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昨日、SATセラピー開発者の宗像先生の「看護師さん」むけの原稿を読んでいたら、こんな一文が目にとまりました。「看護の世界ではマズローのニード論が用いられてきました。しかし、看護は、生理的欲求が満たされていない患者を対象とする場合が多く、その上位である心理・社会的欲求についてはあまり取り上げられてこなかった現状があります。しかし、SATの理論をみると、心理・社会的欲求と社会的背景は密接に関連しており、社会的背景によって心理的ストレスが生まれたり、それが生理的欲求に影響を及ぼしたりと、相互に関連しあっていることが明らかになってきました」これを読んで、なるほど!!! と思わずうなづいたのです。SAT理論では、人の心理・社会的欲求をつぎの3つと定義しています。・ 無条件に愛されたい、認められたい=慈愛願望欲求・ 無条件に自分を愛したい、認めたい=自己信頼欲求・ 無条件に他者を愛したい、認めたい=慈愛欲求例えば、自分は無条件に愛される価値がない、と強く思っていると、それは様々な病気を引き起こすことを、SATの臨床的にはわかっています。生理的、身体的に影響をおよぼすのですね。マズローのニード理論は、生理的欲求が満たされるとより上位の心理・社会的欲求が表れる、というようになっていたと思いますが、私にはSAT理論の説明のほうが、よりしっくりきました。人は、やはり愛を求めて生きる存在である、ということなのだと思います。愛の欠乏こそが、時には生命に影響を与える、ということなのだと思います。
2010.09.30
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今日はちょっと専門的な話です。先日、私のセラピーの先生である、宗像恒次先生の元でセラピーの助手をさせていただいた時、ちょっとびっくりするようなことを教えていただきました。それは、マイクロキメリズムということです。J.L.ネルソンという学者が書いた著書によると、マイクロキメリズムとは、他者の細胞が体内に潜んでいるという現象のことを言うそうです。これがいったいなんなのかというと、妊娠中に胎盤をとおして母親と胎児の間で細胞が行き来する、ということは当然の事実ですが、この時に行き来した細胞がその後も定着するとなると別の話なのだそうです。というのは、母親やわが子からの細胞は、本人の免疫によって排除されてしまうはずなのに残っているのはなぜなのだろうか、ということ。例えば、成人した人から母親の細胞が見つかったり、出産後数十年もたった女性から子供の細胞が見つかったりしているそうだ。これによって、いいことも悪いこともあるのだそうだ。よいことは、例えばダメージを受けた臓器や組織を修復するために、母親由来の細胞が集まってきていることがあるのだそう。また悪い例としては、自己免疫疾患という、自分の免疫が自分を攻撃してしまう病の中には。体内に潜む他者の細胞が本人を刺激してしまうこともあるのだそうです。これを聞いたとき、次のことを連想したので驚いたのです。私たちの体には、先祖の細胞が生きている可能性があるということ。また、人は基本的に受精後、多胎児である可能性が高いのですが、そういう基本的な兄弟姉妹の細胞が、今の私たちの中に生きている可能性があるということ。こういう現象っていったい何のためにあるのでしょうね。今後生きていく世代に、なにかのメッセージを残そうという働きなのでしょうか。私が行っているセラピーは、世代間連鎖で伝えられてきた情報を変換するということをしていますが、本当に世代間で伝えられている情報が存在する、というマイクロキメリズムは、そういう意味でびっくりしたのです。細胞は、分子、原子、素粒子のことですから、これらは皆、物質としての振動情報を持っています。私が行っているセラピーでは、この振動情報によって前世代からさまざまな情報が伝達されてきている、という前提で様々なイメージ変換を行うのです。他人の細胞が、本人と平和を保っている時もあれば、自己免疫疾患のように何かのきっかけで、本人とケンカをし始める時もある。ココロと科学の新しい関係がますます面白くなってきました。
2010.09.29
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先日、成功小説家・犬飼ターボさんに会ったときに、ふとこんなことを言われました。「じゅんじゅん、受け取る扉が閉じてるよ」受け取る扉がとじているとは、全部自力で行なおうとして、焦りの中にはまっているよ、という意味だな、とピンときたのです。ターボさんいわく、受け取る扉が閉じると、仕事がしんどくなるよ、ということです。自分ひとりでやらなければならない、という罠にはまると、焦りとしんどさが出てきます。仕事をやっつけようという感覚に陥り、どことなく緊張感が漂い、それが人から応援されない自分をつくってしまうのだよなあ、と反省しました。この感覚は、私にとって非常にしっくり来るのですが、どうでしょうか。任すとは、どこか泰然とした安心感が根底にありますよね。ひらめいたことを次々と実行するけど、結果は任す、ということ。仕事とは、人が行うもので、それを考えたとき、自分の思い通りに行くとは限らないもの。だからこそ、ピンとひらめいたことを大切にし、そして実行し結果は任す。どれだけたくさんピンとひらめくか、とうことがポイントになりそうですね。ということは、嫌いなことをしているとヒラめきませんし、結果ばかり考えているとひらめきません。プロセスが楽しくないと、どうしても目線は結果ばかりになりますね。ターボさんは、これを神様に任す、と言っています。神様かどうかは、ともかく、任すという感覚。仕事をする上で大切だな、と振り返った出来事でした。
