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もう20年近く前のこと。初めて会ったのは津田沼駅前の小さな会議室で、10人くらいの会合だったか。 知人に誘われて参加した。「中選挙区制か、小選挙区制か」こんなテーマだったと思う。 当時、県会議員だったが、醸し出す雰囲気と風貌にわけもなく魅了された。「この人は将来、日本のリーダーになる」と直感した。 以降、その時の感覚が頭の中に住みついて、活動を遠目に注視し続けた。 選挙活動は常に圧倒的なボランティアで囲まれていた。わずかの票差で苦汁を飲んだこともある。 民主党政権が確実に誕生すると言われた前日、恒例の場所で演説があるということを思い出して急遽出かけた。 そして、この9月。決選投票で、下馬評を覆して見事に選ばれた。 あの時の直感が現実になった。この間の時間は何だったのか。本当に存在していたのだろうか不思議な感覚。 問題山積みの難局、昨日今日で解決できるようなテーマではないが‥。 私心を感じさせない、きっと政治に信頼を取り戻せる人物である。周りがどう騒ごうが、あの時の直感を信じている。
2011年12月31日
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皆が言葉を失った数週間。全国津々浦々に伝えられた映像によって、それを見た皆が言葉を失ってしまった。「言葉を失うとはこういうことか」という共通の体験をあの時の日本人はした。 その脱力した、そのあとに、力を与えてくれたのはスポーツであり、もうひとつ忘れてならないのは文化芸術だっという気がする。 今日の日経コラム「文化往来」にも“天災に苦しめられたときこそ、文化芸術は力を持つ”とあった。 数週間後にホキ美術館で見た写実主義の絵画、そのしばらく後に聴いた、千葉県少年少女オーケストラの定期演奏会。 藝術が持つ力はすごいと素直に感じたひとときだった。 今年ほど「文化芸術の力」を感じた年は、後にも先にもないような気がする。
2011年12月26日
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その時代の記憶と共に、馬の名前も記憶される。 良いも悪いも、その1年の思いをのせて、その年に活躍した馬と共に楽しむレース「有馬記念」 はじめての記憶はスピードシンボリか? 中山に行ったような記憶もあるが‥。 しかし何といっても、心に残る、歴史に残る名勝負は昭和52年のレースをおいて他にない。 卒業して最初の年、枯葉舞う寒い中、中山のゴール前スタンドで観戦した。レースは最初からトウショーボーイとテンポイントのマッチレースの様相。抜きつ抜かれつ、繰り返すこと数回。 そして最後の第四コーナー。夕日に照らされた両馬の馬体が美しい。「また並んだ!」と興奮気味の実況も耳元に‥‥‥。直線最後はデッドヒートの末にテンポイントが振り切ってゴール。外からはグリーングラスも来ていた。スタンド前で飛び跳ねながらゴール板を通過するのを確かめた。 しばらくはその場から動けず、感動に酔いしれていた。 四肢を広げて走る姿が美しいテンポイント。その美しさにはデビュー後しばらくしてからずっと注目していた。 そして強い馬が強いライバルと共に、文字通り強いレースをした時の感動は言葉にならない。 生涯で一番心に残るレースと聞かれれば、即座に昭和52年の第22回有馬記念と答える。今でもテンポイントの単勝の特券馬券を大事に持っている。 今年も気がついてみるとオルフェーブルが圧倒的な強さを見せて終了し、有馬記念の歴史をひとつ刻んで、その数56回となった。 テンポイントに関する資料など 心に残る名馬たち テンポイント 徒然に競馬談義を‥! ← my 競馬ブログ ↑一番好きな写真↑
2011年12月25日
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今年、読んでみて面白かった本などを備忘録として残しておこう。・佐々木 俊尚 著「キュレーションの時代」・内田 樹 著「最終講義―生き延びるための六講」・内田 樹 著「街場のメディア論」・ティナ・シーリグ 著「20歳のときに知っておきたかったこと」 ・古賀 茂明 著「日本中枢の崩壊」・寺島 実郎 著「世界を知る力(日本創生編)」・伊集院 静 著「大人の流儀」・斎藤 徹 著「ソーシャルシフト」等々 最近は読んでも、ブログにも纏められず、読みっぱなしが多い。また、年間100冊の目標にも届かなかったが、目がショボショボしてくる前に、読めるうちに読んでおくようにしたい。 2008年の記録
2011年12月25日
