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・4、29、火学校の授業が始まって、3週間ほどが過ぎた。でも僕の意識では一年ほどが過ぎた感じである。余りに今までとは違う毎日と、余計なことは考える暇さえない洪水のような日々のためである。授業は座学と実技に分かれ、それが毎日交互に時間割されている。座学は解剖学、生理学、基礎医学概論、経穴概論などで、実技は按摩、マッサージ、鍼、灸などである。解剖学や生理学は、医学生や薬剤師などが基礎として学ぶ教科書と同じものを使用しているので、恐ろしく難しい。いわゆる理科系の勉強で、僕は高校卒業以来苦手な理数系から逃げ回って生きていたので、これらの勉強は苦渋の毎日である。授業の進むスピードはものすごく早く、授業の最初には必ず前日の復習として全員に質問を当てるので、予習復習は怠れない。そのうえ頻繁に小テストが実施され、突然先生が「明日テストします!」と言い出すので、皆真っ青である。要するに、さぼれないようにさぼれないように中間テストまで追い詰めるのである。経穴概論では経絡や経穴の名前や部位、その成り立ちや複雑な仕組みなどについて、兎に角夥しい内容を詰め込みで覚えるのである。10人のクラスで点字使用は僕だけなので何かと時間が掛かり、テストの解答でも点字打ち間違いで容赦なく点数を引かれ反省の連続である。僕は今まで何十年生きてきて、こんなに勉強させられたのは初めてのことだ。按摩実技では、まず基礎体力作りということで、腕立て、腹筋、拇指作りというのをやっている。拇指とは親指のことで、これが弱いと按摩などは到底こなせない。畳の上で皆で号令を掛けて、一日230回ほど指立て運動を行うのである。親指の根本が腫れて来て、それを氷で冷やしながら尚も拇指立てを続ける。今日の授業では初めて人の背中を押したが、畳を押すより遥かに体力が必要であることが分かった。息が切れて汗が滝のように流れた。拇指はいつになく熱を持ち、パソコンのキーを叩く今も曲げると痛む。按摩では全身を使うため、階段を降りる時も足が笑う。今、鍼の授業では物に打って、片手挿管というのを習っている。給食は塩気がかなり少ない味付けではあるが、僕らの子供のころの給食に比べれば遥かに美味しい。そのようにテストに追いまくられている毎日で、日記もなかなか書く余裕のないこの頃である。今日も一つ大変なテストを終え、水曜日には一教科だけのテストなので、一息付ける気分で日記を書いている。まあとにかくこのような近況報告で、読む方も息苦しくなるだろうが、洪水に見まわれたアメンボが爪一本で何処かの縁にしがみついているような僕の日々を説明しておくことにしよう。
2014.04.29
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・4、13、日一昨日のこと、その日のホームルームが終わり生徒と先生が共にローカに出た。そこで僕が白杖を用意すると「あ、白杖は禁止!」と先生が言った。僕が「えっ!」と驚くと「校内では白杖は使用禁止です」ともう一度先生が諭した。「理由はどのようなことですか?」と尋ねると「またゆっくり話します」と言って、そのまま未だ説明はない。その時から僕も杖なしで校内を歩かざるを得なくなったが、それは恐ろしくて足が竦む。全盲の先生方はまるで晴眼者のようにすたすた廊下を歩く。校舎内は入り組んでいて、ちょっとやそっとでは各教室までも辿り付けない。ようやくトイレまでは行けるようになったが、白杖なしで道に迷ったらとてもじゃないが教室まで帰り付けない。今はとりあえずずっと皆と一緒に行動していて、21歳の男の子が「茶木さん行きましょか」といつも声を掛けてくれる。一昨日の放課後、沓脱まで行くと店長(43歳)がいて、共に話しながら校門まで行った。彼はJR、僕は南海に向かうので逆の方向。門の前で立ち話を30分ぐらいしてしまった。彼は奥さんと子供三人の五人家族で、551の蓬莱の店長をしていたがどんどん視力が下がって、仕事が出来なくなって来たので退職して、思い切って鍼灸の世界へと入学を決意したらしい。しかし何と言っても小さな子供を抱える身だから、奥さんだけに働かして勉強だけしている訳にはいかぬと、学校が終わると弱視者でもできるアルバイトを11時まで行うという。しかし次の日は8時半には教室に入らねばならない訳で、過酷な生活である。奥さんは「三年間は私が何とかするから、クラブ活動なんかもやって学生生活を楽しめばいいわよ」と言うが、そんな訳には行かない、と店長は苦笑い。皆家庭を持っていて体に障害が出たりすると、大変な転換期を余儀なくされる。「茶木さんを見ていると白杖一本で何処でも行く。