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・6.29.月 阿波座に到着してからすぐに早めの昼食に出る。 この辺りは早めに昼食を取るか、ぐっと後にするかしないとサラリーマンで何処も一杯になってしまう。 昔から阿波座で有名なトマトラーメンの店に入り、チャーシュー麺を注文する。 掘っ建て小屋みたいな店内は暗く、カウンターだけの席。 出て来たラーメンはトマトの潰した赤い汁に、セロリ、菜っ葉、葱、それに葫の香り、上にはぶ厚いチャーシュー。 麺は細目の物を使用している。 いつ食べても味が少しずつ違うが、それがまたいい。 食べた後に喉が渇いたりしないので、そう悪い塩も使っていないようだ。 中身を食べてしまって、汁だけになったところでご飯を入れてそれを食べる。 これは元々長野県の「大鍋料理」をアレンジして考え出された物だということで、独特な美味しさがある。 午後のグループレッスンの前に一人の生徒さん(60代前半女性)から電話があり「先生のブログを読んで肺炎と書いてあったので、心配になってご連絡差し上げました。 熱は出たのですか?」「いや、鍼の先生いわく気管支炎から肺炎になり掛けているという診断でした」「どちらにしろ一度病院で検査だけでもされるべきです。 東洋医学だけではだめな時もあります。 私も西洋医学は信用してはいませんが、今体の中がどうなっているか目で見てみることは西洋医学にしか出来ません。 でもその治療を受け入れるかはまた別問題です。 今の状態を正しく知るということが大事だと思います。 私は治療に関しては鍼や漢方薬をお勧めします」「分りました、一度呼吸器内科を探して行ってみます。 ご心配をお掛けしてごめんなさい」 常々彼女は、東洋医学と西洋医学は補い合って治療に当たるべきであると主張しておられる。 午後のグループレッスンの後NSK第九を歌う会に関しての雑務を固ずけ、夜は混声合唱団。 練習の休み時間7時半に夕食にと買っておいたパンを食べる。 やっと待ちに待った雨が降ったが、デメリットとして傘を差しても酷く濡れながら帰る。
2009.06.29
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・6.28.日今日はいずみホールでの出演。田淵幸三さんのピアノコンサートのゲストとして、20分ばかりシューベルトの歌曲を演奏した。午前11時に楽屋入り、リハーサルを終え、本番は3時半ぐらいの出演。気管支炎、肺炎の影響が未だ残り声も元通りにはならず、通常通り響いてくれない声での辛い舞台。長く続くこの状態の原因が突き止められないことに苛立つ。ふと思えば、丁度一年前の河内長野のラブリーホールでの演奏会でも、原因不明のまま声が出なくなった。去年と同じ時期なのは偶然だろうか。となると肺炎のせいだけではないのか。しかし今日も取りあえず本人は楽しんで演奏出来た。いろんな原因で声に影響することは、長くやっているとしばしば生じることだ。そんなときにも声を諦めて心だけで舞台を勤められるように、常々心掛けて来た。とは言え、声あってこそ表現出来る歌であることもまた痛感した今日の演奏会であった。
2009.06.28
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・6.27、土 朝の松原の女性合唱団は人数が少なく、団員募集に力を注いで来たが、長年入団者はなかった。 何故ならいつも合唱祭では難しい曲に挑戦して来たので、皆気が引けてなかなか入る勇気がなかったのではと思われる。 それが最近二人も立て続けに入団下さった。 団員にとっては念願の新団員である。 この調子でまた少しずつ増えて行って欲しい。 午後からは3時からのNSK混声合唱団の練習に、奈良の学園前西部公民館に向かう。 その前1時半から運営委員会。 少し遅れて到着し、話し合いをしながらパンをかじる。 明日の演奏会本番のために出来るだけ声を使わず小声で指導に当たるが、難しいものである。 終了後急いで帰って、衣装や楽譜の再確認など準備をする。
2009.06.27
