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わたしの場合 大体 毎日けっこう大笑いすることがあります。これはインターネットで見かけたものです。漁師さんたちというのは 元気なひとたちが多いようです。もちろん ひとりで船に乗っているひとは 違うでしょうが大勢さんで乗り組んで 大きな獲物を取りにいくひとたちは体力が要るでしょうね。そこのところはわかりますが みなさん お酒がめっぽう強いらしい。そうなると 酔っぱらって暴れる人がでてきます。そういうとき 抑えに行くのは 母ちゃんたちだそうで、何と 漁のとき使う網を押っ被せて 棒で殴るんだそうです。そういうことだから とうちゃんもかあちゃんも 度量があるようです。そう、肝がすわっているといいますか。あっはっはは。とうちゃんもかあちゃんも ご近所さんも 恨みっこなしでそこで終わり。また みんなで魚を追っかけるのです。みなさん 素朴でたくましい。今の世の中 こういうのも必要なとき、必要なことがあってもいいのではないでしょうか。法律だの 理屈だの 世間体、教養などばっかりを振り回しても 解決しないことがありますから。ただし そういうことができる基本には 信頼関係がなければいけません。信頼関係が なければ 単なる暴力扱いにしかなりませんからね。それにして おっかしい。。。。。網をかぶせて 棒でぶったたくなんて。。。。あっはははは今朝は 珍しくアイビーちゃん(犬)と会いました。いつものように わたしに顔をすり寄せてきました。「 アイビーちゃん ご機嫌さんだね 」と 話かけていたら飼い主のアンドレー君が 「 あなたと会う時は いつも機嫌がいいけど アイビーは すっごく感情的なんだよね 」しかも 自分の感情を隠すことなく表すのだそうです。うれしいとき むかついているとき おなかがすいているとき露骨に感情をだしてくるらしいので 結構大変ですって。蛍さんちの老女といい勝負なのかも知れません。(苦笑)さぁ 今から夕方のお散歩です。
2019.06.30
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瀬戸内寂聴さんは 小説家、天台宗の尼僧でもあります。95歳を超えた今も 活躍中です。きょうは 瀬戸内さんの言葉をご紹介します。いろいろな経験をしたからこそ あなたの今があるのです。すべてに感謝しましょう。生きていれば いいこともあるし イヤなこともたくさんありますよね。いらいら、むかむかなんてしょっちゅう起こります。でもね、月日が経ってしまうと そういうイヤな思いをして 悶々したことが決して悪い事ではない、というのが 実感としてわかるようになっていきます。本当に 全てに感謝という気持ちになっているのが 実に不思議です。きょうは バタバタ一日にはしませんでしたので 本の整理をしました。そして老女を連れてペットショップへ。ここが また楽しいところなのですよねぇ。ペット関係の仕事をしているひとたちは やさしい。友人に言わせると 浮世離れしているひと。そうですね、 ギスギスしていないし 探し物もいっしょにしてくれるし説明も一生懸命してくれて イヤミが全くありませんから。感謝、感謝でした。
2019.06.29
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この話は ある会社で ロサンゼルス支局に転勤になった男性がいました。 その男性には妻がいて 妊娠中だったそうです。この夫婦は 米国で出産することを決めて 渡米。そして 同じ会社のひとたちに言い放ったそうです。『 皆さんで 産前産後の面倒をみてくれるんですよね 』そのセリフを聞いた奥様がたはあきれかえったそうです。転勤して来ているひとたちは 中年どころで 小、中、高のお子様持ち。自分たちも よくわからない英語圏での生活は 自分たちだけで精一杯なので 皆様 快くお返事ができなかったようです。それに 気分を害したこの妊婦は 支店長宅に直訴。支店長妻の出動とあいなり 皆様 泣く泣く 何かをしてあげなければならなくなってしまったようで 怒ること、怒ること。自分たち夫婦で出産ができないと思うのなら 身内をあてにできないくらいだったら 日本で産んで来いよ。そうでしょう。ひとのヘルプをあてにするんじゃないよ。ひとのヘルプが要るのであれば 人を お金を払って雇いなさいよ。そうは 思いませんか ?もうひとつ 書いておきます。飛行機には おむつとか離乳食、ミルクなど 一応の準備はしてありますが乗客のなかに 赤ちゃんの頭数が多かったら 想定外なので 当然 足りなくなってしまうこともあるわけです。そこで 文句を叫び出すひとがいるのです。でもね、 自分のこどもの必要な物は 親が準備しておくのがつとめというもの。何でも かんでも ひとのせいにするなよね。みなさま お気づきでしょうが このところ 蛍は乱暴な口調で 書いています。ごめん遊ばせ。世の中には いろいろなひとがいるのは 重々承知していますが これまた世の中には 『常識』というものが あるのですよね。こういうひとたちには そういうことを教えてあげるひとたちがいないと思われますので あえて書くことにしました。そういうことに気がついていなかったひとも いますよ。でも こういうこともあるんですよ、と 話してあげると わかりました、と言う人もいて 後になって 「 聞いていてよかったです。 飛行機にはおむつがなかったけど わたしは しっかり準備していきましたので大丈夫でした。」という 報告をしてくれました。きょうは 朝から青空でしたので スーパーへ。帰宅したら 買って来た物の整理をします。老女の好物を料理したり ピクルスをつくったり ポテトサラダ、ゆで卵肉をマリネしたり いろいろと主婦稼業。その間 老女は ちょこちょこ様子をみにきます。早く 味みをしたいのですよね。(苦笑)お目覚めでしょうか。おはようございます。きょうも笑顔で あいさつですよ。行ってらっしゃい。
2019.06.28
