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昨日は驚きました。歯医者の治療をおえて、会社に着くとお友達にバッタリ会った。お友達は、なんと歯が欠けてしまったという。固いお菓子を食べていたらしい。さらに驚いたことに私が治療をした歯と全く同じ場所にある歯だった。驚きすぎて、私はそれ以上はなにも言わなかったけれど状況を聞くと、私がギリギリ治療を受けているその同じ時間だった。共時性というのだろうか。仲がいいと、もしかすると気が飛んでいってしまうのかもしれない。おなじ時間に、恐い思いをしていたのだと思うと不思議だった。*昨日はあるセミナーを受けた。電話である人にそのセミナーを受けたことを言うとその人もそのセミナーをかつて受けていたのだ。そんなことってあるのだと思う。同じものを選んでいるような気がしてうれしかった。*みんな何処かで、つながっているのかもしれない。
2005/03/31
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今日は朝から歯医者に行こうと決めていました。実は昨日から歯が痛んでいたのだ。喉の痛みも伴って、話をするにもご飯を食べるにも不便。熱いものがしみるので、お茶もだましだまし飲む。歯医者の予約までの時間、近くの漫画喫茶に入ることにする。ネットも使いたい放題で、モーニング料金210円なんてお得である。個室を選んだ。畳一畳分くらいのスペースなのだけれど、なかなか快適。テレビとパソコンがついている。いつもならば、この時間は会社に行っているのにこんな場所でネットをしているなんて新鮮である。こんな場所は知らなかった。異空間。ドア越しに足音が聞こえる。ラーメンの匂いがする。受付のレジの音がする。学生さんが多いみたい。街中のネットカフェで日記をつけるなんて、初めてだ。どこでも私の日記が読めるというのは、ちょっと怖いかもしれない。自分が思ったことが世界に発信されるというのは素敵なのかもしれない、そう思いながら日々日記を書いているのだけれど誰が見ているのかわからないという不安はある。*ニシノユキヒコの恋と冒険 (著者・川上弘美)もうすぐ読み終えそうです。『君はほかの人とは違う』は一般的に殺し文句であるという一節があった。それは、ある女の子がニシノ君に『君はほかの人とは違う』と言われたことに対して冷静に考えている場面である。私も実はこの台詞をよく言われる。男女問わず。だから、それが殺し文句であるとは考えたことがなかった。けれど言われたら悪い気がしていなかった。自分がほかの誰かとは違って、すばらしいのかも?と素直にうぬぼれてしまったこともあった。「ほかの人とは違う」その台詞は、ほかの人には無いものを持っているのだとも取れるしほかの人とは違う感情を持ってしまう、のだとも受け取れる。「ほかの人とは違う」そう言われた途端に特別な存在になりえるからドキッとさせる台詞なのかもしれない。最近恋愛小説を読んでいると分析をしてしまう自分と、主人公に感情移入してしまう自分がいる。ニシノユキヒコは自分に似ているのかもしれない。そんなふうに思うこともある。
2005/03/30
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昨日はなんだか、すうすうするような感じだった。服をきているのに、パンツをはき忘れた様な落ち着きの無さ。それでいて悲しい感じがした。私らしくない、ちょっと女々しい感覚。朝起きると、風邪をひいていた。ああそうか、と納得する。風邪をひくとき、私は体調が精神面に影響がでる。それは普段気付かないようなことにふと目がいってしまうように色々なことに敏感になる。*メールがきた。10日前に電話がきていたけれど、出なかった。少し前にも電話がかかっていたけれど、掛けなおさなかった。メールが入った。彼から。さいきんのことを教えてくれた。あれから、何年たつのだろう。あれから、私はいろいろあってあのころとはずっと変わったのかもしれないし変わらないかもしれない。でも、私は返事をしない。けっして。人と人は別れても、こころは別れていないのかもしれない。彼にとって私はきっと美化されているのだと思う。わすれないでいてほしいのかな。いつも彼からの連絡はわたしのこころの扉を開ける。その人の何かを背負うことはないと思うけれどでも忘れてはいけないのだと思う。
2005/03/29