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2月18日、自由が丘での仕事を終えて、帰る途中に東横線の祐天寺付近での電車内から南の方角の空を見たら、何とも言葉では現せない雲の模様。 その夜、錦糸町でのコンサートを聞きに行く途中で見た、膨れて破裂しそうなアンパンマンのような満月。そして吹き荒れる風。 家に帰ってツイッターを見たら、同じように空の様子を取り上げていた方がいた。が、実際に見た光景はこの比ではなかった。 そのしばらく後に起きた大震災。 単なる偶然かもしれないが、以降、今まで以上に気象状況や雲の様子に注意を払うようになった、今年初めの忘れられない光景。
2011年12月24日
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特に写真の知識もないし、それなりのカメラも持ち合わせていない。買ってから7~8年経つデジカメを常に鞄に突っ込んで、これは面白いという写真を無造作に撮り歩いているだけ。 最初はカバンに入れているだけのことが多かったが、しばらくすると外に出たら、何かを撮って帰らないと気が済まないようになってきた。 そんな習慣がついて、撮った写真は毎週のようにWEBにアップを繰り返して‥‥。 そんなこんなで今年も暮れようとしている。その締めくくりに印象に残ったショットを3つを選んでみた。 震災翌日の3月12日の昼前、土曜日にもかかわらず、帰宅難民でごった返す東京駅。 今年は、空を見上げ雲を見る習慣がいつの間にかついてしまったが、7月11日、会社からの帰途18時半過ぎにJR津田沼駅前で見た光景。 たまたま犬を連れて散歩中の犬が、真っ赤なぬいぐるみに興奮して、チーバくんに擦り寄ったシーン。11月5日津田沼駅前で。 来年もどんな素人写真が撮れるのか??
2011年12月24日
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昔の人は歩きながら思索をしたとよく言われる。歩きながら、目に移りゆく風景を見るともなしに見ながら歩いていると、脳にも良い影響があるのだろうことは歩いてみると実感できる。 歩くと言えば、「この道」は言い伝えられる代表格の道。 季節柄、人も少なく、気ままに歩くには絶好。桜の木が多く、さぞや春先には人出がすごいだろうと予想しながら、歩を進める。 川沿いにいろいろな草木がある。冬場はその彩りは少ないが、それもひとつの興。ときおり真っ赤な寒椿などにも出会う。途中で碑に出会う。よく見るとこの道を愛用していた西田幾太郎のもの。「人は人吾はわれ也とにかくに吾行く道を吾は行なり」晩年の書が碑になっていた。 若王子付近に来ると、廃業して草木に埋もれている喫茶「若王子」の看板が。栗塚旭氏が経営していたと聞いたことがある。学生時代にははモダンな喫茶店だということで人気があったような記憶があるが‥‥。家に住みつくと言われる数匹の猫が近くで所作なさそうに日向ぼっこをしていた。‥‥時代の流れを感じたひとコマ。 小一時間、距離にして数キロ。哲学には遠く踏み込めなかったが、ゆっくり気ままに途中、川沿いの石堤をところどころでシャッターを押しながら、「哲学の道」ぶらり散策の時間を楽しんだ。
2011年12月18日
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WEB使用上の今年の自身の進展を3つ挙げると以下。 1.FACEBOOKの活用 2.レンタルサーバーの活用 3.ユーストリームの使用1.FACEBOOKは少し取っ付きにくいが、じわじわと面白さを感じてくる。 顔写真の掲載と実名主義が使用者に一貫性と安心感を持たせているのが良い。 プラットホームが常に未完成というイメージで、日々ユーザーの動向を見ながら 改善を加えて、ルールを変えてくるので、これでOKという到達点がなかなか 見つけにくいところもなかなかの考え様。来年もこれを中心に展開していく ことになりそう。2.無料ホームページの閉鎖に伴い、初めてレンタルサーバーを使ってみたが、 料金も安く、使用勝手も良く、これならばもっと早くから使用していれば よかったという印象。アップロードもスピーディに出来るのが良い。また、 容量の大きなPDFやパワーポイントもアップできるので使用範囲が広がる。3.ユーストリームは最初のアプローチにやや時間を要したが、一旦登録して しまえば、あとはそれほどでもない。まずはPCカメラで実験して、数秒 ディレイして、ややぎこちない動画がパソコンで見られた時は感激。以降は スマホでも実験。出先で気軽にボタンを押すだけで、放映できる手軽さに 感動。何かの場面に出くわせば、すぐさまツイッターと連動してライブ中継が できる。こんな面白い時代に出くわしたことが何とも有難い。 来年も、WEBの世界に、自分なりの目標をもって取り組んでいこう。
