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私は、思いつたら、すぐ動く方ですから、約束していたことを、忘れることが度々です。思い出す時がありますが、思い出したら出したで、その時は大変です。二つの行動を、同じ時間で同時に、処理する必要があります。体は一つですから、もう一つは、誰にやってもらうかが問題になります。大体、人と会う約束ですから、誰でもいいと、いうわけにはいきません。私の代わりになる人に、電話で依頼するのが普通です。人と交わす約束の種類は、生活する上で様々なものがあります。その中でも、頻繁に交わす決め事として、時間に関する約束があります。例えば、出退勤や待ち合わせ、締め切り、会議などの時間、プレゼンテーションの持ち時間などが挙げられます。時間にルーズな人は、人から信用を失いかねません。決められた時間を守ることは、社会人としての基本といえるでしょう。会議などの場では、終わりに時間をきっちりと定め、時間内に終えることを意識することで場が引き締まり、短時間でも内容が充実していくことでしょう。過ぎ去った時は、二度と戻ってきません。もしも、時間を守れなかった時には、ほんの数分間であってとしても、相手に対し、貴重な時間を浪費させてしまったことを真摯に反省したいものです。揺るぎない信頼関係を築くための第一歩として、時間に誠実な生活を心がけていきましょう。合掌
2026/09/28
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野球界で、その名を、歴史に刻んだ選手の一人に、王貞治氏がいます。私は昭和16年7月26日生まれですが、彼は、昭和15年5月20日の、丁度、1年2ヶ月違いです。王氏は、高校卒業後に読売ジャイアンツに入団しますが、最初の約3年間は、結果を残せず、 「王は王でも三振王」 と揶揄(やゆ)されることもありました。そこから王氏は、荒川博バッテリングコーチから、特殊な1本足打法を習い、それまでよりも、厳しい練習に打ち込みました。朝早くから夜遅くまで、練習する2人の姿を、新聞や冊子で見ました。ところが、連日、何百回、何千回とバットを振り続けても、すぐには結果が出ず、<なせこんな練習をしなければいけないのか> という思いが、あったといいます。しかし、疑問を抱きながらも、練習を続けるうちに、身体は強くなり、技術も向上していきました。体もガッチリし、スイングも知らね間に早くなり、ボールを捉えば、間違いなく外野へ運ぶことができました。そして、練習の成果が試合で結果となって、表れたことで、王氏は練習を継続して行うことの重要性を、より実感できたそうです。王氏は、自らの経験から 「努力は必ず報われる。もし報われない努力があるならば、それは、まだ努力と呼ばない」 と述べています。夢や目標を、叶えられるか否かは、努力が結果として表れないときに、いかに粘り強く続けられるかが重要でしょう。粘り強く続けることの大切さを、理解しましょう。合掌
2026/09/27
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今は何でもAIと言われます。野村総合研究所から 「日本の労働人口の49%が人工知能やロボットなどで代替可能に」 とするレポートが、発表されたのは、およそ11年前のことです。この結果について、約半分の仕事が、なくなってしまうわけではなく、あくまで将来の技術的可能性であるとされたものの、当時は大きな波紋を呼びました。現在、高性能な言語生成や、画像生成を行なうAIが台頭し、このレポートの結果が現実味を帯びています。ここで、「AIに仕事を奪われる」と否定的に捉えず、「AIに仕事をサポートしてもらう」と肯定的に受けとめ、賢く活用するのが肝要です。また、AIによる代替が困難な仕事としては、創造性、協調性が必要な業務や、否定的な業務が挙げられ、これらは、今後も人が担うと予想されています。創業前、東京の證券会社で、営業していた私は、羽振りよく儲かっていた中企業が、ある日、突然倒産します。原因は、発注先の大手企業が、安い他社から仕入れるようになったからということでした。創業するなら、受注生産とし、必要なものだけを生産し、受注の度に、品質・価格・納期をすべて了解してもらってから、生産開始としました。そして造るモノは、ケースとし、ソフト・ハードの両面としました。今は、新しい便利な電子機器が、次々と、新製品として販売されます。液晶部分と操作部分は開けて、ソフトケースを生産します。それは、受注生産として、サンプルを創り、OKをとってから受注となります。人間にしかできないこと、ひいては自分にしかできないことを、改めて考える時なのかもしれません。自分自身の価値や可能性、これからの働き方を見出す契機となることでしょう。合掌
2026/09/26
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私が創業したのは、結婚してすぐの状態で、先のことは全く解らない時でした。僕が、いつも行き当たりばったりで、物事を進めるものですから、両親はハラハラしていたと思います。それでも、母親は腹を据えるというか、この子は<なるようになる>というか、常にほったらかしでした。父親は、あきらめるというか、何かの時は、保証人の覚悟だけはしていたようです。父親とは、一時勘当状態になりましたが、晩年は一緒に過ごし、公務員・税務職の兄を差し置き、葬式も、私が出し、仏様も我が家に存在しています。要するに、両親は我が家に存在しています。秋は気候が穏やかで、過ごしやすい季節です。スポーツの秋、読書の秋、芸術の秋と、新しい何かに挑戦する人も、多いのではないでしょうか。新しいことを始めようと思ったら、すぐに行動を起こすことです。<やってみたい>と興味関心が高まっているときに、始めるのです。思い立ってから、行動を起こすまでの時間が長ければ、できない理由が浮かんだり、心変わりして、結局やらないで終わってしまうこともあるかもしれません。関心が失われてから、物事に着手するのは、誰しも億劫に感じるものです。また、物事の結果が出るまで、しっかり継続できるか否かも、最初のモチベーションに左右される部分も大きいでしょう。趣味でも仕事でも、<やってみたい>と思う何かがあるならば、今日からそれを始めてみましょう。 「鉄は熱いうちに打て」といいます。熱意が冷めないうちに実行に移したいものです。合掌