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今日は朝から雨降りです。雨降りのせいなのか、なまあたたかくて体がほてりやすい。季節の変わり目の中途半端な温度に、なかなか体が馴染まない。かと思えばどうせ、また寒いんでしょう。*ニシノユキヒコの恋と冒険 という本を読んでいる。著者は川上弘美。ニシノユキヒコというプレイボーイの話。話は全て短編になっている。主人公はすべて、彼が関わった女性達。女たらし。清潔で、きっちりしていて、勤勉で努力家のニシノユキヒコ。最初の話は恐らく、最愛だった女性のストーリー。西野さんがゆうれいになって女性の前に現れる。『死ぬまえに会いに行くからね』そう約束をしていたので、律儀に会いに行く。ただし幽霊になってからだけれど。ニシノくんの中学生の頃の恋愛の話、30代の頃の恋愛の話などなど。話の途中で彼の携帯がなったりする場面があるのだが、別の話で出てくる女性が電話をかけているのかな?なんてイメージできる。同時に進行していたことがわかる。それぞれの話が織物のように、なまめかしい文体で綴られている。ちょうど私が今この本を読むことになったのは単なる偶然だろうか??私が今関わっている男性はおそらく色々な恋愛を経験してきたひとだと思う。なんとなく肌でわかるものだ。だって、さりげなく言う言葉がいかにも言いなれている感じがしてしまう。手つきも目つきも、それとなく漂う雰囲気も。私はできれば遠くから見ていたいと思うのに。できれば関わらない方がいいのだろうなと思う。彼は似ているのかもしれない。この小説のニシノユキヒコに。シンクロしているような感覚になってしまう。似ているかと言えば、そうでもないかもしれない。何しろ、会ったことのない人だから、よくわからない。でも、恋愛体質なところは二人は似ているのかもしれない。
2005/03/28
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昨日の日記のあそび、に対して本気とはどんなものだろう??と自分で考えた。本気というのは、ほかのものをすべてなくしてもひとつのことに集中することだと思う。選ぶことだと思う。たとえば、新しいことをはじめるにおいてはずっと続けてきたことをやめなくてはいけない。整理をしないと新しいものは入れられないから。そう、整理をすることがまずひとつなのだと思う。本気になるとしんどくない。くるしくない。本気はまっすぐだから、よりみちをしない。「自分の道は自分でつくる」と相田みつをは言っていた。自分の道は自分でつくるひとがつくた道は自分がつくったわけではないから結局は満足できない自分が主役自分が社長本気になるとたのしい
2005/03/27
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暇なときは、こっそり悩んだり執着する。暇というのはある意味で贅沢であり、よゆうがある証拠だと思う。夏休みの午後のような時間の中にいるようなわけでもないのに、いそがしい日常の中なのにそれくらいに暇な気持ちになる。特に通勤の帰りの電車の中では彼のことを考えた。急に抱きしめた、失礼な人のこと。*男の気持ちは男に聞くのがいちばん確かだろうと思って、大人の男性に男性心理を聞いた。突然、抱きしめる神経ってどういうものなのか、聞きたかった。私、納得できないときはしつこいです。「2回目に会ったときに急に抱きしめられたらどういうことなんですか」「2回目?」「年齢は?」「○○才」「で、どんな感じの人?」私は彼の趣味が多彩で、フットワークが軽い人だと説明する。「それは遊び人だよ。遊ばれたんだよ。」「ええ?」「じゃ、本気と遊びってどう違うんですか??」と聞くと「本気で結婚を考えている場合はね。手を出せなくなる。出すのもおそろしいから。もうひとつのパターンとしては、会ってすぐに手を出してしまう。でも、本気だったら必死でそのことについて弁解するよ。最初から遊びの人はね、最初から手を出すんだよ。」「でも、それの見極めが難しい。そのパターンだから、そうだと思っては相手の本質がみえなくなる。でも油断したらだめだよ。男はうそをつくからね。欲しいと思えば平気でうそをつくから。」電話で彼に私が真剣に問いだしたら、説明をしはじめたのだった。抱きしめたその後は、そんなことを言ってくれなかったのに。「それはあせっていたんだとおもうよ。」と言われた。「男性ってうそつきですね」と私がひやりと言うと「女性もうそつきだよ。うその種類がちがうのかな。」と言われた。女性のうそは、うれしいふりをすることだと思う。本心でもないのに、受け入れたふりをすることだと思う。*きけんな男性とやりとりをしているときは剣道の立会いをしているみたいだ。大人の人は言う。どんなに色々言葉をならべても、一度身体をゆるしたら負けなのだと。一気に男性に有利になってしまうから、気をつけなさい。と。
2005/03/26
