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『図書館記念日』なんてものがあるらしい。70年前の今日、図書館法が公布され、近代的な公共図書館の時代が到来したことを記念して、とのことだが初耳だ。こんなご時世だから、図書館には行けない。そこで休館中にも本に親しんでほしい図書館スタッフが、おすすめ本を『セット』にして貸し出したところ好評だったと。こんなに家で過ごす時間が長いのも珍しいことだし、せっかくなら自分の身になることに費やしたい。無料で借りられる本は最適。とか言っときながら・・・個人的には図書館をそんなに頻繁に利用はしない。子供の頃は学校図書館に通ったもんだ。今もあの当時の図書館の空気や匂いを思い出せるが、大人に成ってからは必要に迫られて行く程度で、大体は書店で購入する派。図書館特有の静まり方が苦手。集中力はかなり自信あるが、あんな風に静かすぎるとかえって落ち着かない。出版界に足を踏み入れ、書籍や雑誌を作る側になったら、ますます縁がなくなった。『作り手』となり、一冊を完成させるまでの言葉にならない苦労を直に味わううち、「お金を払い売上に貢献したい!」と思うようになったのが大きい。それに、新しい本の匂いが好きなのだ。湿気を帯び使用感ある本にはない、自分が手にして初めて開かれた本の手触りや匂い・・・本が自分の手に収まるカタチになっていくと、より愛おしい気持ちになるから。図書館の本でもモノによっては、誰かが鉛筆などで線を引いたり紙を折ったりした跡があるが、それを私は自分で買った本で好きにしたい。人から借りた本にあれこれ手を入れるのは、マナー違反だ。でも、自分で選んで買った自分だけの本なら私の好きにしていいわけで。でもラインは引かない。私がペンを持ち活字を追うと『仕事モード』になってしまうから、落ち着けない。しかし誤植を見つけると見逃せず、本でも雑誌でも新聞でも思わず赤字を入れてしまうのは、悪いクセ。クセと言えば、私が本を読むときに“しがち”なのは、“ドッグイヤー”にしてしまうことだ。気に入ったフレーズを見つけると、つい角を折ってしまう。いつかまたその本を読んだとき、その部分を見て“当時の私”の心境を思い出して懐かしんだりもできるから、それもまた楽しみのひとつ。電子辞書が世の中に出初めの頃、とある施設で電子書籍を試し読みすることも何度かやってみた。便利は便利だけど、角に折り目をつけたい私には不向き。それにつるっとした画面じゃ、インクや紙の匂いも嗅げない。次の展開を期待しながら紙をめくるあの音がいいのに、指でスライドさせるだけでは物足りない。だから私は、新しい本を紙で買う派。本好きなダンナは、読みたい本であれば新品でも古本でも気にならないようだ。手に入れて1時間しないうちに一冊読破しちゃうので、どんどん本が増える。読まなくなった本はできるだけ買い取りに回すように頼むが、買い取り依頼の待ち時間にまた買ってしまうから、結局、家の本がなかなか減らない。彼のような人は、図書館で借りるのが一番なのだろうが、どうも読みたい本がそこにはなかったり、直ぐ読みたいときにないとストレスになるっぽい。それでも、電子書籍を読みたいと一度も言ったことがない。私と同じで、本は紙で読む派である。そう言えば。自宅に居る時間が長い子ども達に向けて、色んな人が絵本や昔話等の“読み聞かせ”動画をアップしてるとか。あれも本に興味を持ったり、想像力や集中力を高めたりするのにとても良い企画だと思う。けれど、できれば子どもこそ紙の本に触れてほしい。大人に成っても、本のぬくもりや紙の匂い、お気に入りの本との出合い、家族に読んでもらったり自分で読めたりしたことを、きっとを忘れないでいられると思うから。******余談。FMラジオ聴いてたら、リスナーで素敵なお母さん居た。ステイホーム中の子どもの時間管理に、『学校のチャイム音』を活用してる人。iPadに音を取り入れ定時に鳴るようにしたら、子ども達がそれに従って勉強したり休憩したりするようになったらしい。ナイスアイデア! いい家族♫★ ★ ★ ★ ★ 今日のやや長めのひとこと。「志賀廣太郎さん死去。佇まいと声に惹かれた。色んなシーン思い出す。名バイプレイヤーが次々旅立ってくのは、寂しいなぁ(合掌)。」
2020.04.30
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朝日デジタルの見出しが気になって、記事を読んだ。『誰かと話したい~コロナ禍、孤独な大学生の悲痛な声』大学は休講、アルバイトも休み、就職活動もできない、帰省せずにAさん(大学4年生)は名古屋市内のワンルームで過ごし、“誰とも話さない”時間を持て余しているようだ。これだけを読んだら、同情したくなる。新型コロナの終息がいつになるのか全く先の見えない世の中に、人生で一度しかない“青春時代”(古っ)を奪われたんだもん。彼女が私の娘だったら、それなりに心配したのかもしれない。でも、冷静に考えれば。今の時代の子ども達や若者は、間違いなく私の学生の頃よりずっと恵まれた環境にある。Aさんだって、当時の私より恵まれている。私が学生の頃は、今みたいにインターネットもなく、SNSでいつでもどこでも簡単に周りと繋がることもできなかった。だから彼女のように『社会人になってる先輩や高校の部活仲間とやりとりする』ことも『知り合いが家族と過ごす場面の投稿を見る』こともないわけで。連絡手段は主に電話か手紙という不便な時代だ。