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2023年もあと9時間余りとなりました。 ウサギは遠くの物音に耳そばだて、 リスも何かの気配を感じています。 さすがに今日の公園は、子供の影もありません。 大晦日のプール。大転換の始まりの年の幕開けは、器に従う水の智慧を学び、次春からはより慎重に歩を進めて行きましょう。 メタセコイアの枯れ急ぐ樹とのんびり者の樹の遅速は明らか。慌てぬことが一番と語り掛けています。 私はこの一年を振り返り、昨日より身辺の総入れ替えに着手しました。新年の元日は家族との墓参と慰霊碑への挨拶と会食、そして2024年の心構えを語り合う日に決めていますが、1日の夜から3ケ日は私の小さな部屋の40年になんなんとする埃の数々を一掃すべく目下ひっくりかえっています。今晩除夜の鐘までにあらかた定位置を決めてしまい、はみ出る物はすべて処分します。あと10年は身体が少々不自由でも頭だけはクリアに回転すべく40年の知識の総整理をやります。人付き合いも最小限度にとどめて、わがライフワークを少しでも掘り下げることに全力を尽くしたいと考えています。2024年にどれだけフレキシブルな知識を発揮できるかが2025年よりはじまる8年間のきのこ暦第Ⅴ期の射程を決定します。「月のしずく」もさらに深化させる所存。 皆さまもよきお年を。来年はより一層親密なご厚誼をお願いします。
2023年12月31日
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龍年へカウントダウンが始まったが、私はなぜかウサちゃんに注目。ウクライナ、ガザ、中東、アフリカ、そして沖縄といずれも予断を許さない事態が進行しており、耳を立ててどんな些細な音ももらさず受け止めることを最優先させたい。
2023年12月29日
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小春日続きのお天気は30日まで持ちそうだし、あしたの空にはうろこ雲。 でも身辺では、確実にお正月モードは進行している。きのうまでのサンタや裸足の公爵令嬢と打って変わってミニ葉牡丹と赤い花。 昨日までのクリスマスムードはほれこの通り一掃されていた。デコレーションケーキこそなかったが、俳友から贈られてきたバウンドケーキで何十年ぶりかでクリスマスも祝った。 肩くま子熊の三兄弟も門松立ててすまし顔。今年は半年お休みもらったが、まだまだ寝足りない気もするけれど、ふたご座の僕には追い風の運勢と誰かが言っていたし、後は永眠がまつばかりだからせめて目覚めている間ははいずり回らねば。 一切を放下したけやきの空にはひつじ雲。気魄を込めてぼちぼち動き出さないとこの地球暮らしは危うくなるばかり。頼みのきのこも大地の下でねを挙げはじめで久しい。 のんびり屋の最後の猶予期間はあと1年。それからの8年は海外も視野に入れて、「もういいよ。おっさん、いや、くそおじん!!。邪魔だからとっとと失せろよ」と言われても、倒れて起き上がれなくなる日まで、走れなくても走り続けているつもりでなんとかお茶を濁そうと思っている。 再来年のきのこ暦第Ⅴ期8年のはじまりに向け、来年1年、日々届いてくるニュースを全身をセンサーにしながら噛み分け、リハビリも益々強化しながら何としても復帰したい。「月のしずく」もいよいよ佳境に入る。
2023年12月27日
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どんぐりをあげたいような迫真のリス。 藪椿の木むらには、役目を終えたツチグリ。 ベニタケの傘に乗るネズ公のようなリス。 ようやく目立ち始めたネンドタケモドキ。 みんな指折り数えて待っている・・・、白紙の未来。
2023年12月26日