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昨日友達にメールを打っていた途中で電話が掛かってきた。で、自然と出てしまった。よそいきの声を出す。相手もよそいきの声。深夜の電話。いろいろと私が思っていて、彼に伝えたかったことを話す。以前は言いたいことの半分も言えなかったのに、言えるようになってきたみたいで、以前は相手の反応が気になって、言わなかっただろうことも話せた。丁寧に話して、相手の意思を確認したらいいのだ。私は、あなたがこう思っているのだと思うのだけどそういう理解であっているのか?という確認。心の中は透けて見えないから、きちんと一つ一つ確認しなくちゃわからない。男の人はわからない。私にはわからない。急に宇宙人にみえるときがある。たとえば、何の前触れもなく抱きしめたりする。以前もそういうことがあって、その夜はその人にいろいろ聞いたのだった。隣りで、静かに歩いていると思ったら急にするんだから。だから。私も困惑してしまう。急にされたらドキドキして、何も手につかなくなる。だからといって、「抱きしめてもいい?」と確認するような律儀な男にはであったことがいまだかつて、ない。大事におもってくれているのかどうか。きちんと確認しておかないと。宇宙人かどうか確認しておかないと。聞いてみたら安心した。安心したらよく眠れた。すとんと落ちて朝がきた。
2005/03/25
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最近、乾燥がはげしいので保湿を重視しています。顔を洗ったらすぐにアベンヌウォーターを振りかけ、コットンにしみ込ませて顔中に張りまくっています。それから、気をつけているのが肌に手を触れる時の力配分。手のひらで化粧水をつけるときも乳液をつけるときもやさしく。一箇所からぐいっとひっぱらないように、ちょこちょこっとのばしてちょこちょこのばして顔中に広げています。本当にささやかなことが、効果あるように思います。おしろいですが、以前はエクスボーテを使っていました。でも、何となく乾燥するような感じがあり変えました。石澤研究所のははぎくのおしろいです。1,500円くらいでお安くて、ドラッグストアとかで売っています。カミツレ(カモミール)とシルクが入っているので肌に優しく、また保湿されているように思います。肌荒れしにくくなりました。
2005/03/24
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昨日お友達に、色々と話を聞いてもらった。日記には書いていなかったのですが、ちょっと色々ありました。ひととおり話を聞いてもらったあと、お友達が言いました。「なんか、mamikoroちゃんに関わった男の人たちって、mamikoroちゃんのことを好きなのかもしれへんけど、mamikoroちゃんに尊敬と信頼は得られなかったよね。結局、mamikoroちゃんが尊敬できて信頼できないとダメな気がする。」そう言われて、納得した。自分の中のもやもやが何なのかわかった。信頼できそうだったのに、なんだか不信感が出てきてしまって私はかなしかったのだ。「なんだ、この人もそうなんだ」と思ってかなしかったのだと思う。尊敬と信頼っておつきあいの基本だと思うし、それと同時に私の基本なのかもしれない。また、自分が大事にしているのが礼儀だということも気付いた。例えば順序が逆だったりすると、気持ちが悪かったみたい。信頼関係とか、尊敬できるかどうかということは、一日やそこらでそれが構築されるわけではない。たった一回や二回で構築されるわけではない。また、それらはどこかで売り買いできるものでもなくその両者の心の交流によってなされるものである。そういうことに気付かされただけでも、良かったのかもしれない。*抽象的な日記になって、すみません。
2005/03/23
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昨日は、とってもおかしな日でした。偶然、街でN君を見かけたんです。N君というのは以前おつきあいしていた人です。N君、女の子と仲よさそうに下りのエスカレーターに乗っていました。女の子を前にして、N君が後ろに立っていた。N君が幸せそうにほほえんでいた。N君よりも少し背が低い女の子だった。そんなことまで、ずいぶん離れたところから見えてしまった。私はデパートのカフェでお茶をしていました。デートの最中でした。N君に見つかったらどうしよう?と思って隠れようかなと思ったけれどああ、私もデート中だったわ、と思い出して「これ、美味しいね」なんて言いながらうわの空で、ケーキ食べていた。ケーキの味がぜんぜんわからなかった。私は外が良く見える席に座っていたので自然と目が外に向かっていたのでした。カフェでお茶なんてしていると、カップルとか見てしまいます。いつもの癖でね。私もデートしているの、誰かに見られているかもしれないですね。。私は、物探し上手です。人には見えていないのに、まっさきに見つけてしまったり。私はたぶん、N君の気配を感じたんだと思います。遠くからでもなんとなくわかってしまった。N君、よかったね。でも、何で私見つけてしまったんだろう??おかげで、意味もなく何だかぼんやりしてしまいます。