2010.09.28
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犬飼ターボさんのメルマガを読んでいたら、にこんな一文がありました。「怒りは現在の感情なので、怒りを否定したり抑えることは現在を否定することになります。現在の否定は、喜びの否定です。怒りは ”喜びの羅針盤” です。意欲の先に、あなたの楽しいがあり、嬉しいがあり、愛しいがあります。ライフワークがあり、さらには使命があります。喜びに溢れたかったら、怒りを否定せずにしっかり怒りを感じること。」考えてみると、私はもともと能面顔だとよく言われてきました。能面顔とは、感情があまり感じられない顔、ということです。感情をおさえている、ということです。もちろん相手が怖いから、感情を抑えているわけですが、あるときふとこんなことに気づきました。「もしかして、怒りの感情を抑えているから無表情になるのではないか」そして調べてみたら、怒りが出てくるわ出てくるわ・・・。怒りをばんばん出すということは、相手と友好的な関係を作る上でまずいわけです。よって、抑えようとする。すると、無表情になっていくのです。私がよくやる対処法は二つ。一つめは、怒りをそのまま出すこと。ただしこれは副作用もあるので、その後、相手を傷つけたらしっかり謝ること。二つめは、怒りの下には、相手に・・・をしてもらいたい、という要求が隠れていますが、その下には、本当は、自分は・・・・したい、という自分への要求が隠れています。それに気づくこと。そこに気づいて、それを解放することに成功すると、となんともいえない喜びが出てくるのです、これが・・・。しかし二番目は、なかなか難しく、私もいつも成功するとは限りません。二番目の方法で成功した事例を以前のブログで紹介しました。こんな感じです。私はある甘え上手な女性にむかついていました。私が参加しているセミナーのセミナー講師にすごく甘え上手なのです。「○○さーーーん、車乗せて~」「○○さん、大好き~」「○○さん、これってどういうこと~?」むかつくのです。つまり、いらいらするから甘えないでもらいたい=俺の気持ちを尊重してもらいたい、という要求が隠れています。しかし、ここでふと、ひらめきました。なんだ、俺自身が本当は、その講師に甘えたかったんじゃないか!!! と。怒りの下にある・・・・してほしい、という要求の下には、自分が・・・したい、という要求が隠れているのです。そして、そのことに気づいたとき、私はその女性にシェアしたのです。「本当は俺が、甘えたかったんだよ~。怒りをぶつけてごめんね」「いいんだよ。いいんだよ~」こうしたら、なんともいえない喜びが湧き溢れてきたのでした。怒りの中は、こういう喜びがあるんだ、と知ったできごとでした。一番目の方法は比較的簡単ですが、これをやるごとに、いかに自分は周囲の人々に助けられているか、と思い知らされる方法でもあります。このことに気づく上でいい方法かもしれません。
2010.09.27
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先日、ある方と電話で話していたら、その方がとっても印象に残ったことを言いました。それは、「私にとってはこの世の中って、とっても暖かいところだって思えているんだけど、うちの旦那さんはそうは思えていなかった人だったんだ。そういう人にとって、そう思える場所を見つけることってすごく大きいことだよね」ということです。これを聞いたとき、ちょっと衝撃を受けたのでした。というのは、「おれって、もともと対人恐怖がすごかったから、そういう自分にとって世の中は、怖いところだったなあ」と思い出したからです。いまは、安心出来る場所を見つけたので、世の中は信じてもいいところ、という感覚になりました。世の中って温かいところ、というようにもともと思えている人がいるんだな、ということがびっくりしたのです。そんなふうに思えていると、世の中ってとても安心出来るところ、というように小さい時から感じられるのでしょう。そういえば彼女と話していると、いつもそんなふうな感じをうけます。彼女は世の中をそんなふうに感じているので、思い立ったら行動がはやい。いきなりフランスに行って、縁もゆかりのないのに、飛び込みである会社に社長に会って、ある商品の輸入を始めたり、いつもびっくりさせられます。