹内ゆかりさんがいます。ゆかりさんは、サウンドレゾナンスと言う、その人の声の周波数を分析することで、その人の才能や独自性を発見するというプログラムを行っている方です。 また声のチューニングを行うことで、その人らしさを統合するというサポートもするとのこと。これをはじめて聴いたときに、そういえば私も自分の声の出し方で、自分らしいときと、そうじゃないときがあるなあ、対人関係でおきる感情に声は影響されているな、と思ったのでした。苦手な人に会っているとき、のどが詰まったような感覚になるのは私だけでしょうか。竹内ゆかりさんのHP 面白そうだなと思ったので、今度ぜひ受けに言ってみようと思っているんです。私は最近になってから、時々人に「いい声をしてますね」と言われることがあるのですが、自分らしさと、声とは関係しているように思います。最近は、私は一番のブロックだった父との関係も相当解決したし、あと、仕事面も自分の好きな仕事をでき始めているので、そういうことと声がたぶん関係するのではないのかな。3/20から、サウンドレゾナンスの創始者である、コマラ・ローデが日本に来日するそうなので、興味のある方はゆかりさんのHPをご覧ください。ちなみに追伸ですが、ゆかりさんは、なんと、船井幸雄さんに直接会って、このプログラムを説明したそうです。すると、「これいいね」と言ってくださったとのこと。ゆかりさんは謙虚な方なのでこのことをあまり言いませんが、センサーの鋭い方は注目しているみたいですよ。ちなみに本田健ちゃんも受けたと言ってました。
2010.02.17
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日本人には、遠く先を考える人と完ぺきを求める人が多くいると感じます。遠い先までのことをよく察知して手を打つ人が多いということと、完ぺきとは手を抜かずにきちんとやる人が多いということ、です。日本の製造業が世界一になったのもうなずけませんか?一方、反対の側面を見ると、遠い先を考えるとは今この瞬間に生きるというより、あれこれいろいろなことを考えて心配するということと、完璧とは執着するという側面があります。でも今では製造業もいろいろな問題が噴出していますね。不安な人と完ぺき主義の人は、官僚的な組織の中では、動けなくなってしまうのです。今の組織は締め付けが厳しい組織が多いですが、不安だと「この先どうなってしまうのか」と思ったり、完ぺき主義だと「完璧に安全じゃないと発言できない、行動できない」と思ってしまうので、上司に言われたとおりのことしかしなくなってしまうのです。完ぺき主義の根底は不安ですよね。ということは不安をどうしたらいいか、ということじゃないでしょうか。不安にたいするいろいろな手を打つことが大事ですよね。たとえば、・ なんでも言え、聴いてもらえる安心できる人を回りに確保する。孤独になると、とたんに私たち日本人は不安定になるように思います。不安を感じやすい人が多いからです。・ スキンシップしてもらえる人を確保する。スキンシップは重要です。不安な人ほど、理屈抜きで安心します。だから如何に安定したパートナーシップをもつことは、不安な人が多い日本人には大きなテーマじゃないでしょうか。マッサージもいいですね。・ 好きな趣味をする。日本人はもともと飲酒文化だといわれますが、お酒で不安を解消しようとするのでしょう。 不安とは、根源的には皮膚感覚の不安です。サルの実験で、子供のときに母親に抱っこされなかったサルほど、情緒表現が乏しくなるのです。不安だからでしょう。幼児期にスキンシップをたくさんされたか、ということと、胎内期での子宮が安定していたか、という感覚です。胎内期のことは、あまり言う人は少ないと思いますが、次の実験をしてみるとよくわかります。「目を閉じて胎児になって、自分の周りを子宮の壁に囲まれているとイメージしましょう。お風呂のように、気持ちよい羊水の中に浮かんでいます。理想の胎内をイメージしてみましょう。ピンク、もしくは黄色、オレンジ、など何色がいいでしょう。そしてあなたにとっての適温であるとイメージしてみましょう。あったかくて気持ちがいい胎内。そして、子宮の壁はどんな感触がいいですか? ふわふわ? 弾力がある? もたれかかっても大丈夫? しっとりと包み込んでくれる? 」 これをやってみるとわかりますが、とっても安心するのを感じていただけると思います。今は顕在意識でやっているので、あまり入り込めない方もいるかもしれませんが、半催眠状態を作って潜在意識的に行うと、非常にリアルに感じることができます。胎児はなにも感じていないのではなく、皮膚感覚を通して感じているのです。胎内が安定していると、皮膚感覚が安定しますが、不安定だと皮膚感覚が不安定になるので、不安になりやすいのです。胎内が安定しているとは、お母さんの情緒が安定しているとか、夫婦関係が安定しているなどを意味します。わけのわからない不安な感覚になる、不安な夢を見る、というようなことは皮膚感覚のことで、胎内が不安定だった可能性を意味します。結局両親のパートナーシップのことなのです。不安になりやすい人は、手っ取り早く対処するには、如何にスキンシップを確保するか、と言うことです。 その場限りのパートナーシップだと、別の意味で不安定になるので、安定したパートナーシップを見つけることが大切だと思います。そうじゃなければ、抱っこするペットを飼うとか、温泉に行くとか、皮膚から安心情報を入れる環境を作ると、気持ちが安心になりますよ。
2010.02.16