しかも私は九州から東京に進学したから、彼女の実家のある和歌山の母親が「熱出したら言ってね」とか言ってすっ飛んで来れる距離ではない。どんなに体調悪かろうが食料が底をつきようが全部独りで頭を使い『何とかする』しかなかった。それに比べれば、やはりAさんは、はるかに恵まれている。コロナは怖いが自分の家にいる限り感染するリスクは減るし、若くて健康体なだけでも持病を抱えた人の恐怖に比べたら・・・今、休みたくても休めずに私達の安全や生活を支えてくれる人達が大勢いる。また、コロナ禍以前に幾つもの自然災害のせいで、家や家族や仕事や繋がりを失い人生が変わってしまった人も大勢いる。彼等に目を向ければ、自分の望んでいることは全部『贅沢な悩み』だと気づくはず。とりあえずスマホなんか高価な物を持てるだけでも、私からすれば充分に贅沢なんだもん。「誰かと話したい」のなら自分から積極的に連絡を入れればいい。なんなら母親に毎日電話して話を聞いてもらえばいい。人が何かをやってるのをSNSでチェックしてイチイチ心乱される時間ももったいない。そんな暇あるなら、この巣ごもり期間をチャンスと捉え、自分にプラスになることをすべき!新たなことに挑戦するか心身を充電するかに時間を費やした方がいい。「あれもない、これもできない。私は独り」とかさ。周りから見たら『甘い!』と言われても仕方ない。社会に出る前から、そんなマイナス思考でどーする??「足るを知る」の精神で、今を生きろ。さっき観たニュースで、大学3年生の立派な女性がいたぞ。彼女は親に頼らず奨学金を貰いアルバイトで生活費を捻出しているが、コロナ禍で一気に生活が苦しくなってしまったと言い、一日一食に抑え何とか凌いでいた。「将来は研究職に就きたいんです。だから本当は大学院に行きたい。でも、このままでは学校を辞めないといけないかも。国の対応が遅すぎるから、早くしないと私のようなコが沢山出てしまう。学ぶことはいつから贅沢になってしまったんですか?」と、涙声で訴えていた。同じ年代でもこの違い。私はこの人を応援したいと心から思った。彼女には大学を辞めないで、是非とも大学院に進んで将来の夢を叶えてほしい。そのためにアカの他人の私ができることは、何だろう?と考えてもYahoo!の学生向け寄付くらいしか思い浮かばないが、とりあえず彼女や彼女のように向上心のある学生に向けて、念を送っとこう。どうか皆さんが、安心して学べる日々が一刻も早く戻りますように・・・まるには ひとつも かどがない えんしゅうりつは きりがない かびたまんじゅう もったいない よだれたらして みっともない ほっかいどうなら わっかない ふゆはさむいに ちがいない いっぽんみちは あてどない こいぬがいっぴき あどけない かねがないのは しかたがない だけどなんだか たよりないうらないちっとも あたらない かえるはなぜか へそがない 谷川俊太郎著 【わらべうた】(集英社文庫)より「ないないづくし」 ★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「あうー。誘惑に負けてエクレア食べちゃったわ~。筋肉体操でもやるか↷↷」
2020.04.28
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3月末の速報も衝撃的だったけど、こっちもショックに体が震えた。そんな大変な状態だったなんて、全く情報出なかったから。だって彼女は、出演番組そのものの“はなまる“で温かいお日様だもん。まだシムラがいなくなったこともちゃんと受け容れられないのに、こんな不意打ち、あんまりだ。ニュースでいきなり「新型コロナ肺炎で死去」とか言われても、頭の中???ってなって声も出なかった。女優でタレントの岡江久美子さんが亡くなった。今月初め微熱があり自宅静養中、急変し入院後、あっという間に帰らぬ人に。昨年末から乳がんの闘病中だったことも知らなかった。朝の情報番組を辞めた後、おしどり夫婦楽しく暮らしてるものと思い込んで。実際は、高齢で認知症の母親を介護し見送り、娘が子連れ離婚し、がんが発覚して・・・次から次へと災難に見舞われていたようだ。でも、彼女のことだから、常に前向きでいたのだろう。「私の人生これから」と取材相手に話していたというし、今回も「治るから大丈夫」と退院するまで公表しないつもりだったと聞く。初期乳がんなら充分“生かせた命“だろう。そんな命を奪ったのが、またもや新型コロナだったとは・・・きっと今頃本人が一番驚いているかもしれない。あの“通りのいい朗らかな声”で、「えっ? 私がコロナで??」って目を丸くしてそうで・・・余計にツラい。63歳。いつ見ても元気溌剌で聡明で美しい人だった(合掌)。岡江さんの早すぎる突然すぎる死は、速報の衝撃があまりにも大きく、私はこの感染症がますます怖くて憎くなった。のほほんとTV越しに『はなまるマーケット』のおめざをチェックしたり、神経質なやっくんをそっとフォローする岡江さんの機転に胸なで下ろしたり・・・そんな程度の視聴者でしかなかったけど。私がこんなに動揺するのだから、ご家族や仕事関係者の悲しみを思うと、かける言葉もない。獏さんと娘さんは、悲しみの中に在りながら周りを気遣うコメントを出した。「皆様、コロナウイルスは大変恐ろしいです。 どうかくれぐれもお気をつけください」軽症と判断され、自宅待機をしてるうち急変して亡くなる例が急増した。家庭内で顔をほぼ合わせなくても感染する人(車を共有)まで出た。ペットや動物園の感染情報も聞こえてくるようになり、持病があろうがなかろうがこのウイルスは、棲み着く先を最早選ばなくなったと言える。