世の中を温かいところと思えていると、あまり気にせずにどんどん動けてしまうのでしょう。どうしたらそうなれるのでしょうか。私にわかるのは、次のこと。それは、「自分をありのままに守ってくれる人がいる、と思えているかどうか」彼女はこう言います。「私はおとうさんが、全面的に私を守ってくれている、と小さい時から信じられたので、だから世の中に怖いものがないんだよ」私はそうじゃなかったなあ。でも私の親も本当は、私を守ろうとしてくれていたんだということにのちのち気づくんだけど、小さい時はそんなふうには理解できませんでした。だからこそ、そういう誤解を解くために私はセラピーの勉強をしたり、ワークショップにたくさん出たりするようになったのだと思います。世の中って本当に暖かいところ。私自身はやっと思え始めたところですが、そんなふうに完全に思えたら、たぶんそれだけで私の場合は、もうなにもいらないって思ってしまうかも。
2010.09.26
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きのうは、とある地域の倫理法人会、というところに行ってきました。友人の宝地図ムービー制作者のコビー夫妻が入っていて、すごくいい!! ということで誘ってくれたので、行ってみたのです。日野市近辺の会社経営者があつまっている会です。コビーを紹介しているブログ なんと朝6時半から始まります。ひょえ~。(^^)奥さんの車で朝5時半に家を出ました。集まっていたのは30人ほど。みんな熱心だなあ。エステ会社の社長とか、印刷会社の社長とか、調剤薬局の会社社長とか、いろいろな方がいます。開始早々、皆で歌を斉唱。すごい気合!!次は本を音読。そして6時半からは、ある経営者の方のお話。最初びっくりの連続だったのですが、だんだんこんなことを思うようになりました。早起きして、今日の一日について心を整えることって大事かもなあ。もともと私は早起きのほうで、20代の時に勤めていた会社では、夜残業しないで朝5時半ころ出社して仕事をしていました。ひとりだけこんな勤務形態だったから、変な人になっていましたけど(笑)。最後にみんなで会場でうどんをたべて談笑。AM8時解散。前の日に早く寝れば意外といいかも、なんて思ってしまいました。実は今でも時々AM5時半とかに起きて仕事をしている時があるのです。朝って、考え事がすすむんですよね。早起きは意外といいかもです。
2010.09.25
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昨日朝、何気にテレビを見ていたら、興味深い内容が流れていました。それは、たしかお年寄りの痴呆についての内容で、アメリカかどこかの研究機関の研究によると、痴呆になっているお年寄りの脳内では、扁桃体という部位が活発に活動している、という内容でした。これを見たとき、本当にそうなんだ、面白いなあ、と思ったのです。なぜこう思ったかというと、私のセラピーの先生である筑波大学の宗像先生から、習っていた内容と全くおなじだったからです。扁桃体が活発に活動しているというのは、感情がどんどん発動している、という意味です。痴呆というと一見、無表情でなにも感じていないように見えますが、そうではないのですね。TVによると、痴呆の方は感情はどんどん起こっているが、なんでその感情がおこるのか、という理由は覚えていない、とのこと。つまりなぜか分からないけど、さびしい、不安、むかつく、という感情だけがばんばん出てくる、ということだそうです。私が習ったことを付け加えるとこうなります。扁桃体は、喜びの感情も発動しますが、トラウマ感情も発動します。私たちは3歳以前のことはほとんど記憶にないですが、感情だけはインプットされるようなのです。怖がりの人は、なにの出来事が起きたかは憶えてないけど、怖い感情はインプットされたのですね。それで、後年、似たような状況で怖い感情だけが、出てくるのです。条件付けですね。なのでトラウマ感情が多い人は、絶えず扁桃体が興奮しているのだと思います。この扁桃体の興奮を止めるのが、海馬という部位だそうです。海馬は長期記憶を格納しているところ。3歳以降のエピソードを記憶する場所です。扁桃体がいつも興奮していると、海馬が摩耗するので、海馬がだんだん縮んでくるのです。そうしてだんだん、過去の記憶が曖昧になってきます。痴呆の方は、海馬の容積が小さくなっている、という研究を以前見たことがあります。また不思議なことですが、タクシーの運転手さんは、海馬の容積が普通の人より大きいという研究を見たことがあります。海馬は、地理などを認識することで大きくなるのでしょうか。ということは、一般常識では、痴呆の人はあちこち徘徊していることを私たちは問題視しますが、痴呆の人は無意識のうちに、自分で自分を治そうとしているのかも知れませんね。痴呆の方を、縛り付けるのではなく、自由に動かせてあげたほうがいいのかもしれません。脳の不思議さを感じた日でした。
2010.09.23