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長い間 アメリカ、それも 名の通った都市に住んでいますと とんでもない日本人たちの被害にあうことがあります。同じ常識を持っているとは 思えません。それとも 旅先の恥は かき捨て的な発想で やってしまうことなのでしょうか。以下 ほんの一例です。そうですよ、 ほんの一例。名前も知らないひとたち、会った事もないひとたちが 空港からタクシーで乗り付けられたことも複数回。「 あなたがたは どなた ? 」当然 お宿の予約もとってはいない。おみやげなどの気配りもなし。よくよく聞いていると 知り合いの知り合いで ロサンゼルスに行ったら ◯◯(うちの住所)を尋ねたらいい。。。。。。知り合いからの連絡は もらってはいないし 知り合いと こいつらの関係はわからないわけです。ここで 食事をご馳走になるのは 予定通り。ここに行かなければならない、と 住所を出すことにもためらわない。当然のことなから お世話になりましたの電話,はがき,手紙もなし。何日に行きますので よろしく、と押し付けてくるひとたちもいます。こちらの都合を聞いて 自分の日程を決めるのが常識でしょうが。こういうことは 上記の例よりもっとひんぱんにあります。もちろん わたしんちに宿泊予定です。そうですよ、勝手に予定をたてても 大丈夫と 錯覚してしまっているアンポンタン連中。世界は 自分を中心にまわっていると思っているのでしょう。子どもを置いてほしいという希望もありますよ。それも一ヶ月以上ですよ。わたしが 体調が悪すぎるので 預かりかねる、と お断りしてもしても あきらめないひとたち。うちの子は 手がかからないから。。。。。。 はぁ?いつもは 何を食べているのかしら、と思うほど あれもこれも食べない子がいましたよ。 何を基準に うちの子は 手がかからない、ですか。当時のわたしは 歩く事もつかまり歩き。 目は 3度も失明。内科系も トラブルだらけで 医者も頭をかかえていたくらいでわたしは 覚悟を決めていた様な状態だったのです。ただ 預かったお嬢さんは 大学生でしたが 食べもの以外は いい子でした。それだけが 救いでしたが。この子の親は 何の説明もしませんでしたが 父親とうまくいかなくて逃げ出したかったようです。それまで 一度も会ったことはありませんでしたので 空港まで迎えに行ったものの 当然のことながら なかなかわかりませんでしたが。常識の違いからくる影響は 大きいものです。こういうことをしでかして 相手に迷惑をかけるひとたちとは 親しい付き合いではないわけです。親しいおつきあいがあるひとたちというのは まず こちらの都合を聞いてきます。これって 我々にとっては 常識ですけどね。
2019.06.27
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家庭によって,住んでいる地区によって、あるいは 環境によって常識には 若干の違いはありますが。。。。。。基本的には 世界中 どこに行こうと 同じ常識が 通用するものなのですよね。日本人として 常識に欠けるひとというのは やはり アメリカに住んでいても ひとから好かれないのは現実にあるものです。あるご家庭で 勉強会が開かれていました。毎週一度。その時は 持ち寄りの食べものが 夕食代わりになっていました。その勉強会を開いていた家は いつも 多めに作っていました。客の大半も頭数を考えて ひとりびとり 何かを持参。ところが 一軒だけ というのも ここは 毎回 夫といっしょに妻も来ていたわけです。 参加者は 毎回10人前後ですから みなさん その人数 みんなに行き渡るような量を持参していたそうです。ところが そのご夫婦は さといもを半分に切って煮た物を 5、6個とか 目にはいるようなサイズのチキンの唐揚げ 4個とか 毎回 その程度だったらしい。もちろん ご夫婦で 他のかたがたと同じ様に パクパクと。。。。。その勉強会には参加しなくても 夫にご一緒する妻たちもいたわけです。女連中は いも半分 5、6個の妻のことは聞いて知っていたようで確かめてみたい気持ちをみなさんが 持っていたそうです。毎回 その程度のものというのが はっきりして 妻連中は 違った場所で 「 ちょっとどうかと思いませんか 」とか「 あの奥さん 一体何なの 」「 気がきかないではすまないわよね。」「 夕飯の残りか何かかしらね、失礼でしょうが 」というような 話になるのだそうで 蛍さん どう思いますか ?と聞かれました。こういう話というのは ある意味 爆笑ものでそうなのよねぇ、 そういう人間って どこにでもいるんだわ、と思うひとたちは たくさんいるはずです。常識の違いと言うのは 大きな意味を持ちます。育った段階において ひとさまとの接触がなかった家庭、そういう事を最初から逃げていたひと そして どケチであれば しようとは思いませんよ。要するに 社会においての振る舞い方がわかっていないのです。当時 その妻は 70くらいだったと思います。70まで 学んでいなかったら わかることはないでしょう。また ご主人にしても社会的には ご立派な肩書きをお持ちでしたがどんな家庭環境に育ったのは はなはだ疑問です。常識が身に付いていない人は どこにでもいます。わからないひとたちには わからないものなのです。疲れますけどね。ひととのおつきあいって 本当に大事なことです。やはり 同じ常識を持ち合わせているひととのほうが おつきあいがしやすいものです。どうやら 今朝がたは 大雨だったもようで 一日中 寒い。ことしのお天気は 一体どうなっているのでしょうか。半袖なんか まだまだ着ることはないようです。
2019.06.25