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・6.26、金 朝の女性合唱団では、秋の合唱祭に向けての曲を考える。 「良い曲はあるにはありますが、リズムも音もものすごく難しいですよ」と怖がらしなことを言うと「それがやってみたい、それに挑戦しましょう!」と声を上げる若手 の団員さんもおられ、昔に比べると随分意欲的な意思が現れて来た。 身の程知らずでも何でもいいから、恐れず前向きに興味を持つ姿勢が僕はとても好きである。 午後の阿波座でのグループレッスンでは、高い声のコロラテュラのソプラノが数人おられるクラス。 同じ高いソプラノでも、様々なFach(声の音色や種類によって分かれる役柄)があり、 正確に曲を選んで歌わないと、喉を壊すことに繋がることがある。 曲を渡す方にも大きな責任が掛る。 その後少しの時間の中であべのの耳鼻咽喉科に出向き、まだ回復しない声の今の情況を説明する。 知らず知らずに声帯に付いた悪い癖を指摘され、指導を受ける。 待合室で、昔からの知り合いであるソプラノの歌い手と久しぶりにばったり会う。 思えば10年ぶりぐらいだろうか。 この病院は歌い手を専門に診る音声学のドクターだから、しばしば知り合いに会うことがあるのだ。 夜は奈良の混声合唱団。 来年企画している団発足10周年記念定期演奏会に向けて、スタッフと曲探し。 この作業がなかなか大変である。
2009.06.26
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・6.26、木 奈良クラスの前に、菖蒲池のうどん屋。 レッスン後、学園前の「ニューウェージー(無添加製品のパン屋)」によって、石鹸と 夕食のパンを買う。 その後阿波座に向かい、夜はCAC混声合唱団。 練習前6時ごろに夕食。 今日も7時までの夕食に成功。
2009.06.25
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・6.24.水今日は少し早目に阿波座に行って、久しぶりに声を出して28日の演奏会の練習をする。あべのの鍼灸の先生のおかげで肺炎の方は随分良くなって、喉の不快感もほとんどなくなったので期待して声を出してみたのだが、まだ声は思うように出ない。ここまで来て調子が完全には戻らないとなると打つ手はもうない。おそらく長い時間を要するのだろう。深い溜息を吐く。それから食事に出て、レストランの扉を恐る恐る開ける。どうやらたばこを吸っている人はいないみたい。まるでナチスドイツ軍の目を伺うユダヤ人のようだ。テーブルに着いて注文をした後で、数人のお客が入って来てたばこに火を付ける。換気の悪い店内で煙は充満し始める。マスクをして、その辺にあったパンフレットのようなもので顔の前を必死で仰ぎ続けるが、目に染みる煙はしつこくやって来る。とにかく出された料理を胃に流し込んで急いで店を出る。あんな煙の中で味なんか分らない。たばこを嫌うものの落ち着いた豊かな昼食の時間は何処にあるのだろう。生徒さんの一人がご主人のたばこのせいで肺が汚れてしまい、気管支炎を起すとなかなか治り難いという情況も先日聞いた。乱暴な意見だがあえて定義する。たばこを人前で平気な顔で吸う者は、自分中心のエゴイストだ。またこうとも言える。自分のことしか考えることが出来ない、弱い人間だからこそたばこに依存して生きて行く。何十年行われて来た人込みでたばこを吸うという習慣は、とんでもない間違ったことなのだ。たばこへの僕の怒りは、深い憎しみとなって打ち震える。夜のクラスの前、6時ぐらいに夕食を取る。7時以前に夕食を取ることが可能か、数日ためしてみようと思った訳だ。言われてすぐ実行するとは、何と素直な性格だろう。でも外食で健康な食事を取るのは簡単ではない。
2009.06.24
