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・2、28、木 46億年前に地球がビッグバーンにより誕生して、37億年前に生物誕生。 ただオゾン層が確立していなかったため、紫外線が強すぎて生物は地上に出てこれなかった。 まだ形もない海の底や地下に住む生物である。 7億年前に大氷河期があり、なおさら生物は地上では繁栄しなかった。 5億5千万年前(古生代)に三葉虫やアンモナイトが出現し、二億年ほど栄える。 このころはとても暖かかったらしい。 その後古生代と中生代の間に第一氷河時代が訪れ、ほとんどの生物が死滅。 しかしこの時の気温は、丁度今ぐらいだったという。 その後暖かくなり恐竜が出現(中生代)。 二億年ほど栄えたが、六千万年ほど前に隕石落下による気候変化で死滅。 その後ネアンデルタール人出現。 彼らも三万年ほど前に寒さにより死滅。 今から約一万年前に我々が出現(伝説のアダムとイブのころ) 気温は暖かく、今より20度は高かったという。 そして今は第二氷河時代 これからどんどん寒くなり、全球凍結に向かう。 だから人間のできることはもっとCO2を出して、少しでも暖かくすることだそうな。 ようするに真っ裸で生活するのが我々の本当の姿であり、昔は寒冷化で寒くなっても暖房もなし、服もなしで死ぬしかなかったということか。 例えば今の気温で、家も服もなければ凍死するかもしれない。 そして暖かい時代にも、氷河時代にも温度の小さな波のようなものはあったらしい。 だからアルプスの氷が上の方だけになったり、下まで覆われたりするのは、何億年繰り返されていることらしい。 何故そのような気温の波が起こるかというと、太陽は焚き火のようなもので、ちょっと日の勢いが高まると暖かくなり、火の勢いがちょっと弱まると寒くなる。 その上雲の出来具合、磁力、地軸の問題なども関係するとか。 人間が出すCO2などその自然の変化には何の関係もなく、ようするにちょっと気温が上がったり、下がったりしてもぎゃーぎゃー騒ぐなということだ。 ーーーーーーーーーー 集中講演録・地球温暖化(第二話) 「syuutyuondanka02tdyno.67-(11:35).mp3」をダウンロード [Bandicam_2xxx-xxx-xxxxx_xxx-xxx-xxxxx。] 地球温暖化第二話です。ここでは現在は「第二氷河時代」でとても寒いこと、今後は 寒くなることが予想されることをお話しします。 (平成25年2月17日) 武田邦彦
2013.02.28
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・2、26、火 鍼灸師の話を聞いていると、まず脈診で免疫がいやに騒いでいることを確認。 次にそれが何を対象に騒いでいるかを調べる。 免疫というものは、我々の体の国防軍である。 外部から悪とみなされるものが進入して来ると、出動してその敵と水際で戦う。 悪を排除しようとする働きが熱であり、鼻水やくしゃみや扁桃腺の腫れなのだろうと思う。 鍼治療では、その敵が何者かを知るために、まずアレルギーを抑えに掛かる。 それでも免疫の騒ぎが収まらないとすると、風邪の可能性が疑われる。 そして風邪であろうが、アレルギーであろうが、鍼によってこの免疫に力を与え、武器を強化することによって、彼らは侵入者に打ち勝つことができる。 この軍の力は、本来初めから我々の体が備え持っているものであるが、生活の中で胃腸を弱らせ、肝腎膵の機能を低下させ、免疫が充分に力を発揮することのできない環境を作り上げている。 これを一つずつ解除して、総合的に免疫力を本来の戦力に持って行く訳である。 だから鍼治療によって風邪菌やアレルギーの基になる侵入者を排除する軍の力は、本来は我々は体に持っているということになる。 鍼治療はただその自己治癒力を呼び起こしているに過ぎない。 だから薬を飲んで即座に病気を治すようなことはできないし、一旦病気になってしまえば開腹して医者に切り取ってもらうしかないのだ。 よっていつも言うように、東洋医学と西洋医学は共に届かない部分を補い合って、両者合わせてようやく「医学」と呼べるのではと僕は思う。 だが両者はいがみ合っているのが現状。 兎に角我々は常々予防しなければならない。 その予防の大きなテーマが免疫力であろう。 免疫力をおとさないためには肝腎水の機能が低下しないことであり、胃腸に断続的な負担を掛けないということであろう。 だからもとを辿れば胃腸の健康が第一であり、胃腸に負担が掛かればアレルギーも酷くなるということになる。 だがしかし我々の免疫ではどうにも太刀打ち出来ない強力な侵入者も現代にはあるようで、その一つが化学物質アレルギーである。 以前あった話だが、ある夫婦(50代)の奥様が科学物質アレルギーを発症し、都会に居られなくなり、ご主人は仕事を止めて二人で山にこもる。 山にこもってもやっぱり化学物質からは逃げることはできない。 周りには鍋釜、冷蔵庫、暖房器具、洋服など、すべてこれ科学物質で、すべてのものに反応して頭痛、吐き気、じんましん、呼吸困難、精神不安定を引き起こし耐えられない。 ある日入院先の病院の屋上に佇む奥様をご主人が見つける。 奥様は微笑んで「あなた、ありがとう」と言って屋上の柵を乗り越える。 ご主人は奥様の毎日の苦悩を思えば彼女を止めることができず、飛び降りる奥様を黙って見送った。 これが我々誰にでも襲い掛かる可能性のある化学物質アレルギーであろう。 小麦粉、卵、チーズなどに反応する人も、その原因が体内の菌の減少だけだろうかと僕は思う。 これはその食材に含まれる化学物質に対して容量一杯を示すものではないだろうか。 そうなると花粉やダニとは違い、明らかに人災である。 我々の免疫は、今や一年中あらゆるアレルギーの基と戦い続け、我々は生活態度の中で免疫の仕事の邪魔をし続ける。 ーーーーーーーーー 健康談議(1) 病気とアレルギーのイタチごっこ 「kenkoukiseityuutoarerugitdyno.64-(7:12).mp3」をダウンロード アレルギーで苦しむ人が多い。