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≪ 常設展1 アフリカの服装と工芸 ≫ 常設展示場は私が勤務していた頃とは様子が違っていました。先ず展示点数が2倍ほどに増えていました。その割にさほど雰囲気は変わらず、相変わらず重厚さが目立ちました。撮影した展示品の数が多いため、適宜地域ごとあるいはテーマごとに紹介しますね。第1回目の今日はアフリカの衣服と工芸です。アフリカには相当数の民族が住み、それぞれ習俗や文化が異なります。 織機 アシャンティ族の王 男性の服装 王の椅子 < 不定期に続きます >
2013.11.30
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≪ 特別展 その2 ≫ 今日も引き続き11月16日に訪れたみんぱく(国立民族学博物館)の特別展示「屋根裏部屋の博物館」をご案内します。これはみんぱくの標本収集の基礎になった渋沢敬三のコレクションです。写真撮影は禁止されたもの以外は自由です。私は博物館の専門家ではありませんが、理解を助けるため簡単な説明を付しましたので参考にしていただければ幸いです。 イナウを捧げるアイヌ族の男性です。アイヌ族には千島アイヌ、樺太アイヌ、北海道アイヌの3つのグループがあり、極めて近い関係にありますが衣服の紋様などは各自少しずつ違います。これは洋服を着ているので、明治期以降の写真ですね。 イナウは柳の木をマキリ(小刀)で細く削って作る、カムイ(神)に捧げる神聖な物で、日本神道の御幣のような存在です。アイヌ族の考えによれば自然界にはたくさんのカムイが存在し、捧げるイナウもカムイによってそれぞれ形が異なります。また神前に熊などの動物を捧げるのは、動物の魂を天に送って、再びこの世に来訪してもらうためです。 アイヌ族の衣服です。アイヌ族は木の皮の繊維を編んで布を織り、衣服を作ります。日本人との交流が進んだ後は、木綿を使うこともあります。厳寒期には動物の毛皮や鮭の皮製の衣服や長靴などを着用します。 ウイルタ族の家屋です。ウイルタ族はロシア極東のアムール川河口付近に住む民族で、人類学的にはアイヌ族に近いとされています。 ウイルタ族の衣服です。 装飾品と彼らが使用した小刀です。 シャーマンの装身具です。 台湾の一部族の男性です。台湾にはアミ族、ヤミ族、パイワン族など6つほどの原住民がおり、中にはかつて人肉を食する部族、いわゆる「首狩り族」も存在したようです。そこへ大陸から漢族が移住して混血が進行し、現在に至っています。 台湾の民族衣装3点です。部族によって衣装にも違いがあるようです。 木靴と草履(ぞうり)です。 装飾品のようですが、用途は不明です。特別展の紹介は以上で終了です。 私が撮影した展示品は、特別展の中のごく一部です。また慌てていたせいか、3つのコーナーを見落としていたようで、残念です。それは帰宅後にパンフレットを見て分かったことです。次回以降は本館の常設展を、世界各地の地域ごとに紹介する予定です。ただし撮影した展示品の数が多いため、シリーズが長くなります。ここに来られた方が飽きないよう、時々他の話題を挿入したいと考えています。どうぞご期待くださいね。ではでは~♪ <不定期に続く>
2013.11.29
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下のブログ↓ は間違えて11月27日のままですが、28日分に読み替えてくださいね。つい文章を書くのに夢中になって、日時の指定と口コミテーマを忘れてしまいました。
2013.11.28
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≪ 特別展を観る その1 ≫ 日本庭園を出て私が向かった先は、お隣の「みんぱく」でした。正式な名前は国立民族学博物館。「民俗学」が民話や習俗などを研究するのに対して、「民族学」は世界の民族の言語、宗教、文化、生活などを研究の対象とします。イギリスやアメリカでは「文化人類学」と呼びますが、ドイツやフランスでは民族学と呼び、太陽の塔を作った岡本太郎も、パリ大学で民族学を学んでいます。なお、民族学では美術品ではなく身近な生活品を研究、収集の対象としています。 前置きが長くなりましたが、これが「みんぱく」です。建物の設計者は、女優若尾文子の夫君黒川紀章です。ここへは毎日のように通っていました。何故ならここが私の8番目の勤務先だったからです。17年前、ここでは既に国内では最先端の「マルチメディア展示」を開発していました。今なら当たり前の小型端末で、展示品の解説をしてくれる装置などがそうです。 もちろん私は博物館の専門家でも、マルチメディアの専門家でもありません。異分野から転勤した私が苦しんだのは当然です。ここに勤務したのは2年間でしたが、苦労の末に転勤する頃にはなんとか完成したのです。私が「神戸マラソン」のついでにここを訪れたのは、みんぱくの展示が、その後どうなったかを、自分の目で確かめるためでした。 たまたま特別展「屋根裏部屋の博物館」が開催中だったので、これを最初に観ました。日銀の総裁で戦後間もなく大蔵大臣を務めた渋沢敬三のコレクションです。明治新政府の元勲だった渋沢栄一を祖父に持つ彼は、経済人でありながら民族学に深い関心を持ち、自ら収集して自宅の屋根裏部屋に収容していたのです。これがみんぱくのコレクションの端緒です。今年は彼の没後50年目に当たり、今回の特別展はそれを記念しての事業でした。 このみんぱくでは、展示物の写真も原則として許可されています。特別展でも指定された展示物以外は、撮影出来ました。何せ大忙しで廻ったため、説明はほとんど読んでいません。それに展示品は初めて観るものばかりです。間違いがあるかも知れませんが、簡単な説明を加えましたので参考にしていただけたら幸いです。なお、特別展は2回に分けて紹介しますが、これでも展示品のごく一部です。1)凧(たこ)2)凧(たこ)3)絵馬(えま)4)5)6) 4から6までは、いずれも民間信仰の対象である「おしら様」や「桑神様」の類と思われます。7)江戸時代から明治期に使用された作業着と思われます。恐らくは東北地方での収集品でしょう。8)わら製の手袋。恐らくは東北での収集品だと思われます。9)長靴 10) 11) 10と11は沖縄の藁算(わらざん)です。かつて文字が読めない農民のために、どんな作物をどれくらい税金として納めるかを、わらを使って示した道具です。主に宮古島以西の離島で使用されていたようです。<続く>
2013.11.27
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≪ 日本庭園 ≫ 今日は日本庭園を紹介します。ここは1970年(昭和45年)に開催された大阪万国博覧会会場の跡地です。普段は有料ですが、私が訪れた日は、たまたま無料開放日でした。大阪勤務当時は、何度か妻を連れて来たことがあります。周囲には日本民芸館の関西分館があり、とても静かで素敵な公園ですよ。では、早速庭園の中をご案内しましょう。 園内では、菊の展示会が開かれていました。 以下が庭園の様子です。 園内では紅葉が進んでいて、とてもきれいでした。大阪の秋を少しは楽しんでいただけたでしょうか? でもここでゆっくりせず、私は次の場所に向かいました。向かった先は、明日のお楽しみです。
2013.11.27
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≪ 万博公園 ≫ 11月17日にあった「神戸マラソン」の前日、長距離バスで大阪に着いた私が先ず向かった先は万博公園でした。ご存知の通り、ここは大阪万国博覧会が開かれた会場の跡地を公園にしたものです。実は大阪勤務時代の職場に近く、昼休みにはほとんど毎日のように広い園内を走っていたのです。 たまたま訪れた日が、無料入園日とはついてました。隣の日本庭園も無料で入れましたが、今日は先ず万博公園を紹介しますね。なおここにあった遊園地は、人身事故を起こした遊具(ジェットコースター?)を含め全てが撤去されて更地になっており、すっかり様子が変わっていました。では、秋たけなわの万博公園に入ってみましょう。 いかがです?秋の万博公園を楽しんでいただけましたか~?明日は隣接する日本庭園を紹介しますね。どうぞお楽しみに~♪ <続く>
2013.11.26
