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丑寅の二人旅 第74弾 岐阜・長野・山梨 ごった煮風 4日目6月7日: 山梨県山梨市の西沢渓谷前日の雨から打って変わっての晴天植林ですね 細長いポリ袋が被せられて、動物に食べられない為でしょうか西沢渓谷は秩父多摩甲斐国立公園の中に螺旋状に階段西沢渓谷遊歩道は、甲武信ヶ岳などへの本格登山の入り口余談ですが甲武信ヶ岳は、甲斐(山梨)・武州(埼玉)・信濃(長野)に跨がる山緑が濃い(クリックで拡大します)西沢渓谷一番の見せ場七ツ釜五段の滝(上の部分ですね)(クリックで拡大します)七ツ釜五段の滝(下の部分)この一番の見せ場の滝は、谿谷遊歩道の一番奥にかって木材搬出に使われたトロッコ(森林軌道)山から塩山市までの36kmを結んでいました 昭和8年から昭和43年まで活躍トロッコ拡大、台車(赤矢印)、ブレーキ(緑丸)、レール(黄矢印)下りは勾配を利用した自然自走(ブレーキ操作だけ)、上りは馬にトロッコを引かせました(昭和20年頃からは一部区間をディぜール機関車で牽引)西沢渓谷遊歩道、上りは川に沿って、鎖場など、結構キツイ一方、下りは森林軌道跡(赤丸)に沿って緩やかな下り坂「ひこいっちゃんころばし」(彦一さんが転がり落ちた)、トロッコを操作していた彦一さんが、操作ミスで、馬と一緒に沢に転がり落ちた場所お手軽な遊歩道と嘗めて掛かったら、往復タップリ4時間、結構キツイですが、晴天の下、新緑が気持ちいい ー 第74弾「岐阜・長野・山梨ごった煮風」終了です ー
2018.06.07
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丑寅の二人旅 第74弾 岐阜・長野・山梨 ごった煮風 3日目6月6日:朝から雨 信濃デッサン館・無言館は昨日訪れた前山寺の隣無言館は信濃デッサン館の分館で、戦没画学生慰霊美術館、先の戦争で出征し戦死した画学生の遺作・遺品を展示殆ど作品は展示・出展用に準備されたものでなく、出征した後の部屋・物置にひっそりと残されたもの 東京美術学校卒業・在学の人が多かったです無言館前庭にある、戦没画学生の名前が刻まれた記憶のパレット本家の信濃デッサン館、村山槐多、関根正二、立原道造など「夭折の画家」と呼ばれる、若くして逝った画家のデッサンを中心に展示何故か現在休館中無言館の第二展示館(傷ついた画布のドーム)、天井画は画学生の習作ドームの一室が美術関係の図書室に昨夜の同じホテルに宿泊した「無言館ツアー」の人達も来ていました、講義室で無言館のレクチャーを受けてます 写真は皆さんのお弁当千曲市に移動、 最初は荒砥城山城ですが、殆ど砦ですね石垣はあります、尖った木の柵と奥には櫓荒砥城築城は1550年頃? 11年間に渡る川中島の戦いでは、基本的には上杉方対武田勢への最前線に位置するので、奪われたり・奪い返したり防御柵越しに、兵舎と櫓、ナカナカの構図(クリックで拡大します)櫓の上から兵舎と向こうの館櫓からの千曲川周辺の眺望荒砥城の山を少し下ったところに観音寺(善光寺大本願別院)がありますが、善光寺大本願別院とはどう言う意味なのか???? 知識不足で・・・・本堂の天井に龍の絵天井の龍、何処から眺めても眼が合います、と言う事は、天井の龍は全て「八方睨み」??観音寺の直ぐ隣、澳津神社(澳津彦命と澳津姫命を祀って、唱い文句が男女和合の神様)ご神体です澳津神社から8km、姨捨ですJR篠ノ井線姨捨駅、全国でも希なスイッチバックの駅急勾配の路線、一旦駅を通り過ぎてから停止し、それから後退しながら別の線路で駅に入る、再前進しながら更に別の線路に入り次の駅に向かう赤丸のところ、多くの線路が、スイッチバック用?あれっ、青丸に列車(急行?)が、停止も後退もしないで、通過して行きましたスイッチバックは各駅停車だけ???(クリックで拡大します)姨捨駅からの千曲川・善光寺平の眺望、日本三大車窓のひとつだけど、雨だと眺めがいまいち(クリックで拡大します)姨捨、もう一つの売り、姨捨の棚田田植えが終わった直後のこの時期、1枚1枚の棚田に映る「田毎の月」が有名 今夜は駄目ですね今宵の宿のクジラのオブジェ ー 4日目に続く ー
