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「丑寅の二人旅」 第42弾 長良川鵜飼い、岐阜と滋賀 最終日4日目7月12日: 最後に馬籠宿に、恵那峡からは車で40分程中山道の木曽路にある木曾11宿の中で一番南の端木曾11宿、元々全て長野県にありましたが、この馬籠宿のあった旧長野県山口村は平成17年、平成の大合併により岐阜県中津川市に編入されました(越県合併って、合併する市町村の関係者、主に住民、賛否だけで良いのかな? 県の行政は関係ないのかな??)馬籠宿の風景です道路から直角に伸びている細い登り道、これが旧中山道なのでしょうね馬籠宿から次の宿場に向かう、殆ど山越えの道宿場内もかなりの坂道、木曾11宿の中でも一番急坂では?復原された高札場外人さん、猛暑の中、女の子を肩車しての坂道を登り降り、体力ありますネ親子かと思ったら、どうやらお兄ちゃんと妹みたいですね可愛いバスガイドさん、猛暑の中、頑張っています可愛いバスガイドさんを最後に「丑寅の二人旅」 第42弾 長良川鵜飼い、岐阜と滋賀終了です
2013.07.14
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「丑寅の二人旅」 第42弾 長良川鵜飼い、岐阜と滋賀 3日目7月11日: 滋賀から再び岐阜県に、目的地は美濃焼の本場多治見多治見?、2007年に40.9°Cの日本最高気温を記録した土地(同日22分後に埼玉県熊谷市も同気温を記録)余談ですが、その後の夏場の気温、40.9°Cに届きませんが、群馬県の館林がその日の最高気温を記録する事が多いですね連日の猛暑、日本一暑い街多治見で数時間も散策なんて無理、あまり早く到着すると大変な事にと言う事で再度湖北地方で一か所、賤ヶ岳古戦場を急遽追加途中の琵琶湖湖畔、某TV局の番組「鳥人間コンテスト」のプラットフォームですこのプラットフォームって常設?? だとすると琵琶湖の景観を壊していませんか??賤ヶ岳古戦場に到着、えっ! リフトが動いていない! リフトの休業日頂上標高422m、道程で1600m程だけどぉ・・・・、今日も暑いしぃ・・・・、元々計画になかった場所だしぃ・・・と言う事で下から写真を撮り、次に向かいまぁす湖北を離れる前に、琵琶湖名物「鮒寿し」を購入琵琶湖産の天然の子持ちニゴロブナを近江米1年以上漬け込んだ上質のもの滋賀を離れ、一路多治見に美濃焼のふるさと多治見美濃焼の代表の一つ志野もう一つの代表織部多治見のゆるキャラ「うながっぱ」ヤッパリ炎天下の歩いての散策は、思っていた以上の短さで終了、本日の宿の多治見の近くの景勝地「恵那峡」に速攻避難恵那峡近くにあったソーラー発電所 ー 四日目に続く -
2013.07.13
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「丑寅の二人旅」 第42弾 長良川鵜飼い、岐阜と滋賀 2日目-27月11日: 長浜から彦根に移動彦根と言えば、彦根城と言う事で彦根城にやって来て、最初に出会ったのは、彦根と言えば、「ひこにゃん」ひこにゃん、登場です(黄色丸の中)それでは、ひこにゃんのショットを五つ昨今「くまもん」とか「ふなっしー」に押されていますが、ひこにゃん人気は十分浸透しているみたいひこにゃん、何たって、ゆるキャラの元祖みたいなもの、ぽっと出の「くxxx」や「ふxxx」とは違います・・・・そうなのか??