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左側は東京スカイツリーと、日本人宇宙飛行士若田さんが乗った国際宇宙ステーション(ISS)のコラボレーションです。なかなか珍しい光景ですね。右側は若田さんがISSに行くために乗った、ロシアのソユーズロケットです。 これは小笠原諸島の西之島付近に突如誕生した火山島。西之島も火山島で、徐々に今の形にまで成長したみたいです。果たして新島の誕生で日本の領海が広がるかどうか、今後に注目しましょう。 左側は深海探査機の「江戸っ子1号」。これは大阪の町工場の職人達が打ち上げた宇宙ロケット「まいど1号」の成功に触発された、東京や千葉の町工場のご主人達が開発したもの。当初必要経費は2億円と見積もられたのを、なんとその10分の1の予算で開発したとは立派。実際に7800mの深海に潜らせて撮った写真が右側。たくさんの深海魚が写っていて、こちらも見事に大成功でした。 左側は皇居に向かう馬車で、乗っているのは右側の米国新駐日大使のキャロライン・ケネディさん(55歳)。父上の故ジョンFケネディ大統領が凶弾に斃れた50年前のニュースは、衛星を通じた放送で日本に伝わり、誰もがその映像に驚いたものでした。長女の彼女は秀才の誉れ高く、300億円の資産を持つ大富豪とか。それでも顔のしわを隠すことなく、どこかその人柄に好感が持てますね。 ご存知、東北楽天の田中マー君ですが、この度3つのギネス記録が認定されました。1つ目は同一シーズンの24連勝。2つ目は前シーズンからの28連勝。そして3つ目はポストシーズンまで入れた30連勝です。先日は満票でパリーグのベスト9に選ばれ、今シーズンの彼は、まさに記録づくめでした。良く頑張ったね、マー君。 続いて、こちらも楽天関係のニュースで、日本一の優勝記念祝賀パレードです。昨日は合わせて21万4千人の人々がお祝いに駆けつけたそうです。このためにJRは臨時列車を出したとか。経済効果も大変な額になるでしょう。問題はマー君のメジャー移籍。難航していたこの問題も、12月半ばには結論が出そうです。楽天ファンにとってはちょっと辛い話ですが、どうなりますか。 最後は大相撲九州場所の話。13勝1敗同士で千秋楽を迎えた結びの一番で勝ったのは、日馬富士でした。このところ圧倒的な強さを感じさせた白鵬を破っての優勝は価値があります。横綱昇進後も不振が続いた彼にとって6度目の優勝は、今後の自信につながりますね。なお、大関の稀勢の里は13勝2敗の好成績で、来場所に「綱取り」がかかります。果たして日本人横綱の誕生となるかどうか、こちらも楽しみです。
2013.11.25
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トウガン 「神戸マラソン」の話を書き終えた。レース後の疲労に耐えながら完走記を書くのはいつものことだが、これが終わるとようやくホッとする。 カリン 天皇陛下の陵墓造営が決まったそうだ。陛下は規模を小さめにし、皇后との合葬を臨まれた由。だがそれは畏れ多いことと皇后が辞退され、直ぐ隣に皇后の陵墓が造られるそうだ。これまでの皇室の伝統とは異なるみたいだが、何だか俺は微笑ましく感じた。 ムラサキシキブ 島倉千代子さんの死の直前の言葉と歌を、先日聞いた。その声はとても弱々しかったが、俺の心に響いた。人生の最後にたった1人で死に立ち向かった彼女は、とても強い心の女性だったんだろうね、きっと。 ナス 「歳を取るとこれまで出来ていたことが出来なくなるね」。先日妻がポツリと言った。俺は黙って聞いていた。 トマト 妻よ。俺なんかもう数年前からそれを感じているさ。今年に入ってからは疲労感が酷く、特に夏の頃はそのまま死ぬのではと思ったほどだ。 ハマナス そんなことをこれまでお前に話したことはない。いつもじっと自分の胸に秘めていた。何せ俺はウルトラランナー。耐えることには慣れているからね。 ヤーコン 「お父さん、もうウルトラは止めてください。それでもレースに出るのなら、エベレストに登った三浦さんのように、ちゃんとトレーニングしてください」。それはお前の置き手紙にあった言葉。 ブラックベリー あのなあ妻よ。人間歳を取ればいつか筋力が落ち、体調が悪くなることもある。あの頃俺は息苦しく、めまいや動悸が酷かった。だから俺は1人苦しみに耐え、走らないでいたんだよ。 ダリア だが、そうして休んだのが良かったのだろう。秋になって涼しくなると、俺は少しずつ体調を取り戻し、ゆっくりとなら走れるようになった。あれは俺にとって、まさに奇跡そのものだった。 ホオズキ 妻よ。心配症のお前には言わなかったが、あの後も65kmの「猪苗代湖一周」の前夜には突然体調が悪化し、70kmの「浜名湖一周」ではレース中に不整脈が起きた。 カサブランカ それでも妻よ。俺は走歴35年の経験で、何とか最後まで走り切った。だから体調に注意し、無理のないペースでなら、ある程度は走れると俺は信じてる。 アサガオ 他人から見れば馬鹿かも知れない。こんな歳で未だに走り続けるなんて。こんな体調でもまだ走りたいと思うなんて。だがなあ妻よ。俺はこれまでどれだけランニングに助けられたことか。だからこうして生きて来れたんだよ。 枯葉 これからも出来れば俺は走り続けたい。人間は幾つになっても目標を持つことが大事。たとえいつか枯れ果て、朽ち行くとも。 小菊 「楽なことを幸福と思っていては、人生の深い喜びは味わえない」。 これは最近俺の心に響いた言葉。ある方のブログに書かれていたんだ。
2013.11.24
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≪ ゴールとゴール後 ≫ 神戸大橋からの坂は慎重に走る。幸い脚に強い衝撃は感じない。下り切ったところがポートアイランド。住所表示は中央区港島のようだ。ゴールまでは4kmを切ったが、この人工島をグルグル走らせるコース設定のようだ。 ポートアイランドからの風景 ここは島の北西隅。対岸にオリエンタルホテルやポートタワーが見える。この角を曲がると、思いがけない光景が待ち受けていた。 船の歓迎 海に浮かんだ船が、突然放水を始めたのだ。何と言う演出だろう。船はランナーを歓迎するように、周囲をグルグル廻りながら放水を続けた。これはきっと忘れられない思い出になるだろう。 神戸学院大学 海岸にはきれいな建物が幾つか並んでいた。これは神戸学院大学のポートアイランドキャンパスで、小旗が敷地を取り囲んでいた。キャンパスから聞こえる音楽は、マラソンに合わせたイベントみたい。さらに走ると、曲がり角にも瀟洒な建物が。 兵庫医療大学 こちらは兵庫医療大学。大学とは思えない斬新な建物に目を奪われる。ランナーはこの角を曲がって海岸から離れて行く。すると今度は小さな公園から賑やかな音。 阿波踊りの歓迎 これは阿波踊りのお囃子だ。5年間の鳴門勤務時代、本場の徳島に観に行ったり、職場の「連」として出場した阿波踊り。懐かしい「よしこの」の響きに、思わずカメラを向ける。この角から右折して南下。神戸夙川学院大学のキャンパス付近に白い標識が見えた。 40km地点 ここが40km地点。タイムは5時間32分00秒。残りは約2.2kmだから、よほどのことがない限り6時間は切れそうだ。間もなくコーナーを曲がって再び北上。応援の人はほとんどいないが、自分で自分を励ます。左折を1度、そして右折を2度繰り返すと、いよいよゴールまで最後の直線となる。 残り600mほどのポートピア大通り。美しい街路樹もポートライナーの橋脚も目に入らず、ただ前方のゴールだけを見据える。ラストスパートも気持ちだけで、なかなか脚が出ない。でもその苦しみの一歩が、確実にゴールに近づくのだ。フィニッシュの横断幕が見えた。両手を上げてゴールに飛び込む。42.195kmの長い長い戦いが、今ようやく終わった。 ゼッケンの裏側の「タグ」と交換に完走メダルを首にかけてもらう。フィニッシャーバスタオルもスタッフの人が肩にかけてくれた。ペットボトルとバナナをもらって、荷物を受け取りに向かう。足を引きずりながらのランナーが多い。皆疲れ切っているのだ。 ゴール後の笑顔 完走証は後日郵送されるため正確なタイムは不明だが、自分の時計では5時間48分台だった。この夏は体調が悪く、練習もままならなかった。7時間でも完走は無理だと思っていたのに、6時間を切るとは意外。もしかして写真を撮らなければ5時間を切れたかも知れない。一瞬そんな想いが頭を過った。 完走メダルの表側(神戸ポートタワー) 裏側(マラソンコース図) 着替えを済ませて駅に向かう。大勢のランナーでごった返す「市民広場駅」周辺。私はポートライナーに乗ったが、市内へ向かう臨時バスも用意されていた。さて夜行バスに乗るまでの4時間をどう過ごすか。車内から神戸の風景を眺めながら、私は思案に暮れていた。 三宮駅前のロータリーで休憩後、牛丼とうどんを食べた。大量の塩分を失った体には、スープがとても美味しかった。大阪に戻り梅田のガード下で1人焼酎を飲み、デパ地下でソフトクリームを食べた。私が被災地の仙台から来たと知って、熊本出身の職人は50円おまけしてくれた。どこにでも人情はあるものだ。 東梅田の道路標識 長距離バス乗り場で長時間待つ間に、四日市行き、山形行き、鹿児島行き、宮崎行きが発車した。仙台行きは20時40分ちょうど。マラソンの疲れに酔いも手伝って、席に着くなりたちまち深い眠りに落ちた。自分なりに頑張った神戸マラソン。ひょっとしたら来年もまだレースを続けられるかも知れないと期待を抱きながら。<完>
2013.11.23