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二度目の人生の最初の一歩となる1年が暮れていく。 地には歩道の目地を埋め尽くすどんぐり。彼らは酷暑の夏に花穂をつけ必至の努力の末に実となり、木より離れて新天地を目指したが、そのまま朽ちていく仲間たちだ。何億、何兆という夥しい数のきのこの胞子もその殆どが虚しく消えて行く。 これらはかっては生き物にとって想定内の出来事だった。 今はどうだろうか。 私の40年近くかけてきのこと対話し辿って来た「ああでもない、こうでもない」の試行錯誤の連続は、そのまま『きのこ通信』にはじまり、『MUSH』『たけ取物語』『ヘテロ』『きのこの手帖』MOOK『きのこ』『ムックきのこ』「月のしずく」に反映されされてきたが、やっと数名の盟友を得て内容も充実してきた。 今朝であった熊の親子。月のしずくの創造物<きのこ>が控え目に顔をのぞかせている。 小冊子『月のしずく』の目的は偏えに<ちょっと背伸び>を持続する庶民を何人作れるかにかかっている。微生物と発酵に基礎を置く雑文化の総合誌「月のしずく」の意義はこの一事にかかっている。 次号で100ケ月。ようやくやっと真に友とすべきは極々少数のアーティストたちであることが判明した。ちょっと背伸びの。 帝政ロシアにも雑階級という身分があった。我が国では雑戸。いずれも雑でくくられる集団である。秦氏がその多くを担ってきた。 その雑の意味を問い続けること。 さらにそれが異に転ずる契機を見定めること。 残るわずかな第二の人生。このことに絞って取り組んでいきたい。
2023年12月25日
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年も押し迫ってくると山茶花が勢いづいてくる。美しい。 師走の新しい仲間はすでに紹介したアメリちやんの他にもいるので今日はまとめてご紹介しよう。 なんとかショールを着せるとか純毛の靴下を履かせるとかしたいのだが、背中の羽根が邪魔してる。裸足のあんよが何とも痛々しい。 自分の影と対話するのみの孤独なコーシカ・ネベリーチカちゃん。見聞きし、嗅ぐ必要のなくなった目鼻は退化しはじめ、のっぺらぽーにちかい。その消え入りそうな目でウインクしてくれた。 切り株の玉座にましますカムイ殿はお供を連れてこの時期一番元気だ。 すっかり葉をおとしたクロガネモチ。赤い実のたわわなのが目に立つ。 カラスの寒太は「阿呆、アホウ」と言いたいのをグッとこらえてすまし顔。どうでもいいことだが、今日はクリスマス・イヴのようだ。そういえば、寒太もカムイ殿もコーシカ・ネベリーチカくんも裸足のアメリちゃんもメリー・クリスマスとは言わなかったな。 ニューヨークはいざ知らず、キリスト教の聖地でも今年は瓦礫の山が詰まれたとか。とにもかくにも、みんな無事年を越してほしいものだ。明日は確実に我が身の厳しいクリスマスがやってきた。
2023年12月24日
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冬至の昨日はさすがに凍ての厳しい一日となった。最近知り合ったばかりのアメリちゃんは素足のままなのでさぞかしつらい一日だったろうと気がかりだったが、終日野暮用で潰れてしまい行けずじまいだっので今朝取るものも取り合えず訪ねてきた。 もどった陽光の下で常と変わらず立ち尽くしていたのをみてホッとした。助平を絵に描いたような私を見て思わず両手で胸を覆ったが、人畜無害な例のおっさんだとわかって「今年いっぱいはこうしてますのでまた会いにきてください」と何とも愛らしいお言葉。 嬉しくなって帰り道、本屋さんへ立ち寄って年末年始、目下詰めの作業に入っている事が終わり次第読むべき本を8冊ほど買ってしまった。雑誌『ワイアード・ジャパン』新年号。ギユー・ピトロン著、児玉しおり訳の『なぜデジタル社会は「持続不可能」なのか』。法然著『選択本願念仏集』原典と現代訳。『法然上人行状絵巻』。『スピノザ 実践の哲学』ジル・ドールーズ著、鈴木雅大訳。『スピノザという暗号』田島正樹著。 2024年は昭和99年、あらゆる分野でシンギュラリティ―が取沙汰される年となる。続く2025年(昭和100年)は、きのこ暦第Ⅴ期8年の始まりに加えて異民族慰霊祭も創建50周年を迎える。従って私のシンギュラリティ―は1年遅れの2025年になる。来年1年の"ちょつと背伸び"の持続がその内実を決定することになるので心して迎えたいと思う。 『月のしずく』も異民族慰霊49周年の50号よりは益々深層の世界の動向をさらりと示すニュースレターにして行きたいと思っている。