2005/03/22
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昨日は日展に行きました。それは陶芸、彫刻、油絵、書道、日本画すべてのジャンルが展示されている。表現は違えども、それら全てが芸術なのだと感じました。やはり今、書道をしているので一番書道が身近に感じました。むかしは油絵を描いていたので、油絵が一番身近だっただろうけれど。油絵を見た後で書道を見たら、白と黒の世界なのに、じっと見ているうちにいろいろな色が見えてきてまた音も聞こえてきた。はっとするような曲線、はらい方。優雅な流れ。ざざざざとなんだか、騒がしい音が聞こえてきてそれらが体を走っていった。絵画をみて、書道をみたら改めて気付いたのだけれど書道は絵なんだなと思った。なんておもしろいのだろうと思った。こんなふうに書を楽しく見られたのははじめてだった。けれど、真剣に見すぎたので、すっかり心身ともに疲労してしまう。最後に日本画の部屋を見たのは正解だった。日本画独特の、淡くて和菓子のようなタッチが心を穏やかにしてくれた。芸術というのは感じること、そして楽しむことなのだと思う。そんなことを感じて自分のなかとそとをいったりきたりしているうちに全ての作品を見終えた。足はぼうになるし、頭の中はヒート寸前になるほどに使ったのでぼんやりしている。
2005/03/21
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久しぶりに以前仲が良かった人から電話がありました。べつにたいした話じゃないんですよね。たとえば、飲みがあるからこーへん?とかそういう軽いお誘いなんですけれど。それも私だけに誘うわけじゃないんです。でも、へんですね。何年も前に、意識をしあってデートなんてした仲なので今もどこかで、意識しているんです。声もどこかよそいきで、うわずっています。たぶん、彼もそうなんじゃないかと思います。「mamikoroちゃん、今日はデートしてたん?」なんて言われると「してへん。。今日はお稽古やってん。今家やで」なんて言う。なんで、ドキドキしてるんやろ、私。言葉には何の裏もないのに、何年たってもドキドキしてしまう。私って自意識過剰なんだと思います。別に相手は何も思ってないのにね。彼とはふつうになりたいと思っているのにどこかでふつうになれないのですね。いつか、彼が「ふつうに話がしたい」と言ってきたことありました。私は「ふつうにしてるやん」と言いましたがでも私もそうじゃないことは自分自身がわかっていました。男と女とはむずかしいものです。長年にわたっての微熱みたいな恋愛感情に似たもの。私みたいにどうしようもなく超現実的でありながら、超夢見がちな女はそんな感情を胸に秘めて生きています。*今日はお茶のお稽古でした。ずっと一緒にお稽古をしていたお友達に 「今日で最後やねん」と言われた。「聞いてへんよ」とすごく驚いてしまった。別れは突然です。で、今日は最後にその友達にお茶をたててもらって私はお客をしました。いつもよりもお友達は上手にお手前をしていた。先生が私を見ていて、「あの人とのお茶は、今日のこの瞬間しかないねんからもっと心を込めて真のお辞儀をしなさい」と言われた。一期一会だなと思った。お茶をしていると、一瞬一瞬が長くも短くも感じる。来月から、炉から風炉に代わる。季節が変わるからあたりまえなんだなと思う。一年の天候も、人の人生の季節もあります。人との出会いも別れも、予期しないときにあります。今日も、本当に予想していなかったからね。でもまた、ご縁があれば会えるからあんまり深刻にお別れしませんでした。「またね」と言って別れました。
2005/03/19
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沖縄から帰ってきたお友達が「沖縄の食べ物が濃かった」と言いました。必要は発明の母と言いますが、その地方の郷土料理って理に叶っていると思います。例えば、寒い地方では乾物が発達していたり気温が温暖な地方では、腐らないように味付けが濃かったりします。インドとか南の方では体を冷ます食べ物が発達しています。その土地ではその味付けじゃないといけない。必要だから。食べ物でも、言葉でもなんでも、その地域にあったものがあるのだと思います。もっと身近な話になると、接客業などでは言葉が短縮されていますよね。いちいち言っていると時間がないから。例えばケーキの名前なんて、あだ名みたいになっていました。言葉も食べ物も、その場その場で変化していくのでしょうね。必要に応じて。旅行をすると、その土地の味覚や水が肌に合わない場合があります。合わない、と気付くとき現在自分が居る場所に馴染んでいることに気付かされます。ずっとそこにいると気付かないことってあるでしょうね。それしかないと思うと終わってしまうけれど。もっともっと多様化したものがあるのでしょうね。人の考えも人の好みも人の環境もそれぞれです。自分の感覚だけでは、はかり知れないですよね。
