全14件 (14件中 1-14件目)
1

百日紅のサルスベリもいよいよフィナーレの時を迎えている。散ってうれしい花いちもんめ。 一年中咲き継ぐので、じっくりつき合うのはまれな花のツクバネウツギだが、この微細な花をつけるアベリアにはよく虫が訪れるのが不思議で、はじめて近くまで寄ってみるとかすかに甘い香りのあることがわかった。これからは年中たのしめそう。 昨日の仲秋の名月は、我が家からの眺めは月のかさならぬすじ雲が大きな円を描いて取り巻いていて思わず魅入ってしまった。 インディアンはこの月の月をハーベストムーンと呼ぶそうだ。満月と十五夜が重なるのも珍しく、次にみられるのは7年後らしい。 秋には秋のたのしみが満載だが、僕にはあの暑い夏の日が恋しくてたまらない。
2023年09月30日
コメント(0)

ツマグロヒョウモン トアギャラリー「一雨ほしいな」と思っていると、雨粒ならぬツマグロヒョウモンの若女将がご挨拶。熱帯の記憶を引きずる彼女の美しいいで立ちをみていて、ふと「きらら絵展」を思い出した。まだ間に合う。 書画展も5回目となると、それぞれが独自の境地をのぞかせ始めるので目が離せない。なんとか行ってみよう。 きらら絵の創始者としての釣秋桜 釣秋桜門下生展ということで、釣秋桜さんの作品は控え目だが、それでも埋め草の形で違和感なく点在していたのがうれしい。きらら絵の極意書めく作品が正面奥にかかげられていた。 釣秋桜「何の木の花とは知らず匂ひかな」 芭蕉の『笈の小文』の中の句。たしか、芭蕉の伊勢神宮に詣でた折の作品だったと思う。私は、書の道は不馴れなままに老いてしまったが、釣さんは繊細だが力強いかなまじりの書で芭蕉の心をこのように解釈していた。この花はいにしえの歌人・西行への挨拶句なので、西行に口裏を合わせてこう詠んだ。ちなみに西行が伊勢に詣でて詠んだ作品は「なにごとのおわしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる」で、芭蕉はこの和歌に呼応する形で詠んでいるから実に心憎い。そんなこもごもをすべて含んだ上での書であろう。そこはかと匂いたつ花はだから桜。「願わくは花の下にて春死なんその如月の望月の頃」西行辞世の歌がそれを物語っている。 前田典子の「今宵の月」 みずみずしさの溢れる作品で今回の作家のなかでは一番気に入りました。 安田仁子「女郎花」 重厚さを感じさせるきらら絵作品。釣さんの後を追いかける作家とみた。きらら絵と書作品を別個にあしらっているところにも作者の強い意図が見え隠れしていてほほえましい。望月に浮き上がる女郎花がとりわけ見事である。 嶋田みどりの「寸松庵色紙」 いにしえの書家の模写本が添えられていたが、大変な努力家とみた。前に立つと、気魄が漂っていて作者の作品に賭ける情熱が伝わってくる。 三浦みつ子「臨書 和漢朗詠集」 湖東の蒲生野を彷彿させる額田王の「茜さす」ではじまる有名な相聞歌。万葉仮名と自身のかな書き作品。額田王は湿原祭祀の巫女として天武・天智に仕え、壬申の乱のあと、初期万葉集の編纂にかかわった人物だと私は思っている。額田とか額田部は、額に渦巻模様のある駿馬「額田馬」から来ているとか。湿原は稲作にも馬匹文化の牧の開拓にも共通する瑞穂の国に固有の祭祀。 とにかく、私は額田王が好きで彼女の面影を忍び、追っかけめくが湖東の雪野山から蒲生野にも足を運んだくらいだ。 軸もユニークで、漢字かなを対応させた作品。きっと額田王を思わせる才気あふれる作者なのだろう。 天智天皇は近江京からさらにこの紫野のある湖東に遷都しようと思っていたらしく数回行幸を繰り返している。そんな折の額田王とここで出会えるとは思わなかったので感激した。 真鍋美喜子「いろは唄」 変体かなを駆使した作品。行きて帰らぬ言葉を紡ぎ、五十音すべてを網羅した歌いぶりは、見事である。そんなことから空海がつくったという伝承も生まれたと言う。書も不馴れな私ではあるが見事だと思う。 やはり来てよかった。門下生たち夫々のたゆまざる深化の跡がありありと伝わってくる作品展だった。
2023年09月27日
コメント(0)