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先日、ヘルスカウンセリング学会大会で久しぶりに会ったA女史は、すごいスマートになっていて、どうしたの??? と尋ねると、「どんどん食べて、痩せる方法をみつけたのよ」と言っておられた。なんでも2ヶ月で10キロ痩せたらしい。すごい!! ここ2ヶ月、真面目にジョギングがつづいている私ですが、体重はぜんぜん減らないので、食べる量を減らさないといけないのかなあ、なんて思っていた矢先の事でした。考えてみると、最近私の周りでは、体重を10キロくらい減らすことに成功した人が何人かいることに気づいたのです。どうしてできたのかなあ、なんて考えていてふーっと浮かんだのが、宝地図を世に普及している、望月俊孝さんの方法。たしか、こんなことを言っていたと記憶しています。間違っていたらすいません。「感謝しながら食べると、知らないうちに痩せたんです」彼も確か、10キロ以上のダイエットに成功しています。以前、このことを聞いたときは、感謝だけで、やせる??? 本当かなあ、なんて思っていました。でも、今、なんとなく、そうかもね、と思える自分がいることに気づいたのです。なぜなのかわかりませんが(笑)早速やってみました。一口食べるごとに、ありがとう、と言いながら味わうように噛み締めます。そういえばこんなふうにして食べたことなかったなあ。いつもすごい勢いで食べていました。思ったのですが、すごい勢いで食べるというのは、飢餓感の塊で食べているようなもので、飢餓感がベースだから、どんどん食べてしまうのではないでしょうか。不思議なことに、ゆっくり感謝して味わうと、いつもより少ない量で満たされるのです。これってとっても不思議な感覚です。気がつくと、ゆっくり食べることを忘れがちな自分ですが、なんか効果ありそう。果たして、乞うご期待です。(笑)
2010.09.22
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あるメーリングリストを読んでいたら、ある方がこんなシェアをしていて、衝撃をうけました。「どうせ愛されない、という思いの中には、本当は愛されたいという思いがあって、そう思うのは本当は、自分自身を愛していないから」。そして、その下には、こんな欲求が隠れている。それは、「本当は、自分を愛したい」本当は、自分自身を愛したい=つまり、自分への愛があるこれって私は非常に衝撃を受けたのですが、どうでしょうか。そして自分自身への愛があるということは、人を愛したいということ。ということは、愛されたい、という欲求の大元には、愛したい、という欲求があるということなんじゃないだろうか。ここの理解はなかなか難しくて、私もまだ腑に落ちていませんが、自分を愛すると自動的に人も愛したくなるというのは、なんとなく分かるのでこんふうに連想したわけです。なんでこれがびっくりしたかというと、例えば、相手にどうしてわかってくれないの!! と怒ったとします。その下にあるのは、わかってほしい=認めて欲しい=愛して欲しい、ということ。でも本当は、自分を愛したいと思っているのに自分を愛していないから、ということだとすると、話がぜんぜん変わるからです。つまり相手にして欲しいと執着していたことを、自分自身にしてあげればいい、ということになります。相手への怒りの本質は、相手じゃなく自分になるのです。これって、すごいことだと私は思ったのですが、どうでしょうか。
2010.09.21
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忙しすぎる毎日を送っていると、自分自身がいったい何なのか、分からなくなる時がありますね。そんな時、私は思い切ってあることをすることにしています。それは、その流れを一旦止める、ということです。止める、とは私の場合、「朝寝坊すること」です。自分を見失うサイクルにはまっているときは、慣性の力学が働いてちょっとやそっとでは流れを止められないので、思い切ってその流れを遮断するくらいの荒療治をしないと、流れを変えられないのです。私の場合、思い切って朝寝坊すると、体の状態が一気に変わって気分も一気に変わります。しかし、忙しいさなかでは朝寝坊する時間が取れないとか、そういうこともありますね。そういう時はしょうが無いので、来週のこの日は、朝寝坊する日にする、などと予定を立てます。でも基本的に、忙しいサイクルにはまっているときは、何か自分を自分らしくさせないパターンに自分ははまっている時でもあります。自分では気づいていないのです。気づいていないから止められない。でも慌しく時間が過ぎているので気付けない。こんな時、思い切って遮断する勇気を持つことがたいせつかもしれません。
2010.09.20
