2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全31件 (31件中 1-31件目)
1
いいもの、みっけ!!先日買ったこのハサミ型シュレッダー。ハサミの刃が5枚。よく切れます。すぐに切れます。電気も、力もいりません。縦に切って、横にまた切ると・・・細かい細かい。もう私の必需品。封筒やはがきの宛名や見られたくないものは、思い立ったらすぐに切ってしまいます。確か1800円ぐらいだったかな?もう一つ買って、海苔や昆布を細かく切って、ざるそばの上に乗せたり、松前漬けを作ったり、便利です。文房具屋さん覗くのって楽しいですね。
2006年10月31日
昨日はハッピーな一日でした。NHK-BSで「吉田拓郎&かぐや姫inつま恋2006」のコンサートをやっていたからです。私の青春時代の拓郎。レコード、カセット、CDと変わっていっても、彼の歌はいつでも私の心の歌。いいおじさんになってしまい、ずいぶん丸くなりましたが、それは私にも言えること。行きたかったコンサートも切符はすぐに売り切れ、今回もお預け。仕方なく、テレビの前で一緒に歌い、踊っていました。(今日の運動量はこの手拍子と踊りだけで十分です)全ての曲をやったわけではないので、DVDが出たら買います。
2006年10月30日
おばさんは怒っています。ものすごく怒っています。この問題はものすごい根深い問題を含んでいると、思います。ほとんどが進学校で起きているのもその一つ。どこか、たがが外れてしまっています。悪びれていませんねぇ。みんなでやれば怖くない・・・ですか?県ぐるみと思われても仕方がないくらいのところもありますよね。まず、履修していない生徒さんには本当に気の毒ですが、救済措置はすべきではないと思います。わが身の不幸を嘆く暇があったら、死に物狂いでがんばってください。よかったじゃないですか、見つかったのが今で!これがもっと後だったら補修も間に合いませんよ。何としてでも、3月までに履修をすべきです。当たり前のことです。いずれにせよ内申書が大学に行くときには3年生で履修するものは「履修済」ではなく、「履修済予定(?)}のはずでしょう?まず、一番問題なのは教師です。教師とは何ぞや?辞書を引くまでもなく字の通りでしょ。それが、法律を破ってもいいと考えている教師や学校が、全国にこれだけあるということですよ。私はそのことに唖然として、鳥肌が立ちました。履修をしてない生徒の救済ということよりも、そういう教師の下で学ばなければいけない子供たちの救済が必要なんです。教え、導くという教師が率先して、法律を破ることに加担している・・・これって本当に日本の危機です。いじめ、暴力、自殺そして、今回の問題、おかしい日本の原点はここに見えます。まじめにこの問題に取り組んでほしいです。間違った方向に行くと、日本は本当にもっとおかしくなりますよ。
2006年10月29日
書かなきゃと思っていながら、何だか疲れてしまい、眠ってしまいました。土曜日はいろいろあって、書こうとしたのが夜遅く。ちょっと横になったつもりが、本格的な眠りの世界に入ってしまい、今日はお休み。
2006年10月28日
1ヶ月ぶりにヘアカット。ものすごいショートヘアなので、すぐ伸びて気持ち悪くなる。普段は20日間隔で美容院に行くので、美容師さんに、「伸びましたね」といわれ、いつもの髪型でと頼む。段々短く、格好がついてくると、気分も爽快。そうなると、買い物の意欲がむくむく。横浜に出て、秋のカシミヤのセーターを奮発。黒やチャコールグレー、茶色といつも同じ色しか着ないので、今回は冒険して、からし色と黄緑の混ざったような色のセーターを買う。これも、ヘアカットした余韻がそうさせるみたい。早速明日、黒のジーンズとあわせて着てみよう。
2006年10月27日