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・6.22、月 朝に再びあべのの鍼灸院。 土曜日に治療を受けた際、月曜日にもう一度来るようにと言われていたからである。 この夫婦はめったにもう一度来るようにとは言わないので、よっぽど必要なことなの だろうと思った。 土曜日に肺炎の火を消して、数日後に後の処置をしないとぶり返す可能性があるから だそうだ。 ご主人は脈を見て「随分ましにはなっているけど、まだ火種はあるな。 茶木さん、毎晩夜食をしていますね?」「はい、帰宅するのが10時半ですから、それ から夕食を取ります」「ご存知の通り7時を超えてから食べるものは夜食と言います 。 夜食を続けることは、成人病の元を作っていることになります。 今回風邪が長引き、気管支炎から肺炎にまで進んでしまった原因も、その夜食にある と私は思います。 何故なら胃腸を整える治療をすればするほど、肺の炎症も治まって行くからです。 やはり胃腸がすべての根源なのです。 食べてすぐ眠るということは、胃腸は働いている訳で、実は眠れていないのです。 7時までに夕食を取る生活に変えて行けますか? 変えて行かなくてはなりません!」 午後からは阿波座でのグループレッスン。 初心者の方が多くおられるクラス。 前回必死で直した箇所が全く直っていないことに少々イラっとするが、いやいや、家 では時間を惜しんで練習して来ても、それでもやはり同じところを間違えてしまうの にちがいないと思おうとする。 何でも自分の物差しで人は計れない。 僕も歌を始めたころ、よく先生に「何度も同じ事を言わせるなよ!」と怒鳴られた。 あのころ先生を随分いらいらさせたのだろうと今さらに反省する。 夜は混声合唱団。 酷く風が強い中、いつもの団員さんと共に帰る。
2009.06.22
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・6,20、土 朝の女性合唱団に新しい曲を持って行く。 秋の合唱祭に向けて見付けた曲だが、曲も難しいし、詩も今までにない奇抜なものだ 。 団員の皆様が眉を顰める。 「またこんな難しい曲で申し訳ない、それにこの詩も芸術的に過ぎます」と注釈を付けて楽譜を渡す。 「それを押してもこの曲をやりたいんでしょ?」と一人の団員さんが質問をされる。 「はい、僕はこの曲に惚れ込んでしまいました」と答える。 それで話は終わりである。 皆さんの必死の譜読みが始まった。 午後は阿波座でのグループレッスン。 その後あべのの鍼灸印。 今日はご主人の診察で、僕の話を聞いてから脈を見て「これは気管支炎を起こし、肺炎の一歩手前まで来ています」と診断された。 それから彼は何かをぶつぶつ言いながら、いつもに増して生き生きと治療に当たった。 何だかこの症状を治療することが嬉しくて仕方ないという風にも見える。 数日前に奥さんの方に治療してもらった時には、そんなことは一言も言っていなかったし、水曜日に音声学の耳鼻科のドクターに見てもらった際もそんなことは一言も言われなかった上に、薬も抗生剤は出なかった。 でも僕の今の印象は、症状のしつこさからみても確かに気管支炎、肺炎という感じだ。 誰の言うことが本当かさっぱり分からない。 本当のところは、脈を見てどれぐらいのことまで分るのだろうと疑いたくなる。 何だか患者の話に左右されて診断してるようにも思えることもある。
2009.06.20
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・6.19、金 朝の女性合唱団の後友人のピアニストと合わせ。 未だ声は出にくく、注意しながらではあるが2時間近く休み休み歌う。 しかしそれが原因で、喉は少し悪果した感じ。 ここまでしつこい症状は今まで経験したことがない。 演奏会を前にして、精神的にもやや疲労が濃くなって来た。 その後奈良に向かい、学園前のレストランにてNSK混声合唱団運営委員会のミーテ ィング。 11月15日の第九演奏会への参加人数が溢れ、その整理と調整に苦心する。 全く嬉しい悲鳴ではあるが、参加者が当日舞台に乗れなかったら大変だ。 パートの人数バランスも難しい。 夜は混声合唱団。
2009.06.19
