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今日も動物園の続きである。タイトルを「動物達の表情」としたが、私の「バカチョンカメラ」では、そこまで追うことは難しい。それに眠っている動物も案外多く、表情を捉えるまでに至らなかった。逆に激しく動くために、なかなか撮れない動物もいる。ゴリラやシロサイ、ホッキョクグマなどはじっとしてくれなくて困った。 キリンは警戒心が強いのか、最初は隠れて顔を出さなかった。それが危険性がないと分かったのか、安心して顔を出してくれた。私も極力優しい声で話しかけるようにした。何だかちょっぴり心が通じたように思ったものだ。話はこれくらいにして、今日も早速動物達に登場してもらおう。 ≪ フクロウ ≫ ≪ フラミンゴ ≫ ≪ ベンガルタイガー ≫ ≪ ホッキョクグマ ≫ ≪ ライオン雄 ≫ ≪ ライオン雌 ≫ ≪ ラクダ ≫ ≪ リャマ ≫ ≪ ホシガメ ≫ ≪ 対州馬 ≫ 対州とは対馬のこと。対馬馬とすると「馬」が重なるため対州としたのだろう。現代の競走馬は外国産の大型のものだが、日本の固有種は体がそれほど大きくはない。だから脚の短い戦国の武将も、楽々と馬に乗れたのだ。対馬のほか沖縄の与那国島や愛媛の今治などにも、固有種が残っている。 さて、動物園は遊園地と共に、子供達が喜ぶ施設の代表だろう。もうすぐ「子供の日」が来るが、この日子供達は、無料で入園できる。ゴールデンウイークは混み合うため、この期間中だけ特別に道路脇へ駐車が可能になる。動物園の駐車場だけでは足らないための措置だ。すっかり心を癒された動物園に別れを告げ、家路を急いだ私だった。
2013.04.30
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散策の最後の訪問地は動物園。正式の名称は「仙台市八木山動物公園」だが、ここでは単に動物園としておこう。59歳から9年間、私はとあるビル管理会社で肉体労働のパートタイマーをしていたが、その勤務の帰りに走ってこの傍を通った。だから動物達の鳴き声や、風に乗って来る動物達の匂いには親しみすら感じたものだ。 今、動物園の直ぐ傍では地下鉄東西線の終着駅としての工事が進んでいて、2年後にはこの周囲もすっかり風景が変わると思う。さて動物園に入るのは今回で2回目。それほど広くもなく、また動物の数もさほど多くはないが、市民の憩いの場所であることに変わりなく、毎年ゴールデンウイークは大勢の人で賑わっている。撮った写真が多いので2回に分けて紹介するが、今日はその第1回目。動物園に入った気持ちで楽しんでいただければ嬉しい。 ≪ アカカンガルー ≫ ≪ イノシシ ≫ ≪ オオワシ ≫ ≪ カバ ≫ ≪ キリン ≫ ≪ コウノトリ ≫ ≪ ゴリラ ≫ ≪ シマウマ ≫ ≪ シロサイ ≫ ≪ ツキノワグマ ≫ ガラスが反射して光っていますがご容赦を。いかがでしょう。少しは童心に帰ってもらえたでしょうか。明日に続きます。どうぞお楽しみに~♪
2013.04.29
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≪ 懐かしい職場 ≫ 昨日アップした写真で名前の分からなかった花だが、山野草に詳しいhimekyonさんが親切に教えてくれた。スミレは「ナガハシスミレ」で、白い花は「ユリワサビ」だろうとのこと。またピンクの花は「エイザンリスミレ」だそうだ。世の中は広く、博識な方がいるものだ。 さて林の中から、かつての職場の宿舎が見えた。私達夫婦が結婚生活をスタートした最初の場所だ。思わず懐かしさがこみ上げ、足が構内へと向かった。あれから43年。周囲の様子がかなり変わっている。ここは21歳から27歳まで働いた第二の職場だが、このキャンパスで過ごしたのは4年3カ月に過ぎない。記憶が風化するのも道理だろう。周回道路を左に回ると、初めて観る建物があった。近づくとそこにはこんなものが。 芸術専攻の学生の作品だ。さらにはこんな不気味なものも。 面白いが、あまりのリアルさにギョっとする。私が在任した頃はこんな作品が道端に曝されていることはなかった。周囲には「炭焼き体験コーナー」や「タナゴ観察池」などもある。私が去った後の大学は、ユニークな教育で有名になった。その一端を観た想いだった。体育館は昔のまま。グラウンドに向かって下りて行くと、野球場が見えた。ええ~っ、こんなのがあったかなあ? いや、わずか1年間ほどだが、ここで確かにボールを追いかけた記憶がある。その右手に初めて観る建物。学生に聞くと「セミナーハウス」とか。大きな桜の右側にはヤギの小屋も。ふ~ん。なぜ大学でヤギを?疑問に思ったが、ヤギはメエ~っと鳴くだけで、疑問には答えてくれない。これは多分生物教育の一環なのだろうと納得。 グラウンドを横切って事務局のある建物へ向かう土手に、大きく育ったフキノトウとスミレの群落があった。事務局棟に入って様子を窺う。私がいた当時とは組織名も部屋の配置も大きく異なっていた。大学は法人化して、自由裁量の余地が増えたのだろう。かつての職場だった図書館に入る。ここもかなり様子が違っていた。カウンターで入館手続きを済ませ、館内を自由に見学。増築したことは知っていたが、4年前に大改造をした由。館内は全くのフリーで、開放的な大学図書館に生まれ変わっていた。 カウンターの担当者と話している時、見知った顔の女性が近づいて来た。山形勤務時代の部下だった。仙台に転勤したことは知っていたが5年前に係長に昇進し、4月の人事でここに転勤したばかりとのこと。私がなぜここへいるのかと訝かる彼女に、「カタクリの花を撮るついでに寄った」と話すと驚く。ここが私の大学図書館職員としての原点であることを知らないのだ。 そこで仙台を振り出しとした11か所の勤務先を全て上げた。私は3か所で大学図書館の創設に携わり、特に徳島の鳴門では最初からたった1人で創った。だがこの職場の上司や先輩は全員が鬼籍に入り、当時を知る人は誰もいない。その頃私は働きながら夜学で学び、司書の資格を得、専門試験に合格し、専門職として生きるため東京へ出た。 それ以降の生活は激変し、喜びも苦労も味わった。特に全国から精鋭が集まった筑波では、事あるごとに自分の非力さを痛感したものだ。だが、ここから飛び出したからこそ今の自分が存在する。私は懐かしさに満たされながら、かつての職場を後にした。<続く>
2013.04.28
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≪ 森の花、林の花 ≫ 治山の森の裏道で最初に見つけたのはショウジョウバカマだった。そしてカタクリも直ぐに見つかった。ここを訪れたのは10年ぶりくらいだが、群落は無事だった。日当たりの良い場所には可憐なスミレも咲いていた。朝が早かったせいで、カタクリはまだ花を閉じているものが多かった。それが時間の経過と共に、少しずつ開いて行く感じで面白かった。スミレの種類までは分からない。 以上4枚は森の中のカタクリ。そして次の3枚は動物園のカタクリ。動物園の丘でカタクリの群落を見つけた時は嬉しかった。やはり青葉山や八木山一帯には群生地が残っているのだ。これは自然から市民への何よりのプレゼント。いつまでも大切に保存したいものだ。 昔の職場付近の林に、白い花が咲いていた。花の名は知らないが載せておく。 また動物園のカタクリの傍にも、名前が分からない花が咲いていた。きっと花に詳しい人なら分かると思うので、参考までに載せておきたい。なお、明日は昔の職場の探訪記を書く予定。<続く>
2013.04.27
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≪ 歩いたコース ≫ 8日ほど前の早朝、私は近所の森へ向かった。カタクリの群落を観るついでに森の中の道を歩いた。カタクリは健在だったが、何年か前まであった朝鮮学校はどこかへ移転していた。「治山の森」を管理しているのは営林署。今時大都市の近郊にこれだけの森が残っているのは珍しいだろう。 幕藩時代、この森は立ち入り禁止。仙台城を防御する重要地点のため、森の周囲には3人の山守が家を構えて常時見張っていた。許可なく森へ入る者は不審者とし、山守は自由に切っても良かったそうだ。その子孫が住む家が今でも残っている。「不入の森」は明治新政府に引き継がれ、やがて営林署の管轄下に置かれた。400年ほど手つかずの鬱蒼とした森を抜けると、道は林の中に続く。ここも未舗装のままだ。 ≪ 林の中の小道 ≫ この山道はやがて舗装され拡張されて、基幹道路となる日が来るように思う。仙台から西に向かう抜け道として便利だからだ。林の中の道はようやく舗装道路になるが、その一角にこんな看板が立っている。 ここは別な「治山の森」への入口で、奥羽山脈から続く山並みを経て、たまに熊が出没するようだ。私は森の向こうの太白山でカモシカに遭ったことがある。大都市の近郊で大型の野生動物に出会えるのも珍しい。道を下ると工事現場への進入路が見え、警備員が立哨していた。 この山はかつてゴルフ場だった所。今は東北大学の移転工事と、地下鉄工事が進捗し、青葉山駅(仮称)と竜の口峡谷に架ける橋を建設中。この周囲にもカタクリの群生地があったのだが、近づけなかったのが残念。付近には私が若い頃に勤務した小さな大学があり、さらに進むと東北大学の理学部や工学部の広大なキャンパスに出る。 やがて道は仙台城(青葉城)の裏手に出るが、道路の両脇は鬱蒼とした原始林で、一部は東北大学の植物園。樹齢数百年のモミが残ったのは、やはり城の防御上の理由だ。中には危険と判断され、切り倒された大木も。 竜の口峡谷に架かる八木山橋の高さは50m以上。この断崖絶壁は天然の要害として敵の侵入から青葉城を守った。第二次世界大戦の前後は、地下の亜炭(石炭の生りかけ)を燃料として使うために採掘した。数度の震災で城の石垣が崩れたのは、縦横無尽に走る地下坑道が原因と言われている。我が家の近辺の地下にも、坑道があるらしい。 ≪ 竜の口峡谷1 ≫ ≪ 竜の口峡谷2 ≫ 橋を渡り終えると青葉区から再び太白区。坂の頂上に遊園地がある。その斜面にもカタクリの花。私は動物園に入った。65歳以上になるともらえる「豊齢カード」で、市営の施設は無料なのだ。動物園の中にもカタクリの群落があった。そして動物園の一角にはこんな銅像も。 銅像の主はベーブルース。アメリカが生んだ偉大な野球選手の彼が、戦前ここにあった「八木山球場」でホームランを打つ。銅像はそのボールの落下点に建てられている。この日私が歩いた距離は12kmほど。カタクリなどの山野草、かつての職場、そしてたくさんの動物達の姿は、明日以降順次紹介したい。<続く>
