全8件 (8件中 1-8件目)
1
日曜6時からの「クール・ジャパン」。テーマは「縄文」。私が高校の時に教わった「縄文」のイメージは最近の研究の成果によって大きく覆されている。三内丸山の発見が大きかったと思う。確か、どんぐりか栗の実のDNA分析をしたら、ただ山に分け入ってそこに落ちている実を拾って食べたのではなく、「栽培」を行っていたことが明らかになったことなどがそうだ。東北地方では、鮭の遡上によって豊富な食料が得られたこと、鮭の他にも何十種類もの魚介類が食されていたことも貝塚の発掘で明らかになった。 日本史の場合、あまり縄文に割いている時間はないのだが、時間がない中でも教えているのは、「釣り針」の事。教科書の写真を見るように指示して、釣り針の「かえし」について質問する。「なんでこんな部分が必要なんやろう?」。「かえしが無かったら、せっかく釣っても魚が暴れたら逃げられてしまう」。これはたいてい正解が出る。今の釣り針と同じ形をしていて、違うのは材料だけ。金属か、動物の角や骨で作るかだけ。 いまから数千年前という大昔に、釣り針の今の形ができたなんてすごいよな。 番組では、土偶、それもおそらく一番有名な遮光器土偶が紹介され、青森の某駅には巨大な遮光器土偶が駅舎の前に建てられており、列車の接近を知らせるために目が光ることも出てきた。愛称「シャコちゃん」。 縄文グッズ。ストラップ、これは金属製の遮光器土偶の小さなレプリカ。あと、縄文模様とか。 縄文人のヘアスタイルを取り入れた髪型にこだわっている美容院とか。 最後、「縄文大工」と自称する人が登場。元々チェーンソーにあこがれて大工を目指したのだが、樹齢何百年という樹でもいとも簡単に切り倒してしまうということに違和感を持って宮大工に転身。ところがそこでも金属製の大工道具に違和感を持ち、縄文の石斧を自作してみて、「これだ!」と思い、以後、縄文の住居を建てたり、衣・食ともに縄文方式を採用し、全国を廻って子どもたちに、石斧で樹を切ってみる体験をさせたり。 何百年という樹齢を持った樹を切り倒すときは、チェーンソーなら簡単だけれど、石斧を使うと18日くらいかかると説明、「樹に対して、伐らせてもらいますと言いながら切るという優しさを持ってほしい」。 で、いったんスタジオに。「この人をどう思うか?」という鴻上氏の質問にみんな肯定的な発言。 面白かったのは、フランス人の答え。「ぼくが樹なら18日かけてコツコツ伐られるよりも、チェーンソーで20分で片づけてほしい」。「もちろん冗談だけどね」と彼は付け加えたけれど、ワタクシは深く納得いたしました。 この番組が面白いのは、ワタクシが当たり前と思っていることが、他の地域、国では当たり前ではないことが出てくるところ。 ある回で、何かの商品を(失念)紹介した後で、鴻上氏が「こんな商品を販売する自動販売機は海外では受け入れられますかね?」と質問したら、「うちの国では、自販機ごと盗まれる」という答えがあって、大笑い。今でも覚えている。
2023.05.22
コメント(0)
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』(フィリップ・K・ディック)は、ハリソン・フォードとルトガー・ハウアーが出演した映画「ブレード・ランナー」(1982年製作)の原作とされているが、力点の置き方も筋も原作とはかなり異なっている。 第三次世界大戦(核戦争)が終了し、地上には放射能を含んだ灰がふりそそいでいる。作品が書かれたのが1968年、時代設定は1992年となっている。 動物も大半が絶滅したと見えて、本物の生き物を持っていることがステータスシンボルとなっている。逃亡して地球にやってきたアンドロイド(映画ではレプリカント)を抹殺するのが主人公リックの仕事で、映画で「ブレードランナー」と言われている彼の仕事は、「バウンティ・ハンター(賞金稼ぎ)」と実もふたもない書き方がされている。 リックはいずれは本物の羊を飼いたいと思っているが、今は本物そっくりに作られた「電気羊」を飼うしかない。 