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≪ コース風景とランナー達 ≫ コースは東へと曲がり、和田岬に近づく。ここは平安時代に平清盛が大輪田泊(おおわだのとまり)を開いたところ。古くは務古水門(むこのみなと)と呼ばれていたようだし、中世には兵庫湊(ひょうごみなと)と呼ばれていたようだ。いずれにしても神戸は太古から良港を持ち、海運と関係が深かった土地なのだろう。 海に続く運河 背中に「鼻」と染め抜かれた浴衣を着たランナーがいる。「鼻って何なの?」と尋ねると、大阪の鼻川神社のお祭り用の浴衣らしい。東日本大震災で被害を受け、宮城から大阪へ移住したと、いなせな青年は言う。今では祭にも加えてもらっている感謝の気持ちを表すため、わざわざ浴衣を着用した由。「私も仙台から来たんだよ。頑張ってね」と別れる。彼の姿はあっと言う間に見えなくなった。 次は軽い箒(ほうき)を担いで走っている黒衣の魔女。顔を見ると中年の女性だ。周囲の人は「わ~っ、魔女の宅急便だ~!!」と声を上げる。近寄って「箒に乗って飛んだら」と冗談を言った。帰宅後ちっちさんが、友人が魔女の仮装で神戸マラソンを走ったとコメントをくれたが、ひょっとしてその方がちっちさんのお友達だったのかも知れない。他にスーツ姿で走っている外国人ランナーも見かけた。 神戸駅方面 ここは34km過ぎのハーバーランド。コースは東川崎町を曲がり神戸駅方面に向かう。この手前に2か所の給水所があった。昨日27km地点の給水所でバナナを食べたと書いたのは勘違いで、あそこは「塩昆布」しかなかった。塩分の補給にはなったが、エネルギー源には全くならず、沿道の応援の人からもらったパンを食べて、私は走ることが出来たのだ。 32.6kmのASでは、ようやくミニトマト、パン、バナナ、黒糖にありつき、塩飴を2個ポシェットに入れた。そして34.2kmのASでもバナナを食べた。それで何とか走るためのエネルギーを確保出来たのだ。遅いランナーにとっては、もっと前の給水所に食糧があると助かるのだが、今回がまだ第3回ではそのノウハウがないのだと思う。 35km過ぎから一般道と別れて浜手バイパスの坂道を登って行く。いよいよゴールのあるポートアイランドへと向かうのだ。ここには安全確保のために市民は入れず、道の両側にスタッフがいるだけだ。坂の途中から特徴ある建物が見えて来る。思わずカメラを出して撮影する。 オリエンタルホテル この特徴ある建物はオリエンタルホテル。シドニーのオペラハウスにどこか似た感じ。 神戸ポートタワー こちらは神戸のシンボルであるポートタワー。かつて明石海峡大橋が未完成の頃は、中突堤から徳島の鳴門へのフェリーが出ていて、私も何度か乗ったことがある懐かしい場所だ。 こちらはバイパスの傍にあるビルから応援する人々。何だか珍しい風景だ。垂れ幕を見ると、今日のマラソンに社員の人が出ているみたい。日曜なのにわざわざ出社したのは、きっと応援するためだろう。こんな所にもフレンドリーな神戸マラソンの雰囲気が良く出ている。「応援ありがとう~!!」。関係ないけど、こちらからも手を振って応える。 バイパスの上 バイパスの上はこんな感じ。ここにも小規模の給水所があり、仮設トイレも設置されていた。さらに数台のバスも待機中。きっと時間切れになったランナーを、収容するためだろう。バイパスの直ぐ隣をポートライナーの電車が走って行く。窓からは手を振る人の姿が見える。ここは38km地点。残りはわずか4kmちょっと。最後の頑張りだ。 ビューポイントで ここはまた絶好の撮影場所でもある。神戸港を背景にして記念写真を1枚。スタッフも慣れたもので、気軽にシャッターを押してくれた。遠くに小さくポートタワーが写っている。 神戸大橋 この赤い橋が神戸大橋。コースの最高地点で標高は27m。きっとこの下を船が通行しているのだろう。この橋を渡り終えれば後は下り。いよいよゴールへと近づいて行く。必死に手を振って走るランナーもいれば、疲れ果てて歩いているランナーもいる。<続く>
2013.11.22
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≪ 会えなかったブログ友 ≫ 淡路島遠望 ランナーは右手にJR神戸線(山陽本線)、左手に海を見ながら折り返し点に向かう。そのうち前方に淡路島が見え出す。島影が見えたのは16km地点付近くらいだけ。この島にはまだ橋が架かってない頃船で渡ったこともあれば、大阪からバスに乗って明石海峡大橋経由で徳島へ行ったこともある。鳴門で5年以上勤務したことがあり、私にとってはとても懐かしい島なのだ。 明石海峡大橋 その明石海峡大橋の橋脚が目前に迫って来る。いよいよ折り返し点が近い。道路の反対側には、折り返して来たランナーの群れと応援する市民の姿が見える。 折り返し点 舞子公園の手前に折り返し点があった。ここが17.6km地点で、4つ目の関門。各関門の制限時間のメモは持ってるが、時間はまだ十分に残されているため、それ以降はもう不要になった。 道端で止まり、ペットボトルにアミノ酸とクエン酸が入った粉末を混入。さらにチョコレートを食べる。朝食から既に5時間。その後エネルギーは全く補充しておらず、このままだと「ガス欠」になる可能性が高い。楽に走るためにも、僅かな手間と時間を惜しんではいけないのだ。 チョコレートに続いてピーナツ煎餅を1枚半食べたせいか、脚はなかなか快調だ。最初の軽い痙攣以降、体調に大きな変化はない。フルを走るためには本来ならば月に2度ほど30kmのペース走を入れるのが理想だが、最近は一層老化が進み10km前後をゆっくりと走るのがやっと。その程度の練習でここまで来れたのは、きっと経験の為せる業だろう。 ようやく中間地点まで来た。タイムは2時間50分36秒。単純に2倍すると5時間41分10秒でゴール出来る計算だが、そうは行かない。後半は疲労でペースが落ちるのは必至。10km程度の練習しか出来ない今の私には、どこまで走れるかでさえ大きな問題なのだ。ここからはきっと我慢の連続になるはずだ。 それにしてもここまで給食が全く見当たらないのが変。私は念のためにピーナツ煎餅を半分残しているが、他のランナーはどうしているのだろう。大勢のランナーが歩いているのは、ひょっとしてガス欠なのではないか。こんな時こそこれまでの経験が生かせるのがベテランランナーの強みだ。 給水風景 ここは27.2km地点の給水所。ここに半分に切ったバナナがあった。3個ほど小片を食べ、水とスポーツドリンクを飲む。私はペットボトルの飲料を適宜飲んでいるが、それでも大量の発汗で水分が不足する。ついでに目の前の緑地帯を撮影。 黄金のイルカ 10頭ほどの金色のイルカが群れている不思議な光景。だがほとんどのランナーは水を飲み、バナナを食べるのに夢中だ。 宮城の女性ランナー 間もなく前方に緑のユニフォームを着た女性ランナーを発見。あれは東北楽天の夏限定バージョン。きっと宮城県のランナーだろう。仙台から来たと言うが本当は県南の小都市らしい。他県では仙台なら通じても、地方都市の名前までは知らないのが普通。疲れて脚が出ない彼女にエールを送り、前へと進む。 小さな河口 コースは往路から離れ、より海岸に近くなる。そのせいか、所々に河口らしい風景が展開する。海に繋がる川や船が見える風景が、海の傍で暮らしていない私にはとても新鮮に感じる。こんな個所が幾つか見られた。 30km地点 30km地点は和田岬手前の苅藻付近。ここの給水所には食べ物が全くない。それでも給水は不可欠だ。タイムはわずかに4時間を切っている。練習不足の老ランナーには、これでも良く頑張った方なのだ。この先の31km付近で、応援の人が手に持った不思議なメッセージを発見。 1つは「足の痛み?気のせい!!」。う~む。これは分かる。だが「必死のパッチ」が不可解。パッチは多分下ズボンの意味だと思うのだが。何とここで神戸のブログ友、ドングリ大使が応援していたようだ。彼には私のゼッケンナンバーとシャツの色を「オレンジ」とブログで伝えていた。だが、彼はシャツを黄色と勘違いしていたようだ。 それは帰宅後の書き込みで知った事実で、現実は分からないまま目の前を通過していたのだ。お会い出来なかったのは残念だが、友情は十分過ぎるほど感じた。私は家に泊めてくれると言う彼の申し出を断っていた。今年は体調不良で3度ランニングを諦め、そのうち1度はそのまま死ぬのではないかと思ったほど。だから神戸に来れたこと自体が、私にとっては奇跡だったのだ。<続く>
2013.11.21
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≪ 南京町から垂水漁港まで ≫ スタート直後(三宮方面) 「宮城のウルトラランナーですか。私は仙台から来ました」。走り出して間もなく、後から同郷のランナーに抜かれた。歳恰好は同じくらいか。「へえ、私の他にも当選した人がいるんだ」と嬉しくなった。「東京マラソン」は目下8連敗中だが、2度目で当選した「神戸」は、より公正な選び方をしてるように感じる。 龍の舞い 南京町では龍が舞っていた。慌ててポシェットからデジカメを取り出し、シャッターを押した。走りながらの撮影だったが、辛うじて龍の頭が写っている。門の名前は「長安門」らしい。 太鼓の応援 今度は道の左側で太鼓の音。再びデジカメでパチリ。いつもはタオルハンカチに包んでいるのだが、今回は手袋の中にカメラを入れたため、取り出すのがとても簡単。それでも1回の撮影に1分はかかる。50枚撮ると最低50分は遅れるが、楽しい完走記を書くためと割り切る。 六甲の山並みと海に挟まれた神戸の市街地はそれほど広くはない。その街を先ず東から西に向かって走り、明石海峡大橋の手前で折り返して来るのがマラソンコース。道路もさほど広くないし、なかなか庶民的で親しめる街並み。これまで走ったレースとは雰囲気が全然違って、珍しく感じる。 6km過ぎに「新長田」を通る。「阪神淡路大震災」の時に延焼した「長田市場」はこの辺りだろうか。あの年の春、大阪に転勤した私は神戸を訪れたことがあった。街の至る所がブルーシートで覆われていたが、今は当時の面影がどこにも見当たらず立派に復興したようだ。 鉄人28号 7km付近の左側に「鉄人28号」が見えた。これは撮るしかない。そう思って立ち止った。逆光の中の勇ましい姿。なぜここに?と思ったが、この道がどうやら「国道28号線」らしいのだ。「食い倒れ太郎」の恰好をしたランナーからは、「頑張りましょう」と励まされたし、何だか関西は元気な女性ランナーが多い感じ。