2023年12月23日
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けがの功名というべきか、ちょっとした病を得たお陰で「月のしずく」2024年度新春号が例年になく早く上がって来た。待ち焦がれている人が少ないのが玉にきずだが、中には待ってくれている人も数人はいるだろうから本日発送するので確実に年内にはお手許に届く。 今号の目玉はトリエンナーレの箕面の森アートウォーク取材記事と山本優美の素晴らしい陶(?!)作品の数々。箕面の森アートウォークの松山淳といい、山本優美といい私は稀に見る現代日本の真の芸術家と思っている。 アートには百流あって百流あることこそがアートの本質であると思っているし、世人の期待に応える作品の数々を産み出してきていることは素晴らしい。が、世人の期待をはるかに超えてしまう作家は極めて少ない。かれらはそんな数少ない芸術家の一人であろう。 また今年の秋は、NEO博物学と芸術の結婚を切望する私にとって極めてうれしい事件が発生した。それが脈動芸術祭であった。赤城美奈、たねいえりえこ、片岡祥三と粘菌生物学者らのコラボという理想的な形で呱々の声を挙げた。きのこをテーマとするNEO博物学の新風の予感はうれしいかぎりだ。 それともうひとつ特別な出来事としては、伏見の"同時代の茶室 " ラ・ネージュが一般社団法人化されたこと。この秋はささやかではあるが、痛快きわまりないアートの動きが共時的に3つも動き出したことは私にとってはまさに事件であった。来春からの数年間は、これらの動きがどんな大波・小波をもたらすかに注目していきたい。その意味でも心躍る歳晩を賜ったことを嬉しく思っている。 今号では、長年<夜の顔不思議な俳句会>で考えてきた"きのこポエム"の構想もほぼ出来上がったので、作品賛の形で披露している。高悟帰俗と人をを制する寸鉄をなにがなんでも希求してやまない俳句の本質を追求する"きのこポエム"は、画賛やアート鑑賞の形が最もふさわしい気がしている。「月のしずく」49号は、そんな夢をぎゅうぎゅうに詰めて本日発送。お楽しみに。
2023年12月22日
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ナジムさんとの出会いと相まって我が国にとって冬の時代の到来にささやかな希望の灯をともしてくれたキルギス映画のご紹介。 中央アジアのキルギスは、明治以降の我が国の多くの村同様、出稼ぎ大国。産業とてなく国民の20%余りがロシア圏を中心に出稼ぎに行くことでかろうじて成り立っている。そんな青壮年が長期不在の国にはそんな国独特の社会問題が生じる。そのキルギスの抱える諸問題を告発ではなくじっと見据える映画を撮り続けてきた監督 アクタン・アリム・クバトが作った第4作目の映画が『父は憶えている』だ。 出稼ぎにいったまま長期に亙り行方不明になっていた父が見つかり息子が連れ帰るのだが、その父は記憶と言葉を失っていた。そんな父の帰還で小さな村にさざ波が走る。徐々にではあるが修復し始める家族との絆。しかし、何と言っても問題は村の権力者のもとへ再婚した息子世代にとっては母であり、父にとっては妻である女性だろう。その一人の女性の去就が静かに描かれていく。村を一歩出ればいたるところに放置された粗大ごみの山。記憶を失った父がそんなごみを朝から晩まで拾い集める姿が象徴する遊牧民国家の急速な定住化の上に成り立つ国家の近代化の歪み、国家の末端支配の道具として広まるイスラム教の問題、違法選挙の問題。その女はイスラムの導師ではなくモスクを管理する村の長老の意見を藁をもつかむ思いで聴き取り、男性中心のムスリム社会に例外的に許された女性の離婚の権利を救いとして記憶を失った夫のいる元の家へ帰る。それで問題は全く解決されたわけではないが、父の帰還を祝い集まった知り合いの輪にふいに現れた妻に全員が口を噤んでしまうが、やがてその妻が静かに歌い出す歌がこの映画の原題でもある『Esimde』(エシムデ)、キルギスの伝承歌のようだ。昔二人がはじめて出会った林に佇んでいた記憶を失った父が家から漏れ来るその歌を聞き、記憶をたどるような面持ちで空を見上げるシーンで映画は終わる。それぞれが八方塞がりの現実を抱えながらもかろうじてなおも希望の灯を祈るような静かな歌声が続き映画は終わる。 新しい年を迎えるために是非とも観てほしい映画であった。