この時期なら花粉症でアレルギーの典型的なものだ。 この他、アトピー、そばアレルギーなどがあり、場合によっては死に至る。 少し前まではアレルギーという名前すら珍しいものだった。当時はアレルギーという と対人関係などで主に使われ、「俺はどうもあいつにアレルギーがあってな」などと 使っていた。ここで言う「あいつ」とは「人」のことで、それが今ではアレルギーと 言えば病気の事を指す。 [Bandicam_2xxx-xxx-xxxxx_1xxx-xxx-xxxxx。] このグラフは埼玉医科大学の丸山先生のご講義のものだが、横軸が西暦、縦軸が感染 者数だ。かつては結核や寄生虫などが多く、それで苦しんだのだが、今では結核は少 し残っていて危険ではあるが、寄生虫をお腹に抱えている人は少ない。 ところが、その代わりにアレルギー性鼻炎やアトピー性皮膚炎が増えてきている。つ まり、従来の病気が無くなり衛生的な環境になるとまた別の困ったことが起きるとい うことだ。 考えてみると当然かも知れない。 もともとアレルギーというのは「体にとって害をもたらすと思うものが侵入してきた ら、それに対する抗体を作って防御する」というもので、異物排斥である。 異物のほとんどは「害を為す異物」のことが多いので、体は強く反応して異物を取ろ うとする。寄生虫などはそれに当たるが、異物が少なくなってくると人間は「長い人 類の歴史上、ほとんど異物のない生活」を迎えて免疫系が有効に働かなくなってしま った。 もしかするとスギの花粉も人体に対して強い毒性をもち、それが故に「排斥しよう」 と鼻水、涙をドンドン出して防御しているのかも知れないし、もしかするとスギの花 粉は人体に対して毒では無いのに、無意味に反応している可能性もある。 今の所、スギの花粉はあまり毒性が強くないと言われているが、わからない。人間の 体がそれほど長い間、錯覚することもないように思うからだ。また、いったん抗体が できると反応が徐々に厳しくなり、ついには自らの命を奪うほどになる理屈や治療法 もまだこれからである。 ・・・・・・・・・ 私が医学分野では無いが、「生物の相互作用」については長く研究してきたが、生物 同士の争いは常に「イタチごっこ」である。イボタという植物とそれを食べるイボタ 蛾の話を良くするけれど、イボタが食べられないように防御すると、蛾の方も対策を 立てる。 このこと自体が生物を進化させ、人間という種を生んできたのだから、イタチごっこ 自体は悪いものでもない。最近のアレルギー反応や抗生物質の効かない細菌などはそ の典型的なもので、これらの本質を生物や医学、それに哲学も含めて研究を進める必 要があるだろう。 (平成25年2月17日) 武田邦彦
2013.02.26
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・2、20、水 パート2 武田氏のブログの音声で、ようやく何故20年ほど前から全国的に夏の気温がじりじり上がって来ているかが説明された。 まず、今は寒冷化に向かっている。 そして現在は氷河時代の中にいる。 地球が氷河時代ではない通常の状態である時には、北極にも南極にも氷はないのだという。 そして人工衛星から調査すると、北極も南極も現在氷の面積は変わっていないらしい。 氷の厚さについては少々薄くなっているらしいが、白熊が住めなくなるような問題ではないし、それは人間の仕業とは関係はないらしい。 宇宙のビッグバーンによって元素が飛び散り、土・鉄・水・CO2の元となる元素から地球が出来、その後そこにオゾン層やその後生物が出現し始めた37億年前には、地球上のCO2は95パーセント。 今は0、04パーセント。 地球上のあらゆる物質はCO2によって出来たのに、今はそんなに減ってしまって、その上、人間どもは「CO2削減!」ばかり訴える。 CO2が地球上からなくなると、生物はすべて生存できなくなるらしい。 それにCO2が減ると気温も下がって行くので、いずれ来る地球全部が20メートル以上の氷に覆われる完全な氷河期(全球凍結)を近づけることになるとか。 それはたった1000年先のことという研究もあり、人間なんて寒さに弱いから1000年もしないうちに死滅しているだろう。 さて、現代の夏の気温が20年ほど前から5度ほど上がっているちっぽけな話だが。 氷河期に向かっているのにどうして気温が上がっていくの?という疑問は誰もが持っているはずだ。 そしてそれは温暖化しているからと一般的に説明されて、我々は納得している。 武田氏は「今は氷河期に向かい、温暖化はしていない」と言い続けながら、じゃあ今気温が上がっているのは何故かについては、いくら待っても納得できる説明がなかった。 「なんだ、やっぱり温暖化はしているんじゃないか。 そしてその理由は今の科学では解明できないんじゃないか」と思っていたが、ここにやっとその説明が成された。 土や木は水分を出して温度を下げる。 大都市では一面アスファルトで地面を埋め、木を伐採する。 だからそこの気温が人工的に上げられる。 その証拠に、夏東京や大阪で気温38度の時、沖縄34度、シンガポール33度というようなことが起こる。 本来は20度から35度ぐらいまでが正常な気温だそうで、都会の夏は、人間が人工的に起こしている温暖化だそうな。 なんだ、長年の疑問がそんなチンプな話だったのか。 どうやって、またどんな物質で地球が出来ているかを知っている科学者は、温暖化のことなど絶対言わないとか。 これが本当なら、それを利用して様々に企んで国民を騙すつもりの連中が居る訳だ。
2013.02.20