2026/09/25
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若い時は、感情的な人間だったようで、すぐ怒り、何か言われれば、すぐ言い返す方でした。しかし、「それでは、級長は務まらない!」と先生から怒られ、じっと我慢するようになりました。小学校時代の話ですが、5年生の時には、我慢できるようになっていたと思います。普通、人は変えられないといいますが、これを見て分かるように、人は変えようと思えば、変わります。それと、私たちは、身に危険が迫ったり、何か大切なものが損なわれそうになると、防衛本能が働き、「怒り」を感じることがあります。怒りは、自分を守るために必要な感情であり、また、目標達成への原動力ともなりえますが、それが悪い方向に発露すれば、自身が損を被る場合も多々あります。例えばスポーツであれば、ラフプレーで退場になったり、八つ当たりで用具を破損させて、罰金に処せられることなどがあるでしょう。世界最高峰の、アメリカンフットボールリーグのNFLでは、若手選手にアンガーマネジメントの講座の受講を、義務づけているといいます。この講座では「怒りの内容を書き出して分析する」「笑顔を作りポジティブな気持ちを取り戻す」「相手に対して“〇〇すべきという考えを捨てる」といった怒りをコントロールするノウハウを学びます。しかし、そうは言うものの、夫婦間など、親しい間では、しょっちゅう喧嘩が絶えません。言われたら言い返す悪い癖が出てしまいます。私も、もう85歳です。そろそろ性格が丸い人生を送りたいと思います。より重質した人間関係や、人生を築くためにも、怒りについて理解を深め、適切に対処する方法を学びたいものです。合掌
2026/09/24
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私が高校卒業の18歳まで、生活したのが、京都府北部の福知山市です。周囲を山に囲まれた小高い住宅地で、隣は真言宗のお寺で、すぐ近くには一宮神社や中学校がありました。何回も書きますが、家の周辺は畑と鶏小屋で、崖にはイチジクや柿の木が、がけ崩れを防いでくれました。この時期は、中学校の帰りに友達が寄り、腹一杯、イチジクや柿を食べました。そして、福知山は盆地で、周辺は、低い山に囲まれていました。日本は国土の75%が火山・丘陵を含む山地であり、国土面積のおよそ7割が森林です。山地が多く自然豊かな日本ですが、このような地形でも移動に困ることはあまりないでしょう。なぜなら、各地を結ぶトンネルが多数存在するからです。現在、日本で1番長い道路トンネルは、東京都にある「山手トンネル」です。全長18.2キロのこのトンネルは、世界で2番目に長い道路トンネルです。また、日本で1番長い鉄道トンネルは、青森県と北海道を結ぶ「青函トンネル」で、全長は53.85キロ。こちらも世界で2番目に長い鉄道トンネルです。このように日本には、世界に誇るトンネルが、多数存在すると共に、トンネルを作る技術においても、世界から高い評価を受けています。日本独特の地形を、熟知した先人たちが、知恵を絞り、技術向上に努めてきたからといえます。私たちも「今ある環境を、より良くしたい」という先人たちに倣い、日々の業務に邁進していきたいものです。合掌
2026/09/23
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私は小学校時代、背が高くクラスでは一番大きかったです。肺活量も、みんなは、3,800~4,500CC位であり、私はその中でも6,800CCもあり、当時はみなの注目を集めました。当然、コンパスも大きく長く走るのも早かったものですから、運動会では花形です。当時、学校の運動会は、父兄や家族も参加して、朝一番から、両親のどちらかが、敷物を置いて、場所取りをしたものです。運動会は、私は、走るのも早かったので、当然話題になりました。しかし、ストレスがたまると「息が詰まる」と感じることがあります。実際、ストレスにさらされ続けると、私たちの呼吸は、浅くなります。呼吸する時に、重要な役割を果たすのが、横隔膜です。息を吸う時に、収縮して内臓を押し下げ、肺に多くの酸素を入れます。しかし、ストレスや緊張状態が続くと、横隔膜の筋肉が硬化し機能が低下してしまうのです。こうした息の詰まる、ストレス状態の緩和法の一つが、「声を出す」ことです。昔の人は、稲刈りをしながら「稲刈りの歌」を歌い、息抜きをしながら、仕事を進めていました。ほかにも「木こり歌」や「船漕ぎ歌」など、仕事歌は多数あります。また、今も昔も井戸端会議などのおしゃべりの場は、ストレス発散において大きな役割を果たしてきました。会話の内容ももちろんですが、そこで声を出すこと自体が、意味のある行為だったのです。ストレス社会といわれる現代、人との会話など声を出す機会を設けて、リラックスして仕事に取り組みたいものです。合掌
2026/09/22