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感情とは、私たちの要求を表すシグナルです。悲しいときは、何かをあきらめようとしているときの感情で、不安なときは、何かに見通しがつかないときの感情です。怒りは、だれかにこうあるべき! と強く思っている時の感情です。自分は、何を本当は思っているのか、これがわかるだけでも心が軽くなります。でもこれは、結構解釈が入った内容です。もっと直感的にやるやり方として私がよくやる方法は、今感じている感情は次のどこから来ているのか、と自分の心に質問することです。1.だれかから無条件に愛されたい、のか。2.自分をもっと無条件に愛したい、のか。3.誰かを無条件に愛したい、のか。感情とは、本質的にはこの3つの本質欲求から生まれてくるからです。私のセラピーの先生である宗像先生の説です。妻とけんかして感じる苛立ちなどの怒りの感情を直感的に感じると、本質的にはわかってもらいたかった=愛されたかった、という本質欲求だったことがわかります。そのとき、妻に抱っこしてもらうなり、触ってもらうよう頼んでそうしてもらうと心が満足します。仕事がうまく行かないときに感じるイライラの中に、自分が最もこだわりたいポイントがぼやけているために起こっている苛立ちを感じます。この本質欲求は、自分をもっと愛したい、自分を大事にしたい、ということです。もっと自分を大事にしよう、と思い、もっとも譲れないポイントの絞込みを行い、軌道修正します。子供につい冗談につもりで言ってしまった言葉で、子供を怒らせてしまったと感じることがあります。そのとき、本質欲求は、正直に愛を表現できる自分になりたい、無条件に愛せる自分でありたい、という思いがあることがわかります。だから、「ごめんね」と謝ります。心がほっとします。どの本質欲求からこの感情は湧いてくるのか、それを質問すると自分の中の深い欲求がわかります。そしてそれを満たす行動をとると心が満たされます。自分らしさを活かす生き方・働き方の第一歩なんだと思います。
2010.02.15
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昨日、チャック・スペザーノ著の「幸せな子供時代を取り戻すのに遅すぎることはない」を読んでいたら、なるほど! と大きくうなずいたところがありました。私たちの見る世界という説明のところで、次のように説明してあったのです。出来事 ・知覚や感情 ・観念、想念、価値観 ・体験とイメージ出来事の下には「知覚や感情」があり、その下には「観念や想念、価値観」があり、その下には「体験とイメージ」がある。僕が先生から習ったセラピーの考え方とほぼ一緒だったのです。出来事=事柄 ・感情 ・価値観、要求 ・イメージ脚本=イメージスクリプト 私たちが話す事実・事柄の下には「感情」があり、感情はその人の無自覚な「価値観や要求」から生まれる。そして、その価値観は、「体験したイメージの集積=イメージ脚本」から作られる。ちょっと感動したのでした。私たちが、人を見て、こういう人が好き、こういう人が嫌い、という判断をするのは、イメージの積み重ねがあるのです。何を積み重ねているか。それは、表情や声のトーンや、振る舞いなどのイメージの積み重ねが。そのイメージの積み重ねが、価値観を生みます。男性はこうあるべき、女性はこうあるべき、若い人はこう得るべき、おじさんはこうあるべき。役割別の価値観を、自分の心の中に作るのですね。たとえば、彼氏とはこうあるべき、彼女とはこうあるべき、上司とはこうあるべき、部下とはこうあるべき、先生はこうあるべき、生徒はこうあるべき、夫はこうあるべき、妻はこうあるべき。そして、これらにかなっていればよい感情が湧くし、かなっていなければマイナス感情が湧きます。そしてこれらの感情は、ある人に会って、その人がこういう行動をしたりこういう表現をしたり、こういう振る舞いをしたり、という、事実を見たときに起こるのです。人のマインドと言うのは、深くて面白いものですね。さて、ここで深い質問があります。では、イメージの集積、私のセラピーの先生である、筑波大学の宗像先生は、イメージ脚本とかイメージスクリプトとも言っていますが、このイメージの集積はどこで作られるのか、ということ。もちろんいろいろなことを見たり、聴いたりして作られるのですが、私たちが赤ちゃんであるときは、自分で自由に見たり聴いたりできません。ということは、親から伝わってくるのです。もっと言うと、赤ちゃんは細かいことは理解できませんから、親が私たちに見せる表情、声のトーン、動き方、ひとつひとつが私たちにイメージを作るのです。どういうイメージかというと、それはこういう表情や声のトーンや振る舞いは「安心」なのか「安心じゃない」のか、というイメージです。私たちが、人を見るときだいたい瞬間的に雰囲気を判断していますよね。この人好き、とか、嫌いとかいう意味は、この人の表情や声のトーンや振る舞いは安心か、安心じゃないか、と言うことなのです。そのときの状況、状況においてその人が発する表情や声のトーン、動き方、などで決めているのです。すごく赤ちゃん的,胎児的な感覚で決めるのです。幼稚である、という意味ではありません。原始的な感覚で決めるのです。胎児? と思うかもしれませんが、実は私たちは胎児の段階で聴覚だけが先に発達します。またもっと言うと、体全体で胎内感覚を感じるのです。私たちは、誰かに見られている、と「感じる」ときがあるでしょう。そういう「感じる」感覚は、実は胎内で使っている感覚と同じなのです。なんか、こっちの方角が変な感じがする、など。