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早速 安全都市 ナンバーワンから行ってみます。1。東京2。シンガポール3。アムステルダム4。ストックホルム5。大阪6。ミュンヘン7。レイキャビック (アイスランドの首都)8。ウイーン9。カナダサイドのナイアガラ瀑布地区10。アブダビ (UAE アラブ首長国連邦のひとつ 7国家で構成)日本の都市が 2カ所もトップ10のなかにリスト アップされています。日本という国は 安全なんだなあ、とつくづく思っています。安全性は高くても 晴れた日が少ないところは ウツ、アルコール依存症が多いことは すでにわかっていることですし 人工密度が高いところは家賃の高さ 部屋のサイズの狭さ などが気になるところ。物価の高低も 住むからには調べておきたいものです。でも 安心して住めると言うのは ありがたいことです。日本人にとっては 安全な場所というのは どこにでも普通にあるような感覚でしょうが アメリカの大都会では そういうわけにはいきません。都市のみならず どこ地域か それも 何々通りの 東か西か あるいは南か北かでも 状況は変わってくるものなのです。きのうは 青空でしたが きょうはまた曇り空でひんやり。老女は 幼稚園で 5時間過ごしましたので 本日は かなりのお疲れ気味(苦笑)。お犬様も 緊張します。ごめんなさいねえ。
2019.06.24
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小林さんは 演歌歌手。何でも ラスボスとやらのニックネームがついているそうです。わたしは この言葉は知りませんので こっちのほうに置いておきまして。。。。。。きょうは このかたの夫のひとことをご紹介しますね。小林さんにも 行き詰まり状態のようなものがあったようです。その時 ご主人が 思い込みを捨て 思いつきを拾う ということを言ったそうです。彼女は 夫のこの言葉で思う事があったそうです。もしかしたら わたしは 小林幸子徒はこう振る舞わなければならないと思い込んでいたのではないかって。自分で勝手に”囲い”をつくって その中に 自分を閉じ込めていたんじゃないか、って。思い込みという“囲い”を 取っ払ったら もしかしたら 見たこともない新しい世界が広がっているのかもしれない。。。。。そして この思いつきは 自分自身をワクワクさせてくれるものであった、と言っていました。この囲いというのを 取っ払うには 相当なエネルギーが要りますのでわたしだって 躊躇しますよ。わたしは 怠け者ですから。(苦笑)今のまんまのほうが うんとラクですからね。チャレンジは 大変なエネルギーが必要ですから しっかり踏ん張らないといけません。この踏ん張りが むずかしい。えいや〜 どっこい!行きまっせ。。。。。
2019.06.22
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こちらでは 赤ちゃんの誕生祝いには カードをつけます。もちろん カードには お祝い言葉はプリントされていますが親しいおつきあいがあれば もっと 何か いい言葉を付け加えたいと思うこともありますよね。これは 親になったかたに ぴったりの言葉だと思いますのでご紹介しておきますね。何と ラッキーな 赤ちゃんなのでしょうか。おめでとうございます。あなたがた おふたりは きっと素晴らしい両親になることでしょう。きょうも ひんやりするお天気で 早朝は 小雨でした。午前中の散歩で たまに会う若い女性とそのワンチャンとばったり。ワンチャンは まだ 2歳未満のオス犬です。小型犬。 受け口が可愛らしい。(ブルドッグは混じっていません)ちょっと立ち話。何と この女性は きのう わたしに突進してきたハービー君のことが大嫌いなんですって。え〜っ ? フレンドリーじゃないの ?がさつすぎるでしょう、って。 (爆笑)人間の好き嫌いにもいろいろありますが犬の好き嫌いも いろいろなのですよね。この受け口 ワンチャンの名前は ブルーノ君。このオーナー夫妻がいないと チビ犬ですが イスの上に飛び乗って その次に テーブルに上がって行って 乗せていたお菓子や 人間の食べものを しっかり食べてしまうらしい。そのせいか ちょっとゴロンちゃん。コロコロです。きのうは ピーナッツクリームにチョコレートがカバーしてあるお菓子の残りを全部食べてしまっていたので 心配したけど吐くこともなく 下痢もしていないので 医者には連れて行ってはいない,と言っていました。チョコレートは 小型犬にとっては 命取りにつながることもあるので 要注意です。犬友さんたちというのは 人間の話題はほとんどでないのですよね。お犬様のお話ばっかり。私はいつも大笑いをしていますよ。
2019.06.21
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長年に渡って 現在は 皇后陛下となられた雅子様は マスコミから 叩かれ続けていたのですが トランプ大統領夫妻の接待を通して マスコミは 恥も外聞もなく 手のひら返しをしています。現在は 賞賛の嵐。 素晴らしい知性と品格、その他。そんなこと 今始まったことではないでしょうにね。雅子様のことを 悪く書くことによって 売り上げを伸ばしてきたのでしょうけどね。雅子様自体は 同じ人物なんですけどね。ひとって勝手な生き物です。きょうは ダライラマ法皇の言葉をご紹介します。周囲が変化しても 自分のなかの価値観を失ってはいけませんマスコミの報道に踊らせられないように。きょうは 久しぶりに どっと疲れることをしなければならなくなりましたが 何とか なりました。ところが 夕方 ご近所さんのワンチャンから突撃をくらいました。まさに 突撃 そしてジャンプ。これを数回 くり返すのです。オーナー曰く 「 あなたのことが 大好きみたい。 ほかのひとにはこんなことしないもの。すみません。」う〜ん。。。。。。突撃を受けるわたしは 足を踏ん張って備えますよ。(苦笑)うれしさ一杯のこのワンチャンは オスです。オーナーは もちろん 止めようとはしますが ハービー君は聞いてはいません。突撃 ジャンプ その次は 甘噛みのパターンです。どれも痛いのですけどね、ハービー君。
2019.06.20