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私が子供の時代は、雑貨店で魚も売っていました。前の畑では野菜しかなく、肉や魚がなく、食事の前に一番近くの雑貨店へ、サンマを買いに走りました。秋の味覚と言えば、サンマをイメージする人は多いのではないでしょうか。秋にとれる、刀のような形の魚を意味する「秋刀魚」の表記が一般的ですが、この当て字は、大正時代から広く使われだしたようです。語源について、古くは細長い魚のことを指す「狭真魚(さまな)」や、大きな群れを作る習性があるため、沢山の魚を指す「沢魚(さわんま)」の呼び方が「サンマ」と、変ったとする説があります。日本では、数年前まで大量にとれたサンマでしたが、近年は深刻な不良により、食卓にのぼる機会も、減っているようです。理由には、海水温の上昇による、サンマの生息海域の変化、諸外国での需要の高まりなどが、挙げられています。養殖の試みもありますが、サンマは臆病で、傷つきやすく飼育が難しいうえ、単価が比較的安く、採算性が低いなどの課題が山積しています。私達が育ち盛りの時は、秋には、柿の木やイチジクの木が7本もあり、家から5分位の中学の帰りに、多くの友達が来ました。母親は、食い道楽の大阪の呉服屋の出身です。私が要求した友達の時は、ジンギスカン鍋といって、ジンギスカンの帽子が鍋になった物があり、その鍋に、家で飼っている鶏を潰し、それと前の畑で採れた野菜を腹一杯食べたものです。身近な食材一つとっても、その由来や歴史、環境問題や食糧問題など、新たな学びや、諸問題を考える契機となるものです。合掌
2026/09/21
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私は音楽を聴くことは好きですが、歌う方は音痴です。子供の頃は、従兄弟の主人が音楽の先生で、教育熱心な母親は、 「なんとか音痴を治して欲しい」 と頼みましたが、治りませんでした。その従兄弟の主人の音楽の先生は、自宅を改造し、贅沢にもグランドピアノを備え付け、その部屋で、何回も何回も歌の練習を繰り返しましたが、音痴は、とうとう治りませんでした。ただ慣れた歌謡曲は、カラオケ等で普通に歌えましたが、教科書に出てくる歌は、出だしから音程が狂っていました。母親も従兄弟もあきれてしまい、親戚中で私だけが音痴となってしまいました。それはそうと、古代、日本には、神楽歌 (かぐらうた) 、大和歌 (やまとうた) 、久米歌 (くめうた) などがあり、これに伴う簡素な舞 (まい) もありました。五世紀頃から仏教文化の渡来と前後して、古代アジア大陸諸国の音楽と舞が、日本に伝わって、独自の発展を、遂げたものと考えられています。さらに、この三種が融合してできた芸術が「雅楽」です。三管両弦三鼓 (さんかんりょうげんさんこ) と呼ばれる、多様な種類の楽器編成で合奏する形が、平安時代中期には完成しており、千年以上に亘って、伝えられてきたという事実は世界に類を見ません。雅楽は、日本の最も古い音楽であると同時に、 「世界最古のオーケストラ」 と呼ばれることもあります。オーケストラでは、指揮者がいますが、雅楽の合奏には指揮者はいません。奏者が、互いの呼吸と間合いで、演奏の調和を図るのが、大きな特徴です。その和声と音組織は、高度な芸術的構成をなし、現在音楽の創造・進展に貢献する要素があるといいます。身近な日本文化の素晴らしさを身につけてみませんか。合掌
2026/09/20
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私の左手の親指は、小学生の時、工作室の自動機で、フクロウのお腹を繰り抜いているつもりが、フクロウのお腹と一緒に、親指爪の半分以上を切っていました。そして、もう少しで親指が飛んでしまうところで、先生が飛んできてくれ、助かりました。瞬間のことで、血も出ず、動きを止めましたので、左手の親指は助かりましたが、爪の生え元を切ったのか、左手の親指だけ、爪の中央が盛り上がって、左右に別れて、爪が生えてきます。さらに同じ機械で、また同じ左親指の右先端を切り落とし、そこは指紋も肉もなく、皮だけになり、形だけが親指の先端の格好をしております。以来、70年以上、左親指は、異常のままです。仕事をしていると、思わぬミスをしてしまうことがあります。そんな時、<失敗した原因を突き止めて、やり方を改善しよう>という、前向きな気持ちで、取り組むことにより、以前よりも良い結果を生み出せることがあります。しかし、私もそうですが、時には自分のミスを、素直に認めることができず、つい他人に、責任転嫁したくなることもあるでしょう。大切なのは、過剰な自責の念を捨て、謙虚な心を持つことです。「失敗は成功のもと」 と捉えて、早めに意識転換を図り、改善のための行動に移りましょう。例えば、自分の発した言葉により、相手との意識にズレが生じたのであれば、自分に非がることを認めた上で、お詫びをしましょう。自分からお詫びをすることで、相手も納得し、良好な関係を保つことができます。失敗は、表面的には、つらい出来事に見えますが、 「経験」 というかけがえのない財産でもあります。失敗から得たものを活かしつつ、試考錯誤を繰り返して自社の技術やサービスを、より向上させていきたいものです。合掌
2026/09/19
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仕事で使用する用具や備品など、私たちは日々、多くの物に囲まれて生活しています。1回~数回の使用で、その役目を終える消耗品もあれば、長期間、何度も使用する機械や器具もあるでしょう。物の耐久性は、その素材や用途によって、大きく異なってきます。加えて、同じ素材や用途であっても、ていねいに手入れをして、きちんと後始末をすることで、長持ちするものもあります。そうすれば補充や買い替えは少なくなり、余分なコストの削減になります。さらに、必要なものが、必要な時に使えたり、機械の不調が減少したりするなど、業務の効率化にも大きく寄与します。今まで用具や備品を雑に扱い、急いでいるときに限って、必要なものが、見当たらなかったり、機械が不調になったりといったトラブルは、なかったでしょうか。創業当初の弊社の現場では、各現場で、道具・機械が無くなり困り果てました。それを必要とする現場の各人が、これは必要と、自分だけの所に、仕舞ってしまうのです。そこで、それではいけないと思い、共同・共通で使う治具・道具は、それぞれの部門で、使ったら置く所を決めました。そこになかったら、部門員の誰かが使っていると、考えるのです。簡単なことのようですが、自分が使う治具・道具は、自分のものという職人さんが多かった昔は、この簡単なことが、なかなか実現できませんでした。昔の現場は、職人さん集団だったのです。しかし、現在は、それが現場に徹底され、今では、現場で使う治具・道具が無くなるということはありません。物を大切に扱い、仕事の質の向上につなげましょう。合掌