聴覚が生まれる以前は、もちろん目に見えません。しかし、なにも感じていないわけではありません。感じるのです。私の行っているセラピーでは、よく胎内イメージを使いますが、ほぼ全員が自分がいた胎内イメージをはっきりと答えることができます。そしてその胎内いめーじとは、そのときに親の夫婦関係、どちらかの感情がどうであったのか、というところから決まるのです。 親は皆、子供に対して安心なイメージを与えられるかと言うと、そうではありません。そうできない親のほうが一般的だからです。それは親にも、前の世代から受け継いできたイメージ脚本があるのですね。「こういうときに泣き叫ぶ」人は許せない、「こういうやり方で求めてくる」人はかわいい、などというイメージ脚本で、赤ちゃんを見るのです。こうなると、いったいその世代連鎖は、どこまでさかのぼると断ち切れるのか、と思われるでしょう。私のセラピーの先生は、こう言っています。「自分の今の課題のイメージは、とおい昔の先祖から伝わってきているが、特に私たちの直近の3世代の中で、 そのパターンが再現されている。よって、直近3世代の先祖の問題を癒すと私たちへのイメージ連鎖はほぼ止まる」実は、ちょっと文章にどう表現していいか、まだ迷っている部分があるのですが、思いつくままにいうと、私たち先祖が同じ脚本を繰り返してきたということは、だいたい同じ感情や思いを持って、人生を終えてきた、ということだと思います。すると、実は「どう生きたかったか」は、すでにどの先祖も知っているわけです。そして、その先祖の思いはつまり、今を生きる私たちの思いでもあり、その思いはまだ自覚されていないかも知れませんが、本当はどう生きたかったかは、じつは知っているのです。これがライフワークです。必ずしも金銭を伴う仕事だけを意味しません。自分が望む「生き方・働き方のあり方、姿勢」という意味です。うーん、まだ、うまく表現できていません(^^)まだ言い切れていませんが、今度また書きますね。マイナスのイメージ連鎖とは、罪悪感や恐怖感、自己否定感などのマイナス感情を生み、セルフイメージを低下させるものです。脚本がかわると、セルフイメージが変わり、自分が好きになります。そして未来が明るく見えます。この状態が、ありのままの自分の状態で、この状態だと、好きなことがすぐに見つかるでしょう。本当のライフワークも見つかると思います。脚本が変わらないままでライフワークを見つけようとすることは、かなり苦労が伴うのではないかと私は思っていますが、脚本が変わると、今までと全く違う世界が見えるので、全く違った可能性が見えると思います。最後に、私が以前行った30代女性のセラピー事例を紹介して終わります。自分のライフワークに悩んでいた女性で、脚本の書き換えを行った結果、いきいきと自分のライフワークを始めた女性の事例です。罪悪感が彼女のライフワーク実現を阻んでいたセッション事例です。自分のライフワーク実現に悩む30代女性のセラピー事例
2010.02.14
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「今までに何度かランチをして親しくさせていただいている、0学運 命分析士の岩波令明さんのブログに私の0学の体験談を紹介していた だきました。興味ある方は見てくださいね。面白かったのは、私自身について分析していただいたことは、私がセ ラピーを通して知ったこととほぼ同じだったこと。令明さんに見たもらったときに、私には「解放」と「癒し」の星があ そうで、「だからセラピストをされているんですね」と言われた。自分で自分にセラピーを行うことを通して、私は「解放と癒し」が自 分のライフワークだなと思っていたので、セラピーと0学は共通点が あるのかな、と感じられて大変面白かったです。私の占い体験記はこちらから令明さんの0学はおすすめですよ。私はパートナーシップのことで、 煮詰まっていたときに見てもらいましたが、今まで気づかなかった視 点を教えていただき、とても助かりました。0学とセラピーってお互いに、いい関係だなあ、と思いました。
2010.02.13
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トラウマと言うと、一般的には次のような意味で使われます。死ぬ様な目にあったような出来事。交通事故とか、事件とか。私が習ったセラピーでは、上記の意味だけでなく、トラウマはその人の欲求が満たされなかった出来事、を意味します。たとえば、守って欲しかったのに守ってもらえなかったこと、自分自身を信じて表現・行動したかったのにできなかった出来事、相手を愛し守りたかったのにできなかった出来事、です。セラピーをしているとこのことがよくわかります。たとえば、子供のときに怖い夢を見て、おかあさんに抱っこしてもらおうと思ったのに、母は「後にして!」といわれる。このことで「自分は愛される価値はないんだ」と感じることになると、これをトラウマとよぶのです。一般的には、トラウマが私たちのありのままの自分を発揮するのに妨げになっている、と思われると思いますが、私はちょっと違う解釈をしています。問題はそのトラウマなのではなく、それまでの脚本なのです。それまでの生き方を作っているその人の「感情パターン、行動パターン」などの脚本が、そのトラウマを生んでいる、と言うことです。「え? じゃあたとえば交通事故にあった、というもの今までの自分の生き方のせい?」という疑問がでますよね。これは、完全に断言はできませんが、そういう可能性が高いと思います。