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・2、20、水 靉光画稿展でスタートした現代画廊は、計算すると洲之内氏約54歳のころから74歳のころまで経営され、突然意識不明になって他界している。 その狭い屋根裏部屋の画廊には常に画家の友人や画家ではない友人などが屯していて、常に賑やかだったようだ。 洲之内氏は、人々を引き付ける何か不思議な魅力のある人物だったのだろう。 無名の若い画家は、皆自分の作品を見てもらうためにリュックに詰め込めるだけ作品を入れて洲之内氏を尋ねた。 そんな中にもはっと思わせる画家がいたり、絵自体はへただが、でもその中にも何かしら光るものを見せる画家がいたりした。 何処かで無名の画家の作品を目にして、どうしても自分の画廊で展覧会をしたいと思い情熱を燃やすことも度々であった。 しかし大概の場合がすでにその画家は若くで苦悩の中に死を迎えているのだ。 で、遺作展ということになるのだが、そのようにして画家の死後優れた人物を発掘したその一人が佐藤哲三である。 洲之内氏はこの不運の天才画家である佐藤哲三の影響で新潟に魅せられて行き「年を取ったら新潟の出で湯に小屋を建てて、そこで雪に埋もれて死んでやる」と述べている。 彼の著書である「絵の中の散歩」や「気まぐれ美術館」などには、そのように有名無名な画家が紹介され、作品がどう魅力的かが書かれ、絵の写真がそのつど掲載されているようだが、僕自身はその絵を見てみることの出来ない口惜しさがある。 もし見えていたら、彼の著書に出会ったことでおそらく生まれて初めて絵画の世界にどっぷりと没頭して行ったことだろう。 それほど彼の文章と、じりじり伝わる彼の絵への情熱が魅力的なのだ。 また戦前の東京の町並みを多く描いた画家、松本俊介の話がよく出て来るが、これは東京の住宅街を描いたものではなく、神田辺りのゴミゴミした工場地帯や鉄橋や公衆便所などが描かれているのだ。 これは僕としてはどうしても見てみたい衝動に駆られる。 また著書には絵のことだけではなく、すぐに話が脱線して貧乏生活のことや、若い時に検挙された時の話や、遺作展を開くために日本各地絵を借りにぼろぼろのダットサンに乗って彼女と二人で駆けずり回る話や、著名な画家との個人的な付き合いなどの思い出が描かれているところがまたとても面白い。 その生活が余りにも庶民的で、昭和的で、凡庸的なところがとてもいい。 また、書かれている画家たちの一生を見ていると、皆貧困の中で燃えるような情熱を持って絵を描き、20代後半か30代前半の短い一生を終えている。 あるものは病魔に襲われ、あるものは自殺している。 たとえば田畑あきら子という画家など、28歳の若さで突然胃癌を発症し、あっという間に死去しているし、靉 光などは戦地でマラリアにかかり骨と皮だけになって20代半ばで死んでいる。 佐藤哲三にしても、元々脊髄カリウスだったため30を超えてすぐ死去している。 皆誰に賞賛されることもなく作品は彼らの死後も何処かに積み上げられていて、ある時何かの切っ掛けで目利きに発掘され世に出るのだ。 でもおそらく、世に出ることなく葬られた優れた作品と天才画家はたくさん居るのだろう。 我々の眼や耳を通して心を慰撫する美術や音楽は、洲之内氏のような心を持った目利きを待っているのだ。 僕は自分でこの本を見てみることはできないが、それでも作品の写真がたくさん収録された彼の本がほしくて探してみると、すべて絶版で手に入らない。 古本屋を検索すると「絵の中の散歩」を一冊¥3000で見つけた。 普通に買うよりおそらくかなり高いだろうが、それでも購入することにして注文した。 間もなく届くと思われるが、何しろ僕自身は見て楽しむことはできないので、せめて周りの皆様に読んで欲しいと思う。 希望される方には貸し出すこととするので、遠慮なく申し出て欲しい。 もちろん貸し出しは無料である。 洲之内氏が人には譲らず自分で抱え込んでいた絵画、彫刻など146点が、宮城県美術館にあって「洲之内コレクション」として少しずつ展覧されているらしい。 彼の書いたものを読んでいると、人々の一心不乱な泥だらけの短い一生と、我々は何のために一瞬の時間をここで過ごすのかについて、また沈思黙考させられることとなる。
2013.02.20
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・2、19、火 パート2 僕がこの洲之内 徹(すのうち とおる)という人物に入れ込んでしまったのには幾つかの理由がある。 絵に対する真摯な姿勢、目利きとしての優れた能力、作品と作者に対する無垢な好奇心である。 戦後1952年に中国時代の友人田村泰次郎の勧めで上京。妻と3人の息子を抱えつつ無収入で小説を執筆し、一家離散を経験。 中国で細君と出会ったか共に渡ったか分からないが、引き上げて来る時にすでに幼い息子を二人抱えての帰国だったようだ。 そしてすぐもう一人生まれて家族五人になっている。 しかし兎に角その日食べる金もなく、家族五人が共に住むことを諦め、細君は姉を頼って幼い子供三人を連れて京都に行く。 京都で細君は大変な苦労をするようだが、洲之内は彼で東京下町のぼろぼろのアパートの四畳半の部屋に住んで、小説を書き続ける。 そのうち田村氏が画廊を開くこととなり、彼は支配人として雇われるようになる。 もちろん彼はそれまで自分が専門に勉強したとは言え、絵に関わる仕事をすることになるとは思ってもいなかったと回想している。 そこから洲之内の絵に対する目利きとしての芽が開いて行き、良い絵に出会った時の興奮と身の振るえ、「盗んででもこの絵だけは手に入れたい」と思うまでの絵画への執着が「絵の中の散歩」に記されている。 やがてこの画廊が経営的にうまく行かなくなり、田村氏が手を引いた後洲之内がそれを引き継ぎ経営者となり、今までの店舗を出て、ジャバラ式の古いエレベーターのあるみすぼらしいビルの屋根裏部屋に「第二次現代画廊」を設立した。 これが彼自身が言う「東京で最も小さな画廊」の誕生である。 彼はだらしないところも多く、画廊にはアルバイトの女の子を置いて自分は午後の3時にならないと出勤して来ない。 ではそれまで何をしているかと言うと、その四畳半の部屋で寝ているのである。 毎晩朝白み始めるまで本を読んだり、調べものをしたり、地図を眺めたり、頼まれた原稿を書いたりする生活。 ずっと深夜テレビを見ていることも多かったという。 家族が京都で爪に火をともすような生活をしているにも関わらず、自分も金がないのにパチンコをしたりたばこを一日60本吸ったり、毎晩画廊の客を連れてビアホールでビールを飲んだりした。 幸い彼は酒があまり飲めず、小さなジョッキに一杯が精々だったそうだが。 