それにしても、この猛暑、ひこにゃん、ちゃっかり日陰にポジショニングしています扨て彦根城、築城400年らしいです藩主は、「桜田門外の変」で有名な井伊直弼の井伊家これは天秤櫓、国宝の天守閣、国宝の天守閣は全国で四つ、犬山城/松本城/彦根城/姫路城昨日に続き今日も暑い熱い長浜の黒壁スクエア、彦根城を歩き回ってヘトヘト15:00前だけど、取り敢えずホテルに入ります夕刻、陽射しが治まってから再度散策彦根城の大手前・京橋から続く夢京橋キャッスルロード、流行のレトロモダンな街並みこちらは夢京橋キャッスルロードから直角に曲がった一角、四番町スクエア、洒落た雰囲気です彦根駅に展示されていたバルブバルブ製造は滋賀県の最大級産業らしいです40年位前に彦根のバルブ工場に来た事があります、PEMEXと言うメキシコの国営石油会社向けの巨大バルブの契約でした余談ですが、弁のバルブVALVEの発音って日本人には難しいです、殆ど電球BULBになっちゃいます - 3日目に続く -
2013.07.12
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「丑寅の二人旅」 第42弾 長良川鵜飼い、岐阜と滋賀 2日目7月10日: 岐阜から滋賀に入ります、 琵琶湖の北、湖北の中心地長浜秀吉の最初の拝領地となった長浜(当時は地名は今浜)、琵琶湖周航の唄で「今日は今津か長浜か」と謳われる長浜戦国武将ゆかりの地で、近くに姉川の戦い古戦場、賤ヶ岳の戦いの賤ヶ岳があり、安土城跡も関ヶ原の戦い古戦場も遠くありません歴史マニア・歴女には格好の地秀吉・三成出会いの像(長浜駅前)鷹狩で強烈に喉が渇いた秀吉が、近くのお寺に立ち寄り、お茶を所望した際、お寺に学問修行に来ていた三成が最初は喉の渇きを癒すためにぬるいお茶をお椀いっぱいにして差し出し、2杯目はやや熱めのお茶を最初の半分にして差出し、最後の3杯目は小さな茶碗に熱々の濃いお茶を差し出した。 秀吉は、この三成の機転を評価して、小姓に取り立てたと言う逸話それをモチーフとした「三椀の才」の像余談ですが、同じようなお茶の逸話、明智光秀が盟友細川藤孝と密談すべく遠路を馬駆けで訪れた際、藤孝は招き入れた茶室で、最初にお茶でなくお椀にとろろ(山芋)を入れて差し出したと言うのがあります歴史ある長浜ですが、今旬なのが黒壁スクエアのレトロモダンな街並み (倉敷美観地区、鳥取県の倉吉、下田とかレトロモダンな街並みを配している処多いですね)街並みのショットを数点小洒落たカフェ何かの実演販売? 呼び込みではなさそう!洒落た御嬢さん達黒壁ガラス館、昔の第百三十銀行(別名黒壁銀行、1900年建造)、黒壁スクエアの名前の起源黒壁スクエア、その中心の一つがガラス細工黒壁スクエアの一角に、レトロモダンから外れた雑然とした感響フリーマーケット・ガーデンそこにあるのが「日本一 竪型 万華鏡」その姿がこれ、高さ8mだとか変化する万華鏡画像から1点更にもう1点、そう言えば、万華鏡って、ガラス文化ですね本当は、これが目当てだったのですぅ!!!人間万華鏡手持ちのデジカメを渡して、椅子に座ると・・・・・万華鏡の中にとりこまれますぅ!!残念ながら、今日は休み、どうやら土日祝日だけの営業みたい(上の写真は、貼ってあったサンプル画像)万華鏡の隣にあった出世太閤、太閤秀吉をモチーフとしたオブジェ曳山博物館曳山は山車の事、長浜曳山祭で引き回される山車4基を常に展示(山車は13基あって、毎年交代で4基が使われるそうです)長浜曳山祭は、飛騨高山の高山祭、京都の祇園祭と並び、日本三大山車祭りの一つ(高山祭は春と秋の二回あるのですよね)長浜曳山祭、最大の特徴、クライマックスは、山車の上に拵えた4畳半の舞台で演じられる子供歌舞伎街中で子供歌舞伎をモチーフとした壁画・オブジェを目にしますフィギュア・ミュージム、日本初のフィギュアのミュージアムだそうです当然ショップも併設ここでランチ・タイムになりました長浜の郷土料理「焼鯖素麺(やきさばソーメン)」昨今流行のB級グルメではありません、伝統ある郷土料理焼鯖をじっくり甘目に煮てあります(このお店では三日間煮込んでいるとか、骨も柔らかくなってます)農繁期である5月に、農家へ嫁いだ娘を持つ親が忙しい娘を気遣い、実家から嫁ぎ先に焼鯖を届ける「五月見舞い」という湖北地方独特の習慣に由来する料理だそうです湖北・長浜の琵琶湖には鯖はいない、近くの日本海からの鯖は一般的だったのでしょうか?