フェーズが変わってしまったのかもしれない。多くの“運び屋“のせいで市中感染レベルまで増殖し、隙あらば狙い撃ちする。まるでロシアンルーレットだ。いつ自分に弾が回ってくるかも判らない。まだ外でぶらぶらして「自分だけは感染しない」「家にいるとストレスが溜まる」とイキがってる輩や「どうなってもいい」とヤケクソになってる輩は、あと何人の命が奪われたら、人の死に気づき、自分の置かれた状況が解るの?こんなに毎日、この日本だけでも多くの人が苦しみの末、異常な速さでバタバタと亡くなっているのに・・・・・・なぜ真実から目をそらす??このウイルスを封じ込める術もなく、世界中の専門家が手探りしてるというのに! パチンコ店に吸い込まれていく依存症や、波乗りに出かける愚か者や呑気に旅してる無神経者が今日もいることに、恐怖を感じる。岡江さんの死を聞いて、“自分の番“になった時にダンナや親族が困らないよう『エンディングノート』をまとめておこうと、直ぐにラフを書いた。子供がいない夫婦だけの身なので、細々と考えなくていいから気楽で好い。でも、ダンナが私の後片付けに振り回されるのはかわいそうなので、できるだけスムーズに進められるように今からしておきたい。岡江さんの病までは重くないにしても、私もあちこち“故障箇所“を体に抱えてる。過去には治療で抗がん剤も繰り返し使い、強い副作用で若い頃から身体中がボロボロ。免疫力もないし、常にどこかしら具合が悪いので、一度罹ったら生きてはいられないだろう。「おまえ、考えすぎ。クソだ!インフルエンザの予防と一緒でいい。自粛なんかバカだ」と、またホ〇エモンに鼻で笑われたとしても、病弱な人間にとって、今このような環境下では一日一日が“勝負“だ。よく聞く言葉だが、今は神経質すぎるくらいでもいいんだと思う。間もなくGWという地獄の連休がやって来る。ニュースやCMや町内放送で「むやみに外に出るな遊びに行くな。余所から来た人はお帰りください」とどんなに呼び掛けたって、きっと一番聞いて欲しい人には聞く耳がない。救急車のサイレンが日々、鳴り響いている。暇を持て余した学生達は町に群れあてもなく彷徨い、住宅地ではマスクもせず子ども達が息を切らし、唾を飛ばし鬼ごっこやキックスケータ―で走り回る。お年寄りもおばさんもスーパーの椅子に座り、鼻からズレたマスクで顔を寄せ話をしてる。どこへ行っても家族全員で密着し喋りが止まらない。コロナさえなければ、と思う。穏やかな昼下がりは眺めてるだけでも、“いつも”ならホッと救われるはずだけど・・・今は子ども達の無邪気な集団すら、怖く見えてしまう。あと何人の命が奪われたら、人の死に気づくの?★ ★ ★ ★ ★今日のふたこと。「ありがとう。ありがとう。皆さんのお蔭で我が家は日常を過ごせています。」「久米明さんが亡くなったのも寂しい。ナレーター好きだった。劇団昴の舞台で久米さんと目が合う近さの一番前ど真ん中で観れたのは貴重。」
2020.04.23
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朝の日課こなしながら今日もFMラジオ流す。今年就職したリスナーからのメッセージで、間もなく“初任給”が支給される時期と知る。コロナ禍に巻き込まれた令和2年のフレッシャーズ達は、周りから賑やかに祝福されることもなく、静かに第一歩を踏み出した。そのリスナーは入社式もなく研修もないまま、今日も自宅で“勉強”していると。そして「入社後、働かないまま初任給を貰う」ことに、後ろめたさのような感情を抱き戸惑っていた。希望を胸に社会に出るハズが、思わぬ敵に行く手を阻まれてしまった。晴れ舞台を奪われ、本当に気の毒。でも、給料を貰うことをそんな風に考えられる人だから、きっと立派な社会人になる。不条理な世の中だけど、この悔しさと共にいきなり手にしてしまった報酬を無駄にしない生き方を示すことで、職場や世の中に貢献してほしいものだ。番組の流れで、「初任給を何に使う?」という話になった。洗濯物を干しながら、“私の初任給“について思い出そうとしたのだが・・・“何“に使ったのか全く覚えていない。基本給や手取りの数字は何となく覚えてるのに。たぶん九州で暮らす両親に“これまで育ててくれた感謝と社会人になれた証”の意味で、“仕送り“したんじゃないかな。そこから暫く続けてた気がするので。ただし、私にとって“人生初めての給料“は、大学3年で手にしたバイト代という想いが強い。大学前半はアルバイト可能な環境に居なかったので、どこかに採用されて出社して・・・という経験が、人より遅いかも。そのせいか、初めて世のために働き給料を貰ったあの達成感と喜びが、幾つになっても忘れられない。新卒で就職した時以上に、初めて手にした“給料の重み”。それがどんなに待ち遠しくて、嬉しかったことか。短期バイトだし時給も低かったから、大した額じゃなかった。けれど、あの仕事が“私の進むべき道“を決定づけたから、私にはものすごく意味のある経験になった。大手教育系出版社の会報誌を手がける部署で、学生読者投稿ページを任された。雇われたのは、私ひとり。広いフロアの片隅で、ひとり黙々と作業するというナンとも地味な日々だった。男性社員、女性社員それぞれ一名ずつにお世話になったが、どちらもとても仕事に熱心で良い人だった。美味しいランチに連れて行ってくれ、ビジネスマンに混じってご飯食べたのも、学生の私には刺激的だった。あの職場で社会人になる心得や働く喜び、それで得たお金の有り難み・・・“労働者として大切なこと“を学べて感謝してる。