本のサイズです。文庫本です。どこの出版社の文庫本も同じだと思っていたら、微妙に違うのですよ。何が?・・・・・高さです。まず大きい順に並べると、文春文庫、集英社文庫が大きいです。ほんの0.1-2ミリ小さくて、新潮文庫。1-2ミリ小さくなって講談社、角川、ちくま文庫です。(そのほかにもありますが、カット!)本棚には大体作家別に並べていて、それなのに余り気がつかなかったのですが、今回、ブックカバーを作って、初めて気がつきました。取るに足りないことですが・・・・・何で?不思議です。
2006年10月26日
2001年9月11日、その日も、普段と同じように夜は明けた。家族の寝顔を見ながら勤務に向かう警官。そんな情景から始まった「ワールド・トレード・センター」は先ごろ見た「ユナイテッド93」とはまったく違った映画だ。「ユナイテッド93」がドキュメンタリー・タッチで描かれているのに対して、こちらはテロに巻き込まれた小市民の家族の話。「ビルに飛行機がぶつかって火災発生」の報に半信半疑駆けつけた警察官が、崩壊したビルの下敷きになり、救出されるまでの話。まるで一幕物を見るように、画面はビルの下敷きになった二人の会話とその家族の様子。監督が、あのオリバー・ストーンだというのもビックリした。「プラトーン」「7月4日に生まれて」「JFK」の監督とは思えないほど、ただただ淡々と描いている。そして、私はただただ泣いた。でも、そこには確かにアメリカがあった。
2006年10月25日
朝、雨が降っていて、夫を駅まで送る。事故の後、10日ぶりの運転。仕方がないとはいえ、いやな気分だ。事故現場を通るのもいやな気分。慎重に、慎重に運転する。言わずもがな、夫の「どういう状態で?」事故のことなんて、思い出したくないのに・・・・ともかく、よく注意して、運転します。
2006年10月24日
喜多方から磐越西線に乗って、新潟まで出ました。これがまあ何と、トコトコと、3時間かかりました。右に左に阿賀野川を見ながらの汽車(ディーゼル)の旅です。何といっても、車両はたったの2両。この電車を逃すと、2時間以上待たなければ次は来ませんから大変。ディーゼルは出発の時に、ディーゼルエンジンのにおいが車両に満ちて、それだけが閉口でした。それでも、はじめてみる阿賀野川は雄大で、たっぷりした水をたたえ、とうとうと流れています。山形の最上川は急流で、激しさを感じますが、こちらは本当にゆったりと流れていました。川幅も広く、友達は「湖かしら?」といったくらいです。昔、阿賀野川は水銀汚染でしたっけ?・・・そんな時があったなんて信じられないくらい。今は水もきれいで、きっと大変な努力があったことでしょうね。水の色もきれいで、私は本当に魅了されました。(阿賀野川 侮るなかれ!)時々、紅葉がきれいで(紅葉の盛りのときはすばらしいと思います)見とれながらいると、時間の経過も忘れます。結局、私は水のある風景が好きなのですねぇ。こういうのんびりした旅こそ、リフレッシュにもってこいですね。
2006年10月23日
ラーメンの町喜多方は、お酒の蔵元もたくさんあります。蔵を開放していて、製造工程も丁寧に説明していただき、楽しく見学させてもらいました。受付にはおばあちゃまが座って、友達が少々グロッキーで、イスに座っていたらお茶を出してくださったと、感激してました。車で来ていないので、利き酒もOK。アメリカのナパバレーのワイナリーを思い出しました。雰囲気もそっくりです。それが入場料もなく、全て無料で・・・驚きでしょう?金賞をとった大吟醸があまりにおいしくて、息子の家に宅配を頼みました。普通にお商売をしている傍らで、蔵や座敷を見せてくださる旅館や、味噌やさんなど、どこのお宅も親切この上なく、優しい心に触れた旅です。それにしても、ほろ酔い機嫌の散策も乙なものでした。(写真は蔵屋敷です)
2006年10月22日