野ぼたん 2020年12月16日 良弁忌の開基堂にて 私が今手掛けているのは、時代時代に現れたスーパースターの背後に見え隠れしている秦氏という無名の民衆像を浮かび上がらせる事。 この皮切りが東大寺初代別当をつとめた良弁である。3年前の12月16日の良弁忌に開基堂を訪ねたときには、季節を逸した野牡丹が咲き誇っていた。私の関心もこの野ぼたん同様、的外れのものに過ぎない事は重々承知の上だが、もう10年以上も追い続けてきた伝承まみれの人物の伝記をどう扱うかについて当時はいまだ解決の糸口を探し当てていなかった。私がはじめて小説というものに感動したのが井上靖の『天平の甍』だった。この天平時代はバブルがはじけて平成、令和と迷走を続けてきた現代に通じるものをたくさん抱えている。いずれ私なりに辿ってみなければならない時代ではあった。 しかし、良弁に続き、空海、最澄、一遍、法然と高僧にスポットを当てながら、その背後の無名の秦人たちを浮かび上がらせることは至難のわざだ。 しかし、来年は法然に目を転じなければならず、事は急を要する。それにのんびり構えていれば、自分自身が逝ってしまう公算も強くなってきた。 という次第で、発病以来<良弁>に着手しはじめてようやく半分くらいを書き終えた。変な良弁伝だが、10月中には、曲がりなりにも書き終えたい。今年の12月にはそれを携えて晴れて良弁に再会したいものだ。うれしい事に「自明性の崩壊」という妙ちくりんな病を得てようやくその機会が得られたようにも感じている。来年はまったく趣向をかえて「月影の法然」と一から向き合うためにも是非完成したいものと思っている。良弁ちゃんどうぞすんなり終わるようによろしく頼みます。
2023年09月26日
コメント(0)

小形こず恵の染付瓶「朝顔」 博物館周りの遊歩道のプランターが茫々と荒れているのを見かねて誰かが植えた実生の朝顔。 21世紀の新しい博物学は、自然誌と現代アートの協演の形で地球環境破壊へと雪崩を打って崩れていく世界で希望の火をかきたてて行く最後の手段となるだろう。小形こず恵の染付瓶も野草めく朝顔も優劣つけがたく束の間の命を精一杯輝かせている。私にとっては、健気な生き物も、あらゆるアートも、身体性をもって束の間の命をときめかせる、個的なたまゆらの記録。 次号の「月のしずく」では、そのことにも少し触れようと思っているが、アートは、1号いくらの価値とは無縁の身体表現であること。その究極の姿が音楽であり舞踊であるだと考えてきた。 三輪山に登った折のブログで熱狂的なファンから意見されたが、神社や三輪山などの神体山の禁足地の意味を取り違えている。それは、私設美術館と化して拝観料をとり本来の魂の浄化の場という使命を忘れた寺院にも共通するが、これらから溢れ出る固有の目には見えない価値を否定する者では決してないが、本来それらのかけがえのない価値のようなものは、管理者から離れて受け取る側の自由に委ねるべきなのだ。 この健気な朝顔と小形さんの染付瓶にいささかでも優劣はあるだろうか。 アートもまた人類共有の財産であり、このやせ地の朝顔と等価以上のものではありえない。これに異論を唱えるものはおそらくあるまい。 私はアートが世界を救うと真剣に考えているが、それはこの思いあってこそ成り立つものなのだ。 朝ドラ「らんまん」で牧野役を令和の時代に演じた神木隆之介が訴えたかったものも、この一事なのだと思う。残された人生、私もいささか違ったきのこ目の視点で訴え続けて行きたいと思っている。
2023年09月24日
コメント(0)