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5時は過ぎていました。トントンとドアをノックする音が聞こえました。ジェニファーでした。彼女は 全盲です。我が家の 老犬も 姿を覚えているので 吠えません。『 こんばんは 』と 彼女の足に 自分の頭を近づけてごあいさつ。よくできました、おりこうちゃん。私に読んでもらいたいものがあったので 寄ったのでした。彼女は言っていました。 こういうとき 目が見えないというのは困るのよって。教会のひとでも ひとによっては お金をもらいたがるしでも 大半のひとたちは 障害者とはかかわりたくないので無視されるそうです。最初に 私のところを訪問したのは 銀行から届いたカードを活用化するために 銀行の電話番号とか 自分のカードのナンバーを読んでほしい、ということでした。きょう彼女が そのことを 「 あなたが どうぞ,と言って 中にいれてくれて 銀行からの手紙を読んでくれて 連絡先 カード番号を普通に読んでくれたので このひとは 障害者に対しての偏見がないひとのようだ、と思ったの 」と言っていました。「 わたしはね いろいろなひとたちとお友達になりたいという希望はもっているんだけど 障害者でしょ。 なかなか うまくいかないの。無視されたり 嫌がれたりね。 白い杖を見ただけで ひとは 逃げて行くの 」えっ 何 それって ?しゃべるは しゃべるは。。。。。。。 うわ〜 3時間以上 ストレートでしたよ。 よほど うれしかったのでしょうね。わたしが 「 あなたが とてもインテリというのは すぐわかりましたよ 」と言ったら 障害者のひとたちは いろいろな理由から 勉強していないひとが多いので 例え働くことがあっても 賃金が安い、と言っていました。裁判沙汰になったりしたら まず負ける様になっていると言っていました。関係者に偏見があるし 書き込む書類が多いと 目がみえなかったらもう致命傷で そこで ほとんどのひとはあきらめてしまうの、つまり泣き寝入り。不公平でしょう ? 」わたしは 彼女には いつもフルーツを持っていきますが きょうはすいかです。ジェニファーは 「 すいかを食べるのは 数年ぶりよ。楽しみだわ。あした 食べますね。」って。すいかは重いので 持って帰るというのが 大変だからです。こちらでは スライスしては売っていません。ほとんどの場合 丸一個買わなければなりません。彼女は バスで買い出しに行っているので すいかを運ぶというのは大変な作業です。彼女は ソファに座って 夢中でしゃべっていましたが 老女が ちょこちょこと近くに来ては 「そこね、 わたしの場所なんだけど。。。。」と言っていますが残念ながら ジェニファーにはそれが見えません。「 しわが わたしに慣れて来たみたい 」と 言っていましたが本当は 「そこ わたしの場所だから どいて」、と言っていたのでした。(笑)障害があるというのは いろいろなことで 戦っているんだなぁ、と思いました。毎日が戦いだって。年寄りになって 体に障害が出てきたら 私は どうなるんだろうと考えると不安になってくるんだわ、って。話を聞いてもらいたいのですよね。どうぞ またおいでください。
2019.06.19
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高濱良次 たかはま よしつぐ さんは 元厚生労働省麻薬取締官として活動してきたかたです。この職業のひとたちは 俗に マトリ と呼ばれ 最近ではドラッグの摘発関連でよく耳にするようになっています。このかたの大学での専攻は 薬剤だったそうです。薬剤師です。まず 大学卒業後は 市役所に就職していたそうですが厚生省に仕事の場を変えて そこで定年まで。英語の勉強をはじめたのは 48歳のとき。63歳で定年を迎えたあと アメリカ留学2年。このときに アメリカにおける犯罪を含む麻薬事情を学び 今日に至るそうです。現在は 元麻薬取締官の肩書きで テレビで解説をすることもあるようです。そして 外国人旅行者の為のボランティアガイドもしているそうです。前置きが長くなってしまいましたが 高濱さんの経歴がユニークなので まずそれをご紹介したいと思ったのです。以下 印象に残った高濱さんの言葉です。何事も 無駄にはなりません。努力したら 人生ラクになるものです。同感です。無駄なことって 本当にないものなのですよね。そのときは 無駄と思う様なことがあったとして 何年か経ったあとで決して無駄ではなかったと実感する日がくるものなのですよねぇ。きょうもセーター要る一日になりました。久しぶりに プラントの手入れをしました。今 小型のトマト(プチトマトよりも大きめ)が6個ついてはいますが なかなか赤くなりません。
2019.06.18
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グループホームに入居している女の子たちは 13くらいから18までの子供達でした。保護されて ここに来るまでの生活は 一般のひとにはまさに想像を絶するようなそれでした。家庭内暴力、家族間における性的暴力、食べる物がない、電気、水道がない、ドラッグ、などなど。家から逃げ出しても 行くところはないので ストリートや公園で眠るうちに やさしいひとが 現れて 食事をさせてくるだけではなく眠る場所を供給してくれたりもするので 世の中には やさしいひともいたんだな、と思っていると 売春をさせられはじめますが 逃げようにもその方法すらわからないわけです。もちろん あてにできる親族、友人もいないので ピンプの言うなりに働かざるをえなくなっているわけですが 運がよければ 慈善団体に救助されるのです。健全な家庭生活の経験がない、常識というものが欠如しているこどもたちの共同生活は 実に大変なのです。そこでの 初めての食事時に ロールパンをひとりでどばっと取ってしまう子もいるのだそうです。というのも 家では 満足な食事がなかったので 要するに早いもの勝ち。 先に手にいれたこどもだけにしか 食べものがなかったのです。他の女の子たちは 当然 その子にたいして怒ります。 取っ組み合いの喧嘩になってしまうこともあるそうです。 そうなると ホームの責任者でもあるカウンセラーの出番となります。とにかく 普通の生活をしていなかったので 常識にも大きく欠けている、というか知らない事がたくさんあるわけです。ひとつひとつ ていねいに指導して 何ヶ月も経たないと 共同生活には 馴染めません。