どうやったらそんなことが出来るんだろう、と思っていたんだ。暗くなると特に見えにくいので、今はバイトの帰りは駅まで家内が車で迎えに来てくれるんだけど」「夜だけでも白杖を持つようにすればいいんだ。駅からも一人で帰れるようになる」「そんなことが可能なのな?」「もちろん!皆やっていることだ」と僕は助言した。「それじゃ、また明日!」と手を上げて彼と校門の前で別れる。昨日は沓脱でワグディー(49歳男性)と一緒になり、彼の家が僕の下宿の近くにあることが分かり、一緒に下校。彼はおとなしい性格である。「僕は人と話すのが苦手だ。一人でもくもくと何かすることが向いているんだ」と話す。「もくもくと治療する鍼灸師もいてもいいかもね。でもおばあちゃんたちは話がしたいかもよ」と笑う。彼は月曜日から僕のアパートまで向かいに来てくれることになった。
2014.04.13
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・4、12、土三日間10人のクラスメートとべったり行動を共にして、すでに皆のいろんな面が分かって来た。8人の男性と二人の女性で、21歳から54歳までの幅広い年齢層である。21・2歳の若者が三人、54歳の男性が一人と、後はほとんど40代である。そしてこれまたこの10人が多種多様な者が集まったもので、元サラリーマン、元デパ地下の食料品店営業、元引きこもり、精神的な病気から大学を退学した者、元551の蓬莱の店長、すでにマッサージ師として働いていた者、建築関係の仕事をしていた者など、皆豊富な人生経験者である。その中でも僕の経歴はとても興味深いものらしく、先生もクラスメイトもとても珍しがってくれる。音楽畑のものが東洋医学に踏み入る例は見たことがない、ということである。話せば話すほどクラスメイトたちは興味深い連中で、21歳の男の子が「何よりも先に皆の綽名を決めたい!」と言いだし、皆で10人の綽名を考えた。551の蓬莱の店長だった男(43歳)が級長に決まり、前でいろんな提案を語る姿がどうみても店長なので、当然彼の綽名は店長。松本と松下がいてややこしいのでモッサンとシタハンとなる。一人の女性は「私は姫とでも呼んで」と言ったので彼女亜姫。それぞれ呼び名が決まったが、僕はチャキとこれ自体綽名みたいな名前なのでそのままとなる。教室内は金八先生さながらいろんな人生ドラマの寄合である。今のところどいつもこいつも親切で心温まる連中だ。彼らと三年間べったりと共に勉強することになる訳だが、何しろまだ数日しか経っていないので、彼らの本当の人物像はまだ分からない。さてどんなことになるやら。
2014.04.12
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・4、11、金4月8日(火)にとうとう入学式を迎えた。朝8時半に大阪視覚支援学校の講堂に入り、指定の席に座った。理療科一年なので、一番前の席であった。周りは当然のことながら皆入学試験の際に面識のある人たちである。小学部・中学部・高等部そして専攻科の者たち、その中に我々理療科がある。各部の一年生は名前をよばれ、起立して返事する。驚いたことに小学部入学制は一人、中学部は三人、高等部は八人である。彼らは全校生徒を合わせても50人ぐらいではないだろうか。僕が京都の盲学校に通っていたころも一クラス15人と普通よりは随分少なかった。もちろん世の中に目の不自由な者が溢れかえっても困るわけだが、今は少子化で必然目の不自由な子供も減るわけだ。我々理療科(鍼を勉強する科)は、蓋を開けると10人。僕も名前を呼ばれて大きな声で返事して起立した。こんな清々しい気分も久しぶりだ。校長先生の訓示などやなにやかやがあり、11時ぐらいには式が終わり、各部は教室に入りホームルーム。専攻科もやはり高等部に組み込まれている形なので、カリキュラムや規則は高校生に合わせねばならない。10人が教室に入り着席していると担任の先生が入って来た。先生は男性で全盲である。僕たちの授業では解剖学を担当する。学生の心得、校内規則、これから用意するものなどの注意があり、ホームルームを終了して解散。僕は慌てて阿波座に向かい、その日のレッスンを行う。次の日はオリエンテーションや校内案内、各教室の説明などであっという間に昼。校内を歩く際に先生が「手引きの必要な人は?」と言われた時に、何と手を上げたのは僕だけ。後の九人はすべて弱視で、歩行に問題はないようだ。後で分かったことだが、点字を使うのは僕だけで、後は皆墨字(普通の文字)で、一番見えていないのが僕ということになる。この日から給食があり、皆で食堂でカレーライスを食べる。