コテコテ衣装の3人組を写して見た。 小母ちゃん3人組 六甲を望む こちらは9km付近の少し小高い場所。ひょっとして「天神橋」かも知れない。ランナーの先に見えるのが、神戸の街の北側に連なる六甲山脈。片道60kmのこの山脈を、何度も走ってトレーニングした新潟の「銀のねこ」さんを思い出す。彼女の故郷も神戸だ。 須磨の古戦場跡 ここは10km地点。須磨浦公園の中に1本の石碑が見えた。近づくと源平の戦いがあった場所みたい。帰宅後に地図で調べたら、背後に「鵯越」(ひよどりごえ)の山があった。義経が険しい山を騎馬で下り、須磨浦に陣取った平氏を打ち破ったのだろう。公園内には甲冑姿の人がいた。マラソンに合わせたイベントみたい。公園の中がクオーターマラソンの部のゴールのようだ。 目の前は海。所々に漁港が見え、海の中には走る船も。ランナーは左手に海を見ながら、ひたすら西へと向かう。日差しがあって暑いのだが、良い景色に救われる。13km地点辺りから、歩き出すランナーの姿が目立つ。念願のレースに当選はしたものの、きっと練習不足で臨んだのだろう。 15km付近 ここは15km付近の漁港。垂水辺りか。港の背後にうっすらと「明石海峡大橋」が見える。後2kmほどで折り返し点だ。多分この付近の山手に「五色塚古墳」があるはずだが、残念ながら海の傍ではないようで立派な姿を見ることは出来なかった。右脚の太股に軽い痙攣が来たが、間もなく治まる。これは練習不足のせいかも。危ない危ない。<続く>
2013.11.20
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≪ スタートまで ≫ 大阪までの夜行バスでは妻にもらった睡眠導入剤が効いて、良く眠れた。着いたのは東梅田。帰りの乗り場、阪急電鉄の乗り場、その夜泊るホテルの場所などの位置を確認し、万博公園に向かった。この日は無料で入園出来る日だったようで、開園時間までベンチで朝食を摂るなどして休んでいた。その後見学した万博公園、日本庭園、そして国立民族学博物館の話は、改めて書くことにする。 ホルモン定食 昼は蛍池の食堂で「ホルモン定食」を食べた。神戸のブログ友ドングリ大使が、大阪のホルモンは美味いと書いていたからだ。なるほど食べて納得。十分満足出来た。十三を経て三宮に向かい、そこからポートライナーに乗った。2日間有効の乗車券は900円。2往復するので便利だし、料金も安いはず。 ポートライナー ポートライナーに乗るのは初めて。高い軌道を走るが、モノレールとは違うようだ。東京の「ゆりかもめ」みたいなものか。車内から見える景色が珍しく、何枚も写真を撮る。神戸は海と山のどちらも見えるのが良い。 車内からの風景 「市民広場駅」で降り、受付会場へと向かう。場内には大会の協賛企業などが多数出展し、大変な賑わいぶりだ。 選手受付 ランニング教室 テナント 早速「通知表」と免許証を見せ、ゼッケンなどを受け取る。会場では翌日のレースに備えて、コース攻略法など、ランニング教室も開かれていた。私はコースも知らないし、成り行き任せのレースになるためパス。一角には、「東日本大震災」で被害を受けた東北各地からの出店もあった。また会場の外では、珍しいアルプスホルンの練習風景が観られた。 練習風景 その夜、ホテルでも良く眠れた。起床は翌朝の4時過ぎ。トイレの後、丹念に両脚にテーピング。ゼッケンナンバーなどは、前夜のうちに装着していた。6時過ぎには、パン、お握り、牛乳、味噌汁を食べる。7時過ぎの阪急の特急で三宮へ。そこからポートライナーで1駅だけ乗り、Fブロックの集合場所へと向かう。途中の検問で、ゼッケンを確認された。なかなか厳しい警備ぶりだ。 荷物預かり所 これがFブロックの荷物預かり所。マラソンのスタートは9時だが、荷物の預かりは8時15分までと早い。幸い暖かい日だったから良いが、雨が降ってたりしたら寒くて悲惨だったと思う。仮設トイレには長蛇の列。荷物を預けた後は軽くアップし、スタート地点へと向かう。 スタート地点に向かうランナー達 スタートの集合場所 ここが集合場所のフラワーロード。目の前に神戸市役所の高い建物が見える。ブロックは全部で8つ。最初にAからDまでのグループがスタートし、EからHまではその後になる。私はFブロック。ここで30分以上待つ間に、足首などを回して準備体操。テーピングもサポーターも万全のはず。後は脚がどこまで持ってくれるかが問題だ。 背後のビルが神戸市役所 スタート前の記念撮影 地元のランナーが話しかけて来た。ゼッケンにつけた緑のリボンで、被災地から来たランナーと分かったのだろう。それにオレンジ色のTシャツには「宮城UMC」のロゴ入り。9時ちょうど、AからDまでのランナーが一斉に歩き出す。私達のスタートはそのずっと後で、既に10分30秒ほどが経っていた。間もなくコーナーを左折し、ゆっくりと走り出す。周囲は応援の人達で、大変な人混みだ。これは何だか暑くなりそうな予感。たちまち汗が噴き出して来る。<続く>
2013.11.19
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神戸港から六甲を見る 今年最後のレースである「神戸マラソン」から無事帰宅しました。今回は仙台~大阪間を往復とも夜行バスに乗り、しかも42.195kmを走ると言う無謀なプランに挑戦してみました。結果はかなり疲れたものの何とか完走し、無事帰宅することが出来ました。これまで応援下さったブログ友の皆様、本当にありがとうございました!!心からお礼申し上げます♪ 最近は不調続きで、練習では10km前後をゆっくりとしか走れなかったのです。時間の長いウルトラマラソンならまだしも、いくら制限が7時間と言っても、ある程度のスピードを維持しながら走り、9か所の関門を全て通過するのは簡単ではありません。それでも折角当選した大都市マラソンなので、何とか参加しどこまで走れるか挑戦するのが今回の目的でした。 ポートライナー記念乗車券 慣れない土地だし、情報も乏しかったためとても不安でしたが、レース前日何とか地図を見ながら選手受付の会場へ向かいました。さすがポートアイランドは広いですねえ。会場の神戸国際展示場周辺は、大勢のランナーで大変な人混みでした。 受付会場風景 会場には、東日本大震災の被災地を励ます幟もありました。18年前に大きな震災を受け、全国から暖かい支援を受けた神戸市の感謝の気持ちがとても良く伝わって来ますね。ありがとう神戸♪ そして頑張ろう東北!! コース図 これが「神戸マラソン」のコースです。大体は海岸沿いに走るフラットなコースですが、ポートアイランドへ渡る最後の橋の部分は、約30mほど登ります。そしてここが最大の絶景ポイントのようです。 参加賞のTシャツ これは参加賞のTシャツで、受付を済ませた選手全員がもらえます。黒地にレインボーカラーが入った洒落たデザインでした。 チャリティー記念品 これは大会の趣旨に賛同し、チャリティーに応募した人への記念品で、Tシャツと同じデザインの帽子とリストバンドです。 ゼッケンナンバー前 これが私のゼッケンナンバーです。Fは申告タイム別のスタート位置を示します。ナンバーの裏側にタイムを計測するための「チップ」が張り付いています。ランナーの安全を期して、ゼッケンナンバーの内側には、緊急連絡先などの情報を書き込むようになっています。なお、緑のリボンは被災地ランナーの目印です。 ゼッケンナンバー後 これが背中用のゼッケンナンバーです。チャリティーに賛同したランナーのみ、姓と名が大書されています。被災地ランナーは後にも緑のリボンを付けます。 完走メダル 金色に輝く完走メダルは、ゴール後完走者の首にかけられます。表には神戸市のシンボルである「神戸タワー」が、また裏面には42.195kmの「マラソンコース」が刻まれています。なお、私のゴールタイムは5時間48分台(自測)で、スタート時のタイムロスは10分30秒ほどでした。 完走バスタオル これはフィニッシャー・バスタオルです。42.195kmを時間内に完走したランナーが、ゴール後スタッフの手により、肩にかけてもらえます。今回私がレース中に撮った写真は50枚近く。その前後もかなりの枚数を撮っています。明日からは、それらの写真を交えて、完走記を書きたいと思っています。どうぞご期待くださいね~!!<続く> 大会公式飲料水
2013.11.18
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ここがわたしの目的地 公園の周囲を 一人トボトボ走るのだ お~いモミジ君 元気かい? まだ風に飛ばされずに 頑張ってるねえ 間もなく冬 お前達とはお別れだが わたしはまだ走り続けるよ 多分この冬も 何度かここへ来て走るはずだ そして白い息を 弾ませるはずだ さて、私は今夜の夜行バスで大阪へ向かいます。17日(日)の「神戸マラソン」(フル)へ出るためです。帰りも再び大阪から夜行バスに乗ります。帰宅は18日(月)の朝です。それまで留守にしますが、どうぞよろしくお願いしますね。神戸では、今年最後のレースを心から楽しむ積りです。皆様もどうぞお元気で。では、行って来ま~す。
2013.11.15
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風の中を走る途中の小さな公園 ここもすっかり 晩秋の風景だ ケヤキは幹や枝を露わにし始め サクラは鮮やかに変身し 中にはこんな虫食いの葉も 子供達がザリガニを釣って遊んだ池は静まり 今はサルスベリの葉が風に揺れるだけ おお ボロボロの哀れなトチの葉よ 真っ赤なツタも残りわずかになった <続く>