それとも焼鯖と言えば若狭、若狭から嫁いでくる嫁さんが多かった??このお店で焼鯖素麺を食しました一番人気のあるお店はコチラ本当は、このお店に行くつもりだったのですが、本日は休み(ここが一番安い)長浜タワー、ちょっと錆が浮いているような?? - 2日目-2に続く -
2013.07.11
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「丑寅の二人旅」 第42弾 長良川鵜飼い、岐阜と滋賀 初日-27月9日:「天命反転地」の養老公園から岐阜市は長良川河畔のホテルにチェックイン、夜の鵜飼い観覧に備え、暫し休息長良川の鵜飼い、観覧船乗船広場は長良橋の袂に。少し上流に鵜飼い大橋が、鵜舟はそこまで上って、そこから鵜飼い漁をしながら川を下ってくるようです乗船・出船前の観覧船乗船広場の風景既に出船した観覧船 (出船は通常18:15/18:45/19:15の三回、但し今日は18:45/19:15/19:45の三回、どうやら日が長い夏場は出船が遅くなるみたい)帰宅途中の高校生広場にある鵜飼いのモニュメント像モニュメント像、正面から出船を待つ観覧船変わった形の観覧船???観覧船事務所、若い娘さんもチラホラ出船までの待合室雅?浴衣で観覧?? それにしては揃いの浴衣?観覧船船内の風景外国の方も、作務衣が似合う欧米系の人?こちらの男性(左端)はアラブ系?出船後、やや上流で川岸に停泊出船は1時間の間に3回、早く出た船は1時間半近く待機川面を流れる風の涼を楽しみながら、お酒・お弁当を頂くと言う趣向(この日の暑さ、この時間になっても、とても「涼」なんてもんじゃ!!!19:15は最後の出船タイムと思って選択したのに、夏タイムなので1時間も待機となりました)待機時間、嬉しい余興も、踊乗船前に見た変わった形の観覧船?は、これです! 踊舟乗船前に見た揃いの浴衣の娘さん、踊り子さんです20:30 鵜飼開始(通常ならば19:45に開始)狩り下り、鵜飼観覧船と鵜舟(鵜匠の船)が併走しながら川を下り、鵜が鮎を捕らえる様子を見せてくれます狩り下り、観覧船3隻がロープで横1列に結ばれ、この3隻に鵜舟1隻が併走観覧船の数に比べ鵜舟が少ない(鵜匠が少ない)、6隻(6人)その為に観覧船3隻に鵜舟が1隻と言う結果に丑寅、繋がれた観覧船3隻中で鵜舟の反対側、鵜舟まで距離があり最悪のポジションこの暗闇、距離があるとフラッシュも届かない、コンパクト・デジカメだと・・・撮影、難しい総がらみ 、鵜飼のクライマックス。6隻の鵜舟が川幅いっぱいに横隊となり一斉に鮎を浅瀬に追い込みます観覧船は浅瀬で、総がらみで鮎を追い込んでくる鵜舟を迎えます鵜舟・鵜飼いのショット数点手縄(たなわ)、鵜を操る縄、10-12本、と言う事は操る鵜も10-12羽鵜匠さんは忙しい! 