本物そっくりと言えば、タイレル社が作っているアンドロイドもどんどん性能が向上してきて、人間と見分けがつかなくなってきている。確かに彼らの寿命は5年と設定されてはいるのだが、なぜこんなにも見分けがつかないアンドロイドを作るのか? もちろん区別をするための方法は作られている。一問一答形式の情緒を測定するための機器で、普通人間ならこう答えるだろうと考えられている答えから有意にずれるとアンドロイドと認定される。 しかし、同じ賞金稼ぎで、アンドロイドに対して極度の憎悪を持っている男が現れる。リックはこいつはアンドロイドではないかと疑うが彼はそうではない。 最新型のアンドロイドはほとんど人間と見分けがつかない外見をしている。後半でリックは一人のアンドロイドとベッドを共にする(これは「違法」とされているのだが)。 そんなアンドロイドをレーザー銃で抹殺することに対して何のためらいも持たない彼に対してリックは自分の方がおかしくなっているのかと混乱をきたす。 サイエンス・フィクションであるが、倫理と哲学を内蔵している作品であり、現在進行形で起きているAIの「進化」についても考えるきっかけを持っている。 「ユーラシアグループ」が定期的に公表している「人類滅亡の原因」の中に「AI」が「気候変動」「核戦争」などと並んではいるようになったのがもう数年前。 日本の国会では、チャットGPTを使うという方向で議論が進んでいるようだが、6月号の『世界』で、片山善博氏が、「大臣の国会答弁とは本来は大臣自らの考えと言葉で行うべきである。ところが、多くの大臣はそれができないので、やむなく官僚たちが答弁作成を代行しているのが実態である。・・西村大臣の発言に違和感を覚えるのは、例えていえば学生に課せられた論文について、それが代行作成されるのを当たり前のこととしたうえで、その代行作成者の労力軽減のためにチャットGPTを活用したらどうかと仕向けているようにしか聞こえないからである。・・大臣にはその職責に必要な資質と知見を備えた人が任命されるべきである」。P67~68。 スマホの開発にあたった技術者が自分の子どもにはスマホを持たせないという冗談みたいな話を聞いたことがある。 スマホ、そしてAIが人間に何を与えるかと同等に「人間から何を奪うか」を考えた方がいいかもしれない。
2023.05.17
コメント(2)
仲代達矢さんの「バリモア」を観る。 出演者はバリモアとプロンプターの二人。実質、仲代さんの独り舞台と言ってよい。以前、NHKの番組で、芝居のセリフを部屋のいたるところに貼って覚えようとしておられる姿を紹介していた。ただ、今回の芝居はそんなことでカバーできるようなものではない。この膨大な量のセリフを仲代さんはどうやって自分の中に入れたのか。 それと、妻が言っていた「集音機がいらなかった。ものすごくはっきりと聞こえた」というセリフの明瞭さ。これまでの舞台で、「今日はセリフが聞こえにくかったね」という「しょうがないなぁ」という愚痴が一切なかった。客席に背を向けていてもセリフが聞こえる。本当はこれが基本なのだが。 以前というか、かなり昔に「オイディプス」を観た時に、神戸文化ホールの中ホール二階の最後列に座って観劇した時に、息も絶え絶えな主人公のささやくようなセリフが、「ささやくようにはっきり」聞こえた時の感動を思い出した。 ジョン・バリモアは、俳優一家に生まれ、自身も俳優として一世を風靡した実在の人物。「ハムレット」「リチャード三世」などの当たり役を持っている。しかし老いと過度の飲酒によってもうぼろぼろになっている。 舞台では、バリモアとプロンプターとの間の稽古の様子が演じられる。演じられる演目は「リチャード三世」。セリフもかなり、というかほとんど忘れている。いったい誰のセリフであったかも怪しくなっている。その稽古の間に彼は、四人の元妻の事、家族の事、精神病院で亡くなった父のことを思い出す。稽古には身が入らず、プロンプターとの言い争いも始まる。プロンプターが自分を見捨てて去っていったと思ったバリモアは、まるで幼子が母を求めるように、「帰ってきてくれ!」と叫び続ける。さいわいプロンプターは再び帰ってきてくれる。 セリフが覚えられなくなる。