民藝に深い関わりのある伝統工芸の陶芸部門が丹波焼のふるさと今田で開かれていると聞き、取るものも取り合えず行ってきた。駆け足のつもりが到着してまもなくラッキーにも監修者の唐澤昌宏による講演があると聞き、覗いてきた。素晴らしい講演で、結局半日を過ごすことになってしまったが、備前焼、九谷焼、青磁、白磁などの多彩な作品における伝統をベースに作家たちが新しみを出すために如何に研鑽を積んでいるかにはじまり様々な技法についても手ほどきして下さったので手がかりなしにただ見て帰ることを脱して一歩踏み込んで鑑賞することが出来るようになり、本当にラッキーであった。備前の陶土にも田土、山土、混淆土があり、宅地化と都市化の広がりで陶土が不足し混淆土による作品が主流になっていること。お椀には垸、碗、盌、があり、漆などの木製品の椀も入れると4種あり陶芸家も最近はその技法と素材により作品名にも使い分けをしており、青磁にも青瓷があり、素材が磁器のものは磁、陶土のものは瓷だという。これからはレクチャーのある日を選んでいかなきゃと思わせられる内容であった。感銘をうけた作品を以下に。南繁正「麗夏」室伏英治 練り込み作品Sparcle若尾誠 粉青瓷茶垸古川拓郎 釉裏白金彩鉢中田博士 真珠光彩壺 市野雅彦 赤ドベ采器 力作揃いで圧倒されるが、一見の値打ちは大あり。全国8ケ所巡回の最終イベントにつき11月26日(日)まで開催ですのでこの最終展に是非どうぞ。
2023年09月23日
コメント(0)

僕は高校時代は実存主義文学、二十歳代には明治以降の文学史にそって小説を読破しようと思い立ったときがあり、よく読んだものだったが、三十代以降は評論や生物楽関係の読み物に関心が移って小説は数えるほどしか読まなくなった。最近勧められて久しぶりに手にしたのが小池水音という新進作家の初心の2作を収めた新潮社から出た単行本だった。 いずれも死者をめぐっての生者の側からの果てしないこだわりと葛藤と解決の無い和解がテーマになっているが、不思議と明るい。そして文章の端々に観られるさりげない比喩がとてもその場面場面を際立たせているのにうっとりしながら読み終えた。「人間は死者の記憶とともにに生きる唯一の生物」と考えてきた私は、これまでの人生をその通りに生きてきたが、いまだに先だった者たちに「何故死んでしまったの」と繰り返し問いかけるだけに終わっている。おそらく自分がその番になる瞬間までそれ以上の展開はないとこの頃は思い始めている。この作家も応えのない問いを「これかな、それから」、と自問自答しながら孤独な日々を重ねていくのだと、読み終わって思った。 そして、読後のなんとも言えない爽涼感が小説という形式でしか味わえない醍醐味なんだと改めて感じたことだった。優れた若い作家の登場を心から喜ぶ者である。 朝ドラ「らんまん」も来週一杯で終わりになるらしい。きのこ初学の頃は、牧野さんの大のキノコ好きを思わせるエッセーを拾い読みしてにんまりしたものである。 20世紀の博物学が最後の輝きをみせた80年半ばに山登り、渓流釣り、山の写真と巡りめぐってきのこに出会い、きのこの不思議に目覚めた私はきのこの分類学を皮切りにきのこの博物学に惹かれ、きのこの彼方を目指す様々な世界の紹介に明け暮れてきた。今も『月のしずく』で細々とそれは続いている。 私は菌類におけるきのこの役割を人類に置き換えたらという問いかけからはじまって、我が国固有の天皇という存在にぶつかり、調べていくうちに秦氏という面白い渡来系の技術集団に行き着いた。まさに人類におけるきのこの役割を果たしてきた謎の群衆だった。しかもほとんどが無名。その時、きのこの彼方の世界は僕にとっては秦氏だと合点した。90年代半ば、ちょうどJ-FAS日本キノコ協会をスタートさせた頃のことである。いずれ『月のしずく』でも触れたいと思っている。 植物とは違い本来、微生物であるきのこは、目にはみえない世界の生きものを対象とする学問で、目に見えるきのこだけを対象とするきのこ学は、学問として成り立ちがたい。したがってきのこの博物学は「らんまん」の牧野さんとは全く異なるものにならざるを得ない。それはとりとめもなく広いが、きのこが根底にあればよしとすれば良い。それこそが博物学の醍醐味であろう。そこで、私はきのこの彼方の世界を多種多様に探求する人材を養成することで菌類学そのものを側面から支えることを提唱して日本キノコ協会を創った。その思いが20世紀の博物学の黄昏時を迎えた今、21世紀の新しい博物学の夜明けの中で再び精彩を帯び始めている。実にたのもしいことだ。毎朝そう思いつつ「らんまん」を観ている。 今日は、朝の散歩の途中でドクベニタケ Russula emetica に出会った。口にした人がえずくような辛さだつたと記したことから毒キノコでもないのに毒ベニタケと名付けられたかわいそうなキノコである。学名も吐き気を催すようなベニタケの意。そんなかわいそうなキノコでも、いや、そんなかわいそうなキノコだからこそ愛する人はいた。泉鏡花である。彼にとっては、ベニタケは花街のおいらんに通い合うきのこだった。
2023年09月22日
コメント(0)