背も余り高くなく、本を出版するようになるころは60歳を超えていたようだが髪は黒々と長髪。 着た切り雀のジャンパーに廃車寸前の中古のダットサン。 にも関わらず女性には持てたようで、はっきりとは書かないがどうやら若くて綺麗な彼女と長く付き合いがあったようだ。 そんなちゃらんぽらんな彼も、こと絵のことになると驚くような真摯な姿勢になり「芸術家というのは作品を作る者だけではないんだな」とはっとさせられる。 彼の著書の中に「今までの歴史の中で、本当に良い絵を発掘し世に残して来たのは、いつも評論家ではなく目利きの方だ」というのがある。 全くその通りで、どんな芸術の分野でも目利きがいなければ作品は我々の目の前には現れて来ない。 音楽の世界では、現代この目利きが何処にも存在しないという状況にあると思われる。 洲之内氏は彼の見込んだ無名な画家を世に紹介することばかり手がけ、当然世間ではなかなかそれに値は付かず、また素晴らしいと惚れこむ絵は自分で抱え込んで売り物にしないものだから、画廊はずっと貧乏なままである。 画廊に彼の惚れこんだ絵を掛けておいて、客がこの絵を売って欲しいと言うと「それは売り物ではないんです」と断る。 それで著名な美術評論家や美術館の館長と大喧嘩になるということもしばしばであった。 つづく
2013.02.19
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・2、19、火 今 洲之内 徹という著者の本をいくつか読んでいる。 (1913年1月17日 - 1987年10月28日) もともと彼の「絵の中の散歩」という本に出会ったことが切っ掛けであった。 彼は若いころに小説家になりたくて、三度も芥川賞候補までになったが結局受賞はなく、小説家としては大成しなかった人物である。 本職は画廊経営で、彼自身「東京で一番小さな画廊」と称する貧乏画廊を最後まで何とか経営した。 若い時に絵が描きたくて東京の美大への入学を希望したが父親に反対され、建築学科ならということで許可をもらってそこでデッサンを習う。 しかし左翼運動に没頭し、昭和最初の515事件を切っ掛けに大々的な赤狩りに合い検挙、逮捕され1年半ほどの牢獄暮らしを余儀なくされ、大学からも除名される。 身元引受人の母と共に郷里の松山に帰るが、そこでも検挙され牢獄入りする。 後に彼が回想しているが「私は10代のころ友人たちとプロレタリアート美術同盟を結成し、絵も描かずただ皆で集まってマルクスィズムの話ばかりしていた。 でも結局そこからは優れた作品も芸術家も一向に生まれはしなかった。 ただ酒を飲んで議論していただけだ。 そのころを思うとどうしようもない空しさに苛まれる」 結局そのような学生たちの活動に警察が目を付け、ちょっとお灸を据えるつもりで一年半留置してリンチに掛けたり、80時間以上眠らせず尋問したりしたのだろう。 それでも懲りず、松山に帰っても共産党に関わる活動を続け、もう一度松山でも検挙されている。 しかし今度は留置場であっさりと転向(おそらくこれは左から右に考えを変えたことを文章か何かで書かされるのではないだろうか)し釈放されている。 その後1938年に軍の宣撫班員となって中国大陸へ渡り、対共工作と情報収集に携わった。 この任務は「元左翼運動のものなら、中国で情報収集の仕事などには長けているだろう」という訳の分からない理由から与えられた仕事だそうだ。 結局そこに9年間居て終戦を迎えて帰国。 帰国しても何の仕事もなかったが、彼は「自分は小説を書いて食べて行くぞ」と決心し、中国で見た日本軍上層部の悪行極まる犯罪行為の数々を暴露する内容の小説を書き、芥川候補となるが、選考委員から酷評を受け落選。 それを三度繰り返し小説家になることを諦める。 その時の選考委員の批評を読んでみたが、ボロクソである。 「取り上げている内容は面白いが、ただ事実をだらだら書くだけでは小説ではない、ただの作文である」というのもあった。 しかし僕はその「砂」という作品が読んでみたくて、デージー(読書録音資料)を探してみたが、本はあっても読書CD化はされていなかった。 つづく
2013.02.19
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・2、19、火 マスコミでは福島原発事故の話はすべて終わったような顔をしているが、東北の子供たちにどんどん甲状腺癌が見付かっているようである。 「放射能など人体に影響ははないんだ」「広島原爆の被曝者も今も元気に生きているじゃないか」「セシウムなんていうのは、実は人体に影響なんかないんですよ」などと述べていた僕の周りの人たち、小学校で親に言われてマスク着用で登校して来る生徒を罵倒した教師など、これから形に表れて来るだろう悲劇に対してどう言い訳するつもりだろう。 目に見えない放射能に対して、子供たちの発病でしか反論できないこの悪魔の物質、そしてその悪魔を一体何のためだか分からないが擁護する一般庶民。 僕たちが子供のころ見ていたウルトラマンのバルタン星人の巻でも「人間は何故だか放射能に弱い、だからやつらを死滅させるのは簡単なことだ、あの美しい地球と呼ばれる星はまもなく我々バルタン星人のものだ」と声を上げて笑い、その計画をウルトラマンが阻止して地球を救うではないか。 「今からでもやるべきことはある」と武田氏は訴える。 しかし親たちが動かなければ子供たちは助からない。 親には儲けが必要。 親が仕事に噛り付けば本来100年間人間は住むことの出来ない土地に無理やりにでも住む。 東電は国に守られながら倒産に追い込まれることもなく知らん顔で今まで通り営業して、続けて贅沢三昧。 電力会社のバッシングも計画通りそろそろマスコミからフェードアウト。 この国の体質の根源を辿れば、有識者、役人のトップが、個人の利益のみを考えて国を食い物にするという者たちから、常識的に国そのものを思いやるという者たちの指導に変わらなくてはならない。 では、どうやってそのような指導者を育てるのか。 ある人の意見では「昔は公爵とか華族とか男爵とかいう、いわゆる先祖からの貴族のような人たちが政治を動かしていた。 