喜多方でラーメンを食べました。坂内食堂のラーメンは全国区で横浜でも食べられます。以前来たときも、他のラーメンを食べました。今回はあべ食堂に入って、蔵座敷で座って食べました。相席になった地元のおじさんの二人連れと、ラーメンが出てくるまで、いろいろと話が弾み面白かった。喜多方ではラーメン屋さんは朝7時から開いていて、朝ごはんにラーメン、昼も、夜もという人も多いそうです。「OOらーめん」というお店は少なく、大体が「OO食堂」と名乗っているのですって。そういえば、メニューにカレーや親子丼があったなあ。注文する人はいるのかしら?メニューといえば、ラーメンのメニューもラーメンとチャーシューめんの2種類の、普通か大盛りのどちらかでした。喜多方は蔵の町。醤油蔵、酒蔵、味噌蔵などが並んでいますが、酒や醤油にはおいしい水が重要ですから、喜多方の水は麺の命なのでしょう。そしてそれはもちろん、醤油ラーメンです。それぞれのお店が、しょうゆ味をベースにして、煮干や鰹節、鶏がらやトンコツなど工夫を凝らしているので、150件もあるラーメン屋がやっていけるのでしょうね。
2006年10月21日
二度目の会津若松です。前回は夫と車で回ったので、鶴ヶ城、飯盛山、その他ポイントポイントは抑えていたのですが、今回は、会津若松の駅を始点にして、歩いたりバスに乗ったりして、古い土蔵造りの町並みを回ったので、以前とはまた違った楽しみ方をしました。途中で見つけた会津塗りのお店に飛び込んで、おわんを買ったり、味噌田楽を食べたり、かわいい「ハイカラさん号」というバスに乗ったり、そぞろ歩きの楽しさは夫より友達が勝ります。お宿は喜多方から北に30分ほど入った熱塩温泉。創業500年という山の中の温泉宿です。温泉も、料理もよかった。以前堪能した郷土料理のニシンの山椒漬けを昼も夜も食べられて、感激。残念なことに、紅葉にはまだ1週間ほど早かったのですが、山の上は紅葉が始まり、それで良しとしました。それにしても、いつも思うのですが、東北は観光地でも人が少なくて、私にとってはゆったりとしていて嬉しいですが、「これで大丈夫?」と他人事ながら心配になります。
2006年10月20日
ようやく風邪も治り、今日はこれから友達と、旅行です。紅葉を見に、会津まで行きます。そこからは普通列車に乗って、トコトコと、時間をかけて車窓の旅を楽しむつもりです。とても楽しみ。それでは行ってきます。
2006年10月19日
二晩続きで、NHK衛星でやっていた「プリティ・ウーマン」と「プリティ・ブライド」を見ました。続けて見たのは初めてですが、同じ監督作品でもあり、出演者の顔ぶれや、舞台装置が「プリティ・ウーマン」と似通っていたり、せりふが同じだったりして面白かった。「プリティ・ウーマン」の中で、ロスからサンフランシスコにオペラを見に行き、「オペラは最初の出会いで全てが決まる、好きなら一生楽しめるが嫌いなら魂の一部にはなれない」というせりふが印象的でした。現代版シンデレラ物語。この作品のジュリアロバーツは輝いていて、ここからスターダムにのし上がっていきました。それにしても1990年と1999年と約9年の開きがあるにもかかわらず、主演の二人の若いこと。「プリティー・ブライド」の原題は“Runaway Bride”。結婚式の途中で何度も逃げ出していった花嫁が、自分自身に自信が持てるようになり、リチャード・ギアに結婚を申し込むところが屋上。にやっときます。さて、「ウーマン」でホテルの支配人をやったヘクター・エリゾンド、もうけ役ですよね。もちろん「ブライド」にも出ています。リチャード・ギアの別れた妻の旦那。ちなみに妻役はトム・ハンクス夫人です。この人、ゲイリー・マーシャル(この2作品の監督)組といってもいいくらいに、彼の作品の常連です。古くは「フォーエバー・フレンド」新しいのでは「プリティ・プリンセス」。はまり役で、安心できて、好きですね。と、まあ、風邪で寝ていて、どこにも出られない私の二日間でした。
2006年10月18日
毎日寝ているだけで、そろそろユウウツ。風が身体に当たると、さーっと鳥肌が立つのは、まだ熱が下がっていない証拠。薬を飲んで、ビタミンC も飲んで、昨夜はホカロンのお世話になりました。寝て、横になっていると咳が出て、痰が絡みます。起きていればいいのですが、身体は寝たいと要求し、本も読みたくなく(これって重症?)ただただ怠惰な生活です。いつもなら、ここで、「エイヤー!」と無理してでも起きて、がんがんに働いて直してしまうのですが、そんな気持ちにもなれません。何か面白いこと、ないかなあ?