交通事故にあって、それがトラウマになったというのは実は3つほど原因が考えられるのではないかと思います。1. そのときその事故にあったのは、時間を戻してよく振り返ってみると、あの時点で実は「あの人の誘いを断れなかった」または、「ここでノーを言っておくべきだったのに、言わなかった」ということが多いのです。やるべきことをしなかったので、よってその積み重ねで、相手の都合で自分の人生が引っ張られ、その人は本来のありのままの自分の人生とは違う方向に進み、交通事故に会うタイミングの方向に人生が進んだ、という考え方です。 セラピーをしてみるとわかりますが、時間をもどして振り返ってみると、ある時点で実は、友人のAにばったり会った。苦手なタイプで「ちょっと喫茶店に付き合えよ」と言われ、ノーと言えずに付き合った。そして、喫茶店から出たら事故にあった。 これは、ノーと言えない自分が招いた事故と言えなくはないでしょうか。 これは、その人が持ってきた人間関係の脚本がそうさせた事故だといえるのではないでしょうか。もちろん全部のトラウマがそうだとは断言できませんが、癒すべき問題は事故の衝撃もそうですが、ノーと言えない自分の課題を癒すべきなのです。どうしてそういう脚本を自分は持ってしまったか、と言うことです。2. 前世代の人々が助けてくれなかった、という脚本の問題。交通事故にあったその後、両親は話を聴いてくれたでしょうか。その衝撃を受けた気持ちにたっぷり共感してくれると、事故の衝撃はほとんどなくなります。そうしてくれなかったとしたら、そうできない脚本(感情パターン)を両親はその前の世代から受け継いでしまったのです。どうして両親は子供の気持ちに共感できなかったのでしょうか。問題にすべきは、前世代からの感情パターンを変えることなのです。3. 事故後、自分の気持ちを吐き出せなかった自分の問題 事故後、誰かに自分の意思で衝撃の気持ちを吐き出すと、事故の衝撃はそうとう消えます。それをしてこなかったとしたら、自分のそういうパーソナリティの課題である可能性が高いのです。そういう相談できる、信頼できる人を見つけてこなかったのはなぜなのでしょうか、など。以上のように、トラウマだけを癒すことは、実は本質的な視点から見ると不十分だと私は思っています。トラウマを生み出した自分の感情・行動パターンを癒し変える、ということが本質なのです。これをすると、トラウマ自体の衝撃も消えてしまいます。よって今まで自分が持ってきた脚本を自分が望む方向に変えていくことが、ありのままの自分を活かす生き方・働き方につながっていくのだと私は思っています。脚本は、自分にありのままの人生を送るように、私たちに気づかせようとするために、いろいろなトラウマを体験させるのかもしれません。
2010.02.12
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昨日のブログの続きです。私たちは、いろいろなものに対してイメージを持っています。イメージを持っているから、それに対して一定の感情がおき、一定の行動を起こすのです。「会社で働く」と言うことに、私たちは皆一定のイメージを持っています。ある人はこんなイメージを持ちます。会社で働くとは、どこかに配属されて、上司がいて、上司にあれこれ怒られて仕事を押し付けられる。月に何回かは上司との付き合い酒に付き合って、ノルマを押し付けられて、誰も助けてくれなくて、残業も多くてプライベートな時間はない、など。別の人はこんなイメージを持ちます。会社とは、みんながイキイキしていて、助け合う仲間がいて、困ったときには助けてくれる上司がいて、結果よりプロセスをよく見てくれる制度になっていて、意見を聴いてくれて、みんながプライベートも十分に楽しむ時間を持てている。前者と後者のほどの脚本の差があると、会社で働くことに対する感情は全く違ったものになるでしょう。前者の人は「嫌だなあ」という感情がおきるでしょうし、後者の人は「楽しみ」と思うでしょう。これが会社で働く、ということに関する「イメージ脚本」なのです。この脚本がある以上、私たちは一定の感情が起きるし、一定の行動をとるようにプログラム化されてしまうのです。この脚本を変えることに対して、いろいろなアプローチ法があります。単に物事の明るい面を見ましょう!!!! と強く強く意志の力で思い込ませようとするやり方とか、とにかく理想の未来の写真を壁に貼りましょう!! とか、「仕事は楽しい!! ありがとうございます!!」と、毎朝アファーメーションするとか、自分の中から、理想の目標を引き出しましょう! など。どのやり方も一定の効果があると思いますが、私は、脚本と言うのは、そうとう頑固ですので、今のイメージを過去にさかのぼって、変えるという、イメージセラピーを行うことがもっとも効果的だと思っています。頭や意志の力、浅い感情のレベルで変えようとしても、脚本の変更は簡単ではないというのが、私の実感です。なんせ、世代を超えて受け継がれてきたものですから・・・。そして、それほど、私たちの今の時代と過去の時代は生き方が全く違うのだと思います。しかし、半催眠の状態でイメージワークを行うと、簡単に変更することができます。どのような意識の状態で行うか、ということが重要に思います。自分自身に対しても私たちはイメージ脚本を持っています。私たちは自分自身に対しても一定のイメージを持っています。「こんなときにこんな行動をとる自分で、こういう人に対しては、こういう反応をする自分だ」など。このイメージ脚本をセルフイメージと言うのです。そして、相手に対してもイメージを持っているのです。