2018.06.06
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丑寅の二人旅 第74弾 岐阜・長野・山梨 ごった煮風 2日目6月5日:岐阜市から北に35km、到着したのは「名もなき池」場所は岐阜県関市板取「名もなき池」ですが、通称「モネの池」として超有名に(クリックで拡大します)この池らしいショット、澄んだ水に泳ぐ鯉と睡蓮ほか水棲植物元々何の変哲もない農業用ため池、1999年ごろ、近くの花農家さんが池の雑草を除草し、睡蓮を植え、そこに偶々近くの住人さんが、家で飼えなくなった鯉を放ち、その後色々偶然が重なって、モネの作品「睡蓮」そっくりの池に(クリックで拡大します)そして、フランスの画家クロード・モネの作品「睡蓮」を思わせるショット モネの「睡蓮」は1作品だけでなく連作(30以上の作品があるみたい)、池一面に数十の睡蓮の葉を描いた絵、3-4枚の葉と花だけをアップした絵等、少しずつ違った顔が(クリックで拡大します)連作、色々な顔があるので、もう1枚モネの「睡蓮」の雰囲気のショット(クリックで拡大します)こちらは、池の底まで見通せる澄んだ水を強調した1枚今の時期に咲いている睡蓮の花(左寄り白い花)と丸い葉、コウホネの花(右寄り黄色の花)と尖った葉池の水が濁らないように色々工夫されて、日々メンテナンスしているみたいただし、モネの「睡蓮」には鯉は描かれていない?朝の10時ですが、既に多くの人が近くの喫茶店、モーニングならぬモーネング池に行かず、河原で戯れる二人再び長野県に戻ります、上田市まで260km最初は獨股山前山寺樹齢700年のけやきの樹参道本堂、茅葺きの屋根、同じく茅葺きの向拝が立派このお寺さんの名物に「くるみおはぎ」が、基本は予約が必要とか前山寺、真言宗のお寺さん(空海さん系列)(クリックで拡大します)前山寺の自慢の三重塔、「未完成の完成の塔」と言われていますこの塔には縁と手すり(勾欄)が一層だけで、二層・三層にはありません 最初から付けるつもりがなかったのかと言うと、縁の板を乗せるために、横に四角い貫が出ているので、始めは縁をつけるつもりだったが、何らかの理由でやめてしまったみたいその他にも各所にやりかけと思われる所があり、この塔は未完成だとだけど、元々塔は上るものではないので、縁や勾欄は飾り、飾りをとってしまうと、この形になるので、「これでいいのだ」という学者さんも、それと、飾りがなくても綺麗に調和しているので、「未完成の完成の塔」と言われるように今宵の宿の別所温泉に移動(クリックで拡大します)こちらは安楽寺の八角三重塔、国宝です新緑と三重塔、インスタ映えしそう北向観音境内の「愛染かつら」の桂の樹 川口松太郎が、この樹に着想を得て書いた恋愛小説が「愛染かつら」愛染かつら、何回も映画・TVメロドラマになっています、最初の映画の主演は田中絹代・上原謙こちらが北向観音本堂、長野市善光寺の南向観音と向かい合っています北向・南向、両方を参拝しないと「方参り」になるとか常楽寺の茅葺き屋根の本堂、先程の北向観音は常楽寺の一部(400mほど離れてます、飛び地ですね)常楽寺境内の「御船の松」、横に拡がって船みたいに、樹齢350年上田盆地の西半分「塩田平」、信州の鎌倉と呼ばれ、古刹・名刹が多く、お寺詣でも面白いですそれでは、別所温泉の色々な顔を塩田平眺望消防団芍薬お湯かけ地蔵さん裏路地、山間の温泉地、狭い土地にギッシリと外湯です、これは真田幸村隠しの湯 他に三つの外湯があります猫の置物、ホテルの飾り猫の置物その2つるし飾りのオブジェ、青丸は無料の「味噌汁」、今宵の宿です ー 3日目に続く ー
2018.06.05