それに対して今は個人の裁量だけでエリートと呼ばれることになった者が、結果国を動かすことになっている。 だからすぐ個人の利益の方にばかり傾いてしまうのだ」と。 この意見が的を得ているかどうかは分からないが、兎に角このような根源に触れた部分の議論を誰かがして行かなければ、いつまでもアングロサクソン方式の同じことの繰り返しだろう。 ーーーーーーー 原子力と被曝 福島で甲状腺ガン50倍。国は子どもの退避を急げ! 2013年2月14日、福島県健康管理委員会が3人目の甲状腺ガン(いずれも子ども)の発 生を報じました。また7人が「ほぼ甲状腺ガン」と診断されています。男子3名、女子 7名です。 [Bandicam_2xxx-xxx-xxxxx_1xxx-xxx-xxxxx。] 甲状腺ガンは18才、40才ぐらいから増えるガンで、女性に多いのが特徴です。福島で は18才以下の子ども18万人の対象のうち、3万8千人が検査していますので、国立が んセンターのデータでは、10万人に0.6人程度なので、3万8千人なら「0.2人」が平均 的ですから、その約50倍に当たります。 通常はお医者さんというのはできるだけ病気にならないように、注意をされるのが普 通ですが、福島の医師団だけは「病気になる危険を冒せ。病気になってもかまわない 」という態度に終始しています。 今回も「被曝による甲状腺ガンは4,5年かかる」と説明していますが、それは「医学 的」に間違いです。というのは、「平均して患者が増えるのが5年目から」というの と、早期にガンにかかる子どもがいつからでるかというのは違うからです。 [Qa1702。] チェルノブイリの患者発生のグラフは左の通りです。このグラフを見ると1988年4月 の事故から4年目から甲状腺ガンの子ども(18才以下)が増えていますがチェルノブ イリの近くのウクライナ、ベラルーシに限って言えば、明らかに2年後には増加傾向 にあります。 このことは、平均して甲状腺ガンがでるのは4年目からだが、早期にガンになる子ど ももいるということを示しています。すでに3人が手術をしたと報じられていますが 、実に可哀想です。 国は直ちに次の事が必要です。 1)高濃度被曝地の子どもを疎開させる(除染は間に合わない)、 2)汚染された食材の出荷を止める、 3)ガンになった子どもを全力で援助する、 4)除染を進める。また親も含めて移動を促進する。 5)「福島にいても大丈夫だ」と言った官吏を罷免し、損害賠償の手続きを取る。 日本の未来を守るために、大至急、予防措置を取ることを求めます。 (平成25年2月14日) 武田邦彦
2013.02.19
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・2、18、月 パート2 武田氏は、白人が有色人種に対して持ち続ける蔑笑心にどうしても我慢がならないようだ。 おそらく学会などではいやになるほどそのことで痛い目に合うのだろう。 で、その感情が思い余って「北朝鮮の原爆実験は正しい」などというちょっと行き過ぎな発言も口を突いて出ている。 彼にはそういうところがあるのだ。 「核は北朝鮮だけではなく、アメリカを始めヨーロッパ各国が保有し、それは北よりも何倍も大きなものだ。 それに対して北朝鮮は完全な独立国で、核を廃止すれば必ずアメリカが踏み込んで来る。 自衛はどうしても必要なのだ、アングロサクソンのいつもの欺瞞にまるめこまれてはならない」という思いが「北朝鮮の核実験は正しい」などという極端な発言ににして世間にショックを与えるという刺激方法になってしまうのだろう。 どちらにしても持っている刀を鞘から抜いて、チラつかせるなどというのは非難されなければならない行為であるのは事実だ。 それとは別に、我々有色人種が今もなおアングロサクソンの詭弁法にまんまと丸め込まれて経済的、精神的植民地とされていることに気付くべきなのだろう。 アルジェリアの痛ましいテロ事件も、フランスによって今も続く経済植民地化が原因という。 表向きにはフランスの植民地から開放されたとしているが、実のところフランスはその経済的利益については手中にきっちり握ったままだ。 アルジェリア庶民にしてみれば「何故自国の財産を他国のものに持って行かれ、自分たちが貧しい生活を余儀なくされなくてはならないのか」という憤りがある訳だ。 もちろん彼らには技術というものが不足しているからまた問題も複雑なのかもしれないが、ここでまたアングロサクソンの詭弁法があり、まるめこまれた形があり、おそらくそこが植民地たる悲しさの継続なのだろう。 武田氏いわく「植民地化がなくならなければ、テロはなくならない」 そして結果ヨーロッパに傾いた形で参入しているニッキの技術者がやられたということになるらしい。 イギリス・アメリカ・スペイン・オランダなどの植民地戦争を続けた大国はすべてその他国を解放したと言いながら、経済植民地化は継続して、そのことに学者を動員して立派な詭弁法を立てて他国を納得させ、恨みをできるだけ生まないように、世界の非難を受けないように立ち回っているらしい。 もちろんアメリカにとっての日本もその一つだ。 日本のように何も考えず勢いだけで朝鮮半島、中国を攻めて満州国を打ち立てて、結果世界中から非難を受けるなどというバカなことはやらない。 日本はこの百何十年という間、ずっとアングロサクソンの行動の上澄みだけを真似して、全部失敗して来ているとも言える。 その中でも少しは産業の面で日本独自の根のある仕事もあったようだが、アングロサクソンのやることと違っていれば間違いと思って消去して来たこともあるのではないか。 そして今日本人の考えや行動の非人間的なところも、アングロサクソンのやり方の丸ごと取り入れが原因である可能性があるという。 ●学校内の教育でさえヴィジネスだから、勉強できないやつは落第、暴れるやつは退学。 金持ちになりたきゃ勉強しろ! ●生徒は勉強さえしていればいいから、掃除は掃除婦がやり、暴れるやつは警備員が連れ出す。 ●詭弁法を巧みに使い、人を騙してでも金を手にして、40歳も超えたころには楽隠居してのんびり暮らす。 その他もろもろ。 