2006年10月17日
風邪の菌がのどから器官に入ったらしく、昨夜から胸が痛いです。タンが絡んで、いらいらします。のど飴を切らしてしまい、朝、思い出して、ホットゆず茶を飲みました。飲んでる間はずいぶんいいのですが、甘ったるくて、段々閉口。棚には風邪引き用に作った花梨のはちみつ漬けもあります。これも甘い!甘くないものでのどにいいものって何だろう?ないですね。何もしたくありません。気持ちがなえています。今日も一日寝ています。
2006年10月16日
一昨日買った一人用土鍋、小麦粉をといて、火にかけ、漏れを防いでおきました。朝から何だか調子悪いと思ったら、熱があり、時々咳が出て、胸も痛いです。今日はどうせ日曜日、布団の中で一日過ごしました。それでも、夕方になってお腹が空いてきました。土鍋を火にかけ、今おじやを作っています。大根、人参、ねぎ、白菜、鰹節にしらす干、そして、えのきと舞茸、を入れたらご飯の余地が本当に少なくなってしまいました。ぐつぐつ煮えているお鍋の湯気が、ようよう食欲を誘ってくれます。薄味で仕立てたおじや、さあ食べるとします。
2006年10月15日
生まれてはじめての、事故。バイクとの接触事故。免許を取って40ウン年。初めてです。怪我はなく、車とバイクに傷がついただけだとは言え、もうショックで、ご飯がのどを通りません。軽く済んだんだから、これからもっと注意するようになるから、よかったと思いなさいと言われても、ショックは大きく、情けなく、一日おたおたしてました。今日はもう寝ます。
2006年10月14日
「Dr.コトー」が始まりました。吉岡秀隆君のコトー先生が、また見られます。昨夜は夫にも10時過ぎに電話を入れないようにと伝え、一人でゆっくりと見ることが出来ました。いいですね、コトー先生。癒されます。でもきっと、このキャラは吉岡君だからではないでしょうか?他の俳優を当てはめてみましたが、ピンときません。当たり役ですね。脇を固める俳優も、それぞれはまり役で、その上、このドラマの一番の特色は、ゆったりとした時間が流れている事。画面がきれいですよね。今回も見所がいっぱいあって、来週が楽しみ。久しぶりに、テレビドラマにはまります。
2006年10月13日
おもしろくない試合でしたなぁ。格下のインドとの消化試合。たったの3点しか取れず、オシムでなくとも怒ってしまいますょ。よかったのは、中村のミドルシュート。きれいでしたねぇ面白かったのは途中、停電になったことと、犬の乱入(?)。そんなことが面白いといわれるなんて、恥だぞ!!川口だけはいつ見てもいいね。個人的に好きだからでーす。
2006年10月12日
日本は秋の真っ盛り。このところ毎日いい天気に恵まれて、洗濯物も乾きます。ところが、昨夜夫から電話があり、タイのバンコクでは土砂降りで、いつも車で通る道が冠水して家に帰れず、やむなくひざまで水につかりながら、15分ぐらいの道を1時間半以上かかって家に付いたといいます。上流が氾濫して、ダムの水は満杯、放流が始まるとのニュースもあり、益々これからおかしくなりそうです。そして、アメリカにいる姪は雪が降りそうだといっています。我が家の近くは、先週の大風で葉っぱが散ってしまい、今年の紅葉は余り期待が持てません。地球自身もおかしくなっている上、国としての対策、地球規模の対策がなっていないので、ひずみは益々大きくなり、相乗効果でよけいに温暖化は進んで、益々地球が悲鳴を上げています。また、未来に悲観している自分がいます。
2006年10月11日
このところ、毎日朝5時おきで、忙しかった上風邪が治りきっていないので、体がだるい。今日は何の予定もないので、思いっきり朝寝を楽しんだ。寒くも鳴く、暑くもない今の日本の気候は最高!毎日が夏のタイとは段違い。布団の中にいるだけで幸せ。お日様は窓越しに部屋の中まで入り、ぐずぐずと布団の中で本を読んだり、CDを聞いたりしていたら、あっという間に昼。このところ、本当に疲れたもんナあ。病気ではないので、おなかがすいて我慢できず、とうとう起きてしまい、少々残念!!