2013.04.26
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≪ 花見山から吾妻連峰を望む ≫ ボストンマラソンと言えば、私の中では「心臓破りの丘」と「山田敬蔵」だった。だが、3名の死者を出した今回のテロ事件は、その思いを粉砕した。犯人がチェチェン出身の若い兄弟だったが、今のところ彼らがテロ集団に所属していた証拠は見つかっていない。兄は銃撃戦で死亡し、弟は重傷を負ったようだが、彼らの胸の中には一体どんな「闇」が潜んでいたのだろう。 ≪ 庭の花1 ハナワサビ ≫ 仙台では66年ぶりの雪となった4月21日(日)。同日開催の「長野マラソン」も5cmの積雪となったようだ。優勝は公務員ランナーの川内選手。雪で路面が走り難かったせいかタイムはあまり良くなかったが、外国勢を振り切っての優勝は立派で、その挑戦心に拍手を送りたい。ブログ友走るナースさん(長野)も、日頃の練習が実って見事完走。この日の「かすみがうらマラソン」もやはり悪天候で、多くの選手達は苦戦したと思う。 ≪ 庭の花2 グリーンディスティー ≫ この日は「さくら道ネーチャーラン」(名古屋~金沢250km)のゴールの日。生憎の悪天候で、岐阜や富山の山間部では雪が降ったのではないだろうか。完走率は確か71%ほどのはず。完走者のS君は小学校と中学校の後輩で、6年前の「佐渡島一周」(206km)のレース中に偶然一緒になった青年。彼は昨年「川の道」(520km)を完走している。立派なウルトラランナーに成長したことを心から喜んでいる。 ≪ 近所のソメイヨシノ ≫ 「立山登山マラニック」(65km標高差3003m)の開催要項が届いた。富山湾の海抜0mから標高3003mの雄山山頂まで一気に駆け抜けるこのレースも、今回で累積参加者数が3003名に達することを区切りに、大会を閉じる由。悪天候で遭難騒ぎがあった年、雨の八郎坂で20回も転倒した年など想いは尽きないが、私は参加しない積り。3度の挑戦で2度山頂に立てただけで十分。あの素晴らしい風景は胸の奥底に秘めておきたい。 絵はがき ≪ 御厨が池から望む立山雄山山頂 ≫ 11月開催の「神戸マラソン」に、先日ネットから仮エントリーした。翌日には1万8千人の定員に達したため今回も抽選になる。その前に申し込んだ「大阪マラソン」よりも、大会の雰囲気がずっと優しくて好感が持てる。抽選結果が分かるのは6月。また6月下旬の「みちのくラン」(30km)へも申し込んだ。私にとっては3年ぶりの参加で、大勢の走友と走れることを今から楽しみにしている。 ≪ 近所のシャクナゲ ≫ 一昨日は6日ぶりに走った。体調不良で休み、ようやく再び走る気になったのだが以前のようなスピードが出ないのが心配。5月12日の「仙台国際ハーフ」までには、何とか間に合わせたい。昨日はコースの未知の部分をマウンテンバイクに乗って確認。今度の連休中には、コース全体を試走しようと思う。多分最初で最後の晴れ舞台。どうしても完走して、バスタオルをゲットしないとね。 ≪ 庭の花3 ペラルゴニウム ≫ 確か次の日曜日28日は「UTMF」がある。これは富士山の周囲161kmを走るトレイルレースで、累積の高低差は延べ9164mにも及ぶ激烈なもの。これに香川のフランク翔太さんと新潟の銀のねこさんが挑戦することをブログで知った。ねこちゃんはこの練習台として先日「RC三条」に出場し、女子の部で優勝したようだ。実家のある神戸では、2度の六甲縦走を敢行。その闘志がきっと良い結果をもたらすと期待している。 この他にも連休中には「川の道」(520km)や、「本州縦断」(1800km?)などの超ウルトラレースも開催され、その途中経過と結果に注目だ。私は60kmほどの峠越えを思案中。歳は取っても挑戦心を失ったらお終いだもんね。でも「仙台国際」へ悪影響が出ないよう、注意しないとね。 ≪ 南蔵王屏風岳と後烏帽子岳の遠望 ≫
2013.04.25
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私は最近3つの映画を観た。先ず最初に紹介するのは『ジャックと天空の巨人』。これはイギリスの民話『ジャックと豆の木』に着想を得たものだが、内容はまるで違う。民話は母親に市場で牛を売って来るよう言いつけられたジャックが、不思議な豆と大切な牛を交換してしまう。怒った母親は豆を庭に捨てる。翌朝外を見ると豆は巨大に育ち、雲の上にまで伸びていた。 ジャックが豆の木を伝って天上に登ると、そこに住んでいたのは巨人。だが心優しい巨人の妻は見つからないようジャックを隠す。ジャックは巨人の宝物を次々に盗み出し、地上に持ち帰る。それに気づいた巨人が豆の木を伝って下りて来たため切り倒すと、巨人は墜落死するのが民話の粗筋だ。 だが、映画では王女が天上に連れ去られ、ジャックは王の家臣と共に巨人と戦う話に変わる。実像とCGを組み合わせた映像は実に圧巻。私が観たのは3Dだったため、さらに迫力があった。『アバター』、『スノーホワイト』、『レ・ミゼラブル』などこれまで観たこの手の映画よりも映像が素晴らしく、かつ面白かった。特に私の興味を引いたのが中世の風景や服装など。スリルに満ちたストーリーは、ジャックが王国の危機を救い、助けた王女と結婚してハッピーエンドで終わる。 2つ目の作品は『舟を編む』。編む舟と言えば普通思い出すのが南米チチカカ湖の葦舟だが、これは出版社の辞書部に配属された青年が、地味で苦労の多い辞書作りに没頭する話。つまり「舟」は「言葉の海」を旅するための手段で、「編む」は辞書の編集を意味する。原作者は三浦しをん。彼女はこの小説で2012年度の「本屋大賞」を受賞した。主な出演者は松田龍平、宮崎あおい、オダギリジョー、加藤剛など。宮崎あおいが主演する映画の多さには、ただただ驚くばかりだ。 さて、7万語を網羅する国語辞典が、わずか数人のスタッフだけで語彙の収集から出版まで手掛けることが果たして可能なのか疑問。企画から出版までにかかった歳月は14年。この間にスタッフは交代し、編集主幹も病気で死ぬ。地味な内容の話を、映画は淡々と追う。「知」や「言葉」に対する関心がなければ退屈なだけだが、私には十分面白く感じられた。 3つ目の映画は『リンカーン』。アメリカの第16代大統領アブラハム・リンカーン(1809-1865)を知らない人は少ないと思う。だが、彼の真実の姿と苦悩を知る人はどれだけいるかどうか。映画は2期目の大統領就任時の南北戦争(1861-65)後半の話。南北戦争の勝利と奴隷制度の廃止を目指し、彼らは議会における多数派工作を展開する。どうしても憲法を改正する必要があったためだ。 政治活動を中心にしながら、同時に家庭における彼の姿もカメラは追う。子供2人を早くに喪った妻は精神的に不安定で、夫とはなかなか心が通じ合えない。加えて大学を中退して北軍の兵士を志願する長男の存在も、さらに彼女の心を苛む。リンカーンはそんな状況を克服してついに議会で勝利し、南北戦争にも決着をつける。 監督は『ジョーズ』、『未知との遭遇』、『インディ・ジョーンズ』、『ET』、『ジュラシック・パーク』などで名高いステーヴン・スピルバーグ。映画は晩年の大統領の2~3年間の姿を克明に追うだけで、戦闘の場面もさほど多くはない。映画は悲運の大統領の暗殺で終わるが、そのシーンすら出て来ない。 極貧の農民の子として生まれ、熱心なキリスト教徒であるリンカーンが命をかけた奴隷解放と合衆国の統一。その結果、アメリカは世界に羽ばたくことになる。幕末の日本へも大量の捕鯨船が押し掛け、小笠原諸島はその基地となった。「アメリカ彦蔵」は、その捕鯨船に救われ、アメリカで教育を受けた最初の日本人だがそれはもう少し後の話。スピルバーグが描いたのは、家庭の苦悩を背負いつつも理想の国家建設にまい進した一人の男の姿だった。 ≪彫刻群は、ランニング練習コースの途中にある山上の公園に設置されたものです。≫
2013.04.24