2005/03/18
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先週末はお茶会でした。火曜日の日記で週末のことを『うつくしい言葉』というタイトルで書いていましたが、とある集まりとは”お茶会”のことでした。私は裏方で、お運びのお手伝いをしました。お運びとは、お客様のところにお茶を持っていってしずしずと2歩さがり、おじぎをして退散するというもの。うちわのお茶会なので最初から、どの時間に誰をお呼びするか決まっていた。たとえば「○○ちゃんのパパがきていますよ」とか奥でひそひそ話をしている。雪が降る日だった。そのためなのかお客の到着が遅かった。待っている間は手持ち無沙汰になる。座敷の障子の間から雪がひらひら舞い降りてくるのを見ていると奥様が「Tちゃんが来ましたよ。まぁ、雰囲気が違うからわからなかったわ」と言う。私はTちゃんどこだろう?と思いながら、お茶を持って座敷に入る。運んでいるときはお茶に注目するので、お客の顔なんて見られない。お茶を置いて、顔をあげた瞬間はっとした。Tちゃんだった。確かに別人のように違って見えたけれど、確かにTちゃんだった。きらりと光る目でわかった。Tちゃんがにっと笑って、私を見た。私もにっと笑った。彼女と最後に会ったのは中学校1年生だった。同じように、お茶会のお運びを一緒に手伝ったのだった。そのころは素顔だったし、子供の印象が強かった。5年たって、久しぶりに見た彼女は金髪に近いような茶髪で、お化粧もしているので確かにぱっと見はわからない。背丈がのび、お化粧もしていると、まったく違う人格になったみたいで本当に驚いてしまう。すっかりきれいになってしまって、私は言葉がでなかった。*「mamikoroちゃん、ジャズどうだったん?」とお友達に聞かれて、私はにんまり笑った。2月のおわりに私はジャズを聴きに行っていた。ちょっと前のことになるのだけれど・・・会社が終わるとすぐに、ハービスエントへ直行。新しくなったブルーノートに行くのは初めてだった。一人だったので、席はどこでも良かったのだけれど、少し見下ろす高台にある席にした。私と同じように一人で来ている人がいて、安心した。ハイネケンを頼んで、ぐびぐび飲む。生の小曽根真と塩谷哲を聴くのはもちろん楽しみだった。二人のセッションだったのだけれど、まるで演劇を見ているみたい。ピアノを弾きながら踊るし、顔の表情もコロコロ変わる。見せるピアノだなと思う。すっかり聴きほれてしまう。私は特別に落ち込んでいることもなかったから楽しいジャズだった。軽やかな音たちが私の体をすっと通り抜けていくような感じだった。前回、ジャズを聴きに行ったときは悩み事があったので、体の奥におちていくような感じがあった。その時々で、音楽は違った効力を発揮するのかもしれない。演奏が終わり、私はまっすぐに駅に向かい来た電車にさっと飛び乗った。普段と同じくらいに家に着いて、家で御飯を食べた。健全すぎるくらい健全な夜だった。まるでブルーノートに行って、ハイネケンをひっかけたとは思えないような気もしてしまう。でも、どこか遠くに旅に行ったのと同じくらい刺激的で、体はじんじんするしブルーノートの青い照明の余韻が残っていた。
2005/03/17
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昨日は書道のおけいこでした。久しぶりに筆を持つと勘をとりもどすまでに時間がかかる。こうかな??と思いながら書いていると先生に「うまく書けていますが、一度持って書いてみましょう」と言われ、一緒に書いてもらった。先生の手から電流が伝わる。びゅんびゅん右手が熱くなる。最後のはらいをはらってから、先生の手がすっと離れる。「わかりましたか」先生は荒い息を吐きながら私に聞く。たぶん、一枚書き終わるまで息をしていないのだと思う。先生に手を持ってもらった後は、感覚としてわかっている。自分がいかに無駄な力を使っていたのかがわかる。そうなのだ。書道は考えてどうこうするのではなく、感じて動くものなのだ。気持ちを込めないといけないのだという。その気持ちの込め方、コツがいるのだ。先生は書道をしていると、絵も音楽もわかるようになるのだと仰る。先生の手からは色々な色や音を感じた。まるでバイクのうしろに乗っているように、躍動感を感じた。手がしびれた。「あなたの字は、すべてが同じ調子なのよ。強い部分、弱い部分をつけなくちゃね。」そう言われて、ああと納得する。それは私自身のことを言われているかのような気がしてしまう。やれやれ、痛いところをつかれてれてしまったなと思う。こんなすごい先生でも、上にいくには大変だとおっしゃっている。たくさん書いたらどうなるという問題ではないらしい。