2026/09/18
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最近は高齢になり、自動車での移動を中止し、歩き・電車・バスでの移動に変わりました。そこで気がついたのですが、全ての人が、携帯に夢中で、周囲のことは一切関係ありません。しいて言えば、携帯を見ていなのは、自転車で子供を、後ろ前に乗せているお母さんくらいしかいません。後は、年寄りも若い人も、男女、老齢若者を問わず、すべての人が携帯に夢中です。私はもともと携帯の機能は、それほど知らず、会社から指示された、限られた機能のみを使用していますで、移動中などは、一切、携帯電話などは見ません。そこで、電車で座っていると、立ち上がった目の前の人が、ポケットから、ペンを落として気づかずに、降車しようとしたときに、隣の人が気づき、声をかけました。このような場面を見たとき、人は何となく幸せな気分になるものです。何気ない行動ではありますが、こうした小さな親切な行動は、受けた人から、さらに別の人へと広がっていくことがあります。例えば、サッカーのワールドカップで、多くの日本人サポーターが、試合後に観客席のゴミを回収している姿は、世界から称賛されました。スタジアムを綺麗にして帰りたいという気持ちが、周囲に広まっていったのでしょう。ほかにも、電車で席を譲る、道に迷っている人に声をかけるなど、普段の日常の中で見かける光景も親切な行動と言えます。職場には、それぞれ得手不得手がある人たちが集まっています。そうした環境だからこそ、互いが思いやりの気持ちを、持って助け合いたいものです。そうすれば、職場の雰囲気も良くなり、仕事もしやすくなるでしょう。合掌
2026/09/17
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私は教育熱心な母親に従い、戦後始まって2年目の幼稚園に行き、それから大正小学校、桃映中学、京都府立福知山高等学校へ行きました。それからは、創業する迄の13年間の東京生活でした。第二次世界戦争で“産めよ増やせよ!”の時代に育ち、少子化の今とは段違いの生活で、遊びも、勉強も、学校でも、とにかく段違いの生活ぶりで、何かと大変でした。現代との違いは、一番はパソコンだと思います。私達の時代は、とにかく体を動かし、盆・正月の時は、大人と子供が一緒に遊び、家の遊びといえば、スゴロクやカルタで遊ぶくらいでした。今では、少子化が進み、毎年、約450もの学校が廃校に至っておりますが、その7割以上が、新たな施設に転用されているといわれています。その一例として、高知県室戸市の「むろと廃校水族館」は、2006年に廃校となった小学校を改修し、2018年にオープンしました。地元漁師が漁獲した魚やエビ、貝類など約50種類、1,000匹以上が展示されており、展示設備にはもともと校舎にあった物を活用しています。例えば、手洗い場は、磯の生き物に触れる「タッチプール」に、25メートルプールは、ウミガメや、シュモクザメなどを間近に見られる大水槽になっています。また。「開館・閉館時間」は、「登校・下校時間」と掲示するなど、学校の雰囲気を残しつつ、水族館を楽しめる趣向が多くの関心を集め、昨年8月には来館者数が、50万人に到達しました。職場や家庭においても、眠っているものがあるのではないでしょうか。そうした物に再び命を吹き込み、有効活用したいものです。合掌
2026/09/16
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私は、兄妹4人の中で一番酒飲みのようです。父親の仲間が来て、宴会が始まると、母親はその料理づくりに奔走し、私は父親の膝に、抱かれておりました。私が赤ちゃんの時ですが、その席で、父親は割り箸の先を咬み砕いて、日本酒を沁みさせ、それを私の口に持ってきました。私は、びっくりした顔をしながら、それを吸い、また顔をしかめたそうです。しかしそれを何回も繰り返し、私のしかめっ面を見ながら、皆が盛り上がったようです。普通、本当に嫌なら、絶対に口にしないと言い、皆が、私は酒飲みになると言ったそうです。しかし、今では、心電図に異常がみられ、家族が心配しております。今では、アルコール度数が低い、ビールを勧められますが、私は日本酒が好きなようです。飲みやすさを追求した大手メーカーのビールと共に、日本各地で小規模な製造所で作られる「クラフトビール」が人気を博しています。背景には、1994年の酒造法改正により、ビールメーカーの最低製造量は年間2千キロリットル(350ml缶で約570万本)から、年間60kl(同缶で約17万本)に引き下げられたことが挙げられます。その結果、各地に小規模の製造所が数多く誕生しました。しかし、消費者からは「値段が高い」「苦い」などの声が多く、徐々に下火になっていきました。この流れが変わってきたのは、2005年頃だといわれています。それは腕を磨いた一部の職人たちが、大手メーカーにはない個性的なビールならば、必ず消費者に受け入れられると信じてつくり続けたからです。その後「クラフトビール」という名前が浸透し、独特の風味を出すことを求め続けたことで、世界的な評価されるようになったのでした。信念を持って仕事に取り組んだ職人の努力が、活路を見出したのでしょう。合掌
2026/09/15