2011年12月18日
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今朝のサンデーモーニングから、墓碑銘2011 喜味こいし 83才、 山下敬二郎 71才、 横澤 彪 73才、 細川俊之 70才、 与那嶺要 85才、 坂上二郎 76才、 エリザベステーラー 79才、 氏家齊一郎 84才、 田中好子 55才、 児玉 清 77才、 長門裕之 77才、 ピーターフォーク 83才、 原田芳雄 71才、 小松左京 80才、 伊良部秀輝 42才、 松田直樹 34才、 前田武彦 82才、 二葉あきこ 96才、 竹脇無我 67才、 杉浦直樹 79才、 ワンガリマータイ 71才、 スティーブジョブズ 56才、 北 杜夫 84才、 西岡武夫 75才、 ジョーフレージャー 67才、 鳴門親方 59才、 立川談志 75才、 松田トシ 96才、 市川森一 70才、 西本幸雄 91才 メディアなどを通して、ほとんどの方にそれぞれの思い出がある。“ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。” ご冥福をお祈り致します。 2009年はこちら
2011年12月18日
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口数は少なかったが、書くことと後ろ姿で教えてくれた恩師、故種谷扇舟先生の書を今日、母校で目に触れて、思わずデジカメに収めた。 ちょうど、書道の時間と吉田茂元総理の国葬が重なった時があった。何も言わずに黙祷を捧げている姿に、黙って従った一時を今、思い出した。 この書の解説には“人はだれでも多くの人に支えられていきていくのであって、それゆえ、生涯が「感謝の一生」ともいうべきものである”と記されている。米寿の時の作品と思われる。 今日、最大の再会。
2011年12月14日
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縁あって、石見(いわみ)神楽東京公演のチケットが手に入ったので見に行った。 場所は北千住のマルイ11階にあるシアター1010。開場15分くらい前に着いたがかなりの行列。開場と共に入場したが、700席は満員で、一番後ろの席になった。 演目は四神、天神、天の岩戸、塵輪、恵比寿、大蛇で、演者は西村神楽社中を中心にしたメンバー。 右側には太鼓、締め太鼓、ちゃっぱ、笛、の奏者が。 中央では、あでやかな装束で回転が多い舞い。地味な舞台を想像していたのでちょっと意外。 一部終了後に、ゲスト出演の福岡ユタカとオタケビ神楽団の演目が入る。先般、出土した銅鐸のレプリカによる演奏で始まる。銅鐸って楽器だったのか?初めて知った。突如、鬼が太鼓に飛び乗るシーンも‥やや前衛的な演出も目についた。 恵比寿では舞台に降りて、壺から飴を取り出して柔和な表情で観客席にばらまく。観客も大喜びのサービス。 最後の大蛇は圧巻。計8匹のおろち。長さは14mあるという。和紙と竹で作ったという芸術品。舞台狭しと暴れまわる大蛇との決闘で終わる。最大の見応えがあった。 約4時間の熱演。実際には夜通しで行われるという石見神楽。今回は一般向けにショー化した部分も目についたが、我が国最古の芸能と言われる神楽の一端に触れることができた。
2011年12月11日
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昨夜は習志野市袖ヶ浦公民館で恒例のロビーコンサート「ライトアップセミナー&竹宵」 窓越しにはライトアップされたツリーが。 ピアノ、バイオリン、オーボエなどによる、クラシックから映画音楽、クリスマスソング、歌謡曲までバラエティに富んだ演目。 今年は、毎年熱演している演者の「アンサンブル・マープル」に交じって、何といっても、口笛少年、大庭エヴェレットくんの口笛演奏が見もの。 今年度の第38回世界口笛大会ジュニアの部で世界一になった実績がある。 本格的な口笛を聞くのは初めて。 右肩にと鳥の人形が座っている。口周りがあまり動かないので、あたかも肩の鳥がさえずっているようにも聞こえる。 どうやってあんなに高い音が出せるのか?も見事。 最後のアンコールでは今年の大会で披露した「クシコスの郵便馬車」アップテンポな曲を母親のピアノ伴奏のもと、気持ち良い歯切れで見事に締めくくった。 目下、習志野市の切り札的存在か?
2011年12月04日
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