2023年12月22日
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牡丹鍋にされた猪豚の墓碑銘とおぼしき木の節穴。 ようやくお湿り程度の喜雨を得て少し成長したマンネンタケ。 風の旅人・佐伯剛さんの第4冊目になるピンホール写真集ができたというので振り込みに行ってきた。ようやく暮れ始めた今年は、私にとって奇しくも人生の折り返し点になったが、残された12日間にやらねばならないことも山積のままだが不思議とゆったりした気分で推移しているのはうれしい。
2023年12月20日
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寒いとはいえ、風がないのでさほどふるえあがるほどではないが、日裏の部分では今年初めての氷柱が見られました。もう2週間でお正月なので、ちっとも不思議ではないが、初はなにをおいても素晴らしいことだ。新しもん好きの私にはたまらない贈り物。 なんとなくウキウキして帰ってくると千里のお友達から知る人ぞ知るハンナ洋菓子店のおいしいケーキが届いた。今年は何十年ぶりかでクリスマスを祝ってみようかなと思っていたのでグッドタイミングな贈り物。 友よりの便りはケーキ初氷柱
2023年12月19日
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日本にいてキルギスのことを身近に感じることはまずない。周りを準独裁国家の覇権国家に囲まれ、かつ資源産業の無い本来的に牧畜国家である内陸国家キルギスの未来は険しい。そんなキルギスから日本へやって来て日本人以上に日本人となったナズムさんの話がユーラシア協会であるというので、覗いてきた。ソ連邦崩壊後、幾多の困難を乗り越えて2005年3月チューリップ革命でアカ―エフ大統領が就任。2010年4月四月革命でバキエフ大統領に代わり、オトゥンバエフ・ローザという女性大統領の1年余りの中継ぎを経て2020年10月革命を経てジャーンバエフ大統領、ジヤパーロフ大統領に代わるもロシアの介入などがあったのち2021年1月すったもんだの末ジャパーロフ大統領に落ち着いたが、いまだ安定化にはほど遠く多くの国内問題を抱えて推移しているという。 本来、遊牧民中心の国家で各部族の独立性が強く、加えてわいろの常態化もあり、スタンダードな近代国家の枠組みに収まりきれないところが多いと彼は語った。将来的には(国家的には)豊かな自然を活かした観光とIT産業による未来を模索中だと語っていた。 彼は日本でアリエンタ株式会社を立ち上げ、キルギスのハチミツや乾燥リンゴのスナック菓子などの販売を始めているという。その他、通訳や翻訳でキルギスと日本、キルギスと世界の橋渡しの役割を果たしたいと考えていると結んだ。前途多難ではあるが、やりがいのある仕事なのでたゆまず努力を続けて欲しいと心から思った。久しぶりに寒い一日で麻痺の手足が思うように動かない一日だったが、行くだけの値打ちは充分にあった。
2023年12月18日