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・6.18.木 午後のレッスンに来られた生徒さん(30代女性)が、僕のブログを読まれて「風邪を引きにくくするには、やはりビタミンCです」とおっしゃった。 彼女のご主人は内科のドクターで、ご主人が推薦する特別なビタミン剤があるということである。 「是非試させて欲しい」というと「先生は多分いらないとおっしゃるにちがいないと思っていましたので、意外です。 鍼の先生に叱られませんか?(笑い)」 「黙っておきます(笑い)」 その後CAC混声合唱団の練習。 ファンドレイジングコンサートが終わって、今日からは再び「第一回CAC混声合唱団定期演奏会に向けて練習を始める。 ここでもブログを読んだ団員さん(50代後半女性)が赤じそのジュースお作って持って来て下さった。 彼女のご主人の健康のために、常々この赤じそジュースを造っておられたということで、ブログを読んで僕の分もわざわざ作って下さったという訳である。 皆さんにご心配をお掛けして、またそのご好意に感謝の一日であった。
2009.06.18
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・6.17.水 依然回復しない喉のため、午前中に再びあべのの耳鼻咽喉科を訪問する。 とりあえず今の情況を知るためで、出された薬は飲むつもつもりは初めからなかった。 炎症を起したまま幾つかの本番で無理をして、おそらく声帯お腫らしているのではと想像していたが、どうやらそれはないみたい。 ドクターの診断では、調子の悪いまま本番を幾つも抱え、その練習と当日の酷使のため喉の周りの筋肉がかなり張って、それがまた腫れの回復を妨げているということだ った。 「茶木さん、貴方はとにかく忙しすぎです。 一週間ぐらい声を休め、体を休める時間を取ることも大事ですよ。 レッスンをしたり、合唱指導をするだけでかなり声を使います。 その上、立て続けの本番での緊張感が精神的にも大変な疲労に繋がります。」 まあ確かに言われる通りである。 夜はアンサンブルクラスの練習。 出席者の少ない中、二つの演目に絞ってじっくりと譜読み練習が行えた。
2009.06.17
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・6.16.火 午前中に自宅でのグループレッスン。 午後からは富田林での出張グループレッスン。 伴奏のピアニストと話していて、先日富田林の石川沿いで起こった殺人事件の現在分かている詳細について話を聞く。 最近特に思い込みの激しい、真面目すぎて融通の利かない若者が増えているように思える。 富田林では、つい先日新聞配達中の少年が、悪魔のような大人に将来をもぎ取られる事件があったばかりである。 自ら一度しかない自分の人生を未来のないものにする破滅行為は、生きたくても生きることの出来なかった人々に対して申し訳の付かない行為である。 夜は阿波座でのグループレッスン。 皆さんやはり僕と同様風邪の爪痕に苦しんでおられ、歌えば咳き込むという状態が続く。 僕はとにかく声を休めることを念頭に、極力大きな声でしゃべらず、歌わずというレッスンを行う。 しかしこれはなかなか難しい。
2009.06.16
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・6.15.月 昨日日曜日は、指導に当たっている女性合唱団が大阪府合唱祭に参加するということで、狭山市のサヤカホールに出向く。 いつもながらものすごい数の参加団体数で、ホール内は人だらけ。 流れ作業のように舞台に出て行き、何時の間にか演奏終了。 客席からは拍手はあったが、何だかちょっと空しい感じ。 本番を持つということは団にとっては良いことだが、果たしてこの合唱祭に参加することに意味があるのかなと少し考える。 その後友人のピアニストと合わせ。 これから続く舞台に向けて練習に追われるが、喉を休める暇がない。 少し収まりかけていた喉の不快感が木曜日ぐらいからぶり返したようで、また咳が出始めて声もいよいよ出ない。 今日は朝からあべのの鍼灸院。 「やはり酷使していることが治りを遅くしている原因でしょう。 今の時期なら赤しそを煮てそのエキスを飲むと、粘膜と肺が潤って喉の荒れを治しますよ」 しかし先生の必死の治療にも関わらず、今の時点でやはり喉の不快感は消えていない。 何としつこい症状だろう。 昼のレッスンの後混声合唱団。 入院されていた91歳の指導者の先生が、退院の次の日にも関わらず練習に元気に見える。 いつものことながら、ものすごい快復力と生命力である。 先生を見ていると、生きる意慾のようなもの、音楽に対する情熱などがその力を呼び起すのだと感じる。