片手で鵜10-12羽を操りながら、片方の手で篝火を絶やさぬように槇をくべます因みに、鵜匠、正式名称は「宮内庁式部職鵜匠」このショットは暗いながらも、そこそこ撮れました鵜匠の風折烏帽子(かざおりえぼし)、腰蓑、水面に首を出した鵜(写真左下)篝火が強いので、凄いショットに、まるで鵜匠の顔が燃えているみたい船の船外機(TOHATSU)、急に割り込んで来たTV撮影クルーの船漁が終わると、鵜を引き揚げます、船べりに整列した鵜(黄色の丸の中)同じく並んだ鵜(黄色の丸)、観覧船の船頭さんは揃いのTシャツ、織田信長のイラスト(赤の矢印)(岐阜は信長縁の地、鵜飼いを推奨・保護、鵜匠の言う呼び名も信長の発案だとか)踊り子さん達です鵜飼いと言えば長良川ですが、長良川の隣の木曽川でも行われています、更に全国では12-13か所で行われているとは驚きです更に中国でも鵜飼い漁があるとの事、 長良川の鵜飼いは、海鵜を使い、中国では川鵜(海鵜よりも小型)で獲物は鮎でなく主に鯉鵜を漁に使う様になった起源は、どうやら自然界で鵜が外敵に襲われた時、飲み込んだ魚を吐き出して飛んで逃げる習性かららしいです - 2日目に続く -
2013.07.10
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「丑寅の二人旅」 第42弾 長良川鵜飼い、岐阜と滋賀 初日7月9日: 長良川の鵜飼いは夜、それまでどうするか?岐阜市の近くで・・・・、ありました、「天命反転地」養老の滝が有名な養老公園内にあります天命反転地、凄く仰々しい?物々しい?名前それで? 何なんですか? それは? と聞かれると、・・・・何なんでしょうね??? と答えたくなりますパンフレットによると、「すり鉢状になった起伏のある大地に迷路のようなオブジェが点在する不思議なこの庭は、人間のもつ遠近感や平衡感覚を狂わせ、新しい身体感覚を得られるように設計されています」との事石を積み上げた小山、名前は「昆虫山脈」、・・・・??昆虫山脈の頂上にある古い手動式井戸ポンプ(水は出ません)写真奥赤い矢印のところ、「不死門」らしいです・・・・?昆虫山脈の次にあるのが、「極限で似るものの家」・・・??・・・益々仰々しいと言うか? かなり難解??? 極限で似るって何だ???これが、その外形です何やら屋根?天井?の形は岐阜県の形だとか・・・・北海道の形なら分かるけど、岐阜県の形って言われても・・・配置された家具、壁で分断されています、・・・ 何を意味しているのか?床? 地面? 地名が書かれています、どうやら此処は愛知県との県境、この家? パビリオン? で岐阜県を表現???「極限で似るものの家」を越えて行くと、天命反転地の中心「楕円形フィールド」下の写真は、「楕円形フィールド」へのアプローチ? 名前は「精緻の棟」・・・意味するところ分かりません「楕円形フィールド」を、少し上からの角度で眺めると斜めに建てられた家? 「極限で似るものの家」にあったようなオブジェと言うか、壁と言うか?迷路と言うにはお粗末な・・・・でっかい穿山甲の鎧みたいなオブジェ楕円形フィールドには大小五つの日本列島が描かれているらしいです写真のレンガ色の物体は、どうやら一番大きな日本列島の輪郭部分みたい楕円形フィールド外壁の上同じく外壁どうやら単に眺めるだけでは駄目らしいです。意識して相似を見つけたり、後ろ向きに歩いたり、目を閉じて歩いたり、繰り返し行き来したり、色々動作基準があるみたいです。パンフレットに細かく書かれていたのですが・・・・何せ今日は、あまりに暑くて、熱くて・・・取り敢えず一通り見て歩くだけで限界今日の暑さを敬遠したのか、天命反転地で出会った人、下のカップルを含めて数名でしたと言う事で、天命反転地の醍醐味まったく体感できず次回にリベンジを!!・・・次回は・・・無いかな?? - 初日-2 に続く -
2013.07.09
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