「こういう顔の人は、こういうときにこういう反応をするに違いない」。こういう自分自身へのイメージ脚本と、相手へのイメージ脚本の組み合わせで様々な感情を起こすのです。言い方を変えると、私たちは自分自身に対する勝手な解釈をし、相手に対しても勝手な解釈をしているのです。そして感情を起こすのです。このことが私たちの人間関係を決めるのです。ですから、私たちが今、持っている人間関係や仕事とは、今まで過去にプログラム化された私たちのイメージ脚本の結果生み出されたものなのですね。ですから、この古いイメージ脚本のまま、ライフワークを生きようとしてもなかなかうまく行かないのです。古い脚本では、そもそも見えていないことがたくさんあるかもしれないのですね。地球は平らだ、というイメージが固定されている人に、地球は丸いと言っても、まったくイメージできませんよね。このイメージ脚本は、私たちの養育者によって作られるのです。会社で働くのはつまらない、という感情が湧くとしたら、それは親を含むあなたの養育者を見て、あなたの中に「会社で働くこと」のつまらないイメージが出来上がったためです。実は、お父さんがそういう働き方をしたのは、お父さんにもそういうイメージ脚本があったからで、それはその上の代から受けつがれてきた脚本があるからです。それはずっと昔から受け継がれてきたイメージ脚本です。本当に自分が、ありのままの自分を活かして生き、働きたいと思ったとき、このようなイメージ脚本を変える事が、最も速いと私は思っています。そのために、私はワークショップや個人セッションを行っています。
2010.02.11
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私たち現代人は地平線を見るとき、なだらかに弧を描いていると想像して見ています。なぜなら、私たちは地球が球体であることを知っているからです。しかし、中世の人々が見たらどうでしょうか。中世の人々は地球が平らな板のようなものだと思っていました。たぶん地平線は平らに見えるでしょう。「自由に生きる」ことを想像したとき、どんなことを想像するでしょうか。人によっては、「いきいきと光り輝く未来」を想像するかもしれませんし、ある人は「食べるに困って苦しむ生活」を想像するかもしれません。「イメージ」が私たちの感情と行動を決めるのです。同じように「結婚」に関しては、皆イメージを持っています。そのイメージが現実を決めています。イメージの中には、一定の鍵状況になると発火するように作られている感情が入っています。私は48歳で結婚したのですが、長い間、結婚と聞いただけでなんともいえない思苦しい気持ちになり、怖い感情が湧いてきたのでした。 結婚とは、こういうことをこんなふうにしなければならなくて、こんなコミュニケーションになるもの、というようなイメージがあるから、重苦しい感情が湧いてきたのです。イメージが私たちを動かしているのです。これを「脚本」と言うのす。ではイメージは、どこから来るのでしょう。私たちを育てた人、つまり多くの場合は「両親」から来るのです。祖父母に育てられた人は、祖父母からイメージが伝わってきます。つまり過去からイメージは来るのです。このイメージが原盤となって私たちをうごかすのです。「ありのままの自分を活かす生き方・働き方」と言ったときに、私が過去を癒すセラピーを行っている意味は、その人の望む生き方に沿うように、イメージ=過去の原盤を作り変えているのです。のぞむ目標に対して、適切なイメージを持てたとき、人は無理なく加速度的に、場合によっては効率的に、または自然体で、その方向に近づいていくのです。
2010.02.10
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自分がなりたい姿をすでにやっている人を見るとき、競争する心が出てくるかもしれません。私にはよくあります。そういう競争する心の下には、認めてもらえなかった「悲しみ、怒り、絶望、怖さ」などの、感情が隠れています。そういう時、一番簡単で効果がある方法は、それらの感情に自分が「共感」してあげること。その感情から逃げずに、感じつくすこと。自分自身を愛する、ということにつながるのだと思います。それをしないとどうなるか。相手に競争し、嫉妬する自分の感情に、今度は自分がやられてしまいます。嫉妬を感じながら、笑顔でいることは難しいからです。自分の本質に触れるライフワークをやろうとするとき、競争心が出てくるものです。そんなときは、自分をより器の大きな人へと成長させるチャンスなんじゃないでしょうか。
2010.02.08
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先日、出版プロデューサー、山本時嗣さんのブログに非常に感動的なお話が載っていたのでご紹介します。<以下、山本時嗣さんのブログから抜粋>先日、月刊『致知』の新年講演会に参加してきました。そこで片岡鶴太郎さんの「縁を生かす」という朗読を聞く機会に恵まれ、感動して帰ってきました。あまりにも感動しましたので、その内容もここで分かち合いさせていただきます。(片岡鶴太郎さんのあの渋い人間味のある声をイメージしながらお読みください)『 縁を生かす 』その先生が五年生の担任になった時、一人、服装が不潔でだらしなく、どうしても好きになれない少年がいた。中間記録に先生は少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。ある時、少年の一年生からの記録が目に止まった。