2006年10月10日
今日下の息子は転勤でドイツに発って行きました。成田まで見送りに行き、昔を思い出しました。今まで、いつも見送られるほうでしたが、今日、自分が見送る立場になって、あの頃の母の気持ちは、いかばかりだったろうと、しみじみと思いました。今でこそ海外駐在は珍しいことではありませんが、それでも、日本国内にいるのと違い、何かあったときは大変です。どうか無事に、身体を壊さないようにと、祈っています。夫はタイで駐在していますが、夫は同志。いくら大人になって手が離れ、結婚しても、子供はやはり子供。何をしてやれるわけではありませんし、伴侶がついているのですから何の心配もありませんが、それでもやっぱり遠いということで、一抹の寂しさはあります。心配したりされたりする相手がいることが、ある意味幸せなのでしょうね。
2006年10月09日
タワーレコードの廃業のニュースに、また一つの時代が終わったという感慨でいっぱいです。アマゾンでさえ、今は苦戦を強いられているそうですものね。時代は変わっていくんだなあと、寂しい思いを感じています。映画と音楽が、それもアメリカンポップスや、ロックが私のアメリカの原点です。アメリカに住んでいた80年代はマイケル・ジャクソンを始め、U2,マドンナ、ワム、バングルス、ケニー・ロギンス、エルトンジョン、シカゴ、フィル・コリンズそして、今でも大好きなポリス(後のスティング)等、花盛りの時代。ラジオから毎日流れる曲の名前と歌手の名前を聞き取り、息子たちと毎週のようにタワーレコードに行き、カセットテープを買いました。そう、まだカセットの時代です。中でもお気に入りはポリスの「Evry Breath You Take」郷愁を感じさせる曲に、涙しました。タワーレコードは、また、映画のビデオを貸してくれました。たくさんの見落とした映画や、また見たい映画がビデオになると、子供たちとよく借りにいきました。ピザを食べ、ビデオを借り、カセット売り場をのぞくというのも週末の私たちの楽しみでした。たくさんの楽しみをありがとう。
2006年10月08日
今日はタイの新しいスワンナプーム国際空港から、日本に帰ってきました。今タイは雨季で、いったん雨が降ると、道路は水浸しです。いたるところに川や池が出来ます。タイの北部で降った雨が洪水になって、各地に被害が出てますが、2-3日うちにバンコクに到達するらしいとも言っています。もともと運河を埋め立てて作った街ですから水はけの悪さは天下一品。その上、湿地帯の上に新空港を作ったので、コンクリートで固められて、水のはける場所を失って、これから益々洪水の被害は増えるのではと、現地の人が言っていました。あのあたりはコブラの生息地帯で、コブラ空港と名づけようとしたとかしないとか・・・まだ出来上がっていませんから、これからどうなっていくのか、ともあれ、家から遠くなった分、早起きしなければならず、苦痛です。今朝は5時半にバンコクの家を出て、横浜の家に着いたのが夜7時半でした。
2006年10月07日
雨季です。まさに、雨季です。玄関を出て、5-6歩歩いていたら、ぽつぽつと雨粒。まだ暗くなっていないし、だいじょうぶと思ったのが間違い。家から2-3分の信号のところで、突然ドシャー!!!「うそ!」・・・・傘を広げても吹き付ける雨で、下半身ずぶぬれ。急いでお店に入り、やり過ごそうとしましたが、とんでもない。ザバー!!ドシャー!バケツをひっくり返したなんてもんじゃないくらいの雨。信号を渡るにわたれず(低くなっているところは川になっています)、戻るに戻れず、仕方なくドシャーの中、近くにある日本食のお店に駆け込み、雨宿り。お店の前の駐車場も川というか、池というか、水浸し。履いていたサンダルはもちろん、ジーパンもたっぷりの水を吸い込んで、冷房の店の中、寒い寒い。トイレに駆け込み、ジーパンの水気をふき取り(ふき取れるわけないよ)、ペーパーナプキンを足とジーパンの間に挟み、食事を取りました。そして、待つこと1時間半。ようやく小ぶりになった雨の中、家に帰り、熱いシャワーを浴び、ようやく人心地。かなり注意して行動しているはずですが、これで、3回目。予測は難しい!!!・・・・ムーー!