2013.11.14
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急に寒くなって来た。これは台風30号による「押すとアン出る」の法則で、北極の寒気団が日本列島の上空に押し出されたのが原因とのこと。北海道では早くも50cmの積雪と言うから驚く。仙台でも一昨日初雪が降った。例年より13日、昨年より18日早かったらしい。そして昨日は突然のみぞれ。干していた布団と洗濯ものを、慌てて取り込んだ私だった。 妻は週末旅行へ行った。土曜日は栃木県の鬼怒川温泉へバス旅行。そして日曜日は山形の山寺へ絵の仲間と写生の旅。「鬼の居ぬ間」ではないが、その間に私は冬支度を整えた。数日後の寒波襲来を知っていたためだ。 土曜日はこれまで外へ出していた植木鉢を、全て室内へ取り込んだ。先ず2階の空き部屋に、テーブルなどをセットする。次に泥だらけの鉢を丁寧に洗って、2階へ運ぶ。この部屋は冬でも太陽が差し込んで比較的暖かく、温室代わりにちょうど良いのだ。大きくて重たいのも含め、2階に21個、1階の居間に1個運んだら、腰が痛くなった。 日曜日には自室にコタツをセットした。私は寝起きも含め、一日の大半をここで過ごしている。座イスの直ぐ隣の本箱には、数冊の辞書や地図、歴史年表などがあり、大抵の調べ物はそれで間に合う。ブログもここで書いているが、これからの季節は朝夕の寒さが厳しく、指先を切った手袋が必要だ。息子が置いて行った大型のテレビもあり、便利なことこの上もない。 近所の方からもらった渋柿で干し柿を作った。数は30個。皮は全て私が剥き、特殊なホッチキスで、ビニール紐と「へた」を留めた。妻は「大変だね」と言いつつ見ていただけ。先日は畑で獲れた小さなサトイモ50個の皮も全部私が剥いた。収穫物を粗末にするのが嫌な私は、さっさと仕事を済ませる。それがとても美味しい芋で、妻も大喜びだった。 これは妻が台所の窓にぶら下げたサトイモの茎。我家の畑で獲れたのではなく、やはり近所の方からいただいた。我家の芋の茎は食べればいがらっぽいが、これは食用なのでとても美味。生でも美味しいが干しておけば長持ちし、味も落ちない。とても重宝な冬の食品だ。 「大根を1本抜いて」と妻の注文。大き目のを抜いて台所へ置いた。写真を撮ろうと準備している間に、切られてしまった。刻んだ葉っぱと千切りの大根で、漬けものを作ったようだ。仕方がないので畑に植えられているのを写した。この秋作った大根は全部で25本。例年より数は少ないが、何とか一冬間に合うはず。 この急激な寒波襲来で、シュンギクも早く食べないと霜にやられてしまうだろう。今日は「雲南百薬」を掘り上げて植木鉢に移し、冬越しさせてみようと思う。これからの季節は、わずかな日の光も貴重な存在。自然の恵みに感謝し、この冬を乗り切りたいものだ。
2013.11.13
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山本太郎の「手紙事件」には驚いた。元々突飛な行動をする男みたいだが、秋の園遊会で天皇陛下へ「原発の被害を知って欲しい」と手紙を直接手渡した件。私はそれを「不敬な行為」とは思わないが、非常識だとは思う。それくらいのことは陛下もご存知だと思うし、議員として彼が為すべき仕事は、国会で堂々と活動することのはず。 アントニオ猪木が国会の承認を得ずに北朝鮮に行ったのもどうだろう。彼はプロレスラー時代から度々北朝鮮へ渡り、先方の首脳とも面識があるようだ。ひょっとして拉致被害者の助けになればと考えたのかも知れないが、個人プレーが国益を損なう危険性もある。山本太郎も同様だが、良識の府である参議院議員としての資質を疑われても仕方がない行為じゃないだろうか。 ホテルやデパートなどの食品偽装表示問題には呆れ果てた。あれは「誤表示」ではなく、れっきとした詐欺行為。信用を重んじる企業までもが、ばれなければ何をしても良いとする風潮は困ったもの。あれだけ日常的に消費者を騙し続けて来た企業が多かった訳だ。その後日本酒メーカーまでもが追随したが、まだまだ隠している所があるはず。利益を上げるなら、もっと真っ当な手段を考えないとねえ。 台風30号に襲われたフィリピンの被害が甚大だ。レイテ島の犠牲者は1万人を越え、同国の被災者は967万人に達するらしい。895ヘクトパスカル、風速90mの台風は竜巻き並みと言われる。日本から早速25名の医療班が救助に向かい、自衛隊の派遣も検討中とのこと。さらに台風31号が追い打ちをかける危険性が指摘されている。これ以上被害が広がらないことを祈りたい。 歌手の島倉千代子さんが肝臓がんで亡くなった。亨年76歳。「恋しているんだもん」などの歌を可愛らしい声で歌っていた彼女は、阪神タイガースの選手と結婚し、当時数億円の借金の保証人になって巨額の負債を負った不幸な時代があった。それでも苦労を見せることなく歌を歌い続け、死の3日前にも自宅で新曲を吹き込んだそうだ。見事な歌手魂に敬意を表したい。安らかに天国に旅立って下さいね、島倉さん。合掌。 明るいニュースもあった。トルコ地下鉄工事を大林組が完成させた。ボスポラス海峡を潜る夢の工事は、経費の半分が日本の円借款でまかなわれた。竣工式に招かれた安倍総理は、海峡の地下にしつらえた場所に案内された由。そこには日本の支援に感謝するモニュメントがあったそうだ。先のオリンピック招致合戦でも同国とは友情が深まった。非難ばかりの半島の隣国とはえらい違いだ。 若田光一さんの4度目の宇宙への旅が実現した。今度は宇宙ステーションで船長役を勤めるらしい。ロボットアームの操作では第一人者の若田さんが、アジアで初めての船長に抜擢されたのは光栄なこと。船内ではロボットとの生活など、様々な実験を繰り返す予定とのこと。立派に役目を果たし、無事に帰還されることを祈っている。 楽天の星野監督が「正力賞」を受賞した。日本一の監督なので当然ではあるが、とても名誉なことだ。今季24連勝で負けなしの田中投手には、「特別賞」が授与されるとのこと。これも嬉しい限りだ。台湾との強化試合で3連勝した小久保ジャパン。その中で嶋、岡島、銀次の楽天選手は立派な活躍をしてくれたのが嬉しい。今週はいよいよアジアシリーズ。是非アジアチャンピオンを目指して欲しい。 吉本のお笑い芸人イモトアヤコが世界8位のヒマラヤの高峰マナスル(8163m)の登頂に成功したそうだ。鳥取県出身で文教大学情報学部の卒業。これまでもキリマンジャロ(5895m)、モンブラン(4810m)、マッターホルン(4478m)などを制覇して来た彼女。「世界の果てまでイッテQ」と言うテレビ番組の企画らしいが、凄いことだと思う。 このニュースを聞いてから彼女のことをネットで調べたら、24時間テレビでは時間外ながら、126kmを走破したらしい。先日ロッククライミング訓練中の姿をテレビで観たが、良く恐怖に耐えながら頑張って来たと感心している。彼女は寛平ちゃんにも負けない立派なアスリートで、尊敬に値する女性だ。並みのお笑い芸人とは根性が違う。Ayako Imoto → 井本絢子 → イモトアヤコ(薄化粧) (メイク後) (芸人へ大変身)
2013.11.12
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≪ 静物画と人物画 ≫ 妻はあまり人物画は得意じゃないみたいです。最後の絵は描きかけで止めたようですが、感じが面白いので載せてみました。<続く>
2013.11.11
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第6戦に向けて練習中の田中 レギュラーシーズンもそうだが、CSファイナルステージの3試合、そして日本シリーズの7試合は、かなり私を興奮させた。特に日本シリーズではブログに「号外」を出すため、テレビの前に陣取って試合の経過をメモし、大事な場面の写真を撮った。あれだけ熱狂したのは、5年前日ハムとファイナルステージを戦って以来だろう。その疲れがようやく取れたのは1週間ほど経ってからだ。 優勝が決まった翌日から、仙台市内のデパートなどで「優勝記念セール」が始まった。楽天市場では詐欺まがいの便乗セールがあったようだ。欲しいものがない私には無縁だが、後味の悪い限りだ。 シリーズMVPになった美馬のインタビュー さて優勝が決まった後、楽天球団に方針変更があったようだ。何と楽天の三木谷オーナーが田中を慰留することにした由。メジャーと日本プロ野球機構との間の、ポスティング制度の新方式がまだ合意してないことは前述したが、渡米を許す方針の球団社長とは相反する行為だ。来週中には新制度が決着する見込みだが、遠征先の台湾で田中と球団社長の話し合いがされるようで、ファンにとっては「アジアシリーズ」以上に気になるところだ。 日本シリーズ中の嶋捕手 また、38歳の高須など3選手に「戦力外通告」がなされた。高須は球団創設以来の数少ないメンバーで、球団職員かコーチのポストを用意しているようだが、高須自身は現役続行が希望で本日開催される「トライアウト」に出場する意向らしい。星野監督の若手起用方針で、惜しまれながら去った選手は多い。また、宮城出身の小坂も、球団職員を辞める。 ジョーンズ選手 今季不動の4番を打ち続けたAJは、どうやら来季も楽天に残ってくれそうだ。日本シリーズの東京ドームではDH制がないため、自ら外野の守備につくことを申し出た彼。