過去の栄光の中でしか生きられなくなる。体も動かなくなる。役者が齢を重ねるにつれてぶつからねばならない事柄ばかり。それを90歳の仲代さんが演じる。 時々、仲代さんは、私たち観客へのサービスとして滑稽で軽妙な動きを見せてくれる。そのたびごとに観客席からは笑いの波が起きる。 楽しい時間にも終わりが来る。カーテンコールは通常二回まで。しかしこの日は、三回。みんなの気持ち、何度でも仲代さんを見ていたいという気もちの表れだろう。 今年3月に亡くなられた奈良岡朋子さんは、93歳で舞台出演を控えておられたという。 仲代さんは、百歳まで舞台に立っていただきたい。
2023.05.16
コメント(0)
『スターリン批判 1953~56年』和田春樹 作品社 2016年 500ページ近い大冊。1953年3月5日午後9時50分にスターリンが死ぬ。そして紆余曲折を経て1956年2月14日にソ連共産党第20回党大会が開催される。大会3日目の16日にミコヤンがスターリン批判演説を行い、25日の大会最終日に秘密会でフルシチョフが秘密報告を行う。 この第20回党大会に関する記述は第7章P283からP316まで。つまり、前半の約300ページを使って、スターリン批判をいかに行うかが検討されたかの経過の分析がある。まず、古参ボリシェヴィキの要求によりスターリンの命令によって処刑あるいは流刑にあった人たちの名誉回復が図られる。 「スターリン批判をいかに行うか」は、大会直前まではっきりとは決まっておらず、原案はある程度集団討議で決まったようだが最後はフルシチョフの判断で行われたようである。 各国共産党にその内容がいかに伝えられたか、「スターリン批判」はそののちソ連共産党内部でどうなったか、これは第八章(P319~P400)。 秘密報告は、朗読という形で各組織の党員、非党員に伝えられている。 それに対する各地、各組織、各国での反応が記される。 スターリンの生地。「グルジア共和国の首都トビリシでは、スターリンの命日の3月5日に、午前10時ごろ、市の中心部にあるスターリン広場に立つスターリン像に向かう、150人ほどの青年学生の追慕行進がみられた。行進は、スターリンの肖像と花輪を掲げていた。彼らは、道で出会う人々に脱帽して敬意を表せと要求し、さらに自動車の運転手には警笛を鳴らすことを求めた。(中略)運動は一層激化した。「政権交替を実現せよ」「ミコヤン、フルシチョフ、ブルガーニンを追放せよ」・・などの要求が出された。」P322~3 結局この「反乱」は武力によって弾圧される。 著者は以下のように記している。 「この反乱は、盲目的なスターリン崇拝で育てられた人々が、グルジア・ナショナリズムの感情にかられてモスクワの国家権力に怒りを爆発させたものだと見ることができよう」P323。 この本の中で著者が意識的にその動きを紹介しているのは『歴史の諸問題』という歴史家の雑誌である。 彼らは長年にわたって、「権力に奉仕するための歴史叙述」を行う事を強いられてきた。第8章の中でも『歴史の諸問題』誌に結集する歴史家たちの運命が記されている。 ここで初めて知ったのだが、ゴルバチョフが提唱して有名になった「ぺレストロイカ」という言葉は、実は「改革」という意味で1920年代から使われていたようだ。そしてこの時も盛んに使われている。 3月29日に発行された『歴史の諸問題』には、以下のような文章が掲載されている。 「ソ連の歴史家たちは、20回党大会の歴史的な決定の光に照らして、自分の仕事をペレストロイカしつつある。このペレストロイカは一つの極論を避けて、別の極論にいたるというようなことを意味しない。引用をやめて、個人名を削るということが個人崇拝の克服ではない。大事なのは歴史過程と個人の役割の真実にそくした、マルクス主義的解明なのだ。歴史家の仕事のペレストロイカは深く、有機的で、思慮あるものでなければならない。それは速攻戦ではありえない。・・・・成熟した問題の正しい解決は、何よりもまず歴史家の集団的努力の結果として、自由な意見交換、創造的討論、真剣な学問的研究のまとめとして、可能になるのである。」P327。 