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土曜日の夕方、東の畑にシートを被せた。翌日の気温が低いとの天気予報を聞き、ジャガイモの芽がダメにならないための措置だった。これはお向いのKさんの意見を聞いてのこと。ビニールシート1枚でも、結構寒さを防げるそうだ。僅かの手間を惜しんで、折角植えたジャガイモが収穫出来ないのでは勿体ない。この際不細工でも許してもらおう。 ≪ ビニールシートでジャガイモを覆う ≫ 日曜日の朝、窓を開けるとみぞれが降っていた。仙台で4月下旬に雪が降るのは66年ぶりとのこと。これは昭和22年のことなので、私の記憶には残っていない。私は当時3歳で妻はまだ1歳にもなっていない。この朝の最低気温は0.8度で、最高は7度にもならなかったようだ。これは冬の最後の頃の気温。花壇の花々や畑にはうっすらと雪が積った。やはりビニールシートをして正解だった。 ≪ 雪の畑 ≫ 昨日の月曜日は朝から好天気。朝の間こそ気温は低かったが、太陽が登るにつれて気温も上がり、ベランダに洗濯ものと布団を干した。もう遅霜の心配はないらしい。水曜と木曜には雨が降るが、それは春の雨でむしろ散水の手間が省けて好都合。良~し、今日は夏野菜の苗を植えよう。そう考えた私は畝に自家製の堆肥と発酵鶏糞を撒き準備開始。その後HCに赴き、予め計算した数の苗を買って来た。 買ったのはトマト16本。これは「桃太郎」を改良した品種。ミニトマト2本。これは赤の高性のもの。長ナス4本。これは妻の希望を入れた。昨年はベイナスを作ったのだが、料理方法が限られると言うのが妻の意見。カラーピーマン2本。これは実が色づくまでに1カ月間かかるらしい。その間の「つなぎ」に普通のピーマン2本とシシトウ2本も購入。ゴーヤは2本でも十分な収穫量があるはず。 合計30本で2300円。カラーピーマンが1本198円の他は全て1本68円の苗。ずいぶん安物だが、これでも結構育つ。ただしトマト16本のうちダメな苗が毎年2本くらいは混じっているが、値段が値段だけに仕方ない。苗を植えながら確認したら、まだ根の張り方が十分でないものが幾つかあった。背の高い苗には仮の支柱を施す。これは強い風で傷まないためで、もう少し大きくなったら本格的な支柱に変える。定植後の様子は以下の通り。 ≪ カラーピーマン ≫ ≪ ゴーヤ ≫ ≪ トマト ≫ ≪ 長ナス ≫ ≪ ジャガイモ ≫ ≪ エンドウ ≫ ≪ 大根 ≫ ≪チヂミ菜 ≫ ジャガイモ、エンドウ、大根、チヂミ菜は3月中旬の比較的暖かかった頃に蒔いたもの。エンドウはあまり発芽状態が良くなかったために、スナックエンドウを追加で蒔いた。大根とチヂミ菜は余った種を蒔いたもの。大根は結構育つだろうが、中国産のチヂミ菜はこの土地には不向きなようでさほど期待しておらず、春先の短期間を楽しめれば良いと思っている。 ところで、畝には自家製の堆肥を梳き込んでいる。このため、畑からは思わぬ物が出現する。カボチャやトマトはざら。それらは生ごみに混じっていたもので、トマトは前年に落ちた実の種からも発芽する。中にはこんなものも混じっていて、私はその様子を眺めて楽しんでいる。生命の不可思議さを感じるのはそんな時。だからどんなに狭くても家庭菜園は面白い。 ≪ 柿 ≫ ≪ サクランボ ≫ 柿もサクランボも堆肥の原料である「生ごみ」に混じっていたもの。毎年サクランボは何本か生えるが、これまでは抜いてしまうので育ったことはない。柿は結構強そうなので、場所を移動して植えれば育つ可能性がある。だが甘柿か渋柿かまでは分からない。畑は苗の成長と共にどんどん様子が変わるため、随時紹介したいと思う。どうぞお楽しみに~♪ ≪ 苗を植えた後の様子 ≫
2013.04.23
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≪ 雪の花壇 ≫ 昨日の仙台は朝から雪が降った。4月下旬の雪は66年ぶりのこととか。私が3歳の時だが、もちろんそんなことは覚えていない。最低気温は1度にもならなかった寒い朝。折角発芽したジャガイモの葉が寒さでダメにならない様にシートを被せてあるが、どうなっただろう。そして先日外へ出した植木鉢のうち寒さに弱い植物は、この「冬の再来」に耐えられただろうか。 さて、今日の写真はご近所の花々。東北の春は足早なので、風景はあっと言う間に変わって行く。明日からは再び気温が上昇するので、さらに開花する花も多いはずだ。心を癒してくれる花に感謝しつつ、撮り貯めた写真を載せたいと思う。先ずは桜から。 ≪ 小川の畔の桜 ≫ ≪ 河畔の桜2 ≫ ≪ K神社の枝垂れ桜 ≫ ≪ N公園の桜 ≫ ≪ N高校のコブシ ≫ ≪ なにツツジ? ≫ ≪ 芝桜のグラデーション ≫ ≪ スイセン ≫ ≪ 名称不明 ≫ ≪ 黄色のカタクリ ≫ ≪ アケビの花 ≫ ≪ シラネアオイ ≫ ≪ イワウチワ ≫ 写真を撮るようになってから、周囲には結構花があることに気づく。それだけ花を愛する人々が多い証拠なのだろう。花の色や形は様々だが、それぞれ風情がある。花を通じて四季の移ろいを感じることもしばしば。そんな花々をこれからも折に触れて紹介したいと思っている。
2013.04.22
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花の写真がだいぶ溜まった。冬の厳しい東北は春になると一斉に花が咲く。一年でもっとも色彩に富んだ季節と言っても良いだろう。花の写真が溜まるのはそのせいだが、ぐずぐずしてると花の時期が終わってしまう。そんなこともあって一挙に公開することにした。今日はその第一弾で「我が家編」。冬の間は淋しかった貧弱な庭も、今は1年で最も華やかな時かも知れない。 ≪ イカリソウ ≫ ≪ コラボその1 ≫ ≪ コラボその2 ≫ ≪ コラボその3 ≫ ≪ スイセン1 ≫ ≪ スイセン2 ≫ ≪ ハナニラ1 ≫ ≪ ハナニラ2 ≫ ≪ ゼラニウム ≫ ≪ ハナモモ ≫ ≪ ボケ ≫ ≪ ヤブツバキ ≫ ≪ ユキヤナギ ≫ ≪ クリスマスローズ ≫ この後もまだ花は咲き出すはずだが、明日はご近所の花々を紹介する予定です。
2013.04.21
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「仙台国際ハーフマラソン」の大会要項が送られて来てからしばらく経つ。昨年初めてエントリーしたが、実際に走ることは出来なかった。不整脈手術後の体調が思わしくなかったからだ。69歳にして故郷の街を初めて走る心境はとても複雑。もちろん嬉しいことには変わらないが、自分の走力だと厳しいレースになることは自明。 2時間30分。それがこの大会の制限時間。そして21km余りの中に、4か所の関門がある。それをことごとく突破しなければ栄光のゴールはない。レースは5月12日。残された日は3週間に迫った。今はその条件をクリヤー出来るような練習をする時期だ。恐らくは1万人近いランナーが走るはず。そして2時間05分台でエントリーした私が指定されたスタートはEブロック。 招待選手はもちろんだが、陸連登録者で、かつ条件をクリヤーしたランナーがAブロックで先頭を走る。エリートランナーである彼らはスタート時のロスタイムはほとんどないはず。私の前には多分6千人以上はいるはずなので、スタート時のロスは8分から10分ほどではないか。遅いランナーほど不利になるが、これでも私は20分以上申告タイムを誤魔化した。(爆) 何とか制限時間内でのゴールを目指してのことだが、こんなことが出来るのも今回が最初で最後。なぜなら来年は今回の「実績」が残るからだ。練習はスピードを意識したものに変え、休まずに21kmを走り抜く。2回目の時は今年初めてランシャツ、ランパン姿になった。これもレース当日の気温を想定してのこと。暑くなれば体への負担が全然違う。 コースは前半からアップダウンがあり、最大の高低差は40m。ハーフにしては厳しいだろう。そして15km以降は土地勘のない地区。スタート時のロスタイム、途中の関門とスタート後2時間40分でレースが終了すること、今よりもっと気温が上がることなど、私にとって厳しいレースになると考える所以だ。2回目の練習では、同じ走友会のS木女史に2度お会いした。 お互いにサングラスをしていたのだが、彼女が気づき話を交わした。78歳の彼女は10kmのタイムトライアルをやっていた由。彼女の歳でタイムを取りながらの練習とは見上げた根性。さすがに73歳でホノルルマラソンを完走しただけのことはある。2度の練習で時間内完走の感触は得たが、実際のレースがどうなるかは不明。 そのうち未知の部分を自転車で確認し、コース全体を実際に試走したいと思っている。コースを熟知している走友達に対し、私は全てが初体験。今は自分にやれることを何でもやっておくしかない。レース後に「打ち上げ」する店も決まった。無事21km余を走り切り、大勢の仲間と一緒に美酒を酌み交わしたいもの。レースまで残り3週間。今はその夢に向かって、ひたすら練習するだけだ。
2013.04.20
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16日の火曜日、Kスタへ行って来ました。その前に裏通りをチェック。そこが5月12日(日)に行われる「仙台国際ハーフマラソン」のスタート地点なんですよ。何しろ69歳にして初出場。どんなレースになるのか気になりますよね。雰囲気をつかんだ後、Kスタの周囲を一周。これは写真を撮るためです。 これは楽天のオフィシャルショップで、大勢のファンで賑わっています。自分が応援している選手の名前が入ったグッズなどをここで購入します。市内にはほかに2か所あり、チケットなども入手出来ます。 正式な名称は分かりません。仮に「楽天トレイン」とでもしておきましょうか。子供達を乗せて球場を一周するのですが、この日の乗客はなぜかまばらでした。乗ったら楽しいでしょうね。さて、この日の先発はマー君。これは勝利は堅いと確信していたのですが。 この日、マー君の表情が和らぐことはありませんでした。7回まで4対3のスコアでマー君はマウンドを降り、後続のピッチャーに勝利を託します。球のキレは良かったと思うのですが、味方のエラーで失点し、集中力が欠けていたように感じました。嶋捕手との連携も良くなかったですね。ピンチの際、もっと早目に嶋がマウンドに行って話し合っていたら、3勝目を挙げていたでしょう。 2回からは雨が降り出しました。それに寒いのですよ。まあ雨対策は万全だし、「持ち込み」の焼酎で体の中からも温めていましたからね。 試合中には、こんなお嬢さん達がグランドに出て来て応援します。9回裏には「勝利の白いジェット風船」を膨らませて待機していたのですが延長戦へ突入。結局後続のピッチャーが踏ん張れず、5対6での逆転負けになりました。折角の勝ちゲームをみすみす捨てた楽天は、まだ勝利への執念が足りませんね。この次はきっと、生き生きとした表情のマー君を見たいです。その後も負け続けて結局4連敗を喫した我が東北楽天でした。 ところで昨夜は先発の美馬が好投。打棒も爆発してソフトバンクに勝利。ようやく4連敗で止めました。借金は1。まだまだこれからです。星野監督は今、我慢をしながら多くの若手選手を1軍の舞台で試しています。その努力が報われる時がそのうちきっと来ることでしょう。頑張れ東北楽天ゴールデンイーグルス。私達ファンも初優勝に向かって応援を続けますよ~!!