芸術の道は、奥がふかくて、雲の上の上の域だなと思う。何かに執着してしまいそうな夜は、書道をするといいのかもしれない。書いているうちに忘れてしまうから。色々な思いも、雑念も半紙に吸い取られて、やがて消えてしまうのかもしれない。*宮部みゆきの『あやし』を読んでいます。私はこんなに面白い本はないなと思って毎晩、ひとつづつ話を読んでいます。短編集なのですが、ホラーの要素が強いかもしれない。舞台は、江戸時代かな?昔の設定なんです。10歳くらいから奉公に出るのです。主人公は子供だったり、奉公に出ている若い女性だったりします。必ずと言っていいほど、誰かが死ぬんです。その事件の背景を読み解いていくのです。それには、策略があったり、愛憎劇があったりします。たとえば、死んだ人が実はひそかに亡くなってからも見守っていたりもしくは、恨んでとりついたりしてそういったものが関係して、商売が繁盛したり落ちぶれたりするんです。『安達家の鬼』が一番おすすめです。別の次元に連れて行かれてしまいます。なんだか読み終わっても映像がのこってしまって、夜に夢の中に神社が出てきてしまったりします。人の感情というのは、今も昔も変わらず恐ろしいものだなと思います。でもそういったものにひどく興味をそそられてしまう。恐いものみたさでしょうか。ひどくあっさりした小説を読みたいときと、ひどく深い小説を読みたいときがあります。今は深いほうがおもしろい時期みたいです。暗いもの、深いものを覗くと明るいものも見えてきます。そういう明暗が、物語のリズムをつくるんでしょうね。
2005/03/16
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この間の週末は、とある集まりがあり私は母の代わりにお手伝いに行った。その会場まで、母のお友達のKさんと一緒に行くことになる。Kさんの旦那様に車で送ってもらうことになり、私とKさん、Kさんのお友達が乗り込む。会場につくと、Kさんは旦那様に「本当に助かりました。ありがとうございました。どうもすみません。」と仰られた。旦那様は小さくうなずいた。その集まりが終わるとすぐに旦那様がお迎えにいらっしゃった。Kさんが「乗っていらっしゃい」というので、私はお言葉に甘えて、家まで乗せてもらう。*Kさんというのは母のお友達なのだが静かでやさしい雰囲気の人である。Kさんは華奢で、守ってあげたくなるような雰囲気がある。いつも消え入りそうな、やわらかい細い声で話をされる。普段Kさんが旦那様にどんな風に接しているのかたった数秒でわかった。どんなに親しい仲でも丁寧な言葉でお礼が言えるということは、大切なことだと思う。Kさんの言葉がどんな言葉よりもうつくしく聞こえて、しんしんと降る雪と一緒に私の心の中にしみこんだ。
2005/03/15
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隣の部屋に住むお友達が旅行にでかけます。ひとり旅です。お友達は、昨夜荷物を入れ終わったパンパンになったリュックを背負ってにんまり笑って鏡の前でその姿を見て「ヨシ」と言ったそうです。それが自分でも面白くて何が「ヨシ」なんだろう??って思って鏡の前でほほえんでいたそうです。ひとり旅なんて、そんなのしそうにない人なんです。寂しがりやです。本当に立派に成長したものです。人は変わるんだな、と思います。ちいさな虫も殺せなかったのに今じゃ、私よりもやすやすと虫を退治してくれる。昔はもっと勇敢だった私の方が虫が怖くなってしまった。3泊もするひとり旅に行くことになるなんてね。いやはや、どういう風のふきまわしなんだろう。彼女ったら私にあこがれていたと言うんです。静岡に一人旅をした、私に。ええ、でもあのひとり旅は正確に言うと現地にお友達が待ち構えていたので、違うンですけれど。小雨さんにお会いしたりして。(めぐりあいの旅なんて、呼んでいます。)でもひとりでホテルに泊まったのは事実ですね。ひとりで計画をして、ひとりで迷って悩んで、ほほえんでいたのは事実ですね。*お姉さま気をつけて、行って来てくださいな。何かを持って帰ってきてくださいな。帰ってきたら新しい誰かになってやしないか、ちょっと心配ですけれどね。
2005/03/14