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丑寅の二人旅 第74弾 岐阜・長野・山梨 ごった煮風 初日6月4日: 一応主役のある旅ですが、脇役も目立って それでタイトルはごった煮風最初は長野県蓼科、御射鹿池(みしゃかいけ)池の奥は緑の林、水面は穏やかに林の木々を綺麗に映して、無理矢理にでも緑を強調(クリックで拡大します)御射鹿池が有名になったのは、日本画家東山魁夷の代表作の一つ「緑響く」、この池をモチーフとして描かれたのが「緑響く」更に更にこの池を有名にしたのは、2008年頃から頻繁に放映されたシャープ液晶TV 「AQUOS」のCM「緑響く」と御射鹿池を背景に吉永小百合さんが白馬と触れ合うCM上の写真、その絵・画像の雰囲気、下半分も池に映った木々の緑(クリックで拡大します)この池の水、強い酸性です なので、魚は棲んでいないので、濁りが少なく、水面への木々等の映り込みが綺麗御射鹿池から流れ出る水路、緑の苔、酸性の水を好んで生息するチャツボミゴケ御射鹿池から北へ600mにあるのが、横谷峡の散策コースの東側最終点、「おしどり隠しの滝」(クリックで拡大します)3段4段?横に長く流れ落ちる綺麗でナカナカ豪快で周りの新緑と滝の壁・川底の緑がマッチして 思わず、「おぉー」と(クリックで拡大します)お釜(滝壺)の形が良いですね 水量が豊富で豪快滝の壁・川底の緑、チャツボミゴケ この川の水も強い酸性長野県蓼科から岐阜市に移動します、220km/3時間30分程の道程途中でアクシデント、中央高速途中の飯田山本ICで追い出されますこの先の恵那トンネル出口で事故だとか 一般道で恵那山トンネル(中央アルプスを貫く8.5km)を一般道で走る・・・峠越え・・・料金所から一般道へのアプローチも渋滞してノロノロ、時間ロスはどれ位になるのか一般道への交差点一歩手前で、天使の声「名古屋方面開通しましたぁ」Uターン、再び高速道路へ岐阜市到着、今回の主役のひとつ長良川鵜飼い鵜飼い観賞は、屋形船の観覧船、30人座れますね鵜飼い観覧船、乗船は6:15/6:45/7:15、だけど鵜飼いそのものは1日1回6:15乗船組は、鵜飼いが始まる前に、観覧船で夕食・ビール、週に1-2日は踊り船が出ます、踊りを見ながらの食事も「狩り下り」、観覧船が船団を組み、鵜舟1隻と並走して川を下り鵜飼いを観賞、今回は観覧船3隻が互いを縄で結わえて一つの船団を組みました鵜舟・観覧船の並走、かなりの速度、撮影は難しいぃ鵜は泳いでいる魚を獲ります、魚を脅かしながら川下に追い込み、鵜は逃げる魚の白い腹を見つけて咥えます青丸部分は隣の観覧船の舳先(クリックで拡大します)写真、ボケボケ 赤丸:鵜匠、 青丸:とも乗り、 黄丸: 鵜こんな風に撮りたかったなぁ (パンフレットから)水中で咥えた魚、水面に顔を出して、咥え直してから飲み込みます、その時に魚が跳ねるのが見えることがあります鵜の首を手縄で括っていますが、その括り加減で、小さな魚はお腹(胃)まで落ちて行き、喉で留まった魚が漁の獲物「総がらみ」、鵜舟(5隻)が川幅いっぱいに横一列になり、一斉に魚を浅瀬に追い込む、これが本来の漁鵜飼いの獲物は鮎ですが、鵜は鮎を選んで獲りません、目の前の魚何でも獲ります鮎以外は鵜の餌となります(クリックで拡大します)最後に鵜を舟に引き上げ終了、この時魚3-4匹餌として与えます黄丸:鵜匠、赤丸:引き上げられる鵜これが鵜飼いの獲物 鵜飼いは5月11日から、鮎漁解禁・放流直後、未だ鮎は小さめ赤丸は稲葉山城(岐阜城)、斎藤道三・織田信長が居城に、鵜飼いはこの山(金華山)の麓の川で長良川の鵜飼いが一番有名ですが、日本全国では12箇所で行われています、中国では民芸文化財でなく、今尚実用の漁として続いているみたいです ー 2日目に続く ー
2018.06.04
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