そこは 高校まで ホームのスクールがありましたが 高校を卒業した時点でそこは退去になるわけです。そこからが またまたモンダイなのです。そこを出る様な事になっても ひとりくらしをする収入はえられないのです。そして やさしいおとこと知り合うことがでてきます。このホームの学校の卒業式にも 何度も行きましたが 来ているひとたちに若い女の子たちの子連れが多い事に気がつきました。 まさか その子たちの子どもとは思っていなかったのです。こういう子たちの共通点は 自分の家庭生活は 惨めなものだったので自分のこどもには しあわせな家庭生活をさせたいという強い願望があるのです。しかしながら 現実と想像のギャップは大きいのです。それに対処するような 考えも湧いてこないのです。もちろん その子たちを助けてくれるような おばあちゃん、母親、兄弟もいないのです。そうなると 育児放棄して 昔の遊び仲間 新しくできた遊び仲間と遊びはじめるようになっていきます。卒業式の光景からみえてきたのですが お父さんの姿は ほとんどないのです。おかあさんやおばあちゃんの姿も 本のわずか。え〜っ、これって どういうこと ?と考えてしまいましたよ。関係者の説明では 父親は誰だかわからないまま 出産した母親、父親はわかっていても いつのまにか消えていたケース、父も母も 刑務所、祖母も祖父も刑務所、きょうだいも刑務所 などなどで 身近なところに来てくれる人がいないという現実。こどもたちは 素直で おかあさんが来て暮れる予定などとは言っていますが ホームのひとたちは そういうことはないことをしっていますのでわたしに合図をおくっていました。 そういうことではないのよね、って。ホームは 4カ所あり 学校は1カ所ありました。ホームにいる間は 眠るところも 食べる物も保障されていたわけですが出て行くことになると まずそこからつまづくわけです。ミーティングでは いつものことですが 高校卒業後 ステイできる寮を何とかできないだろうか、と話していましたが 問題は資金です。せっかく 安全な生活ができるようになっても そのあとの生活で また行き詰る訳です。世間をあげて こういう若い子をサポートしてあげる環境づくりが 要るのです。安くて入居できる母子寮ですね。眠るところと食べる物の心配が要らない場所がないことには 若い子連れ母親の行き場がありませんから。偏見だけでは どうにもなりませんから。おはようございます。お寝覚めは いかがでしょうか。笑顔で あいさつですよ。これって 必ず人生が変わっていきますからね。
2019.06.17
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ことりちゃんの母親は若いひと。十代で母親になっています。お顔は いろいろいじっているのか お目々ばっちりお鼻もすっきり通って美鼻。なかなかの見てくれなので 人気もあったのかもしれません。おとこがよってくるようになると 変わっていく女性は多いもの。同じ年令の女性たちは いい服を着て 毎日が楽しそう。。。。。誘われると ちょっとくらいだったら まぁいいか、これが だんだん ちょっとくらいではすまなくなって行く人が実に多いのです。わたしだって 遊びたい。。。。。遊び始めると こどもの存在は 実にうっとうしくなって行きます。おむつも替えない,授乳もしない、見たくもない彼のほうが こどもよりいいもんいっしょにいたい。。。。。。。若くして親になったとしても 近くにしっかりした親がいたり親と同居だったりすれば 助けてももらえます。娘を諭したり 子守りもしてくれるでしょうが そういう親がいなかったどうなるでしょうか。最近の日本語では 『毒親』だれば 子供達は 常識を学ぶ機会がないのです。そいうなると 自分の気が向くままに動く傾向がなっていきます。誰にも 迷惑はかけていないもん。したいように やってやるわ。自分がしていることが間違っているなどと思う事は まずないのです。子育ては 簡単なコトではありませんが やんちゃ系若い人たちが どれほどの理解をもって 妊娠 出産 子育てをするのでしょうか。親を通して 学んではいませんから 何にも知識がないのです。そして 子育てにはお金もかかるのです。高熱を出してむずがると 一睡もできないこともでてくるのですが そういうことは想定外ですから どうしていいのかわからなくなってしまうのです。親の援助は あてにできないとなると お金はどこからはいってきますか?つづく
2019.06.16
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このニュースには涙が流れました。可哀想すぎるでしょう。犬猫の大半ですら (犬猫にも例外は 必ずいますよ) 我が子の世話は一生懸命しているというのに。児童相談所職員、警察、ソーシャルワーカーでは 手が出せない事情があったのでしょうか。若くして母親になってしまって 新しい男ができたら 子どものことなんて どうでもよくなってしまいましたか。やんちゃ系、元やんちゃ系には よくあるケースなのですが。。。。アメリカでも 同じですから。お酒の飲んで タバコをふかして ひとによっては ドラッグもあります。 そして おとこと仲良しこよしが 大好き。自分の楽しみがプライオリティで 他のことなんて 目にも入らなくなるしどうでもよくなってくるひとたちの多いこと,多いこと。例外を探すのは 極めてむずかしい。一見やさしそうなおとこと知り合って しばらくは とってもしあわせ。そして 思うようになります。「このひとのこどもが欲しい」これは 一つの典型的なパターンでもあります。何故 わたしがこういうことを断言できるかといいますとね。わたしは カウンセラーになるまで 長い間 グループホームというチャリティ団体と密接なつながりがありましたので その関係者たちとは長年にわたって いいつきあいをしていたのです。寄付 訪問 何がなされなければならないのか、の話合い、などなど。わたしは 自分の目で現実を見せていただいていました。信じられないこと、知らなかったことがたくさんありました。でもそれが現実、リアリティなのです。まだ2歳のこどもが 今の世の中にあって 食べものを与えられていなくて 衰弱死です。しかも 体には タバコの火が押し付けられた傷が複数であったそうです。そこまで 子育てをしたくなかったら 子どもが育つ場所に連れて行くことも考えられないくらい 男に夢中 遊びに夢中になってしまっていたのでしょうか。それに加えて 猫13匹もいたらしいのですが これまた放置されていて やせ細っていただけではなく 当然 ふん,尿にまみれていたそうで 悲惨な状態という言葉では十分ではないくらいの劣悪さがわかります。死亡した女児の名前は 詩梨 ことり ちゃんといいます。凝った名前です。可愛らしい写真が掲載されていました。助ける方法は 何か なかったのでしょうか。