スーパーパラサイト(二重寄生)の例としてよく取り上げられるやぐらたけAsterophora lycoperdoides。三日前にみつけて、胞子の成熟を待って再訪した。旧学名は、<星形の胞子でホコリタケに似たきのこ>の意。和名は、キノコの上に発生するのをやぐらに見立ててのこと。面白いのは自然界ではベニタケ類、しかもクロハツのたぐいにしか取りつかないことである。褶菌類(マツタケと同じく襞をもつきのこ)だが、ヒダでも胞子はつくるが、退化していて腹菌類のようにきのこ全体が胞子となって風に乗って飛散する。きのこの頭のベージュ色のものが胞子。実はこれは厚膜胞子で星形しており厚い膜でおおわれている。 今回出会った宿主は、クロハツモドキRussula densifoliaだった。近くの2ケ所の公園にそれぞれ2個体ずつ発生していた。 そのヤグラタケの近くでくたびれた表情で立ち尽くしていたのは、マムシを彷彿させるヘビキノコモドキ、旧学名 Amanita spissaceaだった。 老成してはいるが、往年のおどろおどろしいだんだら模様は健在だ。
2023年09月21日
コメント(0)

今朝は、深田公園方面へ。"人と自然の博物館"の建物に近いところにあるモニュメント。撮影してからタイトルの「虹の木」を見て、「これでは全く作者の意図が反映されていない写真だな」と思ったが、あとの祭。「またあらためて撮ったらいいや」と言い聞かせて歩をすすめた。 やがて、同じ作家の「時のプリズム」に出会った。今度はタイトルを入れて撮ったら作品の一部がカットされてしまった。スマホに切り替えてからどうもまだカメラアイと私の目との隔たりはなかなか埋まらないようだ。 とりあえず逆光ぎみだが、再度撮っておいた。風のある日にもう一度トライすれば面白いかもしれない。 場所を変えて小屋谷公園の方に回ってみると、この間、ナラタケモドキが群生していたなぞえ(斜面)にスズメバチが好むKobayashia nipponicaらしきものが土中から頭をもたげていた。これは面白いと思って土手を登って確かめてみると、小林博士命名のシラタマタケではなく、人によっては中毒するというシロハツモドキだった。きのこが面白くてたまらなかった初学の頃、この人によっては中毒するというのにこだわった私たちは、同日に東京と神戸で4名ずつで食べてみたことがある。神戸組のぼくらは山菜料理の店"六段"の亭主が調理して出してくれたものを。関東組は仲間で調理したものを。結果は、女性だけが中毒した。一晩に誤解ほど嘔吐と下痢に悩まされ一晩で5kgほどやせたが、翌日には普通に戻ったらしい。女性ホルモンと関係があるのかなということだったが、それから繰り返し人体実験はしていないので、これからは食べないようにしようねで終わってしまい、真偽のほどはわからない。だから、シロハツモドキには格別の思い入れがあるのだ。 そんなこんなで、今日は空振りが多かったが、お陰で随分歩行距離を伸ばすことが出来た。きのこちやんありがとう。
2023年09月18日
コメント(0)