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昨日今日と、私のセラピーの先生が会長を努めておられる、ヘルスカウンセリング学会の学術大会が行われているので、参加しています。ヘルスカウンセリング学会HPこの大会では、私の仲間のセラピストがいろいろな体験を発表しています。子供への虐待を止められないお母さんへセラピーを行った事例、夫婦関係を改善するために行ったセラピーの事例、その他、たくさん。彼らの発表を聞いていてふっと、ある考えが浮かびました。人がパターンを変えるときって、つぎの二つを体験した時ではないだろうか。それは、「癒し」と「パターンを生み出す感情の仕組みが見えたとき」。人に話を聴いてもらうと、癒しが起きますよね。しかし、聴いてもらうだけでは「今を変えようという」行動変容には、あまり繋がらないようにかんじます。なぜなら、自分はいったい何をしているか、という感情のからくりに気づかないからではないでしょうか。バカバカしいことを繰り返している、こんな感情のからくりに気づいたとき、人は本当に自分のパターンを変えようとするのではないかと感じます。かつて私は、大勢の人があつまる場所では、なぜか発言しないと気がすまないような感情にとりつかれていました。大勢の人がいるところでは、なぜか心臓がどきどきして、なにか思い切ったことを発言しないと収まらないような感情が湧きてくるのです。そして、手を真っ先にあげて発言します。しかし、そのあと強烈な自己嫌悪が襲ってくるからです。なぜ、自己嫌悪が襲ってくるか。それは、自分がただ単にみんなの注目を得たいためだけに発言していることに気づくからです。ではなぜ、そんなことをするのでしょうか。この感情に気づかないうちは、なんど人に話を聴いてもらっても、このパターンは止まりませんでした。このパターンの背後にあった感情のからくりは、実は、認めてもらいたいのは会場のみなさんではなく、父であったということに気づいたからです。その後、父にいろいろなことがあってやっとの思いで和解して、父に愛されていたんだ、とわかって強烈な癒しが起こったとき、その後、このパターンはなくなっていました。自分は何をしているのか、その目的は??このことに気がつくときが、自分を変えるきっかけになるのかもしれませんね。
2010.09.19
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自分を成長させたい=パターンを変えたいと思ったときに、とっても重要だなあと最近感じるのは、たったひとつのある言葉が思い浮かぶかどうかです。それは、「こんな自分てなんか変じゃない?」という言葉。例えば、先日、ある集まりに言ったときに、何かの拍子でとなりの初対面の女性と話しているときに、この女性は私にこう言ったのです。「じゅんじゅんって、なんか斜に構えていて、何考えているんだかよくわからない」この瞬間、「そんなことないよ、ぼくあなたにはなにもブロックはないよ。むしろ最初からお話したいなって、思っていたんだから」と、ムキになって話している自分がいました(笑)。こんな自分って、なんか変ですよね。だって、そんなことないよ、って言いながら顔がひきつるんだから。(笑)でも、その時って変とは思えないんですよね。そして、その後もそんな自分をしばらく正当化していました。「そんなわけない。あの人が変なんだ」って。(笑)で、その集まりは宿泊セミナーだったので、やっと気づけたわけです。「こんな自分てなんか変だよね」と。それで、その女性に、「本当は、自分はそうかもしれないと思っていること」、「そうじゃないといいながら顔がひきつったこと」などとシェアしました。そしたら、彼女に対するこだわりがすーーーと消えたのです。この言葉が出てこなかったら今でも、彼女を責めて、そのうちわすれちゃったでしょう。この言葉、大事だなあと思いました。
2010.09.16
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何日か前のブログで、ある日、とつぜん200数十万円の仕事が入ってきた、ということを書いたことがありました。成功小説家の犬飼ターボさんいわく、望む現実を引き寄せるには、エネルギーを高めて仕組みを作ることなのだそうです。例えば、ターボさんいわく、以前効率のよい投資先を探していたことがありました。まず、エネルギーを高めるとは、どんなものが欲しいかはっきりさせること。ターボさんは、優良投資先情報がどんどん入ってくることを願ったそうです。そしてそれがどんどんはいってくる仕組みを考えたときに、経営者をあつめた投資勉強会を開いたのだそうです。すると、参加者が増えるごとにそこで話してくれる講師の方は、有料情報をどんどん教えてくれるようになったのだそうです。経営者がたくさんいる投資勉強会ですから。話し手も、投資案件を売り込みたい人が話すので。すると結果的にターボさんに、優良投資案件がどんどん集まるようになり、ターボさん自身の投資がとても成功したのだそうです。これってすごいとおもいませんか。欲しいものを明確にし、そして仕組みをつくる。すごいですよね。
2010.09.15