このようなアングロサクソンの生き方、ドライな考え方は我々有色人種、特に日本人には合わないという。 江戸時代以前を見ると分かるように、我々はもともとウェットな民族で、だからこそ義理と情の中で熱い涙も流して生きてこれたのかもしれない。 しかし今の日本の政治家や官僚などの有識者たちがアングロサクソンを崇拝し、何でも彼らの真似をしたがり、要するに信者となっている。 これでは日本はこれからも経済的にも精神的にも衰退を止めることはできないかもしれない。 他人の成功ばかり羨んで、自分たち独自の方法をいつまでも見つけられず、人真似ばかり模索して迷い彷徨うようでは百年前と全く変わっていないということになり、一層アングロサクソンに鼻で笑われることになるだろう。 確かにそういう問題定義としては、武田氏の意見は貴重かもしれない。 ーーーーーー 野蛮と文明(1) ヨーロッパと知識人の詭弁術 「europe01tdyno.64-(11:02).mp3」をダウンロード アジア人は300年余、ヨーロッパ人の圧倒的な軍事力と巧みな戦略にダマされてき た。今でも「ヨーロッパ(アメリカを含む)がやっているから正しい」という奇妙な 論法を使う知識人が多い。 でも、ヨーロッパ人は長くアジア、アフリカ、南アメリカを植民地とし、そこからの 収益で豊かな生活をし、それを正当化してきた。だからヨーロッパの論理が「正しい 」ということはできないない。 そして、現代は彼らの力はかなり後退しているものの、フランスの原子力(アルジェ リア事件)、地球温暖化(ドイツの1990年基準)、生物多様性(アメリカの薬品会社 )などは植民地主義の延長だが、残念ながら日本はそれに追従している。 日本のようにヨーロッパより歴史が長く、誇り高い文化を持った国が、ヨーロッパの 後を伺い、まるで狐のようについているのは実に残念だ. ヨーロッパ人のもっとも大きな罪は「正しくないことを正しいように言う詭弁法」を 磨いたことだろう。そのような詭弁法を持たなかった純情なアジア、アフリカの人は みんなダマされた。 それ以前にはアメリカに住んでいたマヤ、インカ、そしてインディアンの人はほぼ全 滅させられた。コロンブスが今のカリブ海あたりの島を見つけたことを「アメリカ大 陸の発見」と言い、まるでそこには国が無く、誰もいなかったように歴史を作り、マ ヤとインカの人を全滅させ、インディアンをほぼ絶滅まで追いやった。実に残虐だ. 今でも、アメリカやイギリスのミサイルや核弾道は正しいが、北朝鮮、イランの核や ミサイルは正しくないという論理を構え、それをなかなか見事な論理、たとえば核抑 止力などを持ち出して正当化している。 しかし、現代の日本の知識人がヨーロッパを「正しい」という理由は、日本の知識人 が「正しくないことを正しいように言う詭弁法」を身につけていることだ。でも、そ れは日本文化ではない。そして、善し悪しは別にして、かつてはアメリカと戦争する 元気もあった日本人だが、今はそれも無い。 でも、詭弁法を身につけた知識人というのも、集団化しているのでなかなかその論理 を崩すのは難しい。民主主義というみんなが賛成する体裁をとって知識人の利益を守 る仕組みと論理を構築しているからだ。 (少しストレスがたまっているのかも知れない.今日の新聞で「東京マラソン」の優 勝賞金と経済効果を解説しているのを読んで、心底、イヤになった。アマスポーツも 賞金と経済効果で評価される時代だ。日本人は魂をなくし、ただお金だけの白人と同 じになったような惨めな気持ちがした。) (平成25年2月17日) 武田邦彦
2013.02.18
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・2、18、月集団性の強い生き物である人間という観点から落ち着いて見てみると、なるほど我々の苦しむ原因が見えて来る。心理学の話を聞いてみるのもとても面白い。やはり我々も動物の一つの種類に過ぎないのだから、我々の考えの及ばない大きな自然なる力に支配されて蠢いている訳である。集団性動物としての我々は、例えば年を取って集団の中で他のものと一緒に活動出来なくなった(退職を押し付けられることもその一つ)、またはクラスや職場でいじめに合い続ける、また家庭内で疎まれ続けるなど、集団から「君はもはやここでは不必要だ」というアフォーダンスを受けると、当然のこと他人に敵意を持ち始め、結果不機嫌、鬱、リストカットなどに繋がり、免疫力が下がり病気にもなり易いということになる。当然のことながら障害を持つ者もこのアフォーダンスを受けやすい。しかし我々は集団になるとどうしてもアフォーダンスを出したり受けたりするもののようだ。集団性動物の何という悲しさ、恐ろしさであろう。我々の日々の悩みが、元を手繰ればほとんどこの問題に集約されているではないか。僕は若い時は今よりもっと見えていたから、多くの団体に加盟して音楽を通して多くの人々と関わっていた。しかし視力の低下と共に一つ一つそれらを退いて行かざるを得ず、何とも言えない孤独感と孤立感、阻害感を感じ続けたものだった。やはりその時は精神的にも不安定に落ち込んで行った。その時の心情には「ああ、自分はこれで世の中の舞台からは去らざるを得ないのだ」という絶望感に苛まれていたのだ。しかしこれも集団性動物の持つリストカットへの道だったのだろう。多くの人と関わっていれば安心という、ここを何とかコントロールできないものかとも考える。しかしまた、我々が集団でしか生き甲斐を見出せない動物なのなら、それを受け入れるしかないとも思える。生き甲斐を求めて集団に足を踏み入れ、また傷つき災いを抱え込むそれでも・・・。集団性動物の何と悲しいDNAだろう武田氏の語るに、バッシングは必ず鏡のように自分にアフォーダンスとして帰って来て来る。もしくはアフォーダンスを受けているから他人のバッシングに命を掛けるということになる。結果その人物はリストカットへの道を進むだろうと。ここではアフォーダンスをネガティブな意味ばかりに使用したが(ギブソンのいうアフォーダンスとはまたずれが生じているかもしれない)、もちろんポジティブなアフォーダンスを集団から受ければ人は元気になり、免疫力も上がる訳だが、どちらにしてもそのような集団におけるアフォーダンスによってしか生き甲斐を感じられないというDNA自体が危険で悲しいではないか。