そういう想いもあり、あの時のたった数万円の初任給は、私にとって忘れることができない。自分が果たした役割に対し、お金を貰えた嬉しさはモチロンだが、あの職場で“私が独り占めした“経験が、“その後の私を動かす力”になったのだから。ちなみに、その時の初給料で当時流行ってたSONYの『ウォークマン』を買った。最初にそれを買うと決めて働いてたから、本当に嬉しかった。すごく気に入って、いつでもどこでもそれで音楽を聴きまくった。アルバイトで雑誌作りの面白さに目覚め、その頃に買ったウォークマンで音楽をむさぼり聴き・・・どんな困難もくぐり抜けてきた。遠回りしたけど、最後に“私の進むべき道“に辿り着けたのは、学生時代の“職業体験“(TV局の短期バイトで人事部手伝いも)が大きく影響してると言い切れる。こんな珍しい時代に社会人になったみんなへ。思うようにいかず不安な毎日だけど、腐らずに上を向いて歩こう。今、己の目の前にあることを、諦めずに続けていこう。自分に起きること、出合うことには必ず“意味”があるから芯をぶらさず、自分の足で立ち、収穫に感謝しよう。苦しんだ分、喜びはひとしお。諦めなければ、きっと笑える日が来る。それを強く念じて。★ ★ ★ ★ ★今日のやや長めのひとこと。「屁理屈言って外出する人。無症状感染者になったら自分が町滅ぼしてしまうぞ。意味わかんないとか言ってるの、日本語通じない異星人なの?」
2020.04.23
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今年になって一度も美容院に行ってない。間もなく4ヶ月経つ。大体3ヶ月毎に髪を染めカットしてもらうのがお決まりだった。それがこんな世の中になっちゃったせいで、都内某所の行きつけの店まで行けなくなった。今では近所のカット専門店に行くのも難しい。そうこうしてる間に、暴れ放題だった髪が最近になり後ろでひとつに結べるように。馬の尻尾まではまだまだでも、子山羊の尻尾くらいか。ここまで伸びたら後はもう、こっちのもん。表面に時々チラつく白髪をスティック状の部分染めでカバーして、何とか保たせよう。いざとなれば、無添加自然派の敏感肌に優しい染髪剤もある。緊急事態宣言が解けて、自由に安心して電車移動で都内に出られるのはいつのことやら。今も感染者や死亡者が増え続け、医療崩壊も始まっているというのに、自粛要請を無視する愚か者が一定数居るようじゃ、みんなが“自由“を取り戻すのは、もっともっと先になりそうだし↷↷都内に行けないとなると、私の本業再開の日もいつになるか分からない。身なりに必要以上に気を遣わなくて済むから、当分はひっつめ髪で乗り切ろう。私はコレでいい。問題はダンナだ。服装の規制は厳しくないものの、仕事自体はお堅い系なので身なりは大事。特に清潔感は絶対だ。そうなると、髪もこまめに切る必要があるのだが・・・毎月カットしてたのに、2ヶ月以上髪を切りに行くのを我慢してるハズ。前にカットしてくれた担当の人が、運良く技術があったようで今も何とか“耐えられる“状態を保っている。たまに私が頼まれて、襟足や飛び出した髪を切りそろえたりはするが、さあ、これからどうしよう?ダンナにはまだ言ってないが、やはり冷静に見ると全体的にボリュームアップしてきたみたい。そろそろ切り時かもと感じる。で、かなり近いうちに「髪を切ってくれ」と無茶ぶりされそう。いくら工作やパッチワークでチョキチョキするのが楽しいからって、髪と紙とじゃ大違い。でもな、やっぱり家じゃないと今は店に行かせるのもなぁ。この辺りの美容室系はさすがに店を休み始めてて、やってそうなのは角刈りや坊主刈りの巧そうな町の床屋さんしかない。店の入り口を開け放ち、それなりにコロナ対策をしているようだが。それでもお互いに感染リスクはあるわけで・・・うーん、どうしたものか。とりあえず、さっきYouTubeで「自宅でできるカット」的な動画観た。今どきのイケメンが簡単そうにやってるけど、素人には無理だってば! あんな風に気持ちよくハサミを入れてカッコよく切れたらいいけど、きっとタラちゃんに仕上がる。それにお兄さんにどうしても目が行ってしまい、手順が覚えられない。でもホントにそろそろダンナが髪のことを言い出しそうなので、少し真面目に髪切りバサミを買おうかとチェックもしてみた。いっそスキカルでも買おうか。みんな一体、どうしてるんだろう?昨日たまたま見かけた記事で、過去に取材したことのある女優が染髪剤を買ってきて、家で自分で染めたという話を読んだ。彼女も自分の髪を切るのは、諦めたようだ。私の好きな女優は同じようにひっつめ髪になり、前髪を自分で切ってパッツンになってた。政治利用された動画の仕掛け人ミュージシャンも、「髪がアフロになりつつある」とか言ったようだし。芸能人がそんな感じなんだから、一般人も気にすることはないか。でも気になる。特に男性の方。あ、やっぱこの際、潔くバリカンでずるっと? なんとなくだが、この夏、日本で丸坊主男子が流行ったりして(それもまた良し)。★ ★ ★ ★ ★今日のやや長めのひとこと。「子豚君、ヤバいの? でも影武者いるからいいのか?顔パンパンなのとほうれい線たるんでるのは別人に見えるんだが。」
2020.04.21