いつもの朝の散歩だが、飽き性の私は三度同じところを歩くともうよそにいきたくなる。するとまた新しい出会いがある。 谷になったところで出会ったたわわに実のついた木。よく見るとなつめだった。地衣のウメノキゴケに包まれて随分と弱り切ってはいたが、街中のこんなところで出会うとは。 つつじ垣が続く道の途中で赤いものがチラッと見えたので近づいてかき分けみると、なんと木瓜の花が。早春の花だ。猛暑の折のクチナシといい植物も大変そうだ。 みちの真ん中ではスズメバチが争っていた。じゃれているのかな。公演のベンチのそばには猛暑の頃よくみかけるシロハツモドキがくたびれた表情で顔をのぞかせていた。菅さんが富士山麓で見かけたシロハツらしきものもおそらくヒダの密なところからするとシロハツモドキである可能性が高い。ちょっと道をたがえただけでこんな新しい出会いがあるから人間やめられない。
2023年09月14日
コメント(0)

昨日は降りそうで降らなかったが、夜中になってひとしきり雷雨になった。でも朝晩は随分としのぎやすくなった。今朝起きてすぐ近隣の公園に行ってみると、誰も遊びにくることのない公園の土手にあきらかに一昨日から昨日にかけ発生したと思われるてナラタケモドキの群落が8ケ所ほど顔をのぞかせていた。 秋になって朝夕の温度が下がり始めるとまずナラタケモドキちゃんが顔をのぞかせはじめる。温度がさがると発生するので好低温菌といわれるが、彼らは温度が下がるとそこで生きて行けなくなると感じてきのこをつくって胞子を飛ばそうとするので嫌低温菌が本当は正しい。きのこは人の常識を裏切る良い例である。寒いのが好きだから発生するのではなく嫌いだから発生するのだ。でも雪をかぶりながら健気に出ている姿をみると元気がもらえたなんてきのこ好きまでがそうのたまうので厄介きわまりない。 秋から冬に出るきのこは僕と同じでマツタケをはじめ寒いのがきらいな菌ちゃんばかりなのだよ。
2023年09月08日
コメント(0)

はじめて知ったことだが、北摂三田高校からフラワータウン駅へ通ずる道は学園ロードと名付けられているらしい。私はこの分岐を毎日知らずに横断していたようだ。あらためて学園ロードを歩いてみた。 碑形の騎士と命名されたモニュメントに出会った。ニュータウンにはニュータウンなりの仕掛けがいろいろ施されているのを興味深く辿っている。 グリーンカーテンと一時もてはやされたゴーヤが忘れられたことを嘆くかのように小さな花をつけていた。 福島では汚染水の海中投棄がはじまっている。いたずらに反対を表明するわけではないが、肝心なことが忘れられている。この汚染水はそもそも核のデブリを冷却するために用いられ、肝心のデブリは全く除去できぬまま、10年余りの間にあれだけ溜まりに溜まったものだ。事故のデブリ処理が全くできていないにも関わらず、我が国は原発のプラント輸出はこれまで以上に熱心に行っているし廃炉のはずの原発すらすべて法改正してまで稼働させていく方針に舵をきっている。福島漁協はせめて汚染水放出は致し方ないと踏んだのであればその代償として列島の原発再稼働をすべて停止させることを交換条件とすべきではないのか。仕方が無いと言うだけでは済まないことが平気でまかり通って、口先だけ核のない世界をといい子ぶってみても信用されない。「最後の一滴まで全責任を負う」なんて政府もよく言えるなと感心している。その大本の処理がなされぬまま、何十年かかるか知れない汚染水放出である。官僚国家では選挙の度にあらゆる案件が白紙撤回されるのを熟知した上での発言であるのがみえみえである。そうしてゴーヤのグリーンカーテン同様に全て忘れ去られていくのだろうな、と思ったことである。
2023年09月06日
コメント(0)