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現代は、日々新しいものが生み出され、また、広まりやすい時代です。新しいものは利便性が高く、新鮮な印象を受けることもあり、すぐに取り入れたくなるものでしょう。創業の際、受注生産とは最初に決めたものですが、何を受注生産するかは、迷いました。そして、母親が工業ミシンで、服地で着物を作っていたのを思い出し、工業ミシンでソフトケースを思いつきました。そして、ハードケースは、外国旅行の際、空港で見た斬新なアルミケースとしたのです。さらに、収納物の大きさや重さや材質によって、アルミ板のベースの素材を、変えるのです。江戸時代後期の思想家・吉田松陰は、西洋から様々なものが流入した幕末に、そうした状況を踏まえて、大切なのは「理論」であると述べました。物事の本質をついていますが、まさに正論です。道具や技術は、時代とともに変わりますが、物事に根底に流れる「理論」は、時代が変化しても変わりません。いつの時代にも、本質の「理論」が、大切です。「理論」に通じれば、その「理論」から、「手段」や「方法」を、生み出すことができ、「実用」に至るのです。この理論は、何時の時代でも変わりません。企業において、便利だからと新しい設備や技術を、やみくもに導入しても上手くいくとは限りません。弊社の場合、新しい設備や機械は、展示会や見本市に出席した責任者の全員が、賛成して実行します。新しい設備や機械は、「どんな原理が、用いられているのか」「何を目的としたものなのか?」を理解してこそ、効果的に用いることができます。そして、会社を挙げて、その設備や機械を使います。物事が大きく変わっていく現代では、企業も人も、変わらざるを得ないでしょう。だからこそ、本質を見極める目を持ちたいものです。合掌
2026/09/14
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子供の時、自宅から学校までは、神社やお寺を通る道と、神社の前から川沿いの右側は、一面が田んぼになっている道と、二つに分かれていました。そして、夏のあたたかい時は、川で遊びながら登校し、冬の寒い時は、お寺のある住宅街を通り、きれいな女性の家では、いたずらをしながら学校へ行きました。この時期は、田んぼ一面が黄金色に輝き、稲刈りの時期が近づいてきました。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という諺があります。この時期は、その黄金色に輝く田んぼ道を登校したのです。稲が成長して実が熟すほど、実(頭)が重みで垂れ下がることから、立派に成長した人格者ほど頭の低い、謙虚な姿勢であるという意味です。また、度量の狭い人ほど、尊大に振る舞うものだという意味も含まれ、地位が上がった人に対する戒めとしても使われます。部下や後輩に対して、物言いがぞんざいになっていたり、相手を軽んじて接していないでしょうか。職場のみならず、友人関係や家庭でも、自身の言動を振り返ってみましょう。役職や立場、年齢にかかわらず、自分から先に挨拶をしたり、相手の意見を尊重するなど、謙虚な振る舞いを心がけたいものです。部門リーダーになっても、決して偉ぶらないことです。仕事仲間が互いに相手を敬うことで、職場環境はより良くなり、朗らかな笑顔があふれるはずです。部門の役割を考え、意思の疎通が良くなることを考えるべきです。合掌
2026/09/13
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ミケランジェロ・ブオナローティは、イタリアのルネサンス期を代表する芸術家の一人です。なかでも、サン・ピエトロ大聖堂の「ピエタ」や「ダビデ像」は、最高傑作と呼ばれています。ミケランジェロは、二十代でこれらの彫像を完成させて、名声を確立しています。その後、戦乱や時代の波に翻弄されながらも、創作に没頭し、八十八歳で息を引き取る数日前まで、鑿(のみ)を持ち続けたといわれています。私は、ミケランジェロに憧れ、中学時代は陸上部に在籍しながら、学芸部では美術部に入りました。そして、水曜日でしたか、週に一度は、美術部で活動し、美術クラブの先生から、美術の基本を学びました。ひるがえって、私たちは、仕事や趣味など、無心で打ち込める何かに出合っているでしょうか。没頭して、時間の経過も忘れるくらい、夢中になれるものはあるでしょうか。私は幸か不幸か、何でも興味津々で、すぐクラブに入り、図画工作・運動に没頭しました。小・中・高と級長を続けましたので、兄と妹4人の中で、一番勉強も運動もできるのは自分だと思っていました。ところが、母親が、一番頭のいいのは、一番下の妹だと言われました。その証拠は、通知簿の成績が、兄妹で一番だと言われました。私はショックで、何も反発できませんでした。しかし、私は勉強、運動にさらに力を入れて励みました。たとえ、それが芸術分野でなくても、趣味やスポーツなど、生涯にわたり情熱を注げる何か、没頭できる何かに出合えるということは、とても幸せなことです。もし、無心で取り組める何かに出合えていないのであれば、好奇心のアンテナを張り続け、視野を広げてみましょう。物事に取り組むとき、固定概念に縛られず、違う視点で周りを見回して、一歩踏み出してみてください。合掌
2026/09/12
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普段、自分がどのような表情をしているか、皆さんは考えたことはあるでしょうか。私は、自分の感情が表情にすぐ出るようで、何か気に入らないことを言われると、すぐ、怒った顔になるようです。よく家内から指摘されますが、「私は、どちらがいいか聞いただけなのに、なぜ、そんな嫌な顔をするの?」と言われます。私は、自分が気に入らないことを言われると、すぐに怒った顔をして反発するようです。人は喜怒哀楽といった感情に影響されて、様々な表情を見せますが、自分の表情を意識する機会は、あまりないかもしれません。日頃から笑顔が多い人もいれば、しかめっ面ばかりの人もいます。創業からしばらくの間は、長きに渡って、全ての人の面接をしてきましたから、多くの人と接してきましたので、人は、一人ひとり違うのが、よく解ります。表情は、その人の人物の印象を、大きく左右します。内面がいかに素晴らしくても、表情によっては、近寄りがたいと、思われることもあるでしょう。仕事においても、表情がマイナスに働いて、損をすることも考えられます。自分の不断の表情が分からに場合、周囲の人に聞いてみるのも、一つの方法です。自分が思う印象と違う回答が返ってくることもあります。特に目つきは大切なようです。自分は普段通りのつもりでも、険しい顔をしていると言われた場合は、表情を少し柔らかくすることを、心がけると良いでしょう。笑顔も不機嫌な顔も、周囲に影響を与えます。笑顔で対応すると、自然に相手も笑顔になります。まずは、自分の表情を明るくして、お互いが気持ち良く働ける環境を作っていきたいものです。合掌