2013.04.19
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花見山の持ち主である阿部さんは、昨年1年間花見山を休園していたそうです。それは福島原発の影響による放射能汚染の心配があったからです。このため花見客や遠来の観光客は花見山に登ることは不可能でしたが、下の道路から美しい花見山を見上げることが出来ました。この1年間阿部さんは、長年の開放で傷んだ花木の養生に努めたそうです。 その丹精が実って、花見山は見事に復活します。そして「また花見山に登って美しい花々を観たい」との市民の希望を、この春から受け入れることにしたのです。園主の熱意と花見山を支える多くのボランティアの方々の暖かい支援があって、混乱もなく美しい花々を楽しめるのです。そしてボランティアの中には、福島原発の事故で止むなく故郷を離れた方も混じっています。勇気を奮い、自分も何かの役に立ちたいと言う想いからだそうです。さて、今日も続きの写真を載せますね。 写真の掲載順番は私が歩いた通りです。つまり昨日の一番先頭は花見山に近づく所から始まり、次に山に登り、そして再び麓に下りて来る訳です。経路は原則として一方通行ですから、同じ眺めはありません。いかにも美しい風景ですが、残念ながら写真は人間の眼には敵いません。実際の風景の方がこの写真の数倍、数十倍もきれいなのです。そして花見山周辺には立派なカメラを担いだ大勢のカメラマンが、思い思いの場所で熱心に撮影する姿が見られました。 さて、最後の一枚は花見山の頂上付近から福島の中心街方面を観たものです。背後には微かに吾妻連峰が望めます。東北新幹線で福島駅が近づくと、割と大きな火口を持った小さな火山が見えます。それが吾妻小富士で、その右手に聳えるのが一切経山です。残念ながらこの写真では、そこまでは見えません。 これで花見山とはお別れし、再びJRに乗って仙台へ戻ります。宮城県内に入ると白石市周辺からは雪を被った南蔵王の勇姿が望めます。そして大河原駅と船岡駅との間は、列車が減速します。白石川の堤防に沿って「一目千本桜」のソメイヨシノが咲き乱れており、これを車窓から楽しんでもらおうとの配慮なのです。ここは宮城県内でも有数のお花見の名所で、満開の桜並木と雪を被った蔵王連峰の姿は、まるで絵を観るような美しさなんですよ。ではまたね~。
2013.04.18
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花見山はJR福島駅から約2kmほど東にある小高い丘です。ここにはたくさんの花木が植えられていて、春はまるで夢のような彩に包まれています。この花見山は一人の花木農家が80年前に自分の持ち山を開拓し、次々に花木を増やしていったことに始まります。市民への公開は50年前からで、それ以来福島県内は及ばず、今では全国から観光バスで乗り付けるほど、有名な場所になっています。駅の東口から往復500円で専用バスが出ています。 写真家の故秋山庄太郎さんは、この風景をこよなく愛し、「桃源郷」と呼んだそうです。確かにこの山に近づくと、別天地の趣があります。今では5軒ほどの花木農家が同じように花の山を作ったため、一層その感が深まっています。まあ、話はともかく、見れば一目瞭然ですよね。では、早速紹介しましょう。 どうです。驚きましたか?これだけ色が豊富なのは、花木の種類が60種類もあるからで、サクラ一つとっても10種類はあるのではないでしょうか。そしてこの花見山には、黄色いジャンバーを着たたくさんのボランティアの方がいて、花見客や遠来の観光客に詳しい説明をしてくれるのです。昨日の朝、NHKでも紹介されていましたね。明日もこの続きをお楽しみに~♪ <続く>
2013.04.17
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さて、林の奥に向かうと、そこにはこんな花が。 そうです。カタクリです。3月の下旬にここを走った時は、まだ堅いつぼみのままでした。それが2週間もしないうちに、可憐な花を開いていました。毎年ここにカタクリが咲くことは、知る人は知っています。私が訪れるようになってから17年。小さな群落はまだ残されています。だが、周囲を良く見ると、中には何かで掘った跡が。きっと誰かがカタクリの株を持ち去ったのでしょう。 心ないことをする人がいるものです。先日、庭の写真を撮らせてくれた、立派なガーデニングの持ち主であるあの婦人もその一人だったのでしょう。公園の林の片隅にひっそりと咲くカタクリを、どうぞ盗らないでください。花は眺めて楽しむだけで十分です。ブログ友himekyonさんの話によれば、確かカタクリは発芽して花を咲かせるまでに7年もの年数がかかるのだそうです。 公園の丘の上からはこんな風景が見えます。縄文時代は丘の直ぐ下まで海が押し寄せていたようです。いわゆる「縄文海進」です。この丘は東北人の遠い祖先である縄文人が活躍した場所でもありました。丘に登る山道で、石の鏃(やじり)を拾ったことがあります。青年時代、私はこの付近に下宿していたことがありました。古老の話だと、今でも探せば見つかるそうです。 夕暮れが迫って公園もひんやりして来ました。芝生と林のコースを10周した私は帰途に着きます。公園の片隅にはこんな丸い丘が2つあります。 これは古墳時代に造られた小さな円墳です。ここにも私達東北人の祖先が生きた証が残されています。私はこの祖先達が眠る丘を、昔から「神の峯」として崇めていたと考えています。そしてそれがこの公園の名前の一部になっています。電信柱の向こうに見えるのは、先日私が走った隣の市の山です。標高は250mほどですが、鈍足の私を鍛える良い練習コースになっています。
2013.04.16
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先日仙台でもソメイヨシノの開花宣言が出た後、近所の公園まで走りに行きました。ここは仙台市内でも有数の桜の名所で、季節になれば毎年大勢の花見客で賑わうところです。ソメイヨシノはまだ早くても、きっと何らかの桜は咲いているはず。それを確かめに行こうと思ってのことでした。ここは桜の種類が多く、約1カ月間いろんな桜を楽しむことが出来るのですよ。それに撮影の練習にもなりますしね。 公園はこんな感じです。芝生の広場を囲んでたくさんの品種の桜が植えられています。広々として気持ちの良いこの公園には、四季を通じてたくさんの市民が遊びに来ます。数年前まではワンちゃんを放し飼いにして「ドッグラン」のようになっていました。中には犬が嫌いな人もいるので、さすがにこれは禁止されました。 私の走るコースは芝生の広場よりもっと奥の林の中まで続いています。1周すると約800m。夏は朝露で靴下が濡れたり、泥だらけになったりします。それでもコンクリートやアスファルトよりずっとやさしいので、寛いだ気分になりたい時など私はここに来ます。林の一角にはカタクリの群落もあるのですが、まずは早咲きの桜を幾つか紹介しましょう。 この日はまだ閑散としていましたが、きっと先週末は花見客で賑わったことでしょう。私達の走友会でも月末にここでお花見をする予定です。きっとその頃は、八重桜が咲き出しているのではないかと楽しみにしています。<続く>
2013.04.15
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≪ 野菜の花 ≫ 昨日の朝、淡路島で大きな地震がありました。また「阪神淡路大震災」の再来かと驚かれた方が多かったのではないでしょうか。皆さんのところは大丈夫でしたか?さて、イギリスの元首相サッチャーさんが亡くなったとのニュースが飛び込んで来ました。サッチャーさんは「鉄の女」と呼ばれたほど、女性にしては珍しい硬派な方でしたね。アルゼンチンに占領され、「マルケネス諸島」と呼ばれた南大西洋の「フォークランド諸島」を、直ちに武力で取り返したことを思い出します。 ≪ 紅梅 ≫ 頭部を銃撃されてイギリスの病院で治療中だったパキスタンの少女マララさんが、このほど退院してバーミンガムの女子校に通い始めたとのニュースを知りました。15歳の彼女は女性も教育を受ける資格があると訴えて、タリバンに襲われたのです。厳密なイスラム教の世界では、女性は男性より低位にあると信じられているようですが、私達の目から見れば、とてもそこに正義があるようには思えませんね。 ≪ 土手の植栽 ≫ 尖閣諸島海域での漁業協定が、台湾との間で締結されるとのニュースを聞きました。これほど領土問題が明確でなかった頃は、沖縄の漁民も台湾の漁民も入り混じって漁をしていたと聞いたことがあります。戦前台湾が日本に帰属していた時代は、沖縄の与那国島と台湾との間では自由に行き来し砂糖きび刈りなどを行っていたとも聞きました。ただ、将来台湾が中国に統合された場合に、これがどう影響するかが心配です。 ≪ サンシュユ ≫ 先日近所の公園まで走りに行った際に、立派な庭で写真を撮らせてもらいました。私が「これからM公園でカタクリを撮って来る」と話したら、そのお宅の婦人が「私も採ったの。でも根付かなかったけど」との返事。「音」は同じでも、「撮る」と「採る」では大違い。公園のカタクリは見て楽しむもので、それを掘って自分の庭に植えるのはマナー違反ではないでしょうか。 ≪ 公園のカタクリ ≫ そう言う私も、先日法を犯していました。映画のPR用の写真を何気なくブログに載せてしまったのです。後日、あれは著作権法違反ではないかと思い直し、お詫びを記して写真を削除しました。実は写真を編集するソフトに入れなくなっていたんですが、削除したためか再び機能が使えるよう復活したのです。私に法を護る意識が欠如していたのが原因ですが、普段から十分注意しないといけませんね。 ≪ ヒュウガミズキ ≫ 昨日、妻とお花見へ行きました。ところが現地の山で妻が後からついて来なかったようで、姿が見えません。これまでも何度か同じようなことがあったため、これは「確信犯」と思い探すのを止めました。妻には妻の不満もあったのでしょうが、折角の花見もこれですっかり台無し。小さな事件も度重なれば大きな問題にもなりますね。夫婦とは実に難しいものです。 ≪ シモクレン ≫
2013.04.14
