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新国立劇場 14:00~ 3階左手 ダーラント:ディオゲネス・ランデス 舵手:望月哲也 オランダ人:エフゲニー・ニキティン マリー:竹本節子 ゼンタ:ジェニファー・ウィルソン エリック:トミスラフ・ムツェック 新国立劇場合唱団 東京交響楽団 指揮:トマーシュ・ネトビル 演出:マティアス・フォン・シュテークマン 途中から観たのもあるので、簡単に。 前回の11日に比べると良くなってはいたと思います。 特に歌唱陣は、それなりにこなれてきて、安定感が出て来たのは確か。ただ、人によりけりだけれど、やはり力不足の面は否めない。それはまぁ元々の話なので、それをあまり言っても仕方ないのだけれども。そういう意味では、むしろまとまりいい方に傾いていたとは思います。 一方の合唱は、まぁ確かに皆で歌えばそれなりなのだけれど、結局PAを使ってしまう時点で興醒め。これも無い物ねだりではあるのだろうけれど、そこを意地を張るのがせめてもの頑張り所のような気もするのですが。超自然的な力を感じさせるのに、安易にPA使うのは感心しません。外連ではあるけれど、こういうところを人間が演ずるから面白い訳でね。 オーケストラは、賛否両論あるのでしょうけれど、少なくとも指揮者については実務チックな安定した指揮で好感が持てる、と思っていた所にまさかのブーイングだったので、あらびっくりという感じ。 このオペラ、元々は1幕物として4場構成で休憩無しで、という構想だったそうで、一時期そういう上演も多かったとは思います。一方、この演出は、あくまで2幕構成で作っている。で、一幕物として上演する場合、結構一気呵成に突っ走っていくスタイルを取る向きは少なくなかったと思うのだけれど、それは本来このオペラが持っている抒情性の面を後ろに措いて突き進んでいるのだと思います。この公演では、むしろ丁寧に、一気呵成というよりは、一つ一つ場をそれぞれに聞かせていくという感じで、それ故にややべた足に見えるのかも知れないけれど、個人的にはこういう「ワーグナーであってもちゃんと歌を聞かせる」という行き方は好感が持てます。何より、このスタイルは、退屈しないのですよ、聞いていて。 一気呵成でうねりだのなんだのを求めるタイプの人にとってはブーイングものなのだろうけれど、むしろワーグナーの音楽をちゃんと聞く上ではこの方がいいと思うんですけどね。
2012年03月22日
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新国立劇場中劇場 19:00~ 2階左手 アンナ:長田佳世 カレーニン:マイレン・トレウバエフ ヴロンスキー:厚地康雄 台本・振付:ボリス・エイフマン ダブルヘッダーの2本目がこれ。よくよく見たら録音音源なのね。あら残念...と思いつつ観たのですが、実際に観てみればそんなことに関係無く面白く最後まで観させて頂きました。 アンナ・カレーニナ。トルストイのながーい小説が原作。あれは読むには読んだけど、えらい苦労したよなぁ...という記憶が主たるものでして(苦笑)とはいえ悲劇は悲劇。同じロシアの悲劇でも、エフゲニ・オネーギンに比べるとよほど現代的で、罪と罰とかに比べるとある意味人間的。まぁ、この3つを並べるのもどうかとは思うけれど、アンナ・カレーニナはよほど人間的でまだしも感情移入しやすいと思うのですが。 このバレエを観たのは初めてだけれど、よく出来ていると思います。あの大作が正味1時間半でうまいことまとまってます。その中でも、主人公たるアンナの捉え方が客観的と言うかある意味突き放していて、その距離の取り方が面白い。感情移入する一歩手前というのか、ともすればもう一歩踏み込んでアンナ主観主義というか「アンナの悲劇」になりそうなところを踏み止まっている。それ故、唐突とも言える、生々しい最後も、一方的な悲劇にならず却って受け入れられるものになっているのではないかなと。音楽はチャイコフスキーの作品から主に選んで組み合わせているけれど、なかなか面白い選び方をしていて、心憎いです。 もう一つ、面白いと思ったのは、照明と紗幕を使っての、映像の駒割りを思わせるような見せ方。確かにそういうやり方を舞台で使うことはあるけれど、ここまではっきり使って駒割り的に使ってみせるというのは面白い。スピード感のある、現代演劇のような舞台故に出てくる発想ではないかと思うのだけれど、これはちょっと面白かった。まぁ、演劇とかあまり観ない人なので、自分が知らないだけかも知れませんが。 この日は基本は「日本人若手キャスト」という位置付け。それ故か、土曜の夜なのにガラガラ、とまでは言わずとも、高めの席ははっきりとあまり良くない席がスパンと空いてました。ちょっと勿体無い感じ。まぁ、確かに、観ていても、ここはもうちょっと頑張ってダイナミックに踊って欲しいかな、という気もしないではなかったし、こんなもんなのかも知れませんが。 新国のバレエ公演は若手も日本人もどんどん使うという感じじゃないかと思うのだけれど、この空き具合を見るにつけ、値段の方も多少色付けてもいいんじゃないかな?という気もします。