2026/09/11
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18歳まで過ごした福知山は、小谷ヶ丘という地名の所で、小高い丘の住宅地で、福知山自衛隊のすぐ下でした。隣は真言宗のお寺で、家の周りは半分が畑や崖があり、その先は河でした。畑の先の崖には、イチジクの木が7本ほどあり、柿の木が2本ありました。家のすぐ近くに中学校があり、クラスメートが、学校の帰りに寄り、イチジクや柿を腹一杯食べました。この時期の田んぼの淵や、川沿いには、真っ赤なドクダミソウが咲きます。そういえば、私たちの身近には、多くの植物が生育していますが、名前を知らないものも多いのではないでしょうか。日本の植物学の父とされる牧野富太郎博士は、「雑草という草はない」という言葉を残しており、「雑草」や「雑木林」といった表現を、好まなかったようです。その意に反し、私などは、すぐに「雑草」や「雑木林」と言ってしまいます。「人の名前を、きちんとフルネームで呼ぶ礼儀があるように、木についても、松、杉、楓(かえで)、楢(なら)、櫟(くぬぎ)と、固有名詞で呼ぶべきだ」との持論がありました。知らない草や木があれば、すぐ調べれば良かったと思います。どんな木々や小さな草花にも名前があり、自然界で何らかの役割を担って、命をつないでいます。人間も少なからず、その恩恵に与かっているはずです。私たちの社会に目を向けると、やはり多くの人がそれぞれの役割を担い、会社や学校、家庭といった組織が機能しています。与えられた仕事が小さなものだと感じたとしても、不要な仕事はありません。精一杯仕事に打ち込むことが、組織の発展につながるでしょう。「雑務という仕事はない」と心得て、日々の業務に当たりたいものです。合掌
2026/09/10
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私は、不器用なのは、分かっていますがよく怪我をします。小学校のときは、保健室の女の先生と仲良しになり、何も怪我していないのに、保健室に出入りしていました。担任の先生とも仲良しですので、職員室にも出入りし、皆から羨ましがられたものです。それでも級長をしていましたので、クラスメイトで何事があっても、詳しく先生に報告していました。しかし、皆怪我をしても、保健室や、担任の先生に報告するのを嫌がりました。怪我したことを、「何でもないから、ほっといてくれ!」というのです。そして、皆治療するのを嫌がりました。9月9日は、語呂合わせなのか、救急の日です。救急の日は、救急医療及び救急業務に対する、国民の正しい理解と、認識を深め、救急医療関係者の意識の高揚を図ることを、目的に定められました。例年、応急手当の講習会を、中心とした救急に関する行事が、各地で開催されます。こうした機会に、出血や骨折、やけどといった外傷の応急手当、AEDの使い方などを覚えておくと良いでしょう。特に心停止、呼吸停止の場合は、救急車が来るまでに、その場に居合わせた人による救命処置が、生死を分かつ場合も少なくないと心したいものです。また、近年は不必要な救急車の出動が問題になっています。本当に必要な人に救急医療が行き渡るように、家庭でできる処置は、極力自身で行いましょう。そのためにも定期的な救急用品の点検を心がけておくべきでしょう。突然の自然災害や、目の前で人が倒れるなどの緊急事態に、いつ何時遭遇するか分かりません。自分の周囲の人々の命を守るため、日頃から有事に備えたいものです。合掌
2026/09/09
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関東は異常な雨に見舞われ、大きな被害が出ております。異常気象で暑い暑いと言っておりましたが、関西の私が住んでいる枚方は、朝晩が涼しくなり、夜寝る時はクーラーなしになりました。田畑や庭先から虫の音が聞こえ、秋を感じる頃になりました。日本最古の歌集『万葉集』に、コオロギを読んだ歌が、七首残されていることから、既に奈良時代には、虫の音を愛でる文化が、存在していたようです。平安時代になると、虫の音を楽しむことを「虫聞き=(むしきき)」と呼び、平安貴族の嗜(たしな)みの一つとされました。その後、江戸時代には、庶民にも「虫聞き」が広がりまました。江戸の町では、虫を売り歩く「虫売り」が、商売として成り立つほどに、「虫聞き」が流行しました。これも日本ならではの、一つの文化といえるでしょう。それともう一つ、卵を温めて孵化(ふか)させ、野生のスズムシよりも早く成虫に育てて、高値で売り出す業者もあったほどです。他にも、色んな駄菓子屋が、子供に売って歩いたと思われます。「虫聞き」は、虫が鳴いているときはもちろんですが、「鳴かないときの静寂もまた心地良い」とされます。これも、日本ならではの一つの情緒(じょうちょ)ではないでしょうか。西洋では虫の音は、ノイズと捉えられてしまうことも、多いといわれます。自国で育まれた風流な文化を大切に、美しい虫の音に包まれながら、秋の夜長を楽しみたいものです。私の子供頃は、第二次世界大戦に敗戦し、何も物がない時代でした。しかし、今よりも、人を気づかう気持ちがあったと思われます。それが理由か分かりませんが、何か充実した時間だったと思います。合掌
2026/09/08