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デジカメを買ってから、「あっ、カメラを持って来たら良かった」と思うことが良くあります。散歩中よその庭や畑で美しい花を見かけた時などがそうです。今までは自分が楽しめればそれで良かったものが、ブログに載せて読者の方にも観てもらいたいと考えるようになりました。また面白そうと感じて撮った写真が段々増えて来ます。 パソコンの中では月日順にファイルされるようですが、これだと後で探すのが大変になります。「これはどうしても主題別にファイルすべき」。考え方もそんな風に変わります。でもパソコン教室へ通うでもないメカ音痴の私には、どうすることも出来ません。そこで電気屋の若主人に来てもらって、少しずつ手ほどきを受け、疑問を解いて行きます。私の知識と技術はまだそんな段階なのです。 今日はそんな状態で撮った、ご近所の花々の紹介です。これには説明は不要でしょう。花を撮った場所は数か所ですが、花の種類別に載せてみました。先日、道路で庭の花を撮っていたら、「どうぞ庭に入ってください」と言ってくれた親切な家がありました。立派なガーデニングのお宅ですが、ありがたいですね。その花もここに混じっています。どうぞお楽しみくださいね~♪ やっぱり美しい花々には、心を癒す力がありますね。今日は妻と福島へ行って来ます。目的はお花見。有名な場所なのでもちろん桜は咲いているでしょうが、それだけではありません。まるで桃源郷。花を咲かせる色んな木が山全体に植えられた不思議な風景なのですよ。写真もたくさん撮る予定。でも明日のブログには載りません。撮り貯めた写真がまだ幾つかあるため、順番に載せる予定です。ではまた明日ね~。
2013.04.13
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このところなんだかひんやりした日が続いている。いわゆる花冷えだ。そんな中でも植物達は確実に成長し、結構変化していると感じる。さて、デジカメを買ってから、私の生活にも大きな変化があった。字だらけのブログが、写真なしでは済まなくなったのだ。これでは「エッセイ風日記」の看板を下ろす必要があるかも知れない。 それは冗談として、今日の写真は我が家の畑の近況と庭の花。これは観賞用と言うよりも記録のためと言った方が適切かも。観ている人には「何だ、こんなもの」と思えるものでも、本人にとっては愛しい存在。そして季節の移ろいに合わせて植物は成長するため、その時しか見られない姿なのだ。最初は現在の野菜たち。 ≪ 玉ネギ ≫ これからさらに成長し、結実します。さて、今年はどんな玉ネギが収穫出来るかな?6月の収穫がとても楽しみです。 ≪ アシタバ ≫ 今ではこれよりも成長しています。夏ごろ若い茎と葉を食べます。とても香りが強くて私は大好きですが、筋っぽいせいか、妻はあまり食べません。今日切った葉が、明日にはまた延びると言う驚きを込めて、「明日葉」と命名。八丈島では作物として作っていますが、島のあちこちで野生のものも良く見かけました。 まだとても小さいけど裏庭のミツバです。あまり手を加えてないため、野生に近い状態です。これも若い茎と葉を食べます。卵とじスープに入れたり、夏はそうめんの薬味などにします。 これは塀際のニラ。ほとんど放置状態なので、セージなど他の植物が生えて来るのがご愛嬌。餃子やニラ玉スープの具として重宝しています。 まだ頼りないエンドウマメです。3月中旬に種を蒔いたのですが、発芽状態は今一。そこで、4月にはスナックエンドウの種も蒔いてみました。これから気温が上がるにつれて、どんどん成長すると思います。乾燥気味な今は、毎朝水やりをしています。 今は花弁が風に舞っています。豊後梅(ブンゴウメ)はアンズとの掛け合わせで出来た品種で、とても立派な実が出来ます。これまで梅ジュース、梅酢、梅酒、梅干しなどを作りました。今年は多分梅干しを作るはず。先日までヒヨドリが蜜を吸いに来ていて、木の下に花弁が丸ごと落ちていました。 まだ咲く前のクンシラン。冬の間は室内に取り込んでいて、外へ出してからまだ10日ほどです。 白いスイセンが清楚で、私は大好きです。この後で他の場所にもたくさん咲き出しました。 まだ咲く前の黄色いスイセンです。咲いたらまたご紹介しますね。 シバザクラです。この他にピンク色のもあったのですが、延びた芝生を抜く時に間違って抜いてしまいました。シバザクラと芝生の根は、とても良く似ています。 レンギョウは昨年刈りこんだため、木が小さくなっていますが、成長が早いのでそのうちにまた盛り返すでしょう。 玄関脇のヒイラギナンテンです。地味ですが、これからたくさんの花を咲かせてくれます。
2013.04.12
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最近観た映画の1作目は『ひまわりと子犬の7日間』。保健所に勤務する男が、殺される運命にある親子の犬を自分の子供と共に救う話である。確かに感動的なストーリーなのだが、「何だかなあ」とも思える。男の家には同じようにして救った犬が2匹いる。これにまた3匹の犬が加わるのだ。飼い主がおらず、保護センターに収容された犬に引き取り手が現れない場合は、ガスで殺傷される。「7日間」はその猶予期間なのだ。 なぜ猫ではなく犬なのだろう。そしてなぜ人間は一度飼っていた動物を放置するのだろう。それは人間が「勝手な生き物」だからだ。自分の勝手で可愛いがるが、動物が歳を取り病気になると嫌気が差してしまう。中にはそんな人間もいるのだろう。公園に棲みつく野良猫。彼らに餌を与える愛猫家達。その結果、公園は野良猫で溢れる。 犬は太古から人間の良い友達だった。だが、最近のブリーダー(繁殖業者)には近親交配を繰り返す悪質な者がいる。その結果先天的な病気を持った子犬が産まれる。見た目では分からないが、ある年齢に達するとその病気が現れるらしい。なぜ人間はそんなことをするのか。それは金儲けのため。殺された秋田の「熊牧場」の熊たちも劣悪な条件で飼われていた。 写真は愛犬マックスの遺影。私は今でも一日に何度も彼の名前を呼んでいる。この映画を観たのに合わせて、ブログのデザインを変えてみた。元画像は他の映画のものだが、何だか雰囲気が良く似ていると思ったからだ。可愛くて案外気に入っている。 2作目は『君と歩く世界』。フランス語が飛び交うので、フランス映画のはず。格闘技に打ち込む男が、シャチの訓練に励む若い女と知り合う。だが彼女は事故で両脚を失う。希望を失くした男女がどうやって希望を取り戻して行くか、その過程を生々しくカメラは追う。カメラワークの迫力に圧倒される。 映画にはベッドシーンが5回ほど。それもかなり激しいものだった。カソリック国フランスの性風俗はあれが実態なのだろうか。昔ならとても映倫は通らないだろう。だが私は平然とスクリーンを観ていた。麻薬や貧困や絶望。どうしたらどん底から抜け出せるか必死に喘ぐ男女の姿。犬の命を救う美談より、よほど人間の生きざまを捉えているように思える。 2つの映画の共通点は動物が出て来ること。一方は犬でもう一方はシャチ。そして2つ目の共通点は男の妻がいないこと。一方は交通事故で死に、もう一方は別れた。そう言えば『草原の椅子』の主人公も妻に先立たれた男だった。そんなシチュエーションが映画には相応しいのだろうか。『ジャックと天空の巨人』、『舟を編む』、『リンカーン』、そして『はじまりのみち』。それらはこれから観たい映画のタイトル。映画は国境を越えて、観客の心を揺さぶる。映画って本当に良いですね♪♪ ≪お断り≫ 映画のコマーシャル写真を何気なく使用していましたが、後日これは明らかな著作権法違反と気づきました。お詫びすると共に、削除したことを記します。
2013.04.11
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楽しみにしていた「行田市鉄剣マラソン」は残念ながら爆弾低気圧で流れてしまったが、特段ショックはない。桜はどこででも見られるし、21kmなら練習でも走れる。唯一心残りだったのが日本有数の古墳を観られなかったこと。でもこれはいつか必ず訪れたいと思っている。もし今回参加してたら「はるばる賞」がもらえたようだが。 次のレースは、5月12日の「仙台国際ハーフ」。故郷の街のど真ん中を、大手を振って走れる憧れの大会だ。参加資格が緩くなって遅いランナーでも出られるようになったが、元々はエリート大会で、私はこれまでずっと応援する立場だった。まだ1カ月先なので準備は出来ると思うが、このところ体調不良で暫く走れなかった。昨日の朝15分ほどコタツで寝たら調子が戻った。よし、これなら走れそう。そう思って選んだのがこれ。 背中に「会津魂」とプリントされた半袖Tシャツ。今年の大河ドラマにピッタリのこのシャツは、会津若松市の郊外にある東山温泉をスタートし、標高千mの高原を往復するマラソンの参加賞。自分に気合を入れるためにも良いし、風があるためちょうど良さそうな感じ。で、足元は?。 これは練習用とレース用を兼ねたシューズ。中にはアーチを支えるための医療用インソールが入っている。ランナーにとって一番大事なのが足。もし足が悪ければ一歩たりとも走れないからだ。さて、私の練習コースは11kmから42kmまであるが、今日選んだのは18kmのコース。山に登る厳しいコースだが、眺めが良くカメラの練習にもなる。 そう。今日はデジカメを持って走る初めての日。何だかちょっぴり緊張する。暑くなったので、スポーツドリンクとタオルハンカチは必要だし、紫外線から守るためのサングラスと帽子も必携。長距離を走る場合は、帽子を後ろ向きに被るのが常識。後頭部の延髄が熱くなると、運動機能が極端に落ちるためだ。 デジカメを入れるためのポシェットを装着。私は汗っかきだし、夏のレースでは頭から良く水を被る。カメラは防水機能付きだが、念のためケースに入れよう。軽く足首を廻し、膝を屈伸させてスタート。やはり風がひんやりしている。念のため手袋をして来て良かった。坂を下り、八幡神社に出る。境内には四季咲きの桜が満開。色は薄いが見事なものだ。 旧国道を走っているとクラクション。誰かな?と思って車を覗くと、同じ走友会のT脇さんだった。サングラスをしていたため遠慮がちの合図だったが、私だと気づいてくれたのが嬉しい。手を振って別れる。 これが3kmほど走ったところにある最初の橋。昔は渡し船が通っていたそうだ。江戸時代の「東街道」の名残らしい。そして登り坂から後を振り返るとこんな感じ。 区の名称になった三角形の山が小さく見える。標高321mの特徴のある形をしたこの山は、遠くからでも良く目立つ。東北新幹線の車窓から見え出すと、「ああ仙台に帰って来たんだ」と言う気になるから不思議。ここはもう隣の市。 さらに登るとこんな感じで、山全体が住宅地になっている。長い坂は心肺機能と足腰を鍛えるにはちょうど良い。小学校と中学校を過ぎるとようやく頂上。標高は230mほどか。公園にはトイレと水飲み場のほかに、こんなものもある。 彫刻の「ラピュータ」像。ラピュータはスウィフトの『ガリバー旅行記』に出て来る天空都市のこと。ここは3つほど彫刻がある、きれいな芝生の公園だ。 坂を下る途中に見えるのがこんな風景。遠くのビルは春霞に霞む仙台市内。晴れればこの右手には牡鹿半島や太平洋まで望める。ここで7kmくらいか。 ここが14kmほどにある橋。最初の橋の5kmほど下流だが、川幅、橋の長さがまるで違う。先日の大雨で山の雪が一気に融けて増水している。晩秋には鮭の遡上が橋の上から覗ける。海水温が高かった昨年、帰って来た鮭は数えるほどだった。 堤防がピンク色に染まっている。仙台地方にもこの日ようやく、開花宣言が出たようだ。ランナーにとって冬は強烈な風に苦しむ堤防は、散歩の市民で賑わう憩いの場所でもある。 「トンガリ山」が大きく見えて来た。もう家も近い。暫くこの小川に沿って走る。2時間12分(ただし撮影時間を除く)ほどで帰宅。特に痛む個所もなく、無事「実験ラン」を終了。玄関先で記念撮影。 これが本日のランの助っ人達。 で、こっちが初登場のマックス爺。これからはレースがある都度、登場するかも。どうもお粗末さま~。お後がよろしいようで~♪(爆)