2009.06.15
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・6.13.土 今日はNSK混声合唱団とCAC混声合唱団、それに数人の男性の方々の助っ人を含めた合同演奏によるコンサートを、奈良女子大講堂にて行う。 前の日は遅くまで奈良学園前にて別の混声合唱団の練習で、今日は朝10時集合だったので女子大近くのホテルで宿泊。 12時にリハーサルを終了してから学食に行って昼食を取る。 当然のことではあるが若い女性で一杯の学食で、料理はとても美味しかった。 2時の開演の随分前からすでにお客様はぞくぞく来場下さり、定時に演奏会が開始された。 明治時代のどっしりした木造の講堂に、100年前のピアノでの演奏は何とも風情のあるもので、曲目も日本の古い童謡や唱歌などをアレンジしたものが多く、会場の雰囲気とよく合って合唱団の演奏も上々、お客様も楽しんでいただけたものと自負する。 その後中華料理店にて打ち上げパーティー。 多くの方がご参加下さり、大いに盛り上がった。 さて次は、NSK第一回第九を歌う会の演奏会を成功へと導くことに力を注ぎたい。
2009.06.13
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・6,11.木 28日のいずみホールでの演奏会の合わせのため、午後から大阪芸術大学に出向く。 母校のキャンパスを歩いていると、何十年も前の青春が懐かしく思い出される。 京都の田舎の盲学校の狭い世界から一挙に開放されて、目の回るほどの人の渦の中で何をどうしたらいいのか全く分からずおろおろしていた毎日が愛おしくさえ思える。 そのころの僕と同じぐらいの歳の若者たちが、大きなかばんを持って急ぎ足で何処かの教室に向かって足早に歩いている。 あれから何時の間にか多くの時間が流れたものだ。 夜は天満橋のプチエルにて、NSK・CACの最後の合同練習。 どうにか素敵な出来に漕ぎ着けた感じ。 明後日の奈良女子大講堂での本番が楽しみである。
2009.06.11
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・6.10.水 昼のレッスンでは、原因不明の咳と微熱でしばらく休んでおられた数人の生徒さんが来られた。 何人かが同じ症状であったが、風邪でもなく微熱が続くというのは何か納得出来ない。 温暖化の影響で梅雨の雨の降り方や、災害の起こり方なども昔と少しずつ変化して来ているとのことだし、魚や虫が理由もなく空から降って来る時代なのだ。 病気の原因も説明の付かない症状が出て来て当たり前なのかもしれない。 夜のレッスンまでに、6/13と6/28の演奏会の練習をする。 このところどたばたしていて、全く練習を怠っていたので焦る。 夜のグループレッスンでは、声の乱用によって疲れた筋肉を歌うことでクールダウンさせる方法について研究をする。 難しいテクニックには鋭い感覚が必要となり、そのような感覚を鍛えて行くのもまた訓練。 気持ち良い雨の降る中阿波座を後にする。
2009.06.10
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・6.9.火 正午から金剛での出張グループレッスン。 その後肥後橋の関西二期会事務所に出向き、オペラスコアーの一部をコピーさせてもらう。 アンサンブルクラスで新しく練習している二重唱の日本語訳がどうしても気に入らず、二期会にしかない楽譜をコピーさせてもらった訳だ。 僕はすでに退会しているので、CAの生徒さんで二期会会員の方にご同行いただき、本当に久しぶりに事務所を訪問した。 現在事務局長を務めておられるのが、昔度々一緒にオペラに出演し、いろんなことを教えてもらったり、励ましてもらったりした先輩(50代半ば男性)である。 久しぶりに顔を合わせても、彼は昔のままとても親切で、気取らない気さくな人であった。 