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「目は口ほどに物を言う」といいますが、職場内で挨拶を交わす時や、人の話に耳を傾ける際にも、視線は意外と強い力を持ちます。出勤後、机に向かって仕事をしている時のことです。後から出勤した社員からの「おはようございます!」という声に気づき、挨拶を返そうとしました。顔をあげて、同僚を見やると、その社員は、既に次の人に向かっており、私の挨拶は、同僚の社員の背中に、小さくむなしく響いただけでした。その社員は、目を合わすことなく挨拶をして回っているのです、少し、むなしく感じた私ですが、そこで大きく気づくことがありました。よく考えてみると、自分も同じことをしていたのです。携帯に掛かってきた人が一番大切で、違う人と話していても、その人の前で携帯を見て、思わず返事してしまうのです。携帯では「今いいですか?」と聞かれますが、「いいですよ!」と返事してしまいます。冷静になって考えてみると、今、話している人が一番大切な人です。これまでは、外国の人と話したり、大切な地方のお客様と応答することを一番にしましたが、間違っていました。現在は、今話している人を一番大切にしております。それから、挨拶や返事は,よそ見をして行うより、しっかりと顔を向けたほうが、相手への関心の高さを示しやすくなるでしょう。相手に投げかける言葉に、視線を合わせることで、その人に対する印象はさらに良くなり、コミュニケーションも円滑になるのではないでしょうか。日常の何気ないしぐさを整えて、より良い人間関係を築きたいものです。合掌
2026/09/07
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そういえば福知山時代は、我が家の畑や空き地の隣は、真言宗のお寺でした。そのお寺は、四国の八十八か所のお地蔵さんが、八十八蔵並び、毎日お参りする人が絶えませんでした。私たち子どもは、そのお寺の敷地が遊び場で、当時は、必ず、かくれんぼをし、真ん中にある空海のお地蔵さんの後ろに、誰かが隠れたりしたものです。当時の遊びといえば、かくれんぼか、鬼ごっこで、今の様に、野球やサッカーなどは、ありませんでした。とにかく、今のように、野球道具やサッカーボールが、何もなかったのです。そのサッカーですが、日本では、1993年にリーグ戦が開始され、Jリーグ(日本プロサッカーリーグ)は、3年前になりますが、30周年の節目を迎えました。発足当初は、10チームでしたが、現在は、60まで増え、41の都道府県にチームがあります。Jリーグの各チームは、本拠地の自治体や企業などと連携して行う「ホームタウン活動」を実施しています。これは、様々な形で、地域の人たちと、交流を深めるための取り組みです。選手によるサッカー教室や学校訪問、スタジアムを開放しての、イベント開催など、各チームが工夫を凝らして、地域貢献活動に取り組んでいます。こうした活動は、サッカーに興味がない人でもチームを身近に感じられる機会であり、地域に根差したチームを作ることにつながっています。Jリーグには、「Jリーグ100年構想~スポーツで、もっと、幸せな国へ~」というスローガンがあります。試合を行なうだけではなく、地域と一体となった活動を今後も続けて、多くの人に愛されるリーグを目指していきます。合掌
2026/09/06
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子供・ベビー服ブランドの 「ファミリア」 は、戦後4人の女性たちが、 「子供のために、よりよいものを」 との思いから創業しました。そして、その4人が、すべてそれぞれの違った任務を果たしています。4人の創業者とは、坂野惇子(ばんのあつこ)氏、田村江つ子(たむらえつこ)氏、田村光子(たむらみつこ)氏、村井ミヨ子(むらいみよこ)氏の4人です。念のため、ネットで調べて下さい。4人の創業者は、すべて素晴らしい家庭の娘さんです。創業者の一人である坂野惇子(ばんのあつこ)さんは、NHK朝の連続テレビ小説 「べっぴんさん」のモデルにもなりました。現在は、坂野さんの孫にあたる、岡崎忠彦氏が五代目社長となり、「子供の可能性をクリエイトする」という企業理念を掲げています。彼は甲南大学経済学部を卒業し、米国でグラフィックデザインの勉強をしました。この理念に沿い、ファミリアはアパレルに留まらず、カフェやクリニック、レストランを併設した本店を作り、保育園事業を展開するなど、多角的に子供の成長をサポートし、ライフスタイルを提案する企業へと舵を切りました。時代が変わっても、企業には「何のためにあるのか」という変わらない目的や理念があります。そして、時代の発展や時々の情勢にともない、変化させるべき技術や事業の形態があります。いつ何が起こるか予測のできない現代だからこそ、改めて会社の目的を認識し、自分の取り組んでいる業務のあり方を見直したいものです。弊社は、その年の経営方針発表会で、パートタイマーも含め、全員に会社基本方針を渡しております。そして、その方針の進捗状況を毎月チェックしております。合掌
2026/09/05
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イソップ寓話の一つに「北風と太陽」があります。この話は、人に何かをさせるには、力ずくでやるよりも、相手がその気になるように、よく説明する方が、効き目が多いということを、教えています。物語は、多くの人がご存じだと思いますが、「北風と太陽」のどちらが先に、旅人の上着を脱がすか、力比べをする内容です。北風が、服を飛ばそうと風を強くしますが、旅人は、余計に飛ばないようにします。次に挑戦した太陽は、2段階、3段階で温かく照らします。我慢できなくなった旅人は、段階的に服を脱いでいきます。つまり、太陽の勝ちです。この寓話からは、多くの学びを得ることができますが、人材育成や、家庭教育など、指導者側の教訓として、読み解くこともできます。弊社は、受注生産で、お客様が希望されるケースを、ハード、ソフトに関わらず生産します。まず、ご希望のケースを図面化し、品質・価格・納期を伝え、そのいずれも承知してもらえれば受注決定です。アルミの切断や加工、組み立て、内装、その他の商品、ソフトケースと製造の現場や、営業・経理事務の7部門に分かれ、それぞれにリーダーが存在します。そして、毎日、朝礼を行ないます。毎日、朝礼を行ない、「職場の教養」の読み合わせ・所感を述べ合っていると、部門員のそれぞれの特徴や、性格がハッキリと分るようになります。人材育成は、各々の性格や特質、環境が異なるため、同一という訳にはいきません。しかし、会社で一つのものを複数人で作るため、気持ちを揃える必要があります。それが始業であり就業であり仕事です。毎日、同じことを繰り返していますが、弊社は、受注生産であり、毎日違ったものを生産しております。合掌