2013.04.10
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風が治まったかに見えた昨日の朝、ガレージに溜まった枯葉の掃除。空気はひんやりして寒く感じるほど。洗濯ものを干し、風呂の掃除。朝食後、仕事に出かけた妻を見送り、自転車で出かける。メスの雑種犬ヘバに2枚のビスケット。彼女もようやく慣れて来たようだ。フラワースクールになる家は土台と柱以外はリフォームの対象のようで、まるで「劇的ビフォ→アフター」を観るような感じ。 さて、行き先は映画館だが、練習のため初めてカメラを持参。早速見事なコブシを見つけ、撮影を試みる。今日の映画は『君と歩く世界』だが、その紹介は改めてする予定。映画館から帰ろうとしたら自転車が倒れていた。ギアチェンジが利かないし、ブレーキもかかったままのような感じ。自転車屋で調べてもらうとブレーキの部品が壊れていて交換。ギアも直った。 映画館は来年からカードシステムを変更するようだが、自転車屋のポイントカードも廃止した由。それでも200円引いてくれ、3千円で済んだ。帰路は公園の花を撮影。風が強く、大揺れの被写体に苦労する。帰宅するとベランダの物干し棹が落ちていた。慌てて洗濯ものを取り込む。家の周囲を見回ると裏の家のプラスチック製波板が壊れ、我が家に飛んで来ている。風で飛ばされないように仮収容。 午後は消防車のサイレンを何度も聞いた。風の日の火事は最悪。この日も強風による停電があったみたい。夕方妻が起きて来ないため、夕食を作る。どうやら風邪が悪化したようだ。準備出来た頃に妻は起き出し、何とか夕食を摂った。「お父さんはなかなか風邪を引かないね」と彼女。引かなくはないが、大抵は軽く済むのが助かる。 前夜ノーゲームとなった楽天の試合をラジオで聞く。だが0対4となった所でスイッチを切り、ケルティック・ウーマンの歌を聞く。久しぶりだが、彼女達の歌声はさすが。すっかり心を癒されて眠りに就いた。 ≪ ケルティック・ウーマン ≫ 今日の写真はお向いさんの庭の花。Kさんとはお互いの旅行時にお土産を交換する仲。気さくなご主人は家庭菜園や園芸などの相談にも乗ってくれるし、山の話も出来る良い隣人だ。練習に撮った民家や公園の花もついでに載せた。 ≪ ユキワリソウ(1)≫ ≪ ユキワリソウ(2)≫ ≪ イチリンソウ ≫ ≪ フクジュソウ ≫ ≪ ミツマタ ≫ ≪ ショウジョウバカマ ≫ ≪ 民家のコブシ ≫ ≪ 公園のコブシ ≫ ≪ 公園のアシビ≫
2013.04.09
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日本列島の各地に大きな被害をもたらした「爆弾低気圧」は北海道付近にあって、北日本は今日一日荒天のようだ。昨日の午前中、私は妻と一緒に自転車で近所のスーパーへ行った。一週間分の食料品などを買うためだ。ポイントがたくさんつくとかで、気合が入っている妻。彼女が買い物をしている間、私はサービスカウンターに並んで5千円のバスカードを2枚買った。これもポイントは10倍らしく、大喜びの妻。 重い荷物はリュックに詰めて背負い、軽いものは自転車のかごに入れる。妻は合羽に着替えてもう1軒の店へ向かい、私はそのまま家に帰った。真っ暗な空からポツポツ降り出した雨。そのうち稲光がして、雷が落ちた。これは大変。自転車に落ちたらおおごとだ。慌てて帰宅し、買った品物をそれぞれ所定の所に収容。玄関には雑巾とバスタオルを置いた。遅れて帰宅する妻のためだ。 彼女の話によれば、雷がどこに落ちたのか話題になったとか。帰路は雹(ひょう)も降った由。県内では落雷による停電が発生した模様。大雨による被害は無さそうだが、強風で東北新幹線はじめかなりの列車が運休になった。もしマラソンに行っていたら、やはり何らかの影響は受けただろう。 Kスタでは千葉ロッテとのデーゲームが15分遅れで始まったがスタンドはガラガラ。大雨警報や強風警報が出ているから当然だ。だが折角始めた試合も強い雨のため、途中でノーゲームに。0対1で負けていたため楽天にとってはラッキーだった。ファンを喜ばせようと、銀次がビニールシートの水溜りに向かって何度もダイビングヘッド。この日、西武がオリックスに敗れたため、楽天は戦わずして首位に躍り出た。ワハハ。 数日前、私は冬の間室内に取り込んでいた20鉢もの植木鉢を、全て外へ出した。南向きとは言え、暖房のない部屋で良く耐えた植物達。もう遅霜の心配はないだろうとの判断からだが、出して正解。今回の雨で、かなり生気を取り戻したはず。ハイビスカスとノボタンは枝の先を切り戻した。これから気温が上がれば、淋しかった我が家の庭でも色んな花が咲き出すはず。今日は貧弱だが我が家の花達を紹介しよう。 先ずはシンビジウム。花の乏しい冬の間、私達を楽しませてくれたことに感謝したい。これは何度か切り花を楽しんだ後の姿。それぞれもう何年にもなる古い株だが、今も花を咲かせてくれる。 どうってこともないシクラメンだが、これも冬の室内を彩ってくれた。買ったものではなく夏越ししたためヨレヨレだが、それなりに可愛いものだ。 春のトップバッターはブンゴウメ(豊後梅)。昨年は少ない実で梅干しを作った。今年は結構花が多いのだが、蜜を吸うためヒヨドリが花を落とすのが憎らしい。 ムスカリ坊やも春の主役かな?暖かくなるにつれて、背がだんだん延びて来ましたよ~♪ まだ彩の乏しい庭で、一際鮮やかなヒヤシンス。花に飢えていた私達には何よりのプレゼントかも。 ようやく咲き始めた塀際のレンギョウ。今からが本番ですよ~。 ハナモモの花芽。ピンボケですが、折角撮ったので載せてみました♪ この冬、何度も雪を被ったビオラとパンジー。今はもっときれいに復活していますが。
2013.04.08
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東北ではこの時間にまだ影響は出てないけど、西日本から関東では「爆弾低気圧」による被害が出ているようですね。皆さんの地区は大丈夫でしたか~?ハーフマラソンが中止になったことで、私は早速駅に行き、切符の払い戻しをして来ましたよ。ついでに雨で流れた楽天の切符もね。私が観た試合は大負けしたけどその後は2連勝とは嬉しいですね。そんな訳で4月中旬の試合の切符も買いました。 雨は退屈ですが、その分体は休まりますね。私は昨日のんびりしただけでも、ずいぶん疲れが取れましたもんね。多分今日は一日雨のはず。すっかり乾き切っていた庭や畑も黒々とした土に生まれ変わるでしょう。こんな日は「エア・アグリ」が良いですね。えっ、何のことかって?空想で楽しむ農業のこと。今日は家庭菜園の様子を紹介しましょう。 先ずは道具類で、一番左は大き目のスコップ。普通はこれ1丁で大丈夫。左から2番目は小型のスコップ。折り畳み式のこれは、ずいぶん前に「お年玉付き年賀状」で当たったもの。ちょっとした穴を掘るのに便利です。左から3番目の三本鍬は荒れ地を掘るのに好都合。今は専ら肥料と土を混ぜるのに使います。で、一番右が草取り用の鋤。これは畝を均(なら)したり、土寄せに使います。 一番左の鎌は稲刈用で刃はギザギザ。このため切れ味は抜群です。主に草取りや苗を切るのに使います。小さなスコップは苗の移植用。小さな熊手は種を蒔く時に使います。溝を掘り、種まき後は軽く土を被せるのに便利な道具。一番右はレアもの。実態は壊れたコタツの熱源カバーで、土を篩(ふる)って小石を取り除くのに重宝しています。 こちらが東の畑。幅は70cmほどで長さは4mくらい。愛犬が入らないように柵をしてたのですが、今は撤去しています。見えませんが、塀際に沿ってキュウリの種を蒔いてあります。苗の成長に伴い、茎が延びやすいようネットを張ります。通路側にはジャガイモ(男爵)の種イモを26個植えてあります。これから気温、土温が上がればどんどん発芽しますよ~♪ こちらが南の畑で、幅65cmほどの畝が4本と、塀に沿った横向きの畝が1本あります。一番左の畝は手前側にスナップエンドウ、その奥に大根の種を蒔いています。一番右の畝に生えているのは玉ネギで、6月に収穫します。塀際の畝の手前側には、チヂミ菜を蒔き、塀に近いスペースはゴーヤ用に残しています。ここも苗の成長に合わせネットを張ります。真ん中の畝2本には間もなくトマト、ミニトマト、ナス、パプリカの苗を植えます。 これが種。苗、花、肥料などと合わせて近所のHCで買っています。モロッコインゲンは、玉ネギ収穫後の跡地に蒔きます。昨年夏の分がまだ冷凍室に残っているほど、量が獲れます。 3基並んで見えるのがコンポスト容器。これに生ごみを入れて堆肥を作ります。愛犬がいた頃は、彼のウンチも堆肥の原料でした。奥の壁際が野菜の残骸や抜いた雑草、剪定した庭木の枝などの集積所。それらもやがて腐り、再び土に戻ります。こんなリサイクルで、我が家のゴミは驚くほど少ないのです。 これは今はなき愛犬マックスの犬小屋を活用した肥料置き場。雨露を防ぎ、立派に役立っています。 で、これが石捨て場。現在の土地を買った後30年間以上全国を転勤していたのですが、その間に家の裏側を開発した業者が工事の残材などを捨てていました。地盤が強固になるとの話を信じた私がまだ若かったんですねえ。その結果がこれ。土の中から出て来たのは古い自転車、トイレの便器、大量の石ころなど小型トラック1台分にはなりました。 一見困ったようにも見えますが、土地が2m近くかさ上げされたことで、水はけが良くなりました。かつての農業用水の地下水脈が、今でも残っているんです。東日本大震災の時には、畑の南側にある駐車場から地下水が噴き出て驚きました。 家庭菜園は暑い中での草取りや水やりなど苦労はありますが、野菜を育て収穫する喜びは何物にも代えられませんね。なお、園芸と家庭菜園の経費は全て私の小遣いで負担。年間7千円ほどで健康な暮らしと食生活を楽しめるのですから、安いもんでしょ?