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昨日は大荒れのお天気だったので僕の天使ちゃんは大丈夫かなと思い会いにいってきた。エンジェルちゃんは大丈夫だったが、その帰り道ノウタケちゃんがボロボロになって立ち尽くしていた。 「ついうっかりして化粧し忘れたので、あなたの脳みそと同じで哀れなくらい小さくなってしまいましたよ」だってさ。負け惜しみもいいとこだけど、本当の事を云われるとムカッとするのは若い証拠と思い直してサヨナラしてきた。きのこ全体が胞子となって風化飛散するノウタケも年の瀬に会えるとは思ってもみなかったので、この分だとまだまだ出会いの愉しみはありそうだ。 昨日出会ったエンジェルちゃんは変わらず楚々としていて大丈夫だったのは何よりうれしい。彼女にとってはどうでもいい事だとは思ったが、月のしずくも今朝、無事印刷に出したことをとりあえず報告してきた。
2023年12月16日
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長い間クリスマスとは無縁で生きてきた。道路の分離帯の端っこで見つけたそれは、幼い頃の思い出をフラッシュバックするに十分な可憐さを伴っていた。 なんと可憐な妖精だろう。初恋の気分が束の間よみがえっておもわずしゃがんでおしゃべりしてしまった。10日後に迫ったクリスマス。今年はメリークリスマス気分に浸るのも楽しいかも。
2023年12月15日
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今年もようやく暮れていく。日本は果たして大丈夫だろうか。そんな思いにとらわれながらも「月のしずく」49号は素晴らしい内容で編集作業を終えた。うまく行けば年内には届けられそう。とりわけ、茶留さんの七福菌のドラゴンボート、箕面アートウォーク、脈動芸術祭、ラ・ネージュ社団法人化に加えて金沢の陶芸作家・山本優美の特集は是非、心にとどめて欲しいものだ。 この1週間ほど暖かい日が続き、2、3日前にはそぼつく雨が終日降り続いたこともあってシロハツモドキが8個体ほど顔をのぞかせた。秋暑の9月にみることはあってもさすがに年の瀬の12月にデートできるなんて初体験に等しい。ツツジの植え込みのはずれで見たときはさすがに目を疑った。 彼らも必死で生きているのだ。 山茶花や椿が最盛期を迎える12月にシロハツモドキが出たとしても異常気象のせいにはしないでおこう。彼らは出る機会を失って地表下でイジイジしていたのだ。めでたしめでたしの話である。 さて何が何でも「日はまた昇る」。来年はひときわ面白くなりそうだ。
2023年12月14日
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白花の椿。比較的近辺では少数派に属する藪椿であろうか。 12月8日の日米開戦日もすぎ、今年も余すところ20日余りとなってきた。世界の警察と意気巻いてきたアメリカの勢いの衰えが目に立ってきて、いよいよ不安定度が増す年の暮れ。 明日から編集のはじまるスーパーきのこ時代の指針となるべき『月のしずく』も49号、大荒れが予想される来春以降の世情に惑わされることなく冷静に歩を進めていくほかない。 『異説良弁伝』も大詰めを迎えているが、聖武帝崩御ののち光明皇后の後立てを得て台頭してくる藤原仲麻呂とのやり取りが今少し不透明で思案の最中、月のしずく49号の上梓を手際よく進めて今年中にはケリをつけたい。 しかし、良弁がほれ込んだように仲麻呂という人物、知れば知るほど優れており、彼が藤原千年王国の基礎固めをしたといっても過言ではない。今となっては、良弁伝にかかせない好人物で、ガタガタになった奈良時代を平安へ時代へとソフトランディングされた立役者こそが仲麻呂だとさえ思っている。当初、聖武帝までと思っていた良弁の活躍の幅を仲麻呂失脚まで引き延ばすのに目下手間取っているところだ。2023年は私にとって良弁一色で明け暮れた。それもまもなくピークを過ぎる。めでたしめでたしというところかな?。
2023年12月10日