「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。 勉強もよくでき、将来が楽しみ」とある。間違いだ。他の子の記録に違いない。先生はそう思った。二年生になると「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」と書かれていた。三年生では「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りする」三年生の後半の記録には「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり、四年生になると「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子どもに暴力をふるう」先生の胸に激しい痛みが走った。だめと決めつけていた子が突然、深い悲しみを生き抜いている生身の人間として自分の前に立ち現われてきたのだ。先生にとって目を開かれた瞬間であった。放課後、先生は少年に声をかけた。「先生は夕方まで教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない?わからないところは教えてあげるから」少年は初めて笑顔を見せた。それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。授業で少年が初めて手をあげた時、先生に大きな喜びがわき起こった。少年は自信を持ち始めていた。クリスマスの午後だった。少年が小さな包みを先生の胸に押しつけてきた。あとで開けてみると、香水の瓶だった。亡くなったお母さんが使っていたものに違いない。先生はその一滴をつき、夕暮れに少年の家を訪ねた。雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、気がつくと飛んできて、先生の胸に顔を埋めて叫んだ。「ああ、お母さんの匂い!きょうはすてきなクリスマスだ」六年生では先生は少年の担任ではなくなった。卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。「先生は僕のお母さんのようです。そして、いままで出会った中で一番すばらしい先生でした」それから六年。またカードが届いた。「明日は高校の卒業式です。僕は五年生で先生に担当してもらって、とても幸せでした。おかげで奨学金をもらって医学部に進学することができます」十年を経て、またカードがきた。そこには先生と出会えたことへの感謝と父親に叩かれた体験があるから患者の痛みがわかる医者になれると記され、こう締めくくられていた。「僕はよく五年生の時の先生を思い出します。あのままだめになってしまう僕を救ってくださった先生を、神様のように感じます。大人になり、医者になった僕にとって最高の先生は、五年生の時に担任してくださった先生です」そして一年。届いたカードは結婚式の招待状だった。「母の席に座ってください」と一行、書き添えられていた。『致知』連載にご登場の鈴木秀子先生に教わった話である。たった一年間の担任の先生との縁。その縁に少年は無限の光を見出し、それを拠り所として、それからの人生を生きた。ここにこの少年のすばらしさがある。人は誰でも無数の縁の中に生きている。無数の縁に育まれ、人はその人生を開花させていく。大事なのは、与えられた縁をどう生かすかである。心に響く小さな5つの物語/藤尾 秀昭 ¥1,000 Amazon.co.jp この感動の良き物語が5つおさめられた本が嬉しいことに、今日、一日限定で、特典付きのAmazonキャンペーンを開催されているという徳別情報をつい先ほどいただきましたのであわせてご紹介します。⇒ http://www.chichi.co.jp/5storys.html <以上抜粋終わり>
2010.02.07
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私たちが様々なことで悩むときは、3つの感情のサイクルにはまっています。1. 不安、こわさ→2.絶望、あきらめ→3.自分への怒り(または決意)悩みとは、思い通りに行かないときです。そのときに、未来に対して見通しがつかないので、1.不安(こわさ) の感情がおきるのです。しかし、見通しがつかないので、同時に、2.絶望したり、あきらめの感情も起きます.そして、あきらめの感情の中にずっといると、ある日そんなふがいない自分に対して猛烈に、3.「自己嫌悪(怒り)、決意」の感情が生まれるのです。しかし、その感情をなにもしないで放っておくと、見通しの立たないままの状態が続くので、また、1.不安な感情になってしまうのです。そのまま何もしないでいると、そして、2→3→1→2→3→1・・・・・・という3つの感情の中を、ぐるぐる回り続けるのです。この状態は苦しいので、この苦しさから抜け出そうとして、私たちはある行動パターンをとります。たとえば、過度の飲酒、過食、過剰に忙しくすること、過剰な買い物、過剰なセックス、過剰に恋愛を求めること、過剰な引きこもり、寝ないこと、食べないこと、寝すぎること、ありのままの自分から外れた行動、自分の本質=ライフワークとは関係ない仕事、など、その他無数。どうにもならない苦しさを、代わりの行動で自分を癒そうとするのです。これを代償行為といいます。私は、かつて過剰に忙しくすることで、人間関係をうまく作れない自分へのマイナス感情を癒そうとしていました。