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最近は、心の世界にも科学的な研究が出てくるようになって、従来わからなかったことがだんだんわかるようになってきました。例えば、喜びの感情には、ドーパミンやセロトニンという脳内物質が関係していて、喜ぶからこれらの物質が脳内に出るのではなく、これらの脳内物質が出るから、喜びの感情が起こる、ということなど。喜びの感情はある意味、化学反応の結果みたいですね。でも、私はもともとこういう科学的な真理を追求することにそんなに喜びを感じる人間ではなくて、こういう勉強は深いセラピーを行うときには、説明としてある程度大事だなと思いながら、途中で眠くなるタイプの人間なのです(笑)。こういう勉強には、ドーパミンとセロトニンが出ないのです(笑)私が今楽しいのは、ワークショップです。最近よく、犬飼ターボさんの長期セミナーに参加していますが、人と人とがお互い感じあうことをシェアしながら、誤解を解いていくプロセスがなんとも楽しいです。犬飼ターボさんのHP冷静に見ると、セラピーなどのスキル的にはすごいことをするわけではないのに、深いきづきや変化がおこってしまいます。ブレイクスルーした時の爽快感がなんともいえないたのしさです。たとえば、先日、そのワークショップに参加していたある女性になぜかムカムカした感情が湧いてきたのでした。その女性は昔から知っているマブダチです。その女性は、セミナー講師に、甘えるのがとっても上手なのです。「車のせてくださーい」「なになにおねがいしますう」「私も○○したーい。やってええ」むかむかするんですよね(笑)で、最初、マブダチだってこともあって、怒りをぶつけていました。「あまえすぎなんじゃない?」でもよくよく見ると私ももっと、人に甘えたいんだ、できないから嫉妬するんだってことがわかりました。私も甘えればいいのに、できないって、思っていて出来る人に嫉妬しているのです。「○ちゃん、ごめんね。さっきは怒りをぶつけて。俺も○ちゃんみたいに、講師にあまえたかったんだよ~。甘えたい、甘えたい、○ちゃんみたいに」「そうなの~、いいんだよ~、いいんだよ~」はたから見ると、バカみたいなコミュニケーションですが(笑)、これですっきり。あっというまに、人間関係のブロックは消えるのです。何が正しいか、という視点を持ちながらも、何が楽しいかという視点を大切にしていくと、幸せ感いっぱいになるなあ、とそんなんことを感じているこの頃です。
2010.09.13
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私は自分が様々な悩みを抱えたときに、いろいろなやり方で問題解決をしようとしますが、自分ひとりで解決できないなと思ったときに、あるひとつのやり方を行うことがあります。それは、自分の率直な感情を、悩みの原因である相手にシェアするということです。先日、ある場所で知り合った女性がいました。その女性を見た瞬間、この人苦手だなあ、と思ったのです。何かものすごくテンションが高くて、ついていけないというか、自然体で離せなくなってしまうのです(笑)。自分の母親との関係だな、と直感的に思いました。でも、そんなことを思ったって、この場での感情は消えないじゃないですか(笑)。それで閃いた私は、この女性にこう言いました。「実は、あなたのテンションがものすごく高く見える部分が私にはすごく苦手に感じる自分がいいるのですが、これは僕の誤解でしょうか?」するとその女性は、こう言いました。「私がこういうふうにしているのは、働いている職場がすごくテンション低くて、ちょっと耐えられないので、自分が明るくしようとしているからなんですよ。だから自分が明るくしなきゃっておもっているからなんです」これを聴いて、なるほど~、人っていろいろなことを思っているんだなあ、と思ったのです。そしたら、だんだんその女性が苦手ではなくなって、いろいろなことを話すようになり、その人がすきだな~、って思うようになってしまいました(笑)。その人のテンションの高さも普通になってきたのですよ(笑)。人間関係って面白いですね。つながりが、すべての問題を解決する。これを実感した出来事でした。
2010.09.11
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先週末は、成功小説家・犬飼ターボさんの「お金のセミナー」に出ていました。ターボさんいわく、お金が入るようになるには、2つの要素が必要だ、ということです。ひとつめは、お金が入る仕組みを作ること。そしてもうひとつは、自分のエネルギーを高めること。二つめの自分のエネルギーを高めることは、実はとっても怪しい宗教チックな世界なのです(笑)。詳しくは、ここでは言えませんが、ちょびっと言うと、神様にお願いすると入るらしいのです(笑)。まあ、それ系のワークがたくさんあったわけですが、これをやりながら私は、「宗教チックでまいったなあ、でも、セミナーに参加しちゃったんだから、しょうがない。やるだけやってみよう」と思ってあれこれやっていました。こんなんでお金がはいったら、苦労しないよ、とか思いながら(笑)でも、経済的な成功者が言うんだから、自分にはまだしらない世界があるのかな、と思ってやっていたのです。そしてセミナー修了後、水曜日に、とある企業に訪問した時のことです。とつぜん担当の方が、こう言いました。「あ、これおねがいしますからよろしくね」・・・・と。お願いっていうのは、200数十万円の仕事依頼だったのです。しかも利益率が90パーセントくらいの。これっていったいなんなのでしょうか???????同様のセミナーを受けた人の中には、突然、税金が130万円もどってきましたとか、突然、3000万円の仕事依頼が来ました、とか、1億円の仕事が来ましたとか、言っている人もいます。これって?????引き続き検証中です。なにかわかったら報告したいと思います。(笑)