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ネイティブアメリカンのナバホ族に新型コロナが感染拡大。【たった一人】の少年が【外の世界】のイベントに参加したせいで、部族の感染者や死亡者が増え続け、その勢いが止まらない。アマゾン奥地でも、先住民ヤマノミ族の15歳少年が感染入院の末、亡くなった。その感染経路は、“金鉱山目当て”の違法金採掘労働者との見方が強い。 世界中に蔓延する新型コロナウイルス。初めは誰もが季節性ンフルエンザくらいの軽さで、「そのうち収まる」と考えていたんだろう。昨年末中国の武漢から始まったこの感染症は、初動の油断が引き金となり、今や南極以外の世界を本気で滅ぼしかねないレベルまで威力を増した。 「これは“戦争”です」と新型コロナの各国のニュースで聞かれるようになり、遂に我が国のTOPも「戦い」を口にした。その言葉を耳にする度、胸が締めつけられそうになる。本当にこれが未知のウイルスとの“戦い”だとしても、扇情的に語気を強めればいいってもんでもない。かえって民衆の誤解や不安不満を生むだけだ。ルールを無視した輩が好き勝手に動いてしまうのは、一部の無理解無関心者を除けば見えざる敵の脅威に怯え、“現実から逃げたい”から、なのではないか。 ドイツのシュタインマイヤー大統領は、国民に向けてこう伝えた。「新型コロナウイルスの世界的な感染拡大は戦争ではない。国と国、兵と兵が相対しているのではなく、私達の人間性が試されている。最高の姿を示そう」と。そう、私達に必要なのは誰かを“傷つけ戦う”ことではない。大切なのは互いを思い遣り協力し、命を守る意識。つまり、それぞれの“人間性”の高さが、この感染症拡大を終わらせるカギになる。 しかし世界が認める「安全で親切。美しく清潔な国」の日本も、今は昔。感染者は今日も増え続ける。危機的状況を乗り越えるにはあまりにも頼りなく心無い国のトップや、 “己の欲”を満たすため自粛せず傍若無人に振る舞う一部の人には、苛立ちや落胆の気持ちを抱く。この期に及んでも“平和ボケ”の人達が日本には大勢いて、皆が同じ方向を見て足並み揃っているかどうかも怪しい。「いいんだよ、別に」若者に人気の吉祥寺(東京)の商店街はこの週末も人で混み合い、注意を呼びかける市の職員にこんな風に返した若者もいたと記事で読んだ。江ノ島や鎌倉にも人が押し寄せ海沿いは他県の車で大渋滞、夏の海水浴並みの賑わい。強制力のない自粛要請だとしても、国が頼りなく反抗したくなるTOPだとしても今、日本がこのまま沈没するのかそうじゃないのかの瀬戸際にあるのは、少し考えれば解るだろうに。TV新聞を見ないとしても、もしやスマホでニュースもチェックしない人なの?“想像力が欠如”してる人が増えたと言われる。今まだ自分が暮らしを保ってられるのは、感染のリスクを常に抱えながら自身の生活を犠牲に、必死に現場で最善を尽くしてくれる医療従事者が大勢居るからだ。そして自分の家族や周りの人達に迷惑かけないように、誠実に自粛する国民が互いに気遣い合えているからだ。ふらふら出回る人達も、自分が運がいいから遊んでられるんじゃない。そういう身勝手な人を支えているのも、陰の人の努力があるお蔭だ。常識のない輩が、感染症を無自覚無症状のうちに何十人何百人に撒き散らすせいで、“医療崩壊”が近づいてきた。そうなれば感染者だけでなく、別の急患も手が尽くせない。だから今が大事なのだ。全員で「数日耐えよう」と前を向き、5月6日まで不要不急の外出を控えれば、これ以上の感染拡大を抑えられるかもしれない。そうすれば、医療従事者の負担も減り、彼等の命や感染以外の患者の命そして私達みんなの命を守ることができる。この前の3連休並みに出歩き、その人達が感染源になれば、GW明けの感染者数が再び跳ね上がるだろう。酷な言い方だが、「いいんだよ、別に」と思う人には、罹患しても自宅で自力で治して欲しい。そこまでの“自己責任”のもとで遊ぶんだろうし。自分の欲望の犠牲となり周りが苦しんだり命を落としたりしてるかもしれないのに、たった二週間程度の自粛が耐えられない? なぜ、この最中に観光地やアーケードやパチンコ、海やキャンプやゴルフ、皇居ランにリスクを冒してまで行かなくちゃいけない? スーパーやホームセンターに家族全員で行かないと家族仲がどうにかなるの??大切な人が自分の不注意で感染しても「いいんだよ、別に」で突き放すのだろうか??こんなことでストレス溜める自分もイヤになってしまう。何も権限も影響力もないただのおばちゃんが、ココで吠えたところで世の中変わるわけもない。でも吐かずにはいられない。最近見聞きするのは、どれも最悪なニュースばかり。日本の民度が信じられないほど下がってしまった出来事の連続に、ため息しか出ない。でも。私にできることはちっぽけだけど、変わらない。腐らず、焦らず、惑わされず。暫くは一番安全なはずの自宅でできるだけ慎ましく穏やかに過ごし、周りに悪しき影響を及ぼさない人間でありたい。とりあえず病院に相談して、婦人科の定期検査の日程を先送りにした。自分が罹らない予防の意味もあるが、主治医や検査技師、待合室に居る妊婦さんや他の患者さんに私から感染させないように。そういう配慮を忘れずに日々を過ごしたい。たとえこの国が“元通り”にならないとしても、いつか必ず笑って暮らせる“日常”が訪れると信じたいから、できることをできるだけ続けて。新型コロナで世界を破壊したのも人間ならば、それを食い止められるのも私達人間。だから「あれもできない、これもできない。息苦しい」と何でも周りのせいにしてボヤかず、今日何が一番大切か、何をすべきかそれぞれがちゃんと向き合って、考えて暮らそう。希望の光を再び掴むために、我々に今すぐできるのは、とても簡単なこと。STAY HOME! うちで過ごそう。★ ★ ★ ★ ★今日のひと今と。「猫村さん、でかすぎ。爪とぎに哀愁感じた。」