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今日ははるばる堺市から蘇鉄の編集同人だった菊池享くんと山田靖子さんが「なつきじろうの古標俳句の鑑賞」の出版の挨拶にやってきてくれた。こちらからお礼に出向かねばならないのに嬉しくも恐縮してしまった。 しかし、俳句結社「蘇鉄」71年の歴史も今年で幕を下ろすとあって菊池くんとも50年以上の歳月を俳句で共有したきたことになるが、古瓢さんにもこれでせめてもの恩返しができたとともによろこびあったことである。 残された日々、夜の顔不思議な俳句会には「俳句は過渡の詩である」という事を徹底させることで現代性をより深めていくことに費やしたいと思っている。俳句であって、すきあらば俳句そのものを逸脱していく最短詩としてのきのこポエムの基本構想もほぼ完成に近づいてきたので、次年度は私にとってきのこポエム元年としたい。菊池君、山田さんどうもありがとう。
2023年12月07日
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今日は図書館で朝から調べもの。奈良時代も末期に至ると『続日本紀』も何度も改竄が行われ記事が益々信用が置けなくなる。仲麻呂の台頭、淳仁帝の廃位、道鏡の翻弄、称徳帝の崩御でそれらは一挙に鎮まるが、おまけの事件が、束の間称徳天皇と蜜月を迎えた異母姉・井上(いのえ)皇后の廃位で、ついに桓武天皇が登場して長岡京から平城京遷都となる。その間おぞましい人間の足の引っ張り合いが続くのでそれを記述するのがうんざりで筆が滞っている。俄かに登場する秦氏たちの希望の星・和気清麻呂が唯一すくいである。それが聖武天皇が孝謙女帝の次の皇嗣の明言を避け続けたことに端を発したようで・・・。五條市には、廃位追放された光仁天皇の井上皇后が超高齢出産で雷神を生んだという荒坂の地名が残されている。近くには仲麻呂のお父さんで南家の武智麻呂が建てた栄山寺がある。<神武東征紀の川説>(月のしずく)で触れた阿陀郷(阿多の隼人の居住地)の話である。
2023年12月06日
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2023年10月14日(土)~22日(日)金沢の東茶屋町のメインストリートから少し離れた一画にある町屋ギャラリーで(公)渋谷学術文化スポーツ振興財団の助成を得て開かれた山本優美展。 病み上がりの身で遂に行けなかってしょげていたが、優美さんから素晴らしいライブ写真が送られてきた。今年最高の贈り物である。 新年号の「月のしずく」で詳しく紹介するが、その一部を速報の形でここに上げておく。広い意味での陶芸作家なのだが、驚くべき手わざで陶の未踏の領域を拓いてきた私が最も注目する実力派の作家だ。 山野草の中庭とギャラリー空間が通い合う得難い場所での展示で、衣服の上で咲く花々と名前のない庭の花々のそこはかとない対話が聞こえてくるような展覧会だったことが伝わってくる。絶妙の質感が写真ではとても伝わらないのがかえすがえすも残念だ。名まえのない庭 -ヒナギク- 2023年/陶・手彫り
2023年12月05日
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同じ樹だがどこから撮っても溢れる赤い実。 冬の最中に真っ赤な身をたわわにつけるのは低中木ならピラカンサス、中高木となれぱクロガネモチと相場は決まっている。若い枝や葉柄が黒ずんでいることからの命名だそうだ。 ためしに試食してみたが、ほんのり甘いのは口に含んだ瞬間だけ。苦くて青臭く沢山は食べられない。しかしこれが極上の味と思う者がきっとどこかにいるに違いない。繁殖のためには、実というものは食べられてなんぼの世界だから。陀羅尼介にも通じる苦さなので、腹の調子の悪い鳥たちがときたまついばむのかも知れない。あまりに見事な実の付け方につい余計なことを考えさせられる。 ついひと月前に低木のそれを見たときはまさか同じ木だとは思えなかった。実も出始めは黄色いから余計にわからない。しかし冬中楽しめる木の実も稀なので貴重という他ないか。
2023年12月04日
