遊心六中記

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2016.10.11
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カテゴリ: 探訪

稲荷山、つまり「お山」に登る入口、つまり前回の終点の写真です。ここが 「千本鳥居」の起点 となります。
「鳥居奉納のご案内」
これは入口の鳥居、左側の狐像も前に、 2014.6.17時点で掲示されていた案内 です。現在もこのままなのかどうか、未確認ですのであくまでご参考に・・・・です。
つまり、この千本鳥居あるいはそれに続く参道に鳥居を奉納したいときの鳥居の費用です。また、建立できる奉納場所に応じて初穂料が異なる旨の記載も付記されています。
稲荷大社のホームページには、 「鳥居奉納のご案内」 というページがあります。 (掲載のあることに気づきましたので、早速文章を削除修正しました。)


ここの一対の狐像も、巻物と宝珠を口に咥えるスタイルです。




朱色鳥居のトンネル が続き、途中で2つの参道に分岐します。

「鳥居の奉納は、願いが通る、あるいは通るようにという素朴な気持ちから生まれた」と言われているようです。 (資料1)


参道を進み、二手に分岐した参道の右側を登り、 抜け出た地点で撮った写真 です。
この位置から見れば左側がお山に向かって登る参道で、右側がお山からの下りの参道です。分岐する参道では鳥居の笠木・島木の部分が一部交互に重なり合っています。

登ってくる側場合は、写真に撮ると朱塗りの柱がびっしりと見える形ですが、柱の山側の半面に奉納者の会社名や氏名が柱に彫り込まれ、文字が黒字に彩色されています。

千本鳥居を通り抜けると奥社奉拝所のある少し広い境内があり、通称「奧の院」です。
ここは、 (みょうぶだに) と称されてきた場所です。 (資料2)
奥社奉拝所


奉納されている白狐の絵馬
左の写真は、奥社奉拝所の境内の一隅、千本鳥居の近くにある 手水舎 です。

奥社
現在の社殿は、「寛政6年の罹災後、規模を幾分大きくして造営された」もので、上掲の奥社奉拝所を設けるにあたり、昭和50年(1975)現在位置の後方へと移したといいます。 (資料2)


この背後の山が「稲荷山三ケ峰」へと繋がっていきます。


奥社奉拝所の右手、石垣の傍に 「おもかる石」 があります。

「燈籠の前で願い事を祈念して石灯籠の空輪(頭)を持ち上げそのときに感じる重さが自分が予想していたよりも軽ければ願い事が叶い重ければ叶わないとする試し岩で一般には『おもかる石』の名で親しまれている」 (駒札転記)

石灯籠の間に立てられた名称表示の駒札には、 「おもかる石」の試し方の説明 が英文・日本文の併記説明文が付けられています。


ここに掲示されているのがこの境内案内図です。
左上に 「御山めぐり」が全行程約4km、所要時間約2時間 と説明されています。
東山トレイルのウォーキングは「四つ辻」が分岐点になることまで付記してあります。

再び鳥居のトンネルの中へ


バードウォッチング用案内板




奥社奉拝所から少し先にある石に神名が刻され並んでいます。いわゆる 「お塚」 の始まりです。お塚と呼ばれるのは、 祀られた小祠や石碑 のことです。塚は祭場、祭壇としての性格を持ったものを称するようです。


参道の傍に 「根上がりの松」 があります。奇妙大明神とも称するよう・・・。
松の木の根が地上に上がっていることから、 「値上がり松」 とゴロ合わせ。その縁起から投資家に崇敬されているところだとか。松の木は枯れていますが、この姿がある限り、信仰心は枯れないでしょう。


参道の鳥居の切れ目には、別の坂道(参道)があったりします。ちょと探訪を・・・・。
これは一つの参道を少し上がり、振り返って撮ったものです。

坂道を上がったところに境内地があり、 「伏見神宝神社」 の石標が建てられています。


一対の龍像 が狛犬代わりに置かれています。あるサイトでは狛龍と称されています。
ちょと珍しい部類です。




「神宝宮」という扁額が掛けられた参拝所が前面にあり、「六根清浄」という額が建物内に掛けられています。


    進む途中で、分岐する参道を眺めて

 さらに参道を進みます。
朱塗木製鳥居の間にある石造鳥居には「熊鷹大神」の扁額が掛けられています。

この先に進むと、そろそろ「お山」が異界に見え始めます。なぜなら、「お塚」が所狭しと参道の両側に無数に立ち並び始めるのです。鳥居と社が一式セットになった比較的大きなお塚、小祠だけ、神名を刻した石碑だけなど、まさに大小様々に祀られています。

   神名を判読でない・・・号泣      福繁大神・大岩大神・白玉大神

例えば、この辺りでも上記の神名が識別でき読み取れます。  白龍大神、その隣は??