こういうパターンからは、なにも生産的なことは生まれません。ただ単に疲れるだけです。でも、自分を癒そうとしているので、なかなか抜けられないのも事実です。でも、非生産的なばかばかしさに気づいたとき、そこが自分を変えるチャンスなのです。原因のひとつは、1の不安の中にある、「こわさ」の感情です。私の場合で行くと、人間関係をうまく作れないというのは、人が「こわかった」からです。この感情にきちんと向かい合い、この感情をしっかり味わい、そしてしっかり癒すのです。そうすると、不安や怖さは消えるか、軽減するので、2の感情や3の感情は起きなくなるので、そうすると、3つの感情にサイクルの中から脱することができるのです。すると、今までの自分とは全く違う行動をとる自分になっていくと思います。2/20(土)13時~16時半のセミナーでは、自分自身を癒し、自分本来の輝きを引き出す感情解放のワークを行おうと思っています。ご興味持っていただける方は、以下をどうぞ。*「あなたらしい輝きを引き出す、感情解放の法則」 -たった1枚のシートがあなたを変えていく-
2010.02.06
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「自立」という言葉を使うとき、2種類の自立があることを私は想像します。最初は、自分のお尻を鞭打った「自立」「いつも明るく前向き!」「なにが何でも!」「行動あるのみ」などというような、周囲から勝ち取っていくようなパワー系のエネルギーが特徴です。私ももともとこのタイプでした。もうひとつは、成熟した自分が自分のエネルギーを周囲に分け与えていくような意味での自立。「こうすると楽しいかも」「これがいいな」「これをしてあげると皆は喜ぶかな」というような、周囲に広がっていくような落ち着いたエネルギーが特徴です。2つの差はどこからくるのでしょうか。私は、自分の中に「十分に愛された」というセルフイメージがあるかどうかだと思います。もともと私たちは、この世に生まれたとき、なにもできない赤ちゃんなので、親に依存しなければなりません。私たちはすべて「依存」から始まるのです。そして、たっぷりと愛されて育つとどうなるか。自分が満たされるので、今度は周囲に与えていく、ようになるのです。そして、無条件に愛されない場合、私たちほとんどがこのケースですが、自分が満たされていないので、周囲から「まだ、欲しい」のです。私たちは、体が大人でも、心の中は、1歳の子、3歳の子、5歳の子、10歳の子、15歳の子、20歳の人、・・・・など、無数にたくさんのセルフイメージが存在しています。40歳の自分が、パートナーとけんかしたとします。相手に向かって叫んだ言葉が、「ふざけるな!!」だとします。そのとき同時に、3歳の子も叫んでいるのです。なんと叫んでいるでしょう。「たちゅけて、さみしいよ~」かもしれませんね(笑)。その自分を、ありのままに認めて、愛してほしい、とお願いすると、3歳の子は静まるのです。こうやって、ひとつひとつ満たしていくと、だんだん満たされ、「欲しい自分」から「与える自分」へ、自立していくのだと思います。いざとなったら、赤ちゃん言葉で話してみよう!(笑)
2010.02.05
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私が、個人セラピーをするとき、最初の段階でいつもしている2つの質問があります。それは、「どういう自分になりたいですか?」そして、「それを妨げている感情はどんな感情ですか?」というものです。この二つが明確であればあるほど、セラピーはうまく行きます。逆にこの二つがぼんやりしていると、漠然としたお話を聴く、ということになりがちです。漠然とお話を聴くということでも「気づき」は起こりますが、目的が漠然としていると、どこに向かうかわからない船のような感じになってしまうのです。もちろんクライアントは、真剣に話されているのですが、この二つの質問に対する答えが漠然としているか、明確であるか、の差は、基本的に次の点から生まれると思います。それは、「自分を変えたい」と思っているか、それとも「自分を変える」と思っているか。この両者の間には、ものすごいエネルギーの差があります。では、「変えたい」から「変える」になるにはどうしたらいいのでしょうか。私は、3つのポイントがあると思っています。1. 自分の理想のモデルを見つける2. 「変える」、という強い意志を持つ人と知り合いになる。3. 何度も失敗を経験し、非常に強い自己嫌悪を持つ1のように、なりたい自分のモデルを見つけると意欲が湧きますよね。どうなりたいかわからない人は、いろいろな人に会ってみるとよいと思います。理想の人に会うと、どきどきしたり、わくわくしたりするので、それで自分の理想がわかるのです。 また、2のように意志の強い人があつまる、勉強会やセミナーに出ると、感化され自分も意欲が出てきますね。 そして、3は、もっともパワフルなやり方です。何度も失敗するのです。すると、ショックを受けたり、怖くなったり、そんな自分にあきらめたり、などのさまざまな感情が出尽くした後に、「もう、こんな自分はいやだ!!!」という、強烈な自己嫌悪が出てくるのです!!このときが、まさに「自分を変える!」というエネルギーが強く湧いてくるときです。人間には、もともとこういう強さが備わっているのです。そんな自分を信じてみる、というやり方がもっともパワフルなのだと思います。
2010.02.04