皆エプロン・マスクを着用し、三角巾で頭を覆って配膳に当たるのだが、僕はどうにも動けない。うろうろしている間にクラスメイトが全部やってくれた。懐かしいプラスチックの容器で食事をして、5・6時間目は身体検査。そのようにして二日目が終わり、急いで阿波座へ。次の日から時間割通り授業が始まるが、自己紹介と先生の話で一日が終わる。各授業は其々担当の先生が違うので、何度も自己紹介をせねばならず皆そろそろうんざり。我々は鍼を専攻する訳だが、もちろん按摩・マッサージ・指圧の授業も受ける。二日目からすでに白衣を着て実技の授業を受けた。初めて着る白衣は気の引き締まるような着心地である。しかしこの実技が恐ろしくきつい。数か月間は基礎体力作りということで、腹筋、腕立て伏、それに拇指立て(指立て)運動で初日から30回、今日二日目は80回やらされた。それから蹲踞の姿勢で腕を前に上げてグッパ。先生の手はグッパをするとパン!と音がする。訓練を積むとそれだけ握る力が養われるという。背中、腕の付け根、親指の付け根に身が入りギシギシ言う。やれやれ、こんな授業があるとは思わなかった。これからもっと厳しくなって行くということで、皆最初のうちは男も涙を流しながら指立て運動をやるらしい。 つづく
2014.04.11
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・4、6、日スタップ細胞の問題は、小保方さんへの組織ぐるみのリンチであると武田氏は結論付けた。理研が指摘する彼女の不正とは二つ。間違った映像の使用、それと酸処理したものの画像の使用である。まず間違った映像の使用は、何と誰も気付いていない時期小保方さん自身が気付いてネーチャーと理研に間違いを報告していたということらしい。それを後から理研は小保方さんの不正として攻め立てている。こんなばかな話があるだろうか。もう一つの「酸処理したものの画像」は、これも単なる勘違いとして訂正した上、掲載すべき画像は彼女のパソコンに保存してあるという。掲載予定の画像を持っているのに、わざわざ捏造疑惑を受ける種になるような別の画像掲載をするだろうか、と武田氏は言う。これも彼女の単なるミスであり、騒ぎ立てるような問題ではないということだ。「不正研究」というのは、盗用、改竄、捏造の3つだが、今回の彼女のミスはどれにも該当しない」としている。となると、理研は彼女の論文、研究結果を難癖付けて何とか握り潰そうとしていることになる。本来はスタップ細胞が世界で認められれば理研にとっても大きな名誉と利益になるはずだが、どういうことだろう。小保方さんと共に研究していたチームの人たちも、彼女一人に罪を押し付けてスタコラサッサと逃げている。武田氏も「これは理研側の嘘だ」と指摘はしているが、何故理研が嘘を付かねばならないかまでは述べていない。武田氏はもっと裏の理由も知っているに違いないが、そこまでは述べない。ここからは僕の妄想である。何かとても恐ろしいものが動いた、という風に感じる。それが理研に圧力を掛け、マスコミを動かして研究を握り潰そうとした。若い女性一人を多くの恐ろしい男たちが袋叩きにして、彼女の研究も、研究者としての息の根も止めようとした。何故だ。この世界の怖い組織とはどんなものか知らないが、何故そこまで慌てて潰しに掛かる必要があるのか。おそらくそれは、スタップ細胞がかなり有力な研究であるからだろう。論文がネイチャーにも受け取られている。このまま世界に認められては困るのだ。そう考えて行くと、まさかと思うが僕の頭に一つの疑惑が浮かぶ。スタップ細胞が認められて困るのは、ひょっとしてITS細胞?多分今やITS細胞には多くの企業、組織がぶら下がり、資本を投じて期待に胸を膨らませているに違いない。慌てて動いた怖い組織とは、ITS細胞を中心とした利権、そこに山中教授が含まれているかどうか。ITS細胞側の心ある研究者は、小保方さんを労しく思って胸を痛めていることだろう。しかし社会とは、国とはこれでいいのだろうか。国民や民族の誇りよりも個人の利益。そしてよちよち歩きの若い研究者をマスコミを含む皆でリンチ。これは今の日本人全員が本気で危惧するべき大きな問題だと僕は思う。小保方さんは深く傷つき、もうこんないやな世界からは足を洗いたい、と思っているかもしれない。しかし、彼女の研究がどれほどの価値のものか我々には知りようもないが、こんな国には見切りを付けて、世界で独自の研究を進めて欲しいと願う。僕の意見ももちろん武田氏の言うことを信じれば、ということだが、全くここはいつからそんないやな国になってしまったのだろう。ーーーーーーーー罪は理研にあり・・・悪意の組織が弱い個人へのリンチ!