2006年10月06日
風邪をひいてしまったらしく、昨夜からのどが痛いです。朝ごはんの後、風邪薬を飲んで、ゆっくり休みます。今朝は息子夫婦がアユタヤまで行って留守なので、ちょっと自分の時間が持ててほっとしています。“鬼のいぬまの洗濯”かな?あちらも気を使い、こちらも気を使って、お互いそれがわかるだけに、また気を使ってそれだけで疲れるのでしょうね。普段一緒に暮らしていないので、よけいにね。ごろごろと布団の中で、本でも読んですごしましょう。
2006年10月05日
何十年ぶりでしょうか?顔のエステに行って来ました。日本ではいいお値段ですから、躊躇してしまいますが、その点、ここタイではリーズナブルで、一度行きたいと思っていたのです。1時間のコースで、顔を何度もマッサージし、その後電気で、毛穴の汚れを吸い込んで、電磁波なのかなぁ、よくわかりませんが、しわに沿って動いていきます。終わったあと、鏡をのぞくと、顔のクスミが取れて、張りがあり、お肌はつるつるで、その上、目じりや額のしわ(特に細かいしわ)が薄くなっているような気がします。そうなると現金なもので、また行きたいと思ってしまうのですね。この歳になっても、やはりきれいでいたいと思いますから。いい体験をしました。
2006年10月04日
一日中降ったり止んだりの昨日と違って、今日は朝からいい天気です。夫は会社に出かけたので、私も朝は6時前から起きています。起こされているのか、起きてしまったのか微妙なんですが、浅い眠りの毎日。眠いのに、ベッドに入っても寝付けない。夜中も寝ているんだか、目が覚めているのか、なんだかよくわからないのですが・・・・歳ですかね?そろそろ朝9時。休暇をとって日本からやってきた息子夫婦は、まだ白川夜船。日本時間ではもう11時なのに・・・若いっていいですね。寝ても寝てもまだ眠れるそうです。ハードな毎日から開放されて、休暇を楽しんでるのですから、寝たいだけ寝ればいいと思いながらも、少々不眠気味な私にとっては、うらやましい限り。でも、私も昔は起こされても眠っていたなあ。あの時代に戻りたいです。少なくとも眠りに関してだけでも。
2006年10月03日
第一印象、とにかくだだっ広い!広い広い!!今までのドンムアン国際空港の6倍だそうですから、いやはや・・・・JALは何といっても、遠くに止まるので、出るまでの距離が長い、長ーいぃ!!歩いても、歩いても、イミグレーションに着きません。長すぎだようー!!ようやく着いて、イミグレーションを済ませました。これは早かった!それからのバッゲージクレームに問題があるそうです。時間がかかり、初日は3時間たっても荷物が出てこない人もいたそうです。2日目も1時間半は普通とか聞き、、恐ろしくて、荷物預けるのをやめました。 ですから案外早く出られましたが、内部はまだ工事中のところも多く、先日の大雨では雨漏りで大変だったとか。押せ押せで、何とか9月中開港にこぎつけたわけですから、あらゆる場所にしわ寄せは来ている訳で、完全に機能するにはまだまだ時間がかかりそうです。でも、きれいですよぉ。本当に!ガラス使いが多く、ちょっと宇宙的で、今までの汚いドンムアンとは大違い。これが本当の意味でうまく動けば、東南アジアのハブとして、誇れますね。そんな日が一日も早く来るように祈っています。
2006年10月02日
後ろの席のおじさん、最悪。座ったとたんにまず大声で話しだしてる。おつまみと飲み物が来るや、おかわりの催促。おつまみが足りないだの、持ってくるのが遅いだの、最初はビールから始まり、ウイスキー、ワイン、また食事のときもお酒のお変わり。そのたびにおつまみ、おつまみと怒鳴って、「もうございません」と言えば、「無いわけ無いだろう」「持ってこい」とうるさく、うるさくまだ催促。ドレッシングがついているのに、「マヨネーズがないぞ」と怒鳴り、入獄審査表の書き方がわからないといって怒鳴り、ああじゃこうじゃ文句。「こんなこと書かなきゃいかんのなら海外なんて来るんじゃなかった」とのたまい(おう、やめろやめろ!)、そのたびに呼びつけて(ボタンを押せ!)、席を立つたびに、前の座席に手をかけ、私の髪を引っ張り(痛いって言ってるだろうが!)一度も謝らず、ようやく静かになったかと思えば大いびき。・・・やれやれ公共をわきまえろ!何のための海外?何しにいくの?やーな感じでした。
2006年10月01日
全31件 (31件中 1-31件目)
1
![]()