その他の論文も、それまでタブーとされていた諸問題にふれている。 そして、各地から、「スターリン批判」に対する疑問、質問が山のように寄せられるようになった。 「すべての誤りをスターリンのせいにするのが、個人崇拝ではないのか」。 「私は女教師です。私の生徒たちは私に質問します。「どうしてスターリンの生きているうちに、誰も彼の誤りのすべてを認識しなかったの。なぜなの」。私はどう答えて良いか、わかりません。助けてください」。 1945年8月15日にポツダム宣言受諾つまり日本の敗戦という事実が天皇によって伝えられた時、「なぜ私が生きていて戦争が終わるのか。指導者の人たちは「一億玉砕」と言っていてなぜ生きているのか」「「生きて虜囚の辱めを受けず」と言っていた東条さんはじめ軍のえらいさんはなぜ生きているのか」という問いは大きな規模で発せられることはなかった。 当時の記録の中には、もちろん責任を問う声もある。しかし圧倒的多数は、「その日その日を生きるのに必死だった」という声である。 赤軍では、ジューコフが、「軍人要員に対するスターリンの疑い深さが、戦力に巨大な害をなした」。「特に方面軍司令官・軍司令官の養成はひどい状態だった」。と秘密報告を肯定している。 スターリンは、ヒトラーとの間の「独ソ不可侵条約」を信じ続け、同じようにヒトラーもそれを信じていると考えて、「ヒトラーを出し抜いた」と考えていたようだ。スターリンは、1937年から38年にかけて赤軍の元帥5人のうち3人、司令官級15人の内13人、軍団長級85人の内62人、師団長級195人中110人。大佐以上の高級将校の65%が「粛清」されている。 彼は、自ら作り出したこの惨憺たる状況に照らして、「今ドイツとことを構えるのはまずい」と考えたようで、ソ連のスパイ、或いは他国の共産党からの警告(ドイツ軍がソ連に攻め込もうとしている)をすべて無視、ポーランド分割によって国境を接することとなった最前線の赤軍部隊に対してはわざわざ「挑発に乗るな」という命令を出している。 「1941年6月22日、午前3時15分、ナチスドイツはソ連邦への侵略を開始したのである。総兵力はおよそ330万」。『独ソ戦』大木毅 岩波新書 p35 「その弱体さがもたらした災厄には、すさまじいものがあった。ドイツ中央軍集団の矢おもてに立ったソ連西正面軍には、開戦時に62万5000の兵力があったが、7月9日までに41万7729名の戦死者、戦傷者、捕虜を出し、戦車4790両を失っている」。同書P46。 そして彼がラジオを通じて国民に向かって「祖国戦争 侵略者に対する国民の聖戦」を宣言したのは7月3日であった。『赤いツァーリ』ラジンスキー NHKD出版(下)P287 この11日間、彼は何をしていたのか?崩壊した赤軍を罵り、誰が自分を騙したのか、犯人は誰なのか・・・。彼は怒り狂い、罵り、そしてやっと正気に返ってマイクの前に立つ。 この祖国戦争、後に「大祖国戦争」と呼ばれる戦争を勝利に導いたという結果が、スターリンの権威を確固たるものとする。 ソ連国内でスターリン批判以後もスターリンを完全に否定できなかったのは、この「功績」である。 ソ連国内で徐々に強まったのが、スターリン擁護の声である。批判の急先鋒であった人々は発言に注意するように強いられる。近隣諸国、特にハンガリーで起こったスターリンに屈従して国民を強権的に取り締まった政治家に対する10万人のデモは激しく鎮圧され、「ハンガリー暴動(動乱)」というレッテルが貼られてソ連軍が出動する。 この事態について著者が各章ごとにその日記を引用しているモスクワ大学史学部教授ドミトリエフは、以下のように記している。 ロシア人であることは恥ずかしいことだ。たとえハンガリー人を鎮圧しているのがロシア人民ではないとしても、ソ連の共産党政権であるから恥ずかしいのだ。しかし、ロシア人民は沈黙している。奴隷の民のように振舞っている。他国民を鎮圧する国民は自由ではありえないと言った良き人々がかつていた(チェルヌイシェフスキーを指す)。ロシア人民の名とその血により、どす黒い流血の惨事がなされている。でも人民は沈黙している。