2019.06.14
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瀬戸内さんは 小説家であり 天台宗の尼僧です。相当な年令に達しているはずですが 今も講演会、執筆にと活躍しています。きょうは 彼女の言葉をご紹介させていただきます。生きるということは 死ぬまで 自分の可能性をあきらめず 与えられた才能や日々の仕事に努力し続けることです。う〜ん 死ぬまでですか?きょうも2時くらいまでは かなりバタバタ。しばらく 休憩しまして そのあとは 電話。老犬の散歩の時間が 遅くなりました。犬は 時間がわかるそうで 4時が迫って来たら わたしの椅子の横に来て わたしの顔をちらちらと眺めて 言っています。「 お散歩の時間です。早く行こうよ。」あすは 息子と会う予定なので 持って行く物の準備もしなければならないので 夜もばたばたと。。。。。おやすみなさい。
2019.06.13
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山本一力さんという作家が 心が楽になる 江戸の知恵 というのを書いているようです。このひとは 時代物をたくさん手がけています。例えば 住まいが三軒長屋とします。仕切りの壁は薄いので 真ん中の部屋にすんでいるひとは両隣の音、声、動きが はっきりわかっていたようです。そういう環境のなかでは 聞こえないふり 隣人が 「実はきのうはね、、、、、、〜」と言っても「あら そうだったの、 眠っていたから聞こえなかった」いちいち 様子を質問することなく 察してあげること。無粋なことは しなかった。隣人のふところ具合の大変さを察したら 「 頂き物だけどうちだけでは食べ切れないので 助けると思って 食べてちょうだい。」山本さんは 引きこもりについても言及しています。それは 本人、あるいは その家族が言えない事を 察してあげるというもの。互いに難儀を察し合ってこそ『社会』では なかろうか。江戸のひとには 学はなくても 人情があった、と。山本さんは ひきこもりも社会全体で取り込むべきだ、と言いたいのだと思います。家族は 隠したがるところのほうが多いし 本人にしても何をどう考えて どう行動するかが わかっていないのです。社会全体の協力 向き合い方が 必要です。その家だけのモンダイと思っていたら どうにもなりません。相談できる環境が求められます。きょうは 昼間は半袖でもよかったかな、と感じるほどの温かさでした。三日月の大きくなり具合が 楽しみです。毎日 サイズが太くなっていっています。細身が 次第に肥満していっている印象デ。。。。。。(苦笑)
2019.06.12
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もちろん 生粋の日本人ですよ。そうです。日本生まれの 日本育ち。知っている限り 曾祖父母、祖父母、両親と混じりっけはないと思っていましたが。。。。。母国語は 当然のことながら 日本語です。ところが この30年ほどは フィリピン人に見られることがびっくりするほど多いのです。わたしの先祖は 海賊らしいので 大昔 フィリピン界隈にも出没していた可能性は無いとは言えませんが。。。。。あるレストランで 初めて会ったウエイトレスさんが うれしそうに「あなた どの島から来たの?」返事に困って 即答ができなかったわたしをみて 「 あらぁフィリピンからきたんじゃなかったの ?」って。きょうは スーパーで 中年の女性が わたしのほうを見てニコニコするのです。 そして ついに タガログ語で 話かけてきましたよ。この何年か わたしは 本気で タガログ語をちょっとかじってみようか、と思っているくらいです。銀行の窓口のひと、医者のオフィスのひと スーパーマーケットの店員さんたちが タガログ語で それも実にうれしそうに話しかけてきます。ニューヨークの骨董品店でも そうでした。今は 相手がわたしのことをどう思っているのかが 即 わかります。要するに 同郷のひとと思うのです。親しくなってくると 「 よ〜く見ていると 服装が違うしマナーが違うのがわかるので フィリピン人ではない、と わかってきます 」って 言われていますよ。その前は 中国人、それも 上海人 (シャンハイ人)ですか、と中華系に言われていたくらいです。わたしは そういうことを言われても 全く不愉快にはならないのです。ひとによっては 「失礼しました」と言ってくれるひともいますがわたし自身は 気にもしていないことなので 「 そう見えるでしょう ? 」にっこりです。ますますもって 先祖が海賊だったと聞いていたことが思い出されますよ。アジアの海に出かけて行っていたはずですから どこかで混じった可能性はなきにしもあらず、です。源 頼朝は 海での戦いに慣れている海賊を使う事によって 壇ノ浦の戦いを制しました。そして 2つの大きな海賊集団は 海軍に昇格し そのあとは次第に衰退して行ったのはわかりました。わたしにとっては ある意味 ロマンでもありますね。きょうは 別のことを書くつもりでいましたが スーパーで わたしの横から離れたくないような女性がいましたので 急遽 わたしって 何人 ?を書いてみました。 もっと調べてみたいと思っていますが むずかしいです。 きょうは めずらしく 温かい 気持ちのいい一日でした。海も穏やかで いい気分。老女も気分がよかったのか 小走りしながら お散歩しました。
2019.06.11