頼もしい助っ人が残ってくれそうなのは嬉しい限り。一方のマギーは態度保留のままアメリカへ帰った。今季の活躍でメジャーから注目された彼の選択肢は広がった。果たしてどんな結果になるか。 球団ではマギーと再契約できないケースを考慮し、他球団のFA選手を獲得する意向を示している。各球団ともポストシーズンの動きは、今後ますます激しくなると思う。かつての朋友、中日の山崎も今季限りで引退することが決まった。「楽天の選手と一緒に日本シリーズを戦いたかった」。それが山崎の本音だったはず。彼の前途に幸あれと願う。山崎選手、長い間大変お疲れ様でした~!! 日本シリーズ第5戦で勝利した則本投手 さて、親しんだKスタの名前が来シーズンから聞けなくなる。日本製紙がネーミングライツを更新しない方針のようだ。あの東日本大震災で同社は、石巻工場などで大きな被害を出しているのでやむを得ないだろう。早速募集が開始され、来春には新しい球場名が決まる。愛称が「フルスタ」→「Kスタ」と変わったが、次はどんな名前がつくのか楽しみだ。 ドラフト1位の松井選手(桐光学園高)の背番号は、1番、12番、19番のうちから彼自身が選ぶことになった由。さて彼はどの背番号を選ぶのだろう。そして松井が2人になるため、登録名はそれ以外になるはず。これもまた楽しみの一つだ。 日本一へ 9年前の晩秋、私は仙台市役所前の市民広場で開かれた新球団の歓迎会に出、礒部選手や愛敬選手と言葉を交わし、握手をした。あの年新球団は2戦目で0対28のボロ負けをした。戦力が丸きり他の球団よりも劣っていたのだ。わが東北楽天はあの屈辱的な敗北を経て、9年目にして日本一の栄光を手にしたのだ。 来季で10年を迎える東北楽天。指揮は星野監督の続行が決まっている。今季も持病の腰痛に耐え、怒りを抑えながら、若い選手を起用し続けた星野。来季の戦力がどうなるか未定だが、全力で強いチームに育てて欲しいと願っている。頑張れ楽天、頑張れ東北。きっとまた来年も選手達の熱いプレーを見て、私自身も熱くなることだろう。ありがとう東北楽天。君らは東北の希望の星だ。<完>
2013.11.10
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日本シリーズ第6戦の田中 第6戦の田中の敗因について、あるスポーツ紙が書いている。それはポスティング制が破たんしたのが原因と言う。田中がシーズン後メジャーに行くには、この制度が改正されている必要があるが、それがうまく行かなかったため田中が落胆したとの推測だ。メジャーと日本プロ野球機構の間では合意に達したが、選手会の反対で再交渉することになったことは事実。でもあの日田中は本当に腐っていたのだろうか。 日本シリーズ第7戦9回表 勝利のジェット風船を背にした田中 第7戦で田中が9回に登板したことについても、色んな見方がある。田中自らが監督に申し出たとする他に、CSで同じ作戦で成功したため、監督が田中に頼んだとする説だ。真相は分からないが、あの日の楽天は好投した美馬から則本と繋ぎ、最後は前日160球を投げた田中まで出した。疲労のどん底で腕や肩の筋肉はパンパンになっていたはずだが、それでも田中はマウンドに向かった。 その場面を見て、楽天が負けると感じた人もいたようだ。私はそうは思わず、ただただ勝利を信じ、田中を信じていた。田中にも意地がある。あの日投げた15球は田中の精神力の強さを証明し、そのお陰で楽天は日本一の座を手にした。だがメジャーの見方は違う。前日の160球もクレージーだが、第7戦の登板はさらに体調を悪化させたとして、逆に田中の評価を低めたようだ。 第7戦後に優秀選手としてインタビューを受ける田中 ともあれ今季の国内戦は全て終わった。田中が手にした勲章は、最多勝利(24勝)、最高勝率(10割)、最高防御率(1.27)の3つ。これに嶋捕手とのバッテリー賞、澤村賞、3年連続のゴールデングローブ賞が加わった。ゴールデングローブ賞は嶋捕手と藤田内野手も同時に受賞し、楽天から3人も選ばれたのは球団初の快挙だった。 日本一の歓喜 日本一になった東北楽天と田中投手に対して、宮城県から県民栄誉賞が授与され、星野監督に対しては感謝状が贈られる。また同監督に対しては、岡山県知事特別表彰と出身地の倉敷市民栄誉賞(2度目)が授賞される。今後も各種の表彰が続きそうだ。なお仙台市では、今月24日(日)の午前11時から、東北楽天日本一の凱旋祝賀パレードが、市内二番町通りで開催される。 日本一の瞬間 その後の行事などについても触れておこう。日本一になった楽天は、秋季キャンプを監督の故郷である岡山県倉敷市で行っている。既に帰国した外人やベテランの松井、田中、美馬、則本の3投手は参加しなかった。WBC「侍ジャパン」メンバーには嶋、岡島、銀次の3選手が選ばれた。昨夜から台湾で強化試合が始まり、緒戦は嶋のタイムリーなどで日本が4対2で勝った。 第7戦 楽天の先発メンバー 来週15日からは同じく台湾で「アジアシリーズ」が開催される。参加するのは台湾(2チーム)、日本(東北楽天)、韓国、オーストラリア、イタリアの6チーム。当初は参加しない予定だった田中、美馬、則本も急遽帯同されることになった。ただしベンチ入りはするものの、登板はしない。どうやら24連勝を果たした田中の姿をぜひ見たいと、台湾側から熱望されたのが真相みたい。田中の人気は台湾でも高いようだ。<続く>
2013.11.09
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マー君切手シート マー君が切手になった。日本郵政東北支社の制作だが、全国の郵便局で予約できる。50円切手が10枚のシートに、24枚のポストカードが付く。これは今季の公式戦24連勝を記念したもの。料金は3480円で、発売は来年1月になるようだ。 上原優勝投手 さて、日本シリーズを制して初の日本一になったわが東北楽天だが、本論に入る前に、メジャーなどの話をしておこう。今年のワールドシリーズを制したのは名門レッドソックスだったが、その中で田沢と上原と言う2人の日本人投手が大活躍した。田沢は直接メジャーに飛び込んだ選手で、上原は巨人からアメリカへ渡った。 上原は大学当時からメジャー志望だったが、実際に渡米出来たのは遅かった。現在38歳と言う歳で、良くあれだけ活躍できたものだ。マスコミの評価も高く、優勝インタビューでの子息一真君(7歳)の答えが、評判にもなった。それにしてもレッドソックスの選手達がそろって髭面なのには驚いた。今季のブームだったようだが、優勝後は、早速髭を剃り落とした選手もいた。 元ヤンキースのゴジラ松井がニューヨーク日本商工会議所から「日米特別功労賞」を授賞されたそうだ。日米に渡る長年の活躍が認められたのだ。彼は来春の巨人のキャンプで、臨時打撃コーチを務める。その松井の所に、急遽阿部が助言を求めに行ったそうだ。日本シリーズで勝てなかったのは、4番を打つ彼の不振が大きな原因だった。それだけ阿部の苦悩が深かったのだろう。 両監督 読売新聞の渡辺社主は日本一を逃した悔しさから、巨人のさらなる補強を指示したそうだ。その一方、楽天の初優勝は東北のためにも、そして星野監督のためにも良かったと話した由。第7戦まで死闘を演じた巨人の原監督は、楽天ファンの真摯な応援態度にとても心を打たれたようだ。きっと大震災後未だに苦しむ東北人の悲願を、戦いながらも感じていたのだろう。 少年時代の田中(楽天)と坂本(巨人) さて、第6戦で先発した田中が負けた時、ファンはどう感じたのだろう。私は正直、第7戦は危ないと思った。それよりも楽天は田中で2勝しか出来ないと思っていた。だから3勝3敗になったあの時点で、これは拙いと思ったのだ。だがこれで楽天が優勝すると思った人も、中にはいたようだ。その確信はどこから来たのだろう。 巨人のバッティングはシリーズを通してさほど脅威ではなかった。予想外だが、それだけ楽天のデータ収集が完璧だったのと、投手陣がしっかり対応出来たのだ。今季巨人の抑えは完璧で、6回までリードしている試合の勝率は9割5分を超えていた。だから楽天の投手は先取点を与えず、逆に打撃陣は先制することが不可欠だったが、それをしっかりと果たせたのが勝因だろう。 第7戦9回表。 田中の投球を見守る美馬と則本 第6戦で負けた田中をどう見るかについては意見や評価が分れると思う。巨人にリードされながらなお9回まで160球を投げ続けた田中。「中5日で160球を投げるピッチャーはいない」。相棒の嶋はそう言って、彼を庇った。リリーフ陣が弱体の楽天では、あのまま田中が投げるしか奮起を促す手段がなかった。あの夜の田中の敗因について穿った観方があるが、それは明日記すことにする。<続く>
2013.11.08
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赤い葉っぱがいろいろあるよ ヒメシャラ ほんのり色づいた ドウダン一面 緋のじゅうたん モミジは赤の定番で ニシキギ 日本の誉れです ナンテンつやつや 赤く映え 秋の代表 やっぱりツタだ 黄色い葉っぱを 探しに行こう そういうことなら おいらも負けぬ いやいや ボクに任せなさい フジの葉威張って そう言った おいおいカポック 緑があるぞ あのなあヤマイモ お前も一緒 <完>
2013.11.07