2013.04.07
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本来なら今日は埼玉県へ出かける予定だった。「行田市鉄剣マラソン」に出るためだ。だが、猛烈な「爆弾低気圧」が日本列島を通過するとの予報で、残念ながら大会は中止となった。このハーフマラソンに出ようと思ったきっかけは、昨年の秋に観た映画「のぼうの城」。スクリーンに突如巨大な円墳が現れた。石田三成が北条攻めの一環として、武蔵国の忍(おし)城を水攻めにした時だ。 彼が陣取った丸墓山古墳は、直径が105m、高さが18.9mもある日本一巨大な円墳。さらにその傍には115文字の金象嵌鉄剣(国宝指定)が出土した稲荷山古墳(前方後円墳)がある。埼玉(さきたま)古墳群は今でも大小10以上残る日本有数の古墳群なのだ。コースはその古墳群を見ながら走れる考古学ファン垂涎の地。レースに申し込まない手はない。 出場を決めたのは良いが、私には不安があった。昨年2度不整脈の手術を受け、ランニングの練習開始は8月。それもトボトボと歩くような走りしか出来なかった。だが、近年のマラソンブームもあって、申し込み者がかなり殺到する。だからレースまで体力と走力が回復するかどうか不明のまま、エントリーすることになるのだ。 1月の「寅さん詣で」(東京)は制限が7時間と長く、何とかゆっくり44kmを走れた。2月のフルマラソン「いわきサンシャイン」(福島、6時間)は無理せず30km地点でリタイヤしたが、どちらもレース後に強い疲労感が残った。距離が短いハーフは一見楽そうだが、制限時間が短いため却ってきつい。スタート時のロスタイムを考慮すると、2時間30分ならキロ7分ペースで走っても遅いくらい。ところが私の練習速度はキロ8分ペース。 昨年12月に滋賀県であった悪友達との麻雀大会の時に、埼玉に住む後輩K君にレースのことを話した。「自分の家に泊ったら」とあっさり言ってくれた彼。本当はホテルの方が気楽なのだが、たまには人のお世話になるのも良いかも知れない。それに古墳見学には彼の愛車が好都合。そんなことで、すっかり楽しみにしていた今回のレースだった。 だが、ニュースでは「不要な外出は控えてください」との注意。それで昨日の朝、行田市の担当部局に電話してみた。返事は「開催に向けて目下準備中」。K君にも電話でそのことを連絡した。それが夕方になって行田市から中止の電話。やはり開催は危険と判断したのだろう。風速30kmの暴風雨の中でのレースも経験しているが、帰りの電車が動くかどうか分からない様では困るのだ。止むなく「今回は見合わす」とK君に断りをした私だった。 これまでも電車に乗って会場に行ったら、レースは既に前週終わっていたことがある。開催日が前年より1週間早かったことに全く気づかなかったのだ。34年も走っていれば、中にはそんな「幻のレース」もある。拘りがないため完走メダルなどはほとんど捨てる私だが、残っている記念品を幾つか紹介しよう。なお、参加賞のTシャツは35枚以上タンスの中で出番を待っている。 上の4個は「NAHAマラソン」(フル、沖縄)で、琉球ガラス製。下のメダルは「伊豆大島ウルトラ」(100km、東京)で、新島産のガラス製。これらはきれいなので記念品として残している。 「和歌山城ー高野山往復ウルトラ」(110km、和歌山)でもらった根来塗の漆器のお盆。 「立山登山マラニック」(65km高低差3003m、富山)でもらった帽子とバンダナ 同じく「立山」の日本手拭(デザインが実に秀逸ですね) 「仙台国際ハーフ」のナップザック。手術直後の体調不良で出走出来ず、参加賞のみいただく。まだ実際に走ってないこの大会も、私にとっては幻のレースで、今年の5月に再挑戦する予定。 レース中に拾った小石。左の2個は「八丈島一周」(66km、東京)の火山性軽石。中央は「佐渡島一周」(206km、新潟)の名産赤石。右の2個は「四万十川ウルトラ」(100km、高知)での記念品。
2013.04.06
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昨年は開幕から4連敗でスタートした我が東北楽天だが、今年はなかなかの好調。初っ端から3勝1敗の好成績で、一時は1位タイに並んでいた。これは良いぞ~。Kスタでの応援が楽しみと、ファンの誰もがそう思って乗り込んだに違いない。何せ先発は新人だった昨年、いきなり7勝を上げた釜田。期待感が高まるのは当然だと思う。さて、ここでマイ応援グッズを紹介しよう。先ずはレプリカユニフォームだが・・ これはビジター用で、背番号18は楽天の若きエース田中マー君のもの。で、次が・・ こちらの白はホーム用。帽子は赤が正式だが、私は白のメッシュが涼しいので好き。また白のホーム用は弱っちく見えるため、私はビジターの赤い方を着ることが多い。商売が上手な楽天はこの他にも何十種類ものユニフォームや帽子を売っていて、球場内は色とりどりの服装で溢れている。 これは小物類。座席のクッション、マフラー、タオル、リストバンド、応援用のミニバット、コップなど全て楽天のチームカラーであるクレムゾンレッド(エンジ色)に染められている。いつもこんなものをリュックの中に詰め込み、私はマウンテンバイクでKスタへ向かう。 これがKスタの正面。平日のデーゲームのため、観客数はいつもより少なめ。試合前はファンクラブの記念品をもらう人の列が続くのだが。 こちらは場外のテナント。主に食べ物を売る色んな店があるんだけど、年金生活者であるマックス爺は高いのでほとんど買わずにリュックの底に食べ物や飲み物を忍ばせている。これはホントはご法度。ユニフォームやグッズは、その「私物」を隠ぺいするにも便利。我ながらせこいなあ。これ内緒アルネ!ダハハ。 球場内はこんな感じ。この日の席は3塁側内野上段。商売上手の楽天は日によって座席の料金が相当変わるが、この日は最も料金が安い「バリュー」。平日のデーゲームでは、暇人しか来ないからだ。ところで肝心の試合だが、相手はオリックス。楽天の先発が期待の釜田と来れば、誰もが楽勝で「今日もいただき!」と思うはず。それが初回は何とか切り抜けたものの、球威もコントロールも今一。早速キャッチャーの嶋がひそひそと何かアドバイスをしている。 その心配が早くも2回に現実のものとなった。何と4安打と2つの死四球で大量5点を献上したのだ。楽天も3回裏には3安打とフォアボールで2点を返す。その時私の座席に飛び込んで来たのがこれ。 ウッシッシ。何と聖澤の打ったファールボールが、何度かバウンドして私の手元に飛び込んだんですよ。う~む。こいつは春から縁起が良いわい~。(笑)この回取った2点には、彼の2塁打が絡んだのです。でも後がいけない。2アウト満塁の好機に、松井稼がセカンドゴロ。場内がため息に変わったんだよねえ。あの時1発出ていれば、きっと流れは変わったはずだったんだがなあ。う~む・・ その後もオリックスの猛攻は続き、4回に6点、5回と6回に各1点ずつ。7回までに合計で13点も提供する始末。もちろん釜田(防御率21.60)がマウンドから下ろされたのは言うまでもないが、その後を引き取ったハウザー、菊池が大量点を失い、4人目の加藤大が辛うじて嫌な流れを引きとめたが、時既に遅し。ダッグアウトの星野監督は怒ったろうね、きっと。だから楽天のラッキーセブンのジェット風船もこんな感じで淋しい限り。 これじゃ勝てないと早々に見切りをつけたファンが大勢帰っちゃったんだねえ。デーゲームだから日向ぼっこにはちょうど良かったんだが、それも夕方になれば寒くなる。それにゲームがこれだけお寒いと、いくら心優しい東北のファンだって帰りたくもなるよね。そんな訳で私も帰ることにしました。これが悲しいことに7回裏までの「証拠写真」。スコアボードも心なしか淋しそうに見えませんか~? まあ、勝負事に勝ち負けは付きもの。たまにはこんなこともありますよ。楽天ファンは負けゲームには慣れてるけど、現役の大リーガー2人を補強した今季は意気込みが違う。それにシーズン後はマー君がポスティング制でメジャーに行く可能性が高いから、今年こそ頑張らないとね。そんな訳で、今年はKスタでしっかりマー君の勇姿を目に焼き付けようと思っている私です。以上、現場からマックス爺が中継しました~!!
2013.04.05
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3月31日には時ならぬ雪が舞った。雨量は2mm。それを入れても3月の仙台の総雨量は5mmで、これまでの最低記録だったそうだ。庭や畑はすっかり乾燥し、気づいた時は小さな千両の木が枯れかかっていた。4月に入ってからかなりまとまった雨が降った。干天の慈雨とはまさにこのこと。これで桜の開花が早まり、庭の花が一斉に咲き出すのではないか。 朝の連続ドラマ『純と愛』が終わった。脳腫瘍の手術を受けるのに頭髪を剃らないことや、台風でホテルが水浸しになる不自然さは相変わらずだった。沖縄ではあんな台風は年に何度も来るし、それに耐えられないホテルなどあるわけがない。結局愛はピクリと手を動かしただけで、目覚めることはなかった。ある意味では不思議なお話を最後まで貫き通したとも言える。 選考基準について論議はあるが、長嶋さんと松井秀喜の国民栄誉賞ダブル受賞は良かったと思う。長嶋さんの良さはあの明るい人柄。彼よりも凄い記録を樹立した選手も何人かいるが、あれだけ国民に愛された人は他にいない。ゴジラ松井は私が大好きな選手。日米で偉大な記録を出しながら、寡黙で謙虚なところは素晴らしい美点。彼はきっとこれから偉大な指導者になると思う。 センバツ高校野球は圧勝で浦和学院が優勝。済美の2年生エース安楽は、連投の疲れが決勝戦で出てしまった感じ。途中で急に打たれ出し、私はテレビを消した。後でニュースを観たら17対1。やはり2年生ピッチャー1人に投げさせ続けるのは無理。まかり間違えば肩を壊してしまう。私は松山に足掛け8年ほど住み、済美が女子高だった頃から知っている。大敗は悔しいだろうが、胸を張ってまた出直して欲しい。 昨日はKスタへ楽天の応援に行く予定でいた。だが前夜からの大雨で試合は中止。思わぬ休日はブログのための写真撮影や読書で、リラックス出来たように思う。4月7日(日)の「行田市鉄剣ハーフ」の準備も少しした。5月12日(日)の「仙台国際ハーフ」後の走友会の打ち上げには出席と返事。6月9日(日)の「いわて銀河」のホテルを予約。喫煙室しかなかったが、申し込みが遅れたせいなのでここは我慢。 今日は晴れの予報。チケットは購入済みで、ようやく東北楽天の選手達を見ることが出来る。カメラも持参する予定なので、明日のブログをお楽しみに~。そして今日の写真はこれまで紹介出来なかった我が家の花々。恵みの雨が降ったので気温が上がるこれからは一気に庭が賑やかになる。そろそろ農作業の準備に取りかかる時期かも知れない。 ≪ ノースポールとシバザクラのコラボ ≫ ≪ 厳冬のために咲き遅れたサザンカ ≫ ≪しょぼいフユシラズでゴメン!! ≫ ≪ 私はだれ? 名前不詳 ≫ ≪マックスのおしっこで枯れたと思った白のクリスマスローズが復活!!≫ ≪ お待たせしました。 ショウジョウバカマで~す♪ ≫
2013.04.04