ーーーーーー心理の教室(1) なぜ人はリストカットするのか?「sinririsutokattotdyno.60-(9:32).mp3」をダウンロード世の中に幸福そうに見える人がいます。その人たちに共通していることは、「やや、うるさい人」、「おしゃべりな人」、「時によっては自慢話などが入るから、イヤだ」という傾向があります。なぜ、このような人が「幸福そう」に見えるか、心理学では「自己肯定感」とか「多幸感」という。人の世話をする、自分には余裕がある、人に親切にしている、私は幸福だ・・・そう思う日常が、少し傲慢に見せ、多弁にさせる。人間は集団性のある動物だから、「自分が幸福」になるためには「集団に対して貢献している」という充実感が必要で、「自分一人だけが幸福になる」と言うことがどうしてもできない。本能的に「集団に貢献していないと自分は生きる価値がない」と理解しているのだろう.この矛盾が生む病気の中にリストカットがある.自分をリストカットする人のなかである割合で「電車の中でお年寄りが乗ってくると、眠るふりをする」という特徴が見られる。いつも何かが不満で、自分が損していると思い、自分だけ楽になれば幸福が訪れると思っている.でも、同じ事だが人間は集団性の動物なので、他人から自分が「集団で役に立たないと思われているのでは無いか」との不安に駆られ、他人を敵視している内に「自分はダメな人間だから」となり不幸になり、リストカットに走ることがあるという。(注:リストカットに至る原因は複数あり、何かの原因で心の病(自らを傷つける)になることがあります。この例はリストカットの患者さんの一例です。)・・・・・・・・・動物の中には「一夫多妻制」が多い。メスは2匹とか3匹の子どもしか埋めないが、オスは1000匹も生むことができる。だからメスには全員、子どもを産んでもらい、オスはもっとも優れた遺伝子を持ったオスにお任せするのが良いので、淘汰の過程で一夫多妻が増えた。男性というのはうぬぼれやすいので、「一夫多妻」と聞くとすぐニヤニヤしてしまう。自分がボスになった気分なのだが、実は1匹のオスと10匹のメスでハーレムを作る動物ではオスの内、9匹は「はぐれオス」になることを忘れている。はぐれオスといっても、ボスとそれほど力が違うわけでは無い。ボス争いをしても決着がつかないぐらい実力が接近していることは良くあることだ。ところで、ボスは10匹のメスと子どもを率いて生活ができる。これに対してはぐれオスは自分一人の生活なのに比較的、短命である。学問的には「ハーレムの大きさが大きいとオスの平均寿命が短い」という結果であらわれる。・・・・・・・・・なぜ、はぐれオスは短命なのだろうか? それは人間のリストカットと同じ理由であると考えられる。集団性の動物は、集団の「アフォーダンス」の影響を受ける。アフォーダンスとは本人は気がつかない情報が外部からもたらされる現象で、朝鮮戦争の時にギブソンが概念を作り、日本では佐々木先生などの研究が知られている。人間は自分の五感で積極的に感じ、頭脳で認識したもので影響を受けると考えているが、実は、自分が気がつかない情報が回りから来て、それで影響を受けるという考えで、実際の事例も多く知られている。つまり、「集団のアフォーダンス」というのは、集団性の動物の一つ一つの個体に「お前は集団に貢献している」とか「お前は集団に無意味である」という信号を送り続けることを言う。そして「貢献している」というシグナルを受けると、アドレナリンが分泌され、免疫系が上がって長寿になり、「無意味である」というシグナルを受けると、うつになり、免疫が衰えて病気になるということである。私たちの身の回りには常に膨大な数のばい菌と、体内には発がん物質がいる。それがいつ「発現するか」を決めているのが「集団のアフォーダンス」ということだ。リストカットする人は、普段から自分本位で他人に敵意を持っている人に多い。そう言う人は次第次第に、他人から「要らない」というシグナルを受け、それに耐えかねてリストカットすると考えられる。「情けは人のためならず」というのは、集団性の動物である人間がもっとも大切にしなければならない人生訓”dedication”を言っている。(平成25年2月9日)武田邦彦
2013.02.18
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・2、11、月昨日10日は、CAC混声合唱団の第二回演奏会の本番であった。先日ここにも書いたが、この団は僕が初めて自ら結成した団で、30人足らずの少人数でのスタートとなったが、結局数年経った今もほとんど変わらぬ団員数で活動している。不思議なことに誰かが入団すると誰かが退団するという具合に、結局人数が増えない。しかし演奏はすばらしく、皆が「自分が歌わねば」という気持ちで団を支え、結果集中力と気迫を備えたスマートな演奏を有している。団員の年齢層は28歳から77歳というところで、もちろんアマチュア合唱団だから限界もあるにしろ、僕が求めるある表現の特質として充分満足できる演奏を可能とする。今回もまた僕が難しい曲を選曲したため、団員は大変な努力を強いられ、困難を極める音取りとリズムに泣いた。曲が難しいだけならいいが、楽譜に書いてもいないダイナミクスを要求され、それがまたあちこちに渡り難儀な要求なので、団員もピアニストもたまったものではない。しかし結局最後には堂々と完成に持ち込み、昨日お客様の前ではまとまりはあるが、また決して小さくまとまらない伸び伸びとした演奏で客席を魅了した。いや、魅了したはずである。プログラムの最後は今回の演奏会のタイトルにもした「思い出すために/寺山修二 詩、信長貴富 曲」であった。これがまた一筋縄ではいかない難曲で、歌い終わった時皆さんかなりの疲労。アンコールには林 光の「八匹目の象の歌」でこれまた体力のいるエネルギッシュな曲。やれやれこれですべて終了と思ったら、突然僕が「それでは時間も後少々あるようなので、今日の演奏会のタイトルにもしました思い出すためにをもう一度演奏します」と言い、これを事前に聞かされていない団員は「えーっ!」と、お客様の前であることも忘れて思わず不満の声。しかし所詮井の中の蛙、もう一度歌わされて(これがまた良い演奏であった)大きな拍手を受けて演奏会終了。チケットも座席数以上売れていたので、満杯の来場で活気に溢れていた。さて、早速今週木曜日からは次の目標に向かって前に進む。時々僕の横暴とも言える要求とやり方に団員がどこまで付き合ってくれるか、それがどのように良いエネルギーとなって結果演奏に反映されるか。我々の実験はまだまだ続く。