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愛犬マックスが天国へ旅立ってから、昨日で1年が過ぎた。彼と過ごした14年1カ月あまりの日々を、片時も忘れたことはない。いつも傍にある写真を眺め、1日に何度も彼の名前を呼ぶ私だ。マックスよ、安らかに眠れ。いずれ私もそっちの世界に行った時は、また一緒に遊ぼうね。 子犬の頃のマックス お前が我が家に来たのは、15年前の10月中旬。お前はまだ生まれて1カ月にも満たない子犬だった。あの頃は家にいた娘が、福島のブリーダーからお前を連れて来たんだよね。子犬の頃からお前は走るのが好きで、良く家の周囲を走っていたよね。 子犬の頃 お前とは山にも行ったし、川にも行った。お前は水が大好きで、ある時は濁流に飛び込んだり、小川の上流から「探検」などもやったよね。お前が最初に小川に飛び込んだ時のことを、私は今でも忘れはしない。ラブラドルレトリバーって種類は、無類の水好き。カナダのラブラドル地方で海に飛び込み、漁網のロープを引っ張った先祖の血を、お前もちゃんと受け継いでいたんだよね。 四国から孫達が来て 子供の頃のお前は、「ゲテモノ喰い」だった。小石を飲み込み、屋外のコンセントを齧り、タンポポの綿毛を食べ、とうとう軟式テニスのボールを飲み込んで、手術もやったんだよね。そして大人になったお前は、私のランニングにも付き合った。でも最初は元気なお前も、11kmを走って家に戻る頃には、いつも荒い息をはいていたっけ。 孫達と 四国から孫の眞実ちゃんと理子ちゃんが来たのは、確か6年前だった。犬を飼ったことのない2人は、おっかなビックリだったよね。良く吠えるお前だけど、あの時はなぜか大人しかった。きっと親戚だと思ったんだろうね。私はお前の全てが大好きだった。今でもお前の吠える声やちょっとした「しぐさ」を忘れてはいない。 老犬の頃のマックス ある時、お前のあごに、白い物を見つけた。歳を取って、すっかり髭が白くなっていたんだよね。もう私と一緒にランニングするのは無理になったが、朝夕2回の散歩がとても大好きなお前だった。そして私はお前の食べる高価な餌を老犬用のに替え、ネットで注文していたっけ。 そしてついに最後の日が来た。歩けなくなって1週間。あの日の未明、玄関でお前は悲痛な叫び声を上げ、私はそれから8時間、お前をずっと抱き続けていた。ありがとうマックス。良く私達の所に来てくれたね。お前は私にとって、誰よりも従順な家族だった。お前と共に過ごした14年1カ月あまりの楽しい日々を、これからもずっと忘れはしない。だから安心して眠ってねマックス。 マックスのお墓
2013.11.06
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連日の楽天の応援でかなり疲れていたが、昨日は朝からバスと地下鉄を乗り継いで、泉区の七北田へ行った。河川敷の公園で「第3回仙台リレーマラソン」があり、走友会から出場した2チームの応援と、その後芋煮会をするためだった。心配された雨は、家を出る頃にはほとんど上がっていた。 地下鉄の終点で降り、会場の方へ向かって歩く。先刻、車中から走っているランナーが見えた。J1ベガルタ仙台の本拠地「ユアスタ」の直ぐ傍が会場みたい。良く整備された街は気持ち良く、街路樹の紅葉が美しかった。 七北田公園 公園を突っ切り、会場へ近付くとランナーの姿が見えて来た。大変な数のランナーだ。その雰囲気に圧倒される。集合場所に行ったが、仲間の姿はない。辺りは物凄い人だかり。どうやらそこが「タスキ」の中継点のようだ。混んだ道路で次々に「タスキ」を渡す選手達。折角なので、見易い場所を探す。 駅伝風景 スタッフの人に尋ねると、参加チーム数は380で、種目は男子、男女混合、企業、マスターズ(50歳以上)の4つ。1、4kmのコースを30周してフルマラソンの距離42kmを走るみたい。1チームの構成メンバーは5人から8人が多いそうだ。仮装ランナーが混じっていて楽しそうだが、まるで短距離走のようなスピードのランナーもいた。 走友会メンバーで走っている姿を見たのは、T野さん、O川さん、O内さん、A部さん、そしてH岡さん。走り終えたH岡さんに聞いたら、彼はお子さんの学校関係のチームで走った由。そして芋煮会の準備をしてる場所を教えてくれた。どうやら雨が上がったため、当初の場所を変更したようだ。 選手が走る堤防の直ぐ傍に、芋煮やバーベキューが出来る場所があった。ここにF田会長と、芋煮担当のS木さんとT脇さんの女性陣がいた。牛肉で醤油味の「山形風」と、豚肉で味噌味の「仙台風」の2種類の芋煮がほとんど完成。大量の具材でとても美味しそうなのが楽しみだ。 大鍋の芋煮 情報が入って来た。マスターズに出たO川、I藤、T野、O内さんのチームが、優勝したようだ。さらに男子の部のK野、A部、H郷さんチームも5位。どちらもサブスリー(3時間以下)のタイムとは凄いことだ。上位に入るにはかなりのスピードが必要で、少人数では疲れ易いのだ。 やがて徐々に仲間が集まった。M仙人は前日フルマラソンを走り、2週間前には100kmレースにも出ている。リレーマラソンメンバーもようやく揃った。表彰式が1時間以上遅れた由。優勝の楯、賞状、リンゴ、ミカン、タオルなどたくさんの賞品を前に、早速賑やかな芋煮会が始まった。 優勝賞品の一部 冷えたビールに焼酎。山形風と仙台風の芋煮は、どちらもアツアツで美味しかった。それにお握りも食べ、たちまち満腹になった。ほかのチームにも芋煮をふるまうと、大歓迎された。 優勝メンバー おんちゃん達 K野副会長 記念撮影 最後に全員揃って記念撮影。前夜は楽天が初優勝したし、この日は仲間の初優勝。大いに話が弾み、酒が進んで、とても楽しい一日だった。一生懸命に走る仲間の姿を見るのは、刺激になって良いものだ。やはり仲間の存在はありがたい。改めて、皆さんお疲れ様でした。そして、大変お世話になりました。 帰宅後すっかり疲れ果て、ブログ友の所にはお邪魔出来なかったけど、今日は伺って楽天優勝のお礼を言わなくちゃね。
2013.11.05
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昨夜は日本シリーズの第7戦。いよいよ決戦の時がやって来た。楽天対巨人の熱戦は、共に3勝3敗。この日の先発は楽天が第3戦で勝った美馬で、巨人はその日ノックアウトされた杉内。当然杉内は雪辱を期していただろう。だが、美馬はやけに自信があったようで、強い気持ちで最後の大舞台に臨んだ。 楽天の先発美馬投手 前夜は相手の底力をいやというほど見せつけられた楽天。今季無敗の田中が、まるでボロ雑巾のように粉砕されたのだ。優勝なんてそんなに簡単に手に入るものではない。多くの楽天ファンが、厳しい現実を知らされたと思う。だが第3戦に勝った美馬の自信は、全く揺るぐことはなかった。一方、これまで何度も修羅場を潜って来た杉内の調子が良くない。 タイムリーを放った岡島選手 2回裏、早くも楽天にチャンスが訪れた。フォアボールで出塁した嶋を岡島の2塁打で返して先ず1点。さらに相手のエラーの間に2点目が入る。これは楽天にとって願ってもない展開だ。たまらず巨人は杉内を引っ込め、2番手に澤村を出した。原監督も勝負に出たようだ。前夜目覚めた巨人の重量打線が、いつ爆発するか怖い。だが美馬は球のキレが抜群で、ヒットを許さない。 ホームランを放った牧田選手 4回、とうとう雨が降り出した。だがその裏、牧田のホームランが、雨空を切り裂いた。これで3対0。だが、まだ油断は出来ない。巨人は5回裏から3番手の内海を投入し、何とか巻き返そうと試みる。楽天は7回から好投の美馬に替えて、2番手に生きの良い則本を出した。新人の則本が期待に応え、堂々とした投球で巨人打線を翻弄したのはさすが。 8回裏から巨人は抑えのエース西村を注ぎ込む。もう絶体絶命の布陣だ。一方楽天は9回から田中がマウンドに上がった。前夜160球を投げたばかりのマー君が、監督に出場を直訴したようだ。大丈夫かマー君。悲痛な気持ちで天に祈る楽天ファン。 さすがのマー君も疲れていたのだろう。2人のランナーにヒットを打たれた。それでも嶋の好リードで矢野を三振に打ち取り、ゲームセット。3対0の完封勝ちだ。この瞬間、楽天の初優勝が決まった。マウンドに駆け寄る選手達の顔が喜びに溢れている。万歳、万歳、万歳。9年間もこの日の来るのを待っていた。高校野球でも果たせなかった東北の優勝を、若きイヌワシ戦士達がとうとう実現したのだ。 未曽有の大震災に遭って大きな被害を出した東北地方。あの時、ろくに練習も出来なかった選手達がこの大舞台で夢を果たした。闘将星野監督の体が9度宙に舞い、インタビューに応える監督の声が感激で震えていた。中日で2度、阪神で1度リーグ優勝を果たしたものの、日本一とは無縁だった老将が、ようやく摑んだ栄冠だ。 シリーズMVPはこの夜2勝目を上げた美馬が手にした。その笑顔が清々しかった。優秀選手に選ばれたマー君も、ようやく笑顔を見せた。きっと前夜の敗戦の責任を感じていたのだろう。そうでなければ160球を投げた翌日の登板を、自ら志願などはしない。 初優勝は皆の強い気持ちで勝ち取ったものだ。監督、選手、球団職員は言うに及ばず、9年間熱心に応援し続けたファンの力も大きかったと思う。ありがとうイヌワシ戦士達。おめでとう勇者達。私達ファンは、最後まで夢を諦めなかった諸君が誇りだ。今日は私達も喜びを共にしよう。そして「日本一」を手にした今、震災の悪夢を忘れ、新たな希望に向かって歩き出そう。 全国の楽天ファンの皆様、そして日頃からここを訪れてくださるブログ友の皆様、温かい応援に心から感謝します。本当にありがとうございました~!!