2020.04.20
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あ、見つかりました。この度は本屋さんで働くあなた様のおかげで私の本がたくさんの愛ある皆様へ飛び立つことができました。一人前の本にしてくれてありがとうございます。そして居心地の良さをありがとうございます。奇しくも緊急事態宣言の発令された4月7日に発売された滝沢カレンのレシピ本『カレンの台所』。そのスリップにこめられたメッセージに、心がなごむ。日頃書籍を買う人なら知ってるだろう。本に挟まれた二つ折りの紙の存在。あれは書籍の売上や返本を管理するためのもので、本を買う側には必要の無いもの、強いて言えばシオリ代わりに使える程度か。書店員さんでも気づきにくいその薄くて小さな紙の“裏“に、彼女は上記のメッセージを忍ばせたのだ。ちなみに、ココにメッセージを入れるのは、発行元のサンクチュアリ出版で続けている取り組みというから、これには書籍雑誌作りに長年関わるハシクレとして、本気で感動してしまった。取り組みに賛同した著者がメッセージを書き、今作では滝沢カレンにメッセージの中身は“お任せ”で書いてもらったとのこと。過去に仕事でこの会社に関わったこともなく、評判もネット上では賛否あるようなので・・・これ以上のコメントは控えたいが・・・でも、このアイデアについては、素直に称えたい。出版界においては編集者や校正者と同様“黒子”である売る側に心向けられるのは、嬉しいことだ。だって、作り手~売り手~買い手がひとつの糸で繋がってるような一体感が持てるもん。そして編集者のおそらく期待以上に素晴らしいコメントを書いた滝沢カレン。天然ボケの代表みたいな立ち位置にいるが、彼女のユニークな感性と言動から伝わる“相手への気遣い”に惹かれ、陰ながら応援してる。そしてこの事を記事で読んで、ますます好きになった。気づいた書店員さんが「仕事中に泣きそうになった」と感想を述べたが、私も彼女の裏方の人までしっかり目が向いている最高の気配りに涙腺がゆるんだ。裏の裏まで見通して責任を持った言動をする。この“思い遣り“の心が、政府やそこに纏わり付くお偉いさん達に1gでもあれば。日本の国民ひとりひとりが、自粛要請に素直に従うだろうに・・・今もなお、“裸の王様と愚鈍な仲間達“の考えは、舌の根も乾かぬうちに逆回転してしまう。だから何の説得力もなく、国民の一部は好き勝手に振る舞い、あちこちで遊び感染リスクを高め合う。近所の公園でも、子供を遊ばせるママ友は密になって集い延々と話し込む。この町の住宅地にはウイルスの感染など来ないみたいな日常だ。現時点で、新型コロナ対策で『国民1人当たり10万円現金給付』が検討されたまではいいが、なんでまた横槍入れるようなこと、言う人が出るんかなー↷↷↷てか、私の知識が足りないのでアレだけど・・・『経済同友会』って、ナニ???? 大学とかの同好会と同レベル?そのメンバーの発言に脱力した。「ほぼ条件をつけないで給付するには、危機管理スピードが必要」「タイムリーに配布して、消費に活用するのが重要」だからって、『電子マネーで給付』とか阿呆なこと言ってる💧電子マネーなんか、私もダンナもこの先も使わないわ。この国はスマホ使いこなさないと、国民認定されないの?一応財務の担当らしい失言の達人も「手を挙げる方に1人10万円」とか自己申告制みたいに言うし! は? 何のためにマイナンバーカード導入した?!誰も“弱者“の方を見てないよね? 仕方ないか、あれだけ自粛かけてもまだマスク無しでふらふら旅行する余裕が奥さんにあるんだもんな。呆れた。逆に徹底しすぎてアッパレすぎる。今の政権はどこまでも『人命より経済』が大事なんだなぁ。米国のクオモNY州知事は、外出禁止令とともに住民に呼びかけた。「人命より経済を優先する国民はいないはず」「責任は私が取る」と。我が国でも北海道や大阪、東京などの知事は休む間もなく人命を守ろうとしてるのが見えるけど、いつまで経っても国としての足並みが揃わないのは、国のてっぺんにいる輩が、下界の者達と同じ場所に立ち目を見て、個々の声を聞かないことが原因だ。自分達の利益や保身ばかり考えて、国民を見ようとしない。でもその人間をあの地位まで押し上げたのも、支持者の国民という悲劇。滝沢カレンのように「一人前の政治家にしてくれてありがとう」という気持で仕事をしていれば、日本はきっとこんなに自由を奪われることもなく、見えないウイルスに怯えることもなく、シムラをはじめとする“大事な命“を奪われることはなかったのに・・・★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「リモート画面のバックが気になる。趣味やセンスが見えて面白い♪」
2020.04.17