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昨日は午後2時よりの報告会に間に合わせるべく朝から箕面の桜井まで往復してきた。田中佐弥さんの仕事展がギャラリーZoneのオーナーのご厚意で1日限定で開かれると聞き、Kunst画廊に行けなかった雪辱も兼ねて飛んで行ってきた。 彼女は並みいるアーティストの中でも独自の思想表現を旨とするきわめて稀なアーティストで、私が自明性の崩壊という面白い病気にかかるすこし前にひらかれたZoneでの個展以来、最も注目していた作家のひとりだ。 <名もなき人> <ピエタ> <バベル> 右より、<収穫>、<食用豚売ります><愚者たちのカーニバル>部分 <愚者たちのカーニバル> <緊縛金魚と黒出目金> 私はこの作品に接して以来のファンです 彼女の作品に込められた思いは余りに重く、軽薄短小な現代の風潮にそぐわないものとされることもままあるそうだが、これらの作品にたいする作者の思いはまもなく着手する作品集に結実すると聞いた。私はこれらの作品はもっともっと広く知らせる必要があると感じていたのでZoneでの公開には心強いものを感じた。「月のしずく」49号、令和6年新春号は、増ページしたけれど既に満杯なので50号以降になるが是非紹介したいと思っている。取り急ぎ即報の形でご紹介しておく。
2023年12月03日
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三田市は今市民病院統合問題でギクシャクしているが、僕が信頼をおく中田哲(三田市議)・中田英一(兵庫県議)兄弟の英一氏がタイムリーな県政報告会が開かれると聞き慌てて駆けつけてきた。現・斎藤知事のもとでのこの2年間の県政の報告と今後の展望について英一氏が率直に語られ、非常に有意義な時間を共有することができた。 私の余生で果たすべき役割は、アートという一見何の力も持ちえないように見える目にはみえない力を、あらゆる世界に少しずつ浸透させていく事に尽き、その上での政治・経済であって、密接につながっていることなのだが私のメインの仕事ではない。しかし、日常世界であらゆる負の遺産が先送りされていく現状をみるにつけ、出来る限りのことは子や孫の世代のためにしておきたいという思いは皆さんと共通のものがあり、超党派で今後も関わっていきたいと考えている。その意味でも三田市や兵庫県における中田兄弟や母親の、偏狭な党派性をはるかに超えた活動は貴重である。 県立高校の学費無償化の問題点、脱炭素化の具体的な取り組み、SDG化や有機農業促進など、真摯に取り組んでいる世代がこの報告会の後の意見交換の時間にはちらほら伺うことが出来、素晴らしいと思った。政治というものはできて何ぼの世界、意見の相違を明らかにしながら半歩でも一歩でも自分たちの望む社会の実現に向け前に進めていく以外ない。それには若い力が結集しなければ実現しない。その意味でも本日の報告会は無駄ではなかったように思われた。
2023年12月02日
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高島智恵さんのオーロラ写真展より 京都の伏見で"21世紀の売茶翁(しかも女性)"とも呼ぶべき風変わりな茶室を開いてこられたラ・ネージュの四方有紀さんは、伏見という土地に根差したより深化した文化の発信基地にしたいとの思いを発酵熟成してこられましたが、いよいよ飛翔の時を迎え、一般社団法人設立の披露とユニークな理事紹介を兼ねて小春の本日、お披露目の会を企画してくれました。 私にとって第二の人生を迎えて初めての遠出でしたが、これは何としても駆けつけなくてはと、よちよちてくてく行ってまいりました。 オーロラ写真展の高島智恵さんとタピオラ幻景92作品を左手のみで演奏してくださった瀬川泰代さんもともに理事でこれから四方有紀さんを両サイドから柔らかく支えてくれるときき、安心しました。代表理事の四方有紀さんラ・ネージュでのサロンの様子 伏見、深草は京都であって京都プラスの深層水と河川で山岳と海洋につながる水がキーワードの開放的で不思議な土地柄です。21世紀のアートの深化形という意味で、これからますます愉しみなラ・ネージュのサロン茶会、大いに期待してます。
2023年12月01日
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