2013.11.04
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今夜の日本シリーズ第7戦で楽天が巨人に3対0で勝利し、ついに日本一の座を手にしました。美馬、則本とつないで、9回は何と昨夜160球を投げたばかりの田中が登場。2人のランナーを塁に出したものの、最後の矢野を三振に打ち取り、緊迫した試合もゲームセット。この瞬間東北楽天の初優勝が決まりました。 選手達もきっと緊張の連続だったと思いますが、良く今夜の試合で勝てたものです。球団創設後9年目にしての初優勝。それも昨年の王者巨人を破っての優勝は立派の一語です。詳しくは明日のブログで再度取り上げますが、先ずはご報告と御礼のため号外を出しました。皆様、本当にありがとうございました。そして選手の皆さん、日本一おめでとうございます♪
2013.11.03
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ついにこの日がやって来た。楽天の3勝2敗で仙台に戻った日本シリーズの第6戦。わが楽天は絶対エースの田中で、対する巨人は第2戦で破った新人の菅野が先発。 第5戦までのチーム打率が3割近い楽天に対して、巨人はその半分ほどしかない。特に主砲の阿部はじめ、坂本内野手、ロペス、高橋由伸らに全くと言って良いほど当たりが出なかった。それに加えて日本シリーズ中の田中のこの成績。絶対楽天に有利なはずなのだ。 この日も2回裏に、楽天は内野ゴロと相手のエラーで簡単に2点をもぎ取った。ヒットはわずか1本だけだ。これは行ける。このまま勢いに乗って欲しい。楽天ファンの誰しもが、そう思ったに違いない。 だが、勝負事に絶対はない。不調の阿部がずっと言っていた。「このシリーズは自分のバッティングが鍵になる」と。そして不利な条件の中でも、巨人の絶対負けないと言う強い思いは消えなかったようだ。第2戦で負けた菅野は、「このままで終わりたくない」と雪辱を期していたようだし、原監督は試合前の練習で、丹田(たんでん:へその下部)を意識したバッティングを指示したそうだ。 4回辺りから田中に変調の兆しが出始めた。これまで当たりの出なかった相手の選手に打たれ出したのだ。球数が増える田中。4回までは何とか抑えたが、ついに5回表、その時がやって来た。この回巨人はロペスの2ランなど5本の長短打で、田中から3点を奪って逆転し、6回にも2本のヒットでさらに1点を奪った。眠れる獅子がついに目を覚ましたのだ。 自軍のベンチで虚ろな表情の田中は、既に7回まで127球を投げている。シーズンに先立つWBCから、ずっと投げ続けて、蓄積された疲労は相当のものがあったはずだ。第2戦目と第6戦目に投げることを自ら監督に申し出たのも、疲労から来るものだったようだ。 星野監督は「もうマウンドには行くな」と言ったとか。だが、田中はそれを聞かず、最後まで投げる道を選んだようだ。仲間の援護を信じてマウンドに立つ田中。だが、今シーズンの巨人は、6回までリードしたゲームの勝率は9割5分以上。それだけリリーフ陣がしっかり機能しているのだ。菅野が許したヒットはわずか3本だったが、この日も手堅く8回から山口に替えた。 その山口の前に、楽天打線は8回、9回と沈黙を続けた。この夜田中は全部で160球を投げ、今年初めての敗戦投手になった。きっと疲労は限界に達していたのだと思う。それでも、試合後は「これからが大事」と話したそうだ。田中はとても責任感が強い男なのだ。 4対2で勝利し、狂喜する巨人ファン。一方日本一を信じてKスタに駆けつけた楽天ファンは、この夜勝利の白いジェット風船を飛ばすことは出来なかった。これで両チーム共に3勝3敗の五分。だが、追い着いて「逆王手」をかけた巨人に利があると思う人が多いはず。事実選手層は資金潤沢な巨人が圧倒的に手厚い。 敗戦後、星野監督は田中に感謝する旨の発言をしたそうだ。そして「負けて良かった」とも言ったらしい。きっと田中はこの日まで、1年間をずっと重圧の中で過ごしたはずだ。それに来季のメジャー移籍を巡って、自薦他薦の「代理人」が自宅まで電話攻勢をかけているとか。これでは心が休まらなかった訳だ。マー君、最後まで本当にお疲れ様でしたね。 さて、一転して土壇場に追い込まれた楽天サイド。これまで何度も優勝の経験がある巨人に対して、そんな経験のない楽天はきっと強いプレッシャーを感じているのではないか。だが、阿部の打球を受けて負傷した美馬が、「これはチャンス」と言っているようだ。何と頼もしい言葉だ。 そうだ、楽天の選手諸君。こんなことにめげず、今夜も堂々と戦おう。躍動する君らの姿を見るのが、私達東北人の喜びであり、希望なのだから。残念ながら昨夜は「号外」を出せなかった私だが、まだ夢は捨てていない。昨年の王者巨人を相手に、今夜も全力で戦ってほしい。頑張れ楽天、頑張れ東北!!
2013.11.03
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≪ 木の実、草の実 その2 ≫ 真っ赤なほっぺの ヒメリンゴ ムラサキシキブの すまし顔 ザクロじゃないよ ハマナスの実 「ヘクソカズラ」じゃ かわいそう ピラカンサスの 赤い実だ こちらは黄色い ピラカンサス 小鳥が好きな ウメモドキ てっぺん向いてる ナナカマド 庭を彩る 赤い実の 最後はイチゴの 可愛い実 <続く> さて、とうとうこの日がやって来ました。今夜は「日本シリーズ」第6戦。再びKスタで田中マー君と菅野選手の投げ合いとなります。3勝2敗で「日本一」に王手をかけた楽天が初の栄冠を手にするか、それとも巨人が巻き返してタイに持ち込むか、いずれにしても手に汗握る熱戦になることは間違いないでしょう。 私達楽天ファンとしては、是非今夜で日本一を決めてほしいと願っています。球団創設後9年目。弱小球団として、これまで散々悔し涙を流して来たのですから。勝って被災地の皆さんに笑顔が戻ることを願っています。頑張れマー君。頑張れ楽天。そして共に闘う巨人にも拍手を送りたいと思います。今夜は正々堂々と日本一を目指します。なお楽天が勝ったら、今夜も号外を出しますよ。ご期待くださいね~!!
2013.11.02
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≪ 木の実、草の実 その1 ≫ 柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺 (子規) 開いたアケビは美味しいよ♪ 閉じたままのムベも食べられる♪ ワイン煮のイチジクは最高だし♪ カリンはとても喉に良い♪ 面倒だけど クルミは割って♪ ナツメはおやつにちょうど良い♪ 油が採れる ツバキの実 どれもがみんな 秋の色 (続く)◎ 昨夜の日本シリーズ第5戦も、手に汗握る熱戦でしたね。結果は楽天が延長戦での勝利。これで3勝2敗で日本一に王手をかけ、仙台に帰って来ます。昨夜は試合後にこの「号外」を出しました。興味がある方は、是非昨日の第2弾 ↓ をご覧くださいませ。≪ 10月のラン&ウフォーク ≫ ラン回数:8回 ラン距離:162km ウォーク:71km 月間合計:233km 年間総計:2403km うちラン:1551km これまでの累計:83257km
2013.11.01
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