小保方さんの論文で、理研が「不正」だと言った箇所は主として2つあるが、まず第一に、「取り違えた画像」については、【外部からまったく指摘がなかった時期に、小保方さんが間違いに気が付いて、ネイチャーと理研に報告している。報道されているように「外部からの指摘」でわかったものではない。】むしろ良心的だ。私ならこのぐらい小さなミスなら、報告しないかも知れない。でも、自分の論文で出版されてしまった後でも、間違ったところを気が付くことは時々ある。その場合、すでに提出して出版されているので、すぐには訂正できないが、次の論文や学術発表などで修正していく。特に、かなり査読で修正した論文は修正途中で間違いに気が付くが、出したらそのまま通ってしまったという場合、ミスがかなりあるのが普通だ。第二点目は、酸処理したものの画像だが、【錯覚して使った単純ミスだ】と小保方さんが言っているし、【酸処理した正しい画像は小保方さんが持っている】のだから、それに代えればよいだけのことだ。「使うべき写真」が自分のパソコンにあるのに、間違って別の写真を使ってしまったことを「捏造」と言うのは間違っている。事情を知らない新聞記者が「使いまわし」という悪意のある言葉を使ったので、多くの人が誤解したが、そうではなく、自分のパソコンに入っている写真を間違えて使っただけだ。それに「正しい画像」があるのに、捏造のために「間違った画像」を使って自分の評判を悪くしたいということなどするはずもなく、論理性もない。正しい画像がないので、別の写真を使ったと多くの人が思っているが、それは誤報だ。その他のところも著者には著者の考えがあるので、それを尊重しなければならない。つまり、「不正研究」というのは、盗用、改竄、捏造の3つだが、「盗用」というのは読んで字のごとく他人のものを盗んだ場合で、もし他の人の論文の文章の一部が使われていても、公知(だれでも利用でき、引用の必要がない)のものだから問題はない。自分の家の前の公道を歩いて罰せられることはない。理研の記者会見を聴くと、理研の方が罪を犯している。多くの人は「個人は悪いことをするが、組織は悪いことをしない」という前提だから、「小保方さんがこういった」と言っても「それは嘘だろう」と思うことがあるが、「理研が判断した」というと正しいと思う。でも、理研も所詮、決める時には個人が決める。だからウソもつくし、保身もする。今回の場合、第一点目の「小保方さんが自分で気が付いて、雑誌社(ネイチャー)と理研に申し出た」というところを「論文を出してから言ったのだから、故意(不正)だ」と判断した。完全に理研の「ウソ」の判断だ。もう一点は「正しい図がパソコンにある」と言っているのに、「それを使わなかったのは故意だ」とこれも理研がウソの判断をしている。また、本人が意図的ではないと言っているのに、どういう判断で意図的(不正)としたかということを説明していない。一つは自分で申請しているのだから意図的ではなく、もう一つは正しい図を使えたのに間違っただけだから、これも不正ではない。それを説明せずに一方的に記者会見を開き、一個人を誹謗(不正研究で、盗用、改竄、捏造があった)とするのはリンチであり、犯罪である。「本人が、反論があったらどうするか」という質問に「異議申し立てがある」と冷たく言った。理研は真実を明らかにしたいと思っていないことを示している。ところで、このような単純ミスは咎められる場合と、本人の打撃で済む場合がある。なにか他人に対して積極的な行動をしている場合、たとえばタクシーの運転手が運転を誤って事故を起こした場合、そのミスは許されない。しかし、フィギャースケートの選手が回転で着地した時に転んでも、ミスはミスだが咎められない。フィギャースケートの場合も「回転を見たくて、遠くから切符を買ってきた」という人もいるだろうけれど、そんな文句は通じない。論文も嫌なら読まなければ良いし、読んでも「ああ、そうか」ぐらいに思うのが普通なので、論文のミスは著者の罰点になるだけで、もちろん「不正」ではない。むしろ2014年4月1日の理研の記者会見で、不正を働いたのは「理研側」と誤報を続けたマスコミである。日本人はいつからこんなに権威主義になったのだろう。これでは日本国憲法で定められた基本的人権は簡単に組織によって覆される。そして社会はNHKなどのマスコミの「組織側報道」によって、国民は判断を誤り、個人をバッシングする。嫌な社会だ。(平成26年4月2日)「2014040211411141.mp3」をダウンロード武田邦彦
2014.04.06