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言葉の分析といいますか、解釈といいますか おもしろいことを言っている人がいましたので ご紹介します。悟 さとる と言う言葉は 差を取ることだと言っていました。差をつければつけるほど 悟からは 遠ざかっていく、と。だから ひとにはやさしくする気持ちが必要と。ひとに差をつけて それをかさにきてはいけないということでしょうか。きょうは 気温自体は 若干上がってはいましたが 曇り空。あぁそうそう、昨夜も三日月は三日月でしたが やや小太り気味の三日月でした。思わず ふふふふぅ。。。。。
2019.06.10
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誰かと比較してみて 自分も頑張ってみよう、と思うこともあるでしょう。商品を比較してみて どっちがいいかを選ぶこともあります。比較が いつも悪いコトばかりではありません。ある人のことばですが こういうものがありました。比較というのは 楽しみ 喜びを盗み取ってしまうものである例えば 高級ブランドのバッグを 一生懸命働いて お金をためてついに手にいれたとします。 それだけで うれしくてたまらないという自己満足だったらいいのですが ここで ひとの持ち物と比較して もっと欲しい、とか あの人のものがわたしのものよりいい、と思い始めたら 初めて手にした喜びは むこうほうへ飛んで行ってしまうわけです。きょうは いつもより 少々温かい一日になっていますので快適な お散歩びよりです。あぁそうだ、 昨夜は 久しぶりに 鮮やかな三日月が 真っ正面に見えて 感激しました。このところ 月を見ることがなかったのです。さぁ もうひと頑張り。。。。。。
2019.06.09
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きのうの続きです。この息子には 他に きょうだいはいなかったのかな、とまず 思いました。やはり いました。妹だそうです。この息子が ブログ(?)インターネット上に書いていたものなかに(中学のとき 母親を殴り倒した。快感だった。)この頃の彼は 間違いなく 『思春期』のど真ん中だったと思われます。この2点から 見えてくるものがあります。ひとつは 母親は こどものえこひいきをしていなかっただろうか、ということ。母親本人は その自覚がなくても こどもがそう感じてしまうことはあるものなのです。蛍は そういう例をたくさん見てきています。もしかしたら 母親は 常に きょうだいを比較してはいなかったか。妹のほうが 学業の出来がよかったのでしょうか。きょうだいが何人いようと もし母親がひとりのこどもだけに辛くあたるようなことがあると 他のきょうだいたちは 母親に追随するかのように 母親の気に入っていない子をいじめ出すのです。母親からは辛く当たられ きょうだいたちからは 毎日 いじわるされるのです。 おやつを取られたり 服を破かれたり 殴られたり、いろいろあるのです。いじめられっ子には 小さい時から 鬱積してきた怒りがあるものです。そして 爆発してしまうのが 『思春期』という時期なのです。特に 男の子。声が変わって来ることをはじめとして 肉体的変化は大変大きいのです。早ければ 小学校上学年から始まります。夢精が始まったりもします。そういう事を知らない子は おねしょうしてしまった、と思うこともあるのです。そういう時期には おとうさんの存在は 実に大きいのです。息子との 裸のつきあい、が大きな意味をもつのです。おとうさんがいないところは どうしたらいいのでしょうか。おじいさん、親しい親戚、学校の先輩、近所に住むお兄ちゃん的存在のひと、考えてみてください。 この子は どうだったのでしょうか。きょうも 一日中曇りでした。散歩には 長袖シャツとウインド―ブレイカーが要るような日でした。
2019.06.07
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最近 ニュース面を騒がせているのは 父親が息子を刺し殺した事件です。これは単なる殺人事件とは違います。父親は 農林水産省の事務次官までつとめたエリート。76歳。その人が 何故息子をメッタ刺しにしてしまったのか。この家族が住む自宅は 小学校の隣にあるようです。その日は 運動会でした。元気いっぱいの児童たちの声。流れる音楽先生たちの声静かではなかったことは 確かです。声と音がガンガンミミに響きます。殺された息子 44歳は 切れました,そうぶち切れたのです。「 うるせぇんだよ、あの子どもたち ぶっ殺してやる。」元気のいい子供達の声を聞いて エネルギーをもらうひともいるしこの息子のように切れるひともいるわけです。『心の病』があるひとにとっては 『音』というのは 何であれうるさいとしか感じられないのです。話し声、音楽、とにかく いらだつのです。この息子の この反応は典型的な「心の病」を抱えたひとのそれです。正常なひとでも 大きな音は うるさいとは思いますが ぶっ殺してやるとまでは思わないものです。かなり前から 心の病を抱え込んでいたはずです。医者の治療は 受けていたのでしょうか。つづく
2019.06.06
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一般的には チャンスというのは ドアをトントンと叩いて来る、と言われていますよね。でもそのトントントンが聞こえない人も 確かにいます。アメリカの俳優、コメディアンだったミルトン バール氏が うまいことを言っていますので ご紹介します。チャンスが ドアをトントンしなければ ドアをつくりなさいドアがなかったら 叩くところがなわけですからね。考えたこともなかった発想でした。チャンスは 風に乗って来るかもしれませんしね。ごんごんとドアに当たってくるかもしれません。ドアを叩く音が聞こえるまでは 力をつけておく時期。トントンが聞こえても 実力がなかったら 音は消えていくことでしょう。トントントンはい、どうぞ。さぁ 行きまっせ !