2010.09.10
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以前、私のセラピーを受けてくれたCobbyさんからその後、連絡が来ました。「お父さんとものすごく心を開いて打ち解けられるようになったよ。ありがとう」と。こういう連絡って、セラピストとしてとってもうれしいものです。親という存在は、一時、ものすごく悩む存在でもありますよね。でも、くぐり抜けるとものすごい愛を感じさせてくれる存在です。私も父を心底憎んでいたことがありましたが、あることをきっかけにして、如何に自分は愛されていたのか、ということを知り、以後、父との関係がまったく変わってしまいました。そんなCobbyさんが、お父さんへの思いを、一本の動画にしました。感動的なので、よかったら御覧ください。彼は、このようなムービーを作ることを仕事にしているプロなのです。・Cobbyさんのムービー
2010.09.09
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今日の東京は、本当に久しぶりの雨。いったい何日ぶりなのでしょうか。朝から、気持ちがとてもすがすがしくほっとしています。昨日まで猛暑が何日つづいたのかわかりませんが、昨日はとても体が疲れて、思わず昼寝をしたら2時間くらい寝てしまいました。今朝、目が覚めてふと思いました。なにか違う方向に頑張ってしまったかなあ、と。いろいろな企業に営業していると、自分自身のアイデンティティがそもそもセラピストだということを忘れることがあります。そういう時、そのまま突っ走ると疲れるのですね。朝方、まだ薄暗い布団の中で、ふっとこんな声がしました。「もっとつながりを大事にしよう」・・・・と。私自身がこの仕事をしているのは、本来、自分のハートとのつながり、そして人とのつながりを感じていたいから。雨の日は、こういうこふうに自分を振り返らせてくれるのですね。
2010.09.08
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昨日は、花谷 博幸さんが主催する整体師・鍼灸師向けのカウンセリングセミナーで講師をしました。花谷さんのHP 花谷さんとのご縁をいただき、もう5,6回させていただいていますが、このセミナーを行うたびにいつも体って面白いなあ、と思います。このブログでも書いていますが、私自身は自分自身の体の痛みや異常を自分自身でなんども治していますが、そのたびに体が発するあるメッセージに気がつくのです。それは、「ありのままの自分に戻りなさい」というメッセージです。数年前、左肩が突然痛くなって肩が上がらなくなったことがありました。よくいう四十肩ですね。これってめちゃくちゃ痛くて、夜も寝られないほどの痛みなのです。その時に、私は自分の肩にどんな気持ちや感情があるのか、と自分自身に問うていました。すると、「もっと自分らしく生きたい」ということがわかったのです。左肩のある背中など触ると、筋肉がばんばんなのですね。それを感じたとき、これは尋常じゃないな、と思いました。よほど生き方・働き方が間違っているから、こんなに体に負担をかけたんだ、と。それでピンときた私は、自分自身を苦しめていた仕事や生活のリズムを変えました。具体的には、やりたくなかった仕事は極力やめ、もっともやりたかった「朝寝坊」をスルことにしたのです。そして、周囲に言えなかった自分の感情も言うようにしました。私の場合、「苦しんだ。助けて欲しい」ということが言えなかったのです。朝寝坊がもっともやりたかったことって、自分でも笑っちゃいますが、でもそれがしたいことがわかったのでやったんです。すると、1週間くらいで痛みが激減し、肩がかなり上にあがるではありませんか。不思議だなあ、とその時は思いましたが、考えてみると心と体はつながっていますよね。私が行っている個人セッションでも、体に異常が出ている人がたくさんいますが、「自分らしく生きたい」という、体からのメッセージなのでしょう。
2010.09.06