2012年03月18日
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新国立劇場 14:00~ 4階右側 一ヶ月振りの御無沙汰.... いやもうblog書く余裕がなくて、全然でした。そのくせちゃんと聞きに行ってるんだから、そりゃなんなんだという話ではあるのですが。 まぁぼちぼちで巻き返していこうかと。 とりあえず順不同で先週の公演について書くのは、このあと2度目に行くから今の内に書いておこうという訳で。なんて消極的な理由(苦笑) さまよえるオランダ人。久々です。ワーグナーの中では比較的短いので、割と上演される演目のような気もするのですが、思い返すと日本ではいつ以来だろう?今回の演出が上演された2007年以来見てない気がします。 結論から言うと、なんか面白くなかった、というような。 あのですね、ワーグナーって割とそうだと思うのですが、このオペラそもそもあんまり面白くない、というよりは、少々分かりにくい、と思うんですよね。そんなにキャッチーな音楽ではないし、話も人を引き込んで離さない、というほどにエキサイティングでもない。「それは魅力を分かっていない」とか「そこがいいんだ」とかいろんなことは言われそうですが、まぁ、要は作品をそこにゴロンと投げ出しても光輝を放つかと言われるとちょっと難しい気がする。 そうすると、この呑み込みにくい作品を呑み込むための工夫が必要になると思うんですね。工夫、って言っても、小手先でいじくるようなのとは違うんだけど。その工夫がもう一つ。 一番分かりやすいのは演出。これは2007年の再演ですが、もう一つ魅力に乏しい気がします。ある意味、ワーグナーとしては優等生的な演出です。省いている所とか、抽象的に扱っている所などを除けば、幕切れを除いてト書き通りに近い。幕切れもゼンタとオランダ人の立ち位置が違うだけで、流れはト書き通り。 ただ、それだけなんですね。だから、抽象化している部分、象徴として扱っている部分がそれだけで終わってしまう。抽象化、象徴化の利点の一つは、具体性を消すことで意味するものの可能性を引き出し、表現に幅を持たせることですが、ただ曖昧化しただけ、なんですよね。だから舞台を観ていてもつまらない。舞台を使い切れていない、単なる低コスト指向に見える。しょぼい感じが抜けない訳です。 音楽はというと、残念感が否めないのが合唱。頑張ってはいるんでしょう。でも、この「オランダ人」、長さの割に合唱が結構存在感があるんですが、もう一つだった。特にがっかり感が強いのが、幕切れ前、オランダ人の船の水夫と、陸に上がった水夫達が掛け合うところ、オランダ人水夫の方がPAなんですね。それも、恐らく、録音ではないかと。それでおどろおどろしい効果付けて、陸の水夫達を圧倒してみせてもねぇ。そりゃ効果的には、というか、映画的には怖いかも知れないけれど、音楽的にはしらけます。そこは意地でも生でやってよ、と。 オーケストラは、音は大きくしようと力入ってるのは分かりますが、それだけ。音楽は音を大きくするのではなく、スケールを大きくしなければいけないと思うのだけど、ねぇ。整ってはいるし、その場ではまぁこんなもの、と思ったけれど、正直、もう印象に残らないね、という感じ。 歌唱陣は、凡庸。あのですね、公平に言うと、こんなもんだろう、くらいではあると思うんですよ。主役級はそれなりに頑張っていたし。でも、オランダ人くらいのオペラだったら、もうちょっと踏ん張って飛ばして欲しいと思うんですが。明らかに「ここ」という所で力を入れてしまう、それがそれほどでもない上に、その前後での抑えっぷりが分かってしまって...... うーん。ネガティヴ(苦笑)でも、これはいいよね、と思うポイントがないんですよ。全体に「まぁこんなもんだろう」的なもので、決して「なんだよこれ」ということではなかったし、聞いててげんなりしたわけではないんだけど、全体に漂うしょぼさが..... あのしょぼさにもう一度付き合うのか、ちょっと躊躇してます。でも、あれから2公演くらいやって、少しは化けてるかも知れないしな....
2012年03月17日
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