皆歳を重ねると気難しくなったり、意識しあったりしてギクシャクするものだが、彼の温かい人柄は不思議なぐらい昔と変わらなかった。 夜は阿波座に戻ってグループレッスン。 木は切り倒され、家の柱になっても生きて呼吸しているのか?という話題になる。 「もう死んでいる」という意見もあり、「枯れていないのだから生きているはず」という意見もあった。 大工さんに聞けば「木造家屋は生きていて、呼吸している」と皆言うが、根っこがなく、光合成も出来ない木が酸素を出しているとは思えない。 かと言って枯れているようにも思えない訳で、これはいったいどうなっているのだろう。 ひょっとしたらこの疑問は、小学生が聞いたら大笑いする話なのかもしれない。
2009.06.09
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・6.8.月 7日の土曜日は、朝から鍼灸院訪問。 あくる日の演奏会本番に向けて、喉に残ったいがいがを何とか軽減してもらうためであった。 出来るだけの手は尽くしてもらって一層不快感は減少したが、完全という訳には行かず、声も元通りとはいかなかったが何とかやりこなさなくてはならなかった。 そこで、肝臓への思いやりの話になる。 肝臓の大事な仕事に「解毒」がある。 我々が取り込んでいるものの中から、様々な解毒作業に負われる。 アルコール・各種添加物・揮発する農薬と除草剤・シックハウス、その他いろいろ。 だが肝臓の仕事は解毒だけではない。 しかし解毒作業に負われてくたくたになり、他のことに手が回らず、それが長く続くとオーバーヒートする。 それが肝硬変に繋がり、肝臓癌に繋がる。 我々が肝臓の手を少しでも煩わさないために出来ることは、食生活を考え、睡眠時間を考え、環境を考えること。 その後奈良に向かいNSK混声合唱団。 13日の演奏会本番まで、NSKだけの練習としては最後。 何とか時間内にプログラム全曲を練習し解散。 あくる日7日は、合唱団鶴の定期演奏会の午前中からのリハーサルのためいずみホールに向かう。 満員のお客様の中、指揮を振ったり、歌ったりで忙しかった。 僕はやはり好調とはいえず、心残りな演奏であった。 それでも2006年のいずみホールでのリサイタルではノロウィルスに侵された体調の悪さの中、声を諦め、心だけで舞台に立った経験をしてから、体調に左右されず、一つ一つの舞台を二度とないものとして大事にすることを学んだ。 あれは僕にとって大事な経験であった。
2009.06.08
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・6.5.金昼のグループレッスンの後、生徒さんたちと世間話をしていて、核の話題となる。二人の女性が「日本も核を持つべき」と主張される。もちろんこの問題はとても難しいのでいろんな意見があって当然だし、其々が自分なりの考えを述べればいいと思う。僕の思いを言えば、いくら「決して使いはしない、持っているだけ」と言っても、それは人殺しの道具であり、腰に大刀をさしていないと他人と対話出来ないという風潮は、怖ろしく程度の低いことだ。各国にバカにされても、テポドンで脅されても、安保理の理事国に入れてもらえなくても、それでも核を持たない先進国という誇りを国民全員が持つべきではないか。それこそが子供たちに胸を張って見せられる人間らしい生き方だ。もちろんそこには我々庶民の知らない難しい問題があるのだろう。小泉元総理がロシアで発言した「アメリカとロシアが率先した核廃絶を!」を大声で発言することだって、我々には分らない難しさがあるはずだ。しかし今までと大きく違うのは、アメリカの大統領が核廃絶を訴えているところである。だからこそ小泉さんも大声でそれが言えた。本来は現在の総理がいうべき発言だとは思うが。もちろんアメリカが核を持たなくなるには時間が掛るとは思うが、小泉さんも言っているように、オバマ大統領の引く列車にうまく乗って、各国の政治家が核廃絶に声を上げれば、今だからこそ何かが動くのではないかという期待も少し感じる。先日も述べたように、核を持たない日本こそが最も新しい先進国だと注目される日がきっといつか来るはずだ。
2009.06.05