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お酒を飲むと私はいつもよりも解放されて、ゆるみます。ふだん、誰と話をしているときも私は神経のあちこちを糸でしっかりと結んでいて、なんの糸なのか?と言われるとよくわかりませんが言うことも表情も硬い。それがお酒を飲むと糸がほどけて、違う人格が出てきてしまいます。上司にはそれがもろ出しで、お酒を飲むと普段よりもへらへらになるのでそっちのほうがいいぞと言われます。でも普段は無理なんですね。どうやっても。で、普段とは全く違う人になってしまう。目の前の人はmamikoroに似ていますが人ちがいです。 ・・・なんて言い逃れてはいけないでしょうか。お酒を飲んだほうがたぶん、本来の私でしょうね。だからといってもしらふの状態も、やはり私なんですね。女性に対してよりもむしろ男性に対して、警戒心が旺盛です。変な勘違いをされないようにしようと思って表情が硬くなるのでしょうか。それがポーカーフェイスなんて言われてしまう所以なんでしょうね。AB型はふたつの顔をもっているといいます。私はすごくわかります。そのふたつの顔を使い分けてバランスを取っています。*先日お友達と飲み会をしていたら「今日は年に数回しか見られない顔が見られるかもしれへん」って言われた。はぁ?と思って聞いてみたら「いつもはA型やんね。でも1年に何回かB型になるんやんね。いつも真面目に頑張ってるよね。お酒入ったりするとB型やんね」なんていわれました。ええ、ばれています。他の血液型の人とちがってやっかいなんですよ。A型の日は、A型しかできないしB型の日は、B型しかできないしでも、人によってはずっとB型になる人もいますよ。心をゆるした人には、特にね。
2005/03/13
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実は今日は記念日です。3年前の今日このホーム・ページを立ち上げました。毎日書いている時期、不定期に書いている時期、いろいろありました。仕事が忙しくて日記をかけない日もあるし、ちょっと気持ちを溜めてみようと思ってわざと書かない日もありました。たとえば、勢いで書いてしまうと自分でも驚くような表現をしてしまうので。そんな私のきままな日記にあそびにきて下さって、ありがとうございます。あたたかい言葉にいつも元気づけられます。私は日記に書くことでその出来事の位置づけなり、自分の中のこころの整理をしています。できるだけ、感じたことをかいています。ひらがなを使ったときとカタカナを使ったとき、また漢字を使うときでニュアンスって違いますよね。漢字ばっかりだと資料みたいになっちゃうので、わざとひらがなを多用しています。これからも、どうぞよろしくお願いします。*最近であった人に、”自分があるね。流されないでしょ”と言われました。初対面の人に言われた言葉は大事にしています。そういえば、決めたことはずっとつづけます。私って、流れるように生きているように思えていたけれど無意識に自分が行きたい方向を選んで生きているのでしょうか。選んでいることも、あまり自覚がないです。いつも野生の勘にたよっています。*あの人と長電話をしました。
2005/03/10
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最近、仲のよい人との年齢の差は7歳です。7歳年上だとやはり、年上だなと感じますね。自分が年下だと感じます。この年の差の距離感は、いいなと感じる。なによりも楽です。同年代の男の子とおつきあいをすると色々と気疲れしていた部分があったけれどそういうのがない。なによりも自分が女の子だということを思い出させてくれる。*初恋の彼と結婚をするお友達もいる。けれど私の場合何番目の彼ってことになるのだろう?と考えた。いろいろな男性を見てきた私はすくない恋のお友達がうらやましく思え、逆にそんなお友達は私がうらやましいみたい。いろいろな男性を見たからといってもすごくいいわけでもない。かえっていろいろ余分なことも知ってしまうことがあるし。
2005/03/09
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先週末は研修でした。夜、私は親しくなった人に肩もみをしていた。3人くらい。私はマッサージをするのが上手みたい。色々な人にしてあげるのだけれど、いつも好評である。私自身、マッサージをするのが好き。人の体の筋肉の状態を指で察知して、硬いところを、ゆるめるようにうながす。「じゃ、交代しよっか?」そう言われたので、今度は私が揉んでもらう番になる。いつもコチコチの肩をしている私は、内心私の肩もみ、大変なのよ…、と思っていたら「君、ぜんぜん肩こりないよ。こんな柔らかい筋肉だったら、肩こりなんてしないよね。柔らかい筋肉をしてるよ」そう言われた。私は自分の肩をあらためてもんでみると驚くほど柔らかかった。ええ!!!知らない間に私の肩はふわふわになっていたのだ。その人に言われるまで、私は気づかなかった。肩こりがひどかった私の体に異変が起きた。しかし、一体なぜ??思い起こせば、私、1ヶ月ほど前からあることをしています。それは自律訓練法というもの。ストレスを感じにくくする、催眠療法です。椅子に座り。目を閉じて、「気持ちが落ち着いている」と暗示をかけながら右手が重たい 左手が重たい 右足が重たい 左足が重たい とイメージをします。その後、右手が温かい 左手が温かい 右足が温かい 左足が温かいとイメージをします。その間、ずっと頭の中で 「気持ちが落ち着いている」という言葉を流し続けます。すると、脳の中がリラックスモードになるそうです。その暗示ができたら、今度はひじを伸ばして手足をパンパンたたいて、それから目を開けます。するとスッキリしています。それをずっと続けているうちに、あまりイライラしなくなりました。まさか、自分の体の筋肉にも効果があったなんて驚きです。講師の先生が言うには、続けるほどに効果があるそうです。
