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2019.09.25
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カテゴリ: 仕事・働く
職場に電話を掛けるときは、いつも緊張する。

それはまったくおかしなことだ。
私は今から、2人の子供を―――1人は39度の熱が続いている―――病院に連れて行くのに。

子供向け番組のスイッチを切って、ひと呼吸。
自分の声が必要以上に明るく聞こえないように、そして必要以上に申し訳なさそうに聞こえないように。
上司は、まるで興味がなさそうに(あるいは何でもない風を装って)了承する。
電話を切った後にため息を吐いているのかもしれないけれど。

連休明けの病院は、ごった返していた。

見立てでは、おそらく熱は明後日まで長引く。
明日は夫、明後日は私がまた休むことになるだろう。 

咳と鼻水だけの娘を、保育園へ送る。
すでに運動会の練習が始まっていて、大音量で音楽を流しながら子供たちが何か踊っていた。
「おやすみがいい…」とぐずる娘に、今日は早く迎えに行くと約束する。

保育園を出ると、もう10時を回っていた。
白い雲が垂れ込める空が、パラパラと雨を落とす。
買い物をして、昼食をとり、昼寝をさせて、家事を片づけ、お迎え。
予定のない時間は間延びしたように長く思えるのに、煙のように一瞬で消えてなくなってしまう。

帰宅して食事を済ませ、息子に薬を飲ませる。
昼寝をさせるために添い寝をしながら、新しい本を開く。

息子はうとうとと眠りにつき、私もそのまま眠ってしまいそうになる。

私は疲れている。

身体が重く、鉛でも入っているようだ。
何にこんなに疲れているのか、自分でも分からない。
自分の中に、たくさんの小さな澱が溜まっているように思える。


眠気覚ましのコーヒーを入れ、物語の続きを読む。
彼女たちは17歳と14歳で、従姉妹同士だ。
そのお話は、いつも霧の中にあるように湿った感じがする。

外は一面白く雲に覆われ、部屋の中は薄暗い。
世界の誰も彼もが午睡しているように静かだ。

トラックのバック音がして、今日は食品の宅配があったことを思い出す。
ーーーインターホン。
本を置き、小さな蛍光イエローの付箋に書き付ける。
「こどもが寝ているので、そのまま置いておいてください。」
いつもありがとう、重い物を運んでくださって助かります。
その一文を入れる余白はなく、もう一つ大きなサイズに書き換えようかとして、やめる。
インターホンに付箋を貼り付けて、本に戻る。彼女たちは次の街へ移る。

息子は咳き込んで30分に1回は泣いて目を覚ました。
息子はその瞬間に、この世界に現れたかのように見える。
アメリカの霧の中から。

苦しそうな息、小さな熱い身体。
熱を計ると39度を超えていたので、解熱剤を入れる。
私は添い寝をして背中をさすり、再び彼が眠りに落ちるのを確かめる。
彼の身体は戦い―――今まさにこうして免疫を獲得しているのだ。

半分ほど読み進めて、本を置く。
彼女たちは軍資金が尽きて(親のクレジットカードが止められたのだ)、生まれて初めて働きはじめようかというところだ。

時計を見ると、4時前。
玄関前には宅配のケースが積まれていた。
インターホンは鳴らなかったし、付箋は剥がされていた。
やはり一言書き添えるべきだった、と思う。
いつもそうだ。いつも。

息子が泣いて起きる。
相手をしながら簡単に家事を済ませ、娘を迎えに行くために家を出る。

4時半。
いつもなら仕事を終える時間だ。
保育園では、娘がまだ園庭で遊んでいた。

仕事がなかったら、こんな毎日だったのだろうかとふと思う。
やることが山盛りの、空白の日々。
そして私はきっと、それに耐えきれなかっただろうとも。

今日、夫は帰りが遅い。
娘と息子は、寄ると触ると喧嘩を始める。
仕方なく、息子をおぶって料理の支度をする。
2人を風呂に入れる。

本の中の女の子は、ずっと日記をつけている。些細なことをすべて、失われてしまわないように、覚えておけるように。
どこでも行かれる、と彼女たちは言う。
私たち、どこへでも行かれるよね?

私も旅をしていた。そして暇さえあれば日記を書いていた。
列車に何時間も揺られながら。

私は、どこへでも行かれるのだろうか。

私は今も、日記を書く。
覚えていられるように。忘れないように。

夜中に何度も咳き込み、息子は目を覚ます。
苦しい息と熱い身体。
娘がおねしょをしたと起きてくる。

今日は仕事だ。
早めに出て―――娘が起きてくれればだけど―――定時に帰ることになるのかも。

突然の休みの後、出勤するときは、いつも緊張する。
まるでずる休みをした子供みたいに。

オフィスはよそよそしく私を迎える。
空白の1日に、私は違う場所へ行って帰ってきたように思う。
長い旅を終えて。
たとえばそれは、吐く息の白いアメリカから。

それはまったくおかしなことなのに。

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最終更新日  2019.10.02 06:01:57
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