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ひくまさんさん
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鉄人騎士。さん正ちゃん。
博多に着いた。彼の実家は列車で二駅の所にあった。もちろん市内です。
閑静な高級住宅街だった。そして、憧れのマドンナの家も直ぐ近くにあるという。
まずは、正の家に寄って挨拶しました。
正のお母さんには子どもの頃に何度も家に遊びに行ってお世話になりました。
ここで正について紹介します。
彼の親父は炭坑の社長でした。マドンナの父は専務です。
社長の家は国道に近い平地の1等地に広い敷地と広い建物だった。
マドンナの家もその近くだった。
炭鉱が閉山になってから退職金も払ってもらえずに、労働者たちは全国各地に散らばった。
知り合いもいない、親戚もいない場所で、体一つを頼りに働かなくてはいけなかった。
それに引き替え、会社の偉いさん達は本社のある博多で次の職場を与えられて優雅な生活。
子どもの頃はそんなことは知りもしなかった。
住んでいる地域もあいつがどこで、あいつがここで、というぐらいにしか意識していなかった。
家の大きさが違うとか、なんとなく金持ちなんだなあ、と思うぐらいだった。
結局、町全体が企業そのものだった。
だから、会社の役職によって住んでいる地域が違っていた。
親の地位で言うならば社長の息子と下っ端の炭坑夫の息子が同じように遊んでいることが不自然な気がします。
事実、僕以外では彼と遊んでいる友だちは少なかったと思う。
いたとしても近所の重役達の子ども達でしょう。
雅勝もその近所だったので、正とは遊んでいたみたいです。
まさしく正はええとこのボンボンなのです。
その社長の息子に対して苗字で呼び捨てにしていたのは僕だけです。
何故かって?それは彼の父が社長だということを知らなかったから。
子どもの世界に親の地位を持ち込んではいけないと、僕の親父は教えなかった。
彼の家に遊びに行って、おやつにケーキやら普段は食べたことのない美味しいものを頂いても親は「行くな」と言わなかった。
ましてや父親が社長なんて一言も言わなかった。
他の家庭なら遠慮する場面ですよね。でも僕は結構遊び相手として認知されていた。
というか、親が許可していたみたい。一目置かれていた存在だった。
彼とは最初から仲が良かったわけではない。
小学校の1年生の入学式だけでなく、普段着にスーツみたいな服を着ているボンボンと、炭坑夫の子ども達とは別世界の人間です。
彼とは1年生から一緒だった。
5年生まで偶然かどうかは知らないが、2クラスしかなかったから確率は高くなりますね。
そして、5年間、1学期の学級委員長は僕で彼は副委員長だった。
勉強も運動も常に彼の上にいたので彼は僕をライバル視していたが、
僕にしたらこんな奴はライバルなんかじゃない。実はそんな意識はなかった。
学習塾なんてないし、勉強なんて学校でするだけのこと。
帰ったらすぐに野山を走り回って、ビー玉、ぱっちん、缶けり、竹馬、釣り、楠の実鉄砲つくりなど遊ぶことがいっぱいあった。
それに引き替え、彼は哀れだった。
子どもの遊びを知らず、遊び友だちも制限されていた。
レベルの低い目標のない下層階級とは遊ぶなということらしいです。
僕が行っても妹と広い庭で遊んでいることが多かった。
それに「勉強だ、家庭教師だ」と追いまくられていた。もっとも、仕方のないことなんです。
今回、知ったことなんですが、彼のパパは(彼はこんな田舎で唯一パパという言葉を使っていました。)東大出身だったんです。
福岡にきてからも有名な進学校に進み、東大を受験した。残念ながら不合格。
一浪して筑波に進んだということです。結構プレッシャーがあったと言っていましたね。
そんな彼を僕はいつも呼び捨てにしていた。
自分の意見が思うように採択されずに、逆に僕によって否定されることが多かった。
ボンボンには耐えられない屈辱だったのでしょうね。
とにかく、学級会はたいてい僕と彼の対立だった。
互いに正しい意見だと分かっていても、すぐには賛成しないというか、ほとんど反対意見を出し合っていた。
僕は友だちが大勢いたので採決すると僕の意見が通ってしまう。あいつが何度「くそー。」と言ったことか。
もし、この学級会の様子を彼の親が見ていたら、すぐに僕の親父を解雇したでしょうね。
親の立場を知らないで、怖い者知らずとはこのことでしょう。
彼の偉かったところは自分の父親が社長なんて1回も言わなかった。
それは褒めておきましょう。彼なりにプライドはあったみたいです。
自力で僕を追い越したいと思っていたらしい。
子どもの世界での優劣は親の身分じゃない。
力があるか、運動神経がいいか、賢いかの自分の能力での勝負です。
彼は残念ながら僕に勝てなかった。顔だけは可愛いかったが。
という訳で、僕と彼は何かにつけて対立することが多かった。
彼の意見はまともなことを言っているようですが、いかんせん僕に対するライバル意識がすごかったので、いいかげんうんざりすることも多かった。
これが彼を気にくわない奴と言った理由なんです。
次はマドンナです。