その良心は眠っている。その意識は欺かれている。彼らの中にはこのどす黒い惨事に反対する抗議の声がないのだ」。P388。 今のロシア国民に対しても同じことが言えはしまいか。 そしてフルシチョフは、1957年の1月7日、以下のように演説した。 我々はスターリンを批判したが、それは彼がお粗末な共産主義者であるからではない。彼を批判したのは若干の逸脱、否定的な性質のゆえであり、重大な誤謬を犯したからである。しかし誤謬を犯しながらも、適法性違反を犯しながらもスターリンは革命の獲得物、社会主義の大義を擁護するためだと確信していたのである。基本的な点では、主要な点では、一人一人の共産主義者がスターリンが闘ったように闘ってほしいと思っている。P396。 取って代わられはしまいかという猜疑心、自分の思い通りにならぬといういらだち、自分の命を狙っている者がいるという不安…2000万人ともいわれる人々を殺害したことが「若干の逸脱」で済まされたところに、その後のソ連、ロシアの悲劇があった。 プーチンは言っている。「スターリンの時代は、強制収容所だけではない」。そしてロシア国民は、プーチンによるウクライナ侵攻を止められないでいる。 「他国民を鎮圧する国民は自由ではありえない」。「ロシア国民であることが恥ずかしい」と言う人々はいる。しかし彼らは鎮圧され、拘束されて、国外に逃亡する者もいる。国内にとどまってプーチンを批判する人たちは孤立している。 日本の現状を見るにつけ、この本から学べることは多いと読み終わって考えている。
2023.05.15
コメント(2)
サーロー・節子さんの講演を聞く。関学賞、名誉博士学位記授与式の一環として行われた。前半はキリスト教系の大学らしく、聖書の朗読、讃美歌を歌う。サーローさんの旦那様が宣教師である(関学で教えておられた)ということも関係していると思う。 サーローさん、車いすで、耳も少し聞こえにくいようだったが、声は力強い。 「核と人間は共存できない」という信念のもとで、長年活動。アイキャンがノーベル賞を受賞した際に代表してスピーチをされた(その映像は講演の後で流された)。 13歳で被爆され、倒壊した建物の中から這い出して助かった経験を語られた。関学側から3名の若者が登壇してサーローさんに質問したのだが、3名のうち2名までが、祖父が被爆体験を語ろうとしなかったと発言。3名の中で2名、簡単に比較はできないけれど、語れない、語りたくない人の割合ってそれぐらいあるのかなと思う。 遠縁にあたる岸田文雄首相について「核のない世界を求めるのがライフワークと言いながら、核抑止論を基盤とする米国の核政策に同調している。つじつまが合わない」と批判。その上で「皆さんの周囲にいる専門家の支えを得て、日本政府の矛盾に満ちた核政策を学び、政府にあなた方の声を届けてください」と呼びかけた。※「中日新聞」より引用。 「オバマ大統領が「核なき世界を」と演説したあとで、安倍さんがアメリカに使者を送って、「そんなこと言わないで」とお願いしています。こんなことは日本のマスコミは報じていません。」という言葉にはさすがに仰天した。さらに、「(今の日本の政治の現状について)日本はあまりにも静かすぎますね」という言葉には深く頷かざるを得なかった。螳螂の斧を振り上げる努力だけは怠りたくない。
2023.05.14
コメント(0)
TOHOシネマズで「銀河鉄道の父」。 ※以下、多数のネタバレあります。ご注意ください。 映画は、賢治と父との関係に絞って描いている。父・政次郎は、親の喜助に言わせれば、「父でありすぎる」人物である。病気になると必死で看病し、賢治の数々の奇行をも結果的には認める。賢治の妹のトシの死後は、「わしがお前の読者になる!」と言ってその通りに行動する。父が真宗の総代であるにも関わらず日蓮宗に走る賢治。「人造宝石を作ります」という賢治をも見守る。 政次郎は、喜助に対して「わしは、新しい時代の明治の父親だ」と言い放ち、「新しい父親」らしく生きようとする。ただ問題は政次郎自身が「新しい時代の父親」とは何なのかがよくわかっていないらしいことだ。 それでも彼は、賢治を受け入れようとする。 