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A〇Eさんの根拠も脈絡もないただひたすら長ったらしい“自画自賛”スピーチは、いつ聞いてもなーんも心に響かないのにこのおじさんの早口で騒がしいけど、ただうるさいだけじゃない独り喋りは、なぜか全部するっと聞けちゃうし、意外と専門的で解りやすい。“人に想いを伝える”のに最も必要なのは、形式や表現の美しさじゃない。本当に相手に伝えようとする“気持ち”、体温を感じる行動と言葉が大事なんだとつくづく思う。とか、日頃仕事で書式や言い回しにやたら気を遣い過ぎてる私が言うのも説得力ないな(苦笑)。何でもお金やコネで“解決”という名の“揉み消し”や“口封じ”をやってる小綺麗な身なりの小汚い心の輩には、この違いが一生解らないだろうけど。仕立ての良いスーツ着て脂ぎった悪巧み仲間と赤坂の高級焼肉つつくより私は、相模湾を眺めながら浜辺で、地元漁師さんの焼いた獲りたての魚を食べたい。あー、海風を全身に浴びたい!! 咽せるほど磯の香りを吸いたい。でも今はがまん。この忍耐が、いつかきっと報われると信じて。(人混みルート避けてウォーキングくらいは許されるだろうか?)岡村靖幸アルバム『操』より「マクガフィン」聴きながら今日も気合い入れて行くぞ。おうちで過ごそう。STAY HOME!!!★ ★ ★ ★ ★今日のやや長めのひとこと。「猛虎クロスワード、考えた人、ナイス~! 野球は解らんけどああいうセンス好き。私もボケ予防にクロスワードか数独やるか♪」
2020.04.10
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やっと出た政府からの緊急事態宣言。でも案の定グダグダ↷↷東京など7都道府県のみで、自粛の内容もかなり中途半端。それも国と東京の間だけでも方針に食い違いが見られ、足並みが揃う気配なし。自粛の“仲間外れ”にされた県からも文句言われてるし。マスク二枚全戸配布くらいでドヤ顔されたあの時に、あの人を誰も期待するのバカらしくなっただろうが、今回の宣言も国民や日本経済を大混乱させただけ。この前の3連休前に抑えておくべきだった。今、全国で増えている感染者は、遡ればあの連休あたりに罹ったのだろう。それは毎日新型コロナ情報をチェックすれば素人にも分かってた。なのに日本のTOPとそのお仲間が今もなおこの感染症の怖さを理解できてない。日本の経済を守りたいと意地張るけど、あと何人犠牲にして何軒の店を潰せば、自分の理想郷が手に入ると言うの?国民が様々なことを諦め耐え凌いでいる時に、奥さんが怪しさ満点のお友達と遊び歩くようなルーズさだもん。高齢の同居親のことも夫の立場も考えない、そんな嫁ひとり抑えられない男が国を治められるわけがない。宣言の翌日、必要な食材を買いに出かけた。夕方に向かう時間、僅かに人の数は減ったような気もするが、それでもマスクを皆がつけてる以外、“いつもの光景“が広がってて逆にビビる。公園で幼子の笑い声が響き、通りでキックスケートに乗った少女数人とすれ違う。大きな声でスマホに向かい喋る人、立ち話や歩きスマホに夢中な人・・・空も青くお日様もぽかぽか。見頃を過ぎた薄色の桜がハラハラと舞い踊り、春の“日常“と何ら変わりない。いつも通り混んでる場所は混んでるし、所々店がシャッターを下ろしてはいるけど、パチンコ屋にはマスクもせずに客が慣れた様子で吸い込まれて行く。美容院のお兄さんも、髪の伸びた私にビラを一枚くれようとするし、工事現場の職人さんも作業の手を休め小さな輪になってマスクなしで談笑中・・・一体、誰のための何のための“自粛“なんだろう?ま、私も目的を果たしたら即家に帰るとはいえ、周りから見たら同じか。でも私なりに細心の注意を払い、買い物も短時間で済ませてる。除菌ポンプを見つけたらマメに除菌し、カートもカゴもドアノブも極力素手で触らない。しかしこの日の周りを見ても、そこまで神経質にしてる人は1人も見かけなかった。私がナーバス過ぎるとしても、今はそれくらいしていいと思ってる。世界中に蔓延した今も“得体が知れない“ままの気味の悪いウイルスを人にうつすのも嫌だし、自分がうつるのも絶対に避けたい一心で。ここ最近、近所でも“痰の絡む咳“をする人に遭遇する。それに今日はやけに救急車のサイレンが朝から響きまくってる。ダンナの職場周りも怪しい症状で自宅待機を始めた人が出たらしい。全部が全部、感染者とは思えないが、この町に限って言えば“巣ごもり疲れ“の話題が出る前の頃の方が、”緊張感“があった気がする。東京のような密集する場所が限られているのんびりした町。ゆえに人混みを避けて“普通“に暮らそうと思えば暮らせそうな余裕が、気の緩みになってるのかもしれない。その緩みのせいで、いつか悪い結果を招かなければいいのだが・・・このウイルスは“知らぬ間に”宿主にされて体を支配されてしまうのが恐ろしい。しかも一旦棲みつかれたら、ヘルペスウイルスと同じで免疫落ちたら突然“再発”する恐れが高い。今まで浮かれてた若者の罹患者が続々発表され、中には“地獄”を味わい、さすがに事の重大さに気づいた人もいるようだ。それでもまだまだ“危機感“のない自分勝手な人、視野の狭い人は多い。今一度、気を引き締めねば。「明日は我が身」を肝に銘じ、夫婦で毎朝の検温と味覚嗅覚のどの確認、食事も取り分け、手洗いや除菌など衛生管理を徹底し、できる限りを続けてく。横浜市立大佐藤教授のデータ解析によると、「一日に人と接触する機会」を神奈川県民の私の場合、48分までに減らす必要があるらしい。東京はナント、たったの17分!! そこまでしてやっと、二週間後に感染者がほとんど確認されなくなるらしい。なかなか足並みの揃わない周りを見てると、一部が真面目に頑張ったところでそんなに急に前の暮らしに戻れる日が来るとは思えないけど、少しでも終息の“可能性”があるのならやってみる価値はある。どんな時でも“目標”は大切。48分ね。やってやろうじゃないの! 今だって既に外部の人と接するのを週に3時間程度に抑えられてるから、個人的にはできなくもない。とにかく今を耐えるしかない。ストレスを溜めず「足るを知る」の精神で。国を当てにせず、数歩先を読む力を鍛え、自分の身は自分で守るだけだ。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「マスク二枚に466億も!その経費をなぜ防護服製作とかに使わないかね?(呆)」