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明日、ビジュアル面からのブランディングをビジネスにしている、友人のヒッキー&マッキーのスタジオで写真を撮ってもらいにいきます。*ちなみに彼のHPに出てくる写真の人々はほとんどが私の知り合いです。 皆、とってもよい表情をしていると思いませんか?ヒッキー(小貫 久史さん)のHP 私は、もともとあまり服装とか見た目を気にしないタイプだったのですが、最近自分の周りの自営業の方で、写真にお金をかける人が増えてきているのを見て、やはり重要だなあ、と思うようになったのです。というのも、自営業に方は自分の写真を名刺に入れている方が多いのですが、良い写真が入っていると、そのビジネスにかける気合のようなものを感じるのですよね。また、その人の人柄が伝わるようなそんな安心感があります。自分の顔を出している、しかも、きちんとお金をかけてプロに撮影してもらっている。友人の恋愛カウンセラーのルーク平野さんしかり、先日お会いした、セミナープロデューサーの松尾昭仁さんしかり。お二方のHPで、写真を見てみると、非常に気合が入ってます。ルーク平野さんのHP 松尾 昭仁さんのHP 本田健ちゃんの、メンタープログラムでご一緒し、著書「スピードブランディング」で有名な鳥居さんの写真。いい写真です。鳥居 祐一さんのHPやはり、私もこのくらい気合を入れていこうと、思ったのでした。プロとして、心構えがしっかりできるし、周囲の方にも伝わるように思いました。冗談ではなく、近日中に見違えるような写真を(?),アップできると思います。
2010.02.03
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私が住んでいる今朝の東京八王子は、あたり一面の大雪です。私は北海道生まれなので、子供のころからこのような積雪の中で数ヶ月間、暮らすのが普通でした。冬の間は、すべてのものが止まっているように感じますが、実は雪の中で様々な生物が春のための準備をしています。2,3月ころになると、冷たい小川に入って土にあいた小さな穴に手を突っ込んでまさぐると、そこにはザリガニがいました。じっと春を待っていたのです。東京にいると、雪がふることが少ないので、冬の季節であることをつい忘れることが多くなっていました。「こういう自分になりたい」と思うとき、引き寄せることが大事であることと同時に、「待てる自分であることが大事。 待つことにより達成されるということを知っていると、焦らずにすむ」これは、先日、本田健ちゃんが言っていた言葉です。北海道で過ごした冬を思い出すと、この言葉の意味がすっと心に入ってきます。焦る気持ちになったとき、この日のような冬を思い出そうと思います。
2010.02.02
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私たち日本人は、多くの方が自分の本当の感情を抑圧する傾向があります。本音を抑圧することが、周囲の人間とうまくやりながら生き残る上で欠かせなかったからです。しかし、自分の感情を抑圧していると、そのうち自分の感情がわからなくなってきます。「感情認知困難」や「解離」の状態になるのです。解離とは、自分自身を他人のように観察することで、激しい感情を感じないようにすることです。解離の状態に入っているとき、その人の表情が能面のようになっているのです。私も、子供のころから能面のような表情をしている、とよく言われてきました。感情認知困難や解離の状態にあるとなぜ困るかと言うと、自分自身を愛せなかったり、大切な人を守れなかったりするからです。自分を守れないとは、自分の好きなこと、嫌いなことがわからなくなるということで、それだけ、自分の価値観より相手の価値観を重視してしまう、感情パターンが作られていることを意味します。相手を愛せないとは、相手が苦しんでいるとき、絶望にいるとき、パニックにいるとき、などの心の状態に、共感することができない、と言うことです。相手の感情をリアルに感じられないので、相手も助けてもらえない、愛してくれていない、と感じさせてしまうのです。そうなるとどうなるか。愛する人を失ってしまうのです。パートナーや子供が絶望して去ってしまうのです。この人には何を言っても無駄だ、と感じて・・・。裏を返せば、自分自身が本当に絶望や死のふちにあるときに、親を含む前世代の人々に、助けてもらえなかったということを意味しています。人によっては、これをバーストラウマと言う人もいるでしょう。私は、それに加えて先祖代々から受け継がれた、感情パターンのことだと思います。助けを期待できなかったので、自分自身が感情を感じない自分を作ることで、その状況をのりきるしかなかったのです。命がけだったのです。助けのない中で、生命危機の感情をまともに感じてしまったら、どうなってしまうのか。愛する人を失うとき、それはある意味、命がけの瞬間です。私たちは、愛する人との別れの瞬間を体験するときに、自分自身に問うているのだと思います。自分自身の課題を乗り越えて、自分自身への愛と、相手への愛を取り戻したいか、と。いずれにしても、自分のライフワークと愛はこのように関係するのです。私が感情解放をテーマにして、ワークショップや個人セッションを行っているのは、ここを支援したいと思っているからです。*本田健ちゃんの、メンタープログラム合宿から帰ってきて、愛と感情認知困難のテーマについて、深く考える瞬間があったので、書いてみました。
2010.02.01
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