2005/03/08
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私は、甘えることが苦手です。特に男性に甘えることが なんとなく出来なかった。それは父親に素直に甘えられないからなのかな?と思う。何だか、私ってかわいくないんです。根性がまがっているんです。たぶん。甘えられないし、ごめんなさいが言えない子供だった。大人になってから徐々に甘えた方がいいこともあるんだ、と気づいた。今まで一人でがんばって、何とかもがいて やってきたことがあった。年に数回、非常に忙しい日があった。それは大きな会議の準備である。全体の流れとして人の手を借りた方がスムーズになるとわかっていたので私は今回は、お手伝いをお願いすることにした。私一人では、出来ないことだった。やはり正解だった。すごく楽だし、余裕ができた。間違うこともなかった。甘えることが出来るかどうかってすごく違うと思う。上手に甘えることが出来る人は上手に人を動かせる人だと思う。*物事をするにはまずは優先順位をたてる。順番が決まったら、時間がかかるものから、取り掛かる。人に指示すること、連絡は前倒しでする。微調整はその時にすればいい。
2005/03/07
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今日と明日、研修です。1時間以内の場所ですけれど泊り込みです。日記はまた書きますので、ちょっとお待ち下さい。
2005/03/04
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昨日の日記を書いてから、自分のことを分析していた。男性脳が成長しているということについて。私は見た目が女っぽいのに、実はおっさんだということ。しかしながら、驚いたことに女性からは、サバサバしていると言われたことがあまりないのである。私は同性と一緒にいると、女らしく振舞うかもしれない。考え方も、行動の仕方も。女子校育ちなためなのか?同性の評価はすごく気になるから、丁寧に対応しているのかもしれない。かなり女性の目は気にするほう。異性と一緒にいると男っぽくなってしまうのに。もしかすると、それでも許されると思っているふしがあるのかもしれない。それって私の甘えなのかな?*お友達と男性の何が気になるのかという話をしていた。彼女は彼の過去の恋愛が気になるのだと言う。私は全く気にしていなかったので驚いた。もしかすると、気にしたくないのかもしれない。彼の過去は、むしろ知りたくない方である。もちろん私の過去もまた、知られたくない方である。おたがいに出会った時はお店で売っている新品のシャツと同様に誰のものでもないという前提だと思う。私はわがままだから、彼の過去を知ると色々気になってしまうと思う。過去の恋人にやきもちをやいてしまうと思う。彼の好きなタイプなんて聞きません。好きな芸能人も聞きません。やきもちをやいてしまうから。女っぽく見えて、実はおっさんで、でも本質はお子様です。
2005/03/02
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私は外見と内面のギャップが大きいみたいです。「意外と、しっかりしているんだね」これは、最近言われるようになった言葉。「私ってあほっぽいですか?」と聞いたら、「そんなんじゃない」って笑いながら言われた。異性とはじめてデートをすると「意外とサバサバしてるんやね」「意外と何でも出来るんやね」「意外とめちゃくちゃなんやね」とか言われてしまう。そして極め付けに「外見と内面のギャップがありすぎる」と言われるんです。これは毎度のことです。外見だけ見たら、ふわふわして見えるみたいなんです。だから、男性は 癒されると勘違いしてしまう。でも、私は癒してあげられないのにね。。きゃらめるさんの日記で男性脳と女性脳の話がのってて、テストみたいなのをしてみたら、男性脳が発達してました。言葉足らずやし、嫌なことがあったら寝たら忘れます。地図も読めてしまいます。意外と・・・のあとに続く言葉に私はドキドキです。まぁちょっとやそっとで私のことを理解できませんよ・・・きっと。
2005/03/01
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