参道から枝分かれした細い石段道が山腹に築かれて、お塚が上の方にも広がっています。


石段を登り切ると 「新池(こだま池)」 があります。


      玉姫大神              薮谷大神
 扁額「天地の大神」、貫には金光大神と。
この周りにも勿論お塚が林立しています。


そして、新池の畔にある少し大きめのお塚が 「熊鷹社」 です。



薄暗い覆屋の中には奉納された蝋燭の炎が揺らめいています。
下段の写真は、2012.1.8に東山トレイルを歩く際に立ち寄って撮った写真です

 熊鷹社に掲示の新池説明



なお、この新池には「行方知れずになった人の居場所を探す時、池に向かって手を打ち、こだまが返ってきた方向に手がかりがつかめると云う言い伝えがあります。」 (資料2)

熊鷹社から更にお山を登ります。
 鳥居のトンネルの側面からの眺め

 三ツ辻 分岐点


        参道を左折し、山を下ると八嶋ケ池に


         三ツ辻のすぐ近くに三玉亭さん(休憩所)


先の鳥居の石段を上がると、同様に右側に京屋さん。
京屋からまた石段を上がると瓢亭さん、そして再び石段を上がると三徳亭さんです。三徳亭さんの前にあるのが三徳社です。
(2016.10.15 午後に再訪しましたので、改めて位置関係を確認できました、説明を補足修正しました。)
いずれもお山にのぼる途中の一休み所です。私は今のところ一気に登れますが、いずれは・・・。


    榎木大神            写真からは神名が読み取れません・・・ 号泣
三ツ辻から四ツ辻に向かう途中にて

このあたりで大きいお塚がこの三徳大神。     この鳥居のトンネルの石段を上がると四の辻

三徳は通常人の守るべき三つの徳目という意味で使われるようですが、書によって説き方が異なります。『書経』は正直・剛克・柔克を、『中庸』は智・仁・勇を、『周礼』は至徳・敏徳・孝徳を、『荘子』は上徳・中徳・下徳を三徳とするとか。神仏習合という発想で仏教の立場でとらえると、大涅槃がそなえる法身・般若・解脱の三徳になるそうです。仏果にそなわる三徳としては、知徳・断徳・恩徳を意味するそうです。このように「三徳」ひとつでも様々な解釈、説があります。 (資料3,4)

この三徳大神のお塚は何を願い崇敬されるのでしょう。市井庶民の身近な視点だと、衣・食・住に不自由なきことを叶えてくださる大神ということでしょうか。

この「お塚」についてです。現在この稲荷山には1万基を超えるお塚があると推定されています。一書の説明では、伏見稲荷大社の記録によると、明治35年(1902)に633基、昭和7年(1932)に2254基、そして昭和27年(1952)に7762基と急増していったのです。つまり、お塚はなんとほとんどが明治時代以降に築かれてきたのです。
それはなぜか? その根源はどうも明治元年発布の「神仏判然令」施行に端を発し、神仏分離の嵐が吹き荒れたことです。それと併せて「勧請の神璽 (しんじ) などにそれまでは比較的自由に書くことができた神号もすべて『稲荷大明神』に統一されることになり、その他の神名は一切排除されることになった。そのため、それまでもってきた私的な信仰をつづける場を失った人々が、稲荷山の山中のできるだけ神蹟(峰・塚)に近く、人目につかないところに勝手に塚を築き、私的な拝所をつくるようになったというのである」 (資料5) という自然発生的な動きが生まれたとか。「伏見稲荷大社略年表」 (資料5) によりますと、明治10年(1877)10月に「稲荷山三峰神蹟標石建立(お塚建立)が認められる」に至ったそうです。法律的にみれば非合法な動きが、合法になったようです。
勿論伏見稲荷大社の境内域ですから、それ以降は伏見稲荷大社の管理運営下でのお塚建立手続きが行われているのだろうと推測します。
このお塚の急増が明治以降と知った時は意外感がありました。

ここお塚には民衆のストレートな信仰心が累積され、異界を形成しているのかもしれません。「お塚にあらわれる神名は実に多様で、複雑にみえるが、伏見稲荷大社を信仰する民衆の心情、願望が素直に表現されているのだとみれば単純明快でもある」(資料4)のです。八百万の神々の世界、それを認めるならば、己の信ずる神名を拠り所にして神と結縁するのも生き抜く知恵かも・・・・・。
己の信ずる神を主祭神に、稲荷大明神を相殿とみなせば、お稻荷さんも許してくださるでしょう。なんせ、稲荷山の神蹟にお塚が築かれているのだから。逆発想すれば、稲荷大明神に己の信ずる祭神を相殿にするとみなすことになりますね。

お塚は異界ではありますが、お塚の神名を逐次読んでいくと、楽しい場所でもあります。

四の辻からはいよいよ「お山めぐり」に・・・・。

つづく

参照資料
1) 『日本の古社 伏見稻荷大社』 三好・岡野他共著 淡交社  p94
2)  「大社マップ」 :「伏見稲荷大社」
3) 『日本語大辞典』 講談社
4) 『大辞林』 三省堂
5) 『日本の古社 伏見稻荷大社』 三好・岡野他共著 淡交社  p94-97, p141

補遺
伏見稲荷大社  ホームページ
伏見神宝神社   :「御朱印ガイド」

   ネットに情報を掲載された皆様に感謝!


その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


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Last updated  2016.10.21 14:53:54
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