2019.06.05
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「 そうですか ? 変わりたいんですね 」「 はい。 変えてもらいたいんです。 どうしたら変われますか ?」こういうセリフって 結構多いものですがはっきりしているのは そういうことができるのは自分しかいないのです。 大先生も変えられないし 占いででも変わりませんよ。自分を変えるのは 自分しかいないのです。自分の心は 気分で変えて行くのです。きょうも セーターが必要な一日でした。散歩中に 連れの老女を見て 話しかけてきたじいさまがいました。老女をオスと思って 「 坊や いくつ ? 」って。( 彼女は 勇ましい顔立ちなので みなさん オスと思いたがります。)蛍 「 坊やじゃないんですよ,老女 15歳 」そうしたら まぁめっちゃくちゃ褒められましたよ。じいさま 「 大きな犬の15歳にしては 健康ですね。ちゃんと歩けるんだから。いい世話をしているんですねぇ。」蛍 「 ありがとうございます。 うれしいお言葉です。」わたしは 思いっきりにっこりしましたよ。きょうもバタバタしていまして ランチをとったのは 2時過ぎていました。7時頃 ようやく一段落したので you tubeで 井上忠夫音楽喪でしたか、正式なタイトルは 失念しました。 ブルーコメッツのメンバーだった 井上忠夫さんが亡くなったので 彼が作曲した曲を中心に 一昔も二昔も前のGSバンドや歌手たちが 勢揃いしていました。かなり以前に制作されたテレビ番組と思いますが 昔は いい曲がたくさんあったんだなぁ、と思いながら 観ていました。なつかしいドンガラドンガラでした。
2019.06.04
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美輪さんが 強いひとと弱いひとの決定的な違い、という話をしていました。作家 三島由紀夫氏は ノーベル文学賞の候補にも上がっていたひとでしたが 手にすることはできませんでした。理由は 作品自体の芸術性の高さは 審査員 誰もが認めるところではあったようですが 思想的に右寄り傾向が強いということだったそうです。(美輪さん談)三島さんは 美輪さんと食事をした際 逃した悔しさをぽろりともらしたのだそうです。それに対しての美輪さんの言葉は 『 何ですか、あんなもの。 ノーベル賞そのものが ダイナマイトや爆弾作りの罪滅ぼしの賞ですよ。 わたしだったら突っ返してやりますよ。』だったそうです。(参考:アルフレッド ベルンハルド ノーベル氏は ダイナマイトの発明者。スエーデン人の化学者。ダイナマイト発明によって 鉄工所を 兵器メーカーにまで大きくしたひと。 彼は ダイナマイトで巨万の富をつくりダイナマイト王と呼ばれていたひと。 ノーベル賞は その遺産の一部です。)それを聞いた三島氏は 『 君は 強いひとだねぇ 』と言ったそうです。美輪さんは 続けていました。『強い人間というのは 欲がない。欲があると 弱味がある。 弱味があると詐欺にもあう。』そうでうね、 欲があると 弱くならざるをえないことはありますから。きょうも 曇り空で寒い一日。これから 老女の散歩です。行ってきます。
2019.06.03
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ひとさまに親切にする心、思いやりや気遣いとは 全く関係なく生きているひとたちは 世の中にはいるものです。親切心、思いやり、気遣いというのは 人間生活を円滑にするものです。生きていくために必要な サプリメントのようなものです。自分が そういう心を持ったひとたちに囲まれて成長したのであれば その意味がよくわかるはずですが そういう環境で育っていなかったら 理解するのはむずかしいでしょう。わからないひと つまり自分だけがよければいいひとというのはひとさまから受ける親切、思いやり、気遣いというのに 気がついていないのです。例えば 大病をしたり 大災害、大人災の被害者になったとします。そういうとき 周囲のひとたちの 親切心、思いやり、気遣いがしみじみわかるようになるものです。生きて行く上での強さも生まれてきます。頑張ろう、わたしには こんなにいい人たちの応援がある、と思えるということは うれしいものです。だから 大病、大災害,大人災の被害にあっても 感謝の気持ちに変わっていくものです。そうなると もうこわいこととは 縁がなくなるものです。どんと来い、の心境になるのが不思議です。周りにどんなひとたちがいるか、つまりあなたはどんなひとたちとおつきあいがあるか、ここですよ、いい人生になるか どうかは。先日 知人が天国へ旅立ちました。離婚後は 独身生活を長い間続けていました。息子が3人。長男は 50くらいにはなっています。お葬式はありませんでしたが きのうが お別れ会でした。こどものなかで 出席したのは 長男のみ。費用を負担するゆとりはありません。お別れ会は 友人 知人が開いたものです。アパートの片付けは キリスト教会のかたたちがしてくださったそうです。亡くなったひとは 近所のキリスト教会の駐車案内とか キッチンで ランチの支度を手伝ったりしていたので クリスチャンではなかったのですが 教会のメンバーのひとたちとは 顔なじみでした。息を引き取るときに そばで看取ってくれたのは つきあいのある近所のひとだったようです。決して ひとりぼっちで 誰も気がつかずに いつのまにか 亡くなっていて発見がおくれてしまった、ということではありませんでした。今まで 自分が周囲にしてきたことの お返しは必ずあるものなんだわ、とつくづく思ったことでした。きょうはいっそう寒さを感じる一日となり 冬物の厚手のカーディガンをはおっていたくらいです。太平洋からふいてくる風が 実に冷たい。ことしは お天気の予想がつきません。
2019.06.02
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レーガン氏は 国民受けをしていた大統領でした。元々映画俳優でしたが カリフォルニア州知事を経て 大統領になったひとです。きょうは 彼の言葉をご紹介します。わたしたちは 誰でも助ける事はできませんがわたしたちは 誰かを助けることができるのです。おおぜいのひとを助けなければならないと思わず自分にだって 誰かのお役にたてると信じて実行していくことだと 蛍は信じています。おはようございます。日本は きょうから6月です。日本では すでに 暑い日がきているようです。梅雨もそろそろでしょうか。体が弱ることもありますので ボチボチおやりください。行ってらっしゃい。
2019.06.01
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