賢治の白いトランクの中にぎっしり詰まっている原稿を最後は出版社に持ち込んで、三巻の全集に結実させる。 賢治が生死の境をさまよっているときに来客がある。「帰ってもらいなさい」という言葉に逆らって賢治は「このままでは首くくるしかない」という農民の訴えに対して、アドバイスをするのだが、「ひょっとしたら連作障害ではないか」という言葉は「今困っている」農民には何の役にも立たない。農民が帰った直後に賢治は昏倒する。政次郎は、話の途中で割って入ろうとはしない。必死で耐えている。賢治は「待っていてくれてありがとう」とか細い声で言う。そのまま死の床に就く賢治は、「体をふいてほしい」と頼む。すぐに飛んでいこうとする政次郎に対して、妻は、「私も賢治の母です」と言って、政次郎に代わって体を拭いてやる。 命のともしびが消えそうになっている賢治に対して政次郎は、大声で「アメニモマケズ」を朗誦する。賢治は、「御父さんからほめられた」と嬉しそうにほほ笑む。 政次郎は言下にそれを否定し、いくつもの時に、わしはお前をほめた!という。映画の最初の方で、妻が政次郎に「賢治さんは、お父さんに褒められたがっているんじゃないですか?」という言葉が伏線になっている。 役所広司も菅田将暉も素晴らしかった。トシの俳優さん(森七菜)もよかった。 政次郎という人物については知るところが少なく、本『銀河鉄道の父』門井慶喜 講談社文庫を買う。カバーは、まるまる映画版。 久しぶりに、2日間という短期間で読了。賢治も含めて周辺の人々の政次郎の人物像に対する証言、そして政次郎が賢治に対して実際に何をしてやったかという状況証拠をもとにして作者のイマジネーションを全開にして書かれた作品である。
2023.05.13
コメント(0)
神戸シネリーブルで、「マリウポリ」を観た。110分。日に一回だけの上映。ナレーションなし、BGMなし。特にドラマチックな場面があるわけでもなし、淡々と様々な情景が流れるだけ。見ている間は「何という退屈な映画だ」と思っていたのだが、映画館を出て元町から阪神の各停に乗って、メモをつけ始めるといろんなことが鮮明に浮かんできた。 たいていは見渡す限りのがれきの山。地平線の向こうに小さく夕日が沈んでいく。 女性二人の会話。トイレに行こうとしたら爆撃があって、慌てて家に飛び込んだ。とか。 ぺしゃんこになった家の屋根の上に十数羽の鳩が止まっている。「300羽いたんだ」と住民。 そういえば、最初の方で、「これ近くに落ちてきた奴で、まだ熱いけれど拾ってきた」と知人に渡す男性。受け取った方も「またかなり熱いなロケット砲の破片かな」なんてことを言っている。 スタッフとの会話もない。少なくとも「なぜここにとどまっているのですか?」という質問もなく、「それは〇〇だからだよ」という答えもないままドキュメンタリーは進んでいく。 室内で撮っているから映像は概して暗い。青空が出てくるとほっとする。 ドキュメンタリーとしては、「ニューヨーク公共図書館」なんかは、それ自体がドラマという映像に溢れていたから全く退屈しなかった。 しかしこの映画は、観客がスクリーンの映像から意味を読みとらねばならない。だからナレーションがない。BGMの代わりに砲声、爆発音、機関銃の音が聞こえる。「マリウポリ」と言っても、どこの地区かもわからない。アゾフスターリ製鉄所も出てこない。ロシア軍のこともウクライナ軍のことも出てこない。 観る人間にこんな感情を起こさせようといった誘導もない。 ただ、画面に映っているのは荒涼とした廃墟のような地域に夕日が沈むシーン(ここはやや長めのショット)、火が燃え、煙が立ち上る市街地のどこか。だが、馬鹿でもわかるのは、此の荒涼たるがれきの山を築いたのは誰なのか、そのことによってこの地域に住む人たちの生活はどうなったのかという事を問い、考えることではないか。 映画「マリウポリ 七日間の記録」のサイトからこの映画についての情報を紹介する。 2022年2月24日、ロシアがウクライナへの侵攻を開始。ウクライナ東部の都市マリウポリは、ロシア軍の砲撃によって廃墟の街と化した。