2013.02.11
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・2、6、水下記の武田氏の意見で「過去の精算と未来の改善」の話はちょっと頭を捻らないと分かりにくいが、確かにその二つは別の課題なのである。我々は常に「過去の精算」ですべてを考えようとする。それで「未来の改善」も解決しているものと思い込んでいるのかもしれない。さて、ここで「死刑廃止論」である。死刑廃止論を持ち出す人は、この「過去の精算と未来の改善」を完全に無視したところで「人が人を裁くのは間違っている、それが出来るのは神だけだ」という理論を唱え続ける。ここには過去の精算も未来の改善も全く存在しない。社会の中で悪いことを悪いことだと定めることを止めようということだ。これをNHKのドキュメント番組で、立派な裁判官や、冤罪で何十年牢獄暮らしを余儀なくされた人が出て来て訴える。「刑務所内で冤罪で死刑台に送られた人を何人も見てきた」というのだ。これは検察・警察・国の体質の問題だからまた別の機会に考えるとして、この死刑廃止論が学校内の体罰規制と全く同じと言わざるを得ない。これが日本人の何でも行き過ぎる体質から来る問題であると皆思っているかもしれないが、しかし僕は何だかそこに誰かの計画の臭いを感じる。ほらほら、また僕の妄想が始まるのである。「人を殺しても死で以て償う必要はない」「学校ですき放題暴れても、先生から咎められる必要はない」という考えが未来の社会を豊かにするとは、まさか本気で誰も考えてはいないだろう。ただ「人が人を死で以て裁くのは間違っている」「教師による子供たちへの暴力は許すことはできない」と言えば、誰もが「そうだそうだ」と思ってしまう。正論を以て人民を煙に巻き、自分たちの都合の良いように、また恨みを晴らすために動く。これが彼らの長いスタンスでの計画だとすれば。教育も、報道も彼らの意思で簡単に動くということは、日本自体が彼らに占拠されていることを示している。N団体は政党の母体となり、教育委員会のトップに君臨し、巨大宗教団体とも繋がり、T制度とも大きく関わって、もしくは掌握して様々な所で巨大な力を拡大し続けている。我々の知り得ない水面下でいろんなことが起こっているのだ。ということを追求して考えると、T制度というものが諸悪の根源ということになる。村上春樹氏は「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」や「1Q84」などでそのことに触れ、おそらくだがどこかから大変な圧力を受け、そのためもあり一年のほとんどを外国で暮らしているのではないだろうか。いつも言うことだがこれは僕の妄想で、何処にも裏付けはないのでフィクションとしての理解でお願いしたい。ーーーーーーーー死刑は廃止すべきか・・・過去(起こったこと)と未来(これから)の分離「sikeitdyno.62-(7:43).mp3」をダウンロード「体罰をどうするか?」ということと「死刑を廃止すべきか?」という議論は実に似ています。つまり、過去=体罰事件や殺人事件の後始末、と 未来=教育をよくしたり安全な社会を作る、という二つのことが混合して議論されるからです。殺人事件1)殺した人がそのままでは殺された人が浮かばれない(その通りで過去の始末)、2)殺人犯を死刑にしても殺人は減らない(その通りで未来のこと)両方とも誠にその通りで、反論は余りありません。問題はこの2つが混乱することです。死刑廃止論の人は2)だけを強調します。「死刑をしても殺人事件は減らない」・・・それはそうなのです。このブログに書いたように、人間の行動の分布は決まっていますので、死刑をしても殺人は減らないのです。でも、それでは世の中の人の感情が許しません。殺された人はこの世にいないのに、「悪いことをしても、その人を罰しても世の中が良くならないから罰しない」というのでは「罰することは未来のため」という事になるからです。たとえば、教室で悪さをした子どもを「罰する」というのは、必ずしも教室を良くしようというのでは無く、「行為自体が罰に値する」ということなのです。罰することが教室を良くしようが変わらないとしても、それによって、「悪いこと」が良くなるわけではありません。なにが悪いのかをハッキリさせるためには、「悪は罰する」という事も必要でしょう。そして悪の程度に応じて罰も強くなるとすると、殺人は死刑でなにも矛盾はありません。今度の体罰から自殺になった事件で、私が「この事件を参考にして教育をよくするには」という議論をしますと、「教師のやったことはわるいことなのだ」という反論を頂きます。まったく同感です。もし体罰が行きすぎであると言うことになったら、教師が罰せられるのは当然です。でも教師を罰したから教育が良くなるということではありません。過去の精算と未来の改善は質が違うからです。・・・・・・・・・このような混乱のもっと酷いのが水俣病でした。だから水俣病がなんの参考にもならずに、その後の公害事件となり、多くの人が犠牲になりました。1)過去の清算・・・国が過失があり間違ったのに、裁判官が国は身内なので、民間会社をかわりに「無過失責任」と称して罰した、2)未来の改善・・・未知のことや量が大幅に変わったときには気をつけるということをまったくやらなかった(真なる原因を追及しなかった)。(平成25年1月17日)武田邦彦
2013.02.06
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