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人には、皆作戦があります。かつて私はよくセラピストとして人にアドバイスをしていた時がありました。相手にとくに頼まれたわけでもないのに無意識に。で、途中から気づいたのです。それは、自分がある人に、頼んでもいないのにあれこれアドバイスを受けた時があって、うるさいなあ、と思ったときに、ふっと自分のしていることに気づいたことがきっかけです。「なんで、自分は頼まれもしないのにアドバイスしているんだろう」と。その時、おもいました。「自分が必要な人だと思われたいんだ」と。だから、役に立とうと思ってそんなことしているんだ、と。そして同時に思いました。この密かな企みはうまく行っているか、と。うまく行っていないんですよ。だって頼まれもしないのに、あれこれアドバイスするわけだからどうなるかというと、ほとんどの人は私がアドバイスしたとおりには行動しないんです。そりゃ、そうですよね。そんな姿を見てひとりで怒っていました。役に立ちたいと思って、あれこれ世話焼いて、結局自分がイライラしている。これほど、うまく行っていない「企み」はないじゃないですか。そこで、役に立ちたいんだから、そう思ったときは言うことにしました。「なにかできることある?」と。「ない」と言われたらどうするか。「役に立ちたかったんだ。残念」と、いうその気持を、別のところで愚痴るのです。(^^)そうしたら、その無念の気持ちは楽になるんだな、と、そういうことを学んだのでした。過去に役に立てなかったという思いがあるから、今、あたりかわまず役に立ちたいと思うのです。だから、役に立てなかった無念な気持ちを、愚痴ると癒されるんですよね。助けてもらうこと、大事ですよね。
2010.09.05
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私は長年自営業だったから、自分ひとりで頑張ってきました。会社作って22年だから、ひとりで頑張ることが癖になっているんだよね。で、長年きづかなかったのですが、ひとりで頑張ってきたからひとりなんじゃなくて、ある感情があったからひとりでやることを選んでいるんだ、ということにある日気がついたのです。それは、「すなおな感情を出すのははずかしい」という感情です。特に自分が甘えたい、とか、人に依存したい気持ちを隠す方向に向かわせます。この感情は、素直な感情を出して人とつながるのを避けるという方向に向かわせるのです。だから会話がすごく事務的になったり、何でも自分でやることになって、ひとりで大変な状況になっていきます。周囲も、こちらが大変な状況なのにきづかないんですよね。「あいつ、平然とした顔しているから大丈夫なんじゃね??」みたいになってしまって・・・。自分から、「大変なんだよ~」「助けて~」って、素直に言うことが、はずかしいって思っているから言えないんですよね。そういう状況に私は長年いました。で、なんで変われたかというと、ひとりでやることが苦しかったから、そして自分の本当の気持にきづいたから。はずかしいいってことは、結局、「もっとすなおに表現したい」っていう、気持ちが根底にあるからだってことに気づいてしまったから。こっちが本当の欲求じゃん・・・て。おかげで今は、だいぶ楽になりました。時々まだ、はずかしさはあるけど、そこは、ちょっとづつやっていこうと思っています。
2010.09.04
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人とのコミュニケーションには、人それぞれ特徴があります。中でも私は何を話すか、というより、人と自分の気持をどのように感じとろうとしてそれを処理するか、という点にその人のコミュニケーションの特徴が現われると思っています。例えば、みんなでバーベキューをやろうという話になったとします。ある人は、率先して皆の役に立とうとします。それを喜びの気持ちで最後までやれる人はいいのですが、他の皆があまり何もしないでいるのを見て、途中から怒りが湧いてくるとしたら、その人は「人は自分にやってほしい、と期待している」と受け取って、その期待に応えようとしたのかもしれません。つまり犠牲的に関わった結果、報われないので怒る、というパターンになります。逆に、誰かにやってもらいたい、と最初から思っている人がいるかも知れません。率先してくれる人がいると非常に助かりますが、率先してくれる人が怒り始めたとき、罪悪感を感じるでしょう。上記の二人の人は、全く違う感じ方をしているのですが、共通している点がひとつあります。それは、相手の気持ちを確認しない、という点です。率先してやる人は、途中でいらいらするとしたらその時点で、「しんどいからだれか手伝ってくれる?」といえば良いのではないでしょうか。後者の方は、罪悪感を感じる前に、「何か自分にできそうなことがあったら、言ってくれる?」と言うとよいのではないでしょうじか。ビジネスでもそうですが、プロジェクトチームを組むときに、必ず誰かが犠牲的に関わる人がいて、罪悪感を感じる人がいます。そのままにしておくと、チームワークが壊れるのです。今、自分が感じていることを率直に言うこと。そして、助けを求めること、それがコミュニケーションを上手くいかせる秘訣だと思います。
2010.09.02
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