2020.04.08
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本業副業ともに仕事を休んで早1ヶ月。休みを申し出る時には、ここまで世の中が悪くなってるとは考えもしなかった。少し厄介なようだけど、しばらく動きを止めていれば終息に向かうだろうと。何の根拠もないが5月あたり、用心しながら仕事も再開できるんじゃないかと・・・甘かった。5月どころか、年を跨ぎそうな勢いでTVをつけても何も進展せず、同じニュースばかりで愚痴と溜息しか出ない。インドア派なので『巣ごもり』も何ら苦ではないが、そろそろ変化が欲しい。暦の上では一応『新年度』の始まりだし、進学や入社など新しい生活を開始するフレッシャーズの初々しさに肖り、私も何かに挑戦しようと思ったのだが。さーて、何をするか?『集中力と正確性』が勝負の私の仕事。その仕事を休む時間が長くなれば、アスリートの体作りと同じで、蓄えた力や筋肉が落ちる一方である。大学卒業後から今まで、『活字』と向き合い仕事にしてきた“それしか知らない“身としては、感性が鈍るのが一番怖い。だから、自分の五感を刺激することを仕事以外でもできる限り経験したい。(前にも書いたが)“趣味で原稿書き&投稿”するのも、その一環。でも、これだけじゃ仕事と大して変わらない。よって、別の角度から自分の中にまだ眠っているであろう力を引き出したい。さーて、何をするか?親の欲目で過度な期待をされた子供時代。習い事で一週間が埋まる程、いろいろ“習わされた“。ピアノ以外はそれなりに能力を伸ばせたものの、情けないが私という人間の弱点は『頂点を極められずに終わる』ということ。つまり、何をやっても『中途半端』なのである。自分なりに精一杯やっても、未だに『達成感』や『自信』を前向きに持てない。仕事に対してもそう。モチロン仕事はお金を貰って臨むから、全力できっちりと仕上げるのは当たり前。けれども、本業にしても副業にしても、その世界で完璧にできる人は多くいて、私がそのレベルに辿り着くのはまだ先のような気がする。何毎においても不器用な私は、ただひたすら時間をかけて“人様から感謝や評価をされる”経験を積み上げるだけ。それでしか、自分に胸を張れない。仕事でさえそんなだから、『趣味』は趣味で中途半端だ。『好きという気持ち』に導かれるまま、あれこれと足を踏み入れるが、どうも極められない。まあ、基本その時間が楽しければいいじゃんという構え方だから、そこまでで終わるのかも。そんな私がこの春チャレンジしたいことが、この数日で絞られてきた。今の私には仕事の代わりに『無心になって集中できる時間』が必要。そこで浮かんだのは、子供の頃から慣れ親しんできた『裁縫』だ。年に一度は無性にミシンが欲しくなる時期がやって来る。でも専門的な技術を持つ友達に相談したら、「何をするの?持っててもそんなに使う機会ないよ」と言われ、衝動的に購入するのだけはやめた。ま、ミシンはなきゃないでもいい。実は一番好きなのは『手縫い』だから。ちくちく一針ずつ歩を進める時間が、たまらなく好き。針をどう進めるか以外、何も考えないで『無心』になれる。イライラモヤモヤすると時間構わず、鍋やシンクをピカピカに磨きもするが、もっと穏やかに時間を過ごせるのは、『お針子』をやってる時だと言い切れる。決して巧いわけじゃない。とにかく好きなのだ。何も考えずに地味に『自分に集中』する時間が。 今、日本は全国的にマスク不足で「無いのなら作ろう!」という動きが起きている。巣ごもり中の子ども達と一緒に作れるというのも、いいことだ。私も・・・と思ったが、今のところ我が家には足りているので、不足する頃に考えよう。何年前だったか、金融関係の窓口担当に随分人懐っこい人がいて。手続き完了するまでの間、どういう話の流れだったか手芸話になり。「刺し子始めたんです。面白いですよ」って言われて。その後、私もちょっと興味持ったりもしたが・・・さーて、何を作るか?でっきるっかな でっきるっかな はてはてふむー♪のメロディを脳内再生しながら私にできそうなことを検討した結果。『パッチワーク』か『イニシャル刺繍』が性格とスキル上、合ってるかなぁと。どっちも材料費も道具も少なく済むのが私向き(笑)。初心者向けの作り方もさっきYouTubeでチェック済み。いずれ外出規制もかかりそうだから、その前に急いで材料を用意せねば。素材選びが、これまた楽しい時間で♪ 人の少ない時間にささっと選んでパパッと帰れば、感染リスクも避けられそうだ。視力がとても悪いので、あまり凝ったものは体力的に無理だから、ストレスや疲れが溜まらない程度の軽いものにまず挑戦してみよう。******どうでもいいこと。今日はダンナに頼まれてたウール類の毛玉を、猫のブラッシング後くらいふっわふわに山ほど取って、気分もスッキリ♪ まさか『毛玉とるとる』がこんなに私のストレス解消に役立つとは思ってもなかった!!(やみつき♥)★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「いちごと大福(粒あん指定)は別々に食べたいです。」
2020.04.01
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