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「今日一日生きて」・4、2、水STAP細胞研究論文で世間は騒いでいる。これはどう見ても日本の学会のおじさん、おじいさんたちがよってたかって30歳の若い研究者をいじめているという構図であろう。まあ一つはやっかみから出鼻をくじいて潰してしまいたい、ということではないか。何故そこまでやっかむのかという理由が、下記の武田氏の記事でなるほど、と思える。Natureに論文を英語で投稿し、それが学会に受け取られるということが大変なことらしい。まず30歳の研究者というのは、博士課程を28歳で終えてからまだ二年ということで、研究者としては歩き始めたばかりの赤ちゃんのようなものらしい。その若さでNatureに論文を提出しても、何度も送られて来るNatureからの質問が英語が難しすぎるということもあり、理解できないものらしい。ちょっとやそっと英語が話せるぐらいでは対処できないような専門的で複雑な質問であるという。その上研究テーマやその成果などを認められ、なおかつ書式にも問題がないかチェックされ、ほかにも多数の審査を受けて、大概は途中でディレットということになり、論文は受け取ってもらえない。よって普通30歳ぐらいの研究者が経験のために投稿する場合は、50代、60代の教授が横に付いて、Natureからの質問に答える方法を教えながら進む。しかし教授が手とり足とりやっているうちに、本人の論文か、指導教官の論文か分からなくなるという。そんな若い、経験の少ない研究者が、自分でNatureに論文を投稿する例は武田氏は2パーセントぐらいだ、という。今回の30歳のこの研究者は、彼女が中心になって論文をNatureに提出し、それを見事に受け取ってもらっているらしい。もうそれだけであっぱれと武田氏はいう。それと彼女らの論文の間違い、と言われている部分が故意であるか、もしくは経験不足から来るミスなのかが問題で、故意かどうか判明しないうちに日本の学会のおじさん、おじいさんたちは彼女一人を叩きに叩いている。彼女の所属する理化学研究所も、一緒に研究してきた仲間も皆この騒動に恐れをなし、彼女一人に責任をなすり付けて逃げているとか。彼女は今回のことで世間の無情を身に染みて体験したことだろう。とにかく日本の学会というところは書式や決まりばかりに煩く、研究内容は二の次、というところがあるらしい。そういう意味では、アメリカでは本質を見た評価が下されるため、ミスは大目に見てくれるところがあるらしい。「これで後々彼女の論文が優れたものということを世界が認めたら、日本の学会も手のひらを反して称賛するんですかね」と武田氏は笑う。ーーーーーーーーー30歳の研究者の標準的レベルはどのぐらいか?STAP細胞の論文の一部に間違いがあったということで、日本中が大騒ぎした。この論文の筆頭者(論文の共著者の最初に書いてある人)が30歳の研究者であることで話題になった。「女性」か「男性」というのはあまり関係がないこの問題について、考えてみたい。30歳の研究者というのはどのぐらいの実力かということを日本社会は理解していないように思うので、著者をかばうとかそういう詰まらないことではなく、研究者と言うのはどういうものかについて少し紹介したい。1.博士課程を終わるのが最短で28歳だから、30歳の研究者は研究を始めたばかりの人である、2.普通の30歳の研究者がNatureに論文を投稿することはまず不可能である、3.普通の(Natureよりレベルが低い)英語の論文を一人で作成して、投稿し、査読(審査)に耐えて掲載に至ることは不可能と考えられる、4.普通は教授やそのレベルの経験を積んだ指導者が横にいて、査読結果(2、3度くる)が来るたびに、査読委員の文章を読み、打ち合わせる、5.30歳の研究者が独自に査読委員の質問や訂正要求に応じることができるのはレベルの低い学術誌だけで、このレベルの場合、質問の意味がわからない、どうして答えたらよいかわからない、というのが普通だ。こうして少しずつ研究者は育っていく。研究者に必要なのは、「ミスなく論文を出す」ということではなく、まずは「着想や実力を上げていく」ということで、普通は40歳ぐらいになればある程度、独立して研究と投稿ができるようになる。(学術分野ではつねに「故意は考えない」という原則がある。故意のものは自然科学でも時々あるが、その人の一生のうち、ほぼ明らかになるので、一つ一つを警察のようにチェックする必要はないし、研究は意外なことなので、チェックする方法もない。 最近、佐村河内氏と比較されることがあるが、故意があるかないかは決定的に違うし、難しさも違う。)(平成26年3月26日)「2014032612361236.mp3」をダウンロード武田邦彦
2014.04.02
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