2026/09/04
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私の子供の頃といえば、母親が呉服屋の娘で、体のサイズに合わせて、縫物(ぬいもの)でも、編み物(あみもの)でも、何でもつくってくれました。しかもどちらかいうと、少しハイカラでした。終戦後で、食べ物も着るものも何もない時代でしたが、私は大きな体で、少し、ハイカラにして、サイズの合った状態でしたので、学校でも有名になったものです。終戦後で、何もない時代でしたが、私たちは、数ある中から何かを選択する際、多くのエネルギーを消費するため、知らず知らずのうちに、ストレスを感じているようです。そのようなストレスや、エネルギー消費を、減らすために、日常生活の中で、「選択する」という労力を、減らす工夫をして、シンプルな生活を、送る人がいます。毎日、同じ服を着ることで有名だったのは、アップルの共同創業者であるスティーブ・ジョブス氏です。氏は生前、黒のタートルネックに、ジーンズ、スニーカーという、シンプルなスタイルを貫いていました。その理由を、「何を着るか決める時間やエネルギーを節約するため」と、ジョブス氏は語っています。自分の本来の仕事へ全力を注ぐために、些細な決断から、解放されたかったのです。医者から歳のせいで、運転を止めるよう勧められた私は、ブルーのアクテックの社名入りTシャツに、黒ズボンで、毎日バスに乗り、出社しています。1年を2回に分け、長袖か、半袖にしているだけで、会社の作業着の色・紺色は変わりません。会社のロッカーでの着替えを省略しています。しかし、洋服選びが楽しく、ストレス発散になるタイプの人もいるでしょう。エネルギーをどこに集中させるかは、人それぞれです。余計なことで、エネルギーを浪費しないためにも、仕事や生活のスタイルを見つめ直したいものです。合掌
2026/09/03
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今年は、秋になっても、8月並みの真夏日が続いています。毎日のテレビで、天気予報の人が、そういっているのですから、間違いありません。しかし、私は若い頃は暑がり屋でしたが、歳を取って血の巡りが悪くなったのか、この暑さでも会社や家のクーラーの寒さは、身に沁みます。家の部屋では、半袖の下着にセーターを着ていますしかし、毎日、出勤していますが、秋の訪れを感じる頃となりました。秋の七草の一つに数えられる葛は、この時期に紫色の花を咲かせます。日本では古くから親しまれ、葛粉を利用した葛切りや、葛餅、根を乾燥させた生薬の葛根湯(かっこんとう)は、馴染み深いものです。葛は繁殖力が強く、蔓(つる)を伸ばし、他の樹木に絡みつき、旺盛に繁茂します。そのため、植林した木の幹を締め付けて、林業被害を引き起こすこともあります。近年、この日本原産の葛がアメリカに渡り、日本とは比べ物にならないほどの猛威を振るっています。家畜の飼料や土壌流出防止を目的に植えた物が、爆発的に広がり、地域の生態系や産業に、多大な被害を与えました。そのため、国際自然保護連合から「世界の侵略的外来種ワースト100」に認定されてしまいました。日本とは違い、葛を食べる昆虫がいない、競争関係にある種がいない、冬季の寒さで成長が抑制されない、などの理由が考えられています。自然界は、様々な種が絶妙なバランスを保って成り立っているのでしょう。合掌
2026/09/02
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円柱は見る方向によって、丸に見えたり、四角に見えたりします。一方向から見た姿では、円柱だと分からないこともあります。これは人も同じことで、一方向からその人を見ただけでは、その人の思いや「人となり」は分からないでしょう。各部門のリーダーとは、毎朝顔を合わし、朝礼を行ないましたが、口うるさい先輩に対して苦手意識があり、いつの間にか避けるようになっていました。自分は最終責任者ですから、気づかれないようにしているつもりですが、半数以上が自分より年上のリーダー達は、いつも口うるさいリーダーを避けている私を見抜き、注意してくれました。たまたまその男性は、夫婦で働いており、奥さんは私に気遣っており、口うるさい本人は、私が若いけれど、立派なリーダーとして、やっていけるようにアドバイスしてくれていたのです。見かねた先輩リーダーは、「君のためを思って、いろいろ注意してくれているんだよ」と言ってくれたのです。考えてみると、口うるさいリーダーは、本当に何でもできる人でした。できるだけに、何もできない私にいろいろ注意してくれたのでした。そして、私を高く評価しているからこそ、注意してくれているのもよく分かりました。そして思い切って、その人に今までの態度を詫び、その人に積極的に質問することにしました。物事は、一変するものです。何もできなかった私が、いろんな機械が使えるようになったのです。それからは、人の好き嫌いをせず、素直に注意してくれる人のことを聞き、その通りにしました。合掌
2026/09/01
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