2016年に同地の人々を記録したドキュメンタリー「Mariupolis」を制作したリトアニア出身のマンタス・クベダラビチウス監督が、侵攻直後の3月に現地入りし、破壊を免れた教会に避難した市民たちと生活をともにしながら撮影を開始。死と隣りあわせの悲惨な状況下に置かれながらも、おしゃべりを交わし、助け合い、祈り、また次の朝を待つ人々の姿を映し出す。 取材開始から数日後の3月30日、クベダラビチウス監督は現地の親ロシア分離派に拘束・殺害されてしまうが、助監督でもあった婚約者によって撮影済み素材は確保され、監督の意志を継ぐ製作チームが完成に漕ぎ着けた。同年5月に開催された第75回カンヌ国際映画祭で特別上映され、ドキュメンタリー審査員特別賞を受賞。 最初の方の画面を見ると、「マリウポリ 2」と出てくるのは、そういう意味である。映画自体の制作過程が大変な悲劇の中で行われたものであり、その面での注目を浴びているのだが、映画自体もじっくりと反芻すると、とんでもない量のメッセージを含んでおり、「観る側」の努力が必要とされる映画だと思う。
2023.05.06
コメント(0)
3月で、50年間立ち続けた教壇を降りた。一つは、気力、体力ともに「教える」という事、そして自分なりに「これが私の授業」と言えるレベルが保てなくなったということが大きい。 それから一か月が過ぎた。今は、「毎日が日曜日」にならないようにしている。 一つはバスで通える大学の聴講生になった事。春と秋の二期制で、講義は一コマだけ、百分。春学期のテーマの中から選択したのは、「ウクライナとバルト三国」この二つの地域、国家のロシアとの関係。 二次大戦の時にソ連軍とたたかったドイツ兵を英雄としてたたえる人たちが現在も存在している。それは、「ドイツ兵は自分たちをスターリンの暴虐から守ってくれたから」という理由に依っている。 ある時期までは、ナチスドイツがユダヤ人に対してくわえた計画的虐殺は「ホロコースト」と呼ばれ、「何物にも比肩できぬ歴史的悲劇」とされてきた。 しかし、それに対して異論が提出される。スターリンによる「粛清」である。 当然のことながら、「どちらがよりひどかったか」という比較の問題ではない。ただ、西欧を中心としてそれまで確固たるものとされてきた「ホロコースト」唯一論が揺らぎ始めたのは事実で、現在では、同等の悲劇として認定されつつある。 そして、ロシアのウクライナ侵攻以後、様々な「ウクライナ本」が出版されてきたが、その中にみられる「ウクライナ千年の歴史」という記述はただしいのかという問題。 この場合の「ウクライナの歴史」というのは、「ウクライナ人の歴史」なのか、「ウクライナ国の歴史」なのか、「ウクライナ地域の歴史」なのか? ウクライナという国が最終的に独立したのは、ソ連が崩壊した1991年。しかし、例えば中公新書の『物語 ウクライナの歴史』では、確か、スキタイ民族にさかのぼって「ウクライナの歴史」と認定している。その後の黒海沿岸のギリシャ人の植民市も「ウクライナ」に含まれている。 これに対する批判としては、「プーチンの大国主義的言辞への義憤とともに、往古の「ウクライナ人」国家の存在を所与としたうえで、周辺大国(ポーランド=リトアニア、ロシア帝国/ソ連)による多年の支配に抗して民族精神と文化を育み、近世以来の幾度もの闘争を経て独立を達成したという、ロマンティックな歴史像も盛んに流布されている」というものがある。ただ、この現象に対しては「擁護の余地もないような侵略に対して抗するためにはこのような「物語」も必要ではないか」という指摘もある。 ウクライナについても、バルト三国についても表面的にしか調べていなかったので、目からウロコの日である。 二つ目は家事。夕食担当。献立を考えて冷蔵庫の中の食品の在庫を調べて必要な食材の買い出し。製作から片付けまで。 三つめは地域の「九条の会」。企画を考えて、一緒に活動してくださる方を募りたい。 四つ目はやはり読書。放っておくとやはり社会科学系のものに偏りますから、図書室の司書の先生にお薦めの本を訊ねています。
2023.05.05
コメント(5)
全8件 (8件中 1-8件目)
1