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・6.4.木 昨日は夜に日本シューベルト協会の演奏会のために、西宮文化会館に出向く。 10人の歌い手が其々の選んだドイツ歌曲を演奏した。 普段からドイツ歌曲に関わって好んで演奏している歌手と、そうでない歌手の違いは歴然である。 例え素晴らしい声で完璧に演奏されても、舞台では嘘が付けない。 ドイツ歌曲とは不思議なものだ。 これはシューベルト協会の演奏会ではいつも思うことである。 ・6.4.木 昨日は夜に日本シューベルト協会の演奏会のために、西宮文化会館に出向く。 10人の歌い手が其々の選んだドイツ歌曲を演奏した。 普段からドイツ歌曲に関わって好んで演奏している歌手と、そうでない歌手の違いは歴然である。 例え素晴らしい声で完璧に演奏されても、舞台では嘘が付けない。 ドイツ歌曲とは不思議なものだ。 これはシューベルト協会の演奏会ではいつも思うことである。 今日は午後のグループレッスンと夜のCAC混声合唱団。 今ちょうど教室の前の道を掘り返して道路整備を行っている。 今日は午後のグループレッスンと夜のCAC混声合唱団。 今ちょうど教室の前の道を掘り返して道路整備を行っている。 別に今まで通りでも何の不都合もなかったと思うが、わざわざ砂埃を立てて路を掘り返し、新しいコールタールを引いている。 部屋にいて急に咳き込み喉がいがいがして来て、考えてみるとどうやらその工事のせいのようだ。 空気清浄機をフル回転させて、だいこん蜂蜜を喉に流し込んでやっと収まったが、腹 が立った。 無駄使いの公共工事のために、修理中の喉の荒れをさらに悪化させる気か。 町では僕と同じような咳をしている人が多く見られる。 周りの友人にも多いが皆症状は似ていて、はじめ喉がいがいがするところから始まるが体 はいたって元気なのでほっていると、そのうち酷い咳になって眠れなくなる。 そして皆口を揃えて言うのが「抗生剤が効かない」。 実際僕も火曜日から飲んでいるが、一向に快復の兆しを見せない。 風邪プラス黄砂と花粉が原因で長引いているという説もあるが、そこから何処かに菌 が入って微熱が続いている友人もいる。 何だか少しずつ風邪の具合も昔と変わって来た。 とにかく風邪を引かない体作りが求められる。
2009.06.04
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・6.2.火 朝に耳鼻咽喉科に出向く。 喉はまっ赤で声帯まで腫れ掛けているとのことで、日曜日の演奏会を考えると仕方なく抗生剤に手を出さざるを得ないようだ。 このようにして体は蝕まれ、弱って行く。 歌う限り、とにかく風邪を引かないことが生き延びる基本だということだ。 随分長く薬に手を染めずやって来たのに、残念な悲しい気持ちで阿波座に向かう。
2009.06.02
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・6.1.月 5/30の土曜日は6/13に向けてNSKとCACの両合唱団の初めての合同練習を、奈良の西部公民館にて行った。 やはりこれぐらい大人数での合唱は気持ちがいい。 ハーモニーもぐんと広がり、細かい粗が隠される。 びっちり3時間練習して終了。 その後CACのこれからの運営についてのミーティングのため、スタッフとともに生駒市にある韓国料理店に行く。 練習中から喉の左の奥がカサカサして来ていて、店に着いた時は完全に風邪を引いたという感じ。 次の日曜に一つ本番があるので、困ったことになった。 最近風邪を引きにくくなったのに、どうしていつもこんなタイミングで体調を崩すのだろう。 一週間で何とか治すしかない。 店ではサンゲタンを注文して、風邪に対抗。 日曜は仕事もキャンセルして一日寝る努力。 今日は急遽午前中にあべのの鍼灸院訪問。 治療のおかげで体の倦怠感はなくなったが、喉のイガイガはまだ消えず、声は出ない。 午後のグループレッスンを終えて、夜は混声合唱団。
2009.06.01
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