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沖縄では「石敢當」と書かれたり彫られたりした四角い標識が、三叉路に張りつけられているのを良く見かける。それは中国の武将の名前で、三叉路に潜む魔物から人々を守ってくれると長く信じられて来た。また屋根にはシーサー(獅子)がいて、家々を魔物から守るとされている。どちらも中国から伝わった風習だ。 さて、つい最近政府は名護市辺野古崎周辺の公有水面の埋め立て許可を沖縄県知事に申請した。だが、県知事以下「騙し打ち」に等しいとして、評判はすこぶる悪い。一応書類は名護市が受け取った。本件に関して国は代執行はしない方針が、昨日の国会で明らかになった。つまり国は強制執行せず、県の許可を静かに待っていると言うことだ。 沖縄本島にある全市町村長が、宜野湾市の普天間基地の辺野古移転に反対とのこと。理由は県外移設が適切との考え方だ。その一方で地元の辺野古漁協だけは移転に賛成。現在でも海兵隊の基地キャンプシュワブ周辺では漁業が出来ないためだ。沖縄の人の気持ちは良く理解出来る。だが、県外移設はそんなに簡単ではないし、地理的に離れた基地から米軍が沖縄を守れるだろうか。 街のど真ん中にある普天間飛行場が老朽化して危険なことは、県民なら誰でも知っている事実。騒音など環境の劣悪さも相当なもの。それを過疎地の辺野古へ一時的に移設し、その間に基地の国外移転と削減とを米国と交渉するとの政府方針は、とても現実的だと私には思える。今後7年間で嘉手納以南の基地の返還を実現するとの考えも、沖縄県民の要望に叶うと思うのだが。 沖縄でタクシーに乗ると、運転手が良く基地の借料のことを話してくれる。「毎年1千万円以上の借地料が入る地主は働きもしないで、朝から泡盛を飲んでいる」と。何故そんなことを話すのか。それは私が内地人だと分かって安心しているため。島の人同士では蔭では噂しても、面と向かってそんなことは言わない。それがきっと小さな島の「掟」なのだろう。 基地内の借地の15%を中国が買い漁っている話をご存じだろうか。中国では外国人に土地を売ることはない。だが、日本は全く無警戒だ。中国の魂胆は何か。島民の米軍基地反対と独立心を煽るため中国が密かに工作しているとの噂もある。今後30年以内に沖縄を奪おうとして中国は本気だが、その根拠が琉球王朝時代の「冊封体制」とは、お粗末極まりない論理。それなら東南アジア諸国は全て中国領になるからだ。 台湾に最も近い与那国島の要望に基づき、目下自衛隊基地用地獲得の交渉が進んでいるが、実施は来年度以降にずれ込む由。その理由は年間1200万円の借地料とは別に島が求めた10億円の「迷惑料」。日本国内でこんな不当な要求は沖縄以外では生じない。今尖閣列島周辺では沖縄の漁民が自由に漁が出来ない状態にある。中国の艦船が妨害してるためだが、こんなことをいつまでも許していて良いのだろうか。 江戸初期の薩摩藩の侵入、明治期の「琉球処分」と日本への編入、太平洋戦争時における地上戦と戦後の米軍統治など、沖縄がこれまで味わった悲惨な歴史は私も良く知っている。米国との間にある「地位協定」は早急に改正されるべきだし、適正な基地返還も早急に進めるべきとは思う。だが現実はどうか。軍が政府よりも強い権限を持つのが中国なのだ。 24年前に沖縄へ赴任した私は本土とのあまりの相違に驚愕した。川は汚水が垂れ流しで悪臭に満ち、道路は凸凹、道端には朝まで酔っ払いが寝そべり、子供は自転車を盗んで売り、高校生が酒酔い運転で次々に事故死し、離婚率は日本一で自殺者が多く、日本復帰から十数年経ってもまだ本土との大きな格差に喘ぐ姿がそこにはあった。 6年前から4年をかけて、私は沖縄本島を走って一周した。総距離は440km余り。那覇軍港の後背地は無税の貿易地区に生まれ変わり、米軍の宿舎があった天久地区は見事な副都心に変貌し、「ゾウの檻」と呼ばれた読谷村の巨大なレーダー基地は緑地に変わっていた。そして島の北部は私の在任時とは異なって、まるで高速道路のような国道が整備され、貧しかった頃の面影はどこにもなかった。日本復帰の恩恵と言ったら不適切だろうか。 沖縄はこのまま「被害者意識」に寄りかかり、その代償として莫大な整備費を要求し続けるだけで良いのだろうか。度の過ぎた「平和教育」や島民を煽るだけの報道を見直す必要はないのだろうか。そして中国の野望を打ち砕く国土防衛を、島民は一体どう考えているのだろうか。それが心から沖縄を愛する私の素朴な疑問だ。 これは冗談だが、かつて琉球王朝時代に中国から伝わった「石敢當」やシーサーは、今や三叉路や屋根の上にではなく、大陸に向けて立てるべきではないのか。もちろん美しい沖縄を中国の手から護るためにだ。 ≪我が家のシーサー≫ 1. 琉球第二王朝の王墓である玉陵(Tama-udun)を護るシーサーのミニチュア版。陶器。 2.沖縄の走友が私の離任時に贈ってくれた特製のもの。陶器。 3.沖縄の走友が私の離任時に贈ってくれた堆朱製のもの。 4.観光用の土産品。磁器。
2013.04.03
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最近良く眠れない日が続いている。その理由は分かっている。大部分はブログのせいだ。私は毎日4千から5千文字の文章を書いている。それに要する時間は2時間ほどだが、結構神経を使う。文の構成もさることながら楽天ブログの場合は折角書いた長い文章が、操作ミスでもないのに消えてしまうことがあるからだ。歴史的な内容だと3時間近くかかるのもザラ。だからそれだけでも結構な作業なのだ。 それに加えて選抜高校野球がなかなか面白い。昨日で北海道と東北の高校は全て敗退したが、日中も居眠りが出来ないでいる。プロ野球が開幕したので毎日が興奮の連続。だが、その興奮を一気に高めるものが、古稀を祝うクラス会から帰った夜に届いた。デジカメだ。メカに弱い男が70近くなって手にしたこの玩具が、睡眠不足を増幅させた原因だった。 普通の人なら量販店で安いものを探すはず。だが、私は少々高めについても近所の電気屋さんから買う。店主から直接説明を聞けるためだ。その夜も取扱説明を聞いて、自分ではすっかり理解した積りになっていた。だが翌日実行しようとしたら、上手く作動しない。悲しいかな、再び店主の手を煩わせたのは言うまでもない。そこで自分なりのメモを作ってみた。 悪戦苦闘の結果、初歩的な作業だけは何とか出来るようになり、早速ブログに自分で撮った写真を張り付けた。ほほう、これはなかなか立派。「字だらけ」だった私のブログが、少しは印象が違って見えるではないか。早速妻を呼んだ。彼女は私のブログを見るのは初めて。「大変参考になりました」と話していたが、翌日になると「お父さん、毎日良くあんな細かい字を書いているね。目が痛くならない?」と変化。まあ、それが正直な感想だと思う。 文章を書くのが大好きな私にとって、この程度の長さはさほど苦労でもないが、きっと読む方は大変なはず。11年間も文字だけの日記やブログを通して来た超アナログ人間の私が、何故今ごろになって「近代兵器」の助けを借りるようになったかだが、理由はこんな詰まらないブログにも毎日せっせと通ってくれる読者がいるため。ブログは読む人がいて初めて成り立つもので、それを忘れちゃいけない。 来月私は妻と沖縄へ行く。石垣島や西表島や波照間島などがある先島地方だ。西表などはまさに「秘境」の部類で、そう何度も行ける所ではない。そして言葉だけで紹介するのはとても無理。美しく珍しい南島風景をネット上に公開出来たら何よりの読者サービスになるし、沖縄大好き人間の私にとっても記録が残せるのが嬉しい。 素人なりに構想が膨らんで行く。例えば写真と詩の組み合わせはどうか。写真と俳句も面白そう。たまには写真中心の日があっても良いし、そのテーマはこんなものはどうだろう等々。単純だった表現が、写真と組み合わせることによって格段に豊かになる。マラソンなら、きっとレースの雰囲気をより感じてもらえるはずだ。 ブログを見たことで、私が部屋に閉じこもって「悪さ」をしてるのではないことだけは妻も分かったみたいだ。たかがブログ、されどブログ。負担にはならない程度にこれからもブログを楽しみたいと思う。それが精神を刺激し、老後の生き甲斐になればさらに嬉しい。これからは時々デジカメを手に散歩してみる積り。そしたら何か新しいものが見つかるかもね。 ≪ 仲良し姉妹 ≫ ツバキ
2013.04.02
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≪ 冒険の走り旅(2)≫ さて、ここから真っすぐ帰宅すれば30kmだが、私はこの日ある冒険をしようと思っていた。昨年の秋に自転車で来た時、工事中で行けなかった岩切城と青麻(あおそ)神社を訪ねてみることだ。そのためには食糧を確保する必要がある。安くて美味しいパン屋さんがあったはずと思って立ち寄ると、空き家になっている。さて、困った。だが、迷わずに冒険に向かう。ポシェットには若干のお菓子がある。先ずはそれを食べて凌ごう。 東光寺脇の小道を入り、そこからさらに急な坂を登る。最初は走れていたが、途中から歩き出す。岩切城への入口は開いていた。どうやら地震で起きた地滑りの工事は終わったようだ。城跡へ登ろうとした時、1台のタクシーが停まり、中から1人の中年男性が降り立った。こんな辺鄙な所までわざわざ訪ねて来るのは、よほどの物好きのはず。頂上の公園から、中年のハイカー集団が降りて来る。 岩切城は中世の山城で別名は高森城。ここは奥州藤原氏を倒した鎌倉の頼朝が奥州留守職として派遣した伊沢氏が籠った古城だ。国府多賀城にも近く、広大な東北地方を治めるには好都合だったのだろう。南北朝時代、戦国時代にもこの城を巡って激しい戦いがあった。その後留守氏を名乗った伊沢氏は、結局伊達政宗の配下となる。城跡へ立つと、なるほど見晴らしが良い。これなら敵の進軍を監視出来た訳だ。 気になっていたトイレを済ませ、山頂の城址から降りる。山道を右折すると「県民の森」。周囲は全て鬱蒼とした森で、ここは時々クマが出没する物騒な場所でもある。暫く行くと、県民の森の中央資料室が見えた。後で立ち寄ってみよう。ひょっとして何か食べ物を売ってるかも知れない。さらに走ると、富谷町方面への分岐点。青麻神社はまだ先だ。 アップダウンを繰り返したその先に立派な神社があった。なんでこんな山奥に?と思うほどの辺鄙な場所。拝殿でお参りした後、社務所に向かう。売店を兼ねた家屋の扉を開けると、神主と思しき人が座っていた。不躾けながら私は尋ねた。「なぜこんな山奥に神社があるのか、そしてここに麻を植えたのはなぜか」と。きっとそんな質問をした人は初めてだったはず。神職は戸惑いながら答えた。 「このような山奥にも小さな集落はあるものです。麻は木綿が入るまでは貴重な繊維で、水が湧くここが適地だったのです」。ここ青麻神社は奈良時代に山城国(京都府)から勧請したのが起源だが、麻の適地なら他にもあるはず。「蔵王町の青麻(あおそ)山とは関係がありますか?」との問いには、「あの山はかつて刈田嶺と呼ばれていました。その神社の方が昔ここを訪れ、持ち帰った青麻神社のお札を山上の社に張ったのが山名になったようです」。なるほどねえ。 「縁起」を読むと義経の家来だった常陸坊海尊が立ち寄ったとある。ここにも義経伝説が残っているようだ。日本人は判官びいきが多いのだ。外へ出てポシェットのお菓子を食べる。得られた熱量は200KCくらいか。井戸水を汲んでペットボトルに継ぎ足す。昨年の秋に岩切集落の片隅で偶然見つけた「青麻道」の石碑。「これは一体何だろう」と思ったその謎が、少しは解けたような気がする。 再び急激な坂道を登る。今は舗装されたこの道も、古代や中世当時は官道へ抜ける脇道の一つだったのだろう。徳島県鳴門市の大麻比古神社は阿波国一宮だし、吉野川の対岸には麻植(おえ)郡がある。成長が早い麻は、古代人にとっては貴重な衣料の原料だったはず。それが遥々都からこんな東北の山中までもたらされたのだ。当時は科(しな)の木の樹皮や、苧麻(ちょま=からむし)も人々の暮らしには欠かせない大事な繊維だった。 結局県民の森の中央資料室は無人で、食べ物はなかった。麓まで降り、コンビニで稲荷ずしを食べ、味噌汁を飲んだ。帰路はかつてSパパ達と歩いた旧街道を通り、比丘尼(びくに)坂を登った。Kスタでは開幕の準備が進んでいた。 自宅への到着は夕方の4時。走った距離は37kmで、要した時間は7時間半。古稀を祝うクラス会と冒険の走り旅は、こうして無事に終わった。9月には学年会があるようだ。我が3年B組がその担当とのことで、幹事から出席を厳命されている。だから秋には再び恩師と級友達に会えるはずだ。<完>≪3月のラン&ウォーク≫ ラン回数:11回 ラン距離:188km ウォーク:73km 月間合計:261km 年間合計:761km うちラン:549km これまでの累計:81677km ≪ わたしは案外日蔭が好きかも♪ ≫ ヒマラヤユキノシタ
2013.04.01
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