猛暑を象徴するかのように野を覆っていた葛も花をつけはじめた。この花をみると奈良高原の晩夏を思い出す。奈良県北部はわれわれに馴染みのある大和三山のある奈良盆地と同じくらいの面積をもって春日山以東にひろがる奈良高原があり、こちらは交通の便が悪く訪れる人はごくわずかだ。その奈良高原が葛の花で覆われる時期にそこでしか見られない珍しい石仏を方々探してかけまわったことがあった。その日も人っ子ひとりとして見かけなかった。ダム湖の脇の山道を攀じると小さな空き地に出てそこの石仏のわきに洞窟がぽっかり口を開けており昼間なのに大コウモリが数十尾飛び交っているのを目撃したり、巨岩累々たる谷を登ったりしたことが、辺りを覆う葛の花とともに鮮明に思い出されるのだ。深い淵の向こうに摩崖仏が刻まれているのに遭遇したのもこの旅でのことだった。が、それらはなんでもない鄙の風景に溶け込んでいて、「ここ」と「そこ」というように場所を特定して思い出されることは決してない、白日夢のような体験だった。もう一度記憶を奮い起こしながら訪ねてみたいと思っているが果たせるだろうか。私の人生の中でも特異な一日として葛の花とともに蘇ってくる幻影のような映像。どこといって特別のものは何一つないのに桃源郷のように現われ、私を郷愁のようなやるせない感情で満たしていく映像。それが葛の花を見る刹那襲ってくるのだ。
2023年09月05日
コメント(0)

サンクトぺテルベルグ(ロシア)で発行されている『mushroom planet』(きのこの惑星)誌にはヘテロ哲学について寄稿したりしてきたが、発刊6周年記念にきのこをちりばめたマグカップをいただいた。それで毎朝珈琲を飲んでいるが日照りが2週間以上つづいておる我が町のきのこたちのことがふと気がかりになってきた。 そういえば8月31日がスーパーブルームーンだったので日曜日の昨日は18夜で居待ち月だと思い出し、あさぼらけの空の寝ぼけ顔したダイアナ退場までしばし猶予があるとみて飛び出してきた。なんとかねぎりぎり間に合ったのでホッと一息。ついでにあきらめていたきのこたちにも挨拶と洒落込んだ。 日照りつづきにもかかわらず、タベスケンスくん(ナラタケモドキ)たちがアベマキの根っこあたりからまずこっくりとご挨拶。 昨日は気配さえなかった土手の段丘にはツルタケくんがもう役目を終えてホッとした様子でしかし老いてもなおマリリンモンロー気どりでたたずんでいた。 僕の経験知からすれば日照りが続くと土中の水分を必死で集めてまず顔をのぞかせるアワタケくんと一番に出会えると思っていたが、結構奥ゆかしくて、今回は三番手だった。 今日のデートで出会った仲間たちは、雨(水分)の多寡よりも温度が下降傾向に傾くと敏感に反応し、取り急ぎきのこを作るらしい。日中は猛暑でも朝晩の気温の低下を的確にとらえて顔をだすなんて本当に律儀だ。 小一時間近所を巡るだけでもいたるところからきのこが精一杯手を振っているのにグッと込みあげるものを感じていささか感傷的になってセンチメンタルジャーニーなんてジャズのリフを思い出しながら帰ってくるとクワガタが廊下の隅で待っていた。遂に秋が来ちゃった。
2023年09月04日
コメント(0)

トリプル台風が取沙汰されと思うまもなくもうすっかり秋模様の空になってしまった。 まだ盛りの百日紅。この花はキイロの雄しべとがくを中心にピンクの円錐状の花びらを6ケ放射状につけるその全体でひとつの花なので沢山花をつけているように見えて実は花数としてはそう多くない。これを夏の真っ盛りに100日余り咲き継ぐのだから随分と強い木である。幹をよく撫でると花や枝が風もないのに震えるのでくすぐりの木ともいわれる。 黄色い葯とがくを真ん中にしての四方へ伸びる長い柄の先に花びら一つずつの計6つで花一輪。 わが町には街路樹に栃の木が沢山植えられており栃の実が道端に散乱する季節がやってきた。 あくがつよいのであく抜きが必要だが栗ほどの実が得られるので集めると結構な収穫となる。これから1,2週間が狙い目なので、物好きな人はどうぞ。
2023年09月01日
コメント(0)
全14件 (14件中 1-14件目)
1


